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審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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不服200323305 | 審決 | 特許 |
不服20061161 | 審決 | 特許 |
不服200213631 | 審決 | 特許 |
無効200680047 | 審決 | 特許 |
不服20013967 | 審決 | 特許 |
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審決分類 |
審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) F16J 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) F16J |
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管理番号 | 1166987 |
審判番号 | 不服2005-2222 |
総通号数 | 96 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許審決公報 |
発行日 | 2007-12-28 |
種別 | 拒絶査定不服の審決 |
審判請求日 | 2005-02-09 |
確定日 | 2007-11-02 |
事件の表示 | 特願2001-501782「非接触式軸封装置」拒絶査定不服審判事件〔平成12年12月14日国際公開、WO00/75540〕について、次のとおり審決する。 |
結論 | 本件審判の請求は、成り立たない。 |
理由 |
1.手続の経緯の概要 本願は、1999年(平成11年)6月7日を国際出願日とする出願であって、平成16年12月28日(起案日)付けで拒絶査定がなされ、これに対して、平成17年2月9日に拒絶査定不服審判の請求がなされ、当審において、平成19年3月29日(起案日)付けで拒絶理由の通知を行ったところ、同年6月4日付けで意見書が提出されるとともに明細書の特許請求の範囲を補正する手続補正がなされたものである。 なお、本願については、平成17年3月11日付けで明細書の特許請求の範囲を補正する手続補正がなされたが、当該手続補正は、当審において、平成19年3月6日(起案日)付けの補正の却下の決定をもって、却下されている。 2.本願の請求項に係る発明 本願の請求項1及び2に係る発明は、上記平成19年6月4日付けの手続補正により補正された特許請求の範囲の、それぞれ請求項1及び2に記載された事項により特定される、次のとおりのものと認める(以下、請求項1に係る発明を単に「本願発明」という。)。 「【請求項1】 被軸封機器の回転軸に設けられた回転密封環に軸方向に対向するように配設された静止密封環と、この静止密封環を回転密封環に向けて押圧する付勢手段としてのバネとを備え、静止密封環に形成された複数の給気孔を通してバリアガスをこの静止密封環と回転密封環との相対面するシール面間に供給するように形成される非接触式軸封装置であって、 静止密封環には、この静止密封環が機内側に露出する前端外周側の肩部からバネ嵌挿穴に延びる連通穴が形成されており、 静止密封環へのバリアガスの供給圧が機内ガス圧のプラス1?3barであり、シール面間における径方向中央での上記バリアガスのガス圧が機内ガス圧のプラス0.5?1.5barであり、 上記給気孔の数nが3?24個、これら給気孔に各々介設されている絞り機構の穴径dがφ0.05?3mm、下記の無次元量αが15≦α≦160であることを特徴とする非接触式軸封装置。 α=8hD/nd2 但し、h:シール面隙間 D:軸径 【請求項2】 軸径Dが10?500mmであることを特徴とする請求項1の非接触式軸封装置。」(なお、下線は、補正箇所を示すために審判請求人が付したものである。) 3.刊行物に記載された事項及び発明 (1)刊行物1 本願の国際出願日前に日本国内または外国において頒布された刊行物である、国際公開第99/27281号(以下、「刊行物1」という。)には、「静圧形ノンコンタクトガスシール」に関し、図面とともに、次の事項が記載されている。 (a)「技術分野 本発明は、毒性ガス,可燃性ガス,爆発性ガス,粉体混入ガス等の各種ガスを扱うタービン,ブロワ,コンプレッサ,攪拌機,ロータリバルブ等の回転機器において好適に使用される静圧形ノンコンタクトガスシールに関するものである。」(第1頁第3行-同頁第7行) (b)「背景技術 従来の静圧形ノンコンタクトガスシール101としては、図8に示す如く構成されたもの(以下「従来シール」という)が周知である。 かかる従来シール101は、図8に示す如く、回転軸110に固定された回転密封環102と、シールケース103の円形内周部に一対のOリング106,106を介して軸線方向に移動可能に保持された静止密封環104と、静止密封環104の背面部とシールケース103との間に介装されて、静止密封環104を回転密封環102に向けて押圧附勢するスプリング105とを具備し、両密封環102,104の対向端部に形成される密封端面120,140を、その間に静圧を作用させることにより非接触状態に保持しつつ、密封端面120,140間の環状領域において、その外周側の被密封流体領域たる機内領域Fとその内周側の非密封流体領域たる機外領域(大気領域)Aとをシールするように構成されている。 密封端面120,140間の環状領域には、静止密封環104の密封端面140に形成した浅い凹溝である静圧発生溝109に機内領域Fの圧力(機内圧力)より高圧の窒素ガス等のシールガス108を導入することによって、密封端面120,140間を非接触状態に保持する静圧が生じる。すなわち、静圧発生溝109に導入されたシールガス108は密封端面120,140間に静圧の流体膜を形成し、この流体膜の存在によって、密封端面120,140を非接触状態に保持しつつ、機内領域Fと機外領域Aとをシールする。」(第1頁第8行-第2頁第1行) (c)「静圧発生溝109に導入されるシールガス108の圧力は機内圧力に応じてこれより高く設定されており、閉力を決定するスプリング105のバネ力(スプリング荷重)は、密封端面120,140間の隙間が適正(一般に、5?15μmである)となるように、シールガス108の圧力に応じて設定される。シールガス108はオリフィス183で絞られた上で静圧発生溝109に導入されることから、密封端面120,140の隙間が変動した場合にも、その隙間が自動的に調整されて適正に保持される。すなわち、当該回転機器の振動等により密封端面120,140の隙間が大きくなったときは、静圧発生溝109から密封端面120,140間に流出するシールガス量とオリフィス183を通って静圧発生溝109に供給されるシールガス量とが不均衡となり、静圧発生溝109内の圧力が低下して、開力が閉力より小さくなるため、密封端面120,140間の隙間が小さくなるように変化して、その隙間が適正なものに調整される。逆に、密封端面120,140間の隙間が小さくなったときは、上記したと同様のオリフィス機能により静圧発生溝109内の圧力が上昇して、開力が閉力より大きくなり、密封端面120,140間の隙間が大きくなるように変化して、その隙間が適正なものに調整される。」(第2頁第23行-第3頁第13行) (d)「発明の開示 本発明の目的は、被密封流体領域の圧力条件に拘わらず、被密封流体を良好にシールすることができる静圧形ノンコンタクトガスシールを提供することにある。」(第5頁第21行-同頁第24行) (e)「そして、静止密封環にあっては、第二Oリングの内周部が接触する第二外周部分の直径を、第一Oリングの内周部が接触する第一外周部分の直径より小さくしてある。かかる第一及び第二外周部分に径差があることから、第一Oリングと第二Oリングとの間の第一密閉空間に供給されたシールガスの圧力によって、静止密封環には回転密封環方向への押圧力が作用する。この押圧力は、密封端面を閉じる方向に作用する閉力として機能する。その結果、開力とバランスさせるに必要な閉力を、スプリング荷重のみによって得る場合に比して、スプリング荷重を低減させることができる。 さらに、被密封流体領域と第二密閉空間とは、背圧導入路により連通されていて、被密封流体領域の圧力が静止密封環に背圧として作用するように工夫されている。この背圧によって、静止密封環には回転密封環方向への押圧力が作用する。この押圧力は閉力として機能し、スプリング荷重を更に低減させる。したがって、被密封流体領域の圧力が高い高圧条件下においても、スプリングのバネ力を可及的に小さく設定しておくことできるから、シールガスの供給が停止された運転停止時においても、スプリング荷重により密封端面が激しく衝突して破損,損傷するような虞れがない。しかも、この閉力は被密封流体領域の圧力変動に比例して変化することから、被密封流体領域の圧力が変動する条件下においても、閉力と開力とがバランスして、良好なシール機能を発揮させることができる。」(第7頁第4行-同頁第22行) (f)「発明を実施するための最良の形態 ・・・ 図1?図4に示す静圧形ノンコンタクトガスシール1は、従来シール101とシール機能の基本原理を同一とするものであって、回転軸10に固定した回転密封環2とシールケース3に保持した静止密封環4とを、静圧による流体膜を介在させた非接触状態に保持しつつ、両密封環2,4の対向環状領域の外周側領域である被密封流体領域Fとその内周側領域である非密封流体領域Aとをシールするように構成されたものである。」(第9頁第10行-同頁第19行) (g)「両密封環2,4の対向端部には、夫々、内外径D1,D2を同一とする回転側密封端面20及び静止側密封端面40が形成されている。」(第10頁第17行-同頁第18行) (h)「静止密封環4の外周部の直径は一定ではなく、Oリング係止部43より後側(ケース壁部側)の部分であって第二Oリング62の内周部が接触する第二外周部分42の直径d2を、Oリング係止部43より前側(回転密封環側)の部分であって第一Oリング61の内周部が接触する第一外周部分41の直径d1より小さく設定してある。すなわち、d2<d1としておくことによって、第一密閉空間71に後述するシールガス8が供給された場合に、その圧力(以下「シールガス圧力」という)Psにより静止密封環4に回転密封環方向(前方向)へのスラスト力が作用するように工夫されている。このスラスト力は密封端面20,40を閉じる方向に作用する閉力(以下「シールガス閉力」という)T2として機能し、T2=(π/4)((d1)2-(d2)2)Psで与えられる。」(第11頁第20行-第12頁第3行) (i)「静止密封環4には、図2に示す如く、機内領域Fと第二密閉空間72とを連通する背圧導入路45が形成されている。すなわち、背圧導入路45は、一端部を静止密封環4の密封端面側外周部分(静止密封環4の前端部における密封端面40より外周側の環状部分)48に開口させると共に他端部を静止密封環4の背面部に開口させたもので、機内ガスを機内領域Fから第二密閉空間72へと導入させ、機内圧力Pfと同一圧力を静止密封環4に背圧pf(=Pf)として作用させるようになっている。この背圧pfにより、静止密封環4にはこれを前方向(回転密封環方向)へと押圧するスラスト力が作用する。このスラスト力は密封端面20,40を閉じる方向に作用する閉力(以下「背圧閉力」という)T1として機能する。」(第12頁第20行-第13頁第2行) (j)「第二密閉空間72には、静止密封環4を回転密封環方向に押圧附勢する複数個のスプリング5…(一個のみ図示)が設けられている。これらのスプリング5… は、回転軸10を中心とする環状領域に所定間隔を隔てて並列させた状態で、静止密封環4の背面部とケース壁部33との間に配設されている。各スプリング5のバネ力は、次の第1及び第2の条件を満足する範囲内で必要最小限に設定されている。 すなわち、第1の条件は、全スプリング5… のバネ力(スプリング荷重)によって得られる閉力(以下「スプリング閉力」という)T3が、後述する開力U1,U2とバランスするに必要な閉力を確保する上で、前述した閉力T1,T2によっては不足する分を補いうるに必要且つ充分なものとなることである。」(第13頁第13行-同頁第23行) (k)「静止側密封端面40には、図3及び図4に示す如く、当該密封端面40と同心の環状をなして並列する複数の静圧発生溝9… が形成されている。そして、シールケース3及び静止密封環4には、機内圧力Pfよりも高圧のシールガス8を静圧発生溝9… に供給する一連のシールガス供給路80が形成されていて、従来シール101におけると同様に、静圧発生溝9…に導入されたシールガス8により密封端面20,40間を非接触状態に保持しつつ、機内領域Fと大気領域Aとの間をシールするようになっている。 シールガス供給路80は、図1、図3及び図4に示す如く、シールケース3に形成した第一通路81と静止密封環4に形成した第二通路82とを第一密閉空間71により連通接続してなる一連のものである。 ・・・(略)・・・ 第二通路82の一端部はOリング係止部43を貫通して第一密閉空間71に開口されており、その他端部は分岐して各静圧発生溝9の長手方向中央部に開口されている。第二供給路82には、各静圧発生溝9への分岐部分より上流側の適所に配して、冒頭で述べたオリフィス183と同様の機能を発揮させる適宜の絞り機構(この例では、オリフィス)83が設けられている。」(第14頁第4行-同頁第22行) (l)「図示しないシールガス供給源から第一通路81に供給されるシールガス圧力Psは、次のような理由から、オリフィス83を通って第二通路82から各静圧発生溝9に導入されるシールガス8の圧力つまり各静圧発生溝9内における圧力(以下「ポケット圧力」という)psが機内圧力Pfより0.5?1.5bar高くなるように、制御されている。すなわち、静止密封端面40に形成される静圧発生溝9,9相互間の密封端面部分(以下「溝間ランド部分」という)49の周方向長さRは後述するように静圧発生溝9の溝幅bと同一又は略同一の寸法に設定されるが、ps<Pf+0.5barであると、密封端面20,40間に形成されるシールガス8による流体膜の圧力分布が溝間ランド部分49に対応する部分で大きく変動して、溝間ランド部分49に対応する部分における流体膜圧力が機内圧力Pfより低下して、溝間ランド部分49と回転側密封端面20との間から機内ガスが機外領域Aに漏洩する虞れがある。また、ps>Pf+1.5barであると、密封端面20,40から機内領域Fへのシールガス洩れ量が必要以上に増大する。 この例では、ポケット圧力psを上記した如くPf+0.5bar≦ps≦Pf+1.5barに維持するために、シールガス圧力PsをPf+1.5bar≦Ps≦Pf+2.5barとなるように制御している。」(第15頁第5行-同頁第21行) (m)「各静圧発生溝9は静止密封環4の軸心を中心とする円弧形状をなすものであり、すべての静圧発生溝9… は同一形状とされている。静圧発生溝9の形成数は、一般に、3?12個の範囲においてシール条件(静止側密封端面40の内外径D1,D2等)に応じて適宜に設定される。この例では、4個の静圧発生溝9… が静止密封端面40の周方向に等間隔Rを隔てて形成されている。」(第17頁第15行-同頁第20行) (n)「したがって、静圧発生溝9の溝幅b,溝深さL,溝間ランド部分49の周方向長さR,外側ランド幅Bo,内側ランド幅Biを上記した如く設定しておくことにより、各領域F,Aへのシールガス洩れ量を可及的に少なくしつつ密封端面20,40を適正な非接触状態に保持させることができ、良好なシール機能を発揮させることができる。」(第19頁第21行-同頁第25行) ここで、上記摘記事項(j)における「これらのスプリング5… は、回転軸10を中心とする環状領域に所定間隔を隔てて並列させた状態で、静止密封環4の背面部とケース壁部33との間に配設されている。」との記載、並びに、図1及び図3等の記載(特に、静止密封環(4)背面部(回転密封環(2)と反対の側)において、スプリング(5)の一端が当接している部位が凹状に形成されている点)に照らせば、スプリング(5)は静止密封環(4)背面部の凹部に嵌挿されていることが認められる。 また、図1、図3、及び図4等に示される静圧発生溝(9)の位置からして、静圧発生溝(9)におけるシールガス(8)の圧力(ポケット圧力)(ps)は、シール面を構成する回転側密封端面(20)及び静止側密封端面(40)の間における径方向中央でのシールガス(8)のガス圧に相当するものということができるから、上記摘記事項(l)は、当該ガス圧(ps)が機内圧力(Pf)のプラス0.5?1.5barであることを開示している。 さらに、「第二通路82の ・・・ 他端部は分岐して各静圧発生溝の長手方向中央部に開口されている。」(上記摘記事項(k)を参照)との記載、及び、「静圧発生溝9の形成数は、一般に、3?12個の範囲においてシール条件(・・・)に応じて適宜に設定される。」(上記摘記事項(m)を参照)との記載によれば、第二通路(82)は、その途中で分岐しており、その分岐部分から静圧発生溝(9)に近い側においては、3?12個の範囲で設けられる該静圧発生溝(9)の数に等しい数存在しているものと認められる。 以上の記載事項にかんがみれば、刊行物1には、次の発明(以下、「刊行物1の発明」という。)が記載されているものと認められる。 「回転機器の回転軸(10)に設けられた回転密封環(2)に軸方向に対向するように配設された静止密封環(4)と、この静止密封環(4)を回転密封環(2)に向けて押圧する付勢手段としてのスプリング(5)とを備え、該スプリング(5)は静止密封環(4)背面部の凹部に嵌挿されており、また、静止密封環(4)に形成された複数の第二通路(82)を通してシールガス(8)をこの静止密封環(4)と回転密封環(2)との相対面する回転側密封端面(20)及び静止側密封端面(40)の間に供給するように形成されるノンコンタクトガスシール装置であって、静止密封環(4)には、この静止密封環(4)が機内領域(F)に露出する静止密封環(4)密封端面側外周部分(48)から第二密閉空間(72)に延びる背圧導入路(45)が形成されており、静止密封環(4)へのシールガス(8)の供給圧(Ps)が機内圧力(Pf)のプラス1.5?2.5barであり、回転側密封端面(20)及び静止側密封端面(40)の間における径方向中央での上記シールガス(8)のガス圧(ps)が機内圧力(Pf)のプラス0.5?1.5barであり、上記第二通路(82)の数が3?12個であり、これら第二通路(82)は静圧発生溝(9)に開口しており、また、これら第二通路(82)の分岐部分より上流側に絞り機構(83)が介設されている非接触式軸封装置。」 (2)刊行物2 本願の国際出願日前に日本国内において頒布された刊行物である、熊谷直宣「非接触ガスシールについて」,潤滑,社団法人 日本潤滑学会,昭和45年9月25日,第15巻,第9号,第555頁-第560頁(以下、「刊行物2」という。)には、次の事項が記載されている。 (o)「本項では半径方向の流れをシールする円板型シール面をベローズで支持する型式のものにつきその理論と実験結果を述べる.」(第555頁左欄第11行-同欄第13行) (p)「2.静圧気体軸受型シール 2.1 オリフィス絞り型シール この型のシールは図1のように,オリフィス絞りを持つ静圧気体スラスト軸受と同じ構造で,外部から加圧気体をオリフィス絞りを通じてすきまに供給してシール円板を押し上げてすきまを保つもので,シール面に働く力WSとベローズに作用する力WBとがバランスしてすきまを一定値に保持する.」(第555頁左欄第14行-同頁右欄第2行) (q)「筆者ら8)が実験した装置は図5のような構造で,シール面はra=39mm,ri=20mm,rs=32mmで加圧空気は径0.4mmの絞り4個から幅2mm深さ0.3mmのリング状プールに入りすきまに流入する*.ロータを静止した状態でシール面の特性を求めたのが図6で加圧空気圧P0をP1より高く P0/Pa=4 一定に保ち P1/Pa=2.5 で G1=0 になるようベローズ内圧PBを与えこのときの P1/PB の値になるようP1とPBを変化させてすきまhと漏洩量G1を求めたもので,流量は理論値とよく一致しているが,すきまは実験値の方が約2.5μ小さい.これはすきまの計測に空気マイクロメータを使用してシール円板とロータが接触した状態からの浮き上り量を求めたものであるが,シール面とロータ面にわずかのうねりがあり図の値は有効なすきまよりうねりの分だけ小さくなっているためと思われる. (図7) つぎに静止状態でG=0に調節し,そのままの状態でロータの回転数を500rps(30 000rpm)まで上げたときのすきま,流量,ロータとシール面との間の振動の変化は図7のようになった.回転数の上昇とともにすきまは減少し流量はある回転数から逆流している.これは静止状態の半径方向の流れにロータの回転による円周方向の流れが加わって圧力分布が変化したためと考えられる.また振幅は180rps付近に山があるが,これはロータを図5のように空気軸受で支持しているため,ロータの一次の共振点がこの点にあるからで,ロータは約15μの振幅を示すがシール円板はよくこれに追従しロータに対して約5?7μの振幅をしめすだけである.」(第557頁左欄下から8行-同頁右欄第19行(図7を除いて数えた行数)) (r)刊行物2の第557頁に掲げられた図7には、ロータの回転数n[rps]とすきまh[10-3mm]との関係を示す実験結果が示されている。それによれば、nを0から500rpsまで変化させたとき、hは、シール面に流入する加圧空気の圧力の条件によっても異なるが、概ね 13×10-3mmから 25×10-3mmの間で推移している。 そうすると、刊行物2には、次の発明(以下、「刊行物2の発明」という。)が記載されているものと認められる。 「ロータに軸方向に対向するように配設されたシール円板と、このシール円板をロータに向けて押圧するベローズとを備え、シール円板に形成された複数の絞りを通して加圧空気をこのシール円板とロータとの相対面するシール面間に供給するように形成される非接触ガスシール装置であって、上記絞りの数が4個、これら絞りの径が0.4mm、上記加圧空気が上記絞りから流入するリング状プールの幅が2mm、ロータの回転中心軸から測った上記リング状プールの内縁の半径rsが32mm、ロータのシール円板対向部の外縁の半径raが39mm、ロータのシール円板対向部の内縁の半径riが20mmである非接触ガスシール装置。」 そしてまた、当該刊行物2には、上記刊行物2の発明において、ロータを回転数0から500rpsの間で回転させることにより、シール面間のすきまhが概ね 13×10-3mmから 25×10-3mmの間で推移することも記載されている。 (3)刊行物3 本願の国際出願日前に日本国内において頒布された刊行物である、鷲田彰『新・メカニカルシール』,日刊工業新聞社,昭和57年12月25日,初版1刷,第150頁-第154頁(以下、「刊行物3」という。)には、次の事項が記載されている。 (s)「3.4.3非接触形シールの概要 本項では非接触シールの概要を述べるものとする. 高温高圧の液体で高速用のもの,および種々の条件のドライガス用として非接触シールが用いられる.多くの種類があり,ハイロドロスタティックシール,ハイドロダイナミックシールと称するものにも非接触にするものがある.これは,密封端面(会合面ないし対応面という方がふさわしい)内の流体膜の圧力による従動リングに対する逆推力と,従動リングの背部の流体圧力とスプリングの力による,この従動リングに対する密封端面方向への推力とを自動的に平衡させるもので,そのために,密封端面のすき間量は自動的に調整されるようにする.したがって,漏れ量は当然接触形よりも多い(すき間量はふつう10ミクロン?30ミクロン).このすき間量を非接触の範囲内で小さくするのには,仕様に対する取付け機器やシールの設計技術および製造技術が問題になる.また,そのために,流体膜の圧力の制御とか昇圧の方法がいろいろ工夫されている.」(第150頁第8行-同頁第21行) (t)「大場,清水らはオリフィス絞り形のシールの設計法を述べ,炉頂圧ガスタービンに対する適用例を示しているが,オリフィスの絞り量を変えることができるものである.その構造を図3.27に,設計仕様を表3.29に,端面のすき間と供給ガス消費量を図3.28のように示している.」(第154頁第6行-同頁第9行) 4.対比・判断 本願発明と刊行物1の発明とを対比すると、刊行物1の発明における「回転機器」は、本願発明における「被軸封機器」に相当し、同様に、「スプリング(5)」は「バネ」に、「第二通路(82)」は「給気孔」に、「シールガス(8)」は「バリアガス」に、「回転側密封端面(20)及び静止側密封端面(40)の間」は「シール面間」に、「ノンコンタクトガスシール装置」は「非接触式軸封装置」に、「機内領域(F)」は「機内側」に、「静止密封環(4)密封端面側外周部分(48)」は「前端外周側の肩部」に、「背圧導入路(45)」は「連通穴」に、「機内圧力(Pf)」は「機内ガス圧」に、それぞれ相当し、また、刊行物1の発明における「第二密閉空間(72)」には、スプリング(5)が介挿されているから、当該空間は本願発明におけるバネ嵌挿穴と、バネ介挿空間という点で一致するから、両者は、本願発明の用語に従えば、 「被軸封機器の回転軸に設けられた回転密封環に軸方向に対向するように配設された静止密封環と、この静止密封環を回転密封環に向けて押圧する付勢手段としてのバネとを備え、静止密封環に形成された複数の給気孔を通してバリアガスをこの静止密封環と回転密封環との相対面するシール面間に供給するように形成される非接触式軸封装置であって、静止密封環には、この静止密封環が機内側に露出する前端外周側の肩部からバネ介挿空間に延びる連通穴が形成されており、静止密封環へのバリアガスの供給圧が機内ガス圧のプラス1.5?2.5barであり、シール面間における径方向中央での上記バリアガスのガス圧が機内ガス圧のプラス0.5?1.5barであり、上記給気孔の数nが3?12個である非接触式軸封装置。」 である点で一致し、次の相違点1及び2において相違している。 相違点1: 本願発明では、連通穴がバネ嵌挿穴に延びているのに対し、刊行物1の発明では、背圧導入路(45)がバネ(スプリング(5))介挿空間ということができる第二密閉空間(72)に延びているものの、当該背圧導入路(45)は、スプリング(5)が嵌挿されている静止密封環(4)背面部の凹部には延びていない点。 相違点2: 本願発明では、絞り機構が給気孔に各々介設されているとともに、絞り機構の穴径dがφ0.05?3mm、無次元量 α=8hD/nd2 が 15≦α≦160であるのに対し、刊行物1の発明では、絞り機構(83)が第二通路(82)の分岐部分より上流側に介設されていて、その絞り機構(83)の穴径d及び上記無次元量αの値は不明である点。 そこで、以下、上記相違点1及び2について検討する。 〈相違点1について〉 刊行物1の発明において、背圧導入路(45)が延びている第二密閉空間(72)は、前説示の通りスプリング(5)介挿空間ということができるものであり、そのスプリング(5)が嵌挿されている静止密封環(4)背面部の凹部と連通している。そうすると、当該背圧導入路(45)の機能、すなわち、機内領域(F)と第二密閉空間(72)とを連通させるという機能にかんがみれば、背圧導入路(45)を、機内領域(F)から、第二密閉空間(72)に連通した静止密封環(4)背面部の凹部に延びたものとすることは、当該機能を果たすための一具体的態様として、当業者が適宜選択し得た設計的事項というべきである。よって、刊行物1の発明において、かかる設計変更を施して、背圧導入路(45)を同凹部に延びたものとし、もって、上記相違点1に係る本願発明の構成を採用することは、当業者であれば、通常の創作能力の発揮によりなし得たことであると認められる。 〈相違点2について〉 刊行物1の発明と刊行物2の発明とは、回転軸のための非接触式封止装置という共通の技術分野に属し、回転側のシール面と静止側のシール面との間にシールのための気体を絞り機構を介して供給するという、共通の構成を有する。よって、刊行物1及び2に接した当業者であれば、刊行物1の発明において、絞り機構の具体的配置及び径、並びに、シールガスをシール面に供給する通路(第二通路(82))が開口する静圧発生溝(9)の配置及び幅について、刊行物2の発明の構成を適用することは、容易に行い得たことであると認められる。すなわち、当業者であれば、刊行物2の発明のかかる構成である、「絞りの数が4個、これら絞りの径が0.4mm」であり「加圧空気が上記絞りから流入するリング状プールの幅が2mm、ロータの回転中心軸から測った上記リング状プールの内縁の半径rsが32mmである」という構成、さらには、それに加えて、「ロータのシール円板対向部の外縁の半径raが39mm、ロータのシール円板対向部の内縁の半径riが20mmである」という構成を、刊行物1の発明に適用することに、困難性は存しないものと認められる。このとき、静圧発生溝(刊行物2の用語でいう「リング状プール」)の中心の直径を、本願明細書(日本語国際公開パンフレット(職権)を参照; 以下、単に「本願明細書」という。)の発明の詳細な説明(本願明細書第7頁第26行-第8頁第8行を参照)及び第2図における記号Dcに照らして、Dc1とすると、Dc1=2rs+(溝幅)=66mm であり、また、上記摘記事項(r)よりシール面間すきまhは13×10-3mmから 25×10-3mmの程度であるから、無次元量である α’=8hDc1/nd2 を計算すると、n=4,d=0.4mm であることより、α’は、有効数字2桁として、11?21ということになる(なお、上記のすきまhの数値範囲は、刊行物3に「すき間量はふつう10ミクロン?30ミクロン」と記載されている(上記摘記事項(s)を参照)こととも整合する)。また、本願明細書の発明の詳細な説明の上記箇所に、πh(Di+Do)=πh×2Dc とあることにかんがみて、刊行物2の発明における ri+ra=Dc2 とすると、Dc2=59mm であるから、α’=8hDc2/nd2 として、これを同様に計算すると、有効数字2桁として、9.6?18ということになる。そして、本願明細書の発明の詳細な説明に記載されているように、Dcは回転軸の軸径Dに応じた寸法に設定される値であって、DcをDに置き換えることが可能であり、そうするとα’がαに置き換わることになるから(本願明細書第8頁第6行-同頁第8行を参照)、上記α’を11?21または9.6?18とすることに困難性がない以上、αもまた、11?21または9.6?18の数値範囲を選択することに、困難性は存しない。ここで、n=4,d=0.4mm,α=11?21または9.6?18という数値ないし数値範囲は、上記相違点1に係る本願発明の構成である、n=3?24,d=0.05?3mm,15≦α≦160という数値範囲と重なりを有している(n及びdについては、後者は前者を包含しており、また、αについては、後者はその数値範囲の一部(15≦α≦21または15≦α≦18)において前者の数値範囲の一部と一致している)。してみれば、刊行物1の発明に刊行物2の発明を適用して、上記相違点2に係る本願発明の構成を採用することは、当業者であれば容易になし得たものと認められる。 そして、本願発明の奏する作用効果について検討しても、刊行物1及び2の発明並びに刊行物1ないし3の記載事項(特に、刊行物1及び2における上記摘記事項(n)及び(r)、また、刊行物3において、上記摘記事項(s)に「すき間量を非接触の範囲内で小さくする」ことが記載されている点、並びに、上記摘記事項(t)に「オリフィスの絞り量を変える」ことにより「端面のすき間」及び「供給ガス消費量」が影響を受けることが示唆されている点を参照)から、当業者が本願国際出願前に予測し得た範囲のものであると認められ、格別なものということはできない。 よって、本願発明は、刊行物1ないし3に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明することができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができないものである。 5.サポート要件に関する判断 本願発明は、シール面隙間h、軸径D、給気孔の数n、及び絞り機構の穴径dを用いて表された数式 α=8hD/nd2 によって、αという技術的な変数(パラメータ)を定義し、その定義された変数がとる数値範囲を数式 15≦α≦160 で限定することにより、物を特定した発明であって、いわゆるパラメータ発明に関するものということができる。このようなパラメータ発明において、特許請求の範囲の記載が、特許法第36条第6項第1号に規定される要件(以下、「サポート要件」という。)に適合するためには、発明の詳細な説明は、(i) その数式が示す範囲と得られる効果(性能)との関係の技術的な意味が、特許出願時において、具体例の開示がなくとも当業者に理解できる程度に記載するか、または、(ii) 特許出願時の技術常識を参酌して、当該数式が示す範囲内であれば、所望の効果 (性能) が得られると当業者において認識できる程度に、具体例を開示して記載することを要する。(必要であれば、知財高裁 平成17年11月11日判決(平成17年(行ケ)第10042号 特許取消決定取消請求事件)を参照。) 本願についてさらに検討すると、本願明細書の発明の詳細な説明には、本願発明の作用効果に関し、「上記の無次元量αは、静止密封環に設けられる給気孔の数n、および、これら給気孔に介装されるオリフィスあるいはキリ穴等から成る絞り機構の穴径dと、シール面から漏れ出すガス量との関係を表わしたものである。この無次元量αが上記の範囲(審決注: 1≦α≦200 の範囲)に入るように設定することで、安定したシール性が確保され、また、バリアガスの消費量が抑えられた非接触式軸封装置となる。なお、上記無次元量αが15≦α≦160の範囲であれば、シール性能とバリアガス消費量についての特性とがさらに良好な装置となる。」(発明の開示の欄に属する本願明細書第4頁第7行-同頁第13行)との記載がなされている。 そこで、まず、給気孔の数n及び絞り機構の穴径dが本願発明の特定する範囲であることを前提に、αが 1≦α≦200または15≦α≦160 の範囲内であれば、上記の作用効果が得られるということが、本願国際出願時において当業者が認識できるように、発明の詳細な説明が記載されているか否かを審究する。本願明細書の発明の詳細な説明には、αについて、「上記の無次元量αは、シール面間隙間が内周側と外周側とで開口する合計の開口面積Soと、オリフィス穴の合計の断面積Siとの比に対応する量である。」(明細書第7頁第26行-同頁第27行)と記載されるとともに、次の記載も認められる。 「供給されるバリアガスGsの量は、給気孔9bの数と、これらに介装されているオリフィス12の穴径dから決まり、この供給ガスの全量がシール面隙間から内外の各径方向に漏れる。その漏れ量はシール面隙間の内周側と外周側との合計開口面積に比例した量となる。 そして、この供給ガスによってシール面中央の圧力を一定値以上に保つためには、シール面隙間から漏れる量が供給量より多くてはならない。そのために、上記したシール面隙間の合計開口面積に制限が生じる。 これらのことから、前記した無次元量αを1?200の範囲とすることによって、シール面を非接触にして機内ガスを大気に漏らすことなく、かつ、少ないバリアガス消費量で安定したシール機能を備える非接触式軸封装置とすることが可能となっている。」(明細書第8頁第13行-同頁第23行) しかしながら、上記の記載を参照するとともに本願国際出願時の技術常識を斟酌しても、αが 1≦α≦200または15≦α≦160 の範囲内であることにより、なぜ上記の作用効果が得られるかが、当業者が理解できるように明らかになっているとは認められない。たとえば、上記の説明には、「供給されるバリアガスGsの量は、給気孔9bの数と、これらに介装されているオリフィス12の穴径dから決まり」とあるが、供給されるバリアガスGsの量は、給気孔の数やオリフィスの穴径のほかにも、バリアガスGsの供給圧や、バリアガスGsの物性(たとえば、バリアガスGsの粘性)、さらには温度など、他の因子にも依存するものと推測される。(少なくとも、給気孔の数及びオリフィスの穴径を特定すれば供給されるバリアガスGsの量が決定されるといったことを裏付ける説明はなく、また、それが技術常識に属するとも認められない。) そうすると、供給されるバリアガスGsの量が、給気孔の数と、これらに介装されているオリフィスの穴径dから決まることを踏まえた、上記の、αの数値限定と作用効果との関係に係る説明は、その前提からして、是認することができない。 この点に関し、上記平成19年6月4日付けの手続補正により補正された特許請求の範囲では、その請求項1に、「静止密封環へのバリアガスの供給圧が機内ガス圧のプラス1?3barであり、シール面間における径方向中央での上記バリアガスのガス圧が機内ガス圧のプラス0.5?1.5bar」であるとの限定が付加された。しかしながら、本願明細書において、αの数値限定と、「安定したシール性が確保され、また、バリアガスの消費量が抑えられた非接触式軸封装置」が得られるという作用効果との関係に関する説明は、上記のとおり、供給されるバリアガスGsの量が、給気孔の数と、これらに介装されているオリフィスの穴径dから決まることを踏まえてなされている点に、変わりはない。そして、上記のバリアガスの圧力に係る限定を付加することによりαの数値限定と作用効果との関係を当業者が理解できるように明らかにするような、理論的背景等の根拠が本願明細書に与えられているわけでもない。 さらにいえば、「無次元量αは、シール面間隙間が内周側と外周側とで開口する合計の開口面積Soと、オリフィス穴の合計の断面積Siとの比に対応する量である」ことをいう説明の中で、上記の比α’(=So/Si)について、α’=8hDc/nd2 と、シール面(9s)の中央を通る円の直径Dc等により表した式(本願明細書第8頁第5行)を示しつつ、「このDcをDに置き換えて ・・・ 無次元量αが定義されている」(本願明細書第8頁第7行-同頁第8行)とし、Dcを回転軸(1)の軸径Dに置き換えているが、その置き換えについては、「Dcは ・・・ Dに応じた寸法に設定される値」である(本願明細書第8頁第6行-同頁第7行)こと以外に特段の根拠が示されておらず、したがって、αとSo/Siとの関係も、正確なところは不明である。よって、たとい、上記の前提の点を措いたとしても、αの技術的意義は、明確でないといわなければならない。 以上検討したとおり、αの範囲と得られる効果(性能)との関係の技術的な意味が、本願国際出願時において、具体例の開示がなくとも当業者に理解できる程度に記載されているとは、認めることができない。 (なお、上記4.において、本願発明の奏する作用効果は、当業者が本願国際出願前に予測し得た範囲のものであって、格別なものということはできない旨を説示したが、本願発明の作用効果が当業者の予測し得た範囲のものであったか否かと、本願明細書の発明の詳細な説明に、本願発明の発明特定事項と得られる効果(性能)との関係の技術的な意味が、当業者に理解できる程度に記載されているか否かとは、別異の事項であるから、両事項についての上記の説示は、何ら不整合ではない。) 次に、本願国際出願時の技術常識を参酌することを前提とするとともに、給気孔の数n及び絞り機構の穴径d、さらにはバリアガスの供給圧及びシール面間における径方向中央でのバリアガスのガス圧が、本願発明の特定する範囲であることを前提としたときに、αが 1≦α≦200または15≦α≦160 の範囲内であれば、上記の所望の効果 (性能) が得られると、当業者において認識できる程度に、発明の詳細な説明に具体例が開示されているかについて、検討する。かかる具体例に関しては、本願明細書の発明の詳細な説明に、表1が掲げられ、そこには「実施例1」ないし「実施例7」及び「比較例1」ないし「比較例3」が示されている。しかしながら、実施例の数自体が限られているうえ、実験に用いたバリアガスの特定もなされておらず、また、バリアガスの供給圧についても、「実施例5」を唯一の例外として(「4bar」の値)、その余はすべて同一(「2bar」の値)である。してみれば、果たしてαが 1≦α≦200または15≦α≦160 の範囲内であれば、バリアガスの種類(バリアガスの種類により、たとえば、当該ガスの粘性が変化する)や温度等の諸条件によらず、また、上記したバリアガスの供給圧及びシール面間におけるガス圧についても、上記限定の範囲内でとる値によらず、既述の作用効果が得られるかどうかは、まったく不明であるといわなければならない。(なお、発明の詳細な説明には、バリアガスの特定に関し、「窒素ガスなどのバリアガス」との記載(本願明細書第2頁第7行)や「例えばN2ガスなどのバリアガスGs」との記載(本願明細書第6頁第14行-同頁第15行)が認められるが、上記各実施例及び比較例に係る実験においても窒素ガスが用いられたか否かは不明である。) そして、本願国際出願時の技術常識を参酌すれば上記の不明が明確になるということもできない。したがって、本願国際出願時の技術常識を参酌しても、給気孔の数n及び絞り機構の穴径d、さらにはバリアガスの供給圧及びシール面間における径方向中央でのバリアガスのガス圧が、本願発明の特定する範囲であることを前提としたときにαが 1≦α≦200または15≦α≦160 の範囲内であれば、上記の所望の効果 (性能) が得られると、当業者において認識できる程度に、発明の詳細な説明に具体例が開示されているとは、認められない。 以上審究したところから明らかなように、本願発明に係る特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第1号に規定されるサポート要件に適合するものではない。 6.審判請求人の主張について 審判請求人は、平成19年6月4日付けの意見書(以下、単に「意見書」という。)において、種々の主張を行っているところ、それら主張のすべてを精査したが、いずれも、拒絶の理由を覆すに足るものではない。以下、意見書における主張に関する検討の概略を記す。 (1)進歩性(非容易想到性)に関する主張について ア.補正で限定した構成(連通穴がバネ嵌挿穴に延びている点)について 審判請求人は、意見書中で、概ね次のように主張している。すなわち、平成19年6月4日付けの手続補正後の本願発明は、「静止密封環(9)には、この静止密封環(9)が機内側(A)に露出する前端外周側の肩部からバネ嵌挿穴(9a)に延びる連通穴(9d)が形成されて」との構成を備える。これに対し、刊行物1に記載された発明においては、背圧導入口(45)があるものの、バネ嵌挿穴(スプリング(5,105)の嵌挿穴)には延びておらず、静止密封環(4)の背面部に開口している。よって、本願発明では、連通穴の長さをバネ嵌挿穴(9a)の長さだけ短くすることができ、圧力損失を著しく小さくすることができる。また、静止密封環(9)の背面にはバネ嵌挿穴(9a)が存在するのみであるから、静止密封環(9)の強度も優れ、穿孔も容易である。 しかしながら、刊行物1の発明における背圧導入路(45)の機能、すなわち、機内領域(F)と第二密閉空間(72)とを連通させるという機能にかんがみれば、背圧導入路(45)を、機内領域(F)から、第二密閉空間(72)に連通した静止密封環(4)背面部の凹部に延びたものとすることが、当該機能を果たすための一具体的態様として、当業者が適宜選択し得た設計的事項というべきであることは、前説示の通りである。さらに付言すれば、刊行物1には、「背圧導入路45は、・・・ 機内ガスを機内領域Fから第二密閉空間72へと導入させ、機内圧力Pfと同一圧力を静止密封環4に背圧pf(=Pf)として作用させるようになっている。」(上記摘記事項(i)を参照)との記載が認められる。それに照らせば、刊行物1の発明において、背圧導入路(45)が、第二密閉空間(72)が機内圧力(Pf)と同一の圧力となるように意図されたものであることは明らかである。してみれば、刊行物1に接した当業者であれば、背圧導入路(45)を圧力損失による差圧がなるべく発生しないような形態のものとすることは、何ら困難性を伴うことなく認識し得たことであり、審判請求人の主張する圧力損失低減の点は、当業者が認識困難な課題ないし効果ということもできない。 イ.本願発明の課題の認識について 意見書において審判請求人は、「刊行物1には、バリアガスの消費量を低減するという技術課題については、何ら認識すら認められ」ないとし、刊行物2も同様である旨主張している(意見書の「〔4〕理由1(特許法第29条第2項:進歩性)について」の(3)(3-3)の1)を参照)。 しかしながら、当審の拒絶理由通知においても摘記したとおり、刊行物1には、「したがって、・・・ 各領域F,Aへのシールガス洩れ量を可及的に少なくしつつ密封端面20,40を適正な非接触状態に保持させることができ、良好なシール機能を発揮させることができる。」(上記摘記事項(n)を参照)と記載されている。そして、機内領域F及び機外領域Aへの「シールガス洩れ量」を少なくするということが、シールガスの消費量を低減することと対応関係にあることは明らかであるから、刊行物1に、シールガス(本願発明のバリアガスに相当)の消費量を低減するという技術的課題が少なくとも示唆されていることは、明白である。かかる技術課題の記載ないし示唆は、同じく刊行物1における、「また、ps>Pf+1.5barであると、密封端面20,40から機内領域Fへのシールガス洩れ量が必要以上に増大する。」(上記摘記事項(l)を参照)との記載からも、裏付けられる。さらに付言すれば、刊行物3にも、「供給ガス消費量」への言及(上記摘記事項(t)及び図3.28を参照)が認められる。もとより、上記のような刊行物1や刊行物3の記載を参照するまでもなく、コスト要因であるシールガスないしバリアガスの消費が必要以上にならないよう抑制することは、当業者であれば、当然に認識し得た技術的課題ということができる。よって、審判請求人の上記主張は、失当というほかはない。 ウ.刊行物1の発明と刊行物2の発明との構造上の相違による組み合わせ困難性ついて 審判請求人はまた、意見書中で、概ね次のように主張している。すなわち、刊行物1の発明においては、背圧導入路(45)を設けることにより、機内圧力(Pf)と同一の圧力を静止密封環(4)に背圧(pf)として作用させるようになっているのに対し、刊行物2の発明においては、背圧導入路は何ら形成されていない。背圧導入路を有する装置と有しない装置とでは、シールリングに対する機内圧力の作用効果に本質的な相違がある。したがって、刊行物2の発明における各数値を、直ちにそのまま、刊行物1の発明に適用することが容易とすることはできない。刊行物2には、バリアガス消費量低減という課題とは無関係に、たまたま数値が記載されているものの、上記の課題についての認識がないから、構成において異なる点がある刊行物1において、αの数値範囲をいかに設定すべきであるかについて、何ら教示しない。 しかしながら、刊行物1の発明と刊行物2の発明とは、回転軸のための非接触式封止装置という共通の技術分野に属し、回転側のシール面と静止側のシール面との間にシールのための気体を絞り機構を介して供給するという、共通の構成を有することは、前説示の通りであり、してみれば、刊行物1及び2に接した当業者であれば、両刊行物に記載の発明を組み合わせることに、想到困難性が存したとは認められない。 にもかかわらず、審判請求人は、上記のとおり、背圧導入路を有する装置と有しない装置とでは、「シールリングに対する機内圧力の作用効果に本質的な相違」があると主張するので、この点についても念のため検討すると、次のとおりである。第一に、刊行物1の発明において設けられているような背圧導入路(45)を有しない装置は、同じ刊行物1の「背景技術」の欄において、「従来シール101」として、第8図とともに記載されているところである。このことに照らしても、背圧導入路を有する装置と有しない装置とが、当業者にとり、互いに連関した技術であると認識されるものであることは、明らかである。(なお、背圧導入路を設けること自体、刊行物1が頒布される相当に前から、既に知られたことであった。この点については、特開平4-224373号公報に、機内(1)の圧力を静止密封環(4)の背部に導く貫通孔(20)を設けることが記載されている点を参照。) 第二に、刊行物2の発明に係る装置は、「背圧」の点に関する限り、上記「従来シール101」と比較しても、より刊行物1の発明に近いものということができる。なぜならば、「従来シール101」では、静止密封環(104)の背面(回転軸(110)の軸方向でみて回転密封環(102)とは反対側の面)が機外領域Aに開放されていて、当該背面に作用する圧力を調整する構成を備えていないのに対し、刊行物2の発明に係る装置では、シール円板の背面に配設されたベローズに内圧(PB)を与えるようになっているからである(上記摘記事項(q)を参照)。第三に、上記刊行物2の発明に係る装置は、「実験装置」であるとともに、当該装置においてベローズ内圧(PB)は、「P1とPBを変化させて」(上記摘記事項(q)を参照)とあるように、変化させることができるようにされている。すなわち、当該装置は、実験装置であることから、シール円板への背圧を与えるベローズ内圧(PB)を変化させて実験を行うことができるように構成しており、その関係で、背圧導入路を設けてベローズ内圧(PB)ないし背圧をつねに被封止ガスの圧力(機内圧力)(P1)と同一にするような構成は、とっていないものと考えられる。そうすると、刊行物2の発明に係る装置において、これが実験装置であることに密接に関連した構成があることをとらえて、その装置により実験された対象であるシール部の、寸法に係る構成の適用自体まで困難であるというのは、根拠を欠いた主張といわざるを得ない。 加えて、刊行物2には、バリアガス消費量低減という課題とは無関係に、たまたま数値が記載されているにすぎない旨の、審判請求人の主張についても、バリアガス消費量低減という課題が当業者の当然に認識し得た課題であったことは、本項6.(1)の上記イ.にて説示したとおりである。 以上検討したとおり、刊行物1の発明に刊行物2の発明を適用することの困難性をいう審判請求人の主張は、十分な根拠を有さないものであって、採用することはできない。 エ.刊行物2の発明におけるαの値について 審判請求人は、意見書において、次のようにも主張する。すなわち、本願明細書において、Dc(「静止密封環9のシール面9sの中央を通る円の直径」)は、(Di+Do)/2 であるところ、刊行物2の装置では、Dcに相当する量は、((ロータの内径)+(ロータの外径))/2=(2×20mm+2×39mm)/2=59mm であり、そうすると、α’は、11?21ではなく、9.5?18.4となる。また、本願明細書では、「α’をαに置き換えることが可能である」とは一切記載していない。DcとDとは相関性があるにとどまり、DcよりもDのほうが、かなり小さいのである。よって、α’が、9.5?18.4でも11?21でも、αは15よりも小さな値となる。そして、刊行物2の発明に関連して、DcをDに置き換える点は、本願明細書を見ずしては知り得ない事項であり、かかる事項を刊行物1の発明に適用することに困難性がないとする見解は、後知恵によるものである。 しかしながら、刊行物2の発明においてDcに相当する量が、審判請求人の主張する59mmであるとしても、α’の値が本願発明のαの数値範囲15?160と重なりを有することは、上記4.にて説示したとおりである。(審判請求人も意見書で、「上記Dcの値59mmを用いて、α’を計算すると、α’は9.5?18.4となります」と述べている(意見書の「〔4〕理由1(特許法第29条第2項:進歩性)について」の(3)(3-3)の4)を参照)。) 次に、α’とαとの関係について、審判請求人が、DcよりもDのほうが「かなり小さい」ことから、α’の数値範囲よりもαの数値範囲のほうが「かなり小さい値となる」と主張している点について検討すると、DcとDとは、本願明細書自体に記載されているように「Dcは ・・・ Dに応じた寸法に設定される値」である(本願明細書第8頁第6行-同頁第7行)ということはできても、DcよりもDのほうが「かなり小さい」などということはできない。審判請求人は、DcよりもDのほうが「かなり小さい」という主張の裏づけのため、「第1図に示されるように、Dcの上端に当る9cの中心の位置は、Dの上端よりも、かなり上方にある」と述べているが(意見書の〔4〕の(3)(3-3)の5)を参照)、第1図は発明の実施例を示すものであって、その記載から直ちに本願発明における軸径Dの意義を論ずることはできない(そのうえ、一般に、特許出願の願書に添付された図面は、実寸法を忠実に反映したものであるとも限らない)。よって、実施例を示した第1図において、たとい、審判請求人のいうように、Dcの上端にあたる位置がDのそれと比較して「かなり上方にある」ように図示されていたとしても、それをもって、本願発明に関して、DcよりもDのほうが「かなり小さい」などということはできない。(なお、そもそも、請求項1には「D:軸径」とあるが、回転軸の径Dは軸方向位置により変化しうるのであり、そのことに照らしても、かかるDとDcとの関係は、一方が他方よりもかなり小さいなどと確定的に論じることができるものではないことは、明らかである。) そして、上記5.において指摘したとおり、本願明細書では、無次元量αについて説明するにあたり、まずα’の技術的意義をDではなくDcを用いて示した後、「このDcをDに置き換えて ・・・ 無次元量αが定義されている」(本願明細書第8頁第7行-同頁第8行)とし、DcをDに置き換えているが、その置き換えについては、上記の、「Dcは ・・・ Dに応じた寸法に設定される値」であること以外に特段の根拠が示されていないのである。ここで、仮に、審判請求人が意見書において主張するように、DcよりもDのほうが「かなり小さい」とするならば、本願明細書におけるDcのDへの単純な置き換えを含む説明が、ほとんど意味をなさなくなるのであって、この点からも、意見書における上記主張は、是認することができない。(もしも、上記説明がかように意味に乏しいものであってもよいということであるならば、αの技術的意義自体がきわめて曖昧なものであることを認めるに等しい。) さらに、審判請求人が「後知恵」と論難する点に関して検討すると、特許出願人(審判請求人)が定義する技術的変数(本件の場合はα)に係る限定については、特許性の有無を判断するにあたって、当該技術的変数の定義、さらには特許出願人がかかる技術的変数を定義した根拠ないし背景を参酌するのは当然であり、これをもって「後知恵」というは当を得ない。そして、刊行物1の発明に刊行物2の発明を適用する契機としての、技術分野の共通性や構成の共通性が、本願明細書の記載事項とは何ら関係なく成り立つこと、バリアガス消費量低減という課題が当業者の当然に認識し得た課題であって、これも本願明細書の記載事項とは何ら関係なく成り立つこと、さらには、刊行物1の発明に刊行物2の発明を適用することに格別の困難性をもたらす事情が認められないことは、いずれも既に説示のとおりであるから、審判請求人の後知恵云々の主張は、当を得ないものであって、当審の判断を左右するものではない。 オ.小括 以上詳述したとおり、審判請求人の主張を精査してもなお、本願発明は刊行物1ないし3に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものであるとの判断を覆すことはできない。 (2)サポート要件に関する主張について 審判請求人は、サポート要件に関連して、次の旨を主張する。すなわち、αは、α’=So/Si=8hDc/nd2 において、Dcをこれに対応した量であるDに置き換えることにより得られる。ここで、Soは、シール面間隙間が内周側と外周側とで開口する合計の開口面積であって、バリアガスの漏れ量に相関し、Siは、オリフィス穴の合計の断面積であって、バリアガス供給量に相関する。供給されるバリアガスによってシール面中央の圧力を一定値以上に保つためには、シール面隙間から漏れる量が供給量より多くてはならず、そのためには、Soに制限が生じる。そして、発明の詳細な説明に記載の具体例によれば、αが(0.6と)過小な比較例1ではガス消費量が過大であり、αが(245.0と)過大な比較例2では、シール面隙間が過小となり平行度の僅かな変化でシール面が相互接触してしまうが、15≦α≦160の範囲内であれば、「シール面を非接触にして機内ガスを大気に漏らすことなく、かつ、少ないバリアガス消費量で安定したシール機能を備える非接触式軸封装置とすることが可能」となることが示されている。当審の拒絶理由通知で指摘の、バリアガス供給量に係る「他の因子」に関しては、そのうち「バリアガスGsの供給圧」及びシール面間におけるバリアガス圧について、平成19年6月4日付けの補正で限定を行った。「他の因子」のうち「バリアガスGsの物性」に関しては、「ボイル-シャールの法則」からして、バリアガス供給量はガスの圧力に依存しても、ガスの種類には依存しない。また、窒素ガスを用いることは常識である。さらに、本願発明の場合、式の導出根拠・理由が明確であり、当審の拒絶理由通知で言及した裁判例(後述)の場合のような、効果が予測し難い化学の発明に関するものではなく、機械に関するものであり、特性値を表すパラメータ発明ではなく、通常の数値限定発明である。 しかしながら、審判請求人の主張は、次のように、種々の肯認し得ない点を含んでおり、審判請求人がその主張によって本願のサポート要件充足を示し得たと認めることはできない。 ア.バリアガス供給量に影響を与える因子について 審判請求人は、上記のとおり、「ボイル-シャールの法則」に言及しつつ、供給されるバリアガスGsの量はガスの種類に依存しない旨を主張し、「供給されるバリアガスの量がバリアガスの物性(すなわちバリアガスの種類)に依存するかの如き見解は上記法則に反するもの」とまで述べている(意見書の「〔3〕理由2(サポート要件)について」の(5)を参照)。しかしながら、理想気体の圧力、体積、及び温度に関する法則である「ボイル-シャールの法則」から、なぜ直ちに、バリアガスが流れを形成している本願発明の場合において、「供給されるバリアガスの量がバリアガスの物性(すなわちバリアガスの種類)に依存するかの如き見解は上記法則に反するもの」といえるのか、その根拠は意見書に見出すことができず、まったく不明であるといわざるを得ない。むしろ、刊行物2の第555頁に、(2)式及び(3)として、漏洩流量G及びG1を求めた式が記載されており、その右辺にガスの粘性係数μが含まれていることを参照すると、これら漏洩流量はガスの粘性係数μに依存することすら見てとれる。以上のとおり、供給されるバリアガスGsの量はガスの種類に依存しない旨の審判請求人の主張は、裏付けを欠くものである。また、審判請求人は、上記のように主張する一方で、バリアガスとして窒素ガスを用いることは常識とし、意見書では、「バリアガスとしては、専ら、・・・ 窒素ガスを用いるのが当業者の常識であり、本願発明においても ・・・ 窒素ガスを用いることは当然・自明」とまで述べているが、本願明細書では、「例えばN2ガスなどのバリアガスGs」との記載(本願明細書第6頁第14行-同頁第15行)がなされているように、窒素ガスは例示として記載されているのであり、意見書におけるかかる主張は、これと整合しないものである。 したがって、審判請求人の主張を考慮してもなお、上記5.において説示したとおり、供給されるバリアガスGsの量が給気孔の数とこれらに介装されているオリフィスの穴径dから決まることを踏まえた、αの数値限定と作用効果との関係に係る明細書における説明は、その前提からして是認することができないものである。 イ.式の導出根拠・理由の明確性について 審判請求人は、上記のように、本願発明の場合、式の導出根拠・理由が明確であると主張するが、上記ア.にて検討したとおり、バリアガス供給量についての説明は是認できるものではなく、また、上記5.にて説示のとおり、DcのDへの置き換えについても十分な根拠が示されていないから、式の導出根拠・理由が明確であるとはいえず、結局、αの範囲と得られる効果(性能)との関係の技術的な意味が、本願国際出願時において、具体例の開示がなくとも当業者に理解できる程度に記載されているとは、認めることができない。 ウ.具体例の十分性について 審判請求人は、上記のように、発明の詳細な説明に記載の具体例によれば、αが(0.6と)過小な比較例1ではガス消費量が過大であり、αが(245.0と)過大な比較例2では、シール面隙間が過小となり平行度の僅かな変化でシール面が相互接触してしまう旨を述べるとともに、「『静止密封環へのバリアガスの供給圧が機内ガス圧のプラス1?3barであり、シール面間における径方向中央での上記バリアガスのガス圧が機内ガス圧のプラス0.5?1.5bar』である限りは、nが3?24個で、dが0.05?3mmで、αが15?160であれば、実施例以外のものでも、実施例2?5および7と同様に、・・・ 供給量の割に低い漏れ量が達成されると共にシール面を非接触にして安定したシール機能が達成されることは、当業者であれば、本願明細書に記載された実施例2?5および7で、充分に認識し得る」と主張する(意見書の「〔3〕理由2(サポート要件)について」の(5)を参照)。しかしながら、バリアガスの供給量には、前説示のバリアガスGsの物性(たとえば、バリアガスGsの粘性)や温度などの因子、さらには、本願明細書記載の具体例において言及されているバネの特性といった、種々の因子が影響を与えうるものと考えられるところ、上記5.にて説示したとおり、これら5つの実施例と他の5つの実験例(比較例)により、αの限定と効果との関係が当業者において認識できる程度に具体例が開示されているとは、認めることができない。 さらに付言すれば、実施例の中に、αの大小と、本願発明の効果に係るバリアガス消費量の大小との間の関係を、明確に示さないものがある。すなわち、本願明細書における、具体例に関連した説明には、「αが1より小さい比較例1では、・・・ ガス消費量も過大なものとなっている。これに対し、αが1以上の実施例1?4では、αが大きくなるほどガス消費量も低く抑えられている。・・・ 一方、比較例2のようにαが200を超えると、ガス消費量はさらに低下するものの、この場合にはシール面隙間hが5μm以下となってしまい、・・・」(本願明細書第9頁第1行-同頁第7行)とあり、αの増大とともにバリアガス消費量が低減する傾向(ただしαが過大となると、シール面隙間が過小となる傾向)が記されており、確かに、実施例1?4並びに比較例1及び2をみる限りは、そのようにいうことができる。しかしながら、実施例3と7(いずれも15≦α≦160であるうえ、本願発明におけるガス供給圧、n、及びdについての限定を満足する)を比較すると、実施例3のほうが、αが2倍以上大であるにもかかわらず、ガス消費量は低減せず、逆に3倍以上多くなっている。ここで、実施例7は、実施例3とは「軸径」において異なるが、αの定義式である α=8hD/nd2 には、軸径Dも含まれているところ、それにもかかわらず、軸径が異なればαとガス消費量との関係がまったく異なりうるということであれば、αと効果との関係は、αにおける軸径の考慮にもかかわらずなお軸径依存的であって、その意味で普遍的なものではなく、軸径の限定なくして 15≦α≦160 なるαの限定を行うことにいかなる意味があるかが問題となる。また、これら実施例3と7は、「ばね力」においても異なるが、本願発明において「ばね力」等バネの特性に関する限定は存在しないから、「ばね力」が異なればαとガス消費量との関係がまったく異なりうるということであれば、やはり、バネの特性に関する限定なくして 15≦α≦160 なるαの限定を行うことにいかなる意味があるかが問題となる。 叙上のとおり、αの限定と効果との関係が当業者において認識できる程度に本願明細書に具体例が開示されているとは、認めることができない。 エ.当審拒絶理由通知で言及した裁判例について 審判請求人は意見書において、当審の拒絶理由通知において言及した裁判例(知財高裁 平成17年11月11日判決(平成17年(行ケ)第10042号 特許取消決定取消請求事件))について、「上記判決は、本願発明とは、全く事案を異にするものであります。」などとし、当該裁判例において審理対象となっている案件についての技術的な事項を引用しつつ、縷々主張を展開している。 しかしながら、当審の拒絶理由通知において当該裁判例に言及した趣旨は、サポート要件の内容についての一般論を示すうえで、参考として言及したのにすぎないのであって、当該裁判例において審理対象となっている案件についての技術的な事項に係る判示を、本願のサポート要件充足性についての判断において援用したのではまったくない。このことは、当審の拒絶理由通知における当該裁判例への言及が、「パラメータ発明において、特許請求の範囲の記載が、特許法第36条第6項第1号に規定される要件(以下、『サポート要件』という。)に適合するためには、発明の詳細な説明は、・・・ 記載することを要する。」との説示に続いて、「(必要であれば、知財高裁 平成17年11月11日判決(平成17年(行ケ)第10042号 特許取消決定取消請求事件)を参照。)」と記して言及しているにすぎないことからも、明らかである。したがって、審判請求人の上記主張は失当である。 オ.小括 以上詳述したとおり、審判請求人の主張を精査してもなお、本願発明における限定と得られる効果(性能)との関係の技術的な意味が、具体例の開示がなくとも当業者に理解できる程度に記載されているとは認められず、しかも、特許出願時(国際出願時)の技術常識を参酌しても、当該限定の範囲内であれば所望の効果 (性能) が得られると当業者において認識できる程度に、具体例が開示されているとも認められない。よって、本願はサポート要件を充足しないとの判断を覆すことはできない。 7.むすび 以上のとおり、本願発明、すなわち、本願の請求項1に係る発明は、刊行物1ないし3に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。また、本願発明に係る特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第1号に規定されるサポート要件に適合するものではない。 そして、本願の請求項1に係る発明が特許を受けることができないものであり、しかも本願の特許請求の範囲が所定の記載要件を満たさないものである以上、本願の請求項2に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。 よって、結論のとおり審決する。 |
審理終結日 | 2007-08-23 |
結審通知日 | 2007-08-28 |
審決日 | 2007-09-10 |
出願番号 | 特願2001-501782(P2001-501782) |
審決分類 |
P
1
8・
121-
WZ
(F16J)
P 1 8・ 537- WZ (F16J) |
最終処分 | 不成立 |
前審関与審査官 | 田合 弘幸 |
特許庁審判長 |
村本 佳史 |
特許庁審判官 |
大町 真義 亀丸 広司 |
発明の名称 | 非接触式軸封装置 |
代理人 | ▲吉▼川 俊雄 |