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審決分類 審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 F16C
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 F16C
管理番号 1192786
審判番号 不服2007-29202  
総通号数 112 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2009-04-24 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2007-09-18 
確定日 2009-02-09 
事件の表示 特願2000-205507「車輪軸受装置」拒絶査定不服審判事件〔平成14年 1月23日出願公開、特開2002- 21858〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由
1.手続の経緯

本願は、平成12年7月6日の出願であって、平成19年8月8日(起案日)付けで拒絶査定がなされ、これに対して、平成19年9月18日に拒絶査定不服審判の請求がなされるとともに、平成19年10月18日付けで手続補正(以下、「本件補正」という。)がなされたものである。

2.本件補正の却下の決定

[補正却下の決定の結論]
本件補正を却下する。

[理由]

2-1.本件補正の内容

本件補正は、補正前の特許請求の範囲の請求項1及び6について、次のとおりとする補正を含むものである。なお、下線は、対比の便のため、当審において付したものである。
[補正前の特許請求の範囲の請求項1及び6]
「【請求項1】複列の軌道面を有し、車体に取り付けられるフランジを有する外方部材と、その外方部材の軌道面と対向する複列の軌道面が形成され、それら複列の軌道面のうち一方の軌道面を直接形成し、車輪が取り付けられるフランジを有するハブ輪、及びそのハブ輪の外周面に形成された小径段部に嵌合され、他方の軌道面を外周に形成した内輪からなる内方部材と、前記外方部材と内方部材のそれぞれの軌道面間に介装された複列の転動体とを備え、前記ハブ輪の端部を加締めてそれらを非分離に一体化し、前記車輪を車体に回転自在に支持する車輪軸受装置において、前記内輪は、Cが0.95?1.10wt%で芯部まで焼き入れ硬化され、前記ハブ輪は、Cが0.5?0.8wt%の炭素鋼で、前記一方の軌道面から、内輪が締め代をもって圧入された内輪嵌合部分の全領域に表面硬化層を形成すると共に、前記ハブ輪の加締め部の加締め前の表面硬さをロックウェル硬さHRC12?25の範囲に規定したことを特徴とする車輪軸受装置。
【請求項6】車体に取り付けられるフランジを有する外方部材と、車輪が取り付けられるフランジを有する内方部材との間に複列の転動体を組み込んで前記内方部材を回転自在に支持した軸受部と、ドライブシャフトの一端に設けられ、内周面にトラック溝が形成された継手外輪と、その継手外輪のトラック溝と対向するトラック溝が外周面に形成された継手内輪と、前記継手外輪のトラック溝と継手内輪のトラック溝との間に組み込まれたボールとからなる等速自在継手部とを備え、等速自在継手部の継手外輪のステム部の端部を内方部材に加締めて固定し、その継手外輪の回転を前記軸受部の内方部材に伝えるようにした車輪軸受装置において、前記継手外輪には、軸受部の内方部材に嵌合されるセレーション部を含み、かつ、加締め部を除くステム部の全領域に表面硬化層が形成され、前記加締め部の加締め前の表面硬さをロックウェル硬さHRC12?25の範囲に規定したことを特徴とする車輪軸受装置。」
[補正後の特許請求の範囲の請求項1及び6]
「【請求項1】複列の軌道面を有し、車体に取り付けられるフランジを有する外方部材と、その外方部材の軌道面と対向する複列の軌道面が形成され、それら複列の軌道面のうち一方の軌道面を直接形成し、車輪が取り付けられるフランジを有するハブ輪、及びそのハブ輪の外周面に形成された小径段部に嵌合され、他方の軌道面を外周に形成した内輪からなる内方部材と、前記外方部材と内方部材のそれぞれの軌道面間に介装された複列の転動体とを備え、前記ハブ輪の端部を加締めてそれらを非分離に一体化し、前記車輪を車体に回転自在に支持する車輪軸受装置において、前記内輪は、Cが0.95?1.10wt%で芯部まで焼き入れ硬化され、前記ハブ輪は、Cが0.5?0.8wt%の炭素鋼で、前記一方の軌道面から、内輪が締め代をもって圧入された内輪嵌合部分の全領域に表面硬化層を形成すると共に、前記ハブ輪の加締め部の加締め前の表面硬さをロックウェル硬さHRC12?25の範囲に規定し、加締めにより軸受の予圧を管理したことを特徴とする車輪軸受装置。
【請求項6】車体に取り付けられるフランジを有する外方部材と、車輪が取り付けられるフランジを有する内方部材との間に複列の転動体を組み込んで前記内方部材を回転自在に支持した軸受部と、ドライブシャフトの一端に設けられ、内周面にトラック溝が形成された継手外輪と、その継手外輪のトラック溝と対向するトラック溝が外周面に形成された継手内輪と、前記継手外輪のトラック溝と継手内輪のトラック溝との間に組み込まれたボールとからなる等速自在継手部とを備え、等速自在継手部の継手外輪のステム部の端部を内方部材に加締めて固定し、その継手外輪の回転を前記軸受部の内方部材に伝えるようにした車輪軸受装置において、前記継手外輪には、軸受部の内方部材に嵌合されるセレーション部を含み、かつ、加締め部を除くステム部の全領域に表面硬化層が形成され、前記加締め部の加締め前の表面硬さをロックウェル硬さHRC12?25の範囲に規定し、加締めにより軸受の予圧を管理したことを特徴とする車輪軸受装置。」

2-2.補正の適否

本件補正による補正後の請求項1及び6は、本件補正前の請求項1及び6に記載されていた「ハブ輪の端部を加締めてそれらを非分離に一体化」する構成及び「継手外輪のステム部の端部を内方部材に加締めて固定」する構成について、願書に最初に添付した明細書の段落番号【0015】の第3行目及び【0022】の第9行目の「軸受の予圧管理」に基づいて、それぞれ「加締めにより軸受の予圧を管理した」点を限定するものである。
そうすると、上記請求項1及び6に係る補正は、願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてなされたものとして認めることができ、かつ、補正前の請求項1及び6に記載した発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題を変更することのない範囲内において、請求項1及び6に記載した発明を特定するために必要な事項である「ハブ輪の端部を加締めてそれらを非分離に一体化」する構成及び「継手外輪のステム部の端部を内方部材に加締めて固定」する構成について、「加締めにより軸受の予圧を管理した」点を限定するものであるから、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第4項第2号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。

そこで、本件補正後の請求項1に係る発明(以下、「本願補正発明A」という。)、及び請求項6に係る発明(以下、「本願補正発明B」という。)が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか(平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に適合するか)について以下に検討する。

2-2-1.本願補正発明Aについて

(1)本願補正発明A

本願補正発明Aは、本件補正により補正された明細書及び図面の記載からみて、上記「2-1.本件補正の内容」に示した本件補正後の特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定されるとおりのものであると認める。

(2)引用刊行物とその記載事項

刊行物A:特開平11-129703号公報

(刊行物A)
原査定の拒絶の理由に引用された、本願の出願日前に頒布された刊行物A(特開平11-129703号公報)には、「車輪支持用転がり軸受ユニット」に関して、図面とともに、以下の事項が記載されている。

(ア)「【特許請求の範囲】
【請求項1】一端部外周面に第一のフランジを、中間部外周面に第一の内輪軌道を、それぞれ形成したハブと、このハブの他端部に形成された、上記第一の内輪軌道を形成した部分よりも外径寸法が小さくなった段部と、外周面に第二の内輪軌道を形成して上記段部に外嵌した内輪と、内周面に上記第一の内輪軌道に対向する第一の外輪軌道及び上記第二の内輪軌道に対向する第二の外輪軌道を、外周面に第二のフランジを、それぞれ形成した外輪と、上記第一、第二の内輪軌道と上記第一、第二の外輪軌道との間に、それぞれ複数個ずつ設けられた転動体とを備え、上記ハブの他端部で少なくとも上記段部に外嵌した内輪よりも突出した部分に形成した円筒部を直径方向外方にかしめ広げる事で形成したかしめ部により、上記段部に外嵌した内輪をこの段部の段差面に向け抑え付けて、この段部に外嵌した内輪を上記ハブに結合固定した車輪支持用転がり軸受ユニットに於いて、上記ハブは炭素の含有量が0.45重量%以上の炭素鋼製であり、少なくとも上記第一の内輪軌道部分を焼き入れ処理により硬化させると共に少なくとも上記円筒部には上記焼き入れ処理を施さずに生のままとし、上記内輪は高炭素鋼製で心部まで焼き入れ硬化させている事を特徴とする車輪支持用転がり軸受ユニット。
【請求項2】ハブを構成する炭素鋼中の炭素の含有量は0.45?1.10重量%であり、第一の内輪軌道はハブの中間部外周面に直接形成されており、このハブのうちの少なくとも上記第一の内輪軌道を形成した部分は焼き入れ硬化されており、少なくとも上記ハブの他端部に形成した円筒部の硬度は、かしめ加工前に於いてHv200?300である、請求項1に記載した車輪支持用転がり軸受ユニット。
【請求項3】ハブを構成する炭素鋼中の炭素の含有量は0.45?0.60重量%であり、このハブはこの炭素鋼を鍛造加工する事により造られており、少なくとも円筒部はこのハブの鍛造加工後に焼鈍されていない、請求項1?2の何れかに記載した車輪用転がり軸受ユニット。
【請求項4】ハブを構成する炭素鋼中の炭素の含有量は0.60?1.10重量%であり、このハブはこの炭素鋼を鍛造加工する事により造られており、少なくとも円筒部はこのハブの鍛造加工後に焼鈍されている、請求項1?2の何れかに記載した車輪用転がり軸受ユニット。」

(イ)「【0008】又、図18に示した第2例の構造の場合、ハブ18に対して第一、第二の内輪41、3を結合固定する為のかしめ部19を、上記ハブ18に形成する必要がある。従って、上記ハブ18を、上記かしめ部19を形成可能な材料により造る必要がある。図18に示した第2例の構造の場合には、上記ハブ18自体には内輪軌道を設けず、このハブ18に外嵌した第一、第二の内輪41、3の外周面に第一、第二の内輪軌道7、9を設けている為、上記ハブ18の材料として上記かしめ部19を形成し易い、炭素の含有率が0.45重量%未満の炭素鋼を使用できる。但し、上述の様なかしめ部19の加工に伴い、上記ハブ18に外嵌した第二の内輪3には大きな荷重が加わる。この為、上記第二の内輪3が変形して、転がり軸受ユニットの(正又は負の)内部隙間が、所望値からずれる可能性がある。そして、上記内部隙間が適正値からずれた場合には、上記第二の内輪3の外周面に形成した第二の内輪軌道9の転がり疲れ寿命の低下を招く事になる。」

(ウ)「【0017】尚、請求項2に記載した車輪支持用転がり軸受ユニットの様に、ハブを構成する炭素鋼中の炭素の含有量を0.45?1.10重量%とし、このハブの他端部に形成した円筒部の硬度を、かしめ加工前に於いてHv200?300とすれば、上記第一の内輪軌道部分の硬度を確保し、しかも上記円筒部のかしめ広げ作業を十分に行なえる。尚、請求項3に記載した発明の様に、ハブを構成する炭素鋼中の炭素の含有量を0.45?0.60重量%とすれば、鍛造後に焼鈍を行なわなくとも良い。又、鍛造後に冷却速度を簡易的に制御して、上記円筒部の硬さをHv200?300にできる。これに対して、請求項4に記載した発明の様に、ハブを構成する炭素鋼中の炭素の含有量を0.60?1.10重量%とした場合には、鍛造後に焼鈍を行なう。」

(エ)「【0019】
【発明の実施の形態】図1?4は、請求項1?4に対応する、本発明の実施の形態の第1例を示している。本例の車輪支持用転がり軸受ユニット1aは、ハブ2bと、内輪3と、外輪4と、複数個の転動体5、5とを備える。このうちのハブ2bの外周面の外端寄り部分には、車輪を支持する為の第一のフランジ6を形成している。又、この第一の内輪部材2bの中間部外周面には第一の内輪軌道7を、同じく内端部には外径寸法が小さくなった段部8を、それぞれ形成している。この様なハブ2bは、炭素の含有率が0.45?1.10重量%である炭素鋼製の素材に鍛造を施す事により、一体に造っている。
【0020】又、この様なハブ2bの一部外周面で図1に斜格子で示した部分、即ち、上記第一の内輪軌道7部分、上記第一のフランジ6の基端部分、及び上記段部8の基半部分(内輪3の突き当て面である段差面12から、この内輪3の嵌合部である円筒状の外周面の一部)には、高周波焼き入れ、浸炭焼き入れ、レーザ焼き入れ等の焼き入れ処理を施して、当該部分の硬度を、Hv550?900程度に高くしている。(以下、略)」

(オ)「【0021】尚、上記斜格子で示した焼き入れ処理を施す部分のうち、上記第一の内輪軌道7部分は、上記転動体5の転動面との当接に基づいて大きな面圧を受ける為、転がり疲れ寿命を確保する為に硬化させる。又、上記第一のフランジ6の基端部分は、車輪を固定した上記第一のフランジ6から受けるモーメント荷重に拘らず、上記基端部分が変形する事を防止する為に硬化させる。更に、上記段部8の基半部分のうち、上記段部8の一部外周面部分は、上記内輪3の嵌合圧力及び上記複数の転動体5から上記内輪3が受けるラジアル荷重に拘らず、この段部8の外周面が変形するのを防止したり、更には、上記内輪3との嵌合部であるこの段部8の外周面に、フレッチング摩耗が発生する事を防止する為に硬化させる。又、上記段部8の段差面12部分は、後述するかしめ作業により上記内輪3に加わる軸方向荷重に拘らず、この段差面12が変形するのを防止したり、更には、上記内輪3の外端面との当接面であるこの段差面12に、フレッチング摩耗が発生する事を防止する為に硬化させる。又、上記段部8の外周面と上記段差面12との連続部である隅R部分は、応力集中により変形する事を防止する為に硬化させる。(以下、略)」

(カ)「【0022】尚、上記斜格子で示した焼き入れ硬化層の内端の軸方向位置(図1のイ点)は、上記内輪3の周囲に配置した複数個の転動体5の中心の軸方向位置(図1のロ点)よりも内側(図1の右側)で、後述するかしめ部19の基端(かしめ部の外径が段部8の外径よりも大きくなり始める部分)の軸方向位置(図1のハ点)よりも外側(図1の左側)とする。上記焼き入れ硬化層の内端位置をこの様に規制する理由は、上記段部8の外周面部分に存在する焼き入れ硬化層の表面積をできるだけ広くし、しかも上記かしめ部19の加工を容易にすると共に、上記焼き入れ硬化層の存在に基づいてこのかしめ部19に亀裂等の損傷が発生しない様にする為である。(以下、略)」

(キ)「【0023】上記ハブ2bの内端部には、上記内輪3を固定する為のかしめ部19を構成する為の円筒部20を形成している。図示の例では、この円筒部20の肉厚は、図3に示した、この円筒部20を直径方向外方にかしめ広げる以前の状態で、先端縁に向かう程小さくなっている。この為に図示の例の場合には、上記ハブ2bの内端面に、凹部に向かう程次第に内径が小さくなるテーパ孔21を形成している。又、上記内輪3は、SUJ2等の高炭素クロム軸受鋼の様な高炭素鋼製とし、心部まで焼き入れ硬化させている。」

(ク)「【0024】尚、上記ハブ2bを構成する炭素鋼中の炭素の含有量は前述の様に0.45?1.10重量%とし、少なくとも上記ハブ2bの他端部に形成した円筒部20の硬度は、図3に示したかしめ加工前に於いてHv200?300とする。この様な条件を満たす事により、前記第一の内輪軌道7部分に必要とする硬度(Hv550?900)を確保し、しかも上記円筒部20のかしめ広げ作業を十分に行なえる。即ち、上記円筒部20をかしめ広げてかしめ部19とする際に、この円筒部20の硬度がHv300を越えていると、形成されたかしめ部19にクラックが発生したり、かしめが不十分となってかしめ部19と内輪3とが密着しなくなって上記ハブ2bに対するこの内輪3の締結力が小さくなったりする。又、上記かしめ部19を形成する為に要する荷重が過大になって、かしめ作業に伴って各軌道面や転動体5、5に圧痕等の損傷を生じ易くなる他、各部の寸法精度が悪化する可能性を生じる。又、ハブ2bの機械加工が困難になる。即ち、加工時間が長くなると共に工具寿命が低下し、コスト上昇を招く。」

(ケ)「【0025】上記ハブ2bを構成する炭素鋼中の炭素の含有量が1.10重量%を越えると、上記円筒部20の硬度をHv300以下に抑える事が難しくなる為、上記ハブ2bを構成する炭素鋼中の炭素の含有量の上限を1.10重量%とした。反対に、上記円筒部20の硬度がHv200に達しないと、この円筒部20をかしめる事により形成したかしめ部19の硬度を確保できず、やはりこのかしめ部19による上記内輪3の締結力が不足する。上記ハブ2bを構成する炭素鋼中の炭素の含有量が0.45重量%に達しないと、第一の内輪軌道7部分に必要とする硬さ(Hv550?900)を確保できず、この第一の内輪軌道7部分の寿命が低下する為、上記ハブ2bを構成する炭素鋼中の炭素の含有量の下限を0.45重量%とした。」

(コ)「【0026】尚、上記ハブ2bは、上述の様な理由で炭素の含有量を0.45?1.10重量%とした炭素鋼に鍛造加工を施す事により造るが、炭素の含有量が0.45?0.60重量%の場合には、鍛造後に焼鈍処理を施す必要はない。即ち、鍛造後の冷却速度を簡易的に制御する事により、少なくとも上記円筒部20の硬度をHv200?300に範囲に収める事が可能である。従って、上記ハブ2bを鍛造加工により造った後、上記円筒部20をかしめ部19に加工する作業を、焼鈍処理を行なう事なく可能になって、このかしめ部19を備えた車輪支持用転がり軸受ユニットを低コストで造れる。」

(サ)「【0027】これに対して、上記ハブ2bを構成する炭素鋼中の炭素の含有量を0.60?1.10重量%とした場合には、上記ハブ2bを鍛造加工により造った後、焼鈍する必要がある。即ち、炭素鋼中の炭素の含有量を0.60?1.10重量%とした場合でも、鍛造後の冷却速度を制御する事により、上記円筒部20の硬度をHv200?300程度にする事は可能ではある。(以下、略)」

(シ)「【0030】上述の様に本発明の車輪支持用転がり軸受ユニットの場合には、上記ハブ2bを、炭素の含有量が0.45?1.10重量%の炭素鋼製とし、前記第一の内輪軌道7部分を焼き入れ処理により硬化させている為、上記第一の内輪軌道7表面の転がり疲れ寿命を、転動体5、5から繰り返し加えられる負荷に拘らず、十分に確保できる。一方、上記円筒部20には焼き入れ処理を施す事なく、生のままとしている。この為、上記円筒部20を塑性変形させる為に要する力が徒に大きくなったり、或は上記円筒部20を塑性変形させる場合にこの円筒部20に亀裂等の損傷が発生し易くなる事はない。従って、上述の様に第一の内輪軌道7部分の硬度を高くしてこの第一の内輪軌道7部分の転がり疲れ寿命を確保した場合でも、上記ハブ2bと内輪3とを結合する為のかしめ部19の加工が面倒になる事はない。しかも、上記内輪3を軸受鋼等の高炭素鋼製とし、心部まで焼き入れ硬化させている為、上記かしめ部19の加工に伴って上記内輪3に大きな荷重が加わった場合でも、この内輪3の変形を防止して、転がり軸受ユニットの内部隙間が、所望値からずれる事を防止できる。又、上記内輪3の外周面に形成した第二の内輪軌道9の直径が変化したり、精度が悪化する事を防止して、この第二の内輪軌道9の転がり疲れ寿命の低下防止を図れる。」

(ス)「【0031】更に、図示の例の場合には、かしめ部19を形成する為の円筒部20の肉厚を先端縁に向かう程小さくしている為、上記ハブ2bを炭素の含有量が0.45?1.10重量%の炭素鋼により造った場合でも、上記円筒部20の先端部を前述の様な押型22により塑性変形させて上記かしめ部19を形成する為に要する力が、徒に大きくなる事がない。この為、かしめ作業に伴ってかしめ部19に亀裂等の損傷が発生したり、或はかしめ部19により固定する内輪3に、この内輪3の直径を予圧や転がり疲れ寿命等の耐久性に影響を及ぼす程大きく変える様な力が作用する事を、より確実に防止できる。(以下、略)」

(セ)「【0059】
【発明の効果】本発明の車輪支持用転がり軸受ユニットは、以上に述べた通り構成され作用するので、低コストでしかも十分な耐久性を有する車輪支持用転がり軸受ユニットを実現できる。更に、図示の例の様に、かしめ部を形成する為の円筒部の形状を、この円筒部を直径方向外方にかしめ広げる以前の状態で、先端縁に向かう程小さくする事により、かしめ部に亀裂等の損傷が発生する事を防止すると共に、このかしめ部によりハブに固定される内輪の直径が実用上問題になる程変化する事を防止できる。そして、この内輪がその固定作業に基づいて損傷する可能性を低くすると共に予圧を適正値に維持でき、しかも部品点数、部品加工、組立工数の減少により、コスト低減を図れる。」

そうすると、上記記載事項(ア)ないし(セ)及び図面の記載からみて、上記刊行物Aには次の発明(以下、「刊行物A発明」という。)が記載されているものと認められる。

「内周面に第一の内輪軌道に対向する第一の外輪軌道及び第二の内輪軌道に対向する第二の外輪軌道を、外周面に第二のフランジを、それぞれ形成した外輪と、一端部外周面に第一のフランジを、中間部外周面に第一の内輪軌道を、それぞれ形成したハブと、このハブの他端部に形成された、上記第一の内輪軌道を形成した部分よりも外径寸法が小さくなった段部と、外周面に第二の内輪軌道を形成して上記段部に外嵌した内輪と、上記第一、第二の内輪軌道と上記第一、第二の外輪軌道との間に、それぞれ複数個ずつ設けられた転動体とを備え、上記ハブの他端部で少なくとも上記段部に外嵌した内輪よりも突出した部分に形成した円筒部を直径方向外方にかしめ広げる事で形成したかしめ部により、上記段部に外嵌した内輪をこの段部の段差面に向け抑え付けて、この段部に外嵌した内輪を上記ハブに結合固定した車輪支持用転がり軸受ユニットに於いて、上記内輪は高炭素鋼製で心部まで焼き入れ硬化させ、上記ハブは炭素の含有量が0.45重量%以上の炭素鋼製であり、少なくとも上記第一の内輪軌道部分を焼き入れ処理により硬化させると共に少なくとも上記円筒部には上記焼き入れ処理を施さずに生のままとし、少なくとも上記ハブの他端部に形成した円筒部の硬度は、かしめ加工前に於いてHv200?300である車輪支持用転がり軸受ユニット。」

(3)対比・判断

本願補正発明Aと刊行物A発明を対比する。
刊行物A発明の「内周面に第一の内輪軌道に対向する第一の外輪軌道及び第二の内輪軌道に対向する第二の外輪軌道を、外周面に第二のフランジを、それぞれ形成した外輪」は、その機能からみて、本願補正発明Aの「複列の軌道面を有し、車体に取り付けられるフランジを有する外方部材」に相当し、
以下同様に、「一端部外周面に第一のフランジを、中間部外周面に第一の内輪軌道を、それぞれ形成したハブ」は、「その外方部材の軌道面と対向する複列の軌道面が形成され、それら複列の軌道面のうち一方の軌道面を直接形成し、車輪が取り付けられるフランジを有するハブ輪」に相当し、
「このハブの他端部に形成された、上記第一の内輪軌道を形成した部分よりも外径寸法が小さくなった段部と、外周面に第二の内輪軌道を形成して上記段部に外嵌した内輪」は、「そのハブ輪の外周面に形成された小径段部に嵌合され、他方の軌道面を外周に形成した内輪からなる内方部材」に相当し、
「上記第一、第二の内輪軌道と上記第一、第二の外輪軌道との間に、それぞれ複数個ずつ設けられた転動体」は、「前記外方部材と内方部材のそれぞれの軌道面間に介装された複列の転動体」に相当する。
そして、刊行物A発明の「車輪支持用転がり軸受ユニット」は、その機能からみて、本願補正発明Aの「車輪軸受装置」に相当するから、刊行物A発明の「上記ハブの他端部で少なくとも上記段部に外嵌した内輪よりも突出した部分に形成した円筒部を直径方向外方にかしめ広げる事で形成したかしめ部により、上記段部に外嵌した内輪をこの段部の段差面に向け抑え付けて、この段部に外嵌した内輪を上記ハブに結合固定した車輪支持用転がり軸受ユニット」は、本願補正発明Aの「前記ハブ輪の端部を加締めてそれらを非分離に一体化し、前記車輪を車体に回転自在に支持する車輪軸受装置」に相当し、以下同様に、「上記内輪は高炭素鋼製で心部まで焼き入れ硬化させ」は、上記記載事項(キ)の「上記内輪3は、SUJ2等の高炭素クロム軸受鋼の様な高炭素鋼製」を参酌すれば、日本工業規格(JIS)の高炭素クロム軸受鋼2種(SUJ2)の軸受鋼は0.95?1.10wt%の炭素Cを含むことから、実質的に、「前記内輪は、Cが0.95?1.10wt%で芯部まで焼き入れ硬化され」に相当し、「上記ハブは炭素の含有量が0.45重量%以上の炭素鋼製であり」は、具体的数値範囲は別途検討することとすると、少なくとも「前記ハブ輪は、Cが0.5?0.8wt%の炭素鋼」において共通するものである。
さらに、刊行物A発明の「少なくとも上記第一の内輪軌道部分を焼き入れ処理により硬化させると共に少なくとも上記円筒部には上記焼き入れ処理を施さずに生のままとし」とした点は、刊行物Aに記載された「上記段部8の基半部分のうち、上記段部8の一部外周面部分は、上記内輪3の嵌合圧力及び上記複数の転動体5から上記内輪3が受けるラジアル荷重に拘らず、この段部8の外周面が変形するのを防止したり、更には、上記内輪3との嵌合部であるこの段部8の外周面に、フレッチング摩耗が発生する事を防止する為に硬化させる。」(上記記載事項(オ))からみて、「内輪3」が締め代をもって圧入されているものと捉えられるから、「全領域」かどうかは別にして、「前記一方の軌道面から、内輪が締め代をもって圧入された内輪嵌合部分に表面硬化層を形成する」限りにおいて本願補正発明Aと共通する。
また、刊行物A発明の「少なくとも上記ハブの他端部に形成した円筒部の硬度は、かしめ加工前に於いてHv200?300である」点について検討するに、「Hv200?300」は、ビッカース硬さを意味するものであり、本願の当初明細書にも「前述の特開平11-129703号公報に開示された車輪軸受装置では、ハブ輪1の端部に位置する加締め部21の加締め前の表面硬さを、Hv200?300、つまり、ロックウェル硬さHRC11.0?29.8としている。」(段落【0008】)との記載があるように、ロックウェル硬さに換算してHRC11.0?29.8に相当するものであることに照らせば、少なくとも「ロックウェル硬さHRC12?25」の範囲を含むことから、「前記ハブ輪の加締め部の加締め前の表面硬さをロックウェル硬さHRC12?25の範囲に規定し」た本願補正発明Aと共通するものである。

したがって、本願補正発明Aの用語にならってまとめると、両者は、
「複列の軌道面を有し、車体に取り付けられるフランジを有する外方部材と、その外方部材の軌道面と対向する複列の軌道面が形成され、それら複列の軌道面のうち一方の軌道面を直接形成し、車輪が取り付けられるフランジを有するハブ輪、及びそのハブ輪の外周面に形成された小径段部に嵌合され、他方の軌道面を外周に形成した内輪からなる内方部材と、前記外方部材と内方部材のそれぞれの軌道面間に介装された複列の転動体とを備え、前記ハブ輪の端部を加締めてそれらを非分離に一体化し、前記車輪を車体に回転自在に支持する車輪軸受装置において、前記内輪は、Cが0.95?1.10wt%で芯部まで焼き入れ硬化され、前記ハブ輪は、Cが0.5?0.8wt%の炭素鋼で、前記一方の軌道面から、内輪が締め代をもって圧入された内輪嵌合部分に表面硬化層を形成すると共に、前記ハブ輪の加締め部の加締め前の表面硬さをロックウェル硬さHRC12?25の範囲に規定した車輪軸受装置。」
である点で一致し、以下の点で相違する。

[相違点1]
上記ハブ輪の炭素鋼の炭素含有量について、本願補正発明Aが、「0.5?0.8wt%」としたのに対し、刊行物A発明は、「0.45重量%以上」とした点。(wt%以下と重量%は表現上の相違しかないので、以下、「wt%」と統一して表記する部分がある。)

[相違点2]
本願補正発明Aが、上記内輪嵌合部分の「全領域」に表面硬化層を形成したのに対し、刊行物A発明は、「少なくとも上記第一の内輪軌道部分」としているものの、それが「全領域」であるか否か明らかではない点。

[相違点3]
本願補正発明Aが、上記表面硬さの範囲を「ロックウェル硬さHRC12?25」の範囲に規定したのに対し、刊行物A発明は、実質的にロックウェル硬さHRC11.0?29.8の範囲に規定した点。

[相違点4]
本願補正発明Aが、「加締めにより軸受の予圧を管理した」のに対し、刊行物A発明は、この点が明らかではない点。

[上記相違点1についての検討]
刊行物A発明は、上記ハブ輪の炭素鋼の炭素含有量について、「0.45重量%以上」としているものの、具体的には、上記記載事項(ア)に摘記したとおり、ハブ輪の表面の硬化処理に応じて【請求項2】では0.45?1.10wt%、【請求項3】では0.45?0.60wt%と設定していることに照らせば、炭素含有量を適宜設定することは当業者が容易に実施できるというべき事項であり、本願補正発明Aにおいて、特に「0.5?0.8wt%」とした点は、上記刊行物Aに記載された炭素含有量と近似するのみならず、本願の発明の詳細な説明の【0049】?【0052】などの記載からみて表面の硬化処理との関連で最適値を見いだしたものと解されるものであり、上記炭素含有量の下限値の0.5wt%及び上限値0.8wt%そのものに臨界的意義があることを示す記載はない。
したがって、上記相違点1に係る本願補正発明Aの構成とすることは、刊行物A発明から当業者が格別困難なく想到し得るものである。

[上記相違点2についての検討]
刊行物A発明の内輪嵌合部分に形成された表面硬化層は、上記記載事項(カ)によれば「斜格子で示した焼き入れ硬化層の内端の軸方向位置(図1のイ点)は、上記内輪3の周囲に配置した複数個の転動体5の中心の軸方向位置(図1のロ点)よりも内側(図1の右側)で、後述するかしめ部19の基端(かしめ部の外径が段部8の外径よりも大きくなり始める部分)の軸方向位置(図1のハ点)よりも外側(図1の左側)と」してあり、「上記焼き入れ硬化層の内端位置をこの様に規制する理由は、上記段部8の外周面部分に存在する焼き入れ硬化層の表面積をできるだけ広くし、しかも上記かしめ部19の加工を容易にすると共に、上記焼き入れ硬化層の存在に基づいてこのかしめ部19に亀裂等の損傷が発生しない様にする為である」。すなわち、内輪嵌合部分において加締め部の加工性や亀裂等の損傷が発生しない範囲でできるだけ表面積を広くすべきことが示唆されている。
ところで、本願補正発明Aにおける上記「全領域」は、平成19年6月18日付けの手続補正によって付加された構成であり、その根拠として、同日付の意見書には「請求項1の補正は、当初明細書の段落番号[0014]第2?4行目の「小径段部の外周面は内輪と嵌合する部分である」という記載、段落番号[0033]第5?6行目の「内輪2は、クリープを防ぐために適当な締め代をもって圧入されている」という記載および図1、図2に基づく自明な事項であり」と記載されている。
そうすると、本願補正発明Aにおける上記全領域は、実質的に小径段部の内輪と嵌合する部分であるものと解することができるが、単に「全領域」というものであって技術的に有意な境界によって範囲が特定されているわけではない。
してみると、小径段部の内輪と嵌合する部分の表面硬化層を内輪嵌合部分においてできるだけ広くするという技術思想において両者は軌を一にするものであって、刊行物A発明において具体的に特定した領域を単に「全領域」とすることは、当業者が容易に想到できることである。
したがって、上記相違点2に係る本願補正発明Aの構成とすることは、刊行物A発明から当業者が格別困難なく想到し得るものである。

[上記相違点3についての検討]
刊行物A発明の上記ロックウェル硬さHRC11.0?29.8に関する数値範囲の技術的意義について検討するに、「29.8(Hv300に相当)」は、「この円筒部20の硬度がHv300を越えていると、形成されたかしめ部19にクラックが発生したり、かしめが不十分となってかしめ部19と内輪3とが密着しなくなって上記ハブ2bに対するこの内輪3の締結力が小さくなったりする。又、上記かしめ部19を形成する為に要する荷重が過大になって、かしめ作業に伴って各軌道面や転動体5、5に圧痕等の損傷を生じ易くなる他、各部の寸法精度が悪化する可能性を生じる。又、ハブ2bの機械加工が困難になる。即ち、加工時間が長くなると共に工具寿命が低下し、コスト上昇を招く。」(上記記載事項(ク))、及び「11.0(Hv200に相当)」は、「反対に、上記円筒部20の硬度がHv200に達しないと、この円筒部20をかしめる事により形成したかしめ部19の硬度を確保できず、やはりこのかしめ部19による上記内輪3の締結力が不足する。」(上記記載事項(ケ))とされていることから、「Hv200?300」すなわち「ロックウェル硬さHRC11.0?29.8」は、表面硬さに関する実用可能な上限値と下限値を示したものと解することができる。そうすると、その範囲の中から、さらに最適値を求める動機は十分に存在するというべきである。
そこで、本願補正発明Aにおける「ロックウェル硬さHRC12?25」の技術的意義についてみると、「加締め部の表面硬さがHRC25(Hv266)よりも大きいと、加締め後のアキシャルすきま減少量のばらつきが大きくなり、軸受の予圧量にばらつきが発生して不良品の発生率が高くなる。逆に、加締め部の表面硬さがHRC12(Hv196)よりも小さくなると、車輪から受けるモーメント荷重により発生する応力によって加締め部の強度が低下する虞がある。」(本願の発明の詳細な説明の段落【0015】)、「加締め部21の表面硬さがHRC25(Hv266)よりも大きいと(例えばHRC28の場合)、加締め後のアキシャルすきま減少量のばらつきが大きくなり、軸受部17の予圧量にばらつきが発生して不良品の発生率が高くなる。」(同、段落【0045】)、「逆に、加締め部21の表面硬さがHRC12(Hv204)よりも小さくなると、車輪から受けるモーメント荷重により発生する応力によって加締め部21の強度が低下する虞がある。」(同、段落【0047】)などの記載や図4?6のグラフから、上記表面硬さの数値範囲は、課題を解決するため、あるいは実用に供するに際して最適な範囲を見いだしたものであって、当業者の通常の創作能力の発揮にすぎないというべきところ、本願補正発明Aに進歩性が認められるためには、少なくとも、本願補正発明Aの数値限定に臨界的意義が必要であるが、その上限値や下限値を境に特性が急変したり、極大化するなどの技術的意義は存在しない以上、上記相違点3に係る本願補正発明Aの構成とすることは、刊行物A発明から当業者が格別困難なく想到し得るものであるといわざるを得ない。

[上記相違点4についての検討]
刊行物A発明は、「この為、かしめ作業に伴ってかしめ部19に亀裂等の損傷が発生したり、或はかしめ部19により固定する内輪3に、この内輪3の直径を予圧や転がり疲れ寿命等の耐久性に影響を及ぼす程大きく変える様な力が作用する事を、より確実に防止できる。」(上記記載事項(ス))や「そして、この内輪がその固定作業に基づいて損傷する可能性を低くすると共に予圧を適正値に維持でき、しかも部品点数、部品加工、組立工数の減少により、コスト低減を図れる。」(上記記載事項(セ))などの記載からみて、加締めに伴う内輪3の予圧を適正値に維持する観点から予圧を「管理」をしていることは明らかであり、換言すれば「加締めにより軸受の予圧を管理した」ということができる。仮に、上記相違点4に係る本願補正発明Aにおける予圧の管理が他の意味を有するとしても、本願の請求項1には「加締めにより軸受の予圧を管理した」という一般的、かつ機能的な記載しかなく、しかも上記相違点1ないし相違点3に係る構成が、刊行物A発明から当業者が容易に想到できたものであって、刊行物Aには加締めによる予圧を管理すべきことが上記のとおり示唆されている以上、当業者が、「加締めにより軸受の予圧を管理」することは容易に想到できることである。
この点に関して、さらに本願の発明の詳細な説明を参酌することが許されるとしても、本願の発明の詳細な説明には「【0043】・・・軸受部17の予圧抜けが発生する虞があり・・・つまり、Hv204?266としている。これにより、軸受部17の予圧管理が容易となり、・・・軸受部17の予圧量にばらつきが発生して歩留まりが大幅に低下する。」(段落【0043】?【0045】)などの記載はあるものの、これらは何れも上記相違点1?3に挙げた構成に付随する結果であって、当業者が通常行うべき予圧に対する配慮を越えて、「予圧の管理」を実施するために特段の工夫をしたものではない。
したがって、上記相違点4に係る本願補正発明Aの構成とすることは、刊行物A発明から当業者が格別困難なく想到し得るものである。

また、本願補正発明Aが奏する効果は、いずれも刊行物A発明に係る構成を当業者が容易に想到できる範囲で材料の特性を最適化したことに付随するものであって、刊行物A発明から当業者が予測できるものである。

したがって、本願補正発明Aは、刊行物Aに記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

2-2-2.本願補正発明Bについて

(1)本願補正発明B

本願補正発明Bは、本件補正により補正された明細書及び図面の記載からみて、上記「2-1.本件補正の内容」に示した本件補正後の特許請求の範囲の請求項6に記載された事項により特定されるとおりのものであると認める。

(2)引用刊行物とその記載事項

刊行物A:特開平11-129703号公報
刊行物B:特開平11-62951号公報

(刊行物A)
刊行物Aの記載事項は、上記2-2-1.(2)の(刊行物A)のとおりである。

(刊行物B)
原査定の拒絶の理由に引用された、本願の出願日前に頒布された刊行物B(特開平11-62951号公報)には、「車輪用転がり軸受ユニット」に関して、図面とともに、以下の事項が記載されている。

(ソ)「【特許請求の範囲】
【請求項1】外周面に懸架装置に支持する為の第一の取付フランジを、内周面に複列の外輪軌道を、それぞれ有する外輪と、この外輪から突出した部分の外周面に車輪を支持する為の第二の取付フランジを、上記複列の外輪軌道のうちの一端寄り部分の外輪軌道と対向する部分の外周面に第一の内輪軌道を、それぞれ設けた第一の内輪部材と、外周面の中間部若しくは一端寄り部分に第二の内輪軌道を、他端部に等速ジョイントの外輪となるハウジング部を、それぞれ有する第二の内輪部材と、上記各外輪軌道と上記第一、第二の内輪軌道との間にそれぞれ複数個ずつ設けた転動体とを備え、上記第一、第二の内輪部材のうちの一方の内輪部材の少なくとも軸方向一部に円筒状部分を、他方の内輪部材の少なくとも軸方向一部に円杆状部分を、それぞれ形成すると共に、これら円筒状部分と円杆状部分とを互いに嵌合させた状態で、上記第一、第二の内輪部材同士を結合している車輪用転がり軸受ユニットに於いて、上記円杆状部分の先端部には円筒部が形成されており、上記円筒状部分の内周面の少なくとも軸方向中央部には雌スプライン溝が、上記円杆状部分の外周面の少なくとも軸方向中央部にはこの雌スプライン溝と係合する雄スプライン溝が、それぞれ形成されており、上記円筒状部分の一端部内周面と上記円杆状部分の一端部外周面との少なくとも一方の周面には、相手側周面とがたつきなく嵌合する一端側円筒面が形成されており、上記円筒状部分の他端部内周面と上記円杆状部分の他端部外周面との少なくとも一方の周面には、相手側周面とがたつきなく嵌合する他端側円筒面が形成されており、上記第一の内輪部材と第二の内輪部材とは、上記雌スプライン溝と雄スプライン溝とを係合させると共に、上記一端側円筒面と相手側周面とを、上記他端側円筒面と相手側周面とを、それぞれ嵌合させた状態で、上記円筒部の先端部を直径方向外方に塑性変形させる事によりかしめ部とし、このかしめ部により上記一方の内輪部材の一部を上記他方の内輪部材に向け、軸方向に抑え付けている事を特徴とする車輪用転がり軸受ユニット。」

(タ)「【0006】上述の様に構成する車輪用転がり軸受ユニットを車両に組み付ける際には、第一の取付フランジ2により外輪1を懸架装置に支持し、第二の取付フランジ6により駆動輪でもある前輪を第一の内輪部材3に固定する。又、エンジンによりトランスミッションを介して回転駆動される、図示しない駆動力伝達軸の先端部を、等速ジョイントを構成する内輪17の内側にスプライン係合させる。自動車の走行時には、上記内輪17の回転を、複数の玉18を介して第二の内輪部材4を含むハブ5に伝達し、上記前輪を回転駆動する。」

(チ)「【0012】
【発明の実施の形態】図1?4は、本発明の実施の形態の第1例を示している。使用時に懸架装置に取付固定して回転しない外輪1は、外周面に懸架装置に支持する為の第一の取付フランジ2を、内周面に複列の外輪軌道23、23を、それぞれ有する。この様な外輪1の直径方向内側には、ハブ5aを配置している。このハブ5aは、第一、第二の内輪部材3a、4aを結合して成る。このうちの第一の内輪部材3aは、上記外輪1から突出した部分(図示の例では軸方向に関して略中央部分)の外周面に、図示しない車輪を支持する為の第二の取付フランジ6を、上記複列の外輪軌道23、23のうちの一端寄り部分(図示の例では、車両への組み付け状態で幅方向外側となる外端寄り部分を言い、図1の左側部分)の外輪軌道23と対向する部分(図1の右側部分)の外周面に第一の内輪軌道7を、それぞれ設けている。又、上記第二の内輪部材4aは、外周面の中間部に第二の内輪軌道10を、他端部(図示の例では、車両への組み付け状態で幅方向中央側となる内端部を言い、図1の右端部)に等速ジョイントの外輪となるハウジング部9を、それぞれ有する。そして、上記各外輪軌道23、23と上記第一、第二の内輪軌道7、10との間にそれぞれ複数個ずつの転動体11、11を設けて、上記外輪1の内側に上記ハブ5aを回転自在に支持している。
【0013】上記第一の内輪部材3aと第二の内輪部材4aとは、第一の内輪部材3aの直径方向中央部に円筒状部分24を、第二の内輪部材4aの軸方向一端寄り半部(図1の左半部)に円杆状部分25を、それぞれ形成している。又、上記ハウジング部9と上記円杆状部分25との境界部分に、段部27を形成している。上記第一、第二の内輪部材3a、4a同士は、上記円筒状部分24と円杆状部分25とを互いに嵌合させ、この円筒状部分24の他端面(図1の右端面)を上記段部27に突き当てた状態で、互いに結合固定している。
【0014】この為に、上記円杆状部分25の先端部に円筒部8aを形成している。そして、上記第一、第二の内輪部材3a、4a同士を結合固定する為に、上記円筒部8aの先端部(図1の左端部)を直径方向外方に塑性変形させて、かしめ部26としている。そして、このかしめ部26を上記第一の内輪部材3aの一端面(図1の左端面)内周縁部に当接させ、上記かしめ部26により上記円筒状部分24を上記段部27に向け、強く抑え付けている。尚、この様に円筒状部分24の他端面を上記段部27に突き当てた状態で前記各転動体11、11に適正な予圧が付与される様に、上記段部27の位置等を規制している。尚、上記第一の内輪部材3aの一端面を上記段部27に、全周に亙って密に当接自在とすべく、この段部27の内周縁部の断面の曲率半径r27(図4)を、上記円筒状部分24の他端内周縁部の断面の曲率半径r24(図2)よりも小さく(r27<r24)して、当該部分の干渉を防止している。」

(ツ)「【0019】又、上記円筒状部分24の内周面部分で図2に斜格子で示した部分、並びに上記円杆状部分25の外周面部分の一部で図4に斜格子で示した部分は、高周波焼き入れ等による硬化処理を施して、当該部分の硬度を必要とする程度にまで高めている。(以下、略)」

(テ)「【0020】上述の様に構成する本発明の車輪用転がり軸受ユニットの場合には、上記第一、第二の内輪部材3a、4a同士の分離防止は、かしめ部26が図る。又、これら第一、第二の内輪部材3a、4a同士の間でのトルク伝達は、雌スプライン溝28と雄スプライン溝29との係合部が行なう。更に、旋回時に加わるモーメント荷重は、一端側、他端側両円筒面部である円筒状外周面部30a、30bと上記雌スプライン溝28の両端部の歯先面との嵌合部が支承する。従って、長期間に亙る使用によっても、上記第一の内輪部材3aと第二の内輪部材4aとを、相対回転を確実に防止した状態で結合したままに保持できて、等速ジョイントを介しての車輪の回転駆動を確実に行なえる。」

そうすると、上記記載事項(ソ)なしい(テ)及び図面の記載からみて、上記刊行物Bには次の発明(以下、「刊行物B発明」という。)が記載されているものと認められる。

「外周面に懸架装置に支持する為の第一の取付フランジ2を、内周面に複列の外輪軌道23,23を、それぞれ有する外輪1と、この外輪1から突出した部分の外周面に車輪を支持する為の第二の取付フランジ6を、上記複列の外輪軌道のうちの一端寄り部分の外輪軌道と対向する部分の外周面に第一の内輪軌道7を、それぞれ設けた第一の内輪部材3aと、上記各外輪軌道23,23と上記第一、第二の内輪軌道7,10との間にそれぞれ複数個ずつ設けた転動体11とを備え、エンジンによりトランスミッションを介して回転駆動される駆動力伝達軸の先端部を、等速ジョイントを構成する内輪17の内側にスプライン係合させ、上記内輪17の回転を、複数の玉18を介して第二の内輪部材4を含むハブ5に伝達し、上記前輪を回転駆動する等速ジョイントを備え、等速ジョイントの外輪となるハウジング部9を有する第二の内輪部材4aと、上記第一、第二の内輪部材3a,4aのうちの一方の内輪部材の少なくとも軸方向一部に円筒状部分24を、他方の内輪部材の少なくとも軸方向一部に円杆状部分25を、それぞれ形成すると共に、これら円筒状部分24と円杆状部分25とを互いに嵌合させた状態で、上記第一、第二の内輪部材同士をかしめて結合している車輪用転がり軸受ユニットに於いて、上記円杆状部分25の先端部には円筒部8aが形成されており、上記円筒状部分24の内周面の少なくとも軸方向中央部には雌スプライン溝28が、上記円杆状部分25の外周面の少なくとも軸方向中央部にはこの雌スプライン溝28と係合する雄スプライン溝29が、それぞれ形成されており、上記円筒状部分24の内周面部分、並びに上記円杆状部分25の外周面部分の一部分は硬化処理を施して、当該部分の硬度を必要とする程度にまで高め、上記円筒部8aの先端部を直径方向外方に塑性変形させる事によりかしめ部とし、このかしめ部により上記一方の内輪部材の一部を上記他方の内輪部材に向け、軸方向に抑え付け、円筒状部分24の他端面を上記段部27に突き当てた状態で前記各転動体11、11に適正な予圧が付与される様に、上記段部27の位置等を規制している事を特徴とする車輪用転がり軸受ユニット。」

(3)対比・判断

本願補正発明Bと刊行物B発明を対比する。
刊行物B発明の「外周面に懸架装置に支持する為の第一の取付フランジ2を、内周面に複列の外輪軌道23,23を、それぞれ有する外輪1」は、その機能からみて本願補正発明Bの「車体に取り付けられるフランジを有する外方部材」に相当し、以下同様に、「この外輪1から突出した部分の外周面に車輪を支持する為の第二の取付フランジ6を、上記複列の外輪軌道のうちの一端寄り部分の外輪軌道と対向する部分の外周面に第一の内輪軌道7を、それぞれ設けた第一の内輪部材3aと、上記各外輪軌道23,23と上記第一、第二の内輪軌道7,10との間にそれぞれ複数個ずつ設けた転動体11とを備え」は、「車輪が取り付けられるフランジを有する内方部材との間に複列の転動体を組み込んで前記内方部材を回転自在に支持した軸受部」に、「エンジンによりトランスミッションを介して回転駆動される駆動力伝達軸の先端部を、等速ジョイントを構成する内輪17の内側にスプライン係合させ、上記内輪17の回転を、複数の玉18を介して第二の内輪部材4を含むハブ5に伝達し、上記前輪を回転駆動する等速ジョイント」は、「ドライブシャフトの一端に設けられ、内周面にトラック溝が形成された継手外輪と、その継手外輪のトラック溝と対向するトラック溝が外周面に形成された継手内輪と、前記継手外輪のトラック溝と継手内輪のトラック溝との間に組み込まれたボールとからなる等速自在継手部」に、「等速ジョイントの外輪となるハウジング部9を有する第二の内輪部材4aと、上記第一、第二の内輪部材3a,4aのうちの一方の内輪部材の少なくとも軸方向一部に円筒状部分24を、他方の内輪部材の少なくとも軸方向一部に円杆状部分25を、それぞれ形成すると共に、これら円筒状部分24と円杆状部分25とを互いに嵌合させた状態で、上記第一、第二の内輪部材同士をかしめて結合している車輪用転がり軸受ユニット」は、「等速自在継手部の継手外輪のステム部の端部を内方部材に加締めて固定し、その継手外輪の回転を前記軸受部の内方部材に伝えるようにした車輪軸受装置」に、「上記円杆状部分25の先端部には円筒部8aが形成されており、上記円筒状部分24の内周面の少なくとも軸方向中央部には雌スプライン溝28が、上記円杆状部分25の外周面の少なくとも軸方向中央部にはこの雌スプライン溝28と係合する雄スプライン溝29が、それぞれ形成されており、上記円筒状部分24の内周面部分、並びに上記円杆状部分25の外周面部分の一部分は硬化処理を施して、当該部分の硬度を必要とする程度にまで高め」は、全領域かどうかは別にして、少なくとも「前記継手外輪には、軸受部の内方部材に嵌合されるセレーション部を含み、かつ、加締め部を除くステム部に表面硬化層が形成され」に、それぞれ相当する。

したがって、本願補正発明Bの用語にならってまとめると、両者は、
「車体に取り付けられるフランジを有する外方部材と、車輪が取り付けられるフランジを有する内方部材との間に複列の転動体を組み込んで前記内方部材を回転自在に支持した軸受部と、ドライブシャフトの一端に設けられ、内周面にトラック溝が形成された継手外輪と、その継手外輪のトラック溝と対向するトラック溝が外周面に形成された継手内輪と、前記継手外輪のトラック溝と継手内輪のトラック溝との間に組み込まれたボールとからなる等速自在継手部とを備え、等速自在継手部の継手外輪のステム部の端部を内方部材に加締めて固定し、その継手外輪の回転を前記軸受部の内方部材に伝えるようにした車輪軸受装置において、前記継手外輪には、軸受部の内方部材に嵌合されるセレーション部を含み、かつ、加締め部を除くステム部に表面硬化層が形成された車輪軸受装置。」
である点で一致し、以下の点で相違する。

[相違点a]
本願補正発明Bが、加締め部を除くステム部の全領域に表面硬化層を形成したのに対し、刊行物B発明は、上記円筒状部分24の内周面部分、並びに上記円杆状部分25の外周面部分の一部分は硬化処理を施した点。

[相違点b]
本願補正発明Bが、前記加締め部の加締め前の表面硬さをロックウェル硬さHRC12?25の範囲に規定したのに対し、刊行物B発明は、表面硬さが明らかではない点。

[相違点c]
本願補正発明Bが、加締めにより軸受の予圧を管理したのに対し、刊行物B発明は、このかしめ部により上記一方の内輪部材の一部を上記他方の内輪部材に向け、軸方向に抑え付け、円筒状部分24の他端面を上記段部27に突き当てた状態で前記各転動体11、11に適正な予圧が付与される様に、上記段部27の位置等を規制しているものの、加締めにより軸受の予圧を管理しているか否か明確ではない点。

[上記相違点aについての検討]
刊行物B発明は、「上記円筒状部分24の内周面部分で図2に斜格子で示した部分、並びに上記円杆状部分25の外周面部分の一部で図4に斜格子で示した部分は、高周波焼き入れ等による硬化処理を施して、当該部分の硬度を必要とする程度にまで高めている。」(上記記載事項(ツ))からみて、雌スプライン溝28の全領域と、加締め部を除く雄スプライン溝29の必要な領域に表面硬化層が形成されているものと解される。すなわち、加締め部を除いて硬化処理をすることは技術常識として、表面硬化層をどの程度の領域に形成するかは、部材の形状や構造、負荷の条件などを考慮して当業者が適宜決定できる設計的事項というべきところ、刊行物B発明と同様の技術分野に属する「車輪支持用転がり軸受ユニット」に係る上記刊行物Aには、第一の内輪軌道7と段部8の内輪3の嵌合部の必要部分、すなわち、実質的に加締め部を除いて、ハブ2bにおいて硬さが要求されるすべての部分に表面硬化層を形成する技術事項が開示されていることに照らせば(上記記載事項(カ)及び(ケ))、刊行物B発明において、加締め部を除くステム部の「全領域」に表面硬化層を形成することは当業者が容易に想到できることである。
したがって、上記相違点aに係る本願補正発明Bの構成とすることは、刊行物B発明に刊行物A発明を適用して当業者が格別困難なく想到し得るものである。

[上記相違点bについての検討]
刊行物B発明において、上記表面硬化層は「高周波焼き入れ等による硬化処理を施して、当該部分の硬度を必要とする程度にまで高め」(上記記載事項(ツ))られており、具体的硬度をどの程度にするかは当業者が経験や実験などに基づき適宜決定できる設計的事項というべきところ、刊行物B発明と同様の技術分野に属する「車輪支持用転がり軸受ユニット」において、刊行物B発明と同様の課題に対する解決手段として表面硬化層を形成し、その硬度を実質的にロックウェル硬さHRC11.0?29.8の範囲に規定した刊行物A発明に接した当業者であれば、刊行物B発明に刊行物A発明が有する程度のロックウェル硬さを採用する動機は十分にあるというべきである。そして、上記ロックウェル硬さを具体的にロックウェル硬さHRC12?25の範囲に規定した点に臨界的意義が認められないことは[上記相違点3についての検討]に説示したとおりである。
したがって、上記相違点bに係る本願補正発明Bの構成とすることは、刊行物B発明に刊行物A発明を適用して当業者が格別困難なく想到し得るものである。

[上記相違点cについての検討]
刊行物B発明において、加締めによって影響を受ける軸受の予圧を考慮すべきことは技術常識、または構造上当然考慮すべき事項として捉えられ、その具体的手段として「円筒状部分24の他端面を上記段部27に突き当てた状態で前記各転動体11、11に適正な予圧が付与される」ようにしていることは、「加締めにより軸受の予圧を管理した」ことにほかならないとも解されるところ、仮にそうではないとしても、刊行物B発明と同様の技術分野に属する「車輪支持用転がり軸受ユニット」に係る刊行物A発明にも軸受の予圧を適正値に維持すべき(上記記載事項(セ))ことが示唆されていることに照らせば、[上記相違点4についての検討]に示した理由と同様の理由により、上記相違点cに係る本願補正発明Bの構成とすることは、刊行物B発明に刊行物A発明を適用して当業者が格別困難なく想到し得るものである。

また、本願補正発明Bが奏する効果は、いずれも刊行物B発明及び刊行物A発明から当業者が予測できるものである。

したがって、本願補正発明Bは、刊行物B及び刊行物Aに記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

2-2-3.審判請求人の主張について
審判請求人は、審判請求書の平成19年10月18日付け手続補正書(方式)において、「つまり、本願発明は、ハブ輪の外周面における表面硬化層の最適な形成領域を規定すると共に、内輪をハブ輪に突き合わせた状態まで圧入して嵌合し、加締め前における表面硬さの最適範囲を規定した加締め部を加締めることで、加締めによる軸受すきまの減少量も考慮し、軸受を最適な予圧に管理し、加締め部の強度低下を抑制して予圧抜けの発生を防止し、その最適な予圧を長期間に亘って維持し得る車輪軸受装置を提供するものであります。このように、加締め加工によって最適な軸受の予圧となるような、加締め前における加締め部の表面硬さの最適範囲を規定し、加締めによって生じる軸受すきまの減少量を考慮した上で加締め後の軸受すきまが最適値となるように軸受の予圧を管理している点で、本願発明と引用例1とはその技術的思想が明らかに異なります。従いまして、この引用例1が本願発明を示唆しているとは到底言えません。・・・しかしながら、これら引用例のいずれも本願発明の構成要件の一つである、加締め加工によって最適な軸受の予圧となるような、加締め前における表面硬さの最適範囲を規定し、加締めによる軸受すきまの減少量を考慮した上で加締め後の軸受すきまが最適値となるように軸受の予圧を管理している点について全く開示されておらず、それを示唆するような記載も一切ありません。」(「本願発明が特許されるべき理由」参照)などと主張するとともに、
当審の審尋に対する平成20年9月26日付け回答書において、
「従いまして、引用例1あるいは引用例5のいずれにも、ハブ輪の加締め部の硬さにバラツキがあると、内輪の押し込み量と隙間減少量の間にバラツキが生じ、最終的な軸受隙間にもバラツキが生じることに着目し、加締め部の加締め前での表面硬さの最適範囲を規定すると共に、ハブ輪の外周面の表面硬化層の最適な形成領域を規定することで、加締めにより軸受隙間を適正値として加締め後の予圧を狙い通りに管理する記載はありません。」(「【回答の内容】(2)参照)と主張するなど、本願発明は容易に想到できたものではない旨の主張をしている。

しかしながら、いわゆる車輪軸受装置において「軸受の予圧を管理」することは、技術常識であるというべきところ、組み付けの際に加締めを伴う場合であっても例外ではなく、当業者が当然配慮すべき事項であることから、上記本願補正発明A及びBにおける「軸受の予圧を管理」することは、上記[上記相違点4についての検討]及び[上記相違点cについての検討]に説示したとおり、当業者が容易に想到できたことである。
また、[本願補正発明A]及び[本願補正発明B]が、構成を特定したことによって一定の効果を奏することがあるとしても、その構成が、[刊行物A]及び[刊行物A及び刊行物B]に記載された発明から当業者が容易に発明をすることができたものである以上、その効果も当然当業者が予測できる範囲にとどまるものである。
よって、請求人の主張は採用できない。

2-2-4.むすび

以上のとおり、本願補正発明A、すなわち本件補正後の請求項1に係る発明は、刊行物Aに記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、本願補正発明B、すなわち本件補正後の請求項6に係る発明も、刊行物A及び刊行物Bに記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。
よって、本願補正発明A、すなわち本件補正後の請求項1に係る発明、及び本願補正発明B、すなわち本件補正後の請求項6に係る発明は、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に適合しない。
したがって、本件補正は、特許法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。

3.本願発明について

(1)本願発明

平成19年10月18日付け手続補正は上記のとおり却下されたので、本願の請求項1及び6に係る発明(以下、それぞれ「本願発明1」、「本願発明6」という。)は、平成19年6月18日付け手続補正により補正された特許請求の範囲、明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1及び6に記載された事項により特定される次のとおりのものである。

「【請求項1】複列の軌道面を有し、車体に取り付けられるフランジを有する外方部材と、その外方部材の軌道面と対向する複列の軌道面が形成され、それら複列の軌道面のうち一方の軌道面を直接形成し、車輪が取り付けられるフランジを有するハブ輪、及びそのハブ輪の外周面に形成された小径段部に嵌合され、他方の軌道面を外周に形成した内輪からなる内方部材と、前記外方部材と内方部材のそれぞれの軌道面間に介装された複列の転動体とを備え、前記ハブ輪の端部を加締めてそれらを非分離に一体化し、前記車輪を車体に回転自在に支持する車輪軸受装置において、
前記内輪は、Cが0.95?1.10wt%で芯部まで焼き入れ硬化され、前記ハブ輪は、Cが0.5?0.8wt%の炭素鋼で、前記一方の軌道面から、内輪が締め代をもって圧入された内輪嵌合部分の全領域に表面硬化層を形成すると共に、前記ハブ輪の加締め部の加締め前の表面硬さをロックウェル硬さHRC12?25の範囲に規定したことを特徴とする車輪軸受装置。
【請求項6】車体に取り付けられるフランジを有する外方部材と、車輪が取り付けられるフランジを有する内方部材との間に複列の転動体を組み込んで前記内方部材を回転自在に支持した軸受部と、ドライブシャフトの一端に設けられ、内周面にトラック溝が形成された継手外輪と、その継手外輪のトラック溝と対向するトラック溝が外周面に形成された継手内輪と、前記継手外輪のトラック溝と継手内輪のトラック溝との間に組み込まれたボールとからなる等速自在継手部とを備え、等速自在継手部の継手外輪のステム部の端部を内方部材に加締めて固定し、その継手外輪の回転を前記軸受部の内方部材に伝えるようにした車輪軸受装置において、
前記継手外輪には、軸受部の内方部材に嵌合されるセレーション部を含み、かつ、加締め部を除くステム部の全領域に表面硬化層が形成され、前記加締め部の加締め前の表面硬さをロックウェル硬さHRC12?25の範囲に規定したことを特徴とする車輪軸受装置。」

(2)引用刊行物とその記載事項
[本願発明1に対して]
刊行物A:特開平11-129703号公報

[本願発明6に対して]
刊行物A:特開平11-129703号公報
刊行物B:特開平11-62951号公報

刊行物A及び刊行物Bの記載事項は、上記2-2-1.(2)(ア)?(セ)、及び2-2-2.(2)(ソ)?(テ)のとおり。

(3)対比・判断

本願発明1及び6は、上記本願補正発明A及びBから、それぞれ「ハブ輪の端部を加締めてそれらを非分離に一体化」する構成及び「継手外輪のステム部の端部を内方部材に加締めて固定」する構成に関する限定事項である「加締めにより軸受の予圧を管理し」た点の限定を省いたものに相当する。
そうすると、本願発明1の発明特定事項をすべて含み、審判請求時の手続補正によってさらに構成を限定した本願補正発明Aが、上記「2-2-1.(3)対比・判断」に示したとおり、刊行物Aに記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、上記限定を省いた本願発明1も同様の理由により、刊行物Aに記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
また、本願発明6の発明特定事項をすべて含み、審判請求時の手続補正によってさらに構成を限定した本願補正発明Bが、上記「2-2-2.(3)対比・判断」に示したとおり、刊行物A及び刊行物Bに記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、上記限定を省いた本願発明6も同様の理由により、刊行物A及び刊行物Bに記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

(4)むすび

以上のとおり、本願発明1、すなわち、本願の請求項1に係る発明は、刊行物Aに記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
また、本願発明6、すなわち、本願の請求項6に係る発明は、刊行物A及び刊行物Bに記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

そして、本願の請求項1及び6に係る発明が特許を受けることができないものである以上、本願の請求項2ないし5、及び請求項7ないし13に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。

よって、結論のとおり審決する。


 
審理終結日 2008-12-08 
結審通知日 2008-12-09 
審決日 2008-12-24 
出願番号 特願2000-205507(P2000-205507)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (F16C)
P 1 8・ 575- Z (F16C)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 冨岡 和人  
特許庁審判長 川上 益喜
特許庁審判官 溝渕 良一
藤村 聖子
発明の名称 車輪軸受装置  
代理人 城村 邦彦  
代理人 白石 吉之  
代理人 田中 秀佳  

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