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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 F16H
管理番号 1189870
審判番号 不服2007-9549  
総通号数 110 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2009-02-27 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2007-04-05 
確定日 2008-12-24 
事件の表示 特願2001-561930「Vベルトシステム」拒絶査定不服審判事件〔平成13年 8月30日国際公開、WO01/63145、平成15年 8月12日国内公表、特表2003-524130〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯
本願は、平成13年(2001年)2月21日(パリ条約による優先権主張2000年(平成12年)2月22日外国庁受理、グレートブリテン及び北アイルランド連合王国)を国際出願日とする出願であって、平成18年12月26日(起案日)付けで拒絶査定がなされ、これに対して平成19年4月5日に拒絶査定不服審判の請求がなされたものである。

2.本願発明1
本願の請求項1ないし5に係る発明は、平成18年3月8日付けの誤訳訂正により訂正され、平成18年9月29日付けの手続補正により補正された明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1ないし5に記載された事項により特定されるとおりのものであると認められるところ、その請求項1に係る発明(以下、「本願発明1」という。)は次のとおりのものである。

「次の構成を備えた同期回転Vベルト動力伝達システム。
無端部材(10)。この無端部材は、プーリ係合面(14,22)、互いに対向する傾斜した側面(12,13)及び無端部材(10)の主軸線(A)に沿って延びる少なくとも一つの引っ張り部材(15)を有している。
プーリ係合面(14,22)は、歯付きプーリ(16)と係合するための歯付き形状を有している。
互いに対向する傾斜した側面(12,13)は、Vベルトプーリ溝(18)と係合する閉じ込み角αを形成する。
溝(18)と第1の直径とを有するVベルトプーリ(17)。
第2の直径を有する歯付きプーリ(16)。
第1の直径が、第2の直径より大きい。
このシステムは、次の構成によって特徴付けられている。
上記プーリ係合面(14,22)と上記互いに対向する側面(12,13)とが上記無端部材(10)の同一側に配置されている。
上記無端部材の同一側が上記Vベルトプーリの溝(18)及び歯付きプーリ(16)と駆動的に係合する。上記無端部材(10)は、荷重が変化している間中、互いに対向する傾斜した側面(12,13)とVベルトプーリ溝(18)との間で瞬間的なスリップが発生するように予め定められた張力を有している。
上記無端部材が、上記互いに対向する傾斜した側面(12,13)から外部に延びるファイバーをさらに有している。」

3.刊行物及びその記載事項
本願の出願前に国内で頒布された以下の刊行物に記載された事項は次の通りである。

(1)刊行物1
原査定の拒絶の理由に引用された実願昭59-196379号(実開昭61-112146号)のマイクロフィルム(以下、「刊行物1」という。)には、「ミシンのベルト駆動装置」に関し、図面とともに以下の事項が記載されている。

イ.「本考案はミシンの径の異なる一対のプーリのベルト駆動装置に関する。」(1ページ15-16行)

ロ.「VベルトとV溝付プーリによる駆動は第4、5図の如く比較的径の大きなプーリの場合そのV溝での接触量が多いため、ベルト張力を比較的弱めとしても充分確実な伝達が行えるものであるが、プーリ径を一定以下にするとVベルトとV溝部との間のスリップが大きくなり、ベルト張力を強めに張ったとしても確実な伝達が行われにくいという欠点を有している。この小径でのスリップ防止の上では第6、7図に示す歯付ベルトと歯付プーリとによる駆動方法を採用すると、歯部の噛合いによるためスリップがないので小プーリの径をかなり小さくしても確実な伝達が行えるが、その反面ピッチサークルのエラー等によりプーリの歯にベルトの歯が乗り上げることによる騒音発生や回転のムラ、振動といったことの原因となるなどの不利がある。
これは噛合量の多い径の大きなプーリにおいてより顕著に現れる。・・・・・・ミシンのモータの回転を主軸に伝達する場合、ミシンモータのトルクカーブは高速回転時に高出力を取出し易いことから、ミシンの駆動は大きな減速比が要求され、小型のモータプーリと大径の主軸プーリとを使用する。このような条件では大径のプーリに適したVベルト駆動と小径のプーリに適した歯付ベルト駆動のどちらの駆動方法を選択してもそれぞれ不充分な面を持っているため減速条件によっては2段減速を行うなどの必要があった。」(2ページ4行-4ページ3行)

ハ.「本考案の実施例を図面により詳細に説明する。第1図から第3図はミシンの駆動装置であり、モータの回転をベルト駆動によりミシン主軸に伝達するものであって、径の異なる一対のプーリの径の比によりモータの回転を主軸に減速して伝達するものである。小プーリ1はモータの回転軸に取付けられたプーリであり、その外周に歯型2を有する。大プーリ3はミシン主軸に取付けられたプーリであり、その外周にV溝4を有している。
本装置に懸架する歯付Vベルト5は内周に前記小プーリ1の歯形2に噛合する歯形6を有し、その断面は前記大プーリ3のV溝4に噛合するV型形状のものである。
本考案のベルト駆動はモータ側は前記小プーリ1の歯形2と前記歯付Vベルト5の歯形6が噛合して伝達し、主軸側は前記歯付VベルトのV型形状と前記大プーリ3のV溝4との磨擦により伝達が行われる。」(4ページ16行-5ページ13行)

ニ.「以上の如く径の異なる一対のプーリの小径側を歯付プーリとし大径側をV溝付プーリとしてこれに懸架するベルトは歯付Vベルトとしたことにより、小プーリ側でのスリップをなくし更に大プーリ側でのベルトの乗り上げや騒音、振動発生等を防ぐことが出来、小プーリの径が大プーリの径の1/2以下であるような減速比の組合せに対しても確実にかつ円滑に伝達する事が出来る。・・・・・・又大プーリ側はV溝付プーリのため、歯付プーリのような歯部の加工における累積誤差や熱膨脹等による寸法変化から生じるベルトの乗り上げ、飛び越しに対する配慮の必要がなくなるため無添加プラスチック材の使用を可能とし製作の容易化および材料の選択によるコストダウンが行える。」(5ページ15行-6ページ13行)

してみると、刊行物1には、以下の発明(以下、「刊行物1記載の発明」という。)が記載されているものと認められる。

「径の異なる一対のプーリの径の比によりモータの回転を主軸に減速して伝達するものであって、小プーリ1はモータの回転軸に取付けられてその外周に歯型2を有し、大プーリ3はミシン主軸に取付けられてその外周にV溝4を有し、歯付Vベルト5は内周に小プーリ1の歯形2に噛合する歯形6を有し、断面は大プーリ3のV溝4に噛合するV型形状であって、ベルト駆動は、モータ側は小プーリ1の歯形2と歯付Vベルト5の歯形6が噛合して伝達し、主軸側は歯付VベルトのV型形状と大プーリ3のV溝4との磨擦により伝達が行われるミシンの駆動装置。」

(2)刊行物2
原査定の拒絶の理由に引用された特開平11-44347号公報(以下、「刊行物2」という。)には、「動力伝動用ベルト」に関し、図面とともに以下の事項が記載されている。

ホ.「図1は本発明に係る動力伝動用ベルトの断面斜視図である。本発明の動力伝動用ベルト1では、短繊維12をベルト幅方向に配向するように混入したゴムを圧縮ゴム層2と伸張ゴム層3に配し、ポリエステル、ナイロン、アラミド繊維などを素材とするコードからなる心線4を接着ゴム層5に埋設し、そして圧縮ゴム層2から伸張ゴム層3に至ってプーリ凸部に嵌合するV状溝部6をベルト幅方向にて一定間隔で切り込んだ形状になっている。即ち、上記V状溝部6の頂部7が心線4のピッチラインよりも伸張ゴム層3側へ位置し、高負荷伝動を可能にしている。」(2ページ2欄34?44行;段落番号【0008】参照)

ヘ.「上記圧縮ゴム層2および伸張ゴム層3には、・・・・・・例えばパラ系アラミド繊維(商品名:トワロン、ケブラー、テクノーラ)単独、あるいはパラ系アラミド繊維とナイロン、ポリエステル、ビニロン、綿、メタ系アラミド繊維(商品名:コーネックス)等の短繊維を混合してベルト幅方向へ配向している。・・・・・・
また、上記圧縮ゴム層2および伸張ゴム層3の露出面には、短繊維のうちパラ系アラミド繊維がフィブリル化して細分した状態で突出している。・・・・・・この露出面から突出した繊維がベルトとプール間の摩擦力を低下させ、ゴムの粘着摩耗を阻止してベルトスリップによる発音を軽減する。」(3ページ3欄40行-4欄11行;段落番号【0015】、【0016】参照)

(3)刊行物3
原査定の拒絶の理由に引用された特開平3-265741号公報(以下、「刊行物3」という。)には、「ベルト及びその製造方法」に関し、図面とともに以下の事項が記載されている。

ト.「第1図において、1はVリブドベルトで、心体コード2aが接着ゴム2b内に埋設されてなる抗張体部2を介して上下に伸長ゴム部3及び圧縮ゴム部4が積層されてなり、圧縮ゴム部4に3つのリブ4a、4a、4aが形成されている。
上記伸長ゴム部3及び圧縮ゴム部4は、通常ベルト成形に使用される材料例えばクロロプレンゴム等により構成される。
上記圧縮ゴム部4(リブ山4a)には、第2図及び第3図に詳細を示すように、ナイロン、ポリアミド、ビニロン、ポリビニルアルコール、ポリエステル等の熱溶融性合成繊維からなる短繊維5が、ベルト幅方向に配向されて混入されている。短繊維5の露出端部5aは、熱により溶融されて、先端が丸く、かつプーリ接触面4bよりの露出長さができるだけ短くなるように形成されている。具体的には、プーリ接触面よりの露出長さが-10?+40μmとなっている。」(2ページ右下欄8行-3ページ左上欄5行)

チ.「上記実施例は、本発明をVリブドベルトに適用した例について説明したが、その他の短繊維(熱溶融性短繊維)が混入分散されるベルト(例えばVベルト)等に対しても適用することができるのはもちろんである。」(3ページ右下欄9-13行)

(4)刊行物4
原査定の拒絶の理由において、周知技術の例として示された特開平1-150059号公報(以下、「刊行物4」という。)には、「ベルト二段伝達機」に関し、図面とともに以下の事項が記載されている。

リ.「また次段ベルトには積極的にスリップを発生するベルト、例えばVベルト、リブベルト、平ベルト等を使用するため、瞬間的な衝撃を受けても、このベルトとプーリ間のスリップによってその衝撃を吸収し、初段ベルトに影響を及すことがない。」(2ページ左下欄8-13行)

(5)刊行物5
原査定の拒絶の理由において、周知技術の例として示された特開昭51-143170号公報(以下、「刊行物5」という。)には、「ベルト伝動装置」に関し、図面とともに以下の事項が記載されている。

リ.「エンジンからの出力を受けて駆動される駆動輪体1と作業部(図外)へ駆動力を伝達する被動輪体2との間にベルト3が巻掛けられている。」(2ページ左上欄2-4行)

ヌ.「作業部側が過負荷の状態となると、・・・・・・ベルト3は伸びたまゝで、被動輪体2でスリップ現象が生じ、伝達トルクが軽減されるのである。」(2ページ右上欄3-13行)

4.対比
本願発明1と刊行物1記載の発明とを対比すると、刊行物1記載の発明の「歯付Vベルト5」は、本願発明1の「無端部材」に相当する。そして、刊行物1記載の発明の「歯付Vベルト5」が持つ「大プーリ3のV溝4に噛合するV型形状」の「断面」は、本願発明1の「互いに対向する傾斜した側面(12,13)」及び「互いに対向する傾斜した側面(12,13)は、Vベルトプーリ溝(18)と係合する閉じ込み角αを形成する」に相当し、「歯形6」は「プーリ係合面(14,22)」及び「プーリ係合面(14,22)は、歯付きプーリ(16)と係合するための歯付き形状を有している」に相当する。また、刊行物1記載の発明の「外周にV溝4」を有する「大プーリ3」は、本願発明1の「溝(18)と第1の直径とを有するVベルトプーリ(17)」に相当し、「歯型2」を有する「小プーリ1」は「第2の直径を有する歯付きプーリ(16)」に相当し、そして、「大プーリ3」と「小プーリ1」は「第1の直径が、第2の直径より大きい」の関係をも満たすものである。そして、刊行物1記載の発明の「歯型2」と「V溝4」とは、「歯付Vベルト5」の同一側に配置されていることは、第1図ないし第3図から明らかであって、この構成は本願発明1の「上記プーリ係合面(14,22)と上記互いに対向する側面(12,13)とが上記無端部材(10)の同一側に配置されている」に相当し、「ベルト駆動は、モータ側は小プーリ1の歯形2と歯付Vベルト5の歯形6が噛合して伝達し、主軸側は歯付VベルトのV型形状と大プーリ3のV溝4との磨擦により伝達が行われる」は「無端部材の同一側が上記Vベルトプーリの溝(18)及び歯付きプーリ(16)と駆動的に係合する」に相当する。そして、これらの構造を備えた刊行物1記載の発明の「ミシンの駆動装置」は、本願発明1の「同期回転Vベルト動力伝達システム」に相当するシステムを有するものである。
そうすると、本願発明1と刊行物1記載の発明とは、本願発明1の用語に倣えば、

「次の構成を備えた同期回転Vベルト動力伝達システム。
無端部材(10)。この無端部材は、プーリ係合面(14,22)、互いに対向する傾斜した側面(12,13)及び無端部材(10)の主軸線(A)に沿って延びる少なくとも一つの引っ張り部材(15)を有している。
プーリ係合面(14,22)は、歯付きプーリ(16)と係合するための歯付き形状を有している。
互いに対向する傾斜した側面(12,13)は、Vベルトプーリ溝(18)と係合する閉じ込み角αを形成する。
溝(18)と第1の直径とを有するVベルトプーリ(17)。
第2の直径を有する歯付きプーリ(16)。
第1の直径が、第2の直径より大きい。
このシステムは、次の構成によって特徴付けられている。
上記プーリ係合面(14,22)と上記互いに対向する側面(12,13)とが上記無端部材(10)の同一側に配置されている。
上記無端部材の同一側が上記Vベルトプーリの溝(18)及び歯付きプーリ(16)と駆動的に係合する。」

である点で一致し、次の2点で相違する。
相違点A
本願発明1の無端部材は、「無端部材の主軸線に沿って延びる少なくとも一つの引っ張り部材」及び「互いに対向する傾斜した側面から外部に延びるファイバー」を有しているのに対し、刊行物1記載の発明の無端部材は、引っ張り部材及びファイバーについて特定されていない点。

相違点B
本願発明1の無端部材は、「荷重が変化している間中、互いに対向する傾斜した側面とVベルトプーリ溝との間で瞬間的なスリップが発生するように予め定められた張力を有している」のに対し、刊行物1記載の発明は、このような構成について特段の特定がない点。

5.判断
上記相違点A及びBについて検討すると、
初めに相違点Aについて検討するに、プーリに接触するV状の部分を有する伝動ベルトに、引っ張り部材を設けること及び傾斜した側面から外部に伸びるファイバーを設けることは、いずれも刊行物2及び刊行物3に記載されているように周知技術であって、当業者が必要に応じて適宜採用しているものである。そして、刊行物1記載の発明の無端部材にこれらの周知技術を適用することを阻害する格別な要因を見出すこともできない。そうすると、刊行物1記載の発明の無端部材にこれら周知技術を適用し、相違点Aに係る本願発明1の構成とすることは、当業者であれば容易になしうるものである。

次に相違点Bについて検討するに、刊行物1の摘記事項ロ.の「プーリ径を一定以下にするとVベルトとV溝部との間のスリップが大きくなり」、「この小径でのスリップ防止の上では第6、7図に示す歯付ベルトと歯付プーリとによる駆動方法を採用すると、歯部の噛合いによるためスリップがない」との記載からみて、VベルトとV溝付プーリとの間でスリップが発生することは従来から知られており、そして、刊行物1の摘記事項ニ.の「小プーリ側でのスリップをなくし更に大プーリ側でのベルトの乗り上げや騒音、振動発生等を防ぐことが出来」と記載され、大プーリはVベルトとV溝付プーリの持つ特徴を利用するものと解され、さらにベルトは予め定められた張力でプーリーと係合することは自明であることに鑑みれば、刊行物1記載の発明は、大プーリ3のV溝4と歯付VベルトのV型形状と間にスリップが生じる構成、すなわち「無端部材」は、「互いに対向する傾斜した側面とVベルトプーリ溝との間で瞬間的なスリップが発生するよう予め定められた張力を有している」構成と実質的になっていることは、当業者であれば容易に理解できるものである。そして、過負荷すなわち荷重が変化しているときにベルトとプーリがスリップするよう構成することは刊行物4及び5に記載されているように周知技術である。してみると、刊行物1記載の発明及び該周知技術を知り得た当業者であれば、刊行物1記載の発明の無端部材の張力に対し、該周知技術を踏まえて所要の設計変更を行い、相違点Bに係る本願発明1の構成とすることは、当業者であれば容易になしうるものである。
そして、本願発明1が奏する作用効果も、刊行物1記載の発明及び刊行物2記載の発明から、当業者が予測できる範囲内のものである。

なお、請求人は、平成19年6月21日付けの手続補正(方式)により補正した審判請求書の【請求の理由】欄において、「4.引用文献1の発明と本願発明との比較
引用文献1の発明は、大小のVベルトプーリを用いており、小プーリを歯付プーリにすることにより、小プーリでのスリップを防止している。したがって、引用文献1の発明は、特徴aを備えており、本願発明の効果(ア)を奏するものと考えられる。
しかし、引用文献1には荷重変動時に選択的かつ意図的に大プーリでスリップを生じさせるためのベルトの張力やベルト側面から突出するファイバーに関して全く言及が無い。すなわち、引用文献1は特徴b、cを備えておらず、本願発明の効果(イ)?(エ)を奏し得ない。
・・・・・・
7.周知技術と本願発明の比較
審査官殿が周知技術として引用された特開平1-150059号、特開昭51-143170号では、ベルトが掛け渡された大小のプーリを開示しており、意図的スリップが記載されているが、この周知技術では、このスリップは常に小径プーリで生じ、大径プーリでは生じない。
8.まとめ
以上説明したように、本願発明は荷重変動時に大径のプーリだけに意図的に瞬間的スリップを生じさせるものであり、このような特徴はいずれの引用文献にも開示されておらず、これら引用文献によって当業者が容易に到達可能な発明ではない。
9.補助的議論
本発明の目的は、起動時または負荷変動時に、スパイク荷重によってベルトが受ける磨耗または損傷を低減することである。これは「ソフトスタート」特性と呼んでいるもので、これらの負荷変動時に意図的に瞬間的なスリップを発生させることで、実現される。
突出した(外部に延びた)ファイバーはそのベルトスリップを助長する。ベルトの張力が高くてもベルトスリップが起こり得るからである。しかし、そのスリップを発生させる鍵は、その特定のベルト/プーリ構成に適した張力を提供することである。ベルトがゆる過ぎるとベルトは継続的にスリップすることになり、ベルトがきつ過ぎると、まったくスリップが発生しなくなる。
したがって、本願請求項における「予め定められた張力」は、本発明の非常に重要な要素であり、突出したファイバーと組合せることで、進歩性が確保される。それが、本発明のプーリ装置を、大プーリにおいてスリップを発生させる状態であっても使用可能にさせているからである。
本発明は大プーリでのスリップ発生を要件としている。これは、小プーリでの界面は歯付きであり、それによって小プーリでのスリップを防いでいるからである。しかし、それだけではない。スリップについて述べている先行技術においては、いずれも、スリップが小プーリのみにおいて発生している。これは、抵抗がもっとも小さい箇所のみで、スリップが発生するためである。それは、もちろん、小プーリにおいてのみであった。小プーリはベルトと係合状態にある溝の長さが最小だからである。
したがって、本発明は、大プーリでスリップを発生させている点において、先行技術とは異なっている。
引用文献1の装置に関しては、審査官殿が大プーリでスリップが発生するとお考えになったとしたら、何故なのか、事後分析によって理解できる。しかし、そのようなスリップについては引用文献1には開示されておらず、したがって、審査官殿の示唆は単なる想像に過ぎない。しかし、出願人は、引用文献1の装置ではスリップは起こり得ないであろうと考える。引用文献1における2つのプーリの径を比較して見ていただきたい。小プーリは大プーリよりもはるかに小さい(本発明の例よりも、実に、両者の差が大きい)。したがって、引用文献1でスリップすると考えられているベルトが掛け回されている溝の長さは、小プーリ沿いに掛け回されている長さよりも何倍も長い。したがって、その小プーリ(駆動プーリ)がベルトに対して、ベルトを大プーリに対してスリップさせるのに十分な荷重をかけることが出来るかは、大いに疑問である。結局のところ、スリップを発生させるためには、荷重を大きくするか(これは、小プーリのハブの剪断をきたすか、あるいは2つのハブのためのベアリングに過剰な荷重を与える結果になる)、あるいはベルトの張力を極めて小さくする(この場合、ベルトがただ単に落ちるか、歯付き小プーリの歯に乗り上げることになろう)必要がある。
したがって、引用文献1の装置においては、大プーリに対してベルトをスリップさせるという意図があった可能性はないと考える。引用文献1には、適切な範囲のベルト張力においてスリップを助長するための突出したファイバーの開示がないのであるから、なおさらである。
したがって本願の請求項に記述された特徴の組合せ、すなわち、大プーリにおける所望のスリップ発生を助長するための、予め定められた張力と突出したファイバーの両者の組み合わせは、引用文献1での教示と、他のプーリ装置でのベルトスリップの開示があったとしても、引用文献1に対して進歩性を有すると考えられる。
・・・・・・
11.拒絶査定の備考に対する反論
(1)審査官殿のコメント(i)については、次のように反論する。
引用文献1の発明は、小径プーリでのスリップを防止するための発明であるが、大径プーリでのスリップを容認するものでもない。すなわち、引用文献1の発明は、ベルトスリップそのものを防止するためになされたものであるから、審査官殿がご指摘のように引用文献2,3や周知技術のようなスリップに関する発明を引用文献1に適用することは、当業者が容易に想到し得るものではない。
さらに言えば、大プーリにのみ意図的スリップを生じせしめるとの発想ないしは意図はどの引用文献にも開示されていない。したがって、引用文献1の発明に引用文献2,3および周知技術を適用することは、当業者にとって困難である。
(2)審査官殿のコメント(ii)については、次のように反論する。
審査官殿は、スリップがV溝を有する大プーリ3と歯型を有する小プーリ1とのうち大プーリ3でのみ生じることは自明であると認定しているが、ベルトスリップ自体を防止するための引用文献1の発明で、大プーリ3でのスリップが自明であるはずがない。」と主張している。
しかしながら、刊行物1の摘記事項ロ.に記載された事項からみて、V溝付プーリのV溝部とVベルトとの間でスリップが生じることは従来から認識されており、刊行物1記載の発明は、このスリップをなくすべく小プーリを歯付プーリとする一方、大プーリは歯付プーリが持つ課題を解決すべくV溝付プーリとしたものであるから、大プーリはV溝付プーリが持つ特徴、すなわちスリップの発生を許容していることは、当業者であれば容易に理解しうるものである。このような理解ができないとしても、V溝付きのプーリがVベルトとの間でスリップを起こすことは、刊行物2(摘記事項ヘ.)及び刊行物4(摘記事項リ.)の記載からみると技術常識と解されるものであり、この技術常識を踏まえて刊行物1記載の発明をみると、小プーリはスリップを生じるものではない以上、V溝付きのプーリである大プーリがスリップを生じるであろうことは当業者であれば容易に理解しうるものである。そうすると、刊行物1記載の発明の大プーリがスリップを生ぜしめるものであることは、当業者にとって自明であるか、自明でないとしても当業者であれば容易に想起しうる事項と理解できる。そして、このように理解できる刊行物1記載の発明に、刊行物4及び刊行物5に示される周知技術を踏まえて設計変更を行うことにより、「無端部材は、荷重が変化している間中、互いに対向する傾斜した側面とVベルトプーリ溝との間で瞬間的なスリップが発生するように予め定められた張力を有している」とすることは当業者であれば容易になしうるものであることは、相違点Bにおける検討で述べたとおりである。
また、刊行物2の摘記事項へ.には、「この露出面から突出した繊維がベルトとプール間の摩擦を低下させ、ゴムの粘着摩耗を阻止してベルトスリップによる発音を軽減する」と記載されている等、プーリのV溝と接触する無端部材の面から外部に延びるファイバーがスリップに影響することは、当業者に知られた事項であり、また傾斜した側面から外部に伸びるファイバーを設けるという周知技術を刊行物1記載の発明に適用することに格別な阻害要因が見出せないことは、相違点Aにおける検討で述べたとおりである。
よって、請求人の上記主張は採用できない。

6.むすび
したがって、本願の請求項1に係る発明(本願発明1)は、刊行物1及び刊行物2に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであることから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
そして、本願の請求項1に係る発明が特許を受けることができないものである以上、本願の請求項2ないし5に係る発明については検討するまでもなく、本願は拒絶されるべきものである。
よって、結論の通り審決する。
 
審理終結日 2008-07-23 
結審通知日 2008-07-29 
審決日 2008-08-11 
出願番号 特願2001-561930(P2001-561930)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (F16H)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 谿花 正由輝  
特許庁審判長 村本 佳史
特許庁審判官 水野 治彦
川上 益喜
発明の名称 Vベルトシステム  
代理人 原田 三十義  
代理人 渡辺 昇  

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