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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 H05B
管理番号 1199800
審判番号 不服2008-5797  
総通号数 116 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2009-08-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2008-03-06 
確定日 2009-06-25 
事件の表示 特願2004- 89210「有機エレクトロルミネッセンス素子」拒絶査定不服審判事件〔平成17年10月 6日出願公開、特開2005-276665〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯及び本願発明の認定
本願は平成16年3月25日の出願であって、平成19年6月28日付けで拒絶理由が通知され、同年9月10日付けで意見書及び手続補正書が提出され、同年10月31日付けで拒絶理由(いわゆる「最後の拒絶理由通知」である。)が通知され、平成20年1月7日付けで意見書が提出されたが、同年1月25日付けで拒絶査定がなされたため、これを不服として同年3月6日付けで本件審判請求がなされたものである。
したがって、本願の請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、平成19年9月10日付けの手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1に記載された事項によって特定される次のとおりのものと認める。

「正孔注入電極と電子注入電極の間に発光層を配置し、前記電子注入電極と前記発光層の間に電子輸送層を配置した有機エレクトロルミネッセンス素子であって、サイクリックボルタンメトリー測定において、可逆な陽極酸化過程を示し、かつ前記電子輸送層中の電子輸送材料より酸化電位が小さい正孔トラップ材料を、前記電子輸送層中に、1?5重量%の範囲内で、含有させたことを特徴とする有機エレクトロルミネッセンス素子。」


第2 当審の判断
1 引用刊行物の記載事項
原査定の拒絶理由に引用され、本願の出願前に頒布された刊行物である特開2004-79413号公報(以下、「引用例1」という。)には、以下のアないしカの記載が図示とともにある。

ア 「【請求項1】
陽極と陰極間に発光層を含む有機薄膜層を有する有機エレクトロルミネッセント素子において、前記有機薄膜層が電子輸送層を含み、この電子輸送層が電子輸送材料とこれに混合されて正孔トラップを形成する化合物とを同時に含み、素子駆動時には電子輸送材料に混合されて正孔トラップを形成する化合物に起因する発光は観測されないことを特徴とする有機エレクトロルミネッセント素子。
【請求項2】
前記電子輸送材料のイオン化ポテンシャルの絶対値(A1)と、これに混合されて正孔トラップを形成する化合物のイオン化ポテンシャルの絶対値(A2)が、A2<A1の関係であることを特徴とする請求項1記載の有機エレクトロルミネッセント素子。
【請求項3】
前記A1及びA2が、0.01eV<A1-A2<1eVの関係を満たすことを特徴とする請求項2記載の有機エレクトロルミネッセント素子。」

イ 「【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、有機エレクトロルミネッセント素子、詳しくは駆動時の安定性に優れた長寿命の有機エレクトロルミネッセント(以下、有機ELと略す)素子に関する。」

ウ 「【0007】
本発明の目的は、駆動時の安定性に優れた長寿命の有機EL素子を提供することである。
【0008】
【課題を解決するための手段】
従来の有機EL素子において一般的に用いられている電子輸送材料の多くは、基底状態の他、電子を1個受け取ったアニオンラジカル状態や、キャリア再結合により生成する励起状態も比較的安定であるものの、カチオンラジカル状態では化学的安定性が極めて低く、分解しやすいということが知られている。こうした電子輸送材料のカチオンラジカル状態を経由した分解は、素子性能劣化の大きな要因と考えられ、これを防ぐと同時にキャリア再結合確立を向上させるために、正孔が電子輸送層へ注入されることを防ぐ正孔ブロッキング層を設けた素子構造が提唱されている。しかしながら、これらの素子では高電流駆動時には電子輸送層への正孔の注入が防ぎきれないなどの問題点があった。本発明の発明者らは、カチオンラジカル状態を経由した電子輸送材料の分解を抑制すべく鋭意検討を行った結果、陽極と陰極間に発光層を含む一層又は複数層の有機薄膜層を有する有機EL素子において、電子輸送層が、電子輸送材料と、これに混合して正孔トラップを形成する化合物との混合物を含むことで、優れた駆動時安定性と長寿命とを実現できることを見出した。また同様に、正孔輸送材料に対して電子が注入されて生じるアニオンラジカル状態の化学的安定性の低さに起因する素子性能劣化についても、正孔輸送層が、正孔輸送材料と、これに混合して電子トラップを形成する化合物との混合物を含むことで、抑制できることを見出した。また、本発明者らは、電子輸送材料がこれに混合して正孔トラップを形成する化合物よりも大きいイオン化ポテンシャルを有しており、中でもその値の差が0.01eV以上1eV以下の場合に、特に効果的に素子性能劣化が抑制されることを見出した。またさらに、正孔輸送材料がこれに混合して電子トラップを形成する化合物よりも小さい仕事関数を有しており、中でもその値の差が0.01eV以上1eV以下の場合に、特に効果的に素子性能劣化が抑制されることを見出した。
【0009】
すなわち本発明は、下記ア?カの各項に記載の有機EL素子である。
【0010】
ア: 陽極と陰極間に発光層を含む有機薄膜層を有する有機EL素子において、前記有機薄膜層が電子輸送層を含み、この電子輸送層が電子輸送材料とこれに混合されて正孔トラップを形成する化合物とを同時に含み、素子駆動時には電子輸送材料に混合されて正孔トラップを形成する化合物に起因する発光は観測されないことを特徴とする有機EL素子。
【0011】
イ: 前記電子輸送材料のイオン化ポテンシャルの絶対値(A1)と、これに混合されて正孔トラップを形成する化合物のイオン化ポテンシャルの絶対値(A2)が、A2<A1の関係であることを特徴とする、上記ア項記載の有機EL素子。
【0012】
ウ: 前記A1及びA2が、0.01eV<A1-A2<1eVの関係を満たすことを特徴とする、上記イ項記載の有機EL素子。」

エ 「【0018】
本発明に用いられる発光材料としては特に限定されず、通常発光材料として使用されている化合物であれば何を使用してもよい。例えば、下記のトリス(8-キノリノール)アルミニウム錯体(Alq3)[1]やビスジフェニルビニルビフェニル(BDPVBi)[2]、1,3-ビス(p-t-ブチルフェニル-1,3,4-オキサジアゾールイル)フェニル(OXD-7)[3]、N,N’-ビス(2,5-ジ-t-ブチルフェニル)ペリレンテトラカルボン酸ジイミド(BPPC)[4]、1,4ビス(p-トリル-p-メチルスチリルフェニル)-2,3-ジメチルナフタレン[5]などである。」

オ 「【0022】
本発明に用いられる正孔輸送材料は特に限定されず、通常正孔輸送材料として使用されている化合物であれば何を使用してもよい。例えば、下記のビス(ジ(p-トリル)アミノフェニル)-1,1-シクロヘキサン[13]、TPD[11]、N,N’-ジフェニル-N-N-ビス(1-ナフチル)-1,1’-ビフェニル)-4,4’-ジアミン(NPB)[14]等のトリフェニルジアミン類や、スターバースト型分子([15]?[17]等)等が挙げられる。
【0023】
(中略)

(以下略)」

カ 「【0031】
【実施例】
以下、本発明を実施例をもとに詳細に説明するが、本発明はその要旨を越えない限り、以下の実施例に限定されない。
【0032】
表1に、実施例中で用いた化合物のイオン化ポテンシャルと仕事関数を示す。
【0033】
【表1】

【0034】
(実施例1)
実施例1に用いた素子の断面構造を図1に示す。素子は基板1上に形成された陽極2/正孔輸送層3/発光層4/電子輸送層5/陰極6により構成されている。以下に本発明における実施例1に用いる有機薄膜EL素子の作製手順について説明する。ガラス基板1上にITOをスパッタリングによってシート抵抗が20Ω/□になるように製膜し、陽極2とした。その陽極2上に正孔輸送層3として、化合物[14]を真空蒸着法にて50nmの厚さに形成した。次に、正孔輸送層3上に発光層4として、化学式[2]で表される化合物を真空蒸着法にて40nmの厚さに形成した。次に、発光層4上に、電子輸送層5として、化合物[1]と化合物[14]を10:1の重量比で共蒸着して作製した薄膜を50nmの厚さに形成した。次に、電子輸送層5上に、陰極6として、マグネシウム-銀合金を真空蒸着法によって200nmの厚さに形成して有機EL素子を作製した。この素子を初期輝度200cd/m2で定電流駆動したところ、1000時間後の輝度は162cd/m2であった。」

2 引用例1に記載された発明の認定
引用例1の上記記載事項アないしカから、引用例1には次の発明が記載されていると認めることができる。

「基板上に、陽極、正孔輸送層、発光層、電子輸送層、陰極が形成された有機エレクトロルミネッセント(以下、有機ELと略す)素子において、
前記電子輸送層は、トリス(8-キノリノール)アルミニウム錯体(Alq3)と正孔トラップを形成する化合物であるN,N’-ジフェニル-N-N-ビス(1-ナフチル)-1,1’-ビフェニル)-4,4’-ジアミン(NPB)[14]を10:1の重量比で共蒸着して作製した薄膜である、有機エレクトロルミネッセント素子。

」(以下、「引用発明1」という。)

3 本願発明と引用発明1の一致点及び相違点の認定
(1)引用発明1の「陽極」、「陰極」、「発光層」、「有機エレクトロルミネッセント素子」は、それぞれ、本願発明の「正孔注入電極」、「電子注入電極」、「発光層」、「有機エレクトロルミネッセンス素子」に相当する。
また、引用発明の「陰極」と「発光層」の間に配置された「電子輸送層」は、本願発明の「前記電子注入電極と前記発光層の間に」「配置」された「電子輸送層」に相当する。

(2)本願の明細書の発明の詳細な説明の段落【0044】等には、NPBが、サイクリックボルタンメトリー測定において、可逆な陽極酸化過程を示す物質である旨記載されている。すると、引用発明1の「N,N’-ジフェニル-N-N-ビス(1-ナフチル)-1,1’-ビフェニル)-4,4’-ジアミン(NPB)[14]」は、サイクリックボルタンメトリー測定において、可逆な陽極酸化過程を示す物質である。
また、本願の明細書の発明の詳細な説明の段落【0014】には、「酸化電位が小さいものは、最高被占分子軌道(HOMO)のエネルギー準位が高い」と記載されているから、本願発明の「前記電子輸送層中の電子輸送材料より酸化電位が小さい正孔トラップ材料」とは、正孔トラップ材料の最高被占分子軌道(HOMO)のエネルギー準位は、電子輸送層中の電子輸送材料の最高被占分子軌道(HOMO)のエネルギー準位よりも高いことを意味する。そして、引用例1の上記記載事項カの【表1】には、引用発明1の「トリス(8-キノリノール)アルミニウム錯体(Alq3)」のイオン化ポテンシャルは6.0eVであるのに対し、引用発明1の「N,N’-ジフェニル-N-N-ビス(1-ナフチル)-1,1’-ビフェニル)-4,4’-ジアミン(NPB)[14]」のイオン化ポテンシャルは5.4eVであることが記載されているから、引用発明1の「N,N’-ジフェニル-N-N-ビス(1-ナフチル)-1,1’-ビフェニル)-4,4’-ジアミン(NPB)[14]」の最高被占分子軌道(HOMO)のエネルギー準位は、引用発明1の「トリス(8-キノリノール)アルミニウム錯体(Alq3)」の最高被占分子軌道(HOMO)のエネルギー準位よりも高い。
したがって、引用発明1の「電子輸送層」中の「トリス(8-キノリノール)アルミニウム錯体(Alq3)」は本願発明の「電子輸送層中の電子輸送材料」に相当し、引用発明1の「正孔トラップを形成する化合物であるN,N’-ジフェニル-N-N-ビス(1-ナフチル)-1,1’-ビフェニル)-4,4’-ジアミン(NPB)[14]」は本願発明の「電子輸送層中の電子輸送材料より酸化電位が小さい正孔トラップ材料」に相当する。また、引用発明1の「前記電子輸送層は、トリス(8-キノリノール)アルミニウム錯体(Alq3)と正孔トラップを形成する化合物であるN,N’-ジフェニル-N-N-ビス(1-ナフチル)-1,1’-ビフェニル)-4,4’-ジアミン(NPB)[14]を10:1の重量比で共蒸着して作製した薄膜である」ことと本願発明の「サイクリックボルタンメトリー測定において、可逆な陽極酸化過程を示し、かつ前記電子輸送層中の電子輸送材料より酸化電位が小さい正孔トラップ材料を、前記電子輸送層中に、1?5重量%の範囲内で、含有させた」こととは、「サイクリックボルタンメトリー測定において、可逆な陽極酸化過程を示し、かつ前記電子輸送層中の電子輸送材料より酸化電位が小さい正孔トラップ材料を、前記電子輸送層中に含有させた」点で一致する。

(3)したがって、本願発明と引用発明1とは、

「正孔注入電極と電子注入電極の間に発光層を配置し、前記電子注入電極と前記発光層の間に電子輸送層を配置した有機エレクトロルミネッセンス素子であって、サイクリックボルタンメトリー測定において、可逆な陽極酸化過程を示し、かつ前記電子輸送層中の電子輸送材料より酸化電位が小さい正孔トラップ材料を、前記電子輸送層中に含有させたことを特徴とする有機エレクトロルミネッセンス素子。」

である点で一致し、以下の点で相違する。

〈相違点〉
本願発明では、「正孔トラップ材料を、前記電子輸送層中に、1?5重量%の範囲内で、含有させた」のに対し、引用発明1の「トリス(8-キノリノール)アルミニウム錯体(Alq3)と正孔トラップを形成する化合物であるN,N’-ジフェニル-N-N-ビス(1-ナフチル)-1,1’-ビフェニル)-4,4’-ジアミン(NPB)[14]を10:1の重量比で共蒸着し」たものである点。

4 相違点についての判断及び本願発明の進歩性の判断
(1)相違点についての判断
有機エレクトロルミネッセンス素子を構成する有機薄膜に電極から注入されるキャリアをトラップする材料(以下、「キャリアトラップ材料」という。)を添加する際、キャリアトラップ材料を1?5重量%の濃度で前記有機薄膜に添加することは、本願出願時において当業者に周知の技術的事項である(例えば、原査定の拒絶理由に引用された特開2004-79414号公報(請求項1、段落【0008】、【0010】等)や、特開平7-65958号公報(段落【0024】?【0025】、【0041】、【表1】、図4等)、特開2000-26337号公報(請求項7?12、段落【0091】、【0150】?【0158】、【0216】?【0223】等)を参照。)
すると、上記周知技術に基づいて、引用発明1の「電子輸送層」における「正孔トラップを形成する化合物であるN,N’-ジフェニル-N-N-ビス(1-ナフチル)-1,1’-ビフェニル)-4,4’-ジアミン(NPB)[14]」の濃度を1?5重量%とすることは、当業者にとって容易に想到し得る。
したがって、引用発明1に上記相違点に係る本願発明の発明特定事項を採用することは当業者にとって想到容易である。

(2)本願発明の進歩性の判断
以上検討したとおり、引用発明1に上記相違点に係る本願発明の発明特定事項を採用することは当業者にとって想到容易である。
また、本願発明の効果も、引用例1に記載された発明及び周知技術から当業者が予測し得る程度のものである。
したがって、本願の請求項1に係る発明は引用例1に記載された発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

5 むすび
以上のとおり、本願発明は引用例1に記載された発明及び周知技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本願発明は特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
そして、本願発明が特許を受けることができない以上、本願のその余の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は、拒絶されるべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2009-04-23 
結審通知日 2009-04-28 
審決日 2009-05-11 
出願番号 特願2004-89210(P2004-89210)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (H05B)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 松田 憲之  
特許庁審判長 末政 清滋
特許庁審判官 小松 徹三
日夏 貴史
発明の名称 有機エレクトロルミネッセンス素子  
代理人 ▲角▼谷 浩  

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