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審決分類 審判 全部無効 5項1、2号及び6項 請求の範囲の記載不備  C11D
審判 全部無効 4項(5項) 請求の範囲の記載不備  C11D
管理番号 1186462
審判番号 無効2006-80108  
総通号数 108 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2008-12-26 
種別 無効の審決 
審判請求日 2006-06-07 
確定日 2008-10-24 
事件の表示 上記当事者間の特許第2961924号発明「物品の溶剤清浄化方法」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 特許第2961924号の請求項に係る発明についての特許を無効とする。 審判費用は、被請求人の負担とする。 
理由
I 手続の経緯
平成 3年 4月 4日 出願(優先権主張 1990年4月4日
英国(GB))
平成11年 8月 6日 特許権の設定登録(特許第2961924
号)
平成12年 4月12日 特許異議の申立て
平成12年 8月 9日付け 取消理由通知書
平成12年11月13日 特許異議意見書及び訂正請求書
平成13年 4月19日付け 審尋審判
平成13年11月12日 回答書
平成15年 2月13日付け 取消理由通知書
平成15年 3月28日 特許異議意見書、訂正請求書及び平成12
年11月13日の訂正請求書の取下書
平成15年 4月18日付け 特許異議の決定
平成18年 6月 7日 請求人 :特許無効審判請求書・
甲第1?5号証提出
平成18年10月13日 被請求人:答弁書・訂正請求書・
乙第1?5号証提出
平成19年 2月28日 請求人 :口頭審理陳述要領書・
甲第6?11号証提出
平成19年 2月28日 被請求人:口頭審理陳述要領書・
平成19年 2月28日 口頭審理(特許庁審判廷)
平成19年 3月28日 被請求人:上申書提出
平成19年 4月18日 請求人 :上申書・甲第12号証提出

II 本件発明
本件特許に係る発明は、特許請求の範囲の請求項1?9に記載された以下のとおりのものと認める(以下、請求項1?9に係る発明を、それぞれ「本件発明1」、「本件発明2」・・・といい、これらをまとめて「本件発明」ということもある。)
「【請求項1】清浄化すべき電子部品または印刷回路板を、54.5℃?120℃の範囲の沸点を有し且つ少なくとも3個の炭素原子と1個又はそれ以上の水素原子とを有しかつ塩素原子を含まない低分子量のフッ素化エーテルの溶剤組成物の液体に浸漬して清浄化し、該溶剤組成物を含む浴槽の上部に冷却コイルを備えることからなる物品の溶剤清浄化方法。
【請求項2】溶剤組成物は更に補助溶剤も含有する請求項1記載の方法。
【請求項3】補助溶剤はアルコールである請求項2記載の方法。
【請求項4】補助溶剤は1?4個の炭素原子を有する低級脂肪族アルカノールである請求項3記載の方法。
【請求項5】溶剤組成物はフッ素化エーテルの共沸混合物よりなる請求項1記載の方法。
【請求項6】溶剤組成物はフッ素化エーテルを含有する三元共沸混合物よりなる請求項1記載の方法。
【請求項7】(i)54.5℃?120℃の範囲の沸点を有し且つ少なくとも3個の炭素原子と1個又はそれ以上の水素原子とを有しかつ塩素原子を含まない低分子量のフッ素化エーテル及び(ii)補助溶剤としての極性化合物を含有してなる、請求項1?6に記載の物品の溶剤清浄化方法に用いる溶剤組成物。
【請求項8】前記の極性化合物はアルコールである請求項7記載の溶剤組成物。
【請求項9】溶剤組成物は前記のフッ素化エーテルとアルコールとの共沸混合物よりなる請求項7記載の溶剤組成物。」

III 請求人の主張
請求人は、本件特許第2961924号についての特許を無効にする、審判費用は、被請求人の負担とする旨の審決を求めて、証拠方法として甲第1号証?甲第12号証を提出して、大略以下のような無効理由を主張している。

(1)無効理由ア 本件発明1は、甲第1号証?第4号証に記載された発明に基づいて、出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであり、本件発明2?9は、甲第1号証?第5号証に記載された発明に基づいて、出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、その特許は、同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきである。

(2)無効理由イ 本件特許明細書の発明の詳細な説明には、本件発明1?9について当業者が容易に実施できる程度にその発明の目的、構成及び効果が記載されておらず、本件特許の特許請求の範囲の記載が、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明の欄に記載されたものではなく、また、特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみを記載したものではないから、平成6年改正前特許法第36条(以下、「特許法第36条」という。)第4項及び同条第5項第1号、第2号に規定する要件を満たしておらず、本件特許は、特許法第123条第1項第4号に該当し、無効とすべきである。

その具体的主張は、以下のイ-1乃至イ-5のとおりである。
(2-1)無効理由イ-1
本件特許明細書には、本件発明に用いる清浄化剤が最低限備えるべき特性である化学的不活性、不燃性、安全性(毒性上)について、これらの特性を備えていることを実証する記載が存在しない。甲第2号証には、本件フッ素化エーテルに該当する「1‐メチル=1‐ヒドロパーフルオロエチル=2’‐ヒドロパーフルオロエチル=エーテル」について、「可燃性に関してはボーダーラインである。」と記載されており、本件フッ素化エーテルが例外なく上記最低限の特性を備えているか否かは疑わしく、本件フッ素化エーテルが不燃性等の特性を備えているか否かは、個別に検証しなければ分からない。
このような状況に鑑みれば、これらの特性を備えていることを実証する記載がないことは、本件発明が発明として成立しているか否か不明であることを意味する。また、本件発明が発明として成立している範囲を超えている可能性があることを意味する。
したがって、本件特許は、特許を受ける発明が発明の詳細な説明に記載したものであることという要件(特許法第36条第5項第1号)を満たしていない。

(2-2)無効理由イ-2
本件特許明細書には、化学的不活性、不燃性、安全性(毒性上)を備えることが実証された化合物が全く記載されていない。したがって、当業者は、どのような化合物が、係る最低限の特性を備えているのか、また、どのようにしてそのような化合物が得られるのか理解できない。
すなわち、当業者は、清浄化剤を選択することができず、本件特許明細書の記載に従って本件発明を実施することができない。
したがって、本件特許は、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない。

(2-3)無効理由イ-3
本件特許明細書には、どの程度の化学的不活性、不燃性、安全性(毒性上)を備えれば、本件発明の清浄化剤として使用可能なのか記載されていない。すなわち、当業者は、本件発明に使用可能な清浄化剤を選択することができず、本件特許明細書の記載に従って本件発明を実施することができない。
したがって、本件特許は、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない。

(2-4)無効理由イ-4
仮に、本件発明1?9に顕著な効果を認めるとすれば、本件特許明細書には、本件発明が係る顕著な効果を有することについて、これを裏付ける記載が必要である。しかしながら、本件特許明細書には、そのような裏付けとなる記載がなされていない。
また、平成13年11月12日付け回答書第5頁第12?14行に、「本件特許発明のエーテル結合の片側にハロゲンが存在しないフッ素エーテルは、刊行物1,2に開示されているエーテル結合の両側にハロゲンが存在するフッ素エーテルと比べて、有意に優れた洗浄能力を有しています。」と記載されているように、「エーテル結合の両側にハロゲンが存在するフッ素エーテル」は、従来技術と比較して、顕著な清浄化性能を有しないものであり、清浄化性能について顕著な効果を主張するとすれば、本件発明が係る効果を奏しない部分を含むという不備を有するものであり、本件特許明細書は、サポート要件(特許法第36条第5項第1号)並びに実施可能要件(特許法第36条第4項)を満たしていない。

(2-5)無効理由イ-5 平成19年4月18日付け上申書における請求人のフッ素化エーテルの沸点に関する主張
被請求人は、平成19年3月28日付け上申書において、例1に記載されている2-クロロ-1,1,2-トリフルオロエチルメチルエーテルの沸点が630mmHgの圧力下で測定きれたものであると説明しており、「大気圧下で測定した沸点」であるとの解釈を否定した。また、「630mmHgなど各種圧力下測定」と「630mmHg」に特定されない旨も説明している。すなわち、本件発明の沸点は、測定時の圧力が不明であり、これにより規定されるフッ素化エーテルの範囲も不明である。
したがって、当業者は、本件発明のフッ素化エーテルの範囲を理解できないため本件発明を容易に実施することができず、係る観点から見ても、本件特許は実施可能要件を満たしておらず(特許法第36条第4項違反)、また、本件特許の特許請求の範囲の記載は、明確性を欠き、特許を受けようとする発明の構成に欠くことのできない事項が記載されているとは言えない(特許法第36条第5項第2号違反)。

IV 被請求人の主張
被請求人は、本件審判の請求は成り立たない、審判費用は請求人の負担とする旨の審決を求め、証拠方法として乙第1号証?乙第5号証を提出して、請求人の主張する本件特許の無効理由のいずれにも理由がない旨の下記の主張をしている。

(1)無効理由アについて
本件発明1について
甲第1号証は、洗浄の対象物として、ICリードフレームの洗浄を記載し、また、洗浄の目的及び用途として脱脂を記載しているが、洗浄の対象物として塗装前の金属表面の脱脂洗浄は記載しておらず、公知のフロン代替品を列挙しているが、その中にフッ素化エーテルについての記載はなく、フッ素化エーテルを用いる洗浄化方法の記載もない。
甲第2号証は、1-メチル-1-ヒドロペルフルオロエチル2’-ヒドロペルフルオロエチルエーテルを麻酔剤として開示し、この化合物が「脱脂剤」として使用でき、脱脂剤の用途において、塗装されるべき金属表面の脱脂用溶剤として使用可能である」と記載している。しかしながら、本件発明の電子部品又は印刷回路板の清浄化用途の溶剤組成物を開示又は示唆するものではないし、同用途のフロン代替品として有用であることは教示も示唆もない。
甲第2号証の単なる脱脂という記載に基づいて、甲第2号証の化合物を甲第1号証のフロンあるいはフロン代替品に代えて置換使用して本件発明1を想到することは、当業者といえども容易にできるものではない。
甲第3号証には、アルミニウムその他の金属表面に付着した油脂分や汚れを除去することを脱脂ということが記載されているにすぎず、また、甲第4号証は、ICリードフレームが溶剤洗浄により脱脂されることを記載しているが、これはICリードフレームの清浄化が脱脂と表現されることがあるということにすぎない。
甲第3号証、甲第4号証を考慮しても甲第2号証には、麻酔剤である同化合物が「塗装前の金属表面の脱脂」に使用できるとの記載があるにすぎないので、甲第2号証に記載の化合物が甲第1号証のフロンあるいはフロン代替品に置換することが容易であるということはできない。
本件発明2?9について
請求人は、非極性溶剤と極性溶剤との組合せの有用性を示すものとして甲第5号証を提出しているが、非極性溶剤と極性溶剤との一般的な組み合せの有用性が公知であるとしても、低分子量フッ素化エーテルという特定のフロン代替品と他の補助溶剤との組合せから得られる特定の有用性については、容易に類推できるものではない。

(2)無効理由イについて
(2-1)無効理由イ-1について
本件発明は、少なくとも従来技術において知られているフロンおよびフロン代替品との対比において、必要な化学的不活性、不燃性、安全性(毒性上)の特性を具備し、さらに清浄化性能およびオゾン層破壊防止、蒸気消失の抑制の効果を奏する優れたフロン代替品を教示するものである。本件発明のフッ素化エーテルが、必要な化学的不活性、不燃性、安全性(毒性上)の特性を具備していることは、本件特許明細書に完全に開示されている。
本件特許は特許法第36条第5項第1号に規定する要件を満たしている。

(2-2)無効理由イ-2について
本件発明は、本件発明のフッ素化エーテルが、基本的に、化学的不活性、不燃性、安全性(毒性上)の特性を具備することを開示するものである。化学的不活性、不燃性、安全性(毒性上)に程度の差があるとしても、本件発明の清浄化剤としての基本的な有用性、本件発明の開示の有用性は当業者には明らかである。
本件特許明細書は、本件発明のフッ素化エーテルが、フロン代替物として好適なあるいは必要な化学的不活性、不燃性、安全性(毒性上)の特性を具備することを十分に開示している。
本件特許は特許法第36条第4項に規定する要件を満たしている。

(2-3)無効理由イ-3について
本件発明のフッ素化エーテルは、基本的に、化学的不活性、不燃性、安全性(毒性上)の特性を具備する化合物群であることを開示するものであり、特定の化合物により化学的不活性、不燃性、安全性(毒性上)に程度の差があるとしても、本件発明の清浄化剤としての基本的な有用性、本件発明の開示の有用性は当業者には明らかである。
また、請求人のこの主張は、甲第2号証(甲第1号証と組み合わせて)が本件発明を十分に開示しているという主張との間に根本的な矛盾があり、この主張は疑わしいものである。
本件特許は特許法第36条第4項に規定する要件を満たしている。

(2-4)無効理由イ-4について
本件発明の効果を裏付ける記載は、本件特許明細書に存在するので、特許法第36条第5項第1号に規定する要件(サポート要件)を満たしている。
請求人は、「『エーテル結合の両側にハロゲンが存在するフッ素エーテル』は、従来技術と比較して、顕著な清浄化性能を有しないものであり同回答書では、エーテル結合の片側にハロゲンが存在しないフッ素化エーテルは、エーテル結合の両側にハロゲンが存在するフッ素化エーテルと比べて優れた洗浄能力を有することを述べたにすぎない。」と主張しているが、回答書では、エーテル結合の片側にハロゲンが存在しないフッ素化エーテルは、エーテル結合の両側にハロゲンが存在するフッ素化エーテルと比べて優れた洗浄能力を有することを述べたにすぎない。
本件発明の電子部品または印刷回路板の清浄化方法は、エーテル結合の片側にハロゲンが存在しないフッ素化エーテルのみならず、エーテル結合の両側にハロゲンが存在するフッ素化エーテルを用いる場合にも、所期の清浄化性能、すなわち、電子部品または印刷回路板の特に半田フラックス残渣を上部に冷却コイルを備える浴槽で液体に浸漬して洗浄する清浄化能力を発揮するとともに、さらにフロン代替物として使用するために有用な化学的安定性、不燃性、無毒性、オゾン層破壊防止、蒸気消失の抑制等の効果を発揮することは、先に述べたとおりであり、明らかである。
したがって、本件特許明細書は実施可能要件(特許法第36条第4項)を満たしている。

V 当審の判断
特許法第29条第2項で規定する発明の進歩性の判断にあたっては、本件特許明細書の発明の詳細な説明が特許法第36条第4項で規定する要件を満足し、特許請求の範囲の記載が同条第5項各号に規定する要件を満足するものでなければならないから、まず、請求人が主張する特許法第36条第4項及び同条第5項第1号、第2号に規定する要件を満たしているか否か、すなわち請求人の主張イについて検討する。

(1)無効理由イ-5について
請求人は、本件発明のフッ素化エーテルの沸点は、測定時の圧力が不明であり、これにより規定されるフッ素化エーテルの範囲も不明であるから、本件発明のフッ素化エーテルの範囲を理解できないため、本件特許は実施可能要件を満たしておらず(特許法第36条第4項違反)、また、本件特許の特許請求の範囲の記載は、特許を受けようとする発明の構成に欠くことのできない事項が記載されているとは言えない(特許法第36条第5項第2号違反)と主張しているのでこの点から検討する。
沸点については、特定の気圧で測定することを規定していなければ、1気圧における沸点を指すものと認められること(「化学大辞典7縮刷版」、共立出版株式会社、1989年8月15日発行、縮刷版第32刷、896頁に記載された、「ある外圧のもとで沸騰が起こる温度を沸点という。・・・通常、1気圧における沸点をさすが、特に厳密に言う場合には標準沸点という。」を参照)、また、実施例1に示された2-クロロ-1,1,2-トリフルオロエチルメチルエーテルの沸点について、「630mmHgで沸点65℃」と示されているのは、特に特定の気圧で測定したことを明記しているのであり、本件特許明細書に記載された他のフッ素化エーテルにおいて、単に「沸点」と記載されている箇所は、1気圧における沸点を指すものと解するのが自然であり、本件発明の「54.5℃?120℃の範囲の沸点」とは1気圧における沸点と特定できるものである。
したがって、この点において不明瞭な記載はなく、請求人の上記主張は採用することができない。

(2)無効理由イ-1について
(2-1)本件発明1について
特許請求の範囲の記載が、特許法第36条第5項第1号所定の、明細書のサポート要件を満たしているか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものである必要がある。
本件についていえば、本件発明における特定の低沸点のフッ素化エーテルを含有してなる溶剤組成物に清浄化すべき電子部品又は印刷回路板を浸漬し清浄化する物品の溶剤清浄化方法において、特許出願時において、具体例の開示がなくとも当業者に理解できる程度に記載するか、又は、特許出願時の技術常識を参酌して、本件発明における特定の低沸点のフッ素化エーテルを含有してなる溶剤組成物に清浄化すべき電子部品又は印刷回路板を浸漬させる物品の溶剤清浄化方法であれば、所望の効果(性能)が得られると当業者において認識できる程度に、具体例を開示して記載することを要する。
しかしながら、本件特許明細書には、本件発明における特定の低沸点のフッ素化エーテルに該当する化合物としては、実施例10及び11にテトラフルオロエチルエチルエーテルが取り上げられているだけであって、当該エーテル化合物についても、その沸点及び該エーテル化合物とメタノールとの共沸混合物の沸点、エタノールとの共沸混合物に1,1,2-トリクロロ-1,2,2-トリフルオロエタンを含有させた組成物の沸点が記載されているだけであって、本件発明1に記載されたフッ素化エーテル化合物を含有する溶剤組成物について、化学的不活性、不燃性、安全性(毒性上)はもちろんのこと、イオン系融剤残渣の除去割合を含む清浄性の記載もない。本件特許明細書には、実施例なる記載のもと塩素原子を含むフッ素化エーテル(実施例1?4)又は低沸点のフッ素化エーテル(実施例5?9)について具体的に回路板から融剤残渣を清浄化し、イオン系融剤残渣の除去割合を測定した例が記載されているが、これらはいずれも本件発明の実施例ではない。
そもそも、本件特許明細書には、課題の解決手段として、低分子量のフッ素化エーテルにおいて、「塩素原子を含まない」こと及び沸点範囲を「54.5℃?120℃」とすることは記載されていない。したがって、塩素原子を含まず、沸点範囲が「54.5℃?120℃」であるフッ素化エーテルについては、実施例10及び11にテトラフルオロエチルエチルエーテルついて、その沸点及び該エーテル化合物とメタノールとの共沸混合物の沸点、エタノールとの共沸混合物に1,1,2-トリクロロ-1,2,2-トリフルオロエタンを含有させた組成物の沸点が記載されているに過ぎないものである。
組成物の発明やその組成物を使用する発明においては、その効果の予測が困難であるから、代表的な実施例が必要であるところ、本件発明については、代表的な実施例の記載はないから、本件発明が奏する作用効果について当業者に自明であると解すべき根拠もないものである。
したがって、本件特許明細書の発明の詳細な説明におけるこのような記載だけでは、本願出願時の技術常識を参酌して、本件発明における特定の低沸点のフッ素化エーテルを含有してなる溶剤組成物に清浄化すべき電子部品又は印刷回路板を浸漬させる物品の溶剤清浄化方法において、所望の効果(性能)が得られると当業者において認識できる程度に、具体例を開示して記載しているとはいえないから、本件の請求項1の記載が、特許法第36条第5項第1号所定の、明細書のサポート要件に適合するということはできない。

(2-2)被請求人の主張についての検討
この点について被請求人は、当審が「口頭審理陳述要領書(無効2006‐80108)の記載事項について」で説明を求めた事項1、2及び4に対して平成19年2月28日付けの口頭審理陳述要領書において、次の主張をしている。
(2-2-1)事項1についての主張
「本件特許明細書の例1?3は、沸点65℃の塩素含有低分子量フッ素化エーテルの清浄化性能を開示しています。例4は、沸点65℃の塩素含有低分子量フッ素化エーテルの化学的安定性を開示しています。例5は、沸点33?35℃の塩素不含低分子量フッ素化エーテルの清浄化性能を開示しています。本件特許の請求項に記載された沸点の限定は蒸発及び消失を抑制及び減少させるものです。これらの例は、全体として、沸点54.6℃以上の塩素不含低分子量フッ素化エーテルの有効性を開示しています。したがって、本件特許明細書の例1?11は、訂正後の本発明の実施例として機能しています。・・・例10及び例11に開示された共沸混合物の清浄化性能は、当業者には容易に理解されることが可能です。例2及び例3は、低分子量フッ素化エーテルにアルコールを添加することが清浄化性能に関して有効であることを開示しています。添加されたアルコールは溶液の清浄化性能を改良しますが、これと同じ理論が例10及び例11にも適用されます。
このように。例10及び例11は本発明の実施例に関するものです。」
(2-2-2)事項2についての主張
「例1及び例5が、塩素を含有しあるいは含有しない低分子量フッ素化エーテルが両方とも清浄化性能を有することを示しています。そして、これらの化合物が共沸混合物を形成することは、例2及び例10に示されています。・・・沸点の下限値54.6℃の限定の意義は蒸発及び消失の抑制という観点からのものです。より高沸点の低分子量フッ素化エーテルの方が蒸発及び消失の抑制の点でより優れていることは自明です。例1及び例5は、異なる沸点(65℃及び33?35℃)の低分子量フッ素化エーテルが清浄化性能を有することを示しています。
上記の事実のほか、本発明の低分子量フッ素化エーテルは共通の構造的特徴、すなわち、「少なくとも3個の炭素原子と1個又はそれ以上の水素原子とを有する」という構造的特徴を有しています。本件特許明細書に開示されている事実及び本件特許明細書に記載の低分子量フッ素化エーテルの構造の共通性から、訂正後の本発明の有用性及び有効性は本件特許明細書に十分に開示されています。」
(2-2-3)事項4についての主張
「塩素不含低分子量フッ素化エーテルの清浄化性能は分子中の水素原子からもたらされます。もし分子が完全にフッ素化されている場合(ペルフルオロ)には、清浄化性能は有していないか、あっても非常に乏しいものとなります。本発明の低分子量フッ素化エーテルは少なくとも1個の水素原子を含んでおり、ゴシック体で示された12個の化合物は少なくとも2個の水素原子を含んでいます。これらの分子におけるこの共通の特徴から、当該12個の化合物は清浄化性能を有することが言えます。
塩素不含の低分子量フッ素化エーテルの化学的安定性は、分子中にフッ素を含むことからもたらされます。本発明の化合物はフッ素化エーテルであるので、分子中に少なくとも1個のフッ素原子を含んでおり、ゴシック体で示された12個の化合物は少なくとも2個の水素原子を含んでいます。これらの分子におけるこの共通の特徴から、当該12個の化合物は化学的安定性を有することが言えます 。
オゾン層破壊防止性に関しては、本件特許出願時点において、塩素原子がオゾン層破壊の原因であることが知られていました。訂正後の本発明の化合物は分子中にフッ素原子を含んでいませんので、本発明の化合物及びゴシック体で示された12個の化合物は同様にオゾン層破壊防止の効果を有しています。
蒸気消失の抑止は、化合物の沸点に基づくものであることは上記のとおりであり、また自明の事実です。ゴシック体で示された12個の化合物は54.5℃以上の高い沸点を有する化合物であり、蒸気消失の抑止の効果を奏することは明らかです。」

(2-2-4)事項1,2及び4についての合議体の判断
しかしながら、一般に化合物が異なれば、「回路板に塗布されたハンダクリーム等の被洗浄物質との親和性、反応性、人体に対する安全性」などは異なるから、実施例1に記載された2-クロロ-1,1,2-トリフルオロエチルメチルエーテル及び実施例5に記載されたテトラフルオロエチルメチルエーテルを含有する溶剤組成物についての清浄化性能、化学安定性等が示されているとしても、これらの試験結果から、本件特許明細書の実施例10及び11に化合物としての沸点やこれとメタノール等との共沸混合物の沸点が記載されているだけに過ぎないテトラフルオロエチルエチルエーテルについてイオン系融剤残渣の除去割合を含む清浄性や化学的不活性、不燃性、安全性(毒性上)を予測することは困難であると言わざるを得ない。さらに、本件特許明細書には、段落【0010】に使用できるエーテルとして、テトラフルオロエチルエチルエーテルを含む54.5℃?120℃の範囲の沸点を有し且つ少なくとも3個の炭素原子と1個又はそれ以上の水素原子とを有しかつ塩素原子を含まない低分子量のフッ素化エーテルが12個記載されているが、それらについては、化合物の沸点が記載されているだけであって、イオン系融剤残渣の除去割合を含む清浄性や化学的不活性、不燃性、安全性(毒性上)を予測することはできないし、さらにこの12個のフッ素化エーテルを含む「54.5℃?120℃の範囲の沸点を有し且つ少なくとも3個の炭素原子と1個又はそれ以上の水素原子とを有しかつ塩素原子を含まない低分子量のフッ素化エーテル」について、イオン系融剤残渣の除去割合を含む清浄性や化学的不活性、不燃性、安全性(毒性上)を予測することは不可能である。

(2-2-5)事項3についての合議体の判断
被請求人は、上記口頭審理陳述要領書において、当審が説明を求めた事項3について、乙第1号証の清浄化の例に記載された水素化フッ素化エーテルCF_(2)HCF_(2)OC_(2)H_(5)と1,1,2-トリクロロ-1,2,2-トリフルオロエタンとの清浄化性能の比較から、訂正後の本発明の低分子量フッ素化エーテルが本件特許明細書の例に示された清浄化性能と同じレベルの清浄化性能を有している旨主張している。
しかしながら、乙第1号証で試験している化合物はCF_(2)HCF_(2)OC_(2)H_(5)の一種類のみであり、しかも試験項目も清浄化性能及び相溶性/安定性だけであって、この試験結果からは、この化合物の不燃性、無毒性は不明であるし、この化合物以外の本件発明の低分子量フッ素化エーテルについてイオン系融剤残渣の除去割合を含む清浄性や化学的不活性、不燃性、安全性(毒性上)を予測することは不可能である。
してみれば、被請求人の上記主張はいずれも採用することができない。

(2-3)本件発明2?9について
本件発明2は、請求項1記載の方法において、溶剤組成物が更に補助溶剤も含有するものであり、本件発明3は、請求項2記載の方法において、補助溶剤がアルコールであるであるものであり、本件発明4は、請求項3記載の方法において、補助溶剤は1?4個の炭素原子を有する低級脂肪族アルカノールであるものであり、本件発明5は、請求項1記載の方法において、溶剤組成物がフッ素化エーテルの共沸混合物よりなるものであり、本件発明6は、請求項1記載の方法において、溶剤組成物がフッ素化エーテルを含有する三元共沸混合物よりなるものであり、本件発明7は、請求項1?6に記載の物品の溶剤清浄化方法に用いる溶剤組成物であって、(i)54.5℃?120℃の範囲の沸点を有し且つ少なくとも3個の炭素原子と1個又はそれ以上の水素原子とを有しかつ塩素原子を含まない低分子量のフッ素化エーテル及び(ii)補助溶剤としての極性化合物を含有してなるものであり、本件発明8は、請求項7記載の溶剤組成物であって、請求項7に記載された極性化合物がアルコールであるものであり、本件発明9は、請求項7記載の溶剤組成物であって、溶剤組成物が同請求項記載のフッ素化エーテルとアルコールとの共沸混合物よりなるものである。
本件発明2?9は、いずれも直接的又は間接的に請求項1を引用するものであるから、溶剤組成物に本件発明1における特定の低沸点のフッ素化エーテルを含有することを必須の構成要件とするものである。してみれば、本願明細書の特許請求の範囲請求項1の記載が、本件における特定の低沸点のフッ素化エーテルを含有してなる溶剤組成物に清浄化すべき電子部品又は印刷回路板を浸漬させる物品の溶剤清浄化方法において、所望の効果(性能)が得られると当業者において認識できる程度に、具体例を開示して記載しているとはいえないものであって、特許法第36条第5項第1号所定の、明細書のサポート要件に適合するということはできないものである以上、本件発明2?9についても特許法第36条第5項第1号所定の、明細書のサポート要件に適合するということはできないものである。

(3)無効理由イ-2及びイ-3について
特許法第36条第4項には、「前項第3号の発明の詳細な説明には、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度にその発明の目的、構成及び効果を記載しなければならない。」と規定されている。
そして、「発明の構成」として、組成物の発明等、効果の予測が困難な分野においては、当業者が容易にその実施ができるように、通常、代表的な実施例が必要であり、「発明の効果」として、特許を受けようとする発明の構成に欠くことのできない事項によって奏される効果(特有の効果)を裏付けることが必要である。
被請求人は、無効理由イ-2について、「本件特許明細書は、本件発明のフッ素化エーテルが、フロン代替物として好適なあるいは必要な化学的不活性、不燃性、安全性(毒性上)の特性を具備することを十分に開示している。」と主張し、無効理由イ-3について、「本件発明のフッ素化エーテルは、基本的に、化学的不活性、不燃性、安全性(毒性上)の特性を具備する化合物群であることを開示するものであり、特定の化合物により化学的不活性、不燃性、安全性(毒性上)に程度の差があるとしても、本件発明の清浄化剤としての基本的な有用性、本件発明の開示の有用性は当業者には明らかである。」と主張しているが、本件特許明細書には、低分子量のフッ素化エーテルにおいて、「塩素原子を含まない」こと及び沸点範囲を「54.5℃?120℃」とすることを課題の解決手段とすることは記載されておらず、したがって、本件特許明細書には、実施例10及び11に本件発明における特定の低沸点のフッ素化エーテルに該当する化合物であるテトラフルオロエチルエチルエーテル及びその共沸混合物の沸点が記載されているだけであって、イオン系融剤残渣の除去割合を含む清浄性ばかりでなく、化学的不活性、不燃性及び安全性(毒性上)に関する試験結果の記載がないことは、前記イ-1で述べたとおりである。
してみれば、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、化学的不活性、不燃性、安全性(毒性上)を備えることが実証された化合物が具体的に全く記載されておらず、当業者は、どのような化合物であれば、係る最低限の特性を備えているのか理解できず、どの程度の化学的不活性、不燃性、安全性(毒性上)を備えれば、本件発明の清浄化剤として使用可能なのか記載されていないものであって、本件発明に使用可能な清浄化剤を選択することができないから、当業者が容易にその実施をすることができる程度にその発明の目的、構成及び効果が記載されているとすることはできず、本件特許明細書は特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていないものである。

(4)無効理由イ-4について
請求人は、本件発明1?9に顕著な効果を認めるとすれば、本件特許明細書には、これを裏付ける記載が必要であるところ、そのような裏付けとなる記載がなされていないから、本件特許明細書は、サポート要件(特許法第36条第5項第1号)を満たしておらず、また、エーテル結合の両側にハロゲンが存在するフッ素エーテルは、従来技術と比較して、顕著な清浄化性能を有しないものであり、本件発明が係る効果を奏しない部分を含むという不備を有するものであり、本件特許明細書は、サポート要件(特許法第36条第5項第1号)並びに実施可能要件(特許法第36条第4項)を満たしていない旨主張し、被請求人は、本件発明の効果を裏付ける記載は、本件特許明細書に存在するので、特許法第36条第5項第1号に規定する要件(サポート要件)を満たしており、エーテル結合の片側にハロゲンが存在しないフッ素化エーテルは、エーテル結合の両側にハロゲンが存在するフッ素化エーテルと比べて優れた洗浄能力を有することを述べたにすぎず、いずれも清浄化能力を発揮するとともに、さらにフロン代替物として使用するために有用な化学的安定性、不燃性、無毒性、オゾン層破壊防止、蒸気消失の抑制等の効果を発揮することは、明らかであるから、本件特許明細書は実施可能要件(特許法第36条第4項)を満たしている旨主張している。
しかしながら、本件特許明細書には、低分子量のフッ素化エーテルにおいて、「塩素原子を含まない」こと及び沸点範囲を「54.5℃?120℃」とすることを課題の解決手段とすることは記載されておらず、本件発明における特定の低沸点のフッ素化エーテルに該当するフッ素化エーテルについては、具体的な洗浄性能等の記載はなく、イオン系融剤残渣の除去割合を含む清浄性、化学的不活性、不燃性及び安全性(毒性上)に関する試験結果の記載、すなわち、本件発明の効果についての記載がないことは上記無効理由イ-1?イ-3で述べたとおりであり、これは、エーテル結合の片側にハロゲンが存在しないフッ素化エーテル、エーテル結合の両側にハロゲンが存在するフッ素化エーテルに関わりなく、記載のないものである。
したがって、本件発明1及びこれを直接的又は間接的に引用する本件発明2?9については、本件特許明細書にそれらの発明の効果を裏付ける記載がなく、それらの発明に顕著な効果は認められないから、本件発明1?9について特許法第36条第5項第1号所定の、明細書のサポート要件に適合するということはできず、また、本件特許明細書は特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていないものである。

(5) まとめ
したがって、本件請求項1及びこれを直接的又は間接的に引用する請求項2?9の記載は特許法第36条第5項第1号及び第2号に規定する要件を満たしておらず、また本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載も特許法第36条第4項の規定を満たしていない。

VI むすび
以上のとおり、本件請求項1?9に係る特許は、平成6年改正前特許法第36条第4項、第5項の規定を充足しない出願に対してなされたものであるから、他の無効理由を検討するまでもなく、特許法第123条第1項第4号に該当し、無効とすべきものである。

審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、被請求人の負担とすべきものとする。

よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2007-07-05 
結審通知日 2007-07-10 
審決日 2007-07-24 
出願番号 特願平3-71406
審決分類 P 1 113・ 532- Z (C11D)
P 1 113・ 534- Z (C11D)
最終処分 成立  
特許庁審判長 原 健司
特許庁審判官 井上 彌一
岩瀬 眞紀子
登録日 1999-08-06 
登録番号 特許第2961924号(P2961924)
発明の名称 物品の溶剤清浄化方法  
代理人 古賀 哲次  
代理人 柳井 則子  
代理人 勝俣 智夫  
代理人 石田 敬  
代理人 青木 篤  
代理人 永坂 友康  
代理人 高橋 詔男  
代理人 志賀 正武  

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