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審決分類 審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない。 C07K
審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 C07K
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 C07K
審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない。 C07K
審判 査定不服 特17条の2、3項新規事項追加の補正 特許、登録しない。 C07K
管理番号 1222147
審判番号 不服2006-27828  
総通号数 130 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2010-10-29 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2006-12-11 
確定日 2010-08-18 
事件の表示 特願2000-152778「GLP-1誘導体」拒絶査定不服審判事件〔平成13年 1月16日出願公開、特開2001- 11095〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯・本願発明
本願は、平成9年8月22日(パリ条約による優先権主張 1996年8月30日、1996年11月8日,1996年12月20日,デンマーク)を国際出願日とする特願平10-511183号の一部を,平成12年5月19日に特許法第44条第1項の規定により分割出願したものであり,「GLP-1誘導体」に関するものである。
そして,本願については,平成18年7月24日付で特許請求の範囲が補正され,同年9月6日付で拒絶査定(発送:9月12日)がされ、これに対し、同年12月11日付で拒絶査定不服審判が請求されるとともに、平成19年1月10日付で特許請求の範囲の補正がなされた。

第2 平成19年1月10日付の手続補正についての補正却下の決定
[補正却下の決定の結論]
平成19年1月10日付の手続補正(以下「本件補正」という。)を却下する。
[理由]
1.本件補正について
本件補正の前後で請求項の数は変わらず,唯一,記載上の補正がなされている請求項1(他の請求項については,記載上の補正はなされていない。)についてみると,本件補正は,18年7月24日付で補正された
「【請求項1】 GLP-1又は1もしくは数個のアミノ酸が置換、欠失もしくは付加され、GLP-1の生理活性を有するその類似体の誘導体であって、当該GLP-1又は類似体の少なくとも1個のアミノ酸残基に炭素数11?40個の親油性置換基が付加されており、 但し、親油性置換基が1個しか存在しておらず、そしてこの置換基が当該GLP-1又は類似体のN末端又はC末端アミノ酸残基に付加されているなら、その置換基がアルキル又はω-カルボン酸基を有する基であって、当該GLP-1の類似体がArg^(34)- GLP-1(7-37)であることを除く、誘導体。」
という記載を,
「【請求項1】 GLP-1又は1もしくは数個のアミノ酸が置換、欠失もしくは付加され、GLP-1の生理活性を有するその類似体の誘導体であって、当該GLP-1又は類似体の少なくとも1個のアミノ酸残基に炭素数11?40個の親油性置換基が付加されており、
ここで当該親油性置換基は、
部分的又は完全に水素化されたシクロペンタノフェナトレン骨格を含んで成る基;
直鎖又は枝分かれしたアルキル基;
直鎖又は枝分かれした脂肪酸のアシル基;
直鎖又は枝分れしたアルカンα,ω-ジカルボン酸のアシル基;
式CH_(3)(CH_(2))p((CH_(2))qCOOH) CHNH-CO(CH_(2))_(2)CO-(ここで、p及びqは整数であり、そしてp+qは8?33の整数)の基;
式CH_(3)(CH_(2))rCO-NHCH(COOH)(CH_(2))_(2)CO-(ここで、rは10?24の整数である)の基;
式CH_(3)(CH_(2))sCO-NHCH((CH_(2))_(2)COOH)CO-(ここで、sは8?24の整数である)の基;
式-NHCH(COOH)(CH_(2))_(4)NH-CO(CH_(2))uCH_(3) (ここでuは8?18の整数である)の基;
式-NHCH(COOH)(CH_(2))_(4)NH-COCH((CH_(2))_(2)COOH)NH-CO(CH_(2))wCH_(3) (ここでwは10?16の整数である)の基;
式-NHCH(COOH)(CH_(2))_(4)NH-CO(CH_(2))_(2)CH(COOH)NH-CO(CH_(2))xCH_(3 )(ここでxは10?16の整数である)の基;及び
式-NHCH(COOH)(CH_(2))_(4)NH-CO(CH_(2))_(2)CH(COOH)NHCO(CH_(2))yCH_(3) (ここでyは0又は1?22の整数である);
から成る群から選ばれ、
但し、親油性置換基が1個しか存在しておらず、そしてこの置換基が当該GLP-1又は類似体のN末端又はC末端アミノ酸残基に付加されているなら、その置換基がアルキル又はω-カルボン酸基を有する基であって、当該GLP-1の類似体がArg^(34)- GLP-1(7-37)であることを除く、誘導体。」と補正するものである(以下,この補正後の請求項1に記載される事項により特定される発明を,「本件補正発明」という。)。
そして,この補正は,補正前の「炭素数11?40個の親油性置換基」を,補正後の請求項1に記載された10種類の親油性基に限定するものであり,請求人も審判請求書において,「「親油性置換基」なる記載については、平成19年1月10日付の手続補正書により親油性置換基を具体的に特定することで対処した。詳しくは、親油性置換基を本願出願時の請求項21?33において特定されているものに限定した。」と述べるように,平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法(以下「平成18年改正前特許法」という。)第17条の2第4項第2号の「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものに該当すると認める。

2.独立特許要件について
次に,本件補正が,平成18年改正前特許法第17条の2第5項で準用する同法126条5項の規定を満たすか否か,すなわち本件補正発明が,特許出願の際に独立して特許を受けることができるか否かを検討する。

(1)原審の拒絶の理由
原審における平成18年1月19日付拒絶理由通知における拒絶の理由III?Vの概略は以下のとおりである。そして,このうちの理由IV及びVにより拒絶査定がなされた。
「理由III.この出願の下記の請求項に係る発明は、その出願前日本国内又は外国において頒布された下記の刊行物に記載された発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
理由IV.この出願は、発明の詳細な説明の記載が下記の点で、特許法第36条第4項(審決注:平成14年改正前のもの。以下同様。)に規定する要件を満たしていない。
理由V.この出願は、特許請求の範囲の記載が下記の点で、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない。」

(2)本件補正後の特許法第36条第4項及び第6項第2号の要件について

ア 本願明細書の記載
本件補正後の明細書には,以下の記載がある。
(ア)「【請求項1】 GLP-1又は1もしくは数個のアミノ酸が置換、欠失もしくは付加され、GLP-1の生理活性を有するその類似体の誘導体であって、当該GLP-1又は類似体の少なくとも1個のアミノ酸残基に炭素数11?40個の親油性置換基が付加されており、
ここで当該親油性置換基は、
部分的又は完全に水素化されたシクロペンタノフェナトレン骨格を含んで成る基;
直鎖又は枝分かれしたアルキル基;
直鎖又は枝分かれした脂肪酸のアシル基;
直鎖又は枝分れしたアルカンα,ω-ジカルボン酸のアシル基;
式CH_(3)(CH_(2))p((CH_(2))qCOOH) CHNH-CO(CH_(2))_(2)CO-(ここで、p及びqは整数であり、そしてp+qは8?33の整数)の基;
式CH_(3)(CH_(2))rCO-NHCH(COOH)(CH_(2))_(2)CO-(ここで、rは10?24の整数である)の基;
式CH_(3)(CH_(2))sCO-NHCH((CH_(2))_(2)COOH)CO-(ここで、sは8?24の整数である)の基;
式-NHCH(COOH)(CH_(2))_(4)NH-CO(CH_(2))uCH_(3) (ここでuは8?18の整数である)の基;
式-NHCH(COOH)(CH_(2))_(4)NH-COCH((CH_(2))_(2)COOH)NH-CO(CH_(2))wCH_(3) (ここでwは10?16の整数である)の基;
式-NHCH(COOH)(CH_(2))_(4)NH-CO(CH_(2))_(2)CH(COOH)NH-CO(CH_(2))xCH_(3 )(ここでxは10?16の整数である)の基;及び
式-NHCH(COOH)(CH_(2))_(4)NH-CO(CH_(2))_(2)CH(COOH)NHCO(CH_(2))yCH_(3) (ここでyは0又は1?22の整数である);
から成る群から選ばれ、
但し、親油性置換基が1個しか存在しておらず、そしてこの置換基が当該GLP-1又は類似体のN末端又はC末端アミノ酸残基に付加されているなら、その置換基がアルキル又はω-カルボン酸基を有する基であって、当該GLP-1の類似体がArg^(34)- GLP-1(7-37)であることを除く、誘導体。

【請求項40】 前記GLP-1類似体がGLP-1(A-B)(ここでAは1?7の整数であり、そしてBは38?45の整数である)又はその1もしくは数個のアミノ酸が置換、欠失もしくは付加された類似体であって、C末端アミノ酸残基に付加されている1個の親油性置換基及び任意的に他のいずれかのアミノ酸残基に付加された第二親油性置換基を含んで成る、請求項1?38のいずれか1項記載の誘導体。

【請求項43】 全部で15個までのアミノ酸残基が任意のα-アミノ酸残基により交換されている、請求項1?42のいずれか1項記載の誘導体。

【請求項45】 全部で15個までのアミノ酸残基が遺伝子コードによりコードされうる任意のα-アミノ酸残基により交換されている、請求項1?44のいずれか1項記載の誘導体。

【請求項51】 GLP-1(7-37)と比べ遅延した活性プロフィールを有する医薬品の調製のための請求項1?49のいずれか1項記載の誘導体の使用。」(特許請求の範囲の請求項1,40,43,45及び51)
(イ)「GLP-1及び GLP-1の類似体並びにそれらのフラグメントは、とりわけI型及びII型糖尿病の処置において潜在的に有用である。しかしながら、その高度な浄化率はかかる化合物の有用性を制約し、それ故この分野における改良が未だ必要とされる。従って、本発明の一の目的は GLP-1(7-37)と比べて遅延型の作用プロフィールを有する GLP-1の誘導体及びその類似体の提供にある。本発明の更なる目的は GLP-1(7-37)よりも低い浄化率を有する GLP-1の誘導体及びその類似体の提供にある。」(【0010】)
(ウ)「ヒト GLP-1は、とりわけ末梢回腸、膵臓及び脳中のL-細胞の中で合成されるプレプログルカンに由来する37個のアミノ酸残基ペプチドである。 GLP-1(7-36)アミド、 GLP-1(7-37)及び GLP-2に至るプレプログルカゴンのプロセシングは主にL細胞内で起こる。……また、C末端伸長された類似体が41, 42, 43, 44又は45位にまで及ぶとき、この伸長のアミノ酸配列は特にことわりのない限りヒトプレプログルカゴンにおける対応の配列と同じである。」(【0018】)
(エ)「本明細書において、「類似体」なる表示は親ペプチドの1もしくは複数のアミノ酸残基が別のアミノ酸により置換されたペプチド、及び/又は親ペプチドの1もしくは複数のアミノ酸残基が欠失されたペプチド、及び/又は1もしくは複数のアミノ酸残基が親ペプチドに付加されたペプチドをいう。かかる付加は親ペプチドのN末端もしくはC末端又はその両者に施してよい。」(【0019】)
(オ)「更なる好適な態様において、本発明は、全部で15個まで、好ましくは10個までのアミノ酸残基が任意のα-アミノ酸残基により交換されている誘導体を表示の類似体が含んで成る、 GLP-1誘導体に関する。」(【0045】)
(カ)「生物学的発見 s. c. 投与後の GLP-1誘導体の遅延
本発明のいくつかの GLP-1誘導体の遅延を下記の方法を利用し、健康なブタへのsc投与後の血漿中でのその濃度をモニターすることにより決定した。比較のため、sc投与後の GLP-1(7-37)の血漿濃度も追跡した。その結果を表1に示す。本発明のその他の GLP-1誘導体の遅延は同じようにして決定できる。」(【0133】)
(キ)「【表8】

」(【0137】)
(ク)「クローニング化ヒト GLP-1レセプターを発現する細胞系内でのcAMP形成の刺激
GLP-1誘導体の効能を実証するため、クローニング化ヒト GLP-1レセプターを発現する細胞系内でのcAMPの形成を刺激するその能力について試験した。EC50を用量応答曲線から計算した。」(【0139】)
(ケ)「【表9】

」(【0142】)

イ 本件補正発明の「類似体」の範囲について
特に請求項1を引用する請求項40の記載によれば,請求項1に記載された,37個のアミノ酸残基からなる「GLP-1」に対する「GLP-1類似体」には,体内でプロセッシングを受けた結果見られるGLP-1(7-36)アミド及びGLP-1(7-37)以外に,N末端のアミノ酸残基1?5位のいずれかの位置までが欠失したもの,及びC末端に38?45のアミノ酸残基がいずれかの位置まで付加されたものを含むものと認められる。
また,特に請求項1及び40を引用する請求項43及び45の記載によれば,請求項1に記載された「1もしくは数個のアミノ酸が置換、欠失もしくは付加され」た「類似体」には,全長37アミノ酸からなる「GLP-1」,あるいはその1?6及び37位のアミノ酸を欠く全長30アミノ酸からなるGLP-1(7-36)のアミノ酸のうちの15までのアミノ酸を他の任意のアミノ酸に置換したものが含まれ,しかも,請求項45に記載されている「遺伝子コードによりコードされうる」という限定が請求項43にはないことから見て,請求項1に記載された「類似体」には,遺伝子コードによりコードされないアミノ酸,すなわち非天然アミノ酸への置換や付加も含まれているものと認められる。

ウ 本件補正発明の「親油性置換基」の範囲について
そして,本件補正発明は,上記のような無数の種類の「類似体」に,さらに補正後の請求項1に記載された炭素数が11?40個のアルキル基,アシル基等の10種類の親油性置換基を付加した「誘導体」であってGLP-1の生理活性を有するものであるが,その付加するアミノ酸の位置も付加する親油性置換基の数についても特定されていない。
そして,10種類の親油性置換基の中には,「部分的又は完全に水素化されたシクロペンタノフェナトレン骨格を含んで成る基」という他の「アルキル基」,「アシル基」などとは構造が全く異なるものも含まれている。

実施可能要件及び明確性の要件について
(ア)上記のように本件補正発明の「誘導体」とは,アミノ酸配列が多くの位置で改変された「類似体」に,炭素数が11?40個の,構造上かなり異なるものも含まれる親油性置換基を,「類似体」の任意のアミノ酸残基に任意の数を付加した,広範な誘導体であって,本件補正発明は,その中で「GLP-1の生理活性」を維持しているものである。
(イ)請求人は,審判請求書において,
「原審査官殿によれば、「誘導体」なる記載について、引用文献2に記載されているもの以外にどのような誘導体が包含されるのか技術常識を参酌しても不明である、とのことである。しかしながら、平成18年7月24日付の意見書においても述べたとおり、GLP-1のアミノ酸配列のうち1もしくは数個のアミノ酸が置換、欠失、もしくは付加された類似体であってもGLP-1の生理活性を保持するものが存在することは周知であり、それは引用文献2に限らず、本願優先日前にいくつかの著書において発表されている。その例として、The J. of Biological Chemistry Vol.269, No.9 (1994) pp.6275-6278(参考資料1)及びAbstracts from the 11th International Symposium on Regulatory Peptides (参考資料2)を添付する。参考資料1ではGLP-1のアミノ酸配列の様々な位置をL-アラニンで置換し、GLP-1受容体との相互作用を検討している。そして、そのTable 2に示されているとおり、様々な誘導体がGLP-1と同等又はそれ以上の結合親和性(binding affinity)やアデニレートシクラーゼ活性(adenylate cyclase activity)を有する。また、参考資料2ではGLP-1のアミノ酸位置8位や9位を様々なアミノ酸で置換し、代謝安定性について調べている。尚、参考資料2は1996年9月3?9日にかけて開催されたシンポジウムの要旨集の一部であるが、その要旨集自体はシンポジウムの開催日前、かつ本願優先日の優先日1996年8月30日以前に配布されたものである(必要であればその証拠を提出することも可能である)。
このように、GLP-1誘導体の研究は本願優先日前に既に行われており、GLP-1誘導体の1もしくは数個のアミノ酸が置換、欠失、もしくは付加されていたとしても、当業者であれば出願時の技術常識に基づき、それがGLP-1活性を保持しているのかどうかは容易に推認又は調べることができるものである。
平成18年7月24日付の意見書においても述べたとおり、本願発明はGLP-1の所望のアミノ酸残基に親油性置換基を付加することでGLP-1の血漿中での半減期を延長させることができる、といった発見に基づくものであり、その効果も例えば明細書[0139]の表1に実証してある。そして、GLP-1の様々な誘導体がGLP-1活性を保持していることは前述のとおり本願優先日前、少なくともGLP-1の研究に従事している当業者にとって既に周知となっていた。従って、本発明の開示により、当業者であれば、本明細書の表1に開示されているGLP-1誘導体に限らず、その他のあらゆる誘導体についても親油性置換基を付加することで本発明の効果の恩恵を受けることができることを理解するはずである。従って、本発明に係る誘導体を例えば表1に記載のものに限定することは本発明の技術的範囲を不当に狭め、妥当でないものと審判請求人は確信する。」
と主張する。
(ウ)しかし,GLP-1のアミノ酸を置換等した類似体の中に生理活性を保持するものが存在することは認められるが,アミノ酸配列が変更された類似体の中には生理活性が極めて低くなるものや失われるものもあり,特に配列を大幅に変更した場合には,生理活性が維持される蓋然性が低くなることは技術常識である。
そして,本件補正発明の「誘導体」については,本願の発明の詳細な説明に実施例1?45として各種の誘導体の製造例が記載されているが,そのうち,ヒトGLP-1レセプター発現細胞におけるcAMP形成刺激能を確認しているのは,【表9】に記載された12の誘導体についてのみであり(【表8】は,単に血漿中濃度を示したものであり,GLP-1の生理活性の確認をしているものではない。),それはGLP-1(7-36),GLP-1(7-37)及びGLP-1(7-38)の26及び34位をArgに置換したものがほとんどである(2例のみ,その部位に加え他の部位も置換しており,置換後のアミノ酸にGluが含まれている。)。しかし,表9に示されたその活性をみると,例えば実施例19については1箇所,実施例45については2箇所のアミノ酸をArgに置換し,それに親油性置換基を1つ付加しただけで,その活性がかなり低下している。
(エ)また,請求人が提出した参考資料1の6277頁の表1に記載されている例は,GLP-1のうちの1アミノ酸を,しかもAlaを主とする限られた種類の特定のアミノ酸に置換した例であり,その中ですら活性が大幅に低下しているものがしばしば見られている(例えば[Ala^(28)]GLP-1)。そして,参考資料1に,「示されたように,L-アラニンへの置換は,部位7,10,12,13,15,28及び29において,大幅なレセプターへのアフィニティの低下をもたらす(IC50>10nM)。」(6276頁右欄下から17?15行)と記載されていることからも理解できるように,ごく一部のアミノ酸の置換であっても,GLP-1の活性には大きな影響が見られることは明らかである。
さらに,請求人の提出した参考文献2は,タイトルからも明らかなように,Alb^(8)-GLP-1という特定の類似体についての文献であって,本願の請求項1記載の類似体のような広範な改変がなされた類似体について,その活性が維持されることを示すものでは全くない。
(オ)したがって,上記のような広範な類似体,特にGLP-1のアミノ酸残基の半数近くの15個ものアミノ酸を,非天然アミノ酸を含む他のアミノ酸に置換したものも含む「類似体」(なお,請求項1の記載によれば,置換するアミノ酸の数が15個より多いものも排除していない。)が,「GLP-1の生理活性」を維持している可能性はほとんどないと考えられる。
(カ)また,さらに「類似体」の任意のアミノ酸残基に任意の数の「親油性置換基」を付加した「誘導体」については,なおさらである。
本願補正発明の実施例のうち,【表9】に活性が示されたもの(なお,例えば実施例23と26,34と39,38と40など,実施例の物質名が同じであるにも関わらず,その物性が異なる等,何らかの誤記が存在しているものと認められる。)をみると,例えば実施例19と43は,親油性置換基の種類のみが相違している誘導体であるが,それぞれの活性はかなり異なっている。また,実施例38と39も同様である。すなわち,親油性置換基の種類も,誘導体の活性に大きな影響を与えていることは明らかである。
しかも,【表9】に示された誘導体の親油性置換基は,GLP-1の26,34,36及び38位のアミノ酸残基のいずれか1箇所,あるいはそのうちの2箇所に付加されているもののみである。
そして,請求項1における「GLP-1又は類似体の少なくとも1個のアミノ酸残基に炭素数11?40個の親油性置換基が付加」された誘導体には,請求項1に記載された10種類の置換基に限っても天文学的な種類のものが存在し,例えば,そのうちの「部分的又は完全に水素化されたシクロペンタノフェナトレン骨格を含んで成る基」は,他の置換基とは全く構造が異なるものである。
このような広範な範囲の親油性置換基及び置換基の数及び位置を含む誘導体が,上記のような限られた例から,すべて同様に,GLP-1の生理活性を示す蓋然性が高いということはできない。
(キ)また,例えば,原査定の拒絶の理由で引用文献2として引用された本願の優先日前の1996年4月30日に頒布された刊行物である米国特許第5512549号明細書の表2には,炭素数が10の親油性基を付加した誘導体ではあるが,N-イミダゾプロピオニル-Arg^(26)-Lys^(34)-N^(ε)-デカノイル-GLP-1(8-37)は,経脈投与した際に活性を示さなかったことが記載されている。
さらに,請求人が平成18年7月24日付意見書で提示したJ. Med. Chem. 2000, 43、1664-1669の1665頁の表1には,GLP-1に炭素数11?18個のアシル基を付加したものの活性が記載されているが,そのなかには活性が極度に低下しているものがみられ(例えば化合物11),例えば本文中にも,その点について「C14又はC16の脂肪酸による生成物は,γ-Gluスペーサにより1又は2を付加した場合,得られたものは極度の活性の低下を招いた(10-12)。」(1666頁右欄13?16行)などと記載されている。
(ク)すなわち,本件補正発明において化学構造で特定されている「類似体」に親油性置換基を付加した「誘導体」が,GLP-1の生理活性を維持する蓋然性が高いということはできないから,それらの膨大な誘導体の中から,GLP-1の生理活性を維持しているものを提供するためには,過度の実験が必要であると認められる。
したがって,本願補正発明については,その製造ができ,使用ができる程度に発明の詳細な説明に開示がなされておらず,それらの発明は,発明の詳細な説明に、当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されているとは認められない。
同様の理由により,どのような「類似体」に対して,どのような親油性置換基をどのアミノ酸残基にいくつ付加したものが,本願補正発明に含まれるのかが不明確である。
そして,本件補正後の請求項40,43,45,51は,記載上の補正はなされていないものの,請求項1を引用しているから,請求項1の補正により同様に「特許請求の範囲の減縮」を目的とする補正がなされたと認められるところ,それらに係る発明についても同様に,補正後の請求項に記載されている事項により特定される発明については,実施可能要件及び明確性要件を満たさないものである。特に,請求項51については遅延型の活性プロフィールを有するものに限定されているところ,例え活性が維持されていたとしても,その中から「GLP-1(7-37)と比べ遅延した活性プロフィールを有する」ものを選択するには,さらに実験が必要である。

オ 小活
したがって,この出願は、発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項に規定する要件を満たしておらず,また,特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない。

(3)本件補正発明に関する特許法第29条第2項の要件について

ア 拒絶の理由の概要
原審において平成18年1月19日付で通知された拒絶理由通知の理由IIIの概要は,本願発明は,本願の優先日前の1996年4月30日に頒布された刊行物である米国特許第5512549号明細書(以下,「引用例」という。)に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものであり,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない,というものである。

イ 引用例
引用例には,以下のような記載がある。
(ア)「1.以下の化学式(配列番号1)(式1)の化合物:

式中、R^(1)は4-イミダゾプロピオニル、4-イミダゾアセチル及び4-イミダゾ-α,αジメチル-アセチルからなる群から選択され、
R^(2)はC_(6)?C_(10)無分枝アシルからなる群から選択されるか又は存在せず、
R^(3)はGly-OH及びNH_(2)からなる群から選択され、及び
XaaはLys又はArgである。
2.R^(1)が4-イミダゾプロピオニルであり、R^(2)がC_(8)無分枝アシルであり、R^(3)がGly-OHであり、及びXaaがArgである請求項1記載の化合物。」(請求の範囲)
(イ)「GLP-1の変異体及び類似体は本分野で既知である。これらの変異体及び類似体は例えば、GLP-1(7-36)、Gln9ーGLP-1(7-37)、D-Gln9ーGLP-1(7-37)、アセチル-Lys^(9)-GLP-1(7-37)、Tyr^(16)-Lys^(18)-GLP-1(7-37)、及びLys^(18)-GLP-1(7-37)を含む。GLP-1の誘導体は例えば、酸付加塩、カルボン酸塩、低級アルキルエステル及びアミドがある(例えばWO91/11457を参照)。一般に、種々の開示された形のGLP-1はインスリン分泌を促進すること(インスリン分泌性作用)及びcAMP形成を促進することが知られている[例えば、Mojsov,S.,Int.J.Peptide Protein Research,40:333-343(1992)を参照]。](2欄33?44行)
(ウ)「現在、GLP-1型の分子の使用を包含する治療は、その様なペプチドの血清半減期が非常に短いので、重要な問題を提示している。例えば、GLP-1(7-37)は3から5分の血清半減期しかない。現在、ジペプチジル-ペプチダーゼIV(DPP IV)は、非経口投与後の迅速な吸収及びクリアランスに加えて、容易にGLP-1(7-37)を不活性化すると信じられている。従って非経口投与後の薬動力学プロフィールが延長された生物学的に活性なGLP-1(7-37)類似体が臨床上必要とされている。
従って、本発明の第1の目的はタイプIIの糖尿病におけるインスリンの分泌を促進するのみならず、他の効果的なインスリン分泌性反応を生み出す新規な、化学的に修飾されたペプチドを提供することである。本発明の化合物は非経口投与後、DPP IVに対して抵抗性を示すか又は天然のGLP-1(7-37)よりも遅く吸収及びクリアランスされることにより、天然のGLP-1(7-37)よりもより長い期間、血清中に存在する。GLP-1(7-37)についての個々の類似物は、全類似物を含有する化合物の生物学的能力と計算が合わないことから、本発明の化合物のあるものは、相乗効果を示すことが明らかとなった。このことは非常に驚くべきことである。」(3欄13?34行)
(エ)「本発明のさらなる態様はLys^(34)残基のエプシロンアミノ基をアシル化することによって製造される。6から10の間の炭素原子を有する直鎖アシル付加物が好ましく、無分枝のC_(8)が最も好ましい。
本発明の他の態様には式1の26位(Xaa)におけるアミノ酸置換物がある。Lys及びArgがこの位置において認容されるがArgが好ましい。
カルボキシ末端における修飾物もまた本発明に含まれる。その様なR^(3)はGly-OH又はNH_(2)でありうるが;カルボキシル末端アミドの例の中ではGly-OHが好ましい。」(7欄26?38行)
(オ)「

a インスリン効果の持続時間:平均インスリン変化が常に≧0.5ng/mlである時間。
b 最大インスリン変化:120分の試験期間中に観察されるベースラインを超えるインスリンの最大増加量。
c インスリン変化AUC:インスリン変化曲線下面積;ペプチドの総インスリン親和性作用を表す。
d GIR変化AUC:グルコース注入速度変化曲線下面積;ペプチドの総代謝効果を表す。」(17?18欄の表2)

ウ 引用発明
上記のとおり,引用例には,特に,
・非経口投与後の薬動力学プロフィールが延長された生物学的に活性なGLP-1(7-37)類似体を得ることを目的として,GLP-1(7-37)のLys^(34)残基のエプシロンアミノ酸をアシル化すること,
・その場合6から10の間の炭素原子を有する直鎖アシル付加物が好ましく、無分枝のC_(8)が最も好ましいこと,
・Lys^(34)-N^(ε)-オクタノイル- GLP-1(7-37)OHがGLP-1活性を有すること,及び
・経静脈投与(I.V.)において,コントロールと比較してインスリン効果の持続時間の延長が見られたこと,
が記載されている。
すなわち引用例には,
「GLP-1の数個のアミノ酸が欠失され、GLP-1の生理活性を有するその類似体の誘導体であって、当該GLP-1又は類似体の少なくとも1個のアミノ酸残基に炭素数6?10個,好ましくは8個の親油性置換基が付加されており、ここで当該親油性置換基は、直鎖又は枝分かれした脂肪酸のアシル基である誘導体」の発明が記載されていると認められる(以下「引用発明」という。)。

エ 対比
本件補正発明と引用発明とを比較すると,両者は,
「GLP-1又は1もしくは数個のアミノ酸が置換、欠失もしくは付加され、GLP-1の生理活性を有するその類似体の誘導体であって、当該GLP-1又は類似体の少なくとも1個のアミノ酸残基に炭素数6?40個の親油性置換基が付加されており、
ここで当該親油性置換基は、
部分的又は完全に水素化されたシクロペンタノフェナトレン骨格を含んで成る基;
直鎖又は枝分かれしたアルキル基;
直鎖又は枝分かれした脂肪酸のアシル基;
直鎖又は枝分れしたアルカンα,ω-ジカルボン酸のアシル基;
式CH_(3)(CH_(2))p((CH_(2))qCOOH) CHNH-CO(CH_(2))_(2)CO-(ここで、p及びqは整数であり、そしてp+qは8?33の整数)の基;
式CH_(3)(CH_(2))rCO-NHCH(COOH)(CH_(2))_(2)CO-(ここで、rは10?24の整数である)の基;
式CH_(3)(CH_(2))sCO-NHCH((CH_(2))_(2)COOH)CO-(ここで、sは8?24の整数である)の基;
式-NHCH(COOH)(CH_(2))_(4)NH-CO(CH_(2))uCH_(3) (ここでuは8?18の整数である)の基;
式-NHCH(COOH)(CH_(2))_(4)NH-COCH((CH_(2))_(2)COOH)NH-CO(CH_(2))wCH_(3) (ここでwは10?16の整数である)の基;
式-NHCH(COOH)(CH_(2))_(4)NH-CO(CH_(2))_(2)CH(COOH)NH-CO(CH_(2))xCH_(3 )(ここでxは10?16の整数である)の基;及び
式-NHCH(COOH)(CH_(2))_(4)NH-CO(CH_(2))_(2)CH(COOH)NHCO(CH_(2))yCH_(3) (ここでyは0又は1?22の整数である);
から成る群から選ばれ、
但し、親油性置換基が1個しか存在しておらず、そしてこの置換基が当該GLP-1又は類似体のN末端又はC末端アミノ酸残基に付加されているなら、その置換基がアルキル又はω-カルボン酸基を有する基であって、当該GLP-1の類似体がArg^(34)- GLP-1(7-37)であることを除く、誘導体。」
である点で一致するが,以下の点で相違している。

相違点:アミノ酸残基に付加されている親油性置換基の炭素数が,本件補正発明では11?40個であるのに対し,引用発明では6?10個,好ましくは8個である点

オ 相違点についての判断
引用例には,ジペプチジル-ペプチダーゼIV(DPP IV)は、非経口投与後の迅速な吸収及びクリアランスに加えて、容易にGLP-1(7-37)を不活性化すると信じられていること,記載された誘導体は,DPP IVに対して抵抗性を示すか又は天然のGLP-1(7-37)よりも遅く吸収及びクリアランスされることにより、天然のGLP-1(7-37)よりもより長い期間、血清中に存在することが記載されている。そして,特に親油性置換基の炭素数を6?10個,好ましくは8個とすることが記載されているが,その理由又は技術的意義,すなわち炭素数がその範囲である必要性については記載がされていない。
してみれば,引用例に記載されたGLP-1(7-37)に付加する親油性置換基の炭素数を適宜変更して,より目的に合致した誘導体を得ようとすることは,当業者であれば容易に想到し得ることである。また,引用例に記載されたDPP IVに対する抵抗性の観点からは,より炭素数の多い,すなわち親油性置換基がより大きく,元のGLP-1(7-37)と構造がより相違するものの方が望ましい可能性も当業者であれば容易に考慮をすることである。
したがって,引用発明の誘導体の親油性置換基の炭素数を11?40個とすることに格別の困難性はない。
また,効果においても,本件明細書の記載を見ても,活性については,ごく一部の誘導体について確認しているにすぎず,しかもその活性がGLP-1(7-37)に対して劣っているものも含まれている(表9参照)。
さらに,遅延型作用プロフィールについては,本件補正発明の誘導体はそのようなものに限られるわけではないから進歩性の判断において参酌することはできない。しかも,仮に参酌したとしても,その点において,本件補正発明が,引用例の記載から予期できないほど顕著な効果を奏するということもできない。

カ 請求人の主張
請求人は,平18年7月24日付意見書において,
「引用文献2(審決注:上記「引用例」と同一文献)には、Lys 残基がアシル基で置換されたGLP-1(7-37)誘導体 Lys34-N -オクタノイル-GLP-1(7-37)OHに関する血漿内作用遅延効果を調べた実験結果が記載されております(Table 1?5)。しかしながら、その結果を検討すると、果してLys残基をアシル基で置換することが血漿内での作用を遅延させるのか否かが全くわかりません。例えば、上記誘導体をイヌに静脈内投与した際のインスリン効果の持続時間を示すTable 1 (審決注:「Table 2」の誤りと認められる。)ではその時間が15分であり、コントロールのGLP-1(7-36)NH2の7.5 分と比べ長くなっておりますが、上記誘導体をイヌに皮下投与した際のインスリン効果の持続時間を示すTable 2 (審決注:「Table 3」の誤りと認められる。)では活性なし(no active) となっております。また、上記誘導体をラットに投与した結果を示すTable 5 においては、用量(Dose)4.0 ug/kg の結果を見ますと、上記誘導体の持続時間がコントロールよりも短くなっており(前者が 20minであるのに対し、後者は 40 分)、アシル基による置換の技術的意義が全く不明であります。従いまして、このような一貫性のない結果に基づき、当業者がGLP-1(7-37)のアミノ残基をアシル基で置換することでその血漿内での作用を遅延させるできることを容易に想到し得るものではありません。
よって、第29条第2項の規定に基づく拒絶理由は、上述のとおり引用文献2に記載の開示内容ではアシル基などの親油性置換基の付加の効果は十分に理解することができないため、妥当でないものと出願人は確信します。
また、出願人は本発明を引用文献2に記載の発明と明確に区別させるため、親油性置換基を「炭素数11?40個の親油性置換基」に限定しました。引用文献2においてGLP-1の修飾に用いている置換基は炭素数が多いものでデカノイル基の10個であり(Table 2)、かかる補正により第29条第1項第3号の規定に基づく拒絶理由も解消されるものと確信します。
親油性置換基によるGLP-1の修飾による血漿中での半減期の延長効果を示すさらなる証拠として、J. Med. Chem. 2000, 43、1664-1669を参考資料として本意見書に添付します。そのTable 2には、炭素数12個以上の脂肪酸基による置換により、GLP-1の様々な類似体の誘導体の血漿内半減期が遅延できた結果が示されております。
以上の説明により、当該拒絶理由は解消されるものと出願人は確信します。」
と主張している。
しかし,請求人が指摘する誘導体は,表2からも明らかなとおり経静脈投与においては生理活性を有するものである。また,請求人は,血漿中での半減期の延長効果について主張するが,本件補正発明1は,そもそも遅延型活性プロフィールを有することを要件とはしておらず,その点については,請求項1を引用する請求項51?54において特定されているのみである。そして,本件補正発明の誘導体であれば必ず血漿中での半減期の延長効果を奏するということもできない。
しかも,本件明細書で一部の実施例について遅延型プロフィールを確認しているのは,血漿中の濃度にすぎず(【00137】【表8】),その活性についての遅延型プロフィールを確認しているではないから,その結果を以て本件補正発明が顕著な効果を奏するということもできない。。
したがって,請求人の主張は採用できない。

キ 小活
上記のとおり,本件補正発明は,引用例に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法第29条第2項の規定により,出願の際,独立して特許を受けることができないものである。
(4)本件補正が「明りょうでない記載の釈明」に該当するか否か
念のため,本件補正が独立特許要件が課される「特許請求の範囲の減縮」ではなく,明りょうでない記載の釈明を目的とするものであるか否かについても検討する。
「明りょうでない記載の釈明」とは,記載上の不備を生じている記載の不明りょうさを正し,「その記載の本来の意味内容」を明らかにすることである。しかし,補正前の「親油性置換基」という記載は,その意味自体は明確であり,それを発明特定事項の一部とする本願発明の「誘導体」に何が含まれるかは不明確であっても,その記載自体が不備というわけではない。また,その本来の意味が,補正後の10種類の具体的な親油性基のことであるという訳ではない(「親油性置換基」の本来の意味には,補正により特定された10種類の親油性基以外にも様々な置換基が包含されることは明らかである。)から,「その記載の本来の意味内容」を明らかにするものではない。
したがって,本件補正は,同法第17条の2第5項第4号の「明りょうでない記載の釈明」に該当するものではない。

3.新規事項について
また,本件補正後の請求項1には,親油性置換基について「炭素数11?40個の」という限定が付されている。この事項自体は,平成18年7月24日付補正により特許請求の範囲に導入されたものであるが,本件補正もその事項を含む補正であるので,以下,補正が,本願の出願当初の明細書に記載された事項の範囲内においてしたものであるか否かについて,検討する。
本願の出願当初の明細書には,親油性置換基の炭素数については,
「【請求項11】 前記親油性置換基が4?40個の炭素原子、より好ましくは8?25個の炭素原子を含んで成る、先の請求項のいづれか1項記載の GLP-1誘導体。」(特許請求の範囲),
「更なる好適な態様において、本発明は親油性置換基が4?40個の炭素原子、より好ましくは8?25個の炭素原子を含んで成る GLP-1誘導体に関する。」(【0026】),
及び
「GLP-1誘導体の満足たる遅延型作用プロフィールを得るため、 GLP-1成分に付加された親油性置換基は好ましくは4?40個の炭素原子、特に8?25個の炭素原子を含んで成る。」(【0069】)
という記載があり,また,本願明細書の実施例20?24には,親油性基として「Nε-(ω-カルボキシヘプタノイル)」基という炭素数が8のものを用いたものが記載されている。なお,実施例15?19の親油性基である「Nε-(ω-カルボキシウンデカノイル)」基は,カルボキシル基の炭素を加えると炭素数が12のものである。
そして,出願当初の明細書には,例えば特許請求の範囲などには,個々の親油性置換基についての炭素数の範囲についての記載はあるが,本件補正後の請求項1に記載された10種類の親油性置換基全体について,共通する炭素数の範囲は記載されてないし,個々の親油性置換基についてその炭素数が11?40個であるという記載もない。
そして,この数値範囲のうち,特に下限値の11については,平成18年1月19日付の拒絶理由通知の理由II及びIII(新規性及び進歩性の欠如)に対して,平成18年7月24日付でなされた補正により導入されたものであり,請求人は,同日付の意見書において,前記「2.(3)カ」で引用したとおりの主張をしているところ,それによれば,請求人は,引用例に記載された親油基の炭素数は最大10であり,それに対して本願発明の親油基の炭素数の下限は11であることを以て,引用例の親油基による置換の技術的意義が不明であるのに対し,本願発明の親油基による置換は,血漿内でのGLP-1(7-37)の作用を遅延させるという技術的意義を有するものであるという主張をしているものと認められる。
すなわち,請求人の主張によれば,本願発明の親油基の炭素数の下限は11であることには,技術的に大きな意味があるのであり,そのような下限の数値が記載されておらず自明でもない,本願の出願当初の明細書の記載にそのような数値を導入することは,出願当初の明細書のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものであるといわざるを得ない。
したがって,本件補正は,願書に最初に添付した明細書に記載した事項の範囲内でされたものではない。

4.小括
以上のとおり,本件補正は,平成18年改正前特許法第17条の2第5項で準用する同法126条5項の規定に違反するものであり,また,同法第17条の2第3項の規定に違反するものである。
したがって,本件補正は,同法159条1項において読み替えて準用する同法53条1項の規定により却下されるべきものである。

第3 本願の請求項1の記載及び請求項1に係る発明
上記のとおり,平成19年1月10日付の手続補正は却下されたから,本願の請求項1は,平成18年7月24日付手続補正書により補正された明細書の記載からみて,以下に記載されたとおりのものであり,本願の請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は,その請求項1に記載された以下の事項により特定されるものであると認める。

「【請求項1】 GLP-1又は1もしくは数個のアミノ酸が置換、欠失もしくは付加され、GLP-1の生理活性を有するその類似体の誘導体であって、当該GLP-1又は類似体の少なくとも1個のアミノ酸残基に炭素数11?40個の親油性置換基が付加されており、但し、親油性置換基が1個しか存在しておらず、そしてこの置換基が当該GLP-1又は類似体のN末端又はC末端アミノ酸残基に付加されているなら、その置換基がアルキル又はω-カルボン酸基を有する基であって、当該GLP-1の類似体がArg^(34)- GLP-1(7-37)であることを除く、誘導体。」

第4 特許法第36条第4項及び第6項第2号の要件について
本願の請求項1は,却下された本件補正後の親油性置換基に関する特定が削除されたものである。そして上記「第2」の2.(2)で示したように,本件補正発明については,そのような誘導体を得るためには過度の実験が必要であるという理由で実施可能要件を満たさないものであるから,本件補正発明を包含している本願発明も,同様の理由により実施可能要件を満たさないものである。
また,上記「第2」の2.(2)で示したように,本件補正は,明確性の要件についても,本件補正発明にどのような誘導体が含まれるのかを当業者が明確に理解することはできないという理由により満たさないものであるから,本件補正発明を包含している本願発明も,同様の理由により明確性の要件を満たさないものである。

第5 特許法第29条第2項の要件について
特許法第29条第2項の規定に基づく拒絶の理由については,平成18年9月6日付の拒絶査定の理由とはなっていないが,平成18年1月19日付拒絶理由通知において通知され,請求人は,それに対して補正をすると共に,意見書において反論をしている。そして,特許法第158条の規定により,審査においてした手続は審判においてもその効力を有するから,以下,この点についても検討する。
上記「第2」の2.(2)で示したように,本件補正発明は,引用例に記載された発明に基づき当業者が容易に発明をすることができたものである。したがって,本件補正発明を包含している本願発明も,同様の理由により,引用例に記載された発明に基づき当業者が容易に発明をすることができたものである。

第6 補正案について
請求人は,平成21年4月7日付回答書において補正案を提示しているので,念のため検討する。
提示された補正案は,GLP-1誘導体の親油性基を特定のものに限定しようとするものである。しかし,例えば請求項1に択一的に列挙された11の誘導体(なお,10,11番目の誘導体は,8,9番目の誘導体と重複している。)は,そのすべてが,本願の分割出願であって,拒絶査定が確定している特願2006-201324号の請求項10(平成21年1月15日付補正書)に択一的に記載された誘導体と同一のものである。
したがって,補正案どおりに補正されても,本願発明は,平成10年改正前特許法第39条第2項の規定により特許を受けることができないものであることを付言する。

第7 むすび
以上のとおりであるから,本願は,平成14年改正前特許法第36条第4項に規定する要件,及び同条第6項第2号に規定する要件を満たしていないし,また,本願発明は,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
よって,結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2010-03-18 
結審通知日 2010-03-23 
審決日 2010-04-05 
出願番号 特願2000-152778(P2000-152778)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (C07K)
P 1 8・ 575- Z (C07K)
P 1 8・ 536- Z (C07K)
P 1 8・ 561- Z (C07K)
P 1 8・ 537- Z (C07K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 松田 芳子坂崎 恵美子  
特許庁審判長 鵜飼 健
特許庁審判官 吉田 佳代子
平田 和男
発明の名称 GLP-1誘導体  
代理人 古賀 哲次  
代理人 福本 積  
代理人 石田 敬  
代理人 渡辺 陽一  
代理人 青木 篤  

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