• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 全部無効 2項進歩性  F25B
管理番号 1191396
審判番号 無効2008-800053  
総通号数 111 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2009-03-27 
種別 無効の審決 
審判請求日 2008-03-26 
確定日 2009-01-14 
事件の表示 上記当事者間の特許第3963672号発明「膨張弁」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 特許第3963672号の請求項1及び2に係る発明についての特許を無効とする。 審判費用は、被請求人の負担とする。 
理由
1.手続の経緯
(1)本件特許第3963672号の請求項1及び2に係る発明(以下「本件発明1及び2」という。)についての出願は、平成13年8月7日に特許出願され、平成19年6月1日に本件発明1及び2について特許の設定登録がされたものである。

(2)これに対して、請求人は、本件発明1及び2は、甲第1号証ないし甲第4号証に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、本件発明1及び2についての特許は同法第29条第1項の規定に違反してなされたものであると主張し、証拠方法として甲第1号証(特開平10-30862号公報)、甲第2号証(特開平9-257341号公報)、甲第3号証(特開平9-273833号公報)、及び甲第4号証(特開平10-238903号公報)を提出している。

(3)一方、被請求人は、その答弁書において、甲第1号証ないし甲第4号証はいずれも特許公報であり、そこに掲載されている図面は、設計図面とは異なる概念的な模式図であるにもかかわらず、そのような特許公報の図面上の実測値のみを基に、甲第1号証ないし甲第4号証に本件発明1及び2と同一の発明が記載されているとする請求人の主張は根拠がない旨、主張している。

(4)平成20年9月1日に口頭審理が行われた後、当審より平成20年9月11日付けで無効理由が通知され、その指定期間内に被請求人より意見書が提出された。



2.当審が通知した無効理由の概要
当審により通知された無効理由は、本件発明1については、本件特許出願前に頒布された刊行物である特開昭56-52664号公報(以下「引用例」という。)に記載された発明に基づいて、本件発明2については、該引用例に記載された発明及び周知技術に基づいて、それぞれ当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件発明1及び2についての特許は特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであり、無効とすべきというものである。



3.被請求人による意見書の概要
上記当審による無効理由に対し、被請求人は、平成20年10月16日付けで提出した意見書において、次のような点を挙げて、本件発明1及び2は、引用例に記載された発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではないと主張している。

(1)本件発明1は「気泡の破裂音などを含めた大きな流動音が発生し、この流動音が不快な騒音として聴覚されるといった問題点があった。」という課題を解決するものであるのに対し、引用例は「冷凍系統のハンチング等の不安定現象を回避するもの」であって、本件発明1の「気泡の破裂音などを含めた流動音」と、引用例の「ハンチングによる騒音」とはその発生のメカニズム、音の質がまったく異なるから、流動音を低減するようにした本件発明1と冷凍系統の不安定現象を防止するようにした引用例とでは、その目的、作用効果がまったく異なるものであって、引用例から本件特許発明1に想到するような動機付けを見いだすことができない。(意見書第2頁第2行?第3頁第4行参照)

(2)本件発明1は、発明者が流動音の原因がどこにあるかを実験的に探求して、流動音の低減に最も効果が現れるのは、「オリフィスの径dとボールの径Dとの差を小さくすること」であるとの結論に到達し、「オリフィスの径d及びボールの径D」以外のパラメータを固定して、実験を繰り返した結果、騒音(流動音)の低減に効果のある範囲としてd/D=0.7?0.96、好ましくは、0.85?0.96の範囲に到達したものであるから、引用例は本件発明1に想到するに対して客観的になんの動機付けも提供するものでない。(意見書第3頁第5行?第4頁第2行参照)

(3)引用例には最大ストロークに関する寸法限界の問題が記載されているが、通常自動車用エアコンシステムに使用される膨張弁では最大ストロークとして0.7mmを確保しており、オリフィス径3.00mm、ボール径3.175mm(d/D=0.94)としても冷凍能力から要求されるストロークは0.4mm程度であって、寸法限界の問題は存在しない。したがって、引用例に記載された発明は、(冷凍能力から要求されるストロークが大きくなる)極めてオリフィス径の小さい膨張弁であるか、具体的な実験等を根拠としない理論的なアイデアで構成されているものと考えられ、本件発明1のような数値限定を含む発明に動機付けを与えるものではない。(意見書第4頁第3行?第5頁第2行参照)

(4)引用例には、r=1.25a(2a/2r=d/D=0.80)より、さらにr(ボールの径D)を小さくすることにより、不安定領域を回避することは示唆されているが、ストロークの問題で現実的解決対策にはならないと結論付けて、むしろストロークの関係でrを小さくすることを否定的に記載している。したがって、d/D=0.80に関しては記載されているが上限は記載されていないから、無効理由通知書において、引用発明が「0.80より大きく1よりも小さい」としたのは失当であり、本件発明1の、流動音を低減するために、d/D=0.85?0.96に想到するような事項が引用例に記載されているとは考えられない。(意見書第5頁第4行?第6頁第9行参照)

(5)本件発明1においては、騒音値が40dB程度以下であれば、自動車用エアコンシステムの膨張弁としては十分に実用的な範囲であるので、40dB程度以下を実現するために採用した数値である「0.85?0.96」に臨界的な意義はあるものと考える。(意見書第6頁第11?25行参照)



4.当審の判断
(1)本件発明1及び2
本件発明1及び2は、本件特許明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1及び2に記載の次のとおりのものである。
「【請求項1】
弁孔をなすオリフィスおよび弁体をなすボールを備えた自動車用の膨張弁において、
前記オリフィスの径をボールの径で除した値が0.85ないし0.96の範囲内にあることを特徴とする膨張弁。
【請求項2】
前記オリフィスは、その径が5.6mmないし1.9mmの範囲にあることを特徴とする請求項1記載の膨張弁。」


(2)引用例に記載された事項及び発明
当審による無効理由において引用した引用例には、図面とともに次の技術事項が記載されている。

a.「本発明は、例えば自動車空調装置等の冷凍装置に用いられる自動膨張弁に関するものである。」(公報第1頁左欄第19?20行)

b.「近年、自動車のいわゆるエヤコン運転が四季を問わず行なわれるようになつて来たのに伴ない、冷凍系統にハンチング等の不安定現象が起り易くなつて来た。このような不安定現象が発生すると、蒸発器の吸気温度の変化、振動、騒音等を引起し、利用者に不快感を与えるとともに、冷凍装置の破壊にまで発展することがある。」(公報第2頁左上欄第14?20行)

c.「第2図に示すような膨張弁および蒸発器の組合せよりなる系統のブロツク線図について、該系統の安定性を解析してみると、膨張弁の動作特性のゲインが大きくなる程、系統の不安定性が増すことが明らかになつた。このゲインは膨張弁感熱筒の温度特性や流量特性などに応じて変化するが、特に、流量特性に関しては、弁開度が小さい領域において弁開度に対する流量の変化率が大きい程、上記ゲインが大きくなる。」(公報第2頁右上欄第6?14行)

d.「弁部41の要部を示す第3図において、半径aの前記通孔43の端縁すなわち弁座410の端縁をE,E_(1)とし、球状弁体411の半径をr・・・とする」(公報第2頁右上欄第15?19行)

e.「第4図の曲線Qの傾向は球状弁411の半径rによって変化するが、ほぼr=1.25aのとき実際上ほとんど直線傾向を示す。
さて冷凍装置の設計に当つては、与えられた最大熱負荷に対して必要な最大冷媒流量Q_(m)が決定されるとともに、膨張弁4の弁体411を駆動するダイヤフラム420の大きさに応じて最大駆動可能ストロークx_(m)が決まる。この最大ストロークx_(m)のとき上記最大流量が得られるように弁座410の開口半径aおよび球状弁411の半径rを決定し、かつこの座標(x_(m),Q_(m))と原点(0,0)とが上記第4図で示すように直線で結ばれるようにしなければならない。」(公報第2頁左下欄第16行?右下欄第12行)

f.「第4図曲線Qのストロークxに対する流量Qの変化率すなわちdQ/dxは球状弁体411の半径rを小さくすることによつて小さくなり例えばQ'曲線のようになつて小開度領域における不安定区域を回避することができるが、その結果最大流量Q_(m)に到達する最大ストロークがx_(m)を大巾に超えるx'_(m)となるから、自動車等における容積制限上の要請から最大ストロークに課せられた寸法限界を逸脱する結果となり、現実的解決策にならない。」(公報第3頁左上欄第8?17行)

g.「第5図において、通孔43の半径すなわち弁座410の端縁EE_(1)における開口半径を第3図の場合と同一のaとし、切欠球弁体45の半径をr_(1)とし、・・・切欠球弁体45の中心が上記O_(0)に達しない作動位置のストロークをx、開度をyとすれば、このときの球心とE点とを結ぶ直線は弁体45の球面部分と交わるから、第3図の場合と全く同1条件下にあり、前記(1)ないし(3)式が成り立つ。」(公報第3頁右上欄第18行?左下欄第19行)

h.「上記本発明実施例によれば、ストロークxが上記x_(0)点に達するまでの小開度領域では開度yが弁体45の球面部分で規制されるため、第3図の完全球弁体411の場合と同様に前記(1)ないし(3)式による動作をするが、弁球半径r_(1)をrより小さくしたため、第6図に見られるように流量の変化率が完全球の直線傾向よりも相当に低下している。」(公報第4頁右上欄第5?12行)

したがって、上記摘記事項及び第3?4図を総合すると、引用例には、次の発明(以下「引用発明」という。)が記載されていると認められる。

「通孔および球状弁体を備えた自動車空調装置用の膨張弁であって、通孔の半径をa、球状弁体の半径をrとするとき、r=1.25aとした膨張弁。」


(3)本件発明1についての検討
(3)-1)引用発明との対比
本件発明1と引用発明とを比較する。
引用発明における「通孔」は、本件発明1における「弁孔をなすオリフィス」に相当し、同様に、「球状弁体」は「弁体をなすボール」に、「自動車空調装置用の膨張弁」は「自動車用の膨張弁」に、それぞれ相当する。
また、引用発明において、r=1.25aを、通孔(オリフィス)の径を球状弁体(ボール)の径で除した値に換算すると「2a/2r=d/D=0.80」となる。
すると、本件発明1と引用発明とは、次の一致点及び相違点を有するものである。

<一致点>
弁孔をなすオリフィスおよび弁体をなすボールを備えた自動車用の膨張弁において、オリフィスの径をボールの径で除した値(d/D)が、0.80以上の膨張弁。

<相違点>
オリフィスの径をボールの径で除した値(d/D)が、本件発明1では「0.85ないし0.96の範囲内」であるのに対し、引用発明では「0.80」である点。


(3)-2)本件発明1についての判断
上記相違点について検討する。

引用例には、弁開度が小さい領域においては弁開度に対する流量の変化率が大きい程不安定性が増すこと(摘記事項c参照)、ストロークxに対する流量Qの変化率は球状弁体(ボール)の半径rを小さくすれば小さくなり、ストロークxに対する流量の曲線Qは、r=1.25a(2a/2r=d/D=0.80)のときにはほぼ直線傾向を示し、さらにrを小さく(Dを小さく)すれば不安定区域を回避したQ'曲線が得られること(摘記事項e,f及び第4図参照)が記載されている。
ここで、引用例の第5、6図に挙げられた実施例においては、流量の変化率を低下させるため、通孔43(オリフィス)の半径は同一のaのままで弁球(ボール)半径r_(1)をrより小さくしていること(摘記事項g及びh参照)からみても、第4図において、rを小さくしてQ'曲線を得る場合に、aは同一のままとされることは明らかである。
そして、引用例には、半径を小さくすると自動車等における容積制限上の要請から最大ストロークの寸法限界の問題があり、現実的解決策にならないと記載されているが、これは、容積制限の問題と不安定現象の問題のうちどちらを優先させるかということに過ぎず、ボールの径をさらに小さくすることが不可能ということではない。
したがって、上記引用例の示唆に接した当業者が、(オリフィスの径d)/(ボールの径D)が0.80である引用発明において、不安定現象の発生を回避するため、ボールの径Dをさらに小さく(d/Dを0.80より大きく)し、弁開度が小さい領域における流量の変化率を小さくすることに、格別の困難性は見出せない。
そして、弁開度が小さい領域における流量の変化率を小さくするために、ボールの径を可能な限り小さくして(オリフィスの径d)/(ボールの径D)を1に近づけることは、例えば実願昭56-21690号(実開昭57-134458号)のマイクロフィルム(「球弁15の直径(ボールの径)D_(B)は上記第2の弁座14の内径(オリフィスの径)φD_(p)に等しく・・・され、D_(B)≧D_(p)≧√2/2D_(B)の関係を有している。・・・したがって、球弁15の開き始めにおける冷媒の流量変化率は・・・小とな・・・る。」(明細書第3頁第4行?第4頁第3行参照))にも記載されるように、当該技術分野において周知の技術的事項であるから、引用発明においてボールの径Dを小さくする際に、(オリフィスの径d)/(ボールの径D)をほぼ1とすることは、当業者が適宜為し得る設計的事項である。

さらに、「0.85ないし0.96」との数値限定について検討する。
上記3.(5)に記載の被請求人の主張は、本件特許明細書に添付した図2のグラフを根拠に、騒音値を40dB以下とするためにd/Dの下限値として0.85を採用したと主張するものと解される。しかし、騒音値を40dB以下とすることは明細書に記載されていないし、どの程度の騒音値まで許容できるかは、使用環境やエンジン音のレベルにも影響されるものであるから、40dBが騒音値の臨界的数値であるとは言えない。
また、図2のグラフをみると、騒音値はd/Dの値に対して直線的に減少するものであって、「0.85」という値が、騒音値との関係で格別の臨界的意義を有する値であるとも言えない。
そして、騒音値は、膨張弁自身の構造、冷媒の種類、温度等に関連するものであるところ、被請求人による平成20年8月1日付け口頭審理陳述要領書によれば、図2のグラフは、オリフィスの形状・厚み、低圧・高圧冷媒通路の径、ボールの径D、オリフィスの径dといったパラメータを、ある一定の条件に設定して測定した場合であるとされており、この点からも、d/D=0.85という値が、どのような条件下においても騒音値が40dB以下となるという、絶対的な臨界的意義を有するものとは認められない。
そうすると、d/D=0.80である引用発明において、ボールの径Dを小さく(d/Dを大きく)しようとするとき、Dを例えば1割小さくするとd/Dが0.88となることを考えると、d/Dの下限値として0.85(Dを約6%小さくしたものに相当)の値を採用することは、当業者が通常なすことと言える。(参考までに、本件特許明細書の段落【0011】に記載の従来の代表的な膨張弁のボール径、及び、上記口頭審理陳述要領書による図2のグラフのボール径は、共にD=3.97mmであるから、1割小さくすると3.57mmとなる。)
一方、0.96という上限値についてみると、引用発明及び本件発明1のように、オリフィス通路が弁座に対し直角かつストレートに形成された膨張弁において、ボール状の弁体を用いるとき、オリフィス径dに対するボールの径Dを小さくすると、オリフィスにボールが嵌り込んでしまい、さらにはオリフィスを塞げなくなることは当業者にとって自明である。(このため、上記の周知例においては、通路が段状のオリフィスを採用しているものである。)
そうすると、引用発明のような形状のオリフィスを用いる場合には、d/Dを1.0より小さくすることはかえって当業者にとり当然のことであり、オリフィスの径dがボールの径Dに対し例えば1割小さい場合が0.9であることを考慮すると、上限値として0.96を採用することも、当業者が通常なすことと言える。
したがって、引用発明において、ボールの径を小さく、よって(オリフィスの径d)/(ボールの径D)を0.80より大きくしようとするとき、0.85ないし0.96の範囲内とすることが、当業者にとって格別のこととは言えない。

そして、(オリフィスの径d)/(ボールの径D)をなるべく1に近づけた膨張弁は、ボールの径とオリフィスの径との差が小さいものとなるから、結果的に、本件発明1と同様に、「冷媒流線の屈折が少なくなり、冷媒がスムーズに流れる」ようになることは明らかであり、結局、引用発明に周知の技術的事項を適用し、(オリフィスの径d)/(ボールの径D)を0.80よりも大きくしてなるべく1に近づけた膨張弁は、本件発明1と同じ、「流動音による騒音を低減させる」(平成20年9月1日の第1回口頭審理調書参照)作用効果を奏するものである。

したがって、本件発明1は、引用発明及び周知技術に基づいて、当業者が容易に為し得たものである。


(3)-3)被請求人の意見書における主張についての検討
なお、被請求人は、当審による無効理由に対する意見書において、上記3.(1)?(5)に記載の点を挙げ、本件発明1は、引用発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではないと主張している。
しかしながら、次の理由により、該被請求人の上記3.(1)?(5)の主張には首肯しがたい。

<被請求人の主張(1)について>
被請求人は、流動音を低減するようにした本件発明1と冷凍系統の不安定現象を防止するようにした引用例とでは、その目的、作用効果がまったく異なると主張している。
しかし、上記4.(3)-2)で述べたとおり、目的は異なっていても、引用発明に周知の技術的事項を適用し、膨張弁の(オリフィスの径)/(ボールの径)を0.80より大きくしてなるべく1に近づけることは当業者にとって容易であって、そのような膨張弁は、結果的に、本件発明1と同じ、「流動音による騒音を低減させる」作用効果を奏するものである。

<被請求人の主張(2)について>
被請求人は、本件発明1は独自の着想に基づいて実験を繰り返して得られたものであり、引用例は本件発明1に想到するに対し何の動機付けも提供しないと主張している。
しかしながら、本件発明1の発明特定事項は、本件特許請求の範囲の請求項1に記載のとおりのものであって、4.(3)-2)で述べたとおり、本件発明1とは別の思考過程であるものの、引用発明に接した当業者が、引用発明に周知技術を適用して本件発明1の発明特定事項に至ることは容易である。(審査基準第II部第2章新規性進歩性 2.5 (2) p.16 第9?12行参照。)

<被請求人の主張(3)について>
被請求人は、引用例には最大ストロークに関する寸法限界の問題が記載されているが、通常自動車用エアコンシステムに使用される膨張弁にはそのような問題は存在しないから、引用発明は極めてオリフィス径の小さい膨張弁か、具体的な実験等を根拠としない理論的なアイデアで構成されていると考えられ、本件発明1に動機付けを与えるものではないと主張している。
しかしながら、引用発明が「極めてオリフィス径の小さい膨張弁」であるためにボールの径が小さくできないものであるとしても、そのような「極めてオリフィス径の小さい」ものでない、通常の自動車用エアコンシステムの膨張弁に引用発明を適用することが格別困難とは言えないから、ボールの径を小さくできないものとは言えない。
あるいは、引用発明が実験等を根拠としない理論的なアイデアであるとしても、引用例には(オリフィスの径)/(ボールの径)を0.80とすること、さらにボールの径を小さくすることが記載されており、そのような膨張弁を当業者が作ろうと試みないとは言えず、引用発明から本件発明1を想到することに何ら支障はない。

<被請求人の主張(4)について>
被請求人は、引用例にはr(ボールの径)を小さくすることは示唆されているがストロークとの関係で否定的に記載されており、本件発明1の、流動音を低減するためにd/D=0.85?0.96に想到する事項が記載されていない、と主張している。
しかしながら、4.(3)-2)でも述べたとおり、上記引用例の記載は、容積制限の問題と不安定現象の問題のうちどちらを優先させるかということに過ぎず、ボールの径をさらに小さくすることが不可能ということではない。さらに、<被請求人の主張(3)について>で述べたとおり、引用例に接した当業者が、ボールの径を小さくし、d/D=0.85?0.96に想到することに何ら阻害要因はない。

<被請求人の主張(5)について>
被請求人は、騒音値が40dB程度以下であれば、自動車用エアコンシステムの膨張弁としては十分に実用的な範囲であるので、数値「0.85?0.96」に臨界的な意義があると主張している。
しかしながら、上記4.(3)-2)で述べたとおりであるから、上記被請求人の主張は採用できない。

よって、被請求人の意見書における主張を検討しても、本件発明1は、引用発明及び周知技術に基づいて、当業者が容易に為し得たものであると言わざるを得ない。


(4)本件発明2についての検討
(4)-1)引用発明との対比
本件発明2は、上記4.(3)-1)で引用発明と対比した本件発明1に、「オリフィスは、その径が5.6mmないし1.9mmの範囲にある」という限定を付加したものである。
すると、本件発明2と引用発明とを比較すると、その一致点については、本件発明1と引用発明との一致点と同じであり、一方、本件発明2と引用発明との相違点は、次のようになる。

<相違点>
1) オリフィスの径をボールの径で除した値が、本件発明2では「0.85ないし0.96の範囲内」であるのに対し、引用発明では「0.80」である点。
2) オリフィスの径が、本件発明2では「5.6mmないし1.9mmの範囲にある」のに対し、引用発明では具体的な数値が不明である点。

(4)-2)本件発明2についての判断
上記の相違点1) については、上記4.(3)-2)を参照。
相違点2) について検討すると、径が5.6mmないし1.9mmの範囲にあるオリフィスは、例えば、特開平10-30862号公報(甲1号証)の段落【0004】にも記載されるように、膨張弁の技術分野において周知であるから、本件発明2において、オリフィスとしてその径がそのような範囲にあるものを採用することは、当業者が適宜為し得る設計的事項である。
そして、これら相違点1),2)について合わせ考えても、本件発明2は、引用発明及び周知技術に基づいて、当業者が容易に為し得たものである。



5. 結論
したがって、本件発明1及び2は、引用発明及び周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件発明1及び2についての特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであり、特許法第123条第1項第2号に該当し、無効とされるべきものである。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、被請求人が負担すべきものとする。
よって結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2008-11-13 
結審通知日 2008-11-19 
審決日 2008-12-10 
出願番号 特願2001-239236(P2001-239236)
審決分類 P 1 113・ 121- Z (F25B)
最終処分 成立  
前審関与審査官 槙原 進上原 徹  
特許庁審判長 平上 悦司
特許庁審判官 長浜 義憲
渋谷 知子
登録日 2007-06-01 
登録番号 特許第3963672号(P3963672)
発明の名称 膨張弁  
代理人 服部 毅巖  
代理人 特許業務法人第一国際特許事務所  
  • この表をプリントする

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ