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この審決には、下記の判例・審決が関連していると思われます。
審判番号(事件番号) データベース 権利
不服20056282 審決 特許
不服200627219 審決 特許

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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 C07K
審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 C07K
審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない。 C07K
管理番号 1192945
審判番号 不服2007-26097  
総通号数 112 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2009-04-24 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2007-09-25 
確定日 2009-02-17 
事件の表示 特願2006- 312「新規なポリペプチド及びそれをコードする核酸」拒絶査定不服審判事件〔平成18年 7月20日出願公開、特開2006-188524〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、1999年3月8日(パリ条約による優先権主張外国庁受理 1998年3月10日、米国、他87件、米国)を国際出願日とする特願2000-535657号の一部を平成14年5月13日に新たな特許出願とした特願2002-137004号のさらに一部を平成18年1月5日に新たな特許出願としたものであって、平成19年2月27日付で手続補正がなされ、平成19年6月4日付で拒絶査定がなされ、これに対し、同年9月25日に拒絶査定に対する審判請求がなされ、同年10月24日付で手続補正がなされたものである。


第2 平成19年10月24日付の手続補正について補正却下の決定
[補正却下の決定の結論]
平成19年10月24日付の手続補正書を却下する。

[理由]
I.平成19年10月24日付手続補正
本件補正により、特許請求の範囲の請求項1は、
「【請求項1】 以下の(a)又は(b)の単離された天然配列ポリペプチド。
(a)配列番号:506に示すアミノ酸配列からなる天然配列ポリペプチド。
(b)(a)のアミノ酸配列において、1個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、正常細胞よりもヒト肺腫瘍細胞又はヒト結腸腫瘍細胞中において多く発現している天然配列ポリペプチド。」から、
「【請求項1】 配列番号:506に示すアミノ酸配列からなる単離された天然配列ポリペプチド。」と補正された。

上記請求項1についてなされた補正は、補正前の請求項1に択一的に記載されていたポリペプチドの中から、「配列番号:506に示すアミノ酸配列からなる天然配列ポリペプチドのアミノ酸配列において1個のアミノ酸が置換、欠失若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、正常細胞よりもヒト肺腫瘍細胞又はヒト結腸腫瘍細胞中において多く発現している単離された天然配列ポリペプチド」を削除するものであって、平成18年改正前特許法第17条の2第4項第2号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当するものであるから、本件補正後の請求項1に記載された発明(以下、「本願補正発明1」という。)が特許出願の際、独立して特許を受けることができるものであるかについて検討する。

II.独立特許要件(特許法第36条第4項)について
1.はじめに
化学物質発明の本質が、新規で有用な化学物質の提供にあることを鑑みれば、本願発明を当業者が容易に実施すること、すなわち、当該発明に係る物質を製造し、かつ、使用することができるためには、本願明細書中にその「有用性」が明らかにされていなければならない。
本願発明の「ポリペプチド」のような化学物質発明については、平成17年10月19日に言い渡された知財高裁平成17年(行ケ)第10013号判決においても、下記のように判示されている。
「一般に,化学物質の発明は,新規で,産業上利用できる化学物質(すなわち有用性のある化学物質)を提供することにその本質があると解され、その化学物質が遺伝子等の,元来,自然界に存在する物質である場合には,単に存在を明らかにした,確認したというだけでは発見にとどまるものであり,自然界に存在した状態から分離し,一定の加工を加えたとしても,物の発明としては,いまだ産業上利用できる化学物質を提供したとはいえないものというべきであり,その有用性が明らかにされ,従来技術にない新たな技術的視点が加えられることで,初めて産業上利用できる発明として成立したものと認められるものと解すべきである。
そして,遺伝子関連の化学物質発明においてその有用性が明らかにされる必要があることは,明細書の発明の詳細な説明の記載要領を規定した特許法旧36条4項実施可能要件についても同様である。なぜならば,当業者が,当該化学物質の発明を実施するためには,出願当時の技術常識に基づいて,その発明に係る物質を製造することができ,かつ,これを使用することができなければならないところ,発明の詳細な説明中に有用性が明らかにされていなければ,当該発明に係る物質を使用することはできず,したがって,その実施をすることができる程度に明確かつ十分に,発明の詳細な説明に記載する必要があるからである。」

そこで、配列番号:506に示すアミノ酸配列からなるポリペプチド(以下、「PRO213-1ポリペプチド」という。)の有用性について、以下検討する。

2.アミノ酸配列分析に基づく有用性について
本願の発明の詳細な説明には、Swiss-Prot公的データベースからの約950の公知の分泌タンパク質からの細胞外ドメイン(ECD)配列(必要ならば、分泌シグナル配列を含む)を、ESTデータベースの検索に使用して、得られたコンセンサス配列の一つ(DNA28735)に基づいてプローブを合成し、ヒト胎児肺織から単離したRNAに基づいて作製されたcDNAライブラリーから、PRO213-1の全長DNA配列(配列番号:505)を含むクローンを単離し、予測されるポリペプチド前駆体は295アミノ酸長(図213)であることが記載されている。そして全長PRO213-1ポリペプチドのアミノ酸配列の分析は、その一部がヒト成長静止-特異的遺伝子6タンパク質と優位な相同性を示すことを示している。より詳細には、Dayhoffデータベース(version 35.45 SwissProt 35)は、PRO213アミノ酸配列と以下のDayhoff配列、HSMHC3W5A_6及びB48089との間の有意な相同性を明らかにした。」と記載されている。 (段落【0088】-【0095】)
また、ヒト成長静止-特異的遺伝子6タンパク質について、明細書段落【0004】には、「ヒト成長停止-特異的遺伝子6(Human growth arrest-specific gene 6)(gas6)は、様々な異なる組織で発現され、血清欠乏期間中に高度に発現されて成長誘導中にネガティブに調節されることが報告されているタンパク質をコードする。Manfioletti等, Mol. Cell. Biol. 13(8):4976-4985(1993)及びStitt等, Cell 80:661-670(1995)を参照されたい。Manfioletti等(1993),前掲は、gas6プロテインが、ビタミンK依存性タンパク質ファミリーのメンバーであることを示唆しており、ここで後者のタンパク質ファミリーメンバー(例えば、プロテインS、プロテインC及びX因子が含まれる)は全て血液凝固経路において調節の役割を担っている。よって、gas6は、成長調節に関連したプロテアーゼカスケードの調節又は血液凝固カスケードにおいてある役割を担っていることが示唆される。」と記載されている。

そして、本願の発明の詳細な説明には、発現させたPRO213-1ポリペプチドについて、血液凝固の調節等の活性を確認したことについて実施例等の具体的な記載はなされていない。

そもそもPRO213-1ポリペプチドとPRO213ポリペプチドとは異なるものであるから、上記明細書段落【0095】の「全長PRO213-1ポリペプチドのアミノ酸配列の分析は、その一部がヒト成長静止-特異的遺伝子6タンパク質と優位な相同性を示すことを示している。より詳細には、Dayhoffデータベース(version 35.45 SwissProt 35)は、PRO213アミノ酸配列と以下のDayhoff配列、HSMHC3W5A_6及びB48089との間の有意な相同性を明らかにした。」なる記載自体が不明瞭であり、また優位な相同性とは具体的にどの程度であるかも不明なため、「全長PRO213-1ポリペプチドのアミノ酸配列の分析は、その一部がヒト成長静止-特異的遺伝子6タンパク質と優位な相同性を示す」との記載をもっても、PRO213-1ポリペプチドがヒト成長静止-特異的遺伝子6タンパク質と同一の機能を有するものとは認められない。
すると、上記アミノ酸配列分析に関する記載に基づいて、PRO213-1ポリペプチドが具体的にいかなる機能を有するものであるか明らかであるとはいえない。


3.PRO213-1ポリペプチドの治療的介入の標的としての有用性について
本願の発明の詳細な説明には、PRO213-1をコードする遺伝子(以下、「PRO213-1遺伝子」という。)と癌細胞に関して、以下のように記載されている。
「この実施例は、種々のPROポリペプチドをコードする遺伝子が或る種のヒト癌ゲノムで増幅されることを示す。増幅は遺伝子産物の過剰発現を伴い、PROポリペプチドが結腸、肺及び他の癌等の或る種の癌において治療的介入の有用な標的であることを示している。(略)
ネガティブ対照として、DNAを10の正常健常個体からDNAを単離し、それをプールして健常個体における遺伝子コピーのアッセイ対照として使用した(NorHu)。
5‘ヌクレアーゼアッセイ(たとえばTaqMan(商品名))及び実時間定量的PCR(略)を、或る種の癌で潜在的に増幅される遺伝子の発見に使用した。結果は、PROポリペプチドがスクリーニングした肺および結腸癌において過剰発現されたか否かの決定に用いた。(略)
以下のPROポリペプチドをコードする遺伝子が上記のアッセイで増幅されることが見いだされた:PRO213-1。」(段落【0111】)
ただし、本願の発明の詳細な説明には、実際にPRO213-1ポリペプチドを用いて治療薬を開発したこと等について、実施例等の具体的な記載はなされていない。

(1)PRO213-1遺伝子の増幅および発現について
上記明細書の段落【0111】には、「上記のアッセイで増幅されることが見いだされた:PRO213-1」なる記載はあるものの、上記明細書の記載からでは、そもそもPRO213-1が肺および結腸癌において過剰発現されるものであるか、または、肺または結腸癌のいずれかにおいて過剰発現されるものであるか明確であるとはいえない。さらに「上記のアッセイ」について、発明の詳細な説明には、ネガティブ対照は正常健常個体のいずれの細胞由来のものか、スクリーニングに使用したプローブやプライマーは具体的にいかなる配列のものであるか、さらにどのような条件下で、どのような細胞においてどの程度の増幅が見られたか等について具体的に記載されていない。
すると、当業者といえども、PRO213-1遺伝子について、本願の発明の詳細な説明の記載に従う追試等を行うことにより、どのようなネガティブ対照に対する比較で、どのようなプローブ等を用いた際に、どの程度の増幅が、どのような種類の腫瘍細胞において見られるものであるかを確認することはできない。
このように、本願の発明の詳細な説明には、PRO213-1遺伝子が、どのようなネガティブ細胞と比較して、結腸癌や肺癌細胞の中でもどのような細胞においてどの程度増幅しているものであるか具体的に記載されていないことに加え、発明の詳細な説明には、当業者がその増幅の程度を追試等により確認できるような記載もなされていない。

この点につき、請求人は、平成19年12月20日付審判請求書の手続補正書において、以下のように主張している。
「PRO213-1遺伝子がヒト肺腫瘍及びヒト結腸腫瘍において増幅されていることは当初の明細書の実施例114に明確に記載されております。段落番号[0111]の最後2行に記載された「以下のPROポリペプチドをコードする遺伝子が上記のアッセイで増幅されることが見出された:PRO213-1」は、PRO213-1遺伝子の増幅をTaqManPCR法において確認したということを意味します。つまり、PRO213-1遺伝子が肺腫瘍において増幅されていることが確認されていることは、当初より明細書に明記しておりました。平成19年2月27日付意見書と共に手続補足書にて提出したTable1及びTabel2の示す実験データは、当初より明細書に記載されていたこの結論を導き出した根拠のみを示すものです。」

請求人が主張するように、PRO213-1遺伝子の増幅の確認に関する詳細な実験データとして、参考資料1(実験成績証明書:Table1およびTable2)が平成19年2月27日付意見書に添付する形で提出されている。そして、当該意見書において請求人は、「表1は、実験に供した初期の肺および結腸腫瘍を列挙したものであり、腫瘍の種類および段階を含んでいます。ネガティブコントロールとしては、10人の正常かつ健康な個人の細胞からDNAが単離され、貯蔵されてコントロールとして用いられました。遺伝子増幅はリアルタイム定量的TaqMan PCR法を用いて測定されました。実施例114では、TaqMan PCR法の結果が△Ct単位の形で報告されており、その場合には1単位がコントロールに対して1PCRサイクルまたは約2倍の増幅に相当し、2単位が4倍の増幅に相当し、3単位が8倍に相当することなどを説明しています。表2は、その結果の遺伝子増幅データを示しています。
特に、表2に列挙されている少なくとも35種類の肺および結腸の初期腫瘍および腫瘍細胞株において、1.0以上の△Ct値が観察されています。表2は、PRO213-1をコードする核酸が1.03?5.55の△Ct値を示しており、これらの△Ct値は、16種類の異なるヒト初期肺腫瘍であるLT1、LT1a、LT3、LT4、LT6、LT7、LT9、LT11、LT12、LT13、LT15、LT16、LT17、LT19、LT21およびLT22において、21.03?25.55倍の増幅または2.04?46.9倍の増幅に相当することを教示しています。また、PRO213-1は、11種類の異なるヒト初期結腸腫瘍であるCT2、CT4、CT5、CT6、CT8、CT10、CT12、CT14、CT15、CT16およびCT17において、1.18?3.79の△Ct値を示しており、これらの△Ct値は、2.27?13.8倍の増幅に相当します。さらに、PRO213-1は、3種類の異なる肺癌細胞株(Calu-1、H441およびH810)において1.31?2.95の△Ct値を示しており、これらの△Ct値は、2.45?7.73倍の増幅に相当します。また、PRO213-1は、5種類の異なる結腸癌細胞株(HT29、SW403、LS174T、HCT15およびHCC2998)において1.22?2.08の△Ct値を示し、これらの△Ct値は、2.33?4.23倍の増幅に相当します。従って、本願明細書は、PRO213-1ポリペプチドをコードする遺伝子が多数の肺または結腸の腫瘍において有意に増幅されていることを示す強力な証拠を明確に開示しています。」と主張している。

しかしながら、後で提出された実験データは、本願明細書の記載が本願発明を実施できる程度に明確かつ十分な記載であるか否かを判断する際に参照されるものにすぎない。上記において指摘のとおり、本願の発明の詳細な説明には、PRO213-1遺伝子が、どのようなネガティブ細胞と比較して、肺癌細胞の中でもどのような細胞においてどの程度増幅しているものであるか具体的に記載されていないことに加え、当業者がその増幅の程度を追試等により確認できるような記載もなされていない以上、参考資料1は、本願明細書の記載が実施可能なものであることを示す資料とはいえない。
したがって、参考資料1を本願の実施可能要件を判断する上で参酌することはできない。

そして、参考資料1のTable2においても比較対照細胞等が不明であり、仮に、参考資料1の表を参酌したとしても、これらの数値をもってPRO213-1遺伝子が特定の組織が癌になることで顕著に増幅されるものであるとは認められない。

したがって、本願明細書の記載、意見書および審判請求書の手続補正書における請求人の主張を考慮しても、本願の発明の詳細な説明に、PRO213-1遺伝子が、正常の肺組織に比較して、肺腫瘍において増幅されていることが十分裏付けをもって明確に開示されていたとはいえない。

なお、この点につき、本出願の分割の原出願のさらに原出願である特願2000-535657号(以下、「原原出願」という。)には、「以下のPROポリペプチドをコードする遺伝子が上記のアッセイで増幅されることが見出された:PRO213-1、PRO237、PRO324、PRO351、PRO362、PRO853、PRO615、PRO531、PRO618、PRO772、PRO703、PRO474、PRO1017、及びPRO792。」(段落【0474】)と様々なPROペプチドが列挙して記載されている。そして、PRO213-1に関する審判請求書の手続補正書における請求人の主張は上述のとおりである一方、原出願においてPRO213-1と共に列挙されていた例えばPRO351については、当該ポリペプチドに関する分割出願である特願2006-8096号の拒絶査定不服審判請求書の平成19年12月20日付手続補正書において、請求人は「段落【0103】の最後2行に記載された「以下のPROポリペプチドをコードする遺伝子が上記のアッセイで増幅されることが見出された:PRO351」は、PRO351遺伝子の増幅をTaqManPCR法において確認したということを意味します。つまり、PRO351遺伝子が肺腫瘍において増幅されていることが確認されていることは、当初より明細書に明記されておりました。」と主張し、結腸癌において増幅がみられるとの主張はしていない。そして、平成19年2月27日付手続補正書で提出した前述の参考資料1においても、PRO351遺伝子については結腸癌での増幅は検出されていない。
このように、請求人は「遺伝子が上記のアッセイで増幅されることが見出された」との記載における遺伝子増幅がみられるのが、肺癌においてであるか、結腸癌においてであるか、または肺および結腸癌の双方においてであるかを区別して記載していないことは明らかである。しかも、請求人の各分割出願における主張を勘案すれば、原原出願には、肺癌において増幅する遺伝子と、肺癌および結腸癌において増幅する遺伝子とが混在して羅列されているのであるから、各遺伝子がいかなる種類の癌において発現するものであるかが開示されていたとはいえない。
仮に、明細書の当該記載は、「肺癌および/または結腸癌」における過剰発現を意図するものであると解釈したとしても、明細書には特定のいずれの癌における過剰発現が見られるか開示されていたとはいえないことにかわりはない。
このような事情を考慮すればなおのこと、特願2000-535657号の分割出願のさらなる分割出願である本願の発明の詳細な説明に、PRO213-1遺伝子が、正常の肺組織に比較して、肺腫瘍において増幅されていることが明らかに開示されていたとは到底いえない。

(2)PRO213-1ポリペプチドについて
上記指摘の段落【0114】には「増幅は遺伝子産物の過剰発現を伴い、PROポリペプチドが結腸、肺及び他の癌等の或る種の癌において治療的介入の有用な標的であることを示している。」と記載され、また明細書段落【0033】には、通常は生成されるmRNAの量、即ち、遺伝子の発現レベルも発現された特定遺伝子の作成されたコピー数に比例して増加する」と記載されているものの、本願の発明の詳細な説明にはPROポリペプチドの特定の癌における発現について、実施例等の具体的な記載はなされていない。
また、請求人は、平成19年2月27日付意見書において、「一般的に、仮にある遺伝子が癌において増幅されている場合、その遺伝子によりコードされる蛋白質は発現水準が向上しているであろうと想定される場合が多い」こと、および、「審査官殿のご指摘のように、発明の詳細な説明中には、PRO213-1ポリペプチドが過剰発現していることを示す実験結果は記載されておりません。しかしながら、拒絶理由1に対する意見の項で述べましたように、当初明細書の実施例114の記載は、PRO213-1ポリペプチドが過剰発現することを示す記載と同等のものであると考えます。」と主張して、PRO213-1ポリペプチドが腫瘍細胞において過剰発現しているとの明細書の根拠は実施例114の記載であることを主張している。
上記(1)で指摘のとおり、そもそも上記本願明細書の記載からでは、正常の肺および結腸組織に比較した、肺腫瘍および結腸腫瘍におけるPRO213-1遺伝子の特異的な顕著な増幅なるものを確認できない以上、PRO213-1ポリペプチドに関して、請求人が主張する「遺伝子が増幅していれば、遺伝子の発現量も上昇し、それに対応してポリペプチドの発現量も増大する」との主張の是非については検討するまでもなく、PRO213-1ポリペプチドを肺腫瘍において、正常組織に比較して特異的に顕著に発現していることが、本願明細書に開示されていたとは到底いえない。

なお、念のため、上記請求人の「遺伝子が増幅していれば、遺伝子の発現量も上昇し、それに対応してポリペプチドの発現量も増大する」との主張について検討する。
そもそも、本願明細書には、PRO213-1ポリペプチドが正常な肺細胞や結腸細胞においてどの程度発現しているものであるかについて、また、PRO213-1遺伝子が正常な肺細胞や結腸細胞においてどの程度発現しているかについて、実施例等の具体的な記載はなされていない。後述の参考文献1にも記載されているように、ゲノム上に存在する遺伝子であっても、細胞の種類によって転写、発現されない場合もあるため、ある遺伝子が発現しているか否かが不明な細胞においてその遺伝子が増幅されたからといって、対応するmRNAやタンパク質の量が変化するということはできない。

また、請求人は、平成19年12月20日付審判請求書の手続補正書において、「PRO213-1ポリペプチドの発現増加を示す実験データが開示されていなくても、PRO213-1遺伝子が増幅されているというTaqManPCR法の結果から、該mRNAとポリペプチドが多く発現していると予測することは、当業者であれば極めて当然のことです。」と述べた上で、平成18年11月29日付意見書と同時に手続補足書にて提出した3文献(参考資料6-8)と宣誓書(参考資料4)にふれるとともに、さらに参考文献1-22とAshkenazi博士の宣誓書を、上記平成19年12月20日付手続補正書として提出している。
しかしながら、請求人により提出された参考資料6-8、参考文献2,4-15、17-22はいずれも本出願後に公開された文献であり、これらの文献に記載された事項を、本願出願時の技術常識を示すものとして参酌することはできないため、以下、参考文献1,3および16の記載について中心に検討する。

参考文献1(ブルース・アルバーツ等著「細胞の分子生物学(第3版)」(1994年))には、以下のように記載されている。
「動植物の様々な細胞型は主として、細胞ごとに転写される遺伝子が違うことによって生じる。(略)
真核生物では、遺伝子の転写は一般的に遺伝子調節タンパク質の組み合わせによって調節される。高等真核生物のそれぞれの細胞型は、その細胞型に適切な遺伝子だけを発現させる特別な組み合わせの遺伝子調節タンパク質をもつと考えられる。」(第453頁第2-17行)
「転写開始の調節が遺伝子制御の主要な方式だが、そのあとに続くRNAからタンパク質に至る経路でも他の調節機構により作られる遺伝子産物の量を調整できる。」(第453頁下から8-7行)
請求人は審判請求書の手続補正書において、「これらの教示は、ヒト遺伝子の場合、mRNAレベルの増加は典型的にコードされるタンパク質の量の増加と相関する」という事実をさらに支持」すると主張しているが、上記参考文献には、mRNAレベルとタンパク質量の相関に関する記載はなされていない。ましてや、遺伝子の増幅と遺伝子およびポリペプチドの発現量との関係に関する記載もなされていない。

さらに、参考文献3(Genes VI 英語版847-848頁抜粋)において請求人が指摘する「遺伝子発現の制御が多数の段階で起こること、そしてRNA産生をタンパク質産生と必然的に同等視することができないと認められているが、調節イベントの圧倒的多数が転写の開始で起こることは明らかである。」との記載は、RNA産生とタンパク質産生量が相関しない場合があることを明示的に記載するものである。

そして、参考文献16(Godboutら、J.Biol.Chem. 1998; 273(33) p.21161-8)には、「研究した全ての細胞系において、DDX1遺伝子のコピー数、DDX1転写産物レベルおよびDDX1タンパク質レベル間によい相関関係がある」(本文第8-10行)と記載される一方で、「遺伝子増幅は、通常は何百から何千のDNAキロベース対を含むが、多くの研究は、同時増幅遺伝子は、それらが増幅される細胞に選択的な利点を提供する場合にのみ過剰発現されることを示唆している。」(本文第3-5行)と記載され、後者の記載は増幅された遺伝子が必ず同じように多く発現されるものではないことを示すものである。

加えて、Ashkenazi博士宣誓書には、以下のように記載されている。
「5.遺伝子増幅はmRNAの過剰発現と対応する遺伝子産物を結果として生じるならば、例えば抗体療法アプローチによる癌治療法の有望なターゲットとして遺伝子産物を同定します。遺伝子産物の過剰発現が欠如している場合であっても、癌マーカー遺伝子の増幅は例えば逆転写酵素TaqManPCR又はFISHアッセイによって検出され、癌マーカー遺伝子の増幅は癌の診断又は分類の際に又は癌治療法の効能の予測やモニタリングに有効です。」
「6.(米国)特許庁が指摘する、癌の特定のタイプにおいてある遺伝子のコピー数増加がその産物の発現増加を導くことを示すデータが欠けていること、遺伝子産物(コードされたポリペプチド)又はコードされたポリペプチドに特異的に結合する抗体の実質的な利用又は十分に確立された利用のためには遺伝子増幅のデータが不十分であることを私は理解しています。しかしながら、癌のマーカー遺伝子の増幅が対応する遺伝子産物の有意な過剰発現を生じなかった場合でさえも、この遺伝子産物過剰発現の全くの欠如は、それでもなお、癌の診断と治療にとって重要な情報をもたらします。このように、遺伝子産物の過剰発現がある腫瘍のタイプでの遺伝子増幅と相関せず、別のタイプでは相関するならば遺伝子増幅と遺伝子産物過剰発現の相関性を観察することは、腫瘍分類をより正確なものとし、それによって適切な治療をよりよく決定することを可能にします。その上、過剰発現の欠如は、現場の臨床医にとって非常に重要な情報となります。もし、遺伝子が増幅されても対応する遺伝子産物が過剰発現しないならば、臨床医はそれにより遺伝子産物を標的とする薬剤を用いて患者を治療しないことを決めるでしょう。」
上記宣誓書の記載は、遺伝子の増幅がmRNAの過剰発現と対応する遺伝子産物を必ず生じるものではないことを明示的に記載するものであることは、たとえば、「癌のマーカー遺伝子の増幅が対応する遺伝子産物の有意な過剰発現を生じなかった場合でさえも」等の記載からも明らかである。

さらに平成19年2月27日付で提出されたRandy Scott博士の宣誓書(参考資料7)にも、「10.・・・個々の遺伝子ベースでは幾つかの例外があるものの、mRNAレベルの上昇は、特定の組織において、対応する翻訳されたタンパク質の量が増加するという良い判断材料であることが、科学界での共通認識である。」と記載されるように、mRNAレベルと翻訳されたタンパク質の量の相関しないケースがあることが記載されている。

そして、本願出願後に公開された文献ではあるが、平成19年12月20日付手続補正書として提出された参考文献5(Mericら, Molecular Cancer Therapeutics, 第1巻971頁抜粋、2002年)の請求人が下線部を施した箇所には、「ほとんどの努力はmRNAレベルでの遺伝子発現の違いを識別することに集中しており、それはDNA増幅または転写の違いのどちらかに起因することがありえる。」と記載されている。さらに、参考文献22(Hannaら、Pathology Associates Medical laboratories, 1999; August)第1頁右欄の最終段落には、「一般に、FISHとHICの結果はよく相関する。しかしながら、腫瘍のある群では、一致しない結果を示す;すなわち、遺伝子増幅なしのタンパク質過剰発現や遺伝子増幅がありながらタンパク質過剰発現が欠如する。」と記載されている。
参考文献5の記載は、mRNAレベルでの遺伝子発現の一要因としてDNA増幅が挙げられることを示すにとどまり、DNA増幅があればmRNAレベルでの遺伝子発現が上昇することが明らかであることを示すものではない。現に参考文献22には遺伝子増幅がありながらタンパク質の過剰発現が欠如することが挙げられており、これは本出願後に頒布された刊行物においても、「遺伝子が増幅していれば、遺伝子の発現量も上昇し、それに対応してポリペプチドの発現量も増大」するわけではないことを明示的に示すものである。
以上のとおり、参考文献16に記載される特定の遺伝子についてはmRNAとポリペプチドの発現量の間に相関関係が確認できたとしても、上記指摘の参考資料や参考文献には、そのような関係が普遍的にPRO474遺伝子を含むいかなる遺伝子についても存在することを示しておらず、むしろ、遺伝子増幅とmRNA、タンパク質量が相関しない場合の存在について言及するものであるから、参考資料や参考文献の記載を参酌しても、本願出願時にPRO213-1遺伝子の増幅がみられた場合に、mRNAおよびPRO213-1ポリペプチド量が増大することが明らかであったとは認められない。
したがって、本願のPRO213-1遺伝子が特定の腫瘍細胞において増幅していることがたとえ本願の発明の詳細な説明に開示されていたとしても、対応するPRO213-1ポリペプチドの量については実施例等の具体的な記載がなされていない以上、本願の発明の詳細な説明には、PRO213-1ポリペプチドが腫瘍細胞において診断が可能な程度に多く発現していることが開示されていたとはいえない。
なお、本出願後に公開された参考資料6-8、参考文献2,4-15、17-22にそれぞれ個別の特定の遺伝子について、mRNAとタンパク質のレベル等に相関関係が見られることが記載されていることをもって、本願明細書にPRO474遺伝子が増幅され、該mRNAと対応するポリペプチドが多く発現することが開示されていたということはできない。

したがって、本願の発明の詳細な説明には、PRO213-1ポリペプチドを治療的介入の標的として使用できることが裏付けをもって明確かつ十分に開示されていたとはいえない。

4.PRO213-1ポリペプチドの腫瘍の診断における有用性について
上記「3.(1)」で指摘のとおり、本願明細書の記載、意見書および審判請求書の手続補正書における請求人の主張を考慮しても、本願の発明の詳細な説明に、PRO213-1遺伝子が、正常の肺組織に比較して、肺腫瘍において増幅されていることが十分裏付けをもって明確に開示されていたとはいえない。また、上記「3.(2)」で指摘のとおり、本願の発明の詳細な説明には、PRO213-1ポリペプチドが腫瘍細胞において多く発現していることが開示されていたとはいえない。
すると、本願の発明の詳細な説明には、PRO213-1ポリペプチドを腫瘍の診断のために用いることができることが裏付けをもって明確かつ十分に記載されていたとはいえない。

5.その他
なお、請求人は平成20年7月14日付上申書において、不服2001-19032及び不服2002-19752という特定の審判事件に言及し、これらの審決では、遺伝子の発現のみを開示した特許出願について、発明の詳細な説明が、「本願請求項に係る発明について、当業者が容易に実施できる程度に、その目的、構成及び効果が記載されていないとはいえない」と判断されており、本願はこれらの出願よりさらに7年後の出願であることも考慮し、より進んだ技術常識を基に考えれば、より確実に本願発明は実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであると主張している。
しかしながら、特許出願が実施可能要件を満たすか否かの判断は、個別具体的に行われるべきものであり、しかもこれらの事例における明細書の開示は、本願のものとはその程度も技術内容も異なるものであるから、これらの審決における判断は、本願補正発明1の実施可能要件の判断を左右するものではない。
したがって、請求人のこの主張は採用できない。

6.小括
以上のとおりであるから、本願の発明の詳細な説明にはPRO213-1ポリペプチドについて、その有用性が開示されていたとも、技術的に意味のある特定の用途が開示されていたともいえず、どのように使用できるか不明なため、本願の発明の詳細な説明は、当業者が本願補正発明1を実施できる程度に明確かつ十分に記載されていない。
したがって、本願は、本願補正発明1について特許法第36条第4項の規定を満たすものではないから、本願補正発明1は、特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。

III.独立特許要件(特許法第36条第6項第1号)について
上記「II.」で指摘のとおり、本願の発明の詳細な説明には、その記載により当業者が本願補正発明1の課題を解決できると認識できる程度に、本願補正発明1が十分に開示されていたとはいえないから、本願補正発明1は、発明の詳細な説明に記載されたものではない。
したがって、本願は、本願補正発明1について特許法第36条第6項第1号の規定を満たすものではないから、本願補正発明1は、特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。

IV.独立特許要件(特許法第29条第2項)について
1.はじめに
上記「II.」で指摘のとおり、本願の発明の詳細な説明には、そもそもPRO213-1遺伝子について、対応するポリペプチドが結腸癌や肺癌の診断に使用可能な程度に、結腸癌、肺癌及びある種の癌細胞において顕著に発現していることが記載されているとは認められない。
しかしながら、請求人は意見書等において、PRO213-1遺伝子は肺癌細胞および結腸癌細胞で、対応するポリペプチドがこれらの癌の診断に用いることが可能な程度の差異をもって発現していることが明らかであると主張していることから、念のため、以下、本願明細書における開示が十分なものであるか否かという問題を離れて、実際にPRO213-1遺伝子が癌細胞において正常細胞よりも多く発現しているとした場合について検討する。

2.本願補正発明1
本願の請求項1に係る発明(以下、「本願補正発明1」という。)は、平成19年10月24日付で手続補正された特許請求の範囲の請求項1に記載された次のとおりのものと認める。
「【請求項1】 配列番号:506に示すアミノ酸配列からなる単離された天然配列ポリペプチド。」

3.引用例
これに対して、原査定の拒絶の理由に引用された、本出願の第1優先日前に頒布された刊行物(以下、「引用文献A-E」という。)には、以下の記載がなされている。
A.引用文献A(国際公開第97/25426号)
(A-1)「実施例1 ディファレンシャルディスプレイRT-PCRを用いた乳房腫瘍特異的cDNAの調製
本実施例は、ディファレンシャルディスプレイスクリーニングを用いた乳房腫瘍特異的ポリペプチドをコードするcDNA分子の調製を例示する。
A.B18Ag1 cDNAの調製およびmRNA発現の特徴付け
組織サンプルを、乳ガンを有する(略)患者の乳房腫瘍および正常組織から調製した。(略)次いで、ディファレンシャルディスプレイPCRを、ランダムに選択したプライマー(略)を用いて実行した。(略)76回の増幅産物を含有するRNAフィンガープリントを得た。乳房腫瘍組織のRNAフィンガープリントは、正常乳ガン組織のそれに対して98%を超えて同一であったが、あるバンドは、腫瘍のRNAフィンガープリントパターンに特異的であることが繰り返し観察された。このバンドを銀染色から切り出し、Tベクター(略)中にサブクローニングし、そして配列決定した。(略)
次いで、RT-PCR実験を用いて、B18Ag1 mRNAが、9つの他の乳房腫瘍サンプル(ブラジル人およびアメリカ人の患者由来)中に存在するが、各癌患者に対応する正常乳房組織中に存在しないかまたは非常に低いレベルで存在することを示した。」(第24頁第1行-第25頁第17行)

B.引用文献B(Oncogene, Vol.12, pp.741-751 (1996))には、「肺腫瘍において高レベルで発現される遺伝子の同定」との表題の下、以下の記載がなされている。
(B-1)「我々は、肺腫瘍において高レベルで発現される遺伝子を同定するために、ディファレンシャルディスプレイ法(LiangおよびPardee、1992)を使用した。(略)」(第741頁右欄下から15-11行)

(B-2)「30のDNA断片のうち、ただ一つが腫瘍セルラインに対して、正常セルラインにおいて異なるmRNA発現を示した(データ未提示)。我々はこのDNA断片をN8と命名した(図1B)。」(第742頁左欄最終行-同頁右欄第4行)

C.引用文献C(Gynecologic Oncology, Vol.52, pp.247-252 (1994))には、「ヒト上皮卵巣癌において異なって発現している遺伝子の分子クローニング」との表題の下、
(C-1)「DNAフィンガープリンティングアプローチが、ヒト卵巣癌において異なって発現している遺伝子を検出するために用いられた。」(第247頁左欄第1-2行)

(C-2)「RNAに基づくAP-PCR(RAP)の最近の発達により、異なる起源由来の複数のRNAサンプルを同時に比較し得る。本手法に基づいて、いくつかの異なって発現される遺伝子断片がヒト乳ガンでクローニングされている(12)。我々は最近卵巣癌で異なって発現される遺伝子を検出するためにRAPを適用した一時的な結果を発表した(13)。」(第247頁右欄第11-18行)

D.引用文献D(Cancer Research, Vol.52, pp.6966-6968 (1992))には、「ヒト乳ガンと哺乳動物上皮細胞由来のmRNAのディファレンシャルディスプレイとクローニング」との表題の下、以下の記載がなされている。
(D-1)「これらの遺伝子ハントのスピードを上げるために、我々がディファレンシャルディスプレイと呼ぶ手法が開発された(5)。本手法は、PCR反応に続くmRNAの逆転写を含む。(略)ここで、本手法は腫瘍哺乳動物ヒト上皮細胞と正常細胞で異なって発現される遺伝子の小サブセットを同定および単離するために適用される。」(第6966頁左欄下から13-6行)

E.引用文献E(Cancer Research, Vol.54, pp.4598-4602 (1994))には、「ヒト乳ガン由来の異なって発現される配列タグの単離」との表題の下、以下の記載がなされている。
(E-1)「DDPCRとAP-PCR(arbitrarily primed PCR)反応は、いくつかの異なるセルラインの間で遺伝子発現の変化を同定するために以前から使用されている(6-10)。」(第4598頁左欄下から10-8行)

4.対比
引用文献A-Eのいずれにも、様々な組織において腫瘍細胞で発現が増強される遺伝子を同定することに関する発明(以下、「引用発明」という。)が記載されている。
本願補正発明1は、配列番号:506に示すアミノ酸配列からなる単離された天然配列ポリペプチドに係る発明であるが、当該ポリペプチドをコードするDNAであるPRO213-1遺伝子は、意見書および審判請求書の手続補正書等における請求人の主張によれば、肺腫瘍および結腸腫瘍において増幅されており、それに伴い発現量も増加しているものである。
本願補正発明1と引用発明を対比すると、両者は、腫瘍細胞において発現量が増加している単離された天然配列DNAまたはそれがコードするポリペプチドに関する発明であり、
(1)本願補正発明1は、発現量が増加しているポリペプチドに係る発明であるのに対して、引用発明は、発現量が増加しているDNAに関する発明である点、
(2)発現量が増加している腫瘍細胞が、本願補正発明1では肺および結腸であるのに対して、引用発明では、乳、肺、または、上皮細胞である点、
(3)本願補正発明1ではポリペプチドが配列番号506で表されるものであるのに対して、引用文献A,B,C,DまたはEには、対応するポリペプチドが配列番号506で表されるものは記載されていない点、で相違する。

5.判断
生体内の特定の組織や生理状態、特に癌などの疾病に注目した場合に、該組織や生理状態を特徴づける因子(遺伝子やポリペプチド等)を単離・解析すること、解析された因子を診断等に用いることは、本願優先日前、周知の課題である。そして該因子の同定を目指すにあたり、遺伝子発現の増減に着目し、ディファレンシャルディスプレイ法等を採用することにより、特定の組織や生理状態を特徴づける発現特性を示すcDNAを取得することは、本願優先日前、周知の技術である。また、得られたcDNAを用いて遺伝子工学的にポリペプチドを産生することも、本願優先日前の周知技術である。
上記のとおり、引用文献A,B,C,DまたはEには、様々な組織由来の腫瘍細胞に注目し、実際に腫瘍細胞で発現が増強される遺伝子を同定したことが記載されており、特に引用文献Bでは肺腫瘍がディファレンシャルディスプレイPCRの実験対象となっていることから、肺組織等において腫瘍細胞で発現が増強される遺伝子を上記引用文献A,B,C,DまたはEに記載される手法により同定し、対応するポリペプチドを製造することは、当業者が引用発明および周知技術に基づいて容易に想到し得るものである。

これに対し、請求人は意見書等において、文献Bに記載のディファレンシャルディスプレイPCRを用いて発現の多いmRNAを検出することは、特定の細胞で発現するmRNAの検出手段の一つであるとする一方で、そのようなmRNAを同定するためには、試験試料としてどの部位の腫瘍を用いるのか、原発巣と転移巣のどちらを用いるのか、腫瘍組織と腫瘍の株化細胞のどちらを用いるのか、増強された遺伝子の検出にもどのような手段・技法を用いてどの段階のどのような指標を検出するのか、などの複数の選択が存在する旨主張している。
しかし、当業者であれば、従来知られている各種の癌細胞のうち適当なものを選択し、適当な検定手法を選択して、正常細胞と発現量を比較し、発現量が相違するmRNAを同定することは、容易に想到し得ることであり、本願補正発明1はそのような選択の結果として容易になしえるものにすぎない。
そして、そのような選択肢が複数存在する場合に、たまたまその一つを選択した結果として本願発明のPRO213-1ポリペプチドをコードする遺伝子が得られたというだけでは、その選択自体には何ら技術的困難性はないのであるから、そのような選択の結果として予期できない顕著な効果が奏される場合を除いては進歩性が否定されることは当然であり、そのような選択の結果として、正常な細胞よりも癌細胞でより多く発現している何らかの遺伝子が特定できることは、当業者が容易に予測し得ることである。

そして、請求人が主張するように、用いる試験試料によってmRNAの発現が確認できない可能性があり、そのような試料の選択が困難であるということは、同じ組織の癌についても特定の細胞においてのみしかそのmRNAの発現を確認できない蓋然性が極めて高いものと言わざるをえず、そのような遺伝子に対応するポリペプチドはそもそも診断に用いるうえでの格別優れた効果を奏するものとはいえない。
なお、上記「II.3.4.」において指摘のとおり、本願の発明の詳細な説明には、PRO213-1遺伝子が正常の肺及び結腸組織に比較して、肺腫瘍及び結腸腫瘍において増幅されていることが十分裏付けをもって明確に開示されていたとはいえないから、平成19年2月27日付意見書に添付して提出された参考資料1の結果を、本願補正発明1の効果を検討する上で参酌することはできない。
以上のことから、本願の発明の詳細な説明および意見書等における請求人の主張を勘案しても、配列番号:506という特定の配列で表されるPRO213-1ポリペプチドにより、上記引用発明および周知技術から予測しえない有利な効果が奏されたということもできない。

6.その他
なお、請求人は平成20年7月14日付上申書において「物質特許に関する運用基準」を挙げて、当該基準には「進歩性があるとされる発明は、(i)公知化学物質の化学構造と著しく異なる化学構造を有する化学物質の発明」と記載されていることから、公知の遺伝子の中には、本発明に係るPROポリペプチドと相同性の高いものは存在していないことをもってしても本願発明の進歩性が首肯されてしかるべきと主張している。
当該運用基準は、昭和50年10月に、「改正前の特許法では特許を受けることができなかった、化学方法により製造されるべき物質(以下「化学物質」という。)の発明に適用する。」(5頁3-5行)ものとして策定されたものである。
上記定義にいう化学物質は、一般に化合物を原料として種々の条件下において様々な化学反応を行うことにより製造されるものである。公知化学物質の化学構造と著しく異なる化学構造を有する化学物質を製造するためには、原料や化学反応条件等に関して公知技術とは異なる非常に様々な選択を行う必要がある。そして、そのような選択の積み重ねは、通常試行錯誤等の困難を伴うものであるから、「公知化学物質の化学構造と著しく異なる化学構造を有する化学物質の発明」については、有用性等の記載要件の問題は別として、進歩性を認められるという上記判断基準には、一定の合理性があるといえる。
一方、上記「II.1」で指摘の知財高裁平成17年(行ケ)第10013号に記載のとおり、遺伝子等の化学物質は、元来、自然界に存在する物質であり、化学方法による製造も可能であるとしても、通常は自然界に存在した状態から分離されるものである。そして、自然界から遺伝子をクローニングするためには、全体配列の相同性に基づくスクリーニングのみならず、一部の保存配列に基づくプライマーを用いたPCR手法、ファージディスプレイ法、サブトラクトハイブリダイゼーション法等の様々な周知手法を適用することが可能である。この点は、請求人が指摘する「特定技術分野の審査基準 第2章 生物関連発明の「6.遺伝子関連発明事例集」の事例7に「肝臓等のヒト組織由来のcDNAライブラリーを構築し、そのライブラリーからランダムに選ばれたcDNAの配列を、自動配列決定装置を用いて分析して配列情報を取得することは、当業者が容易になしえることである。」と記載されていることからも明らかである。
また、ヒト肺腫瘍やヒト結腸腫瘍は当該分野において広く知られている腫瘍であり、これらの腫瘍において特異的に発現している遺伝子やタンパク質を取得しようとすることを想起することに格別の困難性があったということもできない。
なお、引用発明と比較した有利な効果が明細書等の記載から明確に把握される場合には、進歩性の存在を肯定的に推認するのに役立つ事実として参酌されるべきところ、本願明細書には上記「IV.4.」で指摘のとおり、本願補正発明1について予測しえない有利な効果が開示されていたということはできないため、本願補正発明1が進歩性を有するものであるということはできない。
したがって、請求人のこの主張は採用することができない。

7.小括
以上のとおりであるから、本願補正発明1は、引用文献A、B、C、DまたはEに記載された発明および周知技術に基づいて、当業者が容易に想到しえたものである。
したがって、仮に、PRO213-1遺伝子が癌細胞において正常細胞よりも多く発現しているとした場合であっても、本願補正発明1は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本願補正発明1は、特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。

IV.むすび
よって、本件補正は、平成18年改正前特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に違反するものであり、特許法第159条第1項の規定において読み替えて準用する特許法第53条第1項の規定により却下されるべきものである。


第3 本願発明について
I.平成19年10月24日付の手続補正は上記のとおり却下されたので、本願の請求項1に係る発明は、平成19年2月27日付で補正された特許請求の範囲の請求項1に記載された以下のとおりのもの(以下、「本願発明1」および「本願発明16」という。)であると認められる。
「【請求項1】 以下の(a)又は(b)の単離された天然配列ポリペプチド。
(a)配列番号:506に示すアミノ酸配列からなる天然配列ポリペプチド。
(b)(a)のアミノ酸配列において、1個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、正常細胞よりもヒト肺腫瘍細胞又はヒト結腸腫瘍細胞中において多く発現している天然配列ポリペプチド。」
「【請求項16】 請求項1に記載のポリペプチドの発現及び/又は活性を阻害することができる化合物を同定する方法であって、候補化合物と前記ポリペプチドとが十分に相互作用することができる条件と時間で接触させることを含んでなる、該方法。」

II.特許法第36条第4項について
1.本願発明1について
請求項1に係る発明は、(a)配列番号:506に示すアミノ酸配列からなる単離された天然配列ポリペプチド(以下、「本願発明1a」という。)、(b)ポリペプチド(a)のアミノ酸配列において1個のアミノ酸が置換、欠失若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつヒト肺腫瘍又はヒト結腸腫瘍細胞中において正常細胞より多く発現する単離されたポリペプチド (以下、「本願発明1b」という。)の二つの態様の発明を含むものである。

本願発明1aは本願補正発明1と同一である。したがって、上記「第2 II.」に記載した本願補正発明1に関する理由と同様の理由により、本願の発明の詳細な説明には、当業者が本願発明1aを実施できる程度に明確かつ十分に記載されていない。

また、本願発明1bについて、本願発明1aのポリペプチドが「肺腫瘍又は結腸腫瘍細胞中において正常細胞より多く発現する」ことを前提とする発明であるところ、上記「第2 II.3.4.」において指摘のとおり、本願発明1aのポリペプチドが正常の肺または結腸組織に比較して、肺腫瘍細胞又は結腸腫瘍細胞において多く発現していることが明細書に開示されていたということはできない。
したがって、本願発明1bについても、本願の発明の詳細な説明には、本願発明1を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されていないことは明らかである。

2.本願発明16について
請求項16に係る発明は、本願発明1aのポリペプチドの活性を阻害することができる化合物を同定する方法に関する発明をその態様として包含するものである。
上記「第3 II.1.」で指摘のとおり、本願発明1aは本願補正発明1と同一であり、上記「第2 II.」で指摘のとおり、本願の発明の詳細な説明には当該ペプチドがいかなる活性を有するものであるか記載されていたということはできない。
したがって、本願発明1aのポリペプチドの活性を阻害することができる化合物なるものを同定するために、どのような活性を指標に、どのような条件、時間で、どのようなアッセイをするかも不明なため、本願の発明の詳細な説明には、本願発明16を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されていない。

III.特許法第36条第6項第1号について
1.本願発明1について
上記「第3 II.1.」と同様の理由により、本願の発明の詳細な説明には、その記載により当業者が本願発明1aおよび本願発明1bの課題を解決できると認識できる程度に、本願発明1aおよび本願発明1bが十分に開示されていたとはいえないから、本願発明1は、発明の詳細な説明に記載されたものではない。

2.本願発明16について
上記「第3 II.2.」と同様の理由により、本願の発明の詳細な説明には、その記載により当業者が本願発明16の課題を解決できると認識できる程度に発明として十分に開示されていたとはいえないから、本願発明16は、発明の詳細な説明に記載されたものではない。

IV.特許法第29条第2項について
上記「第3 II.」で指摘のとおり、本願発明1aは本願補正発明1と同一である。
してみれば、上記「第2 IV.」に記載した本願補正発明1に関する理由と同様の理由により、仮に、PRO213-1遺伝子が癌細胞において正常細胞よりも多く発現しているとした場合であっても、本願発明1aは、当業者が引用文献A、B、C、DまたはEに記載された発明および周知技術に基づいて容易に想到し得たものである。
したがって、本願発明1は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。


第5 むすび
以上のとおり、本願は、請求項1および16に係る発明について、特許法第36条第4項および同条第6項第1号に規定する要件を満たすものではない。また、仮にPRO213-1遺伝子が癌細胞において正常細胞よりも多く発現しているとした場合であっても、本願の請求項1に係る発明は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。
したがって、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶をすべきものである。
 
審理終結日 2008-07-31 
結審通知日 2008-08-26 
審決日 2008-09-08 
出願番号 特願2006-312(P2006-312)
審決分類 P 1 8・ 536- Z (C07K)
P 1 8・ 575- Z (C07K)
P 1 8・ 121- Z (C07K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 田村 明照  
特許庁審判長 鵜飼 健
特許庁審判官 光本 美奈子
種村 慈樹
発明の名称 新規なポリペプチド及びそれをコードする核酸  
代理人 園田 吉隆  
代理人 小林 義教  

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