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審決分類 審判 全部無効 1項3号刊行物記載  A01K
審判 全部無効 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  A01K
審判 全部無効 特174条1項  A01K
審判 全部無効 2項進歩性  A01K
管理番号 1239028
審判番号 無効2010-800136  
総通号数 140 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2011-08-26 
種別 無効の審決 
審判請求日 2010-08-05 
確定日 2011-04-18 
事件の表示 上記当事者間の特許第4158990号発明「魚掴み器」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯

平成17年 1月25日:原出願(特願2005-17048号)特許出願
平成18年 2月 1日:本件出願(特願2006-24736号)分割出願
平成19年 7月24日:手続補正書提出(自発補正)(甲第4号証)
平成19年11月19日:拒絶理由通知(甲第5号証)
平成20年 1月21日:手続補正書提出,意見書提出
平成20年 7月25日:特許権の設定登録
(特許第4158990号 請求項の数8)
平成22年 8月 4日:本件審判請求
平成22年11月 1日:被請求人より答弁書提出
平成23年 1月 5日:審理事項通知
平成23年 1月17日:請求人より口頭審理陳述要領書提出
平成23年 2月 1日:被請求人より口頭審理陳述要領書提出
平成23年 2月 4日:請求人より口頭審理陳述要領書(2)提出
平成23年 2月15日:口頭審理[審理終結]

第2 本件発明
本件特許の請求項1ないし8に係る発明は,その特許請求の範囲の請求項1ないし8に記載された次の事項により特定されるとおりのものと認められる。なお,請求項1は,便宜上構成要件をA?Gに分説して記載した。

【請求項1】
A 先端基端方向に長い本体と,
B 該本体先端部に設けられる固定歯と,
C 本体先端部に基端部が揺動自在に支持され,先端が固定歯先端に突当てられて魚の口を掴むことができる可動歯と,
D 本体に対して移動自在に設けられる操作体と,
E 該操作体に設けられる指掛け部の強制移動操作により移動した該操作体を元姿勢に復帰させる復帰弾機とを備え,
F 可動歯は,操作体が前記元姿勢に位置するときには該可動歯先端が固定歯先端から離間する方向の回動が規制され,操作体の復帰弾機に抗する強制移動に伴い回動規制が解除されて可動歯先端が固定歯先端から離間して拡開するよう揺動する構成になっていることを特徴とする
G 魚掴み器。
【請求項2】
本体基端部は,棒状をした握り部の先端部に支持されていることを特徴とする請求項1記載の魚掴み器。
【請求項3】
指掛け部は指を入れて操作できるものであり,該指掛け部は,本体の基端部側位置に形成された指差し込みできる差込み空間に配されていて,握り部を握った状態で指を入れて引き上げることにより可動歯が開放するようになっていることを特徴とする請求項1または2記載の魚掴み器。
【請求項4】
指掛け部はリング状に形成されていることを特徴とする請求項3記載の魚掴み器。
【請求項5】
差込み空間はリング状に形成されていることを特徴とする請求項3または4記載の魚掴み器。
【請求項6】
本体は,握り部に対して可動歯側に偏倚する傾斜状態で形成されていることを特徴とする請求項2乃至5の何れか1記載の魚掴み器。
【請求項7】
本体は,表裏に位置する第一,第二本体とからなり,操作体の先端側に可動歯および固定歯が位置する状態で,操作体,可動歯および固定歯が第一,第二本体のあいだに挟まれるようにして設けられていることを特徴とする請求項1乃至6の何れか1記載の魚掴み器。
【請求項8】
第一,第二本体,操作体,可動歯および固定歯は板状体からなり,第一本体,操作体,可動歯および固定歯,そして第二本体が積層されるようにして構成されていることを特徴とする請求項7記載の魚掴み器。
(以下,「請求項1に係る発明」等をその項番号により「本件特許発明1」等という。)

第3 当事者の主張
1 請求人の主張
請求人は,特許第4158990号の特許の請求項1ないし8に係る特許を無効とする,審判費用は被請求人の負担とするとの審決を求め,その理由として,以下の無効理由1ないし8を主張し,証拠方法として甲第1号証ないし甲第18号証を提出するとともに参考資料を提出した。

[無効理由1]
本件特許発明1?8は,発明の詳細な説明に記載されたものではないので,本件特許は,特許法第36条第6項第1号に違反して特許されたものであり,特許法第123条第1項第4号の規定により無効とすべきである。
(具体的理由)
本件特許発明1の構成要件Fの機能を全て達成することができる構成は,「操作体の下端縁に設けた円弧溝状のロック面」に可動歯の上縁部が入り込んでいて可動歯が固定歯から離間する方向の回動を規制しており,これらによって可動歯の不用意な開放作動がなされて掴んでいる魚が外れてしまうことが防止できるようになっている。」との記載部分だけ,あるいは別の復帰弾機22の存在である。それにもかかわらず,構成要件Fは「・・・する方向の回動が規制され」,「回動規制が解除されて・・・」という,抽象的な構成だけで広範囲の解釈が成立する機能的表現として記載されており,本件特許発明1は発明の詳細な説明の記載を超えているので,特許法第36条第6項第1号に違反している。

[無効理由2]
本件特許発明1?8は明確でないので,本件特許は,特許法第36条第6項第2号に違反して特許されたものであり,特許法第123条第1項第4号の規定により無効とすべきである。
(具体的理由)
「回動規制が解除され」るとの発明特定事項は,外延が不明確であり,発明の詳細な説明をみても「解除」の概念が明確でない。

[無効理由3]
平成20年1月21日付け手続補正でされた特許請求の範囲の請求項1に係る補正は,願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面(以下,「出願当初明細書等」という。)の範囲を超えてされたものであるから,上記手続補正は,特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしておらず,本件特許は,特許法第123条第1項第1号の規定により無効とすべきである。
(具体的理由)
可動歯の「回動規制が解除され」るという技術的事項は,本件特許に係る出願の出願当初明細書等には記載がないから,平成20年1月21日にされた特許請求の範囲の請求項1に係る手続補正は,出願当初明細書等に記載した事項の範囲を超えてされたものであり,特許法第17条の2第3項に違反するものである。

[無効理由4]
本件特許発明1?8は,甲第9号証に示す特許出願前に電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明であるから,特許法第29条第1項第3号に該当する。よって,本件特許は,特許法第123条第1項第2号の規定により無効とすべきである。
(具体的理由)
本件の出願当初の明細書及び図面は原出願の当初明細書及び図面と全く同一であり,本件特許は,無効理由3で指摘したように可動歯の「回動規制が解除され」るという原出願にない構成を含むものであるから,分割不適法であって,その出願日は現実の出願日である平成18年2月1日である。
甲第9号証に示す,本件特許に係る出願の現実の出願日前の2005年12月10日にアーカイブに蓄積されたホームページには,本件特許発明1?8が示されている。

[無効理由5]
本件特許発明1,2は,甲第10号証及び甲第11号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。よって,本件特許は,特許法第123条第1項第2号の規定により無効とすべきである。
(具体的理由)
甲第10号証には,本件特許発明1の構成要件A?Eを備える,汎用的な掴み器具が記載されている。
甲第11号証には,操作しない状態では可動部が閉じており,操作体を操作すると可動部が開く構成,及び,常態では開閉機構4の開閉可動部4aを固定部4bに対して閉じる方向に付勢され,ノブ20を引っ張りバネ9cの力に抗して引けば可動部は固定部4bに対して離間して拡開するように回動する構成が記載される。
甲第11号証には本件特許発明1の構成要件Fが開示されているといえるから,甲第10号証記載の発明に,甲第11号証を適用すれば本件特許発明1に係る構成を具備することとなる。

(後述の被請求人の反論に対して)
甲第10号証は,生きた動物を掴むことを排除しておらず,これを主引例から排斥する合理的理由はない。
「釣り上げた魚の口を確実に掴み続ける」ことは,甲第17号証にも記載されており,本件発明の特有な課題ではない。

(甲第11号証について)
無効理由2に関連して,本件特許発明1の構成要件Fは機能的に記載されていて具体的構成が不明確であり,構成要件Fの「回動規制」に復帰弾機22によるものも含むと解すると,甲第11号証は,バネ4fが回動規制をしているものであるから,甲第11号証には構成要件Fが開示されているといえる。

(本件特許発明2について)
本件特許発明2は,本件特許発明1に従属し,「本体基端部は,棒状をした握り部の先端部に支持されている」構成である。甲第11号証記載の発明も,「棒状のグリップ18の先端側に保持装置の本体(開閉機構)が設けられた」ものであるから,本件特許発明2で限定された事項は,甲第10号証記載の発明に甲第11号証記載の発明を適用して当業者が容易に発明できるものである。

[無効理由6]
本件特許発明1は,甲第10号証及び甲第12号証(公開日2005年9月1日)に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。よって,本件特許は,特許法第123条第1項第2号の規定により無効とすべきである。
(具体的理由)
本件特許明細書には,「回動規制が解除される」という原出願の当初明細書に記載のない事項が存在するため,分割不適法であり,本件特許に係る出願の出願日は,現実の出願日である平成18年2月1日である。
本件特許に係る出願の現実の出願日の前に公開された甲第12号証には,回転あご45はバネ60によって付勢されながらラッチ50によって回転が規制されて常閉状態にあるが,ラッチ50の規制を解除すればバネ60の付勢によって回転あごが拡開方向に開く構成が記載されている。これは,構成要件Fに該当し,甲第10号証と甲第12号証には,本件特許発明1の構成全てが記載されている。甲第10号証記載の発明には,構成要件A?Eが開示されており,甲第12号証記載の発明を適用して本件特許発明1の構成とすることは当業者が容易になし得ることである。

[無効理由7]
本件特許発明6は,甲第10号証,甲第11号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。よって,本件特許は,特許法第123条第1項第2号の規定により無効とすべきである。
(具体的理由)
本件特許発明6は,無効理由5で無効理由を指摘した本件特許発明2の構成に加え,「本体は握り部に対して可動歯側に偏倚する傾斜状態」であることを要件とするが,甲第10号証記載の発明も,ハウジング部分は可動あご部材側に傾斜しており,本件特許発明6に示された構成は,全て,甲第10号証記載の発明に開示されている。

[無効理由8]
本件特許発明7,8は,甲第10号証,甲第11号証に記載された発明及び甲第13号証,甲第14号証記載の周知技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。よって,本件特許は,特許法第123条第1項第2号の規定により無効とすべきである。
(具体的理由)
フックの部材を板状体で構成し,各部材を積層してフックを構成する技術は,甲第13号証,甲第14号証に記載のように周知のものであるから,無効理由5で無効理由を指摘した以外に,さらに,フックを板状の部材を積層して構成する周知技術を採用して,本件特許発明7,8とすることは当業者が容易になし得ることである。

[証拠方法]
甲第1号証:特許第4158990号公報(本件特許発明の特許掲載公報)
甲第2号証:本件特許掲載公報(甲第1号証)の図9および図10の拡大図面
甲第3号証:特開2006-204300号公報(本件特許に係る出願の公開公報)
甲第4号証:本件特許に係る出願の平成19年7月24日付手続補正の内容を掲載した特許公報
甲第5号証:本件特許に係る出願に対する平成19年11月19日付け拒絶理由通知書
甲第6号証:米国特許第7478497号公報および同書の抄訳
甲第7号証:2008年5月6日付けのRequirement for Restriction/Election(選択/限定要求)および同書の抄訳
甲第8号証:2008年7月7日付けのRESPONSE TO ELECTION OF SPECIES REQUIREMENT(種の選択要求に対する応答)および同書の抄訳
甲第9号証:Internet archiveの運営するWay Back Machineによるスタジオ・オーシヤンマーク社のホームページの2005年12月10日付アーカイブのうち,「トップページ」及び「OCEAN GRIP」のページを打ち出したもの
甲第10号証:特開2003-311633号公報
甲第11号証:特開平7-171775号公報
甲第12号証:米国特許出願公開第2005/0189153号公報及びその抄訳
甲第13号証:米国特許第3001320号公報および同書の抄訳(囲み部分の日本語訳)
甲第14号証:米国特許第6654990号公報および同書の抄訳(囲み部分の日本語訳)
甲第15号証:本件特許発明の動作を示す説明図
甲第16号証:請求人作成に係る本件特許発明の一部構成を省略した説明図
甲第17号証:米国特許第5199585号公報
甲第18号証:甲第17号証に係る米国特許の抄訳
参考資料 :東京地方裁判所平成21年(ワ)34337号特許権侵害差止等請求事件控訴状

2 被請求人の主張
被請求人は,答弁書及び口頭審理陳述要領書を提出し,本件審判請求は成り立たない,審判費用は請求人の負担とするとの審決を求め,請求人の無効理由に対して以下のように反論するとともに,証拠方法として乙第1号証及び乙第2号証を提出した。
なお,被請求人提出の口頭審理陳述要領書「1)答弁の理由の補足」に引用された判決内容は,それと同じ内容を被請求人が主張するとの趣旨である。

[無効理由1]
本件特許発明1の構成要件Fは,【0015】に記載された可動歯の二通りの回動規制の状態と,【0016】に記載された回動規制が解除されて拡開揺動する状態とを,構成要件Fとして表現したものであるから,本件特許発明1は明細書で詳細に説明され,十分にサポートされているのであり,特許法第36条第6項第1号の要件を満たしている。

[無効理由2]
「回動規制が解除され」るとは,回動規制,すなわち,「可動歯の先端が固定歯の先端から離間する方向の回動の規制」をとりやめること,を意味するものであって特許請求の範囲の記載は明確であり,明細書,図面にも具体的な例が記載されている。

[無効理由3]
【0015】に記載される「可動歯の回動規制」を【0016】に記載される「固定歯から離間して拡開する方向に揺動」させるためには「回動規制を解除」しなければならないことは当業者にとっては自明のことであり,出願当初明細書に「回動規制を解除」という文言が記載されてなかったとしても,可動歯が「回動規制」された状態から「固定歯から離間して拡開する方向に揺動」するためには回動規制の解除が当然になされるのであって,「解除」の文言が出願当初明細書中にないからといって新規事項を追加したことにはならない。

[無効理由4]
本件特許出願の記載事項は,原出願の出願当初明細書等に記載された事項の範囲内であり,原出願から適法に分割されたものであるから,本件特許に係る出願の出願日は原出願の出願日である平成17年1月25日であり,甲第9号証は,本件特許に係る出願の特許出願前に電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明を示すものではない。

[無効理由5]
(A)甲第10号証は,操作体を操作しない状態では可動部材が拡開する姿勢となる構成であり,構成要件Fを開示しない。また,甲第10号証には,本件発明の特有の課題である「釣り上げた魚の口を確実に掴み続ける」という課題について記載も示唆もなく,これを主引例として本件特許発明に想到することは不可能である。
(B)甲第11号証は,バネ4fが開閉可動部4aを直接付勢しているものであり,操作体が元姿勢に位置するときに回動規制されるものではないから,構成要件Fを開示しない。よって,仮に甲第10号証と甲第11号証を組み合わせる動機付けがあったとしても,当業者が本件特許発明1を構成することはできない。

(「回動規制」には復帰弾機22も含むと解されるとの主張に対して)
本件特許明細書の復帰弾機22は,回動規制をするものではない。

[無効理由6]
(A)本件特許出願の記載事項は,原出願の出願当初明細書等に記載された事項の範囲内であり,原出願から適法に分割されたものであるから,本件特許に係る出願の出願日は原出願の出願日である平成17年1月25日であり,甲第12号証は,本件特許出願前に公知になった文献ではない。
(B)仮に,甲第12号証が先行技術であったとしても,甲第12号証のばね部材は開く方向に向けて付勢するものであり,構成要件Eの弾機と構成が異なる。また,甲第12号証の操作体の構成と構成要件Eの操作体の構成も異なるから,甲第10号証記載の発明に甲第12号証記載の発明を組み合わせても当業者が本件特許発明1を容易に想到することはできない。

[無効理由7,8]
本件特許発明6?8は本件特許発明1を引用しているものであり,本件特許発明1に無効理由がない以上,本件特許発明6?8にも無効理由はない。

[証拠方法]
乙第1号証:東京地方裁判所判決平成21年(ワ)34337号特許権侵害差止等請求事件
乙第2号証:広辞苑第4版第1119頁,第2625頁,第2635頁

第4 無効理由1についての当審の判断
1 無効理由1の判断対象について
請求人は,「構成要件Fは『・・・する方向の回動が規制され』,『回動規制が解除されて・・・』という,抽象的な構成だけで広範囲の解釈が成立する機能的表現として記載されており,本件発明1は発明の詳細な説明に記載された発明を超えているので,第36条第6項第1号に違反している。」と主張するので,以下,構成要件Fが本件特許明細書に記載したものであるかについて検討する。

2 本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載事項
本件特許明細書の発明の詳細な説明には以下の記載がある。
(a)「【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明は、上記の如き実情に鑑みこれらの課題を解決することを目的として創作されたものであって、請求項1の発明は、先端基端方向に長い本体と、該本体先端部に設けられる固定歯と、本体先端部に基端部が揺動自在に支持され、先端が固定歯先端に突当てられて魚の口を掴むことができる可動歯と、本体に対して移動自在に設けられる操作体と、該操作体に設けられる指掛け部の強制移動操作により移動した該操作体を元姿勢に復帰させる復帰弾機とを備え、可動歯は、操作体が前記元姿勢に位置するときには該可動歯先端が固定歯先端から離間する方向の回動が規制され、操作体の復帰弾機に抗する強制移動に伴い回動規制が解除されて可動歯先端が固定歯先端から離間して拡開するよう揺動する構成になっていることを特徴とする魚掴み器である。
・・・
【発明の効果】
【0005】
請求項1の発明とすることにより、魚への係止は、指掛け部に指を掛けて引き上げることにより可動歯が開放作動し、この状態で魚の口に一方の歯を入れ指掛け部を離せば自動的に魚の口(下顎)を挟持する状態となって魚掴みができ、この結果、魚つかみ操作の操作性が向上する。」
(b)「【0009】
一方,挟持部3は,量り部2を構成する可動体10の下端部に一体的に取り付けられているが,・・・該取り付け部10dに挟持部3を構成する第一,第二の本体11,12の上端部11a,12aが該取り付け部10dを両側から挟む状態でビス10eにより固定されており,これによって第一,第二本体11,12は,前記取り付け部10dの肉厚相当分だけ離間対向した状態で組み付けられる。そして第一,第二本体11,12の対向間には,魚の顎(下顎)を挟持するための固定歯13,可動歯14,該可動歯14を揺動作動させるための作動体15,そして該作動体15の作動操作を行うための操作体16が介装されている。
【0010】
前記第一,第二本体11,12は,上端部11a,12aから続く状態で互いに左右対向方向に膨出した膨出部11b,12bが形成され,該膨出部11b,12bにより指を差し込むことができる差込み空間Sが形成されている。そして第一,第二本体11,12は下半部が互いにオーバーラップ(積層)する状態になっており,第一本体11の下端部には,該第一本体11の下端から下方に突出する状態で鎌形状になった固定歯13がビス13aにより固定されている。」
(c)「【0011】
一方,可動歯14は,固定歯13とは逆向きの鎌形状になっているが,両本体11,12の下部同志を固定するためのボルト17に揺動孔14aが回動自在に軸支されている(両本体11と12とにはボルト17を挿入するための螺子孔11cとバカ孔12dとが貫通孔として穿設されている)と共に,該揺動孔14aよりも上位置に穿設した作動孔14bに嵌入固着せしめたピン14cが,作動体15の下端部に穿設した作動孔15aに揺動自在に嵌入している。作動体15は,第一本体11に刻設した凹溝11hに,作動体15側面が少し突出する状態で嵌合して後述する揺動作動をすることになるが,作動体15には,前記作動孔15aよりも上位に位置して下側ほど固定歯13側に寄る(偏寄する)状態で傾斜した下側長孔15bと,上端部に位置する上側孔(上下方向に僅かに長孔になっている)15cとが穿設されている。」
(d)「【0012】
また操作体16には,作動体15の前記凹溝11bから突出する部位が嵌合する凹溝16aが形成されていると共に,第二本体12に設けた上下方向を向く長溝12cに上下摺動自在に嵌合する突起16bが突設され,該突起16bの中心部に穿設した支持孔16cに固定したピン16dが前記下側長孔15bに移動自在に内嵌係合している。
【0013】
さらに操作体16には,上下方向に長い一対の長孔16e,16fが左右に設けられているが,これら長孔16e,16fは第一,第二本体11,12のあいだに介装した上下(第一,第二本体11,12に設けたピン孔11e,11f,12f,12gに嵌入する)ピン18,18aが貫通している。そのうちの上側のピン18aは,さらに作動体15の上側長孔15cに貫通している。またさらに第一,第二本体11,12の中間部には,両本体11,12を固定するためのビス19が挿入する孔(螺子孔)11d,(バカ孔)12eが穿設されているが,該ビス19は,操作体16の側縁部に形成の凹溝16gの溝底に当接し,これらと,前記突起16bが下側長孔15cに内嵌係合していることで,操作体16は,第一,第二本体11,12に挟まれる状態で上下方向の移動と該移動範囲の制限がなされるようになっている。
【0014】
さらに操作体16には,復帰弾機20を内装するための長孔16hが形成されているが,該復帰弾機20は,一端(下端)が孔端に支持され,他端が第一,第二本体11,12に形成のピン孔11g,12h間に介装したピン21に支持され,操作体16の上側にリング状に形成した指掛け部16iに指を入れて上側に操作することに伴う操作体16の上動で弾圧され,操作解除することで操作具16を下側元位置に復帰するようになっている。また,22は可動歯14に設けられる復帰弾機である。」
(e)「【0015】
そして挟持部3は,操作体16の未操作状態においては,復帰弾機20,22の付勢力を受けて操作体16が下側の未操作位置に位置し,可動歯14の先端が,固定歯13の先端に突き当たり当接する閉鎖姿勢となっているが,この未操作位置においては,図9に示すように,操作体16は,ピン18が長孔16eの上端位置に位置し,ピン18aが長孔16fの上端位置に位置し,ビス19が凹溝16gの上端位置に位置し,かつ突起16bが長孔12cの下端位置に位置しており,この姿勢では,作動体15は,ピン16dが作動体下側長孔15bの傾斜下端位置に位置することによって,図9におけるように可動歯14側に位置することになり,このため可動歯14は,先端側が固定歯13側に揺動した挟持姿勢(閉鎖姿勢)となっている。そしてこの状態で固定歯14を無理に開こうとしたとき,ピン16dが固定歯13側に移動する方向の負荷を受けるが,その負荷方向は,作動体15を上側ピン18aを支点として左右方向固定歯13側に揺動しようとする負荷となり,これは突起16bが長孔12cを横切る方向の負荷であり,かつピン16dが下側長孔15bを横切る方向の負荷であり,さらに操作体16の下端縁に設けた円弧溝状のロック面16jに可動歯14の上縁部14dが入り込んでいて可動歯14が固定歯13から離間する方向の回動を規制しており,これらによって可動歯13の不用意な開放作動がなされて掴んでいる魚が外れてしまうことが防止できるようになっている。」
(f)「【0016】
一方,操作具16を引き上げ操作した場合,該操作具16は,図10に示すように,ピン18,18a,ビス19,突起16cが前述したようにガイドされる状態で復帰弾機20の付勢力に抗して上動し,ピン18,18aは長孔16e,16fの下端位置に,またビス19は凹溝16gの下端位置に,突起16bが長孔12cの上端位置にそれぞれ相対移動するが,このとき,突起16bに設けたピン16dが,作動体下側長孔15bの傾斜面に沿って上端位置に移動する。この移動に伴い,作動体15は上側ピン18aを支点として左右方向固定歯14側に揺動し,これによって可動歯14は,ボルト17を支点として復帰弾機22の付勢力に抗して固定歯13から離間して拡開する方向に揺動し,挟持可能姿勢となるようになっている。尚,固定歯13には,針を係止するための係止孔13bが穿設されている。」
(g)「【0017】
叙述の如く構成された本発明の実施の形態において,魚が釣れた場合,魚掴み器1の握り部2を把持した状態で操作体16の前記引き上げ操作をして可動歯14を固定歯13から拡開させ,魚の針掛かりしている口の下顎(一般に魚は下顎が強く,ダメージを受けにくい)を挟むようにしてに固定歯13,可動歯14の何れかを入れ,操作体16を離すと,可動歯14が揺動して閉じて下顎を両歯13,14で挟持することになる。この状態で針を外せば,魚体を触ることなく針外しができ,魚にダメージを与えることがない。
そして握り部2を持ってそのまま持上げると,今度は握り部2に設けた可動体10がコイル弾機9の付勢力に抗して握り部4から出てくることになって魚の体重を測定できる。」
(h)「【0021】
そのうえこのものでは、魚への係止は、握り部4を握った状態でリング状の指掛け部16iに指を入れて引き上げることにより可動歯14が開放作動し、この状態で魚の口に一方の歯を入れ指掛け部16iを離せば自動的に魚の口(下顎)を挟持する状態となって魚掴みができ、この結果、握り部4を握った方の手による魚つかみ操作および体重の計測操作ができることになって操作性が向上する。」

3 構成要件Fと発明の詳細な説明との対応関係
(1)発明の詳細な説明に開示された技術思想
上記「2 本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載事項」によれば,可動歯と操作体との関係について,発明の詳細な説明には,以下のような技術思想が開示されている。

すなわち,固定歯と可動歯により魚を挟持する魚掴み具において,可動歯は,操作体16の未操作状態においては,復帰弾機20,22の付勢力を受けて操作体16が下側の未操作位置に位置し,可動歯14の先端が,固定歯13の先端に突き当たり当接する閉鎖姿勢となっているように操作体と組み合わされており,この状態においては可動歯が固定歯から離間する方向の回動が規制されて可動歯の不用意な開放作動が防止されるものであり(記載事項(e)),一方,操作体を引き上げ操作した場合には,可動歯14は,固定歯13から離間して拡開する方向に揺動し,挟持可能姿勢となるようになっているものである(記載事項(f))。

そして,このように構成された可動歯及び操作体を備える魚掴み器は,釣れた魚を扱う際に,操作体16の引き上げ操作をして可動歯14を固定歯13から拡開させ,この状態で魚の口を挟むように固定歯13,可動歯14の何れかを入れて操作体16を離すと,自動的に可動歯14が揺動して閉じて魚の口(下顎)を両歯13,14で挟持するものあり,操作体16が未操作位置にある際には可動歯14の不用意な開放作動がなされない状態で魚掴みができ,操作性が向上する,という作用効果を奏するものである(記載事項(e)(g)(h))。

(2)本件特許発明1の「回動が規制され」との構成について
「規制」とは,一般的には,「おきて。きまり。また、規律を立てて制限すること。(株式会社岩波書店 広辞苑第六版より)」を意味する。
本件特許発明1の「回動が規制され」は,一般的な「規制」の意味合いから「(可動歯先端の固定歯先端から離間する方向の)回動が規律をたてて制限されること」と理解できる。
一方,本件特許明細書の発明の詳細な説明には,上記「(1)」で検討したように,可動歯13は,操作体16の未操作状態においては回動が規制されて,可動歯13の不用意な開放作動がなされて掴んでいる魚が外れてしまうことが防止できるようになっている(記載事項(1e))ことが記載されている。
よって,本件特許発明1の「回動が規制され」に該当する技術思想は,発明の詳細な説明に開示されており,掴んでいる魚が暴れる等により魚掴み器の可動歯に無理に開こうとする力がかかったときに不用意な開放作動がなされることがないように,操作体が未操作状態にあるときには「(可動歯先端の固定歯先端から離間する方向の)回動が制限される」ことと理解できる。

(3)本件特許発明1「回動規制が解除され」との構成について
まず,「解除」の概念について検討するに,株式会社岩波書店 広辞苑第六版によれば,「解除」は「ときのぞくこと。特別の処置をとりやめて,平常の状態にもどすこと。」を意味するものであり,「解除」をこのような一般的な意味合いで解釈すれば,本件特許発明1の構成要件Fの「回動規制が解除されて」という文言の意味合いは,操作体が元姿勢に位置するときには可動歯先端が固定歯先端から離間する方向の回動が規制されていたものを,「当該回動規制の状態をとりやめて,そのような状態でなくなること」と理解することができる。

一方,本件特許明細書の発明の詳細な説明(記載事項(e)(f))には,上記「(1)」で検討したとおり,操作体の未操作状態において可動歯が固定歯から離間する方向の回動が規制されて可動歯の不用意の開放作動が防止される状態となっていたものが,操作体を引き上げ操作した場合には,可動歯は,固定歯から離間して拡開する方向に揺動し,挟持可能姿勢となるようになっていることが開示される。
すなわち,発明の詳細な説明には,操作体を引き上げ操作によって回動が規制された状態が,そのような状態でなくなることが開示されており,本件特許発明1の「回動規制が解除され」に該当する技術思想は本件特許明細書の発明の詳細な説明に開示されたものといえる。

(4)発明の詳細な説明及び図面に記載の実施の態様について
本件特許明細書の発明の詳細な説明及び本件特許出願に添付された図面(【図9】?【図11】)には,操作体と可動歯とを「可動歯は,操作体が前記元姿勢に位置するときには該可動歯先端が固定歯先端から離間する方向の回動が規制され,操作体の復帰弾機に抗する強制移動に伴い回動規制が解除されて可動歯先端が固定歯先端から離間して拡開するよう揺動する構成」とする具体例が開示されている。
当該具体例によれば,可動歯の回動規制は,「a)リンク機構による回動規制」,すなわち,突起16b及びピン16dから伝達される力が主に長孔12c及び下側長孔15bを横切る方向に伝わるように各部材を配置して,回動に必要な作動体の抑止する」こと,及び,「b)操作体16の下端縁に設けた円弧溝状のロック面16jに可動歯14の上縁部14dが入り込んでいる」ことにより行うものであり,操作体16の強制移動操作によって,「a)に関し,ピン16dが作動体15を介して可動歯14を固定歯13から離間して拡開する方向に揺動して挟持可能姿勢とすること」,及び,「b)に関し,操作体16の上動に伴い,ロック面16jに可動歯14上縁部14dが入り込んでいる状態が入り込まない状態になること」によって,規制状態が解除されるものである。

したがって,本件の発明の詳細な説明には,構成要件Fを備える本件特許発明1の魚掴み器を実施できる具体例も開示されている。

なお,審判請求人は上記「a)」の回動規制について,長孔の方向やピンとの関係如何によっては可動歯に力を加えれば開く場合もあるのに,長孔の方向やピンとの関係について発明の詳細な説明には開示されていないから,このような回動規制までもが本件特許発明の技術的範囲に属するとすれば,本件特許発明は発明の詳細な説明に記載された範囲を逸脱することとなり,サポート要件に違反する旨主張する。

当該主張について検討するに,長孔の方向やピンが,掴んでいる魚からの力が可動歯に加わった場合に可動歯が開くような関係となっているものは,「回動規制され」るものに相当しないことは明らかである。
一方,本件特許明細書の発明の詳細な説明には,上記のとおり,長孔とピンとは,ピンにかかる力が長孔を主として横切る方向になるように配置することが開示されており,本件図面(【図9】?【図11】)にも,そのような長孔とピンとの関係が図示されている。
そして,各部材の材質等も考慮して長孔の方向やピンとの関係を決定することは,技術の具体的適用に伴い当業者が適宜なすべき設計事項である。例えば,本件図面【図9】に示された実施例において,本体11,12の長手方向に対する下側長孔15bの長手方向の角度が小さくなるほど,ピンからの力が長孔を横切る方向に伝わるようになることは自明であるから,魚が可動歯にかける力が大きい場合等には,上記角度を小さくすることが考えられる。このようなことは,本件の発明の詳細な説明や図面に接した当業者が当然に認識できることである。
したがって,可動歯に力が加わったときに回動を規制することができる長孔とピンとの具体的関係は発明の詳細な説明に開示されているといえる。

また,審判請求人は,構成要件Fについて,発明の詳細な説明の記載から可動歯の回動規制が把握できるのは,上述の「b)操作体16の下端縁に設けた円弧溝状のロック面16jに可動歯14の上縁部14dが入り込んでいる」構成のみか,あるいは復帰弾機22の復元力によるものであると主張し,それにも関わらず,広範囲の解釈が成り立つ機能的表現で記載されているため,本件発明1は発明の詳細な説明に記載された発明を超えている旨主張する。

しかし,可動歯が,「b)操作体16の下端縁に設けた円弧溝状のロック面16jに可動歯14の上縁部14dが入り込んでいる」構成により回動を規制されるのは,可動歯14が開く方向に回動しようとすると操作体にロック面16jを押す方向の負荷が発生するが,操作体の移動が長孔とピンの係合により規制されて当該負荷によって操作体が動かないようになっていることで可動歯14の上縁部14dと操作体16のロック面16jの係合状態が維持されるのであり,「a)」のリンク機構も回動規制に関与している。また,回動規制が復帰弾機22によるものではないことは,後記「第5 2」に詳述するとおりであり,可動歯の回動規制は「b)」構成のみか復帰弾機22の復元力によるものではない。

審判請求人は,構成要件Fは広範囲の解釈が成り立つ機能的表現で記載されているため,本件特許発明1は発明の詳細な説明に記載された発明を超えている旨主張している。

しかし,上記「(1)」で検討したように,本件特許明細書の発明の詳細な説明は,本件特許発明1の構成要件Fに対応する技術思想をその作用効果と共に開示するものである。
すなわち,発明の詳細な説明には,復帰弾機により元姿勢位置に付勢される操作体と可動歯とを「可動歯は,操作体が前記元姿勢に位置するときには該可動歯先端が固定歯先端から離間する方向の回動が規制され,操作体の復帰弾機に抗する強制移動に伴い回動規制が解除されて可動歯先端が固定歯先端から離間して拡開するよう揺動する」ように連結すれば,魚が釣れた場合,魚の口を挟むように固定歯,可動歯の何れかを入れて操作体16を離すと,自動的に可動歯が揺動して閉じて魚の口を両歯で挟持する状態となって魚掴みができ,操作性が向上するという作用効果を奏することが開示されているものである。そして,このような構成を実現するには,前述のように,「b)」の構成のみならず「a)」の構成も関与していると解されるし,また,技術的に見てこれらの構成に様々なバリエーションがあり得るのは明らかであって,先に示した本件の実施例そのものに限定されるべき特別な事情が存するものとも言えないから,本件特許発明1が発明の詳細な説明に開示された内容を超えるものとはいえない。

4 「無効理由1についての当審の判断」のまとめ
したがって,本件特許発明1?8は発明の詳細な説明に記載したものであり,特許法第36条第6項第1号の規定に違反してなされたものではないから,本件特許を無効とする理由はない。

第5 無効理由2についての当審の判断
1 解除の意味合いについて
審判請求人は,「回動規制が解除され」るとの発明特定事項は,外延が不明確であり,発明の詳細な説明をみても「解除」の概念が明確でない旨主張する。

しかし,本件特許発明1の構成要件Fに係る「解除」の意味合いは,上記「第4 3(3)」で検討したとおり,一般的な意味合いであって,発明の詳細な説明を参酌しなければ特許請求の範囲が理解できないものではないから,発明の詳細な説明に「解除」の意味合いが記載されていないから発明が明確でないというものではない。

また,本件特許発明1は,構成要件A?Eを備えた魚掴み器において,「可動歯は,操作体が前記元姿勢に位置するときには該可動歯先端が固定歯先端から離間する方向の回動が規制され,操作体の復帰弾機に抗する強制移動に伴い回動規制が解除されて可動歯先端が固定歯先端から離間して拡開するよう揺動する構成になっているもの」を特許請求の対象としているのであるから,復帰弾機により元姿勢に復帰させられる操作体と可動歯とが連結されて,「可動歯は,操作体が前記元姿勢に位置するときには該可動歯先端が固定歯先端から離間する方向の回動が規制され,操作体の復帰弾機に抗する強制移動に伴い回動規制が解除されて可動歯先端が固定歯先端から離間して拡開するよう揺動する構成になっている」ものが特許請求の範囲に含まれるものであり,本件特許発明1は明確である。

2 審判請求人のその他の主張について
審判請求人は,本件特許発明1の回動規制の手段として,本件特許明細書の発明の詳細な説明に開示された復帰弾機22が含まれるとも解釈でき,解除の概念が不明確であると主張する。

当該主張について検討するに,上記「第4 3(2)」で検討したように,「回動が規制され」るとは,掴んでいる魚が暴れる等により魚掴み器の可動歯に無理に開こうとする力がかかったときに不用意な開放作動がなされることがないように可動歯先端の固定歯先端から離間する方向の回動を制限することと解される。

一方,復帰弾機22の構造及び作用についてみると,その構造については,「22は可動歯14に設けられる復帰弾機である」との記載(記載事項(d))及び本件特許出願に添付された図面(【図9】?【図11】)から把握できるように,線材を略矩形状に折曲した弾機22の,矩形の一方の短辺付近に位置にする2つの端部が可動歯の表面及び裏面に挿入されて取り付けられるものであり,矩形の他方の短辺は魚掴み器の本体11,12や操作体16と当接する構造である。
復帰弾機22の作用は,「挟持部3は,操作体16の未操作状態においては,復帰弾機20,22の付勢力を受けて操作体16が下側の未操作位置に位置し,可動歯14の先端が,固定歯13の先端に突き当たり当接する閉鎖姿勢となっている」(記載事項(e)),「これによって可動歯14は,ボルト17を支点として復帰弾機22の付勢力に抗して固定歯13から離間して拡開する方向に揺動し」(記載事項(f))との記載によれば,可動歯を,その先端が固定歯先端に突き当たり当接する閉鎖姿勢となるように付勢するものと認められる。
してみると,復帰弾機22の作用は,可動歯を固定歯先端側へ付勢しているのみであって,掴んでいる魚が暴れる等により魚掴み器の可動歯に無理に開こうとする力がかかった際に開放作動をしないようにする作用ではない。すなわち,可動歯に復帰弾機を設けても可動歯を拡開しようと力を加えれば可動歯が回動して離間方向へ移動するものである。

したがって,「回動が規制され」るとの構成に「可動歯が復帰弾機22によって付勢される」ことが含まれるとはいえず,復帰弾機22が記載されていることによって「回動規制」の概念が不明確になっているとはいえない。

3 「第5 無効理由2についての当審の判断」のまとめ
以上検討したように,本件特許発明1及びこれを引用する本件特許発明2?8は明確である。よって,本件特許は,特許法第36条第6項第2号の規定に違反してなされたものではなく,本件特許を無効とする理由はない。

第6 無効理由3についての当審の判断
平成20年1月21日受付けの手続補正(証拠は提出されていない)は,特許請求の範囲を本件特許の特許請求の範囲のとおりに補正するとともに対応する本件特許明細書の段落【0004】を本件特許明細書段落【0004】のとおりに補正するものである。
そして,本件特許発明1の構成要件Fに係る「回動規制が解除され」ることは,無効理由1についての当審の判断(「第4 3(3)」等参照。)で検討したとおり,発明の詳細な説明の記載事項(e)(f)の記載から自明な事項であるところ,当該記載事項(e)(f)(本件特許明細書の段落【0015】【0016】)は上記手続補正により初めて導入されたものではなく,本件特許に係る出願の出願当初明細書にも同内容が記載されたものである。

してみると,「回動規制が解除され」ることは,出願当初明細書等の全ての記載を総合することにより導き出される技術的事項であって,新たな技術的事項を導入しないものである。
したがって,本件特許発明1に関する平成20年1月21日付けの手続補正,すなわち,本件特許発明1の構成要件Fの「操作体の復帰弾機に抗する強制移動に伴い回動規制が解除される」とした補正は,出願当初明細書等に記載の範囲内でしたものであって,特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしており,本件特許を無効とする理由はない。

第7 無効理由4についての当審の判断
まず,本件特許出願の分割が適法か否かについて検討する。
本件特許出願は,原出願の出願当初明細書から分割されたものであり,原出願の出願当初明細書は,本件特許出願の出願当初明細書と同一である。
そして,「第6 無効理由3についての当審の判断」で検討したように,「回動規制が解除され」ることは,本件特許出願の出願当初明細書に記載されていた事項であり,同様の理由で,原出願の出願当初明細書にも記載されていた事項である。
してみると,本件特許出願の記載事項は,原出願の出願当初明細書等に記載された事項の範囲内であり,本件特許出願は原出願から適法に分割されたものと認められる。
したがって,本件特許の出願日は原出願の出願日である平成17年1月25日である。

次に,本件特許発明1?8が,甲第9号証に示す特許出願前に電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明であるか否かについて検討する。
甲第9号証に係るホームページが電気通信回線を通じて公衆に利用可能となったことを証明できる最先の日付は,平成17年12月10日であるから,甲第9号証により開示された発明が,本件特許出願の出願時に電気通信回線を通じて公衆に利用可能となっていた発明であるとは認められない。

よって,当該証拠によって本件特許発明1?8が,特許法第29条第1項第3号の発明に該当するということはできず,本件特許を無効とする理由はない。

第8 無効理由5についての当審の判断
1 証拠方法の記載内容
(1)本件特許の出願前に頒布された甲第10号証(特開2003-311633号公報)には,図面とともに,次の事項が記載されている。
(1a)「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は,掴み器具,特に,その製造と組立を容易とする構造を有する軽量の手動掴み器具に関する。
【0002】
【従来の技術】多くの人は,その動作の範囲を制約する身体的限界を有するので,曲げたり,ねじったり,伸ばしたり,およびその他日常の機能実施に必要な動作を行なうことが難しい。特に,そのような限定された動作範囲により,動作が不可能でない場合でも,手の届かない物体を掴み,および/または取扱うことが難しくなることがある。したがって多くの人は,その動作範囲を拡大することができ,かつ物体または物品を掴み,またはその他,巧みに操作するようになっている手動器具があれば,それから多大の利点を得られるであろう。種々の掴み器具,および関連する器具が,従来技術において知られている。しかしながら,それらは,1つ以上の欠点および/または限界点を有する。
・・・
【0004】さらに,多くの既知の器具は,特殊のあごの形状または形態を必要とする特定の機能専用に設計されているので,日常生活に必要な多用途に適していない。一例として,特許文献1は生きた動物を掴む掴み器具を開示し,・・・」
(1b)「【発明が解決しようとする課題】したがって,従来技術の上述の欠点と限界点を克服する掴み器具,特に限定された動作,強さ,および手の器用さの範囲を有する人が使用できるようになっている軽量の掴み器具を提供することが望ましいであろう。専用工具またはノウハウを実質的に必要とすることなく,販売者,治療専門家により,または必要に応じて最終使用者により,製造および現場組立の費用を安くする,単純で軽量な構造を有する器具を提供することが望ましい。」
(1c)「【0007】
【課題を解決するための手段】上記課題を解決するため,手動掴み器具は,一端に握り部分を他端に固定あご部材を有するハウジングと,これらの端部間に設けられて長手方向に延びる柄とを備える。可動あご部材は,ハウジング内に回動可能に支承され,かつ固定あご部材と協働できるように,ハウジングの開口部を通って外側へ延びる。バネで付勢された操作引金は,握り部分へ向けての操作引金の手動操作により,固定あご部材に対して可動あご部材が閉じられるように,連結部材により可動あご部材へ接続されているので,操作者は,器具の固定あご部材と可動あご部材との間で物体を掴むことができる。」
(1d)「【0009】先ず図1を参照すると、全体を参照番号10で示される本発明の手動掴み器具の好ましい実施形態が、完全に組立てられた状態で図示されている。この器具は、操作者による器具の支えのための後方端部すなわち操作端部12、および前方端部すなわち物体を掴みかつ取り扱う取扱端部14を備える。握り部分18と固定あご部材20を隔てる細長い柄16によりハウジングが構成されている。好ましくはハウジングは、装着手段により互いに固定される第1と第2の長手方向に延びるハウジング部分30及び60から構成される。以下で詳細に論じるように、本発明の好ましい実施形態において装着手段は、スナップ嵌め装着装置39、62の形態である。摺動自在の操作引金70が、連結部材90(図2乃至図4を参照)を介して、回動可能な下部あご部材80へ取付けられている。操作において引金70が、使用者の手により操作端部12へ向けて引き付けられると、下部あご部材80を固定上部あご部材20へ向けて回動できる。一体で形成されたフック状構造部分22が、物体を掴みかつ取り扱うための別の機能を提供する。」
(1e)「【0016】図2?図4において最も良く示されるように、可動の下部あご部材80は、前方端部14に設けられて、固定あご部材20と協働するようになっている。本発明の好ましい実施例において下部あご部材80は、第1のハウジング部分30の側壁32の内面から横方向に延びる、側壁32と一体のほぼ円筒状突部59に対して回動可能に支承されている。好ましくは下部あご部材80には、厚肉のほぼ円筒状の壁構造部材82の内径により規定される半径を有する取付開口が備えられ、またいずれにせよ、その開口の径は、あご部材80が突部59のまわりに円滑かつ自由に回動できるように、突部59の径よりも僅かに大きい。下部あご部材80は、突部59すなわち回動中心から離間する末端部分86を有し、反対側はのこ歯状の挟み部分84に至っており、使用中に、固定あご部材52に形成される対応するのこ歯状の挟み部分54と協働する。組立てられた状態において末端部分86は、ハウジングの内部に位置決めされ、一方では、その中央部位および挟み部分84は、下部壁セグメント36内に形成された開口部87を通って外側へ延びている(図3および図4参照)。」
(1f)「【0017】下部あご部材80の回動を間接的に行わせるために引金機構が設けられている。図2、図3、図4および図5において最も良く示されるように、好ましくはその引金機構は、長手方向に配設される上部部分72を備えた逆L形形状を有する引金部材70と、上部部分72に関して横方向に向けられ、下方へ延びる下部部分74とを有している。下側部分74には好ましくは、使用の際に掴みを容易にする指係合溝75が形成される。・・・」
(1g)「【0019】連結部材90は末端部92と基端部94を有していて、引金部材70と可動あご部材80との間に設けられる。組立てられた状態において、連結部材90は、その末端部92において引金の上部部分72へ、およびその末端部94において、可動あご部材80の末端部分86へ取付けられている。本発明の一実施例において連結部材90は、ほぼ剛性のロッド状部材から構成される。本発明のこの態様において、使用者の手により力が加えられないで、引金部材70が前方に付勢された状態すなわち非作動位置にあるとき、連結部材90は、下部あご部材80を円筒状突部59の回りに時計方向に回動させる。これにより、(図3において最も良く示されるように)下部あご部材80は開放位置に維持される。これに対して、引金部材70が絞られると、すなわち使用者の指により後方へ力が加えられて、引金部材70が後方へ動かされると、連結部材90は、下部あご部材80を突部59の回りに反時計方向へ回動させる。この作用により、(図4において最も良く示されるように)下部あご部材80が閉止位置へ向けて動かされる。」
(1h)記載事項(1e),(1g)を参酌すれば,【図3】には,可動の下部あご部材80は,ハウジングの細長い柄16の部分の固定あご20が設けられる側の端部に円筒状突部59により基端部が回動可能に支承されており,下部あご部材80の先端に,固定あご部材20の先端に形成されたのこ歯状の挟み部分54と協働して物体を掴む挟み部分84が設けられることが示されている。

上記記載事項(1a)?(1h)及び図面の記載によれば,甲第10号証には,以下の発明が記載されていると認められる。

(甲第10号証に記載された発明)
「一端に設けられる握り部分18,他端に設けられる固定あご部材20及びこれら端部間に設けられる細長い柄16によりハウジングが構成され,
ハウジングの柄16の部分の固定あご20が設けられる側の端部に円筒状突部59により基端部が回動可能に支承され,先端に,固定あご部材20の先端に形成されたのこ歯状の挟み部分54と協働して物体を掴む挟み部分84が設けられる下部あご部材80と,
ハウジングに対して摺動自在の,指係合溝75が設けられた引金部材70と,
力が加えられると後方に動かされる引金部材70を前方に付勢して非作動位置に位置させる付勢部材96とをそなえ,
下部あご部材80は,引金部材70が非作動位置に位置するときには開放位置に維持され,引金部材70が後方に動かされると閉止位置へむけて動かされる,手動掴み器具。」(以下,「甲第10号証発明」という。)

(2)同じく甲第11号証(特開平7-171775号公報)には,図面とともに,次の事項が記載されている。
(2a)「【請求項1】 伸縮可能な複数段の桿体と、出し入れ自在に帯板を巻き回したリールと、一端が前記帯板に連結されつつ前記桿体の少なくとも先端段に挿入される被移動体と、前記被移動体の他端に連結されつつ前記桿体の先端に装備された開閉機構とを有し、前記被移動体及び開閉機構は前記桿体の伸縮動作に前記帯板と共に追従可能とし、且つ前記帯板の一部を押圧保持しつつ帯板の引き込みとその戻し操作を行う帯板保持機構を備え、この帯板保持機構により前記帯板と共に前記被移動体が引き込み及びその戻し動作を行うと、前記開閉機構がこれに連動して開閉するよう設定したことを特徴とする保持装置。」
(2b)「【0010】中空桿体1aの一端には、物を把持するための開閉機構4が配設される。開閉機構4は、ばね体4fにより常時閉じる方向に付勢される開閉可動部4a、これに対向した固定部4b、4cを有し、開閉可動部4aは、固定部4b,4cに設けた軸体4eの回りに回動自在に支承される。また、開口部4g及び保持体4h、4iが配設されている。」
(2c)「【0015】図1(b)で、被移動体8は筺体9内に収納された桿体1a?1bのうち桿体1aの内部に挿入され、一端(先端)が開閉機構4と接続され、被移動体8の軸方向の移動に応動して開閉可動部4aが開閉動作する機構となす。筺体9内には帯板11を巻き回したリール10が回動可能に支承され、被移動体8の他端(後端)は、帯板11に連結されている。帯板11は、リールからの伸長時幅方向断面が凸面に撓むようにしてある。」
(2d)「【0017】筺体9のグリップ部18に該当する部分には、図3(a)に示すように、支持部19、ノブ20より構成する帯板保持機構24、軸体(ストッパ)21、軸支持部22a、22bが配設される。ノブ20は、支持部19に回動自在に、且つ弾性片19aにより弾性的に支承されている。」
(2e)「【0026】ここにおいて、開閉機構部4を動作させるためには、図3(a)、図4(a)、(b)において、弾性片19aの弾力に抗してノブ20を押しつけると、帯板保持機構24の押圧部20bは、押圧力により軸体19bの回りに回動しδ1変位する。この摩擦係数大なる弾性部材より構成する押圧部20bの変位量δ1により、凸状をなす帯板11の凸面側11aを押圧し、支持部19bで支承する。これに対応し、筐体9に配設された軸支持部22a、22bに保持された軸体21とノブ20の凸部20aとの係合がはずれて、ノブ20の引く動作で、図4(b)に示すように帯板保持機構24全体が矢印方向に引き込まれ、帯板11も押圧部20bの摩擦力(押圧荷重P×摩擦係数μ)を受け支持体19とともにLだけ移動する。
【0027】かくして、帯板保持機構24は図4(b)ノブ20のイの状態からロの状態になる。
【0028】この帯板11の移動量Lに対応して、被移動体8も軸方向に引き込まれ、被移動体8に配設された案内ロ-ラ1gの軸方向移動により、開閉可動部4aは軸体4eの回りに回動し図7のように開く。
【0029】次に開閉機構4を図7の開状態から図6(b)の閉状態に戻す場合には、ノブ20の押圧力を解除する。すなわち、これによりノブ20は引っ張りばね9cにより元の位置に移動し(図4(b)のイの状態)、同時に被移動体8及び帯板11も開閉機構4の戻しばね4fの力で帯板11の巻き回されようとする保持力に抗して元の位置に戻り、開閉可動部4aは常時は閉じる方向のばね4fのばね力の作用により開閉機構部4は閉じる。」
(2f)「【0034】なお、開閉機構4に対して常閉でなく、常開の構成を選択した場合、開閉機構4の被移動体8の軸方向移動による開閉可動部4aの回動方向が本実施例と逆なるので、ノブ20の操作を誤ると開閉機構4が開いてしまい、一度開閉機構4によりキャッチしたカードを落してしまうなど実用上の問題がある。」
(2g)「【0035】また、本実施例によれば、図7に示すように、開閉可動部4aは、固定部4b,4cに対し開いた状態で、δ2だけ後退して開くので、カードを下方より容易にキャッチできる。カ-ド25などを掴んだ状態を図9に示す。また、開口部4gにコイン26などを掴んだ状態を図10に示す。」
(2h)【図6】(b)には,開閉機構4の固定部4b、4cの先端と開閉可動部4aの先端とが突き当てられた状態が,【図7】には,開閉可動部4aの先端が固定部4b、4cの先端から離間して拡開した状態が示されている。

上記記載事項(2a)?(2h)及び図面の記載によれば,甲第11号証には,以下の発明が記載されていると認められる。

(甲第11号証に記載された発明)
「物を把持するための開閉機構4であって,固定部4b、4cと,固定部4b,4cに設けた軸体4eの回りに回動自在に支承され,ばね体4fにより常時閉じる方向に付勢される開閉可動部4aとを有し、開閉可動部4aは,ノブ20が元の位置にあるときには,ばね体4fにより付勢されて固定部4b、4cの先端と開閉可動部4aの先端とが突き当てられた状態であり、ノブ20をばね体4fに抗して引くと,開閉可動部4aの先端が固定部4b、4cから離間して拡開するように構成されている,物を把持するための開閉機構4」(以下,「甲第11号証発明」という)。

2 対比,判断
(1)本件特許発明1について
本件特許発明1と甲第10号証発明とを対比する。
甲第10号証発明の「ハウジング」は,先端(他端)に固定あご部材20が設けられる細長い部材であるから,本件特許発明1の「A 先端基端方向に長い本体」と「B 本体先端部に設けられる固定歯」とを備えるものである。
甲第10号証発明の「下部あご部材」,「引金部材70」,「指係合溝75」,「付勢部材96」は,それぞれ,本件特許発明1の「可動歯」,「操作体」,「操作体に設けられる指掛け部」,「復帰弾機」に相当する。
甲第10号証発明の発明と本件特許発明1とは,「可動体が,操作体が元姿勢に位置する状態から,復帰弾機に抗する強制移動されるように操作されることに伴い回動して開閉する物体掴み器具」の点で共通する。
してみると,本件特許発明1と甲第10号証発明との一致点,相違点は以下のとおりである。

(一致点)
「AB 先端基端方向に長い本体と,該本体先端部に設けられる固定歯と,
C’本体先端部に基端部が揺動自在に支持され,先端が固定歯先端に突当てられて物体を掴むことができる可動歯と
D 本体に対して移動自在に設けられる操作体と,
E 該操作体に設けられる指掛け部の強制移動操作により移動した該操作体を元姿勢に復帰させる復帰弾機とを備え,
F’可動体が,操作体が元姿勢に位置する状態から,復帰弾機に抗する強制移動されるように操作されることに伴い回動して開閉する
G’物体掴み器具。」

(相違点1)
(F’に関し)本件特許発明1は,可動歯は,操作体が前記元姿勢に位置するときには該可動歯先端が固定歯先端から離間する方向の回動が規制され,操作体の復帰弾機に抗する強制移動に伴い回動規制が解除されて可動歯先端が固定歯先端から離間して拡開するよう揺動する構成になっているのに対し,甲第10号証発明は,可動歯は,操作体(引金部材70)が元姿勢(非作動位置)に位置するときには開放位置に維持され,操作体が強制移動操作により移動する(後方に動かされる)と閉止位置へ向けて動かされる構成となっている点。

(相違点2)
(C’G’に関し)本件特許発明1は、掴む対象が魚の口とされた魚掴み器であるのに対し,甲第10号証発明は,特に魚を掴むことを意図しない汎用の掴み器具である点。

上記相違点について検討する。
(相違点1について)
甲第11号証発明には,可動歯(開閉可動部4a)が,操作体(ノブ20)が元姿勢に位置するときには可動歯先端が固定歯(固定部4b、4c)先端に突き当てられた状態であり,操作体の復帰弾機(ばね体4f)に抗する強制移動に伴い可動歯先端が固定歯先端から離間して拡開するように構成されている,物を把持するための開閉機構が記載されている。
しかし,甲第11号証発明には,操作体が元姿勢に位置するときに可動歯先端が固定歯先端から離間する方向の回動が規制される点については,開示されていない。
すなわち,上記「第4 3(2)」及び「第5 2」で検討したように,回動が規制されるとは,「掴んでいる魚が暴れる等により魚掴み器の可動歯に無理に開こうとする力がかかったときに不用意な開放作動がなされることがないようにすること」を意味すると解され,弾機による付勢のように,可動歯に力がかかったときに開放作動されるものは,回動が規制されるものとはいえない。
そして,甲第11号証発明の可動歯(開閉可動部4a)は,ばね体4fによって閉じ方向に付勢されているものであって,可動歯はこれを開こうとして力を加えればその先端が固定歯先端から離間する方向に回動するものであるから,「回動が規制される」ように構成されたものではない。また,操作体が元姿勢に位置するときに可動歯の回動が規制されたものではないから,操作体の復帰弾機に抗する強制移動に伴い「回動規制が解除される」ものでもない。

したがって,甲第10号証発明と甲第11号証発明とを組み合わせても,可動歯は,操作体が前記元姿勢に位置するときには該可動歯先端が固定歯先端から離間する方向の回動が規制され,操作体の復帰弾機に抗する強制移動に伴い回動規制が解除されて可動歯先端が固定歯先端から離間して拡開するよう揺動する構成になっているとする,本件特許発明1の相違点1に係る構成とすることはできない。

(相違点2について)
本件特許発明1は,掴む対象が魚の口とされた魚掴み器である。本件特許発明1は,魚掴み器を,構成要件A?Fを備えたものとすることにより,掴んでいる魚が暴れる等により魚掴み器の可動歯に無理に開こうとする力がかかったときに不用意な開放作動がなされることがないとの作用効果を奏するように構成したものであり,掴み器の掴む対象を魚とすることは,このような構成とする前提をなすものと認められる。
よって,本件特許発明1の相違点2に係る構成は,他の構成と密接に関連した構成であって,掴み具の掴む対象として,汎用の掴み具の対象とする様々な物品や動物の中から単に魚を選択したに過ぎないといった性質のものとは認められない。

一方,甲第10号証発明は,身体的限界を有し,動作範囲が制約される者が,動作範囲を拡大して物品を掴むことができることを意図した汎用の物品掴み具であり(記載事項(1a)),特定の機能専用に設計したものではなく,また,常時は開いているものであって,確実に掴み続けることを目的とした魚掴み器とすることは示唆されていない。
甲第11号証発明に開示される開閉機構も,把持する対象を特に限定するものではないが,掴む対象として例示されているのはカードやコインであり(記載事項(2g)),開閉機構を魚掴み器に適用しようとする記載や示唆はない。

審判請求人は,平成23年1月17日付け口頭審理陳述要領書にて「釣り上げた魚の口を確実に掴み掴み続けられるようにする」との本件特許発明1の課題は,甲第17号証のものも有しているものであり,本件特許発明固有の課題ではない旨主張する。しかし,甲第17号証のものが上記課題を有しているとしても,先に検討したように,甲第10号証発明及び甲第11号証発明には掴む対象を魚とした魚掴み器については何らの記載も示唆もないから,甲第10号証発明と甲第11号証発明とから,甲第10号証発明の物品掴み具の掴む対象を魚とし,魚掴み器として本件特許発明1の相違点2に係る構成とすることが当業者にとって容易であるとはいえない。

(本件特許発明1の効果)
本件特許発明1は,相違点1,2に係る構成を備えることにより,魚への係止は、操作体を強制移動することにより可動歯が開放作動し、この状態で魚の口に一方の歯を入れ操作体の指掛け部を離せば自動的に魚の口を挟持する状態となって魚掴みができ,指掛け部から指を離した状態で針を外す等の作業をできるという,甲第10号証発明及び甲第11号証発明から予測できない効果を奏するものである。

(本件特許発明1の想到容易性についてのむすび)
したがって,本件特許発明1は,甲第10号証発明及び第11号証発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(2)本件特許発明2について
本件特許発明1が上記のとおり,甲第10号証発明及び甲第11号証発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない以上,本件特許発明1の構成要件をすべて含みさらに他の構成要件を付加した本件特許発明2も,甲第10号証発明及び甲第11号証発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

3 「第8 無効理由5についての当審の判断」のまとめ
したがって,本件特許発明1,2は,甲第10号証発明及び甲第11号証発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではなく,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない,ということはできない。したがって,本件特許を無効とする理由はない。

第9 無効理由6についての当審の判断
「第7 無効理由4についての当審の判断」で検討したように,本件特許に係る出願の出願日は原出願の出願日である平成17年1月25日である。

そして,甲第12号証は,平成17年9月1日に公開された特許文献であるので,本件特許の特許出願前に頒布された刊行物ではない。

よって,本件特許発明1が甲第10号証発明及び甲第12号証発明から当業者が容易になし得るものとはいえず,本件特許発明1が特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない,ということはできない。したがって,本件特許を無効とする理由はない。

第10 無効理由7についての当審の判断
本件特許発明1が,甲第10号証発明及び甲第11号証発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではないことは,「第8 無効理由5についての当審の判断」で検討したとおりである。
本件特許発明1が上記のとおり,甲第10号証発明及び甲第11号証発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない以上,本件特許発明1の構成要件をすべて含みさらに他の構成要件を付加した本件特許発明6も,甲第10号証発明及び甲第11号証発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

よって,本件特許発明6が甲第10号証発明及び甲第11号証発明から当業者が容易になし得るものとはいえず,本件特許発明6が特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものということはできない。したがって,本件特許を無効とする理由はない。

第11 無効理由8についての当審の判断
本件特許発明1が,甲第10号証発明及び甲第11号証発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではないことは,「第8 無効理由5についての当審の判断」で検討したとおりである。
また,甲第13号証及び甲第14号証には,フックの部材を板状体で構成し,各部材を積層する技術が周知であることが示されているが,甲第13号証,甲第14号証にも,先に「第8 2(1)」で検討した本件特許発明1と甲第10号証発明との相違点である,「可動歯は,操作体が前記元姿勢に位置するときには該可動歯先端が固定歯先端から離間する方向の回動が規制され,操作体の復帰弾機に抗する強制移動に伴い回動規制が解除されて可動歯先端が固定歯先端から離間して拡開するよう揺動する構成」とすることやこれを示唆することは,何ら記載されていない。

よって,本件特許発明1の構成要件をすべて含みさらに他の構成要件を付加した本件特許発明7及び8は,甲第10号証発明,甲第11号証発明及び甲第13号証及び甲第14号証に示す周知技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
したがって,本件特許発明7及び8が特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものということはできず,本件特許を無効とする理由はない。

第12 むすび
以上のとおりであるから,請求人の主張する理由及び証拠方法によっては,本件特許発明1ないし8に係る特許を無効とすることはできない。

審判に関する費用については,特許法第169条第2項において準用する民事訴訟法第61条の規定により,請求人が負担すべきものとする。

よって,結論のとおり審決する。
 
審決日 2011-03-10 
出願番号 特願2006-24736(P2006-24736)
審決分類 P 1 113・ 121- Y (A01K)
P 1 113・ 113- Y (A01K)
P 1 113・ 55- Y (A01K)
P 1 113・ 537- Y (A01K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 南澤 弘明  
特許庁審判長 山口 由木
特許庁審判官 土屋 真理子
伊波 猛
登録日 2008-07-25 
登録番号 特許第4158990号(P4158990)
発明の名称 魚掴み器  
代理人 濱田 俊明  
代理人 廣瀬 哲夫  
代理人 鈴木 佑子  

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