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審決分類 審判 一部無効 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  B02C
審判 一部無効 その他  B02C
管理番号 1202918
審判番号 無効2008-800235  
総通号数 118 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2009-10-30 
種別 無効の審決 
審判請求日 2008-11-04 
確定日 2009-08-13 
事件の表示 上記当事者間の特許第3936268号発明「細断機」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 第1.手続の経緯
本件特許第3936268号発明「細断機」の出願は、平成14年9月19日に出願されたものであって、その特許請求の範囲の請求項1ないし4に係る発明に対して、平成19年3月30日に設定登録がされたものである。
これに対して、平成20年11月4日に請求人から無効審判請求がなされ、平成21年2月4日付けで被請求人から答弁書の提出がなされ、平成21年4月10日に請求人及び被請求人から、それぞれ口頭審理陳述要領書の提出がなされるとともに、同日に口頭審理が実施され、さらに、平成21年4月15日付けで被請求人から上申書の提出がなされたものである。

第2.本件特許発明
1.本件特許発明
本件特許第3936268号の請求項1、3及び4に係る発明(以下、「本件特許発明1」、「本件特許発明3」及び「本件特許発明4」という。また、総称して「本件特許発明」という。)は、本件特許の明細書及び図面(以下、明細書を「本件特許明細書」といい、図面を含めて「本件特許明細書等」という。)の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1、3及び4に記載された事項によって特定される次のとおりのものと認められる。

(1)【請求項1】
「所定間隔をあけて配された左右の固定側壁と、固定側壁の前後部下部に渡し止められた前後の支持軸と、支持軸に前後揺動開閉自在に設けられた前後の揺動側壁と、左右の固定側壁の上部前部に渡し止められた連結材と、固定側壁に回転自在に渡された、回転刃を有する回転軸と、前の揺動側壁の内側に設けられた回転刃との協働により被処理物を細断する固定刃と、後の揺動側壁の内側に設けられたスクレーパーとを有し、固定刃とスクレーパーとの間に回転刃が位置するようになされ、前記回転軸にアーム状の粗切断用回転刃と外周に鋸歯状の細断歯を有する細切断用回転刃とが設けられ、固定刃及びスクレーパーの下方に位置するようにして粗切断用回転刃の移動軌跡空間を囲う覆い部材が設けられ、前記覆い部材が、前の揺動側壁に設けられた前側部材と、後の揺動側壁に設けられた後側部材と、前側部材と後側部材とを繋ぐ、それらと別体の中間部材とを有し、前記中間部材が着脱自在となされている細断機。」

(2)【請求項3】
「前記固定刃が、左右方向に長い、粗切断用回転刃の先端の移動軌跡の前側に位置する前部材と、前部材と別体である、粗切断用回転刃の移動軌跡の位置で分断された後部材とを有している請求項1記載の細断機。」

(3)【請求項4】
「前記回転軸の左端部の内側部に左螺旋部が形成され、同右端部の内側部に右螺旋部が形成され、これら左右螺旋部が固定側壁の回転軸が嵌まる孔の内面に対向するようになされている請求項1?3のいずれかに記載の細断機。」

2.本件特許発明1の分節
本件特許の請求項1について、以下、当事者の主張のとおり分節し、以下「第3.請求人の主張の概要」ないし「第5.当審の判断」において適宜用いる(なお、下線は、主な争点に対応する事項として当審が付した。)。

(1)「特定事項ア」
所定間隔をあけて配された左右の固定側壁と、
(2)「特定事項イ」
固定側壁の前後部下部に渡し止められた前後の支持軸と、
(3)「特定事項ウ」
支持軸に前後揺動開閉自在に設けられた前後の揺動側壁と、
(4)「特定事項エ」
左右の固定側壁の上部前部に渡し止められた連結材と、
(5)「特定事項オ」
固定側壁に回転自在に渡された、回転刃を有する回転軸と、
(6)「特定事項カ」
前の揺動側壁の内側に設けられた回転刃との協働により被処理物を細断する固定刃と、
(7)「特定事項キ」
後の揺動側壁の内側に設けられたスクレーパーとを有し、
(8)「特定事項ク」
固定刃とスクレーパーとの間に回転刃が位置するようになされ、
(9)「特定事項ケ」
前記回転軸にアーム状の粗切断用回転刃と外周に鋸歯状の細断歯を有する細切断用回転刃とが設けられ、
(10)「特定事項コ」
固定刃及びスクレーパーの下方に位置するようにして粗切断用回転刃の移動軌跡空間を囲う覆い部材が設けられ、
(11)「特定事項サ」
前記覆い部材が、
(12)「特定事項サー1」
前の揺動側壁に設けられた前側部材と、
(13)「特定事項サー2」
後の揺動側壁に設けられた後側部材と、
(14)「特定事項サー3」
前側部材と後側部材とを繋ぐ、それらと別体の中間部材とを有し、前記中間部材が着脱自在となされている
(15)「特定事項シ」
細断機。

第3.請求人の主張の概要
1.請求人の主張の全体概要、証拠方法
請求人は、「特許第3936268号の請求項1、3及び4に係る各発明についての特許は、これを無効とする、審判費用は被請求人の負担とする」との審決を求め、その理由として、下記の甲第1号証ないし甲第3号証を証拠方法として提出し、
「本件特許発明1、3及び4についての特許は、特許法第36条第6項第1号及び第2号に規定する要件に違反するものであるから、同法第123条第1項第4号の規定により無効とされるべきである。」旨、及び、「本件特許発明1及び4についての特許は、特許法第39条第2項の規定に違反するものであるから、同法第123条第1項第2号の規定により無効とされるべきである。」旨、主張する。(審判請求書第3ページ第8?15行)

(証拠方法)
甲第1号証:特許第3936268号公報(本件特許発明の特許公報)
甲第2号証:特開2004-105863号公報(本件の公開公報)
甲第3号証:特許第3966892号公報(本件分割特許発明の特許公報)

2.無効理由1(記載要件違反)に係る主張の概要
(1)特許法第36条第6項第1号(サポート要件)違反について
ア.本件特許発明1
本件特許発明1は、「特定事項サー3」を発明特定事項とするものである。
しかるに、「特定事項サー3」には、(ア)中間部材自体の構成により着脱自在とされる場合(中間部材自体の構成によって前側部材と後側部材とを連結しかつそれらとの連結解除も可能にしている場合、例えば、ボルトによって中間部材が前側部材及び後側部材と結合される場合)と、(イ)中間部材以外の構成(中間部材の周辺部材の構成)により着脱自在とされる場合(例えば、本件特許明細書の発明の実施の形態のように、中間部材と前側部材及び後側部材とが物理的に結合されるわけではなく、単に周辺部材によって支えられているだけの場合)、の双方が含まれることになる。
しかし、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、中間部材自体の構成により着脱自在とされる場合は記載されておらず、また、かかる構成が本件特許明細書等の発明の実施の形態の構成から自明であるともいえない。
「特定事項サー3」に対応する発明の実施の形態の構成は、本件特許明細書の【0014】、【0015】及び図5に示すとおりであり、具体的に記載されているのは、揺動側壁11に設けられたホルダー43、支承部材42、前側部材40a及び後側部材40cにより、中間部材40bが前後方向及び左右方向に動かないようになされている構成のみであり、中間部材が実際に前後部材又は後側部材と結合されるわけではない。つまり、中間部材40bの「着脱」と揺動側壁11の開閉動作とは不即不離の関係にあり、揺動側壁11を開けて初めて中間部材40bの固定が解除され(「脱」の状態になり)、揺動側壁11を閉じて初めて中間部材40bは固定されるものである(「着」の状態になる)。そして、本件特許明細書の【発明の効果】に記載された「覆い部材の中間部材が着脱自在となされているので、メンテナンスが行いやすい」との効果も、このような構成であって初めて奏することができるものである。
中間部材が実際に前側部材又は後側部材と結合されるような構成、例えば、ボルトによって中間部材及び後側部材と結合されるような場合、ボルトを締めたり、外したりすることによって中間部材を「着脱自在」にはできるものの、ボルトによって中間部材を締結した状態では揺動側壁を開けることはできないから、中間部材の取り外し作業は揺動側壁を閉めた状態で行わなければならず、メンテナンスが容易とは決していえない。
このように、本件特許発明における「繋ぐ」との文言及び「着脱自在」との文言に対応するのは、極めて特殊な構成であるにもかかわらず、かかる構成は特許請求の範囲には明示されておらず、単に「特定事項サー3」としか特定されていないものである。
そして、「前側部材と後側部材とを繋ぐ…中間部材」及び「中間部材が着脱自在となされている」との文言には、前述のようなボルトによる固定という構成も含まれるところ、かかる構成の場合は必ずしもメンテナンスを容易にするものではないから、「発明の課題を解決できる範囲のもの」(知財高裁平成17年(行ケ)第10042号)とはいえないものであり、「発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えるもの」(審査基準)である。
よって、本件特許発明1に含まれる構成のうち、中間部材自体の構成により着脱自在とされる場合については、発明の詳細な説明により何らサポートされていないから、本件特許発明1はサポート要件に違反するものである。(審判請求書第5ページ第18行?第6ページ第12行、及び、口頭審理陳述要領書第2ページ第8行?第3ページ末行)

イ.本件特許発明3及び4
本件特許発明3及び4についても、上記ア.の理由はそのまま当てはまるから、特許法第36条第6項第1号に違反するものである。(審判請求書第6ページ第13?16行)

ウ.被請求人の主張に対して
(ア)サポート要件に適合するか否かの判断は、特許請求の範囲から読み取れる発明の範囲と、発明の詳細な説明から読み取れる発明の範囲との広狭に基づいてなされるべきものである。単に発明の詳細な説明に記載された具体的構成に特許請求の範囲に記載された抽象的構成が読み取れるというだけではサポート要件に適合するとはいえない。
被請求人は、本件特許発明1と発明の詳細な説明に発明として記載したものとは、実質的に対応する旨主張するが、両者の広狭について十分に検討しておらず、失当である。(口頭審理陳述要領書第4ページ第6?13行)

(イ)被請求人は、「中間部材自体の構成により着脱自在とされる場合」と、「中間部材以外の構成により着脱自在とされる場合」とに分けることに何らの根拠もなく、恣意的である旨主張するが、失当である。
本件特許明細書の発明の詳細な説明から読み取れるのは、「中間部材以外の構成(中間部材の周辺部材の構成)により着脱自在とされる場合」にとどまるのに対し、特許請求の範囲から読み取れる発明の範囲には、「中間部材自体の構成により着脱自在とされる場合(中間部材自体の構成によって前側部材と後側部材とを連結しかつそれらとの連結解除も可能にしている場合)」も明らかに含まれる。(口頭審理陳述要領書第4ページ第14?末行)

(2)特許法第36条第6項第2号(明確性要件)違反について
ア.本件特許発明1
(ア)本件特許発明1は、「特定事項サー3」を発明特定事項とするものである。他方、本件特許発明1は、「特定事項ウ」を発明特定事項としているから、「特定事項サー3」は、前後の揺動側壁が前後揺動開閉自在であることを保証するものでなければならない。
しかし、本件特許の請求項1には、「特定事項ウ」及び「特定事項サー3」の相互関係は明示されていないから、揺動側壁が揺動開閉自在でかつ中間部材が着脱自在であることをどのようにして保証するのか不明である。
本件特許明細書の発明の実施の形態に記載されているのは、揺動側壁11に設けられたホルダー43、支承部材42、前側部材40a及び後側部材40cにより、中間部材40bを前後方向及び左右方向に動かないように支えている構成であり、かかる構成であるからこそ、揺動側壁11が前後揺動開閉自在であることも保証されるのである。揺動側壁が前後揺動自在であることと中間部材が着脱自在であることとは当然に両立するものではない。また、両者を両立させる構成が技術常識であるともいえない。
また、本件特許は、「特定事項サー3」を補正により限定して初めて特許されたものであるから、「特定事項ウ」と、着脱自在となされた中間部材との構成を両立し得るものでなければならず、そのための構成を明示しなければならないものである。単に「着脱自在」と特定するのみでは、単なる願望ないし達すべき目的を表しているにすぎない。
よって、単に「中間部材が着脱自在となされている」とのみ特定されている本件特許発明1は、明確性要件に違反するものである。(審判請求書第6ページ第19行?第7ページ第18行、口頭審理陳述要領書第5ページ第20行?第6ページ第1行)

(イ)本件特許明細書等の発明の実施の形態では、「前後の支承部材42」と「ホルダー43」は必須の構成となっている。前後の支承部材42がなければ、中間部材を載置することはできない。ホルダーがなければ、中間部材40bの左右方向の移動を阻止できない。しかるに、かかる必須の構成は、本件特許の請求項1には記載されていない。
よって、必須要件を欠く本件特許発明1は不明確である。(審判請求書第6ページ第19?25行)

(ウ)本件特許発明1の目的・効果であるメンテナンスを容易に行えるようにするためには、「揺動側壁の開き時・閉じ時」及び「中間部材の挿入時・取り出し時」に、中間部材が揺動側壁の下方に落下しないことが必要である。
ところが、本件特許の請求項1では、これらに関する必須の構成が記載されておらず、中間部材は揺動側壁の下方に落下することになり、何らメンテナンスが容易になる構成になっていない。本件特許明細書の発明の詳細な説明及び図面にも、中間部材の落下を防止するための手段は記載されていない。
よって、この目的・効果の点からしても必須要件を欠く本件特許発明1は不明確である。(審判請求書第7ページ第26行?第8ページ第9行、口頭審理陳述要領書第5ページ第20行?第6ページ第1行)

イ.本件特許発明3及び4
本件特許発明3及び4についても、上記ア.の理由はそのまま当てはまるから、特許法第36条第6項第2号に違反するものである。(審判請求書第8ページ第10?13行)

ウ.被請求人の主張に対して
(ア)被請求人は、本件特許発明1は、「中間部材」に関して、単に「着脱自在」とのみ特定しているのではなく、中間部材は覆い部材を構成するものとして、「特定事項コ」、「特定事項サ」ないし「特定事項サー3」が記載されており、発明を明確に把握することができるから、明確性要件に違反するものではない旨主張するが、失当である。
問題は、揺動側壁に関する「特定事項ウ」と中間部材に関する「特定事項サ-3」又は覆い部材に関する「特定事項コ」、「特定事項サ」、「特定事項サー1」ないし「特定事項サー3」との関係であり、両者をどのようにして両立させるのかという点である。単に「特定事項コ」、「特定事項サ」、「特定事項サー1」ないし「特定事項サー3」が記載されていれば足りるというものではない。(口頭審理陳述要領書6ページ第3?11行)

(イ)被請求人は、中間部材が落下しないようにどのように保持するかは、本件特許発明の目的及び効果(メンテナンスが容易になる)を達成するためには付加的な構成にすぎない旨主張するが、着脱作業の際にいちいち中間部材が落下するようであれば到底メンテナンスが容易になるとはいえないから、失当である。(口頭審理陳述要領書第6ページ第12?16行)

3.無効理由2(重複特許違反)に係る主張の概要
特許第3966892号(甲第3号証)発明の出願(以下、「本件分割出願」という。)の分割手続が適法になされたと仮定すれば、その出願日は、本件特許の出願日と同日(平成14年9月19日)となる。
特許第3966892号の請求項1又は2に係る発明(以下、それぞれ「本件分割発明1」及び「本件分割発明2」という。また、総称して「本件分割特許発明」という。)は、本件特許発明1又は本件特許発明4と実質的に同一である。

ア.本件特許発明1と本件分割発明1
(ア)本件特許発明1と本件分割発明1とを対比すると、両発明は、記載表現上の微差を除けば、以下の点で一応相違し、それ以外では一致する。

[相違点a]
本件特許発明1では、前後の支持軸が回転軸と平行であることが明示されていないのに対して、本件分割発明1では、1対の支持軸が回転軸と平行であることが明示されている点。

[相違点b]
本件特許発明1では、「左右の固定側壁の上部前部に渡し止められた連結材」(以下、「本件連結材」という。)を有することが明示されているのに対し、本件分割発明1では、本件連結材を有することが明示されていない点。

(イ)本件特許発明1には、前後の支持軸が回転軸と平行であることは明示的には記載されていないものの、本件特許明細書の発明の詳細な説明及び図面の記載、並びに、出願時の常識に照らして、本件特許発明1においても、前後の支持軸と回転軸とが平行であることは前提とされているというべきであるから、相違点aは、実質的な相違点とはいえない。

(ウ)本件分割発明1では、本件連結材を特定事項としていないものの、「所定間隔をあけて配された1対の固定側壁」(特定事項A)を特定事項としているものである。
しかるに、本件分割特許の特許請求の範囲、明細書及び図面(以下、特許請求の範囲及び明細書を「本件分割特許明細書」といい、図面を含めて「本件分割特許明細書等」という。)には、1対の固定側壁の間隔を所定間隔に維持する手段として、1本の連結材(つまり本件連結材)と2本の支持軸とで両固定側壁を渡し止める構成しか具体的に記載されておらず、本件連結材を具備しない構成については具体的記載もなく、示唆もされていない。
また、本件連結材に代わる代替手段についても記載されていない。
したがって、本件分割発明1は、記載表現上は本件連結材を特定事項として明示していないものの、実質的には特定事項Aのうちに本件連結材の存在が前提とされているというべきである。つまり、「所定間隔をあけて配された1対の固定側壁」との特定事項Aは、2本の支持軸と本件連結材とで両固定側壁の間隔を所定間隔に保つことを意味しているというべきである。
よって、相違点bは実質的な相違点とはいえない。

(エ)以上のとおり、本件特許発明1と本件分割発明1とは実質的に同一であるから、本件特許発明1についての特許は、特許法第39条第2項の規定に違反するものである。
(審判請求書第8ページ第15行?第12ページ第23行)

イ.本件特許発明4と本件分割発明2
本件特許発明4と本件分割発明2とを対比すると、両発明は、記載表現上の微差を除いて、実質的な相違点はない。
よって、本件特許発明4と本件分割発明2とは実質的に同一であるから、本件特許発明4についての特許は、特許法第39条第2項の規定に違反するものである。(審判請求書第12ページ第24行?第13ページ第21行)

ウ.被請求人の主張に対して
(ア)被請求人は、同一発明を同一人が複数出願している場合は、協議のしようがないので、特許法第39条第2項の規定の適用はあり得ない旨主張するが、特許法第39条第2項は、同一発明を同一人が複数出願している場合にも適用されるから、失当である。

(イ)被請求人は、同一人が同一発明について重複特許権を有していても、重複特許の弊害は全く存在しない旨主張するが、同一人といえども同一発明について重ねて特許権を付与すべき理由はなく、また、特許権は移転可能な財産であるから、別人に移転されるおそれがあり、そうすれば、被請求人が主張するような弊害が生じることになる。重複特許の弊害が全く存在しないとはいえない。

(ウ)被請求人は、本件は「協議が成立せず、又は協議をすることができないとき」のいずれにも該当しない旨主張するが、失当である。本件の場合は正に「協議をすることができないとき」に該当するものである。
本件分割出願は、被請求人自らの判断で分割出願を行ったものである。本件特許発明が特許された後で、突然、ダブルパテントの関係にある他人の特許が出現した場合のように全く予期し得ない場合ではなく、被請求人自身、本件分割時点において両者を知悉していたものである。被請求人は、本件分割時点において両者の関係を検討しようと思えば十分に検討できたはずであり、また、そうするべきである。

(エ)被請求人は、同一発明が二重特許された場合であっても、その解消が必要な場合は、出願人が協議して、一方を放棄する処理によるべきであるとするのが通説であり、二重特許を解消するために一方の特許を放棄すれば他方の特許は維持される旨主張するが、失当である。
放棄による消滅の効果は将来に向かって生じるものであり、遡及効を有するものではないから、これによって無効理由を解消することはできない。
また、被請求人自身、いずれか一方の特許権を放棄したわけではないから、仮に放棄によって対応することができるとしても、現にそのような手続を採っていない以上、被請求人の主張は無意味というほかない。
(口頭審理陳述要領書第6ページ第26行?第8ページ第9行)

第4.被請求人の主張の概要
1.被請求人の主張の全体概要
被請求人は、「本件審判の請求は成り立たない。審判費用は請求人の負担とする。」との審決を求め、請求人の主張に対して、
「本件特許発明1、3及び4についての特許は、「中間部材」に関して、特許法第36条第6項第1号及び第2号に規定する要件に違反するものであるから、同法第123条第1項第4号の規定により無効とされるべきであり、また、本件特許発明1及び4についての特許は、特許法第39条第2項の規定に違反するものであるから、同法第123条第1項第2号の規定により無効とされるべきであるとする請求人の主張は、すべて失当である。」(答弁書第2ページ下から第4行?第3ページ第8行)
旨主張する。

2.無効理由1(記載要件違反)に対する反論の概要
(1)特許法第36条第6項第1号(サポート要件)違反について
ア.審査基準及び判例
(ア)審査基準によれば、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号の規定に適合するかの判断は、請求項に係る発明と、発明の詳細な説明に発明として記載したものとを対比・検討することにより行うとし、対比・検討に当たっては、実質的な対応関係について審査することとし、実質的な対応関係の審査は、請求項に係る発明が、発明の詳細な説明において発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えるものであるか否かを調べることにより行うとされている。(審査基準第I部第1章2.2.1)(答弁書第3ページ第26行?第4ページ第3行)

(イ)知財高裁の判決によれば、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号の規定に適合するかの判断は、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載は示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものであるとされている。(例えば、知財高裁 平成17年(行ケ)第10042号)(答弁書第4ページ第4?10行)

イ.本件特許発明のサポート要件
審査基準又は判例に照らして、本件特許発明1と発明の詳細な説明に発明として記載したものとを対比・検討すると、本件特許発明1は、「中間部材」に関して、単に「着脱自在」とのみ特定しているのではなく、中間部材は覆い部材の一部を構成するものとして、「特定事項コ」、「特定事項サ」、「特定事項サー1」、「特定事項サー2」、「特定事項サー3」と特定している。
そして、本件特許明細書の段落【0014】及び【0015】には、覆い部材40が、固定刃32及びスクレーパー38の下方に位置するようにして粗切断用回転刃23の移動軌跡空間を囲うように設けられ、覆い部材40は、前の揺動側壁11に設けられた前側部材40aと、後の揺動側壁11に設けられた後側部材40cと、前側部材40aと後側部材40cとを繋ぐ、それらと別体の中間部材40bとを有している点が記載され、また、中間部材40bをケーシング3に着脱自在とした構成により、前後の揺動側壁11を開くことにより、前側部材40a及び後側部材40cとは別体の中間部材40bをケーシング3から簡単に取り出すことができ、中間部材40b内の掃除を簡単に行うことができる点が記載され、一方で、本件特許の請求項1には、粗切断用回転刃の移動軌跡空間を囲う覆い部材は、前の揺動側壁に設けられた前側部材と、後の揺動側壁に設けられた後側部材と、前側部材と後側部材とを繋ぐ、それらと別体の中間部材とを有し、前記中間部材が着脱自在となっている、と記載されているから、本件特許発明1は、本件特許明細書の発明の詳細な説明において、着脱自在によりメンテナンスを容易にするという本件特許発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えるものではなく、本件特許発明1と発明の詳細な説明に発明として記載したものとは、実質的に対応するものである。
したがって、本件特許発明1は、特許法第36条第6項第1号の規定に違反するものではない。また、同様に、本件特許発明3及び4も、特許法第36条第6項第1号の規定に違反するものではない。(答弁書第4ページ第11行?第6ページ第7行)

ウ.請求人の反論に対して
(ア)請求人は、「着脱自在」に関して、中間部材自体の構成により着脱自在とされる場合と、中間部材以外の構成により着脱自在とされる場合の双方が含まれるところ、中間部材自体の構成により着脱自在とされる場合については、発明の詳細な説明に記載されていないからサポート要件違反であると主張する。
しかしながら、他の部材と別体である着脱部材を着脱自在にする構成は、着脱部材と他の部材との複合的な構成による場合や、着脱部材自体の構成にかかわらず、単に他の部材で着脱部材を挟み込む場合などのように、技術常識によれば様々な態様を採用し得るのであって、そもそも、中間部材自体の構成と中間部材以外の構成とに限定して分けることに何らの根拠もなく、請求人の主張は明らかに失当である。
また、請求人の主張によれば、着脱自在とする構成を恣意的に分け、恣意的に分けられた一方の構成が発明の詳細な説明に記載されていないことのみをもって、いわゆるサポート要件違反を主張するものであって、上述の審査基準や裁判例の判断基準とは全く異なる独自の見解を主張するものであり失当である。(答弁書第6ページ第8?23行)

(イ)請求人は、中間部材自体の構成により着脱自在とされる場合とは、中間部材がボルトで実際に前側部材及び後側部と結合される場合であり、中間部材以外の構成により着脱自在とされる場合とは、周辺部材によって支えられている場合であると対応付けている。
中間部材をボルトで固定する場合においては、中間部材以外のボルトを必要とするのであるから、中間部材自体の構成ではあり得ず、また、ボルトをどこにどのように固定するかで前側部材及び後側部材などの中間部材以外の構成が関連するのである。また、中間部材を単に周辺部材で支える場合においても、中間部材のどこをどのように支えるかで中間部材自体の構成が問題となることもあるから、請求人の対応付けは意味がない。
「繋ぐ」とは、揺動側壁を閉じた状態において、覆い部材が、粗切断用回転歯の移動軌跡空間を囲うようにすべく、中間部材と、前側部材及び後側部材とが隙間なく離れないようにしてあることを意味するものである。本件のような着脱自在とする中間部材を、ボルトで前側部材及び後側部材に結合(固定)する構成とするはずがない。(上申書第3ページ第14行?第4ページ末行)

(ウ)請求人は、ボルトによって中間部材を締結した状態では揺動側壁を開けることはできないから、メンテナンスが容易にならない旨主張するが、請求人は、根拠なく中間部材をボルトで締結するような構成を持ち出して、メンテナンスが容易ではないと主張するものであり、本件特許発明は、揺動側壁を開いた状態で中間部材を取り出して清掃を行うことができ、メンテナンスを容易にするものであるから、請求人の主張には理由がない。(上申書第5ページ)

(2)特許法第36条第6項第2号(明確性要件)違反について
ア.本件特許発明の明確性要件
(ア)本件特許発明1は、「中間部材」に関して、単に「着脱自在」とのみ特定しているのではなく、中間部材は覆い部材を構成するものとして、「特定事項コ」、「特定事項サ」、「特定事項サー1」、「特定事項サー2」及び「特定事項サー3」が記載されており、本件特許発明1を明確に把握することができるものである。
したがって、本件特許発明1は、明確性要件に違反するものではない。また、同様に、本件特許発明3及び4も、明確性要件に違反するものではない。(答弁書第7ページ第7?17行)

(イ)請求人は、「特定事項サー3」が、前後の揺動側壁が前後揺動開閉自在であることを保証するものでなければならない旨主張する。
しかし、本件特許発明1は、その特定事項のうち、特に、「特定事項イ」、「特定事項ウ」、「特定事項コ」、「特定事項サ」、「特定事項サー1」、「特定事項サー2」及び「特定事項サー3」との構成により前後の揺動側壁を前後揺動開閉自在になし得るとともに、中間部材を着脱自在になし得るものである。
前後の揺動側壁が閉じた状態では、前後の揺動側壁に設けられた前側部材及び後側部材が中間部材の両側から中間部材を挟み込むようにして中間部材と繋がり、前側部材及び後側部材が全体として覆い部材を構成する。一方、前後の揺動側壁を徐々に開く場合は、支持軸の回りに揺動側壁が開き、前後の揺動側壁に設けられた前側部材及び後側部材が、揺動側壁の開放に応じて前側部材及び後側部材と別体の中間部材から離れ、これによって、中間部材を着脱することができる。
すなわち、「揺動自在」と「着脱自在」の関係は明確であり、技術的な矛盾や欠陥もなく、かつ技術的意味や技術的関連が理解できるものであって、発明を特定するための事項は明確であり、発明の範囲も明確である。(答弁書第7ページ第18行?第8ページ第4行、上申書第7?8ページ)

(ウ)請求人は、本件特許は、「特定事項サ-3」を補正により限定して初めて特許されたものであるから、本件特許発明1は、「前後揺動開閉自在に設けられた前後の揺動側壁」との構成と「着脱自在となされた中間部材」との構成を両立し得るものでなければならず、そのための構成を明示しなければならない旨主張する。
補正により限定した特定事項は、「特定事項サー3」のみではなく、「特定事項ケ」、「特定事項コ」、「特定事項サ」、「特定事項サー1」、「特定事項サー2」及び「特定事項サー3」であり、この点において請求人の主張は失当である。
また、本件特許発明1、3及び4が特許を受けることができたことが、いかなる根拠で、「前後揺動開閉自在に設けられた前後の揺動側壁」との構成と「着脱自在となされた中間部材」との構成を両立し得るための構成を明示しなければならないかが不明である。(答弁書第8ページ第5?19行)

(エ)請求人は、本件特許明細書の発明の実施の形態では、「前後の支承部材42」と「ホルダー43」は必須の構成であるにもかかわらず、本件特許の請求項1には記載されていないので、その記載は不明確である旨主張する。
発明の実施の形態に記載された構成をすべて請求項に記載しなければならないというわけではなく(特許法第36条第5項)、また、上述したように、本件特許の請求項1、3及び4の記載は明確であり、発明の範囲も明確であって、発明を明確に把握することができるから、請求人の主張は失当である。(答弁書第8ページ第20?27行)

(オ)請求人は、本件特許の請求項1、3及び4には、目的(メンテナンスが行いやすく)や効果(覆い部材の中間部材が着脱自在となされているので、メンテナンスが行いやすい)を達成するための必須の構成(中間部材が揺動側壁の下方に落下しないことに関する構成)が記載されていないから、何らメンテナンスが容易になる構成にはなっておらず、本件特許発明1、3及び4は不明確である旨主張する。
しかし、中間部材が落下しないようにどのように保持するかは、本件特許発明の目的及び効果(メンテナンスが容易になる)を達成するためには付加的な構成にすぎず、本件特許発明1、3及び4は、粗切断用回転刃の移動軌跡空間を囲う覆い部材を、前の揺動側壁に設けられた前側部材と、後の揺動側壁に設けられた後側部材と、これらと別体の中間部材とに分け、各揺動側壁を開くことで中間部材を簡単に取り外すことができ、発明の目的を達成し、効果を奏することが明瞭であるから、請求人の主張は失当である。(答弁書第8ページ第28行?第9ページ第11行)

イ.請求人の反論に対して
請求人は、着脱作業の際にいちいち中間部材が落下するようであれば到底メンテナンスが容易になるとはいえない旨主張する。
メンテナンスを行う場合、まず細断片が溜まった受け箱を取り出す。そして、揺動側壁を開いて中間部材を取り出して、清掃する。中間部材を取り出す際、あるいは装着する際に、メンテナンスを行う者(作業者)が下から手を添えて中間部材が落下しないように取り出し、あるいは装着すれば足りることであり、何らメンテナンス支障となるものではない。また、仮に中間部材が床に落下したとしても、作業者が拾って清掃すればすむことである。さらに、固定刃などを取り外して清掃を行う必要があった従来の細断機と比較して、本件特許発明にあっては、揺動側壁を開くことができ、中間部材を取り外すことができるようにしたことにより、メンテナンスの容易性は格段に向上したのであり、中間部材が落下するおそれがあるということは、メンテナンスを行う上においては些細な事項である。メンテナンスを容易にするという目的を達成するためには、揺動側壁が開き、中間部材が着脱自在であることが不可欠なのであり、中間部材の落下を防止するための手段は不可欠なものではない。(上申書第10ページ)

3.無効理由2(重複特許違反)に対する反論の概要
(1)特許法第39条第2項の判断
ア.本件分割発明1の目的は、メンテナンスの容易化と部品点数を少なくしてコスト低減を図ることであるのに対して、本件特許発明1の目的は、メンテナンスの容易化、かつ、部品点数を少なくしつつも細断機の剛性を大きくすることであり、両発明の目的は異なっている。
また、本件分割発明1では、本件連結材を発明特定事項としていないのに対し、本件特許発明1では、本件連結材を発明特定事項としており、両発明の発明特定事項も異なっている。
さらに、本件分割発明1では、メンテナンスが容易になるとともに、部品点数を少なくしてコスト低減を図ることができるのに対し、本件特許発明1では、メンテナンスが行いやすく、細断機の剛性を大きくすることができ、部品点数を少なくしてコスト低減を図ることができ、両発明の効果も異なっている。
したがって、本件特許発明1と本件分割発明1とでは、発明の目的、構成、効果が異なり、両発明は同一発明ではないから、本件特許発明1についての特許は、特許法第39条第2項の規定に違反するものではない。(答弁書第9ページ第22行?第10ページ第19行)

イ.連結材の有無にかかわらず細断機として機能するために必要な剛性をもたせることは設計事項にすぎず、当業者が適宜なし得ることである。すなわち、連結材の有無にかかわらず、細断機の剛性を高めることは、製品としての細断機には当然に備えられるものであり、本件分割特許明細書及び図面には連結材に代わる代替手段が記載されていないとする請求人の主張は、根拠がないものである。(答弁書第10ページ第20?28行)

ウ.本件特許発明4は、特許法第39条第2項の規定に違反するものである旨の請求人の主張は、本件特許発明1の場合と同様に失当である。(答弁書第10ページ末行?第11ページ第4行)。

(2)本件特許発明に対する特許法第39条第2項の適用
仮に本件特許発明1と本件分割特許発明1が同一発明であったとしても、本件特許発明1についての特許に特許法第39条第2項の規定の適用はない。
ア.特許法第39条第2項は、そもそも同一発明について、複数の者が同日に出願した場合に、協議による解決を目指すものであることは、その立法の趣旨目的や文言自体からして明らかである。同一発明を同一人が複数出願している場合は、協議のしようがないので、特許法第39条第2項の規定の適用はあり得ない。

イ.同一人が同一発明について重複特許権を有していても、重複特許の弊害は全く存在しない。第三者も、同一発明が重複して複数人に帰属していれば、複数人から許諾を得なければ実施することができないとか、発明が一つしかないのに実施行為が二重に禁止されている状況となり、弊害が大きいが、同一発明が重複してはいるものの一人に帰属していれば、その一人の特許権者から許諾を得れば実施することができ、同一発明に特許が重複していることによる弊害は存在しない。

ウ.仮に、同一発明で同一人に帰属している場合でも特許法第39条第2項の適用があるとしても、特許法第39条第2項は、「協議が成立せず、又は協議をすることができないときは」いずれの発明も特許を受けることができないと定めている。ここにいう、「協議が成立せず」とは、協議の機会があって、協議が整わなかったことを意味するのであり、本件では審査の過程で協議命令が発せられておらず、協議の機会がなかったために、「協議が成立せず」の要件を満たさない。また、本件では、出願人が同一人物なので、「協議」の機会さえあれば、協議が整わないことはあり得ないので、協議不成立となる余地がない。
さらに、「協議をすることができないとき」とは、相手が協議に応じない、一方が既に拒絶査定を受けて確定している、あるいは一方が既に特許されている等の理由で協議をすることができない場合であり、協議命令がないことによって協議の機会がないまま双方特許権が付与されている場合には、「協議をすることができないとき」には該当しない。したがって、本件が「協議をすることができないとき」にも該当しないことは明らかである。
(答弁書第11ページ第5行?第12ページ第17行)

第5.当審の判断
1.無効理由1(記載要件違反)について
(1)判断の前提
ア.本件出願の願書に添付すべき書類に対しては、平成14年法律第24号改正附則第3条第1項により「なお従前の例による」とされる同法律による改正前の特許法第36条(以下、単に「特許法旧第36条」という。)の規定が適用される。そして、特許法旧第36条第6項は「第三項第四号の特許請求の範囲の記載は、次の各号に適合するものでなければならない。」と規定し、その第1号において、「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること。」(以下、「サポート要件」ともいう。)と規定するとともに、その第2号において、「特許を受けようとする発明が明確であること。」(以下、「明確性要件」ともいう。)と規定している。

イ.特許法旧第36条第6項第1号が、特許請求の範囲の記載を上記規定のように限定したのは、発明の詳細な説明に記載していない発明を特許請求の範囲に記載すると、公開されていない発明について独占的、排他的な権利が発生することになり、特許制度の趣旨に反することになるからである。そして、特許請求の範囲の記載が、サポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明であり、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるかどうか、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるかどうかを検討して判断するものである。

ウ.また、特許法旧第36条第6項第2号が、特許請求の範囲の記載を上記規定のように限定したのは、特許請求の範囲の記載は、特許権の権利範囲がこれによって確定されるという点において重要な意義を有するものであるところ、かかる特許請求の範囲の機能を担保するためである。そして、特許請求の範囲の記載が、明確性要件に適合するか否かは、請求項記載の前後の単語・文章、文脈、当該請求項の全体の意味内容との関係で検討して判断するものである。

エ.以下、上記ア.ないしウ.を前提に検討することとする。

(2)本件特許明細書等(甲第1号証)の記載事項
本件特許明細書には、図面とともに以下の記載があることが認められる。(なお、下線は当審で付した。)

ア.特許請求の範囲の記載
本件特許の請求項1には、上記第2.「1.本件特許発明」「(1)【請求項1】」に記載したとおりの事項が記載されている。
また、本件特許の請求項3及び請求項4には、上記第2.「1.本件特許発明」「(2)【請求項3】」及び「(3)【請求項4】」に記載したとおりの事項が記載されており、本件特許発明3及び本件特許発明4は、いずれも本件特許発明1を引用するものである。

イ.発明の詳細な説明の記載
(ア)「【発明の属する技術分野】
本発明は、例えば、熱可塑性合成樹脂製品の成形に伴って発生する副産物(スプル・ランナ等)を再利用可能な細断片に細断するのに好適な細断機に関する。」(段落【0001】)

(イ)「【発明の目的】
本発明は、メンテナンスが行ないやすく、且つ、部品点数を少なくしつつも剛性の大きな(強度の高い)細断機を提供することを目的とするものである。」(段落【0002】)

(ウ)「【前記目的を達成するための手段】
本発明は前記目的を達成するために以下の如き手段を採用した。
請求項1の発明は、所定間隔をあけて配された左右の固定側壁と、固定側壁の前後部下部に渡し止められた前後の支持軸と、支持軸に前後揺動開閉自在に設けられた前後の揺動側壁と、左右の固定側壁の上部前部に渡し止められた連結材と、固定側壁に回転自在に渡された、回転刃を有する回転軸と、前の揺動側壁の内側に設けられた回転刃との協働により被処理物を細断する固定刃と、後の揺動側壁の内側に設けられたスクレーパーとを有し、固定刃とスクレーパーとの間に回転刃が位置するようになされ、前記回転軸にアーム状の粗切断用回転刃と外周に鋸歯状の細断歯を有する細切断用回転刃とが設けられ、固定刃及びスクレーパーの下方に位置するようにして粗切断用回転刃の移動軌跡空間を囲う覆い部材が設けられ、前記覆い部材が、前の揺動側壁に設けられた前側部材と、後の揺動側壁に設けられた後側部材と、前側部材と後側部材とを繋ぐ、それらと別体の中間部材とを有し、前記中間部材が着脱自在となされているものである。
請求項2の発明は、・・・ようになされている請求項1記載のものである。
請求項3の発明は、前記固定刃が、左右方向に長い、粗切断用回転刃の先端の移動軌跡の前側に位置する前部材と、前部材と別体である、粗切断用回転刃の移動軌跡の位置で分断された後部材とを有している請求項1記載のものである。
請求項4の発明は、前記回転軸の左端部の内側部に左螺旋部が形成され、同右端部の内側部に右螺旋部が形成され、これら左右螺旋部が固定側壁の回転軸が嵌まる孔の内面に対向するようになされている請求項1?3のいずれかに記載のものである。」(段落【0003】)

(エ)「【発明の効果】
本発明は前記した如き構成によって以下の如き効果を奏する。
請求項1の発明によれば、前後の揺動側壁が開くので、メンテナンスが行ないやすい。また、2本の支持軸と1本の連結材で左右の固定側壁を連結するので、細断機の剛性を大きくすることが出来る。更に、2本の支持軸が、揺動側壁の枢軸と左右の固定側壁を連結する連結材とを兼ねているので、部品点数を少なくしてコスト低減を図ることが出来る。
覆い部材の中間部材が着脱自在となされているので、メンテナンスが行ないやすい。
請求項2の発明によれば、・・・が出来る。
請求項3の発明によれば、固定刃の前部材と同後部材とを別個・独立に位置調節出来るので、固定刃の、回転刃(粗切断用回転刃及び細切断用回転刃)に対する位置調節が行ないやすい。
請求項4の発明によれば、螺旋部によって被処理物を内側に送り出すことが出来るので、被処理物によって回転軸の回転が阻害されるというようなトラブルを防止することが出来る。」(段落【0004】)

(オ)「【発明の実施の形態】
以下に本発明の実施の形態を説明する。
なお、この説明において、前とは図1紙面表側を、後とは同裏側をいい、左とは図1左側を、右とは同図右側をいう。」(段落【0005】)

(カ)「細断機1の水平な基板2に取り付けられたケーシング3は、上部に入口4を、下部に出口5を有している。前記基板2には、出口5に対向するようにして開口6が形成されている。基板2の開口6の下方には細断片を受ける受け箱(図示略)が配置されている。
前記ケーシング3は、左右方向に所定間隔をあけて配された左右の固定側壁9と、これら固定側壁9の前後部下部に渡し止められた前後の支持軸10と、これら支持軸10に前後揺動開閉自在に設けられた前後の揺動側壁11と、左右の固定側壁9の上部前部に渡し止められた連結材12とを有している。前記支持軸10は、揺動側壁11を揺動自在に支持する枢軸と固定側壁9を連結する連結材としての機能を有している。なお、前の揺動側壁11は連結材12に当たって図5の位置を越えて後に揺動しないようになされ、後の揺動側壁11は図示略のストッパー(固定側壁9に設けられている)に当たって図5の位置を越えて前に揺動しないようになされている。」(【0006】)

(キ)「図5及び図6に示すごとく、前記固定刃32及びスクレーパー38の下方に位置するようにして粗切断用回転刃23の移動軌跡空間を囲う覆い部材40が設けられている。前記覆い部材40は、前の揺動側壁11に設けられた前側部材40aと、後の揺動側壁11に設けられた後側部材40cと、前側部材40aと後側部材40cとを繋ぐ、それらと別体の中間部材40bとを有している。なお、図5において、前側部材40aと中間部材40bとの境が「L」で、中間部材40bと後側部材40cとの境が「M」で示されている。」(段落【0014】)

(ク)「前記中間部材40bは以下のような手段によりケーシング3に着脱自在となされている。前記前後の揺動側壁11に、それらが開いた状態において覆い部材40の中間部材40bを支承する支承部材42が設けられている。また、前後の揺動側壁11に、中間部材40bの左右方向の移動を阻止するホルダー43が設けられている。そして、前後の揺動側壁11を閉じた際(起立状態とした際)、前後の支承部材42、前側部材40a及び中間部材40b(当審注;「後側部材40c」の誤記と認める。なお、この点に当事者間の争いはない。)により、中間部材40bが前後方向に動かないようになされると共に、ホルダー43により左右方向にも動かないようになされている。このような構成により、前後の揺動側壁11を開くことにより中間部材40bをケーシング3に対して簡単に取り出すことが出来るので、中間部材40b内の掃除を簡単に行なうことが出来る。」(段落【0015】)

(3)サポート要件の判断
上記(1)及び(2)に基づいて、サポート要件に係る請求人の主張である、本件特許発明1における「前側部材と後側部材とを繋ぐ、それらと別体の中間部材とを有し、前記中間部材が着脱自在となされている」との発明特定事項(「特定事項サー3」)が、サポート要件を満たしているかについて以下判断する。

ア.本件特許の請求項1の記載、特に、「支持軸に前後揺動開閉自在に設けられた前後の揺動側壁と、」(「特定事項ウ」)及び「前側部材と後側部材とを繋ぐ、それらと別体の中間部材とを有し、前記中間部材が着脱自在となされている」(「特定事項サー3」)なる記載から、本件特許発明1は、前後の揺動側壁が前後に揺動開閉自在であるとともに中間部材が着脱自在であることが分かる。また、本件特許の請求項1における、「固定刃及びスクレーパーの下方に位置するようにして粗切断用回転刃の移動軌跡空間を囲う覆い部材が設けられ、前記覆い部材が、前の揺動側壁に設けられた前側部材と、後の揺動側壁に設けられた後側部材と、」(「特定事項コ」ないし「特定事項サー2」)なる記載と併せて、本件特許発明における着脱自在な中間部材は、前側部材及後側部材と別体であること、また、前側部材、後側部材及び中間部材で覆い部材を構成することが分かる。

イ.他方、上記(2)イ.に摘記した本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載から次の事項が記載されていることが分かる。
(ア)上記(2)イ.(イ)【発明の目的】の記載事項から、本件特許発明は、メンテナンスが行いやすい細断機の提供を目的としていること。
(イ)上記(2)イ.(エ)【発明の効果】の記載事項から、発明の目的を達成するために、本件特許発明1において採用された、前後の揺動側壁が開くこと、及び、覆い部材の中間部材が着脱自在とされていることによって、メンテナンスが行いやすくなっていること。
(ウ)上記(2)イ.(カ)【0006】の記載事項から、発明の実施の態様として記載された細断機には、図5に示されるように、支持軸10に前後揺動開閉自在に設けられた前後の揺動側壁11が設けられていること。
(エ)上記(2)イ.(キ)【0014】及び(ク)【0015】の記載事項から、発明の実施の態様として記載された細断機は、図5及び図6に示されるように、粗切断用回転刃23の移動軌跡空間を囲う覆い部材40が設けられて、覆い部材40は、前側部材40aと、後側部材40cと、前側部材40aと後側部材40cとを繋ぐ、それらと別体の中間部材40bとを有しており、前後の揺動側壁11を閉じた際(起立状態とした際)に、前後の支承部材42、前側部材40a及び後側部材40cにより、中間部材40bが前後方向に動かないようになされるとともに、ホルダー43により左右方向にも動かないようになされ、前後の揺動側壁11を開くことにより中間部材40bをケーシング3に対して取り出すことができること。

ウ.上記ア.及びイ.に基づいて、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比すれば、特許請求の範囲に記載された本件特許発明1における「特定事項ウ」及び「特定事項コ」ないし「特定事項サー3」は、発明の詳細な説明の記載から把握できる上記イ.(ウ)及び(エ)の事項に対応しているから、本件特許発明1は、発明の詳細な説明に記載された発明である。ここで、特に「特定事項サー3」についてみても、上記イ.(エ)の事項に対応するものであるから、本件特許発明1は、発明の詳細な説明に記載された発明である。
また、発明の詳細な説明の記載から把握できる上記イ.(ア)ないし(エ)の事項から、当業者は、本件特許発明1が、「特定事項ウ」及び「特定事項サー3」を採用したことによって発明の課題を解決できると認識できるものである。ここで、特に、「特定事項サー3」についてみても、上記イ.(ア)、(イ)のうち「覆い部材の中間部材が着脱自在とされていることによって、メンテナンスが行いやすくなっていること」及び(エ)の事項から、当業者は、本件特許発明1が、「特定事項サー3」のうちの「中間部材が着脱自在」という事項を採用したことにより、メンテナンス性を向上するという発明の課題を解決できると認識できる。そして、「中間部材を着脱自在」となすに際して、中間部材をいかなる手段によって着脱自在となるように構成するかは、「特定事項ウ」及び「特定事項コ」ないし「特定事項サー2」を備える細断機の構成を前提としつつ周知の着脱自在とする手段の中から当業者が適宜決定することができるというべきであり、「中間部材を着脱自在」となす態様として、発明の実施の形態として本件特許明細書等に記載されたものに限らず、その他の着脱自在とする構成を採用することも、当業者が適宜なし得る設計事項であるといえる。してみると、本件特許発明1の「特定事項サー3」について、発明の詳細な説明において種々の形態について具体的な記載や示唆がなくとも、本件特許発明1は、当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものである。

エ.請求人は、本件特許発明1の「特定事項サー3」には、(ア)中間部材自体の構成により着脱自在とされる場合(中間部材自体の構成によって前側部材と後側部材とを連結しかつそれらとの連結解除も可能にしている場合、例えば、ボルトによって中間部材が前側部材及び後側部材と結合される場合)と、(イ)中間部材以外の構成(中間部材の周辺部材の構成)により着脱自在とされる場合(例えば、本件特許明細書の発明の実施の形態のように、中間部材と前側部材及び後側部材とが物理的に結合されるわけではなく、単に周辺部材によって支えられているだけの場合)、の双方が含まれることになるが、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、中間部材自体の構成により着脱自在とされる場合は記載されておらず、また、かかる構成が本件特許明細書等の発明の実施の形態の構成から自明でもない旨、また、サポート要件に適合するか否かの判断は、特許請求の範囲から読み取れる発明の範囲と発明の詳細な説明から読み取れる発明の範囲の広狭に基づいてなされるべきである旨主張する。
この点、本件特許明細書等には、発明の実施の形態として、上記(2)イ.(オ)ないし(ク)に記載された態様以外の記載、特に、請求人がいうところの中間部材自体によって着脱自在とされるものは記載されていない。なるほど、事例によっては、特許請求の範囲に記載された発明のサポート要件を満たすために、発明特定事項と発明の効果の因果関係やメカニズムを詳細に開示する、又は、発明の実施の形態として態様を多数挙げて説明する等が求められることもあり得る。しかしながら、本件についてみれば、発明の詳細な説明から把握できる上記イ.(ア)ないし(エ)の事項から、本件特許発明1では、中間部材が着脱自在であることに要点が存することが分かり、「特定事項サー3」と発明の効果の因果関係やメカニズムは、本件特許明細書等に接した当業者が明確に理解できるものである。また、上記ウ.にて説示したとおり、「中間部材を着脱自在」となす態様は、当業者が適宜なし得る設計事項であって、本件特許発明1の「特定事項サー3」について、発明の詳細な説明において種々の形態について具体的な記載や示唆がなくとも、本件特許発明1は、当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものである。
よって、請求人の主張には理由がない。

オ.以上のとおり、本件特許発明1は、発明の詳細な説明に記載された発明であり、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるので、サポート要件に適合してなされたものである。また、本件特許発明1を引用する本件特許発明3又は本件特許発明4についても、本件特許発明1と同様の理由により、サポート要件に適合してなされたものである。よって、サポート要件に係る請求人の主張には理由がない。

(4)明確性要件の判断
上記(1)及び(2)に基づいて、明確性要件に係る請求人の主張である、本件特許発明1において、発明特定事項である「支持軸に前後揺動開閉自在に設けられた前後の揺動側壁」と「中間部材が着脱自在となされている」との相互関係や「中間部材」の落下を防止するための手段が特定されていないことが、明確性要件を満たしているかについて以下判断する。

ア.まず、本件特許発明1における「支持軸に前後揺動開閉自在に設けられた前後の揺動側壁」と「中間部材が着脱自在となされている」との相互関係について検討する。
本件特許の請求項1の記載を全体として捉えれば、
(ア)「支持軸に前後揺動開閉自在に設けられた前後の揺動側壁と、」(「特定事項ウ」)なる事項から、「前後の揺動側壁」は、前後揺動開閉自在に設けられていることが分かり、
(イ)「固定刃及びスクレーパーの下方に位置するようにして粗切断用回転刃の移動軌跡空間を囲う覆い部材が設けられ、」(「特定事項コ」)、
「前記覆い部材が、」(「特定事項サ」)、
「前の揺動側壁に設けられた前側部材と、」(「特定事項サー1」)、
「後の揺動側壁に設けられた後側部材と、」(「特定事項サー2」)、
及び、
「前側部材と後側部材とを繋ぐ、それらと別体の中間部材とを有し、前記中間部材が着脱自在となされている」(「特定事項サー3」)のうち特に「前側部材と後側部材とを繋ぐ、それらと別体の中間部材とを有し、」、
なる事項から、「粗切断用回転刃の移動軌跡空間を囲う覆い部材」は、「前側部材」、「後側部材」及び「前側部材と後側部材とを繋ぐ、それらと別体の中間部材」から構成されること、並びに、「前側部材」と「後側部材」は、前後の揺動側壁にそれぞれ設けられて、前後の揺動側壁とともに揺動開閉自在であることが分かる。
そして、上記(ア)及び(イ)を前提して、「特定事項サー3」のうち「中間部材が着脱自在となされている」なる特定の意味について、「着脱自在」なる用語が通常有する意味であるところの「その部分につけたり、はずしたり」(「着脱」)することが、「束縛も支障もないこと」(「自在」)である(広辞苑第6版)ことを踏まえれば、本件特許発明1では、「前側部材」、「後側部材」及び「中間部材」から構成された覆い部材のうち、中間部材は、前後の揺動側壁とともに揺動開閉自在な前側部材及び後側部材から、束縛や支障なく、つけたりはずしたりすることができることを意味することは明らかである。そうすると、本件特許発明1において、発明特定事項である「支持軸に前後揺動開閉自在に設けられた前後の揺動側壁」と「中間部材が着脱自在となされている」との相互関係は明らかであるといえる。

イ.請求人は、本件特許の請求項1では、「特定事項ウ」及び「特定事項サー3」の相互関係は明示されていないから、揺動側壁が揺動開閉自在でかつ中間部材が着脱自在であることをどのようにして保証するのか不明である旨、特に、単に「着脱自在」と特定するのみでは、単なる願望ないし達すべき目的を表しているにすぎず、単に「特定事項コ」、「特定事項サ」、「特定事項サー1」ないし「特定事項サー3」が記載されていれば足りるというものではない旨、主張する。
しかしながら、上記(2)イ.に摘記した本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載から分かるように、本件特許発明は、メンテナンスが行いやすい細断機の提供を目的としていること、かかる目的を達成するために、本件特許発明1において採用された、前後の揺動側壁が開くこと、及び、覆い部材の中間部材が着脱自在とされていることによって、メンテナンスが行いやすい細断機となっているものであるから、本件特許発明1が、「前後揺動壁が揺動開閉自在」であり、かつ、「中間部材」が「着脱自在」であるという機能で、所定の目的効果が得られることが理解できる。してみると、本件特許発明1では、「前後揺動壁が揺動開閉自在」であり、かつ、「中間部材が着脱自在」であることが両立する細断機が特定されているであって、それ以外の細断機は特定されていないと理解するのが自然である。そして、「前後揺動壁が揺動開閉自在」であり、かつ、「中間部材が着脱自在」となるように構成するに際して、細断機をどのように構成するかは、細断機において通常採用される設計手法の中から当業者が適宜決定することができるというべきであるから、本件特許発明1は、「特定事項ウ」及び「特定事項サー3」の相互関係が明示されていないからといって、特許権の権利範囲が確定できない等の不都合を生じるものではない。
よって、請求人の主張には理由がない。

ウ.次に、本件特許発明1において「中間部材」の落下を防止するための手段が特定されていない点について検討する。
上記ア.でも説示したとおり、本件特許の請求項1において、「中間部材」が「着脱自在」である点は明確に把握できるものである。また、上記(2)イ.に摘記した本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載からも分かるように、本件特許発明は、メンテナンスが行いやすい細断機の提供を目的としていること、かかる目的を達成するために、本件特許発明1において採用された、前後の揺動側壁が開くこと、及び、覆い部材の中間部材が着脱自在とされていることによって、メンテナンスが行いやすい細断機となっているものであるから、本件特許発明1において、「中間部材」が「着脱自在」であるという機能で、所定の目的効果が得られることが理解できる。
してみると、本件特許の請求項1において、「中間部材」の落下を防止するための手段が特定されていないことをもって、本件特許発明1の理解を妨げるような技術的な欠陥や矛盾が生じるものといえない。

エ.請求人は、本件特許発明1では、発明の実施の形態として記載された細断機が有する「ホルダー43」等、揺動側壁の開閉時又は中間部材の着脱時における中間部材が落下防止のための必須の要件を備えず、着脱作業の際にいちいち中間部材が落下するようであれば到底メンテナンスが容易になるとはいえない旨主張する。
しかしながら、上記ウ.で述べたとおり、本件特許発明1は、「中間部材」が「着脱自在」であるという機能で、従来、中間部材が着脱不能であった細断機と比べて、所定の目的効果が達成できるのであって、この限りにおいて本件特許発明1は明確である。他方、請求人が主張する揺動側壁の開閉時又は中間部材の着脱時における中間部材の落下という問題は、中間部材の着脱自在である細断機を前提とした場合の更なる細断機の整備性向上に係るものである。つまり、請求人が主張する中間部材の落下に係る問題は、本件特許明細書の段落【0002】に記載されている技術的課題と細断機の整備性向上という上位概念では軌を一にするものであるとしても、個別具体的にみれば、前提を異にする別異のものである。そして、本件特許発明1が、そのような別異の技術的課題の解決を目指すものではない以上、それに関連する事項を本件特許の請求項1において特定しなければ、本件特許発明1が明確性要件を満たさないことにはならない。
よって、請求人の主張には理由がない。

オ.以上のとおり、本件特許発明1は、明確であるから明確性要件に適合してなされたものである。また、本件特許発明1を引用する本件特許発明3又は本件特許発明4についても、本件特許発明1と同様の理由により、明確性要件に適合してなされたものである。よって、明確性要件に係る請求人の主張には理由がない。

2.無効理由2(重複特許違反)について
(1)本件分割出願の出願日
特許第3966892号発明は、本件特許に係る特許出願(特願2002-272379号)の分割出願(特願2006-31352号)に係る特許発明である。本件分割出願が、適法になされたものであるか(分割要件の適否)について当事者間に争いはないので、以下、本件分割出願が分割要件を満たしており、本件出願と本件分割出願の出願日が、いずれも平成14年9月19日であって同日であると仮定した場合において、本件特許発明が、特許法第39条第2項の規定に違反していないかについて判断する。

(2)本件特許発明
本件特許発明1又は本件特許発明4は、本件特許明細書等(甲第1号証)の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1又は請求項4に記載された事項により特定されるものと認められるところ、上記第2.「1.本件特許発明」の請求項1又は請求項4に記載したとおりのものである。

(3)本件分割特許明細書等(甲第3号証)の記載事項
ア.本件分割特許発明
本件分割発明1又は本件分割発明2は、本件分割特許明細書等(甲第3号証)の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1又は請求項2に記載された事項により特定される以下のとおりのものである。

「【請求項1】
所定間隔をあけて配された1対の固定側壁と、
両固定側壁に回転自在に渡され、回転刃を有する回転軸と、
該回転軸と平行に、両固定側壁の下側両端部に渡し止められた1対の支持軸と、
該支持軸夫々に揺動開閉自在に設けられた揺動側壁と、
一方の揺動側壁の内側に設けられ、前記回転刃との協働により被処理物を細断する固定刃と、
他方の揺動側壁の内側に設けられたスクレーパーと
を有し、
前記固定刃とスクレーパーとの間に前記回転刃が位置するようになされ、
前記回転刃は、
アーム状の粗切断用回転刃と外周に鋸歯状の細断歯を有する細切断用回転刃を有し、
前記固定刃及びスクレーパーの下方に位置するようにして前記粗切断用回転刃の移動軌跡空間を囲う覆い部材が設けられ、
前記覆い部材は、
前記一方の揺動側壁に設けられた第1側部材と、
前記他方の揺動側壁に設けられた第2側部材と、
前記第1側部材と第2側部材とを繋ぎ、前記第1側部材及び第2側部材とは別体であって、着脱自在となされた中間部材と
を有することを特徴とする細断機。
【請求項2】
前記回転軸の一端の内側部に左螺旋部が形成され、
前記回転軸の他端の内側部に右螺旋部が形成され、
前記左螺旋部及び右螺旋部が前記固定側壁の回転軸が嵌まる孔の内面に対向するようになされていることを特徴とする請求項1に記載の細断機。」

イ.明細書の記載事項
(ア)【発明が解決しようとする課題】
「【0003】
本発明は、メンテナンスが行ないやすく、且つ、部品点数を少なくしつつも剛性の大きな(強度の高い)細断機を提供することを目的とするものである。」

(イ)【課題を解決するための手段】
「【0004】
第1発明に係る細断機は、所定間隔をあけて配された1対の固定側壁と、両固定側壁に回転自在に渡され、回転刃を有する回転軸と、該回転軸と平行に、両固定側壁の下側両端部に渡し止められた1対の支持軸と、該支持軸夫々に揺動開閉自在に設けられた揺動側壁と、一方の揺動側壁の内側に設けられ、前記回転刃との協働により被処理物を細断する固定刃と、他方の揺動側壁の内側に設けられたスクレーパーとを有し、前記固定刃とスクレーパーとの間に前記回転刃が位置するようになされ、前記回転刃は、アーム状の粗切断用回転刃と外周に鋸歯状の細断歯を有する細切断用回転刃を有し、前記固定刃及びスクレーパーの下方に位置するようにして前記粗切断用回転刃の移動軌跡空間を囲う覆い部材が設けられ、前記覆い部材は、前記一方の揺動側壁に設けられた第1側部材と、前記他方の揺動側壁に設けられた第2側部材と、前記第1側部材と第2側部材とを繋ぎ、前記第1側部材及び第2側部材とは別体であって、着脱自在となされた中間部材とを有することを特徴とする。
【0005】
第2発明に係る細断機は、第1発明において、前記回転軸の一端の内側部に左螺旋部が形成され、前記回転軸の他端の内側部に右螺旋部が形成され、前記左螺旋部及び右螺旋部が前記固定側壁の回転軸が嵌まる孔の内面に対向するようになされていることを特徴とする。」

(ウ)【発明の効果】
「【0010】
第1発明にあっては、前後の揺動側壁が開くので、メンテナンスが容易になる。また、2本の支持軸が、揺動側壁の枢軸と左右の固定側壁を連結する連結材とを兼ねているので、部品点数を少なくしてコスト低減を図ることができる。さらに、覆い部材の中間部材が着脱自在となされているので、メンテナンスが容易になる。」

(4)対比・判断
ア.本件特許発明1と本件分割発明1とを対比すると、両者には少なくとも以下の相違点がある。

・本件特許発明1では「左右の固定側壁の上部前部に渡し止められた連結材」(「本件連結材」)を備えているのに対して、本件分割発明1では、その様な事項を備えているか不明な点(以下、「本件連結材に係る相違点」という。なお、本相違点は、請求人が主張する「相違点b」に対応する。)。

イ.そこで、本件連結材に係る相違点について検討する。
本件特許明細書における上記1.(2)イ.(イ)【発明の目的】の記載事項からみて、本件特許発明1の目的として、細断機について、(a)メンテナンスが行ないやすく、且つ、(b)部品点数を少なくしつつも剛性の大きな(強度の高い)細断機を提供する、という2つの目的(課題)が、本件特許明細書等に記載されていると認められる。
また、本件特許明細書における上記1.(2)イ.(エ)【発明の効果】の記載事項によれば、本件特許発明1の効果として、前記(a)の目的(課題)に対しては、「前後の揺動側壁が開く」こと又は「中間部材が着脱自在となされている」ことにより解決し、前記(b)の目的(課題)のうち、「部品点数を少なく」することは、「2本の支持軸が、揺動側壁の枢軸と左右の固定側壁を連結する連結材とを兼ねている」ことにより解決しつつ、一方で、「剛性の大きな(強度の高い)細断機」とすることは、「2本の支持軸と1本の連結材で左右の固定側壁を連結する」(本件連結材を有する)ことより解決したことが、本件特許明細書等に記載されていると認められる。このことからすれば、本件連結材には、2本の支持軸とあいまって、細断機の剛性を大きくする(強度を高くする)という技術的意義が存していることが分かる。
このように、本件特許明細書等の記載からすると、本件連結材は課題を解決するために必要不可欠な特定事項であり、本件特許発明1は、細断機に必要な所定の剛性を本件連結材により得ることを前提としているということができる。
他方、本件分割発明1においては、本件特許発明1が備える本件連結材を発明特定事項とはしていないから、本件連結材の有無は任意のものとなり、本件分割発明1には、本件連結材を備える細断機又は本件連結材を備えていない細断機のいずれもが包含されると解される。また、本件特許明細書における上記1.(2)イ.(エ)【発明の効果】と本件分割特許明細書における上記2.(3)イ.(ウ)【発明の効果】の記載事項とを比べると、本件特許発明1が備える本件連結材が、本件分割発明1では特定されていないことに伴い、本件特許明細書には存在する【発明の効果】の「2本の支持軸と1本の連結材で左右の固定側壁を連結するので、細断機の剛性を大きくすることが出来る。」との記載が、本件分割特許明細書の【発明の効果】では記載されていないと認められる。これらから、本件分割発明1のうち本件連結材を備えないものは、剛性を必ずしも得られない細断機、又は、本件連結材以外の何らかの手段、例えば、左右の固定側壁自体又は支持軸10その他の事項、により必要な剛性を確保した細断機であるということができる。
してみると、本件特許発明1において発明特定事項である本件連結材を発明特定事項としていない本件分割発明1は、本件特許発明1と比べて、少なくとも細断機の剛性確保に関して、細断機自体の技術的意義が実質的に変更されたもの、又は、本件連結材以外の何らかの事項の技術的意義が実質的に変更されたものであり、新たな技術的意義が実質的に追加されたものであるから、上記本件連結材に係る相違点は、実質的な相違点であるということができる。

ウ.したがって、他の相違点を検討するまでもなく、本件特許発明1は本件分割発明1と実質的に同一ではない。また、同様に、本件特許発明1を引用する本件特許発明4は本件分割発明2と実質的に同一ではない。

エ.なお、請求人は、本件分割発明1では、本件連結材を特定事項としていないものの、「所定間隔をあけて配された1対の固定側壁」なる発明特定事項のうちに本件連結材の存在が前提とされているというべきである旨主張する。
しかしながら、「所定間隔をあけて配された1対の固定側壁」なる発明特定事項について、用語の前後の単語・文章、文脈、当該請求項の全体の意味内容との関係から検討しても、本件分割発明1において、本件連結材が実質的に備えていることをうかがわせるものではない。むしろ、上記イ.でも説示したとおり、本件分割発明1は、本件特許発明1が備える本件連結材を発明特定事項とはしていないから、本件連結材の有無は任意のものとなり、本件分割発明1には、本件連結材を備える細断機又は本件連結材を備えていない細断機のいずれもが包含されると解するのが相当である。
よって、請求人の主張には理由がない。

(5)むすび
以上のとおり、本件特許発明1又は本件特許発明4は、本件分割発明1又は本件分割発明2と同一ではない。よって、その余の当事者の主張について検討するまでもなく、請求人の重複特許違反に係る主張には理由がない。

第6.結論
以上のとおりであるから、請求人の主張する理由及び証拠方法によっては本件特許発明1、本件特許発明3及び本件特許発明4についての特許を無効とすることができない。

審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人が負担すべきものとする。

よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2009-06-05 
結審通知日 2009-06-11 
審決日 2009-07-02 
出願番号 特願2002-272376(P2002-272376)
審決分類 P 1 123・ 5- Y (B02C)
P 1 123・ 537- Y (B02C)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 村山 禎恒  
特許庁審判長 小谷 一郎
特許庁審判官 森藤 淳志
深澤 幹朗
登録日 2007-03-30 
登録番号 特許第3936268号(P3936268)
発明の名称 細断機  
代理人 鈴江 正二  
代理人 河野 登夫  
代理人 野口 富弘  
代理人 河野 英仁  
代理人 室谷 和彦  
代理人 木村 俊之  

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