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審決分類 審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 A61B
審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない。 A61B
管理番号 1207969
審判番号 不服2007-8855  
総通号数 121 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2010-01-29 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2007-03-29 
確定日 2009-12-04 
事件の表示 特願2000- 42982「超音波診断装置及び被検体の断層像形成方法」拒絶査定不服審判事件〔平成13年 8月28日出願公開、特開2001-231781〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、平成12年2月21日の出願であって、平成19年2月23日付けで拒絶査定がされ、これに対し、同年3月29日に拒絶査定不服審判の請求がされるとともに、同年4月27日付けで手続補正(以下、「本件補正」という。)がなされたものである。その後、当審において審尋し、これに対し平成20年12月1日付けで回答書が提出された。


第2 本件補正の却下の決定
[補正却下の決定の結論]
平成19年4月27日付けの手続補正を却下する。
[理由]
1 補正後の本願発明
本件補正は、特許請求の範囲を補正するものであって、平成18年12月22日付け手続補正書の特許請求の範囲1を以下のとおり補正するものである。(下線部は補正箇所を示す。)
「 複数の素子を備え被検体に対し超音波を送波し反射波を受信する探触子と、
前記探触子の各素子からの受信信号に対して整相加算処理を行い、かつ前記超音波のビーム間隔を設定して受信ビームを形成するビーム形成部と、
前記受信ビームの間隔と前記受信ビームの幅に基づいて除数を出力する除数出力部と、
前記ビーム形成部から出力された受信ビームのサンプルデータを記憶する信号記憶部と、
前記ビーム形成部から出力された受信ビームと前記信号記憶部に記憶された当該受信ビームに隣接する受信ビームの対応するサンプルデータを加算し前記除数で除算することによって補間受信ビームを作成するビーム補間部と、
前記受信ビーム及び前記補間受信ビームを画像信号に変換する画像処理部と、
前記画像処理部の出力を断層像として表示する表示部とを備えることを特徴とする超音波診断装置。」(以下、「本願補正発明」という。)
上記補正は、発明特定事項である「ビーム形成部」について、「超音波のビーム間隔を設定」するという機能を付加するものであるから、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第4項第2号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
そこで、本願補正発明が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか(平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に適合するか)について以下に検討する。

2 特許法第36条第4項に規定される記載要件について

ア 本願補正発明の課題
本願補正発明の課題について検討すると、明細書の段落【0005】には「図4に示す受信ビーム補間方法は、隣接受信ビーム(R1とR2、あるいはR2とR3)加算後の除算において除数を2としている。この方式は受信ビームR1,R2,R3の間隔がビーム幅に比べて十分小さい場合に適しているが、受信ビームR1,R2,R3の間隔がビーム幅とあまり変わらない場合にはラスタ間で感度ばらつきが生じる。」と記載されており、段落【0008】には「本発明は、このような従来技術の問題点に鑑み、ラスタ感度が一定であり、なおかつ補間演算量が少ない受信ビーム補間方法を用いる超音波診断装置及び被検体の断層像形成方法を提供することを目的とする。」と記載されている。これらの記載によれば、本願補正発明の課題は、ラスタ間での感度ばらつきが生じることがないように、ラスタ感度が一定である補間方法を提供するものといえる。
そして、明細書の段落【0010】には、「除数出力部の出力数値(除数)は、ビーム形成部から出力される受信ビームの強度と、ビーム補間部から出力される補間受信ビームの強度とが略等しくなるように決定することができる。除数出力部の出力数値(除数)は√2以上2以下である。」と記載されており、本願補正発明も「前記探触子の各素子からの受信信号に対して整相加算処理を行い、かつ前記超音波のビーム間隔を設定して受信ビームを形成するビーム形成部」、「前記受信ビームの間隔と前記受信ビームの幅に基づいて除数を出力する除数出力部」および「前記ビーム形成部から出力された受信ビームと前記信号記憶部に記憶された当該受信ビームに隣接する受信ビームの対応するサンプルデータを加算し前記除数で除算することによって補間受信ビームを作成するビーム補間部」を構成要件とすることから、本願補正発明は、上記ビーム形成部、除数出力部、および、ビーム補間部により、ラスタ感度が一定である補間方法を提供する課題を達成しようとするものであるといえる。

そこで、本願補正発明が、発明の詳細な説明の記載に基づいて実施することにより上記課題を解決することができるか否かについて検討する。

イ 本願明細書の記載事項
本願の明細書には、以下の記載がある。
「【0016】超音波診断装置の操作可能な装置パラメータとしては、超音波送受信に用いる探触子の口径長がある。超音波のビーム幅は口径長に反比例するため、口径操作はビーム幅操作と等価である。ビーム幅が小さいほど、つまり口径が大きいほど、断層像の分解能が向上するという診断時のメリットがある。ただし大口径撮像では、独立に制御すべき素子数が増えるため回路規模が大きくなる。また焦点深度が浅くなるため、フォーカス間隔を小さくする必要があり、回路制御も複雑になる。
【0017】別の操作可能な装置パラメータとして、超音波送受信ごとにビームを移動する間隔がある。これがビーム間隔である。ビーム間隔が小さい場合、診断時のメリットは断層像の分解能向上であり、デメリットは断層像フレームレートの低下である。ビーム間隔が大きい場合、診断時のメリットは断層像の高フレームレート化であり、デメリットは断層像の分解能劣化である。次に、図8を用いて図1に示した超音波診断装置のビーム形成方法について説明する。図中の記号が意味するものは図4と同じである。
【0018】まず探触子1が被検体に対し、目的方向にフォーカスされた超音波を送信する。これにより図8の送信ビームT1が形成される。被検体からの反射信号が探触子1で受信される。探触子1の各素子からの受信信号に対しビーム形成部2が遅延、加算処理を行い、目的方向からの反射信号のみを増幅する。この遅延、加算処理は一般に整相加算と呼ばれ、受信のフォーカシング処理である。整相加算処理により受信ビームR1が形成される。以降では整相加算処理で形成される受信ビームを実受信ビームと呼ぶ。受信ビーム形成時には、フォーカシング処理によりフォーカス位置を探触子1の口径から近い位置から遠い位置に順次変更しながら、各フォーカス位置d1,d2,d3,…,dnからの反射信号強度を増幅する。すなわち、いまフォーカス位置djからの反射信号強度(振幅)をxjとすると、実受信ビームR1の形成時には、信号列(受信ビームのサンプルデータ)x1,x2,x3,…,xnが得られる。以下では、これをR1=(x1,x2,x3,…,xn)のように表す。実受信ビームR1は画像処理部5に出力されると同時に、信号記憶部3に記憶される。
【0019】次に、探触子1からの超音波送信により、送信ビームT2を形成する。被検体からの反射信号が探触子1で受信される。受信信号に対しビーム形成部2が整相加算処理を行い、実受信ビームR1に隣接する実受信ビームR2=(y1,y2,y3,…,yn)が形成される。実受信ビームR2は画像処理部5及びビーム補間部4に出力されると同時に、信号記憶部3に記憶される。ビーム補間部4では、ビーム形成部2から出力された実受信ビームR2と信号記憶部3に記憶されている実受信ビームR1との補間演算が実行され、補間受信ビームR12として次のように、R12=(R1+R2)/Nが求められる。ここでNは、除数出力部7の出力データである。
【0020】R12=((x1+y1)/N,(x2+y2)/N,(x3+y3)/N,…,(xn+yn)/N)」
「【0023】除数出力部7は、ビーム間隔判定部8からの出力とビーム幅判定部9の出力に基づいて、補間演算に用いる除数Nを補間演算部4に出力する。ビーム間隔判定部8は実受信ビームR1,R2,R3の間隔(ビーム間隔)Lを出力する。ビーム幅判定部9は実受信ビームR1,R2,R3のビーム幅Wを出力する。ビーム幅Wは、図6(a)にて説明したものと同じである。Nはビーム間隔と、ビーム幅の大小関係により決定される。」
「【0026】次に、除数出力部7の動作の一例について説明する。一例としての除数出力部7は、図6(a)に示すようにビーム間隔がビーム幅に比べて十分に小さい場合(図6(a)ではビーム間隔=1/2ビーム幅)には、除数Nの値として2を出力し、また、図6(b)のようにビーム間隔がビーム幅とあまり変わらない場合(図6(b)ではビーム間隔=ビーム幅)には、除数Nの値として√2を出力するものとすることができる。
【0027】除数Nを√2としたときの実受信ビームと補間受信ビームの比較を図9に示す。実線は実受信ビーム、点線は補間受信ビームである。図6(b)では実受信ビームと補間受信ビームの総面積が大きく異っていたのに対し、図9では実受信ビームと補間受信ビームの総面積がほぼ等しい。これによりビーム間隔がビーム幅とあまり変わらない場合でも、ラスタ間に感度差を生じないことが分かる。」

ウ 本願補正発明の実受信ビーム
まず、本願補正発明の「前記探触子の各素子からの受信信号に対して整相加算処理を行い、かつ前記超音波のビーム間隔を設定して受信ビームを形成するビーム形成部」により出力される受信ビームがどのようなものであるのかを確認する。上記段落【0018】に「探触子1の各素子からの受信信号に対しビーム形成部2が遅延、加算処理を行い、目的方向からの反射信号のみを増幅する。この遅延、加算処理は一般に整相加算と呼ばれ、受信のフォーカシング処理である。整相加算処理により受信ビームR1が形成される。以降では整相加算処理で形成される受信ビームを実受信ビームと呼ぶ。」および「すなわち、いまフォーカス位置djからの反射信号強度(振幅)をxjとすると、実受信ビームR1の形成時には、信号列(受信ビームのサンプルデータ)x1,x2,x3,…,xnが得られる。以下では、これをR1=(x1,x2,x3,…,xn)のように表す。実受信ビームR1は画像処理部5に出力されると同時に、信号記憶部3に記憶される。」と記載されていることから、ビーム形成部から出力される受信ビーム、つまり実受信ビームは、目的方向からの反射信号のみを増幅するように整相加算処理して得られた、各フォーカス位置からの振幅に相当する反射信号強度の信号列(x1,x2,x3,…,xn)であることが確認できる。ここで、上記段落【0016】の「ビーム幅が小さいほど、つまり口径が大きいほど、断層像の分解能が向上するという診断時のメリットがある。」という記載によれば、目的方向からの反射信号のみを増幅しようとしても、受信ビームには分解能に相当する「ビーム幅」があるため、受信ビームを構成する信号列(x1,x2,x3,…,xn)におけるそれぞれの信号は、「ビーム幅」に相当する幅を有するフォーカス位置から得られる反射信号の振幅となることがわかる。

エ 本願補正発明の補間処理
次に、本願補正発明の「前記受信ビームの間隔と前記受信ビームの幅に基づいて除数を出力する除数出力部」が出力する除数について確認する。上記段落【0026】に、除数出力部7の動作の一例として、「ビーム間隔がビーム幅に比べて十分に小さい場合…には、除数Nの値として2を出力し、また、…ビーム間隔がビーム幅とあまり変わらない場合…には、除数Nの値として√2を出力するものとすることができる。」と記載されていることから、ビーム間隔がビーム幅とあまり変わらない場合に、√2を除数Nとして出力することが理解できる。
さらに、本願補正発明の「前記ビーム形成部から出力された受信ビームと前記信号記憶部に記憶された当該受信ビームに隣接する受信ビームの対応するサンプルデータを加算し前記除数で除算することによって補間受信ビームを作成するビーム補間部」の作用について確認すると、上記段落【0019】には、「ビーム補間部4では、ビーム形成部2から出力された実受信ビームR2と信号記憶部3に記憶されている実受信ビームR1との補間演算が実行され、補間受信ビームR12として次のように、R12=(R1+R2)/Nが求められる。」と記載されており、段落【0020】に「R12=((x1+y1)/N,(x2+y2)/N,(x3+y3)/N,…,(xn+yn)/N)」と記載されている。
以上より、本願明細書には、補間処理として、ビーム間隔がビーム幅とあまりかわらない場合、つまり、隣り合う実受信ビーム同士がほとんど重ならない場合には、各フォーカス位置において、それぞれの受信ビームの受信信号を足して√2で割ることにより補間受信ビームの信号を演算し、ビーム間隔がビーム幅に比べて十分に小さい場合、つまり、隣り合う実受信ビーム同士が重なり合う場合には、従来技術と同様に、各フォーカス位置において、それぞれの受信ビームの反射信号を足して2で割ることにより補間受信ビームの信号を演算することが、記載されているといえる。

オ 本願補正発明の課題の解決
ここで、上記のとおりの演算を実行した場合に、ラスタ感度が一定である補間方法が提供されることになり、本願補正発明の課題が解決されうるかについて検討する。感度が一定であるということは、同じ条件において同一の出力が得られることであるから、補間演算に用いる2つの実受信ビームの特定のフォーカス位置からの受信信号の振幅がそれぞれAであったとすると、ビーム間隔がビーム幅とあまりかわらない場合の補間ビームの同じフォーカス位置の値は
(A+A)/√2=√2A
となり、実受信ビームの信号強度Aと補間ビームの信号強度√2Aが異なり、感度が一定とはならない。一方、従来技術の、足して2で割る演算手法を採用すると、
(A+A)/2=A
となり、感度が一定となる。そして、それぞれの受信ビームの取得は独立して行われるものであるため、ビーム間隔を変化させても、それぞれの受信ビームの値はビーム間隔に依存して変化するとはいえないから、ビーム間隔よって作用効果が異なるとはいえない。
次に、明細書の段落【0027】において、「図9では実受信ビームと補間受信ビームの総面積がほぼ等しい。これによりビーム間隔がビーム幅とあまり変わらない場合でも、ラスタ間に感度差を生じないことが分かる。」と説明されているので、上記記載について検討する。実受信ビームと補間受信ビームの形状については、明細書の段落【0005】に「図6のグラフにおいて、実線は遅延、加算処理で得られた受信ビーム(以下、実受信ビームという)、点線は実受信ビームの補間処理で得られた受信ビーム(以下、補間受信ビームという)である。縦軸は実受信ビームの最大振幅で規格化したビーム振幅、横軸はビームの方位方向である。」、段落【0006】には「ここでラスタの感度に影響を及ぼすビーム強度とは、図6に示したビームの総面積である。よって図6(a)のように実線で示した実受信ビームの総面積と点線で示した補間受信ビームの総面積とがほぼ等しい場合にはラスタ間に感度差を生じないが、図6(b)のように実受信ビームと補間受信ビームの総面積が大きく異なるとラスタ間に感度差が生じる。」という記載があり、段落【0007】および【0008】にも同様の記載があるが、実線で示される実受信ビームの形状から点線で示される補間処理で得られた受信ビームの形状をどのようにして求めるのかが説明されていない。そして、段落【0018】の記載によれば、実受信ビームは反射信号強度の信号列(x1,x2,x3,…,xn)として出力されるものであり、幅を有する領域からの反射に基づくものではあるが、ビーム幅方向を判別しうる情報を有さないものである。上記実受信ビームの信号列から算出されると定義される補間受信ビームについて、どのような原理で点線で示される形状および面積が算出されるのかは不明であり、説明されてもいない。したがって、本願補正発明がラスタ感度が一定である補間方法を提供するものであるということを、当業者が明確かつ十分に理解できるように記載されているとはいえない。
また、本願の明細書には、ラスタ感度が一定になることを証明する実験例についての記載はない。
したがって、本願明細書の発明の詳細な説明が、本願補正発明の課題を当業者が解決することができる程度に明確かつ十分に記載されているとはいえない。

カ 請求人の主張
(ア)請求人は、前置審尋に対する回答書において、補間位置上に反射体が存在する場合を想定し、除数を2とすると、想定した反射体強度の値を過少評価してしまうことになると主張する。上記主張について検討すると、実受信ビームは、整相加算処理により探触子の口径部分からの特定の距離(フォーカス部分)における反射波を加算するものであるから、ラスタ(走査線)から1/2ビーム幅分外れた位置に存在する反射体からのデータは、実際の探触子からの距離とズレた距離のデータとして検出され、試験体が超音波の減衰の大きな媒体からなる場合にはその信号強度もズレて検出されることとなる。しかし、すでに確認したように、実受信ビームは反射信号強度の信号列(x1,x2,x3,…,xn)として出力されるものであり、反射体のビーム幅方向の位置を判別しうる情報を有さないものであるから、得られた実受信ビームの強度信号が、ラスターからどの方向にどの程度ズレた位置に存在する反射体からの信号であるかを区別することはできないものであり、補間位置上の反射体からの反射信号のみに対して適切とされる補間演算を実行することはできない。そして、たまたま補間位置上の特定のフォーカス位置に反射体が存在しており、その反射体からの実受信ビーム上で得られる信号強度を足して√2で割るという演算処理を行うと本来の信号強度に変換されるという位置関係にあったとしても、探触子からのフォーカス位置にズレを生じた状態で信号強度を増加させることになる。また、実受信ビーム上に位置する反射体からの信号については、補間受信ビーム上において実際より大きく算出することになるものであるから、ラスタ感度が一定となるという課題を解決することになるということはできない。

(イ)請求人は、明細書段落【0003】に挙げられている従来技術の米国特許第5390674号明細書の記載および、明細書【0021】の「ここでビーム信号を画像ラスタに変換する最も一般的な演算は、『絶対値処理』→『ローパスフィルタ処理』→『対数圧縮処理』→『輝度変調処理』である。」という記載を根拠として、本願補正発明において扱う信号値は、複素数であることに限定して解釈すべきであると主張している。また、超音波の受信信号を位相の情報を含む複素数として扱うことは一般に行われていることといえる。そこで、仮に本願補正発明の「受信ビームのサンプルデータ」が複素数であると限定されていたとして検討すると、「受信ビームのサンプルデータ」が複素数であると限定されていたとしても、特定のビーム間隔を隔てて隣り合う実受信ビームはそれぞれ独立して形成された送信ビームから生成されるものであり、独立して取得されるものであるから、ビーム間隔によって実受信ビームの強度や位相に変化が生じるものとはいえず、ビーム間隔によって作用効果が異なるとはいえない。さらに請求人は、足して除数Nで割る演算は、複素数の実部同士および虚部同士で行うと主張するが、ビーム補間部でどのような演算の仕方をするにしても、ビーム形成部で形成される実受信ビームの強度および位相に影響を与えるものではないから、作用効果が異なるとはいえない。

(ウ)請求人は、当審の求めに応じ、効果について実例を示して説明しているので、これについて検討する。平成21年6月8日付けで送付されたFAXによれば、提示された実験例における計算方法は、以下のとおりである。
1.超音波ビームの点応答関数を計算
2.撮像対象と、二次元コンボリューションによってBモード画像用複素RFデータを計算
3.複素RFデータの絶対値をとり、logをとることでBモード画像(スキャンピッチがビーム幅の半分)を計算
4.スキャンピッチがビーム幅の半分の画像を2ラスターに一回の間引きで、スキャンピッチがビーム幅の画像を計算
5.補間係数を2と√2で計算(FAX第2頁)
複素数のデータの絶対値をとり、20log10でdB値を輝度としている。
さらに、包絡線検波処理として、画像の縦方向に30点のローパスフィルタ処理を加えている。(FAX第5頁)
N=2の補間(FAX第7頁)および、N=ルート2の補間(FAX第8頁)に示されるデータをみると、補間データは、補間前のデータの実部同士および虚部同士をそれぞれ別個に足し合わせ、除数2または√2で割っている。
複素データ(a+bi)から輝度データに変換(20log_(10)(a^(2)+b^(2)))
時間方向(深さ方向)に平均化処理(今回の場合は10点加算平均)(FAX第10頁)
そして、スキャンピッチがビーム幅の画像に対し補間係数=2と補間係数=√2による補間後のデータを示し、補間係数=2の場合は「補間データと元のデータの間で輝度差が生じるため、画像に縞々のアーチファクトが見える」のに対し、補間係数=√2の場合は「顕著なアーチファクトは見えない」としている(FAX第4頁)。

まず、計算方法として、複素数の実部同士および虚部同士で別個に足して除数Nで割るという特定の演算方法を用いることが、本願補正発明の補間処理に相当するものであるかについて検討すると、本願明細書には、段落【0021】にビーム信号を画像ラスタに変換する最も一般的な演算として「絶対値処理」が記載されているものの、補間処理に関する記載でも、実部同時および虚部同士で別個に演算することを規定するものでもない。そして、段落【0019】および【0020】に「ビーム補間部4では、…補間演算が実行され、補間受信ビームR12として次の用に、R12=(R1+R2)/Nが求められる。」、「R12=((x1+y1)/N,(x2+y2)/N,(x3+y3)/N,…,(xn+yn)/N)」と記載されているものの、xnおよびynを用いた演算が実部および虚部それぞれにおいて別個に行われることが記載されているとはいえない。そして、段落【0018】には、「フォーカス位置djからの反射信号強度(振幅)をxjとすると、実受信ビームR1の形成時には、信号列(受信ビームのサンプルデータ)x1,x2,x3,…,xnが得られる。」と記載されているが、xnが実部または虚部のいずれかを表す記号であるとすると、実部同士および虚部同士を別個に演算して補間したデータは、振幅を表す反射信号強度とはいえないものとなる。また、反射波の強度を複素数として表現する場合、振幅は√(実部^(2)+虚部^(2))として算出されるものであり、実部同士および虚部同士を別個に演算することの技術的意義も不明である。
請求人は、従来技術において実部同士および虚部同士を別個に演算する手法が採用されているとし、本願補正発明もその手法を採用することを前提としていると主張する。しかし、本願明細書の段落【0003】において従来技術として挙げられている特開平10-290801号公報には、「I、Qサンプリング方法を採用している。」(段落【0031】)と記載されているが、段落【0033】に、「それぞれの素子から取得された信号試料は、図6の段階42に示すように、別個に結合された連続するIとQ試料により、帯域通過フィルタ処理される。例えば、帯域通過フィルタ処理は、時間I_(c1)および-I_(c1)で採取された2つの試料を加算することによって行われ、フィルタ処理されたI試料と、時間Q_(c1)および-Q_(c1)で採取された2つの試料を加算することによりフィルタ処理されたQ試料を作成する。好適例では、望ましい帯域幅は変換器周波数の1周期からIおよびQ試料を加算することによって作成される。」と記載されているように、I、Qサンプリング方法は、実部同士および虚部同士を別々に補間演算するものではない。また、本願明細書の段落【0003】において従来技術として挙げられている米国特許第5390674号明細書の第3欄第15?46行には、line interpolater 16 (ライン補間装置16)による spatially intermediate lines (空間中間ライン)の形成法の一つとして、「The signals from the currently received line from the bandpass filter and demodulator 14 are applied to the imput of a delay line 30 with a delay of one line cycle (where a line cycle is the total of both the transmit and receive periods as well as any periods therebetween.)」(バンドパスフィルタおよび復調器14からの現在の受信ラインからの信号を、1ライン周期遅延させる遅延ライン30の入力に用いる)および「The weighted signals at the outputs of the divide by two circuits are applied to a summer 36 where they are combined to form an interpolated echo information signal X_(3), which is available for detection, as is one of the actually received lines of echoes signals, either at the output of the delay line as shown as S31, or the currently received line signal S_(32).」(2つの回路に分割され重み付けされた信号は、アナログ加算器36に適用され、そこで組み合わされ、S31で示される遅延ライン出力または現在受信しているラインシグナルS_(32)のように実際に受信したエコー信号のラインとして検知に利用可能な補間エコー情報信号X_(3)を形成する。)という記載があり、1ライン周期異なる信号をそれぞれ2で割り、足し合わせることで、中間ラインの信号値X_(3)を算出することが記載されているものの、実部同士および虚部同士を別々に補間演算することについて記載されていない。
以上のとおり、本願の明細書には、複素数の実部同士および虚部同士で別個に足して除数Nで割るという特定の演算方法を用いることが記載されておらず、先行技術も上記演算方法を用いるものとはいえないから、上記の演算方法を用いて計算を行った結果効果が生じるとする上記実例は、本願補正発明の効果を証明するものとはいえない。

次に、実例に示された複素RFデータを用い、振幅に相当する反射信号強度として複素RFデータの絶対値を算出することとし、この信号強度をxnまたはynとして本願の明細書段落【0020】に記載される式に代入して補間演算を行い、輝度のデータを算出した場合について検討すると、除数を2とした場合には、補間受信ビームの輝度は必ず両実受信ビームの輝度の間の値となりアーチファクトが発生しないのに対し、除数を√2とした場合には、アーチファクトが発生することがあり、ラスタ感度が一定である補間方法を提供するという課題を解決できない。

したがって、請求人の主張する効果は、明細書の記載に基づかない特殊な計算方法を採用した場合の効果であり、本願補正発明が課題を解決することを証明するものとはいえない。

なお、前記FAX第4頁に示された画像は、画像の縦方向に平均化処理が行われているため、双方にアーチファクトが生じているようにも見えるものであり、除数の違いによる効果の差異を定量的に比較することが困難である。

(エ)請求人は、平成21年9月3日付けのFAXにおいて、受信ビーム、受信ビームが幅をもつ理由、ラスター間の補間点でのデータのラスター上におよぼす影響、複素補間すると空間分解能が良くなること、について説明を加えている。しかしながら、いずれの説明も本願補正発明が上記課題を解決することを説明するものではない。

3 むすび
以上のとおり、本願の発明の詳細な説明の記載は、本願補正発明の課題を当業者が解決することができる程度に明確かつ十分に記載されているとはいえないから、特許法第36条第4項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。
したがって、本件補正は、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に違反するので、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。


第3 本願発明
1 特許を受けようとする発明
以上のとおり、本件補正は却下されることとなったので、本願の請求項1?4に係る発明は、平成18年12月22日付け手続補正書の特許請求の範囲の請求項1?4に記載された事項により特定されるとおりのものであり、その請求項1に係る発明は以下のとおりである。
「【請求項1】
複数の素子を備え被検体に対し超音波を送波し反射波を受信する探触子と、
前記探触子の各素子からの受信信号に対して整相加算処理を行って受信ビームを形成するビーム形成部と、
前記受信ビームの間隔と前記受信ビームの幅に基づいて除数を出力する除数出力部と、
前記ビーム形成部から出力された受信ビームのサンプルデータを記憶する信号記憶部と、
前記ビーム形成部から出力された受信ビームと前記信号記憶部に記憶された当該受信ビームに隣接する受信ビームの対応するサンプルデータを加算し前記除数で除算することによって補間受信ビームを作成するビーム補間部と、
前記受信ビーム及び前記補間受信ビームを画像信号に変換する画像処理部と、
前記画像処理部の出力を断層像として表示する表示部とを備えることを特徴とする超音波診断装置。」(以下、「本願発明」という。)

2 原査定の拒絶の理由
一方、原査定の拒絶の理由の概要は、以下のとおりである。

[理由1]
この出願は、特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の記載が、特許法第36条第4項及び第6項第2号に規定する要件を満たしていない。

3 当審の判断
本件補正は、「ビーム形成部」について機能を付加するものであるが、発明の解決しようとする課題を変更するものではないから、本願補正発明において付加された機能を除いたものに相当する本願発明の課題も、本願補正発明と同様に、ビーム形成部、除数出力部、および、ビーム補間部により、ラスタ感度が一定である補間方法を提供する課題を達成しようとするものである。
そして、すでに、「第2 2 特許法第36条第4項に規定される記載要件について」において検討したとおり、本願明細書の発明の詳細な説明が、上記課題を当業者が解決することができる程度に明確かつ十分に記載されているとはいえないものである。

4 むすび
以上のとおり、本願は、特許法第36条第4項の要件を満たしておらず、拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2009-09-29 
結審通知日 2009-10-06 
審決日 2009-10-19 
出願番号 特願2000-42982(P2000-42982)
審決分類 P 1 8・ 536- Z (A61B)
P 1 8・ 575- Z (A61B)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 川上 則明門田 宏  
特許庁審判長 岡田 孝博
特許庁審判官 宮澤 浩
信田 昌男
発明の名称 超音波診断装置及び被検体の断層像形成方法  
代理人 平木 祐輔  

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