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審決分類 審判 全部無効 1項3号刊行物記載  D04H
審判 全部無効 2項進歩性  D04H
審判 全部無効 5項1、2号及び6項 請求の範囲の記載不備  D04H
管理番号 1258476
審判番号 無効2010-800127  
総通号数 152 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2012-08-31 
種別 無効の審決 
審判請求日 2010-07-22 
確定日 2012-06-06 
訂正明細書 有 
事件の表示 上記当事者間の特許第3711409号発明「生分解性農業用繊維集合体」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 訂正を認める。 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯
平成5年3月11日に、名称を「生分解性農業用繊維集合体」とする発明について特許出願(特願平5-50881号。以下、「本件出願」という。)がされ、平成13年2月14日付けで拒絶査定がされ、同年3月19日に拒絶査定に対する審判請求がされ、その後、平成17年8月26日に設定登録を受けた(請求項の数1。以下、その特許を「本件特許」といい、その明細書を「本件特許明細書」という。)。
そして、本件特許を無効とすることについて、ユニチカ株式会社(以下、「請求人」という。)から本件審判の請求がされた。
本件審判の手続の経緯は、以下のとおりである。
平成22年 7月22日付け 審判請求書・甲第1?第4号証提出
同 年10月 8日付け 審判事件答弁書提出
同 年11月 9日付け 無効理由通知
同 年12月13日付け 意見書(請求人)・参考資料1?3提出
同 年12月13日付け 意見書(被請求人)及び訂正請求書提出
平成23年 1月 5日付け 通知書
同 年 2月 3日付け 上申書(請求人)・甲第5?第13号証・
参考資料1(45頁)・参考資料4?6提出
同 年 2月 3日付け 上申書(被請求人)提出
同 年 2月17日付け 口頭審理陳述要領書(請求人)・
甲第14?第19号証提出
同 年 2月17日付け 口頭審理陳述要領書(被請求人)・
乙第1号証提出
同 年 2月23日付け 口頭審理陳述要領書2(請求人)・
甲第20?第25号証・参考資料7,8・
証人尋問申出書・尋問事項書提出
同 年 2月24日付け 上申書2(被請求人)提出
同 年 2月25日付け 上申書2(請求人)提出
同 年 2月25日付け 上申書3(被請求人)・乙第2号証提出
同 年 3月 3日 口頭審理
同 年 3月24日付け 上申書3(請求人)・
甲第32?第37号証・
甲第26号証(82頁)・
甲第27号証(183?193頁)提出
同 年 3月24日付け 上申書4(被請求人)・
乙第3?第5号証提出
同 年 3月29日付け 上申書4(請求人)提出
同 年 4月 7日付け 上申書5(請求人)・甲第38号証提出
同 年 4月 7日付け 上申書5(被請求人)・
乙第6?第8号証提出
同 年 4月13日付け 上申書6(請求人)・
甲第6号証の奥付提出
同 年 4月14日 補正許否の決定
同 年 4月14日 審理終結通知
同 年 4月26日付け 審理再開申立書・
甲第39?第42号証提出
上記において、2回目以降の上申書、口頭審理陳述要領書を、「上申書2」、「口頭審理陳述要領書2」などとした。また、証拠方法等の一覧は、後記第4及び第6の項で示すが、参考資料1?6は、書証であるので甲第26?第31号証と表示替えする。以下、書証の証拠番号により、甲第1号証を「甲1」、乙第1号証を「乙1」などという。また、参考資料1(45頁)、甲第26号証(82頁)、甲第27号証(183?193頁)は、それぞれ、甲第26号証の2、甲第26号証の3、甲第27号証の2と表示替えし、「甲26の2」、「甲26の3」、「甲27の2」という。

第2 訂正の適否

1 訂正の内容
平成22年12月13日付けでなされた訂正請求は、その請求書に添付した明細書(以下、「本件訂正明細書」という。)のとおりに訂正することを求めるものであり、その訂正の内容は、以下のとおりである。

(1)発明の名称についての訂正事項
訂正事項(i)
発明の名称を「生分解性農業用の溶融紡糸によるスパンボンド不織布」と訂正する。

(2)特許請求の範囲についての訂正事項
訂正事項(ii)
請求項1の「一般式-O-CHR-CO-(但し、RはHまたは炭素数1?3のアルキル基を示す)」を「式-O-CH(CH_(3))-CO-」に訂正する。
訂正事項(iii)
請求項1の「脂肪族ポリエステル」を「ポリ乳酸」に訂正する。
訂正事項(iv)
請求項1の「モノフィラメント及び/又はマルチフィラメント繊維」を「の溶融紡糸によるスパンボンド」に訂正する。
訂正事項(v)
請求項1の「集合体」を「不織布」に訂正する。
訂正事項(vi)
請求項1の「農業用ネット、農業用ロープ」を削除する。

(3)発明の詳細な説明についての訂正事項
訂正事項(vii)
段落【0001】の「繊維集合体」(2箇所)を「不織布」に訂正する。
訂正事項(viii)
段落【0002】の「防鳥網、結束用テープ、」を削除する。
訂正事項(ix)
段落【0002】の「集合体」を削除する。
訂正事項(x)
段落【0003】の「繊維集合体」を「不織布」に訂正する。
訂正事項(xi)
段落【0004】の「繊維集合体」を「不織布」に訂正する。
訂正事項(xii)
段落【0004】の「一般式-O-CHR-CO-(但し、RはHまたは炭素数1?3のアルキル基を示す)を主たる繰り返し単位とする脂肪族ポリエステル」を「式-O-CH(CH_(3))-CO-を主たる繰り返し単位とするポリ乳酸」に訂正する。
訂正事項(xiii)
段落【0005】の「一般式-O-CHR-CO-(但し、RはHまたは炭素数1?3のアルキル基を示す)を主たる繰り返し単位とする脂肪族ポリエステル」を「式-O-CH(CH_(3))-CO-を主たる繰り返し単位とするポリ乳酸」に訂正する。
訂正事項(xiv)
段落【0005】の「モノフィラメント及び/又はマルチフィラメント繊維集合体」を「不織布」に訂正する。
訂正事項(xv)
段落【0005】の「、農業用ネット、農業用ロープ」を削除する。
訂正事項(xvi)
段落【0006】の「繊維集合体を構成する脂肪族ポリエステルとしては例えば、ポリ乳酸、ポリグリコール酸等をあげることができるが特にこれらに限定されるものではない。また、これらは」を「不織布を構成するポリ乳酸は」に訂正する。
訂正事項(xvii)
段落【0006】の「脂肪族ポリエステル」を「ポリ乳酸」に訂正する。
訂正事項(xviii)
段落【0006】の「グリコール酸等のオキシ酸」を削除する。
訂正事項(xix)
段落【0006】の「オキシ酸」を「乳酸」に訂正する。
訂正事項(xx)
段落【0006】の「不斉炭素を有するものは」を削除する。
訂正事項(xxi)
段落【0007】の「脂肪族ポリエステル」を「ポリ乳酸」に訂正する。
訂正事項(xxii)
段落【0007】の「繊維集合体」を「不織布」に訂正する。
訂正事項(xxiii)
段落【0008】の「繊維集合体」(4箇所)を「不織布」に訂正する。
訂正事項(xxiv)
段落【0009】の「農業用繊維集合体とは規則的あるいは不規則的に繊維が集合した構成体を言い、例えば、繊維束や織物、編物、組物、不織布、多軸積層体等の布帛等として得ることができるが特にこれらに限定されるものではない。これら上述の如く繊維集合体はその集合体形態により製造法は異なり、それぞれ」を「不織布は」に訂正する。
訂正事項(xxv)
段落【0010】の「たとえば、本発明で言うところの脂肪族ポリエステルを溶融紡糸あるいは溶液紡糸するか、その後延伸することによりモノフィラメントあるいはマルチフィラメントを製造する。」を「本発明ではポリ乳酸を溶融紡糸するが」に訂正する。
訂正事項(xxvi)
段落【0010】の「得られたモノフィラメントあるいはマルチフィラメントを公知の加工法および打ち方あるいは製網法に基づいてロープあるいは網を製造できる。また、乾式、気流式、湿式法又はスパンボンド法等の公知ウェブ形成法」を「次いでスパンボンド法として公知のウェブ形成法」に訂正する。
訂正事項(xxvii)
段落【0010】の「繊維集合体」を「不織布」に訂正する。
訂正事項(xxviii)
段落【0011】の「繊維集合体」を「不織布」に訂正する。
訂正事項(xxix)
段落【0011】の「、農業用ネット、農業用ロープ なお、農業用ネットとは、防鳥網、防風網、キュウリ等のつる用網、い草の倒伏防止網等の農業用ネット類であり、農業用ロープとは、ピーマン等の吊り紐、煙草乾燥用ロープ、荷造用紐やロープ等の農業用ロープ類である。」を削除する。
訂正事項(xxx)
段落【0012】の「脂肪族ポリエステル」を「ポリ乳酸」に訂正する。
訂正事項(xxxi)
段落【0015】の「繊維集合体」を「不織布」に訂正する。

2 訂正の適否についての検討

(1)訂正事項(ii)?(vi)について

ア 訂正事項(ii)及び(iii)に係る訂正は、特許請求の範囲の請求項1の脂肪族ポリエステルについての「一般式-O-CHR-CO-(但し、RはHまたは炭素数1?3のアルキル基を示す)」を「式-O-CH(CH_(3))-CO-」とし、該「脂肪族ポリエステル」を「ポリ乳酸」とする訂正であり、脂肪族ポリエステルについての発明の構成要件を限定するものである。
訂正事項(vi)に係る訂正は、特許請求の範囲の請求項1の「農業用ネット、農業用ロープ」を削除する訂正であり、a群として列挙された用途についての発明の構成要件を、列挙されたうちの二つを削除して限定するものである。
そして、これらの訂正は、本件特許明細書に記載した事項の範囲内の訂正であって、かつ実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものではない。

イ 訂正事項(iv)及び(v)に係る訂正は、特許請求の範囲の請求項1の「農業用モノフィラメント及び/又はマルチフィラメント繊維集合体」を「農業用の溶融紡糸によるスパンボンド不織布」とする訂正であり、以下、詳しく検討する。

ウ 本件特許明細書の記載
本件特許明細書には、以下の記載がある。
「【0008】本発明の繊維集合体は、切断強度0.1GPa以上、切断伸度5%であり、且つヤング率が0.5GPa以上であるモノフィラメント及び/又はマルチフィラメントの複数本からなる農業用繊維集合体である。繊維集合体を構成するフィラメントの特性がこの範囲を外れると農業用繊維集合体として実用的な機械特性を有することが困難となり好ましくない。
【0009】本発明の農業用繊維集合体とは規則的あるいは不規則的に繊維が集合した構成体を言い、例えば、繊維束や織物、編物、組物、不織布、多軸積層体等の布帛等として得ることができるが特にこれらに限定されるものではない。
これら上述の如く繊維集合体はその集合体形態により製造法は異なり、それぞれ従来公知の方法によって製造することができる。
【0010】たとえば、本発明で言うところの脂肪族ポリエステルを溶融紡糸あるいは溶液紡糸するか、その後延伸することによりモノフィラメントあるいはマルチフィラメントを製造する。この際、公知の酸化防止剤、紫外線吸収剤、滑剤、顔料、防汚剤等を適当にブレンドしても問題ない。得られたモノフィラメントあるいはマルチフィラメントを公知の加工法および打ち方あるいは製網法に基づいてロープあるいは網を製造できる。
また、乾式、気流式、湿式法又はスパンボンド法等の公知ウェブ形成法によりウェブを形成し、例えば、接着剤、添加剤による処理、あるいはニードルパンチ、流体パンチ等の機械的接結法といった公知の方法により、あるいはその後、乾燥、熱処理することにより不織布をえることができる。
更には得られたそれらの農業用繊維集合体の目的に応じてコーティング等の加工、あるいは他ポリマーとの併用を行っても差し支えない。
【0011】本発明の繊維集合体は、下記a群で示された農業用に使用されるものを言う。
a群
防虫用シート、遮光用シート、防霜シート、防風シート、農作物保管用シート、保温用不織布、防草用不織布、農業用ネット、農業用ロープ
なお、農業用ネットとは、防鳥網、防風網、キュウリ等のつる用網、い草の倒伏防止網等の農業用ネット類であり、農業用ロープとは、ピーマン等の吊り紐、煙草乾燥用ロープ、荷造用紐やロープ等の農業用ロープ類である。」
「【0013】【実施例】
次に本発明を実施例を用いて具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0014】実施例1
粘度平均分子量30万のポリ乳酸を220℃で溶融し、直径0.7mmの細孔が20箇穿設された口金から0.3g/minの吐出量で口金下方の位置に取りつけたアスピレーターに供給した。該アスピレーターから噴出されるポリ乳酸フィラメントを下方の走行金網上に埋積させ、目付けが100g/m^(2) になるように連続的にウェブを採取し、該ウェブに100本/mm^(2) でニードルパンチを施し、不織布を得た。
得られた不織布片(縦10mm×横10mm)を土壌中に埋設し、重量変化を調査したところ半年後で初期重量の60%となり、一年後には29%となり、一年半後には形状を確認できないほど分解していた。」

エ スパンボンド不織布についての技術文献の記載

(ア)甲3(特開平4-57953号公報、発明の名称「微生物分解性不織布」)には、以下の記載がある。
「実施例1?4、比較例1?2
平均分子量が約4万のポリカプロラクトンと・・・融点が125℃の直鎖状低密度ポリエチレン(LLDPE)とを二軸の混練用エクストルーダーを用いて、種々の割合に混合してマスターチップを作成した。・・・得られたマスターチップを用い、孔径0.35mm、孔数64ホールのノズルを複数個使用し、1.2g/分/ホールの吐出量で、230?250℃の紡糸温度範囲にて溶融押し出しし、ノズル下120cmの位置に設けたエアーサッカーを使用して連続マルチフィラメントを3500m/分の速度で引き取り、移動するエンドレスの金網上にフィラメントを捕集してウェッブとした後、金属エンボスロールと金属フラットロールを用いて、線圧30kg/cm、圧接面積率20%、熱処理温度105℃にて加熱処理して単糸繊度3dのフィラメントで構成される目付20g/m^(2) のスパンボンド不織布を得た。・・・」(3頁右上欄18行?右下欄1行)

(イ)甲6(三浦義人「不織布要論」,昭和48年,p.154-171)には、「第7章 スパンボンド布類」に、以下の記載がある。
「スパンボンド布(Spunbonded fabric)と一般に呼ばれているものの定義は明らかでなく,紡糸して直接シートにするだけでなく,その途中の延伸工程も含んだ特許により,製造された布といえる。広義に解釈すれば,従来の短繊維を用いた不織布の製造法に対比して,長繊維を用いた不織布であるといえよう。スパンボンド法が有名になったのはDu Pontが発表したことに端を発しているが,類似の技術はそれ以前にあり,たとえばガラスマットやロックウールの製造にはエアースプレイ法,また遠心紡糸法を用いた例があるし,レーヨンのフラッシュ紡糸法もある。ここでは紡糸しながら布をつくるものとする。」(154頁2?9行)
「製造法は原料準備,溶融吐出,紡糸延伸,単繊維分離,シート形成,接着,後処理の順になり,接着法には熱軟化樹脂を溶融接着するものと乾式法であるエマルジョン接着法,また機械的にステッチボンド(後章参照)する方法がある。」(154頁12?15行、「7・1・1 製造法の概要」の項)
「不織布を構成する主成分の種類は,実用上あるいは製造工程の難易から決めるが,特に大きな問題はない。
現在使用されているのはナイロン,ポリエステル,ポリプロピレンであり,これらの原料の特性には差があるが,目的に沿うて選べばよい。」(154頁末行?155頁3行、同上)
「スパンボンド法の特長は紡糸,延伸,シート形成の工程が直結していることである。溶融紡糸した繊維では,その重合体の融点以下の温度で延伸し,配向化させ,強伸度を向上させる。延伸ローラを使用すると,装置および操作が複雑化しコスト高をきたす。・・・高速紡糸法としてはDu Pontの特許にみられるようなエジェクターがある。・・・数千m/minの引き出しが可能である。」(155頁23行?156頁7行、同上)
「Du Pontのスパンボンド法は,昭和37年に出願公告されたのが始まりである。・・・口金から紡糸されたフィラメントは,自由に回わるローラで集束され,糸となりエジェクターを通って押し出される。エジェクターには加圧空気が供給されるので,糸はテーパーのついた入口により摩擦帯電されながら内部を通る。・・・帯電のため反撥して分離されたフィラメントはアースされた受台上に捕集されシートになる。」(156頁15行?157頁4行、「7・1・2 デュポンとフロイデンベルグの方法」の項)
「溶融紡糸でなく,ビスコースレーヨンのような湿式紡糸の場合は,下部に凝固浴槽を設けて凝固させる。」(160頁15?17行、「7・1・3 その他の方法」の項)
「フィラメントではなくステープルにする場合は,図7・8(審決注:図は省略)のように,導管の側面に高圧の熱風を通し,ノズルから噴出させて引きちぎる。この際コンベアーは鉛直線に対し,ある特定の角αをなすようにする必要がある。」(160頁17?23行、同上)
「ポリエチレンやポリプロピレンのフィルムは裂けやすいので,フィブリル化したシートになる。・・・ナイロンやポリエステルは裂けにくくフィブリル化しにくいので・・・ナイロンやポリエステルのポリマーとポリエチレンのポリマーを,図7・9の押出機(審決注:図は省略)の・・・スリットに交互に通しフィルムをつくる。・・・その後,延伸するとポリエチレンの部分は裂け,ナイロンなどのスプリットシートができる。これを自己接着させる。
Kalle社は必要な延伸の行われた2枚以上のフィルムをニードルパンチすることによって,スプリットと同時に個々のフィルムの接結をしている。またスプリットフィルムにバインダーをつけて不織布をつくる方法もあり,これを図7・11に示す^(4))。
スクリーンコンベヤー上に網目構造のフィルムが圧搾空気で送られる。・・・バインダーを付与してから加熱シリンダーで加圧し,エンボシングで模様をつけて不織布にする。」(161頁1行?162頁8行、同上)
「スパンボンド布はランダムに配列したフィラメントのウェブ状のものを,フィラメントの交錯点で結合している。・・・接着するには一般にバインダーの量は少なくてよい。」(163頁2?11行、「7・2 構造と性質」の項)
「スパンボンド布としてわが国で製造されているものに三井石油化学工業のタフネルがある。これは5?15denのポリプロピレンを素材にした・・・もので,シートの目付けは200?1,200g/m^(2) であり,これに軽くニードル・パンチしたものである。この他,ヒートプレスしたり・・・目付けが15?200g/m^(2) のもの,素材にポリアミド,ポリエステルを用いたものもある。」(168頁15行?169頁4行、同上)

(ウ)甲7(“ISO11224”,1993,p.1-2)には、以下の記載がある(審決注:請求人が上申書6頁において示した訳文を参考にした。)。
「2.10.1 紡糸堆積ウェブ:紡糸堆積法で得られたウェブ
2.10.2 紡糸堆積不織布;“スパンボンドされた”:紡糸堆積法で得られたウェブを1つまたは2つ以上の手段で結合させて得られた完全な布」(2頁右欄)

(エ)甲10(特開平2-139468、発明の名称「農業用不織シート」)には、以下の記載がある。
「紡糸したフィラメントを不織シートにする方法については,いわゆるスパンボンド法と総称されている方法が利用できる。たとえば,空気圧を利用してフィラメント束を引き取りながら延伸し,コロナ放電等の方法で静電気的に開繊し,移動する多孔質帯状体の上に堆積することでウエブ化したのち部分的に熱圧接することで固定するというような方法が一般的である。」(3頁右上欄7?15行)

(オ)乙5(「産業用繊維資材ハンドブック」,昭和54年,p.210-217)(甲19は同書のp.214-217)には、「第2章 製造加工技術」の「2・2・5 不織布」に、以下の記載がある。
「スパンボンド法は紡糸から布形成を連続的に行う方式であり,ビスコースやキュプラを素材とする湿式法も開発されている。」(211頁23?24行)
「スパンボンド法は押し出し,フィラメントの分離,ウェプの形成と接着からなる。ポリマを押出機に入れて溶融しノズルから押し出してフィラメントとし,電気的あるいは気流で攪乱させて移動コンベア上に堆積させる。シートを接着させるには,含有する低融点繊維によるか,点状にエンボスするか,あるいはバインダ液に浸漬させる。」(215頁5行?216頁2行)

(カ)甲38(「新繊維用語辞典」,1975年,p.368)には、以下の記載がある。
「supanbondo スパンボンド
spunbonded(nonwovens) K〔布〕
溶解紡糸しながら熱風を用い,細筒内で延伸し,筒を出た瞬間,フィラメントやステープルを帯電により分散させて繊維のシートをつくり,熱,その他を利用して接着させた不織布.」(368頁左欄36?42行)

(キ)乙3(「合繊長繊維不織布ハンドブック」,1999年,p.12)は、本件出願より後の文献であり、直ちに本件出願当時の技術水準を示すものとはいえないが、参考に示すと、「第2章 合繊長繊維不織布の製法と特長」の「2.1 ウェブ形成技術」に、以下の記載がある。
「合繊長繊維不織布の特長はウェブ形成技術にあり、その工程は一般に紡糸、延伸、開繊、捕集(または積層、延展)から成り、工程の違いにより色々な形態や特性を持つ不織布ができる。現在のウェブ形成方法の主流はスパンボンド法であるが・・・。
2.1.1 スパンボンド法
ウェブの形成工程は・・・紡糸、延伸、開繊および捕集工程からなり・・・文献、特許、一般情報等から次のように分類し説明できる。
(1)紡糸
すべて溶融紡糸方法であり、紡糸口金の孔の配列は線状、リング状等の種類がある。
(2)延伸
紡糸口金から紡出された糸条を一般に3000?6000m/分の高速で牽引して細化し、冷却過程で高いシェアをかけることにより配向結晶化させ、糸条に所定の物性を与える工程である。
高速牽引の手段としてエアジェットによる延伸と・・・ローラによる延伸方法とがある^(1))。後者の場合エアジェット法に比較すると均一かつ十分に延伸ができ、エアジェットに使用する圧縮空気が少なくてすむ利点があるが装置が複雑になる。」(12頁3?19行)

オ 上記エによれば、以下のことが認められる。
スパンボンド不織布は、一般的には、従来の短繊維を用いた不織布と対比される、長繊維を用いた不織布であって、紡糸しながら布がつくられるものである。その製造法は、多数の孔を有するノズルから原料のポリマを溶融押出して多数のフィラメントとし、この多数のフィラメントを分離し、堆積させてウェブとし、接着させてシートとすることからなる。この接着には、溶融接着、接着剤による接着、機械的な接着がある。溶融接着は、熱軟化樹脂や低融点繊維を利用したり点状にエンボスするもの、接着剤による接着は、バインダ液を適用するもの、機械的な接着は、ステッチボンドやニードル・パンチを適用するものが、それぞれ該当する。
なお、上記エによれば、スパンボンド不織布には、他に、溶融紡糸でなく湿式紡糸によるもの(甲6、乙5)や、フィラメントでなくステープル(短繊維)を不織布にするもの(甲6、甲38)もあるとされており、甲6には、スプリットフィルムからつくる網目構造の不織布についても言及されているが、湿式紡糸によるスパンボンド不織布と、網目構造の不織布は、いずれも溶融紡糸によるスパンボンド不織布に該当するものではない。また、ステープル(短繊維)による不織布は、特殊なものであり、上記のとおり、当業者が考える一般的なスパンボンド不織布とはいえない。

カ 上記ウによれば、本件特許明細書には、スパンボンドによる不織布について言及されている。
そして、その実施例1においては、スパンボンドによる不織布とは明記されていないが、上記エ、オの技術水準を考慮すると、実施例1の不織布が、溶融紡糸によるスパンボンド不織布であることは、当業者には明らかである。すなわち、実施例1の不織布を構成する繊維が、長繊維であってフィラメントといえるものであること、さらにいうと、多数のフィラメントが分離されたうえで機械的に接着されたものであること、また、実施例1におけるニードルパンチが機械的な接着であることも、当業者には明らかである。このような、スパンボンド不織布は、モノフィラメント及び/又はマルチフィラメント繊維集合体ということができる。
そして、上記エ、オによれば、溶融紡糸によるスパンボンド不織布は、一般的には長繊維を用いた不織布であるが、ステープル(短繊維)を用いた不織布が含まれるとされることもあるので、訂正後の特許請求の範囲において、何れを意味しているのかを、本件特許明細書の記載を参酌して検討すると、本件特許明細書には、溶融紡糸によるスパンボンド不織布が、ステープル(短繊維)を用いた不織布をも包含するものであることを示す記載は、何もない。よって、一般的な長繊維を用いた不織布を意味しているものと認められる。

キ したがって、訂正事項(iv)及び(v)に係る訂正は、特許請求の範囲の請求項1の「農業用モノフィラメント及び/又はマルチフィラメント繊維集合体」を「農業用の溶融紡糸によるスパンボンド不織布」とする訂正であり、「農業用モノフィラメント及び/又はマルチフィラメント繊維集合体」についての発明の構成要件を限定するものである。
そして、この訂正は、本件特許明細書に記載した事項の範囲内の訂正であって、かつ実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものではない。

ク したがって、これらの訂正事項(ii)?(vi)に係る訂正は、特許法第134条の2第1項ただし書第1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものである。
また、この訂正は、本件特許明細書に記載した事項の範囲内においてしたものであると認められ、特許法第134条の2第5項において準用する同法第126条第3項の規定を満たす。
さらに、この訂正は、実質上特許請求の範囲を拡張するものでも変更するものでもないことは明らかであるから、この訂正は、特許法第134条の2第5項において準用する同法第126条第4項の規定を満たす。
よって、この訂正は許容されるものである。

(2)訂正事項(i)及び(vii)?(xxxi)について
訂正事項(i)に係る訂正は、特許請求の範囲の請求項1についての訂正事項(iv)及び(v)と整合するように、発明の名称を訂正しようとするものであるから、特許法第134条の2第1項ただし書第3号に掲げる「明りょうでない記載の釈明」を目的とするものであり、本件特許明細書に記載した事項の範囲内の訂正であって、かつ実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものではない。
また、訂正事項(vii)?(xxxi)に係る訂正は、特許請求の範囲の請求項1についての訂正事項(iv)、(v)及び(vi)と整合するように、発明の詳細な説明を訂正しようとするものであるから、「明りょうでない記載の釈明」を目的とするものであり、本件特許明細書に記載した事項の範囲内の訂正であって、かつ実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものではない。
よって、これらの訂正は許容されるものである。

3 訂正請求に対する請求人の主張について

(1)請求人の主張
請求人は、概略以下の主張をしている。

(i)本件特許権については、被請求人は請求人に対して実施許諾の交渉を求めており、この実施許諾交渉の中で、被請求人は本件特許権について他社に実施権を付与している旨を述べている(甲8)。特許原簿に登録されていないが、少なくとも通常実施権者が存在する。しかるに、本件訂正請求には、この通常実施権者の承諾書が添付されていないから、本件訂正請求は、特許法第134条の2第5項で準用する同法第127条の規定に違反してなされたものであり、却下されるべきものである。(上申書、12頁第5の1)

(ii)本件訂正請求は、「生分解性農業用モノフィラメント及び/又はマルチフィラメント繊維集合体」を「生分解性農業用の溶融紡糸によるスパンボンド不織布」に訂正するというもので、特許請求の範囲の減縮を目的とせず、拡張するものであるから、特許法第134条の2第1項の規定に違反し、また、同条第5項で準用する同法第126条第4項の規定に違反し、認められないものである。すなわち:
a 「モノフィラメント」は、一本々々が単独で使用できない「長繊維」とは、異なるものである(甲26、甲27、甲29、甲30、甲5)。スパンボンド不織布は、紡糸しながら作った不織布ということになる(甲6、甲7)から、スパンボンド不織布の素材は、紡糸しながら得られたモノフィラメントとマルチフィラメントだけでなく、紡糸しながら得られた長繊維や短繊維を含み、さらに甲4に記載されている網状繊維も含むことになる。よって、特許請求の範囲を拡張したことになる。(上申書、2?5頁第2の1及び2、7頁同4、13頁第5の2(2))
b 本件特許の出願経過をみると、出願当初の明細書(甲9公開公報)の段落【0010】後半のスパンボンド法の記載はモノフィラメント又はマルチフィラメントを素材とした場合について説明していないし、段落【0014】の実施例は育苗布であり補正後のa群に属さないから、特許請求の範囲を補正してモノフィラメントとマルチフィラメントに限定しa群の用途に限定した時点で削除されるべき文章だったのである。これらを削除して本件発明を解釈すれば、モノフィラメント又はマルチフィラメント以外のものを素材とするスパンボンド不織布は、本件発明の範囲外だった。なお、段落【0010】の記載では、モノフィラメント又はマルチフィラメントを素材とするスパンボンド不織布も、本件発明の範囲外だったともいえる。今回の訂正請求は、審査段階で削除された発明を訂正請求により加入するものであるから、特許請求の範囲を拡張するものである。(上申書、13?17頁第5の2(3))
c 本件特許明細書に記載された実施例は、本件発明の実施例ではないのに手当てせずにそのまま残しておく対応がされたもので、被請求人の別の出願の出願経過に係る甲13?甲18も実施例でないものを実施例として残す対応をとっているのであり、このような本件発明の実施例でない実施例に基づき訂正請求が認められるべきだとする被請求人の主張は、認められない。(陳述要領書、2?5頁第1の2)
d 仮に本件特許明細書に記載された実施例が、本件発明の実施例だとしても、「溶融紡糸によるスパンボンド不織布」は接着工程を経て得られるものである(甲19)ところ、本件特許明細書記載の実施例は接着工程が存在しないから、「溶融紡糸によるスパンボンド不織布」でない。(陳述要領書、5?6頁第1の3)
e 上記aに補足する。「繊維」は1本で単独で使用されることはなく、「糸」や「布」は、繊維集合体であって、「繊維」ではない(甲27の2、甲26の2)。繊維の種類として「短繊維」と「長繊維」がある(甲27の2)。糸の種類として「モノフィラメント」と「マルチフィラメント」と「紡績糸」がある(甲26、甲27、甲29、甲30、甲37)。糸から作られる布帛の種類として「織物」と「編物」と「ロープ」と「その他」がある(甲27の2、甲28)。繊維から直接得られる布が不織布である(甲27の2、甲26の3)。「短繊維よりなる不織布」及び「長繊維よりなる不織布」は本件発明の範囲外であったのに、訂正後の本件発明は、少なくとも「長繊維よりなる溶融紡糸によるスパンボンド不織布」を包含しているから、本件訂正は特許請求の範囲を拡張するものである。(上申書3、3?8頁第3)
f 「スパンボンド」という用語が記載されている辞典(甲38)には、スパンボンドは、溶融紡糸により、フィラメントやステープルで形成された布のことであると記載されている。訂正後の本件発明は、「短繊維よりなる溶融紡糸によるスパンボンド不織布」を含むことになったから、本件訂正は特許請求の範囲を拡張するものである。(上申書5、3?4頁第1の2)

(2)検討

ア (i)の主張について
請求人は、本件特許には通常実施権者が存在すると主張し、被請求人は、第三者に対して通常実施権を許諾した事実はないと主張しているので、以下検討する。

(ア)甲8は、請求人が平成23年2月3日付けの上申書とともに提出したもので、「東洋紡 ポリ乳酸繊維・不織布関連特許の実施許諾交渉 メモ記録」と題する書面であり、以下の記載がある。
「東洋紡 ポリ乳酸繊維・不織布関連特許の実施許諾交渉 メモ記録
日時:平成21年12月28日 10:00?11:30
訪問者:東洋紡知財部 竹内秀夫(知財部長)、近藤英二(第3グループマネージャー)、小松和憲
ユニチカ:松本部長、吉川G長、藤丸社員、中道(作成)(審決注:中道の押印)
内容
東洋紡:2件(特許第3711409号、特許第3735734号)について、クレームの構成要素毎に、侵害性の有無を確認したい。
ユニチカ:ユニチカとしては無効特許であることが前提にあり、これに対し、ユニチカ品の製品構成を開示することはできない。
東洋紡:対価として、通常の実施料(売上げ等に根ざした)を想定はしていない。これまでの研究開発で費やした投資額の回収を想定した範囲内。
ユニチカ:ユニチカから能動的に無効審判請求は行わない、というのがユニチカからの対価。
東洋紡:第三者に対し、実施許諾を行っている。この度、譲渡も考えており、それに先立ってユニチカとの良好な関係に鑑みて実施許諾の申し出を行った。無効性を主張するなら、何故これまでに、そのようなアクションを行わなかったのか?
ユニチカ:無効性は当初から把握していたが、良好な関係に根ざさしたユニチカ側の判断として、能動的には無効審判を行わなかった。
東洋紡:特許が第三者に譲渡された場合、東洋紡との関係とは異なって、ユニチカは困難な状況になるのでは。
ユニチカ:第三者に譲渡されても困ることはない。
東洋紡:一方で今回の実施許諾に応じなかった場合、他の特許についても権利侵害があるか否か、商品を分析してでも検討する用意がある。
ユニチカ:東洋紡の意向は了解した。
東洋紡:2件について、実施許諾を受ければ、他の特許について付加的に権利侵害等の話はしない。
ユニチカ:東洋紡の意向は了解した。
東洋紡、ユニチカ:再度交渉を希望する。(候補日2月10日、12日)」

(イ)甲8に対し、被請求人は、被請求人がその内容について確認・承認等を行った事実はないと主張し(陳述要領書、5頁【1】(4))、これに対し、請求人は、甲8の作成者の中道喜久美及び被請求人の知的財産部長の竹内秀夫の証人尋問の申出をし、甲20?甲25として書簡の写しを提出した(陳述要領書2、5?6頁第3の1及び2)。被請求人は、被請求人の知的財産部長の竹内秀夫の陳述書を乙2として提出した。請求人の中道喜久美の証人尋問の申出に対し、合議体は、中道喜久美は請求人の従業員であるので証人尋問に替えて陳述書を提出するように指示をした。請求人は、中道喜久美の陳述書を甲36として提出した。

(ウ)乙2は、平成23年2月25日付けの「東洋紡績株式会社 知的財産部長 竹内秀夫」の陳述書であり、請求人は疑問点があるとしながらもその成立の真正を争わないとしている。乙2には、以下の記載がある。
「特許第3711409号の無効審判事件におきましては、弊社が実施権を許諾しているか否かについての話題が出ていることを、弊社代理人よりの報告で知りました。
弊社は特許第3711409号について、有償・無償を問わず、在外者・在内者を問わず、また専用実施権通常実施権を問わず、これらの設定若しくは許諾をしている事実は一切、ございません。
上記の通り相違ないことをご報告申し上げます。」

(エ)甲36は、平成23年3月16日付けの「ユニチカ株式会社 宇治事業所内 知的財産部長代理 中道喜久美」の陳述書であり、被請求人はその成立の真正を争わず、甲36には、以下の記載がある。
「別添の「東洋紡 ポリ乳酸繊維・不織布関連特許の実施許諾交渉 メモ記録」は、私が作成したことに相違ございません。」
ここで、「別添の「東洋紡 ポリ乳酸繊維・不織布関連特許の実施許諾交渉 メモ記録」」は、甲8と同じ内容である。

(オ)以上によると、乙2には、本件特許である特許第3711409号について、特許権者である被請求人が通常実施権を設定又は許諾していないことが、被請求人の知的財産部長の竹内秀夫の陳述として記載されている。
これに対し、甲36には、請求人の知的財産部長代理であるという中道喜久美の陳述として、別添の「東洋紡 ポリ乳酸繊維・不織布関連特許の実施許諾交渉 メモ記録」を竹内喜久美が作成したことが記載され、該メモ記録は、甲8と同じ内容であるから、結局、甲8を中道喜久美が作成したことが、中道喜久美の陳述として記載されていることになる。
そこで、甲8の記載を検討すると、作成日の記載はなく、標題に「・・・メモ記録」とある1枚紙であって、「内容」の項の記載ぶりも、話し言葉ではなく、発言内容をそのまま記載したものというよりも、作成者が覚えのために作成した「メモ」というべきものである。その記載内容は、作成者が把握したと考える内容を記載したものというのが相当である。また、作成者以外の者がその内容を確認したことを示す決裁印その他もない。まして、その内容が事実であることを、交渉の相手方である東洋紡績株式会社の出席者が確認又は承認したものであるとは認められない。
そして、甲20?甲25の書簡をみても、本件特許に実施権者が存在する事実を示す記載はない。
これらを総合的に勘案すると、本件特許に実施権者が存在しているとは認められないから、請求人の主張は、採用できない。

(カ)なお、請求人は、審理終結通知後に、審理再開申立書を提出し、同時に提出した甲39と甲40から、本件特許について他社に通常実施権を許諾していることは明らかであり、乙2の成立性にも乙6の陳述内容にも客観的な証拠はないから、証人尋問が必須であると主張している。(審理再開申立書、2?3頁第1)
甲39は、請求人の従業員である中道喜久美が平成21年12月28日に採録した請求人と被請求人の間の「東洋紡 ポリ乳酸繊維・不織布関連特許の実施許諾交渉」の録音を格納したとされるUSBメモリーであり、甲40は、請求人の従業員である藤丸祥子が平成23年4月7日に作成した上記録音の文字起こしとされるものである。甲39及び甲40には、実施許諾している旨の発言があったことが示されているものの、ライセンス交渉の駆け引きの中での発言であったとも考えられ、そのような発言があったとしても、通常実施権の存在が客観的に立証できるものではない。
一方、被請求人は、上記(ウ)のとおり、乙2の陳述書で、被請求人の知的財産部長の竹内秀夫が、実施権を許諾している事実がないことを陳述しており、その後提出された乙6の陳述書でも同様であり、一貫している。
そうすると、仮に審理を再開して中道喜久美と竹内秀夫の証人尋問を行っても、これまでに提出された証拠及び尋問事項書の内容からみて、通常実施権が存在することを、客観的に立証できる可能性は、極めて低いといわざるを得ない。訂正請求時に、継続して通常実施権が許諾されていたかどうかについては、なおさらである。
したがって、審理を再開して証人尋問を行うことはしない。

イ (ii)の主張について
請求人は、本件訂正請求は特許請求の範囲を拡張するものであるとして、前記a?eの主張しているので、以下検討する。

(ア)a、e及びfの主張について検討する。
請求人の主張は、要するに、「生分解性農業用モノフィラメント及び/又はマルチフィラメント繊維集合体」を「生分解性農業用の溶融紡糸によるスパンボンド不織布」に訂正すると、長繊維よりなる溶融紡糸によるスパンボンド不織布や、短繊維よりなるものや甲4の網状繊維よりなるものも含むことになるから、特許請求の範囲を拡張するというものである。
しかし、長繊維よりなる溶融紡糸によるスパンボンド不織布は、紡糸しながら布がつくられるものであり、その製造法は、多数の孔を有するノズルから原料のポリマを溶融押出して多数のフィラメントとし、この多数のフィラメントを分離し、堆積させてウェブとし、接着させてシートとすることからなるものであって、モノフィラメント及び/又はマルチフィラメント繊維集合体ということができること、及び、短繊維よりなる不織布や、網状繊維よりなる不織布にまで、特許請求の範囲が拡張されたとはいえないことは、上記2の(1)イ?キで示したとおりである。

(イ)ここでは、請求人が多数の技術文献を示して主張しているので、念のため、それらの記載をみても上記のように認定できることを示す。

(ウ)甲4(欧州特許出願公開第510999号明細書、発明の名称「分解性高分子網状体」)には、以下の記載がある(上記の発明の名称も含め、日本語訳で示す。)。
「1.ポリ乳酸又は乳酸-ヒドロキシカルボン酸共重合体の繊維状分枝を含む網状構造を有する分解性高分子網状体。」(12頁、請求の範囲第1項)
しかし、この高分子網状体は、紡糸していないから、「溶融紡糸によるスパンボンド不織布」に該当しないことは明らかである。

(エ)甲26(「JIS用語辞典 繊維編」,1988年12月9日,p.46)、甲26の2(同書、p.45)、甲26の3(同書、p.82)には、以下の記載がある。表に示されているものは、「番号/用語/読み方/意味」として示す。
「繊維用語(原料部門) L0204_(-1972)」(45頁、タイトル、「繊維部門(原料用語)」)
「1.適用範囲 この規格は,繊維工業において原料部門の術語として用いるおもな用語について規定する。」(45頁4行、同上)
「101/繊維/せんい/糸,織物などの構成単位で,大きさに比してじゅうぶんの長さをもつ,細くてたわみやすいもの。」(45頁、同上)
「120/フィラメント/(審決注:空欄)/連続した極めて長い繊維。」(46頁、同上)
「121/モノフィラメント/(審決注:空欄)/単独に使用できる1本のフィラメント。」(46頁、同上)
「122/マルチフィラメント/(審決注:空欄)/2本以上からなるフィラメント。」(46頁、同上)
「123/ステープル/(審決注:空欄)/(1)主として紡績などの原料とするため,短く切断した化学繊維。(2)可紡性のある繊維の束。(3)可紡性のある繊維束の長さ。」(46頁、同上)
「1332/不織布/ふしょくふ/製織しないで各種の方法によって,繊維をシート状にした布。」(82頁、「繊維用語(織物部門)」)
これらの記載によると、繊維工業において原料として単独に使用できる1本の連続した極めて長い繊維のことを「モノフィラメント」と呼び、繊維工業において原料として使用される2本以上からなる連続した極めて長い繊維のことを「マルチフィラメント」と呼ぶことが認められる。
しかし、これらの記載は、繊維工業における原料の術語について示しているに過ぎないものであって、上記のような原料として用いる繊維を「モノフィラメント」や「マルチフィラメント」と呼ぶことがあるとしても、「溶融紡糸によるスパンボンド不織布」にはそれを構成する繊維が「モノフィラメント」でも「マルチフィラメント」でもない「長繊維」であるものがあるとか、長繊維よりなる「溶融紡糸によるスパンボンド不織布」には「モノフィラメント及び/又はマルチフィラメント繊維集合体」とはいえないものがあることを、何ら根拠付けるものではない。

(オ)甲27(「繊維工学〔I〕繊維の科学と暮らし」,平成3年11月25日,p.193-195,262-265)、甲27の2(同書、p.183-193)には、以下の記載がある。
「我々が用いる繊維1本は,それ自体が細くて曲がりやすく,しなやかではあるが,その反面,強さには乏しい.そこで,繊維を使って織物や編物などの布を作るためには,繊維を束ねて充分な長さと太さ,そして強さを持ち,しかも比較的細くて曲がりやすい物体にする必要がある.これが一般に糸(yarn)とよばれるものである.・・・
このように糸の種類は多いが,基本的には表にも示したように,構成繊維の長さによって紡績糸(spun yarn)とフィラメント糸(continuous filament yarn)に大別するのが普通である.前者は綿や羊毛などのような短い繊維から成る糸であり,後者は連続した長い繊維(continuous filament)から成る糸であって,両者は作り方や構造,性質などが大きく異なる.化学繊維は本来紡糸の際にフィラメントとして作られるが,これを短く切断してステープルファイバー(staple fiber)とし,紡績糸にすることもしばしばである.」(183頁13行?184頁5行)
「連続繊維として知られるものには,絹と化学繊維のフィラメントがある.これらの繊維は原則として何本かを集束させ,フィラメント糸として用いるのが普通である.」(192頁12?14行)
「化学繊維はすでに述べたように,本来紡糸の際に連続した長い繊維,すなわちフィラメント(continuous filament)として紡糸されるので,これらを集束させ,必要に応じて撚りを掛ければフィラメント糸(continuous filament yarn)を得ることができる.このように2本以上のフィラメントから成る糸をマルチフィラメント糸(multi-filament yarn)とよぶ.また,フィラメントがある程度太く,実用に耐える強さや伸びを持つ場合は,その1本のフィラメントをモノフィラメント糸(mono-filament yarn)とよぶ.」(193頁18?24行)
しかし、これらの記載も、「モノフィラメント糸」、「マルチフィラメント糸」、「紡績糸」の区別をいうものに過ぎず、「溶融紡糸によるスパンボンド不織布」を構成する繊維とは、関係がない。

(カ)甲28(特公平5-8300号公報、発明の名称「法面保護工法」)には、以下の記載がある。
「1 河川提防又は地山地盤等の法面にモルタル又はコンクリート(以下モルタルコンクリートと略記)を吹付けるに際し、繊度が100?5000デニールの有機モノフイラメント又は集束したマルチフイラメントからなる嵩密度0.005?0.1g/cm^(3) の不織布を法面に被覆固定しその上からモルタルコンクリートを吹きつけることを特徴とする法面保護工法。」(特許請求の範囲第1項)
「まず不織布を構成する繊維は100?5000デニールのモノフイラメント又は集束したマルチフイラメントでなければならない。本発明で用いられる不織布は、適度な太さの連続繊維よりなる不織布であることが必要であつて、かゝる繊維によつてのみ相反する吹付け性、補強性を満足させることができる。・・・マルチフイラメントの場合、仮に100?5000デニールの範囲にあつたとしても集束されていないと網目が小さくなり吹付け性が低下する。又連続繊維でないと補強性が低下し好ましくない。」(2頁4欄22?37行)
「実施例1?4及び比較例1?3
モノフイラメントの繊度500デニール及びエポキシ系樹脂で集束したマルチフイラメントの繊度2000デニールのポリビニールアルコール繊維を用いた厚さ20mmの不織布を作つた。」(3頁6欄1?5行)
しかし、これらの記載は、モノフイラメント又は集束したマルチフイラメントからなる不織布の存在を示すに過ぎず、「溶融紡糸によるスパンボンド不織布」にはそれを構成する繊維が「モノフィラメント」でも「マルチフィラメント」でもない「長繊維」であるものがあるとか、長繊維よりなる「溶融紡糸によるスパンボンド不織布」には「モノフィラメント及び/又はマルチフィラメント繊維集合体」とはいえないものがあることを、何ら根拠付けるものではない。

(キ)甲5(特許第2508943号公報、発明の名称「可撓性管状濾材およびその製造方法」)には、以下の記載がある。
「【請求項1】丸打組物組織から成る管状濾材において、左右両方向かつ長手方向に沿って回転する組糸に対し、長手方向に該組糸と交差して編組される中央糸が組み込まれており、該組糸は熱可塑性樹脂から成る糸であり、該中央糸の全本数のうち一部が該組糸よりも融点の低い熱可塑性樹脂から成る糸であって、該組糸よりも融点の低い熱可塑性樹脂から成る中央糸の融着により該組糸と該中央糸の交差点部分が固着されていることを特徴とする可撓性管状濾材。」(特許請求の範囲の請求項1)
「【0010】本発明において、可撓性管状濾材を構成する組糸は、モノフィラメントや長繊維の集合体であるマルチフィラメントや短繊維の集合体である紡績糸や加工糸の形態があり・・・」
しかし、これらの記載は、丸打組物組織から成る管状濾材を構成する組糸が「モノフィラメント」や「マルチフィラメント」や「紡績糸」であることを示しているに過ぎないものであって、「溶融紡糸によるスパンボンド不織布」を構成する繊維とは、関係がない。
なお、ここで「モノフィラメント」は「モノフィラメント糸」のことであり、「マルチフィラメント」は「マルチフィラメント糸」のことである。

(ク)甲6(「不織布要論」,昭和48年,p.154-171)、甲7(“ISO11224”,1993,p.1-2)及び甲10(特開平2-139468、発明の名称「農業用不織シート」)には、上記第2の2(1)エにおいて示したとおりの記載がある。その記載については、既に上記第2の2(1)オにおいて検討した。

(ケ)甲29(「化学大辞典9」,昭和44年,p.285)及び甲30(「化学大辞典5」,昭和44年,p.748)には、以下の記載がある。
「モノフィラメント [^(英)monofilament ^(独)Monofilament] = 単繊条」(甲29、285頁右欄27?28行)
「たんせんじょう 単繊条,モノフィラメント[^(英)monofilament,monofil ^(独)Monofilament] 絹や人絹などの長繊維糸は細いフィラメントがヨリ合わされて糸になっているが,太い単独のフィラメントから成る糸で,編物,網や綱をつくることがある.このような単一のフィラメントから成る糸をいう.」(甲30、748頁右欄下から12?下から6行)
しかし、これらの記載は、「モノフィラメント」を説明しているに過ぎず、「溶融紡糸によるスパンボンド不織布」を構成する繊維とは、関係がない。
すなわち、ここで「モノフィラメント」は「モノフィラメント糸」のことであるが、このようにモノフィラメント糸のことを「モノフィラメント」と呼ぶことがあるとしても、そのことは、「溶融紡糸によるスパンボンド不織布」にはそれを構成する繊維が「モノフィラメント」でも「マルチフィラメント」でもない「長繊維」であるものがあるとか、長繊維よりなる「溶融紡糸によるスパンボンド不織布」には「モノフィラメント及び/又はマルチフィラメント繊維集合体」とはいえないものがあることを、何ら根拠付けるものではない。

(コ)甲37(「第三版 化学用語辞典」,1992年,p.830-831)には、以下の記載がある。
「モノフィラメント monofilament ふつうの糸は細い単繊維*を何本か引きそろえてつくられるのに対し,1本の単繊維でできている糸のこと.比較的細いものから,てぐす,ブラシ用剛毛,さらにテニスなどのラケット・ガットのような太いものもある.」(831頁左欄26?31行)
しかし、これらの記載は、「モノフィラメント」を説明しているに過ぎず、「溶融紡糸によるスパンボンド不織布」を構成する繊維とは、関係がない。「溶融紡糸によるスパンボンド不織布」にはそれを構成する繊維が「モノフィラメント」でも「マルチフィラメント」でもない「長繊維」であるものがあるとか、長繊維よりなる「溶融紡糸によるスパンボンド不織布」には「モノフィラメント及び/又はマルチフィラメント繊維集合体」とはいえないものがあることを、何ら根拠付けるものではない。

(サ)甲38(「新繊維用語辞典」,1975年,p.368)には、上記第2の2(1)エにおいて示したとおりの記載がある。その記載については、既に上記第2の2(1)オにおいて検討した。

(シ)以上のとおりであるから、請求人のa、e及びfの主張は、採用できない。

(ス)b、c及びdの主張について検討する。
請求人の主張は、要するに、本件特許明細書の段落【0010】後半の不織布の記載及び段落【0014】の実施例1は、本件特許発明の範囲外であり、審査段階で削除されるべきものであったから、「溶融紡糸によるスパンボンド不織布」を特許請求の範囲に加入することは、特許請求の範囲を拡張するものであり、しかも、上記実施例は接着工程が存在しないから、「溶融紡糸によるスパンボンド不織布」でない、というものである。
しかし、本件特許は、適法に補正されて特許されたものである。そして、上記実施例は、接着工程が存在するといえること、及び、本件特許明細書の記載及び技術水準を考慮すると、「農業用モノフィラメント及び/又はマルチフィラメント繊維集合体」を「農業用の溶融紡糸によるよるスパンボンド不織布」とする訂正が、本件特許明細書に記載した事項の範囲内の訂正であって、かつ実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものでないことは、上記2の(1)で示したとおりである。

(セ)以上のとおりであるから、請求人のb、c及びdの主張は、採用できない。

(3)まとめ
以上のとおり、請求人の主張は、いずれも採用できない。

4 訂正の適否についてのまとめ
よって、平成22年12月13日付けで請求された訂正を認める。

第3 本件発明
上記第2の項で示したように、平成22年12月13日付けの訂正請求は適法なものであるから、本件特許の請求項1に係る発明は、本件訂正明細書(本件訂正明細書を、以下、「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の請求項1に記載された以下のとおりのものである(以下、「本件発明」という。)。
「式-O-CH(CH_(3))-CO-を主たる繰返し単位とするポリ乳酸を主成分とする下記a群の用途の中のいずれかである生分解性農業用の溶融紡糸によるスパンボンド不織布。
a群
防虫用シート、遮光用シート、防霜シート、防風シート、農作物保管用シート、保温用不織布、防草用不織布」

第4 請求人の主張する無効理由の概要及び請求人が提出した証拠方法

1 審判請求書における無効理由の概要
請求人は、請求の趣旨の欄を「第3711409号の特許を無効とする、審判費用は被請求人の負担とする、との審決を求める。」とし、概略以下の無効理由1を主張した。
【無効理由1】
本件発明は、本件出願日前に頒布された甲1に記載された発明及び甲2?甲4に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。よって、本件発明についての特許は、特許法第29条の規定に違反してされたものである。

2 上申書において新たに主張された無効理由の概要
請求人は、新たに、本件訂正請求が認められない場合につき、概略以下の無効理由2を主張し、また、本件訂正請求が認められた場合につき、概略以下の無効理由3?5を主張した。
【無効理由2】
本件発明は、本件出願日前に頒布された刊行物である刊行物2に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない。よって、本件発明についての特許は、特許法第29条の規定に違反してされたものである。
【無効理由3】
本件発明は、本件出願日前に頒布された甲1に記載された発明並びに甲2?甲4及び刊行物2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。また、同じく甲10に記載された発明並びに甲2?甲4及び刊行物2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。よって、本件発明についての特許は、特許法第29条の規定に違反してされたものである。
【無効理由4】
本件発明は、本件出願日前に頒布された甲3に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない。よって、本件発明についての特許は、特許法第29条の規定に違反してされたものである。
【無効理由5】
「スパンボンド」がどのような概念を持っているのか判然としないから、特許請求の範囲には、特許を受けようとする発明の構成に欠くことのできない事項のみが記載されておらず、特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第5項第2号(審決注:平成6年法律第116号〔以下「平成6年改正法」という。〕による改正前の特許法第36条第5項第2号〔同改正後は特許法第36条第6項第2号〕のことである。以下「特許法旧第36条第5項第2号」という。)の規定に違反している。よって、本件発明についての特許は、特許法第36条第5項(審決注:同様に、以下「特許法旧第36条第5項」という。)に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。

3 請求人が提出した証拠方法
既に前記第2の3の項で言及したものも多くあるが、以下の証拠方法が提出されている。
[審判請求書に添付]
甲1:日本繊維機械学会編「産業用繊維資材ハンドブック」,初版,日本繊維機械学会,昭和54年6月25日,p.545-557
甲2:特開平5-59612号公報
甲3:特開平4-57953号公報
甲4:欧州特許出願公開第510999号明細書
[意見書に添付]
甲26:日本規格協会編「JIS用語辞典 繊維編」,第1版第2刷,日本規格協会,1988年12月9日,p.46
甲27:日本繊維機械学会編「繊維工学〔I〕繊維の科学と暮らし」,日本繊維機械学会,平成3年11月25日,p.193-195,262-265
甲28:特公平5-8300号公報
[上申書に添付]
甲5:特許第2508943号公報
甲6:三浦義人「不織布要論」,初版,高分子刊行会,昭和48年5月15日,p.154-171
甲7:ISO“ISO11224”,First Edition,ISO,1993.11.01,p.1-2
甲8:「東洋紡 ポリ乳酸繊維・不織布関連特許の実施許諾交渉 メモ記録」と題する書面
甲9:特開平6-264343号公報(本件出願の公開公報)
甲10:特開平2-139468号公報
甲11:特開平6-264377号公報(本件出願と同日に出願された特願平5-50882号の公開公報)
甲12:特開平6-264378号公報(本件出願と同日に出願された特願平5-50883号の公開公報)
甲13:特開平6-264344号公報(本件出願と同日に出願された特願平5-50884号の公開公報)
甲26の2:日本規格協会編「JIS用語辞典 繊維編」第1版第2刷,日本規格協会,1988年12月9日,p.45
甲29:化学大辞典編集委員会編「化学大辞典9」,縮刷版第9刷,共立出版,昭和44年9月20日,p.285
甲30:化学大辞典編集委員会編「化学大辞典5」,縮刷版第9刷,共立出版,昭和44年8月15日,p.748
甲31:特許庁編「平成22年度知的財産権制度説明会(実務者向け)テキスト 特許の審査基準及び審査の運用」,p.1-32
[口頭審理陳述要領書に添付]
甲14:特願平5-50884号に係る平成13年1月29日付け手続補正書
甲15:特願平5-50884号に係る平成16年10月6日付け手続補正書
甲16:特願平5-50884号(不服2001-4198号)に対する平成17年9月6日付け拒絶理由通知書
甲17:特願平5-50884号に係る平成17年9月9日付け手続補正書
甲18:特許第3735734号公報(特願平5-50884号の特許公報)
甲19:日本繊維機械学会編「産業用繊維資材ハンドブック」,初版,日本繊維機械学会,昭和54年6月25日,p.214-217
[口頭審理陳述要領書2に添付]
甲20:2009年7月10日付け東洋紡績株式会社の書簡
甲21:2009年8月10日付けユニチカ株式会社の書簡
甲22:2009年9月15日付け東洋紡績株式会社の書簡
甲23:2009年10月2日付けユニチカ株式会社の書簡
甲24:2009年10月23日付け東洋紡績株式会社の書簡
甲25:2009年11月6日付けユニチカ株式会社の書簡
参考資料7:平成22年12月28日言渡の平成22年(行ヶ)第10229号判決
参考資料8:平成22年10月28日言渡の平成22年(行ヶ)第10064号判決
証人尋問申出書及び尋問事項書:ユニチカ株式会社の中道喜久美及び東洋紡績株式会社の竹内秀夫を証人とするもの
[上申書3に添付]
甲32:平成23年2月25日付け植木久一のファクシミリ送信書兼上申書3(請求人)の受領書(ヘッダー部の表示:2011年2月25日13時56分 アスフィ国際特許事務所)
甲33:平成23年2月25日付け奥村茂樹のファクシミリ送信書兼上申書3(被請求人)の受領書(ヘッダー部の表示:2011年2月25日15時53分 アスフィ国際特許事務所)
甲34:「2010年度第5回関西化学部会開催案内」と題するウェブページの印刷物<URL:http://www.jipa,or.jp/form/nishi_kagaku1005.html>
甲35:「2010年度第5回関西化学部会出席者名簿」と題する書面
甲36:平成23年3月16日付けのユニチカ株式会社の中道喜久美の陳述書
甲37:化学用語辞典編集委員会編「第三版 化学用語辞典」,3版1刷,技報堂,1992年5月16日,p.830-831
甲26の3:日本規格協会編「JIS用語辞典 繊維編」,第1版第2刷,日本規格協会,1988年12月9日,p.82
甲27の2:日本繊維機械学会編「繊維工学〔I〕繊維の科学と暮らし」,日本繊維機械学会,平成3年11月25日,p.183-193
[上申書5に添付]
甲38:日本繊維機械学会編「新繊維用語辞典」,日本繊維機械学会,1975年5月30日,p.368
[審理再開申立書に添付]
甲39:ユニチカ株式会社の中道喜久美が平成21年12月28日に採録した「東洋紡 ポリ乳酸繊維・不織布関連特許の実施許諾交渉」の録音を格納したとされるUSBメモリー
甲40:ユニチカ株式会社の藤丸祥子が平成23年4月7日に作成した甲39の文字起こし
甲41:一見輝彦「ファッションのための繊維素材辞典」,第1刷,ファッション教育社,1995年5月1日,p.238-241,250-251
甲42:東レ・モノフィラメント株式会社のウェブページの印刷物<URL:http://www.toray-mono.com/>

4 補正の許否
請求人提出の上申書において新たに主張された無効理由のうち、無効理由2については、口頭審理において、この無効理由を追加する補正は、許可しないとの決定がされている。(第1回口頭審理調書、審判長の項の3を参照)
同じく無効理由3?5については、平成23年4月14日付けのの補正許否の決定により、これらの無効理由を追加する補正は、許可された。(同、審判長の項の4も参照)

5 まとめ
以上のとおりであるから、本件審判請求における請求人が主張する無効理由は、上記1に記載した無効理由1及び上記2に記載した無効理由3?5である。

第5 当審が通知した無効理由の概要
平成22年11月9日付けで通知した無効理由の概要は、以下のとおりである。
本件発明は、その出願前に頒布された下記刊行物1?6に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本件特許は、特許法第123条第1項第2号の規定により無効とされるべきものである。

刊行物1:特開昭63-264913号公報
刊行物2:特開平3-262430号公報
刊行物3:繊維学会編「繊維便覧-加工編-」,丸善,昭和44年5月30日,p.494-495,1176-1183
刊行物4:日本繊維機械学会編「産業用繊維資材ハンドブック」初版,日本繊維機械学会,昭和54年6月25日,p.545-557(請求人が提出した甲1)
刊行物5:特開平5-59612号公報(請求人が提出した甲2)
刊行物6:特開平4-57953号公報(請求人が提出した甲3)

第6 被請求人の主張の概要及び被請求人が提出した証拠方法

1 被請求人の主張の概要
被請求人は、「本件審判の請求は、成り立たない。本件審判の請求費用は、請求人の負担とする。」との審決を求め、請求人が主張する無効理由のいずれにも理由がない旨の反論をしている。また、当審が通知した無効理由にも理由がない旨の主張をしている。

2 被請求人が提出した証拠方法
既に前記第2の3の項で言及したものもあるが、以下の証拠方法が提出されている。
[口頭審理陳述要領書に添付]
乙1:辻秀人「ポリ乳酸-植物由来プラスチックの基礎と応用-」,初版,産業図書,2008年4月11日,p.73-114
[上申書3に添付]
乙2:平成23年2月25日付けの東洋紡績株式会社の竹内秀夫の陳述書
[上申書4に添付]
乙3:日本化学繊維協会「合繊長繊維不織布ハンドブック」,増刷,日本化学繊維協会,1999年7月,p.12
乙4:繊維総合辞典編集委員会編「繊維総合辞典」,初版第1刷,繊維新聞社,2002年10月10日,p.653,678-679
乙5:日本繊維機械学会編「産業用繊維資材ハンドブック」,初版,日本繊維機械学会,昭和54年6月25日,p.210-217
[上申書5に添付]
乙6:平成23年4月5日付けの東洋紡績株式会社の竹内秀夫の陳述書
乙7:日本規格協会編「JISハンドブック 31 繊維」,第1版第1刷,日本規格協会,2006年6月26日,p.112-113,108-111
乙8:「製品紹介」と題するウェブページの印刷物<URL:http://www.unitika.co.jp/terramac/products/fiber/p01.html>

第7 当審の判断
当審は、上記無効理由1、3?5はいずれも理由がない、と判断する。また、特許請求の範囲が訂正された結果、当審が通知した無効理由も理由がなくなったと判断する。
その理由は、以下のとおりであるが、事案に鑑み、無効理由5、同3、同4、同1、当審が通知した無効理由の順に示すことにする。

1 無効理由5について
無効理由5の概要は、「スパンボンド」がどのような概念を持っているのか判然としないから、特許請求の範囲には、特許を受けようとする発明の構成に欠くことのできない事項のみが記載されておらず、特許法旧第36条第5項第2号の規定に違反しているものであって、本件特許は、特許法旧第36条第5項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第123条第1項第4号に該当し、無効とすべきものである、というものである。

(1)請求人の主張
請求人は、概略以下の主張をしている。
「スパンボンド」という用語は業界用語であって、恣意的に種々の意味合いで用いられている。しかも、本件明細書には「スパンボンド」の定義が記載されていないのであるから、当業者は「スパンボンド」がどのような概念を持っているのか判然としない。(上申書、17?18頁第6の2)
「スパンボンド」における接着の概念に機械的接結が含まれているとまで断定はできないし、「スパンボンド」という用語は業界用語であって確たる定義がなく、甲19、乙3、乙5、甲6、甲7、甲38によれば「スパンボンド不織布」の構成繊維は長繊維又は短繊維のいずれかということになる。(上申書5、14?16頁第3)

(2)検討
「溶融紡糸によるスパンボンド不織布」が何を意味するかについては、既に上記第2の2(1)エ、オにおいて、訂正の適否に関連して、上記甲号証及び乙号証を検討したとおりである。すなわち:
スパンボンド不織布は、一般的には、従来の短繊維を用いた不織布と対比される、長繊維を用いた不織布であって、紡糸しながら布がつくられるものである。その製造法は、多数の孔を有するノズルから原料のポリマを溶融押出して多数のフィラメントとし、この多数のフィラメントを分離し、堆積させてウェブとし、接着させてシートとすることからなる。この接着には、溶融接着、接着剤による接着、機械的な接着がある。溶融接着は、熱軟化樹脂や低融点繊維を利用したり点状にエンボスするもの、接着剤による接着は、バインダ液を適用するもの、機械的な接着は、ステッチボンドやニードル・パンチを適用するものが、それぞれ該当する。
したがって、「スパンボンド」の概念が明確でないとはいえないし、また、その接着の概念に機械的接結が含まれるといえる。
さらに、構成繊維が短繊維であるスパンボンド不織布が、本件訂正後の「溶融紡糸によるスパンボンド不織布」に含まれないことも、上記第2の2(1)ウ、カにおいて検討したとおりである。
したがって、請求人の主張は採用できない。

(3)まとめ
以上のとおり、特許請求の範囲の記載は、明確であって、特許を受けようとする発明の構成に欠くことのできない事項のみが記載されているから、明細書の特許請求の範囲の記載は特許法旧第36条第5項第2号に適合し、本件特許は、同条同項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものではないから、同法第123条第1項第4号に該当せず、無効理由5によっては、無効とすべきものでない。

2 無効理由3について
無効理由3の概要は、本件発明は、本件出願日前に頒布された甲1に記載された発明並びに甲2?甲4及び刊行物2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないし、同じく甲10に記載された発明並びに甲2?甲4及び刊行物2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであって、本件特許は、同法同条の規定に違反してされたものであるから、同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきものである、というものである。

(1)甲1?甲4、刊行物2及び甲10の記載
甲1?甲4、刊行物2及び甲10は、いずれも本件出願前に頒布された刊行物である。

ア 甲1(「産業用繊維資材ハンドブック」,昭和54年,p.545-557)には、以下の記載がある。
(1a)「農業資材とは一般に,農機具,飼肥料,農薬,種苗,フィルム,袋類等いろいろ挙げられるが,そのうち繊維を使用した農業資材は,農林省統計資料等をみても農業資材全体に占める割合は非常に小さい。
しかし繊維消費量からみれば,繊維使用農業資材は多種かつ多量である。そこで繊維使用農業資材の分類をとりまとめてみると表3・107の通りである。」(545頁3?7行)
(1b)「表3・107 繊維使用農業資材の分類」と題する表(545頁)に、「分類」、「用途」、「使用目的および使い方」の項目で記載され、「分類」ごとに、「用途」と「使用目的および使い方」を抜粋すると以下のとおりである:
分類「直接生産資材」では、
「寒冷紗(含遮光シート・防風網)」が「防虫,防霜,防風,遮光等を目的とする被覆資材」、
「不織布」が「保温,防草,遮光等」、
分類「輸送,保管資材」では、
「シート」が「農作物保管用(ビート,タマネギ等)」。
(1c)「寒冷紗に要求される諸特性をあげると表3・109の通りである。
表3・109(「基本物性」の項に「強伸度,耐候性,耐蝕性,耐水性,耐摩耗性,耐薬品性,形態安定性」と記載されている。)
・・・一般的にいえば,基本物性では,強伸度,耐候性,耐蝕性が用途面からいえば保温性,防霜性,防虫性等が重要である。」(547頁14?下から8行)
(1d)「表3・110 寒冷紗およびネットの種類と使用目的」と題する表(548頁)に、「分類」、「繊維の形態」、各種「項目」(「備考」を含む。)の項目で記載され、「分類」ごとに、「繊維の形態」と「備考」は、次のとおりである:
分類「織物」では、
「紡績糸」が「ビニロン」、「ポリエステル」及び「アクリル」、
「モノフィラメント」が「ビニロン」及び「ポリエチレン」、
「フイルムヤーン」が「ポリエチレン」、
分類「編物」では、
「モノフィラメント」及び「マルチフィラメント」が「ポリエステル」。
(1e)「寒冷紗用繊維としてはビニロン,ポリエチレン,ポリエステルおよびアクリルが使用されている。このうちビニロンが大部分のシェアを占め,ポリエチレンがこれについでいる。」(549頁5?7行)
(1f)「寒冷紗はメッシュ状に織物を製織したのち,目止め樹脂加工し,適正な硬さ,風合いを付与して製品とする。
・・・・・・・・・・
寒冷紗の織組織は一般に平織で,また編物寒冷紗はラッセル編が中心である。」(553頁23行?554頁2行)
(1g)「スパンボンドを主体とした乾式不織布および湿式不織布・・・の,農園芸用における直接生産資材への利用は,現状ではフィルムや寒冷紗に比較して少なく,今後の発展に期待するところが大きい。ここでは,スパンボンドを含む乾式不織布の特徴・・・について述べる。
・・・・・・・・・・
不織布の製造技術について,ここでは農業用としての視点から不織布の特徴をあげる。表3・115は不織布,織物・・・の物性比較を示す。この表からみて明らかなように,不織布は寒冷紗に比べて,組織が密で均一なため通気性が小さく,遮光率が大きい・・・等の特徴がある。
・・・・・・・・・・
施設園芸用としては,ガラス温室およびビニールハウス等の内張りカーテンとして不織布が利用されつつある^(12))。この用途は,冬期には保温用として利用され,ハウス内部の天井部を不織布のカーテンで仕切り,保温スペースを縮小し,暖房用重油の節約をはかる。・・・また,夏期には,蔬菜類定植時の活着促進や,花卉栽培のための遮光シートとして利用される。
水稲関係では,機械植えの育苗用被覆資材として使用した場合,不織布のもつ適度な保温性,通気性,遮光性により,発芽促進(発芽状態の均一化),高温多湿による葉焼け防止,直射日光による白化現象の防止等に効果が認められている。さらに寒冷地帯の水稲育苗用にも使用されつつある。その他,煙草,各種蔬菜類の育苗,栽培用の保温材としても検討されている。」(554頁下から14行?555頁下から4行)
(1h)「表3・115 不織布,織物・・・の物性比較」と題する表(555頁)に、「形態」ごとに、「素材」、「厚さ(mm)」、「重さ(g/m^(2))」、「引張強力(kg/5cm巾)」、「伸度(%)」、「引裂強力(kg)」、「通気性(cc/cm^(2)/sec)」、「遮光率(%)」の項目で記載され、形態「短繊維不織布」は素材が「ポリエステル」、形態「(寒冷紗A-4)スパン糸織物」は素材が「ビニロン」である。

イ 甲2(特開平5-59612号公報、発明の名称「微生物分解性マルチフイラメント」)には、以下の記載がある。
(2a)「【請求項1】ポリカプロラクトンからなるマルチフィラメントであって、その引張強度が4.0g/d以上、引張破断伸度が30%以上であることを特徴とする微生物分解性マルチフィラメント。」
(2b)「【0002】【従来の技術】従来、漁業や農業、土木用として用いられる産業資材用繊維としては、強度及び耐候性の優れたものが要求されており、主としてポリアミド、ポリエステル、ビニロン、ポリオレフィン等からなるものが使用されている。しかし、これらの繊維は自己分解性がなく、使用後、海や山野に放置すると種々の公害を引き起こすという問題がある。この問題は、使用後、焼却、埋め立てあるいは回収再生により処理すれば解決されるが、これらの処理には多大の費用を要するため、現実には海や山野に放置され、景観を損なうばかりでなく、鳥や海洋生物、ダイバー等に絡みついて殺傷したり、船のスクリューに絡みついて船舶事故を起こしたりする事態がしばしば発生している。
【0003】このような問題を解決する方法として、自然分解性(微生物分解性又は生分解性)の素材を用いることが考えられる。
【0004】従来、自然分解性ポリマーとして、セルローズやキチン等の多糖類、カット・グット(腸線)や再生コラーゲン等の蛋白質やポリペプチド(ポリアミノ酸)、微生物が自然界で作るポリ-3-ヒドロキシブチレート又はその共重合体のような微生物ポリエステル、ポリグリコリド、ポリラクチド、ポリカプロラクトン等の合成脂肪族ポリエステル等がよく知られている。
【0005】しかし、これらのポリマーから繊維を製造する場合、湿式紡糸法で製造しなければならなかったり、素材のコストが極めて高いため、製造原価が高価になったり、高強度の繊維を得ることができなかったりするという問題があった。」
(2c)「【0009】【発明が解決しようとする問題点】本発明は、比較的安価で、かつ、実用に供することができる強度を有し、微生物により完全に分解されるポリカプロラクトンからなるマルチフィラメントを提供しようとするものである。」
(2d)「【0017】実施例1?4及び比較例1
メルトフローレートが30及び4のポリカプロラクトンをそのままあるいは適当にブレンドして、表1に示したメルトフローレートとなるようにあらかじめ2軸のエクストルーダーで溶融混練後、チップ化したポリマーを用いて、0.5mmφ×24ホールの紡糸口金からそれぞれ表1に示す温度で溶融紡糸した。未延伸糸を一旦巻き取った後、約3倍に冷延伸し、75d/24fのマルチフィラメントを得た。得られたマルチフィラメントの引張り強伸度特性及び微生物分解性評価結果を表1に示す。
【0018】
【表1】
メルトフローレート 紡糸温度 引張り強伸度特性 微生物
(g/10min) (℃) 強度(g/d) 伸度(%) 分解性
実施例1 4 270 5.51 33.3 良好
実施例2 10 260 5.34 34.1 良好
実施例3 15 250 5.12 35.2 良好
実施例4 25 210 4.28 37.6 良好
比較例1 30 200 3.80 37.4 良好 」
(2e)「【0019】【発明の効果】本発明によれば、実用に耐え得る強伸度特性を有し、かつ微生物分解性のマルチフィラメントが提供される。本発明のマルチフィラメントは、漁業用資材、農業用資材、土木用資材、衛生材、廃棄物処理材等として好適であり、使用後微生物が存在する環境(土中又は水中)に放置しておけば一定期間後には完全に生分解されるため、特別な廃棄物処理を必要とせず、公害を防止に有用である。」

ウ 甲3(特開平4-57953号公報、発明の名称「微生物分解性不織布」)には、以下の記載がある。
(3a)「1.ポリカプロラクトンを3?30重量%含むポリエチレンから成る単糸繊度5デニール以下の繊維で構成されている微生物分解性不織布。」(特許請求の範囲)
(3b)「産業上の利用分野
本発明は微生物分解性を具備した不織布に関するものである。さらに詳しくは、使い捨ておむつや生理用品のカバーストックあるいは、ワイパーや包装材料などの一般生活資材として好適で、しかも微生物分解性を兼ね備えた不繊布に関するものである。」(1頁左下欄9?15行)
(3c)「従来の技術
不織布は衛生材、一般生活資材や産業資材として広く使用されており、不織布を構成する繊維素材はポリエチレン、ポリプロピレン、ポリエステル、ポリアミドなどが主なものである。・・・使用済みの不織布は・・・焼却処理が広く行なわれているが、多大の諸経費が必要とされる。・・・近年、廃棄プラスチックスによる公害が発生しつつあり・・・使い捨て製品の分野で、年々その使用量が増大している不織布に関して、短期間の内に、自然に分解される新しい不織布が要望されている。・・・
・・・・・・・・・・
・・・微生物分解性で熱可塑性のある共重合ポリエステルが生産されるようになっている。・・・
この他の合成高分子素材として、脂肪族ポリエステルであるポリグリコリドやポリラクチドおよびこれらの共重合体が広く知られている。これらの重合体は、熱可塑性であることから、溶融紡糸が可能であるが、重合体のコストが高いため、その適用は、生体吸収性縫合糸のような分野に限られている。
・・・・・・・・・・
以上のように、微生物分解性で、しかも熱可塑性のある細繊度の繊維を安価に得ることは極めて困難であることから、プラスチック成形品やフィルムなどの分野に比べ、繊維分野での微生物分解性の実用化が著しく遅れているといえる。」(1頁左下欄16行?2頁右上欄18行)
(3d)「発明が解決しようとする課題
本発明は、以上のような背景を踏まえて、汎用素材であるポリエチレンをベースとして、微生物分解性と熱可塑性とを兼ね備えた安価な不織布を提供することを目的とするものである。」(2頁右上欄19行?左下欄3行)
(3e)「実施例1?4、比較例1?2
平均分子量が約4万のポリカプロラクトンと、オクテン-1を5重量%含有し、密度が0.937g/cm^(3)、メルトインデックス値がASTMのD-1238(E)の方法で測定して25g/10分、融点が125℃の直鎖状低密度ポリエチレン(LLDPE)とを二軸の混練用エクストルーダーを用いて、種々の割合に混合してマスターチップを作成した。・・・次に、得られたマスターチップを用い、孔径0.35mm、孔数64ホールのノズルを複数個使用し、1.2g/分/ホールの吐出量で、230?250℃の紡糸温度範囲にて溶融押し出しし、ノズル下120cmの位置に設けたエァーサッカーを使用して連続マルチフィラメントを3500m/分の速度で引き取り、移動するエンドレスの金網上にフィラメントを捕集してウェッブとした後、金属エンボスロールと金属フラットロールを用いて、線圧30kg/cm、圧接面積率20%、熱処理温度105℃にて加熱処理して単糸繊度3dのフィラメントで構成される目付20g/m^(2) のスパンボンド不織布を得た。得られた各不織布の性能を第1表に示す。なお、第1表の中で微生物分解性については、不織布を10?25℃の土壌中に6ケ月埋設した後、不織布がその形態を保っているか否か、あるいは形態を保っていても引張強力が初期の50%以下に低下しているか否かで判定した。不織布の形態を保っていても引張強力が初期の50%以下に低下したものを微生物分解性良好とし、そうでないものを微生物分解性不良とした。微生物分解性良好の場合でも不織布の初期引張強力が800g/3cm未満である場合には総合評価として不良とした。
第1表
ポリカプロラクトン 不織布性能 微生物 総合
含有量(重量%) 引張強力(g/3cm) 分解性 評価
実施例1 3 1100 良好 良好
〃 2 10 1020 〃 〃
〃 3 20 910 〃 〃
〃 4 30 880 〃 〃
比較例1 1 1120 不良 不良
〃 2 35 670 良好 不良

第1表の結果からも、実施例1?4のポリカプロラクトンを3?30重量%含む不織布は不織布性能(引張強力)、微生物分解性共に良好であることが判る。」(3頁右上欄18行?4頁左上欄下から7行)
(3f)「発明の効果
以上のように本発明によれば、大幅なコストアップを伴うことなく、引張強力が大で微生物分解性と熱可塑性とを兼ね備えた不織布を得ることができる。」(4頁左上欄下から6?下から2行)

エ 甲4(欧州特許出願公開第510999号明細書、発明の名称「分解性高分子網状体」)には、以下の記載がある(上記の発明の名称も含め、日本語訳で示す。)。
(4a)「1.ポリ乳酸又は乳酸-ヒドロキシカルボン酸共重合体の繊維状分枝を含む網状構造を有する分解性高分子網状体。」(12頁、請求の範囲第1項)
(4b)「従来より、ポリオレフィン、ポリ塩化ビニル又はポリアミドを主体とする汎用樹脂に有機又は無機発泡剤を特定割合で混合し、溶融押出法によって押出発泡して押出物中に気泡を生じさせ、押出物を引き伸ばすことによって、気泡を開繊させることによって、プラスチック網状体を得ることが知られている。
・・・・・・・・・・
しかしながら、上記樹脂からなる不織繊維網状体、すなわち、高分子網状体は、自然環境下で加水分解速度が極めて遅く、土中に埋設しても半永久的に残存する。高分子網状体の海での処理は、景観を損なったり、海の生物の生活環境を破壊する。このように、廃棄物の処理は、消費の拡大に伴って社会問題となっている。
・・・・・・・・・・
ポリ乳酸及びその共重合体は、熱可塑性で加水分解しうる高分子として知られている。これらのポリ乳酸を主体とする高分子は、コーンスターチやコーンシロップのような安価な原料を発酵させることによって得られる。また、エチレンのような石油化学原料からも得られる。」(2頁5?23行)
(4c)「本発明の分解性高分子網状体は、加水分解性であることに特徴を有し、加えて適度な柔軟性を有している。このため、この網状体は、油や体液の吸収材料、遮光材、断熱材、フィルター材及び包装材料として有用である。この網状体は、使用後に廃棄しても自然環境下で加水分解され、工業廃棄物として蓄積されることはない。また、この網状体を海へ廃棄しても、海の生物の生活環境を破壊することもない。」(2頁53?58行)

オ 刊行物2(特開平3-262430号公報、発明の名称「漁網」)には、以下の記載がある。
(102a)「1.分解性高分子をその構成素材としたことを特徴とする漁網。
2.分解性高分子がポリグリコール酸であることを特徴とする請求項1記載の漁網。
3.分解性高分子がポリ乳酸であることを特徴とする請求項1記載の漁網。」(特許請求の範囲第1項?第3項)
(102b)「(作用)
本発明は、前記のように分解性、特に、水分により分解する高分子にて漁網を構成したので、水中に放置しておよそ数ヵ月?1年以上経過後にはモノマー化し、最終的には微生物の餌となって消失してしまうので従来のような放置に伴う環境汚染の問題を生じない。」(2頁右上欄2?8行)
(102c)「尚、本発明を構成するポリグリコール酸は、以下の構造式で示され、
O O
? ?
-(C-CH_(2)-O-C-CH_(2)-O)_(n)-
グリコリドは以下の構造式で示される。
・・・・・・・・・・・・・・・・
また、ポリ乳酸は、L体、D,L体、D体等の異性体、L体とD体の混合ラクチドを原料として化学的に重合、合成されたものがあるが、以下の構造式で示される。
O O
? ?
-(C-*CH-O-C-*CH-O)_(n)-
| |
CH_(3) CH_(3) 」(2頁右上欄17行?左下欄7行)
(102d)「これらの分解性ポリマーは夫々異なった分解性、弾性、強度を示し、その分子量、重合比率、混合比率によっても様々な特性を示す。
従ってその目的、用途によって適宜これらを選択して用いることができ、例えば、2ヵ月単位で分解性の異なる構成とすることができる。」(2頁右下欄4?9行)
(102e)「前記したポリマーの性状について一例を挙げると、ポリグリコール酸、グリコリドは他のポリマーと比較して分解速度が速く、約20℃に維持された水中において数ヵ月でモノマー化し、分解してしまうが、漁網として必要とされる4g/d以上の強度、25?40%の伸度を備え、透明感、乱反射のない性質も有する。」(2頁右下欄10?16行)
(102f)「(実施例1)
固有粘度0.8のポリグリコール酸を原料とし、これをノズル温度250℃で溶融紡糸した後30℃に急冷し、90℃の環境下で6倍に延伸し、次いで0.9倍の弛緩熱処理を行って直径0.221ミリのモノフィラメント糸を得た。
かかる糸条について、JISの測定法に準じてその物性を測定したところ強度5.8g/d、伸度27.9%の性能を有した。
・・・・・・・・・・
以上のようにして得た糸条を用い、漁網を編成し、20℃の水中に継続して浸漬してその強度低下、分解の変化を観察したところ、約1週間後には強度が約50%に半減し、3週間後においては強度がほぼゼロとなり、6週間以上経過後においてはモノマー化して繊維状のものが消滅してしまった。
・・・・・・・・・・
また、かかる処理後の糸に対し、更に、結晶化温度以上、融点以下の熱処理を2時間以上具体的には、80?200℃で2?36時間の熱処理を行なうことは、強度劣化の程度を遅延させ、或は調整する上において有効な手段である。」(2頁右下欄18行?3頁右上欄17行)
(102g)「(発明の効果)
本発明は以上のように経時的に強度劣化し、最終的には自然の中で消失してしまう特性を有するので、老朽化した網の処分も不要となり、海中に投棄して、或は陸上に放置して、何れも水分の影響を受けて分解、消失するため従来のような環境汚染の問題を生じない。
また、本発明においては、分子量を変えたり異種のポリマーとの共重合化、混合により分解性のコントロールが可能であり、その目的に応じて、性能に変化を持たせることができる利点がある。」(3頁右上欄18行?左下欄8行)
(102h)「尚、網を構成する糸の形態としては、モノフィラメト、マルチフィラメント、合撚、組紐状等その態様は任意であり、また、かかる素材を適用して糸、紐、ロープ、網、シート、フィルム、成型物等を構成し、当該分野において使い捨て、放置に伴う環境汚染を回避するに必要があればこれを用いれば本発明と同一の効果を得ることができるものである。」(3頁右下欄8?15行)

カ 甲10(特開平2-139468号公報、発明の名称「農業用不織シート」)には、以下の記載がある。
(10a)「(1)ポリエチレンテレフタレートを芯成分とし,ポリエチレンテレフタレートより融点が20℃以上低い熱可塑性重合体を鞘成分とする複合繊維からなる不織布であって,前記複合繊維が長繊維フイラメントからなり,かつ,該複合繊維の鞘成分に紫外線吸収剤が含有されている複合繊維からなる農業用不織シート。」(特許請求の範囲第1項)
(10b)「本発明は,作物に直接かけて使用するいわゆるべたがけ用や作物の上方にアーチ状に敷設するトンネル用に主として用いられる保温を目的とした農業用不織シートに関するものである。」(1頁左下欄14?17行)
(10c)「本発明の農業用不織シートを構成する芯鞘フィラメントの鞘成分となる熱可塑性重合体は,ポリエチレンテレフタレートの融点より20℃以上低いものであれば,特に制限されるものではなく,通常不織布に使用されるポリエチレン,ポリプロピレン,ナイロン,さらには芯成分と同じエチレンテレフタレート単位を含む共重合ポリエチレンテレフタレートであってもよい。」(2頁右上欄18行?左下欄5行)
(10d)「本発明の不織シートを構成する芯鞘構造複合繊維は,通常,工業的に使用されている芯鞘型複合紡糸口金を用いて製造することができる。例えば,溶融した熱可塑性樹脂を紡糸孔へ導くための導入部分の上部で,溶融した鞘成分の樹脂の中央部分に溶融した芯成分の樹脂を注入するような構造を持ったものが多用されている。また,紡糸したフィラメントを不織シートにする方法については,いわゆるスパンボンド法と総称されている方法が利用できる。たとえば,空気圧を利用してフィラメント束を引き取りながら延伸し,コロナ放電等の方法で静電気的に開繊し,移動する多孔質帯状体の上に堆積することでウエブ化したのち部分的に熱圧接することで固定するというような方法が一般的である。」(3頁右上欄1?15行)
(10e)「実施例1
固有粘度が0.7のポリエチレンテレフタレートを芯成分とし,密度が0.973g/cm^(3),ASTM-D 1238(E)法によるメルトインデックス値が25g/10分,融点が134℃である高密度ポリエチレンにチバガイギー社のベンゾトリアゾール系紫外線吸収剤(商品名;チヌビン328)を該ポリエチレンの1.5重量%を添加したものを鞘成分とする2成分芯鞘構造で、単糸繊度が3.0デニール,芯成分に対する鞘成分の重量比が1.0のフィラメントを紡糸し,空気圧で延伸し,開繊した後,移動する多孔質帯状体に堆積しウエブ化した。このウエブを110℃に加熱した一対のロールからなる熱圧接装置により部分的に熱圧接し,最終的に目付が15g/m^(2) である不織シートを得た。」(3頁右下欄10行?4頁左上欄4行)
(10f)「本発明の不織シートは,芯鞘型複合繊維からなる不織布であって,問題となる耐候性についても鞘部分に紫外線吸収剤を含有させることで保温性能と耐候性能のいずれも優れたものとなり,農業用シートとして広く用いられるものである。」(4頁左下欄1?5行)

(2)甲1に記載された発明との対比・判断

ア 甲1に記載された発明
甲1には、繊維使用農業資材には、不織布からなり保温、防草、遮光等の目的で使われるものがあること(摘示(1a)(1b))、そして、農業用不織布として、スパンボンド不織布や、ポリエステルを素材とする短繊維不織布があること(摘示(1g)(1h))が記載されている。
したがって、甲1には、
「繊維使用農業資材であって、スパンボンド不織布又はポリエステルを素材とする短繊維不織布からなり、保温、防草、遮光等を目的として使われる、上記繊維使用農業資材」
の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されているということができる。

イ 対比
本件発明と甲1発明を対比する。
甲1発明の、スパンボンド不織布又は短繊維不織布からなる繊維使用農業資材は、「農業用」の「不織布」であって、いずれの不織布も、「保温、防草、遮光等」の使用目的に使うことができるものと認められ、これらの使用目的からして、本件発明の「保温用不織布」、「防草用不織布」及び「遮光用シート」に相当する。
甲1発明におけるスパンボンド不織布の素材は、甲1には明示されていないが、
(i)甲1には、短繊維不織布につき素材としてポリエステルが示されていること(摘示(1h))、
(ii)甲1には、不織布からなる繊維使用農業資材と同様にシート状の繊維使用農業資材であって用途も保温、防草等で重複しているが織布からなるものである寒冷紗(摘示(1b)(1c)(1f))について、強伸度、耐候性、耐蝕性の観点からビニロン、ポリエチレン、ポリエステル及びアクリルが使用されることが示されていること(摘示(1c)(1d)(1e))、
(iii)スパンボンド不織布は、上記第2の2(1)エ、オで検討したとおり、一般的には溶融紡糸しながら布がつくられるものであり、ポリエステルから製造できること(例えば、上記第2の2(1)エで摘示したとおり、甲6の155頁に「現在使用されているのはナイロン,ポリエステル,ポリプロピレンであり」と記載されている。)、
からすると、甲1発明におけるスパンボンド不織布は、ポリエステルからつくられたものを包含していると解され、このポリエステルから溶融紡糸によりつくられたものは、ポリエステルを主成分とする溶融紡糸によるスパンボンド不織布といえる。なお、合成繊維の技術分野において、単に「ポリエステル」というときは、通常は「ポリエチレンテレフタレート」であり、式-CO-φ-CO-OCH_(2)CH_(2)O-(審決注:φは1,4-フェニレン基)を主たる繰り返し単位とする芳香族ポリエステルである。
一方、本件発明の「式-O-CH(CH_(3))-CO-を主たる繰返し単位とするポリ乳酸」は、ポリエステルの一種である。
そうすると、本件発明と甲1発明は、
「ポリエステルを主成分とする、遮光用シート、保温用不織布又は防草用不織布である、農業用の溶融紡糸によるスパンボンド不織布」
である点で一致し、以下の点で相違する。
相違点:上記の、ポリエステルを主成分とする、遮光用シート、保温用不織布又は防草用不織布である、農業用の溶融紡糸によるスパンボンド不織布が、本件発明では、式-O-CH(CH_(3))-CO-を主たる繰返し単位とするポリ乳酸を主成分とする生分解性の不織布であるのに対し、甲1発明では、ポリエステルを主成分とする生分解性でない不織布である点

ウ 相違点の検討

(ア)上記イでも検討したとおり、甲1発明におけるスパンボンド不織布の素材は、甲1には明示されていないものの、ポリエステルからつくられたものを包含していると解されるが、その根拠は、(i)甲1には短繊維不織布につき素材としてポリエステルが示されていること(摘示(1h))と、(ii)甲1には同様にシート状の繊維使用農業資材であって用途も保温、防草等で重複しているが織布からなるものである寒冷紗について、強伸度、耐候性、耐蝕性の観点からビニロン、ポリエチレン、ポリエステル及びアクリルが使用されることが示されていること(摘示(1b)?(1f))等であった。
甲1には、上記寒冷紗の要求特性に関し、基本物性として、上記の強伸度、耐候性、耐蝕性以外に、耐水性、耐摩耗性、耐薬品性、形態安定性が挙げられており(摘示(1c))、いずれも、分解や劣化が起こらずに長期使用できることを目指したものといえ、ポリエステル等は、この要求特性を満たすものとして用いられているといえる。不織布の場合も、用途が重複するから、要求特性は、同様であるといえる。
そして、甲1には、これとは異なり分解や劣化しやすい素材を、寒冷紗や農業用不織布に用いること、あるいはポリ乳酸を用いることは、記載されておらず、意図されていないといえる。

(イ)一方、甲2には、特許請求の範囲の請求項1に、「ポリカプロラクトンからなるマルチフィラメントであって、その引張強度が4.0g/d以上、引張破断伸度が30%以上であることを特徴とする微生物分解性マルチフィラメント」の発明が記載されている(摘示(2a))。
甲2には、「従来の技術」の欄に、
「従来、漁業や農業、土木用として用いられる産業資材用繊維としては、強度及び耐候性の優れたものが要求されており、主としてポリアミド、ポリエステル、ビニロン、ポリオレフィン等からなるものが使用されている。しかし、これらの繊維は自己分解性がなく、使用後、海や山野に放置すると種々の公害を引き起こすという問題がある。・・・海や山野に放置され、景観を損なうばかりでなく、鳥や海洋生物、ダイバー等に絡みついて殺傷したり、船のスクリューに絡みついて船舶事故を起こしたりする事態がしばしば発生している。」
と問題提起され、続けて、
「このような問題を解決する方法として、自然分解性(微生物分解性又は生分解性)の素材を用いることが考えられる。
従来、自然分解性ポリマーとして、セルローズやキチン等の多糖類、カット・グット(腸線)や再生コラーゲン等の蛋白質やポリペプチド(ポリアミノ酸)、微生物が自然界で作るポリ-3-ヒドロキシブチレート又はその共重合体のような微生物ポリエステル、ポリグリコリド、ポリラクチド、ポリカプロラクトン等の合成脂肪族ポリエステル等がよく知られている。
しかし、これらのポリマーから繊維を製造する場合、湿式紡糸法で製造しなければならなかったり、素材のコストが極めて高いため、製造原価が高価になったり、高強度の繊維を得ることができなかったりするという問題があった。」
として、産業資材用繊維に、よく知られている各種の自然分解性ポリマーを用いることの可能性が示唆され、ポリラクチド(審決注:ポリ乳酸に同じ。)も示されているものの、現実には問題解決ができなかったことが記載されており(摘示(2b))、その上で、上記特許請求の範囲の請求項1に係る発明の構成により、上記問題が解決することが記載されている(摘示(2c)?(2e))。
このように、甲2には、「ポリラクチド」との記載はあるが、参考的に示されているに過ぎず、現実に問題解決できる実体があるものとして記載されているのではない。

(ウ)また、甲3には、特許請求の範囲第1項に、「ポリカプロラクトンを3?30重量%含むポリエチレンから成る単糸繊度5デニール以下の繊維で構成されている微生物分解性不織布」の発明が記載されている(摘示(3a))。
甲3には、「従来の技術」の欄に、
「不織布は衛生材、一般生活資材や産業資材として広く使用されており、不織布を構成する繊維素材はポリエチレン、ポリプロピレン、ポリエステル、ポリアミドなどが主なものである。・・・使用済みの不織布は・・・焼却処理が広く行なわれているが、多大の諸経費が必要とされる。・・・近年、廃棄プラスチックスによる公害が発生しつつあり・・・」
と問題提起され、続けて、
「使い捨て製品の分野で、年々その使用量が増大している不織布に関して、短期間の内に、自然に分解される新しい不織布が要望されている。・・・
・・・・・・・・・・
この他の合成高分子素材として、脂肪族ポリエステルであるポリグリコリドやポリラクチドおよびこれらの共重合体が広く知られている。これらの重合体は、熱可塑性であることから、溶融紡糸が可能であるが、重合体のコストが高いため、その適用は、生体吸収性縫合糸のような分野に限られている。」
として、使い捨て製品の不織布に、自然に分解されることが広く知られている材料を用いることの可能性が示唆され、ポリラクチド(審決注:ポリ乳酸に同じ。)も示されているものの、現実には問題解決ができなかったことが記載されており(摘示(3c))、その上で、上記特許請求の範囲第1項に係る発明の構成により、上記問題が解決することが記載されている(摘示(3d)?(3f))。
このように、甲3には、「ポリラクチド」との記載はあるが、参考的に示されているに過ぎず、現実に問題解決できる実体があるものとして記載されているのではない。

(エ)甲4には、請求の範囲の請求項1に、「ポリ乳酸又は乳酸-ヒドロキシカルボン酸共重合体の繊維状分枝を含む網状構造を有する分解性高分子網状体」の発明が記載されている(摘示(4a))。
甲4には、従来の技術に関連して、
「従来より、ポリオレフィン、ポリ塩化ビニル又はポリアミドを主体とする汎用樹脂に有機又は無機発泡剤を特定割合で混合し、溶融押出法によって押出発泡して押出物中に気泡を生じさせ、押出物を引き伸ばすことによって、気泡を開繊させることによって、プラスチック網状体を得ることが知られている。
・・・・・・・・・・
しかしながら、上記樹脂からなる不織繊維網状体、すなわち、高分子網状体は、自然環境下で加水分解速度が極めて遅く、土中に埋設しても半永久的に残存する。高分子網状体の海での処理は、景観を損なったり、海の生物の生活環境を破壊する。このように、廃棄物の処理は、消費の拡大に伴って社会問題となっている。・・・」
と問題提起されている(摘示(4b))。そして、
「ポリ乳酸及びその共重合体は、熱可塑性で加水分解しうる高分子として知られている。これらのポリ乳酸を主体とする高分子は、コーンスターチやコーンシロップのような安価な原料を発酵させることによって得られる。また、エチレンのような石油化学原料からも得られる。」
として、ポリ乳酸について説明がされ(摘示(4b))、上記請求の範囲の請求項1に係る発明の構成により、上記問題が解決することが記載されている(摘示(4c))。
しかし、甲4の高分子網状体は、ポリ乳酸からなるものではあるが、特殊なものであり、スパンボンド不織布ではないし、農業用途のものでもない。

(オ)刊行物2には、特許請求の範囲第1項?第3項に、それぞれ、「分解性高分子をその構成素材としたことを特徴とする漁網」、「分解性高分子がポリグリコール酸であることを特徴とする請求項1記載の漁網」及び「分解性高分子がポリ乳酸であることを特徴とする請求項1記載の漁網」の発明が記載されている(摘示(102a))。
刊行物2には、上記特許請求の範囲第1項?第3項に係る発明の作用として、
「本発明は、前記のように分解性、特に、水分により分解する高分子にて漁網を構成したので、水中に放置しておよそ数ヵ月?1年以上経過後にはモノマー化し、最終的には微生物の餌となって消失してしまうので従来のような放置に伴う環境汚染の問題を生じない。」
と記載されている(摘示(102b))。
しかし、具体的に製造して、水により分解することが示されているのは、ポリグリコール酸についてのみであり、固有粘度0.8のポリグリコール酸を溶融紡糸して直径0.221ミリのモノフィラメント糸を得て、これを用いて漁網を編成し、20℃の水中に浸漬して観察すると、約1週間後には強度が約50%に半減し、3週間後においては強度がほぼゼロとなり、6週間以上経過後においてはモノマー化して繊維状のものが消滅してしまった、というもののみである(摘示(102f))。
このように、刊行物2には、「ポリ乳酸」との記載はあるが、具体的に示されているのはポリグリコール酸を素材としたもののみであって、その形態も、モノフィラメント糸から編成した網であって不織布ではないし、用途も、漁網であって農業用途ではない。

(カ)そうすると、甲1発明の、スパンボンド不織布又は短繊維不織布からなる繊維使用農業資材は、ポリエステルを素材としていて、それは、強伸度、耐候性、耐蝕性等の要求特性を満たし、分解や劣化が起こらずに長期使用できることを目指して素材が選択されたものといえるのであるから、甲1発明において、その素材を、生分解性でないポリエステルから生分解性のポリ乳酸にかえ、ポリ乳酸を主成分とする生分解性の不織布にしようとする動機付けとなるものは、何もないというべきである。
そして、甲2?甲4及び刊行物2に、漁業、農業又は土木用の産業資材用繊維や、衛生材、一般生活資材又は産業資材として用いられる不織布について、環境中に放置されると公害の問題があることが記載され、その問題の解決のために分解性のポリマーの使用が試みられていたことが記載され、ポリ乳酸にも言及がされていたとしても、ポリ乳酸は、甲2及び甲3には現実に問題解決できる実体があるものとして記載されているのではないし、甲4には農業用途でない特殊な高分子網状体が記載されるだけだし、刊行物2には具体的にはポリグリコール酸の漁網が記載されるだけでポリ乳酸は実体があるものとして記載されているのではない。
そうすると、甲1発明を熟知する当業者が、甲2?甲4及び刊行物2に記載される事項について知ったとしても、甲1発明の農業用の溶融紡糸によるスパンボンド不織布について、ポリエステルを主成分とする生分解性でない不織布であったものを、その素材をポリ乳酸に変更して、「式-O-CH(CH_(3))-CO-を主たる繰返し単位とするポリ乳酸を主成分とする生分解性の不織布」という相違点に係る本件発明の構成を備えたものとすることを、容易に想到できたということはできない。

エ 効果について
そして、本件発明は、その実施例1に記載された「得られた不織布片(縦10mm×横10mm)を土壌中に埋設し、重量変化を調査したところ半年後で初期重量の60%となり、一年後には29%となり、一年半後には形状を確認できないほど分解していた」で代表される、優れた生分解性と良好な物性を有し、使用後の焼却による大気汚染や放置による環境破壊の心配がない、という効果を奏するものである。この効果は、甲1?甲4及び刊行物2に記載された事項から予測できない。

オ まとめ
したがって、本件発明は、甲1発明並びに甲2?甲4及び刊行物2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(3)甲10に記載された発明との対比・判断

ア 甲10に記載された発明
甲10には、特許請求の範囲第1項に、「ポリエチレンテレフタレートを芯成分とし,ポリエチレンテレフタレートより融点が20℃以上低い熱可塑性重合体を鞘成分とする複合繊維からなる不織布であって,前記複合繊維が長繊維フイラメントからなり,かつ,該複合繊維の鞘成分に紫外線吸収剤が含有されている複合繊維からなる農業用不織シート」の発明が記載されている(摘示(10a))。該不織シートは、作物に直接かけて使用するべたがけ用や作物の上方にアーチ状に敷設するトンネル用に主として用いられる保温を目的としたものであると記載され(摘示(10b))、その鞘成分となる熱可塑性重合体は、ポリエチレン、ポリプロピレン、ナイロン又は共重合ポリエチレンテレフタレートであってよいとされ(摘示(10c))、溶融紡糸によるスパンボンド法で製造することも記載されている(摘示(10d))。その実施例には、芯成分がポリエチレンテレフタレートで鞘成分がポリエチレンである複合繊維からなる不織シートを得たことが記載され、その方法はスパンボンド法であると認められる。
したがって、甲10には、
「ポリエチレンテレフタレートを芯成分とし、ポリエチレンテレフタレートより融点が20℃以上低いポリエチレン、ポリプロピレン、ナイロン又は共重合ポリエチレンテレフタレートを鞘成分とする複合繊維からなる、溶融紡糸によるスパンボンド不織布であって、前記複合繊維が長繊維フイラメントからなり、かつ、該複合繊維の鞘成分に紫外線吸収剤が含有されている複合繊維からなる、保温を目的とした農業用不織シート」
の発明(以下、「甲10発明」という。)が記載されているということができる。

イ 対比
本件発明と甲10発明を対比する。
甲10発明の「保温を目的とした農業用不織シート」は、本件発明の「保温用不織布」に相当し、甲10発明における「ポリエチレンテレフタレート」は、ポリエステルであって、式-CO-φ-CO-OCH_(2)CH_(2)O-(審決注:φは1,4-フェニレン基)を主たる繰り返し単位とする芳香族ポリエステルであり、「共重合ポリエチレンテレフタレート」も同様の繰り返し単位を他の繰り返し単位とともに有するポリエステルである。
一方、本件発明の「式-O-CH(CH_(3))-CO-を主たる繰返し単位とするポリ乳酸」は、ポリエステルの一種である。
そうすると、本件発明と、甲10発明のうち複合繊維の鞘成分が共重合ポリエチレンテレフタレートであるものは、
「ポリエステルを主成分とする、保温用不織布である、農業用の溶融紡糸によるスパンボンド不織布」
である点で一致し、以下の点で相違する。
相違点’:上記の、ポリエステルを主成分とする、保温用不織布である、農業用の溶融紡糸によるスパンボンド不織布が、本件発明では、式-O-CH(CH_(3))-CO-を主たる繰返し単位とするポリ乳酸を主成分とする生分解性の不織布であるのに対し、甲10発明では、ポリエチレンテレフタレートを芯成分とし、ポリエチレンテレフタレートより融点が20℃以上低い共重合ポリエチレンテレフタレートを鞘成分とする複合繊維からなる、生分解性でない不織布である点

ウ 相違点’の検討
甲10発明は、甲10の特許請求の範囲第1項に係る発明が「ポリエチレンテレフタレートを芯成分とし,ポリエチレンテレフタレートより融点が20℃以上低い熱可塑性重合体を鞘成分とする複合繊維からなる不織布」であることを発明の構成に欠くことができない事項としていることから、同様に、このことを、発明の構成に欠くことができない事項とする発明である。そして、保温性と耐候性の両方を満たすようにしたものである(摘示(3f))。甲10には、甲10発明のこの構成をわざわざ捨てて、ポリ乳酸を主成分とする生分解性の不織布にしようとする動機付けとなるものは、何もないというべきである。
また、甲2?甲4及び刊行物2については、上記(2)ウで検討したとおりであって、ポリ乳酸は、甲2及び甲3には現実に問題解決できる実体があるものとして記載されているのではないし、甲4には農業用途でない特殊な高分子網状体が記載されるだけだし、刊行物2には具体的にはポリグリコール酸の漁網が記載されるだけでポリ乳酸は実体があるものとして記載されているのではない。
そうすると、甲10発明を知った当業者が、甲2?甲4及び刊行物2に記載される事項について知ったとしても、甲10発明の農業用の溶融紡糸によるスパンボンド不織布について、ポリエチレンテレフタレートを芯成分とし、ポリエチレンテレフタレートより融点が20℃以上低い共重合ポリエチレンテレフタレートを鞘成分とする複合繊維からなる、生分解性でない不織布であったものを、その素材をポリ乳酸に変更して、「式-O-CH(CH_(3))-CO-を主たる繰返し単位とするポリ乳酸を主成分とする生分解性の不織布」という相違点’に係る本件発明の構成を備えたものとすることを、容易に想到できたということはできない。

エ 効果について
上記(2)エで検討したのと同じである。その効果は、甲10、甲2?甲4及び刊行物2に記載された事項から予測できない。

オ まとめ
したがって、本件発明は、甲10発明並びに甲2?甲4及び刊行物2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(4)請求人の主張について

ア 請求人の主張
請求人は、概略以下の主張をしている。
ポリ乳酸は、周知の原料であるから、自然環境下で分解しやすい農業用スパンボンド不織布を得るため、甲1に記載されたスパンボンド不織布の一般の原料であるポリエステル等に代えて、甲2?甲4及び刊行物2に自然環境下で分解しやすい原料として記載されている周知のポリ乳酸を選択することは、当業者が容易になし得る。(上申書、18?20頁第6の3?5)
繊維集合体の使用中の耐久性と使用後の分解性とは、その置かれる環境が異なるものであるから、甲1及び甲10と、甲2?甲4及び刊行物2は、課題や解決の方向性が全く逆で組合せに阻害要因があるという被請求人の主張は誤りである。甲2?甲4及び刊行物2には、ポリ乳酸を素材とする繊維集合体を使用した後に、土中または水中に置いて分解させて廃棄すれば、環境上好ましいことが記載されているから、甲1又は甲10に記載された従来の素材からなる農業用スパンボンド不織布において、その使用後廃棄する際に、土中又は水注で分解しやすくするために、甲2?甲4又は刊行物2に記載された分解性の素材であるポリ乳酸を使用するようなことは、当業者が容易に想到し得る。(上申書5、6?13頁第2)

イ 検討
上記(2)及び(3)で示したとおりである。
甲1の繊維使用農業資材は、分解や劣化が起こらずに長期使用できることを目指したものといえ、甲10の農業用不織シートは、特定の素材の複合繊維からなる不織布であることを発明の構成に欠くことができない事項とし、保温性と耐候性の両方を満たすようにしたものであるから、甲1又は甲10に記載されている発明に、素材に分解性を持たせようとする甲2?甲4又は刊行物2に記載された発明を適用する動機付けとなるものは、何もない。また、甲2?甲4及び刊行物2にしても、ポリ乳酸は、甲2及び甲3には現実に問題解決できる実体があるものとして記載されているのではないし、甲4には農業用途でない特殊な高分子網状体が記載されるだけだし、刊行物2には具体的にはポリグリコール酸の漁網が記載されるだけでポリ乳酸が実体があるものとして記載されているのではない。
したがって、甲1又は甲10に記載されたスパンボンド不織布の原料であるポリエステル等に代えてポリ乳酸を選択することを、当業者が容易になし得るとはいえない。
したがって、請求人の主張は採用できない。

(5)無効理由3についてのまとめ
以上のとおり、本件発明は、甲1発明並びに甲2?甲4及び刊行物2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえず、甲10発明並びに甲2?甲4及び刊行物2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるともいえないから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないということはできない。
よって、本件特許は、特許法第29条の規定に違反してなされたということはできず、同法第123条第1項第2号に該当せず、無効理由3によっては、無効とすべきものではない。

3 無効理由4について
無効理由4の概要は、本件発明は、本件出願日前に頒布された甲3に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないものであって、本件特許は、同法同条の規定に違反してされたものであるから、同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきものである、というものである。

(1)甲3の記載
甲3(特開平4-57953号公報、発明の名称「微生物分解性不織布」)の記載は、既にに上記2(1)ウにおいて(3a)?(3f)として摘示した。

(2)対比・判断

ア 甲3に記載された発明
摘示(3a)によれば、甲3には、その特許請求の範囲第1項に係る発明として、
「ポリカプロラクトンを3?30重量%含むポリエチレンから成る単糸繊度5デニール以下の繊維で構成されている微生物分解性不織布」
の発明(以下、「甲3発明1」という。)が記載されている。
また、摘示(3c)には、「微生物分解性で熱可塑性のある・・・他の合成高分子素材として、脂肪族ポリエステルであるポリグリコリドやポリラクチドおよびこれらの共重合体が広く知られている。これらの重合体は、熱可塑性であることから、溶融紡糸が可能であるが、重合体のコストが高いため、その適用は、生体吸収性縫合糸のような分野に限られている」との記載があるから、
「微生物分解性のポリラクチドを溶融紡糸して得た生体吸収性縫合糸」
の発明(以下、「甲3発明2」という。)が記載されているといえる。

イ 対比
本件発明と、甲3発明1又は甲3発明2を対比すると、甲3発明1はポリ乳酸を主成分とする不織布でなく、甲3発明2もポリ乳酸を主成分とする不織布でないから、いずれの発明と対比したときも、少なくとも「ポリ乳酸を主成分とする不織布」の点で、相違する。

ウ 相違点の検討
上記相違点は、実質的な相違点でないといえるものでもない。

エ まとめ
したがって、本件発明は、甲3に記載された発明であるということはできない。

(3)請求人の主張について
請求人は、本件発明はスパンボンド不織布の形状及び構造が何ら特定されておらず、ポリ乳酸は自然環境下で分解させるために用いられていて、これは農業用に適したものでなく漁業用、土木用又は衛生用等においても同様であって、本件発明は何ら農業用に適した形状、構造及び組成を持つものではないから、本件発明は、「ポリ乳酸を主成分とする溶融紡糸によるスパンボンド不織布」のみからなるものと認定されるものであり、一方、甲3には、生分解性の素材としてポリラクチド(ポリ乳酸)が挙げられ、溶融紡糸によるスパンボンド不織布が記載されているから、本件発明は甲3に記載された発明であると主張している。
しかし、本件発明は、
「式-O-CH(CH_(3))-CO-を主たる繰返し単位とするポリ乳酸を主成分とする下記a群の用途の中のいずれかである生分解性農業用の溶融紡糸によるスパンボンド不織布。
a群
防虫用シート、遮光用シート、防霜シート、防風シート、農作物保管用シート、保温用不織布、防草用不織布」
であり、上記の記載事項の全てを、発明の構成に欠くことができない事項として特許請求の範囲に記載した発明であって、用途の点、すなわち、ポリ乳酸を主成分とする溶融紡糸によるスパンボンド不織布を「a群の用途」である「防虫用シート、遮光用シート、防霜シート、防風シート、農作物保管用シート、保温用不織布、防草用不織布」に適用した点にも、技術的意義を有するものである。
すなわち、本件発明は、本件発明のポリ乳酸を主成分とする不織布について、甲3発明1及び甲3発明2のいずれからも導き出せない、上記2(2)エで示した効果・属性を発見し、その属性により、その物が新たな用途であるa群の用途への使用に適することを見出したことに基づく発明であるから、用途発明と解すべきものである。
そうすると、本件発明の構成要件から「ポリ乳酸を主成分とする溶融紡糸によるスパンボンド不織布」以外を省いて、本件発明を認定することは、適当でない。
したがって、請求人の主張は採用できない。

(4)無効理由4についてのまとめ
以上のとおり、本件発明は、甲3に記載された発明であるということはできないから、特許法第29条第1項第3号に該当するということはできない。
よって、本件特許は、特許法第29条の規定に違反してなされたということはできず、同法第123条第1項第2号に該当せず、無効理由4によっては、無効とすべきものではない。

4 無効理由1について
無効理由1の概要は、本件発明は、本件出願日前に頒布された甲1に記載された発明及び甲2?甲4に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであって、本件特許は、同法同条の規定に違反してされたものであるから、同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきものである、というものである。

(1)検討
しかし、上記2において、無効理由3について示したとおり、本件発明は、甲1発明並びに甲2?甲4及び刊行物2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
そうすると、刊行物2についての検討を省くこと以外は同様に検討することになるから、なおさら、本件発明は、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(2)無効理由1についてのまとめ
以上のとおり、本件発明は、甲1発明及び甲2?甲4に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえないから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないということはできない。
よって、本件特許は、特許法第29条の規定に違反してなされたということはできず、同法第123条第1項第2号に該当せず、無効理由1によっては、無効とすべきものではない。

5 当審が通知した無効理由について
当審が通知した無効理由の概要は、本件発明は、本件出願日前に頒布された刊行物1?6に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであって、本件特許は、同法同条の規定に違反してされたものであるから、同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきものである、というものである。

(1)刊行物1?6の記載

ア 刊行物1(特開昭63-264913号公報、発明の名称「ポリ乳酸繊維」)には、以下の記載がある。
(101a)「1 ポリ-L-乳酸とポリ-D-乳酸とのブレンド物からなることを特徴とするポリ乳酸繊維。」(特許請求の範囲第1項)
(101b)「〔従来の技術〕
脂肪族ポリエステルであるポリグリコール酸及びポリ乳酸は、生体内で非酵素的に加水分解を受け、その分解産物であるグリコール酸や乳酸は生体内で代謝される興味ある生体内分解吸収性高分子である。
ポリグリコール酸は吸収性の縫合系として臨床で広く使用されている。しかし、生体内での分解吸収速度が大きいため、数か月以上の強度保持が要求される部分には使えない。一方、ポリ乳酸の繊維化、並びに吸収性縫合糸としての応用も検討されている・・・。しかし、ポリ乳酸繊維は、力学的性質と熱的性質に満足できるものではない・・・。」(1頁左下欄14行?右下欄14行)
(101c)「〔発明が解決しようとする問題点〕
本発明の目的は、従来公知のポリ乳酸の力学的性質(引張強度70kg/mm^(2) 以下)と熱的性質(融点180℃以下)を大きく上回る高強度、高融点のポリ乳酸系繊維を提供するにある。」(1頁右下欄15?19行)
(101d)「ポリ乳酸繊維をつくるための紡糸方法は、乾式でも湿式でも、或いはその両者を組み合わせた乾・湿式方法でもよい。或いは溶融紡糸法により製造することができる。・・・
・・・・・・・・・・
本発明のポリ乳酸繊維としては、引張強度70kg/mm^(2) 以上、好ましくは100kg/mm^(2) 以上の高引張強度の繊維を得ることができ、従来のものより遥かに機械的性質が優れている。」(2頁右下欄14行?3頁右上欄3行)
(101e)「〔発明の効果〕
本発明のポリ乳酸繊維はポリ乳酸コンプレックスを形成しており、未延伸繊維或いは低延伸倍率の繊維には、多孔質構造を有するので、中空繊維として用いれば気体や液体の分離用繊維として、また、生体内で使用される吸収性縫合糸、人工腱、人工靭帯、人工血管、骨プレートやビスの補強材等の医療用繊維、更に、一般工業用のロープや繊維としての応用が考えられる。
また、本発明によるポリ乳酸コンプレックス繊維は、従来ポリ-L-乳酸或いはポリ-D-乳酸のホモポリマーの使用が考慮された用途の全てにおいて、より物性が改良された繊維素材を提供することができる。」(3頁右上欄4?17行)
(101f)「実施例1?4
重量平均分子量の異なる6種類のポリ-L-乳酸とポリ-D-乳酸を第1表に示す組み合わせにより1対1のブレンド比で、クロロホルムを溶媒として紡糸ドープを調製した。
これらのドープを孔径0.5mm、孔数10のノズルより吐出することによって、湿式及び乾式紡糸を行った。湿式紡糸の場合は、凝固液としてエタノールとクロロホルムの混合溶液(100:30V/V)を用い50℃で紡糸した。乾式紡糸の場合は、長さ50cmの乾燥筒を用いて50℃で乾燥し、吐出速度0.2ml/min、引取速度1m/minの条件で紡糸した。
これらの方法によって紡糸された繊維を120?200℃のシリコーンオイルバス中にて種々の倍率に延伸した。得られた各繊維について、次の測定条件下で引張強度、弾性率、融点及び融解熱を測定した。湿式紡糸の結果を第2表に、また乾式紡糸の結果を第3表に示す。
引張強度及び弾性率
(株)東洋ボールドウィン製Tensilon/UTM-4-100を用いて引張速度100%/min、温度25℃、相対湿度65%にて測定した。
融点及び融解熱
Perkin Elmer社製DSCI-B型により、窒素ガス雰囲気中にて熱測定を行って求めた。約3?4mgの試料を用いて測定し、温度及び融解熱の補正は99.99%高純度のインジウムを用いて行った。
第 1 表
ポリ-L-乳酸 ポリ-D-乳酸 紡糸ドープ
No. 重量平均分子量 重量平均分子量 濃度(g/dl)
実 1 9.2×10^(4) 9.0×10^(4) 15
施 2 26.5×10^(4) 28.3×10^(4) 10
例 3 40.0×10^(4) 36.0×10^(4) 5
4 40.0×10^(4) 9.0×10^(4) 8

第 2 表
延伸 引張強度 弾性率 融点 融解熱
No. 倍率 (kg/mm^(2)) (kg/mm^(2)) (℃) (cal/g)
実 1 6 39.5 427 231 37
施 2 13 73.7 653 235 41
例 3 22 168.6 1920 242 52
4 17 101.2 986 236 43

第 3 表
延伸 引張強度 弾性率 融点 融解熱
No. 倍率 (kg/mm^(2)) (kg/mm^(2)) (℃) (cal/g)
実 1 9 63.3 767 233 38
施 2 17 105.2 1093 237 45
例 3 25 220.5 2889 245 54
4 21 186.4 2105 243 51 」
(3頁左下欄2行?4頁左上欄下から4行)
(101g)「比較例1、2
ポリ-L-乳酸(重量平均分子量40.0×10^(4))とポリ-D-乳酸(重量平均分子量36×10^(4))をそれぞれクロロホルム5%溶液から紡糸ドープを調製し、ブレンドすることなく実施例と同じ条件下で乾式紡糸を行った。得られた繊維を170℃のシリコーンオイルバス中で延伸を試みたところ、繊維は溶融し延伸できなかった。従って160℃にて延伸した。得られた繊維の物性試験結果を第4表に示す。
第 4 表
延伸 引張強度 弾性率 融点 融解熱
No. 試料 倍率 (kg/mm^(2)) (kg/mm^(2)) (℃) (cal/g)
比 1 ポリ-L- 8 68.4 725 184 36
較 乳酸
例 2 ポリ-D- 8 65.9 703 182 35
乳酸 」
(4頁左上欄下から3行?右上欄)

イ 刊行物2(特開平3-262430号公報、発明の名称「漁網」)の記載は、すでに上記2(1)オにおいて(102a)?(102h)として摘示した。

ウ 刊行物3(「繊維便覧-加工編-」,昭和44年,p.494-495,1176-1183)には、以下の記載がある。
(103a)「a.農業用資材,寒冷紗 農林用資材として現在最も使用されているものは寒冷紗である.用途は野菜,果樹,茶園,園芸,煙草育苗,苗木育苗用などで,しゃ光,防霜,保温,防風などの効果をねらっている.織物の材料は強力と耐候性が要求されるため大部分はビニロンであり,白地が多いが用途によっては黒地または緑地もある.寒冷紗は一般に製織後たてよこ糸のずれ防止のため加工が施されている.また防雪用には特殊な寒冷紗構造のものが使用されている.」(494頁下から4行?495頁2行)
(103b)「表43 繊維性能表」と題する表(1176?1183頁)に、各種繊維の物性が記載されている。
そのうち、ビニロン(1179頁)、ポリエステル(1181頁)、ポリエチレン(1182頁)、ポリプロピレン(1182頁)について、「引張強度[g/D]」、「伸度[%]」、「初期引張抵抗度(見掛けヤング率)[g/D][kg/mm^(2)]」、「比重」を抜粋すると以下のとおりである。

ビニロン ポリエステル
フィラメント フィラメント
普通 強力 普通 強力
引張強度 標準時 3.0?4.0 6.0?9.0 4.3?6.0 6.3?9.0
[g/D] 湿潤時 2.1?3.2 5.0?7.9 4.3?6.0 6.3?9.0
伸度 標準時 17?22 9?22 20?32 7?17
[%] 湿潤時 17?25 10?26 20?32 7?17
初期引張抵抗度 [g/D] 60?90 70?180 90?160
(見掛けヤング率)[kg/mm^(2)] 700?950 800?2000 1100?2000
比重 1.26?1.30 1.38

ポリエチレン(低圧法) ポリプロピレン
フィラメント フィラメント
普通 強力
引張強度 標準時 5.0?9.0 4.5?7.5 7.5?9.0
[g/D] 湿潤時 5.0?9.0 4.5?7.5 7.5?9.0
伸度 標準時 8?35 25?60 15?25
[%] 湿潤時 8?35 25?60 15?25
初期引張抵抗度 [g/D] 35?100 40?120
(見掛けヤング率)[kg/mm^(2)] 300?850 330?1000
比重 0.94?0.96 0.91 」

エ 刊行物4(「産業用繊維資材ハンドブック」,昭和54年,p.545-557)は、甲1と同じであり、その記載は、既に上記2(1)アにおいて(1a)?(1h)として摘示した。ここでは、その摘示を(104a)?(104h)と読み替える。

オ 刊行物5(特開平5-59612号公報、発明の名称「微生物分解性マルチフイラメント」)は、甲2と同じであり、その記載は、既に上記2(1)イにおいて(2a)?(2e)として摘示した。ここでは、その摘示を(105a)?(105e)と読み替える。

カ 刊行物6(特開平4-57953号公報、発明の名称「微生物分解性不織布」)は、甲3と同じであり、その記載は、既に上記2(1)ウにおいて(3a)?(3f)として摘示した。ここでは、その摘示を(106a)?(106f)と読み替える。

(2)刊行物1に記載された発明との対比・判断

ア 刊行物1に記載された発明
刊行物1には、特許請求の範囲第1項に、「ポリ-L-乳酸とポリ-D-乳酸とのブレンド物からなることを特徴とするポリ乳酸繊維」の発明が記載され(摘示(101a))、ポリ乳酸は「生体内分解吸収性高分子」である(摘示(101b))。そして、「引張強度70kg/mm^(2) 以上、好ましくは100kg/mm^(2) 以上の高引張強度の繊維を得ることができ」るとされ(摘示(101d))、具体的には、実施例2?4として、ポリ-L-乳酸とポリ-D-乳酸とのブレンド物から紡糸ドープを調製し、孔数10のノズルから紡糸し延伸して得られた、引張強度が73.7?220.5kg/mm^(2) の範囲の繊維が記載されている(摘示(101f))。また、比較例1として、ポリ-L-乳酸から紡糸ドープを調製し、孔数10のノズルから紡糸し延伸して得られた、引張強度が68.4kg/mm^(2) の繊維が、比較例2として、ポリ-D-乳酸から紡糸ドープを調製し、孔数10のノズルから紡糸し延伸して得られた、引張強度が65.9kg/mm^(2) の繊維が、それぞれ記載されている(摘示(101g))。これらの繊維は、いずれも、マルチフィラメントの形態である。
そして、1kg/mm^(2)は0.0098GPaであるので、GPa換算値も併記すると、刊行物1には、
「生体内分解吸収性高分子であるポリ-L-乳酸とポリ-D-乳酸とのブレンド物からなり、引張強度が73.7?220.5kg/mm^(2)(0.72?2.16GPa)の、マルチフィラメントの形態のポリ乳酸繊維」
の発明(以下、「刊行物1発明1」という。)、
「生体内分解吸収性高分子であるポリ-L-乳酸からなり、引張強度が68.4kg/mm^(2)(0.67GPa)の、マルチフィラメントの形態のポリ乳酸繊維」
の発明(以下、「刊行物1発明2」という。)、及び
「生体内分解吸収性高分子であるポリ-D-乳酸からなり、引張強度が65.9kg/mm^(2)(0.65GPa)の、マルチフィラメントの形態のポリ乳酸繊維」
の発明(以下、「刊行物1発明3」という。)が記載されているということができる。

イ 対比
本件発明と刊行物1発明1?同3とを対比すると、刊行物1発明1?同3の「ポリ-L-乳酸とポリ-D-乳酸とのブレンド物」、「ポリ-L-乳酸」、「ポリ-D-乳酸」は、いずれも、本件発明の「式-O-CH(CH_(3))-CO-を主たる繰返し単位とするポリ乳酸」に相当する。また、刊行物1発明1?同3の「ポリ-L-乳酸とポリ-D-乳酸とのブレンド物」、「ポリ-L-乳酸」、「ポリ-D-乳酸」の「生体内分解吸収性」とは、「生体内で・・・加水分解・・・代謝される」性質で(摘示(101b))、刊行物6の摘示(106c)に「微生物分解性」すなわち「生分解性」の「合成高分子素材」として、「ポリラクチド」すなわち「ポリ乳酸」が挙げられていることからみても、本件発明の「生分解性」と重複する性質である。
そうすると、本件発明と刊行物1発明1は、
「式-O-CH(CH_(3))-CO-を主たる繰返し単位とするポリ乳酸を主成分とする生分解性繊維」
である点で一致し、以下の点で相違する。
相違点1:本件発明は、上記の、式-O-CH(CH_(3))-CO-を主たる繰返し単位とするポリ乳酸を主成分とする生分解性繊維が、
「下記a群の用途の中のいずれかである生分解性農業用の溶融紡糸によるスパンボンド不織布。
a群
防虫用シート、遮光用シート、防霜シート、防風シート、農作物保管用シート、保温用不織布、防草用不織布」
であるのに対し、刊行物1発明1は、該繊維をそのような特定用途の生分解性農業用の溶融紡糸によるスパンボンド不織布とすることが特定されていない点
また、本件発明と刊行物1発明2、本件発明と刊行物1発明3も、同様の点で一致し、同様の点で相違する(以下、本件発明と刊行物1発明2との相違点を「相違点2」、本件発明と刊行物1発明3との相違点を「相違点3」という。)。

ウ 相違点1?3の検討

(ア)相違点1について
刊行物1発明1の「生体内分解吸収性高分子であるポリ-L-乳酸とポリ-D-乳酸とのブレンド物からなり、引張強度が73.7?220.5kg/mm^(2)(0.72?2.16GPa)の、マルチフィラメントの形態のポリ乳酸繊維」は、ポリ乳酸を溶媒に溶解した紡糸ドープを紡糸してつくったものである(摘示(101f))。刊行物1には、このような溶液を用いる乾式又は湿式の紡糸法のほか、溶融紡糸法を用いることができる旨の記載があるが(摘示(101d))、溶融紡糸法でつくることについては、溶融樹脂の温度その他の紡糸条件が何ら具体的に記載されていないし、まして、溶融紡糸によるスパンボンド不織布とすることは、記載も示唆もない。また、刊行物1には、ポリ乳酸繊維の用途に関し、「気体や液体の分離用繊維として、また、生体内で使用される吸収性縫合糸、人工腱、人工靭帯、人工血管、骨プレートやビスの補強材等の医療用繊維、更に、一般工業用のロープや繊維としての応用が考えられる」との記載がある(摘示(101e))が、これらは農業用途でなく、農業用途を示唆するものでもない。
刊行物2には、上記2(2)ウ(オ)で示したとおり、特許請求の範囲第1項?第3項に、それぞれ、「分解性高分子をその構成素材としたことを特徴とする漁網」、「分解性高分子がポリグリコール酸であることを特徴とする請求項1記載の漁網」及び「分解性高分子がポリ乳酸であることを特徴とする請求項1記載の漁網」の発明が記載されている(摘示(102a))。しかし、刊行物2には、「ポリ乳酸」との記載はあるが、具体的に示されているのはポリグリコール酸を素材としたもののみであって、その形態も、モノフィラメント糸から編成した網であってスパンボンド不織布ではないし、用途も、漁網であって農業用途ではない。
刊行物3には、「農業用資材」の「寒冷紗」について、「野菜,果樹,茶園,園芸,煙草育苗,苗木育苗用などで,しゃ光,防霜,保温,防風などの効果」をねらって使用され、材料は大部分は「ビニロン」で、「強力と耐候性」が要求されると記載されている(摘示(103a))。
刊行物4には、上記2(2)ア、イ及びウ(ア)において甲1について検討したとおり、「繊維使用農業資材であって、スパンボンド不織布又はポリエステルを素材とする短繊維不織布からなり、保温、防草、遮光等を目的として使われる、上記繊維使用農業資材」の発明(甲1発明)が記載されており、ポリエステルからつくったものを包含していると解され、ポリエステルの素材は、強伸度、耐候性、耐蝕性等の要求特性を満たすものとして用いられているといえる。そして、刊行物4には、これとは異なり分解や劣化しやすい素材を、寒冷紗や農業用不織布に用いること、あるいはポリ乳酸を用いることは、記載されておらず、意図されていないといえる。
刊行物5には、上記2(2)ウ(イ)において甲2について検討したとおり、特許請求の範囲の請求項1に、「ポリカプロラクトンからなるマルチフィラメントであって、その引張強度が4.0g/d以上、引張破断伸度が30%以上であることを特徴とする微生物分解性マルチフィラメント」の発明が記載されており(摘示(105a))、「従来の技術」の欄に「ポリラクチド」(審決注:ポリ乳酸)との記載はあるが、参考的に示されているに過ぎず、現実に問題解決できる実体があるものとして記載されているのではない。
刊行物6には、上記2(2)ウ(ウ)において甲3について検討したとおり、特許請求の範囲第1項に、「ポリカプロラクトンを3?30重量%含むポリエチレンから成る単糸繊度5デニール以下の繊維で構成されている微生物分解性不織布」の発明が記載されており(摘示(106a))、「従来の技術」の欄に「ポリラクチド」(審決注:ポリ乳酸)との記載はあるが、参考的に示されているに過ぎず、現実に問題解決できる実体があるものとして記載されているのではない。
以上のように、刊行物1にも、刊行物2にも、ポリ乳酸を溶融紡糸してスパンボンド不織布とすることも農業用途とすることも記載がなく、また、刊行物3?6をみても、ポリ乳酸の溶融紡糸によるスパンボンド不織布は記載されていないから、刊行物1発明1に、刊行物2?6に記載された発明を組み合わせても、刊行物1発明1のマルチフィラメントの形態のポリ乳酸繊維を、農業用の溶融紡糸によるスパンボンド不織布であってa群の用途のものとすることは、導かれない。
したがって、刊行物1発明1において、相違点1に係る本件発明の構成を備えたものとすることを、当業者が容易に想到し得たとはいえない。

(イ)相違点2について
相違点1についてと同様である。

(ウ)相違点3について
相違点1についてと同様である。

エ 効果について
上記2(2)エで検討したのと同じである。本件発明は、その実施例1に記載された「得られた不織布片(縦10mm×横10mm)を土壌中に埋設し、重量変化を調査したところ半年後で初期重量の60%となり、一年後には29%となり、一年半後には形状を確認できないほど分解していた」で代表される、優れた生分解性と良好な物性を有し、使用後の焼却による大気汚染や放置による環境破壊の心配がない、という効果を奏するものである。

オ まとめ
したがって、本件発明は、刊行物1?6に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(3)当審が通知した無効理由についてのまとめ
以上のとおり、本件発明は、刊行物1?6に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえないから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないということはできない。
よって、本件特許は、特許法第29条の規定に違反してなされたということはできず、同法第123条第1項第2号に該当せず、当審が通知した無効理由によっては、無効とすべきものではない。

第8 むすび
以上のとおりであるから、請求人の主張及び証拠方法並びに当審が通知した無効理由によっては、本件請求項1に係る発明の特許を無効にすることはできない。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
生分解性農業用の溶融紡糸によるスパンボンド不織布
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
式-O-CH(CH_(3))-CO-を主たる繰返し単位とするポリ乳酸を主成分とする下記a群の用途の中のいずれかである生分解性農業用の溶融紡糸によるスパンボンド不織布。
a群
防虫用シート、遮光用シート、防霜シート、防風シート、農作物保管用シート、保温用不織布、防草用不織布
【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】
本発明は、農業用不織布に関し、更に詳しくは自然環境下で徐々に分解し、最終的には消失するため、使用後の焼却による大気汚染や放置による環境破壊のない生分解性農業用不織布に関する。
【0002】
【従来の技術】
従来、牧草保存用シート等の農業用繊維はポリエチレン、ポリプロピレン、ポリ塩化ビニル等のプラスチック材料が使用されている。
前記プラスチック材料は自然環境下でほとんど分解しないため、使用後回収され、焼却、埋め立てあるいはリサイクルにより処理されているが、リサイクルによる再生では採算があわず、焼却や埋め立てによる処理では大気汚染や埋め立て地の確保が困難等の問題がある。また、回収には多大な労力を必要とするために、回収し切れず土中等の自然界に放置され、環境破壊等様々な問題を引き起こしている。
【0003】
【発明が解決しようとする課題】
本発明者らの目的は、自然環境下で徐々に分解し、最終的には消失するため、使用後の焼却による大気汚染や放置による環境破壊の心配のない生分解性農業用不織布を提供することにある。
【0004】
【課題を解決するための手段】
本発明者らは上記事情を鑑み、使用後の焼却による大気汚染や放置による環境破壊の心配のない農業用不織布を得るべく鋭意検討を重ねた結果、式-O-CH(CH_(3))-CO-を主たる繰り返し単位とするポリ乳酸を用いることにより、目的を達成できることを見い出し、ついに本発明を完成するに到った。
【0005】
すなわち、本発明は式-O-CH(CH_(3))-CO-を主たる繰り返し単位とするポリ乳酸を主成分とする生分解性農業用不織布に関するものであり、その用途を特に下記a群の少なくとも1種に限定するものである。
a群
防虫用シート、遮光用シート、防霜シート、防風シート、農作物保管用シート、保温用不織布、防草用不織布
該集合体は自然環境下に放置しておくと徐々に分解され、最終的には消失するため使用後の焼却による大気汚染や放置による環境破壊の懸念がないものである。
【0006】
本発明の不織布を構成するポリ乳酸は単独重合体でも共重合体でもよく、あるいはブレンド体でも差し支えない。上記ポリ乳酸を製造するには、公知の方法たとえば乳酸の脱水重縮合、あるいはそれらの環状エステルの開環重合により得ることができる。その際、上記乳酸は単独でもあるいは混合物で使用しても差し支えなく、D体、L体、ラセミ体のいずれであってもかまわない。
【0007】
本発明においてポリ乳酸の粘度平均分子量は5000以上であり、好ましくは10^(4)から10^(6)のものである。5000未満では不織布として十分な強度が得難くなり、10^(6)を超えると紡糸時に高粘度となりすぎて扱いにくくなる。
【0008】
本発明の不織布は、切断強度0.1GPa以上、切断伸度5%であり、且つヤング率が0.5GPa以上であるモノフィラメント及び/又はマルチフィラメントの複数本からなる不織布である。不織布を構成するフィラメントの特性がこの範囲を外れると農業用不織布として実用的な機械特性を有することが困難となり好ましくない。
【0009】
本発明の不織布は従来公知の方法によって製造することができる。
【0010】
本発明ではポリ乳酸を溶融紡糸するが、この際、公知の酸化防止剤、紫外線吸収剤、滑剤、顔料、防汚剤等を適当にブレンドしても問題ない。次いでスパンボンド法として公知のウェブ形成法によりウェブを形成し、例えば、接着剤、添加剤による処理、あるいはニードルパンチ、流体パンチ等の機械的接結法といった公知の方法により、あるいはその後、乾燥、熱処理することにより不織布をえることができる。
更には得られたそれらの農業用不織布の目的に応じてコーティング等の加工、あるいは他ポリマーとの併用を行っても差し支えない。
【0011】
本発明の不織布は、下記a群で示された農業用に使用されるものを言う。
a群
防虫用シート、遮光用シート、防霜シート、防風シート、農作物保管用シート、保温用不織布、防草用不織布
【0012】
更に本発明におけるポリ乳酸にポリカプロラクトン等の他の脂肪族ポリエステルやポリビニルアルコール、ポリオキシアルキレングリコール、ポリジオキサン、ポリアミノ酸等のポリマー、あるいはタルク、炭酸カルシウム、塩化カルシウム等の無機物、あるいはデンプン、アミノ酸、蛋白質や食品添加物等を適量混合することにより、機械特性、分解特性を種々変化させることが可能である。
【0013】
【実施例】
次に本発明を実施例を用いて具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0014】
実施例1粘度平均分子量30万のポリ乳酸を220℃で溶融し、直径0.7mmの細孔が20箇穿設された口金から0.3g/minの吐出量で口金下方の位置に取りつけたアスピレーターに供給した。該アスピレーターから噴出されるポリ乳酸フィラメントを下方の走行金網上に埋積させ、目付けが100g/m^(2)になるように連続的にウェブを採取し、該ウェブに100本/mm^(2)でニードルパンチを施し、不織布を得た。得られた不織布片(縦10mm×横10mm)を土壌中に埋設し、重量変化を調査したところ半年後で初期重量の60%となり、一年後には29%となり、一年半後には形状を確認できないほど分解していた。
【0015】
【発明の効果】
本発明の農業用不織布は、優れた生分解性と良好な物性を有している故に、使用後の焼却による大気汚染や放置による環境破壊の心配がないことから産業界、または環境保護に寄与すること大である。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
審理終結日 2011-04-14 
結審通知日 2011-04-20 
審決日 2011-06-29 
出願番号 特願平5-50881
審決分類 P 1 113・ 534- YA (D04H)
P 1 113・ 121- YA (D04H)
P 1 113・ 113- YA (D04H)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 平井 裕彰  
特許庁審判長 中田 とし子
特許庁審判官 小出 直也
新居田 知生
登録日 2005-08-26 
登録番号 特許第3711409号(P3711409)
発明の名称 生分解性農業用の溶融紡糸によるスパンボンド不織布  
代理人 柴田 有佳里  
代理人 植木 久一  
代理人 奥村 茂樹  
代理人 柴田 有佳理  
代理人 植木 久一  

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