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審判番号(事件番号) データベース 権利
不服200521548 審決 特許

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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 G06T
審判 査定不服 産業上利用性 特許、登録しない。 G06T
管理番号 1175219
審判番号 不服2005-17730  
総通号数 101 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2008-05-30 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2005-09-15 
確定日 2008-03-26 
事件の表示 特願2000-208320「建築物の配色を決定する方法」拒絶査定不服審判事件〔平成14年 1月25日出願公開、特開2002- 24827〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯・本願発明
本願は、平成12年7月10日の出願であって、平成17年8月5日付で拒絶査定がされ、これに対し、同年9月15日に拒絶査定不服審判が請求されたものである。

本願の発明は、出願当初の明細書の特許請求の範囲の請求項1に記載されたものと認められ、その請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は次のとおりである。

「【請求項1】 複数のサンプルである複数の彩色付き建築物から複数の被験者が受ける印象を、複数の形容詞対の得点として得ること、
各サンプルの各形容詞の対の得点の平均値を得ること、
得られた各形容詞の対の得点の平均値によって、複数のサンプルを、グループ分けすること、
グループの各々に割り当てられたサンプルの各形容詞の対の得点の平均値を得ること、
グループを代表する配色案を作成すること、
顧客の希望するデザインイメージについての、上記複数の形容詞対の得点を得ること、
顧客の希望するデザインイメージについての上記複数の形容詞対の得点に最も類似する、各形容詞の対の得点の平均値を有するグループを決定すること、
決定されたグループを代表する配色案を、顧客に提示すること
を含むこと特徴とする建築物の配色を決定する方法。」

第2 本願発明について
1 原査定の拒絶の理由
原査定の拒絶の理由は、二つ存在する。
第1の拒絶の理由は、本願発明を特定するところの、
「複数のサンプルである複数の彩色付き建築物から複数の被験者が受ける印象を、複数の形容詞対の得点として得ること、
各サンプルの各形容詞の対の得点の平均値を得ること、
得られた各形容詞の対の得点の平均値によって、複数のサンプルを、グループ分けすること、
グループの各々に割り当てられたサンプルの各形容詞の対の得点の平均値を得ること、
グループを代表する配色案を作成すること、
顧客の希望するデザインイメージについての、上記複数の形容詞対の得点を得ること、
顧客の希望するデザインイメージについての上記複数の形容詞対の得点に最も類似する、各形容詞の対の得点の平均値を有するグループを決定すること、
決定されたグループを代表する配色案を、顧客に提示すること」
なる各記載が、SD法を用いて建築物の配色を決定するための人間の精神活動に基づく人為的な取り決めを記載しているに過ぎず、自然法則を利用したものとは認められないから、全体として、自然法則を利用した技術的思想の創作とはいえないので、「発明」に該当せず、特許法第29条第1項柱書に規定する要件を満たしていないから、特許を受けることができない、というものである。

また、第2の拒絶の理由は、本願請求項1に記載されたものは発明とは認められないが、一応進歩性についても付言するに、刊行物1:特開平10-301981号公報(特に段落0009、段落0022-段落0024参照。)には、建物外観の色彩決定システムにおいて、色彩を施した建物の複数のサンプル画から複数の人が受ける印象を複数の形容詞対のSD尺度評価値として得、また、各色彩のイメージ情報に基づいてクラスター分析を行って色をグループ分けし、ユーザーの希望するデザインイメージについての上記複数の形容詞対のSD尺度評価値を得、該SD尺度評価値及び上記グループに基づいてニューラルネットワークを用いて色相の候補を決定し出力することが記載されており、上記刊行物1に記載された発明において、上記各色彩のイメージ情報に基づいてクラスター分析を行って色をグループ分けする場合に、各色彩のサンプル画を用いるようにすること、及び、上記色相の候補を決定する場合に、ニューラルネットワークに変えてSD尺度評価値の類似度を用いるようにすること、及び、上記顧客に提示するものを、色相の候補そのものではなくて代表的な配色案を提示するようにすることはいずれも当業者にとって格別の困難性はなく、本願請求項1の記載に進歩性は認められない、というものである。

2 当審の判断
2-1 本願発明の技術的意味について
本願発明は、前記のようにその特許請求の範囲の請求項1に記載されたとおりのものであるが、当該請求項1の記載から把握できる内容が具体的にどのようなものであるかについて、本願明細書における発明の詳細な説明の記載に沿って確認しておく。

本願明細書の段落【0001】では、本願発明が、建築物の配色を決定する方法に関すること、特に、顧客の好みにあった建築物の配色を配色する方法に関することの記載はあるものの、その詳細を記載するところはない。
次に、同段落【0002】?【0005】では、従来技術の問題として、顧客の配色の要望と、施工者の建築物の配色の案とが必ずしも一致せず、施工者側で建築物の配色案を多数作成しなければならない点、また、顧客の配色の要望が、例えば「モダンな配色」とする場合において、顧客それぞれによって大きく異なり、一義的に決められないために、施工者が顧客の要望に合致した建築物の配色案を提案できない問題があることが指摘されている。
そして、同段落【0006】では、これら存在する問題を解決することが、本願発明の目的であることが記載されている。
しかしながら、これらの段落には、前記請求項1の記載がいかなる内容であるかの詳細を記載するところはないので、更に、実施例に係る段落【0007】以下を参照する。

当該実施例に係る段落【0007】?【0012】では、現存する38種類のマンションの外観の画像をシーン1?38なるサンプルとすること、これらシーン1?38のサンプルを38名の被験者に示し、これらサンプルから受ける印象を、段落【0009】に示される「明るい」-「暗い」のように対峙する形容詞対20組の各々について、+3?-3の値で評価すること、そして、38名の被験者による評価の値をシーン1?38のそれぞれについて平均値を算出すること、更に、ここで得られたデータ(明示はないものの、前記「平均値」を指すものと解される。)を多変量解析で解析して、前記シーン1?38を類似するグループに分類すること、最後に、分類された6つのグループ毎に前記シーンの「平均値」について更に「平均値」を算出することが記載されている。
この点、本願発明に係る前記請求項1の記載を参照するに、
「複数のサンプルである複数の彩色付き建築物から複数の被験者が受ける印象を、複数の形容詞対の得点として得ること、
各サンプルの各形容詞の対の得点の平均値を得ること、
得られた各形容詞の対の得点の平均値によって、複数のサンプルを、グループ分けすること、
グループの各々に割り当てられたサンプルの各形容詞の対の得点の平均値を得ること」
なる記載があり、これらの具体的内容は、前記段落【0007】?【0012】に係る実施内容に概ね相当すると解される。

次に、段落【0013】?【0017】では、前記段落【0009】に示される形容詞対のうち、6つのグループを区別するために使用できる形容詞対を選んだところ、段落【0014】に示される10対となり、その他の形容詞対は、前記6つのグループを区別するために使用できなかったこと、前記6つのグループには段落【0016】に示されるグループ名(デザインカテゴリー名)を割り当てたこと、そして、前記段落【0007】?【0012】のうち段落【0011】において、分類された6つのグループ毎に前記シーンの「平均値」について更に算出した「平均値」を「得点プロフィル」と呼称し、それが段落【0017】に示すごとくになることが記載されている。
この点、本願発明に係る前記請求項1の記載には、グループを区別するために使用できる形容詞対と、使用できない形容詞対を選別するところの記載は存在しないことから、本願発明には、前記【0013】?【0017】において行われた形容詞対の選別を行なうことを要件として含まないものと解することが妥当である。

次に、段落【0018】?【0020】では、顧客を対象として、希望するデザインイメージを前記段落【0014】に示された形容詞対について、得点+3?-3を示してもらい、これにより得られた形容詞対の得点を、前記段落【0017】の得点プロフィルと最小二乗法を用いて比較して、最も類似するものを決定し、これを顧客の要望するグループ(デザインカテゴリー)とすることが記載されている。
この点、本願発明に係る前記請求項1の記載には、顧客の希望するデザインイメージについての記載として、
「顧客の希望するデザインイメージについての、上記複数の形容詞対の得点を得ること、
顧客の希望するデザインイメージについての上記複数の形容詞対の得点に最も類似する、各形容詞の対の得点の平均値を有するグループを決定すること」
なる記載があり、これらの具体的内容が、前記段落【0018】?【0021】に係る実施内容に概ね相当すると解される。

次に、段落【0022】?【0025】では、各デザインカテゴリーを代表する配色案(部位別)を予め数案づつ用意しておくこと、それらの案を顧客に提示すること、そして、顧客は、提示された案の中で自分に合った配色案を選定することが記載されている。
この点、本願発明に係る前記請求項1の記載には、
「グループを代表する配色案を作成すること」及び
「決定されたグループを代表する配色案を、顧客に提示すること」なる記載があり、これらの具体的内容が、前記段落【0022】?【0025】に係る実施内容に概ね相当すると解される。

次に、段落【0026】には、グループに割り当てた名称が、これに限定されるものではないものの、各グループのデザインイメージを代表する専門用語により命名されていること、例えば、「ナチュラル」と言えば、専門家からみてどのような色を配色すればナチュナル(「ナチュラル」の誤記と認める。)なイメージとなるかがほぼ決まることと記載されている。
そして、段落【0027】には、このようにして用意された各デザインカテゴリーを代表する配色案(部位別)は、顧客の希望する配色と良好な割合で合致することが記載されている。

なお、段落【0028】?【0039】には、段落【0028】に記載されるように、前記段落【0022】?【0027】により用意されたデザインカテゴリーを代表する配色案と、顧客の希望する配色とが、前記段落【0007】?【0017】で選別された形容詞対を用いて、同段落【0018】?【0021】に示される方法を検証したところ、良好な割合で合致することが確認できたと記載されている。

上記の実施例に係る記載を参酌するに、本願発明の本質は、段落【0007】に記載されているように、現存する38種類のマンションの外観の画像をサンプルとして、用意した形容詞対20対を用い、+3?-3の得点付けを38名の被験者により行った結果から、評価の類似するグルーピングをなし得る特別な形容詞対10対を発見し、グループ分けした各シーンに係る平均点からグループに係る得点プロフィルを算出すること、そして、このグループに属する前記マンションの外観から専門家が把握するイメージをデザインカテゴリーとして、これに専門用語を用いたグループ名を割り当て、当該デザインカテゴリーを代表する配色案を専門家の観点から用意することを前提としており、顧客の要望するイメージを把握する際には、前記で得られた、いわば特別な形容詞対10対を用いた+3?-3の得点付けにより顧客の要望を把握して、その要望に合致したグループを決定し、前記の専門家の観点から用意した配色案を提示するものであると推察される。

2-2 第1の拒絶の理由について
特許法第29条第1項柱書きでは、「産業上利用することができる発明をした者は,・・・その発明について特許を受けることができる。」と規定されており、同法第2条第1項では、「この法律で「発明」とは,自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいう。」と定義づけられている。つまり、ある発明が上記のように定義された特許法上の「発明」であると認められるためには、その発明は「自然法則を利用した技術的思想の創作」に該当していなければならない。自然法則以外の法則(例えば、経済法則)、人為的な取り決めにあたったり、または、それらのみを利用している方法の発明は、「自然法則を利用した技術的思想の創作」に該当しているとはいえない。例えば、一般に人間が対訳辞書を引く方法、自体は、人間の創作活動そのもの、又は、人間が行うべき動作を特定した人為的取り決めであって、自然法則を利用した技術的思想ということはできない。そして、上記各方法をコンピュータシステム(サーバ、端末、ネットワーク)を単に利用して実現したものは、形式的にコンピュータシステムの発明として記載されているといえるとしても、単にコンピュータを利用して各方法そのものを情報システム的に表現したものに過ぎないから、自然法則を利用したコンピュータシステムの発明とはいえない。
ただし、その発明がいわゆるソフトウェア関連発明(その発明の実施にプログラムを必要とする発明)である場合には、コンピュータ上で実行されるプログラムが自然法則に基づいた制御等を行っていない場合や、自然法則以外の経済法則などに基づいた情報処理を行っている場合であっても、請求項の記載において、コンピュータで実現される機能要素がソフトウェアとハードウェア資源とが協働した具体的手段として特定され、それによってソフトウェアによる情報処理がハードウェア資源を用いて具体的に実現されていることが提示されていれば、「自然法則を利用した技術的思想の創作」に該当すると認められる。

以上を踏まえ、前記第1の拒絶理由が妥当であるかを検討する。

(1) 本願発明は、前記のように、「複数のサンプルである複数の彩色付き建築物から複数の被験者が受ける印象を、複数の形容詞対の得点として得ること、・・・、顧客の希望するデザインイメージについての上記複数の形容詞対の得点に最も類似する、各形容詞の対の得点の平均値を有するグループを決定すること」なる、「建築物の配色を決定する」に際して本願明細書において必要とされる各行為が時系列的に記載されているものの、これらの行為とコンピュータのハードウエア資源との関係、或いは「複数のサンプルである複数の彩色付き建築物から複数の被験者が受ける印象」を把握する上で用いられる「形容詞対の得点」をソフトウェアがどのように扱うかの詳細は記載されていないので、当該本願請求項1の記載には、コンピュータのハードウェア資源をどのように使用するか、或いはソフトウェアがどのようなものとして構成されているかが特定されているものではない。

(2) 特許を受ける発明は、発明の詳細な説明の記載により裏付けられているべきであることに鑑み、前記「2-1 本願発明の技術的意味について」で本願明細書の発明の詳細な説明を参照しても、ここにコンピュータをどのように用いるかの詳細についての記載はない。
してみれば、たとえ、本願明細書の冒頭で、従来技術における問題点が指摘され、これを解消することが本願発明の目的であることが記載されていても、これは本願発明の課題を記載したに過ぎないのであり、この記載をもって、ハードウエア資源が具体的に記載されているとは到底いえない。

(3)前記「2-1 本願発明の技術的意味について」において、実施例に係る記載を参酌して推察したところの本願発明の本質は、デザインカテゴリーを分類するのに使用できる特別な形容詞対を発見したこと、また、これらの特別な形容詞対により分類した各デザインカテゴリーについて、専門家からみてデザインの色、配色を決めることは比較的容易であることを踏まえ、顧客の要望に合致した配色案を提示することが容易に実現可能であるとしても、これらは、本願発明に係る請求項1に記載されていない。
また、形容詞対を用いて事象を解析する方法は、SD(Semantic Differential)法(意味微分法)なる、Osgood,C.E.(1961) により提案されて以来、各種の印象評価の方法として、心理学の様々な領域で用いられて来たものであるから、本願発明は、いわば、人間の感性を定量化して把握するための統計処理手法を開示しているに過ぎないものといわざるを得ない。

(4)以上のとおり、本願の請求項1の記載をみる限り、統計処理方法を開示しているに過ぎないし、仮に、統計処理においてコンピュータを用いた処理が行われていることが通常であることを前提としても、前記で検討したようにハードウエア及び演算する装置に係る記載はなく、更に、発明の詳細な説明を参照しても、コンピュータが本来備えている単なる道具としての利用が想定されるに過ぎず、コンピュータのハードウエア資源を具体的に記載されているところもないのであれば、単なる統計処理が記載されているに過ぎない本願発明は、自然法則を利用した特許法上の発明と認めることはできない。

2-3 第2の拒絶の理由について
前記のように、本願発明は、自然法則を利用した特許法上の発明と認めることはできないものであるが、第2の拒絶理由では、ひとまず、これを置いたとしても、本願請求項1の記載に進歩性は認められない、とするので、この点についても、妥当性を予備的に検討しておく。

(1)引用された刊行物1:特開平10-301981号公報
【発明の名称】建物外観の色彩決定支援システム

段落【0001】「【産業上の利用分野】本発明は、建物外観の色彩決定支援システムに関するもので、より具体的には、建物の外壁の色彩を決定する際に、色彩に関する情報を与えることのできる支援システムに関する。」

段落【0002】「【発明の背景】建物の外壁が街路全体の印象評価に大きな影響をもたらすことが知られている。特に、専有面積の大きな中高層のオフィスビルなどの場合には、与える影響も大きくなる。このように色彩の決定は、建築物の設計の中でも重要な要因の一部をなしているが、従来係る色彩の決定は設計者の才覚・感性に頼っているのが現状である。」

段落【0003】「一方、色彩の研究から、各色彩の持つイメージ(ある色を見た人が持つ感情)もある程度統計立ててわかってきている。しかし、色彩単独でそれ自体が持つイメージと、それを大面積の外壁に塗ることにより形成される外壁の色彩として生じるイメージが必ずしも一致せず、係る色彩の研究結果をそのまま適用することはできない。」

段落【0004】「従来、建物の外壁の色彩のイメージを定量化するため、いくつかの色彩について仮説として数学的モデル式を仮定し、多変量解析(重回帰分析,数量化,共分散分析など)により仮説を検証し、そのモデル式を定量化モデルとしたものがある。しかし、係る方式では、仮説のモデル式を決定するまでの作業に試行錯誤を要し、作業が煩雑である。しかも、色彩の種類は中間色を含めると無限に存在し、係る無限の色彩すべてにモデル式を決定するのは不可能である。よって、係る方式は、実用に供し得ないものとなる。」

段落【0005】「そこで本発明者は、あるイメージ(心理量)が発揮するような色彩(物理量)を決定する際に、ニューラルネットワークを用いることを考えた。つまり、入力情報としては、SD法(semantic differential method)による16組の形容詞対(SD尺度評価値)を用いた。SD法はよく知られているように、図1に示すような反対の意味を表す形容詞対(「明るい-暗い」等)を1組とし、それを例えば7段階に分け、どちらにどれだけ近いかによりイメージを評価するもので、色彩を評価する際に使用する形容詞対を16組ピックアップし、使用するようにした。」

段落【0006】「そして、ニューラルネットワークとしては、代表的な入力層(形容詞対に対応してセル数は16個)と、中間層と出力層からなる3層構造のものを用い、出力層としては色彩を特定する「色相」,「彩度」,「明度」の3つとした。すると、未知(未定義)のものについても定量化できるというメリットがあるものの、従来のモデル式を用いていたものと比べて色相で若干好結果が得られたが、彩度並びに明度については従来と同様であった。そして、このように単独のニューラルネットワークを用いて決定した色彩と、実際の値(教師値)とのずれを検証すると、従来のものよりはいいが、依然として実用に供し得るほどのものはできなかった。」

段落【0007】「そこで本発明者らは、図2に示すように2階層のニューラルネットワークを組むことを考えた。ここで、第2階層のニューラルネットワークは、N個のグループに応じて並列的に配置されているが、個々のニューラルネットワークはそれぞれ上記した単独のニューラルネットワークと同様の構成からなり、16組の形容詞対(SD尺度評価値)を入力し、色彩を特定する3つの要素を決定し出力するものである。また、第1階層のニューラルネットワークは、SD尺度評価値を入力し、第2階層のどのネットワークが色彩を認識するのに適しているかを出力するネットワークである。よって、出力のセル数は第2階層のニューラルネットワーク数の個数(N個)となっている。」

段落【0008】「そして、この2階層のネットワークでは、まず第1階層で入力されたSD尺度評価値で特定されるイメージにあった色彩がどのグループに属するものかを判定させる。より具体的には、イメージにあった色彩が各グループに属する可能性の指標を示す適合度・信頼度を出力する。次に、第1階層に入力したものと同一のSD尺度評価値を、第2階層の各ネットワークに入力し、その第2階層にてそれぞれ自己のグループに属する色彩の中の1つを特定し出力する。そして、その決定した色彩情報と、上記信頼度を対にして出力する。これにより、信頼度の最も高いもののグループから出力される色彩が最もそのイメージにあったものということになる。」

段落【0009】「なお、グループは、各色彩のイメージ情報に基づいてクラスター分析を行うことにより、相関の高いもの同士をクラスタリングして分類した。これにより、100色を5つのグループに分けることができたので、具体的には上記したNは5である。」

段落【0010】「このようにグループごとにネットワークを分割することにより、個々のネットワークの学習空間が狭まり、学習効果が向上するとともに認識精度も向上する。その結果、上記した単独のニューラルネットワークを用いて定量化(色彩の推定)した先行技術に比べ、認識精度は向上したが、やはり実用化するためには十分な精度が得られなかった。なお、上記した単独並びに2階層のニューラルネットワークを用いてイメージ(SD尺度評価値)にあった色彩を推定する技術は、本発明を創案する際に提案された先行技術であり、公知技術ではない。」

段落【0011】「本発明は、上記した背景に鑑みてなされたもので、その目的とするところは、上記した問題を解決し、イメージに合った建物の外壁の色彩(候補)を推定・決定することができるようにし、さらに入力作業を容易にすることができる建物外観の色彩決定支援システムを提供するものである。また、ある色彩を外壁の色彩に用いた場合に発揮されるイメージ情報を精度良く推定することができ、設計者が決定した色彩の持つイメージの確認などをすることができる建物外観の色彩決定支援システムを提供することを別の目的とする。」

段落【0022】「前記色彩決定支援システムを構成するニューラルネットワークは、実際に建物の外観に所定の色彩を施したサンプル画を複数種用意し、複数の人に対して各サンプル画を見せることにより各サンプル画に対する前記所定組数の形容詞対のSD尺度評価値を求めたものを教師データとして学習させることにより構築できる(請求項9)。」

段落【0023】「すなわち、色彩そのものに対する形容詞対のSD尺度評価値は各種研究されているが、建物の外観に色彩を施すと、色彩自体の持つSD尺度評価値と異なることが多々ある。そこで、実際に建物の外観に各種の色を塗ったサンプル画を複数種用意し、それを複数の人に見せた時に各人からそれぞれSD尺度評価値を聞き、それに基づいて建物の色彩についてのSD尺度評価値を求めて教師データを作成する。そして、係る教師データを用いてニューラルネットワークを学習させることにより、サンプル画以外の色彩とイメージプロフィールの関係付けを精度よく求めることができる。なお、サンプル画は、コンピュータグラフィックなどを用いることにより簡単に多数種類のものを用意できる。」

段落【0024】「【発明の実施の形態】図3は、本発明に係る建物外観の色彩決定支援システムの好適な一実施の形態を示している。本形態では、30組の形容詞対についてのSD尺度評価値により設計者等のユーザーが有する建物外壁に対するイメージプロフィールを入力し、それに基づいて3階層からなるニューラルネットワークを用いて最終的に色相の候補を決定し出力するようになっている。」

これらの記載からみて、当該刊行物1には、建物外観の色彩決定システムにおいて、色彩を施した建物の複数のサンプル画から複数の人が受ける印象を複数の形容詞対のSD尺度評価値として得、また、各色彩のイメージ情報に基づいてクラスター分析を行って色をグループ分けし、ユーザーの希望するデザインイメージについての上記複数の形容詞対のSD尺度評価値を得、該SD尺度評価値及び上記グループに基づいてニューラルネットワークを用いて色相の候補を決定し出力すること(「刊行物1記載の発明」という。)が記載されている。

(2)本願発明と刊行物1記載の発明との対比・判断
本願発明と刊行物1記載の発明とを対比した場合、刊行物1記載の発明においては、各色彩のイメージ情報に基づいてクラスター分析を行って色をグループ分けする場合に、各色彩のサンプル画を用いており、単独の画像のみを用いるものでないこと、また、色相の候補を決定する場合に、ニューラルネットワークを用いており、SD尺度評価値の類似度を用いていないこと、或いは、顧客に提示する案は、色相の候補を決定し出力しており、代表的な配色案を提示するものでないことにおいて相違が認められる。
しかしながら、グループ分けに際して、単独の画像を用いるか各色彩のサンプル画を用いるかは、顧客の要望への対応をどの程度のものとするか、いわば、提示案の質的考慮に属するものであるから当業者が適宜に決定し得ることであるし、ニューラルネットワークを用いないでSD尺度評価を行うことは、コンピュータの使用形態に属するものであって、労力を厭わなければ人手で行うことも可能であることからすれば、当業者が適宜になし得た設計変更に属するものである。
また、顧客の要望に対応すべく複数の提言案を用意することは通常のことであって、代表的な配色案を提示する程度の工夫は、当業者であれば必要に応じて適宜になし得たことといわざるを得ない。
すると、前記の相違を本願発明のように構成することは、いずれも当業者にとって格別に困難性あるものとはいえないことから、本願発明は進歩性があるものとは認められない。
そして、前記の相違に係る構成を備えることによって、格別な作用効果が期待し得るものともいえない。

2-4 審判請求人の主張について
審判請求人は、審判請求の理由補充書(平成19年3月22日付け手続補正書)において、
「(3-2)請求人は、本願を出願する前に、種々の先行文献を調査し、検討しました。検討した公報中に下記の2つの公報があった。
1.特許第1106334号、発明の名称:カラーイメージ・スケール
2.特許第2948590号、発明の名称:構造物等の外装塗色選定方法
これの公報の特許請求の範囲には、いずれも人間の精神活動に基づく人為的取り決めを記載しているが、いずれも特許されている。
この点からも、本願発明は、自然法則を利用するものであると認められるべきである。

(3-3)本願方法が、特許法第2条に定義されている「発明」に該当することを明確にするために、上記1の特許(許第1106334号)の公告公報(特公昭56-46082号公報)を、参考資料として、参照されたい。
この資料はカラーイメージスケールに関し、特許請求の範囲において、
イ.(略)配色について色相と色調によって心理的に分析し、
口.心理学的意味を有する言語から連想する色彩を色相、色調の強弱
によって分析し、
ハ.これら分析によって得られるデータを解析して数値に変換し、
二.データの数値を(略)からなる立体的座標軸に配置し、
(以下略)
などを構成要件とすることが記載されている。
この資料は、審査され、公告され、特許されたものであるから、上記のイ、口、ハおよび二の要件が、特詐法第2条の「発明」を構成する要件に該当すると認定されたことは明らかである。
特に、資料の「心理的に分析し」、「心理学的意味を有する言語から連想する色彩を色相、色調の強弱によって分析し」が発明の構成要件として認められるのであるから、本願の方法も同様に発明の要件を有していると認められるべきであると確信する。
少なくとも、本願と資料とは、特許法第2条に定義されている発明に該当するか否かという観点からみて、同程度のレベルであって、両者には明確な差異は認められない。逆に言えば、本願は発明に該当せず、一方、資料は発明に該当するという、明確な根拠と理由が見当たらない。
発明において、自然法則の利用は、全体としての利用でなければならず、一部においてそれを利用していない部分があれば発明でなくなるから、参考資料の上記の「心理的に分析し」などを含めたすべての要件が自然法則の利用したものと認められたのであるから、それと殆ど差異がない本願を構成する要件も自然法則の利用したものと認められるべきであると確信する。」
と主張している。

そこで、この主張について検討する。
提示された「特許第1106334号発明:カラーイメージ・スケール」に係る特許請求の範囲には、
「イ.個々の色彩が有する個有のイメージを多数の単色または単色の組合せからなる配色について色相と色調によって心理学的に分析し、
口.かつ心理学的な意味を有する言語から連想する色彩を色相、色調の強弱によって分析し、
ハ.これら分析によって得られたデータを系統的に解析して数値に置換し、
二.各データの数値を重畳して個々の色彩をウォームクール軸、ソフト・ハード軸、クリア・グレイツシュ軸からなる立体的座標に配置し、
ホ.中心から座標軸の長さによって色彩を位置付け、
ヘ.差別化し、色彩から言語若しくは言語から色彩へと等換変換し得るよう構成したことを特徴とするカラーイメージ・スケール。」と記載されている。
(符号は、審判請求人が付したものに加えた記載部をホ、ヘと表現した。)
そして、イ?ハまでの構成要件が本願発明と同様に、人間の色相と色調に関する心理的な印象を分析している行為にあたることは、審判請求人が指摘しているとおりである。
しかしながら、当該特許発明においては、ニなる構成要件を有しており、分析した結果を視覚化するスケール構成を特定しているものであって、当該構成は自然法則を利用した技術思想を体現したものといえる。
よって、単に、審判請求人が指摘する構成要件イ?ハが自然法則を利用したものでないとしても、総体としては特許法上の発明と認め得るものであるから、審判請求人の主張はあたらない。

また、提示された「特許第2948590号発明:構造物等の外装塗色選定法」では、その特許請求の範囲に、
「1.(1)建造物を、使用目的や形態(イ)、機能や目的(ロ)および立地環境(ハ)を基準に分析し、それぞれの具体的項目を列挙する、
(2)上記(イ)?(ハ)の各々から選ばれた1個もしくは2個以上の具体的項目を組み合わせて想定される建造物の外装塗色(ニ)をあらかじめ設定しておく、
(3)次に、実際に外装する建造物等について、上記(イ)?(ハ)の具体的項目のなかから適合する項目を1個もしくは2個以上選択し、組み合わせる、
(4)上記(2)で想定した組み合わせのなかから、上記(3)の組み合わせと同一もしくは近似しているものを1組みもしくは2組み以上選択し、その選択されたものにあらかじめ設定されている外装塗色(ニ)を実際に外装する建造物の塗色もしくは基準色とする
ことを特徴とする建造物の外装塗色選定法。」
と記載されている。
この記載からみて、当該特許発明は、(1)に列挙された具体的項目を組み合わせて想定される建造物の外装塗色(ニ)を(2)であらかじめ設定しておくこととされ、続く(3)、(4)では実際に外装する建造物等について、(1)に列挙された具体的項目の組み合わせを選定した際に、前記(2)で設定された建造物の外装塗色(ニ)をもって、実際に外装する建造物の塗色もしくは基準色とするものである。
すると、前記(2)であらかじめ設定された建造物の外装塗色(ニ)は、前記(1)に列挙された具体的項目をキーとした、いわばデータベースをあらかじめ構築しておき、実際に外装する建造物等について外装塗色を選定するに際して、具体的項目の組み合わせを指定して前記データベースから回答を得るものといえる。
してみれば、当該特許発明においては、あらかじめ構築するデータベースの構成及びこれへのアクセス手順が示されたものと解し得、自然法則を利用する特許法上の発明と認められるので、請求人の主張はあたらない。

3 むすび
以上のとおりであるから、本願発明は、自然法則を利用した技術的思想の創作たる発明に該当せず、特許法29条1項柱書に規定する要件を満たしていないので、特許を受けることができないし、仮に、特許法29条1項柱書に規定する要件を満たしているものとしても、刊行物1の記載に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2008-01-09 
結審通知日 2008-01-15 
審決日 2008-02-06 
出願番号 特願2000-208320(P2000-208320)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (G06T)
P 1 8・ 14- Z (G06T)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 新井 則和  
特許庁審判長 酒井 進
特許庁審判官 名取 乾治
菅藤 政明
発明の名称 建築物の配色を決定する方法  
代理人 特許業務法人小田島特許事務所  
代理人 小田島 平吉  

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