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審判番号(事件番号) データベース 権利
無効200480238 審決 特許

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審決分類 審判 一部無効 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  G01R
管理番号 1166860
審判番号 無効2005-80177  
総通号数 96 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2007-12-28 
種別 無効の審決 
審判請求日 2005-06-07 
確定日 2007-11-13 
事件の表示 上記当事者間の特許第3279294号発明「半導体装置のテスト方法、半導体装置のテスト用プローブ針とその製造方法およびそのプローブ針を備えたプローブカード 」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯
本件特許第3279294号についての手続の概要は、以下のとおりである。
平成11年 8月27日 特許出願(優先権主張平成10年8月31日)
平成14年 2月22日 特許権の設定登録(請求項の数7)
平成16年 7月16日 先の無効審判の請求(無効2004-80105号。「特許第3279294号の請求項2、3及び7に係る特許を無効とする。」との審決を求めた。)
平成16年10月 4日 先の無効審判に係る訂正請求
平成17年 4月18日 先の無効審判(無効2004-80105号)につき、「訂正を認める。本件審判の請求は、成り立たない。」との審決がなされた(送達日4月28日)。
平成17年 5月27日 「特許庁がした無効2004-80105号事件について平成17年4月18日にした審決を取り消す。」との判決を求めて、知的財産高等裁判所に提訴した(平成17年(行ケ)第10503号)。
平成17年 6月 7日 本件無効審判の請求(無効2005-80177号。「特許第3279294号の請求項2及び3に係る特許を無効とする。」との審決を求めた。)
平成17年 9月 2日 本件無効審判に係る訂正請求(訂正請求の内容は、上記先の無効審判に係る平成16年10月4日付けでした訂正請求の内容と同じ。)及び答弁書提出
平成17年10月12日 本件無効審判に係る弁駁書提出
平成18年 3月 1日 知的財産高等裁判所は、平成17年(行ケ)第10503号につき、「原告の請求を棄却する。」との判決をした。
平成18年 3月13日 上記判決を不服として上告。
平成18年 6月20日 上記上告について、「本件を上告審として受理しない。」との決定(平成18年(行ヒ)第151号)がなされ、上記判決は確定し、同時に先の無効審判の審決も確定した。
平成18年 7月14日 本件無効審判に係る平成17年9月2日付け訂正請求の取り下げ
平成18年 8月11日 請求人より本件無効審判に係る回答書提出
平成18年10月30日 請求人より本件無効審判に係る回答書(II)提出

第2 特許請求の範囲の記載
本件特許に係る明細書(確定した先の無効審判に係る訂正請求により訂正後のもの。以下、「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の請求項2及び3の記載は次のとおりである。
「【請求項2】 先端部を半導体装置の電極パッドに押圧し、上記先端部と上記電極パッドを電気的接触させて、半導体装置の動作をテストする半導体装置のテスト用プローブ針において、上記プローブ針は側面部と先端部から構成され、上記先端部は球状の曲面であり、上記曲面の曲率半径rを10≦r≦20μm、表面粗さを0.4μm以下としたことを特徴とする半導体装置のテスト用プローブ針。
【請求項3】 先端部を半導体装置の電極パッドに押圧し、上記先端部と上記電極パッドを電気的接触させて、半導体装置の動作をテストする半導体装置のテスト用プローブ針において、上記プローブ針の先端部の形状は、上記押圧による電極パッドとの接触により当該電極パッドにせん断を発生させる球状曲面形状であって、かつ、表面粗さは0.4μm以下であることを特徴とする半導体装置のテスト用プローブ針。」

第3 請求人が主張する無効理由
1 無効理由1(特許法第36条第6項第1号違反)
本件請求項2、3に係る特許は、それぞれ、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、特許法第123条第1項第4号の規定により無効とされるべきである。
2 無効理由2(特許法第36第6項第2号違反)
本件請求項3に係る特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、特許法第123条第1項第4号の規定により無効とされるべきである。
3 証拠方法
甲第1号証 特開2000-147004号公報(本件特許に係る公開公報)
甲第2号証 平成13年12月27日付け手続補正書
甲第3号証 平成13年12月27日付け意見書
甲第4号証 特許第3279294号公報(本件特許公報)
なお、平成18年10月30日付けの回答書(II)において、以下の甲第5?7号証を追加している。
甲第5号証 特開昭61-131541号公報
甲第6号証 特開平7-273157号公報
甲第7号証 平成17年(行ケ)第10503号判決(知的財産高等裁判所平成18年3月1日判決言渡)

第4 請求人の主張の要点
1 無効理由1(請求項2及び3の特許法第36条第6項第1号違反)について
1-1 請求項2について
(1)請求の理由における主張の要点
明細書の段落【0041】に記載の「コンタクト寿命において良好な結果が得られ」るためには、その記載にあるとおり、電極パッドの厚さ約0.8μmに対して曲率半径は7?30μm、好ましくは10?20μmである。電極パッドの厚さいかんに関わらず曲率半径は曲率半径は7?30μm、好ましくは10?20μmであるということではない。電極パッドの厚さと曲率半径とは、切り離すことのできない関係にある。
また、明細書の段落【0045】に記載の「急激にコンタクト回数を増やすことができる」との効果に関して、「上記実施の形態1で示した範囲内で、電極パッドの厚さあるいはプローブ針の先端の曲率半径を変えてもほぼ同じ結果が得られ」るとの記載の意味は、電極パッドの厚さを考慮しないで曲率半径を変えてもほぼ同じ結果が得られるということではない。
そもそも、上記「実施の形態1に示した範囲内」とは、「DRAM等一般的な集積半導体装置の電極パッドの厚さ約0.8μmに対して曲率半径を変えて同様の試験をした結果を図7に示すが、7?30μmの曲率半径がコンタクト寿命において良好な結果が得られており、好ましくは10?20μmである。」(段落【0041】)との記載からして、電極の厚さが約0.8μmでこれに対する曲率半径が7?30μm、好ましくは10?20μmの範囲内であることをいうものである。
留意すべきは、曲率半径の範囲は電極パッドの厚さに対してのものである。さらに留意すべきは、(特殊用途の半導体装置では、パッドの厚さが2?3μmのものもあるが(段落【0025】)、実施の形態1では、電極パッドの厚さの範囲は「約0.8μm」で表される範囲のみである。
したがって、実施の形態2中の「上記実施の形態1で示した範囲内で、電極パッドの厚さあるいはプローブ針の先端の曲率半径を変えてもほぼ同じ結果が得られた。」との記載における「電極パッドの厚さあるいはプローブ針の先端の曲率半径を変えても」とは、電極パッドの厚さ約0.8μmで表わされる範囲に対して曲率半径を7?30μm、好ましくは10?20μmの範囲で変えても」と解するのが相当である。すなわち、上記範囲内の曲率半径の数値は約0.8μmで現される範囲の電極パッドの厚さとの関係においてのみ技術的意義を有し、「ほぼ同様の結果が得られた」のは、電極パッドの厚さが約0.8μmで表される範囲に対して曲率半径が7?30μm、好ましくは10?20μmである場合に限られるということである。
明らかに、その「ほぼ同様な結果」に関する限り、曲率半径の数値範囲は電極パッドの厚さ範囲から離れて独り歩きできる性質のものではない。
電極パッドの厚さとは無関係に、曲率半径が10?20μmの数値範囲内にありさえすれば、表面粗さが0.4μm程度以下で急激にコンタクト回数を増やすことができるとする実施形態や、電極パッドの厚さ及び曲率半径とは無関係に、表面粗さが0.4μm程度以下で急激にコンタクト回数を増やすことができるとする実施形態は、本件特許の明細書及び図面のいずれにも記載がない。
明細書の記載によれば、表面粗さが0.4μm程度以下で急激にコンタクト回数を増やすことができるというためには、電極パッドの厚さが約0.8μmでプローブ針の先端の曲率半径が15μmであるか(実施の形態2(段落【0045】))、電極パッドの厚さが約0.8μmで曲率半径が7?30μm、好ましくは10?20μmでなければならない(実施の形態1(段落【0041】))。
このことは、被請求人が、上記の意見書(甲3)において、「電極パッド厚さが約0.8μm程度であると、半分以下の0.4μm以下の表面粗さを備えたプローブ針でなければ、せん断を起こせないことになります。この事実は出願当初の明細書の段落0045の記載、および【図8】により充分証明されています。」と主張していることからも明らかである。
被請求人は、上記意見書において、請求項2の補正は、明細書の段落【0041】の記載及び【図7】に基づくと主張しながら、その実、曲率半径rを「10≦r≦20μmとした」とするのみで、この曲率半径が電極パッドの厚さ約0.8μmに対してのものであるという、電極パッド厚との関係を無視している。
したがって、請求項2に係る発明は、段落【0041】及び【図7】の記載のものであるということはできず、また段落【0041】及び【図7】に記載の効果(コンタクト寿命において良好な結果)を奏するということもできない。
明らかに、電極パッドの厚さ約0.8μmを特定事項としない、請求項2に係る発明は、明細書の発明の詳細な説明に記載したものであるとはいえないから、請求項2の記載は特許法第36条6項1号に規定する要件を満たしていない。

(2)弁駁書において追加された主張の要点
明細書の段落【0057】【発明の効果】のA出願時の記載(甲1)とB補正後の記載(甲2)の記載によれば、効率よく電極パッドをせん断変形できるのは、「(プローブ針の先端部の曲面の)曲率半径rを電極パッド厚さtに対して9t≦r≦35tとした」こと(出願時)、又は「先端部を曲率半径Rの球状曲面とした上記プローブ針を、厚さtの上記パッドに押圧したとき、上記先端部は、上記パッド表面の酸化膜を破って上記球状曲面がパッド内部に接触され、6t≦r≦30tの関係を満たすようにした」こと(補正後)によるものであり、電極パッドの厚さtを構成要件としない請求項2に係る発明は、「効率よく電極パッドをせん断でき」るものではない。

(3)回答書において追加された主張の要点
実施の形態1において、電極パッドの厚さt又は曲率半径rを変えることができるのは、それらt・r間に9t≦r1≦35tの関係が維持される範囲内に限られることは段落【0042】の記載から明らかである。図7、8の試験が示す効果を得るためには、電極パッドの厚さは約0.8μmでなければならず、図7、8の試験とは別の図示されない試験で確認された効果を得るために電極パッドの厚さが約0.8μmでなかったとしても、電極パッドの厚さがその効果を左右するものではないということはできない。仮に電極パッドの厚さが0.8μm程度に限られないとしても、ほぼ同様の結果を得るためには、電極パッドの厚さは発明の特定事項であり、具体的には、段落【0042】記載のとおり、電極パッドの厚さtと曲率半径rとが9t≦r1≦35tなる関係になければならない。
したがって、電極パッドの厚さを約0.8μmであるとも、また、電極パッドの厚さtと曲率半径rとが9t≦r1≦35tなる関係にあるとも規定しない請求項2に係る発明は、明細書の発明の詳細な説明及び図面に記載の効果を奏するものではないから、明細書の発明の詳細な説明に記載の発明であるということはできない。
先の審決を不服とする審決取消訴訟(平成17年(行ケ)第10503号)の判決は,『段落【0045】の「上記実施の形態1で示した範囲内で、電極パッドの厚さあるいはプローブ針の先端の曲率半径を変えてもほぼ同様の結果が得られた。」とは、電極パッドの厚さ約0.8μmに対して曲率半径を変えた場合のほかに、電極パッド厚さを変えるとともにそれに応じて曲率半径を変化させた場合においても、表面粗さが0.4μm程度以下で急激にコンタクト回数を増やすことができるという結果が得られたことを意味するということができる。』との判断を示している。この判断に、審理不尽の不備はないが、電極パッドの厚さを変えるとともにそれに応じて曲率半径を変化させた場合といえども、実施の形態1に関する限り、両者は制限なしにいかようにも変え得るというものではなく、あくまでも9t≦r1≦35tなる関係の下での変更であるところ、この事実を看過した誤りがある。すなわち、段落【0042】の「なお、電極パッド厚さが異なると、適正な曲率半径r1もそれに応じて変化するが、9t≦r1≦35tなる関係に基づいて同様な管理を行えばよい。」との記載は、電極パッドの厚さと曲率半径とは9t≦r1≦35tなる関係にあり、無制限に電極パッドや曲率半径を変更することはできないこと、したがって、段落【0045】の記載は、9t≦r1≦35tなる関係の下で電極パッドの厚さを変える途ともにそれに応じて曲率半径を変化させても同様の結果が得られたという意味である。
(4)回答書(II)において追加された主張の要点
段落【0045】は次の記載を含む。
「これはプローブ針の先端に酸化物が付着しにくくなったためと推察でき、上記実施の形態1で示した範囲内で、電極パッドの厚さあるいはプローブ針の先端の曲率半径を変えてもほぼ同様の結果が得られた。」
ここにいう実施の形態1とは、段落【0025】?【0044】に記載の実施の形態をいうが、電極パッドの厚さあるいはプローブ針の先端の曲率半径を変えることについて「実施の形態1で示した範囲内」とはいかなる制限をいうのか、必ずしも明白とはいえない。しかし、その制限は、段落【0045】の記載の趣旨に沿う限り、急激なコンタクト回数の増加、すなわち段落【0044】以前の記載では、コンタクト寿命に良好な結果をもたらすものでなければならないことは明らかである。かかる観点から、コンタクト寿命に関わる次の記載が参照されるべきである。
「【0041】また、同じ球面といえども前述したように電極パッドのせん断変形が容易に発生するか否かで接触の安定性は大きく異なる。DRAM等一般的な集積半導体装置の電極パッドの厚さ約0.8μmに対して曲率半径を変えて同様の試験をした結果を図7に示すが、7?30μmの曲率半径がコンタクト寿命において良好な結果が得られており、好ましくは10?20μmである。7μm以下では曲率半径が小さすぎるため電気的導通面の第一の面に十分な力が加わらずかつ面積が小さいため問題となり、上限の20?30μmは、前述した電極パッドのせん断が発生する範囲の上限である24μmにほぼ一致している。
【0042】なお、電極パッド厚さが異なると、適正な曲率半径r1もそれに応じて変化するが、9t≦r1≦35tなる関係に基づいて同様な管理を行えばよい。」
これらの記載によれば、電極パッドの厚さは約0.8μm、曲率半径は7?30μm、好ましくは10?20μmであり、また電極パッド厚さと曲率半径とは9t≦r1≦35tの関係を管理の条件として変化させることができるとする。この不等式は、(6t≦r≦30t(段落【0029】参照)の範囲内にある、)電極パッド厚さと曲率半径との関係を示す一般式であり、この不等式において、電極パッド厚さtを0.8μmとしたとき、曲率半径r1は0.72?28μmであり、上記試験結果に基づく7?30μmの範囲内にある。また、好ましくは10?20μmである曲率半径r1を下限の10μmとしたとき、電極厚さtは1.11?0.28μmであり、曲率半径r1を上限の20μmとしたとき、電極厚さtは2.22?0.57μmの範囲内にある。
以上のとおりであるから、「実施の形態1で示した範囲内で、電極パッドの厚さあるいはプローブ針の先端の曲率半径を変えてもほぼ同様の結果が得られた。」との記載を考慮するとき、電極パッドの厚さは、0.8μmに限られず、7?30μm、好ましくは10?20μmであり、かつその曲率半径と電極パッドの厚さとが9t≦r1≦35tの関係にあるとの制限の下でのみ、「電極パッドの厚さあるいはプローブ針の先端の曲率半径」を変更することができるということである。
ところで、特許庁審査基準によれば、特許法第36条第6項第1号の規定に適合しないと判断される類型の一つに「請求項において、発明の詳細な説明に記載された、発明の課題を解決するための手段が反映されていないため、発明の詳細な説明に記載した範囲を超えて特許を請求する場合」がある。しかるところ、電極パッドの厚さを約0.8μmであるとも、電極と請求項2において10?20μmである曲率半径rとは9t≦r1≦35tの関係にあるとも規定しない請求項2に係る発明は、発明の詳細な説明に記載の効果を奏するものではなく、発明の課題を解決する手段が反映されていないということができ、発明の詳細な説明に記載した範囲を超えて特許を請求したものであるということができる。

1-2 請求項3について
(1)請求の理由における主張の要点
被請求人は、上記意見書(甲3)において、請求項3の補正は、明細書の段落【0041】に記載の「電極パッドにせん断が発生する範囲」、および【図8】に示された本願発明の構成図に基づくとし、また本願発明は「厚さの小さい電極パッドにせん断変形を起こす」という技術的思想のものであるとし、さらに「表面粗さは、電極パッド厚さに比べ小さい必要があり、例えば本書に添付した【参考図1】に示すように、電極パッド厚さが0.8μm程度であると、半分以下の0.4μm以下の表面粗さを備えたプローブ針でなければ、せん断を起こせないとし、さらにこの事実は出願当初の明細書の段落【0045】の記載および【図8】により十分証明されていると主張しながら、その実、表面粗さは「0.4μm以下」するのみで、この表面粗さが電極パッドの厚さ約0.8μmに対してのものであるという、電極パッド厚との関係を無視している。
したがって、請求項3に係る発明は、段落【0041】、【0045】及び図8に記載のものであるということはできず、またこれらに記載の効果(「コンタクト寿命において良好な結果が得られ」るという効果及び「急激にコンタクト回数を増やすことができる」という効果)を奏するということもできない。
明らかに、電極パッドの厚さ約0.8μmを特定事項としない、請求項3に係る発明もまた、明細書の発明の詳細な説明に記載したものであるとはいえないから、請求項3の記載は特許法第36条6項1号に規定する要件を満たしていない。

(2)弁駁書において追加された主張の要点
「せん断」について、プローブ針の先端部を電極パッドに押圧しさえすれば電極パッドに「せん断」が発生するのであれば、従来技術も押圧しているのであるから「せん断」が発生する筈である。そうでないなら、どのようにプローブ針先端部を押圧すれば電極パッドに「せん断」が生じるのか、あるいは、いかなるプローブ針先端部を押圧すれば電極パッドに「せん断」が生じるのか等が明らかにされなければならない。しかるところ、請求項3には、電極パッドに「せん断」を生じさせる押圧の方法又は「せん断」を生じる電極パッド先端の構造についてなんら記載がない。したがって、押圧による「せん断」とは、従来技術におけると差異のない、プローブ針先端部の押圧によって電極パッド表面の酸化膜を破ること又は絶縁酸化膜を削り取ることであるというほかはない。
「実施の形態1に示した範囲内」とは、実施の形態1に関する「DRAM等一般的な集積半導体装置の電極パッドの厚さ約0.8μmに対して曲率半径を変えて同様の試験をした結果を図7に示すが、7?30μmの曲率半径がコンタクト寿命において良好な結果が得られており、好ましくは10?20μmである。」(段落番号【0041】)の記載の文意から、電極の厚さが約0.8μmでこれに対する曲率半径が7?30、好ましくは10?20μmの範囲内をいうことは明らかである。したがって、上記「電極パッドの厚さ・・・を変えても」とは、電極パッドの厚さ約0.8μmの範囲内でその厚さを変えても、ということである。この電極パッドの厚さ約0.8μmの範囲を逸脱して電極パッドの厚さを変えても同様の結果が得られたと解し得る理由はない。

(3)回答書において追加された主張の要点
「せん断」の通常の意味(ずれ、すなわち固体の内部である面の上下層が逆の向きに力を受けて上下層間に辷りを生ずるような変形(広辞苑))によれば、請求項3にいう「せん断」とは、従来技術における「せん断」と差異のない、プローブ針を電極パッド上で滑らせてその表面の酸化膜を破ることを意味する。したがって、請求項3に係る発明において、「上記プローブ針の先端部の形状は、上記押圧による電極パッドとの接触により当該電極パッドにせん断を発生させる球状曲面形状であ」る点に新規性はなく、格別な効果もない。してみると、表面粗さを0.4μm以下とするのみで、電極パッドの厚さ及び曲率半径の各値を特定事項としない、請求項3に係る発明もまた、表面粗さが0.4μm程度以下で急激にコンタクト回数を増やすことができるという効果を奏することはできない。要するに、電極パッドの厚さを約0.8μmであるとも、また、電極パッドの厚さtと曲率半径rとが9t≦r1≦35tなる関係にあるとも規定しない請求項3に係る発明は、明細書の発明の詳細な説明及び図面に記載の効果を奏するものではないから、明細書の発明の詳細な説明に記載の発明であるということはできない。

(4)回答書(II)において追加された主張の要点
請求項3にいう「せん断」とは、従来技術における「せん断」と差異のない、プローブ針を電極パッド上で滑らせてその表面の酸化膜を破ることを意味する。
なお、プローブ針を用いる半導体装置の検査において、プローブ針を電極パッドの酸化膜下に食い込ませ、該電極パッドを変形させることは本件特許の出願前に周知の事項である(甲5、甲6)。加えて、本件特許に係る先の無効審判事件の審決取消請求事件(平成17年(行ケ)第10503号)の判決(甲7)には、『そうすると,プローブ針先端部の押圧による電極パッドの「せん断」とは,従来技術における「せん断」と差異のない,プローブ針先端部の押圧によって電極パッド表面の酸化膜を破ることを意味すると理解せざるを得ないから,構成Bのうちの「プローブ針の先端部の形状は,上記押圧による電極パッドとの接触により当該電極パッドにせん断を発生させる球状曲面形状であって」との点は,当業者であれば,容易に想到することができたと認められる。』とある。
以上のとおりであるから、請求項3に係る発明において、「上記プローブ針の先端部の形状は、上記押圧による電極パッドとの接触により当該電極パッドにせん断を発生させる球状曲面形状」である点に新規性はなく、格別な効果も認められない。よって、表面粗さを0.4μm以下とするのみで、電極パッドの厚さ及び曲率半径又はそれらの間の関係を特定に必要な事項としない請求項3に係る発明もまた、表面粗さが0.4μm程度以下で急激にコンタクト回数を増やすことができるという効果を奏することはできない。
ところで、特許庁審査基準によれば、特許法第36条第6項第1号の規定に適合しないと判断される類型の一つに「請求項において、発明の詳細な説明に記載された、発明の課題を解決するための手段が反映されていないため、発明の詳細な説明に記載した範囲を超えて特許を請求する場合」がある。しかるところ、電極パッドの厚さを約0.8μmであるとも、電極パッドの厚さtと10?20μmである曲率半径rとは9t≦r1≦35tの関係にあるとも規定しない請求項3に係る発明は、発明の詳細な説明に記載の効果を奏するものではなく、発明の課題を解決する手段が反映されていないということができ、発明の詳細な説明に記載した範囲を超えて特許を請求したものであるということができる。

2 無効理由2(請求項3の特許法第36条第6項第2号違反)について
(1)請求理由における主張の要点
プローブ針の先端部の表面粗さが0.4μm以下であるということは、表面粗さが0μmである場合、すなわちプローブ針の先端部の表面が鏡面である場合を含んでいる。
しかし、発明の詳細な説明には、プローブ針の先端部の表面を鏡面にしたとき、せん断を生じさせることができるとの記載はなく、またコンタクト回数を増やすことができるとの記載もない。図8にも、表面粗さ約0.10μm以下でのコンタクト回数は示されてない。
にもかかわらず、請求項3に係る発明は、鏡面を含むことについての根拠なしに、または下限値を明示することなしに、発明の特定に必要な事項として、「プローブ針の先端部の表面粗さが0.4μm以下である」とするものである。
したがって、請求項3に係る発明は、鏡面を含むことについての根拠がないという点では発明の詳細な説明に記載のものであるということができても、その発明の特定に必要な事項のすべてを記載していないから、結局、特許を受けようとする発明が明確であるとはいえない。
よって、請求項3の記載は、特許法第36条6項2号に規定の要件を満たしていない。

(2)弁駁書において追加された主張の要点
鏡面である場合に、効率よく電極パッドにせん断変形を発生させることができる理由や、急激にコンタクト回数を増やすことができるという効果が得られる理由は明らかでない。また、プローブ針の先端部が鏡面である場合に電極パッドに生じさせることができる、請求項3に記載の押圧による「せん断」とはどのようなせん断であるのか、鏡面とせん断との因果関係がいかなるものであるのか、明らかでない。
少なくとも電極パッドの厚さtを構成要件としない請求項3が、その記載上、特許を受けようとする発明が明確であるとは断じていえない。

(3)回答書(II)において追加された主張の要点
請求項3に係る発明は、プローブ針の先端部の表面粗さが0.4μm以下であることを特徴とする。表面粗さ0.4μm以下には0μmが含まれる。しかし、発明の詳細な説明には、表面粗さを0μmにしたとき、せん断を生じさせることができる旨の記載はなく、またコンタクト回数を増やすことができる旨の記載もない。
ところで、特許庁審査基準は、特許法第36条第6項第2号に違反する例の一つに「範囲をあいまいにする表現がある結果、発明が不明確である場合」があるとし、その一例として「上限又は下限だけを示すような数値範囲限定(「?以上」、「?以下」)がある結果、発明が不明確となる場合」を挙げている。しかるところ、請求項3に係る発明は、発明の特定に必要な事項として、「プローブ針の先端部の表面粗さが0.4μm以下である」とするが、係る事項は、上限だけを示す数値範囲限定に該当し、発明の範囲を不明確にするものである。したがって、請求項3の記載によっては、特許を受けようとする発明が明確であるとはいえない。

3 なお、請求人は回答書(II)において、請求項7に係る特許について無効の主張をしているが、本件無効審判の請求の趣旨は、請求項2、3に係る特許を無効とすべきというものであるところ、請求項7に係る特許についての無効の主張については、請求書の要旨を変更するものとなるから取り上げない。

第5 当審の判断
1 無効理由1(特許法第36条第6項第1号違反)について
1-1 請求項2について
(1)本件明細書の発明の詳細な説明の段落【0045】の記載は、次のとおりである。
「【0045】実施の形態2.図8は本発明の実施の形態2によるプローブ針の表面粗さと接触抵抗が1オームを越えるコンタクト回数の関係を示すもので、電極パッドの厚さ約0.8μmのDRAMに対して先端の曲率半径15μmのプローブ針を用いて試験をした結果である。これより、表面粗さが1μmと粗い場合には20000回程度で寿命を迎えるが、電解研磨などにより面粗度を上げていくと、0.4μm程度以下で急激にコンタクト回数を増やすことができることがわかった。特に0.1μmにした場合には38万回に達し、表面粗さが1μmの場合の約20倍の寿命を達成できる。これはプローブ針の先端に酸化物が付着しにくくなったためと推察でき、上記実施の形態1で示した範囲内で、電極パッドの厚さあるいはプローブ針の先端の曲率半径を変えてもほぼ同様の結果が得られた。」
(2)本件明細書の発明の詳細な説明は、実施の形態1について、段落【0025】ないし【0044】に記載しているから、段落【0045】の「上記実施の形態1で示した範囲内で、」とは段落【0025】ないし【0044】に記載された範囲内であることを意味すると考えられる。そうすると、段落【0045】には、段落【0025】ないし【0044】に記載された範囲内で、電極パッドの厚さあるいはプローブ針の先端の曲率半径を変えても、プローブ針の表面粗さ0.4μm程度以下で急激にコンタクト回数を増やすことができることが記載されているということになる。
(3)そこで、段落【0025】ないし【0044】の記載をみると、次の記載がある。
「【0032】一方、本発明では電極パッド表面と針の接触角度がすべりを発生させやすくかつ針の前面に新生面が形成され、ここが密着(針の長軸方向の力が加わる形状となっている)し、電気的接触面となる。ただし、この面にも従来例と同様にアルミニウムの凝着が発生するが、次のプロービング時に針の滑り方向に位置するため、大きな離脱力が加わり除去され、新生面との接触が常に確保できる。したがって、本発明ではアルミニウム凝着部が残存するのは電気的接触を必要としない第二の曲面の側面に近いところである。この針と従来のフラット針を用いて導通試験した結果を図5に比較して示すが、従来の(b)では500回程度で接触抵抗が1オームを越えてしまう接触不良が発生したのに対し、(a)に示す本発明の針では10000回を越える接触回数において、導通不良は起こっていない。」
「【0041】また、同じ球面といえども前述したように電極パッドのせん断変形が容易に発生するか否かで接触の安定性は大きく異なる。DRAM等一般的な集積半導体装置の電極パッドの厚さ約0.8μmに対して曲率半径を変えて同様の試験をした結果を図7に示すが、7?30μmの曲率半径がコンタクト寿命において良好な結果が得られており、好ましくは10?20μmである。7μm以下では曲率半径が小さすぎるため電気的導通面の第一の面に十分な力が加わらずかつ面積が小さいため問題となり、上限の20?30μmは、前述した電極パッドのせん断が発生する範囲の上限である24μmにほぼ一致している。
【0042】なお、電極パッド厚さが異なると、適正な曲率半径r1もそれに応じて変化するが、9t≦r1≦35tなる関係に基づいて同様な管理を行えばよい。」
そして、図面の図5(a)、(b)は、実施の形態1によるプローブ針を用いた場合の接触安定性を一般的な例と比較して示す説明図であり、横軸を接触回数,縦軸を接触抵抗(mΩ)とするグラフが示されている。
(4)段落【0041】には、DRAM等一般的な集積半導体装置の電極パッドの厚さ約0.8μmに対して曲率半径を変えて試験をすると、7?30μm、好ましくは10?20μmの曲率半径がコンタクト寿命において良好な結果が得られたことが記載され、また、段落【0042】には、電極パッド厚さが異なると、適正な曲率半径r1もそれに応じて変化するが、9t≦r1≦35tという関係に基づいて同様な管理を行えばよいことが記載されている。そして、段落【0041】の試験は、上記のとおり、曲率半径とコンタクト寿命との関係に関するものであるが、段落【0041】より前において、試験を行ったことが記載されているのは段落【0032】だけであるから、段落【0041】の「同様の試験」とは、段落【0032】及びそこで引用する図5の導通試験であると考えられる。
そうすると、本件明細書の発明の詳細な説明には、上記のとおり、電極パッドの厚さ約0.8μmに対して曲率半径を変えること、電極パッド厚さが異なるとそれに応じて適正な曲率半径を変化することが記載されているから、段落【0045】の「上記実施の形態1で示した範囲内で、電極パッドの厚さあるいはプローブ針の先端の曲率半径を変えてもほぼ同様の結果が得られた。」とは、電極パッドの厚さ約0.8μmに対して曲率半径を変えた場合のほかに、電極パッド厚さを変えるとともにそれに応じて曲率半径を変化させた場合においても、表面粗さが0.4μm程度以下で急激にコンタクト回数を増やすことができるという結果が得られたことを意味するということができる。
したがって、「上記曲面の曲率半径rを10≦r≦20μm、表面粗さを0.4μm以下としたこと」により急激にコンタクト回数を増やすことができることが、本件明細書の発明の詳細な説明に記載されているというべきであり、請求項2に係る発明は、本件明細書の発明の詳細な説明に記載したものである。
(5)請求人は、「実施の形態1で示した範囲内で、電極パッドの厚さあるいはプローブ針の先端の曲率半径を変えてもほぼ同様の結果が得られた。」との記載を考慮するとき、電極パッドの厚さは、0.8μmに限られず、7?30μm、好ましくは10?20μmであり、かつその曲率半径と電極パッドの厚さとが9t≦r1≦35tの関係にあるとの制限の下でのみ、「電極パッドの厚さあるいはプローブ針の先端の曲率半径」を変更することができるということであると主張する。
しかしながら、上記(4)のとおり、段落【0045】の「上記実施の形態1で示した範囲内で、電極パッドの厚さあるいはプローブ針の先端の曲率半径を変えてもほぼ同様の結果が得られた。」とは、電極パッドの厚さ約0.8μmに対して曲率半径を変えた場合のほかに、電極パッド厚さを変えるとともにそれに応じて曲率半径を変化させた場合においても、表面粗さが0.4μm程度以下で急激にコンタクト回数を増やすことができるという結果が得られたことを意味するということができる。すなわち、段落【0041】には、DRAM等一般的な集積半導体装置の電極パッドの厚さ約0.8μmに対して曲率半径を変えて試験をすると、7?30μm、好ましくは10?20μmの曲率半径がコンタクト寿命において良好な結果が得られたことが記載されており、これに続く段落【0042】に、「なお、電極パッド厚さが異なると、適正な曲率半径r1もそれに応じて変化するが、9t≦r1≦35tなる関係に基づいて同様な管理を行えばよい」と記載されていることによれば、異なる種々の電極パッドの厚みに対して曲率半径を変えて試験をし、その結果を総合してコンタクト寿命において良好な結果が得られた範囲を表そうとすると9t≦r1≦35tなる関係になるから、この関係に基づいて管理を行えばよいということと解され、結果として、実施の形態1においては、試験は電極パッドの厚さ及びプローブ針の先端の曲率半径を問わず行われたというべきであり、請求人の上記主張は採用できない。
また、請求人は、段落【0029】の不等式6t≦r≦30tと、段落【0042】の不等式9t≦r1≦35tとを一般式として区別していないようであるが、段落【0029】の不等式6t≦r≦30tは、針先の接線方向ベクトル7が電極パッド表面となす角度が15度から35度となる接線角度が得られる条件を針先の曲率半径と電極パッドの厚さtの関係で表わすものであるのに対して、段落【0042】の不等式9t≦r1≦35tは、上記のとおり異なる種々の電極パッドの厚みに対して曲率半径を変えて試験をし、コンタクト寿命において良好な結果が得られた範囲を総合して表わしたものであると解される。このことは、段落【0041】の記載「上限の20?30μmは、前述した電極パッドのせん断が発生する範囲の上限である24μmにほぼ一致し」の『24μm』が、段落【0029】の不等式6t≦r≦30tに、電極パッドの厚さt=0.8μmを代入して得られる上限30tの値『24μm』であることからも裏付けられる。したがって、請求人の主張するように、電極パッドの厚さが0.8μmに対してコンタクト寿命において良好な結果が得られた曲率半径の範囲7?30μm(好ましくは10?20μm)を用いて、曲率半径の範囲7?30μm(好ましくは10?20μm)と、段落【0042】の不等式9t≦r1≦35tとの両者を満たすという制限の下でのみ、電極パッドの厚さを変更できるとする請求人の主張は採用できない。
(6)なお、請求人は、明細書の段落【0057】【発明の効果】の出願時の記載(甲1)と補正後の記載(甲2)を取り上げて、請求項2に係る発明は、効率よく電極パッドをせん断できるものではないと主張している。
しかしながら、本件明細書には、出願当初から、段落【0045】に「0.4μm程度以下で急激にコンタクト回数を増やすことができることがわかった」と記載されていることから、請求項2に係る発明は、コンタクト回数を急激に増やすという顕著な効果を奏するものとして記載されているというべきであり、請求人の上記主張も採用することができない。
(7)以上のとおりであるから、請求項2に係る発明は、本件明細書の発明の詳細な説明に記載したものであり、請求項2に係る特許が特許法第36条第6項第1号の規定に違反してされたものであるということはできない。

1-2 請求項3について
(1)本件明細書の発明の詳細な説明には「せん断」に関連して、次の記載がある。
「【0002】【従来の技術】従来のプローブ針は、図13(a)に示すように、端が鈎型に曲げられたプローブ針202を上下動するプローブカード201に取り付け、半導体集積回路のテスト電極パッド(以下電極パッドと称する)に押し当てる際に電極パッド表面の酸化膜を破って電極パッド新生面に真接触(電気的接触)をさせてテスト(プロービング)を行っていた。・・・」
「【0027】従来の発明においては針先とアルミニウムパッドの接触による変形の観点で現象を明らかにし、これに対して妥当な形状や材料を提案するものは残念ながらなかった。そこで、このせん断変形を容易に生じさせる方法およびアルミニウムの付着防止について鋭意検討・実験を加えた。せん断変形は金属結晶のすべり面に沿って生じる。これに対して、スパッタ時の電極パッド2の結晶配向3は(111)にそろったいわゆるC軸配向になっている。この(111)の滑り面4が電極パッドとなす角度は0度である。また、他の滑り面の中で、電極パッド表面となす角度が最も小さな滑り面5は(110)(101)(011)であり、その角度は35.3度である。滑り面の角度でしかせん断が起こり得ないとすれば、0度もしくは35.3度、といった、とびとびの値でしか、せん断しない筈である。」
「【0028】しかし、実験結果からは、とびとびの値ではなく、滑り面4と5の中間の角度でせん断していることが分かった。これは、上記滑り面4と上記滑り面5に沿ったせん断が組合わさり、図2に示すようなせん断11がおこっているためである。・・・」
「【0030】このプローブ針1を使って、アルミニウムパッド2につけたプローブ痕を図3に示す。プローブ先端で排出されたアルミニウム31が層状(ラメラ)構造になっていることから、プローブ先端がテストパッド材料に連続してせん断変形を起こしているのが分かる。上記層状構造はアルミニウムパッドの厚さ0.8μmを越えて、この例では約1.5μmの厚さで積層されており、アルミニウムパッド上の針先端部の滑り方向の前面に突起を形成するような排斥形態となっている。この排斥状態の従来例を図4に示す。この従来例の場合はすべり方向前面に排斥がほとんど発生していないことがわかる。」
以上の記載によれば、段落【0030】等に記載された実施の形態においては、「せん断」又は「せん断変形」が層状排斥を意味すると理解することができる。しかし、例えば、段落【0027】において、「従来の発明における針先とアルミニウムパッドの接触による変形」を「このせん断変形」とする、すなわち、段落【0002】に記載されたような、プローブ針先端を電極パッドに押し当てる際に電極パッド表面の酸化膜を破って電極パッド新生面に真接触(電気的接触)をさせることによる変形をも、「せん断変形」に相当するとしているから、「せん断」の語が多義的に用いられている。
そうすると、請求項3の記載における、プローブ針先端部の押圧による電極パッドの「せん断」とは、層状排斥に限定された意味での「せん断」ではなく、従来技術における「せん断」と差異のない、プローブ針先端部の押圧によって電極パッド表面の酸化膜を破ることをも含んだいわゆる広い意味での「せん断」を意味するものと理解せざるを得ない。
(2)一方、本件明細書の段落【0045】には、表面粗さが「0.4μm程度以下で急激にコンタクト回数を増やすことができることがわかった」旨記載されている。そうすると、請求項3の「せん断」は上記(1)のとおり広い意味でのせん断と解する他はないとしても、コンタクトが行われるためには、電極パッド表面の酸化膜を破って電極パッド新生面に電気的接触が行われている必要があるから、表面粗さが0.4μm程度以下で急激にコンタクト回数を増やすことができている場合には、請求項3にいう「せん断」が生じているというべきである。
そして、上記1-1のとおり、段落【0045】の「上記実施の形態1で示した範囲内で、電極パッドの厚さあるいはプローブ針の先端の曲率半径を変えてもほぼ同様の結果が得られた。」とは、電極パッドの厚さ約0.8μmに対して曲率半径を変えた場合のほかに、電極パッド厚さを変えるとともにそれに応じて曲率半径を変化させた場合においても、表面粗さが0.4μm程度以下で急激にコンタクト回数を増やすことができるという結果が得られたことを意味するということができるから、「プローブ針の先端部の形状は、上記押圧による電極パッドとの接触により当該電極パッドにせん断を発生させる球状曲面形状であって、かつ、表面粗さは0.4μm以下である」ことにより急激にコンタクト回数を増やすことができることが、本件明細書の発明の詳細な説明に記載されているというべきであり、請求項3に係る発明は、本件明細書の発明の詳細な説明に記載したものである。
(3)なお、請求人は、明細書の段落【0057】【発明の効果】の出願時の記載(甲1)と補正後の記載(甲2)を取り上げて、請求項3に係る発明は、効率よく電極パッドをせん断できるものではないとも主張している。しかしながら、本件明細書には、出願当初から、段落【0045】に「0.4μm程度以下で急激にコンタクト回数を増やすことができることがわかった」と記載されていることから、請求項3に係る発明は、コンタクト回数を急激に増やすという顕著な効果を奏するものとして記載されているというべきであり、請求人の上記主張も採用することができない。
(4)以上のとおりであるから、請求項3に係る発明は、本件明細書の発明の詳細な説明に記載したものであり、請求項3に係る特許が特許法第36条第6項第1号の規定に違反してされたものであるということはできない。

2 無効理由2(請求項3についての特許法第36条第6項第2号違反)について
(1)請求人は、請求項3の「表面粗さは0.4μm以下である」には表面粗さが0μmである場合、すなわち鏡面である場合を含んでおり、また、このような上限だけを示す数値範囲限定は発明の範囲を不明確にするものであるから、特許を受けようとする発明が明確であるとはいえない旨主張する。
しかしながら、本件明細書の段落【0045】には、「表面粗さが1μmと粗い場合には20000回程度で寿命を迎えるが、電解研磨などにより面粗度を上げていくと、0.4μm程度以下で急激にコンタクト回数を増やすことができることがわかった。特に0.1μmにした場合には38万回に達し、表面粗さが1μmの場合の約20倍の寿命を達成できる。これはプローブ針の先端に酸化物が付着しにくくなったためと推察でき、上記実施の形態1で示した範囲内で、電極パッドの厚さあるいはプローブ針の先端の曲率半径を変えてもほぼ同様の結果が得られた。」と記載されており、また、図8の特性図には表面粗さが0.4μm程度以下では、表面粗さが小さくなればなる程コンタクト回数が増えることが示されていることからすれば、表面粗さが0μmに近づけばコンタクト回数を増やすことができることは明らかであるから、上限だけを示す数値範囲限定であっても発明が明確でないとはいえず、請求人の上記主張は採用することができない。
(2)請求人は、請求項3の「せん断」とはどのようなせん断であるのか明らかでない旨主張している。
しかしながら、上記1-2に記載のとおり、請求項3の「せん断」とは、発明の詳細な記載を参酌すれば、層状排斥に限定された意味での「せん断」ではなく、従来技術における「せん断」と差異のない、プローブ針先端部の押圧によって電極パッド表面の酸化膜を破ることをも含んだいわゆる広い意味での「せん断」を意味していることが理解されるから、発明が明確でないとはいえず、請求人の上記主張は採用することができない。
また、請求人は、電極パッドの厚さtを構成要件としない請求項3は、特許を受けようとする発明が明確でないとも主張している。
しかしながら、上記1-1に記載のとおり、本件明細書の段落【0045】の「上記実施の形態1で示した範囲内で、電極パッドの厚さあるいはプローブ針の先端の曲率半径を変えてもほぼ同様の結果が得られた。」とは、電極パッドの厚さ約0.8μmに対して曲率半径を変えた場合のほかに、電極パッド厚さを変えるとともにそれに応じて曲率半径を変化させた場合においても、表面粗さが0.4μm程度以下で急激にコンタクト回数を増やすことができるという結果が得られたことを意味するということができるから、「プローブ針の先端部の形状は、上記押圧による電極パッドとの接触により当該電極パッドにせん断を発生させる球状曲面形状であって、かつ、表面粗さは0.4μm以下である」ことにより、請求項3に係る発明は、急激にコンタクト回数を増やすことができるという格別の作用効果を奏するものである。したがって、請求人の、電極パッドの厚さtを構成要件としない請求項3は、特許を受けようとする発明が明確でないとする上記主張も採用することができない。なお、この点については、本件特許に係る先の無効審判事件の審決取消請求事件(平成17年(行ケ)第10503号)の判決(甲7)においても、『原告は,本件第3発明は,「電極パッドの厚さ約0.8μm,プローブ針の先端の曲率半径15μm」を前提とするから,これを欠いた「表面粗さ0.4μm以下」との数値限定に特段の意味はなく,甲3ないし6に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明することができたと主張するが,上記(3)のとおり,本件第3発明は,電極パッドの厚さやプローブ針の先端の曲率半径を特定しなくても,急激にコンタクト回数を増やすことができるという格別の作用効果を奏するから,本件第3発明は,「電極パッドの厚さ約0.8μm,プローブ針の先端の曲率半径15μm」を前提とするものではない。』と判示されているところである。
(3)したがって、請求項3に係る特許が特許法第36条第6項第2号の規定に違反してされたものであるということはできない。

第5 むすび
以上のとおりであるから、請求人が主張する理由及び提出した証拠によっては、本件の請求項2及び3に係る特許を無効とすることはできない。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2006-11-15 
結審通知日 2006-11-20 
審決日 2006-12-22 
出願番号 特願平11-241690
審決分類 P 1 123・ 537- Y (G01R)
最終処分 不成立  
特許庁審判長 杉野 裕幸
特許庁審判官 小川 浩史
上田 忠
登録日 2002-02-22 
登録番号 特許第3279294号(P3279294)
発明の名称 半導体装置のテスト方法、半導体装置のテスト用プローブ針とその製造方法およびそのプローブ針を備えたプローブカード  
代理人 村上 加奈子  
代理人 安江 邦治  
代理人 高橋 省吾  
代理人 稲葉 忠彦  
代理人 松永 宣行  
代理人 中鶴 一隆  

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