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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 C12N
審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない。 C12N
管理番号 1232642
審判番号 不服2007-10813  
総通号数 136 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2011-04-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2007-04-13 
確定日 2011-02-23 
事件の表示 平成 8年特許願第526407号「B細胞リンパ腫および細胞株の処置に効果的な二重特異性抗体」拒絶査定不服審判事件〔平成 8年 9月 6日国際公開、WO96/26964、平成11年 6月 8日国内公表、特表平11-506310〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯

本願は,1996年(平成8年)2月29日(パリ条約による優先権主張1995年3月1日,米国)を国際出願日とする出願であって,平成17年8月3日付けで最初の拒絶理由通知書が通知され,平成18年2月8日付けで意見書及び手続補正書が提出されたが,その後,同年6月1日付けで最後の拒絶理由通知書が通知され,同年9月13日付けで意見書及び手続補正書が提出されたところ,平成18年9月13日付け手続補正書は,同年12月20日付けで補正却下の決定がなされるとともに同日付で拒絶査定がなされ,平成19年4月13日に拒絶査定不服審判が請求されるとともに,同年5月14日付けで手続補正書が提出されたものである。

2.平成19年5月14日付けの手続補正についての補正の却下の決定

[補正却下の決定の結論]
平成19年5月14日付けの手続補正を却下する。

[理由]
(1)平成19年5月14日付けの手続補正

本件補正により,特許請求の範囲の請求項1は,平成18年2月8日付で補正された,
「ヒト化抗体であって,該抗体が以下のヒト化重鎖およびヒト化軽鎖:
(1)以下の配列
1 QIVLTQSPAIMSASPGEKVT
21 MTCSASSSVSYMNWYKQKSG
41 TSPKRWTYDTSKLASGVPAR
61 FSGSGSGTSYSLTISSMEAE
81 DAATYYCQQWSSNPPTFGSG
101 TKLEIK
からなるマウス軽鎖可変領域の対応する相補性決定領域由来のアミノ酸配列を有する3つの相補性決定領域(CDR1,CDR2,およびCDR3),およびヒトκ軽鎖可変領域フレームワーク配列由来の可変領域フレームワークを含有するヒト化軽鎖,および
(2)以下の配列
1 QVQLQQSGAELARPGASVKM
21 SCKASGYTFISYTMHWVKQR
41 PGQGLEWIGYINPRSGYTHY
61 NQKLKDKATLTADKSSSSAY
81 MQLSSLTSEDSAVYYCARSA
101 YYDYDGFAYWGQGTLVTVSA
からなるマウス重鎖可変領域の対応する相補性決定領域由来のアミノ酸配列を有する3つの相補性決定領域(CDR1,CDR2,およびCDR3),およびH30,H67,H68,H70,H72,およびH74からなる第2の群より選択される位置の少なくとも1つの位置を除くヒト重鎖可変領域フレームワーク配列由来の可変領域フレームワークを含有するヒト化重鎖であって,ここで,アミノ酸位置は,マウス重鎖可変領域フレームワークの等価な位置に存在する同じアミノ酸により占有され,そしてアミノ酸位置はマウス重鎖可変領域と同様に番号付けされるか,または,アミノ酸位置はKabat(Kabat 1987 Sequences of Proteins Of Immunological Interest, National Institutes of Health, Bethesda MD)のスキームによって規定されるヒト重鎖可変領域フレームワーク中の等価な位置である,重鎖;
を含有し,
ここで,該免疫グロブリンは,約10^(7)M^(-1)の下限ならびに該マウス軽鎖可変領域および該マウス重鎖可変領域を含むマウス免疫グロブリンの結合親和性の約5倍の上限を有する結合親和性でT細胞表面上のCD3抗原に特異的に結合する,
ヒト化抗体」というものから,

「ヒト化抗体であって,該抗体が以下のヒト化重鎖およびヒト化軽鎖:
(1)以下の配列
【化1】
1 QIVLTQSPAIMSASPGEKVT
21 MTCSASSSVSYMNWYKQKSG
41 TSPKRWTYDTSKLASGVPAR
61 FSGSGSGTSYSLTISSMEAE
81 DAATYYCQQWSSNPPTFGSG
101 TKLEIK
を含むヒト化軽鎖,および
(2)以下の配列
【化2】
1 QVQLQQSGAELARPGASVKM
21 SCKASGYTFISYTMHWVKQR
41 PGQGLEWIGYINPRSGYTHY
61 NQKLKDKATLTADKSSSSAY
81 MQLSSLTSEDSAVYYCARSA
101 YYDYDGFAYWGQGTLVTVSA
を含有するヒト化重鎖,
を含む,
ヒト化抗体。」というものに補正された。

(2)目的要件違反について
本件補正は,補正前の請求項1において発明特定事項であった「【化1】からなるマウス軽鎖可変領域の対応する相補性決定領域由来のアミノ酸配列を有する3つの相補性決定領域(CDR1,CDR2,およびCDR3),およびヒトκ軽鎖可変領域フレームワーク配列由来の可変領域フレームワークを含有する」,「【化2】からなるマウス重鎖可変領域の対応する相補性決定領域由来のアミノ酸配列を有する3つの相補性決定領域(CDR1,CDR2,およびCDR3),およびH30,H67,H68,H70,H72,およびH74からなる第2の群より選択される位置の少なくとも1つの位置を除くヒト重鎖可変領域フレームワーク配列由来の可変領域フレームワークを含有する」,及び「ここで,アミノ酸位置は,マウス重鎖可変領域フレームワークの等価な位置に存在する同じアミノ酸により占有され,そしてアミノ酸位置はマウス重鎖可変領域と同様に番号付けされるか,または,アミノ酸位置はKabat(Kabat 1987 Sequences of Proteins Of Immunological Interest, National Institutes of Health, Bethesda MD)のスキームによって規定されるヒト重鎖可変領域フレームワーク中の等価な位置である,重鎖;を含有し」なる事項を削除するものである。
そして,補正後の請求項1における【化1】及び【化2】は,補正前の請求項1におけるアミノ酸配列と同一のものであり,本願の図5A及び図5Bの下段によれば,これらのアミノ酸配列はマウスM291抗体の可変領域を表すものであって,ヒト化された後の可変領域を表すものではない。
してみると,上記補正によって,補正前の請求項1では,【化1】又は【化2】のアミノ酸配列で示されるマウス抗体の可変領域に基づいてCDRsを同定し,これに対してヒト抗体の可変領域から選択されたフレームワークを組み合わせて作製するヒト化軽鎖及び重鎖を含むヒト化抗体(CDR移植抗体)であったものが,補正後の請求項1では,【化1】又は【化2】で示されるマウス抗体の可変領域を含有するヒト化軽鎖又は重鎖を含むヒト化抗体(キメラ抗体)に変更されている。
言い換えれば,このような補正は,補正前の請求項1に係る発明において必須であった「可変領域をヒト化する」という技術的事項を削除し,可変領域はヒト化せずに,定常領域のみをヒト化するという技術的事項へ変更するものである。
したがって,本件補正は,発明の内容を変更する補正であるから,本件補正によって,特許請求の範囲が減縮されたといえず,また,誤記の訂正や不明瞭な記載の釈明を目的とするものともいえない。
さらに,本件補正により,補正前の請求項1において発明特定事項であった「ここで,該免疫グロブリンは,約10^(7)M^(-1)の下限ならびに該マウス軽鎖可変領域および該マウス重鎖可変領域を含むマウス免疫グロブリンの結合親和性の約5倍の上限を有する結合親和性でT細胞表面上のCD3抗原に特異的に結合する」なる事項を削除するものである。
そして,当該補正により,結合親和性の下限が約10^(7)M^(-1)であり,その上限がマウス免疫グロブリンの結合親和性の5倍であるという数値限定はなくなり,結合親和性が前記数値範囲以外のものも包含されるように特許請求の範囲が拡張されている。
以上のとおり,本件補正は,特許請求の範囲の減縮を目的とするものではなく,また,誤記の訂正や不明瞭でない記載の釈明を目的とするものに該当しないことも明らかであるから,平成14年法律第24号改正附則第2条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第4項の規定に違反するので,同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。

3.本願発明について

平成19年5月14日付けの手続補正は上記のとおり却下されたので,本願に係る発明は,平成18年2月8日付の手続補正により補正された明細書及び図面の記載からみて,その請求項1?3に記載された事項により特定されるものである。

そのうち,請求項1に係る発明(以下,「本願発明1」という。)は,以下のとおりである。

「【請求項1】ヒト化抗体であって,該抗体が以下のヒト化重鎖およびヒト化軽鎖:
(1)以下の配列
1 QIVLTQSPAIMSASPGEKVT
21 MTCSASSSVSYMNWYKQKSG
41 TSPKRWTYDTSKLASGVPAR
61 FSGSGSGTSYSLTISSMEAE
81 DAATYYCQQWSSNPPTFGSG
101 TKLEIK
からなるマウス軽鎖可変領域の対応する相補性決定領域由来のアミノ酸配列を有する3つの相補性決定領域(CDR1,CDR2,およびCDR3),およびヒトκ軽鎖可変領域フレームワーク配列由来の可変領域フレームワークを含有するヒト化軽鎖,および
(2)以下の配列
1 QVQLQQSGAELARPGASVKM
21 SCKASGYTFISYTMHWVKQR
41 PGQGLEWIGYINPRSGYTHY
61 NQKLKDKATLTADKSSSSAY
81 MQLSSLTSEDSAVYYCARSA
101 YYDYDGFAYWGQGTLVTVSA
からなるマウス重鎖可変領域の対応する相補性決定領域由来のアミノ酸配列を有する3つの相補性決定領域(CDR1,CDR2,およびCDR3),およびH30,H67,H68,H70,H72,およびH74からなる第2の群より選択される位置の少なくとも1つの位置を除くヒト重鎖可変領域フレームワーク配列由来の可変領域フレームワークを含有するヒト化重鎖であって,ここで,アミノ酸位置は,マウス重鎖可変領域フレームワークの等価な位置に存在する同じアミノ酸により占有され,そしてアミノ酸位置はマウス重鎖可変領域と同様に番号付けされるか,または,アミノ酸位置はKabat(Kabat 1987 Sequences of Proteins Of Immunological Interest, National Institutes of Health, Bethesda MD)のスキームによって規定されるヒト重鎖可変領域フレームワーク中の等価な位置である,重鎖;
を含有し,
ここで,該免疫グロブリンは,約10^(7)M^(-1)の下限ならびに該マウス軽鎖可変領域および該マウス重鎖可変領域を含むマウス免疫グロブリンの結合親和性の約5倍の上限を有する結合親和性でT細胞表面上のCD3抗原に特異的に結合する,
ヒト化抗体。」

4.原査定の拒絶の理由の概要

原査定の拒絶の理由のうち2つは,
(1)本願発明1は,本願出願前に日本国内又は外国において頒布された刊行物に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない,及び
(2)本願の発明の詳細な説明には,当業者が本願発明1を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されていないから,本願は,特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていないというものである。

5.特許法第29条2項について

(5-1)引用刊行物の記載
原査定の拒絶の理由において,引用文献1?4として引用された,本願優先日前に頒布された刊行物には,それぞれ次の事項が記載されている。

(1)引用文献1:Blood, 1993, Vol.81, No.12, pp.3343-3349

ア)「CD3と癌抗原の両方を認識する二重特異性抗体は,当該抗原を有する細胞に対して,T細胞媒介細胞傷害性を発揮することができる。このような二重特異性抗体は,単特異性のモノクローナル抗体よりも,悪性B細胞を有する動物モデルにおいて,癌の成長を抑制する点においてより効果的であることが示されている。最近の研究では,ヒトT細胞による悪性ヒトB細胞の分解を誘導するように設計された二重特異性抗体の生産及び予備的評価が行われている。当該二重特異性抗体は,OKT3分泌ハイブリドーマ細胞と,1D10を分泌するハイブリドーマ細胞とを融合することによって製造されるハイブリッドハイブリドーマセルラインから得られた。」(3343頁左欄上から9?12行,要約)

(2)引用文献2:Proceeding American Association for Cancer Research Annual Meeting, 1992, Vol.33, p.345

イ)「CD3と癌抗原の両方を認識する二重特異性抗体は,当該癌抗原を有する細胞に対するT細胞の細胞毒性を発揮することができる。最近の研究では,ユニークで,高度に特異的な二重特異性抗体が,B細胞癌の潜在的な治療手段となり得るかが評価できるように設計されている。二重特異性抗体を分泌するハイブリッドハイブリドーマは,ハイブリドーマ1D10(通常の休止又は活性化したリンパ球では見られないが,癌化したヒトB細胞の大部分において見られる抗原を認識する抗体を分泌する)と,ハイブリドーマOKT3(抗CD3抗体を分泌する)とを親として融合することにより得られる。」(上から1?8行)

(3)引用文献3:TiPS, 1993, Vol.14, pp.139-143

ウ)「ヒト化抗体の第二世代は,齧歯類のモノクローナル抗体の抗原結合ループがヒト抗体の中に作られたいわゆるCDR移植抗体である。各抗体の可変ドメインの構造は,抗原結合ループ(相補性決定領域又はCDRs)を挟んだβシートの”サンドイッチ”からなり,異なる抗体では,これらのCDRループの配列は高度に変更されている(図2)。この超可変性が潜在的に無数である抗原に対して結合する抗体のレパートリーを可能にする。CDRsを齧歯類のモノクローナル抗体からヒト抗体へ移植(又はグラフト)することにより,抗原結合部位も転移される。特に,同じヒトフレームワークが異なる結合部位を取り付けるために使用される。しかし,抗原結合部位を再構成するためには,βシートのフレームワークと該ループとの間の他の可能な相互作用を検討する必要がある。分子モデルの助けを受けて,CDRループと重要な接触を維持するフレームワークの置換を設計することが可能となっている。
例えば,ヒトリンパ球のCDw52抗原に対するCAMPATH-1なるラット抗体を用いた場合,CDRsを単に移植するだけでは,ヒト抗体に結合活性を移植させることはできなかった。ラット抗体の重鎖のCDR1ループの3次元折り畳みとそのラットのフレームワークとの接触がコンピューターグラフィックスによりモデル化され,フレームワークの27番目のPhe残基がループをまとめ上げるものと予言された。しかし,CDR移植抗体のヒトフレームワークでは,27番目のPhe残基はSer残基に置換され;CDR移植抗体において,27番目の残基をPheからSerに変異させると,結合活性が保持された。他の例では,抗原親和性の増強が,いくつかのフレームワーク置換を組み合わせることによって徐々に達成された。特に抗体構造の分析は,フレームワーク残基のセットの特定を導いており,CDR構造に影響を与え,βシートのストランドのまとめ上げにも影響を与える。
最初のCDR移植抗体は,ヒト骨髄腫蛋白質の既知の結晶学的構造に基づいたものであった。CDR移植抗体は,いくつかのヒト重鎖における共通のヒトフレームワークを用いても製造されてきた。1つ又は限られた数のヒトフレームワークを用いることは,CDR配列を除き,ほとんど同一である様々な治療用抗体の可能性を提供する。逆に,様々なフレームワークの構造がCDRループを支持することができ,”超キメラ”CDR移植抗体がマウス-ヒトフレームワークを使用することになる。例えば,ヒトIL-2受容体に対するマウス抗体(抗Tac)をヒト化するために,相同性によってヒトフレームワーク配列が選択された。分子モデルが利用され,抗原結合ループと接触するかもしれない齧歯類の抗体のフレームワーク残基が特定され,これらが選択されたヒトフレームワークの中に取り混まれた(図3)。ドメイン間をまとめ上げ,抗原結合ループを結びつける中間の残基は齧歯類の配列から導き出され,溶媒接触可能な残基はヒト配列から取り出される,キメラ化されたフレームワークが推奨されてきた。
最も一般的には,齧歯類のCDRのすべてはマウス抗体からヒト抗体へ移植される。しかし,いくつかのCDRsは,抗体抗原複合体の結晶学的な構造から明らかであるように,抗原結合のために他のものよりもより重要である。抗体ループの抗原との相互作用は,主鎖及び側鎖の両方の接触が関与している。マウス及びヒト抗体のCDRループが限られた数の方法で折り畳まれるように,CDRs(の配列及び)の側鎖のいくつかが変わっても,主鎖の接触を維持することが可能である。
CDRを移植した場合,結合親和性を失うことがあるが,フレームワーク置換を組み合わせれば,大抵の場合,親のモノクローナル抗体の3倍以内の親和性を有する再構築された抗体を得ることができる。高い結合親和性は,サイトカインや血清中の毒素の中和には重要であるかもしれないが,複数の相互作用が高い結合活性で生じる場合や多重結合の抗体がウイルス外被上の反復されたエピトープに結合する場合には,比較的重要でないことは明らかである。しかし,親和性における少しの改善はいくつかのCDR移植抗体に見られてきており,結合親和性は,鎖シャッフリングやランダム変異により,インビトロでも改善できる。」(140頁中欄5行?141左欄上から46行)

(4)引用文献4:J. Immunol. Methods, 1994, Vol.168, pp.149-165

エ)「マウスの軽鎖及び重鎖の可変領域の配列からはじめて,まずCDR移植可変領域を設計する第一のステップは,CDRsの境界を特定することである。最も受け入れられているのは,Kabatら(1987)に従う定義である。重鎖(H2)のCDR2を例外として,CDRsは頂点ループの局所構造を決定するのに必要な全ての配列を含んでいる(ChothiaとLeck,1987)。H2の場合,ChothiaとLeck(1987)は,抗体の構造を試験することによって,KabatのCDRに近接する残基が,ループ構造の決定に重要であることを明らかにした。
CDRに近接していないフレームワーク残基は,CDRループの位置決めに関わっていると考えられてきた。Tranontanoら(1990)は,構造的な根拠に基づいて,重鎖フレームワーク4の残基71は,H2ループの位置を決定する主要な要因であると主張している。この位置は,CDRループと直接的又は間接的に接触するフレームワーク残基のサブセットの1つであり,まとめ上げを決定している(Woodleら,1992;FooteとWinter,1992)。もしアクセプターヒトフレームワークにおけるこれら残基が異なる場合,ドナーマウス抗体に由来するこれら残基のいくつか又は全部を含むことが,十分な結合活性を維持するために必要であることが示されている(例えば,Reichmannら,1988a;Kettleboroughら,1991;Carterら,1992a)。
実際,CDR移植可変領域を設計するために必要なフレームワークの変化の数は,ドナーマウス抗体とアクセプターヒト抗体との間のフレームワークにおける相同性の程度に依存している。一般に,2つのアプローチが記述される。第一に,X線構造の利用可能性に基づき,包括的なヒトフレームワークが選択される。例えば,重鎖にはKOLが,軽鎖にはREIが選択される(Reichmannら,1988a; Tempestら,1991)。このフレームワークは,グラフトされる特定の抗体のCDRループを受け入れるように修飾される。第二に,ヒトフレームワークは,ドナーマウス抗体のフレームワークに対して最も相同性が高い,既知の抗体配列のデータベースから選択される(Queenら,1989;Singerら,1993)。軽鎖及び重鎖のフレームワークは,必ずしも同じ抗体から得る必要はない。フレームワークにおける細かい修正はいずれにしても必要であろう。設計にあたりさらに考慮しなければならないのは,2つのドメインのまとめ上げである。重鎖/軽鎖の接触面にある接触残基のほとんどは,マウス抗体とヒト抗体との間で保存されている。しかし,移植のために選択されたヒトフレームワークが同じ抗体に由来しない場合には,当該接触面の残基は,重鎖軽鎖の接触面を跨ぐ適合性を確実にするために検査すべきである。(Chothiaら,1985)。」(153頁左欄下から2行?155頁左欄上から8行)

(5-2)対比
上記摘記事項ア)及びイ)に記載されているように,本願優先日前において,「T細胞上のCD3抗原と特異的に結合するマウスモノクローナル抗体(OKT3)」(以下,「周知発明」という。)は当業者に周知のものである(必要であれば,日経バイオテクノロジー最新用語辞典91,日経BP社,1991年,pp.101-102,及びJ. Immunol., 1992, Vol.148, No.9, pp.2756-2763も参照されたい。)
また,本願発明1のマウス軽鎖可変領域及びマウス重鎖可変領域は,その記載されたアミノ酸配列によれば,マウスモノクローナル抗体OKT3とは異なるマウスモノクローナル抗体M291のものであり,M291抗体はOKT3抗体と同様にCD3抗原に結合するものである。
そこで,本願発明1と上記引用文献1及び2に記載された周知発明とを対比すると,両者は,「T細胞表面上のCD3抗原と特異的に結合する抗体」である点で一致し,以下の点で相違している。

[相違点1]本願発明1は,新規に作製されたマウスモノクローナル抗体M291に基づくヒト化抗体であって,特定のアミノ酸配列からなる軽鎖可変領域の対応する相補性決定領域由来のアミノ酸配列を有する3つの相補性決定領域(CDR1,CDR2およびCDR3)と,ヒトκ軽鎖可変領域のフレームワーク配列由来の可変領域のフレームワークとを含有するヒト化軽鎖,及び,特定のアミノ酸配列からなる重鎖可変領域の対応する相補性決定領域由来のアミノ酸配列を有する3つの相補性決定領域(CDR1,CDR2およびCDR3)と,H30,H67,H68,H70,H72,およびH74からなる第2の群より選択される位置の少なくとも1つの位置を除くヒト重鎖可変領域フレームワーク配列由来の可変領域フレームワークを含有するヒト化重鎖であって,ここで,アミノ酸位置は,マウス重鎖可変領域フレームワークの等価な位置に存在する同じアミノ酸により占有され,そしてアミノ酸位置はマウス重鎖可変領域と同様に番号付けされるか,または,アミノ酸位置はKabat(Kabat 1987 Sequences of Proteins Of Immunological Interest, National Institutes of Health, Bethesda MD)のスキームによって規定されるヒト重鎖可変領域フレームワーク中の等価な位置である重鎖を含有するヒト化抗体であるのに対し,上記周知発明は,マウスモノクローナル抗体M291とは異なるマウスモノクローナル抗体OKT3自体であり,別のM291抗体を得て,そのヒト化抗体を作製することが記載されていない点。

[相違点2]本願発明1では,約10^(7)M^(-1)の下限ならびに該マウス軽鎖可変領域および該マウス重鎖可変領域を含むマウス免疫グロブリンの結合親和性の約5倍の上限を有する結合親和性を有するヒト化抗体であるのに対し,上記周知発明では,抗体の結合親和性の値が具体的に記載されていない点。

(5-3)当審の判断
(1)上記相違点1について
本願優先日前,ある抗原に対し特異的なマウスモノクローナル抗体が製造されていれば,同様の方法により,同じ抗原に特異的な別のマウスモノクローナル抗体を製造することは当業者に周知慣用のことであり,これをCD3抗原について当てはめれば,T細胞表面上のCD3抗原に対し特異的なOKT3抗体以外の同様の活性を有する別の抗体を製造するために,同様の製法を採用し,同程度の活性を有するM291抗体を得ることは当業者であれば容易になし得たことであるといえる。
また,上記摘記事項ア)?イ)に記載されているように,T細胞表面上のCD3抗原と特異的に結合するマウス抗体は,悪性B細胞を原因とする癌を治療するために利用されるものであるから,ヒト体内へ投与した場合に免疫原性が低下し,かつ,血中半減期が延長されたものとなるように,当該マウス抗体をヒト化しようとすることも,当業者であれば自然な発想である。そして,その際に用いるヒト化手段も,上記摘記事項ウ)?エ)に記載されているように,既に周知慣用のものであった。
ヒト化手段についてより具体的にいえば,元の抗原結合活性を維持するために,通常,ヒト抗体フレームワーク内にある数個のアミノ酸残基を他のアミノ酸残基に置換することが必要となるが,本願優先日当時の技術水準を勘案すると,抗体分子の立体構造が既に解明され,種々のヒト抗体フレームワークをコードするアミノ酸配列が公知であり,さらに元の抗原結合活性を維持することに成功した様々なCDR移植抗体の作製例が多く知られているから(必要であれば,特開昭62-296890号公報,国際公開第90/7861号等参照),任意のマウスモノクローナル抗体を出発物質とした場合であっても,CDR移植抗体の作製にあたり,ヒト抗体フレームワーク内のどのアミノ酸残基をどのように置換すればよいかは当業者が格別の困難性なく予測できたものである。
したがって,M291抗体を出発物質とした場合に,ヒト抗体の重鎖可変領域フレームワークにおけるH30,H67,H68,H70,H72,およびH74が十分な抗原結合活性を維持するために重要であることは当業者が容易に予測することができたものである。
そして,上記摘記事項エ)に記載されているように,十分な結合活性を維持するために,ヒト抗体フレームワークのアミノ酸残基をドナーマウス抗体に由来するアミノ酸残基で置換することは当業者によく行われていることであるから,ヒト抗体の重鎖可変領域フレームワークにおけるH30,H67,H68,H70,H72,およびH74の全て又はそれらの一部を元のマウス抗体の重鎖可変領域の等価な位置のアミノ酸残基に置換することも当業者であれば容易になし得たことである。
また,上記摘記事項エ)に示されるように,Kabatら(1987)に従う定義付けに従って,可変領域中に含まれるCDRとフレームワークを特定することは当業者に広く用いられている常套手段であることを考慮すれば,ヒト化後の重鎖可変領域におけるアミノ酸の位置づけをマウス重鎖可変領域と同様の番号付けするか,又はKabatによるスキームによって規定されるヒト重鎖可変領域フレームワーク中の等価な位置とするかは当業者が適宜決定し得ることである。
さらに,κ鎖は軽鎖の1種であるから,ヒト化抗体を作製するに当たり,軽鎖としてκ鎖を採用することは当業者が適宜なし得ることである。
したがって,このような技術水準の下,周知発明であるOKT3抗体の記載に接した当業者が,別の抗CD3抗体であるM291抗体を製造し,これをヒト化することは,当業者であれば格別の困難性なく,なし得たことである。

(2)上記相違点2について
一般的なモノクローナル抗体(IgG)の平衡定数が10^(7)程度であることはよく知られているから(免疫学イラストレイテッド(原書第2版),株式会社南江堂,1992年,p.91),ヒト化抗体の結合親和性の下限を約10^(7)M^(-1)と定めることは当業者が容易になし得ることである。
さらに,上記摘記事項ウ)には,「CDRを移植した場合,結合親和性を失うことがあるが,フレームワーク置換を組み合わせれば,大抵の場合,親のモノクローナル抗体の3倍以内の親和性を有する再構築された抗体を得ることができる。」と記載されているから,ヒト化抗体の結合親和性の上限を,元のマウス免疫グロブリンの結合親和性の3倍程度と設定することは当業者が容易になし得ることである。
してみれば,本願発明1において,ヒト化抗体の結合親和性の下限を約10^(7)M^(-1)とし,その上限を元のマウス免疫グロブリンの結合親和性の約5倍とすることに格別の困難性は認められない。

本願発明1のヒト化抗体の効果について以下検討すると,請求人の「本願発明のヒト化抗体の結合親和性は,出発物質であるマウス抗体の約2?3倍です。」という主張は,本願明細書の実施例4の(5)にある「T細胞についてのマウスM291およびHuM291-Fos F(ab'-ジッパー)2の相対的親和性を,上記の配置替えアッセイを用いて評価した。HuM291-Fosは,FITC標識マウスM291 IgG2aおよび非標識M291の結合をブロックする(図11A)。CD3についてのHuM291の親和性は,N291の2?3倍以内であると概算される。」という記載に基づいていると考えられる。
しかしながら,当該主張の根拠である図11Aを検討すると,この実験は,T細胞の表面にあるCD3抗原に結合した亜飽和量の蛍光標識されたマウス抗体が,後から加えられる非標識のマウス抗体(MuM291-IgG2a)又はヒト化抗体(HuM291-Fos)によってどれだけ置換されるかを測定するものであり,CD3抗原に対する相互作用(親和性)が高ければ高いほど,非標識抗体への置換が促進され,最大蛍光のパーセント数値は低下すると考えられるものである。そこで,ヒト化抗体における非標識抗体添加量に対する最大蛍光のパーセントの数値を見てみると,いずれのプロットにおいても,元のマウス抗体のそれより高い値を示している。このことは,ヒト化された抗体が,元のマウス抗体に比べて,親和性が低いことを示していることに他ならず,CD3抗原に対する相互作用(親和性)が2?3倍高いのではなく,1/2?1/3程度に低いと考えるのが自然である。言い換えれば,ここでいう「結合親和性」とは,解離定数(Kd)を意味するものであり,その数値は小さければ小さいほど,CD3抗原に対する相互作用(親和性)が高いと考えられるものである。
したがって,請求人の主張は,本願明細書の記載によって具体的に裏付けられておらず,これを参酌することができない。

また,請求人の上記主張は,本願明細書の図5A又は5Bの上段に開示される特定のアミノ酸配列からなる可変領域を含有する特定のヒト化M291抗体についてのみ当てはまるものであり,このヒト化抗体は,前記アミノ酸配列からみて,ヒト抗体の重鎖可変領域フレームワークにおけるH30,H67,H68,H70,H72,およびH74の全ての位置のアミノ酸を,元のマウス抗体の重鎖可変領域の等価な位置のアミノ酸残基に置換したものである。
これに対し,本願発明1は,このような特定のアミノ酸配列からなる可変領域を含有するものに限定されておらず,任意の重鎖可変領域のフレームワークを移植し,当該フレームワークにおけるH30,H67,H68,H70,H72,およびH74の位置の少なくとも1つを,元のマウス抗体の重鎖可変領域の等価な位置のアミノ酸残基に置換したものを包含するものである。
したがって,請求人の主張は,本願発明1に含まれる全ての抗体に当てはまるものではないから,これを参酌することができない。

さらに,本願明細書には,新規なM291抗体と周知のOKT3抗体について,両者はともに,抗ヒトCD3抗体であること,ヒトT細胞への結合について競合すること,このことから各々の抗体によって認識されるエピトープが密接した間隔にあること,及びアイソタイプがIgG2a/κであることが記載されているのみであり(実施例3),M291抗体とOKT3抗体とが類似するものであることは明らかであるが,M291抗体が周知のOKT3抗体と比較して,どのような点で優れているのかは何ら明らかにされていない。
したがって,本願明細書の開示に基づいて,M291抗体が,周知のOKT3抗体と比較して,予測できないほどの格別の効果を奏するものであるとも認められない。

(5-4)小括
したがって,本願発明1は,引用文献1?4の記載及び周知事項から当業者が容易になし得るものであり,特許法第29条2項の規定により特許を受けることができない。


6.特許法第36条第4項について

本願発明1は,特定のアミノ酸配列からなる可変領域から選択された特定の相補鎖決定領域を含み,置換するフレームワーク部分が任意のヒト重鎖又は軽鎖(κ鎖)の可変領域から選択されたものであることを構造要件とし,T細胞表面上のCD3抗原に対して特定の結合親和性で特異的に結合するヒト化抗体を包括的に特許請求するものである。
しかし,発明の詳細な説明の記載及び本願優先日当時の技術常識を勘案すると,任意のヒト抗体フレームワーク部分が,所望の結合親和性(約10^(7)M^(-1)を下限,元のマウス抗体の結合親和性の約5倍を上限とする結合親和性)を有するヒト化抗CD3抗体を作製するために使用できるとは認められず,また,該フレームワーク部分のH30,H67,H68,H70,H72,およびH74の1つを,元のマウス抗体の重鎖可変領域の等価な位置のアミノ酸残基で置換するだけで,所望の結合親和性を有するものになるとも認められない。
そして,ヒト抗体のフレームワーク部分を1つ1つ,特定の相補鎖決定領域に適合させ,所望の結合親和性でCD3抗原に結合するか否かの実験を行うことは,当業者に通常期待し得る程度を超える試行錯誤を要求するものである。
したがって,フレームワークの開示がヒト重鎖及び軽鎖(κ鎖)としか特定されてない,本願発明1は,特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない。

7.むすび

以上のとおり,本願請求項1に係る発明は,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができず,また,本願は,請求項1に係る発明について,特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていないから,他の請求項に係る発明については検討するまでもなく,本願は拒絶をすべきものである。

よって,結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2010-07-20 
結審通知日 2010-07-21 
審決日 2010-10-13 
出願番号 特願平8-526407
審決分類 P 1 8・ 121- Z (C12N)
P 1 8・ 536- Z (C12N)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 清水 晋治  
特許庁審判長 鈴木 恵理子
特許庁審判官 引地 進
鵜飼 健
発明の名称 B細胞リンパ腫および細胞株の処置に効果的な二重特異性抗体  
代理人 特許業務法人川口國際特許事務所  
代理人 特許業務法人川口國際特許事務所  

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