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審決分類 審判 一部無効 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  H04S
審判 一部無効 2項進歩性  H04S
管理番号 1187808
審判番号 無効2007-800110  
総通号数 109 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2009-01-30 
種別 無効の審決 
審判請求日 2007-06-06 
確定日 2008-10-27 
訂正明細書 有 
事件の表示 上記当事者間の特許第3670562号発明「ステレオ音響信号処理方法及び装置並びにステレオ音響信号処理プログラムを記録した記録媒体」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 訂正を認める。 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 1.手続の経緯
出願 平成12年 9月 5日
設定登録 平成17年 4月22日
(特許第3670562号)
無効審判請求(請求人) 平成19年 6月 6日付け
答弁書(被請求人) 平成19年 8月 9日付け
訂正請求書、訂正明細書(被請求人) 平成19年 8月 9日付け
口頭審理陳述要領書(請求人) 平成19年 9月18日付け
口頭審理陳述要領書(被請求人) 平成19年 9月18日付け
口頭審理(特許庁審判廷) 平成19年 9月18日
上申書(請求人) 平成19年 9月20日付け

2.訂正の請求の適否
(1)訂正の請求の内容
被請求人が平成19年8月9日付けの訂正請求により求める訂正は、次のとおりのものである。
〔訂正事項1〕
訂正前請求項2、7、12
「【請求項2】
請求項1に記載のステレオ音響信号処理方法において、
各周波数帯域ごとの類似度は、周波数帯域ごとにチャネル信号間の大きさの比と位相差によって二つ求め、求めた二つの類似度から中央付近に定位する音源信号を抑圧もしくは強調するための減衰係数を二つ求めること
を特徴とするステレオ音響信号処理方法。

【請求項7】
請求項6に記載のステレオ音響信号処理装置において、
類似度計算手段は、各周波数帯域ごとにチャネル信号間の大きさの比と位相差によって類似度を二つ求め、
減衰係数計算手段は、類似度計算手段で求めた二つの類似度から中央付近に定位する音源信号を抑圧もしくは強調するための減衰係数を二つ求めること
を特徴とするステレオ音響信号処理装置。

【請求項12】
請求項11に記載のステレオ音響信号処理方法を実行させるプログラムを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体において、
類似度を計算する処理は、周波数帯域ごとにチャネル信号間の大きさの比と位相差によって二つ求める処理を有し、
減衰係数を計算する処理は、周波数帯域ごとにチャネル信号間の大きさの比と位相差によって二つ求めた類似度から中央付近に定位する音源信号を抑圧もしくは強調するための減衰係数を二つ求める処理を有すること
を特徴とするステレオ音響信号処理方法を実行させるプログラムを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体。」
を、
訂正後請求項2、7、12
「【請求項2】
請求項1に記載のステレオ音響信号処理方法において、
各周波数帯域ごとの類似度を、周波数帯域ごとにチャネル信号間の大きさの比と位相差によって二つ求め、求めた二つの類似度から二つの減衰係数を求め、求めた二つの減衰係数から中央付近に定位する音源信号を抑圧もしくは強調するための減衰係数を求めること
を特徴とするステレオ音響信号処理方法。

【請求項7】
請求項6に記載のステレオ音響信号処理装置において、
類似度計算手段は、各周波数帯域ごとにチャネル信号間の大きさの比と位相差によって類似度を二つ求め、
減衰係数計算手段は、類似度計算手段で求めた二つの類似度から二つの減衰係数を求め、求めた二つの減衰係数から中央付近に定位する音源信号を抑圧もしくは強調するための減衰係数を求めること
を特徴とするステレオ音響信号処理装置。

【請求項12】
請求項11に記載のステレオ音響信号処理方法を実行させるプログラムを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体において、
類似度を計算する処理は、周波数帯域ごとにチャネル信号間の大きさの比と位相差によって二つ求める処理を有し、
減衰係数を計算する処理は、周波数帯域ごとにチャネル信号間の大きさの比と位相差によって二つ求めた類似度から二つの減衰係数を求め、求めた二つの減衰係数から中央付近に定位する音源信号を抑圧もしくは強調するための減衰係数を求める処理を有すること
を特徴とするステレオ音響信号処理方法を実行させるプログラムを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体。」
と訂正する。

〔訂正事項2〕
訂正前請求項3、8、13
「【請求項3】
請求項2に記載のステレオ音響信号処理方法において、
求めた二つの減衰係数のうち、中央付近に定位する音源信号を強調する時には小さい係数を、抑圧する時には大きい係数を各周波数帯域信号に乗算すること
を特徴とするステレオ音響信号処理方法。

【請求項8】
請求項7に記載のステレオ音響信号処理装置において、
乗算手段は、求めた二つの減衰係数のうち、中央付近に定位する音源信号を強調する時には小さい係数を、抑圧する時には大きい係数を各周波数帯域信号に乗算すること
を特徴とするステレオ音響信号処理装置。

【請求項13】
請求項12に記載のステレオ音響信号処理方法を実行させるプログラムを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体において、
乗算する処理は、求めた二つの減衰係数のうち、中央付近に定位する音源信号を強調する時には小さい係数を、抑圧する時には大きい係数を各周波数帯域信号に乗算する処理を有すること
を特徴とするステレオ音響信号方法を実行させる処理プログラムを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体。」

訂正後請求項3、8、13
「【請求項3】
請求項2に記載のステレオ音響信号処理方法において、
求めた二つの減衰係数のうち、中央付近に定位する音源信号を強調する時には小さいほうの減衰係数を、抑圧する時には大きいほうの減衰係数を、中央付近に定位する音源信号を抑圧もしくは強調するための減衰係数とすること
を特徴とするステレオ音響信号処理方法。

【請求項8】
請求項7に記載のステレオ音響信号処理装置において、
乗算手段は、求めた二つの減衰係数のうち、中央付近に定位する音源信号を強調する時には小さいほうの減衰係数を、抑圧する時には大きいほうの減衰係数を、中央付近に定位する音源信号を抑圧もしくは強調するための減衰係数とすること
を特徴とするステレオ音響信号処理装置。

【請求項13】
請求項12に記載のステレオ音響信号処理方法を実行させるプログラムを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体において、
乗算する処理は、求めた二つの減衰係数のうち、中央付近に定位する音源信号を強調する時には小さいほうの減衰係数を、抑圧する時には大きいほうの減衰係数を、中央付近に定位する音源信号を抑圧もしくは強調するための減衰係数とすること
を特徴とするステレオ音響信号方法を実行させる処理プログラムを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体。」
と訂正する。

(2)訂正の目的についての検討
〔訂正事項1〕について
上記訂正事項1は、訂正前にあっては、「類似度」を二つ求め、二つの類似度から「中央付近に定位する音源信号を抑圧もしくは強調するための減衰係数」を二つ求めるとしていたものを、訂正後にあっては、「類似度」を二つ求め、二つの類似度から「減衰係数」を二つ求め、求めた二つの減衰係数から「中央付近に定位する音源信号を抑圧もしくは強調するための減衰係数」を求めるとするものである。

本件特許の願書に添付した明細書及び図面(以下、本件特許明細書等ともいう)には、類似度計算部104において計算される類似度a(k)の計算方法として、二つの類似度ai(k)とap(k)とを計算すること(【0014】【0015】)、減衰係数計算部105において計算される減衰係数g(k)の計算方法として、類似度ai(k)から減衰係数gi(k)を計算し(【0016】から【0019】、図2、【0025】から【0026】、図4)、類似度ap(k)から減衰係数gp(k)を計算し(【0019】から【0022】、図3、【0025】から【0026】、図5)、減衰係数gi(k)と減衰係数gp(k)とから実際に乗算する減衰係数g(k)を計算すること(【0023】、式(3)、【0026】、式(4))が記載されている。そして、他に本件特許明細書等には二つの類似度を計算してから減衰係数を二つ計算する他の手段手法の記載はない。

そうすると、訂正前に「類似度」を二つ求め、二つの類似度から「中央付近に定位する音源信号を抑圧もしくは強調するための減衰係数」を二つ求めるとしていたことは、上記記載に対応したものであると認められるところ、上記記載には、減衰係数として、類似度ai(k)から計算される減衰係数gi(k)と、類似度ap(k)から計算される減衰係数gp(k)と、それらが式(3)・式(4)で計算されて実際に乗算することとなる減衰係数g(k)との3つが存在しており、訂正前に類似度から「中央付近に定位する音源信号を抑圧もしくは強調するための減衰係数」を二つ求めるとしている減衰係数と、上記記載の類似度から計算される二つのgi(k)、gp(k)、実際に乗算する(ことによって音源信号を抑圧もしくは強調する)減衰係数g(k)との対応関係が不明りょうとなっている。
訂正事項1は、類似度から二つの「減衰係数」を求めるとし、求めた二つの減衰係数から「中央付近に定位する音源信号を抑圧もしくは強調するための減衰係数」を求めるとして、本件特許明細書等記載の上記3つの減衰係数と請求項記載の減衰係数との対応関係について不明りょうであった訂正前の請求項を明りょうにしようとするものといえるから、訂正事項1は、明りょうでない記載の釈明を目的とするものである。

〔訂正事項2〕について
上記訂正事項2は、訂正事項1で訂正される請求項2、請求項7、請求項12を引用する請求項である請求項3、請求項8、請求項13に対してする訂正であり、
訂正前にあっては、引用される訂正前の請求項2、請求項7、請求項12において、二つ求められる減衰係数について、「強調する時には小さい係数を、抑圧する時には大きい係数を各周波数帯域信号に乗算する」としていたものを、訂正後にあっては「強調する時には小さいほうの減衰係数を、抑圧する時には大きいほうの減衰係数を、中央付近に定位する音源信号を抑圧もしくは強調するための減衰係数とする」としたものであり、訂正事項1での訂正に対応して類似度から求めた二つの減衰係数から「中央付近に定位する音源信号を抑圧もしくは強調するための減衰係数」を求める求め方を規定したものであって、訂正事項1と同様に本件特許明細書等記載の3つの減衰係数との対応関係を明りょうにするものである。
更に、類似度から求めた二つの減衰係数から「中央付近に定位する音源信号を抑圧もしくは強調するための減衰係数」を求める求め方として、訂正前にあっては「強調する時には小さい係数を、抑圧する時には大きい係数を」としていて「小さい係数」「大きい係数」との記載では大小の基準が不明りょうであったところ、訂正後にあっては「小さい“ほうの”減衰係数」「大きい“ほうの”減衰係数」として、大小関係が相対的なものであることを明りょうにしている。
したがって、訂正事項2は、明りょうでない記載の釈明を目的とするものである。

(3)訂正の範囲についての検討
〔訂正事項1〕について
訂正事項1は、上記「(2)訂正の目的についての検討」で述べたように本件特許明細書等に記載されており、願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものである。

〔訂正事項2〕について
本件特許明細書等には、減衰係数gi(k)と減衰係数gp(k)とから実際に乗算する減衰係数g(k)を計算すること(【0023】、式(3)、【0026】、式(4))が記載されている。式(3)、式(4)を用いて計算されるg(k)は、「強調する時には小さいほうの減衰係数を、抑圧する時には大きいほうの減衰係数を」得るものであるから、訂正事項2は、本件特許明細書等に記載されていて、願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものである。

(4)拡張・変更についての検討
上記したように訂正事項1、訂正事項2は、明りょうでない記載の釈明を目的としていて、これら訂正によって特許請求の範囲を拡張するとはいえず、また、願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものであって、訂正後に発明の目的・効果が異なるものともなっていないことから、これら訂正によって特許請求の範囲を変更するとはいえない。したがって、訂正事項1、訂正事項2は実質的に特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものとはいえない。

(5)特許無効審判の請求がされていない請求項についての検討
特許無効審判の請求がされていない請求項4、5、9、10、14、15は、訂正事項1、訂正事項2によって訂正される請求項2、3、7、8、12、13を引用しており、訂正事項1、訂正事項2による訂正によって、実質的に訂正されることとなるところ、訂正事項1、訂正事項2に係る訂正は上記したように、明りょうでない記載の釈明を目的とするものであり、請求項4、5、9、10、14、15における訂正も、実質的に上記したと同様に明りょうでない記載の釈明を目的とすることとなる。
請求項4、9、14は、本件特許明細書段落【0028】【0029】に記載されたパワー比を考慮した技術に対応し、請求項5、10、15は、本件特許明細書段落【0031】から【0033】に記載された音の立ち上がりを考慮した技術に対応したものであり、請求項4、5、9、10、14、15における実質的訂正も、願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内のものである。
また、訂正事項1、訂正事項2と同様に、実質的に特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものとはいえない。
なお、請求項4、5、9、10、14、15について実質的になされる訂正は、上記したように明りょうでない記載の釈明を目的とするものであるから、独立特許要件の検討を要するものではない。仮に検討を要するとしても、訂正後の請求項4、5、9、10、14、15について特許出願の際独立して特許を受けることができないとする主張、証拠は提示されておらず、また、発見されないから、特許出願の際独立して特許を受けることができないとはいえない。

(6)訂正の請求の適否のまとめ
以上のようであるから、平成19年8月9日付けの訂正請求に係る訂正は、特許法第134条の2第1項ただし書き、特許法134条の2第5項で読み替えて準用する特許法第126条第3項から第5項の規定に適合する。
また、他に、平成19年8月9日付けの訂正請求に係る訂正を認めないとする理由もない。
よって、平成19年8月9日付けの訂正請求に係る訂正を認める。

3.請求及び主張の概要
(1)請求人
請求人は、「特許第3670562号の請求項1?3、請求項6?8、請求項11?13を無効とする。審判費用は被請求人の負担とする、」との審決を求めており、請求人の主張する無効理由の概要は次のとおりである。

無効理由A(特許法第29条第2項)
請求項1、6、11、2、7、12、3、8、13に係る発明は、次の甲第1?3号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであり(理由1)、甲第4号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである(理由2)から、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

甲第1号証 : 特開平7-39000号公報
甲第2号証 : 特開平4-296200号公報
甲第3号証 : 特開平6-205500号公報
甲第4号証 : 特開平7-319488号公報

無効理由B(第36条第6項第1号及び第2号)
請求項2、7、12、3、8、13は、特許法第36条第6項第1号及び特許法第36条第6項第2号の要件を満たさないから、特許を受けることができない。

(2)被請求人
被請求人は、訂正請求をすると共に、「訂正を認める。本件無効審判の請求は成り立たない。審判費用は請求人の負担とする。」との審決を求めており、訂正後の請求項に無効理由がないことを主張している。

4.本件特許発明
平成19年8月9日付けの訂正請求に係る訂正は上記のように認めたので、本件特許の請求項1?13に係る発明は、平成19年8月9日付けの訂正請求に添付された訂正明細書の特許請求の範囲の請求項1?13に記載されたとおりであるところ、特許無効の請求がされている請求項1?3、請求項6?8、請求項11?13に係る発明は、平成19年8月9日付けの訂正請求に添付された訂正明細書の特許請求の範囲の請求項1?3、請求項6?8、請求項11?13に記載された以下のとおりのものである。

【請求項1】
ステレオ収音、もしくはステレオ再生用に加工された2チャネル音響信号から中央付近に定位する音源信号を抑圧もしくは強調するステレオ音響信号処理方法において、
ステレオ信号を各チャネルごとに複数の周波数帯域に分割し、各周波数帯域ごとにチャネル間の類似度を計算し、類似度から中央付近に定位する音源信号を抑圧、もしくは強調するための減衰係数を計算し、その減衰係数を各周波数帯域信号に乗算し、減衰係数を乗じた後の各チャネルごとの各周波数帯域信号を再合成して出力すること
を特徴とするステレオ音響信号処理方法。

【請求項2】
請求項1に記載のステレオ音響信号処理方法において、
各周波数帯域ごとの類似度を、周波数帯域ごとにチャネル信号間の大きさの比と位相差によって二つ求め、求めた二つの類似度から二つの減衰係数を求め、求めた二つの減衰係数から中央付近に定位する音源信号を抑圧もしくは強調するための減衰係数を求めること
を特徴とするステレオ音響信号処理方法。

【請求項3】
請求項2に記載のステレオ音響信号処理方法において、
求めた二つの減衰係数のうち、中央付近に定位する音源信号を強調する時には小さいほうの減衰係数を、抑圧する時には大きいほうの減衰係数を、中央付近に定位する音源信号を抑圧もしくは強調するための減衰係数とすること
を特徴とするステレオ音響信号処理方法。

【請求項6】
ステレオ収音、もしくはステレオ再生用に加工された2チャネル音響信号から中央付近に定位する音源信号を抑圧もしくは強調するステレオ音響信号処理装置において、
ステレオ信号を各チャネルごとに複数の周波数帯域に分割する周波数帯域分割手段と、
各周波数帯域ごとにチャネル間の類似度を計算する類似度計算手段と、
類似度から中央付近に定位する音源信号を抑圧、もしくは強調するための減衰係数を計算する減衰係数計算手段と、
その減衰係数を各周波数帯域信号に乗算する乗算手段と、
減衰係数を乗じた後の各チャネルごとの各周波数帯域信号を再合成して出力する音源信号合成・出力手段を備えたこと
を特徴とするステレオ音響信号処理装置。

【請求項7】
請求項6に記載のステレオ音響信号処理装置において、
類似度計算手段は、各周波数帯域ごとにチャネル信号間の大きさの比と位相差によって類似度を二つ求め、
減衰係数計算手段は、類似度計算手段で求めた二つの類似度から二つの減衰係数を求め、求めた二つの減衰係数から中央付近に定位する音源信号を抑圧もしくは強調するための減衰係数を求めること
を特徴とするステレオ音響信号処理装置。

【請求項8】
請求項7に記載のステレオ音響信号処理装置において、
乗算手段は、求めた二つの減衰係数のうち、中央付近に定位する音源信号を強調する時には小さいほうの減衰係数を、抑圧する時には大きいほうの減衰係数を、中央付近に定位する音源信号を抑圧もしくは強調するための減衰係数とすること
を特徴とするステレオ音響信号処理装置。

【請求項11】
ステレオ収音、もしくはステレオ再生用に加工された2チャネル音響信号から中央付近に定位する音源信号を抑圧もしくは強調するステレオ音響信号処理方法を実行させるプログラムを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体において、
ステレオ信号を各チャネルごとに複数の周波数帯域に分割する処理と、
各周波数帯域ごとにチャネル間の類似度を計算する処理と、
類似度から中央付近に定位する音源信号を抑圧、もしくは強調するための減衰係数を計算する処理と、
その減衰係数を各周波数帯域信号に乗算する処理と、
減衰係数を乗じた後の各チャネルごとの各周波数帯域信号を再合成して出力する処理と、
をステレオ音響信号処理方法を実行させるプログラムを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体。

【請求項12】
請求項11に記載のステレオ音響信号処理方法を実行させるプログラムを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体において、
類似度を計算する処理は、周波数帯域ごとにチャネル信号間の大きさの比と位相差によって二つ求める処理を有し、
減衰係数を計算する処理は、周波数帯域ごとにチャネル信号間の大きさの比と位相差によって二つ求めた類似度から二つの減衰係数を求め、求めた二つの減衰係数から中央付近に定位する音源信号を抑圧もしくは強調するための減衰係数を求める処理を有すること
を特徴とするステレオ音響信号処理方法を実行させるプログラムを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体。

【請求項13】
請求項12に記載のステレオ音響信号処理方法を実行させるプログラムを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体において、
乗算する処理は、求めた二つの減衰係数のうち、中央付近に定位する音源信号を強調する時には小さいほうの減衰係数を、抑圧する時には大きいほうの減衰係数を、中央付近に定位する音源信号を抑圧もしくは強調するための減衰係数とすること
を特徴とするステレオ音響信号方法を実行させる処理プログラムを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体。

5.判断
(1)請求項1、6、11について
ア.無効理由A:理由1について
請求人は、請求項1、6、11について、理由1として、甲第1号証、甲第2号証、甲第3号証の記載から容易であると主張する。
(ア)請求項1について
a.請求項1発明
請求項1に係る発明(以下、請求項1発明ともいう)は、訂正明細書の特許請求の範囲の請求項1に記載された以下のとおりのものである。(検討のために分説する。)

(請求項1発明:分説して再掲)
【請求項1】
A:ステレオ収音、もしくはステレオ再生用に加工された2チャネル音響信号から中央付近に定位する音源信号を抑圧もしくは強調するステレオ音響信号処理方法において、
B:ステレオ信号を各チャネルごとに複数の周波数帯域に分割し、
C:各周波数帯域ごとにチャネル間の類似度を計算し、
D:類似度から中央付近に定位する音源信号を抑圧、もしくは強調するための減衰係数を計算し、その減衰係数を各周波数帯域信号に乗算し、
E:減衰係数を乗じた後の各チャネルごとの各周波数帯域信号を再合成して出力する
F:ことを特徴とするステレオ音響信号処理方法。

b.甲第1号証(特開平7-39000号公報)
甲第1号証は、名称を「任意の方向からの音波の選択的抽出法」とする発明が記載された特許公開公報であり、要約が記載されると共に、特許請求の範囲に記載された発明を実施例1?5を用いて説明している。甲第1号証には図面と共に以下の記載がある。

(甲第1号証の記載)
【発明の名称】任意の方向からの音波の選択的抽出法

【要約】
【目的】任意の方向からの信号音を選択的に抽出する方法の開発。
【構成】任意の音場を異なる2点で観測すると、2点間には音源の位置(方向)により特定量の位相差および音圧差が生じている。本発明の方法では、2点間におけるこれら2種類の情報差を用いて目的の音源以外の雑音成分を排除する。2点で得られた波形をそれぞれ複数の周波数帯域に分割し、各帯域で時間差と振幅比を求め、任意に定めた時間差および振幅比に一致しない波形を排除する。これらの波形処理を帯域ごとに並列して行った後、各帯域の出力を加算することで任意の位置(方向)の音源の音のみを選択的に抽出することができる。波形処理のパラメータを変更することで抽出する音源の方向と指向性が調節できる。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、任意の方向からの音波を選択的に抽出する波形処理法に関するものである。本発明の方法を応用して作製された指向性マイクロフォン・システムは、補聴装置への応用に適している。
【0002】
【従来の技術】従来用いられてきた補聴器は、音を増幅する機能については様々な工夫がなされ性能は向上してきたが、われわれの聴覚のように音源を任意に選択して聴くという「音源選択の機能」については技術開発があまりなされていなかった。補聴器に音源選択能がないために「補聴器を装着すると近くの物音ばかりガンガンと大きく聴こえて、肝心の遠くの音はさっぱり聴こえない。」とか「補聴器は、聴きたい音は聴こえないで雑音ばかり大きく聴こえる。」という多くの補聴器使用者の共通の苦情が解消されないまま長年にわたり続いていた。音響エネルギーの小さい遠くの音源の音を聞き取ろうと増幅率を上げると、音響エネルギーの大きい近くの雑音音源の音まで増幅してしまい、それが「ガンガン」と大きく聴こえてしまう。また、補聴器は、片方の耳に挿入したイヤホンで聴くことが多いが、この音の中から聴きたい音のみを任意に選択することはできない。そのため、「聴きたい音」が「聴かなくてもよい音=雑音」に邪魔されて「よく聴こえない」と感じることになる。この様に、従来の補聴器は、難聴の人々の使用する聴覚の補助具としては甚だ不十分なものであった。しかし、難聴は他人との間でコミュニケーション障害を引き起こし、生活の質を著しく低下させる。高齢化社会を迎え、難聴に悩まされる人々の数は今後さらに増加して行くことが予想され、補聴器への期待もさらに増大して行くと考えられる。しかし、従来の音を増幅するだけの補聴器はこれに十分応えているとは言えないのが実状であり、補聴器の根本的改良が社会的にも急務となっている。
【0003】
【発明が解決しようとする課題】補聴器の根本的改良とは、補聴器に、従来から備わっていた「音の増幅機能」に加えて、「音源の選択機能」を付加することである。この場合、「音源選択機能」の特性は、ヒトの聴覚の機能に類似したものが最適である。聴覚の如く音源を選択して、目的の音だけを増幅することができれば、「従来の技術」で述べたような補聴器の欠点は根本的に改善するはずである。ヒトの聴覚は、両耳間に入力する信号音の音圧差(比)および位相差を手がかりに音源選択を行っている。一つの音源から出た音を異なる2点で観測し、2点間の信号の差(音圧差および位相差)によって音源の位置を検出し、音源を選択していると考えられる。この方法を補聴器の音源選択機能として応用することが「従来の技術」の問題点を解決する最も効果的で自然な方法と考えられる。したがって、「聴覚の音源選択の方法を2つのマイクロフォンと波形演算を行う電子回路によってシミュレーションするには、どのような手段を講じればよいか。」ということが本発明が解決しようとする課題である。
【0004】
【課題を解決するための手段と作用】本発明の方法は、一定の間隔をおいて配置した2つのマイクロフォンで音波を電子回路に取り込み、この2つの波形間で波形演算を行うことにより、任意の指向性を得ようとするものである。請求項1の方法では次のような波形演算を行う。まず、一定の間隔を置いて設置した2つのマイクロフォンにより取り込んだ2つのチャンネルの信号波形を、それぞれ帯域フィルターで複数の周波数帯域に分割し、各帯域フィルターの出力の微分波形がゼロ交叉する点を波形演算により検出する。すなわち、マイナス側からプラス側へゼロ交叉する点が上向き(プラス側)のパルスで表され、プラス側からマイナス側へゼロ交叉する場合が下向き(マイナス側)のパルスで表された波形を作る。このときのパルスの振幅および持続時間は常に一定であることが望ましい。(なお、パルスの向きはプラス・マイナスを入れ換えても同じ結果が得られる。)これを2つのチャンネル間で乗算または加算を行って、以下の如くチャンネル間で位相の一致しないパルスを除去する。
【0005】乗算する場合は、チャンネル間で位相差がゼロのときは同一波形のニ乗算をすることになり、全波整流した形の上向きのパルスが生じる。位相差が2nπ(nは整数.以後同じ)のときは、位相差ゼロの場合と同様の波形が生じる。位相差が(2n-1)πのときは、下向きのパルスのみが生じる。それ以外の位相差の時は乗算回路の出力はゼロとなる。位相差が(2n-1)πのときの下向きのパルスは半波整流して取り除く。加算する場合は、チャンネル間で波形の位相差がゼロのときはパルスの振幅は加算されてほぼ2倍となる。位相差が2nπのときも同様の波形が得られる。チャンネル間に2nπ以外の位相差があるとパルスの振幅は増加しない。増加しない波形を除去し、次いでこれを全波整流する。こうして、乗算した場合とほぼ同じ波形を得る。
【0006】ここまでの段階で、位相差のある波形に由来したパルスを除去できたことになるが、さきに信号波形を振幅、持続時間が一定のパルスに変形したことで、信号波形の振幅に関する情報が失われている。そこで、この情報を回復するために、この波形と、同じ帯域の信号波形とを乗算する。(なお、乗算する2つの波形のうち、いずれか一方の波形が最初の帯域フィルターを通過したところで微分されていればよい。請求項1と異なる側の波形を微分するのが請求項2の方法である。)この結果、振幅が信号波形の振幅にほぼ比例しているパルスからなる波形が得られる。これを再び同じ帯域特性の帯域フィルターまたは高域遮断特性がこれと同じローパス・フィルターで処理すると、パルスに含まれていた高調波成分が除かれ、2チャンネル間で位相が一致しない波形が除かれた信号波形が得られる。最後に、各周波数帯域で上記のごとく処理した波形群を一つに加算すると、2チャンネルの信号波形のうち各周波数成分で両者の位相が一致したものからなる複合波形、すなわち、2つのマイクロフォンから等距離にある音源の信号波形が選択されて抽出される。
【0007】さらに、2つのマイクロフォンからの距離の差が、ある値d(L≧d≧0;Lは2つのマイクロフォン間の距離)である点Pの軌跡上にある音源からの音を選択的に抽出しようとする場合は、あらかじめ、いずれか一方の波形を遅延回路によって一定時間(=t)遅延させる。すると、音源から同時に出た音が2つのマイクロフォンに到達する時間の差がtであるような音源の場合、2チャンネルの波形間の位相差がゼロになる。(このとき、d=v×t;v=音速、が成り立つ。)したがって、この音源の音を上記の方法で選択的に抽出することが可能となる。遅延時間tを変えることで任意の方向の音源を選択することができる。この様な波形処理によって、一定方向からの音波を選択的に抽出するのが請求項1および請求項2の方法である。
【0008】音源選択を2つの波形の位相差だけを手がかりに行う場合、位相差がゼロの場合と2nπの場合を区別することは不可能である。したがって、この方法では、音源の周波数によっては異なる方向から到来する音を区別できず、的確な音源の選択ができない場合が出てくる。この様な現象は、2つのマイクロフォンの間隔dより波長が短い場合に起こり始める。例えば、マイクロフォンの間隔が、20cmならば、約1700Hz以上でこの様なことが起こり始める(f>v/d;v=音速,f=音源の周波数)。この様に、請求項1および請求項2に記載の方法のみでは、マイクロフォンの間隔より短い波長の音を発生している音源の場合、位相差ゼロの位置と位相差2nπの位置とを弁別することができない場合もある。そこで、実際の補聴装置では、以下に述べる如く請求項3の方法を併用する。
【0009】請求項3の方法では、まず、一定の間隔を置いて設置した2つのマイクロフォン(マイクロフォンは一つは右方向、一つは左方向に指向性を持つように設置する。)により取り込んだ2つのチャンネルの信号波形を、それぞれ帯域フィルターで複数の周波数帯域に分割する。次に、各周波数帯域で信号波形の振幅を表す包絡波形を波形演算により作製する。次に、2つの包絡波形の振幅の比が1のときに振幅が最大値をとり、1より大きくなるにつれ、また、1より小さくなるにつれゼロに近づいて行くような波形を波形演算により作製する。この波形は、音源が2つのマイクロフォンから等距離の位置にあるときに振幅が最大値をとる。従って、この波形を信号波形と乗算することで、2つのマイクロフォンから等距離にある音源の信号波形を選択的に増幅することができる。音源がこれよりずれるにつれて信号波形は減衰して行く。各周波数帯域で、以上のように処理された信号波形をひとつに加算する。2つのマイクロフォンから等距離ではない点にある音源の信号を抽出する場合は、各チャンネルの信号波形(または包絡波形)の増幅率を帯域ごとに調整して2チャンネルの波形の振幅を等しくし、その音源が、見かけ上2つのマイクロフォンから等距離にあるようにしてから波形処理を行う。以上の様な波形処理により、一定方向にある音源からの信号を選択的に抽出するのが請求項3の方法である。
【0010】ただし、音波の性質上、低い周波数の音になると音源の位置の多少の変化では2つのマイクロフォン間で生じる音圧の差はほとんど変化しなくなる。したがって、この方法のみで広い周波数範囲で音源選択を正確に行うことは原理上できない。この様に、請求項3の方法は比較的高い周波数の音源選択に適しており、請求項1および請求項2の方法は、比較的低い周波数の音源選択に適している。したがって、実際の指向性マイクロフォン・システムを作製する場合は、請求項4のように、請求項1または2の方法と請求項3の方法とを併用する必要がある。すなわち、請求項1または2の方法で求めた波形と請求項3で求めた波形を乗算することで、それぞれの方法単独では除去できなかった雑音成分が効果的に取り除かれる。
【0011】
【実施例】本発明の方法により作製した装置の実施例を以下に挙げて説明する。本発明の波形処理法を実現する波形演算回路は多種類列挙することができるが、ここでは、本発明の方法を理解するのに役立つと思われる基本的な回路例を挙げる。
実施例1
図1において、2つのマイクロフォン(1),(2)によって取り込んだ2チャンネルの波形を、それぞれ増幅回路(3),(4)にて増幅した後、遅延回路(5),(6)を通過させ、帯域フィルター(7),(8)にて複数の周波数帯域に分割する。その後、出力の一部を微分回路(9),(10)で微分し、コンパレータ回路(11),(12)に入力させる。これをさらに微分回路(13),(14)にて微分すると、振幅が一定で持続時間の極めて短いパルスからなる微分波形が得られる。パルスの幅は、コンパレータ(11),(12)の特性調節などにより任意に設定可能である。次に、これらの微分波形をチャンネル間で乗算回路(15)にて乗算する。もし、チャンネル間で位相差がゼロの場合は、同一波形のニ乗算をすることになり、全波整流した形の波形が生じる。位相差が2nπのときは、位相差ゼロの場合と同様の波形が生じる。位相差が(2n-1)πのときは、下向きのパルスのみが生じる。それ以外の位相差の時は、乗算回路(15)の出力はゼロとなる。位相差が(2n-1)πのときの下向きのパルスを除くため、半波整流回路(16)にて半波整流する。
【0012】ここまでの段階で、位相差のある波形に由来したパルスを除去できたことになるが、さきに信号波形を振幅、幅が一定のパルスに変形したことで、信号波形の振幅に関する情報が失われている。そこで、この情報を回復するために、この波形と帯域フィルター(7)または(8)の出力(信号波形)とを乗算回路(17)で乗算する。こうして、信号波形の振幅がパルスの振幅に反映される。パルスには、各周波数帯域外の高調波が多く含まれているので、この乗算後の波形を再び先の帯域フィルターと同じ特性の帯域フィルター(18)または高域遮断特性がこれと一致したローパス・フィルターにて除去する。こうして帯域フィルター(7),(8)を通過した直後の波形から、2チャンネル間で位相が一致しない波形が除去された状態の波形を得る。位相が完全に合っていれば、処理前と全く同じ波形が復元され、全て位相がずれていれば位相差が2nπの場合を除いて出力は全く得られない。各帯域で同様の処理をした後、これらを全て加算回路(19)にて加算すると、全ての周波数帯域で位相の一致している複合波形が得られる。補聴器の場合は、これを増幅しイヤホンなどで再生する。この様な複合波は、その複合波の音源が2つのマイクロフォンのちょうど中間にある場合に得られる。すなわち、この様な波形処理によって2つのマイクロフォンから等距離の位置にある音源を選択的に抽出できる。
【0013】さらに、2つのマイクロフォンからの距離の差がある値d(L≧d≧0;Lは2つのマイクロフォン間の距離)である点Pの軌跡上にある音源からの音を選択的に抽出しようとする場合は、あらかじめ、いずれか一方の波形を遅延回路(5),(6)によって一定時間(=t)遅延させる。すると、音源から同時に出た音が2つのマイクロフォンに到達する時間の差がtであるような音源の場合、2チャンネルの波形間の位相差がゼロになる。(このとき、d=v×t;v=音速、が成り立つ。)したがって、この音源の音を選択的に抽出することが可能となる。遅延時間tを変えることで任意の方向の音源を選択することができる。
【0014】実施例2
実施例1の回路で、乗算回路(15)で乗算する代わりに、図2に示すように、加算回路(21)にて加算を行ってもほぼ同等の結果が得られる。すなわち、チャンネル間でこれらの波形の位相差がゼロの場合は、微分波形の振幅は加算されてほぼ2倍となる。位相差が2nπのときは、位相差がゼロの場合と同様の波形が生じる。位相差がこれ以外の値であると、振幅は全く変化しない。これらの加算後の波形を全波整流回路(22)にて全波整流する。次いで、これをコンパレータ回路(23)で2倍となった部分のみを抽出すると、乗算の場合(実施例1)とほぼ同じ波形が得られる。
【0015】実施例3
実施例1、実施例2において、帯域フィルター(7),(8)の出力波形を微分しないでコンパレーター回路(11),(12)に入力させることもできる。すなわち、図3において、帯域フィルター(7),(8)の出力を微分せずにコンパレータ回路(11),(12)に入力する。この場合、帯域フィルター(7),(8)の出力を微分回路(9)で微分したものを乗算回路(17)に入力させる。要するに、ここで乗算するいずれか一方の波形が帯域フィルター(7),(8)から出た段階で微分(あるいは積分)されていればよい。
【0016】実施例4
請求項3の方法では、図3に示すように、一定の間隔を置いて設置した2つのマイクロフォン(1),(2)により取り込んだ2チャンネルの信号波形をそれぞれ帯域フィルター(7),(8)で複数の周波数帯域に分割する。(マイクロフォンは、一つは右方向、もう一つは左方向に指向性を持つように設置する。)各帯域で信号波形を整流回路(24),(25)にて整流し、平滑回路(26),(27)などで平滑処理を行って信号波形の振幅を表す包絡波形を求める。そして、2チャンネルの包絡波形を、包絡線の振幅の比が1のとき出力が最大値をとり、1より大きくなるにつれ、また、1より小さくなるにつれ出力がゼロに近づいて行くような演算回路(30)に入力させる。ここでは、2つのチャンネルの包絡波形をR(t)およびL(t)で表すと、例えば、R(t)>L(t)のとき、{R(t)/L(t)}^(a),L(t)>R(t)のとき、{L(t)/R(t)}^(a),(ただしaは1より大きい自然数)なる演算を行う。この回路の出力は、音源が2つのマイクロフォンから等距離の位置にあるときに最大となる。従って、この回路の出力を各帯域の信号波形と乗算回路(31)で乗算することで、2つのマイクロフォンから等距離にある音源の信号波形を選択的に増幅することができる。音源がこれよりずれるにつれて信号波形は減衰して行く。減衰率は、マイクロフォンの指向特性および演算回路(30)のパラメーターの設定などで決まる。最後に、各周波数帯域の以上のような波形処理後の波形を加算回路(19)にて加算する。2つのマイクロフォンからの距離の差dがd≠0である点にある音源の信号を抽出する場合は、各チャンネルの信号波形、または包絡波形の増幅率を帯域ごとに増幅回路(28),(29)で調整して2つのチャンネルの波形の振幅を等しくし、以後の分析回路にとってその音源が見かけ上2つのマイクロフォンから等距離にあるようにしてから波形処理を行うことで可能になる。以上の様にして、一定方向にある音源からの信号を選択的に抽出することができる。
【0017】実施例5
請求項1または請求項2および請求項3の方法を併用すると、広い周波数帯域において正確な音源選択が可能となる。これを、実施例1および実施例4の回路の組み合わせで説明すると次のようになる。すなわち、一定の間隔を置いて設置した2つのマイクロフォン(1),(2)により取り込んだ2チャンネルの信号波形を、それぞれ帯域フィルター(7),(8)で複数の周波数帯域に分割した後、請求項1または請求項2、および請求項3の波形演算を平行して行い、実施例1における整流回路(16)の出力、帯域フィルター(7),(8)の出力、および実施例4の波形演算回路(30)の出力とを乗算回路(17)で乗算する。これにより、位相差ゼロと位相差2nπの場合との音源の弁別が可能となる。各帯域の乗算後の波形を加算することで広帯域の音源選択が可能となる。
【0018】ところで、以上の説明では、図1,2,3,4,5はアナログ回路を想定して記載しているが、マイクロフォンで取り込んだアナログ波形をアナログ・デジタル変換してデジタル信号とし、コンピュータ・ソフトウエア,デジタル・シグナル・プロッセッサーなどによる解析を行い同様の波形処理を行ってもよい。また、両者でのハイブリッド方式によって同様の処理を行ってもよい。
(甲第1号証の記載、以上)

c.対比
ひとまず、実施例4(図4)を甲第1号証に記載された発明(以下、甲第1号証発明ともいう)とし、請求項1発明と対比する。

(a)構成A(ステレオ収音、もしくはステレオ再生用に加工された2チャネル音響信号から中央付近に定位する音源信号を抑圧もしくは強調するステレオ音響信号処理方法において、)及び、構成F(ことを特徴とするステレオ音響信号処理方法)について

実施例4(図4)では、「一定の間隔を置いて設置した2つのマイクロフォン(1),(2)より取り込んだ2チャンネルの信号波形」(【0016】)を処理するのであって、「異なる2点間で観測する」「音源の位置(方向)により特定量の位相差および音圧差が生じている。」(【要約】)信号であるから、2つのマイクロフォン(1),(2)より取り込んだ段階の「2チャンネルの波形」は、処理の対象となる信号として、請求項1発明の「ステレオ収音、もしくはステレオ再生用に加工された2チャネル音響信号」の構成を有するといえる。
この処理を行うことにより、「この回路の出力は、音源が2つのマイクロフォンから等距離の位置にあるときに最大となる。従って、この回路の出力を各帯域の信号波形と乗算回路(31)で乗算することで、2つのマイクロフォンから等距離にある音源の信号波形を選択的に増幅することができる。」(【0016】)とあることから、中央付近に定位する音源信号を強調しているといえ、請求項1発明の「中央付近に定位する音源信号を抑圧もしくは強調するステレオ音響信号処理」をおこなう構成を有するといえる。
そうすると、請求項1発明と甲第1号証発明とは、「ステレオ収音、もしくはステレオ再生用に加工された2チャネル音響信号から中央付近に定位する音源信号を抑圧もしくは強調するステレオ音響信号処理方法」という点で、すなわち、構成A、構成Fにおいて一致する。このことは、実施例1、2、3、5においても同様である。

(b)構成B(ステレオ信号を各チャネルごとに複数の周波数帯域に分割し、)

実施例4(図4)では、マイクロフォン1、2より取り込んだ2チャンネルの波形信号は、それぞれ帯域フィルター7、8にて複数の周波数帯域に分割しており、「ステレオ信号を各チャネルごとに複数の周波数帯域に分割し」ているということができる。
甲第1号証発明と請求項1発明とは、「ステレオ信号を各チャネルごとに複数の周波数帯域に分割し、」という点で、すなわち、構成Bにおいて一致する。このことは、実施例1、2、3、5においても同様である。

(c、d)構成C(各周波数帯域ごとにチャネル間の類似度を計算し、)、構成D(類似度から中央付近に定位する音源信号を抑圧、もしくは強調するための減衰係数を計算し、その減衰係数を各周波数帯域信号に乗算し、)

(類似度)
実施例4(図4)では、波形演算回路30において、2チャンネルの包絡波形R(t)、L(t)について{R(t)/L(t)}^(a)、{L(t)/R(t)}^(a)なる演算を行う。この演算は、「R(t)/L(t)」、「L(t)/R(t)」のa乗である。ここで「R(t)/L(t)」、「L(t)/R(t)」は包絡波形R(t)、L(t)の振幅比を表している。振幅比は振幅に関して包絡波形R(t)、L(t)の類似の度合いを表しているといえ、請求項1発明の「各周波数帯域ごと」の「チャネル間の類似度」に相当する。このことは、実施例5においても同様である。

(減衰係数、乗算)
実施例4(図4)では、「この回路(波形演算回路30)の出力は、音源が2つのマイクロフォンから等距離の位置にあるときに最大となる。従って、この回路の出力を各帯域の信号波形と乗算回路(31)で乗算することで、2つのマイクロフォンから等距離にある音源の信号波形を選択的に増幅することができる。」(【0016】)ことから、波形演算回路30の出力({R(t)/L(t)}^(a)、{L(t)/R(t)}^(a))の「最大値」は特定の音源を「選択的に増幅する」ものであり、「ゼロに近づいていく」値は、特定の音源以外の音源を「選択的に増幅」しない(相対的に減衰させる)ものであるから、波形演算回路30の出力は、請求項1発明と同じく、「中央付近に定位する音源信号を抑圧、もしくは強調するための減衰係数」であるといえ、そして、「その減衰係数を各周波数帯域信号に乗算し、」といえる。このことは、実施例5においても同様である。

(計算)
甲第1号証【0018】に従えば、「マイクロフォンで取り込んだアナログ波形をアナログ・デジタル変換してデジタル信号とし、コンピュータ・ソフトウエア,デジタル・シグナル・プロッセッサーなどによる解析を行い同様の波形処理を行ってもよい」のであるから、波形演算回路30での「演算」はデジタル信号処理により「計算」するといえる。このことは、実施例5においても同様である。

(方法の構成)(類似度を計算し、類似度から減衰係数を計算し、)
請求項1発明は方法の発明であり、ステレオ音響信号処理方法として、「中央付近に定位する音源信号を抑圧、もしくは強調するための減衰係数」を得るために構成Cの計算(類似度を計算し)と構成Dの計算(類似度から減衰係数を計算し)の2つの計算工程を踏むものである。すなわち、構成Dの「類似度から」というのは、1つめの工程である構成Cの計算(類似度を計算し)により類似度が得られ、構成Cの計算で得られた類似度を用いて2つめの工程である構成Dの計算(類似度から減衰係数を計算し)により減衰係数の計算を行うことをいうのである。構成Dでは類似度を求めていない。
実施例4(図4)では、「2チャンネルの包絡波形を、・・演算回路(30)に入力させる。」(【0016】)ことにより、請求項1発明の減衰係数に相当する波形演算回路30の出力である「包絡線の振幅の比が1のとき出力が最大値をとり、1より大きくなるにつれ、また、1より小さくなるにつれ出力がゼロに近づいて行くような」(【0016】)出力({R(t)/L(t)}^(a)、{L(t)/R(t)}^(a))を得るところ、その出力({R(t)/L(t)}^(a)、{L(t)/R(t)}^(a))は類似度「R(t)/L(t)、L(t)/R(t)」に由来する減衰係数ということができるから、甲第1号証発明は「類似度」に由来する「減衰係数を計算」するといえ、請求項1発明の「減衰係数を計算」する構成を有している。しかし、「R(t)/L(t)」「L(t)/R(t)」を独立した工程として計算するとの記載はなく、甲第1号証発明の2チャンネルの包絡波形を入力して波形演算回路30の出力を得る演算工程は、方法として1つの工程といえる。そうすると、甲第1号証発明は、構成Cの計算(類似度を計算し)と構成Dの計算(類似度から減衰係数を計算し)の2つの計算工程を有するとはいえない。このことは、実施例5においても同様である。

(まとめ)
上記のようであり、甲第1号証の実施例4は、請求項1発明と同じく類似度に由来する減衰係数を計算するということができるから、請求項1発明と甲第1号証発明とは「各周波数帯域ごとにチャネル間の類似度に由来する中央付近に定位する音源信号を抑圧、もしくは強調するための減衰係数を計算し、その減衰係数を各周波数帯域信号に乗算し、」という点で一致し、請求項1発明が、「類似度を計算し、」「類似度から・・減衰係数を計算し、」という2つの工程を有することに対し、甲第1号証発明は「類似度を計算し、」「類似度から・・減衰係数を計算し、」という2つの工程を有しないことで相違する。このことは、実施例5においても同様である。

(請求人の主張)
請求人は「{R(t)/L(t)}^(a)又は{L(t)/R(t)}^(a)を求める過程において振幅比であるところのR(t)/L(t)又はL(t)/R(t)が演算されていることは明らかであり、類似度としての振幅比を演算により求める点が明確に開示されている。」と主張する。
甲第1号証には、「R(t)>L(t)のとき、{R(t)/L(t)}^(a),L(t)>R(t)のとき、{L(t)/R(t)}^(a),(ただしaは1より大きい自然数)なる演算を行う。」(【0016】)の記載はあるものの、「R(t)/L(t)」、「L(t)/R(t)」なる演算を行うとの直接の記載はない。上記したように、波形演算回路30で2チャンネルの包絡波形から出力({R(t)/L(t)}^(a)、{L(t)/R(t)}^(a))を得る演算は、方法として1つの工程で行われるものであり、式中のR(t)/L(t)又はL(t)/R(t)の部分が方法の工程として1つの独立した計算工程をなしているということはできない。

(実施例1、2、3、5)
構成C、構成Dについて、実施例1、2、3、5を見ておく。
・乗算パルス波形
実施例1(図1)の乗算回路15、実施例2(図2)の加算回路21、実施例3(図3)の乗算回路15、実施例5(図5)の乗算回路15には、一対の微分回路13、14により得られる2つのパルス波形が供給される。
「ここまでの段階で、位相差のある波形に由来したパルスを除去できたことになるが、さきに信号波形を振幅、幅が一定のパルスに変形したことで、信号波形の振幅に関する情報が失われている。そこで、この情報を回復するために、この波形と帯域フィルター(7)または(8)の出力(信号波形)とを乗算回路(17)で乗算する。」(【0012】)とあることから、微分回路13、14により得られる2つのパルス波形は、それぞれのチャンネルの信号の波形を、振幅情報を除去したパルス波形で表した信号波形そのものということができる。
そして、この2つのパルス波形を乗算、整流(実施例1、3、5)、もしくは、加算、整流、コンパレート(実施例2)することにより得られるパルス波形(以下、「乗算パルス波形」ともいう)は、両チャネルの信号の位相が特定の時(2nπ)の時だけ、振幅情報を除去したパルス波形で表した信号波形そのものがそのまま出力されるといえる。そして、信号波形と乗算回路(17)で乗算される。

・類似度、減衰係数、乗算
乗算パルス波形は、乗算回路(17)で信号波形と乗算される。「帯域フィルター(7),(8)を通過した直後の波形から、2チャンネル間で位相が一致しない波形が除去された状態の波形を得る。」(【0012】)であり、位相が一致しない波形の除去は減衰ともいえ、乗算パルス波形が無い時に除去(減衰)されるから、乗算パルス波形の有無は、係数として1,0を表す減衰係数ということができる。
乗算パルス波形は、両チャンネルの位相が特定の関係(2nπ)にあるときにだけ出力されるから、乗算パルス波形の有無は、両チャンネルの位相が特定の関係(2nπ)にあるか無いかを表しており、類似(非類似)を表しているということができ、類似(非類似)を表しているという点で請求項1発明の「類似度」に対応する構成といえる。もっとも、両チャネルの信号の位相に差があった場合は、位相差の程度にかかわらず一律に乗算パルス波形は現れず、その位相の差を表すことができないから、乗算パルス波形(の有無)を「位相差」ということはできない。このように、実施例1、2、3、5の乗算パルス波形を用いた構成は、「位相差」という点では請求項1発明の「類似度」に相当する構成を有していない。

・計算
乗算パルス波形の有無を得るのは「乗算」「加算」という「演算」によるのだから、実施例4と同様に、「計算」をするものといえる。

・方法の構成(類似度を計算し、類似度から減衰係数を計算し、)
上記のように、乗算パルス波形の有無は減衰係数ということができるから、実施例1、2、3、5の乗算パルス波形の有無の計算は、請求項1発明の「減衰係数を計算し」に相当する。同時に、請求項1発明の「類似度」に対応する構成を計算するものということもでき、請求項1発明の「類似度を計算し」に対応する構成ともいえる。
しかしながら、乗算パルス波形を減衰係数とみても類似度とみても、乗算パルス波形の有無を計算することとしては同じ処理をいうことになり、方法として1つの工程であり、構成Cの計算(類似度を計算し)と構成Dの計算(類似度から減衰係数を計算し)の2つの計算工程を有するとはいえず、類似度から減衰係数を計算するとはいえない。

・まとめ
上記のようであるから、実施例4と同様に、実施例1、2、3、5の乗算パルス波形を用いた構成は請求項1発明の「類似度を計算し、」「類似度から・・減衰係数を計算し、」という2つの工程を有しない。

・請求人の主張
請求人は「微分回路(13),(14)のそれぞれにより得られる微分波形のゼロ交叉する点は、時間軸上では、同じ帯域の信号についての2チャンネル間の位相差に応じたタイミング差を有していることが当然導かれる。従って、2つの微分回路(13),(14)の波形演算により2つの微分波形を得るということは、これを以て、2チャンネル間の「位相差」自体を求めているということに他ならない。」というが、位相差を有する2つの信号波形は、上記のように、振幅情報を除去したパルス波形で表した信号波形そのものということができるものであり、その位相差を求める対象とはなっても、その存在自体を「「位相差」自体を求めている」ということはできない。

(e)構成E(減衰係数を乗じた後の各チャネルごとの各周波数帯域信号を再合成して出力する)

(請求項1発明)
請求項1発明の構成E「減衰係数を乗じた後の各チャネルごとの各周波数帯域信号を再合成して出力する」は、各チャネル「ごと」に「再合成」がなされるものと読むことができ、実施例においては、左チャネル音源信号合成部106、右チャネル音源信号合成部111(図1)に具体化されているものであって、各チャネルそれぞれにおいて(具体的には、左チャネルにおいても、右チャネルにおいても、)再合成がなされるものである。つまり、再合成した段階においてステレオの信号が得られるものである。

(甲第1号証)
実施例4(図4)において、加算回路19で加算される信号波形は、いずれも、マイクロフォン1により取り込んだ信号波形(詳細には、マイクロフォン1により取り込まれ、乗算回路17で乗算された信号波形)だけである。マイクロフォン2により取り込んだ信号波形は、加算回路19で加算されない。このことは、実施例1、2、3、5のいずれでも同様である。
甲第1号証は具体的には補聴器に関する説明をしており、補聴器は「片方の耳に挿入したイヤホンで聴くことが多い」(【0002】)とされ、「片方の耳」「で聴くこと」からみて、出力は1つだけであって、2つの出力が要求されないことからも、一方のマイクロフォンにより取り込んだ信号波形についてのみ加算回路で加算し出力するだけで十分であることが理解される。
要約の記載「各帯域の出力を加算することで任意の位置(方向)の音源の音のみを選択的に抽出することができる。」によっても、両方のマイクロフォンにより取り込んだ信号波形の双方について加算が行われるとは読むことができない。

(まとめ)
したがって、請求項1発明と甲第1号証発明とは、「減衰係数を乗じた後の各周波数帯域信号を再合成して出力する」点で一致し、請求項1発明がその再合成を「各チャネルごと」に行っているものであるところ、甲第1号証発明では、一方のチャネルでしか再合成を行っていない点で相違する。

(請求人の主張)
請求人は、本件特許明細書にはモノラル出力の例(図6)もあるのだから、構成Eは「各チャンネルごとの各周波数帯域信号をチャンネルを問わずに再合成するモノラル出力の構成」も含む、と解釈すべきであると主張する。
「再合成」とは「再」び「合成」するとの意味であるところ、請求項1発明についていえば、「再合成」は「(各チャネルごとに複数の周波数帯に)分割し」に対応するものであるから、分割した複数の周波数帯域を「再」び「合成」するとの意味に理解するのが妥当である。そうすると、構成Eは、分割した複数の周波数帯域についてする「再合成」をチャネルごとに行うとの意味に理解するのが妥当であり、請求人主張のように「チャンネルを問わずに再合成する」と読むことはできない。
本件特許明細書の図6の例は、各周波数帯域信号ごとに、まず左右のチャネルの加算(加算器117)を行い、その後に、各加算出力を合成(音源信号合成部112)するもので、加算および合成のいずれにおいても対象とする信号が構成Eと異なっており、構成Eに含まれるものではない。

d.一致点相違点
上記対比によれば、請求項1発明と甲第1号証発明との一致点、相違点は次のとおりである。

[一致点]
A:ステレオ収音された2チャネル音響信号から中央付近に定位する音源信号を強調するステレオ音響信号処理方法において、
B:ステレオ信号を各チャネルごとに複数の周波数帯域に分割し、
C、D:各周波数帯域ごとにチャネル間の類似度に由来する中央付近に定位する音源信号を抑圧、もしくは強調するための減衰係数を計算し、その減衰係数を各周波数帯域信号に乗算し、
E:減衰係数を乗じた後の各周波数帯域信号を再合成して出力する
F:ことを特徴とするステレオ音響信号処理方法。

[相違点1]
請求項1発明が、「類似度を計算し、」「類似度から・・減衰係数を計算し、」という2つの工程を有することに対し、甲第1号証発明は「類似度を計算し、」「類似度から・・減衰係数を計算し、」という2つの工程を有しない点。

[相違点2]
請求項1発明Aが「各チャネルごと」に再合成するのに対して、甲第1号証発明では、「一方のチャネル」でしか再合成をしない点。

e.相違点の判断
(a)相違点1について
甲第1号証の実施例4においては、上記のとおり、1つの工程として「包絡線の振幅の比が1のとき出力が最大値をとり、1より大きくなるにつれ、また、1より小さくなるにつれ出力がゼロに近づいて行くような」出力を得る演算、例として「R(t)>L(t)のとき、{R(t)/L(t)}^(a),L(t)>R(t)のとき、{L(t)/R(t)}^(a),(ただしaは1より大きい自然数)なる演算」をしており、これを「類似度を計算し、」「類似度から・・減衰係数を計算し、」という2つの工程とする動機付けとなるに足る技術課題等の記載はない。
実施例1、2、3、5についてみても、上記したように類似度を計算する工程と減衰係数を計算する工程は同一のものであり、類似度から減衰係数を計算するとはいえず、これを「類似度を計算し、」「減衰係数を計算し、」という2つの工程とし、更に、「類似度から減衰係数を計算し」とする動機付けとなるに足る技術課題等の記載はない。
そして、請求項1発明は、「類似度を計算し、」「類似度から・・減衰係数を計算し、」という2つの工程とすることにより、類似度という物理的状態を計算する計算段階と減衰係数というその帯域における出力の対応を計算する計算段階とを分離し、その帯域における物理的状態から自由に出力の対応を調整可能とする信号設計の自由度を得るという効果を奏する。
そうしてみると、甲第1号証の記載から「類似度を計算し、」「類似度から・・減衰係数を計算し、」という2つの工程とすることを導くことはできず、相違点1に係る請求項1発明の構成を当業者が容易に想到できたとはいえない。

また、以下に見るとおり、甲第2号証、甲第3号証、甲第4号証のいずれにも、請求項1発明の「類似度を計算し、」「類似度から・・減衰係数を計算し、」という2つの工程とすることが開示されているとはいえず、甲第2?4号証の記載事項によっても、相違点1に係る請求項1発明の構成を当業者が容易に想到できたとはいえない。
以下、甲第2?4号証の開示について見ておく。

甲第2号証(特開平4-296200号公報)には、図面と共に次の記載がある。

(甲第2号証の記載)
(なお、(○1)などの表記は、○の中に数字1などがある記号を示す。情報処理装置の文字処理能力の事情により以下このように表記する。)
【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】この発明は、ステレオ音響信号を左右のスピーカで再生するに際して、音響源に含まれる各演奏楽器の再生音に対し、各々の音像定位方向に応じた音響特性を付加することができるようにした音響装置に関する。

【0003】
【発明が解決しようとする課題】ところが、多くの種類の楽器で演奏される曲の場合、実際の演奏会場では、各楽器の演奏音(直接音)に対する反射音や残響音の生じ方は、当該楽器の演奏会場での配設位置によって異なる。
このようにして演奏された曲を音楽ソースとして音響装置で再生する場合、各楽器の演奏会場における配設位置に応じて音響特性を付加することができれば、実際の演奏会場での生演奏により近い音場を再現することができる。
【0004】ところで、2チャンネルのステレオ音響信号を左右のスピーカで再生した場合、音響源に含まれた各演奏楽器の音像が、実際の演奏会場での各楽器の配設位置に対応して、上記左右のスピーカ間の所定位置にそれぞれ定位し、受聴者の耳には、あたかも各楽器がその位置でそれぞれ演奏されているように聞こえることが知られている。従って、各演奏楽器毎にその音像定位方向に応じて、あるいは、各定位方向について、当該方向に位置する各楽器に対して、それぞれ所定の音響特性を付加することにより、実際の演奏会場での生演奏により近い音場を再現することができる。
【0005】上記各演奏楽器の音像定位方向は、ステレオ音響信号の左右成分について、当該楽器の音の各周波数成分毎に、信号レベル及び位相を比較した場合、同じ音については位相が一致し、かつ信号レベルの違い(比率)が一定の範囲内にあることから演算することができる。
【0006】そこで、この発明は、音響源に含まれた各楽器の音像定位方向を演算することにより、各楽器毎にその音像定位方向に応じて、あるいは、定位方向の各所定範囲毎に、当該範囲内に位置する楽器に対してその定位方向に応じた所定の音響特性を付加することができる音響装置を提供することを目的としてなされたものである。

【0015】
【実施例】以下、この発明の実施例を、添付図面を参照しながら詳細に説明する。図1は、本実施例に係る音響装置の要部を概略的に示す回路構成図であるが、この図に示すように、上記音響装置には、音響源1から出力されたステレオ音響信号の左右のチャンネルの信号成分SL,SRを、各周波数成分毎にそれぞれ取り出す左右のフィルタ回路3,3と、該フィルタ回路3,3を通過した各周波数成分毎に、左右の信号レベルを比較するレベル比較器4と、上記各周波数成分毎に左右の信号の位相を比較する位相比較器5と、後で詳しく説明するように、該位相比較器5及び上記レベル比較器4からの出力に基づいて、音響源1に含まれた各演奏楽器の音像の定位方向を演算する第1,第2及び第3の演算回路6,7及び8と、該演算回路6,7及び8での演算結果に基づいて、上記各演奏楽器毎にその音像定位方向を表示する表示部11を備えた操作パネル10と、出力スイッチ17,17を開閉する論理回路9とを備えた抽出器2が設けられている。
【0016】上記フィルタ回路3,3はそれぞれ多数の帯域通過フィルタで構成されており、このフィルタ群3を通過させることにより、音響信号の左右のチャンネルの各信号成分SL,SRについて、所定周波数幅の各周波数成分が取り出される。上記左右の信号成分SL,SRをフィルタ回路3,3で濾波して得られた各周波数成分は、上記信号レベル比較器4及び位相比較器5にそれぞれ入力され、左右各成分SL,SRについて、各周波数成分毎にその信号レベル及び位相が比較される。
【0017】同じ音についての左右の信号成分SL,SRのレベルは、例えば図2に示すように、それぞれ反対側のスピーカの位置と当該信号が出力されるスピーカ位置とを基準にとれば、両スピーカ間で最低値から最高値まで直線的に変化し、中央では等しくなる。つまり、右信号成分SRを例にとって説明すれば、図2において実線直線で示されるように、信号レベルSR(音圧レベル)は、反対側(左側)のスピーカ位置Lで最低となり、右側のスピーカ位置Rで最高となるようにリニヤに変化する。
【0018】そして、定数Kn(0≦Kn≦1)を用いて、左信号成分の信号レベルSLは「数1」で、また右信号成分の信号レベルSRは「数2」で表される。
【数1】
n=m
SL= Σ Kn・Sn(t)
n=0
【数2】
n=m
SR= Σ (1-Kn)・Sn(t)
n=0
【0019】上記音響源1に含まれた各演奏楽器の音像定位方向は、ステレオ音響信号の左右成分について、当該楽器の音の各周波数成分毎に、信号レベル及び位相をそれぞれ比較した場合、同じ音の直接音については位相が一致し、かつ信号レベルの比(比較出力値)が一定の範囲内にあることから演算できる。すなわち、例えば、左右スピーカの中央に定位(Θ=0)する信号は、左信号成分(「数1」参照)に含まれるある信号成分と、右信号成分に含まれるある信号成分(「数2」参照)とが、周波数成分及び位相が同じでかつ信号レベルも等しく、この場合の信号レベルは、0.5S0(t)となる。
【0020】上記左右の信号成分について、各周波数成分毎に信号レベル及び位相を比較した結果、位相が同じで、かつ信号レベルの比較出力が一定の範囲にあるものについては、論理回路9が作動して出力スイッチ17,17がONされ、その成分が遅延回路18,18側に出力されるようになっている。尚、図3に示すように、受聴者Mを中心にした各スピーカ19L,19Rの左右への開き角をβとすると、左信号成分SLに対する右信号成分SRの信号レベルの比較出力値Anは次式(○3)で表される。
An=(1-Kn)/Kn=(β+Θn)/(β-Θn) … (○3)
【0021】上記比較出力Anの範囲の限定は、操作パネル10に設けられた入力スイッチ12で、抽出すべき演奏楽器の音像について、ある任意の方向Θhとその幅±Δhとを設定することによって行なわれる。上記入力スイッチ12で上記ΘhとΔhとが入力されると、比較出力範囲設定回路15でこれらの値が上記式(○3)に代入され、比較出力Ahの範囲Ah(-Δh)?Ah(+Δh)が限定される(図5参照)。
【0022】このようにして、比較出力Ahの範囲を限定するとともに、第1演算回路6で、周波数成分に所定の関数F(ε)を掛け合わせて抽出が行なわれる。尚、この関数F(ε)は、例えば図4に示すように、上記比較出力が中央値Ahのとき、つまりΘ=Θhのときにε=1となり、比較出力が限定範囲の上限値または下限値(Ah±Δh)のとき、つまりΘ=Θh±Δhのときにはε=0となる関数として設定されている。
【0023】次に、第2演算回路7で、ある時間長さについて比較出力値を累積(積分演算)した後、第3演算回路8で、各信号レベルの山(図6参照)が式(○3)によって方向Θに変換され、各演奏楽器の音像定位方向が表示部11に表示されるようになっている。
【0024】そして、操作パネル10に設けられた遅延時間設定スイッチ13を適宜調整して、各演奏楽器毎に、その音像定位方向に応じた遅延特性を付加することにより、受聴する音楽の種類・ジャンル(例えばクラシック、ジャズあるいはロックなど)に応じて、それぞれに適した演奏会場(例えばコンサートホール、ライブハウスあるいはスタジアムなど)での反射音や残響音を再現することができる。
【0025】以上、説明したように、本実施例によれば、音響源1に含まれた各演奏楽器の音像定位方向を演算することができるとともに、各演奏楽器毎に、その音像定位方向に応じて、音楽の種類・ジャンル等に応じた演奏会場に最適の音響特性を付加することができ、実際の演奏会場での生演奏により近い音場を再現することができるのである。
【0026】尚、上記抽出器2を用いて、ある方向Θhに定位した楽器音を別の方向Θjに移動させることができる。すなわち、操作パネル10の入力スイッチ12で上記方向Θhと方向Θj(例えばΘj>Θh)とを指定し、方向Θhに定位する音として抽出された信号に、L(左)チャンネルの場合には(1-Θj/β)/(1-Θh/β)を、R(右)チャンネルの場合には(1-Θj/β)/(1+Θh/β)をそれぞれ掛け合わせた上で、ミックスして出力すればよい。
【0027】上記実施例(以下、第1実施例という)は、音響特性として遅延回路18,18による残響特性を付加したものであったが、この代わりに周波数特性を付加することもできる。以下、本発明の第2実施例について説明する。尚、以下の説明において、上記第1実施例と同じ物には同一の符号を付し、それ以上の説明は省略する。図7に示すように、本実施例では、第1実施例における遅延回路18,18の代わりに、イコライザ28,28が配設されており、このイコライザ28,28と抽出器25の操作パネル20とを除いて、他の部分は第1実施例と同様に構成されている。
【0028】上記抽出器25の操作パネル20には、各演奏楽器の音像定位位置を示す表示部21の他、該音像定位位置を演算する際の入力スイッチ22、及び上記イコライザ28,28の周波数特性を設定する周波数特性設定スイッチ23が設けられており、該スイッチ23を調整することにより、各演奏楽器毎に、その音像定位方向、受聴する音楽の種類・ジャンル等、音楽ソースの録音状況、更には部屋の音響特性などに応じた最適の周波数特性を付加することができるようになっている。
【0029】次に、本発明の第3実施例について説明する。図8に示すように、本実施例に係る抽出器31では、各周波数毎の信号レベルの比較を行うレベル比較回路と位相の比較を行う位相比較回路とが一対にして設けられ、この一対にされた比較回路を多数並べて比較器32が構成されており、位相が同じものについてはスイッチ33をONして演算器34側に出力するようになっている。
【0030】また、本実施例では、上記抽出器31の出力側に、指定モードに応じて原音に反射音や残響音を付加して再生することにより、音楽の種類・ジャンル等に応じてそれぞれに適した演奏会場での臨場感をかもし出す音場効果を得ることができるようにした音場創造装置30(所謂デジタルサウンドプロセッサ)が配設されている。例えばホール演奏などにおいては、中央の楽器と左右に離れた楽器とでは、反射音や残響音が異なるが、この音場創造装置30によれば、音場創造モード毎に、演奏会場での場所に対する反射特性の違いに応じて、例えば、左右の開き角を所定の角度幅毎に区分けすることにより、定位方向の全範囲を所定範囲毎に区分けし、各々の範囲(角度範囲)に対してそれぞれ最適の反射音・残響音を付加することができる。
【0031】上記音場創造装置30の音場モードスイッチ35でモード指定を行うことにより、該モードに応じて定位方向の範囲(角度範囲)が適当に分割されるとともに、第1実施例と同様にして演算器34で演算が行なわれ、各角度範囲毎に、その範囲内に音像が定位する楽器が抽出されて出力スイッチ37,37がONされる。
そして、上記音場創造装置30で、各範囲毎に最適の反射音や残響音が付加された後、各アンプ38FL,38FR,38RL,38RRで増幅され、左右のフロントスピーカ39FL,39FR及びリヤスピーカ39RL,39RRから発音されるようになっている。
【0032】次に、本発明の第4実施例について説明する。図9に示すように、本実施例に係る抽出器41では、比較器としては位相比較器45のみが設けられ、レベル比較器は設けられていない。左右の信号成分を比較して位相差がある場合には、少なくともいずれか一方が、複数の楽器の信号成分が合成されたものか、あるいは反射音の信号成分である。従って、位相が一致する周波数成分のみを、出力スイッチ47,47を介して、例えば音場創造装置40側に出力することにより、直接音のみを取り出した上で、所定の音響特性を付加してて再生することができる。
(甲第2号証の記載、以上)

甲第2号証の第1実施例(図1)、第2実施例(図7)、第3実施例(図8)のレベル比較、位相比較に基づくスイッチ操作は音響特性を与える周波数成分を選択するものであって、スイッチ操作は周波数成分を抑圧、強調するものではないから、減衰係数とはいえず、また、与えられる音響特性も、減衰係数とはいえず、類似度から計算されたものでもない(操作パネル10、20で、レベル比較、位相比較に基づいてなされるのは、音像定位方向の表示であり、出力される遅延特性、周波数特性は設定スイッチ13、23により設定される。音場創造装置30にはレベル比較、位相比較は反映されない。)。
第4実施例(図9)でも、与えられる音響特性は減衰係数とはいえず、類似度から計算されたものでもない(音場創造装置40には位相比較は反映されない)ことは他の実施例と同じであるが、音場創造装置40で音響特性を与える際、出力スイッチ47で位相が一致する周波数のみを出力しており、出力スイッチ47でのオンオフが請求項1発明の減衰係数と対応するものといえる。しかしながら、位相比較器45の出力が出力スイッチ47に直接与えられており、「類似度を計算し、」「類似度から・・減衰係数を計算し、」という2つの工程を有するとはいえない。
そうすると、甲第2号証には、請求項1発明の「類似度を計算し、」「類似度から・・減衰係数を計算し、」という2つの工程が開示されているとはいえない。

甲第3号証(特開平6-205500号公報)には、図面と共に次の記載がある。

(甲第3号証の記載)
【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、左及び右チャンネル信号を有する立体音響信号から中央チャンネル信号を導出するための中央チャンネル信号導出装置に関するものである。立体音響の再生における中央チャンネル信号の利用は、左右のラウドスピーカーに対して聴取者が取る位置によって実際に感じる音源の位置に及ぼす影響が小さいという効果がある。これは、立体音響オーディオ情報の再生が映像の再生と組合されている場合、例えば立体音響再生付きのテレビジョンのような場合に特に重要である。なんとなれば、オーディオビジュアルプログラムを再生する際に、音源があるように感じる位置が映像スクリーンの位置から遠くない位置であることが大切であるからである。

【0003】
【発明が解決しようとする課題】この装置の欠点は、中央チャンネル信号に左右チャンネル信号が両者等しい強度で現れることである。これは、左右チャンネル信号の逆位相の信号成分が、このようにして得られた中央チャンネル信号の中では消えてしまうことを意味する。これは特に逆位相成分が立体音響信号における最も強力な音源から来る場合に不利益となる。左右チャンネル信号を等しいウェイト係数で加算する場合は、逆位相成分が消失し、聴取者にとって中央チャンネル信号が単調な音に聞こえる。本発明の目的は、中央チャンネル信号において前記の欠点を除いた装置を提供することにある。
【0004】
【課題を解決するための手段】本発明によれば、前記の装置において、特定の瞬間に左及び右チャンネル信号の信号値の組合せが表示される状態エリアにおいて最も強力な音源から生じる信号値によって決まる方向を表示する方向ベクトルの方向についての尺度を導出するための導出手段、左及び右チャンネル信号のウェイト係数によってウェイト付けされた和を定めるための決定手段、及び導出手段に応答してウェイト係数をセットするための設定手段を具備し、決定されたウェイト付け和が中央チャンネル信号を形成するようにして、目的が達成される。
【0005】本発明による装置においては、左右チャンネル信号が中央チャンネル信号に寄与する程度は、最も強力な音源の方向によって決まる。検出される方向は、左右チャンネル信号の間の相互の位相差によって決まる。ウェイト係数を正しく選択すると、更に導出された中央チャンネル信号の優勢な成分については、逆位相であっても消失する量が小さい。

【0011】図1は右チャンネル信号Rと左信号チャンネルLとを含んだ離散時間立体音響信号の一例を示している。右チャンネル信号Rは、等距離瞬時t1, …, tkにおける右チャンネル信号の信号値を表す標本R(1), …, R(k)の系列を具えている。左値信号Lは等距離瞬時t1, …, tkにおける左チャンネル信号の信号値を表す標本L(1), …,L(k)の系列を具えている。図2はその中の点が瞬時tnにおける左チャンネル信号と右チャンネル信号との信号値の組合せ(R(n), L(n))の位置を指示している状態エリアを示している。この図表は原点23で交差する20と21とにより表される二つの軸線を示している。各点の垂直位置が右チャンネル信号Rの信号値を表しているのに対して、各点の水平位置が同じ瞬時における左チャンネル信号Lの信号値を表している。参照符号24は方向ベクトルWhを表している。この方向ベクトルが原点23と前記組合せ(R(n), L(n))の位置の各々とにより形成されるベクトルの平均方向を示している。この方向ベクトルWhは、立体音響信号において最も強力な音源の方向を表しているベクトルであると考えてもよい。本発明の下にある創作的着想は、方向ベクトルの方向が、右チャンネル信号と左チャンネル信号とが中央チャンネル信号に寄与する尺度を決定するために用いられてもよいことである。ウェイト係数の適切な選択は、中央チャンネル信号Cへの左チャンネル信号Lの組合せを表している第1ウェイト係数w1がsin(θ) に等しく、ここでθは軸線21と方向ベクトルWhとの間の角である選択であり、また中央チャンネル信号Cへの右チャンネル信号Rの組合せを表している第2ウェイト係数w2がcos(θ) に等しい選択である。

【0016】図3はこのことが実現される装置10に対する一実施例を示している。図示の装置は立体音響信号の左チャンネル信号Lと右チャンネル信号Rとをそれぞれ受信するための、二つの入力端子30と31とを有している。方向検出回路32がその回路の入力端子により左チャンネル信号Lと右チャンネル信号Rとを受信するために入力端子30と31とへ結合されている。ベクトルWhの方向を指示できる信号Vwh がそこから二つのウェイト係数w1とw2とを表現する二つの信号Vw1 とVw2 とを得る回路33へ印加される。信号Vw1 が乗算器34の第1入力端子へ印加されるのに対して、信号Vw2 が乗算器35の第1入力端子へ印加される。乗算器34の第2入力端子は、左チャンネル信号Lを受信するために入力端子30へ結合されている。乗算器34の出力端子はウェイト係数w1を表現する信号Vw1 により乗算された左チャンネル信号Lに等しい信号を提供する。乗算器35の第2入力端子は右チャンネル信号Rを受信するために入力端子31へ結合されている。乗算器35の出力端子はウェイト係数w2を表現する信号Vw2 により乗算された右チャンネル信号Rに等しい信号を提供する。乗算器34と35との出力信号は加算器回路36により中央チャンネル信号Cへ組み合わされ、その信号は乗算器34と35との出力信号の合計のβ倍に等しい。全信号内容が中央チャンネル信号の付加により評価し得ないように影響されることを与えるために、乗算器34と35との出力端子上の信号が減算器37と38とにより、それぞれ左チャンネル信号Lと右チャンネル信号Rとから減算される。減算器37の出力端子は中央チャンネル信号Cを発生するために用いられた、元の左チャンネル信号の一部(α)により低減される元の左チャンネル信号Lを具えている適合された左チャンネル信号L′を提供する。
【0017】減算器38の出力端子は中央チャンネル信号Cを発生するために用いられた、元の右チャンネル信号Rの一部(α)により低減される元の右チャンネル信号Rを具えている適合された右チャンネル信号R′を提供する。

【0026】回路33は慣習的にウェイト係数w1とw2とを表現している信号Vw1 とVw2 とをそこから導出する。先にすでに説明したように、sin(θ) とcos(θ) とがこれらのウェイト係数に対して適当な値である。これらの余弦関数と正弦関数との値は信号Wh1 とWh2 とから慣習的に決定されてもよい。

【0031】立体音響イメージにおける仮想音源は一般に場所と周波数との双方において異なっている。それ故に、異なる周波数帶域に対して修正された信号成分を分離することは有利である。この方法においては異なる音源に対して相関する成分が独立して分離されることが達成される。これが実現される装置に対する一実施例が図9に示されている。図示の装置は左チャンネル信号を複数のサブ信号La, …,Lnに分離し、その周波数スペクトルが異なる周波数帶域内に置かれる慣習的な種類の第1フィルタバンク 100を具えている。類似の方法で右チャンネル信号Rがフィルタバンク 101の助けによりサブ信号Ra, …, Rnに分離される。中央サブ信号及び適合された左及び右サブ信号は、図3に示された装置10に類似している装置 10a, …, 10n によって周波数帶域毎に引き出される。組合せ回路 102が適合された左チャンネル信号L′と、適合された右チャンネル信号R′、及び中央チャンネル信号をサブ信号から形成する。
(甲第3号証の記載、以上)

甲第3号証は、中央チャンネル信号を導出するものであり、Vw1=sin(θ)、Vw2=cos(θ)(θは瞬時における方向ベクトルWhの角度)を左右の信号L、Rに乗算して中央チャンネル信号を得る(図3)。Vw1、Vw2は係数であるが、中央チャンネル信号を導出する左右チャンネルの配分を決めるものであり、特定の位置(中央等)に定位する音源の信号を抑圧、強調するものではないから、Vw1、Vw2は請求項1発明の(中央付近に定位する音源信号を抑圧、もしくは強調するための)減衰係数とはいえない。回路33は、左右チャンネルの信号レベルに相当する方向ベクトルWhの成分Wh1、Wh2を入力され、Vw1(sin(θ))、Vw2(cos(θ))を出力(図7、図8)しており、「類似度を計算し、」「類似度から・・(減衰)係数を計算し、」という2つの工程を有するものではない。
そうすると、甲第3号証には、請求項1発明の「類似度を計算し、」「類似度から・・減衰係数を計算し、」という2つの工程が開示されているとはいえない。

甲第4号証(特開平7-319488号公報)は、後述するように、
「類似度から中央付近に定位する音源信号を抑圧もしくは強調するための減衰係数を計算し」ていないから、甲第4号証には、請求項1発明の「類似度を計算し、」「類似度から・・減衰係数を計算し、」という2つの工程が開示されているとはいえない。

(b)相違点2について
上記したように甲第1号証は「片方の耳に挿入したイヤホンで聴くことが多い」補聴器を念頭に発明を説明していることから、一方のチャネルでしか再合成を行っていない。また、甲第1号証には「従来用いられてきた補聴器は、音を増幅する機能については様々な工夫がなされ性能は向上してきたが、われわれの聴覚のように音源を任意に選択して聴くという「音源選択の機能」については技術開発があまりなされていなかった。補聴器に音源選択能がないために「補聴器を装着すると近くの物音ばかりガンガンと大きく聴こえて、肝心の遠くの音はさっぱり聴こえない。」とか「補聴器は、聴きたい音は聴こえないで雑音ばかり大きく聴こえる。」という多くの補聴器使用者の共通の苦情が解消されないまま長年にわたり続いていた。」(【0002】)ともある。「われわれの聴覚」が「音源を任意に選択して聴く」ことができるのは、「われわれの聴覚」が音源を定位できる機能、すなわち、ステレオ機能を有しているからであり、補聴器が「音源を任意に選択して聴く」ことができないのは、「われわれの聴覚」が有するステレオ機能を有していない(モノラルである)からであり、このような認識の下で甲第1号証は記載されている。甲第1号証においては、モノラルにおいて、「音源を任意に選択して聴く」ことができない上記モノラルの欠点を解決するために中央(特定の方向)の音を強調するのであり、甲第1号証はステレオ出力を想定していない。
甲第1号証の「2チャンネルの波形」は「任意の方向からの音波を選択的に抽出する」ことを目的とし、音波の方向(音源の位置)を定めるには最低限2点で音波を取り込むことを必要とする幾何学的な要請から「2チャンネル」とされたものであり、音楽再生などステレオ再生を目的とした「2チャンネル」とは取り込む目的が異なるものである。したがって、「2つのマイクロフォン(1),(2)によって取り込んだ2チャンネルの波形」について、これらをステレオ再生を目的として「各チャネルごと」の出力を得る処理をするという考えは、甲第1号証には無い。
よって、甲第1号証発明において、再合成を「各チャネルごと」に行おうとする動機付けは甲第1号証にはない。
したがって、請求項1発明の構成E「減衰係数を乗じた後の各チャネルごとの各周波数帯域信号を再合成して出力する」を当業者が容易に想到できたとすることはできない。

(請求人の主張)
請求人は、「減衰係数を乗じた後の各チャンネルごとの各周波数帯域信号を、各チャンネルごとに再合成してステレオ出力とするか、或いはチャンネルを問わずに再合成してモノラル出力とするかは、当業者が適宜選択可能な設計事項であり」進歩性がない旨主張する。
しかし、甲第1号証において再合成を「各チャンネルごと」に行うこととすると、甲第1号証で期待されない(想定されない)複数の出力が得られることになり、甲第1号証の技術を別のものとすることになるから、甲第1号証の技術の中で「設計事項である」とは直ちにいうことはできない。また、請求人は、「設計事項である」ことにつき具体的な主張を何らしていない。主張は失当である。

f.まとめ
以上のようであるから、請求人の主張する無効理由Aの理由1によっては、本件特許の請求項1に係る発明を無効とすることはできない。

(イ)請求項6、11について
請求項6及び11に係る発明は、それぞれ「ステレオ音響信号処理装置」および「ステレオ音響信号処理方法を実行させるプログラムを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体」の発明ではあるところ、その技術内容は、「ステレオ音響信号処理方法」の発明である請求項1に係る発明と同様であり、請求項1に係る発明と同様に判断されるから、請求人の主張する無効理由Aの理由1によっては、これを無効とすることはできない。

イ.無効理由A:理由2について
請求人は、請求項1、6、11について、理由2として、甲第4号証の記載から容易であると主張する。
(ア)請求項1について
a.請求項1発明
上記「5.(1)ア.(ア)a.請求項1発明」のとおりである。

b.甲第4号証(特開平7-319488号公報)
甲第4号証は、名称を「ステレオ信号処理回路」とする発明が記載された特許公開公報であり、特許請求の範囲に記載された発明を実施例を用い説明している。甲第4号証には図面と共に以下の記載がある。

(甲第4号証の記載)
【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、所謂カラオケ装置等のオーディオ機器において、歌唱と演奏が混在する左右の入力ステレオ信号から歌唱成分(ボーカル信号)をキャンセルして、演奏成分のみからなる左右の出力ステレオ信号を作成するステレオ信号処理回路に関するものである。
【0002】
【従来の技術】従来、歌唱と演奏が混在する左右の入力ステレオ信号から歌唱成分(ボーカル信号)をキャンセルして、モノラルの演奏信号を得る回路として、図9に示す如きオーディオ回路が提案されている(特開平5-1993600号)。
【0003】該回路は、ステレオ音声信号(L+R),(L-R)を左右音声信号L,Rに分離する音声信号変調分離回路(1)と、音声信号変調分離回路(1)の出力信号L,Rからサラウンド信号を作成するサラウンド信号生成回路(2)と、該サラウンド信号からボーカル音帯域を除去するボーカルキャンセル回路(3)とから構成され、該回路から得られる演奏信号が音声出力回路(5)を経てスピーカ(6)へ供給される。
【0004】
【発明が解決しようとする課題】しかしながら、上記従来のボーカルキャンセル回路(3)においては、左右の音声信号L,Rには同一振幅、同一位相でボーカル信号が含まれているとの前提にたって、単に左右音声信号L,Rの差分(L-R)を算出するだけの単純な演算によって、ボーカル信号をキャンセルせんとしているから、特にボーカル信号の振幅が左右で異なっている場合には、ボーカルキャンセルの精度が悪く、然も、演奏成分に含まれる同一振幅、同一位相の信号もキャンセルされることとなって、スピーカ(6)から得られる演奏の音質は著しく低下する。
【0005】更に図9のボーカルキャンセル回路(3)では、差分信号(L-R)に対して(L+R)の低域成分を加算して、演奏信号を得る構成であるから、(L+R)の高域及び中域に含まれる演奏成分が欠落するばかりでなく、演奏信号がモノラルとなって、ステレオ演奏が不可能となる問題がある。
【0006】本発明の目的は、左右の入力ステレオ信号から歌唱成分(ボーカル信号)のみを精度良くキャンセル出来、然もステレオの演奏信号が得られるステレオ信号処理回路を提供することである。
【0007】
【課題を解決する為の手段】本発明に係る第1のステレオ信号処理回路は、左右の入力ステレオ信号Lin,Rinから歌唱成分を抽出して、歌唱信号Vを作成する歌唱抽出手段と、前記歌唱信号Vに基づいて、左右2系列の歌唱キャンセル信号を作成する歌唱キャンセル信号作成手段と、左右の入力ステレオ信号Lin,Rinから、前記左右2系列の歌唱キャンセル信号を夫々減算して、左右の出力ステレオ信号Lout,Routを得る演算手段とを具えている。
【0008】具体的構成において、歌唱キャンセル信号作成手段は、前記歌唱信号Vに振幅調整を施して、該歌唱信号の振幅を左右の入力ステレオ信号Lin,Rinに含まれる歌唱成分の振幅と可及的に一致させる左右2系列の振幅調整器(11)(12)から構成される。
【0009】他の具体的構成において、歌唱キャンセル信号作成手段は、左右の出力ステレオ信号Lout,Routに含まれる歌唱成分を最小化することを目的として動作する左右2系列の適応フィルタ回路(15)(16)から構成される。
【0010】又、具体的構成において、歌唱抽出手段は、左右の入力ステレオ信号Lin,Rinに周波数分析を施して、左右の入力ステレオ信号Lin,Rinに含まれる同位相、同振幅の周波数成分を算出する周波数分析回路と、左右の入力ステレオ信号Lin,Rinを互いに加算して、ステレオ混合信号を作成する加算手段と、前記ステレオ混合信号に基づいて歌唱信号Vを作成するデジタルフィルタ手段と、前記周波数分析回路の算出結果に基づいて、前記同位相、同振幅の周波数成分のみを通過させるべきデジタルフィルタ手段の係数を設定するフィルタ係数設定回路とから構成される。
【0011】他の具体的構成において、歌唱抽出手段は、左右の入力ステレオ信号Lin,Rinに含まれる同一周波数帯域の信号を複数の異なる周波数帯域毎に抽出するバンドパスフィルタ群と、同一周波数帯域の左右の信号成分のレベルを比較して、同一レベルの左右の信号成分を抽出するレベル検出演算手段と、前記複数の周波数帯域について抽出された同一レベルの左右の信号成分の総和を算出し、歌唱信号を得る加算手段とから構成される。
【0012】本発明に係る第2のステレオ信号処理回路は、左右の入力ステレオ信号Lin,Rinに夫々周波数分析を施して、左右の入力ステレオ信号Lin,Rinに含まれる同位相、同振幅の周波数成分を算出する周波数分析回路と、左右の入力ステレオ信号Lin,Rinを入力信号として、該入力信号に含まれる同位相、同振幅の周波数成分の通過を阻止し、他の成分のみを通過させて、左右の出力ステレオ信号Lout,Routとして出力するデジタルフィルタ手段と、前記周波数分析回路の算出結果に基づいて、前記デジタルフィルタ手段の係数を設定するフィルタ係数設定回路とを具えている。
【0013】
【作用】上記第1のステレオ信号処理回路においては、歌唱抽出手段から得られる歌唱信号Vに、例えば振幅調整、位相調整等の適切な信号処理を施すことによって、左右2系列の歌唱キャンセル信号VL,VRが作成されるから、歌唱信号の振幅や位相が左右で異なっている場合においても、歌唱キャンセル信号VL,VRは振幅や位相の相違を反映した信号となり、歌唱キャンセルの精度は高いものとなる。然も、左右の入力ステレオ信号Lin,Rinは互いに加算或いは減算することなく、独立に前記左右2系列の歌唱キャンセル信号を夫々減算することによって、演奏信号、即ち左右の出力ステレオ信号Lout,Routを作成するから、左右の入力ステレオ信号Lin,Rinに含まれる演奏成分が演算によって欠落することはなく、出力ステレオ信号Lout,Routに基づいてステレオ演奏が実現される。
【0014】歌唱キャンセル信号作成手段が左右2系列の振幅調整器(11)(12)を具えた具体的構成(図1参照)においては、歌唱信号Vを左右2系列に分岐して、左右2系列の振幅調整器(11)(12)へ入力する。これによって、左右2系列の入力ステレオ信号Lin,Rinに夫々含まれる歌唱成分の振幅に応じて、歌唱キャンセル信号VL,VRの振幅が左右独立に調整され、歌唱キャンセルの精度の改善が図られる。
【0015】又、歌唱キャンセル信号作成手段が左右2系列の適応フィルタ回路(15)(16)を具えた具体的構成(図2参照)においては、左右の出力ステレオ信号Lout,Routに含まれる歌唱成分を最小化することを目的として、例えばLMS(最小自乗平均)法によって、適応フィルタ回路(15)(16)のフィルタ係数が決定される。 この結果、適応フィルタ回路(15)(16)からは、左右2系列の入力ステレオ信号Lin,Rinに夫々含まれる歌唱成分の振幅及び位相に応じた、歌唱成分とは逆位相の歌唱キャンセル信号VL′,VR′が出力される。これらの歌唱キャンセル信号VL′,VR′は左右2系列の入力ステレオ信号Lin,Rinと加算され、これによって、演奏成分のみからなる出力ステレオ信号Lout,Routが得られる。
【0016】更に、歌唱抽出手段が周波数分析回路、加算手段、デジタルフィルタ手段、及びフィルタ係数設定回路を具えた具体的構成(図3参照)においては、左右の入力ステレオ信号Lin,Rinに周波数分析が施されて、左右の入力ステレオ信号Lin,Rinに含まれる同位相、同振幅の周波数成分、即ち、仮に歌唱信号が左右で同振幅、同位相と仮定した場合の歌唱成分の周波数帯域が算出される。そして、該周波数帯域データに基づいて、歌唱成分のみを通過させるべきデジタルフィルタ手段の係数が設定される。一方、左右の入力ステレオ信号Lin,Rinは互いに加算されて、ステレオ混合信号がデジタルフィルタ手段を通過する。この際、演奏成分の通過は阻止され、歌唱成分のみがデジタルフィルタ手段を通過して、精度の高い歌唱信号Vが得られる。
【0017】更に又、歌唱抽出手段が、バンドパスフィルタ群、レベル検出演算手段、及び加算手段を具えた具体的構成(図4参照)においては、左右の入力ステレオ信号Lin,Rinがバンドパスフィルタ群及びレベル検出演算手段を通過することによって、互いにずれた複数の周波数帯域毎に、左右の入力ステレオ信号Lin,Rinのレベルが比較され、同一レベルの左右の信号成分が抽出される。これによって、周波数帯域毎に歌唱成分が抽出され、これらの歌唱成分を加算することによって、元の帯域を有する歌唱信号が得られる。
【0018】上記第2のステレオ信号処理回路(図5参照)においては、周波数分析によって、左右の入力ステレオ信号Lin,Rinに含まれる同位相、同振幅の周波数成分、即ち歌唱成分の周波数帯域が算出される。該算出結果はフィルタ係数設定回路に供されて、左右の入力ステレオ信号Lin,Rinに含まれる同位相、同振幅の周波数成分の通過を阻止し、且つ他の成分のみを通過させるべく、デジタルフィルタ手段の係数が設定される。この結果、デジタルフィルタ手段からは、歌唱成分がキャンセルされた演奏成分のみからなる左右の出力ステレオ信号Lout,Routが出力される。
【0019】
【発明の効果】本発明に係るステレオ信号処理回路によれば、左右の入力ステレオ信号を2系列のまま処理して、歌唱成分のみを精度良くキャンセル出来るので、音質の高いステレオの演奏信号を得ることが出来る。
【0020】
【実施例】以下、本発明をカラオケ装置のボーカルキャンセル回路に実施した幾つかの例につき、図面に沿って詳述する。図1に示すボーカルキャンセル回路(7)は、左右の入力ステレオ信号Lin,Rinが処理を受けるべき左右2系列の信号処理経路を具え、左の信号処理経路にはL用遅延器(8)及びL用加算器(13)が介在し、右の信号処理経路にはR用遅延器(9)及びR用加算器(14)が介在している。
【0021】左右の入力ステレオ信号Lin,Rinは夫々L用遅延器(8)及びR用遅延器(9)へ入力されると同時に、ボーカル抽出フィルタ(10)へ入力されて、ボーカル信号Vが抽出される。ボーカル抽出フィルタ(10)の出力端には、L用振幅調整器(11)及びR用振幅調整器(12)が並列に接続され、左右2系列に分岐したボーカル信号Vの振幅が左右独立に調整され、ボーカルキャンセル信号VL,VRが作成される。尚、L用振幅調整器(11)及びR用振幅調整器(12)の振幅調整量は、ボーカルキャンセル信号VL,VRの振幅が入力ステレオ信号Lin,Rinに含まれる歌唱成分の振幅と一致する様、予め適正値に設定されている。
【0022】左右2系列のボーカルキャンセル信号VL,VRは夫々、L用加算器(13)及びR用加算器(14)の反転入力端子へ接続されており、L用遅延器(8)及びR用遅延器(9)を経て所定の遅延処理が施された左右のステレオ信号Lin′,Rin′との差分が算出される。尚、L用遅延器(8)及びR用遅延器(9)の遅延時間は、ボーカル抽出フィルタ(10)及び振幅調整器(11)(12)における信号処理時間に応じて予め設定されており、これによって、加算器(13)(14)へ入力される両信号の同期が図られている。
【0023】図1のボーカルキャンセル回路(7)においては、ボーカル抽出フィルタ(10)及び振幅調整器(11)(12)によって、左右の系列毎に適当なボーカルキャンセル処理が施され、L用加算器(13)およびR用加算器(14)からは、精度の良い出力ステレオ信号Lout,Routが得られる。
【0024】図2に示すボーカルキャンセル回路(25)は、前述のL用振幅調整器(11)及びR用振幅調整器(12)に替えて、L用適応フィルタ回路(15)及びR用適応フィルタ回路(16)を配置したものである。L用及びR用の適応フィルタ回路(15)(16)は夫々、アダプティブフィルタ(19)(21)と、周知のLMS(最小自乗平均)法によってアダプティブフィルタの係数を設定すべきLMS回路(20)(22)とから構成される。
【0025】L用及びR用適応フィルタ回路(15)(16)から得られるボーカルキャンセル信号VL′,VR′は、L用加算器(23)及びR用加算器(24)の非反転入力端子へ夫々供給されて、L用遅延器(8)及びR用遅延器(9)を経て遅延処理の施された左右のステレオ信号Lin′,Rin′との差分が算出される。
【0026】L用及びR用加算器(23)(24)から出力される左右のステレオ信号Lout,Routは、L用及びR用適応フィルタ回路(15)(16)の各LMS回路(20)(22)へ供給される。これに応じて各LMS回路(20)(22)は、下記数1に基づいてLMS法を実行し、L用及びR用アダプティブフィルタ(19)(21)の係数を決定する。
【0027】
【数1】H(n+1)=H(n)+μ・OUT(n)・V(n)
【0028】ここで、H(n)は適応前のフィルタ係数ベクトル、H(n+1)は適応後のフィルタ係数ベクトル、μはステップサイズパラメータ、OUT(n)は出力ステレオ信号Lout又はRout、V(n)はボーカル信号ベクトルである。
【0029】該LMS法の実行によって、入力ステレオ信号Lin又はRinに含まれるボーカル成分が時間的に変動した場合でも、出力ステレオ信号中のボーカル成分が可及的に零レベルとなる様に、動的な係数決定が行なわれ、この結果、アダプティブフィルタ(19)(21)からは、入力ステレオ信号Lin又はRinに含まれるボーカル成分の振幅及び位相に応じた、ボーカル成分とは逆位相のボーカルキャンセル信号VL′,VR′が得られる。該ボーカルキャンセル信号VL′,VR′は加算器(23)(24)にてステレオ信号Lin′,Rin′と加算されて、ボーカル成分がキャンセルされる。
【0030】図3は、ボーカル抽出フィルタ(10)の具体的な構成例を示している。該ボーカル抽出フィルタ(10)は、左右の入力ステレオ信号Lin,RinにFFTを施すL用FFT分析回路(29)及びR用FFT分析回路(30)を具え、これによって得られた周波数分析結果が比較判断器(31)へ供給される。又、左右の入力ステレオ信号Lin,Rinは加算器(32)にて互いに加算され、これによって得られた混合信号がFIRフィルタ(33)へ供給される。
【0031】比較判断器(31)では、左右の入力ステレオ信号Lin,Rinに対する周波数分析結果に基づいて、図6(a)(b)に示す様に両信号についての振幅比と位相差を算出し、更に該算出結果に基づいて、例えば振幅比が0.9?1.1の範囲で且つ位相差が-10?+10度となる周波数帯域を算出する。図6(a)(b)の例では、周波数帯域f1?f2と、周波数帯域f3?f4が算出されることになる。
【0032】算出された周波数帯域データは、図3に示すフィルタ係数設定回路(34)へ供給される。これに応じてフィルタ係数設定回路(34)は、ボーカル成分のみを通過させるべきFIRフィルタ(33)の係数を算出し、FIRフィルタ(33)に設定する。
【0033】図6(a)(b)に示す例では、同図(c)に示す如く周波数帯域f1?f2とf3?f4に通過特性が得られる様に、FIRフィルタ(33)の係数を決定する。例えば、図6(c)の周波数特性に逆フーリエ変換を施すことによって、図7に示す様なインパルス応答特性が得られ、その相対レベルがFIRフィルタ(33)の係数となるのである。
【0034】従って、図3のボーカル抽出フィルタ(10)によれば、左右の入力ステレオ信号Lin,Rinに含まれるボーカル成分が時間的に変動しても、左右2系列についての周波数分析によって、ボーカル成分の周波数帯域が正確に算出され、ボーカル成分のみを通過させるFIRフィルタ(33)が構成される。この結果、精度の高いボーカル信号Vが得られることになる。
【0035】更に、図4に示すボーカル抽出フィルタ(10)は、左右の入力ステレオ信号Lin,Rinを等間隔の周波数帯域毎にレベル検出するべく、左右一対のBPF(36)(37)?(43)(44)をn組具えると共に、一対のBPFを通過した2系列の信号のレベルを検出する左右一対のレベル検出器(38)(39)?(45)(46)をn組具えている。左右一対となるBPFは互いに同一の特性を有すると共に、第1のBPF(36)(37)から第nのBPF(43)(44)までについて、徐々にずれたn個の周波数帯域に夫々通過特性が付与されている。
【0036】又、ボーカル抽出フィルタ(10)は、左右一対のBPF(36)(37)?(43)(44)を通過した2系列の信号を互いに加算するn個の加算器(40)?(47)を具え、各加算器(40)?(47)から得られる混合信号は夫々第1乃至第nの切替えスイッチ(42)?(49)を経て、加算器(50)へ入力される。
【0037】前記レベル検出器(38)(39)?(45)(46)にて検出された左右一対の信号レベルは第1乃至第nの比較判断器(41)?(48)へ入力されて、信号レベルの比較が行なわれ、略同一レベルであることが判断されたとき、第1乃至第nの切替えスイッチ(42)?(49)がアース側から加算器(40)?(47)側へ切り替えられる。この結果、左右の入力ステレオ信号Lin,Rinに含まれる略同一位相、同一振幅の信号、即ち左右のボーカル成分が、複数の周波数帯域毎に、互いに加算された後、切替えスイッチを経て加算器(50)へ送られる。加算器(50)では、複数の周波数帯域毎の混合信号が互いに加算されて、元の周波数帯域を有するボーカル信号Vに合成され、後段回路へ出力される。
【0038】上述の各実施例では、一旦ボーカル信号Vを作成した後、左右の入力ステレオ信号からボーカル成分を減算して、左右の出力信号を作成しているが、図5に示すボーカルキャンセル回路(51)は、ボーカル信号Vを作成することなく、左右2系列の信号処理経路に、ボーカル成分の通過を阻止する除去フィルタ(55)(56)を介在させることによって、演奏成分のみからなる左右の出力ステレオ信号を得ている。
【0039】該ボーカルキャンセル回路(51)は、左右の入力ステレオ信号Lin,RinにFFTを施すL用FFT分析回路(52)及びR用FFT分析回路(53)を具え、これによって得られた周波数分析結果が比較判断器(54)へ供給される。比較判断器(54)では、左右の入力ステレオ信号Lin,Rinに対する周波数分析結果に基づいて、図6(a)(b)に示す例と同様に、両信号についての振幅比と位相差を算出し、更に該算出結果に基づいて、例えば振幅比が0.9?1.1の範囲で且つ位相差が-10?+10度となる周波数帯域を算出する。
【0040】算出された周波数帯域データは、図5にフィルタ係数設定回路(57)へ供給される。これに応じてフィルタ係数設定回路(57)は、演奏成分のみを通過させるべきL用除去フィルタ(55)及びR用除去フィルタ(56)の係数を算出し、両フィルタ(55)(56)に設定する。図6(a)(b)に示す例では、図8に示す如く図6(c)とは逆の通過特性が得られる様に、両フィルタ(55)(56)の係数を決定するのである。係数決定の方法は前記と同様である。これによって、図5のL用除去フィルタ(55)及びR用除去フィルタ(56)からは、夫々演奏成分のみからなる出力ステレオ信号Lout,Routが得られることになる。
【0041】上述の何れの例においても、左右の入力ステレオ信号Lin,Rinが2系列のまま処理されて、ボーカル成分のみが精度良くキャンセルされるので、音質の高いステレオの演奏信号Lout,Routを得ることが出来る。
(甲第4号証の記載、以上)

c.対比
甲第4号証に記載された発明(以下、甲第4号証発明ともいう)と請求項1発明とを対比する。

(a)構成A(ステレオ収音、もしくはステレオ再生用に加工された2チャネル音響信号から中央付近に定位する音源信号を抑圧もしくは強調するステレオ音響信号処理方法において、)及び構成F(ことを特徴とするステレオ音響信号処理方法。)

甲第4号証では、「左右の入力ステレオ信号から歌唱成分(ボーカル信号)をキャンセルして、演奏成分のみからなる左右の出力ステレオ信号を作成するステレオ信号処理回路に関する」(【0001】)発明が説明され、その実施例としてカラオケ装置のボーカルキャンセル回路7(図1、そのボーカル抽出フィルタ10(図3、図4))、ボーカルキャンセル回路25(図2、そのボーカル抽出フィルタ10(図3、図4)))、ボーカルキャンセル回路51(図5)が記載されている。
これらのボーカルキャンセル回路7、25、51はいずれも左右の入力ステレオ信号(Lin、Rin)を入力し、入力ステレオ信号(Lin、Rin)からボーカル成分を除去する処理を行い、ボーカル成分の除去されたステレオ信号(Lout、Rout)を得て出力する。この入力から出力の間の除去処理は、ステレオ音響処理ということができる。除去されるボーカル信号は、後述するように、およそ左右の信号間で振幅比、位相差の小さい信号を想定しており、そのような信号がステレオの音場において中央付近に定位する音に現れること、歌唱者を中央に位置させて歌唱曲を録音することが普通に行われることからみて、ボーカル信号は中央付近に定位する音源信号ということができる。そして、その除去は抑圧ともいうことができる。また、この入力ステレオ信号(Lin、Rin)は再生されるためのものであり、通常、収音により録音されるか加工されて作り出されるものであることから、ステレオ収音、もしくはステレオ再生用に加工された2チャンネル音響信号ということができる。
そうすると、甲第4号証に記載されたボーカルキャンセル回路7(図1)、25(図2)、51(図5)は、請求項1発明と同じく、「ステレオ収音、もしくはステレオ再生用に加工された2チャネル音響信号から中央付近に定位する音源信号を抑圧もしくは強調するステレオ音響信号処理方法」(構成A、構成F)が記載されているといえる。
しかしながら、ボーカルキャンセル回路7(図1)、25(図2)は、ボーカル成分を一旦抽出し、抽出したボーカル成分を元の入力ステレオ信号(Lin、Rin)から「減算」(【0038】)することにより、中央付近に位置する音源信号(ボーカル成分)を抑圧したステレオ信号(Lout、Rout)を得るものであり、請求項1発明のように、「中央付近に定位する音源信号を抑圧もしくは強調するための減衰係数を計算し、その減衰係数を各周波数帯域信号に乗算」(構成D)するものではない。基本的構成において異なるものである。他方、ボーカルキャンセル回路51は、「ボーカル成分の通過を阻止する」(【0038】)ことにより、中央付近に位置する音源信号(ボーカル成分)を抑圧したステレオ信号(Lout、Rout)を得るものである。
そこで、以下、残る図5のボーカルキャンセル回路51について調べる。なお、請求人もボーカルキャンセル回路51(図5)を取り上げて、中央付近に定位する周波数帯を求めること、周波数帯ごとの減衰量を求めることを主張している。
甲第4号証のボーカルキャンセル回路51(図5)と請求項1発明とが、構成A「ステレオ収音、もしくはステレオ再生用に加工された2チャネル音響信号から中央付近に定位する音源信号を抑圧もしくは強調するステレオ音響信号処理方法において、」及び構成F「ことを特徴とするステレオ音響信号処理方法。」において一致することは、前記のとおりである。

(b)構成B(ステレオ信号を各チャネルごとに複数の周波数帯域に分割し、)
ボーカルキャンセル回路51(図5)は、入力ステレオ信号(Lin、Rin)のそれぞれをFFT分析回路52、53に入力し、FFT分析をしている。また、除去フィルタ55、56に入力し、フィルタ特性に従ってボーカルの除去された左右の出力ステレオ信号(Lout、Rout)とされている。FFT分析も除去フィルタによるフィルタリングも「ステレオ信号を各チャネルごとに」行う処理ではある。しかし、FFT分析は連続的に周波数分析をするものであり、周波数帯域を分割して分析するものではなく、除去フィルタ55,56は、図3と同様のFIRフィルタであって、これも周波数帯域を分割して処理するものではない。されど、除去フィルタ55,56でも通過周波数特性を与えることで(FFT分析の比較の結果の)特定の周波数帯域を除去しており、複数の周波数帯域に分割して処理していないものの、周波数の帯域による信号の違いを意識し、周波数帯域を考慮している。請求項1発明も、複数の周波数帯域に分割した後に、その周波数帯域ごとに処理(計算、乗算)を行い、再合成するものであって、周波数帯域を考慮しているということができる。
そうすると、甲第4号証発明と請求項1発明とは、「ステレオ信号を各チャネルごとに」「周波数帯域を考慮する」点で一致し、周波数帯域を考慮する際に、請求項1発明では「複数の周波数帯域に分割し」ていることに対して、甲第4号証発明では「複数の周波数帯域に分割し」ていない点で相違する。(甲第4号証発明では、「複数の周波数帯域に分割」せずにFFT分析、FIRフィルタを用いる点で相違する。)

(c)構成C(各周波数帯域ごとにチャネル間の類似度を計算し、)
ボーカルキャンセル回路51(図5)は、FFT分析、比較判断、フィルタ係数設定において、図3のボーカル抽出フィルタ10と同様である。すなわち、ボーカルキャンセル回路51(図5)では、FFT分析(52、53)の分析結果が比較判断器54へ供給され、比較判断器(54)では、周波数分析結果に基づいて、図6(a)(b)に示す様に両信号についての振幅比と位相差を算出し、更に該算出結果に基づいて、例えば振幅比が0.9?1.1の範囲で且つ位相差が-10?+10度となる周波数帯域を算出し、算出された周波数帯域データは、係数設定回路(57)へ供給され、フィルタ係数設定回路(57)は、ボーカル成分のみを遮断させるべきFIRフィルタ(除去フィルタ(55、56)の係数を算出し、FIRフィルタ(55、56)に設定する(図3について記載する【0030】【0031】【0032】【0033】)。

(類似度)
比較判断器(54)で、周波数分析結果に基づいて算出される両信号についての振幅比と位相差は、請求項1発明の「チャネル間の類似度」に相当する。
しかし、構成Bで述べたように、甲第4号証発明は、「ステレオ信号を各チャネルごとに」「周波数帯域を考慮して処理をする」処理に際して、「ステレオ信号を各チャネルごとに」「複数の周波数帯域に分割し」ていないから、「各周波数帯域ごとに」「計算(し、)」される「チャネル間の類似度」とはいえない。

(計算)
比較判断器(54)での、周波数分析結果に基づいてなされる両信号についての振幅比と位相差の算出は「計算」ということができる。しかし、同様に、「各周波数帯域ごとに」「計算し、」とはいえない。

(まとめ)
上記のようであるから、「ステレオ信号を各チャネルごとに」「周波数帯域を考慮して処理をする」処理に際して、甲第4号証発明と請求項1発明とは、「チャネル間の類似度を計算し、」という点で一致し、類似度の計算を、請求項1発明では(複数の周波数帯域に分割した)「各周波数帯域ごとに」行うことに対して、甲第4号証発明は、「各周波数帯域ごとに」行っていない点で相違する。

(d)構成D(類似度から中央付近に定位する音源信号を抑圧もしくは強調するための減衰係数を計算し、その減衰係数を各周波数帯域信号に乗算し、)

(減衰係数)
FIRフィルタは、FIRフィルタの複数の遅延要素の係数入力(タップ)にFIRフィルタ係数を設定してフィルタが構成されるものであり、結果として入力の周波数帯域に対応した通過特性を得るものである。FIRフィルタ係数は遅延要素の係数であって周波数帯域に対応したものではなく、入力の周波数帯域ごとにそれぞれ作用するものではない。
請求項1発明の「減衰係数」は、「各周波数帯域信号に乗算」することで、各周波数帯域信号を減衰させて「中央付近に定位する音源信号を抑圧もしくは強調する」ものであり、周波数帯域に対応したものであるといえるところ、甲第4号証発明において、「中央付近に定位する音源信号を抑圧」するとき、入力ステレオ信号Lin,Rinの周波数帯域に対応しているのはFIRフィルタ特性(図8の通過特性の振幅(dB))であるから、甲第4号証発明のFIRフィルタ特性が請求項1発明の「減衰係数」に対応するといえる。
ところが、このFIRフィルタ特性は、結果として得られる特性であって、入力に演算(乗算)する要素(係数)ではないから、「各周波数帯域信号に乗算」する「係数」ということはできず、甲第4号証発明は、請求項1発明のように「減衰係数を各周波数帯域信号に乗算し、」とはいえない。

(計算)
甲第4号証発明では、振幅比と位相差を算出し、周波数帯域(図6のf1?f2、f3?f4)を算出し、FIRフィルタ係数を算出し、(FIRフィルタ係数を)FIRフィルタに設定しており、「算出」は「計算」といえるから、上記した構成Cにおいて計算される「チャネル間の類似度」(振幅比と位相差)から周波数帯域が計算され、周波数帯域からFIRフィルタ(55、56)の係数が計算されるということができる。
しかしながら、請求項1発明の「減衰係数」に対応する甲第4号証発明のFIRフィルタ特性は、結果として得られる通過特性であり、入力に演算(乗算)する要素(係数)ではなく、算出されたものではない。したがって、甲第4号証発明のFIRフィルタ特性は、構成Cにおいて計算される「チャネル間の類似度」(振幅比と位相差)から計算されるとはいえない。

(まとめ)
上記のようであって、甲第4号証発明は、請求項1発明の「減衰係数」に対応するFIRフィルタ特性によって「中央付近に定位する音源信号を抑圧する」といえ、FIRフィルタ特性は「チャネル間の類似度」から計算されFIRフィルタ(55、56)の係数を設定することで得られるのであるから、甲第4号証発明は、構成Cにおいて計算される「チャネル間の類似度」から「中央付近に定位する音源信号を抑圧する」ということはできる。
そうすると、請求項1発明と甲第4号証発明とは、「類似度から中央付近に定位する音源信号を抑圧もしくは強調する」という点で一致し、「中央付近に定位する音源信号を抑圧もしくは強調」する際に、請求項1発明が「減衰係数を各周波数帯域信号に乗算」することに対し、甲第4号証発明は「減衰係数を各周波数帯域信号に乗算し」ていない点で相違し、また、請求項1発明が「類似度から中央付近に定位する音源信号を抑圧もしくは強調するための減衰係数を計算(し、)」することに対し、甲第4号証発明は「類似度から中央付近に定位する音源信号を抑圧もしくは強調するための減衰係数を計算し」ていない点で相違する。

(e)構成E(減衰係数を乗じた後の各チャネルごとの各周波数帯域信号を再合成して出力する)

上記したように、甲第4号証発明は「複数の周波数帯域に分割し」ておらず、各周波数帯信号に減衰係数を乗算することもしておらず、図8の通過特性によるフィルタ処理をしていることから、出力にあたって、分割したものを再度一つの信号にする「再合成」もしていない。ただし、フィルタ処理をした結果、請求項1発明同様に、「中央付近に定位する音源信号を抑圧する」出力を「各チャネルごと」に出力するものとなっている。
そうすると、甲第4号証発明と請求項1発明とは、「各チャネルごとに(中央付近に定位する音源信号を抑圧もしくは強調する)出力をする」点で一致し、各チャネルごとに出力するために、請求項1発明が「減衰係数を乗じた後の各周波数帯域信号を再合成」することに対し、甲第4号証発明は「減衰係数を乗じた後の各周波数帯域信号を再合成」していない点で相違する。

(f)相違点の整理
構成B、C、D、Eには上記のように相違があるところ、
構成B、C、Eにおける上記各相違、及び構成Dにおける「請求項1発明が「減衰係数を各周波数帯域信号に乗算」することに対し、甲第4号証発明は「減衰係数を各周波数帯域信号に乗算し」ていない点」は、「ステレオ信号を各チャネルごとに」「周波数帯域を考慮する」際に、請求項1発明では「複数の周波数帯域に分割し」「各周波数帯域ごとに」処理をし、その分割したものを「再合成する」という手法を採ることに対し、甲第4号証発明では、「複数の周波数帯域に分割」せず、「各周波数帯域ごとに」処理をせず、分割・再合成を行わないことにより生じる相違である。

d.一致点相違点
請求項1発明と甲第4号証発明との対比は上記のとおりであるので、請求項1発明と甲第4号証発明との一致点、相違点は次のとおりである。

[一致点]
A:ステレオ収音、もしくはステレオ再生用に加工された2チャネル音響信号から中央付近に定位する音源信号を抑圧もしくは強調するステレオ音響信号処理方法において、
B:ステレオ信号を各チャネルごとに周波数帯域を考慮し、
C:チャネル間の類似度を計算し、
D:類似度から中央付近に定位する音源信号を抑圧もしくは強調し、
E:各チャネルごとに(中央付近に定位する音源信号を抑圧もしくは強調する)出力をする
F:ことを特徴とするステレオ音響信号処理方法。

[相違点1]
「ステレオ信号を各チャネルごとに」「周波数帯域を考慮する」際に、
請求項1発明では「複数の周波数帯域に分割し」「各周波数帯域ごとに」処理をし、その分割したものを「再合成する」という手法を採ることに対し、
甲第4号証発明では、「複数の周波数帯域に分割」せず、「各周波数帯域ごとに」処理をせず、分割・再合成を行わないことにより、
構成Bにおいて、請求項1発明では「複数の周波数帯域に分割し」ていることに対して、甲第4号証発明では「複数の周波数帯域に分割し」ておらず、
構成Cにおいて、類似度の計算を、請求項1発明では(複数の周波数帯域に分割した)「各周波数帯域ごとに」行うことに対して、甲第4号証発明は、「各周波数帯域ごとに」行っておらず、
構成Dにおいて、請求項1発明が「減衰係数を各周波数帯域信号に乗算」することに対し、甲第4号証発明は「減衰係数を各周波数帯域信号に乗算し」ておらず、
構成Eにおいて、各チャネルごとに出力するために、請求項1発明が「減衰係数を乗じた後の各周波数帯域信号を再合成」することに対し、甲第4号証発明は「減衰係数を乗じた後の各周波数帯域信号を再合成」していない点。

[相違点2]
請求項1発明が「類似度から中央付近に定位する音源信号を抑圧もしくは強調するための減衰係数を計算(し、)」することに対し、甲第4号証発明は「類似度から中央付近に定位する音源信号を抑圧もしくは強調するための減衰係数を計算し」ていない点。

e.相違点の判断
(a)[相違点1]について
甲第4号証のボーカルキャンセル回路51(図5)では、「ステレオ信号を各チャネルごとに」「周波数帯域を考慮する」際に、FFT分析による連続的な周波数分析、FIRフィルタによるフィルタ処理という手法を採っている。ボーカルキャンセル回路51(図5)自体の説明には、FFT分析による連続的な周波数分析、FIRフィルタによるフィルタ処理という手法を請求項1発明のように「複数の周波数帯域に分割し」「各周波数帯域ごとに」処理をし、その分割したものを「再合成する」という手法にする示唆はない。
甲第4号証には、(請求人も主張する)「複数の周波数帯域に分割」するものとして、図4のボーカル抽出フィルタが記載されている。しかしながら、図4の構成は、ボーカルキャンセル回路7(図1)、25(図2)のボーカル抽出フィルタ10の構成であって、ボーカル抽出のためのものであり、しかもボーカルキャンセル回路7(図1)、25(図2)は入力ステレオ信号(Lin、Rin)を分割、再合成しないものであるから、ボーカル抽出を行うものではないボーカルキャンセル回路51(図5)に採用できないと共に、ボーカルキャンセル回路51(図5)の入力ステレオ信号(Lin、Rin)を分割、再合成するものとすることもできない。
したがって、甲第4号証発明において「ステレオ信号を各チャネルごとに」「周波数帯域を考慮する」際に、「複数の周波数帯域に分割し」「各周波数帯域ごとに」処理をし、その分割したものを「再合成する」という手法を採り、相違点1に係る請求項1発明の構成「複数の周波数帯域に分割し」、類似度の計算を(複数の周波数帯域に分割した)「各周波数帯域ごとに」行い、「減衰係数を各周波数帯域信号に乗算」し、「減衰係数を乗じた後の各周波数帯域信号を再合成」する構成を採るようにすることは、甲第4号証から当業者が容易に想到できたとすることはできない。

(b)[相違点2]について
請求項1発明は「類似度を計算し、」「類似度から・・減衰係数を計算し、」という2つの工程を有し、後段の「類似度から・・減衰係数を計算し、」の段階で、「減衰係数を計算」(図2?5の計算)することで、その周波数帯域を抑圧(強調)するか否かを決定している。請求項1発明は、この2つの工程とすることで、類似度という物理的状態を計算する計算段階と減衰係数というその帯域における出力の対応を計算する計算段階とを分離し、その帯域における物理的状態から自由に出力の対応を調整可能とする信号設計の自由度を得るものである。
甲第4号証発明では、「チャネル間の類似度」(振幅比と位相差)から周波数帯域が計算され、その周波数帯域を抑圧するようにFIRフィルタ計数が計算され、FIRフィルタ特性が得られる。請求項1発明では「複数の周波数帯域に分割」しているので、甲第4号証発明でも特定の周波数帯域に注目してみると、その周波数帯域について抑圧するか否かは周波数帯域が計算される段階で「チャネル間の類似度」(振幅比と位相差)によって決定されていて、FIRフィルタにフィルタ係数を設定してFIRフィルタ特性を得る段階で、特定の帯域を抑圧するか否かの調整はできない。甲第4号証発明では、特定の周波数帯域について、「チャネル間の類似度」(振幅比と位相差)と特定の帯域を抑制するか否かは一体として処理されているといえる。したがって、甲第4号証には、特定の周波数帯域において、物理的状態(「チャネル間の類似度」(振幅比と位相差))とその帯域を抑制するか否かとを分離して、物理的状態から自由に出力の対応を調整しようとする思想はない。
そうすると、甲第4号証発明において「類似度から中央付近に定位する音源信号を抑圧もしくは強調するための減衰係数を計算」する構成とすることはできず、また、請求項1発明が「類似度から中央付近に定位する音源信号を抑圧もしくは強調するための減衰係数を計算」することによる効果は甲第4号証から予想できないから、相違点2に係る請求項1発明の「類似度から中央付近に定位する音源信号を抑圧もしくは強調するための減衰係数を計算」する構成を当業者が容易に想到できたとすることはできない。

(c)甲第1?3号証の検討
請求人の主張する理由2は、甲第4号証の記載から請求項1発明を容易というものであり、上記のように甲第4号証の記載から請求項1発明を容易ということはできないが、甲第1?3号証との組み合わせについても検討しておくと、理由1で述べたように、甲第1?3号証にも「類似度を計算し、」「類似度から・・減衰係数を計算し、」という2つの工程は開示されておらず、甲第4号証に甲第1?3号証を採用しても請求項1発明とすることはできない。

f.まとめ
以上のようであるから、請求人の主張する無効理由Aの理由2によっては、本件特許の請求項1に係る発明を無効とすることはできない。

(イ)請求項6、11について
請求項6及び11に係る発明は、それぞれ「ステレオ音響信号処理装置」および「ステレオ音響信号処理方法を実行させるプログラムを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体」の発明ではあるところ、その技術内容は、「ステレオ音響信号処理方法」の発明である請求項1に係る発明と同様であり、請求項1に係る発明と同様に対比、判断されるから、請求人の主張する無効理由Aの理由2によっては、これを無効とすることはできない。

ウ.請求項1、6、11についてまとめ
以上のとおり、請求項1、6、11に係る発明は、請求人の主張する無効理由Aによっては、これを無効とすることはできない。

(2)請求項2、7、12について
ア.無効理由A
(ア)請求項2について
請求項2は請求項1を引用するものであって、請求項1記載の特定事項に加えて「各周波数帯域ごとの類似度を、周波数帯域ごとにチャネル信号間の大きさの比と位相差によって二つ求め、求めた二つの類似度から二つの減衰係数を求め、求めた二つの減衰係数から中央付近に定位する音源信号を抑圧もしくは強調するための減衰係数を求めること」を更に特定するものである。
請求項2に係る発明(以下、「請求項2発明」ともいう)は請求項1記載の特定事項をすべて有するものであるところ、請求項1に係る発明が上記したように請求人の主張する無効理由Aによっては、これを無効とすることはできないものであるから、同様の理由によって、請求項2発明についても、請求人の主張する無効理由Aによっては、これを無効とすることはできない。
念のため、上記請求項2で更に特定する事項についても検討しておく。

(イ)請求項2で更に特定する事項について
上記請求項2で更に特定する事項は、請求項1で「各周波数帯域ごとにチャネル間の類似度を計算し、類似度から中央付近に定位する音源信号を抑圧、もしくは強調するための減衰係数を計算し、」とする計算過程を更に特定するものであり、上記「2.訂正の請求の適否」でも述べたように、2つの類似度ai(k)(大きさの比)、類似度ap(k)(位相差)を計算し、それぞれから減衰係数gi(k)、gp(k)を計算し、式(3)(4)で実際に乗算することとなる減衰係数g(k)を計算することに対応した構成である。

a.理由1について
(a)甲第1号証発明との対比と一致点相違点
甲第1号証発明と上記請求項1発明との対比で述べたように、波形演算回路30の出力({R(t)/L(t)}^(a)、{L(t)/R(t)}^(a))及び整流回路16の出力の有無(乗算パルス波形の有無)は「中央付近に定位する音源信号を強調するための減衰係数」である。そして、実施例5(図5)においては、この減衰係数のいずれをも用いている。
そうすると、「各周波数帯域ごとにチャネル間の類似度を計算し、類似度から中央付近に定位する音源信号を抑圧、もしくは強調するための減衰係数を計算し、」とする計算過程を「各周波数帯域ごとの類似度を、周波数帯域ごとにチャネル信号間の大きさの比と位相差によって二つ求め、求めた二つの類似度から二つの減衰係数を求め、求めた二つの減衰係数から中央付近に定位する音源信号を抑圧もしくは強調するための減衰係数を求めること」と特定する構成において、請求項2発明と甲第1号証発明とは「中央付近に定位する音源信号を抑圧、もしくは強調するための減衰係数を計算」する過程で「二つの減衰係数を求め」る点で一致し、請求項2発明が「求めた二つの減衰係数から中央付近に定位する音源信号を抑圧もしくは強調するための減衰係数を求めること」に対して、甲第1号証発明は「求めた二つの減衰係数から中央付近に定位する音源信号を抑圧もしくは強調するための減衰係数を求め」ていない点[相違点3]で更に相違する。

(b)判断
甲第1号証の実施例5(図5)は、波形演算回路30の出力及び整流回路16の出力の有無のそれぞれを乗算回路17において帯域分割された信号波形(帯域フィルター7、8)に対して、直接乗算しており、「求めた減衰係数」をそのまま「中央付近に定位する音源信号を強調するための減衰係数」とするといえる。甲第1号証では乗算回路17での乗算に先立ち、波形演算回路30の出力と整流回路16の出力の有無との間で何らかの処理を行うことは想定されていない。すなわち、甲第1号証には「中央付近に定位する音源信号を抑圧、もしくは強調するための減衰係数を計算」する過程で「求めた減衰係数」をそのまま「中央付近に定位する音源信号を強調するための減衰係数」とすることに代えて、「求めた二つの減衰係数から中央付近に定位する音源信号を抑圧もしくは強調するための減衰係数を求める」とする動機付けはない。
2つの減衰係数を単独使用(実施例1?4)、併用(実施例5)することが開示されている以上、2つの減衰係数の単独使用と併用とを選択的に使用することは容易に想到できるとしても、上記のようにいずれの減衰係数であってもそのまま使用するのであって、「中央付近に定位する音源信号を抑圧、もしくは強調するための減衰係数を計算」する過程で「求めた減衰係数」をそのまま「中央付近に定位する音源信号を強調するための減衰係数」とすることに代えて、「求めた二つの減衰係数から中央付近に定位する音源信号を抑圧もしくは強調するための減衰係数を求める」とする動機付けとはならない。
したがって、上記相違点3に係る請求項2発明の構成を当業者が容易に想到できたということはできない。

b.理由2について
(a)甲第4号証発明との対比と一致点相違点
請求項1発明と甲第4号証発明との対比の構成Cで述べたように、甲第4号証の振幅比と位相差が請求項1発明の類似度に相当し、請求項2発明では「チャネル信号間の大きさの比と位相差によって二つ求め」られる「類似度」に相当する。また、請求項1発明と甲第4号証発明との対比の構成Dで述べたように、甲第1号証のFIRフィルタ特性が請求項1発明の「類似度から中央付近に定位する音源信号を抑圧、もしくは強調するための減衰係数」に対応し、請求項2発明でも「中央付近に定位する音源信号を抑圧もしくは強調するための減衰係数」に対応する。
しかしながら、甲第4号証発明では、振幅比と位相差とからは、周波数帯域を算出し、FIRフィルタ係数を算出しているが、周波数帯域、FIRフィルタ係数のいずれも「減衰係数」に対応するとはいえないと共に、振幅比と位相差の双方に対応してそれぞれ算出されるものではなく、「2つ」(の減衰係数)を求めるということもできないから、この段階で甲第4号証発明は「二つの類似度から二つの減衰係数を求め、」る構成を有さない。
また、入力ステレオ信号(Lin、Rin)を「中央付近に定位する音源信号を抑圧」した出力ステレオ信号(Lout、Rout)にしているのはFIRフィルタ特性であって、このFIRフィルタ特性を得る段階で、FIRフィルタ特性に代わって入力ステレオ信号(Lin、Rin)を「中央付近に定位する音源信号を抑圧」した出力ステレオ信号(Lout、Rout)にすることのできる信号(つまり、減衰係数に対応するものとなり得る信号)は存在しないから、甲第4号証発明は「二つの減衰係数から中央付近に定位する音源信号を抑圧もしくは強調するための減衰係数を求める」構成を有さない。
したがって、先の一致点相違点に加えて、請求項2発明と甲第4号証発明とは「類似度を、チャネル信号間の大きさの比と位相差によって二つ求め」る点で一致し、請求項2発明では「二つの類似度から二つの減衰係数を求め、求めた二つの減衰係数から中央付近に定位する音源信号を抑圧もしくは強調するための減衰係数を求める」ことに対し、甲第4号証発明は「二つの類似度から二つの減衰係数を求め、求めた二つの減衰係数から中央付近に定位する音源信号を抑圧もしくは強調するための減衰係数を求め」ていない点[相違点3]で更に相違する。

(b)判断
甲第4号証発明では、振幅比と位相差においてそれぞれ減衰係数に対応するもの得ようとする示唆は無く、また、複数の減衰係数から中央付近に定位する音源信号を抑圧もしくは強調するための減衰係数を求めようとする示唆もないから、甲第4号証発明に「二つの類似度から二つの減衰係数を求め、求めた二つの減衰係数から中央付近に定位する音源信号を抑圧もしくは強調するための減衰係数を求める」構成を採用しようとする動機付けは無い。
したがって、上記相違点3に係る請求項2発明の構成を当業者が容易に想到できたということはできない。

c.請求項2で更に特定する事項についてまとめ
上記のようであるので、請求項2で更に特定する事項についても、無効理由A(理由1、理由2)によっては、当業者が容易に想到できたということはできない。

(ウ)請求項2についてまとめ
以上のようであるから、請求項2に係る発明は、請求人が主張する無効理由Aによっては、これを無効とすることができない。

(エ)請求項7、12について
請求項7及び12に係る発明は、それぞれ「ステレオ音響信号処理装置」および「ステレオ音響信号処理方法を実行させるプログラムを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体」の発明ではあるところ、その技術内容は、「ステレオ音響信号処理方法」の発明である請求項2に係る発明と同様であり、請求項2に係る発明と同様に対比、判断されるから、請求人の主張する無効理由Aによっては、これを無効とすることはできない。

イ.無効理由B
上記「2.訂正の請求の適否」で述べたように、明りょうでない記載の釈明を目的とする訂正をしたことにより、請求項2、7、12記載の発明は発明の詳細な説明に記載したものであり、また、請求項2、7、12の記載は明確であるから、特許法第36条第6項第1号及び特許法第36条第6項第2号に適合しており、請求人の主張する無効理由Bは理由がない。

(3)請求項3、8、13について
ア.無効理由A
請求人は請求項3、8、13について、請求項3は請求項2の従属項である点で無効理由を有するとしている。

(ア)請求項3について
請求項3に係る「求めた二つの減衰係数のうち、中央付近に定位する音源信号を強調する時には小さいほうの減衰係数を、抑圧する時には大きいほうの減衰係数を、中央付近に定位する音源信号を抑圧もしくは強調するための減衰係数とすること」は、請求項1及び請求項2記載の特定事項を更に特定するものである。
請求項3に係る発明(以下、「請求項3発明」ともいう)は請求項1及び請求項2記載の特定事項をすべて有するものであるところ、請求項2に係る発明が上記したように請求人の主張する無効理由Aによっては、これを無効とすることはできないものであるから、同様の理由によって、請求項3発明についても、請求人の主張する無効理由Aによっては、これを無効とすることはできない。
念のため、上記請求項3で更に特定する事項についても検討する。

(イ)請求項3で更に特定する事項について
請求項3で更に特定する事項は、請求項2の「求めた二つの減衰係数から中央付近に定位する音源信号を抑圧もしくは強調するための減衰係数を求めること」を更に特定するものであり、実施例における、類似度から計算される減衰係数gi(k)、gp(k)を実際に乗算することとなる減衰係数g(k)とする式(3)(強調、小さいほう)、式(4)(抑圧、大きいほう)の計算に対応する。

a.理由1について
上記「5.(1)ア.(ア)c.(c、d)構成C構成D」及び「5.(2)ア.(イ)a.(b)判断」で述べたようにで述べたように、甲第1号証には、減衰係数といえる「波形演算回路30の出力」と「乗算パルス波形の有無」とがあり、単独使用(実施例1?4)、併用(実施例5)の開示がされているが、いずれも「強調する」ために用いられ、いずれもそのまま乗算されるものであり、強調か抑圧かを区別する思想はなく、また(大小の)判断をしていずれか(「小さいほう」「大きいほう」)を乗算するものではないから、中央付近に定位する音源について、強調する時と抑圧する時とでいずれかのほうを乗算する減衰係数とするようになそうとする動機付けはない。
したがって、請求項3で更に特定する事項は当業者が容易に想到できたものということはできない。

b.理由2について
上記「5.(2)ア.(イ)b.理由2について」で述べたように、甲第4号証発明に「二つの類似度から二つの減衰係数を求め、求めた二つの減衰係数から中央付近に定位する音源信号を抑圧もしくは強調するための減衰係数を求める」構成を採用できたとはいえず、更に、「求めた二つの減衰係数のうち、中央付近に定位する音源信号を強調する時には小さいほうの減衰係数を、抑圧する時には大きいほうの減衰係数を、中央付近に定位する音源信号を抑圧もしくは強調するための減衰係数とすること」とすることが、当業者が容易に想到できたということはできない。

(ウ)請求項8、13について
請求項8及び13に係る発明は、それぞれ「ステレオ音響信号処理装置」および「ステレオ音響信号方法を実行させる処理プログラムを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体」の発明ではあるところ、その技術内容は、「ステレオ音響信号処理方法」の発明である請求項3に係る発明と同様であり、請求項3に係る発明と同様に対比、判断されるから、請求人の主張する無効理由Aによっては、これを無効とすることはできない。

イ.無効理由B
上記「2.訂正の請求の適否」で述べたように、明りょうでない記載の釈明を目的とする訂正をしたことにより、請求項3、8、13記載の発明は発明の詳細な説明に記載したものであり、また、請求項3、8、13の記載は明確であるから、特許法第36条第6項第1号及び特許法第36条第6項第2号に適合しており、請求人の主張する無効理由Bは理由がない。

(4)判断まとめ
以上のようであるから、請求人の主張する無効理由A、無効理由Bはいずれも理由が無く、無効を主張する請求項1?3、請求項6?8、請求項11?13のいずれをも無効とすることはできない。

6.まとめ
以上のとおりであるから、結論のとおり審決する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
ステレオ音響信号処理方法及び装置並びにステレオ音響信号処理プログラムを記録した記録媒体
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ステレオ収音、もしくはステレオ再生用に加工された2チャネル音響信号から中央付近に定位する音源信号を抑圧もしくは強調するステレオ音響信号処理方法において、
ステレオ信号を各チャネルごとに複数の周波数帯域に分割し、各周波数帯域ごとにチャネル間の類似度を計算し、類似度から中央付近に定位する音源信号を抑圧、もしくは強調するための減衰係数を計算し、その減衰係数を各周波数帯域信号に乗算し、減衰係数を乗じた後の各チャネルごとの各周波数帯域信号を再合成して出力すること
を特徴とするステレオ音響信号処理方法。
【請求項2】
請求項1に記載のステレオ音響信号処理方法において、
各周波数帯域ごとの類似度を、周波数帯域ごとにチャネル信号間の大きさの比と位相差によって二つ求め、求めた二つの類似度から二つの減衰係数を求め、求めた二つの減衰係数から中央付近に定位する音源信号を抑圧もしくは強調するための減衰係数を求めること
を特徴とするステレオ音響信号処理方法。
【請求項3】
請求項2に記載のステレオ音響信号処理方法において、
求めた二つの減衰係数のうち、中央付近に定位する音源信号を強調する時には小さいほうの減衰係数を、抑圧する時には大きいほうの減衰係数を、中央付近に定位する音源信号を抑圧もしくは強調するための減衰係数とすること
を特徴とするステレオ音響信号処理方法。
【請求項4】
請求項1乃至3のいずれか1項に記載のステレオ音響信号処理方法において、
チャネル間のレベル差及び時間差がわずかな音源信号の平均的なパワーとそれ以外の音源信号のパワーとの比を算出し、その比と所望する固定比から抑圧に必要な減衰係数を計算し、チャネル間のレベル差及び時間差がわずかな音源信号の平均的なパワーとそれ以外の音源信号のパワーの比を所望な一定に保つこと
を特徴とするステレオ音響信号処理方法。
【請求項5】
請求項1乃至4のいずれか1項に記載のステレオ音響信号処理方法において、
音の立ち上がり時間を周波数帯域ごとに観測し、立ち上がり時間の早さに応じた減衰係数を前記類似度による減衰係数に乗算して新たな減衰係数とすることで、中央付近に音声と共に定位する、音声に比べて立ち上がりが速いと判断された音源信号をさらに抑圧すること
を特徴とするステレオ音響信号処理方法。
【請求項6】
ステレオ収音、もしくはステレオ再生用に加工された2チャネル音響信号から中央付近に定位する音源信号を抑圧もしくは強調するステレオ音響信号処理装置において、
ステレオ信号を各チャネルごとに複数の周波数帯域に分割する周波数帯域分割手段と、
各周波数帯域ごとにチャネル間の類似度を計算する類似度計算手段と、
類似度から中央付近に定位する音源信号を抑圧、もしくは強調するための減衰係数を計算する減衰係数計算手段と、
その減衰係数を各周波数帯域信号に乗算する乗算手段と、
減衰係数を乗じた後の各チャネルごとの各周波数帯域信号を再合成して出力する音源信号合成・出力手段を備えたこと
を特徴とするステレオ音響信号処理装置。
【請求項7】
請求項6に記載のステレオ音響信号処理装置において、
類似度計算手段は、各周波数帯域ごとにチャネル信号間の大きさの比と位相差によって類似度を二つ求め、
減衰係数計算手段は、類似度計算手段で求めた二つの類似度から二つの減衰係数を求め、求めた二つの減衰係数から中央付近に定位する音源信号を抑圧もしくは強調するための減衰係数を求めること
を特徴とするステレオ音響信号処理装置。
【請求項8】
請求項7に記載のステレオ音響信号処理装置において、
乗算手段は、求めた二つの減衰係数のうち、中央付近に定位する音源信号を強調する時には小さいほうの減衰係数を、抑圧する時には大きいほうの減衰係数を、中央付近に定位する音源信号を抑圧もしくは強調するための減衰係数とすること
を特徴とするステレオ音響信号処理装置。
【請求項9】
請求項6乃至8のいずれか1項に記載のステレオ音響信号処理装置において、
減衰係数計算手段は、チャネル間のレベル差及び時間差がわずかな音源信号の平均的なパワーとそれ以外の音源信号のパワーとの比を算出し、その比と所望する固定比から抑圧に必要な減衰係数を計算し、チャネル間のレベル差及び時間差がわずかな音源信号の平均的なパワーとそれ以外の音源信号のパワーの比を所望な一定に保つこと
を特徴とするステレオ音響信号処理装置。
【請求項10】
請求項6乃至9のいずれか1項に記載のステレオ音響信号処理装置において、
減衰係数計算手段は、音の立ち上がり時間を周波数帯域ごとに観測し、立ち上がり時間の早さに応じた減衰係数を前記類似度による減衰係数に乗算して新たな減衰係数とすることで、中央に音声と共に定位する、音声に比べて立ち上がりが速いと判断された音源信号をさらに抑圧すること
を特徴とするステレオ音響信号処理装置。
【請求項11】
ステレオ収音、もしくはステレオ再生用に加工された2チャネル音響信号から中央付近に定位する音源信号を抑圧もしくは強調するステレオ音響信号処理方法を実行させるプログラムを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体において、
ステレオ信号を各チャネルごとに複数の周波数帯域に分割する処理と、
各周波数帯域ごとにチャネル間の類似度を計算する処理と、
類似度から中央付近に定位する音源信号を抑圧、もしくは強調するための減衰係数を計算する処理と、
その減衰係数を各周波数帯域信号に乗算する処理と、
減衰係数を乗じた後の各チャネルごとの各周波数帯域信号を再合成して出力する処理と、
をステレオ音響信号処理方法を実行させるプログラムを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体。
【請求項12】
請求項11に記載のステレオ音響信号処理方法を実行させるプログラムを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体において、
類似度を計算する処理は、周波数帯域ごとにチャネル信号間の大きさの比と位相差によって二つ求める処理を有し、
減衰係数を計算する処理は、周波数帯域ごとにチャネル信号間の大きさの比と位相差によって二つ求めた類似度から二つの減衰係数を求め、求めた二つの減衰係数から中央付近に定位する音源信号を抑圧もしくは強調するための減衰係数を求める処理を有すること
を特徴とするステレオ音響信号処理方法を実行させるプログラムを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体。
【請求項13】
請求項12に記載のステレオ音響信号処理方法を実行させるプログラムを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体において、
乗算する処理は、求めた二つの減衰係数のうち、中央付近に定位する音源信号を強調する時には小さいほうの減衰係数を、抑圧する時には大きいほうの減衰係数を、中央付近に定位する音源信号を抑圧もしくは強調するための減衰係数とすること
を特徴とするステレオ音響信号方法を実行させる処理プログラムを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体。
【請求項14】
請求項11乃至13のいずれか1項に記載のステレオ音響信号処理方法を実行させるプログラムを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体において、
減衰係数を計算する処理は、チャネル間のレベル差及び時間差がわずかな音源信号の平均的なパワーとそれ以外の音源信号のパワーとの比を算出し、その比と所望する固定比から抑圧に必要な減衰係数を計算し、チャネル間のレベル差及び時間差がわずかな音源信号の平均的なパワーとそれ以外の音源信号のパワーの比を所望な一定に保つ処理を有すること
を特徴とするステレオ音響信号処理方法を実行させるプログラムを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体。
【請求項15】
請求項11乃至14のいずれか1項に記載のステレオ音響信号処理方法を実行させるプログラムを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体において、
減衰係数を計算する処理は、音の立ち上がり時間を周波数帯域ごとに観測し、立ち上がり時間の早さに応じた減衰係数を前記類似度による減衰係数に乗算して新たな減衰係数とすることで、中央に音声と共に定位する、音声に比べて立ち上がりが速いと判断された音源信号をさらに抑圧する処理を有すること
を特徴とするステレオ音響信号処理方法を実行させるプログラムを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体。
【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】
この発明は、音声、楽音、各種環境音源などの複数の音源から発せられた複数の音響信号が混ざった2チャネルステレオ信号において、中央付近に定位する音源信号を強調もしくは抑圧するステレオ音響信号処理方法及び装置並びにステレオ音響信号処理プログラムを記録した記録媒体に関し、ステレオ音楽ソースの受聴者の好みに応じた再生や、騒音環境下で目的とする音声だけを受聴する時などに適用される。
【0002】
【従来の技術】
二本のマイクロホンで収音されたステレオ音響信号、もしくは人工的にチャネル間でレベル差や位相差などをつけることで複数音源を複数位置に定位されたステレオ音響信号から、中央付近に定位する音源信号のみを抑圧するには、片側の信号の正負を反転、逆相にしてもう一方の信号に加算すればよい。これは中央に定位する音源の左右の信号の差違が小さいことにより実現される方法である。この方法は、既にでき上がった音楽信号から歌など主旋律のパートを消去し、伴奏だけを取りだすいわゆるボーカルキャンセル技術として利用される。
【0003】
しかしこの方法では、ステレオであった伴奏は加算によってモノラルになってしまうという問題があった。加えてこの方法では、中央に定位する音源を抑圧する量を調整することは出来ない。
一方、難聴者は、複数の音源が存在する中から目的とする音源信号を聞き取る能力(いわゆるカクテルパーティー効果と呼ばれる。)が劣っているといわれている。このため、健聴者を対象に作成された音楽信号では、しばしば伴奏が歌より大きく感じられることが指摘されている。この場合にはセンターに定位する歌を強調し、伴奏を抑圧することが望まれるが、これは前述の方法では実現できない。
【0004】
複数の音源が混合された信号から目的とする音源信号を抽出、もしくは強調する方法は他にもある。
第1の方法は、周期構造を持つ音源を周波数領域において基本周波数を推定し、調波構造を抜きだすことにより、同一音源と推定する成分を再合成する方法である。
しかしこの第1の方法では、音源は調波構造に限定され、さらに音源の調波構造の推定には必ず誤差が生じるため、それが雑音として知覚されることにより、目的音源信号の抽出精度が悪くなる問題があった。
【0005】
第2の方法は、周波数特性の変動が比較的ゆるやかな定常的な雑音源と周波数特性が定常的音源よりも頻繁に変動する例えば音声のような目的信号音源が重畳された信号から、後者の目的音源信号を抽出、もしくは強調する方法である。これは混合された信号を周波数領域において、まず目的音源信号が重畳されていない部分、すなわち雑音源信号を推定し、雑音源信号の平均的な周波数特性を記憶する。そして、周波数領域において、雑音源信号と目的音源信号が重畳された信号から記憶された雑音源の平均的な周波数構造を減算することで目的音源信号を強調、もしくは抽出する方法である。
【0006】
しかしこの第2の方法では、雑音源信号が定常であることが必要で、歌の伴奏のように非定常な音源の伴奏のみの個所の推定、及び抑圧は困難であった。
【0007】
【発明が解決しようとする課題】
本発明の目的は、ステレオ音響信号から中央付近に定位する音源信号を抑圧、もしくは強調する技術において、抑圧、強調する割合の調整を可能とすることである。
本発明の別の目的は原信号の定位を損なわず、中央付近に定位する音源信号だけを強調、もしくは抑圧することである。
【0008】
本発明の別の目的は、目的とする音源信号の調波構造に依存せずに高精度に抑圧、もしくは強調することである。
本発明の別の目的は、目的外の信号(雑音信号)が非定常な信号であっても高精度に目的音を抑圧、もしくは強調することである。
【0009】
【課題を解決するための手段】
上記目的を達成するために、本発明のステレオ音響信号処理方法及び装置は、ステレオ音響信号を入力し、二つのチャネル信号を各チャネルごとに複数の周波数帯域に分割し、各周波数帯域ごとにチャネル間の類似度を計算し、類似度などから中央に定位する音源信号を抑圧、もしくは強調するための減衰係数を計算し、この減衰係数を各周波数帯域信号に乗じた後の各チャネルごとの各周波数帯域信号を再合成し、再合成した信号を出力することにより構成される。
【0010】
本発明は、入力されたステレオ信号をチャネルごとに複数の周波数帯域に分割する。そして、各周波数帯域ごとにチャネル間の信号の類似度をその振幅比や位相差などによって決定する。そして、類似度の高い周波数帯域に比べて類似度の低い周波数帯域に小さな減衰係数を乗算して、各チャネルごとに再合成して出力すれば、減衰係数の下限値に応じて中央に定位する音源が強調される。反対に類似度の低い周波数帯域に比べて、類似度の高い周波数帯域に小さな減衰係数を乗算して各チャネルごとに再合成して出力すれば、減衰係数の下限値に応じて中央に定位する音源が抑圧される。
【0011】
【発明の実施の形態】
(第1実施例)
図1は本発明の第1の実施例を示すブロック図である。
ステレオ信号入力部102に入力される音響信号は、強調、もしくは抑圧したい目的音源信号が中央付近に定位するように収音されているステレオ信号であれば本発明は有効である。
【0012】
ステレオ信号入力部102に入力されたステレオ信号は左右のチャネルごとに処理される。以下にその処理方法の詳細を述べる。
左チャネルの信号sLは、左チャネル周波数帯域分割部103によって周波数領域に変換される。同様に右チャネルの信号sRは、右チャネル周波数帯域分割部110によって周波数領域に変換される。ここで帯域分割数をNとする。左チャネルにおいて帯域分割された信号を低い周波数から順にfL(0),fL(1),fL(2),・・・,fL(k),・・・,fL(N-1)とする。右チャネルにおいて帯域分割された信号を低い周波数から順にfR(0),fR(1),fR(2),・・・,fR(k),・・・,fR(N-1)とする。類似度計算部104において、fL(k),fR(k)は、同じ周波数帯域ごとに類似度a(0),a(1),a(2),・・・,a(k),・・・,a(N-1)が計算される。ステレオ信号において、中央付近に定位する音源信号は左右の信号が一致、もしくはその差違が非常に小さい。これは、周波数領域に変換したのちも全ての周波数領域において、左右の成分の差違は小さいことを意味する。このことから類似度は、kが等しい、即ち同じ周波数成分間で、fL(k)とfR(k)の差違で決定することが出来る。
【0013】
そして、各周波数帯域ごとに計算された類似度a(k)に基づき各周波数帯域ごとに減衰係数計算部105において減衰係数g(k)(k=0?N-1)が算出される。減衰係数は同一周波数帯域において、左右チャネル間で同一なものが各周波数帯域信号fL(k)に乗算器116で乗算される。
つまり、各周波数帯域ごとの左右レベル差、位相差から各周波数帯域ごとに類似度、そして減衰係数を計算し、各帯域に乗じて、左右チャネル音源信号合成部106,111で再合成することで、類似度の大きな成分だけの成分集合sL´,sR´が出力され、その結果、中央付近に定位する音源信号だけが残る。
類似度の計算方法
類似度a(k)の計算方法について、左右周波数帯域分割部103,110が短時間フーリエ変換(以下、FFTと略する)である場合について述べる。
【0014】
FFTで周波数分割した場合、fL(k)およびfR(k)は一般に複素数となり、位相を考慮する必要がある。そこで、各成分の大きさの比と位相差によって二つの類似度を計算する。大きさの比による類似度をai(k)、位相差による類似度ap(k)とすると、
【0015】
【数1】

ap(k)=cosθ(2)
ここで、θはfL(k)とfR(k)の位相差を表す。
【0016】
類似度ai(k),ap(k)は減衰係数計算部105に送られ、減衰係数g(k)が計算される。
減衰係数の計算方法
減衰係数g(k)の計算方法について説明する。
1.中央定位音源信号を強調する場合
中央に定位する音源信号を強調する場合について説明する。
▲1▼大きさの比による減衰係数gi(k)の計算方法を説明する。
【0017】
(1)式から明らかなように、類似度ai(k)は、fL(k)とfR(k)の大きさが等しい時に1になり、それ以外は1より小さい値となる。したがって、大きさの比による類似度ai(k)を引数とする関数において、単調増加の関数の出力をgi(k)に選べばよい。
図2にその一例を示す。横軸は20log_(10)(ai(k))、縦軸は20log_(10)(gi(k))を示している。
【0018】
ここで、Ai(k)=20log_(10)(ai(k)),Gi(k)=20log_(10)(gi(k))とすると、

中央に定位する音源信号だけであるならば、全てのkに対してai(k)は1(20log_(10)(ai(k))=0)になるが、その他に定位する信号が重畳されることにより、中央定位音源信号が支配的な帯域であっても1よりもやや小さくなることがある。よって図2のように適当な幅εを持たせることが有効である。この適当な幅εは例えばβは左右のレベル差や位相差が僅かで中央に音を知覚させる中央定位音源信号について音質などの変化が無視できる範囲で予め聴感上で決めることが好適である。ただし、εを大きくしすぎると、中央付近で左右いずれかの方向にずれて定位した音源信号などを抑圧することが出来なくなる。よって、εは誤差による中央定位音源信号の音質などの変化が無視できる範囲で0に近い値にすることが望ましい。
【0019】
Giminは、中央定位音源信号以外の信号の抑圧量に相当する。この値を変化させることで、歌と伴奏に例えるならば、歌の大きさに対する伴奏の大きさを調整することが可能となる。図2において、βをεと一致させてもよいし、一致させなくてもよい。βをεに近づけると中央定位音源信号以外の信号は等しくGiminの減衰量で減衰されることが期待できるが、中央定位音源信号の支配的な帯域が誤って抑圧された場合の誤差の影響も大きくなる。βをεから離すことで中央定位音源信号が支配的な帯域を誤って抑圧した場合の誤差の影響を小さく出来るが、定位する位置によって抑圧量が変わってしまい、歌の伴奏に例えるならば、伴奏楽器間の音量のバランスが変わってしまうことが予想される。よって、中央定位音源信号の音質などの変化が無視できる範囲でβはεに近い値(0>ε>β)にすることが望ましい。
▲2▼位相差による減衰係数gp(k)の計算方法を説明する。
【0020】
(2)式から明らかなように、類似度ap(k)は、fL(k)とfR(k)の位相が一致したときに1になり、それ以外は1より小さい値であり、位相差θがπ/2ラジアンの時に0、θがπラジアンの時、すなわち逆相の時に-1で最小である。一般に位相差による定位知覚は周波数帯域に依存し、大きさの比ほど単純ではない。しかし、少なくとも中央に定位する音源信号に関しては位相差は0に近く、よってap(k)は1に近い値であることが期待できる。このことから位相差による減衰係数gp(k)は例えば図3に示すように計算すればよい。
【0021】
図3にその一例を示す。横軸はap(k)、縦軸は20log_(10)(gp(k))を表す。
ここで、Gp(k)=20log_(10)(gp(k))とすると、

中央に定位する音源信号だけであるならば、全てのkに対してap(k)は1になるが、その他の雑音信号が重畳されることにより、中央定位音源信号が支配的な帯域であっても1よりやや小さくなることがある。よって図2のように適当な幅ζを持たせることが有効である。しかしζを大きくしすぎると、中央に定位しない他の音源信号の抑圧が不十分になる。よって、ζは誤差による中央定位音源信号の変化が無視できる範囲で1に近い値(1>ζ)にすることが望ましい。Gpminは、中央定位音源信号以外の信号の抑圧量に相当する。この値を変化させることで、歌と伴奏に例えるならば、歌の大きさに対する伴奏の大きさを調整することが可能となる。
【0022】
図3において、αとζとを一致させてもよいし、一致させなくてもよい。αをζに近づけると中央定位音源信号以外の信号は等しくGpminの減衰量で減衰されることが期待できるが、中央定位音源信号の支配的な帯域が誤って抑圧された場合の誤差も大きくなる。αをζから離すことで中央定位音源信号が支配的な帯域を誤って抑圧された場合の誤差の影響を小さく出来るが、位相差による抑圧量の違いは周波数帯域によってその影響度が異なるため、歌の伴奏に例えるならば、伴奏楽器の音量のバランスだけではなく音色などが変わってしまうことなどが予想される。よって、中央定位音源信号の変化が無視できる範囲でαはζに近い値(0>ζ>α)にすることが望ましい。
▲3▼二つの減衰係数gi(k)とgp(k)から実際にfL(k),fR(k)に乗算する減衰係数g(k)の計算方法を説明する。
【0023】
適当な距離を離した二つのマイクロホンで比較的マイクロホンから距離が近い複数の音源信号を収音したステレオ信号が入力信号である場合には、ステレオ再生における定位は左右のマイクロホンに入ってくる信号の位相差と大きさの比(レベル差)に依存する。低い周波数においてはレベル差はつきにくく、位相差が大きく影響する。高い周波数では、大きさの比が大きく影響する。よって、例えば周波数帯域を二つに分けてそれよりも低い周波数においてはgi(k)を、高い周波数においてはgp(k)を採用することが考えられる。しかしながら、壁に囲まれた残響のある部屋において、マイクロホンから離れた位置に存在する音源からの信号は一般に左右のレベル差はほとんどなく、逆に位相が左右のマイクロホンでランダムになるため(2)式の値が0に近くなる。この場合は全ての周波数において優先的にgp(k)を使うことが望ましい。さらにポピュラー音楽等の場合は、直接マイクロホンで収音するだけでなく、左右チャネル信号に大きさの比や時間差、あるいは位相の時間的な変化を人工的に付加することで自然界には存在しない定位を得ることが普通であり、もっと複雑になる。以上のように様々なステレオ入力信号に応じて、最適なg(k)の選択をすることは非常に困難である。しかしながら、どの場合も少なくとも中央に定位する音源信号の大きさの比と位相差は共に小さい、そこで、g(k)として、gi(k)とgp(k)の小さいほうを採用することにする。即ち、
g(k)=min(gi(k),gp(k))(3)
ここで、min(A,B)はAとBのどちらか小さい方を出力することを意味する。つまり、どんなステレオ入力信号であっても、大きさか位相の少なくとも一方が左右で異なる場合は抑圧することになり、その結果、中央に定位する音源信号を強調することが可能となる。
【0024】
上記のように減衰係数計算部105で計算されたg(k)は図1にあるように各チャネル各周波数帯域のfL(k),fR(k)に乗算器116で乗算される。同じ帯域kにおいて左右のチャネルに同じg(k)を乗算することで、中央に定位する音源信号以外の音源信号を定位を維持したまま抑圧することが可能となる。g(k)を乗算した信号は、fL(k)は左チャネル音源信号合成部106で再合成して時間波形sL´に変換される。fR(k)は右チャネル音源信号合成部111で再合成して時間波形sR´に変換される。sL´,sR´はステレオ信号出力部107から、ラウドスピーカ108やステレオヘッドホン109に送られる。
【0025】
以上の処理により、中央に定位する音源信号を強調、その他の音源信号を抑圧した合成信号をステレオラウドスピーカ108やステレオヘッドホン109等で受聴することが可能となる。
2.中央定位音源信号を抑圧する場合
中央に定位する音源信号を抑圧し、それ以外の音源信号を強調する場合について説明する。
図1において類似度計算部104で類似度ai(k),ap(k)を計算するところまでは先に述べた中央に定位する音源信号を強調する場合と同じであり、類似度から減衰係数を計算する部分が異なる。中央に定位する音源信号を抑圧するのであるから、大きさによる減衰係数gi(k)を図4に示すように計算し、位相による減衰係数を図5に示すように計算すればよい。
【0026】
図4、5にその一例を示す。
ここで、Ai(k)=20log_(10)(ai(k)),Gi(k)=20log_(10)(gi(k)),Gp(k)=20log_(10)(gp(k))とすると、

即ち、左右の類似度が大きいほど減衰係数を小さくすることによって、中央に定位する音源信号を抑圧することが可能となる。α,β,ε,ζの考え方は前述の中央に定位する音源信号を強調する場合と同様であるため割愛する。gi(k)とgp(k)からg(k)を得る方法も強調の場合と同じ考えで、
g(k)=max(gi(k),gp(k))(4)
と計算する。ここで、max(A,B)はAとBから大きいほうを出力することを意味する。即ち、大きさによる減衰係数gi(k)と位相による減衰係数gp(k)の少なくともどちらか一方が大きい場合には、左右チャネル信号に位相差か大きさの違いがあることを意味し、その信号は中央に定位する音源信号ではないと考えるからである。gi(k)とgp(k)が共に小さい場合のみ、中央に定位する音源信号であり、抑圧の対象となる。
【0027】
減衰係数計算部105で計算されたg(k)を各周波数帯域のfL(k),fR(k)に乗算するところから先は中央に定位する音源を強調する場合と同じであるので割愛する。上記の方法では、原信号における中央付近に定位する音源信号とそれ以外の音源信号(例えば、歌と伴奏に対応する)の音量差にかかわらず、減衰係数g(k)により、一律に抑圧される。つまり、原信号において既に適切な音量差であった場合でも、さらに抑圧され、音量差は拡大する。
【0028】
そこで、次に、原信号の中央付近に定位する音源信号とそれ以外の音源信号の音量差を推定し、その差を一定にするように減衰係数を決定する方法について説明する。
中央付近に定位する音源信号を強調する場合には、g(k)の値が大きければ中央定位音源信号成分と推測される。そこで、g(k)の値に適当なしきい値gthを設定し、gthよりも大きな周波数成分の大きさの合計を中央付近定位信号の大きさの推定値gcとする。同様にgthよりも小さな周波数成分の大きさの合計を中央以外に定位する音源信号の大きさの推定値gbとする。これらの値は瞬時の値であるため、これらの長時間平均をとる、その方法には、例えば、移動平均法などが考えられる。それらの値をgca,gbaとすると、
rcb=gca/gba(5)
rcbは騒音で考えると長時間平均のSN比に相当する。Sが中央付近定位音源信号の大きさ(パワー)で、Nがそれ以外の定位音源信号の大きさに相当する。次にこのrcbを基準に所望のSN比にするように「N」を抑圧することを考える。所望のSN比をrd、必要な抑圧量をg2とすると、rcbを抑圧量g2で割った値がrdになればよい。よって、
g2=rcb/rd(rcb≦rdのとき)
g2=1.0(rcb>rdのとき)(6)
上式では、原信号のSN比が、所望のSN比よりも大きい時には抑圧しない。その際、原信号よりもSN比を強制的に小さくしたい場合には、rcbとrdの大小関係にかかわらず、(6)式上段のみを使用し、1より大きなg2に設定すればよい。
【0029】
各周波数帯域において、減衰係数が上述のgthよりも小さな帯域成分に対し、g2を乗算することで、平均的なSN比、すなわち中央定位音源信号とそれ以外の音源信号の音量差を所望量にすることが可能となる。
以上の処理により、中央に定位する音源信号を抑圧、その他の音源信号を強調した合成信号をステレオラウドスピーカ108やステレオヘッドホン109等で受聴することが可能となる。
(第2実施例)
図6は、本発明の第2の実施例を示すブロック図である。
【0030】
減衰係数g(k)を乗算した後、左右のチャネル信号を加算器117で加算することでモノラル化する。ステレオの効果はなくなるが、左右のチャネルの信号を加算することで左右チャネルで無相関な音源信号成分をより抑圧することが可能である。
多くの歌の入ったポピュラー音楽において中央には歌の他にベースドラムやベースの音を定位させる場合が多い。これらの主たる周波数成分は歌の周波数成分よりも低いため、これらを抑圧するには、例えば減衰係数計算部105において、図7に示したようなge(k)をg(k)に乗算し、新たなg(k)とすることも有効である。図7において、横軸は分割周波数帯域k、縦軸は20log_(10)(ge(k))である。kLは低音楽器を抑圧するための下限周波数帯域を示す。kL以下の周波数帯域をGemin抑圧する。mは周波数帯域が低くなるにつれて除々に抑圧量を増やしていくことで周波数軸上の不連続を押さえるための小さな正の整数である。kLやmを大きくしすぎると歌の低域周波数成分を抑圧してしまうため、例えば周波数に換算してkLは100Hzから200Hzくらいが適当である。
【0031】
逆に中央に定位する歌のみを抑圧し、中央に定位するベースドラムやベースの音を抑圧しないようにするには、g(k)による中央定位音源帯域の抑圧を、低い周波数帯域(例えば、0?200Hzの帯域)では行わないようにすればよい。
中央に定位するベースドラムなどを抑圧するもう一つの方法を説明する。ベースドラムは、音の立ち上がり時間が音声に比べて速い。そこでベースドラムの主たる周波数帯域において、音の立ち上がり時間を観測し、立ち上がり時間の短さに応じた減衰係数gak(k)をg(k)に乗算して新たなg(k)とすることで立ち上がりの速いベースドラムだけを抑圧することが可能となる。
【0032】
その一手法について説明する。
ある周波数帯域kのT時刻の左右チャネルの平均を取った大きさをA(k,T)=(|fL(k,T)|+|fR(k,T)|)/2とする。1時刻前のA(k,T-1)との比をrとする。ここで、単位時刻は1フレームで通例数十ミリ秒程度である。
r=A(k,T)/A(k,T-1) (A(k,T)>A(k,T-1)の時)
r=1.0 (A(k,T)<A(k,T-1)の時)(7)
rが大きいほど、kの周波数帯域の立ち上がりが鋭いことを意味するから、立ち上がりの鋭さに対する減衰係数をgak(k,T)を、rが大きいほどgak(k,T)が小さくなるような関数の出力にすればよい。
例えば、
【0033】
【数2】

rtはrの値に対してどの程度の割合で減衰させるかを表す負の実数である。
図8はrt=-3の時、横軸にr、縦軸に20log_(10)(gak(k,T))を示した例である。Gakmin=-50は、減衰量の下限値を表している。各時刻において常に(8)式におけるgak(k,T)を乗算しているとスペクトルの時間変化が不連続になるので、
gak´(k,T)=gak´(k,T-1)+δ(gak(k,T)-gak´(k,T-1))(9)
(9)式のようにスムージング処理を施したgak´(k,T)を用いるのがよい。ここでδはスムージングのための係数で、0より大きく1以下の実数である。gak´(k,T-1)とgak(k,T)の大小関係で異なる値を用いてもよい。
【0034】
以上の処理により、ステレオ音響信号の中央に定位する音源信号を強調、もしくは抑圧することが可能となる。
本発明のステレオ音声処理装置はCPUやメモリ等を有するコンピュータと、アクセス主体となるユーザが利用するユーザ端末と記録媒体とから構成することができる。記録媒体はCD-ROM、磁気ディスク装置、半導体メモリ等のコンピュータ読み取り可能な記録媒体であり、ここに記録されたステレオ音声処理プログラムはコンピュータに読み取られ、コンピュータの動作を制御し、コンピュータに左右チャネルごとに複数の周波数帯域に分割する処理、各周波数帯域ごとにチャネル間の類似度を計算する処理、類似度から中央付近に定位する音源信号を抑圧、もしくは強調するための減衰係数を計算する処理、その減衰係数を各周波数帯域信号に乗算する処理、及び減衰係数を乗じた後の各チャネルごとの各周波数帯域信号を再合成する処理等のステレオ音響処理方法を実行させる。なお、上記ステレオ音声処理プログラムは通信回線を介して伝送されたものであってもよい。
(利用方法)
次に本発明の利用方法について説明する。
【0035】
図9は本発明の第1の利用方法を示している。
音楽コンパクトディスク301はステレオ再生用で、その中に中央に定位する主たる音源信号も収録されているものとする。音楽コンパクトディスク301をパーソナルコンピュータ302において、図1,もしくは図4に示した本発明の中央に定位する音源信号を強調する処理と周波数特性等の聴覚補正処理などを施し、出力する。アンプ303で利得を調整した後、ステレオヘッドホン304等で聴取する。これは、例えば聴覚者等が歌に比べて伴奏を小さくして聞きたい場合などに利用できる。
【0036】
図10は本発明の第2の利用方法でミュージックオンデマンドに本発明を利用する例を示している。
音楽ソースはネットワーク306に接続されたホストコンピュータ305に多数格納されている。利用者はネットワーク306に接続したパーソナルコンピュータ302から、ホストコンピュータ305に自分の聞きたい音楽ソース名と、信号の処理方法を指定する。信号の処理方法の指定とは、例えば、本発明における中央に定位する歌以外の伴奏をどれだけ小さくするか、あるいは周波数特性を自分の好みに応じてどのように調整するか、などの処理の指定である。ホストコンピュータはその指定に従って音楽ソースを検索、指示通りの信号処理をした後、もしくは処理をしながらネットワークを介して利用者のパーソナルコンピュータ302へ音楽信号を送信する。利用者は、パーソナルコンピュータ302から出力された音楽信号をアンプ303で利得を調整し、ステレオヘッドホン304等で送られて来た音楽信号を聴取する。
【0037】
また、パーソナルコンピュータの代わりに、ネットワークに無線で接続できる機能を内蔵した携帯型の音楽再生機でも、同じことが可能である。
また、以上の利用方法において、中央に定位する歌などを抑圧する処理をすれば、例えば携帯型の簡易カラオケなどに利用することも出来る。
図11は本発明の第3の利用方法を示した図である。
正面で話す話者の声を強調することを目的とする。難聴者の例えば頭部左右に配置した単一指向性マイクロホン201,202で収音した音響信号を、難聴者が携帯する小型の筺体に内蔵した本発明処理部で処理することで正面話者の音声以外の騒音を抑圧する。その後、同筺体に内蔵された音質や利得などの補聴処理を施し、左右のイヤホン203,204へ出力することで騒音を抑圧し、強調した正面話者の音声を受聴することが可能となる。
【0038】
【発明の効果】
以上の説明のように本発明によれば、ステレオ音響信号から原信号の定位を損ねず、中央に定位する音源信号を所望の量だけ強調、もしくは抑圧することが、音源の定位情報のみで可能となり、以下のような効果が期待できる。
(1)難聴者等が市販の音楽ソースを受聴する際、中央に定位する主たる音源信号である歌とそれ以外の伴奏の音量バランスを、難聴者自身が自由に聞き易いように調整し、音楽をより良く楽しむことが期待できる。
(2)騒音環境下において、正面にいる目的話者の音声のみを強調することが可能となり、快適なコミュニケーションを実現することが期待できる。
(3)中央に定位する歌などを抑圧することでカラオケ音源などを作成することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明の第1の実施例を示すブロック図。
【図2】中央定位音源を強調する時のai(k)とgi(k)の関係を示す図。
【図3】中央定位音源を強調する時のap(k)とgp(k)の関係を示す図。
【図4】中央定位音源を抑圧する時のai(k)とgi(k)の関係を示す図。
【図5】中央定位音源を抑圧する時のap(k)とgp(k)の関係を示す図。
【図6】本発明の第2の実施例を示すブロック図。
【図7】kとge(k)の関係を示す図。
【図8】rとgak(k,T)の関係を示す図。
【図9】本発明の第1の利用方法を示す図。
【図10】本発明の第2の利用方法を示す図。
【図11】本発明の第3の利用方法を示す図。
【符号の説明】
102 ステレオ信号入力部
103 左チャネル周波数帯域分割部
104 類似度計算部
105 減衰係数計算部
106 左チャネル音源信号合成部
107 ステレオ信号出力部
108 ステレオラウドスピーカ
109 ステレオヘッドホン
110 右チャネル周波数帯域分割部
111 右チャネル周波数音源信号合成部
112 音源信号合成部
113 モノラル信号出力部
114 ラウドスピーカ
115 モノラルイヤホン
116 乗算器
117 加算器
201 左ch単一指向性マイクロホン
202 右ch単一指向性マイクロホン
203 左chイヤホン
204 右chイヤホン
205 本発明処理部、補聴部
301 音楽コンパクトディスク
302 パーソナルコンピュータ
303 アンプ
304 ステレオヘッドホン
305 ホストコンピュータ
306 ネットワーク
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
審理終結日 2008-08-26 
結審通知日 2008-08-28 
審決日 2008-09-09 
出願番号 特願2000-268442(P2000-268442)
審決分類 P 1 123・ 537- YA (H04S)
P 1 123・ 121- YA (H04S)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 江嶋 清仁  
特許庁審判長 奥村 元宏
特許庁審判官 新宮 佳典
乾 雅浩
登録日 2005-04-22 
登録番号 特許第3670562号(P3670562)
発明の名称 ステレオ音響信号処理方法及び装置並びにステレオ音響信号処理プログラムを記録した記録媒体  
代理人 草野 卓  
代理人 草野 卓  
代理人 中尾 直樹  
代理人 中村 幸雄  
代理人 中尾 直樹  
代理人 中村 幸雄  

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