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審決分類 審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) G03G
審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) G03G
管理番号 1213700
審判番号 不服2007-34805  
総通号数 125 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2010-05-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2007-12-26 
確定日 2010-03-18 
事件の表示 特願2003-134299「電子写真感光体」拒絶査定不服審判事件〔平成16年12月 2日出願公開、特開2004-341019〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由
第1.手続きの経緯・本願発明
本願は、平成15年5月13日の出願であって、平成19年11月22日付けで拒絶査定がなされ、これに対して、同年12月26日付けで審判請求がなされ、その後、平成21年8月28日付けで当審からの拒絶理由が通知され、これに対して、期間延長請求の後、同年11月30日付けで意見書及び手続補正書が提出されたものであって、「電子写真感光体」に関するものと認める。


第2.当審からの拒絶理由通知の概要
平成21年8月28日付けの拒絶理由通知では、以下の指摘をした。


本件出願は、明細書の記載が下記の点で不備のため、特許法第36条第4項第1号、第6項第1号及び第6項第2号に規定する要件を満たしていない。



(1)請求項1の記載において、「該感光層が、テトラヒドロフラン:トルエン=8:2の混合溶媒に対して、25℃での溶解度が0.1mg/cm^(3 )以下である電荷輸送物質を全電荷輸送物質に対して20重量%以上含有する」とあるとおり、請求項1に係る発明は、感光層が含有する電荷輸送物質を、「テトラヒドロフラン:トルエン=8:2の混合溶媒に対する溶解度」によって特定するものである。
そして、電荷輸送物質には様々なものが知られており、本願明細書には、「難溶性電荷輸送物質としては、これまでに電子吸引性物質、電子供与性物質として知られている物質の中から選択でき・・・」(段落【0014】)、「具体的な難溶性電荷輸送物質としては、前述したように、これまでに知られている、例えば、2,4,7-トリニトロフルオレノン、テトラシアノキノジメタンなどの電子吸引性物質、カルバゾール、インドール、イミダゾール、オキサゾール、ピラゾール、オキサジアゾール、ピラゾリン、チアジアゾールなどの複素環化合物、アニリン誘導体、ヒドラゾン化合物、芳香族アミン誘導体、スチルベン誘導体、或いはこれらの化合物からなる基を主鎖もしくは側鎖に有する重合体などの電子吸引性物質、電子供与性物質の中から選択でき、一般には、比較的結晶性の良い材料、例えば対称性の良い分子構造を示すもの、剛直な分子構造を示すもの、極性基を有するもの、分子量の大きいもの等により得ることができる。」(段落【0015】)と記載されているが、一方、発明の詳細な説明に実施例として記載され、効果が確認されているものは、段落【0043】?【0044】に記載の、特定の電荷輸送物質であって、特定の精製方法によって得られた1種類の難溶性電荷輸送物質のみである。

さらに、請求項1の記載において、「該感光層が、テトラヒドロフラン:トルエン=8:2の混合溶媒に対して、25℃での溶解度が0.1mg/cm^(3 )以下である電荷輸送物質を全電荷輸送物質に対して20重量%以上含有する」とあるとおり、特定の難溶性電荷輸送物質の含有量が、「全電荷輸送物質に対して20重量%以上」と規定されている。
一方、本願明細書に記載の実施例において、唯一の実施例である「感光体A1」は、「上記合成例で得られた電荷輸送物質30部、難溶性電荷輸送物質20部 、下記構造式(c)に示す酸化防止剤8部、下記構造式(d)のポリカーボネート樹脂(粘度平均分子量約30000)100部をテトラヒドロフラン:トルエン=80:20の混合溶媒に混合し得られた塗布液液に、電荷発生層を形成したシリンダーを浸漬塗布することにより、乾燥後の膜厚が18μmの電荷輸送層を設けた」(段落【0052】)ものであるから、該実施例のものは、「全電荷輸送物質に対して40重量%」のもののみであって、「全電荷輸送物質に対して20重量%以上40重量%未満」及び「全電荷輸送物質に対して40重量%を越える範囲」については、実施例と同様の、電気特性に優れるとの効果を奏するかどうかは不明である。

してみると、請求項1に係る発明には、本願の発明の詳細な説明において、効果が確認されていないものが含まれることは明らかである。
また、出願時の技術常識を参酌しても、発明の詳細な説明に開示された技術内容を、請求項1に係る発明に拡張ないし一般化することはできない。
したがって、請求項1は、発明の詳細な説明に記載していない範囲について特許請求しようとするものであるから、特許法第36条第6項第1号の規定に適合しない。
請求項2ないし5についても、「混合溶媒に対する溶解度」によって電荷輸送物質を特定するものであって、同様に、発明の詳細な説明に記載していない範囲について特許請求しようとするものであるから、特許法第36条第6項第1号の規定に適合しない。


(2)請求項1ないし5の記載において、「電荷輸送物質」の溶解度は「0.1mg/cm^(3)以下」とあるが、発明の詳細な説明の記載では、「実施例」において、難溶性の「電荷輸送物質」として溶解度が「0.1g/cm^(3) 以下」のものを用いたとあり、両者は溶解度の記載が一致していない。
したがって、請求項の記載と、発明の詳細な説明の記載とが対応しておらず、請求項1ないし5に係る発明自体が不明りょうであり、特許法第36条第6項第2号の規定に適合しない。


(3)上記(1)で指摘したとおり、請求項1に係る発明は、感光層が含有する電荷輸送物質を、「テトラヒドロフラン:トルエン=8:2の混合溶媒に対する溶解度」によって特定するものであって、「混合溶媒に対して、25℃での溶解度が0.1mg/cm^(3 )以下」を満たす電荷輸送物質には様々なものが包含される一方、発明の詳細な説明に実施例として記載され、効果が確認されているものは、特定の電荷輸送物質であって、特定の精製方法によって得られた1種類の難溶性電荷輸送物質のみである。
また、請求項1に係る発明は、特定の難溶性電荷輸送物質の含有量が、「全電荷輸送物質に対して20重量%以上」と規定されているが、発明の詳細な説明に実施例として記載され、効果が確認されているものは、「全電荷輸送物質に対して40重量%」のもののみである。
したがって、請求項の記載と、発明の詳細な説明の記載とが対応しておらず、かつ、請求項1に係る発明の範囲も不明確であるから、特許法第36条第6項第2号の規定に適合しない。
請求項2?5についても、同様に、特許法第36条第6項第2号の規定に適合しない。


(4)上記(1)及び(3)で指摘したとおり、請求項1に係る発明は、感光層が含有する電荷輸送物質を、「テトラヒドロフラン:トルエン=8:2の混合溶媒に対する溶解度」によって特定するものであって、「混合溶媒に対して、25℃での溶解度が0.1mg/cm^(3 )以下」を満たす電荷輸送物質には様々なものが包含される。
一方、発明の詳細な説明に実施例として記載されているものは、特定の電荷輸送物質であって、特定の精製方法によって得られた1種類の難溶性電荷輸送物質のみであり、本願明細書には、「難溶性電荷輸送物質としては、これまでに電子吸引性物質、電子供与性物質として知られている物質の中から選択でき・・・」(段落【0014】)、「具体的な難溶性電荷輸送物質としては、前述したように、これまでに知られている、例えば、2,4,7-トリニトロフルオレノン、テトラシアノキノジメタンなどの電子吸引性物質、カルバゾール、インドール、イミダゾール、オキサゾール、ピラゾール、オキサジアゾール、ピラゾリン、チアジアゾールなどの複素環化合物、アニリン誘導体、ヒドラゾン化合物、芳香族アミン誘導体、スチルベン誘導体、或いはこれらの化合物からなる基を主鎖もしくは側鎖に有する重合体などの電子吸引性物質、電子供与性物質の中から選択でき、一般には、比較的結晶性の良い材料、例えば対称性の良い分子構造を示すもの、剛直な分子構造を示すもの、極性基を有するもの、分子量の大きいもの等により得ることができる。」(段落【0015】)と記載されているだけで、様々な電荷輸送物質の中から如何にして「混合溶媒に対して、25℃での溶解度が0.1mg/cm^(3) 以下」を満たす電荷輸送物質を選択するか、具体的な手法は開示されていない。
してみると、請求項1に係る発明を実施するには、様々な電荷輸送物質の中から特定の難溶性電荷輸送物質を選択する必要があり、そのためには、多大な試行錯誤を強いられることは明らかである。
請求項2?5についても、同様である。
したがって、この出願の発明の詳細な説明は、当業者が請求項1?5に係る発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されていないから、特許法第36条第4項第1号の規定に適合しない。



第3.手続補正書、意見書の内容

これに対し、請求人により、平成21年11月30日付けで手続補正書及び意見書が提出されたところ、その内容は以下のとおりである。

(ア)補正された請求項1

補正前の請求項1は、次の請求項1に補正された。
『 導電性支持体上に感光層を有する電子写真感光体において、該感光層が、テトラヒドロフラン:トルエン=8:2の混合溶媒に対して、25℃での溶解度が0.1g/cm^(3)以下である芳香族アミン誘導体の難溶性電荷輸送物質と、テトラヒドロフラン:トルエン=8:2の混合溶媒に対して、25℃での溶解度が0.1g/cm^(3)より大きい電荷輸送物質とを混合して得られた塗布液を用いて形成された電荷輸送層を有し、該芳香族アミン誘導体の難溶性電荷輸送物質が全電荷輸送物質に対して5重量%以上、40重量%以下含有することを特徴とする電子写真感光体。』

(イ)意見書における請求人の主張

請求人は、意見書において以下の通り主張している。

理由(1)について

(5-2)拒絶理由への対応
本願明細書〔0014〕?〔0019〕には本願請求項1発明(以下「本願発明」ということがある)に記載される「難溶性電荷輸送物質」の種類、含有量が詳細に記載されており、さらに実施例には本願発明を具体的に示す代表例が記載されています。
しかしながら、効果が確認できるのは実施例の一例しかない、との合議体のご指摘に従い、
(イ)難溶性電荷輸送物質の種類を「芳香族アミン誘導体」に限定し、
さらに以下に
(ロ)実施例以外の難溶性電荷輸送物質を用いた例(追加実施例1)、及び
(ハ)全電荷輸送物質に対して難溶性電荷輸送物質の含有量が40重量%以外で、請求項1の範囲内の場合(追加実施例2?4)
の実験結果を示し、芳香族アミン誘導体の難溶性電荷輸送物質が全電荷輸送物質に対して5重量%以上、40重量%以下含有する場合において本願発明の効果が確認できることを説明いたします。

<本願実施例1以外の芳香族アミン誘導体の難溶性電荷輸送物質の合成>
・・・(略)・・・

上述の結果から、本願発明の芳香族アミン誘導体の難溶性電荷輸送物質、およびその含有量が全電荷輸送物質に対して5重量%以上40重量%以下の範囲においては本願発明の効果があることは明らかであり、発明の詳細な説明に開示された技術内容を、請求項1に係る発明に拡張ないし一般化できるものと思料します。
従いまして請求項1に係る発明は、特許法第36条第6項第1号の規定を満たすものと思料いたします。請求項2、3に記載の発明につきましても、その要部として請求項1を引用していますので、同様に特許法第36条第6項第1号の規定を満たすものと思量いたします。


理由(2)について

(6-2)拒絶理由への対応
合議体のご指摘に従い、上述のように「特許請求の範囲」及び「発明の詳細な説明」に記載される溶解度の単位「mg/cm^(3)」を「g/cm^(3)」に補正しました。
この補正により、該拒絶理由は解消したものと思料します。


理由(3)について

(7-2)拒絶理由への対応
該拒絶理由に対しては、上記拒絶理由(1)に対する対応に記載した通り、実施例以外の芳香族アミン誘導体の難溶性電荷輸送物質の種類、及び含有量でも効果があること、並びに補正により請求項1の難溶性電荷輸送物質の含有量をより発明の詳細な説明の記載に即した数値に補正したことにより、解消したものと思料します。
従いまして、請求項1、及び請求項2、3についても特許法第36条第6項第2号の規定を満たすものです。


理由(4)について

(8-2)拒絶理由への対応
「この出願の発明の詳細な説明は、当業者が実施することができる程度に明確かつ十分に記載されていない」とのことですが、審査基準第1章「明細書及び特許請求の範囲の記載要件」「3.2.1実施可能要件の具体的運用」 (1)発明の実施の形態 の
「発明の詳細な説明には、第36条第4項第1号の要件に従い、請求項に係る発明をどのように実施するかを示す「発明の実施の形態」のうち特許出願人が最良と思うものを少なくとも一つ記載することが必要である。」
との記載からすれば、「発明の詳細な説明」の「実施例」、及び〔0013〕?〔0015〕段落の記載から、特定温度で難溶性の電荷輸送物質を当業者であれば実施できる程度に記載されているものと思料します。
また、合議体は「補正等の示唆」として、「「実施例」に記載の特定の難溶性電荷輸送物質は、化学式だけでは特定できないものであるから、該物質の定義に際して、化学式または物質名に加えて、本願明細書の段落〔0044〕に記載された吸着、精製における具体的条件をすべて含める必要がある。」と説示されました。しかし、実施例で用いられる難溶性電荷輸送物質は、明細書〔0048〕に記載されるように難溶性でない電荷輸送物質と同じ構造を有し、その結晶性の違い(幾何異性体)により溶解度の違いが生じるものであるため、合議体のご指摘の通り化学式だけでは特定できません。また、「吸着、精製における具体的条件をすべて含める必要がある。」と説示されますが、実施例に記載される吸着、精製方法は通常一般に電荷輸送物質を製造する際に為される操作です。また、本願発明は「難溶性電荷輸送物質の製造方法」に特徴があるのではなく、「難溶性電荷輸送物質を特定量含有する電子写真感光体」に特徴を有する発明ですから、合議体の示唆される補正には承服しかねるものです。
また、実施例で使用される本願明細書〔0049〕に記載される(a)の構造を有する電荷輸送物質としては公知のものであり、例えば審査で引用文献として挙げられた、特開2002-80432号公報にもその製造方法が記載されています。このような、公知文献、特定温度で難溶性物質を製造する技術的常識、及び本願明細書の記載から「多大な試行錯誤」をせずとも、当業者であれば充分実施することができる程度に「発明の詳細な説明」に明確、かつ充分に記載されているものと思料します。
さらに本願発明においては、本意見書と同日付けで提出した手続補正書により「芳香族アミン誘導体の難溶性電荷輸送物質」としました。当該補正により、選択すべき電荷輸送物質の範囲は限られたものとなりましたので、多大な試行錯誤を強いることはないと思料します。
従いまして、請求項1、及び請求項2,3についても特許法第36条第4項第1号の規定を満たすものです。



第4.当審の判断

(イ)理由(2)について
請求人は、『請求項1?3の電荷輸送物質の溶解度の単位が実施例の単位と一致していなかったため、正しい単位「g/cm^(3)」に補正しました。』、『合議体のご指摘に従い、上述のように「特許請求の範囲」及び「発明の詳細な説明」に記載される溶解度の単位「mg/cm^(3)」を「g/cm^(3)」に補正しました。』としているが、当審の拒絶理由は、矛盾を指摘しただけであって、請求人は、実施例に記載の単位が正しい単位である根拠を何ら提示していない。
請求人は、請求の理由において、『引用文献等1の実施例1?3における電荷輸送物質は、本願請求項1における「25℃での溶解度が0.1mg/cm^(3 )以下である電荷輸送物質を全電荷輸送物質に対して20重量%以上含有する」なる規定には該当しません。』と主張し、本願の出願当初明細書において、溶解度の単位「mg/cm^(3)」は、特許請求の範囲に加えて、段落【0011】?【0018】、【0070】等で頻繁に用いられているのであるから、「mg/cm^(3)」が明らかな誤記であるとはいえず、また、実施例の記載が正しいともいいきれない。

なお、本願明細書の実施例においては、溶解度試験結果(表1)が示されているので、一応、実施例の単位が正しいとの前提で、以下、他の拒絶理由について検討する。

(ロ)理由(3)について
まず、請求人は、『本願発明の芳香族アミン誘導体の難溶性電荷輸送物質、およびその含有量が全電荷輸送物質に対して5重量%以上40重量%以下の範囲においては本願発明の効果があることは明らか』と主張するので、この「5重量%以上40重量%以下」の範囲について検討する。
「5重量%以上40重量%以下」の範囲は、平成21年11月30日付けの手続補正によって、「20重量%以上」の範囲を補正したものであって、請求人は、その根拠として、段落【0014】を挙げている。
そこで、段落【0014】を参照すると、
『複数の電荷輸送物質を用いる場合、本発明の効果を得るために、全電荷輸送物質に対して、難溶性電荷輸送物質は、通常5重量%以上、好ましくは10重量%以上、より好ましくは20重量%以上で、特に好ましくは、40重量%以上で用いられる。』と記載されている。
してみると、『特に好ましくは、40重量%以上』であって、上限値としての40重量%は示されておらず、「5重量%以上40重量%以下」の範囲についての技術的意義は何ら開示されていない。
したがって、「5重量%以上40重量%以下」の範囲の技術的意義が不明であり、本願の発明の詳細な説明とも対応していないから、請求項1に係る発明は明確でない。

そして、今回の補正前の「20重量%以上」の範囲は、原審での拒絶理由に対応して、平成19年9月21日付けの手続補正によって、「25℃での溶解度が0.1mg/cm^(3 )以下である電荷輸送物質を含有する」から、「25℃での溶解度が0.1mg/cm^(3) 以下である電荷輸送物質を全電荷輸送物質に対して20重量%以上含有する」と補正されたものであって、請求人は、請求の理由において、
『(i)引用文献1の実施例1?3に記載の電荷輸送物質は、本願実施例に記載の構造式(a)で表される化合物が記載されています。しかしながら、本願発明で規定する難溶性電荷輸送物質は、電荷輸送物質と同じ構造をもつ(a)の化合物でありますが結晶性の著しく高いものであります(本願明細書の段落0048)。ここで、引用文献1には「アリールアミン化合物の結晶性は、高い順に、EE体、ZZ体、EZ体となる」(引用文献1の段落0025)ことからして、審査官殿が、『引用文献等1実施例1に記載の感光層は、請求項1に規定する「テトラヒドロフラン:トルエン=8:2の混合溶媒に対して、25℃での溶解度が0.1mg/cm^(3) 以下である電荷輸送物質を含有する蓋然性が高い』と認定される化合物は、該「EE体」といえます。
ところが、引用文献等1の実施例1及び3においては、「第1表における化合物1(EE体5%)、2(EZ体、44%)、3(ZZ体、51%)」(引用文献1の段落0089)の電荷輸送物質を、又、実施例2においては、「第1表における化合物1(EE体10%)、2(EZ体、48%)、3(ZZ体、42%)」(同、段落0089)の電荷輸送物質を、それぞれ用いてますから、引用文献等1の実施例1?3における電荷輸送物質は、本願請求項1における「25℃での溶解度が0.1mg/cm^(3 )以下である電荷輸送物質を全電荷輸送物質に対して20重量%以上含有する」なる規定には該当しません。
又、引用文献1の実施例4?7においては、化合物自体が本願実施例と異なるものであります。そして、引用文献1の発明は「アリールアミン残基に直結する二重結合の幾何異性がZ体である割合が30%以上85%以下である事を特徴とするアリールアミン化合物」であり(同、段落0026)、「幾何異性体が上記範囲にあれば、EE体、ZZ体、EZ体の幾何異性混合物におけるEE体の割合が十分少なくなり、結晶の析出を抑えることができる」ところ(同、段落0027)、引用文献1の実施例4?7に記載の化合物は何れも上記範囲内に含まれることから、結晶の析出を抑えられていることが容易に推測できます。してみれば、これら化合物は本願請求項1における「25℃での溶解度が0.1mg/cm^(3) 以下である電荷輸送物質を全電荷輸送物質に対して20重量%以上含有する」なる規定には該当してはいないといえます。』と主張しているとおり、
原審における引用文献1との差異を主張するための補正であることは明らかである。
してみると、引用文献1に記載の実施例1(EE体5%)及び実施例2(EE体10%)のものは、「5重量%以上40重量%以下」の範囲に該当するから、本願の請求項1に係る発明と、引用文献1に記載のものとの差異が明確ではなく、本願の請求項1に係る発明は、従来技術を包含するものといえる。
よって、請求項1に係る発明自体が明確でない。

(ハ)理由(1)について
さらに、補正された請求項1において、「該感光層が、テトラヒドロフラン:トルエン=8:2の混合溶媒に対して、25℃での溶解度が0.1g/cm^(3)以下である芳香族アミン誘導体の難溶性電荷輸送物質と、テトラヒドロフラン:トルエン=8:2の混合溶媒に対して、25℃での溶解度が0.1g/cm^(3)より大きい電荷輸送物質とを混合して得られた塗布液を用いて形成された電荷輸送層を有し」とあるとおり、「難溶性電荷輸送物質」は、「芳香族アミン誘導体」と特定されているものの、「25℃での溶解度が0.1g/cm^(3)より大きい電荷輸送物質」については、「芳香族アミン誘導体」との特定はないから、請求項1に係る発明は、「芳香族アミン誘導体」以外の任意の「25℃での溶解度が0.1g/cm^(3)より大きい電荷輸送物質」を用いたものを包含するものである。
一方、本願明細書の実施例に記載されたものは、「25℃での溶解度が0.1g/cm^(3)以下である芳香族アミン誘導体の難溶性電荷輸送物質」と「25℃での溶解度が0.1g/cm^(3)より大きい電荷輸送物質」は、同じ(a)の化合物であって、結晶性が異なるものである。
また、平成21年11月30日付けの意見書に記載された追加実施例1に用いられている化合物(3)は、(a)の化合物とは異なっているものの、「芳香族アミン誘導体」の化合物と認められる。
そして、電荷輸送物質においては、基本骨格に加えて、置換基によって、バインダーとの相性、相溶性が異なり、「25℃での溶解度が0.1g/cm^(3)より大きい電荷輸送物質」であっても、異なる電荷輸送物質を用いた場合に、電気特性、耐摩耗性等が異なってくることは技術常識であるから、「該感光層が、テトラヒドロフラン:トルエン=8:2の混合溶媒に対して、25℃での溶解度が0.1g/cm^(3)以下である芳香族アミン誘導体の難溶性電荷輸送物質と、テトラヒドロフラン:トルエン=8:2の混合溶媒に対して、25℃での溶解度が0.1g/cm^(3)より大きい電荷輸送物質とを混合して得られた塗布液を用いて形成された電荷輸送層を有し」との条件を満たしさえすれば、本願明細書に記載の「耐摩耗性、表面滑り性優れ、なおかつ様々な環境下においても良好な電気特性を示す。」との効果を奏するとはいえない。
したがって、請求項1に係る発明には、本願の発明の詳細な説明において、効果が確認されていないものが含まれることは明らかである。
また、出願時の技術常識を参酌しても、発明の詳細な説明に開示された技術内容を、請求項1に係る発明に拡張ないし一般化することはできない。
よって、請求項1は、発明の詳細な説明に記載していない範囲について特許請求しようとするものであるから、特許法第36条第6項第1号の規定に適合しない。

(ニ)理由(4)について
また、請求項1に係る発明は、「25℃での溶解度が0.1g/cm^(3)以下である芳香族アミン誘導体の難溶性電荷輸送物質」と、「25℃での溶解度が0.1g/cm^(3)より大きい電荷輸送物質」を混合して用いるものであって、「25℃での溶解度が0.1g/cm^(3)より大きい電荷輸送物質」には、大半の電荷輸送物質が包含されるから、様々な電荷輸送物質の中から最適なものを選択し、「耐摩耗性、表面滑り性優れ、なおかつ様々な環境下においても良好な電気特性を示す」との効果を得るには、多大な試行錯誤を強いられることは明らかである。
したがって、この出願の発明の詳細な説明は、当業者が請求項1に係る発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されていないから、特許法第36条第4項第1号の規定に適合しない。

(ホ)まとめ
以上のとおり、請求項1に係る発明は、不明りょうであり、また、本願の発明の詳細な説明に記載されたものとはいえず、かつ、本願の明細書は、当業者が請求項1に係る発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものでない。


第5.むすび

したがって、本願は、特許法第36条第4項第1号、第6項第1号及び第2号に規定する要件を満たしておらず、特許を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2010-01-12 
結審通知日 2010-01-19 
審決日 2010-02-01 
出願番号 特願2003-134299(P2003-134299)
審決分類 P 1 8・ 536- WZ (G03G)
P 1 8・ 537- WZ (G03G)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 菅野 芳男  
特許庁審判長 赤木 啓二
特許庁審判官 大森 伸一
木村 史郎
発明の名称 電子写真感光体  

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