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審決分類 審判 全部無効 1項3号刊行物記載  C08L
審判 全部無効 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C08L
審判 全部無効 特36条4項詳細な説明の記載不備  C08L
審判 全部無効 2項進歩性  C08L
審判 全部無効 発明同一  C08L
管理番号 1241632
審判番号 無効2008-800189  
総通号数 142 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2011-10-28 
種別 無効の審決 
審判請求日 2008-09-29 
確定日 2011-07-15 
訂正明細書 有 
事件の表示 上記当事者間の特許第4095695号「オルガノシランポリスルファン混合物及びこの混合物を含有するゴムコンパウンドの製造法」の特許無効審判事件についてされた平成21年9月14日付け審決に対し、東京高等裁判所において審決取消の決定(平成22年(行ケ)第10030号 平成22年6月22日決定言渡)があったので、さらに審理のうえ、次のとおり審決する。 
結論 訂正を認める。 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 第1.手続の経緯
1.本件特許第4095695号に係る発明についての出願(以下、「本件出願」という。)は、平成9年7月18日〔パリ条約による優先権主張 平成8年7月18日及び平成9年1月22日 (DE)ドイツ連邦共和国〕に特許出願され、平成20年3月14日にその発明について特許権の設定登録(請求項の数7)がなされたものである。

2.本件無効事件における手続の経緯は次のとおりである
(1)平成20年9月29日に、本件無効審判請求人である信越化学工業株式会社は、本件請求項1?7に係る発明の特許についての無効審判を請求した。
(2)平成21年1月28日に、被請求人であるエボニック デグサ ゲーエムベーハーは、答弁書及び訂正請求書(以下、この訂正請求書による訂正を「本件第1訂正」という。)を提出し、同年3月4日に請求人は弁駁書(以下、「第1回弁駁書」という。)を提出した。
(3)同年7月30日に特許庁審判廷において口頭審理が行われ、同日に請求人及び被請求人はそれぞれ口頭審理陳述要領書を提出した。
(4)口頭審理において、以後の審理を書面審理とすることが宣され、同年9月14日付けで「訂正を認める。特許第4095695号の請求項1ないし5に係る発明についての特許を無効とする。審判費用は、被請求人の負担とする。」との審決(以下、「第1次審決」という。)がなされた。
(5)被請求人は審決取消訴訟(知的財産高等裁判所平成22年(行ケ)第10030号事件)を提起し、その後、被請求人が平成22年4月26日に本件特許につき訂正審判(訂正2010-390041号事件)を請求したところ、知的財産高等裁判所は、同年6月22日付けで、特許法第181条第2項の規定により「1 特許庁が無効2008-800189号事件について平成21年9月14日にした審決を取り消す。 2 訴訟費用は原告の負担とする。」との決定をした。
(6)この審決取消の決定の確定後、特許法第181条第5項の規定により審理が再開され、同年7月12日に被請求人は訂正請求書(以下、この請求書を「本件第2訂正請求書」といい、この請求書による訂正を「本件第2訂正」という。)を提出し(なお、本件第2訂正が請求されたことに伴い、本件第1訂正の請求は取り下げられたものとみなされた[特許法第134条の2第4項参照]。)、同年7月23日付けでその副本を請求人に送付したところ、同年8月24日に請求人より弁駁書(以下、「第2回弁駁書」という。)が提出された。


第2.訂正の可否についての判断
本件第2訂正の請求における、訂正請求の趣旨及び訂正の内容は、本件第2訂正請求書並びに本件第2訂正請求書に添付した明細書(以下、「本件訂正明細書」という。)の記載からみて、それぞれ、以下のとおりのものと認められる。

2-1.訂正の趣旨
本件第2訂正の請求の趣旨は、本件第2訂正請求書の「5.請求の趣旨」に記載されたとおり「特許第4095695号の明細書を本件請求書に添付した明細書の通り訂正することを求める。」というものと認められる。


2-2.訂正の内容
本件第2訂正の内容は、願書に添付した明細書(以下、「本件特許明細書」という。)を本件訂正明細書のとおりに訂正するものであり、具体的には、以下の訂正事項1?8のとおりである。
○訂正事項1
本件特許明細書における特許請求の範囲の請求項1及び請求項2を削除する。

○訂正事項2
本件特許明細書における特許請求の範囲の請求項3?7を、それぞれ、請求項1?5に繰り上げる。また、これに伴い、繰り上げ後の各請求項中の引用請求項番号を適切な番号に訂正する。

○訂正事項3
本件特許明細書における請求項3(訂正後の請求項1)に係る
「請求項1又は2記載の混合物」を、
「一般式 (RO)_(3)Si(CH_(2))_(X)S─S_(Z)─S(CH_(2))_(X)Si(OR)_(3) (I)〔式中、Rは線状又は分枝鎖状の、1?8個のC原子を有するアルキルを意味し、xは1?8の整数を意味し、zは0?6を意味し、この場合、zが2?6の整数を意味するようなポリスルファンの割合は混合物中の20重量%の割合を超えず、かつz=0であるようなポリスルファンの割合は80重量%に達しない〕のオルガノシランポリスルファンの混合物」と訂正する。
[審決注:本件第2訂正請求書の6.(3)「○2 訂正事項の説明」([○2は数字を○で囲っている丸数字)においては、訂正事項3について「『一般式 (RO)_(3)Si(CH_(2))_(X)S─S_(Z)─S(CH_(2))_(X)Si(OR)_(3) (I)〔式中、Rは線状又は分岐鎖状の、1?8個のC原子を有するアルキルを意味し、xは1?8の整数を意味し、zは0?6を意味し、この場合、zが2?6の整数を意味するようなポリスルファンの割合は混合物中の20重量%の割合を超えず、かつz=0であるようなポリスルファンの割合は80重量%に達しない〕のオルガノシランポリスルファンの混合物』に訂正する。」(下線は、審決において付与)と記載されているが、本件訂正明細書の記載からみて、訂正事項3を上記のように認定した。]

○訂正事項4
本件特許明細書における請求項3(訂正後の請求項1)に係る
「ゴムコンパウンド」(2箇所)を、
「タイヤトレッド用のゴムコンパウンド」と訂正する。

○訂正事項5
本件特許明細書における請求項6(訂正後の請求項4)に係る
「請求項1に記載のオルガノシランポリスルファン混合物」を、
「一般式(I)のオルガノシランポリスルファン混合物」と訂正し、また、「請求項1に記載の使用される混合物」を、
「一般式(I)の使用される混合物」と訂正する。

○訂正事項6
本件特許明細書における請求項7(訂正後の請求項5)に係る
「請求項1又は2に記載の混合物」を、
「一般式 (RO)_(3)Si(CH_(2))_(X)S─S_(Z)─S(CH_(2))_(X)Si(OR)_(3) (I)〔式中、Rは線状又は分枝鎖状の、1?8個のC原子を有するアルキルを意味し、xは1?8の整数を意味し、zは0?6を意味し、この場合、zが2?6の整数を意味するようなポリスルファンの割合は混合物中の20重量%の割合を超えず、かつz=0であるようなポリスルファンの割合は80重量%に達しない〕のオルガノシランポリスルファンの混合物」と訂正する。
[審決注:本件第2訂正請求書の6.(3)「○2 訂正事項の説明」([○2は数字を○で囲っている丸数字)においては、訂正事項6について「『一般式 (RO)_(3)Si(CH_(2))_(X)S─S_(Z)─S(CH_(2))_(X)Si(OR)_(3) (I)〔式中、Rは線状又は分岐鎖状の、1?8個のC原子を有するアルキルを意味し、xは1?8の整数を意味し、zは0?6を意味し、この場合、zが2?6の整数を意味するようなポリスルファンの割合は混合物中の20重量%の割合を超えず、かつz=0であるようなポリスルファンの割合は80重量%に達しない〕のオルガノシランポリスルファンの混合物』に訂正する。」(下線は、審決において付与)と記載されているが、本件訂正明細書の記載からみて、訂正事項6を上記のように認定した。]

○訂正事項7
上記訂正事項1?訂正事項6の訂正を行った上で、本件特許明細書における請求項3及び請求項7(訂正後の請求項1及び請求項5)に係る、一般式(I)の条件([ ]内に記載の条件)として、
z=1であるポリスルファンの割合の数値範囲を「z=1であるポリスルファンの割合は0を超え31.4重量%までであり」と規定するとともに、
z=0であるポリスルファンの割合の下限値を「z=0であるようなポリスルファンの割合は57.7重量%以上であり」と規定する。

○訂正事項8
上記訂正事項1?訂正事項7の訂正を行った上で、本件特許明細書における請求項7(訂正後の請求項5)に係る、
タイヤトレッド用のゴムコンパウンドの成分について、「タイヤトレッド用のコンパウンドが充填剤100部」を、
「タイヤトレッド用のコンパウンドが、ゴム成分、及び、充填剤100部」と訂正し、また、
タイヤトレッド用のゴムコンパウンドの混練について「未加硫の状態で160?200℃の温度で混練される」と規定する。


2-3.訂正の適否の判断
(1)訂正事項1に係る訂正
訂正事項1に係る訂正は、本件第1訂正で訂正の請求がなされて第1次審決で認められているものであって、請求人・被請求人ともこれについて取消訴訟を提起する原告適格を有しないので、同審決の送達により形式的に確定しているものである。(知的財産高等裁判所平成19年(行ケ)第10099号事件・平成19年7月23日決定、知的財産高等裁判所平成18年(行ケ)第10455号事件・平成20年2月12日判決参照)

(2)訂正事項2に係る訂正
訂正事項2に係る訂正は、訂正事項1に係る訂正により本件特許明細書における特許請求の範囲の請求項1及び請求項2が削除されたことに伴う訂正であって、明りょうでない記載の釈明に該当し、特許法第134条の2第1項ただし書き第3号に掲げる事項を目的とするものである。
さらに、訂正事項2に係る訂正は、本件特許明細書に記載した事項の範囲内においてするものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更する
ものでないことは明らかであるので、同法第134条の2第5項において準用する同法第126条第3項及び第4項の規定に適合するものである。

(3)訂正事項3、5及び6に係る訂正
訂正事項3、5及び6に係る訂正は、訂正事項1に係る訂正により本件特許明細書における特許請求の範囲の請求項1及び請求項2が削除されたことに伴い請求項の引用記載を訂正するものであって、明りょうでない記載の釈明に該当し、特許法第134条の2第1項ただし書き第3号に掲げる事項を目的とするものである。
さらに、訂正事項3、5及び6に係る訂正は、本件特許明細書に記載した事項の範囲内においてするものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでないことは明らかであるので、同法第134条の2第5項において準用する同法第126条第3項及び第4項の規定に適合するものである。

(4)訂正事項4に係る訂正
訂正事項4に係る訂正は、訂正後の請求項1においてする訂正であって、「ゴムコンパウンド」を「タイヤトレッド用のゴムコンパウンド」と訂正するものである。
まず、この訂正は、「ゴムコンパウンド」の用途を「タイヤトレッド用」と限定するものであるので、特許請求の範囲の減縮に該当し、同法第134条の2第1項ただし書き第1号に掲げる事項を目的とするものである。
さらに、本件特許明細書の特許請求の範囲の請求項7には「ゴムコンパウンド」を「タイヤトレッド用」に用いることが記載されていることから、訂正事項4に係る訂正は、本件特許明細書に記載した事項の範囲内においてするものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでないから、同法第134条の2第5項において準用する同法第126条第3項及び第4項の規定に適合するものである。

(5)訂正事項7に係る訂正
訂正事項7に係る訂正は、z=1であるポリスルファンの割合の数値範囲を「z=1であるポリスルファンの割合は0を超え31.4重量%までであり」と規定するとともに、z=0であるポリスルファンの割合の下限値を「z=0であるようなポリスルファンの割合は57.7重量%以上であり」と規定するものである。
まず、これらの訂正は、ポリスルファンのz=1である成分の割合の数値範囲及びz=0である成分の割合の数値範囲を限定するものであるので、特許請求の範囲の減縮に該当し、同法第134条の2第1項ただし書き第1号に掲げる事項を目的とするものである。
さらに、これらの訂正は、
1)本件特許明細書の特許請求の範囲の請求項2に、
「混合物中のオルガノシランポリスルファンの割合が次の値:
z=0 58ないし80重量%未満
z=1 0を超え32重量%まで」
と記載されていること、及び
2)本件特許明細書の段落【0056】の表1には、%Si266/Si69が70/30であるポリスルファンには、S_(2)であるもの(z=0であるものに相当)が57.7重量%及びS_(3)であるもの(z=1であるものに相当)が31.4重量%含有されている旨が記載されていること
から、訂正事項7に係る訂正は、本件特許明細書に記載した事項の範囲内においてするものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでないから、同法第134条の2第5項において準用する同法第126条第3項及び第4項の規定に適合するものである。

(6)訂正事項8に係る訂正
訂正事項8に係る訂正は、タイヤトレッド用のゴムコンパウンドの成分について「ゴム成分」を含有することを規定するとともに、タイヤトレッド用のゴムコンパウンドの混練について「未加硫の状態で160?200℃の温度で混練される」と規定するものである。
まず、これらの訂正は、タイヤトレッド用のゴムコンパウンドの成分及び混練条件を限定するものであるので、特許請求の範囲の減縮に該当し、同法第134条の2第1項ただし書き第1号に掲げる事項を目的とするものである。
さらに、これらの訂正は、
1)本件特許明細書の特許請求の範囲の請求項3、段落【0029】に、タイヤトレッド用のゴムコンパウンドがゴム成分を含有することが記載されていること、及び
2)本件特許明細書の段落【0013】、段落【0026】及び段落【0057】の記載から、ゴムコンパウンドが「未加硫の状態で160?200℃の温度で混練される」ことが記載されているといえること
から、訂正事項8に係る訂正は、本件特許明細書に記載した事項の範囲内においてするものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでないから、同法第134条の2第5項において準用する同法第126条第3項及び第4項の規定に適合するものである。

2-4.訂正に関するまとめ
以上のとおりであるから、本件第2訂正は、特許法第134条の2第1項ただし書に掲げる事項を目的とし、同法同条第5項の規定において準用する同法第126条第3項及び第4項の規定に適合する。
よって、本件第2訂正のとおりの訂正を認める。


第3.本件発明について
上記の本件第2訂正の結果、本件特許の請求項1?5に係る発明(以下、「本件訂正発明1」?「本件訂正発明5」といい、併せて、「本件訂正発明」という。)は、訂正後の全文訂正明細書(以下、「本件明細書」という。)及び本件の願書に添付した図面(以下、「本件図面」という。)の記載から見て、本件第2訂正後の特許請求の範囲の請求項1?5に記載された事項により特定される次のとおりのものである。

「【請求項1】
硫黄及び/又は硫黄供与体及び促進剤で加硫され、かつ天然又は合成ゴムの1つ又はそれ以上、淡色の酸化物(ケイ酸塩)充填剤を、場合によってはカーボンブラック並びに可塑剤、酸化防止剤及び活性化剤と一緒に含有するタイヤトレッド用のゴムコンパウンドを製造する方法において、ゴム成分、 一般式(RO)_(3)Si(CH_(2))_(X)S─S_(Z)─S(CH_(2))_(X)Si(OR)_(3) (I)〔式中、Rは線状又は分枝鎖状の、1?8個のC原子を有するアルキルを意味し、xは1?8の整数を意味し、zは0?6を意味し、この場合、zが2?6の整数を意味するようなポリスルファンの割合は混合物中の20重量%の割合を超えず、z=1であるポリスルファンの割合は0を超え31.4重量%までであり、かつz=0であるようなポリスルファンの割合は57.7重量%以上であり、かつ80重量%に達しない〕のオルガノシランポリスルファンの混合物、ケイ酸塩充填剤及び場合によっては存在するカーボンブラックを、場合によっては可塑剤、酸化防止剤及び活性化剤と一緒に、3?15分間で一段階又は多段階でニーダー中、場合によってはバンバリー密閉式混合機中で、160?200℃の温度で混練し、その後、バンバリー密閉式混合機又はロールミル中で、加硫助剤を60?120℃で添加し、配合をこの温度(60?120℃)で2?10分間連続させ、その後完成したゴムコンパウンドをシート又はストリップに圧延することを特徴とする、タイヤトレッド用のゴムコンパウンドの製造法。

【請求項2】
使用される淡色の酸化物充填剤が、ポリマー100部に対して10?200部の量の、天然の充填剤(クレー、ケイ酸含有白亜)、沈降ケイ酸又はケイ酸塩の少なくとも1つである、請求項1に記載の方法。

【請求項3】
前記充填剤が1?700m^(2)/gのBET表面積(ISO 5794/1D)及び150?300ml/100gのDBP値(ASTM D 2414)を有する請求項1又は2に記載の方法。

【請求項4】
一般式(I)のオルガノシランポリスルファン混合物と混合されている及び/又はこの混合物で前処理されている酸化物充填剤を使用し、この場合、一般式(I)の使用される混合物の量は充填剤100部当たり0.5?30部に達する、請求項1から3までのいずれか1項に記載の方法。

【請求項5】
タイヤトレッド用のコンパウンドにおいて、タイヤトレッド用のコンパウンドが、ゴム成分、及び、充填剤100部に対して、一般式(RO)_(3)Si(CH_(2))_(X)S─S_(Z)─S(CH_(2))_(X)Si(OR)_(3) (I)〔式中、Rは線状又は分枝鎖状の、1?8個のC原子を有するアルキルを意味し、xは1?8の整数を意味し、zは0?6を意味し、この場合、zが2?6の整数を意味するようなポリスルファンの割合は混合物中の20重量%の割合を超えず、z=1であるポリスルファンの割合は0を超え31.4重量%までであり、かつz=0であるようなポリスルファンの割合は57.7重量%以上であり、かつ80重量%に達しない〕のオルガノシランポリスルファンの混合物4?10部を含有し、未加硫の状態で160?200℃の温度で混練されることを特徴とするタイヤトレッド用のコンパウンド。」


第4.無効審判請求人の主張する無効理由の概要及び提出した証拠方法
請求人は、「特許第4095695号を無効とする、審判請求費用は被請求人の負担とする」との審決を求めるところ、特許を無効とする理由は、審判請求書、第1回弁駁書、請求人提出の口頭審理陳述要領書、第1回口頭審理調書及び第2回弁駁書から判断して、次の点にあるものと認められる。

○無効理由1
本件第2訂正後の本件特許に係る出願は、特許法第36条第4項、又は、第6項第1号に規定する要件を満たしていない。

○無効理由2
本件訂正発明1?5は、先願明細書である甲第5号証、又は、甲第7号証に記載された発明と同一であるから、特許法第29条の2の規定により、特許を受けることができない。

○無効理由3
本件訂正発明1?5は、甲第17号証に記載された発明と、甲第10、12?16号証に記載された発明とに基いて、又は、甲第18号証に記載された発明と、甲第10、12?16号証に記載された発明とに基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができない。

○無効理由4
本件訂正発明5は、甲第14号証、又は、甲第15号証に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない。

<証拠方法>
・甲第1号証:独国特許出願第19628904号の出願明細書
[本件特許の第1優先権出願に係る出願明細書]
・甲第2号証:甲第1号証の翻訳文
・甲第3号証:独国特許出願第19702046号の出願明細書
[本件特許の第2優先権出願に係る出願明細書]
・甲第4号証:甲第2号証の翻訳文
・甲第5号証:特開平10-182847号公報[特願平9-332007 号:優先権主張 1996年(平成8年)12月2日 米国 (US)]
・甲第6号証:米国特許出願第08/758869号の出願明細書
・甲第7号証:特開平10-120827号公報[特願平8-335972 号:優先権主張 平成8年8月26日 日本(JP)]
・甲第8号証:特開平7-228588号公報
・甲第9号証:実験成績証明書(その1)
[平成20年9月12日 信越化学工業株式会社・シリコ
ーン電子材料技術研究所 山谷正明・柳澤秀好 作成]
・甲第10号証:特開昭48-29726号公報
・甲第11号証:実験成績証明書(その2)
[平成20年9月12日 信越化学工業株式会社・シリコ
ーン電子材料技術研究所 山谷正明・柳澤秀好 作成]
・甲第12号証:特開昭50-108225号公報
・甲第13号証:特公昭57-26671号公報
・甲第14号証:特公昭59-15940号公報
・甲第15号証:特公昭51-20208号公報
・甲第16号証:特開平8-53473号公報
・甲第17号証:特開平7-1908号公報
・甲第18号証:特開平8-259739号公報

甲第1号証?甲第18号証は、いずれも審判請求書に添付して提出され たものである。
第1回口頭審理調書に記載のとおり、被請求人は、甲第1号証?甲第1 8号証の成立を認めている。


第5.被請求人の主張
被請求人は、「本件審判の請求は成り立たない。審判費用は請求人の負担とする。」との審決を求めるとともに、請求人が主張する、特許を無効とする理由に対して反論している。
なお、被請求人は乙号証を提出していない。


第6.合議体の判断
6-1.本件出願の優先権主張について
請求人は、本件特許出願は、ドイツ連邦共和国でされた2件の出願に基く優先権を主張するものであるが、これらの優先権基礎出願の内、独国特許出願第19628904号[1996年(平成8年)7月18日出願:甲第1号証(原文)、甲第2号証(翻訳文)](以下、「第1の優先権基礎出願」という。)に基く優先権の利益は享受できず、独国特許出願第19702046号[1997年(平成9年)1月22日出願:甲第3号証(原文)、甲第4号証(翻訳文)](以下、「第2の優先権基礎出願」という。)に基く優先権の利益を享受できるに止まるので、本件特許出願の優先日は、第2の優先権基礎出願の出願日である、平成9年(1997年)1月22日である旨主張している。

請求人の上記主張について検討する。
上記主張の理由の一つとして、請求人は、本件訂正発明1は、「一般式(RO)_(3)Si(CH_(2))_(X)S─S_(Z)─S(CH_(2))_(X)Si(OR)_(3) (I)〔式中、Rは線状又は分枝鎖状の、1?8個のC原子を有するアルキルを意味し、xは1?8の整数を意味し、zは0?6を意味し、この場合、zが2?6の整数を意味するようなポリスルファンの割合は混合物中の20重量%の割合を超えず、z=1であるポリスルファンの割合は0を超え31.4重量%までであり、かつz=0であるようなポリスルファンの割合は57.7重量%以上であり、かつ80重量%に達しない〕のオルガノシランポリスルファンの混合物」を用いることを、発明を特定するために必要な事項(以下、「発明特定事項」という。)として備えるものであるが、第1の優先権基礎出願には、オルガノシランポリスルファンの混合物として、「zが2?6の整数を意味するようなポリスルファンの割合は混合物中の20重量%の割合を超えず」という要件を備えたものを用いることは記載されているが、「z=0であるようなポリスルファンの割合は80重量%に達しない」という要件を備えたものを用いることは記載されていないことを挙げている。

そこで、第1の優先権基礎出願の明細書に記載された事項について検討する。[なお、以下に示す、第1の優先権基礎出願の明細書の記載箇所は、甲第1号証(原文)の記載箇所を表すものである。]
第1の優先権基礎出願の明細書には、「式 (RO)_(3)Si(CH_(2))_(X)S─S_(Z)─S(CH_(2))_(X)Si(OR)_(3) 〔式中、Rは線状又は分枝鎖状の、1?8個のC原子、特に1?3個のC原子を有するアルキル基を意味し、 xは1?8を意味し、 zが0?6、特に2?6を意味する]のオルガノシランポリスルファンから成るの混合物」(特許請求の範囲の請求項1)について、次の事項が記載されている。
1)zが2?6を意味するポリスルファンの割合がコンパウンド中で20%の割合を超えない(特許請求の範囲の請求項1)
2)充填剤とシランとの間の反応も通常行われるコンパウンド製造中に、つまり極力高い温度において熱的不安定性が既に現れると、熱不安定性は重大な問題となる。その場合、長鎖スルファン単位から硫黄が分離し、この分離は一部では充填剤/ゴム結合の形成をもたらし、更に、遊離した硫黄がポリマー鎖に組入れられることによっていわゆるスコーチをもたらす。(6頁13?33行)
3)そこで本発明が述べるのは、160?210℃、特に175?190℃の温度でも生コンパウンドのスコーチが認められないようにそのスルファン鎖分布が選択されたポリスルファンの利用である。(7頁13?29行)
4)例1では、本願発明の多様な化合物のポリスルファン鎖分布を測定した結果が、次の表として示されている。

(13頁)
5)例2では、例1のコンパウンド番号1?6について、スコーチ挙動を示すため、180℃におけるトルク値が測定され、その結果が次の表に示されている。

(14頁)
6)「粘度計のデータ:165℃」、「未加硫コンパウンドデータ」、「注入速度(方法については添付物2を参照)」及び「加硫時間:165℃/t_(95%)」の表においては、Si266(例1のコンパウンド番号1)は、Si69(例1のコンパウンド番号6)に比べ、スコーチ挙動、加硫時間、加工挙動、注入速度の点で、優れていることが示されている。(19?21頁)

上記のように、第1の優先権基礎出願の明細書には、「式 (RO)_(3)Si(CH_(2))_(X)S─S_(Z)─S(CH_(2))_(X)Si(OR)_(3) 〔式中、Rは線状又は分枝鎖状の、1?8個のC原子、特に1?3個のC原子を有するアルキル基を意味し、 xは1?8を意味し、 zが0?6、特に2?6を意味する]のオルガノシランポリスルファンから成る混合物」について、
一般的な記載としては、長鎖スルファン単位からは硫黄が分離してスコーチをもたらすため、このような長鎖スルファン単位を有する、「zが2?6を意味するポリスルファン」の割合を、「コンパウンド中で20%の割合を超えない」と低く抑えることしか記載されておらず、
また、実験データからも、
○測定結果からは、番号1?4(zが2?6の割合が、それぞれ、0.0重量%、1.1重量%、4.7重量%、10.8重量%;z=0の割合が、それぞれ、99.7重量%、83.5重量%、70.2重量%、57.7重量%)オルガノシランポリスルファン混合物を用いた場合にはスコーチが小さいが、番号5、6(zが2?6の割合が、それぞれ、21.2重量%、53.0重量%;z=0の割合が、それぞれ、55.7重量%、16.2重量%)のものを用いた場合にはスコーチが大きいこと、及び
○番号1(zが2?6の割合が0.0重量%、z=0の割合が99.7重量%)のものを用いた場合には、番号6(zが2?6の割合が53.0重量%、z=0の割合が16.2重量%)のものを用いた場合に比べ、スコーチ挙動、加硫時間、加工挙動、注入速度の点で優れていること
が把握できるだけであるので、
第1の優先権基礎出願の明細書には、本件訂正発明1が発明特定事項として備える、オルガノシランポリスルファンの混合物として、「z=0であるようなポリスルファンの割合は80重量%に達しない」という要件を備えたもの選定して用いることは記載されていないと解される。
さらに、本件訂正発明1は、オルガノシランポリスルファンの混合物として、「z=0であるようなポリスルファンの割合は80重量%に達しない」という要件だけでなく、「z=1であるポリスルファンの割合は0を超え31.4重量%まで」という要件及び「z=0であるようなポリスルファンの割合は57.7重量%以上」という要件をさらに備えるものであるので、シランポリスルファンの混合物がこれらの3つの要件を備えることが、第1の優先権基礎出願の明細書に記載されているとは到底解することはできない。

そして、本件特許出願が第2の優先権基礎出願に基く優先権の利益を享受できることは、甲第3号証の記載内容からみて明らかであり、また、この事項については両当事者間で争いはない。

したがって、本件特許出願は第1の優先権基礎出願に基く優先権の利益を享受することはできず、第2の優先権基礎出願に基く優先権の利益を享受できるに止まるので、本件特許出願の優先日は平成9年(1997年)1月22日であると認められる。

被請求人は、答弁書(9頁14行?10頁20行)において、「本件訂正発明1は、第1の優先権基礎出願に記載された発明において、『かつz=0であるようなポリスルファンの割合は80重量%に達しない』という発明特定事項を追加することにより、先行技術文献(欧州特許出願公開第0732362号明細書(甲第18号証に対応する欧州特許出願の公開公報)に記載された混合物を除外したものに過ぎないと解釈されるので、本件訂正発明1は第1の優先権基礎出願に基く優先権の利益を享受できる」旨主張している。
しかしながら、「z=0であるようなポリスルファンの割合は80重量%に達しない」という要件が、被請求人のいうように先行技術文献との重複を避けるために、本件訂正発明1追加されたものであるとしても、上で述べたように、第1の優先権基礎出願の明細書には、本件訂正発明1が発明特定事項として備える、オルガノシランポリスルファンの混合物として、「z=0であるようなポリスルファンの割合は80重量%に達しない」という事項が一般的な記載としてさえも記載されておらず、また、実験データからも、臨界値を「80重量%」と設定することは導き出されないのであるから、
第1の優先権基礎出願の明細書には、オルガノシランポリスルファンの混合物として、「z=0であるようなポリスルファンの割合は80重量%に達しない」という要件を備えたもの選定して用いることは記載されていないと解される。さらに、本件訂正発明1は、オルガノシランポリスルファンの混合物として、「z=0であるようなポリスルファンの割合は80重量%に達しない」という要件だけでなく、「z=1であるポリスルファンの割合は0を超え31.4重量%まで」という要件及び「z=0であるようなポリスルファンの割合は57.7重量%以上」という要件をさらに備えるものであるので、シランポリスルファンの混合物がこれらの3つの要件を備えることが、第1の優先権基礎出願の明細書に記載されているとは到底解することはできない。
したがって、上記被請求人の主張は採用できない。

以上のとおりであるから、請求人が主張する無効理由1?4の成否について検討する際には、本件特許出願の優先日を、第2の優先権基礎出願の出願日である、平成9年(1997年)1月22日として取り扱うこととする。

6-2.無効理由1について
6-2-1.無効理由1の根拠
請求人は、第2回弁駁書(5頁4行?10頁22行)において、無効理由1の根拠を整理し、概略以下のように述べている。

A.特許法第36条第4項違反について
A-1.本件第2訂正により、本件訂正発明1?5は、「一般式(RO)_(3)Si(CH_(2))_(X)S─S_(Z)─S(CH_(2))_(X)Si(OR)_(3) (I)〔式中、Rは線状又は分枝鎖状の、1?8個のC原子を有するアルキルを意味し、xは1?8の整数を意味し、zは0?6を意味し、この場合、zが2?6の整数を意味するようなポリスルファンの割合は混合物中の20重量%の割合を超えず、z=1であるポリスルファンの割合は0を超え31.4重量%までであり、かつz=0であるようなポリスルファンの割合は57.7重量%以上であり、かつ80重量%に達しない〕のオルガノシランポリスルファンの混合物」(以下、「本件ポリスルファン混合物」という。)を用いるという事項を、発明特定事項として備えるものとなったが、本件明細書には、本件ポリスルファン混合物の範囲の属するあらゆるオルガノシランポリスルファンの混合物をどのようにして製造するのかが開示も、示唆もされていない。

A-2.本件明細書の表1に記載された、HPLC測定に基づくスルファン鎖の重量分布と、Si266とSi69の混合比から算出されるスルファン鎖の重量分布とが一致していないため、Si266/Si69の90/10?60/40の重量分布がどのようにして得られたか、何を意味するのかが不明である。

A-3.本件明細書の表1に記載されたスルファン鎖の重量分布は、HPLC測定より求められたものであるが、本件明細書にはHPLC測定の条件が全く記載されていない。

A-4.本件図面の図2?5には、「改質Si266」(例1の表における番号4のものに相当)の特性を示すデータが記載されており、第2の優先権基礎出願の明細書にも同様の記載がされているものの、第1の優先権基礎出願の明細書には、本件図面の図2?5と同じ図面で特性を示すデータが示されているにもかかわらず、このデータは、「改質Si266」のものではなく、「Si266」(例1の表における番号1のものに相当)のものとされているので、本件明細書に記載されたデータの信憑性に疑義がある。

A-5.本件明細書の段落【0019】には、「混合物の用語は、一方ではx=0であるような式(I)の純粋なポリスルファン及びx≠0である請求項1に記載されたような他のポリスルファンからコンパウンドを製造することが可能であることを意味するものとみなされる。」と記載されており、この記載からはオルガノシランポリスルファンの混合物はx=0のものも含み得ると解されるので、本件訂正発明が発明特定事項として備える、本件ポリスルファン混合物と齟齬がある。

B.特許法第36条第6項第1号違反について
B-1.本件訂正発明1?5は本件ポリスルファン混合物を用いることを発明特定事項として備えるものであるが、本件明細書に記載された実施例からは、本件ポリスルファン混合物の範囲全体にわたって、本件訂正発明の課題が解決できるとは認識できない。

B-2.上記A-2で指摘したように、本件明細書の表1には、HPLC測定に基づくスルファン鎖の重量分布が、Si266とSi69の混合比から算出されるスルファン鎖の重量分布と一致しないという不備があるので、
本件ポリスルファン混合物は、本件明細書の表1によっては支持されていない。

6-2-2.無効理由1の検討・判断
A-1について
本件明細書の表1には、Si266とSi69とを80/20及び70/30の割合で混合して、本件ポリスルファン混合物を得たことが実際に示されている。
さらに、S2(z=0)の含有率の高いSi266及びS3?S8(z=1?6)の含有率の高いSi69の2種類のオルガノシランポリスルファンを混合することにより、オルガノシランポリスルファン混合物のスルファン鎖の重量分布を調整するという手法が示されているのであるから、Si266とSi69との混合比を調整する、Si266、Si69以外のオルガノシランポリスルファンを混合して調整するなどにより、本件ポリスルファン混合物を得ることは困難ではない。
したがって、本件明細書の表1の記載に基いて本件ポリスルファン混合物を得ることに、当業者が過度の試行錯誤を要するとは認められない。

A-2について
本件明細書の表1に記載された「スルファン鎖の重量分布」は、表1の標題に「次の組成物のHPLC測定:」と記載されているように、「HPLC」、すなわち、「高速液体クロマトグラフィー(High performance liquid chromatography)」により測定されたものであることは、本件特許出願の優先日時点の技術常識からみて、明らかである。
また、HPLC測定に基づくスルファン鎖の重量分布と、Si266とSi69の混合比から算出されるスルファン鎖の重量分布とが正確に一致していないとしても、Si266とSi69の混合比からスルファン鎖の重量分布を予測して両者を混合し、HPLCでスルファン鎖の重量分布を測定して、所望するスルファン鎖の重量分布からずれている場合には、上記「A-1について」の項で述べたような調整ができるものと考えられる。
したがって、本件明細書の表1に記載された「スルファン鎖の重量分布」
の意味するところは明らかであって、当業者が本件発明を実施できないとはいえない。

A-3について
上記第6.6-2.6-2-2.「A-2について」の項で述べたように、本件明細書の表1に記載された「スルファン鎖の重量分布」は、「HPLC」、すなわち「高速液体クロマトグラフィー(High performance liquid chromatography)」により測定されたものであることは、本件特許出願の優先日時点の技術常識からみて、明らかである。
本件明細書にはHPLC測定の条件は記載されていないが、本件特許出願の優先日前に出願された、甲第5号証(段落【0150】参照)、甲第7号証(段落【0029】参照)においてもスルファン鎖の重量分布がHPLCによって測定されていることからみて、本件特許出願の優先日時点において、HPLCを用いたオルガノシランポリスルファン混合物のスルファン鎖の重量分布を測定することは一般に行われていたと解されるので、本件明細書にHPLC測定の条件が具体的に記載されていなくても、当業者であれば、HPLCを用いて、オルガノシランポリスルファン混合物のスルファン鎖の重量分布を測定するための、適切な測定条件を設定できるものと認められる。

さらに、本件明細書の「硫黄は、長鎖のスルファン単位から排除される場合、この硫黄はポリマー鎖に組入れられる。その後にこのことにより、“スコーチ”がもたらされ、こうしてシートにされたコンパウンドが硬化され、まさに未加硫のコンパウンドは処理不可能にされうる。」(段落【0010】)との記載から、未加硫のゴムコンパウンドの製造中に起こりうる高められた温度でのスコーチを引き起こさないようにするという、本件訂正発明の課題は、zが2?6のポリスルファンのような、硫黄がスルファン単位から排除されやすい長鎖スルファン単位の割合を、低く抑えるという手段により解決されるものと理解でき、また、このことは、本願明細書の「表1」、すなわち、
「【表1】

」(段落【0056】) における番号1?4のオルガノシランポリスルファン混合物を用いた場合には、本件図面の「図1」、すなわち、
「【図1】


」において、最小トルク(180℃)が小さく、スコーチの発生が抑制されていると解されることから、具体的に確認できるので、当業者は本件発明を実施できるといえる。
したがって、本件明細書にはHPLC測定の条件が記載されていないことを以て、当業者が本件発明を実施できないとすることはできない。

A-4について
第1の優先権基礎出願の明細書に記載されたデータが、本件図面の図2?5に示された「改質Si266」の特性を示すデータ(以下、「本件図面データ」という。)と整合していないからといって、直ちに、本件図面データに重大な瑕疵があるとはいえない。(なお、本件図面データは、第2の優先権基礎出願の明細書に記載されたデータとは整合しており、また、上記第6.6-1.の項で説示したように、本審決では、「請求人が主張する無効理由1?4の成否について検討する際には、本件特許出願の優先日を、第2の優先権基礎出願の出願日である、平成9年(1997年)1月22日として取り扱うこととする。」としているのであるから、この点からも、第1の優先権基礎出願の明細書に記載されたデータが、本件図面データと整合していないことは、問題とはいえない。)
また、仮に、本件図面データに重大な瑕疵があるとしても、上記第6.6-2.6-2-2.「A-3について」の項で説示したように、本件訂正発明の課題解決手段による作用効果は、本願明細書の「表1」及び本件図面の「図1」によって具体的に確認できるので、これにより、当業者が本件発明を実施できないとすることはできない。
したがって、第1の優先権基礎出願の明細書に記載されたデータが、本件図面データと整合していないことを以て、当業者が本件発明を実施できないとすることはできない。

A-5について
本件ポリスルファン混合物は、「一般式(RO)_(3)Si(CH_(2))_(X)S─S_(Z)─S(CH_(2))_(X)Si(OR)_(3) (I)〔式中、Rは線状又は分枝鎖状の、1?8個のC原子を有するアルキルを意味し、xは1?8の整数を意味し、zは0?6を意味し、この場合、zが2?6の整数を意味するようなポリスルファンの割合は混合物中の20重量%の割合を超えず、z=1であるポリスルファンの割合は0を超え31.4重量%までであり、かつz=0であるようなポリスルファンの割合は57.7重量%以上であり、かつ80重量%に達しない〕のオルガノシランポリスルファンの混合物」であって、x=0のものをは含まないことは、特許請求の範囲の記載から明らかである。
したがって、本件明細書の発明の詳細な説明に明確でない事項が記載がされているとしても、このような事項の記載によって、特許請求の範囲に明確に記載された事項の解釈が影響を受けるとはいえず、ましてや、これにより、当業者が本件発明を実施できないとまでは到底いえない。

B-1について
上記第6.6-2.6-2-2.「A-3について」の項で説示したように、本件明細書の「硫黄は、長鎖のスルファン単位から排除される場合、この硫黄はポリマー鎖に組入れられる。その後にこのことにより、“スコーチ”がもたらされ、こうしてシートにされたコンパウンドが硬化され、まさに未加硫のコンパウンドは処理不可能にされうる。」(段落【0010】)との記載から、未加硫のゴムコンパウンドの製造中に起こりうる高められた温度でのスコーチを引き起こさないようにするという、本件訂正発明の課題は、zが2?6のポリスルファンのような、硫黄がスルファン単位から排除されやすい長鎖スルファン単位の割合を、低く抑えるという手段により解決されるものと理解でき、また、このことは、本願明細書の「表1」(段落【0056】) における番号1?4のオルガノシランポリスルファン混合物を用いた場合には、本件図面の「図1」において、最小トルク(180℃)が小さく、スコーチの発生が抑制されていると解されることから、具体的に確認できるといえる。
したがって、本件ポリスルファン混合物の範囲全体にわたって、未加硫のゴムコンパウンドの製造中に起こりうる高められた温度でのスコーチを引き起こさないようにするという、本件訂正発明の課題が解決できることは、当業者であれば認識できるものと認められる。

B-2について
上記第6.6-2.6-2-2.「A-2について」の項で説示したように、本件明細書の表1に記載された「スルファン鎖の重量分布」は、表1の標題に「次の組成物のHPLC測定:」と記載されているように、「HPLC」、すなわち、「高速液体クロマトグラフィー(High performance liquid chromatography)」により測定されたものであることは、本件特許出願の優先日時点の技術常識からみて、明らかである。
そして、上記第6.6-2.6-2-2.「A-3について」の項で説示したように、本件明細書の「硫黄は、長鎖のスルファン単位から排除される場合、この硫黄はポリマー鎖に組入れられる。その後にこのことにより、“スコーチ”がもたらされ、こうしてシートにされたコンパウンドが硬化され、まさに未加硫のコンパウンドは処理不可能にされうる。」(段落【0010】)との記載から、未加硫のゴムコンパウンドの製造中に起こりうる高められた温度でのスコーチを引き起こさないようにするという、本件訂正発明の課題は、zが2?6のポリスルファンのような、硫黄がスルファン単位から排除されやすい長鎖スルファン単位の割合を、低く抑えるという手段により解決されるものと理解でき、また、このことは、本願明細書の「表1」(段落【0056】) における番号1?4のオルガノシランポリスルファン混合物を用いた場合には、本件図面の「図1」において、最小トルク(180℃)が小さく、スコーチの発生が抑制されていると解されることから、具体的に確認できるといえる。
したがって、本件ポリスルファン混合物の範囲全体にわたって、未加硫のゴムコンパウンドの製造中に起こりうる高められた温度でのスコーチを引き起こさないようにするという、本件訂正発明の課題が解決できることは、当業者であれば認識できると認められる。

なお、当業者であれば、上記のように、「スルファン鎖の重量分布」がHPLCで測定されたオルガノシランポリスルファン混合物により、本件訂正発明の課題の解決が認識できるといえ、また、上記第6.6-2.6-2-2.「A-2について」の項で説示したように、Si266とSi69の混合比からオルガノシランポリスルファン混合物の「スルファン鎖の重量分布」を予測し調整できるといえることから、HPLC測定に基づくスルファン鎖の重量分布と、Si266とSi69の混合比から算出されるスルファン鎖の重量分布とが正確に一致していないとしても、これを以て、本件ポリスルファン混合物の範囲全体にわたって、本件訂正発明の課題が解決できることを当業者が認識できないとはいえない。

6-2-3.無効理由1のまとめ
以上のとおり、請求人が無効理由1の根拠として挙げる、上記A-1?A-5及びB-1?B-2は是認することができない。
したがって、無効理由1は採用できない。


6-3.無効理由2について
請求人は、無効理由2として、次の2つの理由を主張している。
○無効理由2-1
本件訂正発明1?5は、米国でされた出願に基く優先権[1996年(平成8年)12月2日]を主張する、特願平9-332007号[特開平10-182847号公報(甲第5号証)参照)]の出願(以下、「甲5出願」という。)の願書に最初に添付した明細書(以下、「甲5出願明細書」という。)に記載された発明と同一であり、しかも、この出願の発明者がその出願前の特許出願にに係る上記の発明をした者と同一ではなく、また、この出願の時において、その出願人が上記特許出願の出願人と同一でもないので、 特許法第29条の2の規定により特許を受けることができない。
○無効理由2-2
本件訂正発明1?5は、日本でされた出願に基く優先権[平成8年(1996年)8月26日]を主張する、特願平8-335972号[特開平10-120827号公報(甲第7号証)参照)]の出願(以下、「甲7出願」という。)の願書に最初に添付した明細書(以下、「甲7出願明細書」という。)に記載された発明と同一であり、しかも、この出願の発明者がその出願前の特許出願にに係る上記の発明をした者と同一ではなく、また、この出願の時において、その出願人が上記特許出願の出願人と同一でもないので、 特許法第29条の2の規定により特許を受けることができない。

上記第6.「6-1.本件出願の優先権主張について」の項で説示したように、本件特許出願の優先日は、第2の優先権基礎出願に基く平成9年(1997年)1月22日であると認められるが、甲第5出願及び甲第7出願の優先日は、それぞれ、1996年(平成8年)12月2日及び平成8年(1996年)8月26日と認められるので、甲第5出願及び甲第7出願は、本件特許出願よりも先に出願されたものとみなすことができる。さらに、本件特許出願の発明者及び出願人は、甲第5出願及び甲第7出願の発明者及び出願人と同一でないことは明らかである。
このように、甲5出願明細書及び甲7出願明細書は、本件訂正発明1?5に対して、特許法第29条の2の証拠方法となる形式的要件を備えているので、次に、本件訂正発明1?5が甲5出願明細書及び甲7出願明細書に記載された発明であるか否かについて検討する。

6-3-1.無効理由2-1について
(1)甲5出願明細書に記載された事項
甲5出願明細書には、シリカ強化ゴム組成物及びその調整法に関する発明が記載されており、具体的には以下の事項が記載されている。なお、摘示は、甲第5号証の記載に基づいて行う。
○5-1
「【特許請求の範囲】
【請求項1】 次の:
(A)(i)共役ジエン系単独重合体と共重合体、および少くとも一種の共役ジエンと芳香族ビニル化合物との共重合体から選ばれる少くとも一種の硫黄硬化性エラストマー100重量部、
(ii)沈降シリカ、アルミナ、アルミノケイ酸塩およびカーボンブラックの少くとも一種をからなる微粒子状充填材にして、約5から約85重量パーセントのカーボンブラックを含む該充填材約15から約100phr、
(iii)該微粒子状充填材の1重量部当たり約0.05から約20重量部の、少くとも一種の、次式:
【化1】

[式中、
R^(1)は全部で1から18個の炭素原子を有する置換または未置換アルキレン基、および全部で6から12個の炭素原子を有する置換または未置換アリーレン基より成る群から選ばれ;nは2から6の整数であり、ただし、n=2とn=3の和がnの約90から約98パーセントの範囲であることを前提条件として、nの約55から約75パーセントが2であり、nの約15から約35パーセントが3であり、nの約2から約10パーセントが4であり、そしてnの10パーセント未満が4より大であり;そしてZは次式:
【化2】

(式中、R^(2)は同一または異なり、そして独立に炭素原子数1から4個のアルキル基およびフェニル基より成る群から選ばれ;R^(3)は同一または異なり、そして独立に炭素原子数1から4個のアルキル基、フェニル基、1から8個の炭素原子を有するアルコキシ基および5から8個の炭素原子を有するシクロアルコキシ基より成る群から選ばれる。)の基から成る群から選ばれる。]を有する有機ケイ素ジスルフィド/トリスルフィド化合物;および
(iv)次の:
(a)(1)元素硫黄、および(2)硫黄を含み、約140℃から約190℃の範囲の温度で該硫黄の少くとも一部を放出する性質を有するポリスルフィド系有機化合物としての少くとも一種の硫黄供与体の少くとも一種から選ばれるフリー硫黄源(但し、該元素硫黄の添加と該硫黄供与体の添加から得られる総フリー硫黄は約0.05から約2phrの範囲である)、および
(b)そのような硫黄供与体ではない、約0.1から約0.5phrの少くとも一種の硫黄硬化性エラストマー用硬化促進剤から選ばれる化合物としての少くとも一種の追加の添加剤;を少くとも一回の予備混合工程で、約140℃から約190℃の温度まで、約2から約20分の総混合時間熱機械的に混合し;
(B)次いで、得られた混合物を、最終熱機械的混合工程で、約0.4から約3phrの元素硫黄(但し、上記予備混合工程で導入された元素状および/またはフリーの硫黄と、該最終混合工程で加えられる元素硫黄との総和は約0.45から約5phrの範囲である)、および少くとも一種の硫黄硬化促進剤と約100℃から約130℃の温度で約1から約3分間混合する;
逐次工程を含んでなるゴム組成物の調製法。
・・・
【請求項3】 請求項1に記載の方法で調製されたゴム組成物。
・・・
【請求項5】 請求項4に記載の方法で調製されたタイヤ。」(甲第5号証の特許請求の範囲)

○5-2.
「発明の追加の開示と実施
実施例3
(i)実施例1における3,3’-ビス(トリエトキシシリルプロピル)テトラスルフィド、(ii)実施例1における高純度(98%)3,3’-ビス(トリエトキシシリルプロピル)ジスルフィドおよび(iii)ポリスルフィド橋中のテトラスルフィド含有量が10パーセント未満である、高純度で分布の明確な3,3’-ビス(トリエトキシシリルプロピル)ジスルフィド/トリスルフィドを個々に使用して、シリカ強化材を含む硫黄硬化性ゴム混合物を調製した。
・・・
表4に示した材料を含むゴム組成物を、BRバンバリーミキサー中で、別々の三段の添加(混合)工程、即ち二つの予備混合工程と一つの最終工程を用いて、これら三段の総混合工程で、それぞれ、160℃、160℃および120℃まで、約8分、2分および2分の時間処理することにより調製した。有機シランテトラスルフィド、有機シランジスルフィドおよびフリーの元素硫黄の量は表4に“可変”と示され、そして表5により特定して示した。
高純度有機シランジスルフィドを使用した試料5、および高純度で分布の明確な有機シランジスルフィド/トリスルフィドを使用した試料6を、有機シランテトラスルフィドを使用した試料4と比べると、ゴム組成物を調製するために高純度で分布の明確なジスルフィド/トリスルフィドをフリー硫黄添加と組み合せて使用すると、フリー硫黄を添加しないテトラスルフィド(i)およびフリー硫黄を添加した高純度ジスルフィド(ii)で調製した両ゴム組成物と同等の物理的性質を有するゴム組成物が、テトラスルフィドを使用する組成物の場合の、大きいムーニー粘度および大きいムーニー・ピーク値のような加工上の障害なしに、さらに高純度ジスルフィドを使用する組成物の場合の有機シランカップリン剤の高いコストなしに、調製されることを明確に示している。
【表4】


・・・
6)n=2がnの約75パーセント、n=3がnの約23パーセント、そしてn=4がnの約2パーセントで、n=2とn=3の和がnの98パーセントである、高純度で分布の明確な3,3‐ビス(トリエトキシシリルプロピル)ジスルフィド/トリジスルフィド;
・・・
【表5】

・・・
特に、この実施例は、比較的高純度の有機シランジスルフィド/トリスルフィドに加えて極く少量のフリー硫黄、即ち有機シランテトラスルフィドが用いられた場合(実験6)の混合工程で発生するであろうと推定されるフリー硫黄に近い量の硫黄を調整して加えると、有機シランテトラスルフィドを使用した実験4および高純度ジスルフィドを使用した実験5のゴム組成物の性質にやや似た性質を有するゴム組成物が得られることを示している。さらに、実験5で観測された加工時の利点が、実験6(ムーニー粘度)でも維持される。従って、比較的高純度で分布の明瞭なジスルフィド/トリスルフィド有機シランを、そのコストを最適にしながら、高純度ジスルフィドの加工性と性質に匹敵するように使用できることが証明された。高純度で分布の明瞭なジスルフィド/トリスルフィド有機シラン(実験6)の製造コストは、非常に高純度のジスルフィド(実験5)を製造するコストより実質的に低い。」(甲第5号証の段落【0136】?【0154】)

(2)無効理由2-1の検討
甲5出願明細書には、実施例3における「有機シラン・ジスルフィド/トリスルフィド」(摘示5-2の【表4】)として、「n=2がnの約75パーセント、n=3がnの約23パーセント、そしてn=4がnの約2パーセントで、n=2とn=3の和がnの98パーセントである、高純度で分布の明確な3,3‐ビス(トリエトキシシリルプロピル)ジスルフィド/トリジスルフィド」(摘示5-2)が用いられており、この化合物は、本件訂正発明1?5に係る本件ポリスルファン混合物に相当するものと認められる。
しかしながら、甲5出願明細書では、この「有機シラン・ジスルフィド/トリスルフィド」は、予備混合工程において「エラストマー」、「シリカ」などとともに「硫黄」と混合され、さらに、最終混合工程において「硫黄」、「硬化促進剤」などが追加添加されて混合されることが記載されている(摘示5-1の請求項1、摘示5-2の【表4】及び【表5】)。
このように、甲5出願明細書には、本件訂正発明1?4の「タイヤトレッド用のゴムコンパウンドの製造法」に関する発明が、発明特定事項として備える、
○硫黄及び/又は硫黄供与体及び促進剤で加硫されるタイヤトレッド用のゴムコンパウンドを製造するという事項、
○160?200℃の温度で混練される、ゴム成分、本件ポリスルファン混合物、ケイ酸塩充填剤などからなる混合物には、硫黄が含有されていないという事項、及び
○完成したゴムコンパウンドはシート又はストリップに圧延するために用いられるという事項
が記載ないし示唆されていない。
また、本件訂正発明5の「タイヤトレッド用のゴムコンパウンド」に関する発明は、ゴム成分、充填剤、本件ポリスルファン混合物を含有する混合物を、未加硫の状態で160?200℃の温度で混練して得られるという事項を発明特定事項として備えるものであって、この「未加硫の状態で」というのは、本件訂正明細書の「本発明の課題は、加硫に必要な硫黄及び促進剤をまだ含有していない未加硫のゴムコンパウンド、即ち加硫可能なゴムコンパウンドの製造中に起こりうる高められた温度でのスコーチを引き起さないオルガノシランポリスルファンの混合物を提供することである。」(段落【0013】)との記載からみて、「加硫に必要な硫黄及び促進剤をまだ含有していない状態」と解されるが、甲5出願明細書には、かかる、160?200℃の温度での混練において、加硫に必要な硫黄などを含有させない事項が記載ないし示唆されていない。
したがって、本件訂正発明1?5は、甲5出願明細書に記載された発明と同一であるとは認められない。

6-3-2.無効理由2-2について
(1)請求人の主張する無効理由2-2の根拠
請求人は、審判請求書の61?63頁などにおいて、無効理由2-2の根拠を、概略次のように述べている。
甲7出願明細書には、「シランカップリング剤を、特開平7-228588号公報の記載の方法に従い、無水硫化ナトリウムと硫黄とを1:1.5のモル比にしてサンプルEを合成した」(段落【0029】?【0033】)旨が記載されているので、この特開平7-228588号公報記載の方法、すなわち、甲第8号証の実施例1の方法に従って、上記サンプルEを調製し分析したところ、甲第9号証の実験成績証明書(その1)に示すように、式(CH_(3)CH_(2)O)_(3)Si(CH_(2))_(3)─S_(2.5)─(CH_(2))_(3)Si(OCH_(2)CH_(3))_(3) で示される、S平均含有量=2.5の硫黄含有有機ケイ素化合物(ポリスルフィド型シラン)が得られ、この化合物にはz=0(S_(2))の成分が50.6重量%、z=2?6(S_(4?8))の成分が14.8重量%含有されていることが確認できた。したがって、本件ポリスルファン混合物は、甲7出願明細書に記載されたシランカップリング剤と差異がない。

(2)無効理由2-2の検討
本件ポリスルファン混合物は、「z=0であるようなポリスルファンの割合は57.7重量%以上であり、かつ80重量%に達しない」ものであって、甲7出願明細書に記載された、z=0(S_(2))の成分が50.6重量%であるシランカップリング剤と重複一致するものとはいえない。
したがって、本件ポリスルファン混合物を用いることを発明特定事項として備える本件訂正発明1?5は、甲5出願明細書に記載された発明と同一であるとは認められない。

6-3-3.無効理由2のまとめ
以上のように、請求人が主張する無効理由2-1及び2-2は理由があると認めることはできない。
したがって、無効理由2は採用できない。


6-4.無効理由3について
請求人は、無効理由3として、本件訂正発明1?5は、甲第17号証又は甲第18号証に記載された発明と、甲第10、12?16号証に記載された発明とに基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである旨主張している。
上記第6.「6-1.本件出願の優先権主張について」の項で説示したように、本件特許出願の優先日は第2の優先権基礎出願に基く平成9年(1997年)1月22日であると認められるところ、甲第10、12?16及び17?18号証は、いずれも、本件特許出願の優先日前に公開されたものである。
そこで、甲第10、12?16及び17?18号証に記載された事項について、以下に検討する。

6-4-1.甲第17号証に記載された事項
甲第17号証には、ジエンを基本としたエラストマ-、粒状シリカ、シリカカップリング剤を含んで成る硫黄で加硫されたトレッドを有する空気入りタイヤに関する発明が記載されており(特許請求の範囲の請求項1)、具体的には以下の事項が記載されている。
○17-1
「前記カップリング剤がビス-3-(トリエトキシシリルプロピル)テトラスルフィドである、請求項1記載のタイヤ。」(特許請求の範囲の請求項5)
○17-2
「硬化未発現混合段階のために、最終の硬化発現混合段階において混合(添加)される促進剤及び硫黄硬化剤を除いて、それぞれの成分38重量%を一次硬化未発現混合段階において約4分間約180℃の温度へ混合し;成分約38重量%を二次硬化未発現混合段階において約2.5?3分間約170℃の温度へ混合(添加)し、そして成分約24?25重量%を三次硬化未発現混合段階において約3分間約160℃の温度へ混合(添加)した。すべてバンバリー型ゴムミキサー中で行った。バンバリー型ミキサー中において生じたゴム組成物(混合物)へ次に硬化剤すなわち促進剤及び硫黄を約3分間約120℃の温度へ混合した。ゴムを次に約18分間約150℃の温度で加硫した。」(段落【0043】)
○17-3
「ゴム組成物は表1に示す成分から成っていた。表2は硬化ゴム組成物の特性を例証する。
【表1】

・・・
8)デグサからX50Sとして商業的に入手できるビス-3-トリエトキシシリルプロピル)テトラスルフィド(50%活性)。ただしテトラスルフィドとN330カーボンブラックとの50/50ブレンドとして得た(したがって、50%活性と考えられる)。」(段落【0044】?【0047】)

以上のように、甲第17号証には、ジエンを基本としたエラストマ-、粒状シリカ、シリカカップリング剤を含んで成る硫黄で加硫されたトレッドを有する空気入りタイヤにおいて、シリカカップリング剤として「ビス-3-(トリエトキシシリルプロピル)テトラスルフィド」を用いることは記載されているものの、このシリカカップリング剤は本件ポリスルファン混合物のz=2(S_(4))の成分に該当するものにすぎず、スルファン鎖の分布において、本件ポリスルファン混合物に相当するものとはいえないので、本件ポリスルファン混合物を用いることについては、甲第17号証に記載されているとは認められない。
さらに、シリカカップリング剤により「硬化未発現段階」においてスコーチが発生するという問題が生じること及びこの問題を解決するためにシリカカップリング剤を選択する必要があることについても、甲第17号証には記載の示唆もされていない。

6-4-2.甲第18号証に記載された事項
甲第18号証には、加硫性エラストマー、シリカなどの充填剤、オルガノシランポリスルフィド、硫黄供給源、加硫促進剤を、予備混合工程及び最終熱機械混合工程で混合し、ゴム組成物を製造する方法に関する発明が記載されており(特許請求の範囲の請求項1)、具体的には以下の事項が記載されている。
○18-1
「遊離硫黄は例えば約150℃以上の温度で遊離されるので、硫黄ブリッジ部分に3個以上の結合硫黄原子を含むそのようなオルガノシランポリスルフィドはまた、加硫性エラストマーの加硫または部分加硫に関係する遊離硫黄の遊離のための硫黄供与体としても作用することが分かる。・・・約150℃より低い温度では、それらの硫黄ブリッジ部分に3?8個の硫黄原子を含むたいていの実用的なオルガノシランポリスルフィドの場合、遊離硫黄の遊離は、もし生じたとしても、比較的遅い速度で生じると考えられる。
そのような温度は、例えば予備的に、または一般的には遊離硫黄、硫黄供与体および/またはゴム加硫促進剤を除いた、ゴムおよびゴム配合成分を混合する、非生産的(non-productive)とも呼ばれる予備混合工程で経験的に分かるものである。そのような混合は、例えば約140℃?約180℃で一般に行われ;少なくとも一部の混合は少なくとも160℃以上で行われる可能性が最も高い。少量の遊離硫黄はその後、不飽和エラストマーとの化合および/またはおそらく部分的な加硫に用いられ、これとシリカおよびカップリング剤とはそのような混合段階で混合される。」(段落【0012】?【0013】)
○18-2
「オルガノシランポリスルフィド(オルガノシリコンポリスルフィドとも呼ばれる)をシリカ強化加硫性ゴム組成物中のシリカカップリング剤として使用する場合、これは前に指摘したような1つ以上の予備的な非生産的混合段階で一般に加えられ、例えば約140℃?約190℃、あるいは約150℃?約180℃で一般に混合される。」(段落【0022】)
○18-3
「【実施例】
実施例I
シリカ強化材を含有する加硫性ゴム混合物を、3,3-ビス(トリエトキシシリルプロピル)テトラスルフィドおよび高純度3,3-ビス(トリエトキシシリルプロピル)ジスルフィドを各々用いて製造した。
上記オルガノシランテトラスルフィド硫黄ブリッジ部分は平均約3.5?約4個の結合硫黄原子を含み、結合硫黄原子の範囲は約2?6または8個であり、25%以下のその硫黄ブリッジ部分は結合硫黄原子が2以下であると考えられる。」(段落【0105】?【0106】)
○18-4
「【表1】

・・・
4) Si69[本明細書では前にビス-(3-トリエトキシシリルプロピ
ル)テトラスルフィドと呼んでいたもの(このテトラスルフィドはまたDegussa社からSi69として入手しうる)]・・・」(段落【0112】?【0113】)

以上のように、甲第18号証には、加硫性エラストマー、シリカなどと一緒に混練されるオルガノシランポリスルフィドとして、「3,3-ビス(トリエトキシシリルプロピル)テトラスルフィド(硫黄ブリッジ部分は平均約3.5?約4個の結合硫黄原子を含み、結合硫黄原子の範囲は約2?6または8個であり、25%以下のその硫黄ブリッジ部分は結合硫黄原子が2以下であると考えられるもの)」および「高純度3,3-ビス(トリエトキシシリルプロピル)ジスルフィド」を用いることは記載されているものの、これらのオルガノシランポリスルフィドは、スルファン鎖の分布において、本件ポリスルファン混合物に相当するものとはいえないので、本件ポリスルファン混合物を用いることについては、甲第18号証に記載されているとは認められない。
さらに、甲第18号証には、「硫黄ブリッジ部分に3個以上の結合硫黄原子を含むオルガノシランポリスルフィドは遊離硫黄の遊離のための、硫黄供与体としても作用する」旨の記載及び「予備混合工程で発生する少量の遊離硫黄は、不飽和エラストマーとの化合および/またはおそらく部分的な加硫に用いられる」旨の記載はあるものの、オルガノシランポリスルフィドにより予備混合工程においてスコーチが発生するという問題が生じること及びこの問題を解決するためにシリカカップリング剤を選択する必要があることについても、甲第18号証には記載も示唆もされていない。

6-4-3.甲第10号証に記載された事項
甲第10号証には、「付着剤として、天然又は合成珪酸で補強された加硫可能のゴム混合物に使用することのできる新規な硫黄含有有機珪素化合物の製法に関する」(2頁右下欄4?7行)発明が記載されており、
例1では(H_(3)CO)_(3)Si-(CH_(2))_(3)-(S)_(2)-(CH_(2))_(3)-Si(OCH_(3))_(3)、
例2では(H_(5)C_(2)O)_(3)Si-(CH_(2))_(3)-(S)_(4)-(CH_(2))_(3)-Si(OC_(2)H_(5))_(3)、
例5では(H_(3)CO)_(3)Si-(CH_(2))_(3)-(S)_(3)-(CH_(2))_(3)-Si(OCH_(3))_(3)の硫黄含有有機珪素化合物が得られたことが記載されているが、これらの硫黄含有有機珪素化合物は、スルファン鎖の分布において、本件ポリスルファン混合物に相当するものとはいえないので、本件ポリスルファン混合物を用いることが甲第10号証に記載されているとは認められない。
また、請求人は、甲第11号証の実験成績証明書(その2)において、甲第10号証の例1の記載に従ってビス-(3-トリメトキシシリルプロピル)ジスルフィド)を合成し、その硫黄分布(重量%)は「S_(2):79.4%、 S_(3):18.2%、 S_(4):2.1%、 S_(5):0.3%、 S_(6)以上:0%」であるので、甲第10号証の例1の硫黄含有有機珪素化合物は、本件ポリスルファン混合物と重複一致する旨述べている。
しかしながら、
*甲第11号証の実験成績証明書(その2)においては、無水メタノール中のNa_(2)S_(2)の沸騰溶液へのγ-クロロプロピルトリメトキシシランの添加速度が「徐々に」されているが、実際にどのような速度で添加したのかが不明であること、及び
*合成により得られたビス-(3-トリメトキシシリルプロピル)ジスルフィド[(H_(3)CO)_(3)Si-(CH_(2))_(3)-S_(2)-(CH_(2))_(3)-Si(OCH_(3))_(3)]の量が、甲第10号証の例1では「171g(理論量の87.5%)」であるのに対し、甲第11号証の実験成績証明書(その2)では「186g(収率の95.2%)」であることから、甲第11号証の実験成績証明書(その2)によって甲第10号証の例1が正確に追試されたとはいえないので、これに基づいて、甲第10号証の例1の硫黄含有有機珪素化合物が本件ポリスルファン混合物と重複一致すると認められない。
さらに、甲第10号証には、「付着剤として、天然又は合成珪酸で補強された加硫可能のゴム混合物に使用することのできる新規な硫黄含有有機珪素化合物」として、
「(H_(3)CO)_(3)Si-(CH_(2))_(3)-(S)_(2)-(CH_(2))_(3)-Si(OCH_(3))_(3)」[審決注:本件ポリスルファン混合物におけるz=0のポリスルファン成分に相当]、
「(H_(5)C_(2)O)_(3)Si-(CH_(2))_(3)-(S)_(4)-(CH_(2))_(3)-Si(OC_(2)H_(5))_(3)」[審決注:本件ポリスルファン混合物におけるz=2のポリスルファン成分に相当]、「(H_(3)CO)_(3)Si-(CH_(2))_(3)-(S)_(3)-(CH_(2))_(3)-Si(OCH_(3))_(3) 」[審決注:本件ポリスルファン混合物におけるz=1のポリスルファン成分に相当]
などが得られたことは記載はされているが、これらの硫黄含有有機珪素化合物が、ゴム成分などとの予備混合工程において、スコーチの発生を防止するという性能を発揮することについては記載も示唆もされていない。

6-4-4.甲第12号証に記載された事項
甲第12号証には、硫黄含有有機珪素化合物の製法に関する発明が記載されており(特許請求の範囲)、
例1ではビス-(3-トリメトキシシリルプロピル)トリスルフィド[審決注:本件ポリスルファン混合物におけるz=1のポリスルファン成分に相当]、
例8ではビス-(3-トリエトキシシリルプロピル)ジスルフィド[審決注:本件ポリスルファン混合物におけるz=0のポリスルファン成分に相当]
が得られたことが記載されているが、これらの硫黄含有有機珪素化合物は、スルファン鎖の分布において、本件ポリスルファン混合物に相当するものとはいえないので、本件ポリスルファン混合物を用いることについては、甲第12号証に記載されているとは認められない。
さらに、甲第12号証には、硫黄含有有機珪素化合物として、「ビス-(3-トリメトキシシリルプロピル)トリスルフィド」、「ビス-(3-トリエトキシシリルプロピル)ジスルフィド」などが得られたことは記載はされているが、これらの硫黄含有有機珪素化合物が、どのような用途に用いられ、どのような性能を発揮するものであるのかについては記載されておらず、ましてや、ゴム成分、ケイ酸塩などの充填剤との予備混合工程において、スコーチの発生を防止するという性能を発揮することについては記載も示唆もされていない。

6-4-5.甲第13号証に記載された事項
甲第13号証には、硫黄含有有機珪素化合物の製造法に関する発明が記載されており(特許請求の範囲)、第1表の例2、5、8、10?12、15?16、27及び34には、「ビス-(3-トリアルコキシシリルアルキル)トリスルフィド」[審決注:本件ポリスルファン混合物におけるz=1のポリスルファン成分に相当]が得られたことが記載されており、さらに、第1表の他の例には、「ビス-(3-トリアルコキシシリルアルキル)ジスルフィド」[審決注:本件ポリスルファン混合物におけるz=0のポリスルファン成分に相当]、「ビス-(3-トリアルコキシシリルアルキル)テトラスルフィド」[審決注:本件ポリスルファン混合物におけるz=2のポリスルファン成分に相当]が得られたことも記載されているが、これらの硫黄含有有機珪素化合物は、スルファン鎖の分布において、本件ポリスルファン混合物に相当するものとはいえないので、本件ポリスルファン混合物を用いることについては、甲第13号証に記載されているとは認められない。
さらに、甲第13号証には、硫黄含有有機珪素化合物が、どのような用途に用いられ、どのような性能を発揮するものであるのかについては記載されておらず、ましてや、ゴム成分、ケイ酸塩などの充填剤との予備混合工程において、スコーチの発生を防止するという性能を発揮することについては記載も示唆もされていない。

6-4-6.甲第14号証に記載された事項
甲第14号証には、ゴム、珪酸塩系填料、加硫促進剤、オルガノシランを含有する、架橋可能なゴム組成物に関する発明が記載されており(特許請求の範囲の請求項1)、具体的には以下の事項が記載されている。
○14-1
「珪酸塩系填(審決注:旧字体を新字体である「填」で表記した。)料を含有するゴム組成物を、分子中に硫黄を含有するシランを用い、硫黄元素を添加せずに、重要なゴム生産のために加工することができることが判明した。」(3欄19?22行)
○14-2
「ゴム組成物を殊にトラツクタイヤ用のトレツドの製造のために、軟化油例えば高芳香性又はナフテン系の軟化油を混入するのが、特に有利でありうる。」(8欄28?31行)
○14-3
「これらの選択された比較的簡単な構造の一般式Iのオルガノシランのうち、ビス-[3-トリメトキシ-、-トリエトキシ-及び-トリプロポキシ-シリル-プロピル]-ポリスルフアイド及びしかもジ-、トリ-及びテトラスルフアイド殊に硫黄原子2,3又は4個を有するトリエトキシ化合物及びこれらの混合物が有利である。」(9欄18?25行)
○14-4
「VII) 本発明の他のゴム組成物において、使用シランを変える。ゴム組成物は次の組成を有した:
混合成分 量
スチロール-ブタジエン-ゴム
・・・ 100
細粉状の高活性沈殿珪酸
・・・ 50
・・・
56)シランとして、
ビス-(3-トリエトキシシリルプロピル)-テトラスルフアイド
57)シランとして、
ビス-(3-トリメトキシシリルプロピル)-トリスルフアイド
58)シランとして、
ビス-(3-トリメトキシシリルプロピル)-ジスルフアイド」(22欄14?34行)

以上のように、甲第14号証には、ゴム、珪酸塩系填料、加硫促進剤、オルガノシランなどを含有する、架橋可能な、タイヤトレツド用ゴム組成物の成分である、オルガノシランとして、「ビス-(3-トリエトキシシリルプロピル)-テトラスルフアイド」(審決注:本件ポリスルファン混合物におけるz=2のポリスルファン成分に相当)、「ビス-(3-トリメトキシシリルプロピル)-トリスルフアイド」(審決注:本件ポリスルファン混合物におけるz=1のポリスルファン成分に相当)、「ビス-(3-トリメトキシシリルプロピル)-ジスルフアイド」(審決注:本件ポリスルファン混合物におけるz=0のポリスルファン成分に相当)などの、硫黄原子2、3又は4個を有するトリエトキシ化合物及びこれらの混合物を用いることが記載されているものの、これらのオルガノシラン又はこれらの混合物は、スルファン鎖の分布において、本件ポリスルファン混合物に相当するものとはいえないので、本件ポリスルファン混合物を用いることについては、甲第14号証に記載されているとは認められない。
さらに、甲第14号証には、このような分子中に硫黄を含有するオルガノシランを用いることにより、「珪酸塩系填料を含有するゴム組成物を、硫黄元素を添加せずに、重要なゴム生産のために加工することができることが判明した。」旨の記載はあるものの、オルガノシランにより予備混合工程においてスコーチが発生するという問題が生じること及びこの問題を解決するためにオルガノシランを選択する必要があることについては全く記載されていない。

6-4-7.甲第15号証に記載された事項
甲第15号証には、ゴム、架橋剤系、含硫黄有機シラン、シリカを含有するゴム組成物に関する発明が記載されており(特許請求の範囲の請求項1)、ゴム組成物の用途として、乗用車及びトラツク用タイヤのトレツドが記載されている(10欄32?41行)。また、ゴム組成物の成分である含硫黄有機シランについては、「これらから選択され、比較的簡単に構成された一般式Iの有機シランは、ビス-[3-トリメトキシ-、-トリエトキシ-及び-トリプロポキシシリル-プロピル]-ポリスルフイド、しかもジ-、トリ-及びテトラスルフイドが再び有利である。」(9欄14?19行)と記載され、具体的には、例1?22において、「ビス-[3-トリメトキシシリルプロピル]-トリスルフイド」、「ビス-[3-トリエトキシシリルプロピル]-テトラスルフイド」、「ビス-[3-トリメトキシシリルプロピル]-ジスルフイド」などの含硫黄有機シランを単独で配合したゴム組成物が記載されている。

以上のように、甲第15号証には、ゴム、架橋剤系、含硫黄有機シラン、シリカを含有するタイヤトレツド用ゴム組成物の成分である含硫黄有機シランとして、「ビス-[3-トリメトキシシリルプロピル]-トリスルフイド」(審決注:本件ポリスルファン混合物におけるz=1のポリスルファン成分に相当)、「ビス-[3-トリエトキシシリルプロピル]-テトラスルフイド」(審決注:本件ポリスルファン混合物におけるz=2のポリスルファン成分に相当)、「ビス-[3-トリメトキシシリルプロピル]-ジスルフイド」(審決注:本件ポリスルファン混合物におけるz=0のポリスルファン成分に相当)などの含硫黄有機シランを単独で用いることが記載されているものの、これらの含硫黄有機シランは、スルファン鎖の分布において、本件ポリスルファン混合物に相当するものとはいえないので、本件ポリスルファン混合物を用いることについては、甲第15号証に記載されているとは認められない。
さらに、甲第15号証には、含硫黄有機シランにより予備混合工程においてスコーチが発生するという問題が生じること及びこの問題を解決するために含硫黄有機シランを選択する必要があることについては記載も示唆もされていない。

6-4-8.甲第16号証に記載された事項
甲第16号証には、
「化合物:Z-Alk-X (II)
[式中、Zは次の基:

(ここで、R_(1)は炭素原子が1?4個のアルキル基、シクロヘキシル基またはフェニル基であり;R_(2)は炭素原子1?8個のアルコキシ基または炭素原子5?8個のシクロアルコキシ基である。)よりなる群から選ばれ、XはCl,BrまたはIである。]と、
化合物:Me_(2)S_(n) (III)
[式中、Meはアンモニウムまたはアルカリ金属である。」とを反応させて、
Z-Alk-S_(n) -Alk-Z (I)
〔式中、Alkは炭素原子1?18個の2価の炭化水素基であり、そしてnは2?8の整数である。〕
の有機ケイ素化合物を製造する方法」に関する発明が記載されており(特許請求の範囲の請求項1)、具体的には、実施例1?7では「3,3′-ビス(トリエトキシシリルプロピル)ジスルフィド」が合成されており、実施例8では「3,3′-ビス(トリエトキシシリルプロピル)テトラスルフィド」が合成されている。
さらに、以下の事項も記載されている。
○16-1
「硫黄含有有機ケイ素化合物は、ゴムとシリカ充填剤の間に向上した物理的性質を与える反応性カップリング剤として有用なものである。」(段落【0002】)
○16-2
「式III の化合物の具体的な例としてはNa_(2 )S_(2) ,K_(2 )S_(2) ,Na_(2) S_(6) ,Cs_(2 )S_(2) ,K_(2 )S_(2) ,K_(2 )S_(3) ,K_(2 )S_(2) ,(NH_(4 ))_(2 )S_(2) ,(NH_(4) )_(2)S_(3) ,Na_(2 )S_(2) ,Na_(2 )S_(3) およびNa_(2) S_(4) が挙げられる。」(段落【0009】)

以上のように、甲第16号証には、ゴムとシリカ充填剤の間に向上した物理的性質を与える反応性カップリング剤として有用な有機ケイ素化合物として、「3,3′-ビス(トリエトキシシリルプロピル)ジスルフィド」[審決注:本件ポリスルファン混合物におけるz=0のポリスルファン成分に相当]、「3,3′-ビス(トリエトキシシリルプロピル)テトラスルフィド」[審決注:本件ポリスルファン混合物におけるz=2のポリスルファン成分に相当]を用いることが記載されており、また、式III の化合物としてK_(2 )S_(3)を採用した場合にはトリスルフィド[審決注:本件ポリスルファン混合物におけるz=1のポリスルファン成分に相当]を用いることも記載されているといえるものの、これらの有機ケイ素化合物は、スルファン鎖の分布において、本件ポリスルファン混合物に相当するものとはいえないので、本件ポリスルファン混合物を用いることについては、甲第16号証に記載されているとは認められない。
さらに、甲第16号証には、このような有機ケイ素化合物を用いることにより、含硫黄有機シランにより予備混合工程においてスコーチが発生するという問題が生じること及びこの問題を解決するために含硫黄有機シランを選択する必要があることについては記載も示唆もされていない。

6-4-9.無効理由3の検討
上記第6.6-4.の6-4-1.?6-4-2.で説示したように、
甲第17号証において用いられているシリカカップリング剤または甲第18号証において用いられているオルガノシランポリスルフィドは、スルファン鎖の分布において、本件ポリスルファン混合物に相当するものとは認められず、さらに、シリカカップリング剤あるいはオルガノシランポリスルフィドにより、予備混合工程においてスコーチが発生するという問題が生じること及びこの問題を解決するためにシリカカップリング剤あるいはオルガノシランポリスルフィドを選択する必要があることも、甲第17号証または甲第18号証には記載されているとは認められない。
また、上記第6.6-4.の6-4-3.?6-4-8.で説示したように、甲第10、12及び13号証において用いられている硫黄含有有機珪素化合物、甲第14号証において用いられているオルガノシラン、甲第15号証において用いられている含硫黄有機シラン及び甲第16号証において用いられている有機ケイ素化合物(以下、これらの、硫黄含有有機珪素化合物、オルガノシラン、含硫黄有機シラン及び有機ケイ素化合物を総称して「シラン化合物」という。)は、いずれも、スルファン鎖の分布において、本件ポリスルファン混合物に相当するものとは認められず、さらに、これらのシラン化合物を用いることにより、予備混合工程においてスコーチが発生するという問題が生じること及びこの問題を解決するためにシラン化合物を選択する必要があることについては全く記載されていない。
したがって、甲第17号証または甲第18号証に記載された発明と、甲第10、12?16号証に記載された発明とを組み合わせる動機付けが存するとは認められないばかりでなく、仮に、甲第17号証または甲第18号証に記載された発明と、甲第10、12?16号証に記載された発明とを組み合わせたとしても、本件訂正発明1?5が発明特定事項として備える、本件ポリスルファン混合物を用いるという事項が導き出せるとは認められない。
よって、本件ポリスルファン混合物、すなわち、「一般式(RO)_(3)Si(CH_(2))_(X)S─S_(Z)─S(CH_(2))_(X)Si(OR)_(3) (I)〔式中、Rは線状又は分枝鎖状の、1?8個のC原子を有するアルキルを意味し、xは1?8の整数を意味し、zは0?6を意味し、この場合、zが2?6の整数を意味するようなポリスルファンの割合は混合物中の20重量%の割合を超えず、z=1であるポリスルファンの割合は0を超え31.4重量%までであり、かつz=0であるようなポリスルファンの割合は57.7重量%以上であり、かつ80重量%に達しない〕のオルガノシランポリスルファンの混合物」を用いることを発明特定事項として備える本件訂正発明1?5は、甲第17号証に記載された発明と、甲第10、12?16号証に記載された発明とに基いて、又は、甲第18号証に記載された発明と、甲第10、12?16号証に記載された発明とに基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとは認められない。

なお、請求人は、本件ポリスルファン混合物が甲第10、12?18号証に記載されているとする根拠について、次のように述べている。
1)甲第10号証の例1に示された「(H_(3)CO)_(3)Si-(CH_(2))_(3)-S_(2)-(CH_(2))_(3)-Si(OCH_(3))_(3)」のスルファン鎖の重量分布は、甲第11号証の追試実験で求めたように「S_(2):79.4%、S_(3):18.2%、S_(4):20.%、S_(5):0.3%、S_(6):0%」であって、本件ポリスルファン混合物と一致し得るものがある。
2)また、甲第11号証の追試実験結果からもわかるように、一般に「ジスルファイド」は、純粋にS_(2)成分(ジスルファイド成分)のみからなるものではなく、S_(2)成分(ジスルファイド成分)を主体とし、S_(3)成分(トリスルファイド成分)等を含む混合物を意味するものであるので、甲第10号証、甲第12?16号証及び甲第18号証に記載されているような「オルガノシランジスルファイド」は、本件ポリスルファン混合物[z=0(S_(2)成分)が57.7重量%以上で80重量%に達せず、z=1(S_(3)成分)が0を超え31.4重量%までであり、z=2?6(S_(4?8)成分)が20重量%未満]を包含し得ることは明らかである。
3)また、「オルガノシランジスルファイド」という場合、全ての「オルガノシランジスルファイド」のS_(2)成分が80%に達しないとまではいえないとしても、S_(2)成分が80%に達しない「オルガノシランジスルファイド」を包含しているのは事実であり、この場合、S_(2)成分が80%に達しない
、しかもS_(2)成分を比較的多く含む「オルガノシランジスルファイド」は、甲第11号証の結果あるいは本件明細書の表1の記載からみて、S_(3)成分が20%あるいは30%程度であり、S_(4)以上の成分が20%以下あるいは10%程度と認められる。

上記の根拠について検討する。
1)については、上記第6.6-4.の6-4-3.の項で説示したように、甲第11号証の実験成績証明書(その2)によって甲第10号証の例1が正確に追試されたとはいえないので、これに基づいて、甲第10号証の例1の硫黄含有有機珪素化合物が本件ポリスルファン混合物と重複一致すると認められない。
2)及び3)については、確かに、甲第10号証、甲第12?16号証及び甲第18号証に記載されるような「オルガノシランジスルファイド」は、S_(2)成分(z=0:ジスルファイド成分)単独のみからなるものではなく、S_(2)成分を主体とし、S_(3)成分(z=1:トリスルファイド成分)、S_(4?8)成分(z=2?6:テトラスルファイド成分からオクタスルファイド成分)などを含む混合物であるとまでは一般論として認められるものの、これを以て、甲第12?16号証及び甲第18号証に記載された「オルガノシランジスルファイド」が、本件ポリスルファン混合物、すなわち、「一般式(RO)_(3)Si(CH_(2))_(X)S─S_(Z)─S(CH_(2))_(X)Si(OR)_(3) (I)〔式中、Rは線状又は分枝鎖状の、1?8個のC原子を有するアルキルを意味し、xは1?8の整数を意味し、zは0?6を意味し、この場合、zが2?6の整数を意味するようなポリスルファンの割合は混合物中の20重量%の割合を超えず、z=1であるポリスルファンの割合は0を超え31.4重量%までであり、かつz=0であるようなポリスルファンの割合は57.7重量%以上であり、かつ80重量%に達しない〕のオルガノシランポリスルファンの混合物」と重複一致しているとまでは、一般論からはいえない。
したがって、上記の根拠1)?3)に基づいた、本件ポリスルファン混合物が甲第10、12?18号証に記載されているとするという主張は採用できない。

6-4-10.無効理由3のまとめ
以上のように、請求人が主張する無効理由3は理由があると認めることはできない。
したがって、無効理由3は採用できない。


6-5.無効理由4について
請求人は、無効理由4として、本件訂正発明5は、甲第14号証又は甲第15号証に記載された発明である旨主張している。
しかしながら、上記第6.6-4.の「6-4-6.甲第14号証に記載された事項」及び「6-4-7.甲第15号証に記載された事項」の項で説示したように、甲第14号証において用いられているオルガノシラン、甲第15号証において用いられている含硫黄有機シランは、いずれも、本件ポリスルファン混合物に相当するものとは認めらない。
したがって、本件ポリスルファン混合物、すなわち、「一般式(RO)_(3)Si(CH_(2))_(X)S─S_(Z)─S(CH_(2))_(X)Si(OR)_(3) (I)〔式中、Rは線状又は分枝鎖状の、1?8個のC原子を有するアルキルを意味し、xは1?8の整数を意味し、zは0?6を意味し、この場合、zが2?6の整数を意味するようなポリスルファンの割合は混合物中の20重量%の割合を超えず、z=1であるポリスルファンの割合は0を超え31.4重量%までであり、かつz=0であるようなポリスルファンの割合は57.7重量%以上であり、かつ80重量%に達しない〕のオルガノシランポリスルファンの混合物」を用いることを発明特定事項として備える本件訂正発明5は、甲第14号証、又は、甲第15号証に記載された発明と同一であるとは認められない。
よって、無効理由4は採用できない。

第7.むすび
以上のとおりであるから、請求人の主張及び提出した証拠方法によっては、本件訂正発明1?5の特許を無効とすることはできない。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人が負担とすべきものとする。

よって、結論のとおり審決する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
オルガノシランポリスルファン混合物及びこの混合物を含有するゴムコンパウンドの製造法
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
硫黄及び/又は硫黄供与体及び促進剤で加硫され、かつ天然又は合成ゴムの1つ又はそれ以上、淡色の酸化物(ケイ酸塩)充填剤を、場合によってはカーボンブラック並びに可塑剤、酸化防止剤及び活性化剤と一緒に含有するタイヤトレッド用のゴムコンパウンドを製造する方法において、ゴム成分、一般式(RO)_(3)Si(CH_(2))_(x)S-S_(z)-S(CH_(2))_(x)Si(OR)_(3)(I)〔式中、Rは線状又は分枝鎖状の、1?8個のC原子を有するアルキルを意味し、xは1?8の整数を意味し、zは0?6を意味し、この場合、zが2?6の整数を意味するようなポリスルファンの割合は混合物中の20重量%の割合を超えず、z=1であるポリスルファンの割合は0を超え31.4重量%までであり、かつz=0であるようなポリスルファンの割合は57.7重量%以上であり、かつ80重量%に達しない〕のオルガノシランポリスルファンの混合物、ケイ酸塩充填剤及び場合によっては存在するカーボンブラックを、場合によっては可塑剤、酸化防止剤及び活性化剤と一緒に、3?15分間で一段階又は多段階でニーダー中、場合によってはバンバリー密閉式混合機中で、160?200℃の温度で混練し、その後、バンバリー密閉式混合機又はロールミル中で、加硫助剤を60?120℃で添加し、配合をこの温度(60?120℃)で2?10分間連続させ、その後完成したゴムコンパウンドをシート又はストリップに圧延することを特徴とする、タイヤトレッド用のゴムコンパウンドの製造法。
【請求項2】
使用される淡色の酸化物充填剤が、ポリマー100部に対して10?200部の量の、天然の充填剤(クレー、ケイ酸含有白亜)、沈降ケイ酸又はケイ酸塩の少なくとも1つである、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記充填剤が1?700m^(2)/gのBET表面積(ISO 5794/1D)及び150?300ml/100gのDBP値(ASTM D 2414)を有する請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
一般式(I)のオルガノシランポリスルファン混合物と混合されている及び/又はこの混合物で前処理されている酸化物充填剤を使用し、この場合、一般式(I)の使用される混合物の量は充填剤100部当たり0.5?30部に達する、請求項1から3までのいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
タイヤトレッド用のコンパウンドにおいて、タイヤトレッド用のコンパウンドが、ゴム成分、及び、充填剤100部に対して、一般式(RO)_(3)Si(CH_(2))_(x)S-S_(z)-S(CH_(2))_(x)Si(OR)_(3)(I)〔式中、Rは線状又は分枝鎖状の、1?8個のC原子を有するアルキルを意味し、xは1?8の整数を意味し、zは0?6を意味し、この場合、zが2?6の整数を意味するようなポリスルファンの割合は混合物中の20重量%の割合を超えず、z=1であるポリスルファンの割合は0を超え31.4重量%までであり、かつz=0であるようなポリスルファンの割合は57.7重量%以上であり、かつ80重量%に達しない〕のオルガノシランポリスルファンの混合物4?10部を含有し、未加硫の状態で160?200℃の温度で混練されることを特徴とするタイヤトレッド用のコンパウンド。
【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、高い割合のジスルファンを有するオルガノシランポリスルファン混合物及びこの混合物を含有するゴムコンパウンドを製造する方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
環境への認識が増大することにより、今日、燃料消費の節約及び汚染物質の排出削減は、より重要な優先事項[1、2]になっている。タイヤ製造に挑戦することは、卓越した濡れスキッド耐性かつ良好な耐摩耗性を備えた非常に低いころがり抵抗によって区別されるタイヤを開発することである。
【0003】
タイヤのころがり抵抗、ひいては燃料消費を減少させることに関連して数多くの刊行物や特許明細書において提案がなされている。言及されることができる提案は、コンパウンド中のカーボンブラックを減らすこと及び特殊なカーボンブラックを使用することを包含する(米国特許第4866131号明細書及び同第4894420号明細書)。しかしながら、この提案された説明には、望ましい低いころがり抵抗と他の重要なタイヤの特性、例えば濡れスキッド耐性及び耐摩耗性との間で満足な均衡を生じさせるものが何もない。
【0004】
主としてゴムコンパウンド中のカーボンブラックをケイ酸に置換する場合には、オルガノシラン ビス(トリエトキシシリルプロピル)テトラスルファン(TESPT)との組合せ物中に高度に活性のケイ酸充填剤を使用することだけで、同時に他方の2つの前記で述べられたタイヤの特性[3、4、5、6]保持し又は改良しながら、標準のタイヤと比較して実質的に減少されたころがり抵抗を有するタイヤを製造することができる進歩した方法が示されている。
【0005】
ニューヨークにおける1986年のACSの会議で、S.Wolff[7]は、エマルジョンスチレン/ブタジエンゴム(E-SBR)を基礎とした旅客輸送のタイヤトレッド及び天然ゴムを基礎とした貨物輸送のタイヤトレッドの双方においてTESPTとの組合せ物でケイ酸を使用することによって、主として濡れスキッド耐性を保持しながら、カーボンブラックで充填された標準的なコンパウンドと比較してころがり抵抗を減少させることが明らかに可能であることを呈示している論文を発表した。
【0006】
更にこの系は、溶液重合法(欧州特許出願公開第0447066号明細書)を使用し、場合によっては他のポリマー、特にポリブタジエンを配合され並びに付加的に新規等級のケイ酸(米国特許第5227425号明細書)を使用することにより製造された特殊なスチレン/ブタジエンポリマー及び当該明細書(欧州特許出願公開第0620250号明細書)の記載通りに特に形成され、場合によっては3?4つの異なる出発ポリマー[8、9]を有するポリマーブレンドを使用することによって全部で3つの特性に関連して最適化された。
【0007】
全ての刊行物及び特許明細書には、濡れスキッド耐性及び耐摩耗性を保持し又は改善しながら、より低いころがり抵抗を達成するために、普通、大きな割合又は全体の含有量の使用されるカーボンブラック充填剤を高度に活性のケイ酸[7、9]で置換することが必要であることが述べられている。しかしながら、この置換は、オルガノシラン ビス(トリエトキシシリルプロピル)テトラスルファン(TESTP)がケイ酸とポリマーとの間の“カップリング”剤として使用される場合のみに、望ましい目的物を生じる。
【0008】
更に、ゴムコンパウンド中のオルガノシランを利用することによって達成されることができる性質が2つの独立した反応に依存することは公知である[10、11]。最初に、コンパウンドの製造中に、有利に最初の配合段階中に、アルコールの排除(疎水化反応又は変性反応)を伴って高められた温度でケイ酸のシラノール基とシランのトリアルコキシシリル基との間に反応が起こる。完全な反応は、その後の性質にとって決定的に重要なものである。全ての化学反応と同じように、短い配合時間を望むゴム配合技術者が、できるだけ最高の配合温度を使用したくなるような程度にこの反応は高められた温度[12]でより迅速に進行する。しかしながら、このように高い配合温度の使用は、TESPTの第二のいわゆるゴム反応性基が、平均してより長いスルファン鎖(S_(5)?S_(8))[11]の重要な割合を有するテトラスルファン基である基からなるという事実によって制限されている。
【0009】
このゴム反応性基は、一般に、いわゆる充填剤/ゴム結合を引き起こすと考えられ、この基は完成された製品(例えばタイヤ)の技術的なゴムの性質を決定する。加硫の間に望まれるこの反応は、テトラスルファン基及び高級のスルファン単位の熱的不安定性によって影響を受ける。しかしながら、実地の経験によれば、反応が未加硫のコンパウンドの製造中に起こる場合、この反応は深刻な問題の原因となることを示しており、この場合には、充填剤とシランとの反応のみが通常起こる。
【0010】
硫黄は、長鎖のスルファン単位から排除される場合、この硫黄はポリマー鎖に組入れられる。その後にこのことにより、“スコーチ”がもたらされ、こうしてシートにされたコンパウンドが硬化され、まさに未加硫のコンパウンドは処理不可能にされうる。スコーチは、コンパウンドの粘度を測定することによって測定することができる。
【0011】
先行の刊行物ではない欧州特許出願公開第0732362号明細書には、ゴムコンパウンド中のオルガノシランジスルフィドの使用が記載されている。
【0012】
しかしながら、この硫黄化合物は、非常に純粋でなければならないか、又はジスルフィド含有量を少なくとも80%有していなくてはならない。
【0013】
【発明が解決しようとする課題】
本発明の課題は、加硫に必要な硫黄及び促進剤をまだ含有していない未加硫のゴムコンパウンド、即ち加硫可能なゴムコンパウンドの製造中に起こりうる高められた温度でのスコーチを引き起さないオルガノシランポリスルファンの混合物を提供することである。
【0014】
【課題を解決するための手段】
本発明は、この課題を解決するポリスルファンの混合物を提供する。
【0015】
この混合物は、一般式
(RO)_(3)Si(CH_(2))_(x)S-S_(z)-S(CH_(2))_(x)Si(OR_(3)) (I)
〔式中
Rは 線状又は分枝鎖状の1?8個のC原子、特に1?3個のC原子を有するアルキルを意味し、
xは 1?8の整数を意味し、
zは 0?6を意味し、
この場合、z=0及びz=1であるようなオルガノシランポリスルファンの割合の合計は80(重量)%以上の量になり、その際z=0であるような化合物の割合は80%未満のままであり、かつ2?6の整数を意味するようなオルガノシランポリスルファンの割合は混合物中で20%の割合を超えない〕のオルガノシランポリスルファンの混合物を含有する。
【0016】
後者は、20(重量)%以下の含有量として述べられ、かつ生命にとって重要な特性を決定する特徴である。z=7又は8であるポリスルファン画分は、一般に本発明による混合物中には見出されない。例外的に、この画分は1%未満の含有量で、例えば不純物として存在し、これは本発明による混合物の使用に何らの影響も及ぼさない。
【0017】
成分の合計は、もちろん、必要に応じz=7;8であるような化合物を考慮に入れて、常に100%でなくてはならない。
【0018】
特に、適当な混合物は、オルガノシランポリスルファンの割合が次の値:
z=0 約58ないし80重量%未満
z=1 0を超え約32重量%まで、この場合z=0であるポリスルファンとz=1であるポリスルファンの合計は80重量%以上であり、及び
z=2?6 20重量%以下、特に約11重量%未満の値を取るものである。
【0019】
【発明の実施の形態】
本発明による混合物は、特にタイヤのための加硫可能なゴムコンパウンドの製造に使用される。このコンパウンドに使用されるポリマーは、油展か否かで、溶液重合法又は乳化法を使用して製造された個々のポリマー又は他のゴムと配合されたポリマー、例えば天然ゴム、ブタジエンゴム、イソプレンゴム、ブタジエン/スチレンゴム、しかし特にSBRとしての天然又は合成エラストマーである。混合物の用語は、一方ではx=0であるような式(I)の純粋なポリスルファン及びx≠0である請求項1に記載されたような他のポリスルファンからコンパウンドを製造することが可能であることを意味するものとみなされる。
【0020】
しかしながら、他方、適当な製造方法によって、直接的に又は他のポリスルファンを添加することによる本発明の混合物を得ることが可能である。
【0021】
本発明による混合物は、主として、例えば欧州特許出願公開第0447066号明細書及び同第0620250号明細書に記載されているような高いケイ酸含量を有するタイヤトレッド用のコンパウンドに使用される。
【0022】
本発明による混合物を使用して製造されたゴムコンパウンドは、一般に硫黄及び/又は硫黄供与体及び促進剤(加硫助剤)で加硫され、この場合、硫黄の量は一般に0.1?4phr.である。
【0023】
実際に常用のポリマー及び添加剤、例えば活性化剤、酸化防止剤、加工助剤に加えて、ゴムコンパウンドは、場合によってはカーボンブラック及び天然の、淡色の充填剤、しかしいずれの場合もポリマー100部に対して10?200部、特に25?80部の量の高い活性のケイ酸充填剤を含有する。この充填剤は、1?700m^(2)/g、特に100?250m^(2)/gのBET表面積かつ150?300ml/100gのDBP値を有することに特徴付けられている。
【0024】
適当な代表例は、粉末だけではなく、ダストの少ない形、例えばペレット及びマイクロビーズでもある。本明細書中、本発明による混合物の量は、充填剤100部に対して0.5?30部である。好ましい適用、例えば100?250m^(2)/gのケイ酸が一般に使用される高いケイ酸含量を有するタイヤトレッド用のコンパウンドにおいて、本発明による混合物は充填剤100部に対して4?10部の量で使用される。
【0025】
本発明による混合物は、原位置でコンパウンド中へ導入されることができるか、又は改善された代表例の場合には、先にカーボンブラックと混合されることができる。例えば、ドイツ連邦共和国特許第19609619.7号明細書に記載されているような、充填剤として使用されるケイ酸の予備変性もまた可能である。
【0026】
特に注意することは、オルガノシランとの組合せ物で高度にケイ酸が充填されたコンパウンドの製造のための方法に注意を払わなくてはならないことである。適当な方法は、欧州特許出願公開第0447066号明細書に記載されているが、しかしながら、この場合には、TESPTの使用のために上記で言及されたスコーチが開始しないように温度が配合中に160℃を超えないことがこの方法において必要である。しかしながら、本発明によるコンパウンドを使用する場合、160?200℃、特に175?190℃の温度は、この破裂効果を起こさせることなく可能である。こうして配合業者は、より高い温度を選択することができるので、ケイ酸とシランとの反応を促進させ、即ち配合時間及び/又は配合段階の数を減少させることができる。
【0027】
配合条件はこうして広く自由に選択可能である。本発明による混合物は、実際に任意のゴム製品にも使用されることができる。この混合物は特に高度にケイ酸が充填されたコンパウンド(ゴム100部に対してSiO_(2)40部未満を含有している)、特に、シランの高められた量が必要とされる性質の達成のために一般的に使用されなくてはならないようなタイヤトレッド用のコンパウンドの使用に適当である。
【0028】
前記のゴムコンパウンドは、その製造方法と同じように、本発明によって提供される。
【0029】
硫黄及び/又は硫黄供与体及び促進剤及び天然又は合成ゴムの1つ又はそれ以上、淡色の酸化物(ケイ酸塩)充填剤、場合によってはカーボンブラック及び更に通常の成分と一緒に加硫されるゴムコンパウンドの製造方法は、ゴム成分、請求項1、2又は3に記載の混合物、ケイ酸塩充填剤及び場合によっては存在するカーボンブラックを、場合によっては可塑剤、酸化防止剤及び活性化剤と一緒に3?15分間、場合によっては一段階又は多段階でニーダー中、場合によってはバンバリー(Banbury)密閉式混合機の中で、160?200℃、特に175?190℃の温度で混練し、その後、バンバリー密閉式混合機又はロールミル中で、加硫助剤を60?120℃、有利に80?110℃で添加し、配合を前記温度範囲で更に2?10分間連続させ、完成したゴムコンパウンドを、その後シート又はストリップに圧延することによって特徴付けられている。
【0030】
また、本発明は、こうしてオルガノシランポリスルファン混合物の使用、160?200℃、特に175?190℃の温度でさえ未加硫のコンパウンドの破裂スコーチのないかかる方法で選択されたスルファン鎖分布に関する。実際、このスコーチは、未加硫のシートの性質から評価されることができ、この場合この未加硫のシートは、スコーチが起きた場合にますます粗くかつ砕けやすくなり、かつロールミルの中でしばしば加工不可能になる。実験室において、スコーチは、コンパウンドの粘度を測定しかつ粘度計試験で未加硫の最少トルク値を測定することによって確認される。より低い温度(=より信頼できる加工挙動)で配合された配合物と比較して5を超える、特に10を超えるムーニー(Mooney)単位の粘度の任意の増加率に対する基準値は、コンパウンドのスコーチの指標として設定されることができる。
【0031】
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【0032】
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[7]S.Wolff:The influence of fillers on rolling resistance、American Chemical Society、the 129th meeting of the Rubber Divisionで発表、1986年、4月8?11日、New York。
【0038】
[8]G.W.Marwede、U.G.Eisele、A.J.M.Sumner:the ACS Meeting of the Rubber Divisionに論文を発表、1995年10月、Cleveland、Ohio、USA。
【0039】
[9]U.LeMaitre:Tire rolling resistance、AFCEP/DKG Meeting、1993年、Mulhouse、France。
【0040】
[10]S.Wolff:The role of rubber-to-silica bonds in reinforcement、the First Franco-German Rubber Symposiumで発表、1985年、11月14?16日、Obernai、France。
【0041】
[11]S.Wolff:Silanes in the tire compounding after ten years-review、Third Annual Meeting & Conference on Tire Science & Technology、The Tire Society、1984年、3月28?29日、Akron、Ohio、USA。
【0042】
[12]U.Goerl、A.Hunsche:Advanced investigations into the silica/silane reaction system、Rubber Division、ACS Meetingで発表、1996年10月、Louisville、Kentucky、USA。
【0043】
[13]Houben-Weyl:Production of disulphides、Methoden der organischen Chemie、1955。
【0044】
【実施例】
例における試験標準:
300%モジュラス MPa DIN53504
ショアーA硬度-DIN53505
DIN摩耗 mm^(3) DIN53516
MTS DIN53513
ムーニー(Mooney)粘度 DIN53523/53524
次の化学薬品は、実施例に使用される:
Si 69 ビス(トリエトキシシリルプロピル)テトラスルファン(デグッサ社(Degussa AG))。
【0045】
ブナ(Buna)VSL 5025 HM 溶液重合法を使用して製造されたスチレン/ブタジエンゴム(バイヤー社(Bayer AG))。
【0046】
ブナ(Buna)CB 11s ポリブタジエンゴム(バイヤー社)。
【0047】
ナフトレン(Naftolen)ZD 芳香族性可塑剤(ケメタル(Chemetal))。
【0048】
バルカノクス(Vulkanox)4020 フェニレンジアミンを基礎とした変色酸化防止剤(バイヤー社)(6PPD)。
【0049】
プロテクター(Protector G 35)オゾン保護ワックス(フラー(Fuller))。
【0050】
バルカシト(Vulkacit)D ジフェニルグアニジン(バイヤー社)。
【0051】
バルカシト(Vulkacit)CZ ベンゾチアジル-2-シクロヘキシルスルフェンアミド(バイヤー社)。
【0052】
ウルトラシル(Ultrasil)VN 3 GR 175m^(2)/gのBET表面積を有する沈降ケイ酸(デグッサ社)。
【0053】
Si 266 ビス(トリエトキシシリルプロピル)ジスルファン。
【0054】
改質Si 266 例3において:スルファン鎖分布:S_(2) 57.7%;S_(3) 31.4%;S_(4) 8.4%;S_(5) 2.3%;S_(6) 0.2%。
【0055】
例1:多様なオルガノシランポリスルファン混合物のスルファン鎖分布の測定
【0056】
【表1】

【0057】
例2:180℃における粘度計曲線を使用するスコーチの測定
例1からの全ての混合物を、段階1及び2、即ち加硫系の使用せずにコンパウンド配合物を使用して約140℃で例3のゴムコンパウンドへ配合した。その後この未加硫のコンパウンドの最少のトルク値を、180℃で粘度計で測定した。トルク値の増加は、スコーチ挙動の指標であると考えられることができる(図1参照)。
【0058】
例3:旅客輸送のタイヤトレッド用のコンパウンドにおける未加硫のコンパウンドのデータと、Si 69とジスルファン混合物との間の粘度計のデータとの比較
【0059】
【表2】

【0060】
配合規定
【0061】
【表3】

【0062】
【表4】

【0063】
【表5】

【0064】
配合規定
【0065】
【表6】

【0066】
【表7】

【0067】
【表8】

【0068】
配合規定
【0069】
【表9】

【0070】
【表10】

【0071】
【表11】

【0072】
【表12】

【0073】
スコーチのいずれも危険のない改質Si 266で可能な180℃の高い押出温度のために、この方法で得られた加硫ゴムのデータは、140℃の押出温度でのSi 69と比較することができる。
【0074】
改質Si 266は、0℃で特に良好なtanδの値によって特徴付けられ、このことは改良されたタイヤの濡れスキッド特性となる。
【図面の簡単な説明】
【図1】Si 266とSi 69との混合物においてSi 69の組成を増加させた場合の粘度計で測定された180℃における最少トルク値[Nm]を示す線図。
【図2】全ての配合温度スコーチ挙動が明らかに改善されている、改質Si 266の165℃での粘度計のデータを示す線図。
【図3】明らかに、改質Si 266と、Si 69との比較により好ましい加硫時間を示す線図。
【図4】高い配合温度でさえ、改質Si 266は、スコーチを示さず、かつ明らかにより良好な製造挙動を有する未加硫のコンパウンドのデータの線図。
【図5】改質Si 266が明らかな利点を有する、注入速度を示す線図。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
審理終結日 2009-08-14 
結審通知日 2011-02-24 
審決日 2009-09-14 
出願番号 特願平9-193890
審決分類 P 1 113・ 121- YA (C08L)
P 1 113・ 536- YA (C08L)
P 1 113・ 537- YA (C08L)
P 1 113・ 161- YA (C08L)
P 1 113・ 113- YA (C08L)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 宮本 純  
特許庁審判長 小林 均
特許庁審判官 藤本 保
小野寺 務
登録日 2008-03-14 
登録番号 特許第4095695号(P4095695)
発明の名称 オルガノシランポリスルファン混合物及びこの混合物を含有するゴムコンパウンドの製造法  
復代理人 篠 良一  
代理人 山崎 利臣  
復代理人 宮城 康史  
代理人 アインゼル・フェリックス=ラインハルト  
代理人 アインゼル・フェリックス=ラインハルト  
代理人 小島 隆司  
復代理人 宮城 康史  
代理人 矢野 敏雄  
代理人 杉本 博司  
復代理人 篠 良一  
代理人 石川 武史  
代理人 矢野 敏雄  
代理人 山崎 利臣  
代理人 小林 克成  
代理人 杉本 博司  
代理人 重松 沙織  

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