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審決分類 |
審判 査定不服 4号2号請求項の限定的減縮 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) H05B 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) H05B 審判 査定不服 4項3号特許請求の範囲における誤記の訂正 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) H05B 審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) H05B |
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管理番号 | 1208619 |
審判番号 | 不服2007-16281 |
総通号数 | 122 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許審決公報 |
発行日 | 2010-02-26 |
種別 | 拒絶査定不服の審決 |
審判請求日 | 2007-06-11 |
確定日 | 2009-12-09 |
事件の表示 | 特願2003-282124「有機電界発光ディスプレイ装置」拒絶査定不服審判事件〔平成16年11月11日出願公開、特開2004-319424〕について、次のとおり審決する。 |
結論 | 本件審判の請求は、成り立たない。 |
理由 |
第1 手続の経緯 本件出願は平成15年7月29日(パリ条約による優先権主張 2003年4月17日、大韓民国)の出願であって、平成18年5月22日付けで拒絶理由が通知され、平成18年11月30日付けで意見書及び手続補正書が提出されたが、平成19年3月5日付けで拒絶査定がなされたため、これを不服として平成19年6月11日に本件審判請求がなされるとともに、同日付けで手続補正書が提出されたものである。 そして、当審においてこれを審理した結果、平成20年10月16日付けで拒絶理由(いわゆる「最後の拒絶理由通知」である。)を通知したところ、平成21年3月23日付けで意見書が提出されるとともに、同日付けで明細書及び特許請求の範囲について手続補正がなされたものである。 第2 補正の却下の決定 [補正の却下の決定の結論] 平成21年3月23日付けの手続補正(以下「本件補正」という。)を却下する。 [理由] 1 本件補正の内容 本件補正は、平成19年6月11日付けの手続補正により補正された特許請求の範囲についての 「【請求項1】 第1電極と第2電極との間に少なくとも一つの発光層を含み, 前記第2電極と接した面には,ハロゲン化金属で成り立っている第1層と,前記第1層下面に位置し,電荷輸送層物質と有機‐金属錯体化合物で成り立っている第2層を含めていることを特徴とする,有機電界発光ディスプレイ装置。 【請求項2】 前記電荷輸送手段は,電子であることを特徴とする,請求項1に記載の有機電界発光ディスプレイ装置。 【請求項3】 前記電荷輸送層物質は,ポリサイクリック‐ハイドロカーボン系列誘導体,ヘテロサイクリック化合物,及びその誘導体で成り立っている群のうち少なくとも一つから選択されることを特徴とする,請求項1または2に記載の有機電界発光ディスプレイ装置。 【請求項4】 前記有機‐金属錯体化合物及びハロゲン化金属それぞれは,アルカリ金属,アルカリ土類金属,及び希土類金属からなる群のうち少なくとも一つの金属を含むことを特徴とする,請求項1,2,または3項のうちいずれか1項に記載の有機電界発光ディスプレイ装置。 【請求項5】 前記第1層の厚さは10nm以下であることを特徴とする,請求項1,2,3,または4項のうちいずれか1項に記載の有機電界発光ディスプレイ装置。 【請求項6】 前記第1層の厚さは,0.5nm?10nmであることを特徴とする,請求項1,2,3,4,または5項のうちいずれか1項に記載の有機電界発光ディスプレイ装置。 【請求項7】 前記第2層の厚さは,10nm以下であることを特徴とする,請求項1,2,3,4,5,または6項のうちいずれか1項に記載の有機電界発光ディスプレイ装置。 【請求項8】 前記第2層の前記有機‐金属錯体化合物は,電子輸送層物質と有機‐金属錯体化合物を混合した混合物層の重さに対して75重量%以下で含まれるものであることを特徴とする,請求項1,2,3,4,5,6,または7項のうちいずれか1項に記載の有機電界発光ディスプレイ装置。 【請求項9】 第1層及び第2層の前記有機‐金属錯体化合物は,リガンドとして8-キノリノラトを少なくとも一つ含めるトリス(8-キノリノラト)アルミニウム,8-キノリノラトリチウム,またはこれらの誘導体で成り立っている群から選択される1種の化合物であることを特徴とする,請求項1,2,3,4,5,6,7,または8項のうちいずれか1項に記載の有機電界発光ディスプレイ装置。 【請求項10】 前記有機電界発光ディスプレイ装置は,正孔阻止層をさらに含めるものであることを特徴とする,請求項1,2,3,4,5,6,7,8,または9項のうちいずれか1項に記載の有機電界発光ディスプレイ装置。」 の記載を、 「【請求項1】 第1電極と第2電極との間に少なくとも一つの発光層を含み, 陰極である前記第2電極と接した面には,前記第2電極と接しておりハロゲン化金属で成り立っている第1層と,前記第1層の前記第2電極が接していない側の面と接しており,電子輸送性を有する電荷輸送物質と有機‐金属錯体化合物で成り立っている第2層を含めていることを特徴とする,有機電界発光ディスプレイ装置。 【請求項2】 前記電荷輸送物質は,電子を輸送することを特徴とする,請求項1に記載の有機電界発光ディスプレイ装置。 【請求項3】 前記電荷輸送物質は,ポリサイクリック‐ハイドロカーボン系列誘導体,ヘテロサイクリック化合物,及びその誘導体で成り立っている群のうち少なくとも一つから選択されることを特徴とする,請求項1または2に記載の有機電界発光ディスプレイ装置。 【請求項4】 前記有機‐金属錯体化合物及びハロゲン化金属それぞれは,アルカリ金属,アルカリ土類金属,及び希土類金属からなる群のうち少なくとも一つの金属を含むことを特徴とする,請求項1,2,または3項のうちいずれか1項に記載の有機電界発光ディスプレイ装置。 【請求項5】 前記第1層の厚さは10nm以下であることを特徴とする,請求項1,2,3,または4項のうちいずれか1項に記載の有機電界発光ディスプレイ装置。 【請求項6】 前記第1層の厚さは,0.5nm?10nmであることを特徴とする,請求項1,2,3,4,または5項のうちいずれか1項に記載の有機電界発光ディスプレイ装置。 【請求項7】 前記第2層の厚さは,10nm以下であることを特徴とする,請求項1,2,3,4,5,または6項のうちいずれか1項に記載の有機電界発光ディスプレイ装置。 【請求項8】 前記第2層の前記有機‐金属錯体化合物は,電子輸送物質と有機‐金属錯体化合物を混合した混合物層の重さに対して75重量%以下で含まれるものであることを特徴とする,請求項1,2,3,4,5,6,または7項のうちいずれか1項に記載の有機電界発光ディスプレイ装置。 【請求項9】 第1層及び第2層の前記有機‐金属錯体化合物は,リガンドとして8-キノリノラトを少なくとも一つ含めるトリス(8-キノリノラト)アルミニウム,8-キノリノラトリチウム,またはこれらの誘導体で成り立っている群から選択される1種の化合物であることを特徴とする,請求項1,2,3,4,5,6,7,または8項のうちいずれか1項に記載の有機電界発光ディスプレイ装置。 【請求項10】 前記有機電界発光ディスプレイ装置は,正孔阻止層をさらに含めるものであることを特徴とする,請求項1,2,3,4,5,6,7,8,または9項のうちいずれか1項に記載の有機電界発光ディスプレイ装置。」 と補正することを含むものである。 2 本件補正の適否の検討 (1)目的要件についての検討 本件補正が、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第4項(以下単に「特許法第17条の2第4項」という。)に規定する要件を満たすか否かを検討する。 本件補正のうち、(ア)本件補正前の旧請求項1の「第2電極」を本件補正後の請求項1の「陰極である前記第2電極」とする補正は、「第2電極」が「陰極である」と限定的に限縮することを目的とする補正であり、(イ)本件補正前の旧請求項1の「前記第2電極と接した面には,・・・第1層と,前記第1層下面に位置し・・・ている第2層を含めていること」を本件補正後の請求項1の「前記第2電極と接した面には,前記第2電極と接して・・・いる第1層と,前記第1層の前記第2電極が接していない側の面と接して・・・いる第2層を含めていること」とする補正は、「第2電極」、「第1層」及び「第2層」の隣接関係を限定的に限縮することを目的とする補正であり、(ウ)本件補正前の旧請求項1の「電荷輸送層物質」を本件補正後の請求項1の「電子輸送性を有する電荷輸送物質」とする補正は、「電荷輸送層物質」を「電荷輸送物質」として誤記の訂正を図るとともに、前記「電荷輸送物質」が「電子輸送性を有する」と限定的に限縮することを目的とする補正である。 したがって、本件補正は、特許法第17条の2第4項第2号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」及び同項第3号に掲げる「誤記の訂正」を目的とする補正に該当する。 以上のとおりであるから、本件補正は、特許法第17条の2第4項の規定に適合する。 (2)独立特許要件についての検討 上記第2の2(1)で検討したとおり、本件補正のうち本件補正前の旧請求項1を本件補正後の請求項1と補正する目的には特許法第17条の2第4項第2号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」が含まれるから、本件補正が平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第5項(以下単に「特許法第17条の2第5項」という。)において準用する同法第126条第5項に規定する要件を満たすか否か、すなわち、本件補正後の請求項1に係る発明(以下「本件補正発明」という。)が特許出願の際独立して特許を受けることができるか否かを検討する。 ア 本件補正発明の認定 本件補正発明は、本件補正により補正された特許請求の範囲の記載からみて、次のとおりのものと認める。 「第1電極と第2電極との間に少なくとも一つの発光層を含み, 陰極である前記第2電極と接した面には,前記第2電極と接しておりハロゲン化金属で成り立っている第1層と,前記第1層の前記第2電極が接していない側の面と接しており,電子輸送性を有する電荷輸送物質と有機‐金属錯体化合物で成り立っている第2層を含めていることを特徴とする,有機電界発光ディスプレイ装置。」 イ 引用刊行物の記載事項 当審で通知した拒絶理由に引用され、本件出願の優先日前に頒布された刊行物である欧州特許出願公開第1285957号明細書(以下「引用例1」という。)には、以下の(ア)ないし(コ)の記載が図面とともにある(なお、訳文は当審による訳文である。)。 (ア)「[0001] 本発明は、塗布法により積層形成された有機層を備えた有機エレクトロルミネッセント(EL)素子に関し、特に、高信頼性で高効率な有機EL素子に関する。本発明は、また、下層を侵すことなく安定なアモルファス膜を形成できる塗布溶媒を用いた有機EL素子の製造方法に関する。本発明は、さらに、従来陰極または電子注入電極に用いられなかった安定な金属塩を用いた有機EL素子に関する。」 (イ)「[0019] 本発明の第一の目的は、塗布により形成された有機層の多層構造を備え、高輝度で長寿命であるとともに、高効率で高信頼性であり取り扱いが簡便な有機EL素子を提供し、塗布により有機層を多層構造に形成することができ、このため短時間でかつ簡便に有機EL素子を製造できるような、高効率で高信頼性を有する有機EL素子の製造方法を提供することである。 [0020] また、本発明の第二の目的は、安定な金属種の金属塩を電子注入層に用いることによって低電圧で駆動することができ、取り扱いが容易で、輝度半減寿命の長い有機EL素子を提供することである。」 (ウ)「第1実施形態 [0039] 本発明の第1実施形態によれば、図1に示されるように、有機EL素子は、基板1上に陽極2を有する。そして、陽極2上に、典型的には発光層である有機層3、電子注入層4および陰極5が積層されている。なお、有機層3は、単層でも複数の層から構成されていてもよい。また、積層の順序はこの逆でもよい。積層構成は、特定のディスプレイの仕様や作製プロセスに応じて、適切なものにすればよい。 [0040] 陰極5に接する電子注入層4は、25℃における標準電極電位が-1.8V未満の金属を有する有機金属塩および/または有機金属錯体化合物を含有し、かつ塗布により形成された電子注入性の有機層である。この実施形態では、高分子EL材料を含有する有機高分子層が電子注入性の有機層に接して設けられる。」 (エ)「[0049] (中略) 実施形態(i) 25℃における標準電極電位が-1.8V未満の金属を有する有機金属塩および/または有機金属錯体化合物を含有する電子注入層が塗布により形成された場合 [0050] 有機金属塩および有機金属錯体化合物の金属は、25℃における標準電極電位が-1.8V未満のものであり、好ましくは、-2.2V以下-3.1V以上である。(以下略)」 (オ)「[0066] このような有機金属塩および有機金属錯体化合物の例示的で非限定的な具体例としては、次のようなものが挙げられる。 [0067] (中略) 」 (カ)「[0068] 陰極に接して設けられる電子注入性の有機層は、さらに、電子輸送性材料を含有することが好ましい。電子輸送性材料としては、オキサジアゾール環、トリアゾール環、キノキサリン環、フェナントロリン環、キノリノール環、チアジアゾール環またはピリジン環を有する化合物や、シアノ基を有する化合物が好ましい。電子輸送性材料として、特に、オキサジアゾール環、トリアゾール環、キノキサリン環、フェナントロリン環、キノリノール環、チアジアゾール環、ピリジン環、あるいはシアノ基を有する化合物を用いるのは、電子移動度が高く、正孔阻止性が高いため、高分子EL発光材料の発光効率を高めることができるからである。また、このような電子輸送性材料の塗膜のアモルファス性が高くなり、素子の長寿命化を図ることができる。特に、オキサジアゾール環、キノリノール環を有する化合物が好ましい。 [0069] これらの化合物は、単量体であっても多量体であってもよい。有用な化合物を以下に示す。なお、Mwは重量平均分子量であり、nは重合度である。(中略) 」 (キ)「[0071] 電子注入性の有機層において、有機金属塩および/または有機金属錯体化合物に対する電子輸送性材料の適切な混合比は、モル比で、99/1以下であることが好ましい。有機金属塩および/または有機金属錯体化合物の割合が少なくなると、電子注入能力が低くなる。上記混合比の下限は0である。電子輸送性材料を用いるとき、導電性についての均衡を考慮して、上記混合比は、通常、90/10?10/90の範囲とされる。また、必要に応じて、バインダー樹脂を混合してもよい。」 (ク)「[0185] 本発明の素子を平面上に複数並べてもよい。平面上に並べられたそれぞれの素子の発光色を変えて、カラーのディスプレイにすることができる。基板上に色フィルター膜や色変換膜(蛍光性物質を含む)、あるいは誘電体反射膜を用いて、発光色をコントロールしてもよい。」 (ケ)「例1 [0188] 厚さが200nmでシート抵抗率が15Ω/□である酸化インジウム錫(ITO)陽極が形成されたガラス基板上に、バイトロンP(バイエル株式会社製のポリスチレンスルホン酸を有するポリエチレンジオキサイドチオフェンのポリマーの水性分散液)をスピンコートして厚さ40nmのホール注入層を形成した。 [0189] 次いで、ホール輸送性発光層を形成した。ホール輸送性発光層は、式(P-2)で表される化合物であるポリアリールフルオレン誘導体をトルエン溶媒に質量百分率で1.5%の濃度で溶解させ、この溶液をスピンコートして、厚さを70nmとした。 [0190] 次いで、電子注入性の有機層をスピンコートで形成した。電子注入性の有機層は、50モル%の例示化合物E-1であるオキサジアゾール誘導体と50モル%の例示化合物C-1であるモノ(アセチルアセトナト)ナトリウム錯体(Na(acac))との混合物をエチルセロソルブ溶媒に質量百分率で0.5%の濃度で溶解させ、この溶液をスピンコートして、厚さを10nmとした。 [0191] ここで、塗布された構造体を50℃で1時間真空乾燥を行った。上記の膜厚は、いずれも真空乾燥後のものである。 [0192] 次いで、前記構造体の上に陰極を形成した。陰極または補助電極はAlを200nmの厚さに蒸着して形成した。 [0193] このようにして得られた有機EL素子は、10mA/cm^(2)の電流密度及び3.5Vの駆動電圧で1500cd/m^(2)の輝度を生じた。前記有機EL素子は緑色の光を発した。アルゴンガス下において10mA/cm^(2)の定電流密度で駆動したところ、前記有機EL素子の輝度半減期は600時間であった。」 (コ)「例7 [0202] 厚さ30nmの電子注入性の有機層を形成するために、50モル%の例示化合物E-15であるトリス(8-キノリノラト)アルミニウム(Alq3)と50モル%の例示化合物C-10であるモノ(8-キノリノラト)リチウム(Liq)との混合物をジメチルホルムアミド溶媒に質量百分率で0.5%の濃度で溶解させ、この溶液をスピンコートした以外は、例1と同様にして有機EL素子が製造された。このようにして製造された有機EL素子は、10mA/cm^(2)の電流密度及び4.2Vの駆動電圧で800cd/m^(2)の輝度を生じた。前記有機EL素子は緑色の光を発した。アルゴンガス下において10mA/cm^(2)の定電流密度で駆動したところ、前記有機EL素子の輝度半減期は250時間であった。」 ウ 引用例1記載の発明の認定 引用例1の上記記載事項(カ)及び(コ)から、引用例1の「トリス(8-キノリノラト)アルミニウム(Alq3)」は電子輸送性を有していると認めることができる。 したがって、引用例1の上記記載事項(ア)ないし(コ)から、引用例1には次の発明が記載されていると認めることができる。 「ガラス基板と、前記ガラス基板上に形成されたITO陽極と、前記ITO陽極上に形成されたホール注入層と、前記ホール注入層上に形成されたホール輸送性発光層と、前記ホール輸送性発光層上に形成された電子注入性の有機層と、前記電子注入性の有機層上に形成されたAl陰極を有する有機EL素子を複数平面上に並べたディスプレイにおいて、 前記電子注入性の有機層が電子輸送性を有するトリス(8-キノリノラト)アルミニウム(Alq3)と(8-キノリノラト)リチウム(Liq)との混合物からなり、 前記ホール注入層、前記ホール輸送性発光層及び前記電子注入性の有機層が塗布法により形成されたディスプレイ。」(以下「引用発明」という。) エ 本件補正発明と引用発明の一致点及び相違点の認定 (ア)引用発明の「ITO陽極」、「Al陰極」は、それぞれ、本件補正発明の「第1電極」、「陰極である前記第2電極」に相当する。 また、引用発明の「ITO陽極」と「Al陰極」との間に含まれる「ホール輸送性発光層」は、本件補正発明の「第1電極と第2電極との間」に含まれる「少なくとも一つの発光層」に相当する。 (イ)引用発明の「有機EL素子を複数平面上に並べたディスプレイ」は、本件補正発明の「有機電界発光ディスプレイ装置」に相当する。 (ウ)引用発明の「電子輸送性を有するトリス(8-キノリノラト)アルミニウム(Alq3)」、「(8-キノリノラト)リチウム(Liq)」は、それぞれ、本件補正発明の「電子輸送性を有する電荷輸送物質」、「有機‐金属錯体化合物」に相当し、引用発明の「電子輸送性を有するトリス(8-キノリノラト)アルミニウム(Alq3)と(8-キノリノラト)リチウム(Liq)との混合物からな」る「電子注入性の有機層」は、本件補正発明の「電子輸送性を有する電荷輸送物質と有機‐金属錯体化合物で成り立っている第2層」に相当する。 したがって、引用発明の「ITO陽極」と「Al陰極」との間に「電子輸送性を有するトリス(8-キノリノラト)アルミニウム(Alq3)と(8-キノリノラト)リチウム(Liq)との混合物からな」る「電子注入性の有機層」を有することと、本件補正発明の「陰極である前記第2電極と接した面には,前記第2電極と接しておりハロゲン化金属で成り立っている第1層と,前記第1層の前記第2電極が接していない側の面と接しており,電子輸送性を有する電荷輸送物質と有機‐金属錯体化合物で成り立っている第2層を含めている」こととは、「陰極である前記第2電極と第1電極との間に電子輸送性を有する電荷輸送物質と有機‐金属錯体化合物で成り立っている第2層を含めている」点で一致する。 (エ)すると、本件補正発明と引用発明とは、 「第1電極と第2電極との間に少なくとも一つの発光層を含み, 陰極である前記第2電極と第1電極との間に電子輸送性を有する電荷輸送物質と有機‐金属錯体化合物で成り立っている第2層を含めている,有機電界発光ディスプレイ装置。」 である点で一致し、以下の点で相違する。 〈相違点〉 本件補正発明の「有機電界発光ディスプレイ装置」は、「第2電極」と「第2層」との間でかつ「第2電極」及び「第2層」に接するように「ハロゲン化金属で成り立っている第1層」を備えるのに対し、引用発明の「有機EL素子を複数平面上に並べたディスプレイ」は前記「ハロゲン化金属で成り立っている第1層」を備えていない点。 オ 相違点についての判断 有機電界発光ディスプレイ装置の分野では、電子注入効率を向上させて、駆動電圧の低下、発光輝度及び発光効率の向上、有機電界発光素子の長寿命化を図るために、陰極として、外側に位置するAl層と内側(発光層側)に位置するLiF層とからなる二層構造の陰極を採用することは、本件出願の優先日当時において当業者に周知の技術的事項である(例えば、特開2001-267083号公報(段落【0057】?【0058】、【0089】?【0094】、図1等)、特開2001-93664号公報(段落【0014】?【0015】、図1等)、特開2002-69044号公報(段落【0023】、【0058】等)、特開平11-102787号公報(【0007】?【0009】、実施例1?4、比較例4等)、特開平10-74586号公報(【0005】、【0011】、【0013】、例1、【0022】、図1?2等)を参照。なお、上記周知例のうち、特開2001-267083号公報、特開2001-93664号公報、特開2002-69044号公報、特開平11-102787号公報には、LiF層についてバッファ層と記載されている等LiF層が陰極の一部であることが明記されていないが、上記周知例の一つである特開平10-74586号公報や上記周知例の一つである特開平11-102787号公報の段落【0007】に挙げられたAppl. Phys. Lett. 70(2), 152-154(例えば、要約等を参照。)に照らすと外側に位置するAl層と内側(発光層側)に位置するLiF層により陰極が形成されることは本件出願の優先日当時における技術常識であるから、かかる技術常識に鑑みて上記周知例として挙げた特開2001-267083号公報、特開2001-93664号公報、特開2002-69044号公報、特開平11-102787号公報の各文献に記載されたLiF層についてもAl層とともに陰極を構成するものと認めることができることは、当業者にとって明らかである。)。 すると、上記周知技術に基づき、引用発明の「Al陰極」に代えて、外側に位置するAl層と内側(発光層側)に位置するLiF層との二層構造からなる陰極を採用し、「電子輸送性を有するトリス(8-キノリノラト)アルミニウム(Alq3)と(8-キノリノラト)リチウム(Liq)との混合物からな」る「電子注入性の有機層」と前記LiF層とが接するようにすることは、当業者にとって容易に想到し得る。 したがって、上記相違点に係る本件補正発明の発明特定事項を採用することは、当業者にとって想到容易である。 カ 本件補正発明の独立特許要件の判断 以上のとおり、引用発明に上記相違点に係る本件補正発明の発明特定事項を採用することは、当業者にとって想到容易である。 また、本件補正発明の効果も、引用例1に記載された発明及び周知技術から当業者が予測し得る程度のものに過ぎない。 したがって、本件補正発明は引用例1に記載された発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができない。 3 むすび 以上検討したとおり、本件補正は、特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に違反するから、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。 よって、上記補正の却下の決定の結論のとおり決定する。 第3 本件審判請求についての判断 1 本件発明の認定 本件補正が却下されたから、平成19年6月11日付けの手続補正により補正された明細書、特許請求の範囲及び図面に基づいて審理する。 平成19年6月11日付けの手続補正後の特許請求の範囲における請求項1には「電荷輸送層物質」という記載が存在するが、前記請求項1には「有機電界発光ディスプレイ装置」が「電荷輸送層」を備えることが記載されていないから、前記「電荷輸送層物質」の意味が不明である。しかし、平成21年3月23日付けの意見書に照らし、前記請求項1の「電荷輸送層物質」は「電荷輸送物質」の明らかな誤記であると認める。 したがって、本件の請求項1に係る発明(以下「本件発明」という。)は、平成19年6月11日付けの手続補正により補正された特許請求の範囲の記載からみて、次のとおりのものと認める。 「第1電極と第2電極との間に少なくとも一つの発光層を含み, 前記第2電極と接した面には,ハロゲン化金属で成り立っている第1層と,前記第1層下面に位置し,電荷輸送物質と有機‐金属錯体化合物で成り立っている第2層を含めていることを特徴とする,有機電界発光ディスプレイ装置。」 2 引用刊行物の記載事項及び引用例1記載の発明の認定 当審で通知した拒絶理由に引用され、本件出願の優先日前に頒布された刊行物である引用例1には、上記第2の2(2)イに摘記したとおりの事項が記載されており、引用例1に記載された発明は、上記第2の2(2)ウに記載したとおりである。 3 対比・判断 本件発明は、本件補正発明の発明特定事項から、上記第2の2(1)で述べた限定事項を省いたものである。 そして、本件発明の発明特定事項をすべて含み、他の発明特定事項を付加したものに相当する本件補正発明が、上記第2の2(2)に記載したとおり、引用例1に記載された発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件発明も、上記第2の2(2)で示した理由と同様の理由により、引用例1に記載された発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。 4 むすび 以上のとおり、本件発明は引用例1に記載された発明及び周知技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件発明は特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。 そして、本件発明が特許を受けることができない以上、本件出願のその余の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本件出願は、拒絶されるべきものである。 よって、結論のとおり審決する。 |
審理終結日 | 2009-07-10 |
結審通知日 | 2009-07-14 |
審決日 | 2009-07-27 |
出願番号 | 特願2003-282124(P2003-282124) |
審決分類 |
P
1
8・
575-
WZ
(H05B)
P 1 8・ 573- WZ (H05B) P 1 8・ 121- WZ (H05B) P 1 8・ 572- WZ (H05B) |
最終処分 | 不成立 |
前審関与審査官 | 笹野 秀生、東松 修太郎 |
特許庁審判長 |
小松 徹三 |
特許庁審判官 |
日夏 貴史 森林 克郎 |
発明の名称 | 有機電界発光ディスプレイ装置 |
代理人 | 金本 哲男 |
代理人 | 萩原 康司 |
代理人 | 亀谷 美明 |