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審判番号(事件番号) データベース 権利
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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) A61K
管理番号 1185065
審判番号 不服2002-20454  
総通号数 107 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2008-11-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2002-10-21 
確定日 2008-09-19 
事件の表示 平成 5年特許願第518700号「シェーグレン症候群における眼のアンドロゲン療法」拒絶査定不服審判事件〔平成 5年10月28日国際公開、WO93/20823、平成 7年 9月28日国内公表、特表平 7-508716〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯・本願発明
本願は,平成5年4月21日(パリ条約による優先権主張1992年4月21日,米国)を国際出願日とする出願であって,その請求項に係る発明は,平成18年7月31日付け手続補正書によって補正された特許請求の範囲の請求項1?10に記載された次のとおりのものである。
「【請求項1】 局所適用において有効量のアンドロゲンまたはアンドロゲン類似体,および当該アンドロゲンまたはアンドロゲン類似体を患者の眼球表面または眼の直ぐ近傍に局所的に投与するための賦形剤を含む医薬的に許容できる物質を含む,当該患者の眼の乾性角結膜炎の症状を治療する治療組成物。
【請求項2】 当該賦形剤がヒアルロン酸塩である請求項1の組成物。
【請求項3】 当該賦形剤が燐酸緩衝食塩水である請求項1の組成物。
【請求項4】 当該アンドロゲンまたはアンドロゲン類似体が,通常と異なる構造的特色をもつアンドロゲン性化合物を含むアンドロゲンの構造的サブクラス由来である請求項1ないし3のいずれかの組成物。
【請求項5】 当該アンドロゲンまたはアンドロゲン類似体が,17α-メチル-17β-ヒドロキシ-2-オキサ-5α-アンドロスタン-3-オンまたはその誘導体である請求項1ないし4のいずれかの組成物。
【請求項6】 当該アンドロゲンまたはアンドロゲン類似体が,テストステロンまたはその誘導体である請求項1ないし3のいずれかの組成物。
【請求項7】 当該アンドロゲンまたはアンドロゲン類似体が,4,5α-ジヒドロテストステロンまたはその誘導体である請求項1ないし3のいずれかの組成物。
【請求項8】 当該アンドロゲンまたはアンドロゲン類似体が,環Aの未飽和を含有する17β-ヒドロキシ-5α-アンドロスタン誘導体である請求項1ないし3のいずれかの組成物。
【請求項9】 当該アンドロゲンまたはアンドロゲン類似体が,19-ノルテストステロン誘導体である請求項1ないし3のいずれかの組成物。
【請求項10】 当該アンドロゲンまたはアンドロゲン類似体が,窒素置換誘導体である請求項1ないし3のいずれかの組成物。」

2.当審の拒絶理由
これに対して,当審における平成18年1月25日付けで通知した拒絶の理由は,本件出願は,本願明細書の発明の詳細な説明には,当業者が容易に本願発明を実施できる程度に,本願発明の目的,構成,効果が記載されておらず特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていないし,本願発明は,発明の詳細な説明に記載したものではないので特許法第36条第5項第1号に規定する要件も満たしていないというものである。

3.当審の判断
A.特許法第36条第4項について
本願請求項1に係る発明は,「局所適用において有効量のアンドロゲンまたはアンドロゲン類似体」及び「当該アンドロゲンまたはアンドロゲン類似体を患者の眼球表面または眼の直ぐ近傍に局所的に投与するための賦形剤」を含む組成物であって,「眼への局所投与」により,「当該患者の眼の乾性角結膜炎の症状を治療する」ためのものである。
そこで,本願請求項1に係る発明について,本願明細書の発明の詳細な説明に,当業者が容易にその実施をすることができる程度に,その発明の目的,構成及び効果が記載されているか否かを検討する。

ア.本願明細書の記載事項
本願明細書には,請求項1に係る発明については,以下の記載がある。
(a)「本発明の特徴は,一般にシェーグレン症候群におけるKCSの管理についての新規な試み,アンドロゲンまたはアンドロゲン類似体の治療量を含む調製物の眼への適用である。この治療方法は,窮迫を引き起こすシェーグレン症候群の眼の症状を軽減し,しかも全身的治療の発生の可能性のある,望ましくない副作用に患者を曝すことがない。
本発明の1つの特徴は,乾性角結膜炎の症状を治療する方法であるが,これは,有効量のアンドロゲンまたはアンドロゲン類似体を医薬的に許容できる物質中に含む治療剤を提供し,当該治療剤を局所的に患者の眼の表面または眼の近傍に投与することを含む。
好ましくは,この物質は燐酸緩衝食塩水または担体物質(例えばヒアルロン酸塩)で,アンドロゲンまたはアンドロゲン化合物は,通常と異なる構造特色をもつか;またはこの化合物はテストステロン,4,5α-ジヒドロテストステロン,17β-ヒドロキシ-5α-アントロスタン,または19-ノルテストステロン誘導体であるか;またはこの化合物は窒素置換アンドロゲンである。」(本願明細書第4頁15-23行)
(b)「もし適切な内分泌療法が対応する特異的な組織に向けられるならば,ホルモン作用は,その特定の組織に局在する免疫的病変を安全に,且つ効果的に軽減することができるであろう。シェーグレン症候群の最悪の眼の窮迫を引き起こす症状を解除するための,対応する標的組織は涙腺である。眼の表面またはその近くに局所的に適用された脂肪親和性の調節性ホルモンは,シェーグレン症候群患者の付属涙腺および主要涙腺組織に直接作用し,これら組織の疾患に関連した腺の炎症を抑制することができる。」(本願明細書第5頁下から3行-第6頁4行)
(c)「この効果は,全身的ホルモン活性とは完全に独立しているであろう。この免疫内分泌相互作用の目的は:(a)隣接する涙腺組織のリンパ球浸潤を減少させ,それによって豚房細胞および分泌管細胞の免疫仲介性破壊並びにそれらのりンバ球圧迫を軽減し;(b)付属および/または眼瞼涙腺が基本的な涙液量を分泌することを可能にし:さらに(c)これらホルモンの全身的接触と平行する副作用を避けることである。実際,局所的なアンドロゲン治療は涙腺組織の機能的領域を産出し,それによって涙液の排出を増強しさらに乾燥眼の問題を修正する。」(本願明細書第6頁4-11行),
(d)「この薬剤戦略は以前には提唱されたことがなかった。これは,多分に免疫機能におけるアンドロゲンの作用メカニズムは,胸腺および視床下部-下垂体軸からの因子によって仲介されるかまたはそれに補助されるか,そうでなけらばリンパ球に対する直接の影響を伴うと考えられたからである(37.65.88.77)」(本願明細書第6頁12-16行),
(e)「眼の局所的適用療法の正当性のために必要な極めて重要なことは,アンドロゲンはシェーグレン症候群の涙腺の免疫病変を抑制するということを示すことである。さらに,このアンドロゲン作用は涙腺組織を標的とし,一般化された全身的な影響とは独立していることを示すことが重要である。下記に提示する実施例において,これら3つの基準は全て満たされることを示している。すなわち,アンドロゲンはシェーグレン症候群の涙腺の免疫病変を確かに抑制し,アンドロゲン作用は涙腺組織を標的とし,さらにアンドロゲン作用は一般化された全身的効果とは独立している。」(本願明細書第6頁17-24行),
(f)実施例Iには,この実験の目的が,「アンドロゲン療法がシェーグレン症候群の開始後涙腺における自己免疫疾患の進行を抑制するかまたは反対にするかを決定すること」であること,テストステロンをシェーリング症候群の動物モデルである成獣の雌のMRL/Mp-1pr/lpr(MRL/1pr)マウスに局所的ではなく全身的に投与した理由について,マウスの涙腺の場所へは眼の表面から到達できないからであることを説明し,試験結果について「17日または34日間のテストステロンの投与は,涙腺組織のリンパ球浸潤を劇的に減少させ,このホルモン作用は時間依存性で,浸潤物のサイズと範囲の両方において著名な減少をもたらした。」こと,さらに「興味深いことには,テストステロンの生理的用量と超生理的用量との間で,実験結果に顕著な相違はなかった。対照的に,偽薬処置マウスの涙腺では,実験の経過中にリンパ球浸潤は段々増加していった。テストステロン療法はまた,下顎骨下の腺の免疫病変を顕著に減少させたが,この影響の程度は涙腺組織で認められたものより小さかった。」ことが記載されている。(本願明細書第6頁下から4行-第7頁19行)
(g)実施例IIには,この実験の目的が,「別の自己免疫のシェーグレン症候群の動物モデル(NZB/NZWF1(Fl)マウス)(52,59)を用いることによって,涙腺疾患に対するアンドロゲン治療の効果を評価すること」であること,テストステロンを局所的ではなく全身的に投与した理由について,マウスの涙腺の場所へは眼の表面から到達できないからであることを説明し,全身投与した試験結果について「テストステロン投与は,涙腺におけるリンパ球蓄積の顕著な時間依存性の減少を誘発した。アンドロゲン療法の34から51日後,リンパ球浸潤の程度は,偽薬処置組織のそれと比べて22から46倍抑制された。このホルモンの影響は,濾胞性浸潤の数,個々の濾胞の範囲および涙腺標本当たりのリンパ球浸潤尾総量の減少を伴った。一定の群では,テストステロンとの接触はまた,処置前に同じマウスで測定されたものと比べて涙液量の上昇を刺激した。殆ど例外なく,生理的および超生理的テストステロン治療のF1マウスの涙腺自己免疫発現の影響は,実質的に同じ自己免疫疾患の抑制であった。」ことが記載されている。(本願明細書第7頁10行-第8頁16行),
(h)実施例IIIには,この実験の目的が,「このアンドロゲン作用が,涙腺組織において特定のリンパ球集団またはクラスII抗原(すなわちIa)発現の選択的抑制を伴うか否かを決定すること」であり,テストステロンを雌のMRL/Mp-1pr/lpr(MRL/1pr)マウスに全身投与した試験結果について「MRL/lprマウスの涙腺の炎症細胞集団に定量的および定性的影響の両方を与えることを示した。したがって,偽薬ではなくテストステロンの治療は,T細胞,ヘルパーT細胞,サプレッサー/細胞毒性子細胞,Ia陽性リンパ球およびB細胞の総数の急激な減少を誘発した。アンドロゲン投与はまた,B220+(すなわちおそらく未成熟T)細胞の涙腺における濃度を,その頻度と同様顕著に減少させた。」ことが記載されている。(本願明細書第8頁17行-第9頁3行)
(i)実施例I?IIIについて,多数の参考文献を引用し,「他の観察(45,47,48,5B)と比較するとき,これらの発見は,テストステロンの抗炎症性活性は,固有で涙腺特異的である可能性を提唱する。第一に,涙腺組織のアンドロゲン誘発免疫抑制は,末梢リンパ節には及ばないが(5B,57),このことは,このステロイドホルモンは,全身的または粘膜部位へのリンパ球移動またはそこでの増殖における一般的な抑制を引き起こさないことを示唆している。第二に,テストステロンとの接触は,MRL/lprマウスの下顎骨下の腺のリンパ球浸潤の程度を減少させるが(47),このホルモンの影響の性質は涙腺で認められたものとは異なり,アンドロゲンおよび薬剤に対する唾液腺の濾胞性浸潤の全体的な感受性は,涙腺組織で認められたものとは全く異なるようにみえる(47)。第三に,アンドロゲンは,涙腺の免疫機能に対して顕著な制御を示すが,必ずしも唾液腺または全身組織に対してはそうではない(45)。」((数字)は参考文献番号を示し,文献名は明細書にリストとして掲載されている。)ことが記載されている(本願明細書第9頁4-15行)。
(j)実施例IVには,この実験の目的が,「他のステロイドホルモンまたは免疫抑制剤は,涙腺の自己免疫におけるテストステロンの効果を繰り返すことができるか否かを決定すること」であり,(a)テストステロン,(b)19-ノルテストステロン,(c)ダナゾール,(d)17β-エストラジオール,(e)非アンドロゲン性合成ステロイド,(f)シクロスポリンA1抗炎症性物質,(g)デキサメタシン,および(h)シクロホスファミドを雌のMRL/1prマウスに全身投与した試験結果について「同化アンドロゲン,19-ノルテストステロン,またはシクロホスファミドの投与によって,涙腺組織の濾胞性浸潤範囲,濾胞の数および浸潤リンパ球の%におけるテストステロンの抑制効果は再現されたが,エストラジオール,ダナゾール,非アルドステロン性合成ステロイド,シクロスボリンAまたはデキサメタシンによる治療では再現されなかった。さらに,テストステロン,19-ノルテストステロンおよびシクロホスファミドは,デキサメタシンと同様,下顎骨下の腺のリンパ球浸潤を減少させた。しかし,いずれのアンドロゲンも,脾臓並びに穎の上部および腸間膜リンパ節を含むりンバ組織の重大な炎症には緩衝しなかった。」こと,そして,複数の参考文献を引用して「アンドロゲン単独処置はまた,涙液へのIgA抗体の涙腺排出増加を促進する。これらの抗体は,細菌の集落形成,ウィルス付着,寄生虫の浸入および黴または毒素誘発障害から眼球表面を保護するが(48),典型的にはシェーグレン症侯群の粘膜部位では減少する(53)。」((数字)は同上)ことが記載されている。(本願明細書第9頁16行-第10頁20行)
(k)「これら総合された発見は,全体として,アンドロゲンまたは他の同化類似体は,シェーグレン症候群の動物モデルの涙腺における自己免疫発現を抑制することを示している。アンドロゲン作用はまた,一般的全身性の効果とは独立した組織特異的応答を示すようにみえ,したがって,眼への局所的な治療を正当化する。」(本願明細書第10頁21-25行)
(l)「シクロホスファミド(全身的投与に際して涙腺組織のリンパ球浸潤を減少させる唯一の非アンドロゲン)は,その作用態様故に,適切なヒトの局所治療であるとは考えられない。このアルキル化剤(これは,細胞性DNAの直接修飾によって自己免疫機能を抑制すると考えられる)は,活性を得る前に肝でまず代謝されなければならない。したがって,シクロホスファミドは局所適用では局所的作用が可能ではない。」(本願明細書第10頁26-第11頁1行)
(m)「シェーグレン症候群または涙腺の他の自己免疫疾患をもつ患者へのアンドロゲンまたはその類似体の局所適用は,付属涙腺組織および主要涙腺の眼瞼葉(これは眼球表面に隣接している)における免疫病理学的欠陥を直接抑制することができる。最も適切な治療用化合物の選択は,与えられたホルモンの免疫活性,潜在的な副作用および投与形態によって左右される。例えば,局所的テストステロンは涙腺の炎症を減少させるうえで極めて有効であろうし,そのメチル化類似体は,眼内圧のようなパラメーターについて有害な副作用を持たないように思える(87)。しかし,医薬としてのテストステロンの利用は禁忌を示すかもしれない:種々の末梢組織におけるこのホルモンの代謝は,エストロゲンへの芳香族化を伴うかもしれず(86),これは進行中の自己免疫疾患を悪化させるかもしれない。さらに,投与に関しては,アンドロゲンが担体賦形剤(例えばヒアルロン酸塩)と複合体を形成することができる場合は,窒素付加類似体が考えられよう。」(本願明細書第11頁3-15行)
(n)「したがって,雌のMRL/lprマウスの涙腺自己免疫疾患発現を抑制する,種々の修飾および/または同化アンドロゲンの効力を比較した。動物に疾患の開始後6週間,全身的に賦形剤または指定のアンドロゲンを投与した。このテストで調べたアンドロゲンは以下を含む:(a)テストステロン;(b)ジヒドロテストステロン(またアロジヒドロテストステロン,アンドロスタノーロン,スタノロン,5α-ジヒドロステストステロンとも呼ばれる);(c)フルオキシメステロン;(d)スタノゾロール:(e)ノルテストステロンプロピオネート;(f)デヒドロエビ-アンドロステロン(アンドロゲン前駆体,アンドロステノロン,デヒドロインアンドロステロン,DHEA,トランスデヒドロアンドロチロンとも呼ばれる);(g)オキサンドロトン;(h)メチルジヒドロテストステロン(メチルアンドロスタノロンとも呼ばれる);(i)オキシメトロン;(j)5α-アントロスタン-17β-オル-3-オキシム;(k)5α-アンドロスタン-17α-オル-3-オン-アセテ-ト;(l)2.(5α)-アンドロステン-17β-オル;(m)5α-アントロスタン-2α-メチル-17β-オル-3-オン;および(n)メチルテストステロン。」(本願明細書第11頁17行-第12頁2行」。
(o)「アンドロゲン性化合物のこの特異的な群の免疫活性を比較する正当性は以下の通りである。」として,1969年(本願優先日より20年以上前)の文献を引用して,第1に,これらの化合物が化学構造が似ていること,第2に,標準物(典型的にはテストステロン)に比較してより強い同化活性を持つアンドロゲン活性を同定すること,第3に上記の化合物のうち窒素置換アンドロゲンは,アンドロゲン活性を抑制しないでヒアルロン塩へのステロイドの結合を許容するかもしれないこと及び窒素置換アンドロゲンは同化活性は増強するがアンドロゲン性活性は減少しているといったものであることを挙げている。(本願明細書第12頁3行-第13頁12行)。
(p)「代表的化合物の効果のテスト結果,全ての種類のアンドロゲン(経口的であれ,修飾または同化類似体であれ)が,程度は種々であるけれども,涙腺自己免疫疾患の発現抑制に有効であった。さらに別のルーチンな検査によって,特定の適用のための最適な始原化合物を決定することができる。」(本願明細書第13頁13-16行)
(q)「滴剤(例えば遊離ホルモンまたは賦形剤物質との複合体)または軟膏の形で投与できるアンドロゲン療法は,アンドロゲン/細胞相互作用のメカニズムと持続時間を考えれば,頻繁な適用を必要としないはずである。特定の化合物の投与は,医薬的に許容できる物質中で,眼球表面または眼の隣接領域に対してルーチンな方法で行われるであろう。許容できる物質は,緩衝溶液(例えば,燐酸緩衝食塩水)または不活性な担体化合物を含む。至適用量および投与態様は,容易に慣用的なプロトコルで決定できる。」(本願明細書第13頁17-23行)

イ.局所投与による治療薬としての有用性について
医薬についての用途発明においては,一般に,有効成分の物質名,化学構造だけからその有用性を予測することは困難であり,明細書に薬理データ又はそれと同視すべき程度の記載をしてその用途の有用性を裏付ける必要がある。
本願請求項1に係る発明は,「局所適用において有効量のアンドロゲンまたはアンドロゲン類似体」及び「当該アンドロゲンまたはアンドロゲン類似体を患者の眼球表面または眼の直ぐ近傍に局所的に投与するための賦形剤」を含む組成物であって,「眼への局所投与」により,「当該患者の眼の乾性角結膜炎の症状を治療する」ためのものである。
そこで,まず,請求項1に係る発明が,眼への局所投与により,眼の乾性角結膜炎の症状の治療に有用であることが,明細書に薬理データ又はそれと同視すべき程度の記載をして裏付けられているか否かについて検討する。

本願明細書には,シェーグレン症候群の動物モデルを用いた乾性角膜炎の炎症の治療効果の有用性を示す試験結果として,実施例I,II,III,IVには,テストステロンを全身投与した試験方法と試験結果が,実施例IVには,19-ノルテストステロンを全身投与した試験方法と試験結果が記載されており,いずれも有効であったことが記載されている(上記記載事項(f),(g),(h),(j))ものの,眼への局所投与を行った試験結果は一切記載されていない。
本願明細書には,シェーグレン症候群の動物モデルであるマウスでは,マウスの眼の解剖学的構造から,涙腺への局所投与が実際上不可能であるので全身投与試験を行ったこと(上記記載事項(f),(g)),そして,「眼の局所的適用療法の正当性のために必要な極めて重要なことは,アンドロゲンはシェーグレン症候群の涙腺の免疫病変を抑制するということを示すことである。さらに,このアンドロゲン作用は涙腺組織を標的とし,一般化された全身的な影響とは独立していることを示すことが重要である。」(上記記載事項(e))と述べ,これらを示すことで,アンドロゲンの眼への局所投与が,眼の乾性角結膜炎の症状の治療に有用であること示すと述べている。
具体的には,本願明細書では,シェーグレン症候群の動物モデルであるマウスに,テストステロン等を全身投与し,涙腺組織への治療効果を確認するとともに他の組織についても調べたところ,涙腺組織への治療効果が確認されたこと(上記記載事項(f),(g),(h),(j)),実施例Iでは,テストステロンについては,治療効果が涙腺組織で認められ,下顎骨下の腺の免疫病変を顕著に減少させたが,この影響の程度は涙腺組織で認められたものより小さかったこと(具体的な記載は一切無い)(上記記載事項(f)),実施例IVは,アンドロゲンとアンドロゲン以外のものに関するものであるが,アンドロゲンについては,全身投与による涙腺組織への治療効果が,19-ノルテストステロンで認められ,このものは顎骨下の腺のリンパ球浸潤を減少させたこと,いずれのアンドロゲンすなわちテストステロン,19-ノルテストステロンは,脾臓並びに頸の上部および腸間膜リンパ節を含むリンバ組織の重大な炎症には効果がなかったことが記載されている。アンドロゲン以外のものについては,全身投与による涙腺組織への治療効果が,シクロホスファミドでは認められたが,エストラジオール,ダナゾール,非アンドロゲン性合成ステロイド(本願明細書では非アルドステロン性合成ステロイドと記載されているが,非アンドロゲン性合成ステロイドの誤記であることは明らかである。なお,具体的な化合物名は記載されていない。),シクロスポリンA,デキサメタゾンでは認められなかったこと,シクロホスファミド,デキサメタゾンは下顎骨下の腺のリンパ球浸潤を減少させたことが記載されている(上記記載事項(j))。
しかしながら,これらの記載は,テストステロン,19-ノルテストステロンは,治療効果が涙腺組織とともに,下顎骨下の腺の免疫病変にも見られたが,テストステロンについては,治療効果が涙腺組織に比べ,下顎骨下の腺については少ないこと,脾臓並びに頸の上部および腸間膜リンパ節を含むリンバ組織の重大な炎症には治療効果がなかったことを示すだけのものである。
本願明細書では,実施例I?IIIの「発見」は,参考文献に示される「観察」と比較するときテストステロンの抗炎症性活性は,固有で涙腺特異的である可能性を提唱するとしている。その理由として,第一に,涙腺組織のアンドロゲン誘発免疫抑制は,末梢リンバ節には及ばないが,このことは,テストステロンが,全身的または粘膜部位へのリンパ球移動またはそこでの増殖における一般的な抑制を引き起こさないことを示唆していること,第二に,アンドロゲンおよび薬剤に対する唾液腺の濾胞性浸潤の全体的な感受性は,涙腺組織で認められたものとは全く異なるようにみえること,第三に,アンドロゲンは,涙腺の免疫機能に対して顕著な制御を示すが,必ずしも唾液腺または全身組織に対してはそうではないことを多くの参考文献番号とともに記載している(上記記載事項(i))。
しかしながら,実施例I?IIIのどの「発見」と,各参考文献に示されるどの「観察」とから,どうして上記の可能性が提唱できるのかについては,なんら具体的な説明はない。
また,本願明細書には,上記の実施例I?IVの結果と多数の参考文献の記載を総合すれば,「アンドロゲン作用は,一般的全身性の効果とは独立した組織特異的応答を示すようにみえ,したがって,眼への局所的な治療を正当化する。」(上記記載事項(k))と結論づけているが,そのように結論づけることができる理由についてはなんら記載されていない。
したがって,本願明細書の記載からは,「アンドロゲンはシェーグレン症候群の涙腺の免疫病変を抑制するということを示すこと」,さらに,「このアンドロゲン作用は涙腺組織を標的とし,一般化された全身的な影響とは独立していることを示すこと」により,アンドロゲンの眼への局所投与が,眼の乾性角結膜炎の症状の治療に有用であることが裏付けられているとはいえない。

一方,本願明細書に「本発明の特徴は,一般にシェーグレン症候群におけるKCSの管理についての新規な試み,アンドロゲンまたはアンドロゲン類似体の治療量を含む調製物の眼への適用である。」(上記記載事項(a))とあるように,本願発明は,シェーグレン症候群の患者を対象とするものである。
そもそも,シェーグレン症候群は,眼に症状が表れるが臓器非特異的な疾患,つまり全身性の自己免疫疾患である。したがって,シェーリング症候群における乾性角結膜炎の症状の治療のためには,当業者であれば,一般的には,全身投与を考えるものであり,本願出願日前に,全身投与で治療効果が認められれば眼への局所投与でも治療効果があると推測できるとの技術常識は存在しなかった。
この点については,本願明細書にも,「アンドロゲンの作用メカニズムは,胸腺および視床下部-下垂体軸からの因子によって仲介されるかまたはそれに補助されるか,そうでなければリンパ球に対する直接の影響を伴うと考えられた」ので,眼への局所投与は提唱されたことがなかった(上記記載事項(d))と,本願出願日当時は,眼への局所投与では効果が期待できないものと考えられていたことが記載されている。

以上のとおり,本願明細書には,全身投与による涙腺効果が確認されたとするテストステロン,19-ノルテストステロンに限ってみても,眼への局所投与による,乾性角結膜炎の症状の治療の有用性を裏付ける記載がなされているとは到底認めることができない。

なお,審判請求人は,当審における平成18年1月25日付けで通知した拒絶の理由に対する意見書において,「アンドロゲン作用は,一般的全身性の効果とは独立した組織特異的応答を示すようにみえ,したがって,眼への局所的な治療を正当化する。」理由については,上記の本願明細書の記載を繰り返し指摘するだけであり,また,提出した臨床試験データは,マイボーム腺機能不全に関するものであり,シェーリング症候群における乾性角結膜炎の治療という本願発明の用途とは異なる医薬用途に関するものである。

ウ.局所適用における有効量について
次いで,本願請求項1に係る発明は,「局所適用において有効量のアンドロゲンまたはアンドロゲン類似体」を含む医薬組成物であるが,「局所適用において有効量のアンドロゲンまたはアンドロゲン類似体」を,当業者が,本願明細書の記載と技術常識に基づいて容易に選定し,本願請求項1に係る発明を容易に実施することができるか否かを検討する。
本願明細書には,眼への局所投与におけるアンドロゲンまたはアンドロゲン類似体の有効量については,具体的な説明は一切なく,また,眼への局所投与のための医薬組成物である本願請求項1に係る発明の配合例,製剤例は一例も記載されていない。本願請求項1に係る発明の具体的な医薬組成物の製造については,単に,ルーチンな方法で行われるであろうと説明されているだけであり,アンドロゲンまたはアンドロゲン類似体の有効量については,「至適用量および投与態様は,容易に慣用的なプロトコルで決定できる。」(上記記載事項(q))と記載されているのみである。
上記「イ.局所投与による治療薬としての有用性について」に述べたとおり,本願出願日前には,眼への局所投与は知られておらず,当業者は,一般的には,全身投与を考えるものであるから,慣用的なプロトコルでアンドロゲンまたはアンドロゲン類似体の有効量を容易に決定できない。
また,上記のとおり,眼への局所投与におけるアンドロゲンまたはアンドロゲン類似体の有効量がどのような量かということは当業者の技術常識ではない。

以上のとおり,本願請求項1に係る発明は,「局所適用において有効量のアンドロゲンまたはアンドロゲン類似体」を含む医薬組成物であるが,「局所適用において有効量のアンドロゲンまたはアンドロゲン類似体」を,当業者が,本願明細書の記載と技術常識に基づいて容易に選定し,本願請求項1に係る発明を容易に実施することはできない。

エ.小括
上記イのとおり,本願明細書において,請求項1に係る眼への局所投与のための医薬組成物の発明が,眼への局所投与により,眼の乾性角結膜炎の症状の治療に有用であることが裏付けられているとはいえず,また,上記ウのとおり,請求項1に係る発明の特許を受けようとする発明の構成に欠くことのできない事項である「局所適用において有効量のアンドロゲンまたはアンドロゲン類似体」を,当業者が,本願明細書の記載と技術常識に基づいて容易に選定することはできない。
したがって,本願請求項1に係る発明について,本願明細書の発明の詳細な説明に,当業者が容易にその実施をすることができる程度に,その発明の目的,構成及び効果が記載されていない。

B.特許法第36条第5項第1号について
特許法第36条第5項第1号の規定によれば,特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものでなければならない。
上記の「A.特許法第36条第4項について」に記載したとおり,本願明細書において,請求項1に係る眼への局所投与のための医薬組成物の発明が,眼への局所投与により,眼の乾性角結膜炎の症状の治療に有用であることが裏付けられているとはいえず,また,請求項1に係る発明の特許を受けようとする発明の構成に欠くことのできない事項である「局所適用において有効量」を,当業者が,本願明細書の記載と技術常識に基づいて容易に選定することはできないので,本願請求項1に係る発明は,発明の詳細な説明に記載された発明ではない。

4.むすび
以上のとおりであるから,本願は,明細書の記載が,特許法第36条第4項に規定する要件及び同法第36条第5項第1号に規定する要件を満たしていないので,拒絶をすべきものである。
 
審理終結日 2007-03-29 
結審通知日 2007-04-03 
審決日 2007-04-17 
出願番号 特願平5-518700
審決分類 P 1 8・ 121- WZ (A61K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 冨永 保冨永 保  
特許庁審判長 塚中 哲雄
特許庁審判官 弘實 謙二
吉住 和之
発明の名称 シェーグレン症候群における眼のアンドロゲン療法  
代理人 秋元 輝雄  
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