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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 H05B
審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない。 H05B
管理番号 1260094
審判番号 不服2011-9453  
総通号数 153 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2012-09-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2011-05-06 
確定日 2012-07-12 
事件の表示 特願2005-222687「有機エレクトロルミネッセンス素子」拒絶査定不服審判事件〔平成19年 2月15日出願公開、特開2007- 42728〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、2005年8月1日を出願日とする特願2005-222687号であって、平成22年10月14日付けで拒絶理由が通知され、同年12月24日付けで意見書が提出され、同日付けで手続補正がなされ、平成23年2月2日付けで拒絶査定がなされ、これに対して、同年5月6日に拒絶査定不服審判の請求がなされ、同時に手続補正がなされたものである。
その後、同年10月12日付けで前置報告書の内容について請求人の意見を事前に求める審尋がなされ、同年12月19日付けで回答書が提出された。

第2 本願の請求項1に係る発明
平成23年5月6日付けの手続補正による特許請求の範囲の補正は、請求項の削除を目的とするものであり、適法なものである。よって、本願の請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は、平成23年5月6日付け手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される次のとおりのものである。

「基板上に電極と少なくとも1層以上の有機層を有する有機エレクトロルミネッセンス素子において、該有機層の少なくとも1層はドーパントを含有する発光層であり、前記発光層に隣接する正孔輸送層を有し、該正孔輸送層にHOMOが-4.3?-5.3eV、LUMOが-0.3?-1.4eVである有機化合物を含有し、前記有機層は有機溶媒を10^(-2)?10^(2)ppm含有することを特徴とする有機エレクトロルミネッセンス素子。」

第3 特許法第29条第2項(発明の進歩性の要件)の違反についての検討
1 引用例
(1)原査定の拒絶の理由に引用され、本願の出願前に頒布された刊行物である特開2001-357974号公報(以下「引用例1」という。)には、図面とともに、次の事項が記載されている。(下線は当審で付した。)

「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、有機EL(エレクトロルミネセンス)素子に関し、詳しくは、有機化合物の薄膜に電界を印加して光を放出する素子、およびその製造方法に関する。」

「【0010】
【発明が解決しようとする課題】本発明の目的は、従来極めて困難であった塗布法による積層膜の形成を可能とし、高効率で、リーク電流の発生もなく、長寿命で低コストな有機EL素子と、その製造方法を提供することである。」

「【0068】
【実施例】<実施例1>ガラス基板としてコーニング社製商品名7059基板を中性洗剤を用いてスクラブ洗浄した。
【0069】この基板上にITO酸化物ターゲットを用いRFマグネトロンスパッタリング法により、基板温度250℃で、膜厚200nmのITOホール注入電極層を形成した。
【0070】ITO電極層等が形成された基板の表面をUV/O_(3) 洗浄した後、レジストを塗布し、フォトリソ法により1mmピッチのストライプにパターニングした。
【0071】次に発光層として、10?25gのメタノールにつき1gのポリマー濃度のポリフェニレンビニレン(PPV)の前駆体メタノール溶液(塗布溶液)を、前記のITO透明電極が形成された基板上に均一にスプレーコートした。このとき、溶媒のメタノールの乾燥が早いため、最初の塗布領域からその表面が速やかに乾燥するのが確認できた。最後の塗布領域まで塗布し終わった後、さらに最初の領域に戻って塗布作業を行い、これを10回繰り返した。これをサンプル1とした。
【0072】また、上記の塗布溶液に、さらにブタノールを20質量%を混合した溶液を塗布溶液として用い、上記と同様の操作を行ったサンプルを作製した。このとき、1回目の塗布作業が終了した時点で、塗布表面がまだぬれた状態であることが確認できた。これをサンプル2とした。
【0073】次に、得られた基板とポリマー前駆体層を真空オーブン中、300℃の温度で12時間加熱した。この熱処理によって、前駆体ポリマーはPPVに変換された。得られたPPV膜は200?300nmの厚さであった。
【0074】このとき、サンプル1とサンプル2の有機層の断面を調べたところ、サンプル1では10層のPPV層が確認できたが、サンプル2では明確な界面を確認することができなかった。
【0075】次いで、基板を真空蒸着装置に移し、LiFを5nmの膜厚に成膜し、続けてAlを200nmの厚さに蒸着して陰電極とし、最後にガラス封止して有機EL素子を得た。」


「【0077】<実施例2>実施例1において、最初にホール注入輸送層として、N,N’-ジフェニル-N,N’-m-トリル-4,4’-ジアミノ-1,1’-ビフェニル(TPD):2 mol%をキシレンに溶解した塗布溶液を用い、ITO透明電極が形成された基板上に均一にスプレーコートした。このとき塗布は3回繰り返した。その後、TPD層の表面が完全に乾燥するまで放置した。得られたTPD膜は140?150nmの厚さであった。
【0078】次に、発光層としてポリビニルカルバゾール(PVK)にオキサゾール誘導体を30 mol%とクマリン色素を0.5 mol%添加した材料を用いた。このとき、溶剤にはトルエンを使用し、スプレーコート法により塗布を行った。塗布は、実施例1と同様にして3回繰り返した。得られたPVK膜は160?170nmの厚さであった。それ以外は実施例1と同様にして有機EL素子を得た。得られた有機EL素子の有機層の断面を調べたところ、TPD層とPVK層の界面が明確に確認できた
【0079】得られた有機EL素子に、空気中で電界を印加したところ、ダイオード特性を示し、ITO側をプラス、LiF/Al電極側をマイナスにバイアスした場合、電流は、電圧の増加とともに増加し、通常の室内ではっきりとした発光が観察された。また、リーク電流、および選択した電極ライン以外からの発光は見られなかった。」

(2)引用例1に記載された発明の認定
上記記載を総合すれば、引用例1には、
「ITO透明電極が形成された基板上に、ホール注入輸送層として、N,N’-ジフェニル-N,N’-m-トリル-4,4’-ジアミノ-1,1’-ビフェニル(TPD):2 mol%をキシレンに溶解した塗布溶液を用い、均一にスプレーコートし、
次に、発光層としてポリビニルカルバゾール(PVK)にオキサゾール誘導体を30 mol%とクマリン色素を0.5 mol%添加した材料を用い、溶剤にはトルエンを使用し、スプレーコート法により塗布を行い、その後熱処理を行い、
次いで、基板を真空蒸着装置に移し、LiFを5nmの膜厚に成膜し、続けてAlを200nmの厚さに蒸着して陰電極とし、最後にガラス封止して得た有機EL素子。」の発明(以下「引用発明」という。)が記載されている。

3 本願発明と引用発明の対比
(1)ここで、本願発明と引用発明を対比する。
ア 引用発明の「ホール注入輸送層」及び「発光層」が、本願発明の「少なくとも1層以上の有機層」に相当し、引用発明の「ITO透明電極が形成された基板上」に「ホール注入輸送層」と「発光層」をスプレーコートによって塗布し、「陰電極」を蒸着して得た「有機EL素子」が、本願発明の「基板上に電極と少なくとも1層以上の有機層を有する有機エレクトロルミネッセンス素子」に相当する。

イ 引用発明の「クマリン色素」が、本願発明の「ドーパント」に相当し、引用発明の「発光層としてポリビニルカルバゾール(PVK)にオキサゾール誘導体を30 mol%とクマリン色素を0.5 mol%添加した材料を用い、溶剤にはトルエンを使用し、スプレーコート法により塗布を行」うことが、本願発明の「該有機層の少なくとも1層はドーパントを含有する発光層で」あることに相当する。

ウ 引用発明において「ホール注入輸送層」を「均一にスプレーコートし」て設け、「次に、発光層」を「スプレーコート法により塗布を行」って設けることが、本願発明の「前記発光層に隣接する正孔輸送層を有」することに相当する。

エ 引用発明の「N,N’-ジフェニル-N,N’-m-トリル-4,4’-ジアミノ-1,1’-ビフェニル(TPD)」は、本願の明細書(【0054】の【化4】参照)において「A3」としてあげられている有機化合物であり、本願明細書の【0174】の【表1】にも示されているように、HOMOが-4.84eV程度、LUMOが-1.07eV程度の有機化合物であることが知られている。よって、引用発明の「ホール注入輸送層として、N,N’-ジフェニル-N,N’-m-トリル-4,4’-ジアミノ-1,1’-ビフェニル(TPD):2 mol%をキシレンに溶解した塗布溶液を用い」ることが、本願発明の「該正孔輸送層にHOMOが-4.3?-5.3eV、LUMOが-0.3?-1.4eVである有機化合物を含有」することに相当する。

オ 引用発明の「ホール注入輸送層」における「キシレン」及び「発光層」における「トルエン」が、本願発明の「有機溶媒」に相当し、「ホール注入輸送層」及び「発光層」を、「スプレーコート法により塗布を行」って得る場合、技術常識から、「その後熱処理を行」った場合においても当該有機溶媒が完全になくなることはあり得ず、微量ではあっても所定の割合で残存するものということができ、また、本願発明において有機層が含有する有機溶媒の「10^(-2)?10^(2)ppm」は、「所定の割合」ということができるから、引用発明の「ホール注入輸送層として、N,N’-ジフェニル-N,N’-m-トリル-4,4’-ジアミノ-1,1’-ビフェニル(TPD):2 mol%をキシレンに溶解した塗布溶液を用い、均一にスプレーコートし、次に、発光層としてポリビニルカルバゾール(PVK)にオキサゾール誘導体を30 mol%とクマリン色素を0.5 mol%添加した材料を用い、溶剤にはトルエンを使用し、スプレーコート法により塗布を行い、その後熱処理を行」うことと、本願発明の「前記有機層は有機溶媒を10^(-2)?10^(2)ppm含有する」こととは、「前記有機層は有機溶媒を所定の割合で含有する」点で一致する。

(2)本願発明と引用発明の一致点
したがって、本願発明と引用発明とは、
「基板上に電極と少なくとも1層以上の有機層を有する有機エレクトロルミネッセンス素子において、該有機層の少なくとも1層はドーパントを含有する発光層であり、前記発光層に隣接する正孔輸送層を有し、該正孔輸送層にHOMOが-4.3?-5.3eV、LUMOが-0.3?-1.4eVである有機化合物を含有し、前記有機層は有機溶媒を所定の割合で含有する有機エレクトロルミネッセンス素子。」の発明である点で一致し、次の点で相違する。

(3)本願発明と引用発明の相違点
含有する有機溶媒の所定の割合について、本願発明は、「10^(-2)?10^(2)ppm」であるのに対して、引用発明においてはその割合についての具体的数値の明示がない点。

4 当審の判断
(1)相違点の検討
上記「3 本願発明と引用発明の対比」の「(1)」の「オ」で述べたように、引用発明のように、引用発明の「ホール注入輸送層」における「キシレン」及び「発光層」における「トルエン」が、引用発明の「有機溶媒」に相当し、「ホール注入輸送層」及び「発光層」を、「スプレーコート法により塗布を行」って得る場合、技術常識から、「その後熱処理を行」った場合においても当該有機溶媒が完全になくなることはあり得ず、微小の割合では残存するものということができるのであるが、その具体的な割合は熱処理等による乾燥の程度で決まるものであることはいうまでもない。
そして、乾燥の程度、すなわち、有機溶媒の残存の割合については、例えば、原査定の拒絶の理由に示された特表2005-508515号公報(【0014】)の「ここで、完全な乾燥とは、完成固体フィルム層内に、溶剤の1%未満(全体質量に対して)、好ましくは0.1%未満、特に好ましくは10ppm、より好ましくは1ppm未満を包含していることを意味する。」の記載や、原査定の備考において示された特開2004-253179号公報の【0010】の「高沸点溶媒を完全に除去するためには、より高い温度で加熱処理を行うため、発光材料が劣化してしまうという問題が避けられない。この問題は、初期の発光特性では劣化が見られなくても、特に発光寿命の短寿命化に対して大きな影響を及ぼす。仮に、十分な高温で加熱処理を行なわないとすれば、発光層の熱劣化の問題は生じないが、膜化した発光層内部に溶媒が残留する事となり、発光層の信頼性が大きく損なわれることとなる。」の記載から、技術常識として、塗布法においては、“層の形成後、溶媒は十分に除去される”ものの“溶媒を完全に除去することは困難であり”、具体的な量(割合)として“乾燥後の好ましい含有量(割合)は10ppm未満、より好ましくは1ppm未満”の所定量であるということができるから、引用発明において溶媒の含有量(割合)を、「10^(-2)?10^(2)ppm」の範囲内の適宜の割合とすることは当業者が容易になし得ることである。

(2)そして、本願発明によってもたらされる効果は、引用発明に記載された技術事項から当業者が予測し得る程度のものである。

(3)まとめ
したがって、本願発明は、引用発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

第4 特許法第36条第6項第1号(記載要件)の違反についての検討
1 原査定における拒絶理由
(1)原査定(平成23年2月2日付けの拒絶査定)は、「この出願については、平成22年10月14日付け拒絶理由通知書に記載した理由2、3によって、拒絶をすべきものです。」としたものである。
そして、平成22年10月14日付け拒絶理由通知書に記載した、特許法第36条第6項第1号の違反に関する理由2は次のとおりである。

「理由2
この出願は、特許請求の範囲の記載が下記の点で、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。



本願請求項1及び請求項1を引用する請求項2?13に係る発明は、「正孔輸送層がHOMOが-4.3?-5.3eV、LUMOが-0.3?-1.4eVである有機化合物を含有する」こと、及び、「有機層が有機溶媒を10^(-2)?10^(3)ppm含有する」ことを発明特定事項としている。
そして、本願発明の詳細な説明には、ある特定の化合物を用いて正孔輸送層を形成し、有機層の有機溶媒の残存含有量を10^(-2)?10^(3)ppmにした場合の実施例が記載されている。
しかしながら、有機EL素子の有機層を上記発明特定事項のように構成することにより、何故、「電圧上昇やダークスポットが少なく、経時安定性が高い有機EL素子を提供する」という本願の課題が解決されるのか、その因果関係が当業者にとって明らかではないため、本願発明の詳細な説明に記載された例以外の場合にも、HOMO、LUMOのエネルギーが上記数値範囲を満たし、且つ有機溶媒の残留量が上記条件を満たしていれば、本願の課題が解決されるのか当業者にとって明らかではない。
したがって、出願時の技術常識に照らしても、請求項1?13に係る発明の範囲まで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえない。
よって、請求項1?13に係る発明は、発明の詳細な説明に記載したものでない。」

(2)また、原査定においては、備考欄に、特許法第36条第6項第1号の違反についての理由2に関して、次の事項が記載されている。

「・理由2(特許法第36条第6項第1号)について
・請求項1?13
出願人は、平成22年12月24日付け意見書において、「本願発明では微量の有機溶剤を介在させることで、保存、経時及び/または発光駆動時において有機層内での好ましくない結晶成長や分子の部分配向が抑えられ、更に、正孔輸送層に含有される化合物のHOMO及びLUMOが特定の範囲である場合に、性能特性(発光輝度特性、低電流駆動安定特性、ダークスポット特性)を安定化させることができる。つまり、正孔輸送層にHOMO及びLUMOが特定範囲にある有機化合物を含有し、更に有機層に有機溶媒の含有量を特定の範囲とすることで、本願発明の効果が奏される」旨主張する。
しかしながら、このように正孔輸送層のHOMO及びLUMOのエネルギーと有機層に残存する有機溶媒の含有量とを特定の範囲にすることにより素子特性が向上したことが示されたのは、発明の詳細な説明に記載されたある特定の場合のみであり、発明の詳細な説明に記載された例以外の場合にも、請求項1が特定する条件を満たせば本願発明の効果が得られることについては発明の詳細な説明に示されていないし、また、出願時の技術常識に基づいても当業者にとって明らかなものではない。
特に、発光層内部に残留した溶媒が発光層の信頼性を大きく損なわせることが知られており(特開2004-253179号公報の【0010】等参照)、有機層中にある特定量の有機溶媒が残存すれば素子特性が向上されることが、ある特定の場合で示されていても、他の場合においても同様の効果が得られるとまで言えない。
また、発明の詳細な説明では、各素子の素子特性を、発光材料や正孔輸送材料として異なる材料を用いた素子どうしで比較しているため、出願人の主張する本願発明の効果が、素子を構成する材料の違いにより生じたものなのか、有機層中に残留した有機溶媒の量の違いにより生じたものなのかを判別することができない。
したがって、出願時の技術常識に照らしても、請求項1?13に係る発明の範囲まで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえない。請求項1?13に係る発明は、特許法第36条第6項第1号が規定する要件を満たしていない。」

2 審判請求人の対応(手続補正)及び主張
上記の拒絶理由及び拒絶査定に対して、審判請求人(出願人)は、平成22年12月24日付けの手続補正により、本願の特許請求の範囲の請求項1において、有機層に含有される有機溶媒の含有量について、補正前に「10^(-2)?10^(3)ppm」とあったのを「10^(-2)?10^(2)ppm」と補正し、また、平成23年5月6日付けで提出された審判請求書の請求の理由において、次の主張をしている。

「理由2(特許法第36条第6項第1号)について
本願発明は、段落番号(0007)にも記載の様に「本発明の目的は、良好な発光輝度を示し、定電流駆動したときの電圧上昇、ダークスポットが少なく、更に高温、高湿下での経時安定性が高い有機EL素子、及びそれを用いた表示装置、照明装置を提供すること」にあり、これは、実施例に示した様に具体的に効果を得たものであります。
すなわち、本願発明は、段落番号(0006)の「・・・製造工程の簡略化、加工性、大面積化等の観点から塗布方式による素子作製も開示されている(例えば、特許文献4参照。)。しかしながら、従来の有機エレクトロルミネッセンス素子は、低電圧駆動したときの電圧上昇、ダークスポットの発生、更に高温、高湿下での経時安定性についての改良が望まれている。また、発光輝度の更なる改良も望まれている。」の様に、こうした課題を解決すべく成されたものであります。
そして、段落番号(0023)の様に「・・・HOMOが-4.3?-5.3eV、LUMOが-0.3?-1.4eVである有機化合物を含有し、更に有機層に有機溶媒を10^(-2)?10^(3)ppm含有させることにより、良好な発光輝度を示し、且つ定電流駆動したときの電圧上昇、ダークスポットが少なく、且つ高温、高湿下での経時安定性が高い有機エレクトロルミネッセンス素子とすることができることを見出した。」ものであり、以下の様に本願発明者らは研究を重ねて本願発明をなしたものであります。
すなわち、一般論として、有機EL素子は、両極間に100?150nmの有機層が存在し、有機層の膜厚がこれより厚いと、チャイルド則から電界強度が膜厚の3乗に反比例するために極めて駆動電圧が高くなってしまい、また、これより薄いと、電極表面の突起や微小なパーティクルのために、いわゆるショートが起こってしまい、ショートが起こると高熱が発生するためにダークスポットが広がってしまいます。また、微小結晶や部分配向が起こっても、同様のことが起こります。
しかしながら、本願発明では微量の有機溶剤を介在させることで、保存、経時及び/または発光駆動時において、有機層内での好ましくない結晶成長や分子の部分配向が抑えられるものと考えたものであります。すなわち、有機層がきっちりとした分子の配列ではなく、ちょうど良い不規則性をもった構造になることから、電子や正孔の移動或いはエネルギー移動が適度に制御され、更に、こうした状況において正孔輸送層に含有される化合物が特定の化合物(HOMO、LUMOが特定の範囲にある化合物)である場合に、性能特性(発光輝度特性、定電流駆動安定特性、ダークスポット特性)を安定化させることができたものと考えております。すなわち、上記特許請求の範囲の様に、いわば、発光層に隣接する正孔輸送層を有し、該正孔輸送層に特定の特性を有する化合物を含有し、更に有機層に特定の有機溶媒を特定の含有量とすることで、本願発明の効果が奏されたものと考えております。
また、「有機溶媒含有量」については段落番号(0026)?(0030)に、「正孔輸送層に含有されるHOMOが-4.3?-5.3eV、LUMOが-0.3?-1.4eVである有機化合物」については(0032)?(0057)に、「ドーパント」に関しては(0058)?(0071)に、「素子の構成」等については(0072)?(0116)に、それぞれ記載を有しており、当業者において明らかであり、容易に理解することができるものであります。
そして、こうした発明を実施例において代表例としてその効果を確認したものであります。
また、本願発明を更にご説明する為に次の様な実験を行いました。すなわち、本願実施例の有機EL素子OLED1-4及び同1-5で溶媒含有量を11ppmに変更した有機EL素子OLED1-8,同1-9を作製した。結果を下記表に示す。
【表A】

また、本発明の有機EL素子OLED3-3(20ppm)に対し、残存有機溶媒含有量を0.001ppm、0.02ppm、500ppm及び7000ppmとした有機EL素子OLED3-5,OLED3-6,OLED3-7,OLED3-8を作製した。結果を以下に示す。
【表B】

以上の様に本願発明は明らかであり、また、これを明細書の記載の範囲内において特許請求の範囲に明確化しましたので、本願は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たすものと思量いたします。」

3 当審の判断
(1)特許法第36条第6項第1号の規定について
当審では、数式又は数値範囲で示されるいわゆるパラメータ発明において、特許法第36条第6項第1号に規定する、いわゆるサポート要件を満たすためには、発明の詳細な説明において、
(i) 具体例がなくとも当業者が理解できる程度の説明、又は、
(ii) 発明特定事項が示す数式を満たせば、或いは、発明特定事項が示す数値の範囲内にあれば所望の効果が得られることを当業者が認識できる程度に具体例を開示してする説明
がなされていることが必要があると解する。
なお、上記の当審の見解は、平成17年(行ケ)第10042号判決(知財高裁大合議判決)の内容に基づくものである。
そこで、本願発明の発明特定事項である「有機層は有機溶媒を10^(-2)?10^(2)ppm含有する」の技術的意味が、本願明細書の発明の詳細な説明の記載によってサポートされているか、すなわち、本願明細書の発明の詳細な説明の記載において「有機層は有機溶媒を10^(-2)?10^(2)ppm含有する」の技術的意味に関して上記(i)及び(ii)の説明がなされているかについて検討する。

(2)具体例がなくとも当業者が理解できる程度の説明について
ア 本願明細書の発明の詳細な説明の記載について
本願明細書の発明の詳細な説明には、本願発明における発明特定事項(構成要件)としての「有機溶媒」及びその「含有量」については、【0026】?【0029】において、次のように説明されているのみである。
「【0026】
次に、本発明で用いられる有機溶媒含有量の測定方法について説明する。
【0027】
本発明に係る有機層中に残留している有機溶媒は、パージ&トラップサンプラーを取り付けたガスクロマトグラフィー(GC)質量分析法(MS)で測定することができる(PT-GC/MS)。具体的には10cm×10cm四方の有機EL素子を作製し、ガス回収用のチャンバーと有機ガス吸着管(TENAX GR)に残留有機溶媒を吸着させ、PT-GC/MS測定を行った。溶媒濃度は濃度既知の基準試料を用いて作成した検量線より求めた。
【0028】
本発明に係る有機層は有機溶媒を10^(-2)?10^(3)ppm含有する。好ましくは有機溶媒を0.1?100ppm含有し、これにより定電流駆動したときの電圧上昇、ダークスポット、及び高温、高湿下での経時安定性のより一層の改良効果を有する。
【0029】
本発明に係る有機溶媒として特に制限はないが、例えば、アルコール類(メタノール、エタノール等)、カルボン酸エステル類(酢酸エチル、酢酸プロピル等)、ニトリル類(アセトニトリル等)、エーテル類(イソプロピルエーテル、THF等)、芳香族炭化水素類(シクロヘキシルベンゼン、トルエン、キシレン等)、ハロゲン化アルキル類(塩化メチレン等)、飽和炭化水素類等(ヘプタン等)が挙げられる。この中で好ましいものはカルボン酸エステル類、ニトリル類、エーテル類、芳香族炭化水素類、ハロゲン化アルキル類、飽和炭化水素類であり、更に好ましくはカルボン酸エステル類、エーテル類、芳香族炭化水素類である。」

イ 検討の内容及び結果
発明の詳細な説明の上記記載においては、【0028】において「本発明に係る有機層は有機溶媒を10^(-2)?10^(3)ppm含有する」という発明特定事項と、当該発明特定事項による効果が述べられているのみであり、当該発明特定事項によって、何故(どのようなメカニズムにより)そのような効果を奏するのかという技術的説明は何等なされていないことは明らかである。
この点について、請求人は審判請求書において、上記「2 審判請求人の対応(手続補正)及び主張」で摘記したように
「本願発明では微量の有機溶剤を介在させることで、保存、経時及び/または発光駆動時において、有機層内での好ましくない結晶成長や分子の部分配向が抑えられるものと考えたものであります。すなわち、有機層がきっちりとした分子の配列ではなく、ちょうど良い不規則性をもった構造になることから、電子や正孔の移動或いはエネルギー移動が適度に制御され、更に、こうした状況において正孔輸送層に含有される化合物が特定の化合物(HOMO、LUMOが特定の範囲にある化合物)である場合に、性能特性(発光輝度特性、定電流駆動安定特性、ダークスポット特性)を安定化させることができたものと考えております。すなわち、上記特許請求の範囲の様に、いわば、発光層に隣接する正孔輸送層を有し、該正孔輸送層に特定の特性を有する化合物を含有し、更に有機層に特定の有機溶媒を特定の含有量とすることで、本願発明の効果が奏されたものと考えております。」と主張する。
しかしながら、上記の主張は、
a)第1に、明細書の発明の詳細な説明には記載されていないことである。
b)第2に、何らの技術的証明をも伴わない、単なる請求人の推定に基づく主張に過ぎず(この点、平成22年12月24日付けで提出された意見書において、同内容の主張に関して「これは推定ではありますが、以下の様に考えられるものであります。」と記載されている点を参照。)、技術常識を踏まえても当業者が理解(納得)できる程度に説明されたものとは言い難い。
c)第3に、上記の審判請求書における主張は、「有機溶媒」を含有するという定性的な事項に関してのものに過ぎず、「10^(-2)?10^(2)ppm」という数値範囲が、一般論として、「正孔輸送層にHOMOが-4.3?-5.3eV、LUMOが-0.3?-1.4eVである有機化合物を含有」する場合であれば、本願明細書の【0029】に記載されたようなどのような有機溶媒であっても効果を奏する「数値範囲」であることを何等説明するものではない。
よって、発明の詳細な説明においては、審判請求書における請求人の主張を勘案したとしても、「具体例がなくとも当業者が理解できる程度の説明」がなされているということはできない。

(3)発明特定事項が示す数値の範囲内にあれば所望の効果が得られることを当業者が認識できる程度に具体例を開示してする説明について
ア 本願明細書の発明の詳細な説明の記載について
(ア)本願発明の有機層に含有される「有機溶媒」の「10^(-2)?10^(2)ppm」の技術的意義について、本願明細書の発明の詳細な説明における「具体例を開示してする説明」は、【0146】?【0192】の実施例1ないし3に関する記載によってなされている。
(イ)実施例1による説明は、用いられる有機EL素子であるOLED1-1の有機層の製造法に関する【0160】及び【0161】並びに用いられる有機EL素子であるOLED1-2ないしOLED1-7の製造法に関する【0164】ないし【0168】の
「【0160】
次に市販のインクジェット式ヘッド10(コニカミノルタ製KM512S非水系ヘッド)を用いて、正孔輸送材料として例示化合物A16とAIBN(質量比100:1)及びTHFを含む流動体D1をITO基板100上に吐出させ、100℃、60分の条件にて膜厚50nmの正孔輸送層111を形成した。
【0161】
次に、インクジェット式ヘッド10を用いて、ホスト材料としてM1、燐光性化合物Ir-1、AIBN(質量比100:5:1)及びTHFを含む流動体D2を正孔輸送層111上に吐出させ、100℃、60分の条件にて膜厚50nmの発光層112を形成した。」
「【0164】
〈有機EL素子OLED1-2の作製〉
反応容器に例示化合物A21、1.4g(2.5mmol)、AIBN0.010g(0.061mmol)、酢酸ブチル30mlを入れて窒素置換を行った後、80℃で10時間反応させた。反応後、アセトンに投入して再沈殿を行い、濾過によりポリマーを回収した。回収したポリマーのクロロホルム溶液をメタノール中に投入して再沈殿させることを更に2回行うことにより精製し、回収後真空乾燥して、目的とする例示化合物A21の重合体1.2gを粉末として得た。この共重合体の重量平均分子量はポリスチレン換算で12000(HFIP(ヘキサフルオロイソプロパノール)を溶離液に用いたGPC測定による)であった。
【0165】
同様の方法で化合物M1の重合体を合成した(重量平均分子量13000)。
【0166】
有機EL素子OLED1-1の製造方法において、流動体D1に替えて、上述の例示化合物A21の重合体、燐光性化合物Ir-1(質量比100:5)及びTHFを含む流動体D3を用い、流動体D2に替えて、上述の例示化合物M1の重合体及びTHFを含む流動体D4を用い、更に有機層の有機溶媒が表1に示したように乾燥を行った以外は、有機EL素子OLED1-1の製造方法と同様の製造方法で有機EL素子OLED1-2を作製した。
【0167】
〈有機EL素子OLED1-3?1-6の作製〉
有機EL素子OLED1-2の製造方法において、各層の材料を下記表1に示す材料に替え、更に有機層の有機溶媒残存含有量を表1に示すように乾燥を行った以外は、有機EL素子OLED1-2の製造方法と同様の製造方法で有機EL素子OLED1-3?1-6を作製した。
【0168】
〈有機EL素子OLED1-7の作製〉
有機EL素子OLED1-2の製造方法において、各層の材料を下記表1に示す材料に替え、且つインジウムチンオキシド透明電極(ITO電極)を有するガラス基板に替えた以外は、有機EL素子OLED1-2の製造方法と同様の製造方法で有機EL素子OLED1-7を作製した。」
の記載から、いずれも、有機溶媒としてTHF(テトラヒドロフラン)を含む流動体をインクジェット式ヘッドにより吐出、乾燥させて形成した発光層を含むOLED1-1ないし1-7を用いてなされたものである。
(ウ)実施例2による説明は、【0178】の
「【0178】
実施例2
実施例1の有機EL素子OLED1-2の製造方法において、各層の材料を下記表3に示す材料に替え、更に有機層の有機溶媒残存含有量を表3に示すように乾燥を行った以外は、有機EL素子OLED1-2の製造方法と同様の製造方法で有機EL素子OLED2-1?2-4を作製した。更に実施例1の有機EL素子OLED1-1の製造方法において、各層の材料を下記表3に示す材料に替え、更に有機層の有機溶媒残存含有量を表3に示すように乾燥を行った以外は、有機EL素子OLED1-1の製造方法と同様の製造方法で、有機EL素子OLED2-5?2-7を作製した。」
の記載から、実施例1と同様に、いずれも、有機溶媒としてTHF(テトラヒドロフラン)を含む流動体をインクジェット式ヘッドにより吐出、乾燥させて形成した発光層を含むOLED2-1ないし2-7を用いてなされたものである。
(エ)実施例3による説明は、【0183】ないし【0188】の
「【0183】
実施例3
〈有機EL素子OLED3-1、3-2の作製〉
インジウムチンオキシド透明電極(ITO電極)を有するガラス基板上に正孔輸送層としてA1を50nmの膜厚で定法に従い蒸着成膜した後に、発光層としてCBP、燐光性化合物Ir-12(質量比100:5)を50nm膜厚で、電子輸送層としてBCPを50nm膜厚で蒸着成膜し、次いで、Alを110nm膜厚で蒸着して陰極を形成した。これを窒素雰囲気下でTHFの蒸気を含有する試料瓶に封入し、表5のように含有量を調整し、ガスバリア層を有する基材1を貼り合わせて、有機EL素子OLED3-1及び3-2を作製した。
【0184】
〈有機EL素子OLED3-3の作製〉
正孔輸送材料としてA26を用い、るつぼ温度210℃、照射電子電流5mA、照射電子エネルギー50eVの条件にて、インジウムチンオキシド透明電極(ITO電極)を有するガラス基板上に成膜を行ない、高分子薄膜を形成した。膜成長速度は毎分6nmであり、形成した高分子の膜厚は50nm、平均分子量は約11000であった。
【0185】
次いで、発光層の有機化合物としてM1、燐光性化合物Ir-12(質量比100:5)を用い、るつぼ温度210℃、照射電子電流5mA、照射電子エネルギー50eVの条件にて、高分子薄膜を形成した。形成した高分子の膜厚は50nm、平均分子量は約11000であった。
【0186】
同様に電子輸送材料としてM2を用い、るつぼ温度210℃、照射電子電流5mA、照射電子エネルギー50eVの条件にて、高分子薄膜を形成した。形成した高分子の膜厚は50nm、平均分子量は約10000であった。
【0187】
次いで、厚さ110nmのアルミニウムを蒸着した。これを窒素雰囲気下でTHFの蒸気を含有する試料瓶に封入し、表5のように含有量を調整し、ガスバリア層を有する基材1を貼り合わせて、有機EL素子OLED3-3を作製した。
【0188】
〈有機EL素子OLED3-4の作製〉
有機EL素子OLED3-3の製造方法において、各層の材料を下記表5に示す材料に替え、更に有機層の有機溶媒残存含有量を表5に示すように乾燥を行った以外は、有機EL素子OLED3-3の製造方法と同様の製造方法で有機EL素子OLED3-4を作製した。」
の記載から、有機溶媒としてTHF(テトラヒドロフラン)を含む雰囲気下で蒸着により形成したOLED3-1ないしOLED3-4を用いてなされたものである。
(オ)そして、有機EL素子の各層の具体的材料や有機溶媒の含有量についての設定、及び、各有機EL素子の作用効果については次の【表1】ないし【表6】にまとめられている。
「【表1】

【表2】

【表3】

【表4】

【表5】

【表6】



イ 検討の内容及び結果
(ア)本願発明の有機層に含有される「有機溶媒」の「10^(-2)?10^(2)ppm」について、上記記載から「有機溶媒」の具体的組成については、いずれの実施例においても、THF(テトラヒドロフラン)が用いられている。
よって、まず第1に、上記実施例1ないし3の記載では、上記の【表2】【表4】【表6】で示される作用効果が、本願明細書の【0030】に列挙された、THF以外のいずれの有機溶媒においても奏するものであるのか否かについては何等も開示されていないから、「有機溶媒」に一般化された作用効果は開示されていない。すなわち、「有機溶媒」一般に関して、所望の効果が得られることを当業者が認識できる程度に具体例を開示しているということができない。
(イ)第2に、有機溶媒の含有量の範囲について、まず、その上限値については、比較実験(発明特定事項の範囲内のものと範囲外のものとの間で比較した実験例)としては、OLED3-1及び3-2の間で行った例1例が示されているのみである。すなわち、蒸着により特定の組成の有機層が形成されたものに関する比較例が1例示されているのみであり、これが、他の製法(塗布、乾燥により形成されたもの)や有機層の各層の組成が異なるものにまで一般化されて説明されたものということができないことは当然といえる。
なお、表1のOLED1-3及び表3のOLED2-1に、有機溶媒の含有量が上限値を超えた例が示されているが、これらに対する比較例として対応する例(すなわち、製法や有機層の各層の組成が同じであって、有機溶媒の含有量が上限値を超えていないものの例)が示されていないため、OLED1-3によっては比較実験がなされておらず、また、OLED2-1によっても比較実験がなされていない。
次に、有機溶媒の含有量の範囲の下限値については、何らの比較実験も行われていない。
(ウ)以上のとおりであるから、上記の実施例1ないし3によっては、発明特定事項が示す数式を満たせば、或いは、発明特定事項が示す数値の範囲内にあれば所望の効果が得られることを当業者が認識できる程度に具体例を開示して説明がなされたということはできない。
(エ)次に、この点についての、審判請求書における追加実験による主張について検討する。
まず、【表A】に示された追加実験については、上記実施例のOLED1-4及び1-5と同様の比較例を増やしただけのものであり、「有機溶媒」の「10^(-2)?10^(2)ppm」の特定事項による作用効果の検証のために行われたものではない。
次に、【表B】に示された追加実験において、有機溶媒の含有量の範囲の上限値についての技術的意味を説明することを試みてOLED3-7(500ppm)及びOLED3-8(7000ppm)の2例が追加して示された。しかしながら、それらとOLED3-3との比較実験を行っても、蒸着により特定の組成の有機層が形成されたものに関する比較例が追加されたのみであり、これらの比較実験から検証された作用効果が、他の製法(塗布、乾燥により形成されたもの)により形成されたものにまで一般化されて説明されたものということができない。さらに、OLED3-7(500ppm)は、発光層に含有される「有機溶媒」の「10^(-2)?10^(2)ppm」の範囲外のものであるにも関わらず、上記【表B】では「本発明」のものとされ、しかも、OLED3-6(0.02ppm)のもと同等の作用効果を奏している。そうすると、OLED3-7(500ppm)を用いた比較実験によっては、本願発明の発光層に含有される「有機溶媒」の「10^(-2)?10^(2)ppm」についての技術的意味が説明されないだけでなく、上記で請求人が主張し、説明しようとしてきた技術的意味と矛盾するものとなる。よって、【表B】に示された追加実験によって、有機溶媒の含有量の範囲の上限値についてその技術的意味を一般化して説明することはなされていないといえる。
また、【表B】に示された追加実験において、有機溶媒の含有量の範囲の下限値についての技術的意味を説明することを試みてOLED3-5(0.001ppm)の例が追加して示された。これにより、OLED3-5(0.001ppm)とOLED3-3(20ppm)やOLED3-6(0.02ppm)とを比較し検討することが可能となったが、これが、他の製法(塗布、乾燥により形成されたもの)により形成されたものや有機層の各層の組成が異なるものにまで一般化されて説明されたものということができない。
(オ)以上のとおりであるから、例え、審判請求における追加実験による主張を踏まえたとしても、発明特定事項が示す数値の範囲(有機層が含有する有機溶媒の「10^(-2)?10^(2)ppm」)内にあれば所望の効果が得られることを当業者が認識できる程度に説明されているということはできない。

4 まとめ
上記のとおり、本願明細書の発明の詳細な説明においては、上記「3 当審の判断」の「(1)特許法第36条第6項第1号の規定について」で述べた
(i) 具体例がなくとも当業者が理解できる程度の説明、又は、
(ii) 発明特定事項が示す数式を満たせば、或いは、発明特定事項が示す数値の範囲内にあれば所望の効果が得られることを当業者が認識できる程度に具体例を開示してする説明
がなされているとはいえないから、本願発明の「有機層は有機溶媒を10^(-2)?10^(2)ppm含有する」ことの技術的意味が本願明細書の発明の詳細な説明によってサポートされているということはできない。
よって、本願は、特許法第36条第6項第1号の規定に違反している。

第5 結言
以上のとおり、本願発明は、引用発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
また、本願発明の「有機層は有機溶媒を10^(-2)?10^(2)ppm含有する」ことの技術的意味が本願明細書の発明の詳細な説明によってサポートされているということはできないから、本願は、特許法第36条第6項第1号の規定に違反している。
したがって、本願は拒絶すべきものである。

よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2012-05-14 
結審通知日 2012-05-15 
審決日 2012-05-29 
出願番号 特願2005-222687(P2005-222687)
審決分類 P 1 8・ 537- Z (H05B)
P 1 8・ 121- Z (H05B)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 西岡 貴央  
特許庁審判長 森林 克郎
特許庁審判官 吉川 陽吾
北川 清伸
発明の名称 有機エレクトロルミネッセンス素子  
代理人 特許業務法人光陽国際特許事務所  

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