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審決分類 審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない。 H05B
審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 H05B
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 H05B
管理番号 1260091
審判番号 不服2011-9450  
総通号数 153 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2012-09-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2011-05-06 
確定日 2012-07-12 
事件の表示 特願2005-193698「有機エレクトロルミネッセンス素子、表示装置及び照明装置」拒絶査定不服審判事件〔平成19年 1月18日出願公開、特開2007- 12984〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、平成17年(2005年)7月1日を出願日とする特願2005-193698号であって、平成22年10月21日付けで拒絶理由が通知され、同年12月16日付けで意見書が提出されるとともに、同日付けで手続補正がなされ、平成23年2月2日付けで拒絶査定がなされ、これに対して、同年5月6日に拒絶査定不服審判の請求がなされ、同時に手続補正がなされたものである。
その後、同年10月12日付けで前置報告書の内容について請求人の意見を事前に求める審尋がなされ、同年12月19日付けで回答書が提出された。

第2 平成23年5月6日付けの手続補正についての補正の却下の決定

[補正の却下の決定の結論]
平成23年5月6日付けの手続補正(以下「本件補正」という。)を却下する。

[理由]
1 本件補正について
本件補正により、特許請求の範囲は、平成22年12月16日付けの手続補正により補正された特許請求の範囲に記載の、

「【請求項1】
基板上に電極と少なくとも1層以上の有機層を有する有機エレクトロルミネッセンス素子において、該有機層の少なくとも1層は燐光性化合物からなるドーパントを含有する発光層であり、該発光層は2.5?3.8eVのバンドギャップを有するホスト化合物を含有し、前記有機層は有機溶媒を10^(-2)?10^(3)ppm含有することを特徴とする有機エレクトロルミネッセンス素子。
【請求項2】
前記発光層が2.9?3.8eVのバンドギャップを有するホスト化合物を含有することを特徴とする請求項1に記載の有機エレクトロルミネッセンス素子。
【請求項3】
前記ホスト化合物のバンドギャップが3.45?3.65eVであることを特徴とする請求項1に記載の有機エレクトロルミネッセンス素子。
【請求項4】
前記有機層は有機溶媒を0.1?100ppm含有することを特徴とする請求項1?3のいずれか1項に記載の有機エレクトロルミネッセンス素子。
【請求項5】
前記ホスト化合物の重量平均分子量が5000以上であることを特徴とする請求項1?4のいずれか1項に記載の有機エレクトロルミネッセンス素子。
【請求項6】
前記基板がガスバリア層を有することを特徴とする請求項1?5のいずれか1項に記載の有機エレクトロルミネッセンス素子。
【請求項7】
発光が赤色であることを特徴とする請求項1?6のいずれか1項に記載の有機エレクトロルミネッセンス素子。
【請求項8】
発光が緑色及び赤色であることを特徴とする請求項1?6のいずれか1項に記載の有機エレクトロルミネッセンス素子。
【請求項9】
発光が青色であることを特徴とする請求項1?6のいずれか1項に記載の有機エレクトロルミネッセンス素子。
【請求項10】
発光が白色であることを特徴とする請求項1?9のいずれか1項に記載の有機エレクトロルミネッセンス素子。
【請求項11】
請求項10に記載の有機エレクトロルミネッセンス素子を有することを特徴とする表示装置。
【請求項12】
請求項10に記載の有機エレクトロルミネッセンス素子を有することを特徴とする照明装置。
【請求項13】
請求項12に記載の照明装置と表示手段としての液晶素子を有することを特徴とする表示装置。」が

「【請求項1】
基板上に電極と少なくとも3層の有機層を有する有機エレクトロルミネッセンス素子において、該有機層の少なくとも1層は燐光性化合物からなるドーパントを含有する発光層であり、該発光層は2.5?3.8eVのバンドギャップを有するホスト化合物を含有し、前記有機層は有機溶媒を10^(-2)?10^(3)ppm含有することを特徴とする有機エレクトロルミネッセンス素子。」と補正された。

本件補正における特許請求の範囲についての補正は、本件補正前の請求項2ないし13を削除するとともに、請求項1において、有機層の層の数について、本件補正前は「少なくとも1層以上」であったものを、本件補正後に「少なくとも3層以上」と限定して特定するものである。
よって、本件補正は、特許請求の範囲について、いわゆる限定的に減縮することを目的とする補正、すなわち、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法(以下「平成18年改正前特許法」という。)第17条の2第4項第2号に掲げる事項を目的とする補正を含むものであるといえる。

2 独立特許要件違反についての検討
(1)そこで、本件補正後の本願の請求項1に係る発明(以下「本願補正発明」という。)が特許出願の際独立して特許を受けることができるものか(平成18年改正前特許法第17条の2第5項において準用する特許法第126条第5項の規定に違反しないか)について検討する。

(2)本願補正発明
本願補正発明は、本件補正により補正された特許請求の範囲の請求項1に記載されている事項により特定されるものである。(上記「第2 平成23年5月6日付けの手続補正についての補正の却下の決定」の「1 本件補正について」の記載参照。)

(3)引用例
ア 原査定の拒絶の理由に引用された、本願の出願前に頒布された刊行物である特開2004-127557号公報(以下「引用例1」という。)には、次の事項が記載されている。(下線は当審において付した。)

「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、有機エレクトロルミネッセンス素子(有機EL素子)の発光効率向上に係り、特にその陰極構造に関する。」

「【0006】
これに対して、有機発光層として高分子化合物を用いることが提案された。
有機発光層として高分子を用いるもので、ポリスチレン、ポリメチルメタクリレート、ポリビニールカルバゾール等の高分子中に低分子の蛍光色素を溶解分散させたものや、ポリチオフェン誘導体、ポリパラフェニレン誘導体、ピリフェニレンビニレン誘導体、ポリアルキルフルオレン誘導体等の高分子蛍光体が用いられる。
これらの高分子蛍光体は、溶液に可溶とすることでスピンコート、フレキソ印刷等の湿式法で成膜することができる。
このように、有機発光層に高分子化合物を用いた場合には、有機発光層がスピンコート法以外にフレキソ印刷等の湿式法等で形成できるため、真空蒸着装置のような高価な装置が不要となり、低コスト化が図れ、大面積化も容易であるといった利点があった。」

「【0010】
【発明の実施の形態】
本発明の実施形態の有機エレクトロルミネッセンス素子について図1を参照しながら以下に説明する。
図1は、本発明の実施形態の有機エレクトロルミネッセンス素子を示し、(A)は上方から見た図、(B)は(A)のMM断面図である。
【0011】
図1(A)及び(B)に示すように、本発明の実施形態の有機エレクトロルミネッセンス素子1は、ガラス基板2上にストライプ状のITOからなる陽極3と、チオフェン系導電性高分子(PEDOT/PSS)からなる正孔注入層4と、イリジウム錯体からなる高分子発光層5と、17.2?50at%の範囲のOを含むCa上にAgを積層した陽極3に直交するストライプ状の陰極6とからなる。
その動作は、従来と同様である。
【0012】
次に、その製造方法について説明する。
RFスパッタ法により、ガラス基板2上にメタルマスクを用いて厚さ300nm、5mm×30mmのストライプ状のITOからなる陽極3を形成する。この際の陽極3の比抵抗は、5×10^(-4)Ω・cmである。この後、図示しないRFスパッタ装置内から取り出し、図示しないアッシング装置を用いて、酸素プラズマにより400W、1分間のアッシングを行う。
【0013】
次に、スピンコート法により、ガラス基板2に形成された陽極3上に厚さ60nmのチオフェン系導電性高分子を塗布した後、200℃で加熱乾燥して正孔注入層4を形成する。更に、スピンコート法により、正孔注入層4上にホストポリマーであるPVKに30wt%の高分子系電子輸送材料PBDと緑色の燐光発光材料である2.5wt%のイリジウム錯体(Ir(ppy)3)とをクロロホルムに溶かした溶液を塗布し、110℃で過熱乾燥して高分子発光層5を形成する。」


イ 引用例1に記載された発明の認定
上記記載から、引用例1には、
「ガラス基板2上に、陽極3と、正孔注入層4と、高分子発光層5と、陰極6とからなる有機エレクトロルミネッセンス素子1であって、
高分子発光層5は、ホストポリマーであるPVKに30wt%の高分子系電子輸送材料PBDと緑色の燐光発光材料である2.5wt%のイリジウム錯体(Ir(ppy)3)とをクロロホルムに溶かした溶液を塗布し、110℃で過熱乾燥して形成される有機エレクトロルミネッセンス素子1。」の発明(以下「引用発明」という。)が記載されている。

(4)対比
ア ここで、本願補正発明と引用発明を対比する。
(ア)引用発明の「ガラス基板2上に、陽極3と、正孔注入層4と、高分子発光層5と、陰極6とからなる有機エレクトロルミネッセンス素子1」と本願補正発明の「基板上に電極と少なくとも3層の有機層を有する有機エレクトロルミネッセンス素子」とは、「基板上に電極と有機層を有する有機エレクトロルミネッセンス素子」である点で一致する。

(イ)引用発明の「高分子発光層5は、ホストポリマーであるPVKに30wt%の高分子系電子輸送材料PBDと緑色の燐光発光材料である2.5wt%のイリジウム錯体(Ir(ppy)3)とをクロロホルムに溶かした溶液を塗布し」たものであることが、本願補正発明の「該有機層の少なくとも1層は燐光性化合物からなるドーパントを含有する発光層で」あることに相当する。

(ウ)引用発明の「(ホストポリマーである)PVK」について、そのバンドギャップは3.5eV程度であることが知られており(この点、原査定の拒絶の理由に示された特表2000-515578号公報の明細書第6ページ第24?26行参照)、この値が本願補正発明の「2.5?3.8eV」に含まれる値であることは明らかであるから、引用発明の「高分子発光層5は、ホストポリマーであるPVK」を含む点が、本願補正発明の「該発光層は2.5?3.8eVのバンドギャップを有するホスト化合物を含有」することに相当する。

(エ)引用発明の「クロロホルム」は本願補正発明の「有機溶媒」に相当し、また、引用発明のように「・・・をクロロホルムに溶かした溶液を塗布し、110℃で過熱乾燥して形成」した場合、技術常識から、有機溶媒であるクロロホルムが完全になくなることはあり得ず、微量であっても所定の割合では残存するものということができ、また、本願補正発明において有機層が含有する有機溶媒の「10^(-2)?10^(3)ppm」は、「所定の割合」ということができるから、引用発明の「高分子発光層5は、(ホストポリマーであるPVKに30wt%の高分子系電子輸送材料PBDと緑色の燐光発光材料である2.5wt%のイリジウム錯体(Ir(ppy)3)とを)クロロホルムに溶かした溶液を塗布し、110℃で過熱乾燥して形成される」ことと、本願補正発明の「前記有機層は有機溶媒を10^(-2)?10^(3)ppm含有する」こととは、「前記有機層は有機溶媒を所定の割合で含有する」点で一致する。

イ 一致点
よって、本願補正発明と引用発明は、
「基板上に電極と有機層を有する有機エレクトロルミネッセンス素子において、該有機層の少なくとも1層は燐光性化合物からなるドーパントを含有する発光層であり、該発光層は2.5?3.8eVのバンドギャップを有するホスト化合物を含有し、前記有機層は有機溶媒を所定の割合で含有する有機エレクトロルミネッセンス素子。」の発明である点で一致し、次の点で相違する。

ウ 相違点
(ア)相違点1
有機層が、本願補正発明では、「少なくとも3層」であるのに対して、引用発明においては「正孔注入層4と、高分子発光層5」の2層である点。

(イ)相違点2
有機層が有機溶媒を含有する割合について、本願補正発明においては「10^(-2)?10^(3)ppm」であるのに対して、引用発明においてはその割合についての具体的数値の明示がない点。

(5)当審の判断
ア 上記相違点について検討する。
(ア)相違点1について
有機エレクトロルミネッセンス素子の有機層について、駆動電圧を抑えるための構造として、電荷の円滑な注入や移動のため、陽極と発光層の間に「正孔注入層」及び/又は「正孔輸送層」、陰極と発光層の間に「電子注入層」及び/又は「電子輸送層」を設けることは、例を挙げるまでもなく、周知の技術である。
引用発明は、上記の各層のうち「正孔注入層」を備えるものであるが、さらなる電荷の円滑な注入、移動のため、上記の「正孔輸送層」、「電子注入層」又は「電子輸送層」の何れかの層をさらに備えるようにして有機層を「少なくとも3層」とすることは、当業者が容易になし得たことである。

(イ)相違点2について
上記「(4)対比」の「ア」の「(エ)」で述べたように、引用発明のように「・・・をクロロホルムに溶かした溶液を塗布し、110℃で過熱乾燥して形成」した場合、技術常識から、有機溶媒であるクロロホルムが完全になくなることはあり得ず、微小の割合では残存するものであるが、その具体的な割合が乾燥の程度で決まるものであることはいうまでもない。
そして、乾燥の程度、すなわち、有機溶媒の残存の割合については、例えば、原査定の拒絶の理由に示された特表2005-508515号公報(【0014】)の「ここで、完全な乾燥とは、完成固体フィルム層内に、溶剤の1%未満(全体質量に対して)、好ましくは0.1%未満、特に好ましくは10ppm、より好ましくは1ppm未満を包含していることを意味する。」の記載や、原査定の備考において示された特開2004-253179号公報の【0010】の「高沸点溶媒を完全に除去するためには、より高い温度で加熱処理を行うため、発光材料が劣化してしまうという問題が避けられない。この問題は、初期の発光特性では劣化が見られなくても、特に発光寿命の短寿命化に対して大きな影響を及ぼす。仮に、十分な高温で加熱処理を行なわないとすれば、発光層の熱劣化の問題は生じないが、膜化した発光層内部に溶媒が残留する事となり、発光層の信頼性が大きく損なわれることとなる。」の記載から、技術常識として、塗布法においては、“層の形成後、溶媒は十分に除去される”ものの“溶媒を完全に除去することは困難であり”、具体的な量(割合)として“乾燥後の好ましい含有量(割合)は10ppm未満、より好ましくは1ppm未満”の量であるということができるから、引用発明において溶媒の含有量(割合)を、「10^(-2)?10^(3)ppm」の範囲内の適宜の割合とすることは当業者が容易になし得ることである。

イ 本願補正発明の奏する作用効果
そして、本願補正発明によってもたらされる効果は、引用発明及び周知技術から当業者が予測し得る程度のものである。

ウ まとめ
以上のとおり、本願補正発明は、引用発明及び周知技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

(6)むすび
したがって、本願補正発明は特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるということができないから、本件補正は、平成18年改正前特許法第17条の2第5項で準用する同法第126条第5項の規定に違反するものであり、特許法第159条第1項で読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下されるべきものである。

第3 本願発明の特許法第29条第2項(発明の進歩性の要件)の違反についての検討
1 本願発明
平成23年5月6日付けの手続補正は、上記のとおり却下されたので、本願の請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は、平成22年12月16日付けの手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定されるとおりのものである。(上記「第2 平成23年5月6日付けの手続補正についての補正の却下の決定」の「1 本件補正について」の記載参照。)

2 引用例
原査定の拒絶の理由に引用された引用例の記載事項及び引用発明については、上記「第2 平成23年5月6日付けの手続補正についての補正の却下の決定」の「2 独立特許要件違反についての検討」の「(3)引用例」に記載したとおりである。

3 対比・判断
上記「第2 平成23年5月6日付けの手続補正についての補正の却下の決定」の「1 本件補正について」に記載したように、本願発明に対して、有機層の層の数について、本件補正前は「少なくとも1層以上」であったのを、本件補正後に「少なくとも3層以上」と限定して特定したものが、本願補正発明である。
そうすると、本願発明の発明特定事項をすべて含み、本願発明をさらに限定して特定したものに相当する本願補正発明が、上記「第2 平成23年5月6日付けの手続補正についての補正の却下の決定」の「2 独立特許要件違反についての検討」の「(4)対比」及び「(5)当審の判断」において記載したとおり、引用発明及び周知技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本願発明も、同様に、引用発明及び周知技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

4 むすび
以上のとおり、本願発明は、引用発明及び周知技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

第4 本願発明の特許法第36条第6項第1号(記載要件)の違反についての検討
1 原査定における拒絶理由
(1)原査定(平成23年2月2日付けの拒絶査定)は、「この出願については、平成22年10月21日付け拒絶理由通知書に記載した理由1,2によって、拒絶をすべきものです。」としたものである。
そして、平成22年10月21日付け拒絶理由通知書に記載した、特許法第36条第6項第1号の違反に関する理由1は次のとおりである。

「理由1
この出願は、特許請求の範囲の記載が下記の点で、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。



本願請求項1及び請求項1を引用する請求項2?13に係る発明は、「発光層が、2.5?3.8eVのバンドギャップを有するホスト化合物を含有する」こと、及び、「有機層が有機溶媒を10^(-2)?10^(3)ppm含有する」ことを発明特定事項としている。
そして、本願発明の詳細な説明には、ある特定のホスト材料を用いて発光層を形成し、有機層の有機溶媒の残存含有量を10^(-2)?10^(3)ppmにした場合の実施例が記載されている。
しかしながら、有機EL素子の有機層を上記発明特定事項のように構成することにより、何故、「電圧上昇やダークスポットが少なく、経時安定性が高い有機EL素子を提供する」という本願の課題が解決されるのか、その因果関係が当業者にとって明らかではないため、本願発明の詳細な説明に記載された例以外の場合にも、ホスト化合物のバンドギャップが上記数値範囲を満たし、且つ有機溶媒の残留量が上記条件を満たしていれば、本願の課題が解決されるのか当業者にとって明らかではない。
したがって、出願時の技術常識に照らしても、請求項1?13に係る発明の範囲まで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえない。
よって、請求項1?13に係る発明は、発明の詳細な説明に記載したものでない。」

(2)また、原査定においては、備考欄に、特許法第36条第6項第1号の違反についての理由に関して、次の事項が記載されている。

「・理由1(特許法第36条第6項第1号)について
・請求項1?13
出願人は、平成22年12月16日付け意見書において、「本願発明では微量の有機溶剤を介在させることで、保存、経時及び/または発光駆動時において有機層内での好ましくない結晶成長や分子の部分配向が抑えられ、更に、発光層内のホスト化合物のバンドギャップが特定範囲にある場合に、性能特性(発光輝度特性、低電流駆動安定特性、ダークスポット特性)を安定化させることができる。つまり、発光層に2.5?3.8eVのバンドギャップを有するホスト化合物を含有させ、更に有機層に有機溶媒の含有量を特定の範囲とすることで、本願発明の効果が奏される」旨主張する。
しかしながら、このようにホスト化合物のバンドギャップと有機層に残存する有機溶媒の含有量を特定の範囲にすることにより素子特性が向上したことが示されたのは、発明の詳細な説明に記載されたある特定の場合のみであり、発明の詳細な説明に記載された例以外の場合にも、請求項1が特定する条件を満たせば本願発明の効果が得られることについては発明の詳細な説明に示されていないし、また、出願時の技術常識に基づいても当業者にとって明らかなものではない。
特に、発光層内部に残留した溶媒が発光層の信頼性を大きく損なわせることが知られているため(特開2004-253179号公報の【0010】等参照)、有機層中にある特定量の有機溶媒が残存すれば素子特性が向上されることが、ある特定の場合で示されていても、他の場合においても同様の効果が得られるとまで言えない。
また、発明の詳細な説明では、各素子の素子特性を、ホスト材料や電子輸送材料として異なる材料を用いた素子どうしで比較しているため、出願人の主張する本願発明の効果が、素子を構成する材料の違いにより生じたものなのか、有機層中に残留した有機溶媒の量の違いにより生じた効果なのかを判別することができない。
したがって、出願時の技術常識に照らしても、請求項1?13に係る発明の範囲まで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえない。請求項1?13に係る発明は、特許法第36条第6項第1号が規定する要件を満たしていない。」

2 審判請求人の主張
これに対して、平成23年5月6日付けで提出された審判請求書の請求の理由において、審判請求人(出願人)は次の主張をしている。

「 理由1(特許法第36条第6項第1号)について
本願発明は、段落番号(0007)にも記載の様に「本発明の目的は、良好な発光輝度を示し、定電流駆動したときの電圧上昇、ダークスポットが少なく、更に高温、高湿下での経時安定性が高い有機EL素子、及びそれを用いた表示装置、照明装置を提供すること」にあり、これは、実施例に示した様に具体的に効果を得たものであります。
すなわち、本願発明は、段落番号(0006)の「・・・製造工程の簡略化、加工性、大面積化等の観点から塗布方式による素子作製も開示されている(例えば、特許文献4参照。)。しかしながら、従来の有機エレクトロルミネッセンス素子は、低電圧駆動したときの電圧上昇、ダークスポットの発生、更に高温、高湿下での経時安定性についての改良が望まれている。また、発光輝度の更なる改良も望まれている。」の様に、こうした課題を解決すべく成されたものであります。
そして、段落番号(0023)の様に「・・・有機層の少なくとも1層はドーパントを含有する発光層であり、この発光層に2.5?3.8eVのバンドギャップを有するホスト化合物を含有させ、更に有機層に有機溶媒を10^(-2)?10^(3)ppm含有させることにより、良好な発光輝度を示し、且つ定電流駆動したときの電圧上昇、ダークスポットが少なく、且つ高温、高湿下での経時安定性が高い有機エレクトロルミネッセンス素子とすることができることを見出した。」ものであり、今般の補正により、より具体的に明細書の記載に沿って、発明を明確化いたしました。
そして、以下の様に本願発明者らは研究を重ねて本願発明をなしたものであります。すなわち、一般論として、有機EL素子は、両極間に100?150nmの有機層が存在し、有機層の膜厚がこれより厚いと、チャイルド則から電界強度が膜厚の3乗に反比例するために極めて駆動電圧が高くなってしまい、また、これより薄いと、電極表面の突起や微小なパーティクルのために、いわゆるショートが起こってしまい、ショートが起こると高熱が発生するためにダークスポットが広がってしまいます。また、微小結晶や部分配向が起こっても、同様のことが起こります。
しかしながら、本願発明では微量の有機溶剤を介在させることで、保存、経時及び/または発光駆動時において、有機層内での好ましくない結晶成長や分子の部分配向が抑えられるものと考えたものであります。すなわち、有機層がきっちりとした分子の配列ではなく、ちょうど良い不規則性をもった構造になることから、電子や正孔の移動或いはエネルギー移動が適度に制御され、更に、こうした状況において含有されたホスト化合物が特定の化合物(バンドギャップが特定範囲にある化合物)である場合に、性能特性(発光輝度特性、定電流駆動安定特性、ダークスポット特性)を安定化させることができたものと考えております。すなわち、上記の様に、いわば、発光層に特定のホスト化合物を含有させ、更に有機層に有機溶媒及びその含有量を特定の範囲とすることで、本願発明の効果が奏されたものと考えております。
また、「バンドギャップ」については段落番号(0025)?(0026)に、「有機溶媒含有量」については(0027)?(0031)に、「ホスト化合物」については(0034)?(0065)に、「ドーパント」に関しては(0066)?(0076)に、「素子の構成」等については(0080)?(0122)に、「少なくとも3層の有機層」は、上記のとおり(0084)などに、それぞれ記載を有しており、当業者において明らかであり、容易に理解することができるものであります。
そして、こうした発明を実施例において代表例としてその効果を確認したものであります。
また、本願発明を更にご説明する為に次の様な実験を行いました。すなわち、本願実施例の有機EL素子OLED3-2と同様に有機EL素子OLED3-5を作製した。但し、ホストをA31からM2(段落番号(0182)記載)に変更した。結果を下記表に示す。
【表A】

以上の様に本願発明は明らかであり、また、これを明細書の記載の範囲内において特許請求の範囲に明確化しましたので、本願は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たすものと思量いたします。 」

3 当審の判断
(1)特許法第36条第6項第1号の規定について
当審では、数式又は数値範囲で示されるいわゆるパラメータ発明において、特許法第36条第6項第1号に規定する、いわゆるサポート要件を満たすためには、発明の詳細な説明において、
(i) 具体例がなくとも当業者が理解できる程度の説明、又は、
(ii) 発明特定事項が示す数式を満たせば、或いは、発明特定事項が示す数値の範囲内にあれば、所望の効果が得られることを当業者が認識できる程度に具体例を開示してする説明
がなされていることが必要であると解する。
なお、上記の当審の見解は、平成17年(行ケ)第10042号判決(知財高裁大合議判決)の内容に基づくものである。
そこで、本願発明の発明特定事項である「有機層は有機溶媒を10^(-2)?10^(3)ppm含有する」の技術的意味が、本願明細書の発明の詳細な説明の記載によってサポートされているか、すなわち、本願明細書の発明の詳細な説明の記載において「有機層は有機溶媒を10^(-2)?10^(3)ppm含有する」の技術的意味に関して上記(i)及び(ii)の説明がなされているかについて検討する。

(2)具体例がなくとも当業者が理解できる程度の説明について
ア 本願明細書の発明の詳細な説明の記載について
本願明細書の発明の詳細な説明には、本願発明における発明特定事項(構成要件)としての「有機溶媒」及びその「含有量」については、【0027】?【0030】において、次のように説明されているのみである。
「【0027】
次に、本発明で用いられる有機溶媒含有量の測定方法について説明する。
【0028】
本発明に係る有機層中に残留している有機溶媒は、パージ&トラップサンプラーを取り付けたガスクロマトグラフィー(GC)質量分析法(MS)で測定することができる(PT-GC/MS)。具体的には10cm×10cm四方の有機EL素子を作製し、ガス回収用のチャンバーと有機ガス吸着管(TENAX GR)に残留有機溶媒を吸着させ、PT-GC/MS測定を行った。溶媒濃度は濃度既知の基準試料を用いて作成した検量線より求めた。
【0029】
本発明に係る有機層は有機溶媒を10^(-2)?10^(3)ppm含有する。好ましくは有機溶媒を0.1?100ppm含有し、これにより定電流駆動したときの電圧上昇、ダークスポット、及び高温、高湿下での経時安定性のより一層の改良効果を有する。
【0030】
本発明に係る有機溶媒として特に制限はないが、例えば、アルコール類(メタノール、エタノール等)、カルボン酸エステル類(酢酸エチル、酢酸プロピル等)、ニトリル類(アセトニトリル等)、エーテル類(イソプロピルエーテル、THF等)、芳香族炭化水素類(シクロヘキシルベンゼン、トルエン、キシレン等)、ハロゲン化アルキル類(塩化メチレン等)、飽和炭化水素類等(ヘプタン等)が挙げられる。この中で好ましいものはカルボン酸エステル類、ニトリル類、エーテル類、芳香族炭化水素類、ハロゲン化アルキル類、飽和炭化水素類であり、更に好ましくはカルボン酸エステル類、エーテル類、芳香族炭化水素類である。」

イ 検討の内容及び結果
発明の詳細な説明の上記記載においては、【0029】において「本発明に係る有機層は有機溶媒を10^(-2)?10^(3)ppm含有する」という発明特定事項と、当該発明特定事項による効果が述べられているのみであり、当該発明特定事項によって、何故(どのようなメカニズムにより)そのような効果を奏するのかという技術的説明は何等なされていないことは明らかである。
この点について、請求人は審判請求書において、上記「2 審判請求人の主張」に摘記したように
「本願発明では微量の有機溶剤を介在させることで、保存、経時及び/または発光駆動時において、有機層内での好ましくない結晶成長や分子の部分配向が抑えられるものと考えたものであります。すなわち、有機層がきっちりとした分子の配列ではなく、ちょうど良い不規則性をもった構造になることから、電子や正孔の移動或いはエネルギー移動が適度に制御され、更に、こうした状況において含有されたホスト化合物が特定の化合物(バンドギャップが特定範囲にある化合物)である場合に、性能特性(発光輝度特性、定電流駆動安定特性、ダークスポット特性)を安定化させることができたものと考えております。すなわち、上記の様に、いわば、発光層に特定のホスト化合物を含有させ、更に有機層に有機溶媒及びその含有量を特定の範囲とすることで、本願発明の効果が奏されたものと考えております。」と主張する。
しかしながら、上記の主張は、
a)第1に、明細書の発明の詳細な説明には記載されていないことである。
b)第2に、何らの技術的証明をも伴わない、単なる請求人の推定に基づく主張に過ぎず(この点、平成22年12月16日付けで提出された意見書において、同内容の主張に関して「これは推定ではありますが、以下の様に考えられるものであります。」と記載されている点を参照。)、技術常識を踏まえても当業者が理解(納得)できる程度に説明されたものとは言い難い。
c)第3に、上記の審判請求書における主張は、「有機溶媒」を含有するという定性的な事項に関してのものに過ぎず、「10^(-2)?10^(3)ppm」という数値範囲が、一般論として、「2.5?3.8eVのバンドギャップを有する」あらゆる「ホスト化合物を含有する」「発光層」に対して、本願明細書の【0030】に記載されたようなどのような有機溶媒であっても成立する「数値範囲」であることを何等説明するものではない。
よって、発明の詳細な説明においては、審判請求書における請求人の主張を勘案したとしても、「具体例がなくとも当業者が理解できる程度の説明」がなされているということはできない。

(3)発明特定事項が示す数式を満たせば、或いは、発明特定事項が示す数値の範囲内にあれば所望の効果が得られることを当業者が認識できる程度に具体例を開示してする説明について
ア 本願明細書の発明の詳細な説明の記載について
(ア)本願発明の有機層に含有される「有機溶媒」の「10^(-2)?10^(3)ppm」の技術的意義について、本願明細書の発明の詳細な説明における「具体例を開示してする説明」は、【0151】?【0200】の実施例1ないし3に関する記載によってなされている。
(イ)実施例1による説明は、用いられる有機EL素子であるOLED1-1の製造法に関する【0165】及び【0166】並びに用いられる有機EL素子であるOLED1-2ないしOLED1-11の製造法に関する【0170】ないし【0175】の
「【0165】
次に市販のインクジェット式ヘッド10(コニカミノルタ製KM512S非水系ヘッド)を用いて、ホストとして例示化合物A15、燐光性化合物Ir-1、2,2′-アゾビス(イソブチロニトリル):AIBN(質量比100:5:1)及びTHFを含む流動体D1をITO基板100上に吐出させ、100℃、40分で乾燥を行い、膜厚50nmの発光層111を形成した。
【0166】
次に、インクジェット式ヘッド10を用いて、例示化合物A11とAIBN(質量比100:1)及びTHFを含む流動体D2を発光層111上に吐出させ、100℃、40分で乾燥を行い、膜厚50nmの電子輸送層112を形成した。」
「【0170】
〈有機EL素子OLED1-2、1-3の作製〉
反応容器に例示化合物A14、1.4g(2.5mmol)、AIBN0.010g(0.061mmol)、酢酸ブチル30mlを入れて窒素置換を行った後、80℃で10時間反応させた。反応後、アセトンに投入して再沈殿を行い、濾過によりポリマーを回収した。回収したポリマーのクロロホルム溶液をメタノール中に投入して再沈殿させることを更に2回行うことにより精製し、回収後真空乾燥して、目的とする例示化合物A14の重合体1.2gを粉末として得た。この共重合体の重量平均分子量はポリスチレン換算で12000(HFIP(ヘキサフルオロイソプロパノール)を溶離液に用いたGPC測定による)であった。
【0171】
同様の方法で例示化合物A11の重合体を合成した(重量平均分子量26000)。
【0172】
有機EL素子OLED1-1の製造方法において、流動体D1に替えて、上述の例示化合物A14の重合体、燐光性化合物Ir-1(質量比100:5)及びTHFを含む流動体D3を用い、流動体D2に替えて、上述の例示化合物A11の重合体及びTHFを含む流動体D4を用い、更に発光層111と電子輸送層112の有機溶媒が10ppmとなるように乾燥を行った以外は、有機EL素子OLED1-1の製造方法と同様の製造方法で有機EL素子OLED1-2を作製した。
【0173】
また、有機EL素子OLED1-2の製造方法において、発光層111と電子輸送層112の有機溶媒が0.5質量%なるように乾燥を行った以外は、有機EL素子OLED1-2の製造方法と同様の製造方法で有機EL素子OLED1-3を作製した。
【0174】
〈有機EL素子OLED1-4?1-10の作製〉
有機EL素子OLED1-3の製造方法において、各層の材料を下記表1に示す材料に替え、更に有機層の有機溶媒残存含有量を表1に示すように乾燥を行った以外は、有機EL素子OLED1-3の製造方法と同様の製造方法で有機EL素子OLED1-4?1-10を作製した。
【0175】
〈有機EL素子OLED1-11の作製〉
有機EL素子OLED1-1の製造方法において、各層の材料を下記表1に示す材料に替え、且つインジウムチンオキシド透明電極(ITO電極)を有するガラス基板に替えた以外は、有機EL素子OLED1-1の製造方法と同様の製造方法で有機EL素子OLED1-11を作製した。」
の記載から、いずれも、有機溶媒としてTHF(テトラヒドロフラン)を含む流動体をインクジェット式ヘッドにより吐出して塗布し、乾燥させて形成した発光層を含むOLED1-1ないし1-11を用いてなされたものである。
(ウ)実施例2による説明は、【0185】及び【0186】の
「【0185】
実施例2
〈有機EL素子OLED2-1?2-3の作製〉
実施例1の有機EL素子OLED1-3の製造方法において、各層の材料を下記表3に示す材料に替え、更に有機層の有機溶媒残存含有量を表3に示すように乾燥を行った以外は、有機EL素子OLED1-3の製造方法と同様の製造方法で有機EL素子OLED2-1?2-3を作製した。
【0186】
〈有機EL素子OLED2-4?2-6の作製〉
更に実施例1の有機EL素子OLED1-1の製造方法において、各層の材料を下記表3に示す材料に替え、更に有機層の有機溶媒残存含有量を表3に示すように乾燥を行った以外は、有機EL素子OLED1-1の製造方法と同様の製造方法で有機EL素子OLED2-4?2-6を作製した。」
の記載から、実施例1と同様に、いずれも、有機溶媒としてTHF(テトラヒドロフラン)を含む流動体をインクジェット式ヘッドにより吐出して塗布し、乾燥させて形成した発光層を含むOLED2-1ないし2-6を用いてなされたものである。
(エ)実施例3による説明は、【0191】ないし【0196】の
「【0191】
実施例3
〈有機EL素子OLED3-1、3-2の作製〉
インジウムチンオキシド透明電極(ITO電極)を有するガラス基板上に、正孔輸送層としてA36を50nmの膜厚で定法に従い蒸着成膜した後に、発光層としてA31、燐光性化合物Ir-12(質量比100:5)を50nm膜厚で、電子輸送層としてA32を50nm膜厚で蒸着成膜し、次いで、Alを110nm膜厚で蒸着して陰極を形成した。これを窒素雰囲気下でTHFの蒸気を含有する試料瓶に封入し、表5のように含有量を調整し、ガスバリア層を有する基材1を貼り合わせて、有機EL素子OLED3-1及び3-2を作製した。
【0192】
〈有機EL素子OLED3-3の作製〉
正孔輸送材料として例示化合物A7を用い、るつぼ温度210℃、照射電子電流5mA、照射電子エネルギー50eVの条件にて、インジウムチンオキシド透明電極(ITO電極)を有するガラス基板上に成膜を行ない、高分子薄膜を形成した。膜成長速度は毎分6nmであり、形成した高分子の膜厚は50nm、平均分子量は約11000であった。
【0193】
次いで、発光層のホスト化合物として例示化合物A15、燐光性化合物Ir-12(質量比100:5)を用い、るつぼ温度210℃、照射電子電流5mA、照射電子エネルギー50eVの条件にて、高分子薄膜を形成した。形成した高分子の膜厚は50nm、平均分子量は約11000であった。
【0194】
同様に電子輸送材料として例示化合物A11を用い、るつぼ温度210℃、照射電子電流5mA、照射電子エネルギー50eVの条件にて、高分子薄膜を形成した。高分子薄膜を形成した。形成した高分子の膜厚は50nm、平均分子量は約10000であった。
【0195】
次いで、厚さ110nmのアルミニウムを蒸着した。これを窒素雰囲気下でTHFの蒸気を含有する試料瓶に封入し、表5のように含有量を調整し、ガスバリア層を有する基材1を貼り合わせて、有機EL素子OLED3-3を作製した。
【0196】
〈有機EL素子OLED3-4の作製〉
有機EL素子OLED1-3の製造方法において、各層の材料を下記表5に示す材料に替え、更に有機層の有機溶媒残存含有量を表5に示すように乾燥を行った以外は、有機EL素子OLED1-3の製造方法と同様の製造方法で有機EL素子OLED3-4を作製した。」
の記載から、有機溶媒としてTHF(テトラヒドロフラン)を含む雰囲気下で蒸着により形成したOLED3-1ないしOLED3-3、並びに、実施例1と同様に、有機溶媒としてTHF(テトラヒドロフラン)を含む流動体をインクジェット式ヘッドにより吐出して塗布し、乾燥させて形成した発光層を含むOLED3-4を用いてなされたものである。
(オ)そして、有機EL素子の各層の具体的材料や有機溶媒の含有量についての設定、及び、各有機EL素子の作用効果については次の【表1】ないし【表6】にまとめられている。
「【表1】

【表2】

【表3】

【表4】

【表5】

【表6】



イ 検討の内容及び結果
(ア)本願発明の有機層に含有される「有機溶媒」の「10^(-2)?10^(3)ppm」について、上記記載から「有機溶媒」の具体的組成については、いずれの実施例においても、THF(テトラヒドロフラン)が用いられている。
よって、まず第1に、上記実施例1ないし3の記載では、上記の【表2】【表4】【表6】で示される作用効果が、本願明細書の【0030】に列挙された、THF以外のいずれの有機溶媒においても奏するものであるのか否かについては何等も開示されていないから、「有機溶媒」に一般化された作用効果は開示されていない。すなわち、「有機溶媒」一般に関して、所望の効果が得られることを当業者が認識できる程度に具体例を開示しているということができない。
(イ)第2に、有機溶媒の含有量の範囲について、まず、その上限値については、比較実験(発明特定事項の範囲内のものと範囲外のものとの間で比較した実験例)としては、OLED1-2及び1-3の間で行った1例が示されているのみである。すなわち、溶液の塗布及び乾燥により特定の組成の有機層が形成されたものに関する比較例が1例示されているのみであり、これが、他の製法(蒸着により形成されたもの)や有機層の各層の組成が異なるものにまで一般化されて説明されたものということができないことは当然といえる。
なお、OLED2-1に、有機溶媒の含有量が上限値を超えた例が示されているが、これに対する比較例として対応する例(すなわち、製法や有機層の各層の組成が同じであって、有機溶媒の含有量が上限値を超えていないものの例)が示されていないため、OLED2-1によっては比較実験がなされていない。
次に、有機溶媒の含有量の範囲の下限値については、比較実験としては、OLED3-1及び3-2の間で行った1例が示されているのみである。すなわち、蒸着により特定の組成の有機層が形成されたものに関する比較例が1例示されているのみであり、これが、他の製法(塗布、乾燥により形成されたもの)や有機層の各層の組成が異なるものにまで一般化されて説明されたものということができない。
(ウ)以上のとおりであるから、上記の実施例1ないし3によっては、発明特定事項が示す数式を満たせば、或いは、発明特定事項が示す数値の範囲内にあれば所望の効果が得られることを当業者が認識できる程度に具体例を開示して説明がなされたということはできない。そして、この点は、審判請求書において【表A】で示される追加実験によっても何等も補完されていない。

4 まとめ
上記のとおりであるから、本願明細書の発明の詳細な説明においては、上記「3 当審の判断」の「(1)特許法第36条第6項第1号の規定について」で述べた
(i) 具体例がなくとも当業者が理解できる程度の説明、又は、
(ii) 発明特定事項が示す数式を満たせば、或いは、発明特定事項が示す数値の範囲内にあれば所望の効果が得られることを当業者が認識できる程度に具体例を開示してする説明
がなされているとはいえないから、本願発明の「有機層は有機溶媒を10^(-2)?10^(3)ppm含有する」ことの技術的意味が本願明細書の発明の詳細な説明によってサポートされているということはできない。
なお、本件補正後の本願補正発明においても、「有機層は有機溶媒を10^(-2)?10^(3)ppm含有する」ことについての補正はなされていないことから、上記の本件補正によっても、原審の特許法第36条第6項第1号に違反するとする拒絶理由は解消されない。
よって、本願は、特許法第36条第6項第1号の規定に違反している。

第5 結言
以上のとおり、本願発明は、引用発明及び周知技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
また、本願発明の「有機層は有機溶媒を10^(-2)?10^(3)ppm含有する」ことの技術的意味が本願明細書の発明の詳細な説明によってサポートされているということはできないから、本願は、特許法第36条第6項第1号の規定に違反している。
したがって、本願は拒絶すべきものである。

よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2012-05-14 
結審通知日 2012-05-15 
審決日 2012-05-29 
出願番号 特願2005-193698(P2005-193698)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (H05B)
P 1 8・ 575- Z (H05B)
P 1 8・ 537- Z (H05B)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 西岡 貴央  
特許庁審判長 森林 克郎
特許庁審判官 北川 清伸
吉川 陽吾
発明の名称 有機エレクトロルミネッセンス素子、表示装置及び照明装置  
代理人 特許業務法人光陽国際特許事務所  

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