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審決分類 審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) G02B
審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) G02B
管理番号 1260554
審判番号 不服2009-23848  
総通号数 153 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2012-09-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2009-12-03 
確定日 2012-07-25 
事件の表示 特願2003-549956「補償カラーマネージメントシステムおよび方法」拒絶査定不服審判事件〔平成15年 6月12日国際公開、WO03/48819、平成17年 4月28日国内公表、特表2005-512118〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯・本願発明
本願は、平成14年11月26日の出願(パリ条約における優先権主張 平成13年11月30日 米国)であって、平成17年10月12日付けで手続補正、平成20年11月20日付けで誤訳訂正が、それぞれなされたが、平成21年8月4日に拒絶査定がなされ、これに対して、平成21年12月3日付けで審判請求がなされるとともに、同日付で手続補正書が提出され、平成23年6月22日付けで、平成21年12月3日付けの手続補正の却下の決定を行うとともに、同日付で拒絶理由の通知を行い、これに対して、同年12月28日付けで手続補正書および意見書が提出されたものであって「光学フィルタ」に関するものと認める。


第2 当審の拒絶理由通知の概要
平成23年6月22日付けで通知した記載要件に関する拒絶理由の概要は、以下のとおりである。

『2.記載要件について
本願発明1-26に記載された発明及び発明の詳細な説明は、「第2[補正却下の理由]2.[1]」で指摘した不備を含んでいるから、当該指摘と同様に特許法第36条第6項第1号、同項第2号、および、同条第4項第1号の規定を満たしていない。 』

ここで、上記拒絶理由で『「第2[補正却下の理由]2.[1]」で指摘した不備』とされた「第2[補正却下の理由]2.[1]」は、上記拒絶理由の通知書において、補正の却下の決定の理由を記載した箇所であって、その記載は、以下のとおりである。

『[1]記載要件について

(1)請求項1について
(a)
請求項1には、少なくとも3つのリターダを含む光学フィルタが記載されている。一方、従属請求項である請求項3,14には上記光学フィルムがバイアスリターダを含むことが記載されている。上記記載から請求項1に係る光学フィルムは、バイアスリターダを有さない光学フィルムを含むものである。

一方、平成21年12月3日付け審判請求書において出願人は、
「表2おおよび(注:原文ママ)表3に示される8層のリターダにπ/2の方向の単一のリターダを加えたリターダスタックは実質的にリターデーションを導入しておらず、請求項1の実施形態に含まれることは当業者にとって明らかである。」点(4.(1))、
および、
「明細書には、拒絶査定で指摘された8層のリターダに単一のリターダを積層したフィルタの記載に加え、リターダを多層構造にすること(段落0043、0044)、および、その具体例として20層が挙げられており(段落0043)、さらに6層の実施例も挙げられている(段落0119)」点(4.(2))、
を主張している。
さらに、平成23年3月22日付け回答書において、
「表2および表3のリターダスタックについて合成リターデーションの実測値が記載されていないことは前置報告書に指摘の通りであるが、当該リターダスタックにおける設計光軸に沿った偏光方向のサイドローブおよび設計光軸から回転した偏光方向でのサイドローブの値が記載されており、これにより合成リターデーションが実質的に導入されていないことが示されている。
以上により、表2および表3のリターダが本願発明の実施例に含まれることは当業者にとって明らかである。」点(3.(1)(1-1))
を、主張している。

上記【表2】、【表3】は8層のリターダに1層のバイアスリターダを積層した9層からなるリターダスタックにより回転不変設計を達成したことを示している。【0119】の記載も5層のリターダスタックと共に角度90°の一層のバイアスリターダを導入しているものである。

上記記載から、発明の詳細な説明には、3つ以上のリターダスタックとバイアスリターダとを積層した光学フィルムにおいて回転不変設計としたものは記載されていると認められるが、前記バイアスリターダを用いずに実質的にリターデーションを導入していない回転不変設計とした光学フィルムについての具体的な記載は見出せない。
さらに、発明の詳細な説明の【0053】には、
「一般的に、ネットワーク合成法はゼロの合成リターデーションを提供する構造を同定しない。各設計のジョーンズマトリクスを評価することにより、最低の合成リターデーションを有する構造を同定できる。合成リターデーションにおけるさらなる減少は、本発明の設計軸に対して平行/垂直にバイアスリターダを設置することによって達成できる。…1以上のバイアスリターダがスタックによく適合する場合には、構造はケース1の基準を満足する。」と記載されている。
上記【表2】、【表3】や【0119】でバイアスリターダを追加したリターダスタックにより回転不変設計を達成したことから、上記【0053】に記載されたジョーンズマトリクスを評価することにより得られる「最低の合成リターデーション」は、ケース1の基準を満足するものではなく、それゆえ請求項1に規定された実質的にリタデーションを導入しない条件を満たすものとは認められない。バイアスリターダを設置して合成リターデーションをさらに減少しケース1の基準を満足したものが、請求項1におけるリタデーションを導入しない条件を満たすものであると認められる。
そして、特許請求の範囲において「バイアスリターダ」は請求項3、14に記載されるものであり、請求項1に記載された「少なくとも3つのリターダ」が上記「バイアスリターダ」を有しないものを含んでいることは明らかである。
以上のことから、「バイアスリターダ」を特定していない請求項1に係る発明は、発明の詳細な説明に記載された発明とは、認められない。
よって、請求項1に係る発明は、発明の詳細な説明に記載したものでない。

(b)
請求項1には、光学フィルタが「少なくとも3つのリターダを含み、前記少なくとも3つのリターダが実質的にリターデーションを導入することなく第1のスペクトルの光の光学回転を引き起こ」すことが記載されている。上記記載は、少なくとも3つのリターダによってリタデーションが実質的に導入されていないことを規定しているにすぎず、少なくとも3つのリターダ以外のものをも含む光学フィルタ全体のリタデーションがどのようになっているのかを限定していないから、どのような光学フィルタが含まれうるのか明細書等を参酌しても明確に把握できない。
よって、請求項1に係る発明の構成は明確ではない。

(c)
請求項1には、少なくとも3つのリターダが実質的にリターデーションを導入しない光学フィルタが記載されているが、当該光学フィルタのリタデーションが不明である。。
平成23年3月22日付け回答書で出願人は、「請求項1の光学フィルタは実質的にリターデーションを導入していない」(「(3)補償エレメント610について」参照)と述べている。一方で請求項1を引用する請求項3で光学フィルタが半波長板として機能すること、すなわち、光学フィルタが半波長板に相当するリタデーションを有すること、を主張している。
上記回答書での主張の通りであるとすれば、請求項3における半波長板に相当するリタデーションも、請求項1における実質的にリターデーションを導入していないものに含まれることになり、請求項1、3のそれぞれの構成は矛盾するものと言わざるをえない。
さらに、請求項1は、光学フィルタがビームスプリッタ等を含む請求項8-13により引用されている。上記引用関係から上記ビームスプリッタ等を含めて実質的にリターデーションを導入していないこととなるが、そのような記載は明細書等になく、かつ、自明な事項とも認められない。
よって、上記回答書等の主張を認めたとしても、請求項1に係る発明の構成は明確ではなく、かつ、発明の詳細な説明に記載したものでもない。

(2)請求項1,3に係る発明について
請求項3には、第1のスペクトルおよび第2のスペクトルにおいてアクロマティックの半波長板である光学フィルタが記載されている。そして、当該請求項3が引用する請求項1には、少なくとも3つのリターダが実質的にリタデーションを導入することがない光学フィルムが記載されている。
一方、平成21年12月3日付け審判請求書において、請求項1に係る発明における「実質的にリタデーションを導入することなく」との構成は【0046】の記載に対応し、請求項3に係る発明における「第1のスペクトルおよび第2のスペクトルについてアクロマティックの半波長板」に補正する根拠は【0054】の記載である旨を述べている。
上記【0046】は、【表1】における「ケース1」の場合に関する記載であり、上記【0054】は同表の「ケース2」の場合に関する記載である。「ケース1」と「ケース2」とは【表1】及び【0041】から、満足すべき光学フィルタの特性は異なっており、当該2つの特性は同時に満足し得ないものである。
したがって、「ケース1」の場合の構成を具備する請求項1に係る発明を「ケース2」の場合の構成を具備する請求項3に係る発明が引用することから、両請求項に係る発明の構成の技術的意義を理解することができない。
よって、本願明細書には請求項1,3に係る発明の技術的意義を理解するために必要な事項が記載されているとは言えない。

(3)請求項3に係る発明について
(a)
請求項3には、光学フィルタが「バイアスリターダを含み、前記フィルタは、前記第1のスペクトルおよび前記第2のスペクトルについてアクロマティックの半波長板として機能すること」が記載されているが、当該バイアスリターダが、どのようなリタデーションを有するものであるのか、請求項1記載のリターダとの関係はどのようになっているのか、が不明である。
よって、請求項3に係る発明は明確ではない。

… 中略 …

(8)請求項14に係る発明について
(a)
請求項14には「少なくとも3つのリターダがバイアスリターダを含」むことが記載されている。
上記記載において、「少なくとも3つのリターダがバイアスリターダを含む」ということは、2つのリターダと1つのバイアスリターダ、または、1つのリターダと2つのバイアスリターダ、の組み合わせを含んでいる。しかし、発明の詳細な説明では、1つまたは2つのリターダで請求項14に係る発明を構成することは発明の詳細な説明に記載されておらず、かつ、自明な事項とも認められない。そして、上記記載において、バイアスリターダとは何かが不明である。
よって、請求項14に係る発明は発明の詳細な説明に記載されたものではなく、かつ、明確でもない。

… 中略 …

以上のことから、本件補正発明は、特許法第36条第4項第1号、もしくは同条第6項第1号または同条同項第2号に規定する要件を満たしていないから、特許出願の際、独立して特許を受けることができないものである。 』



第3 手続補正書、意見書の内容
これに対して、請求人より、平成23年12月28日付けで手続補正書および意見書が提出されたところ、それには以下の内容が含まれる。

(ア)補正された特許請求の範囲
平成23年12月28日付けで手続補正書により特許請求の範囲は、つぎの記載になった。

「【請求項1】
少なくとも3つのリターダを含み、前記少なくとも3つのリターダが実質的にリターデーションを導入することなく第1のスペクトルの光の光学回転を引き起こし、前記第1のスペクトルの回転前における偏光の方向によらず前記偏光の方向を所定量で回転し、
前記少なくとも3つのリターダの光学回転が前記第1のスペクトルにおいてアクロマティックである、光学フィルタ。
【請求項2】
前記少なくとも3つのリターダが第2のスペクトルの光に対して等方性である請求項1記載の光学フィルタ。
【請求項3】
さらに、バイアスリターダを含み、前記フィルタは、前記第1のスペクトルおよび前記第2のスペクトルについてアクロマティックの半波長板として機能する請求項2記載の光学フィルタ。
【請求項4】
光学回転が90°の光学回転である請求項1記載の光学フィルタ。
【請求項5】
さらに、前記少なくとも3つのリターダと光学的に直列な第1のビームスプリッタを含む請求項1記載の光学フィルタ。
【請求項6】
前記第1のビームスプリッタが偏光ビームスプリッタである請求項5記載の光学フィルタ。
【請求項7】
前記第1のビームスプリッタがダイクロイックビームスプリッタである請求項5記載の光学フィルタ。
【請求項8】
さらに、前記少なくとも3つのリターダおよび前記第1のビームスプリッタと光学的に直列な第2のビームスプリッタを含む請求項5記載の光学フィルタ。
【請求項9】
さらに、第1のビームスプリッタおよび第2のビームスプリッタを含み、
前記少なくとも3つのリターダが前記第1のビームスプリッタと前記第2のビームスプリッタとの間に存在し、
前記第1のビームスプリッタのスキュー光光線偏光効果が前記少なくとも3つのリターダおよび前記第2のビームスプリッタのスキュー光光線偏光効果によって補われる請求項1記載の光学フィルタ。
【請求項10】
前記第1のビームスプリッタおよび前記第2のビームスプリッタが共通の垂直ベクトルを有する請求項9記載の光学フィルタ。
【請求項11】
前記少なくとも3のリターダが、前記光学回転を行う少なくとも2つのリターダと、前記少なくとも3のリターダのリターデーションが実質的にリターデーションを有しないようにする少なくとも1つのバイアスリターダとを含む、請求項1記載の光学フィルタ。
【請求項12】
少なくとも3つのリターダを有するフィルタを設計する方法であって、
リターデーションを導入することなく第1のスペクトルの光の光学回転を引き起こし、前記第1のスペクトルの回転前における偏光の方向によらずに前記偏光の方向を所定量で回転する前記少なくとも3つのリターダを、Jone's Matrixを用いて特定する工程を含み、
前記少なくとも3つのリターダの光学回転が前記第1のスペクトルにおいてアクロマティックである、光学フィルタを設計する方法。」


(イ)意見書の内容
また、請求人は、意見書にて、上記「第2 当審の拒絶理由通知の概要」で示した拒絶理由に対して、次のように反論している。なお、下線は当審で付したものである。

『(1)特許法第36条第4項第1号、もしくは同条第6項第1号または同条同項第2号の指摘について
(a)請求項1(却下後の請求項1)における「バイアスリターダを用いず、実質的にリタデーションを導入していない回転不変設計とした光学フィルムについての記載を見出せない」の指摘について
本発明は、複数のリターダをスタックしたフィルムにおいて複合リタデーションがゼロとなる構成を特定したものである。従来の手法では、ネットワーク合成技術を用いることにより、任意のスペクトルであって偏光を所定角度回転させるリターダの組み合わせを求めることはできた。しかしながら、ネットワーク合成手法を用いても複合リタデーションがゼロになるような組み合わせを同定することはできない。これに対して本発明は、Jone's matrixを評価することにより、所定のスペクトルにおける複合リタデーションがゼロとなり、かつ任意の波長で所定の偏光方向を有するようなフィルムを、少なくとも3つのリターダを用いて実現した点に特徴がある(段落0044、0053)。
バイアスリターダとは、上記のリターダスタックの設計軸に対して平行または垂直に設置することにより設計軸に沿ったスペクトルに影響を及ぼすことなくリターダンスを最小化する役割を果たすものである。そして上記手法を用いた場合には、(ア)最小のリタデーションが得られるように同定した少なくとも3つのリターダに設計軸と垂直または平行に配置されるリターダが含まれないケース、(イ)最小のリタデーションが得られるように同定した少なくとも3つのリターダに、設計軸と垂直または平行に配置されるリターダが含まれているケース(つまりそのリターダはバイアスリターダとして機能する)、(ウ)最小のリタデーションとなるように少なくとも3つのリターダを同定した場合に得られた複合リタデーションを更に小さくする為にバイアスリターダを追加するケース、がありうる。そして請求項1では上記(ア)(イ)(ウ)の構成を特定している。
段落0053の記載や表2・表3(バイアスリターダが用いられている)に(ウ)の構成は記載されている。またJone's matrixを評価すれば最低の複合リタデーションを有する構造を同定することができるので(段落0053)、同定された構造の複合リタデーションが十分に小さいものであればバイアスリターダは必ずしも必要ではないことは明らかであり、(ア)の構成は明細書に記載されている。また少なくとも2つのリターダを純粋回転に用いた場合に(段落0047)、その2つのリターダによる複合リタデーションを3つ目のリターダ(バイアスリターダ)で打ち消すという例も説明されている(イの構成に該当する)。従って、請求項1に記載された発明は、明細書に記載されたものである。


(b)請求項1に関して「当該光学フィルタのリタデーションが不明である」の指摘について
請求項1に記載の「実質的にリタデーションを導入することなく」は「第1のスペクトルの光」に掛かっている。換言すると、第1スペクトルの光は、光学回転されるが、回転された後であっても、この第1のスペクトルにおいてはリタデーション(位相遅延)がゼロであることを意味するものである。このことをより明確にする為に、「前記少なくとも3つのリターダの光学回転が前記第1のスペクトルにおいてアクロマティックである」との補正を行った。 本請求項の記載は、フィルタとして所定のリタデーションを有することと何ら矛盾せず、発明の詳細な説明に記載されたものである。また請求項3との記載とも矛盾しない。

(c)請求項3(却下後の請求項3)の「バイアスリターダがどのようなリタデーションであるか、請求項1に記載のリターダとどのような関係であるのか不明」との指摘について
請求項3の記載から、バイアスリターダを備えることにより、フィルタとして第2スペクトルにおいてもアクロマティックでありかつ半波長板として機能することを特定していることが明らかである。尚、上記(a)で説明したように、バイアスリターダは、ネットワーク合成技術及びJone's matrix法によって、他のリターダとの組み合わせの中で同定されるものであるから、現在の記載のようにフィルタの特性を特定すれば、特許請求の範囲の記載としては十分に明確である。』

『(g)請求項14(却下後の請求項16)の指摘について
補正後の請求項11では、「前記少なくとも3のリターダ」が「前記光学回転を行う少なくとも2つのリターダ」と「前記少なくとも3のリターダのリターデーションが実質的にリターデーションを有しないようにする少なくとも1つのバイアスリターダとを含む」ことを明確にした。これにより、少なくとも3つのリターダのバイアスリターダの関係は明確になった。また、当該組み合わせは、段落0046?0053等に記載されている。』


第4 記載不備についての当審の判断

(ア)拒絶理由における(1)(a)について
本願発明には、少なくとも3つのリターダを含み、前記少なくとも3つのリターダが実質的にリタデーションを導入することなく第1のスペクトルの光の光学回転を引き起こす光学フィルタが記載されている。一方、従属請求項である請求項3には上記光学フィルムがバイアスリターダを含むことが記載されている。上記記載から請求項1に係る光学フィルムは、バイアスリターダを有さない光学フィルムを含むものである。

上記請求項1に係る発明が発明の詳細な説明に記載されていない点について、平成23年12月28日付けの意見書における請求人の主張(上記第3 (イ)において引用した意見書の(1)(a))について検討する。

まず、上記主張で引用する段落0044、0053を検討する。
当該引用された段落には、上記意見書で主張された「Jone's matrixを評価することにより、所定のスペクトルにおける複合リタデーションがゼロとなり、かつ任意の波長で所定の偏光方向を有するようなフィルムを、少なくとも3つのリターダを用いて実現した点」は記載されていない。特に、段落0053には、ジョーンズマトリクス(Jone's matrix)を評価することにより、最低の合成リタデーションを有する構造を同定できることは、記載されているが、当該「最低の合成リタデーション」がゼロであることは記載されていない。そして、同段落には、当該「最低の合成リタデーション」をバイアスリターダを設置することにより、さらなる減少を達成することが記載されていることから、上記ジョーンズマトリックスを評価することで得られた「最低の合成リタデーション」は、さらなる減少の余地があるものであり、その大きさはゼロではないと認められる。
したがって、上記段落0053の記載は、バイアスリターダを用いずに複合リタデーションをゼロにする(本願発明における「実質的にリタデーションを導入することなく」に相当)ものではなく、むしろ、バイアスリターダを設置することで複合リタデーションをゼロに近づけるものである。
また、上記主張において「またJone's matrixを評価すれば最低の複合リタデーションを有する構造を同定することができるので(段落0053)、同定された構造の複合リタデーションが十分に小さいものであればバイアスリターダは必ずしも必要ではないことは明らか」と述べているが、出願当初の明細書等を検討しても、Jone's matrixを評価して同定された最低の複合リタデーションが、バイアスリターダを必要としない程度に十分に小さくなり、「実質的にリタデーションを導入することなく」光学フィルムを構成する記載は見出せない。したがって、「バイアスリターダは必ずしも必要ではないことは明らか」とする上記主張の根拠が示されておらず、これを採用することはできない。

つぎに、「また少なくとも2つのリターダを純粋回転に用いた場合に(段落0047)、その2つのリターダによる複合リタデーションを3つ目のリターダ(バイアスリターダ)で打ち消すという例も説明されている(イの構成に該当する)」との主張を検討する。
本願明細書の段落0047には、2枚の半波長板を用いることは記載されているが、つづく段落0051には「スペクトル性能を向上すべく層の数を増加させる」との記載は見出せるものの、上記主張にある「複合リタデーションを3つ目のリターダ(バイアスリターダ)で打ち消すという例」は記載されていない。
したがって、上記主張も採用することができない。

よって、上記意見書における主張は当を得たものではなく採用することができないので、先の拒絶理由で示したとおり、本願発明は発明の詳細な説明に記載したものではなく、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。

(イ) 拒絶理由における(1)(b)について
請求項1には、光学フィルタが「少なくとも3つのリターダを含み、前記少なくとも3つのリターダが実質的にリターデーションを導入することなく第1のスペクトルの光の光学回転を引き起こ」すことが記載されている。
上記記載は、光学フィルタの構成として、少なくとも3つのリターダが含まれることを規定しているにすぎず、例えば3つのリターダを用いた際に、当該3つのリターダをどのように構成すれば、どの程度のリタデーションのものが得られるかが明細書に記載されていないことからしても、上記記載は、光学フィルタの構成として明確ではない。

請求人は、平成23年12月28日付け意見書において、「前記少なくとも3つのリターダの光学回転が前記第1のスペクトルにおいてアクロマティックである」ことを補正により追加したことで明確となった旨を主張している。(上記第3(イ)において引用した意見書の(1)(b)参照)
しかし、当該補正により規定された「アクロマティック」とは色消し、すなわち、波長依存性がないということを意味しているにすぎず、当該記載が追加されたとしても、依然として上記記載に依る光学フィルタのリターダの構成は不明である。
したがって、上記主張は当を得たものではなく、採用することができない。
よって、請求項1に係る発明の構成は依然として明確ではなく、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない。

(ウ)拒絶理由における(1)(c)について
請求項1には、少なくとも3つのリターダが実質的にリターデーションを導入しない光学フィルタが記載されているが、当該光学フィルタのリタデーションは従属項との関係で明確ではない。
請求項3における半波長板に相当するリタデーションも、請求項1における実質的にリターデーションを導入していないものに含まれることになり、請求項1、3のそれぞれの構成は矛盾する。

さらに、請求項1は、光学フィルタがビームスプリッタ等を含む請求項5-10により引用されている。上記引用関係から上記ビームスプリッタ等を含めて実質的にリターデーションを導入していないものを含んでいるが、そのような記載は明細書等になく、かつ、自明な事項とも認められない。
したがって、請求項1に係る発明は発明の詳細な説明に記載したものでもない。
よって、請求項1に係る発明は、特許法第36条第6項第1号および第2号に規定する要件を満たしていない。


(エ)拒絶理由における(2)について
平成23年12月28日付け意見書において、本願明細書には請求項1,3に係る発明の技術的意義を理解するために必要な事項が記載されているとは言えないとした拒絶理由に対して、特段の意見は主張されていない。
したがって、先の拒絶理由で述べたとおり「ケース1」の場合の構成を具備する請求項1に係る発明を「ケース2」の場合の構成を具備する請求項3に係る発明が引用することから、両請求項に係る発明の構成の技術的意義を理解することができない。
よって、本願明細書には請求項1,3に係る発明の技術的意義を理解するために必要な事項が記載されているとは言えず、特許法第36条第4項第1号の規定を満たしていない。

(オ)拒絶理由における(3)(a)について
請求項3には、バイアスリターダを含み、第1のスペクトルおよび第2のスペクトルにおいてアクロマティックの半波長板である光学フィルタが記載されている。当該請求項3が引用する請求項2には、「少なくとも3つのリターダ」が第2のスペクトルの光に対して等方性であることが記載されている。
そして、上記請求項3は、上記少なくとも3つのリターダがバイアスリターダを含むことで、光学フィルタを「第1のスペクトルおよび第2のスペクトルについてアクロマティックの半波長板として機能」することを記載している。
しかし、本願明細書には、具体的にどのようなバイアスリターダを用いれば、第1及び第2のスペクトルについて、アクロマティックの半波長板として機能する光学フィルタが構成しうるのかが記載されていない。
請求人は、平成23年12月28日付け意見書において、「バイアスリターダは、ネットワーク合成技術及びJone's matrix法によって、他のリターダとの組み合わせの中で同定されるものであるから、現在の記載のようにフィルタの特性を特定すれば、特許請求の範囲の記載としては十分に明確である。」ことを主張している。(上記第3(イ)において引用した意見書の(1)(c)参照)
しかし、一般的に上記意見書にあるネットワーク合成技術及びJone's matrix法によって同定されるとしても、第1のスペクトル及び第2のスペクトルについてアクロマティックの半波長板として機能させるために同定する具体的な記載は本願明細書にはない。そのため、そもそも、どのような構成のものが当該バイアスリターダに含まれうるのか、を明確に把握することができない。
よって、請求項3に係る発明の構成は依然として明確ではなく、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない。

(カ)拒絶理由における(8)(a)について
請求項11には「少なくとも3つのリターダが、前記光学回転を行う少なくとも2つのリターダと、前記少なくとも3つのリターダのリタデーションが実質的にリタデーションを有しないようにする少なくとも1つのバイアスリターダとを含む」ことが記載されている。
平成23年12月28日付け意見書において請求人は、上記記載は段落0046?0053に記載されているものであり、かつ、当該記載により「少なくとも3つのリターダのバイアスリターダの関係は明確になった。」と主張している。(上記第3(イ)において引用した意見書の(1)(g)参照)

しかし、本願の発明の詳細な説明における段落0046?0053には、2枚の半波長板(リターダ)を用いることが記載され、特に、その場合には、
「しかしながら、半波長リターダンスからの半波長リターダンスからの小さい偏位でもって、かかる挙動は維持されない。さらに、半波長リターダンスで経験される構造の絶対方向の非感受性は他の波長においては保存されない。層の数を増加させて向上したスペクトル性能を達成するに従って、この感度は典型的には向上する。」(段落0051参照)
ことが記載されている。
上記段落は、2枚のリターダを用いた際には、特定の波長で純粋回転が得られること、および、リターダの層数を増やすことでスペクトル性能を向上すべく層の数を増加させること、を記載、すなわち、2枚のリターダでは所望のスペクトル特性が得られないことを記載しているものである。
当該「特定の波長」は、当該請求項11が引用する請求項1に記載された「第1のスペクトル」とは異なるものである。さらに、上記リターダの層数を増やすことは記載されているが、バイアスリターダを追加することは記載されていない。
さらに、当該請求項11に記載された「少なくとも2つのリターダ」が、どのような構成のものを含みうるかも、本願明細書を参酌しても明確に把握することができない。
したがって、請求項11に係る発明は発明の詳細な説明に記載されたものではなく、かつ、明確でもない。
よって、請求項11に係る発明は、特許法第36条第6項第1号及び同条同項第2号に規定する要件を満たしていない。


4.むすび
以上のとおりであるから、本願の発明の詳細な説明の記載及び特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第4項第1号第36条第6項第1号および第36条第6項第2号の規定に規定する要件を満たしておらず、特許を受けることができないので、本願は拒絶すべきものである。

よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2012-02-27 
結審通知日 2012-02-28 
審決日 2012-03-12 
出願番号 特願2003-549956(P2003-549956)
審決分類 P 1 8・ 536- WZ (G02B)
P 1 8・ 537- WZ (G02B)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 井上 信  
特許庁審判長 木村 史郎
特許庁審判官 金高 敏康
田部 元史
発明の名称 補償カラーマネージメントシステムおよび方法  
代理人 龍華国際特許業務法人  

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