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審決分類 審判 全部無効 2項進歩性  F01N
審判 全部無効 5項1、2号及び6項 請求の範囲の記載不備  F01N
審判 全部無効 特36 条4項詳細な説明の記載不備  F01N
管理番号 1197529
審判番号 無効2007-800049  
総通号数 115 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2009-07-31 
種別 無効の審決 
審判請求日 2007-03-13 
確定日 2009-06-02 
事件の表示 上記当事者間の特許第2857767号発明「粗面仕上金属箔および自動車の排ガス触媒担体」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 I.手続の経緯
本件特許第2857767号の請求項1、2に係る発明は、平成1年6月17日に特許出願され、平成10年12月4日にその特許の設定登録がなされたものである。
これに対し、JFEスチール株式会社(以下、「請求人」という。)から平成19年3月13日付けで請求項1、2に係る発明の特許について無効審判の請求がなされたところ、その後の手続の経緯は、次のとおりである。
答弁書: 平成19年 6月 4日
口頭審理陳述要領書(請求人): 平成19年10月30日
口頭審理陳述要領書(被請求人): 平成19年10月30日
口頭審理: 平成19年10月30日
被請求人上申書(1): 平成19年10月30日
請求人上申書(1): 平成19年11月13日
請求人上申書(2): 平成19年11月22日
被請求人上申書(2): 平成19年11月27日

II.特許発明
本件無効審判請求の対象となった請求項1、2に係る発明は、本件明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1、2に記載の次のとおりのものである。(以下、それぞれ「本件発明1」、「本件発明2」という。)
【請求項1】ろう付け構造を有する自動車の排ガス触媒担体に用いられる耐熱性ステンレス鋼製の金属箔において、表面粗度Rmaxが0.7?2.0μmであることを特徴とする粗面仕上金属箔。
【請求項2】耐熱性ステンレス鋼製の金属箔の平板と波板とを多重に円筒状に巻き込み、耐熱ステンレス鋼製外筒に挿入してなり、ろう付け構造を有する自動車の排ガス触媒担体において、該平板と波板は表面粗度Rmaxが0.7?2.0μmである粗面仕上金属箔であることを特徴とする自動車の排ガス触媒担体。

III.請求人の主張と証拠方法
1.請求人の主張
これに対して、請求人は、本件特許第2857767号の特許を無効とする、との審決を求め、その理由として、審判請求書、口頭審理(口頭審理陳述要領書を含む)及びその後の上申書を整理し纏めると、概ね、以下のとおり主張し、証拠方法として下記の甲第1号証ないし甲第29号証を提出している。
(1)本件発明において、表面粗度Rmaxが0.7?2.0μmと規定されているが、いかなる基準長さで、いかなる測定位置で、何個の測定をすればこの値が決められるかが不明であり、また、表面の形態を特定せずに表面粗度Rmaxのみで所定の効果が得られるか否かが不明であるから、明細書の発明の詳細な説明及び特許請求の範囲に、(a)表面粗度Rmaxの基準長さ、(b)表面粗度Rmaxのバラツキ、(c)作用効果の点で記載不備がある。したがって、本件発明は、特許法第36条第4項もしくは同条第5項第2号の規定により特許を受けることができないものであるから、これらの発明についての特許は、平成5年改正の特許法第123条第1項第4号に該当し無効とすべきである。(無効理由1)
(2)本件発明1は、甲第12号証に記載の発明であるか、甲第12号証、甲第13号証に記載の発明に基づいて他の証拠を参酌すれば、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第1項第3号又は同法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。また、本件発明2は、甲第12号証、甲第13号証に記載の発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。したがって、これら発明についての特許は、平成5年改正の特許法第123条第1項第2号に該当し無効とすべきである。(無効理由2)

甲第1号証:JISB0601^(-1970)「JIS 表面あらさ」
甲第2号証:陳述書(塚田忠夫)
甲第3号証:JISB0601^(-1982)「JIS 表面粗さの定義と表示」
甲第4号証:JISB0601^(-2001)「JIS 製品の幾何特性仕様(GPS)」
甲第5号証:JISB0633^(-2001)「JIS 製品の幾何特性仕様(GPS)」
甲第6号証:「訴状」(原告:新日本製鐵株式会社による東京地裁への特許権侵害差止等請求事件「平成18年(ワ)第6663号」)
甲第7号証:「原告第1準備書面」(「平成18年(ワ)第6663号」特許権侵害差止等請求事件)
甲第8号証:「原告第2準備書面」(「平成18年(ワ)第6663号」特許権侵害差止等請求事件)
甲第9号証:「原告第3準備書面」(「平成18年(ワ)第6663号」特許権侵害差止等請求事件)
甲第10号証:「原告第4準備書面」(「平成18年(ワ)第6663号」特許権侵害差止等請求事件)
甲第11号証:「原告第5準備書面(引受参加人)」(「平成18年(ワ)第6663号」特許権侵害差止等請求事件)
甲第12号証:「第117回 塑性加工シンポジウム」昭和63年10月7日開催、日本塑性加工学会・日本機械学会共催
甲第13証:「日経ニューマテリアル 『NIKKEI NEW MATERIALS No.54 1988年11月28日号』
甲第14号証:「R205SR*BAの表面粗度について」1989年6月5日特品事業推進部
甲第15号証:「技術標準」川崎製鐵株式会社 新事業部 特品事業推進部
甲第16号証:「INTERATOM(Protokoll/Minutes of Meeting)」
甲第17号証:「溶接技術 1993年4月号」、p.66?70、特集「ろう付の基礎としての濡れ(中江秀雄)」
甲第18号証:「理化学辞典」第3版、1971年5月20日岩波書店発行、p.727
甲第19証:「軽金属 Vol.39,No.2」1989年2月28日、軽金属学会、p.136?146
甲第20号証:パンフレット「川鉄の自動車用ステンレス鋼板」川崎製鐵、昭和62年9月印刷
甲第21号証:特開昭64-75645号公報
甲第22号証:末澤芳文著「先端 溶接工学」1988年6月1日、共立出版株式会社発行、p.192?197
甲第23号証:「調査・解析報告書 JFE製箔の表面調査(三次元表面性状計測及びデータ解析)」平成19年4月20日(株)日鐵テクノリサーチ
甲第24号証:「日本鉄鋼協会講演論文集 材料とプロセス」CAMP-ISIJ VOL.7(1994)NO.5、社団法人日本鉄鋼協会
甲第25号証:「自動車排ガス触媒担体用ステンレス箔の開発経緯について」平成19年9月28日、JFEスチール株式会社知的財産部阿部雅樹
甲第26号証:「陳述書」(中谷亨)
甲第27号証:「中谷亨の証人等調書」
甲第28号証:「乙第2号証記載内容に関する補足説明」平成19年8月27日JFEスチール株式会社塊原浩
甲第29号証:「塊原浩の証人等調書」

IV.被請求人の主張
一方,被請求人は、請求人の上記主張に対して、答弁書、口頭審理(口頭審理陳述要領書を含む)及び上申書において、次のとおり主張している。
(1)本件特許の明細書の発明の詳細な説明には、記載不備はなく、当業者が容易にその実施をすることができる程度に、その発明の目的、構成及び効果が記載されている。また、特許請求の範囲においても、発明の構成に欠くことができない事項のすべてが記載されている。よって、本件明細書は、特許法第36条第4項もしくは同条第5項第2号の規定する要件を満たしている。
(2)本件発明は、甲第12号証に記載の発明でもなく、甲第12号証に甲第13?15、17、19号証を参酌したとしても当業者が容易に発明をすることができないものである。従って、本件発明は、特許法第29条第1項第3号、同法第29条第2項に違反して特許されたものではない。

V.当審の判断
1.無効理由1について
1-1.「(a)表面粗度Rmaxの基準長さ」について
(一)本件明細書の特許請求の範囲請求項1には、「表面粗度Rmaxが0.7?2.0μmであること」(以下、「構成X」という。)と記載されている。この構成Xの「表面粗度Rmax」について、本件明細書の発明の詳細な説明に「本発明は・・・JIS(B0601-1970)に規格化されている表面粗度(Rmax)は0.7?2.0μm・・・である。」(特許公報第2頁第4欄11?14行)と記載されていることからみて、該「表面粗度Rmax」は「JISB0601^(-1970)」に基づいて求められるものとみることができる。この点に当事者間に争いはない。
そこで、この「表面粗度Rmax」について、JISB0601^(-1970)(甲第1号証、以下、「JISB0601」という。)をみてみると、そこには、表面あらさの規定として、次のことが記載されている。
(ア)「1.適用範囲 この規格は、表面あらさを最大高さ(Rmax)、十点平均あらさ(Rz)および中心線平均あらさ(Ra)で表示する場合について規定する。
2.用語の意味 この規定で用いるおもな用語の意味は、つぎのとおりとする。
(1)表面あらさ 機械表面の表面あらさとは、その表面からランダムに抜き取った各部分にけるRmax、RzまたはRaのそれぞれの算術平均値とする。
備考1.一般に機械表面では個々の位置における表面あらさは一様でなく、相当に大きなばらつきを示すのが普通である。したがって、機械表面の表面あらさを求めるには、その母平均が効果的に推定できるように測定位置およびその個数を定める必要がある。
2.測定目的によっては、機械表面の1箇所で求めた値で表面あらさを代表させることができる。
(2)断面曲線 断面曲線とは、被測定面の平均表面に直角な平面で被測定面を切断したとき、その切り口に現われる輪郭をいう。
備考1.この切断は、とくに指定のない限り表面あらさが最も大きく現われる方向に切る。たとえば、方向性のある被測定面では、その方向の直角に切る。
2.触針法によって断面曲線を求める場合・・・
3.・・・
(3)断面曲線の基準長さ 最大高さおよび十点平均あらさは、断面曲線の一定長さを抜き取ったものから求める。
この抜き取り部分の長さを断面曲線の基準長さ(以下基準長さという。)という。」(第1頁4?23行)
(イ)「3.最大高さ
3.1 抜き取り部分の最大高さ 断面曲線から基準長さだけ抜き取った部分(以下抜き取り部分という。)の平均線に平行な2直線で抜き取り部分をはさんだとき、この2直線の間隔を断面曲線の縦倍率の方向に測定して、その値をミクロン単位(μ=0.001mm)で表したものを抜き取り部分の最大高さという。・・・・
備考1.機械表面の最大高さは、その表面から多数の断面曲線を求め、これらの断面曲線から求めた抜き取り部分の最大高さの平均値で表わす。
2.・・・
3.最大高さを求める場合、きずとみなされるような並はずれて高い山や深い谷のない部分から、基準長さだけ抜き取る。
3.2 基準長さ 抜き取り部分の最大高さを求める場合の基準長さは、原則としてつぎの6種類とする。
0.08、0.25、0.8、8、25 単位 mm
3.3 基準長さの標準値 とくに指定する必要のない限り最大高さを求める場合の基準長さの標準値は、表1の区分による。
表1 最大高さを求めるときの基準長さの標準値
────────────────────┬──────────
最大高さの範囲 |
──────────┬─────────┤ 基準長さ (mm)
をこえ | 以下 |
──────────┼─────────┼──────────
─ |0.8μRmax | 0.25
0.8μRmax | 6.3μRmax| 0.8
6.3μRmax | 25μRmax | 2.5
25μ Rmax | 100μRmax| 8
──────────┴─────────┴──────────

備考 最大高さは、まず基準長さを指定したうえで求めるが、表面あらさの表示を行う場合、そのつどこれを指定するのは不便であるので、とくに指定する必要のない限りは、この表の値を用いる。
3.4 最大高さの呼び方 最大高さの呼び方は、つぎによる。
最大高さ__μ 基準長さ__mm
または、
__μRmax L__mm
備考 表1に示す基準長さの標準値を用いて得られた最大高さの値が表1に示す範囲にある場合は、基準長さの表示を省略することができる。」(第1頁下から5行?第2頁下から3行)
(ウ)「5.3 カットオフ値の標準値 カットオフ値の標準値は0.8mmとする。」(第5頁1行)
(エ)「2.1 表面あらさ 表面あらさは、表面の一つの性質を定める量であるが、何を“表面あらさ”というかという定義もはっきりしていない。常に問題とされるのはいわゆる“あらさ”と“うねり”の区別である。・・・
この規格では、何をあらさとするかという定義は避けて適用範囲に示した3種類の表面あらさを定義し、測定のとき選んだ一定の基準長さ(またはカットオフ値)の中に含まれているでこぼこは、すべて“表面あらさ”と考えるという立場をとっている。・・・
したがって表面あらさを指定し、あるいは測定する場合“基準長さ(またはカットオフ値)”が最も重要な要素となるが、基準長さ(カットオフ値)は、測定の目的によって異なるべきであるという考え方をとっている。たとえば、旋削加工において送りマークが問題となる場合は、その送りピッチより大きい基準長さ(カットオフ値)をとるべきであり、一つの切刃の中でのでこぼこの高さが問題であるならば、送りピッチ以下の基準長さ(カットオフ値)をとるべきである。一般に基準長さ(カットオフ値)が長いと、表面あらさの値は大きくでる。」(解説第1頁10?30行)
(オ)「3.3 基準長さ ・・・・
・・・・・
この規格で、・・・前述のとおりである。しかし、実際に表面あらさを測定する場合には、基準長さを定めることが大きな問題となるものと想像される。測定する側の立場から使用する測定器の許す範囲でまた時間、費用の許す範囲で、どんな基準長さもとれるはずである。基準長さの選定は、表面あらさの測定を始める前に、測定を企画する側から指定されるべきである。しかし、今までの所、各種加工面に対し、どのような基準長さをとればよいのかということについて定説もないので、ここではただ基準長さの種類だけを規定してある(本文3.2および4.2参照)。また、実際には基準長さを特に厳密に考える必要のない場合も多いので、従来の規格と中心線平均あらさの場合のカットオフ値を考え、標準値を定めた(本文33.3および4.3参照)。
なお、基準長さを定めても理論上はその基準長さより長い波長の周期性のあるうねりの影響が完全に除かれるとはかぎらない。・・・実際の測定では測定される表面全体としての表面あらさを求めたいわけである。このような場合はまず断面曲線を基準長さより相当長く、できれば表面の数箇所でとる。その断面曲線の中できずのような大きな山または谷がある・・・ような部分は避けて、・・・大体の平均値になりそうな部分から基準長さだけの部分を抜き取る。この断面曲線の抜き取り部分で、RmaxまたはRzを求める。・・・この操作を厳密にするには測定表面上で無作為に数箇所をとり、・・・各々の部分のRmaxまたはRzを求めて平均とする。この方法でも、やはり測定値の任意性が残るが、これを避けるためにはRaを採用し、・・・平均を求めることが好ましい。」(解説第3頁7?32行)
(カ)「カットオフ値は、その効果の上からは、基準長さとは異なるが、その主目的は、基準長さの場合と同じく、うねりの成分を除くことである。この意味で両者の関係を見やすくするため、カットオフ値と基準長さの数値は等しくとってある(本文5.2参照)。カットオフ値を選択する基準はRmax、Rzの場合の基準長さ同様に考えてよい。」(解説第4頁5?7行)
(キ)「カットオフ値の標準値についても、本文表5の値に関連させて決定することが望ましいが、現在市販されているものはカットオフ値の種類が少なく、また測定器によってその選択範囲も一様でないため、多くの測定器と重複している値として、カットオフ値の標準値を0.8mm1種類とした。しかし、ごくあらい表面では、0.8mmのカットオフ値では、主要なでこぼこがカットオフされてしまう場合もあるので、そのような表面を測定するときは、大きなカットオフ値を用いなければならない。」(解説第4頁26?30行)

(二)これらの記載に基づいて、構成Xを検討すると、「表面粗度Rmax」は、「Rmax」の表記からみて、JISB0601の、表面あらさを規定する「最大高さ(Rmax)」といえる。また、構成Xには、上記したとおり、何ら基準長さについて記載はなされていないが、「3.4 備考」(上記(イ))に「表1に示す基準長さの標準値を用いて得られた最大高さの値が表1に示す範囲にある場合は、基準長さの表示を省略することができる」(上記(イ))と記載されていることから、構成Xは、基準長さの表示が省略されたものとみることができる。この場合、「表1」の基準長さが適用される。そして、「表1」には、0.8μRmax以下の基準長さが0.25mm、0.8μRmax?6.3μRmaxでの基準長さが0.8mm、と規定されている。そこで、構成XのRmaxをみると、表面粗度(Rmax)は0.7?2.0μmである。この構成XのRmaxは、0.8mm以下と、0.8μRmax?6.3μRmaxの両方の数値に跨ることになり、基準長さが2通り存在することになる。しかしながら、2つの基準長さで図ることは常識からみて規格の統一性が保たれなくなることから、どちらか一つの基準長さで測定されるとみるのが自然であり、この点で両当事者間で争いはない。そうすると、どちらの基準長さを選択するかという問題が浮上する。このことは、甲第2号証の「陳述書」からも「一物二価」の問題としてその当時存在していたことが窺える。
この点に関し、両当事者は、これまでそれぞれの主張を展開しているが、両者の主張をみても、今ひとつ判然としない。そこで、再度JISB0601を詳細にみてみると、このJISB0601では、Rmaxの外に表面あらさを規定するものとして「中心線平均あらさ(Ra)」が載せられている。このRaではカットオフ値を定めて計測しているが、カットオフ値の標準値は0.8mmと定めている(上記(ウ))。また、JISB0601解説には「基準長さ」について「実際には基準長さを特に厳密に考える必要のない場合も多いので、従来の規格と中心線平均あらさの場合のカットオフ値を考え、標準値を定めた」(上記(オ))と記載され、また、「カットオフ値」について「カットオフ値は、その効果の上からは、基準長さとは異なるが、その主目的は、基準長さの場合と同じく、うねりの成分を除くことである。この意味で両者の関係を見やすくするため、カットオフ値と基準長さの数値は等しくとってある(本文5.2参照)。カットオフ値を選択する基準はRmax、Rzの場合の基準長さ同様に考えてよい」(上記(カ))、「現在市販されているものはカットオフ値の種類が少なく、また測定器によってその選択範囲も一様でないため、多くの測定器と重複している値として、カットオフ値の標準値を0.8mm1種類とした。しかし、ごくあらい表面では、0.8mmのカットオフ値では、主要なでこぼこがカットオフされてしまう場合もあるので、そのような表面を測定するときは、大きなカットオフ値を用いなければならない」(上記(キ))と記載されている。
これらの記載に照らすと、JISB0601の規格では明確には定められてはいないが、実際上、基準長さとカットオフ値は、厳密に考える必要のない場合も多く、ごくあらい場合を除けば、測定機器の関係もあって、数値を等しく、カットオフ値の標準値である0.8mmをとることが色濃く窺える。
このことは、甲第2号証の塚田忠夫氏の「陳述書」の「当時の測定機には、Rmax、Rz、Raを演算し表示する機能が付随しており、1回の測定でこの3つのパラメータが得られるようになっています。したがって、特別に測定機の機能を選択しない限り、フィルタを適用しないRmaxもRa用のカットオフ値を基準長さとして測定するのが通常です。」(第6頁下から7?4行)との記載からも頷けるものである。
そして、さらに、この「陳述書」には、上記記載に続いて「特許平1-122608の第3表の測定条件にカットオフ値が0.8mmが明記されていることから、ここでのRmaxの基準長さも0.8mmであったのではないかと推定されます。」(第6頁下から4?2行)とあり、この「特許平1-122608」(特開平1-122608:乙第3号証の誤記と認められる。)の出願時の1987年で採用されている82年JISについて「一般には、測定機の調整(・・)が容易な基準長さの大きい0.8mmから測定を開始します・・・結果として、・・・基準長さの付記が省略されていたのが実情でした。このように、実際には0.8mmの基準長さが統一的に使用されていました・・・」(第5頁「(3)’」の項)と述べていることからみても、基準長さをカットオフ値と同じ0.8mmで測定していたことが窺える。
しかも、請求人が提出した甲第14号証には、1989年6月5日の調査の結果が示され、Rmaxの測定値が載せられており、このRmaxの測定について、「塊原浩氏の証人尋問調書」(甲第29号証)によれば、「L 0.8MM」の記号から、基準長さは、0.8ミリであることを証言している。
してみると、この当時では、基準長さがカットオフ値と同じ値で測定し、その値は0.8mmであったとみるのが自然であり、他にこれを否定するまでの根拠となり得る証拠も、基準長さ0.25mmで行ったという証拠も見当たらない。

(三)ここで、表面粗度Rmaxについて、本件明細書を詳細にみてみると、本件明細書には,次のとおり記載されている。
(あ)「一般にハニカムを構成するステンレス鋼箔は、冷間圧延のままの状態で使用に供され、その表面は#600番程度に研磨仕上げを行った圧延ロールが使用され表面粗度はRmaxで0.2?0.3μm程度と極めて小さく、光沢も非常に良好であるのが特徴的である。」(第2頁第3欄19?23行)
(い)「本発明は金属ハニカムを構成する金属箔を粗面仕上げに調整したものを用いることを特徴としており、JIS(B0610-1970)に規格化されている表面粗度(Rmax)は0.7?2.0μm、好ましくは1.0?1.5μmである。かかる金属箔の製造法としては、たとえば#80?#120番程度の研磨仕上げを行った圧延ロールを用いて冷間圧延を行うことにより、表面粗度Rmax0.7?2.0μmの粗面仕上金属箔が得られる。」(第2頁第4欄11?18行)
(う)実施例として「第1表」(第3頁)には、比較例の箔の粗度(Rmax)が「0.26、0.31、0.35」、本発明法のものでは「0.70、1.00、1.51」と記載されている。
以上の記載(あ)?(う)によると、本件発明の金属箔は、従来は#600番程度に研磨仕上げを行った圧延ロールが使用されRmaxで0.2?0.3μm程度と極めて小さいものであったのに対し、#80?#120番程度の研磨仕上げを行った圧延ロールを用い表面粗度Rmax0.7?2.0μmの粗面仕上箔であるといえ、実施例でも例示される。このことから、本件発明の金属箔と従来のものとでは、Rmaxでいえば3.5倍以上違うものであり、研磨仕上げの#番でいっても相当程度異なるものといえる。
そうすると、上述の「基準長さの標準値」(上記(イ)の表1)において、「0.8μRmax下の基準長さが0.25mm、0.8μRmax?6.3μRmaxでの基準長さが0.8mm、と規定されている」JISB0601の規格をみた当業者であれば、該「基準長さの標準値」が、最大高さが大きくなるに従い、基準長さを大きくしていることにも鑑みれば、従来の0.2?0.3μm程度の金属箔は基準長さが0.25mmで計測されるが、3.5倍以上も違い、研磨仕上げの#番が相当程度異なる本件発明のRmax0.7?2.0μmの金属箔を計測するには、基準値として、0.2?0.3μm程度の金属箔と同じ基準長さ0.25mmではなく、0.8mmを普通に採用するものとみることができる。

(四)以上のことから、構成Xの表面粗度Rmaxの基準長さについては、JISB0601では必ずしも明確な規定はないものの、該規格の解説や本件明細書の記載内容に照らし、常識的な範囲内で、0.8mmであるとみることができるので、特に基準長さが明記されていないとしても、これが不明確であるとまではいえない。

1-2.「(b)表面粗度Rmaxのバラツキ」について
(一)請求人は、構成Xに関し、いかなる測定位置で、何個の測定をすれば、表面粗度Rmaxの値が決められるかが不明である旨主張している。そこで、構成Xの表面粗度Rmaxがどのように決められているのか、本件明細書をみても、特許請求の範囲には、構成Xの他に、具体的な測定方法に関して何ら特定はなされておらず、また、発明の詳細な説明においても、本発明法の実施例として具体的な箔の粗度Rmaxが、0.70、1.00、1.51とあるのみで、具体的な計測方法については記載がない。
この点に関して、被請求人は、答弁書で「本件明細書のこの記載及び出願時の当業者技術常識を参酌することにより、当業者は本件発明を実施できるのである・・本件発明はあくまでJIS(B0601-1970)の記載及び出願時の当業者技術常識に基づいて解釈される」(第14頁6?12行)、上申書(1)で「特許請求の範囲に記載された発明の解釈は、技術常識を前提とする。ばらつきの程度も、自ずから常識的な限界があろう」(第6頁1?3行)、上申書(2)で「自然現象を測定する際にはどんなに厳密に測定しても必ず測定値にバラツキが存在する。・・・当業者であれば、測定バラツキを考慮して、被擬侵害品について技術的範囲への属否が判断できるような目標値を選択するであろう」と述べている。

(二)表面粗度の測定方法に関して、JISB0601には、上記(ア)に「2.(1)機械表面の表面あらさとは、その表面からランダムに抜き取った各部分にけるRmax、RzまたはRaのそれぞれの算術平均値とする。」と記載され、「備考1」に「一般に機械表面では個々の位置における表面あらさは一様でなく、相当に大きなばらつきを示すのが普通である。したがって、機械表面の表面あらさを求めるには、その母平均が効果的に推定できるように測定位置およびその個数を定める必要がある。」及び「備考2」に「測定目的によっては、機械表面の1箇所で求めた値で表面あらさを代表させることができる。」と記載されている。また、上記(イ)の「備考1」及び「備考3」に「機械表面の最大高さは、その表面から多数の断面曲線を求め、これらの断面曲線から求めた抜き取り部分の最大高さの平均値で表わす。」及び「最大高さを求める場合、きずとみなされるような並はずれて高い山や深い谷のない部分から、基準長さだけ抜き取る。」と記載されている。また、上記(オ)には「大体の平均値になりそうな部分から基準長さだけの部分を抜き取る。その断面曲線の抜き取り部分で、RmaxまたはRzを求める」及び「この操作を厳密にするには測定表面上で無作為に数箇所とり、各々の部分のRmaxまたはRzを求めて平均する」と記載される。
これらの記載によれば、「Rmax」は、「表面からランダムに抜き取った各部分にける算術平均値とし、普通母平均が効果的に推定できるように測定位置およびその個数を定める必要がある」とし、対象物に応じて位置や個数を定め、多数値の平均すると規定することが理解できる。
そうすると、表面粗度Rmaxの測定に当たっては、上記JISB0601の規定に従って、母平均が推定できるような位置や個数を定め、多数値の平均によってRmaxを算定し得るものであるから、本件発明のように圧延ロールによる冷間圧延で製造する金属箔であれば、当業者が常識の範囲で上記した測定や算定にもとづいて実施できないとはいえない。してみれば、構成Xが表面粗度Rmaxのバラツキによる不明確さを有するとまではいえない。

(三)請求人は、上記した主張について「甲第23号証では、基準長さ0.8mmの場合には、標準偏差は0.17μmとなり、断面曲線が不規則な形態をしているから測定値は大きくばらつく」旨(上申書(1)第3頁21?28行)、「甲第14号証でもC方向のRmaxの測定では、表面は平均値1.065μm、標準偏差0.183μm、裏面は平均値1.033μm、標準偏差0.211μmである」旨(同上申書(1)第3頁末行?第4頁4行)主張している。
そこで、甲第14号証をみると、ここで報告された表面粗度は、#120ロール仕上げした厚さ:0.050mmtのコイルを、上述したとおり0.8mmの基準長さで測定した、一方向5点の平均の結果が載せられている。そこには、表面のL方向でRmax:0.652、C方向でRmax:1.065、裏面のL方向でRmax:0.620、C方向でRmax:1.033であり、表裏面で0.413の巾のバラツキがある。そして、甲第23号証の調査・解析報告書をみると、そこには測定箇所1?3のRmax(基準長さ0.8mm)の測定結果(N=100)が示され、各測定箇所における20個の断面曲線の各曲線の5点平均は、測定箇所1では、0.74?1.12μm、すなわち0.38μmの巾のバラツキがあることが分かる。しかしながら、甲第23号証の各測定箇所の合計した20個の断面曲線の各曲線の5点平均の平均(100点)は、測定箇所1(大きず面)0.92μm、測定箇所2(密集きず面)0.93μm、測定箇所3(きずなし面)0.88μmとなり、これらの測定差は、0.05μmにすぎない。
そうすると、甲第14号証の結果は、たかだか5点の平均で標準偏差は大きく、甲第23号証でも5点平均の標準偏差は大きいものの、100点の平均となると、自ずと標準偏差は常識的な巾に収まり得ることが理解できるのであるから、適切に多数個の平均を取ることにより数値が定まるものとみることができるから、表面粗度Rmaxのバラツキにより、一概に表面粗度Rmaxの値が決められないとまでいえない。
この甲第14号証について、塊原浩氏の証人尋問調書(甲第29号証)によれば、「粗度というのは通常、非常に大きくばらつくわけで」ある旨(第16頁24?25行)、この結果の変動について「ごく普通の圧延をいたしましたと記憶」している旨(第17頁5行)証言している。そうすると、甲第14号証の対象としたロールが普通に製造されたものであって、通常粗度が大きく変動し得ることが窺える。その場合には、多数の平均値によって適切な母平均を推定することは明らかであるともいえ、また、このことを考えると、上記甲第14号証の5点平均が妥当なものとみることもできない。
以上のことから、構成XのRmaxの値は、測定個数によって変動することは否定できないものの、甲第14号証の結果は、たかだか5点の平均であり、その中での変動であり、甲第23号証では100点の平均ではある範囲の標準偏差になることが窺える以上、適切な母平均を推定できる多数の平均を取ることにより数値が定まるものといえるから、表面粗度Rmaxのバラツキにより、一概に表面粗度Rmaxの値が決められないとまでいえない。

1-3.「(c)作用効果」について
請求人の主張する、表面の形態を特定せずに表面粗度Rmaxのみで所定の効果が得られるか否かが不明である点については、本件明細書の第2頁右欄43行?第3頁1行によれば「ぬれ性に及ぼす表面粗度」について、「表面粗度Rmax0.2?0.6μmではぬれ性が著しく劣り、Rmax0.7以上では向上する」ことが記載され、実施例において箔の粗度と耐熱疲労性について試験を行い、第1表にその結果を載せており、Rmax0.70,1.00、1.51でハニカムのズレの有無や密着性について評価している。その評価から、Rmaxが0.70では、従来に比べて、冷熱サイクル500で、排ガス出側へのハニカムのズレ発生が全くないことが確認される。してみると、これらの記載に基づくと、請求人が主張するような作用効果について当業者が実施できない程度の不備があるとまではいえない。

2.無効理由2について
2-1.甲号証の記載事項
(1)甲第12号証:「第117回 塑性加工シンポジウム」
(a)「近年、エレクトロニクス分野を中心とした部品の軽量化、小型化が進む中で、強度、耐食性、耐熱性に優れたステンレス箔の特徴が見直され、需要が急速に高まりつつある。」(第1頁8?10行)
(b)「表1」(第1頁)に「分類:自動車、主な用途例:(1)触媒メタル担体、需要量(TON/年);S.61(実績):0(0%)、S.65(予想):800(19%)」と記載されている。
(c)「直近では、接点バネ、スチールベルトを中心とした電子機器部品の用途が多いが、今後は小型電池部品、自動車排気ガス浄化装置部品及び建材分野等への需要が期待されており、昭和65年度には年間4,200トンに達すると予想されている。本報では、主として厚さ100μm以下の圧延ステンレス箔に注目し、製造技術の特色、品質評価法及び利用加工技術について述べる。」(第1頁下から12?8行)
(d)「2.ステンレス箔の種類 ステンレス箔の規格は・・・高強度でかつ加工性の優れたオーステナイト系、耐食性・耐熱性に優れたフェライト系、耐摩耗性に優れたマルテンサイト系、・・・などの各種鋼種の箔が製造されており用途に応じた選択が可能である。」(第1頁下から7?2行)
(e)「表2」(第2頁)には、「分類:A、鋼種名:SUS304、代表組成:18Cr-8Ni、特徴:18-8系の基本成分」、「分類:F、鋼種名:SUS430、代表組成:17Cr、特徴:17Cr系の基本成分」、「A:オーステナイト系 F:フェライト系」と記載され、「SUS304」の「熱膨張係数」が「17.3(10^(-8)/℃)、Fの「SUS430」では「10.4(10^(-8)/℃)」と記載されている。また「表3」にはバネ用ステンレス鋼の機械的特性として鋼種として「SUS304」が載せられている。
(g)「表面形状はステンレス鋼としての美感だけではなく疲労特性向上などの機能面からも重要な品質である。表面光沢の向上にはロール研磨粗さや圧延油の粘度調整等が重要な条件となる。SUS304の表面光沢度に及ぼす粗さの影響を図8に示す。ロール粗度の選択によりダルから鏡面に至までの広範囲の表面仕上げ材の造り込みが可能である。」(第4頁下から3行?第5頁5行)
(h)「図8」(第5頁)には、「SUS304箔の粗さと鏡面光沢度の関係」が図示され、そこには「粗さRaが粗さRmaxに比例し、Raが0.10μmでは、粗さRmaxがほぼ1.00μmである」こと、「粗さRaが鏡面光沢度Gs(45°)に反比例し、Raが0.10μmでは、鏡面光沢度Gs(45°)がほぼ600%である」こと、「粗さRmaxがおよそ0.5?8.0μmの範囲である」ことが示されている。

(2)甲第13号証:「日経ニューマテリアル」
(a)「メタル担体触媒の市場はここにきて、大きく花開こうとしている。今年9月1日、日産自動車は・・・エンジンを搭載した「セフィーロ」(・・)に、世界で初めて量産車のメーン触媒として耐熱ステンレス鋼を採用した。」(第24頁1?5行)
(b)「日産が採用した耐熱ステンレス鋼ハニカム担体触媒(図1、以下メタル担体触媒)は、材料供給先が川崎製鉄、加工はカルソニック(旧日本ラヂエーター)が担当している。・・・メタル担体の特徴は壁厚が50μmと、従来のセラミックスハニカム担体の170μmに比べ約1/3まで薄くしたこと(表1)。」(第25頁中欄11行?同頁右欄7行)
(c)「メタル担体の材質は、電熱材やストーブの外炎筒として採用されている耐熱ステンレス鋼系の『R20-5SR』で、成分はFe-20Cr-5Al(各数字はwt%)にLaを微量添加したもの。同ステンレス鋼は成形後の酸化処理で、表面に数μmのAl2O3層が析出するため、耐酸化性や耐食性に優れ、ウオッシュコートを可能にする。製造方法は、清浄度を高め、介在物をなくすために真空誘導炉で溶解し、その後、鍛造、熱間圧延、冷間圧延工程を経て50μmの箔まで加工する。」(第25頁右欄下から6行?第26頁左欄7行)
(d)「従来のメタル担体の製造法は、まず50μmの平板と波板を同時に巻き上げる(図A)。平板と波板はろう付けできっちりと接合されていて、巻き上げられた状態で外筒と溶接と溶接される。担体はシェルと呼ばれるケースに、外筒を溶接して納められる(図B)。」(第30頁左欄18?24行、「緩衝材が不要なメタル担体」の欄)
(e)「図A」(第30頁)に、「従来の担体成形の様子。平板と波板を同時に巻き上げる」と記載し、その概略図が示されている。
(f)「ろう付けをやめ、熱の問題を克服しかもコスト低減を実現 これに対し日産は、・・・従来のメタル担体とほとんど変わりない同社の担体だが、・・・設計、製造方法が決め手になっている。・・・同社のメタル担体はろう付けを一切していない。ろう付けは銀ろう自体が高いうえに、1200℃の高真空を必要とし、成形費の中では一番コストが掛かるところだ。しかもろう付けによる製法に関して様々な特許が出願されているため、スポット溶接を採用した。」(第32頁左欄1行?同頁中欄1行)

(3)甲第18号証:「理化学辞典」
(a)「接触角 ・・・静止液体の自由表面が固体壁に接する場所で液面と固体面とのなす角をいう。ふつうは図のように液の内部にある角をとる。・・・」(第727頁「接触角」の欄)

(4)甲第19号証:「軽金属『アルミニウム溶湯と非金属の濡れ』」
(a)「一般に濡れというとすぐにはんだ付けが思い出される。」(第136頁左欄2?3行)
(b)「2.1濡れの定義 固体と液体が接触し、互いに付着する物性を“濡れ”という。」(第136頁左欄17?19行)
(c)「2.4面粗さと濡れ ・・・濡れのよい表面は粗面にすればするほどに濡れはよくなり、濡れが悪い場合にはこの逆で、粗面にするほど濡れが悪くなることを示している。」(第137頁左欄下から3行?同頁右欄13行)

(5)甲第20号証:パンフレット「川鉄の自動車用ステンレス鋼板」
(a)「触媒コンバーター用メタルハニカム リバーライト20-5SR 0.01C-20Cr-5Al-REM 耐酸化性」(第2頁目)

なお、甲第14号証?甲第16号証については、いずれも社内資料、或いは会議議事録にすぎず、これが公表された公知のものとはみることはできない。また、甲第17号証は1993年4月に発行されたもので、本件出願後の文献である。
また仮に、甲第14号証や甲第20号証によって「R20-5SR」が知られたとしても、かかる「R20-5SR」が実際に販売された証拠がなく(サンプルとして提供したことは、塊原氏の証人尋問調書から窺えるが)、この鋼板の表面粗度がいかなるものであったのか知り得る状況について根拠があるとはいえない。

2-2.対比・判断
(1)本件発明1について
(1-1)甲第12号証を主引例として検討する。
甲第12号証には、記載事項(a)?(d)によれば、「強度、耐食性、耐熱性に優れたステンレス箔の用途として、自動車排気ガス浄化装置部品の触媒メタル担体がある」ことがみて取れる。そして、記載事項(g)に「表面形状はステンレス鋼としての美感だけではなく疲労特性向上などの機能面からも重要な品質である」こと、「ロール粗度の選択によりダルから鏡面に至までの広範囲の表面仕上げ材の造り込みが可能である」ことが記載されている。
これらのことから、甲第12号証には「自動車排気ガス浄化装置部品の触媒メタル担体に用いられる耐熱性に優れたステンレス箔であって、疲労特性向上などの機能面からも重要な品質である表面形状は、ロール粗度の選択により広範囲の表面仕上げ材の造り込みが可能なステンレス箔」の発明(以下、「甲第12発明」という。)が記載されているといえる。
なお、記載事項(h)には、「図8」に「粗さRmax」について鏡面光沢度と粗さの関係における記載として図示されているが、この図8は「SUS304箔」であり、記載事項(d)及び(e)によれば、この「SUS304」は、オーステナイト系ステンレス鋼であり、高強度でかつ加工性の優れたものであって、バネ用ステンレス鋼に用いられるものとみれることから、「図8」の技術事項を甲第12発明として認定しなかったものであるが、この事項について後述する。
そこで、甲第12発明と本件発明1とを対比すると、甲第12発明の「ステンレス箔」が「金属箔」であることは自明であることから、両者は「自動車の排ガス触媒担体に用いられる耐熱性ステンレス鋼製の金属箔」の点で一致し、以下の点で相違する。
相違点a:本件発明1が「ろう付け構造を有する」のに対し、甲第12発明には、かかる特定がない点
相違点b:本件発明1が「表面粗度Rmaxが0.7?2.0μmである、粗面仕上金属箔」であるのに対し、甲第12号証は「疲労特性向上などの機能面からも重要な品質である表面形状は、ロール粗度の選択により広範囲の表面仕上げ材の造り込みが可能なステンレス箔」であるが、かかる構成が特定されていない点
上記した相違点a、bについて、併せ検討すると、
(i)まず、本件発明1が「ろう付け構造を有する」ことと「表面粗度Rmaxが0.7?2.0μmである」こととについての技術的意義をみておくと、本件明細書には「本発明のハニカムを構成する金属箔は表面粗度が通常の圧延箔の粗度Rmax0.2?0.3μmに比べてRmax0.7?2.0μmと粗く粗面仕上げであるため、ろう材を固着させるバインダーのぬれ性が向上し、ハニカムを構成する平板と波板の接触部へバインダーが均一効果的に付着させることができるため、ろう材の固着性が向上し、ろう付熱処理後のろう付性がきわめて良好となる。」(第2頁第4欄24?30行)と記載されている。この記載をみれば、「表面粗度Rmaxが0.7?2.0μmである」ことは「ろう付け構造を有する」金属箔において、ろう材の固着性が向上し、ろう付性が良好となる意義を有するものとみることができる。
このことを踏まえ、甲第13号証をみると、記載事項(d)に「従来のメタル担体の製造法は、まず50μmの平板と波板を同時に巻き上げる(図A)。平板と波板はろう付けできっちりと接合されていて、巻き上げられた状態で外筒と溶接と溶接される。」と記載されている。この記載に照らせば、メタル担体の製造法として「ろう付け」を用いることは普通のこととみることができる。そうすると、単に、甲第12発明の「触媒メタル担体」として「ろう付け構造を有する」ことを採用することに格別の困難性はあるとはいえなくもない。
しかしながら、この「ろう付け構造を有する」ことが、相違点bに係る本件発明の「表面粗度Rmaxが0.7?2.0μmである」との関係において上記したとおりの技術的意義を有するのであるから、相違点a及びbに係る本件発明の構成を関連づけて検討する。

(ii)甲第12号証には、記載事項(h)に「SUS304箔の粗さと鏡面光沢度の関係」に関し、「粗さRaが粗さRmaxに比例し、Raが0.10μmでは、粗さRmaxがほぼ1.00μmである」こと、「粗さRaが鏡面光沢度Gs(45°)に反比例し、Raが0.10μmでは、鏡面光沢度Gs(45°)がほぼ600%である」こと、「粗さRmaxがおよそ0.5?8.0μmの範囲である」ことが示されている。しかしながら、この「SUS304箔」は、上述したとおり、オーステナイト系ステンレス鋼であり、高強度でかつ加工性の優れたものであって、バネ用ステンレス鋼として用いられるものである。記載事項(d)には、「耐食性・耐熱性に優れたもの」として「フェライト系」が挙げられている。このことは、本件明細書にも「金属箔にはFe-Cr-Al系の高耐熱性を有するフェライト系ステンレス鋼が用いられるのが一般的である」ことからも窺い知れる。そうすると、「SUS304箔」は、オーステナイト系であって、本件発明1のような「耐熱性ステンレス鋼」とはいえないから、たとえ、甲第12号証に「粗さRmaxがおよそ0.5?8.0μmの範囲である」ことが開示されているとしても、甲第12発明の「耐熱性に優れたステンレス箔」が、どのような範囲のRmaxであるのか云々できない。しかも、甲第12号証には、記載事項(g)に「表面形状はステンレス鋼としての美感だけではなく疲労特性向上などの機能面からも重要な品質である」こと、「表面光沢の向上にはロール研磨粗さや圧延油の粘度調整等が重要な条件となる」こと、「ロール粗度の選択によりダルから鏡面に至までの広範囲の表面仕上げ材の造り込みが可能である。」ことが記載されているにしても、これら記載から「耐熱性ステンレス鋼」の表面に関し、粗度の程度や粗面仕上げであるとか不明であるから、「ろう付け構造」との関係について、甲第12号証には何の記載も示唆も窺うことはできないといえる。

(iii)甲第13号証には、記載事項(a)?(c)によれば「量産車のメーン触媒として用いられる耐熱ステンレス鋼ハニカム担体触媒(メタル担体触媒)は、メタル担体が50μmの箔で、材質が耐熱ステンレス鋼系の『R20-5SR』で、成分はFe-20Cr-5Al(各数字はwt%)にLaを微量添加したものである」ことが記載され、この「メタル担体」の製造方法に関し、記載事項(f)に「スポット溶接」を採用したことが記載されている。しかしながら、甲第13号証には、メタル担体の表面粗さについては何ら記載れていない。ただ、甲第13号証のメタル担体である「R20-5SR」について、甲第14号証に「R205SR*BAの表面粗度について」の調査報告が、甲第15号証に技術標準が提示されている。この甲第14号証及び甲第15号証は、上記したとおり社内資料にすぎなく、これが公表された事実はない。
また、甲第19号証に「軽金属『アルミニウム溶湯と非金属の濡れ』」について、記載事項(c)に「2.4面粗さと濡れ」として「濡れのよい表面は粗面にすればするほどに濡れはよくなり、濡れが悪い場合にはこの逆で、粗面にするほど濡れが悪くなること」が記載されているとしても、一般的な状態を示すにすぎず、粗面が濡れに影響を与えることは理解できるとしても、本願発明1の相違点bに係る構成である「ろう付け構造における表面粗度Rmax」に基づいて、これが「0.7?2.0μmであること」を容易に導き出すことができるともいえない。
以上のことから、当業者が相違点a、bに係る本件発明1の構成を容易に想到することができたとすることはできない。
そして、本件発明1は、相違点a及びbの構成を採ることにより、本件明細書に記載の顕著な効果を奏するものといえる。
したがって、本件発明1は、甲第12号証に記載の発明であるとも、甲第12号証、甲第13号証、甲第19号証に記載の発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものともいえない。

(1-2)念のため、甲第13号証を主引例としても検討する。
甲第13号証には、記載事項(a)?(c)によれば「車のメーン触媒として用いられる耐熱ステンレス鋼ハニカム担体触媒(メタル担体触媒)は、メタル担体が50μmの箔で、材質が耐熱ステンレス鋼系の『R20-5SR』である」ことが記載され、この「メタル担体」の製造方法に関し、記載事項(f)に「スポット溶接」を採用したことが記載されている。
これらのことを、本件発明1の記載振りに則して整理すると、甲第13号証には「車のメーン触媒として用いられる耐熱ステンレス鋼ハニカム担体触媒(メタル担体触媒)であって、メタル担体が50μmの箔で、材質が耐熱ステンレス鋼系の『R20-5SR』で、スポット溶接によりメタル担体が製造されている担体触媒」の発明(以下、「甲第13発明」という。)が記載されているといえる。
そこで、本件発明1と甲第13発明とを対比すると、甲第13号証の「担体触媒」の「担体」は、本件発明1の「触媒担体」に相当し、甲第13発明の「メタル担体の壁厚が50μmの耐熱ステンレス鋼ハニカム担体触媒」は、50μmの箔の耐熱ステンレス鋼で構成されているものであることから、担体の耐熱ステンレス鋼は金属箔といえる。また、甲第13発明の「車」が自動車であり、「触媒」が「排ガス触媒」であることは、当業者にとって自明のことである。
これらのことから、両者は「自動車の排ガス触媒担体に用いられる耐熱性ステンレス鋼製の金属箔」で一致し、次の点で相違していると云える。
相違点c:本件発明1では「ろう付け構造を有する」のに対し、甲第13発明では「スポット溶接によりメタル担体が製造されている」点
相違点d:本件発明1では「表面粗度Rmaxが0.7?2.0μmである粗面仕上金属箔」であるのに対し、甲第13発明は、かかる技術事項が特定されていない点
そこで、これらの相違点c、dについては、結局のところ、甲第12号証を主引例としたときの、甲第12発明と本件発明1との相違点a、bと実質的に同じであり、証拠が異ならない以上、甲第13号証、甲第12号証、甲第19号証をみても、上記甲第12号証を主引例としたときと同じ理由により、当業者が相違点c、dに係る本件発明1の構成を容易に想到することができたとすることはできない。
そして、本件発明1は、相違点a及びbの構成を採ることにより、本件明細書に記載の顕著な効果を奏するものといえる。
したがって、本件発明1は、甲第13号証、甲第12号証、甲第19号証に記載の発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものともいえない。

(2)本件発明2について
本件発明2は、「自動車の排ガス触媒担体」の発明ではあるが、そこには「耐熱性ステンレス鋼製の金属箔」、「ろう付け構造を有する自動車の排ガス触媒担体」並びに「該平板と波板は表面粗度Rmaxが0.7?2.0μmである粗面仕上金属箔」が発明特定事項として記載されている。これらの発明特定事項は、本件発明1の特定事項と実質同じものであるから、本件発明2は、本件発明1の特定事項を全て包含するものといえる。
してみれば、本件発明2は、本件発明1と同様、本件発明1について、で述べたと同じ理由により、甲第12号証、甲第13号証、甲第19号証に記載の発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものということはできない。

VI.結び
以上のとおり、請求人の理由及び証拠方法によっては、本件請求項1及び2に係る発明についての特許を無効とすることはできない。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2008-04-07 
結審通知日 2008-04-10 
審決日 2008-04-22 
出願番号 特願平1-155057
審決分類 P 1 113・ 531- Y (F01N)
P 1 113・ 534- Y (F01N)
P 1 113・ 121- Y (F01N)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 新居田 知生  
特許庁審判長 大黒 浩之
特許庁審判官 板橋 一隆
森 健一
登録日 1998-12-04 
登録番号 特許第2857767号(P2857767)
発明の名称 粗面仕上金属箔および自動車の排ガス触媒担体  
代理人 田中 久喬  
代理人 内藤 俊太  
代理人 近藤 惠嗣  
代理人 田中 久喬  
代理人 内藤 俊太  

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