• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

この審決には、下記の判例・審決が関連していると思われます。
審判番号(事件番号) データベース 権利
不服20092802 審決 特許
不服200625545 審決 特許
不服200820585 審決 特許
不服200822883 審決 特許
不服200421574 審決 特許

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない。 A61K
審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない。 A61K
管理番号 1244329
審判番号 不服2007-30533  
総通号数 143 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2011-11-25 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2007-11-12 
確定日 2011-09-27 
事件の表示 特願2006-210418「高選択的ノルエピネフリン再取込みインヒビターおよびその使用方法」拒絶査定不服審判事件〔平成18年11月30日出願公開、特開2006-321815〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯

本願は、平成12年6月22日(パリ条約による優先権主張 1999年7月1日,米国)を国際出願日とする出願である特願2001-507467号の一部を平成18年8月2日に新たな特許出願としたものであって、平成18年10月10日付けで拒絶理由が通知され、平成19年4月23日に意見書が提出され、同年8月7日付けで拒絶査定がなされたところ、同年11月12日に拒絶査定不服審判が請求されたものである。


2.本願発明

本願の請求項1?5に係る発明は、願書に添付した明細書の特許請求の範囲の請求項1?5に記載された事項により特定されるとおりのものと認められるところ、そのうち請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、次のとおりのものである。
「【請求項1】
ノルエピネフリン再取込みの選択的阻害は望まれるが、セロトニン再取込みの阻害は望まれない末梢性神経障害の治療または予防のための医薬組成物であって、該組成物は存在する(S,S)および(R,R)レボキセチンの総重量に基づき、少なくとも90重量%の場合により医薬上許容される塩の形態の(S,S)-レボキセチン、および10重量%未満の場合により医薬上許容される塩の形態の(R,R)-レボキセチンを含むことを特徴とする上記医薬組成物。」


3.原査定の拒絶の理由

原査定の拒絶の理由の概要は、次のとおりである。

(理由A)「本願明細書には、「身体醜形障害」、「肥満」、「月経前不快症候群」等の各種疾患と共に「末梢性神経障害」が列挙されているのみで、実際に「末梢性神経障害」の患者に(S,S)レボキセチンを投与した薬理試験データ等は何ら開示がされていない。さらに、本願明細書には、ノルエピネフリン再取り込み阻害作用と末梢神経障害治療作用との関係を理論的に説明しうる記載もない。」、また、「本願出願時において、レボキセチンや他のノルエピネフリン再取り込み阻害剤が「末梢性神経障害」の治療に有用であることが当業者に明らかであったとは認められない」から、「セロトニン/ノルエピネフリン再取り込み阻害選択性のみを開示した本願明細書の発明の詳細な説明は、当業者が本願請求項1-5に係る「末梢性神経障害の治療または予防のための医薬組成物」を実施することができる程度に明確かつ十分に記載がなされていない。」として、本願の発明の詳細な説明の記載が、特許法第36条第4項(平成14年法律第24号附則第2条第1項の規定により、なお従前の例によるとされる特許法第36条第4項の意。以下、単に「特許法第36条第4項」という。)に規定する要件を満たしていない。(原査定の理由(A)。以下、(理由A)という。)

(理由B)上記(理由A)と「同様の理由により、本願請求項1-5に係る発明は、発明の詳細な説明において発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えていると認められるから、発明の詳細な説明に実質的に記載されたものとはいえない。」として、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。(原査定の理由(B)。以下、(理由B)という。)


4.理由A(特許法第36条第4項)について

(4-1)特許法第36条第4項に規定する要件と医薬発明の記載要件について

特許法第36条第4項は、「発明の詳細な説明は、経済産業省令で定めるところにより、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に、記載しなければならない。」と規定し、その経済産業省令に当たる特許法施行規則24条の2は、明細書に「発明が解決しようとする課題及びその解決手段その他のその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が発明の技術上の意義を理解するために必要な事項」を記載すべきことを規定する。
つまり、特許法には、発明の詳細な説明には、「発明が解決しようとする課題及びその解決手段その他のその発明の属する技術分野の分野における通常の知識を有する者が発明の技術上の意義を理解するために必要な事項を記載することにより」、「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に、記載しなければならない。」ことが規定されている。
したがって、明細書及び図面に記載された発明の実施についての教示と出願時の技術常識とに基づいて、当業者が発明を実施しようとした場合に、どのように実施するかが理解できないとき(例えば、どのように実施するかを発見するために、当業者に期待しうる程度を超える試行錯誤や複雑高度な実験等を行う必要があるとき)のみならず、明細書及び図面の記載に基づいて、当業者が発明の技術上の意義を理解することができないときもまた、発明の詳細な説明の記載は、特許法第36条第4項に規定する要件を満たさないということになる。

本願発明は、有効成分の「存在する(S,S)および(R,R)レボキセチンの総重量に基づき、少なくとも90重量%の場合により医薬上許容される塩の形態の(S,S)-レボキセチン、および10重量%未満の場合により医薬上許容される塩の形態の(R,R)-レボキセチンを含む組成物」(以下、「(S,S)-レボキセチン」という。)を、「ノルエピネフリン再取込みの選択的阻害は望まれるが、セロトニン再取込みの阻害は望まれない末梢性神経障害」(以下、「末梢性神経障害」という。)の治療または予防のための医薬組成物とする、医薬についての用途発明(「以下、「医薬発明」という。)である。

医薬発明は、ある物の未知の属性の発見に基づき、当該物の新たな医薬用途を提供しようとする「物の発明」である。そして、本願発明は、(S,S)-レボキセチンのノルエピネフリン再取込みの選択的阻害という性質の発見に基づき、該化合物を含む末梢神経障害の治療または予防のための医薬組成物という医薬用途を提供しようとする発明である。
ここで、医薬発明における、当業者が「発明の技術上の意義を理解するために必要な事項」とは、その発明が、医薬としての有用性があることの確認に他ならず、医薬発明の場合には、その有効成分である化合物が、実際にその医薬用途において有用であることが確認できなければ、新たな医薬を提供しようという「課題」が解決できることが理解できないから、その発明において、有用な発明が提供されたという技術的な意義を理解することができないことになる。
そして、発明の詳細な説明に有効量、投与方法、製剤化方法が記載されていても、明細書の記載から医薬としての有用性が確認できない場合には、当該化合物等が実際に医薬用途に使用し得るかどうかについて、当業者が予測することは困難であって、当業者が当該発明を実施できる程度に記載されているとはいえない。

以下、上記のような事情を踏まえて本願明細書の記載を検討する。

(4-2)有効成分の薬理活性に関する本願明細書の記載

本願発明に関し、本願明細書には、以下の記載がある。

(a)「【0001】
本発明は、ノルエピネフリンの再取込みの阻害が利益を与える様々な状態に罹っている個人を治療する方法に関する。特に、本発明は(S,S)レボキセチンのごとき化合物を個人に投与することを特徴とする治療方法であって、ここに、該化合物は、セロトニン再取込み部位と比較して、ノルエピネフリン再取込み部位に対して高い薬理学的選択性を有する。」(段落【0001】)

(b)「【0004】
レボキセチン(すなわち、2-[(2-エトキシフェノキシ)(フェニル)メチル]モルホリン)は、例えば、ノルエピネフリンの再取込みを防止することによって、生理学的に活性なノルエピネフリンの濃度を上昇させる。レボキセチンはノルエピネフリン再取込み阻害剤であり、うつ病の短期(すなわち、8週間未満)および長期治療に有効であることが示されている。・・・」(段落【0004】)

(c)「【0005】
抗うつ剤薬物は、時々、「世代」に分けられる。第1世代は、(イソカルボキサジドおよびフェニルヒドラジンのごとき)モノアミンオキシダーゼ阻害剤および(イミプラミンのごとき)三環式剤を含んでいた。抗うつ剤薬物の第2世代は、ミアンセリンおよびトラゾドンのごとき化合物を含んでいた。第3世代は選択的再取込み阻害剤と呼ばれる薬物を含んでいる(例えば、フルオキセチン、セルトラリン、パロキセチンおよびレボキセチン)。これらの薬物はうつ病に関わっていると思われる3つの主要なモノアミン系(すなわち、5-HT(セロトニン)、ノルアドレナリン(ノルエピネフリン)およびドーパミン)のうちたった一つへの比較的選択的な作用により特徴付けられた。・・・レボキセチンの抗うつ効力はマウスにおけるレスペリン誘発眼瞼痙攣および低体温症、β-アドレナリン受容体のダウンレギュレーション、およびノルアドレナリン-結合アデニル化シクラーゼの不感化を防止するその能力により証拠付けられる。・・・
【0006】
レボキセチンも選択的ノルエピネフリン再取込み阻害剤であり、それも、典型的な三環式抗うつ剤の投与に関連する副作用をより少ししか生じない。・・・」(段落【0005】?【0006】)

(d)「【0015】
現在、レボキセチンは、1:1比の鏡像異性体(R,R)および(S,S)のラセミ混合物としてのみ商業的に入手可能であり、一般名称「レボキセチン」への本明細書の言及は、この鏡像異性体もしくはラセミ混合物をいう。・・・」(段落【0015】)

(e)「【0019】
発明の概要
概略的に、本発明は、ノルエピネフリンの再取込みの阻害が利益を与え、より詳しくは、ノルエピネフリンの選択的、特異的、および強力な阻害が利益を与える様々なヒト状態を治療するかまたは予防するための組成物および方法に向けられる。より特別には、本発明は、レボキセチンまたはその光学的に純粋な(S,S)立体異性体をヒトに投与することを特徴とするそのような状態の有用な治療または予防に向けられる。
したがって、本発明の一つの具体例は、ノルエピネフリンの再取込みを選択的に阻害する方法に向けられ、該方法は、治療上有効量の組成物を個人に投与する工程を含み、該組成物は、少なくとも約5000、好ましくは少なくとも約10,000、および、より好ましくは少なくとも約12,000のセロトニン(Ki)/ノルエピネフリン(Ki)の薬理学的選択性を有する化合物を含む。
【0020】
本発明のもう一つの具体例は、ノルエピネフリンの再取込みの阻害が利益を与える、状態に罹患したヒトを治療するか、または該状態を予防する方法に向けられ、該方法は、少なくとも約5000、好ましくは少なくとも約10,000、および、より好ましくは少なくとも約12,000のセロトニン(Ki)/ノルエピネフリン(Ki)の薬理学的選択性を有する化合物を含む治療上有効量の組成物を投与する工程を含む。
【0021】
本発明のもう一つの具体例は、少なくとも約5000、好ましくは少なくとも約10,000、および、より好ましくは少なくとも約12,000のセロトニン(Ki)/ノルエピネフリン(Ki)の薬理学的選択性を有する化合物を含む組成物から医薬を調製して、(アルコール、ニコチン、および他の精神作用物質によるものを含む)中毒障害および引きこもり症候群、(抑うつ気分、不安、不安と抑うつ気分との混合、行為の混乱、行為と気分との混合した混乱)を含む適応障害、(アルツハイマー病を含む)加齢に関連する学習および精神障害、神経性食欲不振、感情鈍麻、全般的な医学的状態による注意欠陥(もしくは他の認識)障害、注意欠陥多動障害(ADHD)、双極性障害、神経性過食症、慢性疲労症候群、慢性もしくは急性ストレス、慢性疼痛、行為障害、気分循環性障害、(青年期うつ病および年少者うつ病を含む)うつ病、気分変調障害、(身体化障害、転換性障害、疼痛障害、心気症、身体醜形障害、分類不能の身体性表現性障害、および特定不能の身体性表現性障害NOSを含む)線維筋痛症および他の身体性表現性障害、全身性不安障害(GAD)、失禁(すなわち、緊張性失禁、真性緊張性失禁、および混合失禁)、吸入障害、中毒障害(すなわち、アルコール中毒)、そう病、偏頭痛、肥満(すなわち、肥満もしくは太りすぎの患者の体重を低減する)、強迫性障害および関連する広範囲な障害、反抗挑戦性障害、恐慌性障害、末梢性神経障害、心的外傷後ストレス障害、月経前不快症候群(すなわち、月経前症候群および後期黄体期不快障害)、(精神分裂病、情動分裂型および精神分裂病型障害を含む)精神病性障害、季節性情動障害、(ナルコレプシーおよび夜尿症のごとき)睡眠障害、(社会不安障害を含む)社会恐怖、特異的発育障害、選択的セロトニン再取込み阻害(SSRI)「プープアウト(poop out)」症候群(すなわち、SSRI療法に対する満足反応を満足反応の初期後に維持することができない患者における)、およびTIC障害(例えば、トレッツ病)よりなる群から選択される少なくとも1の神経系障害を治療または予防することに向けられる。
【0022】
本発明のもう一つの具体例は、上記神経系障害の少なくとも1を治療するか、または予防するための医薬の製造における、少なくとも約5000、好ましくは少なくとも約10,000、および、より好ましくは少なくとも約12,000のセロトニン(Ki)/ノルエピネフリン(Ki)の薬理学的選択性を有する化合物を含む組成物の使用に向けられる。
【0023】
少なくとも約5000のセロトニン(Ki)/ノルエピネフリン(Ki)の薬理学的選択性を有する化合物の例は、実質的にその(R,R)立体異性体を含まない光学的に純粋な(S,S)レボキセチンである。光学的に純粋な(S,S)レボキセチンで治療された個人は(R,R)および(S,S)レボキセチンのラセミ混合物の投与に関連するある種の不都合な副作用を経験しない。したがって、本発明は、光学的に純粋な(S,S)レボキセチンをヒトに投与してノルエピネフリン再取込みを選択的に阻害し、それによって、レボキセチンのラセミ混合物の投与により生じる不都合な副作用を制御し、低減し、または除外することを特徴とする。」(段落【0019】?【0023】,なお、段落【0021】の下線は、当審において付したものである。)

(f)「【0024】
より詳しくは、本発明のもう一つの具体例は、ノルエピネフリンの再取込みの阻害が利益を与えるヒト状態を治療または予防する方法に向けられる。該方法は、治療量、典型的には約0.5ないし約10mg/日の光学的に純粋な(S,S)レボキセチンまたは医薬上許容されるその塩を投与する工程を含む。光学的に純粋な(S,S)レボキセチンは実質的に(R,R)レボキセチンを含まない。」(段落【0024】)

(g)「【0028】
好ましい具体例の詳細な説明
レボキセチンは中枢神経系に活性な既知化合物であり、抗うつ剤として用いられてきている。今まで、レボキセチンの使用はうつ病、反抗挑戦性障害、注意欠陥/多動障害、および行為傷害の治療に限られていた。これら提案された治療は、国際公開WO99/15163、WO95/15176、およびWO99/15177に開示されている。これらの治療方法は、(S,S)および(R,R)レボキセチン立体異性体のラセミ混合物の投与に限定されていた。」(段落【0028】)

(h)「【0040】
本発明の方法および組成物は、ノルエピネフリンの再取込みの阻害が利益を与えるヒト状態を治療するのに有用である、該方法は、充分量の本発明の組成物を投与して、および、好ましくは経口投与して、総用量が約0.1ないし約10mg/日の該選択的化合物を個人に供給するステップを含む。
より詳しくは、本発明の組成物の投与は、限定されないが、(アルコール、ニコチン、および他の精神作用物質によるものを含む)中毒障害および引きこもり症候群、(抑うつ気分、不安、不安と抑うつ気分との混合、行為の混乱、行為と気分との混合した混乱)を含む)適応障害、(アルツハイマー病を含む)加齢に関連する学習および精神障害、神経性食欲不振、感情鈍麻、全般的な医学的状態による注意欠陥(もしくは他の認識)障害、注意欠陥多動障害(ADHD)、双極性障害、神経性過食症、慢性疲労症候群、慢性もしくは急性ストレス、慢性疼痛、行為障害、気分循環性障害、(青年期うつ病および年少者うつ病を含む)うつ病、気分変調障害、(身体化障害、転換性障害、疼痛障害、心気症、身体醜形障害、分類不能の身体性表現性障害、および特定不能の身体性表現性障害NOSを含む)線維筋痛症および他の身体性表現性障害、全身性不安障害(GAD)、失禁(すなわち、緊張性失禁、真性緊張性失禁、および混合失禁)、吸入障害、中毒障害(すなわち、アルコール中毒)、そう病、偏頭痛、肥満(すなわち、肥満もしくは太りすぎの患者の体重を低減する)、強迫性障害および関連する広範囲な障害、反抗挑戦性障害、恐慌性障害、末梢性神経障害、心的外傷後ストレス障害、月経前不快症候群(すなわち、月経前症候群および後期黄体期不快障害)、(精神分裂病、情動分裂型および精神分裂病型障害を含む)精神病性障害、季節性情動障害、(ナルコレプシーおよび夜尿症のごとき)睡眠障害、(社会不安障害を含む)社会恐怖、特異的発育障害、選択的セロトニン再取込み阻害(SSRI)「プープアウト(poop out)」症候群(すなわち、SSRI療法に対する満足反応を満足反応の初期後に維持することができない患者における)、およびTIC障害(例えば、トレッツ病)を含むさまざまなヒト状態を治療するのに有用である。」(段落【0040】,なお、段落【0040】の下線は、当審において付したものである。)

(i)「【0048】
高選択的ノルエピネフリン再取込み阻害剤を全く調剤せずに直接投与することは可能であるが、好ましくは、組成物は該選択的ノルエピネフリン再取込み阻害剤を含む調合医薬の形態で投与する。本発明の組成物は、錠剤、カプセル剤、丸剤、粉剤、または顆粒剤のごとき経口単位用量で投与し得る。本発明の組成物は、医薬分野で知られている形態を用いて、非経口(例えば、皮下、静脈内、または筋肉内)でも導入し得る。・・・
【0050】
一般に、本発明の組成物を投与する好ましい経路は、1回または2回の日投与での経口である。本発明の組成物で患者を治療するための投薬計画および量は、例えば、該患者のタイプ、年齢、体重、性別、および医学的状態、該状態の重篤度、該投与経路および用いる特定の化合物、ラセミ化合物もしくは純粋鏡像異性体のいずれか、を含む様々な因子に応じて選択される。・・・
【0051】
経口投与に適した医薬組成物は、カシェ剤、錠剤、カプセル剤、丸剤、またはエアロスプレイのごとき簡便な形態のいずれかであり得、それぞれ、粉剤もしくは顆粒剤として、または水性液体、非水性液体、水中油型乳剤、または油中水型液体乳剤中の溶液もしくは懸濁液のいずれかとして、所望量の有効成分を含有する。・・・
【0053】
望ましくは、該組成物の日用量(例えば、錠剤、カシェ剤またはカプセル剤)は約0.1ないし約10mgの光学的に純粋な(S,S)レボキセチンを含有し、実質的にその(R,R)立体異性体を含まない。・・・
【0054】
もうひとつの具体例において、該組成物(例えば、錠剤、カシェ剤、またはカプセル剤)の好ましい日用量は、約0.1ないし約0.9mgの光学的に純粋な(S,S)レボキセチンを含有し、実質的にその(R,R)立体異性体を含まない。・・・」(段落【0048】?【0054】)

(j)「【実施例】
【0065】
この実施例は、本発明による組成物の優れた薬理学的選択性および効力を論証する。より詳しくは、この実施例は(S,S)レボキセチンの優れた薬理学的選択性および効力を、その(R,R)立体異性体およびラセミレボキセチンと比較して論証する。
・・・
【0071】
【表1】

【0072】
データは(S,S)レボキセチンは、ノルエピネフリンの再取込みを阻害することにおいて、レボキセチンラセミ体よりも約5ないし8倍より効力があることを示す。さらに、ラセミレボキセチンは、セロトニン再取込み阻害に対してノルエピネフリン再取込み阻害に偏って81倍の選択性を有する。予期せぬことに、ノルエピネフリンおよびセロトニンの再取り込みを阻害することに関して、該(S,S)および(R,R)レボキセチン立体異性体の鏡像異性的選択性は全く異なる。該(S,S)鏡像異性体はセロトニンの再取り込みを阻害することにおいて非常に劣り(すなわち、高いKi)、したがって、該ノルエピネフリンの再取り込み部位について驚くべき程高い選択性を有する。特に、セロトニン対ノルエピネフリンの選択性は、(ラセミ体に対する)81から光学的に純粋な(S,S)レボキセチンに対する12,770まで増大する。したがって、治療用量の(S,S)レボキセチンの投与は、効果的にノルエピネフリンの再取込みを阻害するが、セロトニン再取込みは本質的に影響されない。同様に、ノルエピネフリン再取込み部位と他の受容体との作用の間での分離にさらなる増加がある。結果として、セロトニン再取込みの阻害および他の受容体にてのブロックに関連する不都合な副作用は明らかにされていない。
【0073】
驚くべきことに、この効果は(R,R)レボキセチンでは観察されないが、それどころか全くである。(R,R)レボキセチンは、ノルエピネフリン再取込みに関して、(S,S)レボキセチンよりも弱い阻害剤である。すなわち、(R,R)レボキセチンに対する親和性(Ki)は7nMであり、一方、(S,S)レボキセチンのKiは0.23nMである。さらに、(R,R)レボキセチンは、セロトニン再取込みを阻害することにおいて、(S,S)レボキセチンよりも非常に効果的である。すなわち、(R,R)レボキセチンのKiは104nMであり、一方、(S,S)レボキセチンのKiは2973nMである。したがって、(R,R)レボキセチンはノルエピネフリン再取込み阻害対セロトニン再取込み阻害について低い選択性を有する。
【0074】
ラセミレボキセチンおよび(R,R)レボキセチンの両方を超える(S,S)鏡像異性体の驚くべき程高い効力は、治療医にノルエピネフリン再取り込み阻害剤、すなわち(S,S)レボキセチンの有効用量を処方する能力を与え、それは、該ノルエピネフリン部位にて同一の再取込み阻害を達成するためのレボキセチン(ラセミ化合物)の現行の日用量の約10%ないし約20%である。さらに、光学的に純粋な(S,S)レボキセチンの驚くべき程高い阻害選択性は本質的にノルエピネフリン再取込みに対する阻害を制限し、それによって、セロトニン再取込み部位にての阻害および他の受容体にてのブロックに関連する不都合な副作用を低減する
・・・」(段落【0065】?【0075】)

(4-3)検討

本願明細書の発明の詳細な説明には、(S,S)-レボキセチンの医薬用途に関し、上記摘示事項(a),(b),(e)?(f),(h)として、(S,S)-レボキセチンは、ノルエピネフリン再取込み阻害作用を有し、ノルエピネフリンの再取込みの阻害が利益を与えるヒト状態を治療するのに有用であることが記載され、さらに、上記摘記事項(e),(h)には、末梢性神経障害などを治療するのに有用であることが記載されている。
また、上記摘記事項(f),(i)として、(S,S)-レボキセチンの投薬量、医薬製剤の剤型の例示、投与経路について記載され、上記摘記事項(j)には、実施例として、(S,S)レボキセチンは、ノルエピネフリンの再取込みを阻害することにおいて、(R,R)立体異性体およびラセミレボキセチンと比較して、優れた薬理学的選択性および効力を有することを示す試験結果が開示されている。

しかしながら、上記摘記事項(j)に記載される実施例は、(S,S)-レボキセチンが、ノルエピネフリンの再取込み阻害作用を有すること示す薬理試験結果であり、該化合物のノルエピネフリンの再取込みの阻害が利益を与えるヒト状態の治療のための医薬組成物としての有用性を確認したものであるとしても、(S,S)-レボキセチンが、上記摘記事項(e),(h)において、ノルエピネフリンの再取込みの阻害が利益を与えるヒト状態の一つとして例示される末梢性神経障害に対して実際に治療効果を有することを裏付けたものであるということはできない。
また、発明の詳細な説明には、上記摘記事項(e),(h)において、ノルエピネフリンの再取込みの阻害が利益を与えるヒト状態として、症状がそれぞれ大きく異なる多種多様な疾患とともに、末梢性神経障害が例示されているが、末梢神経障害にノルエピネフリンが関与していることや、ノルエピネフリンの再取込みの阻害する作用を有する化合物が、末梢性神経障害の治療に有効であることを理論的に説明した記載はなく、本願出願日の時点において、そのような技術常識が存在するものとも認められないことから、上記摘記事項(e),(h)の記載から、(S,S)-レボキセチンが末梢性神経障害に対する治療効果を有するものと認めることはできない。
さらに、本願明細書には、レボキセチンは、1:1比の鏡像異性体(R,R)および(S,S)のラセミ混合物としてのみ商業的に入手可能であり(上記摘記事項(d))、選択的ノルエピネフリン再取込み阻害剤であることが知られ、抗うつ剤として用いられている(上記摘記事項(c),(g))ことが記載され、今まで、レボキセチンの使用はうつ病、反抗挑戦性障害、注意欠陥/多動障害、および行為傷害の治療に限られていた(上記摘記事項(g))とも記載されているように、本願出願日当時において、ラセミ混合物の形態のレボキセチンが「末梢性神経障害」の治療に有用であることが当業者に明らかであったとは認められないし、それが本願出願日当時の技術常識であったとも認められない。
したがって、本願出願日当時の技術常識を考慮しても、本願明細書の発明の詳細な説明における、上記摘記事項(j)に記載される薬理試験結果は、(S,S)-レボキセチンが、末梢性神経障害の治療または予防のための医薬組成物として有用であることの裏付けとなるものとは認められないものであるから、本願発明の末梢性神経障害治療効果についての技術上の意義が理解できるように、発明の詳細な説明が記載されているとは到底いえないものであり、本願発明の詳細な説明の記載から、本願発明の有効成分である(S,S)-レボキセチンの、末梢性神経障害の治療または予防のための医薬組成物としての有用性が確認できない。

(4-4)小括

以上、本願明細書の発明の詳細な説明には、(S,S)-レボキセチンの末梢性神経障害の治療または予防のための医薬組成物としての医薬用途が形式的に述べられているのみであって、上記化合物が示す具体的な上記医薬用途における効果について何ら具体的な開示がないのであるから、本願明細書の発明の詳細な説明は、特許法第36条第4項に規定するように、当業者が本願発明を実施することができる程度に、明確かつ十分に記載されているとはいえない。


5.理由B(特許法第36条第6項第1号)について

(5-1)特許法第36条第6項第1号に規定する要件について

特許法第36条第6項第1号の規定によれば、特許請求の範囲の記載は、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであることとの要件に適合するものでなければならない。
特許制度は、発明を公開させることを前提に、当該発明に特許を付与して、一定期間その発明を業として独占的、排他的に実施することを保障し、もって、発明を奨励し、産業の発達に寄与することを趣旨とするものである。そして、ある発明について特許を受けようとする者が願書に添付すべき明細書は、本来、当該発明の技術内容を一般に開示するとともに、特許権として成立した後にその効力の及ぶ範囲(特許発明の技術的範囲)を明らかにするという役割を有するものであるから、特許請求の範囲に発明として記載して特許を受けるためには、明細書の発明の詳細な説明に、当該発明の課題が解決できることを当業者において認識できるように記載しなければならないというべきである。
そして、特許請求の範囲の記載が、特許法第36条第6項第1号に規定する要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。

(5-2)検討

以下、上記の観点に立って、本願の特許請求の範囲の請求項1の記載が、特許法第36条第6項第1号に規定する要件に適合するか否かについて検討する。
上記(4-2),(4-3)に記載した通り、本願明細書の発明の詳細な説明には、(S,S)-レボキセチンが、ノルエピネフリンの再取込み阻害作用を有することを示す薬理試験結果が記載されているものの、「(S,S)-レボキセチン」の「末梢性神経障害の治療または予防のための医薬組成物」としての医薬用途が単に形式的に述べられているのみであり、具体的な上記医薬用途における効果について何ら具体的な裏付けがなく、上記化合物が、実際に「末梢性神経障害の治療または予防のための医薬組成物」という医薬用途において有用であることが確認できないものであり、本願明細書の発明の詳細な説明は、本願発明の新たな医薬を提供しようという課題が解決できることを当業者において認識できるように記載されていないものである。
したがって、本願の特許請求の範囲の記載は、発明の詳細な説明において裏付けられた範囲を超えた発明が記載されているものというほかはなく、発明の詳細な説明に記載された発明を記載したものとはいえず、特許法第36条第6項第1号に規定する要件に適合しないものである。

(5-3)小括

以上、本願明細書の発明の詳細な説明には、(S,S)-レボキセチンの末梢性神経障害の治療または予防のための医薬組成物としての医薬用途が形式的に述べられているのみであって、上記化合物が示す具体的な上記医薬用途における効果について何ら具体的な開示がないのであるから、本願の特許請求の範囲の記載は、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであるとはいえない。


なお、請求人は、平成20年2月8日付けの審判請求書に対する手続補正書(方式)において、以下の点を主張している。
(i)本願明細書に「ノルエピネフリン再取り込みの阻害が利益を与える状態」の一具体例として「末梢性神経障害」が記載されることから、「末梢性神経障害」が、ノルエピネフリン再取り込み阻害により症状の改善等がもたらされる疾患であることは、本願明細書の記載から明らかであり、当業者であれば、(S,S)-レボキセチンが末梢性神経障害に対し高い治療効果を有する点は、本願明細書の(S,S)-レボキセチンのノルエピネフリン再取り込み阻害強度、ノルエピネフリン再取り込み阻害選択性を裏付ける薬理試験データと上記本願明細書の記載から理解することができる旨、またこれらの記載に加え、(S,S)-レボキセチンの製造方法、投与形態、前記薬物を含有する製剤の製造方法、投与量などの詳細な実施形態が記載されており、当業者であれば、本願明細書の記載から(S,S)-レボキセチンが、本願発明の医薬用途に使用できることは容易に理解することができる旨。
(ii)上記(i)の点は、平成19年4月23日付手続補足書にて提出した参考資料1(平成14年3月22日に、南イリノイ大学医学部助教授のArneric博士が宣誓供述し、米国特許商標庁にも提出したもの)、参考資料2(平成17年9月23日に、ファイザー株式会社の安全性およびリスク管理部長のRatcliffe博士が宣誓供述し、欧州特許庁にも提出したもの)によりさらに確認することができる旨。

そこで、以下これらの主張について付言する。
(i)の主張について
上記(4-2),(4-3)に記載した通り、本願明細書の発明の詳細な説明には、(S,S)-レボキセチンが、ノルエピネフリンの再取込み阻害作用を有することを示す薬理試験結果が記載されているものの、「(S,S)-レボキセチン」の「末梢性神経障害の治療または予防のための医薬組成物」としての医薬用途が単に形式的に述べられているのみであり、具体的な上記医薬用途における効果について何ら具体的な裏付けがなく、本願明細書の記載から、上記化合物が、実際に「末梢性神経障害の治療または予防のための医薬組成物」という医薬用途において有用であることが確認できないものである。
そして、発明の詳細な説明の化合物の製造方法、投与形態、前記薬物を含有する製剤の製造方法、投与量などの記載は、上記(4-1)に記載した通り、医薬用途における有用性を裏付けるものではない。
よって、本願明細書の記載から、当業者であっても、(S,S)-レボキセチンが本願発明の医薬用途に使用できることを理解することはできない。
(ii)の主張について
発明の詳細な説明に、当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる程度に具体例を開示せず、出願日の時点の当業者の技術常識を参酌しても、当業者が実施することができる程度に発明の詳細な説明が記載されていない場合、また、特許請求の範囲に記載された発明の範囲まで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえない場合において、特許出願後に実験デ-タを提出して発明の詳細な説明の記載内容を記載外で補足することによって、特許法第36条第4項に規定する要件に適合させること、また、その内容を特許請求の範囲に記載された発明の範囲まで拡張ないし一般化し、特許法第36条第6項第1号に規定する要件に適合させることは、発明の公開を前提に特許を付与するという特許制度の趣旨に反し許されないというべきであるから、参考資料1,2に記載される薬理試験の結果は参酌することができないものである。
してみると、上記請求人の主張は、いずれも理由がない。


6.むすび

以上のとおり、本願は、第36条第4項及び第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていないから、拒絶をすべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2011-04-13 
結審通知日 2011-04-19 
審決日 2011-05-09 
出願番号 特願2006-210418(P2006-210418)
審決分類 P 1 8・ 536- Z (A61K)
P 1 8・ 537- Z (A61K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 小堀 麻子  
特許庁審判長 内田 淳子
特許庁審判官 内藤 伸一
上條 のぶよ
発明の名称 高選択的ノルエピネフリン再取込みインヒビターおよびその使用方法  
代理人 結田 純次  
代理人 三輪 昭次  
代理人 高木 千嘉  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ