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審決分類 審判 全部無効 2項進歩性  A61L
審判 全部無効 特120条の4、2項訂正請求(平成8年1月1日以降)  A61L
管理番号 1199227
審判番号 無効2008-800111  
総通号数 116 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2009-08-28 
種別 無効の審決 
審判請求日 2008-06-16 
確定日 2009-05-18 
訂正明細書 有 
事件の表示 上記当事者間の特許第1590202号発明「留置針用カシメキヤツプ」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 訂正を認める。 特許第1590202号の請求項1に係る発明についての特許を無効とする。 審判費用は、被請求人の負担とする。 
理由 I.手続の経緯
(1)本件特許第1590202号の請求項1に係る発明についての出願は、昭和61年10月7日に特許出願され、平成2年11月30日にその発明について特許権の設定がされた。
(2)これに対し、請求人・株式会社ダイヤプレスは、平成20年6月16日付けの審判請求書を提出し、「特許第1590202号の特許を無効とする。審判費用は被請求人の負担とする。」との審決を求め、甲第1?3号証を提出し、本件特許発明は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであり、無効とすべきであると主張した。
(3)被請求人・寿工業株式会社並びにテルモ株式会社は、平成20年10月2日付けの訂正請求書と答弁書を提出し、「本件審判の請求は、成り立たない、審判費用は、請求人の負担とする、」との審決を求め、上記請求人の主張する無効理由は理由がない旨主張した。
(4)その後、甲第3号証の1の成立性の疑義についての審尋に応答して請求人より平成20年10月31日付け回答書と甲第3号証の1の補充資料が提出された。
(5)請求人より平成20年11月21日付け弁駁書が提出され、審尋に応答して請求人より平成20年12月12日付け回答書、及び、再度の審尋に応答して請求人より平成21年1月22日付け回答書が提出され、これらにより、訂正後の特許発明は、特許法第36条の規定に違反してなされたものである旨の無効理由を追加する補正がなされ、この請求理由の補正は、平成21年2月3日に行われた口頭審理において許可された。
(6)平成21年2月3日に行われた口頭審理に先立ち、被請求人より平成21年1月19日付け口頭審理陳述要領書と平成21年1月23日付け口頭審理陳述要領書が提出され、請求人より平成21年1月22日付け口頭審理陳述要領書と平成21年1月30日付け口頭審理陳述要領書(2)と平成21年2月3日付け口頭審理陳述要領書(3)が提出された。
(7)その後、請求人より平成21年2月5日付け上申書及び証拠説明書(なお、証拠説明書の日付の平成20年2月5日は平成21年2月5日誤記であることは明白。)が提出され、被請求人より平成21年2月26日付け第二答弁書が提出された。

II.訂正事項および訂正の可否に対する判断
(1)訂正事項
平成20年10月2日付け提出の訂正請求の内容は、本件特許の設定登録時の明細書を、訂正請求書に添付された訂正明細書のとおりに訂正しようとするものである。

すなわち、特許第1590202号の明細書中の特許請求の範囲の
「炭素0.08%以下、ケイ素1.00%以下、マンガン2.00%以下、リン0.04%以下、硫黄0.03%以下、ニッケル13%から15%、クロム15%から17%の各成分を含む特殊鋼を用いた非磁性を特徴とする金属製カシメキャップ。」を、
特許請求の範囲の減縮を目的として、
「炭素0.03%、ケイ素0.60%、マンガン1.59%、リン0.021%、硫黄0.004%、ニッケル14.20%、クロム15.87%の各成分を含む特殊鋼を用いた非磁性を特徴とする金属製カシメキャップ。」と訂正するとともに、
当該訂正に対応する発明の詳細な説明の「ニ)問題を解決するための手段」の段落中の「炭素0.08%以下、ケイ素1.00%以下、マンガン2.00%以下、リン0.04%以下、硫黄0.03%以下、ニッケル13%から15%、クロム15%から17%」とあるのを、
特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載との整合性を図るため、
「炭素0.03%、ケイ素0.60%、マンガン1.59%、リン0.021%、硫黄0.004%、ニッケル14.20%、クロム15.87%」と訂正することを求めるものである。

(2)訂正の可否
(2-1)特許請求の範囲の訂正について
この訂正事項は、「炭素0.08%以下、ケイ素1.00%以下、マンガン2.00%以下、リン0.04%以下、硫黄0.03%以下、ニッケル13%から15%、クロム15%から17%」を、「炭素0.03%、ケイ素0.60%、マンガン1.59%、リン0.021%、硫黄0.004%、ニッケル14.20%、クロム15.87%」に訂正するものであり、特殊鋼の各成分の成分割合の範囲を更に減縮するものである。
そして、訂正後の「炭素0.03%、ケイ素0.60%、マンガン1.59%、リン0.021%、硫黄0.004%、ニッケル14.20%、クロム15.87%」は、明細書の表-1の下段に示された比率の数値そのものである。
してみると、この特許請求の範囲の訂正は、願書に添付した明細書に記載した事項の範囲内においてするものであり、また、特許請求の範囲を実質上拡張又は変更するものでもないことは明らかである。

(2-2)発明の詳細な説明についての訂正について
発明の詳細な説明についての訂正は、特許請求の範囲の訂正に伴い、対応する発明の詳細な説明の記載を訂正するものである。
特許請求の範囲の訂正については上記(2-1)記載のとおりであるから、発明の詳細な説明の訂正は、願書に最初添付した明細書に記載した事項の範囲内においてするものであり、特許請求の範囲を実質上拡張又は変更するものでもない。

(2-3)まとめ
したがって、平成20年10月2日付けの訂正は、特許法第134条の2第1項第1号乃至第3号に掲げる事項を目的とし、かつ、同条第5項の規定によって準用する特許法第126条第3項及び第4項の規定に適合するので、当該訂正を認める。

III.請求人の主張
請求人は、特許第1590202号は、甲第1?3号証に記載の発明に基づいて、その出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、その特許は同法第123条第1項第2号の規定に該当し、無効とすべきものである旨を主張している(以下、「無効理由1」ともいう。)。
更に、訂正請求に伴い、訂正請求後の本件特許発明の数値限定された特殊鋼は、多数金属を少数点以下第3位の成分数値まで特定して反復実施できる製造冶金技術は未だ確立されていないため、実施の再現性はなく、容易にその実施をすることができる程度に記載されていないから、訂正請求後の本件特許発明の記載は、平成2年改正前特許法第36条第3項の規定に違反している旨(請求人は、昭和60年特許法としているが、平成2年改正前特許法の誤記と認める。)を追加で主張しているところ、該主張は、特許法第123条第1項第4号の規定に該当し無効とすべきものであるとの主旨と解される(以下、「無効理由2」ともいう。)。ところで、この無効理由を追加する請求理由の補正については、平成21年2月3日に行われた口頭審理において、特許法第131条の2第2項の規定に基づき許可されたものである。

そして、証拠方法として、下記甲第1号証?甲第9号証を提出している。
なお、甲第3号証の1の補充資料は、平成20年10月31日付け回答書に添付されたものであり、甲第4号証の1?甲第5号証の7は、平成21年1月22日付け回答書に添付された甲第4号証と甲第5号証を平成21年2月5日付け上申書(技術説明書)で枝番が付されて添付されたものであり、甲第6号証の1?甲第6号証の7は、平成21年1月30日付け口頭審理陳述要領書(2)に添付された甲第6号証を前記平成21年2月5日付け上申書(技術説明書)で枝番が付されて添付されたものであり、甲第7号証?甲第9号証は、平成21年2月3日付け口頭審理陳述要領書(3)に添付されたものである。


甲第1号証 特公昭32-751号公報
甲第2号証 特開昭59-186545号公報
甲第3号証の1 論文 ”Titanium instruments for ophthalmic
and neurosurgical applications.”1986年発行
甲第3号証の2 甲第3号証の1の抄訳
甲第3号証の1の補充資料 甲第3号証の1にかかる刊行物の表紙と奥付
と目次
甲第4号証の1 甲第4号証の2?甲第4号証の9を一覧にまとめた資料
甲第4号証の2 SUS304についての鋼材検査証明書(写)(新日鐵
住金ステンレス株式会社,2008年3月17日)
甲第4号証の3 SUS304についての鋼材検査証明書(写)(新日鐵
住金ステンレス株式会社,2008年6月19日)
甲第4号証の4 SUS304についての鋼材検査証明書(写)(新日鐵
住金ステンレス株式会社,2008年6月19日)
甲第4号証の5 SUS304についての鋼材検査証明書(写)(新日鐵
住金ステンレス株式会社,2008年4月18日)
甲第4号証の6 SUS304についての鋼材検査証明書(写)(新日鐵
住金ステンレス株式会社,2008年5月14日)
甲第4号証の7 SUS304についての鋼材検査証明書(写)(新日鐵
住金ステンレス株式会社,2008年6月18日)
甲第4号証の8 SUS304についての鋼材検査証明書(写)(新日鐵
住金ステンレス株式会社,2008年7月4日)
甲第4号証の9 SUS304についての鋼材検査証明書(写)(新日鐵
住金ステンレス株式会社,2008年7月10日)
甲第5号証の1 第5号証の2?甲第5号証の7を一覧にまとめた資料
甲第5号証の2 SUS305-Mについての鋼材検査証明書(写)(作
成者不明,日付不明)
甲第5号証の3 SUS305-Mについての鋼材検査証明書(写)(作
成者不明,日付不明)
甲第5号証の4 SUS305-Mについての鋼材検査証明書(写)(作
成者不明,日付不明)
甲第5号証の5 SUS305-Mについての鋼材検査証明書(写)(作
成者不明,日付不明)
甲第5号証の6 SUS305-Mについての鋼材検査証明書(写)(作
成者不明,日付不明)
甲第5号証の7 SUS305-Mについての鋼材検査証明書(写)(作
成者不明,日付不明)
甲第6号証の1 第6号証の2?甲第6号証の7を一覧にまとめた資料
甲第6号証の2 製品名「NM-BA」の試験成績書(写)(日鉱金属株
式会社,2006年10月11日)
甲第6号証の3 製品名「NM-BA」の試験成績書(写)(日鉱金属株
式会社,2007年2月13日)
甲第6号証の4 製品名「NM-BA」の試験成績書(写)(日鉱金属株
式会社,2007年6月6日)
甲第6号証の5 製品名「NM-BA」の試験成績書(写)(日鉱金属株
式会社,2007年8月6日)
甲第6号証の6 製品名「NM-BA」の試験成績書(写)(日鉱金属株
式会社,2008年7月14日)
甲第6号証の7 製品名「NM-BA」の試験成績書(写)(日鉱金属株
式会社,2008年10月7日)
甲第7号証 JSSA・ステンレス協会の協会誌(写)(昭和39年3月
)
甲第8号証 NMカタログ(写)(日鉱金属株式会社,日付不明)
甲第9号証 甲第5号証の送付書(写)(2009年1月15日)

IV.被請求人の主張
無効理由1(特許法第29条第2項に違反する)については、理由がないと被請求人は主張する。すなわち、甲第1号証は、本件特許発明に係る非磁性を特徴とする金属製カシメキャップに用いられる「炭素0.03%、ケイ素0.60%、マンガン1.59%、リン0.021%、硫黄0.004%、ニッケル14.20%、クロム15.87%の各成分を含む特殊鋼」を示すものではなく、かつ、実質的に同等であることを伺わせる記述も無いものであるから、甲第1号証?甲第3号証から本件特許発明に係る非磁性を特徴とする金属製カシメキャップに想到することは当業者にとって極めて困難であったことになり、本件特許発明は無効とされるべきものとの主張は、その理由が妥当性に欠けるものであって認められるべきものではないと被請求人は主張する。
追加された無効理由2(特許法第36条第3項に違反する)については、理由がないと被請求人は主張する。すなわち、本件特許発明の数値限定された特殊鋼は、多数金属を小数点以下第3位の成分数値まで特定して反復実施できる製造技術は未だ確立されていないため、再現性はないとの請求人の主張については、何らの裏付けも根拠も無く、単なる請求人独自の見解にすぎないものであって、妥当性は見いだせないこと、及び容易にその実施をすることができる程度に記載されていないとの請求人の主張については、前記請求人の前者の主張が妥当でない以上、それを根拠とする後者の主張も妥当ではないと被請求人は主張する。

そして、証拠方法として、平成21年1月19日付け口頭審理陳述要領書に添付した乙第1号証と乙第2号証を提出し、平成21年2月26日付け第二答弁書に添付した乙第3号証と乙第4号証を提出している。


乙第1号証 特許第3241745号公報の写し
乙第2号証 「JISハンドブック 鉄鋼 1988」表紙及び第12
07?1208頁の写し
乙第3号証 大井工業株式會社のインターネット・ウェブサイトにおけ
る掲載事項の部分のプリントアウト
乙第4号証 「JISハンドブック 鉄鋼 1988」表紙及び第27
3?276頁の写し

V.当審の判断

V-1.甲各号証および乙各号証の摘示または概略
摘示事項の下線は、当審で付したものである。

[甲第1号証]
(K1-i)「発明の詳細なる説明
本発明は抗張力が低く、伸率が高く機械加工が容易で、且つ冷間加工によるも磁性増加の程度が低く、又磁性減少のための焼鈍の極めて容易なブラウン管用非磁性電極に使用して極めて好適な合金を得たもので、Cr15-17%,Ni13-15%,C0.005-0.10%,Mn0.005-2.5%,Si0.005-1%,Mo0-2.0%残りFeから成ることを特徴とする。」(第1頁左欄7?11行,同頁右欄2?4行)
(K1-ii)「本発明の合金は従来のNi,Cr並に鉄を主材料とするブラウン管用非磁性合金に比較して次のような特性を有する。例えばこれを従来使用せられた代表的なA,B2種の非磁性合金に比較した試験結果を第1図乃至第3図で図表で示した。この場合使用した合金の成分は次のようであった。

」(第1頁右欄5?10行,同頁左右欄12?15行)
(K1-iii)「即第1図で示すようにこれら3種の合金を同一寸法にとり水素気中で1時間同一温度で焼鈍した場合本発明合金は抗張力が低く、伸率が多く機械加工の容易性が著しく優れている。」(第1頁左欄16?19行)
(K1-iv)「更に第2図は、これ等の3試験片を同一加工工程によってつくり同1条件の焼鈍(水素気中で1000℃で1時間)をした場合の冷間加工による導磁率の変化を示すもので、一般に適当な熱処理を施した常磁性金属材料でも、これを冷間加工すると次第に磁性を増加するものであるが、本発明合金は磁性増加の程度が低く、例えばテレビジョン用ブラウン管の非磁性電極として要望さるる導磁率1.005以下に対し30%以上の加工をしてもなおあまりあるもので、このような特性は従来のブラウン管用非磁性材料には見られなかった。」(第1頁左欄20?30行)
(K1-v)「第3図は同一加工工程により製造し同1条件で焼鈍しこれを夫々20%冷間加工した材料を種々の温度に水素中で1時間焼鈍した場合の磁性の減少を示す。図示のように本発明による合金は磁性減少のための焼鈍が極めて容易で500℃の低温焼鈍によって既に最低導磁率を示すもので、この特性もまた従来のブラウン管用非磁性材料には得られなかった。」(第1頁左欄31?34行,同頁右欄16?19行)
(K1-vi)「このように本発明による合金は従来公知のブラウン管用非磁性材料の加工の困難性を除去し、加工による磁性増加率の大きいこと並びに焼鈍による磁性減少の困難なことの欠点を克服し、更に耐銹性にもすぐれ例えばテレビジヨン用ブラウン管用非磁性材料等として優秀な合金を得られる効果を有する。」(第1頁右欄20?26行)
(K1-vii)「本発明に於てはCr及Niは主要成分をなし、その含有率は相互に関連するものでCrがNiの含有率に関連して低きに過ぎても高きに過ぎても磁性を発生し又機械加工性を不良にするもので15-17%を最適とし、この場合Niは13-15%より低きに過ぎるとき磁性を発生し又加工性を阻害し、又多きに失するときは加工性を困難にすると共に原価高となる。炭素量は大きいときは磁気的性能及び機械的性質上有害な炭化物析出のおそれがあるから極力低下させるべきであるが工業的経済的に困難を伴ふので0.1%を超えない程度とする。Mnは0.005-2.5%を加ふるときは健全な鋳塊を造り又加工性を向上する作用を営む。Siは健全に鋳塊を製造するに必要であるが1.0%を超えるときは磁性に有害であり又加工性を劣化する。更に本合金は一般の鉄鋼材料に比し極めて耐蝕性に優れてゐるが使用上の要求により特に化学的耐蝕性を必要とする場合にはMoを添加するが良い。然し2%以上に添加するときは磁性に有害であり且加工性も劣化する。」(第1頁右欄27行?第2頁右欄4行)
(K1-viii)「Cr15-17%,Ni13-15%,C0.005-0.10%,Mn0.005-2.5%,Si0.005-1%,Mo0-2.0%残りFeから成るブラウン管非磁性電極用合金」(第2頁右欄6?8行)
(K1-ix)図1?3には、上記摘示の説明を示す図が示されているが、図示は省略する(第2頁?第4頁)

[甲第2号証]
(K2-i)「医療用として使用される金属性器具。たとえば外科用のメス、注射バリ等の金属塑性加工による磁性付加を防止する金属性材質をもって構成されていることを特徴とする磁性を有しない医療用器具。」(特許請求の範囲)
(K2-ii)「本発明は医療用器具に関し、その材質に係わるものである。
従来、この種のものたとえば外科用メス、刺通するための注射針等はいずれもステンレス製で製作されており、製作工程上塑性加工による仕上げ工程がほどこされている。そのためステンレス製であっても磁性を有する状態の物を使用している。特に注射針等においては外径も0.81mm以下のように細管であり、内孔径もさらに微細であるため、これらが磁性を有すると金属の微粉末が付着し製品が汚れるおそれが多分に存する。医療用器具はその使命とするところは、あくまで医療衛生上その清浄度は極めて厳格であらねばならない。本発明はこの点に着目して提供されるものである。すなわち、本発明の医療器具はいかなる強度の塑性加工を施してもまったく磁性を有していない材質であるために本発明の医療器具は金属の微粉末が付着するということはない。」(第1頁左下欄下から9行?同頁右下欄10行)
(K2-iii)「本発明の詳細を説明する。第1図は本発明の一実施例の形状図である。1は注射針の針体部であり、2は針基部である。これらの各部分および一部を塑性加工しても磁性を有しない材質で製作することにより前述のように金属の微粉末を付着することがない。
本発明の材質で作られた医療用器具として注射針を製作した場合は最も重要なる特徴は注射針の刃先の成形に存する。すなわち刃先を成形するためには、と石で刃先部を研削する必要がある。この研削途中において無数の微粉末が発生し注射針の刃先の孔径内に付着する、この微粉末は1ミクロンから10分の1ミクロンのような極めて微細な破片となって刃先の孔径内のしわの中に深く固着する。そのため超音波洗浄などによって、強制的に洗浄しても除去することができない、これは微粉末じたい、および刃先部分ともに磁性を有しているがためである。これらの微粉末が人体の体腔内に移行されるおそれが多分に存すると言わざるを得をない。
本発明の医療器具はかかる場合においても磁性を有しないのであるから超音波洗浄その他の化学的洗浄によって容易に微粉末を除去することができる。」(第1頁右下欄11行?第2頁左上欄14行)

[甲第3号証の1]
甲第3号証の1の補充資料は、国会図書館の所蔵印が押された甲第3号証の1の表紙と奥付と目次であって、その表紙には、「The Institute of Metals DESIGNING WITH TITANIUM」のタイトルと「PODUCEEDINGS OF CONFEREMCE BRISTOL JULY 1986」が記載され、その2頁目の奥付には、「published in September 1986 by ・・・」と記載され、その6頁目の「Biomedical Engineering」の部の目次には、「Titanium instruments for ophthalmic and neurosurgical applications W J HOSKIN and J WOOD 236」と記載されていることからみて、甲第3号証の1は、本件特許出願前に頒布された刊行物と認める。
そして、甲第3号証の1の第236頁のタイトルに、「Titanium instruments for ophthalmic and neurosurgical applications W J HOSKIN and J WOOD」との記載があり、該第236頁の本文9?23行には、「・・・ ステンレススチールとかなり異なった特性を持つ物質の要請は、次の利点を持つチタンまたはチタン合金の採用を導く。 これらの物質で作られた(チタン製またはチタン合金製)器具は、スチール製の器具より軽く、しかも、細かく精密に把握することが十分できる表面を備えることができる。これに加えて、この金属は、ヒト組織によって寛容であり、体液によって腐食されない。それは、完全非磁性であって、入射光の大抵の光を吸収できるような光学干渉フィルターが表面に形成されるように制御された手法で陽極酸化処理できる。このことが重要なのは、顕微鏡を反射光がバックアップする時の器具の表面からの輝く光が、外科医にかなりの困惑をもたらすからである。」(訳文)ことが記載されている。

[甲第4号証の1?甲第4号証の9]
甲第4号証の2?甲第4号証の9は、新日鐵住金ステンレス株式会社が2008年に発行した、SUS304についての鋼材検査証明書で、コイル番号とともにC,SI,MN,P,S,NI,CRの数値(%)が記載されていて、甲第4号証の1は、それらを表にしたものである。

[甲第5号証の1?甲第5号証の7]
甲第5号証の2?甲第5号証の7は、作成者名および発行年が空白であるSUS305-Mについての鋼材検査証明書で、コイル番号とともにC,SI,MN,P,S,NI,CR,Nの数値(%)が記載されていて、甲第5号証の1は、それらを表にしたものである。
なお、甲第5号証の2?甲第5号証の7の各最上部に「09 01/15 16:52 FAX ・・・003」?「09 01/15 16:55 FAX ・・・010」の表示がある。

[甲第6号証の1?甲第6号証の7]
甲第6号証の2?甲第6号証の9は、日鉱金属株式会社(倉見工場)が2006年?2008年に発行した、製品名NM-BAについての試験成績証で、製造番号とともにC,Si,Mn,P,S,Ni,Crの数値(%)が記載されていて、甲第6号証の1は、それらを表にしたものである。

[甲第7号証]
「ステンレス磨帯鋼のすべて」の表題で、第10頁に、分類と記号AISIと対応させて、代表化学成分(%)が記載されている。

[甲第8号証]
非磁性ステンレス鋼帯NM(16Cr-14Ni-Fe)についての、TECHNICAL DATAが記載されているところ、日鉱金属(株)倉見工場技術品質保証課の表示があるが、発行年月日の記載はない。口頭審理調書には、請求人は、「甲第8号証の発行日は不明である。」と陳述したことが記載されている。

[甲第9号証]
株式会社特殊金属エクセルから吉田国際特許事務所大沼への送り状で、2009年1月15日の表示と、最上部に「09 01/15 16:51 FAX ・・・001」の表示がある。

[乙第1号証]
(Z1-i)「【請求項1】 29%のクロム、20%のニッケル、6%のタンタル、0.05%の炭素、0.25%のセリウム、および残部のコバルトからなり、高温強度、耐酸化性、耐高温腐食性、耐熱疲労性に優れた、1800°Fのガスタ?ビンエンジン用コバルト基合金。
【請求項2】 溶接ワイヤー用の請求項1記載のガスタ?ビンエンジン用コバルト基合金。
【請求項3】 24?32%のクロム、14?22%のニッケル、2?8%のタンタル、0.02?0.75%のセリウム、0.03?0.1%の炭素、および残部のコバルトからなるコバルト基合金の層で被覆してなるガスタ?ビンエンジン構成部品。」(特許請求の範囲)

[乙第2号証]
表2(オーステナイト系の化学成分)において、種類の記号(SUSの番号)と化学成分%が列挙されている。そして、SUS201?SUSXM15J1の種類すべてにおいて、Pは0.060%以下または0.045%以下とされ、Sは0.030%以下とされている。

[乙第3号証]
2009/02/10にインターネット・ウェブから印刷されたものと認められ、参考資料としてステンレス鋼材質成分表が記載され、SUS番号と材質(金属)の数値が記載されている。

[乙第4号証]
鋼材の製品分析方法及びその許容変動値について記載されている。

V-2.本件特許発明の実施可能性について(無効理由2)
訂正請求後に追加された請求人の主張する無効理由2の主旨は、本件特許発明(訂正後の特許発明)の数値限定された特殊鋼は、多数金属を少数点以下第3位の成分数値まで特定して反復実施できる製造冶金技術は未だ確立されていないため、実施の再現性はなく、容易にその実施をすることができる程度に記載されていないことにある。
なお、上記「小数点以下第3位」とは、%表示におけるものと解するのが相当であり、また、本件特許発明に特定された特殊鋼で小数点第3位まで規定しているのは、リンと硫黄のみである。
その反復実施できないことの根拠として、次の点を挙げている。
(a)昭和61年当時では、多数金属を小数点以下第3位の成分数値で限定して反復製造できる製造冶金技術は確立されていなかったはずであり、そのためJIS規格では小数点以下第3位を一定幅の数値範囲で特定しているものであること(乙第2号証)。
(b)甲第4号証の2?甲第4号証の9の新日鐵住金ステンレス株式会社発行のSUS304についての鋼材検査証明書、甲第5号証の2?甲第5号証の7の特殊金属工業株式会社発行のSUS305についての鋼材検査証明書を提示し、いずれのコイル番号のものでも同一の成分数値では製造されていないから、現在においても、多数金属を少数点以下第3位の成分数値まで特定して反復実施できる製造冶金技術は未だ確立されていないため、実施の再現性はないこと。
(c)「本件特許発明に係る特殊鋼は、日鉱金属株式会社(旧日本鉱業株式会社)が製造元であると見聞しており、被請求人はこの製造元のものを購入してカシメキャップの材料としていたのである。訂正請求後の本件特許発明に係る特殊鋼は、そのうちのバッチに係るものと推測される。」こと。
(d)「本件特許発明に係る特殊鋼は、日鉱金属株式会社(旧日本鉱業株式会社)が製品名「NM-BA」として製造しており、被請求人はこの製造元のものを商社を介して購入してカシメキャップの材料としていたに過ぎない(甲第6号証、当審注:甲第6号証の1?甲第6号証の7)。日鉱金属株式会社が開発した製品である「NM-BA」の鋼材の組成数値範囲を本件特許発明の組成として取り込み、一の製造ロットの組成数値を訂正請求後の本件特許発明としているのみである。」こと。

しかし、本件特許出願当時、リンと硫黄の含有量を小数点以下第3位の数値まで特定して特殊鋼を製造できることは、例えば、甲第1号証においても小数点第3位まで特定して表示していることに鑑みれば明らかであるし、そもそも特殊鋼においてリンと硫黄の含有量を小数点第3位まで特定して表示する態様は周知である(一例として、電気製鋼研究会編「特殊鋼便覧」、1969.5.25、第1版、理工学社発行、第1-6頁の1・2表、第1-49頁参照)から、多数金属(リンと硫黄)を少数点以下第3位の成分数値まで特定して反復実施できる製造冶金技術は未だ確立されていないとすることはできない。
そして、以下検討するように、請求人が根拠とする前記(a)?(d)の点につにいても妥当であるとは認められない。
(a)の点については、乙第2号証のJIS規格では、製品としての許容範囲を示しているにすぎず、小数点以下第3位を特定していないからといって、小数点以下第3位の数値を特定できないとすべき理由となり得ない。
(b)の点については、甲第4号証の2?甲第4号証の9の新日鐵住金ステンレス株式会社発行のSUS304についての鋼材検査証明書、甲第5号証の2?甲第5号証の7(なお、これらの甲号証の作成者は不明であり、特殊金属工業株式会社によるとの請求人の主張は根拠がない。)のSUS305についての鋼材検査証明書に示される検査対象は、各成分についての含有比数値が規格に従った数値範囲にあるものを得ることを目的として製造されたものであって、各成分について特定の含有比数値をとるものを得ることを目的として製造されたものではないから、複数の検査対象の夫々が規格を満たす数値範囲内において、各成分について異なる含有比数値を示していても、何ら不思議はないから、多数金属を少数点以下第3位の成分数値まで特定して反復実施できる製造冶金技術は現在においても未だ確立されていないとすることはできない。
(c)の点については、本件特許発明に係る特殊鋼の製造元が日鉱金属株式会社(旧日本鉱業株式会社)であることは、それを裏づける証拠は何も示されていない。なお、製造元が日本鉱業株式会社であることは、証人申請する用意があることを付言しているが、いまだ証人申請はされていないし、仮に、日本鉱業株式会社が製造元であったとしても、それだけでは反復実施できないことの根拠とはなり得ない。
(d)の点については、甲第6号証の2?甲第6号証の7は、2006年?2008年の資料であり、甲第6号証に示された日鉱金属株式会社(旧日本鉱業株式会社)の製品名「NM-BA」の特殊鋼が、本件特許の出願時に成分比も変わらずに既に存在し、販売されていたことを示す資料ではない。また、請求人は、製品名「NM-BA」の特殊鋼は、被請求人が自認するように販売していたことや各社に多数販売していて秘密性は全く存在しないことを主張するが、被請求人はそのようなことは認めていないし、秘密性は全く存在しないことを明らかにする証拠も示されていない。
なお、甲第9号証を提示し甲第5号証として提出した試験成績表を容易に入手していることを主張するが、その是非について検討するまでもなく、本件特許出願時に秘密性が有るか否かとは関係のないことである。
そもそも、請求人の(c)と(d)の主張は、反復実施できないことと関係はなく、反復実施できないことの根拠とはなり得ない。

したがって、本件特許発明は、発明の詳細な説明には、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に記載しているものというべきである。
よって、本件特許は平成2年改正前特許法第36条第3項に違反し無効であるとの請求人の主張は、失当であり、採用できない。

V-3.本件特許発明の容易性について(無効理由1)
(1)本件特許発明
本件明細書についての上記訂正請求は、上記「II.」で検討したとおり認められるものであり、訂正後の特許発明(以下、「本件特許発明」という。)は、明細書及び図面の記載からみて、訂正された特許請求の範囲に記載された次のとおりのものと認められる。
「炭素0.03%、ケイ素0.60%、マンガン1.59%、リン0.021%、硫黄0.004%、ニッケル14.20%、クロム15.87%の各成分を含む特殊鋼を用いた非磁性を特徴とする金属製カシメキャップ。」

(2)甲第1号証発明
甲第1号証には、Ni,Cr並びに鉄を主材料とする合金であって、抗張力が低く、伸率が高く機械加工が容易で、且つ冷間加工によるも磁性増加の程度が低い(上記「V-1.」の摘示(K1-i),(K1-iii)参照;以下、「V-1.」のは省略する。)、ブラウン管非磁性電極に用いる、「Cr15-17%,Ni13-15%,C0.005-0.10%,Mn0.005-2.5%,Si0.005-1%,Mo0-2.0%残りFeから成る」非磁性合金(摘示(K1-viii),(K1-i)参照)が記載され、その具体例の「本発明合金」として、「C0.033%,Ni13.99%,Cr16.59%,Mn0.89%,S0.028%,Si0.40%,P0.006%,Mo0.05%,Fe残全部」が試験用に用いられている(摘示(K1-ii)参照))。
ところで、「残りFeから成る」との表現からすると、成分として明示された「Cr,Ni,C,Mn,Si,Mo」以外には、他の成分を含有しないようにも解される可能性がある。しかし、甲第1号証記載の発明としての明示された合金例(「本発明合金」と明示されたもの(摘示(K1-ii)参照))には、「Cr,Ni,C,Mn,Si,Mo」の他に「S」(硫黄)と「P」(リン)が含有されている(摘示(K1-ii)参照)。そして、この合金例を用い、従来例の合金A,合金Bと対比しつつ図1?図3のデータが測定され、評価されていることからみて、甲第1号証に記載の非磁性合金には、少なくとも、「S」(硫黄)と「P」(リン)を含有することが許容されるものと解するのが相当である。なお、後記<相違点1>についての項で検討するように、合金鋼(即ち特殊鋼)において、硫黄とリンは不可避的に含まれる成分と解するのが技術常識と認められることとも合致している。
ところで、被請求人は、甲第1号証ではリンと硫黄を含まないことを主張するが、上記検討のとおり、その主張は失当であり、採用できない。

してみると、甲第1号証には、以下の発明(以下、「甲第1号証発明」という。)が記載されていると認められる。
「Cr15-17%,Ni13-15%,C0.005-0.10%,Mn0.005-2.5%,Si0.005-1%,Mo0-2.0%残りFeから成り、SとPを含有することが許容される、NiとCrと鉄を主材料とする非磁性合金。」

(3)対比、判断
そこで、本件特許発明と甲第1号証発明とを対比する。
本件特許発明の「特殊鋼」とは何か、本件特許明細書には何ら説明されていないので、一般図書をひもといてみると、化学大辞典編集委員会編「化学大辞典3」、昭和53年9月10日縮刷版第22刷、共立出版株式会社発行、第513頁の「合金鋼」の項には、「ごうきんこう 合金鋼,特殊鋼」と項目表示され、「炭素鋼(当審注:鉄炭素合金のこと)に1種または2種以上の合金元素を添加して所望の性質を与えたもの.特殊鋼と同義であるが,これを高級炭素鋼と合金鋼に分類することもある.この場合の合金鋼とは、次表を満足し,リンおよびイオウ含有量は0.03%以下に制限する.」と説明され、また、川口寅之輔編「金属材料辞典」、昭和39年11月30日、2版、日刊工業新聞社発行の第356頁の「特殊鋼」の項には、「Ni,Cr,Mo,Vなどの元素を鋼に添加したもの.またはC0.6%以上を含むもののことをいう.とくに合金元素を添加したものを合金鋼という.」と説明され、同書第171頁の「合金鋼」の項には、「ふつうの鋼には少量のC,Si,Mn,P,Sなどが入っているが,特殊な性質をもたせるためにほかの元素を人為的に添加した鋼のことを合金鋼という.・・・」と説明されている。
してみると、「特殊鋼」とは、鉄を主成分とする合金であることは明らかである。
他方、甲第1号証発明の「NiとCrと鉄を主材料とする非磁性合金」は、炭素を0.005-0.10%含む(なお、本件訂正前の発明の炭素量は0.08%以下で、特殊鋼としている。)ので「特殊鋼」と認められるから、本件特許発明の「非磁性の特殊鋼」と一致する。

してみると、両発明は、
「炭素、ケイ素、マンガン、リン、硫黄、ニッケル、クロムの各成分を含む非磁性の特殊鋼」
の点で一致し、次の相違点1,2で相違する。
<相違点>
1.特殊鋼の各成分の割合について、本件特許発明では、「炭素0.03%、ケイ素0.60%、マンガン1.59%、リン0.021%、硫黄0.004%、ニッケル14.20%、クロム15.87%の各成分を含む」としているのに対し、甲第1号証発明では、「Cr15-17%,Ni13-15%,C0.005-0.10%,Mn0.005-2.5%,Si0.005-1%,Mo0-2.0%残りFeから成り、SとPを含有することが許容される」とされている点
2.非磁性の特殊鋼を用いた対象について、本件特許発明では、「金属製カシメキャップ」であるのに対し、甲第1号証発明では、そのように特定されていない点

そこで、これらの相違点について検討する。
<相違点1>について
本件特許発明では、「炭素0.03%、ケイ素0.60%、マンガン1.59%、リン0.021%、硫黄0.004%、ニッケル14.20%、クロム15.87%の各成分を含む」特殊鋼を採用している。
他方、甲第1号証発明では、「Cr15-17%,Ni13-15%,C0.005-0.10%,Mn0.005-2.5%,Si0.005-1%,Mo0-2.0%残りFeから成り、SとPを含有することが許容される」とさているところ、対比のために本件特許発明の表現を用いて書き直すと、「炭素0.005-0.10%、ケイ素0.005-1%、マンガン0.005-2.5%、リン許容、硫黄許容、ニッケル13-15%、クロム15-17%、モリブデン0-2.0%、残部鉄の各成分を含む」合金であり、その具体例として、「炭素0.033%、ケイ素0.40%、マンガン0.89%、リン0.006%、硫黄0.028%、ニッケル13.99%、クロム16.59%、残部鉄の各成分を含む」合金(摘示(K1-ii)の「本発明合金」を参照)が記載されている。
ここで、合金(特殊鋼)の各成分の割合を対比すると、
本件特許発明 甲第1号証発明 甲第1号証発明の具体例
炭素 0.03% 0.05-0.10% 0.033%
ケイ素 0.60% 0.005-1% 0.40%
マンガン 1.59% 0.005-2.5% 0.89%
リン 0.021% 許容 0.006%
硫黄 0.004% 許容 0.028%
ニッケル 14.20% 13-15% 13.99%
クロム 15.87% 15-17% 16.59%
モリブデン - 0-2.0% 0.05%
(鉄) (残部) 残部 残部
となり、本件特許発明の成分割合は、甲第1号証発明の成分割合とは、リンと硫黄の割合が特定されている点とMoについて言及していない点を除き一致している。
しかし、「特殊鋼」とは何かについて上記検討したように、合金鋼としてはリンおよびイオウがもともと含有されているものであって、むしろ減らす方向で処理されるものであることが技術常識といえる(例えば、前記辞典の他、電気製鋼研究会編「特殊鋼便覧」、1969.5.25、第1版、理工学社発行、第1-3頁、第1-5頁には、P,Sを除去する方向性が記載され、また、橋口隆吉編代表「金属工学講座8材料編I 鉄鋼材料」昭和41年9月5日8版、株式会社朝倉書店発行、炭素鋼を説明する第54頁下から4行?末行には、リンとイオウがいずれも偏析しやすく、脆性を増すと説明されているし、社団法人日本鉄鋼協会編「鉄鋼製造法(第4分冊)」、昭和52年3月20日第3刷、丸善株式会社発行、第265?269頁の「17・1主要元素と不純物の影響」の「17・1・4 硫黄」及び「17・1・5 燐」の項には、硫黄と燐について、加工性などに悪い影響を与え、偏析の傾向が大きい、じん性を著しく害し、冷間加工性からは望ましい元素ではないなどと説明されている。)。
更に、リンと硫黄の含有量を例えば0.03%以下や0.06%以下、0.045%以下、0.040%以下、0.035%以下程度などに制限することも適宜行われている(例えば、前記化学大辞典3の「合金鋼」の項、乙第2号証、前記「特殊鋼便覧」の2-12頁の上の表中のPmax0.035%、Smax0.040%、2-14頁2・16表中のPmax0.040%、Smax0.040%を参照)のであって、リンと硫黄を例えば0.03%以下乃至0.06%以下程度に上限を抑えることは適宜と認められる。そして、リンと硫黄は、一般に許容限界として成分割合が示されるものであることを勘案すると、リンを0.021%、硫黄を0.004%とする程度のことは適宜為し得ることにすぎず、またそれらの数値が多少前後しても、それによって格別に予想外の作用効果を奏しているとは認められない。
そして、Moについては、甲第1号証において、「化学的耐食性を必要な場合にMoを添加するのが良い。然し2%以上に添加するときは磁性に有害であり、且つ加工性も劣化する。」(摘示(K1-vii)参照)とされていることから、Moを添加しないことは適宜選択し得る程度のことと認められる。なお、本件特許発明では、「炭素、ケイ素、マンガン、リン、硫黄、ニッケル、クロムの各成分を含む特殊鋼」(数値は省略)とされているだけで、他の成分が含まれることを除外するものではないから、そもそもMoの有無については相違点ではないとも言える。

なるほど、本件特許発明は、甲第1号証発明の具体例とは、炭素、ケイ素、マンガン、リン、硫黄、ニッケル、クロムの各成分の含有量が完全には一致しないものであるが、特にマンガンの割合が本件特許発明では倍近くに多いものであるが、甲第1号証ではマンガンについて、「Mnは0.005-2.5%を加ふるときは健全な鋳塊を造り又加工性を向上する作用を営む」(摘示(K1-vii)参照)と説明されているのであるから、加工性を高めるために、具体例のMn0.89%を、具体例におけるより多く且つその含有割合として記載された範囲内である1.59%程度を採用してみることにも格別の困難性が伴うものとは認められないし、また、Cの含有割合は実質的に相違しないし、Cr,Ni,Siの含有割合についても加工性の観点から言及されている(摘示(K1-vii)参照)ことに鑑み、そしてP,S,Mo,Mnの含有割合については上記検討したとおりであるから、それら各成分の含有量が多少前後したところで、当業者が適宜に採用し得る程度のものであって、格別顕著な作用効果上の差異があるとも認められない。
被請求人は、「特殊鋼を容易にカシメキャップに加工するため、金属の引張り強度、伸び、かたさを調製する必要がある」ところ、訂正前の特殊鋼では「伸びが少なくなる等、加工をする段階において破損を招き易いという欠点が生じた」が、本件特許発明の「炭素0.03%、ケイ素0.60%、マンガン1.59%、リン0.021%、硫黄0.004%、ニッケル14.20%、クロム15.87%の各成分を含む」特殊鋼を採用したことによって、非磁性の特性のみならず、加工を容易に行い得ることが示されていることを作用効果として主張している。しかし、甲第1号証には、甲第1号証発明の合金は、「抗張力が低く、伸率が高く機械加工が容易で、且つ冷間加工によるも磁性増加の程度が低く」(摘示(K1-i)参照)と記載されていて、加工容易性は甲第1号証発明において既に達成されている。
してみると、甲第1号証発明において、「炭素0.03%、ケイ素0.60%、マンガン1.59%、リン0.021%、硫黄0.004%、ニッケル14.20%、クロム15.87%の各成分を含む」特殊鋼は、当業者が適宜に思い至り採用できる程度の一態様にすぎないものというべきである。

ところで、被請求人は、特殊鋼が属する鋼材において、「リンを含むことによって、熱間強度を増すという作用効果が得られ、また、硫黄を含むことによって、硫黄がマンガン等と化合物をつくって被膜性を増すという作用効果が得られることは、周知である。」と主張し、甲第1号証発明と実質的に同一でないことの根拠としている。しかし、本件特許明細書には、リンと硫黄を積極的に添加したとの記載はなく、主張する作用効果があるとの記載もないのであり、むしろ、技術常識からみて、本件特許発明で特定するリンと硫黄の割合は通常許容される範囲内の域をでるものではないから、被請求人の主張は根拠が無く、失当であり、採用できない。
また、被請求人は、甲第1号証の「本発明合金」と本件特許発明が各々の成分の割合が全て一致しておらず、更に、乙第2号証を引用し、鋼材では、成分が共通であっても、成分割合の少しの違いで異なるSUSの番号が付き、それらは全て異なるものとして扱われていることを挙げて、本件特許発明の特殊鋼と甲第1号証発明の合金は同一ではないと主張している。しかし、甲第1号証発明では、甲第1号証の「本発明合金」とされる具体例に限定されるわけではなく、即ち唯一のSUSの番号のものに限定されるわけではなく、それら成分割合を前後させることが甲第1号証発明の範囲内で適宜であり、本件特許発明で特定する成分の数値と一致し得る態様が採り得ることに鑑みれば、実質的には差異はないというべきであるから、被請求人の前記主張は失当であり、採用できない。
更に、被請求人のその他の主張、証拠を検討しても、いずれの主張、証拠も、上記判断に影響するものではない。

<相違点2>について
本件特許発明の「金属製カシメキャップ」とは何に用いるものか不明確であるため、発明の詳細な説明を検討すると、医療用器具として使用される留置針のカシメキャップと説明され((イ)産業上の利用分野の項を参照)、第1図,第2図にその形状が示されているが、他の用途について格別に説明されていないから、「金属製カシメキャップ」とは、医療用器具として使用される留置針に用いる金属製カシメキャップと認められる。そして、該金属製カシメキャップは、特殊鋼を加工して得られるものと説明されている((ホ)実施例の項を参照)。
それに対し、甲第1号証発明は、「ブラウン管非磁性電極用」との説明があるが、医療用途については格別の言及はされていない。
他方、甲第2号証には、医療用として使用される金属性器具には、磁性を有しないものとし、そのために外科用のメス、注射バリ等の金属塑性加工による磁性付加を防止する金属性材質をもって構成されている(摘示(K2-i)参照)のであるから、甲第1号証発明の金属塑性加工に優れる非磁性合金を、甲第2号証の金属塑性加工により製造される非磁性の医療用器具に用いること、その際に、医療用器具として使用される留置針のカシメキャップは本件特許出願前にすでに知られているから、非磁性の医療器具として留置針の金属塑性加工により製造される金属製カシメキャップに用いることは、当業者が容易に思い至る程度のことと認められる。
よって、相違点2にかかる本件特許発明の構成も、当業者が容易に想到し得たものであると言う他ない。
なお、これに対し、被請求人は格別の反論をしておらず、むしろ、平成20年10月2日付け答弁書(第4頁22?27行参照)において、「甲第2号証及び甲第3号証には、医療用器具に非磁性合金を用いることが開示されているということができる。これよりして、甲第1号証に開示された「C:0.03 Ni:13.99 Cr:16.59 Mn:0.89 S:0.028 Si:0.40 P:0.006 Mo:0.05 Fe:残全部という成分組成を有した非磁性合金」を用い医療用器具を製することは、甲第1号証と甲第2号証もしくは甲第3号証とを知った当業者にとって容易に成し得たことと言いうることである。」と主張し、また、平成21年1月19日付け口頭審理陳述要領書(第6頁19?28行参照)において、「・・・被請求人は、訂正前の本件特許発明に関しては次のように考えている。 訂正前の本件特許発明に用いられる特殊鋼は、甲第1号証の明細書中において「本発明合金」として記載されている合金を含み得るものである。そして、甲第1号証の明細書中において「本発明合金」として記載されている合金を用いて非磁性を特徴とする金属製カシメキャップを得ることが、本件特許発明に係る特許出願当時において従来技術から容易であったと解することもできる。してみれば、訂正前の本件特許発明は、進歩性を備えた発明のみならず、進歩性に欠ける発明、即ち、甲第1号証の明細書中において「本発明合金」として記載されている合金を用いた非磁性を特徴とする金属製カシメキャップに係る発明を含むものであった。」と主張していることから、相違点1については争うが、相違点2については争わないとの主張と認められる。

してみると、本件特許発明は、本件出願前の刊行物である甲第1号証発明と甲第2号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に想到し得たものである。

VI.むすび
以上のとおり、本件訂正後の特許発明は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであり、特許法第123条第1項第2号の規定に該当するから、無効とすべきである。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、被請求人が負担すべきとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
留置針用カシメキャップ
(57)【特許請求の範囲】
炭素0.03%、ケイ素0.60%、マンガン1.59%、リン0.021%、硫黄0.004%、ニッケル14.20%、クロム15.87%の各成分を含む特殊鋼を用いた非磁性を特徴とする金属製カシメキャップ。
【発明の詳細な説明】
イ)産業上の利用分野
本発明は医療器具として使用される留置針のカシメキャップに関するものである。
ロ)従来の技術
従来、この種の留置針におけるカテーテルとカテーテルハブとの接合固着は接着剤により行っていたが、その接合度の弱さや生産性の悪さから近時に於いてはカテーテルの基部内面に嵌挿される金属製のカシメキャップにより行っている。
ハ)発明が解決しようとする問題点
しかし、従来の金属製カシメキャップに於いては若干磁性を帯びている為、そのカシメキャップを用いた留置針は留置中、医療用薬液、例えば、輸血用血液等に含まれている鉄分がカシメキャップ内部に吸着し、医療用薬液のスムーズな流動が阻害されるという欠点がある。
本発明は医療用薬液がスムーズに流動する留置針を構成できるカシメキャップを目的とするものである。
ニ)問題を解決するための手段
本発明は上記目的を達成する為、炭素0.03%、ケイ素0.60%、マンガン1.59%、リン0.021%、硫黄0.004%、ニッケル14.20%、クロム15.87%の各成分を含む特殊鋼を用いた非磁性を特徴とする金属製カシメキャップに係るものである。
ホ)実施例
以下、本発明を実施例により説明する。
炭素0.08%以下、ケイ素1.00%以下、マンガン2.00%以下、リン0.04%以下、硫黄0.03%以下、ニッケル13%から15%、クロム15%から17%の成分を含む非磁性である処の特殊鋼を容易にカシメキャップに加工するため、その金属の引張り強さ、伸び、かたさを調整する必要がある。そこで各成分が上記範囲内であって、しかも加工を容易に行うことのできる理想的な特殊鋼を製造した結果、表-1の下段に示す比率で構成されている事が判明した。
この比率を表-1上段に示す数値、即ち非磁性を確保するための数値の範囲内で各々成分の比率を増減させて実験を行ってみたが、伸びが少なくなる等、加工をする段階に於いて破損を招き易いという欠点が生じた。
よって、表-1の下段に示す比率で構成することが最良であるという実験結果を得ることが出来た。
又、成分によっては人体に影響を及ぼすものも少なからずあるが、本発明に係る実施例の成分は発熱性物質試験に於いても100%その安全性が証明されている。

そこで、この特殊鋼を用いて第1図の様なラッパ状のカシメキャップ(3)を成型する。図中(1)はフレキシブルなカテーテル、(2)はカテーテルハブであって、両者は本発明に係るカシメキャップ(3)により接合固着されている。又、図中(4)はカテーテル(1)内に着脱自在に挿通している内針、(5)はその内針(4)の基端に固定されている内針ハブ、(6)は内針ハブ(5)のキャップである。
ヘ)発明の効果
以上の様に、本発明に係るカシメキャップは従来のものとは異り非磁性である。従って、本発明に係るカシメキャップによりカテーテルとカテーテルハブとの接合固着をした留置針は留置中、医療用薬液の鉄分がカシメキャップに吸着する事なく、医療用薬液がスムーズに流動する。
この効果はカテーテルやカテーテルハブの内径に比べ最も小内径のカシメキャップ部分で発揮されるものであるだけに、医療上極めて有意義なものである。
【図面の簡単な説明】
第1図は本発明に係る留置針用カシメキャップの実施例を示す斜視図、第2図は第1図のカシメキャップを用いた留置針を示す一部省略した断面図である。
図中の主な符号・・(3):カシメキャップ
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
審理終結日 2009-03-25 
結審通知日 2009-03-27 
審決日 2009-04-07 
出願番号 特願昭61-237013
審決分類 P 1 113・ 121- ZA (A61L)
P 1 113・ 832- ZA (A61L)
最終処分 成立  
特許庁審判長 川上 美秀
特許庁審判官 穴吹 智子
弘實 謙二
登録日 1990-11-30 
登録番号 特許第1590202号(P1590202)
発明の名称 留置針用カシメキヤツプ  
代理人 神原 貞昭  
代理人 神原 貞昭  
代理人 神原 貞昭  
代理人 吉田 芳春  
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