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この審決には、下記の判例・審決が関連していると思われます。
審判番号(事件番号) データベース 権利
無効2007800128 審決 特許
無効2007800261 審決 特許
無効2008800076 審決 特許
無効200680258 審決 特許
無効2009800033 審決 特許

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審決分類 審判 全部無効 2項進歩性  B01D
審判 全部無効 1項3号刊行物記載  B01D
管理番号 1185218
審判番号 無効2007-800265  
総通号数 107 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2008-11-28 
種別 無効の審決 
審判請求日 2007-11-30 
確定日 2008-10-02 
事件の表示 上記当事者間の特許第3764894号発明「水溶性有機物の濃縮方法」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 特許第3764894号の請求項1乃至9に係る発明についての特許を無効とする。 審判費用は、被請求人の負担とする。 
理由 I.手続の経緯
優先日 平成15年2月21日(特願2003-44711号)
出願 平成16年2月20日(PCT/JP2004/001966)
審査請求日 平成17年8月26日
拒絶理由通知日 平成17年10月25日(発送日)
意見書提出日 平成17年12月9日
特許査定日 平成18年1月10日(発送日)
登録日 平成18年1月27日
(特許第3764894号)
無効審判請求日 平成19年11月30日
答弁書提出日 平成20年3月17日

II.本件特許発明
本件特許の請求項1乃至9に係る発明は、特許明細書及び図面の記載からみて、特許請求の範囲の請求項1乃至9に記載された次のとおりのものである(以下、それぞれを「本件特許発明1」乃至「本件特許発明9」といい、必要に応じて、これらをまとめて「本件特許発明」という。)。
「【請求項1】
水溶性有機物と水との混合物を蒸留塔により蒸留し、前記蒸留塔の塔頂又は濃縮段から取り出した留分を膜分離器に導入し、前記膜分離器により前記混合物から水を分離する前記水溶性有機物の濃縮方法において、前記蒸留塔と前記分離器との間に設置された蒸発器に前記留分を導入し、前記蒸発器内で前記留分を加熱することにより前記蒸留塔の操作圧力より高圧力の蒸気を生成し、前記高圧力の蒸気を前記膜分離器に導入することを特徴とする方法。
【請求項2】
請求項1に記載の水溶性有機物の濃縮方法において、前記膜分離器の分離膜を透過した蒸気と透過しない蒸気の少なくとも一方を前記蒸留塔の加熱源及び/又はストリッピング蒸気とすることを特徴とする方法。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の水溶性有機物の濃縮方法において、前記蒸留塔の塔頂から取り出した留分を凝縮して得られた凝縮液の10?90%を前記蒸留塔に還流し、残部を前記蒸発器に導入することを特徴とする方法。
【請求項4】
請求項1?3のいずれかに記載の水溶性有機物の濃縮方法において、前記非透過蒸気の凝縮熱により前記蒸留塔のリボイラを加熱することを特徴とする方法。
【請求項5】
請求項1?4のいずれかに記載の水溶性有機物の濃縮方法において、前記蒸留塔の操作圧力が50?150kPaであることを特徴とする方法。
【請求項6】
請求項1?5のいずれかに記載の水溶性有機物の濃縮方法において、前記膜分離器の分離膜が無機物からなることを特徴とする方法。
【請求項7】
請求項6に記載の水溶性有機物の濃縮方法において、前記無機物がゼオライトであることを特徴とする方法。
【請求項8】
請求項1?7のいずれかに記載の水溶性有機物の濃縮方法において、前記水溶性有機物がアルコールであることを特徴とする方法。
【請求項9】
請求項8に記載の水溶性有機物の濃縮方法において、前記水溶性有機物がエタノール又はi-プロピルアルコールであることを特徴とする方法。」

III.請求人の主張
III-1.審判請求書における主張
III-1-1.無効審判請求の根拠
本件特許発明1、2、8及び9は、甲第1号証に記載された発明と同一であるから、特許法第29条第1項第3号の規定により特許を受けることができないものであり、その特許は同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきである。
本件特許発明1乃至9は、甲第1?8号証に記載された発明に基づいて、出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、その特許は同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきである。
III-1-2.証拠の説明
III-1-2-1.甲第1号証(特開昭63-258601号公報)
甲第1号証は、蒸発器、膜分離器及び蒸留塔を備えた装置により、有機物水溶液、特にエタノール水溶液からエタノールを濃縮する方法が開示されている。
第6頁右上欄第7行からの実施例1に、次の事項が記載されている。
(イ)第1の蒸発器1にラインAからエタノール濃度94重量%のエタノール水溶液を毎時10.6Kgで供給した。
(ロ)第1の蒸発器1にはラインIにより約150℃のスチームを供給し、バルブ2を調節することにより、第1の蒸発器1より流出するエタノール蒸気/水蒸気からなる気体混合物の温度を120℃、圧力を3.4 Kg/cm^(2)・Gまで昇温・昇圧した。更に、エタノール蒸気/水蒸気からなる上記気体混合物を過熱器3により130℃まで昇温させた後、ラインCから気体分離膜4の一次側4aに供給した。
(ハ)気体分離膜4は、外径500μで有効膜面積6m^(2)の芳香族ポリイミド製中空糸状膜(中空糸の集合体)を用いた。気体分離膜4の二次側4bは130mmHgに減圧した。
(ニ)気体分離膜4を透過した混合気体は、エタノール水溶液度が54.5重量%であり、毎時2kgでラインEから第2の蒸発器5(トレイ付蒸発器)に供給した。
(ホ)第2の蒸発器5の上部からエタノール濃度77.3重量%の混合気体(有機物混合物)が毎時1.4Kgで流出した。第2の蒸発器5の上部から流出した該混合気体を、ラインFから冷却器6に移送し該冷却器6で冷却凝縮した後、ラインGに送出しラインLから第1の蒸発器1に返送した。
(ヘ)また、気体分離膜4の膜非透過気体は、熱交換可能な隔壁を介して第2の蒸発器5内の液体と接触させた後、エタノール濃度99.5重量%のエタノール水溶液としてラインDから取り出された。
第3頁左下欄第15?16行には、「第1の蒸発器としては、単なる加熱装置である通常の蒸発器を使用できる。」が記載されている。
請求項5には、第2の蒸発器はトレイ付蒸発器であってもよいことが記載されている。尚、「トレイ付蒸発器」は、本件明細書(2頁第41行)にも記載されるように、蒸留塔である。
第2頁右上欄第7?19行に、従来技術として「また、通常の蒸留法では分離不能な共沸混合物や沸点の接近している有機物混合液の場合には、共沸蒸留法や抽出蒸留法が用いられている。例えば、バイオマスによるエタノール製造は次のような方法が採られている。バイオマスによって製造されるエタノール濃度は10重量%以下であるため、先ず蒸留法により第1の蒸留塔で共沸組成である95.6重量%近くまで濃縮し、次いで、これに、水と共沸混合物を構成し且つ該共沸混合物がエタノールよりも低い沸点を持つようなベンゼン等の第3成分(エントレーナー)を添加し、第2の共沸蒸留塔で共沸蒸留を行い、純エタノールを製造している。」と記載されている。尚、共沸組成95.6重量%というのは、大気圧下でのエタノール-水の共沸組成である。
第2頁左下欄第17行?同右下欄最終行に、[発明が解決しようとする問題]の前記従来技術の問題点として「添加した第3成分を分離する装置が別に必要であり、また、第3成分を添加するため蒸留装置が大型になり、大量の熱エネルギーが必要である上、濃縮された有機物水溶液中へ微量の第3成分が混入する惧れがあり、特に第3成分が反応性若しくは毒性のものである場合には、用途によっては問題となり、更に、第2の共沸蒸留塔において、水-エタノール共沸組成から微量の水を除去するのに多量のエネルギーが必要である。」と記載し、本発明の目的が「上述の問題点を解決し、有機物水溶液を工業的規模で大量処理ができ、また品質管理が容易で且つ安価なコストで高濃度の有機物を得ることのできる、有機物水溶液の濃縮方法を提供すること」が記載されている。
主として本件特許発明2以下に関連する部分としては、請求項3に「(3)気体混合物分離工程で分離された高濃度有機物を、熱交換可能な隔壁を介して第2の蒸発器内の液体と接触させることにより、該液体の蒸発のための熱源として利用する特許請求の範囲第(1)項記載の有機物水溶液の濃縮方法。」と記載され、さらに第7頁左上欄第8?10行に「(6)気体分離膜の膜非透過気体を第2の蒸発器内の液体と熱交換させることにより、熱エネルギーを有効に利用することができる。」と記載され、第1図にも熱交換が図示されている。
III-1-2-2.甲第2号証(Journal of Membrane Science,61(1991) 113-129)
甲第2号証は、“Industrial application of vapour permeation”(蒸気透過法の工業的応用)と題する論文であり、膜分離器を使用したアルコール水溶液からの脱水・濃縮方法が開示されている。
第121頁下から第11行?第123頁に、
「Fig.9は、30,000L/dの94vol%エタノールを最終濃度99.9vol%まで脱水するように設計された最初の実用サイズのVPプラントの簡略化した概要図を示す。
このプラントは、1基の蒸発器と3段蒸気透過システム(VP)とを備えている。亜共沸組成の原料アルコールは、まず膜透過システムを出た脱水後のアルコール蒸気で予熱される。
これは次いで蒸留装置のボイラに供給され、蒸発させられる。圧力2.2バール、温度100℃の飽和蒸気が、この装置の頂部から出て、第一の透過ユニットに直接通される。・・・」と記載されている。
つまり、甲第2号証には、94体積%のエタノールを蒸発器に導入し、100℃、2.2バールに加熱・加圧して、膜分離器に導入し、99.9体積%のエタノールを得ることが記載されている。尚、94体積%のエタノールは、(亜)共沸濃度と記載されている。
III-1-2-3.甲第3号証(化学工学会第67年会(2002)研究発表講演要旨集)
甲第3号証は、蒸気透過膜、特にゼオライト膜を使用するエタノールの濃縮を開示している。
658頁左欄第1?14行に、
「3.燃料用エタノール生産プロセスの省エネルギー化
演者らは、発酵工程にエタノール選択透過性ゼオライト膜を用いるメンブレンリアクター(膜発酵)システムを導入し、無水化工程に水選択透過性の蒸気透過型ゼオライト膜を導入する上の図のような新しい燃料用エタノールの高効率生産プロセスを想定し、そのエタノール濃縮・無水化プロセスにおける省エネルギー効果を試算した。その結果、図に示したようにもろみ塔・濃縮塔・脱水塔からなる通常の蒸留プロセスより、膜発酵システムにおいて約33%、蒸気透過膜脱水プロセスにおいて90%以上省エネルギー化が可能であり、トータルでは少なくとも50%以上の省エネルギー化が一応可能であるという見通しを得た。」と記載されている。
III-1-2-4.甲第4号証(特開平4-63110号公報)
甲第4号証には、従来法として第3成分(エントレーナー)を添加する共沸蒸留におけるエタノールの精製プロセス(第2図)、及びガス分離膜を用いたエタノールの精製方法(第1図)が示されている。
また、第3頁右上欄第11?16行に「反応生成物分離用蒸留塔1及びアルコール回収用蒸留塔2における蒸留操作は、各蒸留塔へ供給される反応液、軽質留分などの各組成又は各供給量によって、缶液温度、塔頂温度、塔頂部減圧度、還流比などをそれぞれ適宜変えることによって行うことができる。」と記載されている。
III-1-2-5.甲第5号証(特開平7-227517号公報)
蒸留塔と膜分離器を備える有機溶剤(エタノール等、段落0008)と水の混合物の分離装置・方法において、膜分離器の分離膜を透過した蒸気をストリッピング蒸気とすること(本件特許発明2)、及び膜分離器の分離膜を透過しない蒸気を蒸留塔の加熱源とすること(本件特許発明2)、具体的には非透過蒸気の凝縮熱により蒸留塔のリボイラを加熱すること(本件特許発明4)、が開示されている。
【請求項1】「原液である液体混合物を蒸留塔の塔頂部に供給し、ここで発生した塔頂混合蒸気を気体分離膜を備えた膜分離装置に導入し、低沸点成分蒸気である膜非透過蒸気と、高沸点成分高含量の混合蒸気である膜透過蒸気とに分離する方法において、
前記膜透過蒸気を前記蒸留塔の中間部に導入して、該膜透過蒸気に混入している低沸点成分を塔頂蒸気としてそれを膜分離装置に循環し、前記膜非透過蒸気を蒸留塔の塔底液と熱交換することにより凝縮させ低沸点成分液として取り出す一方、蒸留塔の塔底から缶出液として高沸点成分液を取り出すことを特徴とする液体混合物の分離方法。」
段落【0012】「膜非透過蒸気は管路5により蒸留塔1のリボイラー8へ導かれる。このリボイラー8では、膜非透過蒸気を蒸留塔1の塔底液と熱交換して塔底液を加熱する。膜非透過蒸気はこの熱交換により凝縮され低沸点成分液として取り出される。また、気体分離膜の二次側2bに透過した膜透過蒸気は、その高沸点成分に混入している低沸点成分を回収するため、管路6により蒸留塔1の中間部に供給される。」
段落【0021】「【発明の効果】以上、説明したように、本発明に係る液体混合物の分離方法は、蒸留塔が回収部のみからなり、還流操作を必要とせず、蒸留塔から留出した蒸気を凝縮することなく、膜分離装置、次いで膜透過蒸気の蒸留塔中間部への循環を行うため凝縮・再蒸発という工程がなく、エネルギー効率の極めて高いものとなる。更に、膜非透過蒸気を蒸留塔における熱源として利用し、膜非透過蒸気の凝縮及び蒸留塔の底液の加熱を行うため、熱損失が殆どなく、工業的に極めて優れたものとなる。」
III-1-2-6.甲第6号証(特開平2-253802号公報)
第2頁右下欄、第2表中の「従来法」では、蒸留塔運転圧力(濃縮部及びストリップの両方)が、大気圧であることが記載されている。
III-1-2-7.甲第7号証(「化学機械の理論と計算(第2版)」、亀井三郎編、産業図書株式会社発行、1975年6月20日第2版(第1刷))
第236頁第5?10行に、「実際に用いられる最適還流比は、固定経費と運転費の和が最小になるように選ぶべきである。・・・結局実際に用いられる還流比は、最小還流比の1.2?2倍ぐらい、特に、1.5倍とすることが多い。」と記載されている。
III-1-2-8.甲第8号証(特開昭59-196833号公報)
第2頁右上欄第14?17行に「公知の希薄原料からの無水アルコール製造方法は、直列に接続された濃縮塔、共沸蒸留塔および溶剤回収塔からなる装置の濃縮塔に希薄原料を供給し、・・・」と記載されているように、濃縮塔と共沸蒸留塔を直列に接続することが公知であることが記載されている。
甲第8号証では、このように濃縮塔と共沸蒸留塔を連結することを前提にして、請求項1に「濃縮塔、共沸蒸留塔および溶剤回収塔からなる蒸留装置を用いてエタノール原料から無水エタノールを製造する方法において濃縮塔を2塔とし、常圧で操作する第1濃縮塔・・・とし、第2濃縮塔を加圧蒸留塔と・・・」することが記載されている。
また、第3頁左上欄第12?20行に「エタノール24.1mol%のA塔からの凝縮液はB塔内で濃縮され、塔頂蒸気のエタノール濃度を74.6mol%とする。この塔頂蒸気は、配管5、6、共沸蒸留塔Cおよび溶剤回収塔Dの熱交換器E-4およびE-6を経由して凝縮され、配管6’、凝縮タンクV、ポンプp-4および配管7を経由して一部は第2濃縮塔Bに還流し、他の一部は配管8を経由共沸塔Cへ供給される。」と記載されているように、濃縮塔からの蒸気が一旦凝縮されて、それが共沸塔に供給されている。

III-1-3.本件特許発明との対比
III-1-3-1.本件特許発明1について
本件特許発明1は、以下のi)?v)の発明特定事項の内i)?iii)で特定される(a)蒸発工程と(c)膜分離工程の間にiv)とv)で特定されるb)蒸発器による蒸気生成工程を加えた点を特徴とするものと認められる。
i)水溶性有機物と水との混合物を蒸留塔により蒸留し、
ii)前記蒸留塔の塔頂又は濃縮段から取り出した留分を膜分離器に導入し、
iii)前記膜分離器により前記混合物から水を分離する前記水溶性有機物の濃縮方法において、
iv)前記蒸留塔と前記分離器との間に設置された蒸発器に前記留分を導入し、
v)前記蒸発器内で前記留分を加熱することにより前記蒸留塔の操作圧力より高圧力の蒸気を生成し、前記高圧力の蒸気を前記膜分離器に導入することを特徴とする方法。
III-1-3-1-1.29条第1項3号(その1)
甲第1号証の膜分離器4の透過側気体混合物を基点にプロセスをみると
(i)エタノール濃度54.5%のエタノールと水の混合気体が、ラインEから第2の蒸発器(トレイ付蒸発器=蒸留塔)に送られ、
(ii)第2の蒸発器5(蒸留塔)により蒸留され、上部からエタノール濃度77.3%の混合気体(有機物混合物)が流出し、該混合気体はラインFから冷却器6に移送し、該冷却器6で冷却凝集された後、ラインGに送出したラインLから第1の蒸発器に送られ、
(iii)第1の蒸発器1で、120℃、圧力3.4kg/cm^(2)・Gまで昇温・昇圧されて、過熱器3により130℃まで昇温させた後、気体分離膜4に送られている。
即ち、ラインEを通過するエタノールと水の混合物の濃縮という観点で見ると、『エタノールと水の混合物を蒸留塔に送り、(a)エタノールと水との混合物を蒸留塔により蒸留し、(b)蒸留塔の塔頂から取り出した留分を蒸発器に導入し、前記蒸発器内で前気流分を加熱することにより前記蒸留塔の操作圧力より高圧力の蒸気を生成し、同蒸気を膜分離器に導入し、(c)膜分離器により前記混合物から水を分離すること、により濃縮する方法』が示されている。
つまり、ラインEから第2の蒸発器5(蒸留塔)に送られるエタノール水溶液は、前記の請求項1の要件i)?v)を満たす濃縮方法により濃縮されている。
従って、本件特許発明1は、甲第1号証に記載された発明と同一である。
III-1-3-1-2.29条第1項3号(その2)
甲第1号証の特許請求の範囲、実施例等には、ラインAからエタノール水溶液を導入し、第1の蒸発器1で昇温・昇圧し、気体分離膜4で水を分離してエタノールを濃縮する方法が記載されている。従って、ラインAから供給されるエタノール水溶液が蒸留塔の塔頂または濃縮段から取り出された留分であれば前記(a)?(c)の要件を有する濃縮方法が甲第1号証に記載されていることになる。
甲第1号証の従来技術には、バイオマスによって製造された10重量%以下の濃度のエタノール水溶液を蒸留法により共沸組成の95.6重量%近くまで濃縮し、次いで、ベンゼン等の第3成分(エントレーナー)を添加して共沸蒸留で純エタノールを製造することが示され、解決しようとする問題の項では、第3成分(エントレーナー)添加の共沸蒸留の問題を指摘し、その目的が「上述の問題点を解決し、有機水溶液を工業的規模で大量処理ができ、品質管理が容易で且つ安価なコストで高濃度の有機物を得ることができる有機物水溶液の濃縮方法を提供することる」としている。
即ち、甲第1号証の発明の目的は、共沸蒸留の部分を解決すること、即ち共沸蒸留の部分を甲第1号証の発明で置き換えることであるといえる。
特に、実施例1において、「第1の蒸発器1にラインAからエタノール濃度94重量%のエタノール水溶液を毎時10.6Kgで供給した。」とあるように、エタノール-水の共沸組成近くの94重量%のエタノール水溶液を供給していることからも、甲第1号証の発明が共沸蒸留の代替となることが示されており、言い換えれば、甲第1号証の発明で濃縮の対象となる原料エタノール水溶液が、蒸留で共沸組成近くまで濃縮されたエタノール水溶液であってよいことが示されている。
従来技術において、第1の蒸留塔により共沸組成近くまで濃縮して取り出される混合物は、当然ながら蒸留塔の塔頂又は濃縮段から取り出した留分である。そうすると、甲第1号証の実施例1、第1図において、ラインAから供給されるエタノール水溶液として、蒸留塔の塔頂又は濃縮段から取り出した留分を導入することは、甲第1号証に記載されているに等しい事項である。また、甲第1号証の従来技術で共沸組成が95.6重量%というのは、常圧下の蒸留における共沸組成であるから、蒸留がほぼ大気圧下で行われることも示されている。
従って、甲第1号証には、
(a)水溶性有機物と水との混合物を蒸留塔によりほぼ大気圧で蒸留し、
(b)蒸留塔の塔頂又は濃縮段から取り出した留分(共沸物は一般に塔頂から取り出される)を蒸発器(第1の蒸発器1)に導入し、前記蒸発器内で前記留分を加熱すること(実施例1では120℃)により前記蒸留塔の操作圧力(大気圧≒1kg/cm^(2)・G)より高圧力(実施例1では3.4kg/cm^(2)・G)の蒸気を生成し、同蒸気を膜分離器に導入し、
(c)膜分離器により前記混合物から水を分離すること
が実質的に記載されている。従って、本件特許発明1は甲第1号証に記載された発明と明らかに同一である。
III-1-3-1-3.29条第2項
甲第1号証単独でも、第3成分(エントレーナー)を添加する共沸蒸留に代えて、甲第1号証に記載(具体的には実施例、第1図等)の蒸発器と膜分離器を備える装置を使用すること、即ち、「水溶性有機物と水との混合物を蒸留塔により蒸留し、その蒸留塔の塔頂又は濃縮段から取り出した留分」を、蒸発器と膜分離器を備えた装置に送ることは、当業者にとって極めて容易であるから(上記III-1-3-1-2.の理由により)、本件特許発明1は、甲第1号証に基づいて当業者が容易になし得たものである。
甲第3号証の658頁左欄には、「・・・無水化工程に水選択透過性の蒸気透過型ゼオライト膜を導入する上の図のような新しい燃料用エタノールの高効率生産プロセスを想定し、・・・その結果、図に示したようにもろみ塔・濃縮塔・脱水等からなる通常の蒸留プロセスにより、・・・蒸気透過膜脱水プロセスにおいて90%以上省エネルギー化が可能であり、・・・」と記載されている。
要するに、甲第3号証においても、濃縮塔・脱水塔(共沸蒸留)からなる一連の「通常の蒸留プロセス」の中で、脱水塔(共沸蒸留)を、蒸気透過膜システムに置き換えることが開示されている。
ここで、濃縮塔・脱水塔(共沸蒸留)からなる一連の「通常の蒸留プロセス」は周知慣用技術であり、例えば、甲第4号証の比較例1、第2図には、アルコール分利用蒸留塔2の塔頂の留分として94.7重量%の濃度のエタノールを得て第2のアルコール分離用蒸留塔20(共沸蒸留塔)から缶液として純度の高いエタノール(甲第4号証では99.0重量%)を得る方法が記載されている。また、甲第8号証にも、濃縮塔および共沸蒸留塔を直列に連結することが公知技術であること、および濃縮塔の塔頂からの留分の凝縮液を濃縮塔に送るプロセスが記載されている。
甲第3号証は、「通常の蒸留プロセス」において、脱水塔(共沸蒸留塔)に代えて蒸気透過システムを使用することを開示しているのである。
そして、甲第3号証では、濃縮塔で得られた93重量%のエタノール水溶液をさらに濃縮するとしているから、「93重量%程度のエタノール水溶液を濃縮可能な『蒸気透過システム』」を採用すれば、脱水塔(共沸蒸留塔)の代替として使用可能であることが、当業者に明らかである。
「93重量%程度のエタノール水溶液を濃縮可能な『蒸気透過システム』」としては、先ず第1に甲第1号証に記載の蒸発器と膜分離器備える装置が使用可能であることは明らかで、濃縮塔の操作圧力として大気圧を使用することは一般的であり(甲第6号証、甲第1号証の従来技術の共沸組成95.6%からも明らか)、甲第1号証では蒸発器によって蒸留塔の操作圧力より高圧力の上記が生成される。
さらに、甲第2号証には、Fig.9の装置で94体積%エタノールを99.9体積%まで脱水することが記載されているから(甲第2号証第121頁)、甲第2号証のFig.9に記載された装置を甲第3号証の脱水塔(共沸蒸留塔)に代えて使用できることも、容易に想到できる。そして、甲第2号証のFig.9の装置では、蒸発器によりアルコールを加熱し2.2barに加圧した蒸気を膜分離器に送っている。
以上により、甲第1号証の従来技術または甲第3号証のプロセスにおいて、第3成分(エントレーナー)を添加する共沸蒸留に代えて甲第1号証の有機物水溶液の濃縮方法、または甲第2号証のFig.9の濃縮方法を適用することは、当業者が容易に想到することができる。
III-1-3-2.本件特許発明2について
甲第1号証の請求項3に「(3)気体分離工程で分離された高濃度有機物を熱交換可能な隔壁を介して第2の蒸発器内の液体と接触させることにより、該液体の蒸発のための熱源として利用する特許請求の範囲(1)項記載の有機物水溶液の濃縮方法。」と記載され、第7頁左上欄8行?10行に「(6)気体分離膜の非透過気体を第2の蒸発器内の液体と熱交換させることにより、該液体の蒸発のための熱源として利用することができる。」と記載され、第1図にも熱交換が図示されている。つまり、甲第1号証に「膜分離器の分離膜を透過しない蒸気を蒸留塔の加熱源とすること」が記載されている。
また、甲第5号証には、蒸留塔と膜分離器を組み合わせた装置において、膜透過蒸気については、請求項1に「前記膜透過蒸気を前記蒸留塔の中間部に導入して」と記載され、段落0012に「また、気体分離膜の二次側2bに透過した膜透過蒸気は、その高沸点成分に混入している低沸点成分を回収するため、管路6により蒸留塔1の中間部に供給される。」と記載され、さらに、段落0021の発明の効果に「蒸留塔が回収部のみからなり、・・・次いで膜透過蒸気の蒸留塔中間部への循環を行うため凝縮・再蒸発という工程がなく、エネルギー効率の極めて高いものとなる。」と記載されている。膜分離器の分離膜を透過した蒸気は、蒸留塔の回収部(=ストリッピング部)に戻されており、蒸留塔と膜分離器を組み合わせた装置において「膜分離器の分離膜を透過した蒸気を蒸留塔のストリッピング蒸気とすること」が記載されている。
一方、膜非透過蒸気については、請求項1に「前記膜非透過蒸気を蒸留塔の塔底液と熱交換することにより凝縮させ低沸点成分液として取り出す一方、」と記載され、段落0012に「膜非透過蒸気は管路5により蒸留塔1のリボイラー8へ導かれる。このリボイラー8では、膜非透過蒸気を蒸留塔の塔底液と熱交換して塔底液を加熱する。膜非透過蒸気はこの熱交換により凝縮され低沸点成分として取り出される。」と記載され、さらに段落0021の発明の効果に「更に、膜非透過蒸気を蒸留塔における熱源として利用し、膜非透過蒸気の凝縮及び蒸留塔の底液の加熱を行うため、熱損失が殆どなく、工業的に極めて優れたものとなる。」と記載されている。膜非透過蒸気が管路5により蒸留塔1のリボイラー8へ導かれていることから、「膜分離器の分離膜を透過しない蒸気を蒸留塔の加熱源とすること」、特に「非透過蒸気を蒸留塔のリボイラの加熱源とすること(本件特許発明4)」が記載されている。
つまり、本件特許発明2において特定する事項は、甲第1号証、甲第5号証、甲第6号証に記載されているように、蒸留塔と膜分離器を使用する精製装置・方法において、公知の構成であるから、これらを採用することに困難性がない。従って、本件特許発明2は、甲第1号証に記載された発明と同一であるか、甲第1?4号証に、さらに甲第5号証または甲第6号証を適用することにより当業者が容易になし得た発明である。
III-1-3-3.本件特許発明3について
本件特許発明3は、本件特許発明1または2に「前記蒸留塔の塔頂から取り出した留分を凝縮して得られた凝縮液の10?90%を前記蒸留塔に還流し、残部を前記蒸発器に導入すること」を特定したものである。しかし、蒸留塔の設計・運転にあたり、還流比を適宜変更することは技術常識である。甲第7号証の236頁5?10行にも、「実際に用いる最適還流比は、固定経費と運転費の和が最小になるように選ぶべきである。・・・結局実際用いる還流比は最小還流比の1.2?2倍ぐらい、特に1.5倍とすることが多い。」と記載されている。還流比1.2?2は、塔頂からの留分の約55から67%を蒸留塔に還流することに相当する。
さらに、甲第4号証の第3頁右上欄11?16行に「アルコール回収用蒸留塔2における蒸留操作は、各蒸留塔へ供給される反応液、軽質留分などの各組成又は各供給量によって缶液温度、塔頂温度、塔頂部減圧度、還流比などをそれぞれ適宜変えることによって行うことができる。」と記載されているように、甲第4号証のような蒸留塔2(アルコール分離用蒸留塔)とガス分離膜3を組み合わせた精製装置においても(第1図参照)、還流比は設計事項であることが記載されている。
還流比を変更することは、当業者の設計事項であり、しかも凝縮液に10?90%を蒸留塔に還流することは、通常採用される範囲であり、当業者にとって何ら困難性はない。
III-1-3-4.本件特許発明4について
本件特許発明4は、本件特許発明1?3のいずれかに「前記非透過蒸気の凝縮液により前記蒸留塔のリボイラを加熱すること」を特定したものである。
しかし、すでに、III-1-3-2.において記載したように、甲第5号証には、「非透過蒸気を蒸留塔のリボイラの加熱源とすること」が記載されており、公知技術にすぎず、この特定事項を付加することは当業者にとって、容易である。
III-1-3-5.本件特許発明5について
本件特許発明5は、本件特許発明1?4のいずれかに「水溶性有機物の濃縮方法において、前記蒸留塔の操作圧力が50?150kPaであること」を特定したものである。
しかし、甲第6号証の右下欄、第2表の従来法の列に記載されているように、蒸留塔を大気圧(約100kPa)で運転することは、通常の操作にすぎない。また、甲第1号証の従来技術にも、エタノールと水の共沸組成が95.6重量%であることが記載されているが、これは大気圧下での共沸組成である。従って、蒸留塔を大気圧附近(≒100kPa付近)で操作することは慣用技術である。
III-1-3-6.本件特許発明6および本件特許発明7について
本件特許発明6は、本件特許発明1?5のいずれかに「前記膜分離器の分離膜が無機物からなること」を特定し、本件特許発明7は、本件特許発明6に「前記無機物がゼオライトであること」を特定したものである。
しかし、膜分離器の分離膜が無機物、特にゼオライトで構成されることは、甲第3号証に記載されており、甲第1号証の第5頁右上欄下から1行にも「セラミック多孔質膜等の無機質膜」が気体分離膜として使用できることが記載されている。
従って、膜分離器の分離膜を無機物、特にゼオライトで構成することは、当業者が容易に採用できるものである。
III-1-3-7.本件特許発明8および本件特許発明9について
本件特許発明8は、本件特許発明1?7のいずれかに「前記水溶性有機物がアルコールであること」を特定し、本件特許発明9は、本件特許発明8に「前記水溶性有機物がエタノール又はi-プロピルアルコールであること」を特定したものである。
甲第1号証、甲第2号証は、アルコール、特にエタノール、イソプロピルアルコール等を対象としたものであり、III-1-3-1.で記載したとおりである。即ち本件特許発明8および本件特許発明9は、甲第1号証に記載された発明と同一であるか、甲第1?4号証に基づいて当業者が容易になし得た発明である。

IV.被請求人の主張
被請求人は、平成20年3月17日付け答弁書において、以下のように反論をしている。
IV-1.答弁の趣旨
本件特許発明1、2、8および9は、甲第1号証に記載された発明と同一なものとは認められず、特許法第29条第1項第3号の規定に該当するものではなく、本件特許発明1?9は、甲第1?8号証の各証拠に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとも認められず、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものではないから、本件特許無効の審判は成り立たないものである、審判費用は請求人の負担とする、との審決を求める。
IV-2.理由
蒸留とVPシステムを一貫させて水溶性有機物の濃縮を行う場合、蒸留塔の塔頂蒸気は凝集させることなく、そのまま膜分離器に供給するのがよいと熱エネルギーを無駄にしないために従来から考えられてきた。
審判請求人が証拠として挙げる甲第2号証のFig.11には、既存の常圧蒸留塔とVPシステムを組み合わせる方式が提案されており、コンプレッサーを用いて供給する蒸気の圧力を上げようとしているが、高価な機器を必要とし、動力の消費が多くなる。
従って、蒸留とVPシステムを組み合わせてプラントを新設する場合には、蒸留塔を加圧で操作する設計とし、圧力の高い蒸気を直接蒸留塔から膜分離器に供給することが推奨されている。(乙第1号証:Pervaporation Membrane Separation Process, ELSEVIER,1991,p.524)
しかし、分離膜の供給圧力を高めようとすると、蒸留塔の操作圧力を高めねばならず、蒸留塔塔底の温度が著しく高くなる。
蒸留塔を常圧で操作し、塔頂蒸気を一旦凝縮し、再度蒸発すれば蒸留塔塔底温度は100℃に留まる一方、分離膜に5barGの蒸気を供給するのに必要な温度は、約130℃であり、膜分離器により濃縮されたエタノールの凝縮潜熱が蒸留塔のリボイラで回収可能である。
気液平衡の関係で、加圧の蒸留では、エタノール濃度を90%以上にすることは難しく、膜分離器の分離膜面積が多く必要となる。
IV-2-1.請求項1に対する主張「29条第1項3号(その1)」に対して
甲第1号証に記載された発明は、その請求項1に記載されるように、蒸発器(第1の蒸発器)と気体分離膜とを用いた蒸気透過プラント(VPプラント)において生じる透過水側にリークする有機物を合理的に行う方法に関するものであり、本件特許発明の課題とは本質的に異なるものである。
さらに、甲第1号証の実施例1において、第2の蒸発器5から有機物混合物蒸発器1に返送された後、当該システムがどのような処理を行い、どのような結果が得られたかについては、実施例1の記載において何ら触れておらず、また、甲第1号証の全体を通じても回収された該有機物混合物を第1の蒸発器1に返送した後の処理等に関しては、一切の記載がない。
従って、審判請求人が甲第1号証の実施例1に記載されていると主張する「(iii)第1の蒸発器1で、120℃、圧力3.4kg/cm^(2)・Gまで昇温・昇圧されて、過熱器3により130℃まで昇温させた後、気体分離膜4に送られている。」は、ラインAからエタノール濃度94%のエタノール水溶液に対しての条件であって、第1の蒸発器1に返送した有機物混合物に関する記載でなく、証拠の事実誤認に基づくものである。
甲第1号証の実施例では第1の蒸発器に返送するエタノールが77.3%であるが、分離膜によって濃縮する場合は、供給蒸気のエタノール濃度を高めてやらないと分離膜の脱水負荷が大きくなり、必要膜面積が増大する。
畢竟、審判請求人は、甲第1号証に記載されるプロセス全体から本件特許発明1に類似する部位のみを抽出して、同一構成であると主張するが、ラインAより第1の蒸発器1へと送られる本来の原料に、ラインLより送られる有機混合物を少量ずつ(本来の原料濃度を大きく損なわない程度)併せて送り、その後のプロセスを操作するしかないものである。
してみれば、甲第1号証に開示される一連のシステムにおいて、無効審判請求人が主張するようなラインEを起点とする(i)?(iii)という有機物の濃縮方法は、単独では成立し得ず、本来のラインAよりの有機物水溶液の供給系と一体不可分のものであるから、甲第1号証に本件特許発明1の構成が示されているとの主張は失当である。さらに、第1の蒸発器では第2の蒸発器側からの低濃度の有機物水溶液の原料が加わり、第1の蒸発器により高濃度の有機物水溶液を供給して蒸気圧を高めるといった、本件特許発明の特徴点も何ら開示も示唆もされていないことになる。
IV-2-2.請求項1に対する主張「29条第1項3号(その2)」に対して
審判請求人の主張は、甲第1号証に記載されている事実を、都合の良いように類推解釈した上で、甲第1号証に実質記載されている点を離れて、成立させたもので、容認できるものでない。
例えば、甲第1号証の[発明の効果]には、
「(1)気体分離膜による分離であるため、蒸留法に比較して操作が簡単である。
(中略)
(2)蒸留法に比較して熱エネルギーの消費が少なく、省エネルギー化が可能である。」と記載され、甲第1号証の発明が、蒸留法(共沸蒸留の工程のみでなく蒸留法全体)の代替的手段として考察されていることが明らかである。
さらに、甲第1号証には、本願特許発明の作用効果について何ら開示も示唆もなされていない以上、甲第1号証に本件特許発明1が実質開示されているとの主張は認められない。
IV-2-3.請求項1に対する主張「29条第2項」に対して
この審判請求人の主張も、各証拠の記載を都合よく解釈した上で結びつけることにより、本件特許発明1の構成があたかも、各証拠より容易に想到し得るものだとの結論を導き出しているものであって、不当なものである。
審判請求人は、『甲第3号証には、濃縮塔・脱水塔(共沸蒸留)からなる一連の「通常の蒸留プロセス」の中で、脱水塔(共沸蒸留)を、蒸気透過膜システムに置き換えることが開示されている』と主張するが、甲第3号証で示されているところはその658頁左欄5?7行に「無水化工程に水選択透過性の蒸気透過型ゼオライト膜を導入する上の図のような新しい燃料用エタノールの高効率生産プロセスを想定し、」とあるように、ここで言うところの蒸気透過膜システムとは、『いくつかの分離膜(VP分離器)の組み合わせ』といった意味合いであり、濃縮塔の下流にゼオライト蒸気透過膜を設けて、蒸気透過を行う、つまり、濃縮塔(蒸留塔)よりの蒸気をゼオライト蒸気透過膜にかけて濃縮を行う、蒸留塔+透過膜よりなるVPプラントを単に開示しているにすぎない。
さらに、『そして、甲第3号証では、濃縮塔で得られた93重量%のエタノール水溶液をさらに濃縮するとしているから、「93重量%程度のエタノール水溶液を濃縮可能な『蒸気透過システム』」を採用すれば、脱水塔(共沸蒸留塔)の代替として使用可能であることが、当業者に明らかである』と主張しているが、甲第3号証における蒸気透過膜システムに代えて、甲第1号証に記載の蒸発器と膜分離器を備える装置を用いることは以下に述べる理由で動機付けに乏しく当業者が容易に想到し得るものとはいえない。
すなわち、甲第3号証に示される蒸気透過膜システムとは、ゼオライト蒸気透過膜であり、これに代えて甲第1号証において示される技術を用いようとした場合には、甲第1号証に記載の蒸発器と膜分離器を備える装置そのものでなく、この装置中の膜分離器の部分のみであることが至極当然である。この点は、甲第3号証に記載される、ないし本件特許発明が従来技術として前提とする、蒸留塔+透過膜よりなるVPプラントと甲第1号証に示されるような蒸発器+透過膜よりなるVPプラントを対比した場合、蒸発器は、蒸留塔と機能的に等価なものと考えるのが自然で、甲第3号証に記載される蒸留塔+透過膜よりなるVPプラントの透過膜の部分に代えて、甲第1号証に示されるような蒸発器+透過膜からなる装置を用い、蒸留塔+蒸発器+膜分離器からなる構成を成立させようとすれば、せっかく蒸留塔によって蒸気化した被透過流体を、一旦凝縮液化し、これを再度蒸留器で加熱して蒸気化するということになり、当業者からすればあまりに熱効率的に無駄な構成であるとの結論に達し、そのような代替を容易に想到するとは決していえないものである。
審判請求人は、『甲第2号証には、Fig.9の装置で94体積%エタノールを99.9体積%まで脱水することが記載されているから、甲第2号証のFig.9に記載された装置を甲第3号証の脱水塔(共沸蒸留塔)に代えて使用できることも、容易に想到できる』と主張するが、上記と同様の理由により、甲第2号証のFig.9に記載された装置を甲第3号証の透過膜の部位のみと代替することはその動機付けに乏しいものである。
さらに、甲第2号証においては、その第124頁本文に“ Instead of choosing a retrofit design of a combined pressure entrainer distillation system, Bruggemann finally decided on the vapour permeation system. Especially for purifying and dehydrating recycling alcohols, the independent grass-root plant based on vapour permeation appeared to be the best option,”(複合圧共沸蒸留システムを改造する設計を選択する代わりに、Bruggemannは最終的にVPシステムを採用した。特に、再生アルコールを精製脱水するために、VPに基づく独立した新設プラントは最良の選択であることが明らかになった)と記載されるように、既存の精製プラント(精留塔+共沸蒸留塔システム)を改造する計画に代えて、独立した精製プラントであるVPプラントを新設したことを示しており、この記載をもってしても、甲第2号証のFig.9における蒸発器+透過膜よりなるVPプラントを甲第3号証の蒸留塔+透過膜よりなるVPプラントにおける透過膜の部位のみと代替する着想は、通常、当業者が思い至らないことであることは明らかである。
さらに、甲第2号証の第124頁本文に“Figure 11 demonstrates a retrofit design for a vapour permeation plant for alcohol dehydration to be attached to a normal pressure alcohol rectification column. ・・・ For comparison Fig.12 shows the schematic diagrams of an entrainer distillation plant and a pervaporation plant for dehydration of alcohol attached to a rectification system.”(Fig.11は、アルコール脱水のためにVPプラントを常圧のアルコール精留塔と組み合わせるように改変する設計を示すものである。・・・比較のために、Fig.12は、アルコール脱水のための、精留システムに取り付けられた共沸蒸留プラントと浸透気化プラントを示す概略図である。)とあるように、審判請求人の主張とは逆に、常圧蒸留とVPシステムを組み合わせる場合には、Fig.12のような既存のプラントの構成とは逆にFig.11のように構成すると述べており、そこで示されるように、蒸留塔に接続されるのはVPシステム(分離膜)であって、その間に、蒸発器は存在しない。
IV-2-4.請求項2?9に対する主張について
本件特許発明1は、甲第1号証に記載された発明と同一なものではなく、かつ、甲第1?8号証の各証拠に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものでもないから、これらから新規性および進歩性を否定されるものではない。
本件特許発明2?9は、本件特許発明1にさらに、発明特定事項を付加して成立しているものであり、本件特許発明1の新規性および進歩性が否定されない以上、本件特許発明2?9の新規性および進歩性も否定されるものでない。
甲第1号証の第2の蒸発器は、本件特許発明1における蒸留塔には相当せず、甲第1号証に膜分離器を透過しない蒸気を第2の蒸発器の加熱源として使用することが示されていても、本件特許発明2の発明特定事項を開示ないし示唆することにはならない。
IV-3.結び
以上のように、審判請求人の主張は、妥当性を欠くものであるから、本件特許無効審判は成り立たないものである。

V.審判請求書とともに提出された証拠の記載事項について
V-1.甲第1号証は、特開昭63-258601号公報であって、記載事項は、以下のとおりである。
V-1-1.「(3)気体混合物分離工程で分離された高濃度有機物を、熱交換可能な隔壁を介して第2の蒸発器内の液体と接触させることにより、該液体の蒸発のための熱源として利用する特許請求の範囲第(1)項記載の有機物水溶液の濃縮方法。」(特許請求の範囲)
V-1-2.「従来、有機物水溶液の濃縮方法としては、蒸留法が一般的に採用されている。
また、通常の蒸留法では分離不能な共沸混合物や沸点の接近している有機物混合液の場合には、共沸蒸留法や抽出蒸留法が用いられている。例えば、バイオマスによるエタノール製造は次のような方法が採られている。バイオマスによって製造されるエタノール濃度は10重量%以下であるため、先ず蒸留法により第1の蒸留塔で共沸組成である95.6重量%近くまで濃縮し、次いで、これに、水と共沸混合物を構成し且つ該共沸混合物がエタノールよりも低い沸点を持つようなベンゼン等の第3成分(エントレーナー)を添加し、第2の共沸蒸留塔で共沸蒸留を行い、純エタノールを製造している。
また、近年、省エネルギータイプのを有機物水溶液の脱水法の一つとして、パーベーパレイション法が提案され、該方法と上記蒸留法とを組合せた脱水方法も提案されている」(第2頁右上欄第5行?同頁左下欄第3行)
V-1-3.「従来一般的に採用されている前記の蒸留法は、有機物水溶液の種類(例えば、エタノール水溶液、イソプロパノール水溶液、テトラヒドロフラン水溶液等)によっては共沸点が存在しそれ以上の分離はできず、また、エネルギー消費量が大きい等の問題点を存している。
また、前記の共沸蒸留法は、共沸点を有するを有機物水溶液の濃縮が可能であるが、次のような問題点を有している。
即ち、添加した第3成分を分離する装置が別に必要であり、また、第3成分を添加するため蒸留装置が大型になり、大量の熱エネルギーが必要である上、濃縮された有機物水溶液中へ微量の第3成分が混入する惧れがあり、特に第3成分が反応性若しくは毒性のものである場合には、用途によっては問題となり、更に、第2の共沸蒸留塔において、水-エタノール共沸組成から微量の水を除去するのに多量のエネルギーが必要である。
また、前記のパーベーパレイション法及び該方法と蒸留法とを組合せた脱水方法は、共沸点を有する有機物水溶液の濃縮が可能で、且つ前記共沸蒸留法よりもエネルギーコストの低減が可能であるが、分離膜が直接に有機物水溶液と接触するため、膜が膨潤し、選択透過性が低下したり、長期耐久性が失われる等の問題点を有している。
従って、本発明の目的は、上述の問題点を解決し、有機物水溶液を工業的規模で大量処理ができ、また品質管理が容易で且つ安価なコストで高濃度の有機物を得ることのできる、有機物水溶液の濃縮方法を提供することにある。」(第2頁左下欄第11行?同頁右下欄第20行)
V-1-4.「実施例1
本実施例は、エタノール水溶液の濃縮に本発明の方法を適用した例で、第1図に示すフローシートに従って実施した。
第1の蒸発器1にラインAからエタノール濃度94重量%のエタノール水溶液を毎時10.6Kgで供給した。
第1の蒸発器1にはラインIにより約150℃のスチームを供給し、パルプ2を調節することにより、第1の蒸発器1より流出するエタノール蒸気/水蒸気からなる気体混合物の温度を120℃、圧力を3.4kg/cm^(2)・Gまで昇温・昇圧した。更に、エタノール蒸気/水蒸気からなる上記気体混合物を過熱器3により130℃まで昇温させた後、ラインCから気体分離膜4の一次側4aに供給した。気体分離膜4は、外径500μで有効面積6m^(2)の芳香族ポリイミド製中空糸状膜(中空糸の集合体)を用いた。気体分離膜4の二次側4bは130mmHgに減圧した。
気体分離膜4を透過した混合気体は、エタノール水溶液度が54.5重量%であり、毎時2KgでラインEから第2の蒸発器5(トレイ付蒸発器)に供給した。第2の蒸発器5の上部からエタノール濃度77.3重量%の混合気体(有機物混合物)が毎時1.4Kgで流出した。第2の蒸発器5の上部から流出した該混合気体を、ラインFから冷却器6に移送し該冷却器6で冷却凝縮した後、ラインGに送出しラインLから第1の蒸発器1に返送した。
また、気体分離膜4の膜非透過気体は、熱交換可能な隔壁を介して第2の蒸発器5内の液体と接触させた後、エタノール濃度99.5重量%のエタノール水溶液としてラインDから取り出された。
」(第6頁右上欄第7行?同頁左下欄第17行)
V-1-5.「また、本発明で用いられる気体分離膜としては、水蒸気を選択的に透過させる気体分離膜であればよく、例えば、セラミック多孔質膜等の無機質膜、ポリアミド、セルロース、酢酸セルロース、ポリイミド等からなる有機質膜が挙げられ」(第5頁右上欄第18行?同頁左下欄第2行)
V-2.甲第4号証(特開平4-63110号公報)
V-2-1.従来法として第3成分(エントレーナー)を添加する共沸蒸留におけるエタノールの精製プロセス(第2図)、及びガス分離膜を用いたエタノールの精製方法(第1図)が示されている。
V-2-2.「反応生成物分離用蒸留塔1及びアルコール回収用蒸留塔2における蒸留操作は、各蒸留塔へ供給される反応液、軽質留分などの各組成又は各供給量によって、缶液温度、塔頂温度、塔頂部減圧度、還流比などをそれぞれ適宜変えることによって行うことができる。」(第3頁右上欄第11?16行)
V-3.甲第6号証(特開平2-253802号公報)
第2頁右下欄、第2表中の「従来法」では、蒸留塔運転圧力(濃縮部及びストリップの両方)が、大気圧であることが記載されている。
V-4.甲第3号証(化学工学会第67年会(2002)研究発表講演要旨集)
「3.燃料用エタノール生産プロセスの省エネルギー化
演者らは、発酵工程にエタノール選択透過性ゼオライト膜を用いるメンブレンリアクター(膜発酵)システムを導入し、無水化工程に水選択透過性の蒸気透過型ゼオライト膜を導入する上の図のような新しい燃料用エタノールの高効率生産プロセスを想定し、そのエタノール濃縮・無水化プロセスにおける省エネルギー効果を試算した。その結果、図に示したようにもろみ塔・濃縮塔・脱水塔からなる通常の蒸留プロセスより、膜発酵システムにおいて約33%、蒸気透過膜脱水プロセスにおいて90%以上省エネルギー化が可能であり、トータルでは少なくとも50%以上の省エネルギー化が一応可能であるという見通しを得た。」(第658頁左欄第1?14行)

VI.当審の判断
VI-1.甲第1号証に記載された発明の認定
VI-1-1.記載事項V-1-2.は、「従来、有機物水溶液の濃縮方法としては、蒸留法が一般的に採用され」、「省エネルギータイプのを有機物水溶液の脱水法の一つとして、パーベーパレイション法が提案され、該方法と上記蒸留法とを組合せた脱水方法も提案され」、「パーベーパレイション法及び該方法と蒸留法とを組合せた脱水方法は、共沸点を有する有機物水溶液の濃縮が可能で、且つ前記共沸蒸留法よりもエネルギーコストの低減が可能であるが、分離膜が直接に有機物水溶液と接触するため、膜が膨潤し、選択透過性が低下したり、長期耐久性が失われる等の問題点を有し」ており、「本発明の目的は、上述の問題点を解決し、有機物水溶液を工業的規模で大量処理ができ、・・・安価なコストで高濃度の有機物を得ることのできる、有機物水溶液の濃縮方法を提供すること」であることが記載され、記載事項V-1-4.には「第1の蒸発器1に・・・エタノール濃度94重量%のエタノール水溶液を・・・供給し」、「第1の蒸発器1より流出するエタノール蒸気/水蒸気からなる気体混合物の・・・圧力を3.4kg/cm^(2)・Gまで・・・昇圧し」、「気体分離膜4の一次側4aに供給し」、「気体分離膜4の膜非透過気体は、・・・エタノール濃度99.5重量%のエタノール水溶液としてラインDから取り出」すことが実施例1として記載されている。
これらを本件特許発明1の記載ぶりに則って整理すると、甲第1号証には、「パーベーパレイション法と蒸留法とを組合せた脱水方法の問題点を解決し、有機物水溶液を工業的規模で大量処理ができ、安価なコストで高濃度の有機物を得るために、第1の蒸発器にエタノール濃度94重量%のエタノール水溶液を供給し、第1の蒸発器より流出するエタノール蒸気/水蒸気からなる気体混合物の圧力を3.4kg/cm^(2)・Gまで昇圧し、気体分離膜の一次側に供給し、気体分離膜4の膜非透過気体をエタノール濃度99.5重量%のエタノール水溶液として取り出す有機物水溶液の濃縮方法。」の発明(以下、「甲1発明」という)が記載されているということができる。
VI-1-2.記載事項V-1-4.に「気体分離膜4の膜非透過気体は、熱交換可能な隔壁を介して第2の蒸発器5内の液体と接触させ」ることが記載されているから、甲1発明において「気体分離膜の膜非透過気体を熱交換可能な隔壁を介して第2の蒸発器内の液体と接触させる方法」の発明(以下、「甲1発明2」という)が記載されているということができる。
VI-1-3.記載事項V-1-4.に「気体分離膜4は、外径500μで有効面積6m^(2)の芳香族ポリイミド製中空糸状膜(中空糸の集合体)を用いた」ことが記載されているから、甲1発明において「ポリイミド製気体分離膜を用いる方法」の発明(以下、「甲1発明3」という)が記載されているということができる。
VI-2.対比・検討
VI-2-1.本件特許発明1と甲1発明を対比すると、甲1発明の「有機物水溶液」、「第1の蒸発器」および「エタノール蒸気/水蒸気からなる気体混合物」は、本件特許発明1における「水溶性有機物」、「蒸発器」及び「水溶性有機物と水との混合物」に相当することは明らかであり、甲1発明の「濃縮方法」は、「エタノール蒸気/水蒸気からなる気体混合物」を「気体分離膜の膜非透過気体を最終濃度99.5重量%のエタノール水溶液として取り出す」から、本件特許発明1の「膜分離器により水溶性有機物と水との混合物から水を分離する前記水溶性有機物の濃縮方法」に相当するものと認められ、甲1発明の「第1の蒸発器1より流出するエタノール蒸気/水蒸気からなる気体混合物の圧力を3.4kg/cm^(2)・Gまで昇圧」することは、通常の蒸留装置が大気圧(1.03kg/cm^(2)・G)前後で運転され(記載事項V-3参照)、「気液平衡の関係で、加圧の蒸留ではエタノール濃度を90%以上にすることは難しい」(答弁書第6頁第1?2行)ことを考慮すれば「3.4kg/cm^(2)・G」は「蒸留塔の操作圧力より高圧力」といえるから、本件特許発明1の「蒸発器に水溶性有機物と水との混合物を導入し、蒸発器内で水溶性有機物と水との混合物を加熱することにより蒸留塔の操作圧力より高圧力の蒸気を生成し、」に相当することは明らかであり、甲1発明の「気体分離膜の一次側に供給」することは、本件特許発明1の「膜分離器に導入」することであるから、両発明は、「膜分離器により水溶性有機物と水との混合物から水を分離する前記水溶性有機物の濃縮方法において、蒸発器に水溶性有機物と水との混合物を導入し、前記蒸発器内で前記水溶性有機物と水との混合物を加熱することにより前記蒸留塔の操作圧力より高圧力の蒸気を生成し、前記高圧力の蒸気を前記膜分離器に導入する方法。」の点で一致し、両発明は以下の点で相違するものと認められる。
相違点<1>本件特許発明1は、「水溶性有機物と水との混合物を蒸留塔により蒸留し、前記蒸留塔の塔頂又は濃縮段から取り出した留分を」膜分離器に導入しているのに対して、甲1発明では、「パーベーパレイション法と蒸留法とを組合せた脱水方法の問題点を解決し、有機物水溶液を工業的規模で大量処理ができ、安価なコストで高濃度の有機物を得るために、第1の蒸発器にエタノール濃度94重量%のエタノール水溶液を供給する」点。
相違点<2>本件特許発明1は、蒸発器が「前記蒸留塔と前記分離器との間に設置され」るのに対して、甲1発明では、「蒸発器」が膜分離システムの前段に設けられるものの、蒸留塔を設けること及びその設置場所については明示の記載のない点。
これら相違点について検討する。
相違点<1>については、甲1発明が「パーベーパレイション法と蒸留法とを組合せた脱水方法の問題点を解決し、有機物水溶液を工業的規模で大量処理ができ、また品質管理が容易で且つ安価なコストで高濃度の有機物を得るため」のものであるから、当然、蒸留法の基本的構成である「蒸留塔」を前提とし、しかも、工業的規模で「94重量%のエタノール水溶液を供給」するには、蒸留法による他はなく、甲1発明において原料アルコールを「水溶性有機物と水との混合物を蒸留塔により蒸留し、前記蒸留塔の塔頂又は濃縮段から取り出した留分」とすることは、記載されているに等しい事項乃至は当業者が容易に想到し得ることにすぎない。
相違点<2>については、相違点<1>が記載されているに等しい事項であり、蒸留塔は、留分を導入する蒸発器の前段に設けられることになるので、結局、甲1発明において蒸発器が「前記蒸留塔と前記分離器との間に設置され」るということになり、当該相違点も実質的なものでない。
したがって、本件特許発明1は、甲第1号証に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当するものであるから、同法第123条第1項第2号の無効理由を有しており、例えそうでないとしても、甲第1号証に記載された発明から、当業者が容易に想到できたものであるから、同法第29条第2項の規定に違反してなされたものであり、同法第123条第1項第2号の無効理由を有している。
VI-2-2.本件特許発明2は、本件特許発明1に発明特定事項「前記膜分離器の分離膜を透過した蒸気と透過しない蒸気の少なくとも一方を前記蒸留塔の加熱源及び/又はストリッピング蒸気とすること」を付加するものである。本件特許発明2と甲1発明2を対比すると、本件特許発明2が、前記の発明特定事項を有するのに対して、甲1発明2は、膜非透過気体を熱交換可能な隔壁を介して第2の蒸発器内の液体と接触させる点において相違する(以下、「相違点<3>」という)。
相違点<3>について検討すると、甲1発明2でも膜非透過気体を熱交換可能な隅壁を介して第2の蒸発器内の液体と接触させ、蒸発のための熱源として熱エネルギーの有効利用を図るものである。したがって、当業者であれば、この蒸気をさらに前段の蒸留塔の加熱に利用することを想起することは格別の困難がないというべきである。
したがって、本件特許発明2は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであるから、同法第123条第1項第2号の無効理由を有している。
VI-2-3.本件特許発明3は、本件特許発明1又は2に発明特定事項「前記蒸留塔の塔頂から取り出した留分を凝縮して得られた凝縮液の10?90%を前記蒸留塔に還流し、残部を前記蒸発器に導入すること」を付加するものである。本件特許発明3と甲1発明を対比すると、本件特許発明3が、前記の発明特定事項を有するのに対して、甲1発明には、還流については記載がない点において相違する(以下、「相違点<4>」という)。
相違点<4>について検討すると、甲第4号証は、ガス分離膜を用いたエタノールの精製方法に関し(記載事項V-2-1.参照)「反応生成物分離用蒸留塔1およびアルコール回収用蒸留塔2における蒸留操作は、各蒸留塔へ供給される反応液、軽質留分などの各組成又は各供給量によって、缶液温度、塔頂温度、塔頂部減圧度、還流比などをそれぞれ適宜変えることによって行うことができる。」(記載事項V-2-2.参照)と記載されるように、アルコール回収用蒸留塔の蒸留操作において還流は、慣用手段にすぎず、還流比の設定は、当業者が適宜設定ができる量であるということができる。本件特許発明3の還流の数値限定の技術的意義については特許公報第3頁第27?29行に「蒸留塔の塔頂又は濃縮段から取り出した留分を凝縮した液の10?90質量%を蒸留塔に還流し、残部を加熱及び加圧するのが好ましい。」とあるだけで、臨界的意義を有するものとすることはできないから、相違点<4>の還流についても、当業者が適宜採用しうる慣用手段であり、「凝縮液の10?90%を前記蒸留塔に還流」することも単なる操業条件の設定にすぎないものである。
したがって、本件特許発明3は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであるから、同法第123条第1項第2号の無効理由を有している。
VI-2-4.本件特許発明4は、本件特許発明1?3に発明特定事項「前記非透過蒸気の凝縮熱により前記蒸留塔のリボイラを加熱すること」を付加するものである。本件特許発明4と甲1発明2を対比すると、本件特許発明4が、前記の発明特定事項を有するのに対して、甲1発明2は、膜非透過気体を熱交換可能な隔壁を介して第2の蒸発器内の液体と接触させる点において相違する(以下、「相違点<5>」という)。
相違点<5>について検討すると、甲1発明2でも膜非透過気体を熱交換可能な隅壁を介して第2の蒸発器内の液体と接触させ、蒸発のための熱源として熱エネルギーの有効利用を図るものである。したがって、当業者であれば、この蒸気をさらに前段の蒸留塔のリボイラを加熱することに利用することを想起することは格別の困難がないというべきである。
したがって、本件特許発明4は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであるから、同法第123条第1項第2号の無効理由を有している。
VI-2-5.本件特許発明5は、本件特許発明1?4に発明特定事項「前記蒸留塔の操作圧力が50?150kPaであること」を付加するものである。本件特許発明5と甲1発明2を対比すると、本件特許発明5が、前記の発明特定事項を有するのに対して、甲1発明は、蒸留塔を設けること及びその操作圧力については記載のない点において相違する(以下、「相違点<6>」という)。
しかしながら、V-2-1.において記載したように甲1発明において蒸留塔を設けることは記載されているに等しい事項であり、従来法の蒸留塔の運転圧力が大気圧(記載事項V-3参照)で、「気液平衡の関係で、加圧の蒸留ではエタノール濃度を90%以上にすることは難しい」(答弁書第6頁第1?2行)ことを考慮すれば、蒸留塔を大気圧(約100kPa)前後すなわち50?150kPaで操作することは、任意に設定し得る操業条件と認められ、相違点<6>は、当業者が容易に想到し得る事項にすぎない。
したがって、本件特許発明5は、甲第1号証に記載された発明から、当業者が容易に想到できたものであり、同法第29条第2項の規定に違反してなされたものであるから、同法第123条第1項第2号の無効理由を有している。
VI-2-6.本件特許発明6は、本件特許発明1?5に発明特定事項「前記膜分離器の分離膜が無機物からなること」を付加するものである。本件特許発明6と甲1発明3を対比すると、本件特許発明6が、前記の発明特定事項を有するのに対して、甲1発明3は、「ポリイミド製気体分離膜」を用いる点において相違する(以下、「相違点<7>」という)。
しかしながら、甲第1号証の記載事項V-1-5.には、「また、本発明で用いられる気体分離膜としては、水蒸気を選択的に透過させる気体分離膜であればよく、例えば、セラミック多孔質膜等の無機質膜・・・が挙げられ」と明記されている。
してみれば、相違点<7>に係る「ポリイミド製気体分離膜」を甲第1号証に記載されるような「無機物からなる分離膜膜」とすることは甲第1号証に記載されている事項乃至は、当業者であれば容易に想到しうる材料変更にすぎないものということができる。
したがって、本件特許発明6は、甲第1号証に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当するものであるから、同法第123条第1項第2号の無効理由を有しており、例えそうでないとしても、甲第1号証に記載された発明から、当業者が容易に想到できたものであるから、同法第29条第2項の規定に違反してなされたものであり、同法第123条第1項第2号の無効理由を有している。
VI-2-7.本件特許発明7は、本件特許発明6に発明特定事項「前記無機物がゼオライトであること」を付加するものである。甲第3号証の記載事項V-4.には、「無水化工程に水選択透過性の蒸気透過型ゼオライト膜を導入する」ことが記載されているから、甲1発明3における「分離膜」として甲第3号証に記載された「ゼオライト」を選択することは、当業者であれば容易に想到し得る材料変更にすぎないものである。
したがって、本件特許発明7は、甲第1号証及び甲第3号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであるから、同法第123条第1項第2号の無効理由を有している。
VI-2-8.本件特許発明8は、本件特許発明1?7に発明特定事項「前記水溶性有機物がアルコールであること」を付加するものである。
しかしながら、VI-1-1.に記載したように甲1発明は「第1の蒸発器にエタノール水溶液を供給」するものであるから、本件特許発明8は、甲第1号証に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当するものであるから、同法第123条第1項第2号の無効理由を有しており、例えそうでないとしても、甲第1号証に記載された発明から、当業者が容易に想到できたものであるから、同法第29条第2項の規定に違反してなされたものであり、同法第123条第1項第2号の無効理由を有している。
VI-2-9.本件特許発明9は、本件特許発明8に発明特定事項「前記水溶性有機物がエタノール又はi-プロピルアルコールであること」を付加するものである。
しかしながら、VI-1-1.に記載したように甲1発明は「第1の蒸発器にエタノール水溶液を供給」するものであるから、本件特許発明9は、甲第1号証に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当するものであるから、同法第123条第1項第2号の無効理由を有しており、例えそうでないとしても、甲第1号証に記載された発明から、当業者が容易に想到できたものであるから、同法第29条第2項の規定に違反してなされたものであり、同法第123条第1項第2号の無効理由を有している。
(なお、記載事項V-1-3.にも記載されるように、甲1発明がイソプロパノールすなわちi-プロピルアルコールにも適用可能であることは自明である。)

VII.むすび
以上のとおりであるから、本件特許発明1、6、8及び9は、甲第1号証に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当するものである。
さらに、本件特許発明1乃至9は、甲第1、3、4及び6号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることできたものであるから、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものである。
したがって、本件特許発明1乃至9についての特許は、特許法第123条第1項第2号の規定に該当し、無効とすべきものである。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、被請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2008-08-04 
結審通知日 2008-08-06 
審決日 2008-08-21 
出願番号 特願2005-502781(P2005-502781)
審決分類 P 1 113・ 113- Z (B01D)
P 1 113・ 121- Z (B01D)
最終処分 成立  
前審関与審査官 加藤 幹  
特許庁審判長 板橋 一隆
特許庁審判官 松本 貢
森 健一
登録日 2006-01-27 
登録番号 特許第3764894号(P3764894)
発明の名称 水溶性有機物の濃縮方法  
代理人 伊藤 克博  
代理人 小野 暁子  
代理人 石川 泰男  

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