• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

この審決には、下記の判例・審決が関連していると思われます。
審判番号(事件番号) データベース 権利
無効2010800239 審決 特許

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 全部無効 特36条4項詳細な説明の記載不備  C07D
審判 全部無効 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C07D
審判 全部無効 2項進歩性  C07D
管理番号 1261734
審判番号 無効2010-800149  
総通号数 154 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2012-10-26 
種別 無効の審決 
審判請求日 2010-08-31 
確定日 2012-07-02 
訂正明細書 有 
事件の表示 上記当事者間の特許第4486792号発明「環状オニウム化合物およびグルコシダーゼ阻害剤」の特許無効審判事件についてされた、平成23年9月7日付け審決に対し、知的財産高等裁判所において、「特許第4486792号の請求項1ないし4に係る発明についての特許を無効とする。」との部分を取り消す(「主文」より。)、とする決定(平成23年(行ケ)10330号、平成24年1月25日)があったので、審決が取り消された請求項1ないし4に係る発明についてさらに審理の上、次のとおり審決する。 
結論 訂正を認める。 特許第4486792号の請求項1ないし4に係る発明についての審判請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯
本件特許第4486792号の特許請求の範囲の請求項1?7に係る発明は、その出願が平成15年6月12日になされ、平成22年4月2日に特許権の設定登録がなされた。
これに対して、請求人から、平成22年8月31日付け審判請求書によって、上記請求項1?7に係る発明の特許を無効にすることについて、本件特許無効審判が請求され、平成22年11月12日付けで被請求人から答弁書、並びに、特許請求の範囲の請求項6及び7を訂正する訂正請求書が提出された(以下、この訂正請求書による訂正請求を「第一次訂正請求」という。)。そして、平成23年2月4日に行われた第1回口頭審理において、請求人からは平成23年1月21日付け口頭審理陳述要領書のとおりの陳述がなされ、被請求人からは平成23年2月4日付け口頭審理陳述要領書のとおりの陳述がなされた。
これらを踏まえ、平成23年2月24日付けで、
「訂正を認める。
特許第4486792号の請求項1、2、4ないし7に係る発明についての特許を無効とする。
特許第4486792号の請求項3に係る発明についての審判請求は、成り立たない。」との審決(以下、「第一次審決」という。)がなされた。
これに不服の被請求人が審決取消訴訟を提起し、その後、本件特許の特許請求の範囲の減縮等を目的とする訂正審判(訂正2011-390061号)を請求した。そして、上記訴訟は、知的財産高等裁判所において平成23年(行ケ)10110号事件として審理され、平成23年6月16日付けで、第一次審決を取り消す旨の決定がなされ、本件特許無効審判事件は、審判官に差し戻された。
これを受けて、当時の合議体より、平成23年6月24日付けで、特許法第134条の3第2項の規定により訂正請求のための期間を指定する通知をしたところ、指定された期間内に特許法第134条の2第1項の訂正の請求がされなかったので、その期間の末日に、上記訂正審判(訂正2011-390061号)の請求書に添付された、訂正した明細書及び特許請求の範囲を、特許法第134条の3第3項の規定により援用した、同法同条第1項の訂正の請求が、同法同条第5項の規定により、されたものとみなされた。(以下、この訂正請求を「第二次訂正請求」という。)ここで、第二次訂正請求による訂正前の請求項3に係る発明に対する第一次審決は、特許法第178条第3項に定める期間に審決取消の訴えがなされなかったことにより確定したところ、第一次審決の内容は、本審決の末尾に(参考:第一次審決)として示すとおりであり、第二次訂正請求による訂正前の請求項3に係る発明についての審判請求は成り立たないものとされた。そして、第二次訂正請求による訂正後の請求項5に係る発明は、第二次訂正請求による訂正前の請求項3に係る発明と同じものであることが明らかである(本審決の次に(参考:第二次審決)として示した下記平成23年9月7日付け審決(以下、「第二次審決」という。)の「第2 訂正請求」の欄参照。)から、第二次訂正請求による訂正後の請求項5に係る発明についての審判請求は成り立たないことが、第二次審決に先立ち確定した。そして、第二次訂正請求により、特許請求の範囲の請求項6及び7は、再度、訂正されたから、第一次訂正請求は、特許法第134条の2第4項の規定により取り下げられたものとみなされた。
そこで、この第二次訂正請求を踏まえて、平成23年9月7日付けで、
「訂正を認める。
特許第4486792号の請求項1ないし4に係る発明についての特許を無効とする。
特許第4486792号の請求項6ないし8に係る発明についての審判請求は、成り立たない。」との第二次審決がなされた。
これに不服の被請求人が審決取消訴訟を提起し、その後、本件特許の特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正審判(訂正2012-390001号)を請求した。そして、上記訴訟は、知的財産高等裁判所において平成23年(行ケ)10330号事件として審理され、平成24年1月25日付けで、第二次審決を取り消す旨の決定がなされ、本件特許無効審判事件は、審判官に差し戻された。
これを受けて、当合議体より、平成24年2月1日付けで、特許法第134条の3第2項の規定により訂正請求のための期間を指定する通知をしたところ、指定された期間内に特許法第134条の2第1項の訂正の請求がされなかったので、その期間の末日に、上記訂正審判(訂正2012-390001号)の請求書を補正するための平成24年1月24日付け手続補正書に添付された、訂正した明細書及び特許請求の範囲を、特許法第134条の3第3項の規定により援用した、同法同条第1項の訂正の請求が、同法同条第5項の規定により、されたものとみなされた。(以下、この訂正請求を「本件訂正請求」といい、その訂正を「本件訂正」という。)ここで、本件訂正前の請求項6ないし8に係る発明に対する第二次審決は、特許法第178条第3項に定める期間に審決取消の訴えがなされなかったことにより確定したところ、第二次審決の内容は、本審決の次に(参考:第二次審決)として示すとおりであり、本件訂正前の請求項6ないし8に係る発明についての審判請求は成り立たないものとされたから、本件訂正後の請求項6ないし8に係る発明についての審判請求は成り立たないことが既に確定している。
一方、第二次訂正請求は、この訂正を認容して審決した請求項1ないし4についての第二次審決の部分が上記決定により取り消されたので、請求項1ないし4については、第二次訂正請求は確定していない。そして、本件訂正請求により、請求項1は改めて訂正され、この訂正により、請求項1を引用する請求項2ないし4も間接的に訂正されたものと認められるから、第二次訂正請求は、請求項1ないし4については、特許法第134条の2第4項の規定により取り下げられたものとみなされた。
そして、当合議体より、平成24年3月14日付けで、被請求人の提出した本件訂正請求の訂正請求書副本及びその補正をするための上記手続補正書副本を送付したところ、請求人より、平成24年4月13日付けで弁駁書が提出された。


第2 訂正請求
本件訂正請求の趣旨、及び、訂正の内容は、上記訂正審判(訂正2012-390001号)の請求書の記載、及び、平成24年1月24日付け手続補正書の記載によれば、それぞれ以下のとおりのものである。

2-1.訂正請求の趣旨
特許第4486792号の明細書(以下、「本件特許明細書」という。)を平成24年1月24日付け手続補正書により補正された請求書に添付した訂正明細書(以下、「本件訂正明細書」という。)のとおり訂正することを求める。

2-2.訂正の内容
本件特許明細書の特許請求の範囲の
「【請求項1】
下記の構造式(I)で表されることを特徴とする環状オニウム化合物。
【化1】

(式中、A^(-)は陰イオンを表し、mは2または5を表す。)」
なる記載を、
「【請求項1】
下記の構造式で表されることを特徴とする環状オニウム化合物。
【化1】

(式中、A^(-)は陰イオンを表す。)」
と訂正する。

2-3.訂正の適否の判断
本件訂正は、特許請求の範囲についてする訂正であって、訂正前の請求項1に記載の「構造式(I)」について、「mは2または5を表す。」を、mが5を表すものとし、かつ、不斉炭素原子の立体配置を特定のものとする訂正、ということができる。そうすると、本件訂正は、請求項1について「構造式(I)で表されることを特徴とする環状オニウム化合物」を、その一部に限定するものである。また本件訂正は、請求項1を引用する請求項2?4も、間接的に限定するものであるということができる。したがって、本件訂正は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

また、「構造式(I)」においてmが5を表すものは、本件出願の願書に最初に添付した明細書(以下、本件当初明細書という。)の段落【0011】に、好ましいものとして記載され、「構造式(I)」においてチオシクロペンタン部分の立体配置が本件訂正後の請求項1に記載の構造式における立体配置を取るものは、本件当初明細書の段落【0008】に、特に好ましいものとして記載されているから、本件訂正は、本件当初明細書に記載した事項の範囲内においてするものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもないので、特許法第134条の2第5項において準用する同法第126条第3項及び第4項の規定に適合するものである。
したがって、本件訂正は、特許法第134条の2第1項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものであり、同法同条第5項において準用する同法第126条第3項及び第4項に規定する要件に適合するものであるので、当該訂正を認める。


第3 本件訂正発明
上記訂正の結果、本件特許第4486792号の特許請求の範囲の請求項1?8に係る発明(以下、順に、「本件訂正発明1」?「本件訂正発明8」という。)は、本件訂正明細書の特許請求の範囲の請求項1?8に記載された事項により特定される、次のとおりのものである。
「【請求項1】下記の構造式で表されることを特徴とする環状オニウム化合物。
【化1】

(式中、A^(-)は陰イオンを表す。)
【請求項2】A^(-)が、ハロゲンイオン、ルイス酸イオン、R_(1)-SO_(3)^(-)(式中、R_(1)は、炭素数1から4のアルキル基またはハロゲン化アルキル基を表す。)およびR_(2)-OSO_(3)^(-)(式中、R_(2)は、炭素数1から4のアルキル基を表す。)から選ばれることを特徴とする請求項1に記載の環状オニウム化合物。
【請求項3】A^(-)が、CH_(3)-OSO_(3)^(-)またはCl^(-)であることを特徴とする請求項2に記載の環状オニウム化合物。
【請求項4】請求項1ないし請求項3のいずれか1項に記載の環状オニウム化合物を用いることを特徴とするα-グルコシダーゼ阻害剤。
【請求項5】下記の構造式(II)で表されることを特徴とする環状オニウム化合物。
【化2】

(式中、A^(-)は、陰イオンを表す。)
【請求項6】A^(-)が、ハロゲンイオン、ルイス酸イオン、R_(1)-SO_(3)^(-)(式中、R_(1)は、炭素数1から4のアルキル基またはハロゲン化アルキル基を表す。)およびR_(2)-OSO_(3)^(-)(式中、R_(2)は、炭素数1から4のアルキル基を表す。)から選ばれることを特徴とする請求項5に記載の環状オニウム化合物。
【請求項7】A^(-)が、CH_(3)-OSO_(3)^(-)またはCl^(-)であることを特徴とする請求項6に記載の環状オニウム化合物。
【請求項8】請求項5ないし請求項7のいずれか1項に記載の環状オニウム化合物を用いることを特徴とするα-グルコシダーゼ阻害剤。」


第4 当事者の主張、及び、提出した証拠方法
4-1.請求人の主張する無効理由、及び、提出した証拠方法
請求人が提出した審判請求書及び口頭審理陳述要領書によれば、請求人は、特許第4486792号発明の特許請求の範囲の請求項1?8に記載された発明についての特許を無効とする、審判費用は被請求人の負担とする、との審決を求め、その理由として、以下の無効理由1?4を主張し、証拠方法として、甲第1?10号証を提出している、ということができる。

(無効理由1)特許法第36条第6項第2号(特許法第123条第1項第4号)
本件特許の請求項1、2、4、5、6及び8に係る発明について、特許請求の範囲の記載は、発明を明確に記載しておらず、当該特許の特許請求の範囲の記載は特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしておらず、本件特許は、特許法第123条第1項第4号に該当し、無効とすべきである。

(無効理由2)特許法第36条第4項第1号(特許法第123条第1項第4号)
本件特許の請求項1?8に係る発明について、発明の詳細な説明には、請求項1?8に係る発明を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されていないから、当該特許の明細書の発明の詳細な説明の記載は特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしておらず、本件特許は、特許法第123条第1項第4号に該当し、無効とすべきである。

(無効理由3)特許法第36条第6項第1号(特許法第123条第1項第4号)
本件特許の請求項1?8に係る発明に関して、当該特許の明細書の発明の詳細な説明に記載されていない発明を含んでおり、当該特許の特許請求の範囲の記載は特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしておらず、本件特許は、特許法第123条第1項第4号に該当し、無効とすべきである。

(無効理由4)特許法第29条第2項(特許法第123条第1項第2号)
本件特許の請求項1?8に係る発明は、甲第2号証(特開2002-179673号公報)、甲第4号証(国際公開第01/49674号パンフレット)、及び甲第5号証(モリソン・ボイド 有機化学(中))に基づき、当業者が容易に想到可能な発明を包含しており、本件特許の請求項1?8に係る発明は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができず、本件特許は、特許法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきである。

(証拠方法)
甲第1号証 岩波 生物学辞典 第2版 305頁
甲第2号証 特開2002-179673号公報
甲第3号証 参考資料「化学構造の相違と薬効について」
甲第4号証 国際公開第01/49674号パンフレット
甲第5号証 モリソン・ボイド 有機化学(中) 第5版 1098頁、1106頁?1107頁
(以上、審判請求書に添付。)
甲第6号証 化学大辞典 8、765頁右欄下から8行?766頁右欄4行
甲第7号証 無糖系飲料大全 2001、133-135頁
甲第8号証 森下仁丹株式会社 ホームページ
甲第9号証 特開平11-49692号公報
甲第10号証 特開2010-202597号公報
(以上、口頭審理陳述要領書に添付。)

4-2.被請求人の主張、及び、提出した証拠方法
被請求人が提出した答弁書及び口頭審理陳述要領書によれば、被請求人は、本件無効審判の請求は成り立たない、審判費用は請求人の負担とする、との審決を求め、その理由として、審判請求人の主張はいずれも失当であるか、または本件訂正請求による特許請求の範囲の減縮等により、最早当てはまらず、本件訂正後の請求項1乃至8に係る本件特許発明は、特許法第36条第6項第2号、同法同条第4項第1号、および同法同条第6項第1号に規定する記載要件を充分満たすものであり、また特許法第29条第2項進歩性を否定されるものでもなく、従って審判請求人の主張する無効理由は全くなく、特許法第123条第1項第2および4号のいずれにも該当しない点、を主張し、証拠方法として、乙第1?8号証を提出している、ということができる。

(証拠方法)
乙第1号証 湯浅 英哉ら著、有機化学合成協会誌、Vol.60,No.8,2002,46-54頁
乙第2号証 Biochemistry,2010,49,p443-451
乙第3号証 Heterocycles,Vol.75,No.6,2008,p1397-1405
乙第4号証 Bioorganic Medicinal Chemistry,15,(2007),p3926-3937
(以上、答弁書に添付。)
乙第5号証 新実験化学講座1、基本操作I、社団法人 日本化学会編、丸善株式会社発行、内表紙、465、473頁、および奥付
乙第6号証 G.Tanabe,O.Muraoka,M.Yosikawa et al.,Bioorg.Med.Chem.Lett.,2009,19,p2195-2198
乙第7号証 大学院有機化学(下)、岩村ら編、株式会社 講談社発行、内表紙、684?695頁、および奥付
乙第8号証 マクマリー有機化学(下)第7版、J.McMurry著、伊藤ら訳、株式会社 東京化学同人発行、内表紙、976?977頁、および奥付
(以上、口頭審理陳述要領書に添付。)


第5 当審の判断
まず、本件訂正発明5?8の特許が無効理由1?4によっては無効にすべきものであるとはいえないことは、既に確定しているから、本件訂正発明5?8は、本審決においては、もはや判断の対象にならない。
そして、当審は、本件訂正発明1?4の特許も、無効理由1?4によっては無効にすべきものであるとはいえない、と判断する。その理由は、以下のとおりである。

5-1.無効理由1について
5-1-1.無効理由1の要点
請求人が主張する無効理由1の要点は、以下のとおりである。
1)請求項1
請求項1に記載の発明特定事項のうち、「A^(-)は、陰イオンを表す。」について、「陰イオン」の種類に関して、何らの規定もされてなく、従って、発明の外延が不明瞭である。
更に、請求項1に記載の構造式で表される「環状オニウム化合物」とは、「単一の化合物」のみを意味するのか、「混合物」をも意味するか、明瞭な規定がなされてなく、従って、発明の外延が不明瞭である。

2)請求項2
請求項2に記載の発明特定事項のうち、「ハロゲンイオン」、「ルイス酸イオン」の種類に関して、何らの具体的に規定もされてなく、従って、発明の外延が不明瞭である。

3)請求項4
請求項4が引用する、請求項1、2に関しては、1)及び2)に記載したように、その発明の外延が不明瞭である。
また、請求項4に記載の発明特定事項のうち、「α-グルコシダーゼ阻害剤」について、「α-グルコシダーゼ」(I型?V型)の全てを意味すると、一義的に理解されるものでもない。

4)むすび
したがって、本件特許の請求項1、2及び4に係る発明について、その特許請求の範囲の記載は、発明の構成を明確に記載していない。

5-1-2.本件訂正明細書の特許請求の範囲の記載
本件訂正明細書の特許請求の範囲の請求項1?4の記載は、上記「第3 本件訂正発明」で引用したとおりのものである。

5-1-3.判断
1)について
「陰イオン」とは、負に帯電した原子又は原子団(化学大辞典編集委員会編、化学大辞典1 縮刷版第22刷、昭和53年発行、共立出版株式会社、第547?548頁「イオン」の項より)のことであり、該原子又は原子団の種類は問わないものと解釈されるから、その意味するところは明確である。
また、本件訂正明細書の特許請求の範囲の請求項1の記載は、請求項1に記載の構造式で表される環状オニウム化合物個々のものの集合を意味し、それらの混合物を包含するものではない、と解釈することが妥当であり、請求人のいう「混合物」をも意味するものと解釈すべき理由はない。

2)について
ハロゲンとは、周期表第VII族の元素のうちフッ素、塩素、臭素、ヨウ素、アスタチンの5元素の総称(化学大辞典編集委員会編、化学大辞典7 縮刷版第22刷、昭和53年発行、共立出版株式会社、第216頁「ハロゲン」の項より)のことであり、「ハロゲンイオン」とは、該ハロゲンがイオンになったものと解釈され、その意味するところは明確である。
また、ルイス酸は電子対受容体であり、ルイス酸は電子対を受容してイオンになる(中西香爾ほか訳、モリソンボイド有機化学(上) 第3版第4刷、1979年発行、株式会社東京化学同人、第45頁より)とされていることから、「ルイス酸イオン」は、電子対を受容してイオンになったルイス酸のことを意味するものと解釈され、その意味するところは明確である。

3)について
上述のように、請求項1、2の記載に、請求人が指摘する不明確な点は見いだせない。
また、「α-グルコシダーゼ」とは、非還元末端に存在するα-D-グルコシド結合を加水分解するエキソグリコシダーゼの総称(今堀和友ほか監修、生化学辞典(第2版)、第2版第7刷、1996年発行、株式会社東京化学同人、第391頁「α-グルコシダーゼ」の項より)のことであり、その意味するところは明確である。

4)むすび
したがって、本件訂正明細書の特許請求の範囲の請求項1、2及び4の記載には、請求人が指摘するような記載上の不備はないから、請求人のいう理由により、本件特許が特許法第36条第6項第2号の規定に違反してなされたものであるとすることはできない。

5-2.無効理由2について
5-2-1.無効理由2の要点
請求人が主張する無効理由2の要点は、以下のとおりである。
1)請求項1
1-1)請求項1に記載の構造式で表される「環状オニウム化合物」は、分子内に存在する各不斉炭素原子における立体配置の相違に起因する、種々の立体異性体の全てを包含する。そして、該種々の立体異性体の発明を容易に実施するためには、該種々の立体異性体全てについて、その入手方法が、発明の詳細な説明に開示される必要がある。しかしながら、本件の明細書中には、上記構造式の「環状オニウム化合物」に含まれる全ての化合物については、その入手方法が開示されていない。

1-2)本件の明細書中、段落【0016】には、「本発明の環状オニウム化合物の製造方法は、特に限定されないが、例えば、サラシノールなどを加溶媒分解することにより、本発明の環状オニウム化合物を得ることができる。また式(V)の環状スルホニウム化合物については、サラシノールを、塩化水素を溶解したメタノールに加え、40℃程度の温度に保ち加溶媒分解することにより得ることができる。なお、サラシノールの製造方法は、特開2002-179673号公報(特許文献1)などに開示されている。」という記載がある。
該特許文献1(甲第2号証)に記載のサラシノールは、環状スルホニウム化合物の正イオン性の硫黄原子(S^(+))と、硫酸エステルの先端の陰イオン(-OSO3^(-))」が、互いに近接する、以下の立体配置をとる。

これに対し、特許明細書記載の化合物(III)は、該分子内イオン結合が不可能な、以下の立体配置をとる。

そうすると、甲第2号証は化合物(III)の製造方法を開示するものではない。そして、特許明細書の実施例1は化合物(III)を原料としているから、該実施例1は、化合物1や、これを含む構造式(II)の化合物の製造方法を実施可能な程度に開示するものではない。

1-3)特許明細書【0018】の合成ルートの記載は、i)?ix)の各工程の反応条件の一例は記載されているが、各工程で使用される試薬の量、各工程に要する反応時間、各工程における収率、また、各工程で作製される中間体化合物を回収する条件に関しては、全く開示がない。従って、開示される反応条件の一例のみでは、実際に、請求項1に記載の構造式で表される環状スルホニウム化合物の合成が達成されたことを査証する結果が記載されているとはいえない。

1-4)特許明細書の実施例1で、化合物(V)を立体選択的に回収、単離する方法の開示がない。

1-5)特許明細書には、実施例1の化合物の物性データの記載はあるが、これの立体異性体の物性データとの相違についての記載はないので、両者の判別ができない。

2)請求項2、3
請求項2、3が引用する請求項1に関しては、1)に記載したとおり、発明の詳細な説明には、本件発明を容易に実施できる程度に、十分な開示がなされていない。
更に、請求項2については、本件明細書の段落【0017】?【0020】に記述される「合成ルート」によって、実際に、「式(II)で表され、A^(-)がCZ_(3)SO_(3)^(-)(式中、ZはHまたはハロゲンを表す。)である環状スルホニウム化合物」の合成が達成されたことを査証する結果は記載されていない。

3)請求項4
請求項4が引用する請求項1?3に関しては、1)及び2)に記載したとおり、発明の詳細な説明には、本件発明を容易に実施できる程度に、十分な開示がなされてない。

4)むすび
したがって、本件特許の請求項1?4に係る発明について、発明の詳細な説明には、請求項1?4に係る発明を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載していない。

5-2-2.本件訂正明細書の発明の詳細な説明の記載
本件訂正明細書の発明の詳細な説明には、以下の記載がある。
a)「【0003】
例えば、特開2002-179673号公報(特許文献1)の請求項8などには、グルコシダーゼ阻害作用を有する化合物として、下記構造式(III)で表される環状スルホニウム化合物が開示されている。
【化3】



b)「【0007】
【課題を解決するための手段】
すなわち本発明は、下記の構造式(I)で表されることを特徴とする環状オニウム化合物を提供するものである。
【化4】

(式中、A^(-)は陰イオンを表し、mは1?6の整数を表し、nは0または1を表し、X^(+)はS^(+)またはN^(+)Qを表し、ここでQは、Hまたは炭素数1から4のアルキル基を表す。)」

c)「【0011】
当該環状スルホニウム化合物には、式(I)におけるnが0のチアシクロペンタン誘導体、およびnが1のチアシクロヘキサン誘導体が含まれる。
また、構造式(I)中のmは、1?6の整数を表すが、mとしては2または5が好ましい。」

d)「【0015】
・・・本発明の環状オニウム化合物の中で、グルコシダーゼ阻害剤として特に好ましいものは、下記構図式(V)で表される化合物(または該化合物中のCH_(3)OSO_(3)^(-)がCl^(-)で置換されたもの)である。
【化7】

【0016】
本発明の環状オニウム化合物の製造方法は、特に限定されないが、例えば、サラシノールなどを加溶媒分解することにより、本発明の環状オニウム化合物を得ることができる。
また式(V)の環状スルホニウム化合物については、サラシノールを、塩化水素を溶解したメタノールに加え、40℃程度の温度に保ち加溶媒分解することにより得ることができる。なお、サラシノールの製造方法は、特開2002-179673号公報(特許文献1)などに開示されている。」

e)「実施例1
上記構造式(III)の構造を有するサラシノールの28mg(0.08mmol)を、5%塩化水素含有メタノールの0.6mlに溶解し、40°Cで3時間、反応させることにより上記構造式(V)で表される環状スルホニウム化合物の27mgを得た(収率93%)。この化合物を、化合物1とする。
化合物1について、比旋光度、赤外吸収スペクトル、^(1)H-NMR、^(13)C-NMR、質量分析(FAB(Fast Atom Bombardment)-MSおよびHR-FAB-MS)の測定を行った結果を以下に示す。
・・・
実施例2
実施例1で得られた化合物1の16mg(0.044mmol)と、陽イオン交換樹脂IRA-400(Cl^(-)型)の290mgを、メタノール(0.3ml)および水(0.5ml)の混合溶媒に加え、室温にて12時間撹拌することにより、上記構造式(II)で表され、式中のAがCl^(-)である環状スルホニウム化合物の12.2mgを得た(収率96%)。
この化合物について、比旋光度、赤外吸収スペクトル、^(1)H-NMR、^(13)C-NMR、質量分析(FAB(Fast Atom Bombardment)-MSおよびHR-FAB-MS)の測定を行った結果を以下に示す。」

5-2-3.判断
1)について
1-1)について
本件訂正明細書の上記a)?e)の記載からみて、本件訂正明細書の発明の詳細な説明に接した当業者は、以下のア)?ウ)の事柄を理解することができるものと認められる。
ア)上記a)に記載の特開2002-179673号公報に記載されている上記構造式(III)の構造を有するサラシノールを加溶媒分解することにより、上記構造式(V)で表される環状スルホニウム化合物を製造することができること、及び、そのことが、上記構造式(V)で表される環状スルホニウム化合物に該当する上記化合物1を製造した実施例1によって裏付けられていること。

イ)上記d)に記載の「本発明の環状オニウム化合物の製造方法は、特に限定されないが、例えば、サラシノールなどを加溶媒分解することにより、本発明の環状オニウム化合物を得ることができる。」なる記載により、上記構造式(V)で表される環状スルホニウム化合物以外の構造式(I)で表される環状オニウム化合物、例えば、mが5の場合のものについても、サラシノールの側鎖が必要な炭素原子数分長くなった化合物などを加溶媒分解することにより製造できるであろうこと。

ウ)かかる化合物が記載された刊行物が本件特許の出願前に頒布されているなら、当業者にとって本件特許の出願前から周知・慣用の検索手段を用いて容易に発見できるであろうこと。

そして、実際、かかる化合物に該当すると認められるコタラノールなる化合物が、下記の化学構造式で表される化学構造を有し、サラシノールより有望なα-グルコシダーゼ阻害剤などとして、本件特許の出願前に頒布された刊行物であるChem.Pharm.Bull.,(1998),46(8),p1339-1340(本件訂正請求の請求書に添付された甲第8号証中の文献1)、特開2000-86653号公報(本件訂正請求の請求書に添付された甲第6号証)、及び、国際公開第01/49674号(甲第4号証)に、サラシノールと並んで記載されており、(なお、下記の化学構造式におけるS原子に置換する側鎖部分の各不斉炭素は、Tetrahedron,(2010),66,p3717-3722(本件訂正請求の請求書に添付された甲第14号証)のp3718に記載されるような特定の立体配置を有するものの、上記各刊行物に記載された段階では、それらの立体配置は特定できていなかったものと推認される。)

さらには、該コタラノールを加溶媒分解することにより下記の化学構造を有する化合物、すなわち、本件訂正発明1の化合物に該当する化合物が製造できることが、本件特許の出願後にHETEROCYCLES,(2008),75(6),p1397-1404(本件訂正請求の請求書に添付された甲第8号証中の文献6)により明らかにされている。


これらの事情を総合考慮すれば、本件訂正明細書の発明の詳細な説明の記載は、本件訂正発明1の化合物においてA^(-)がCH_(3)SO_(3)^(-)である場合のものを、当業者が上記コタラノールから製造し得るように記載されているものとするのが相当である。

したがって、本件訂正発明1に関して、請求人のいう1-1)の理由により、本件特許が特許法第36条第4項第1号の規定に違反してなされたものであるとすることはできない。

1-2)について
請求人が指摘する特許文献1(甲第2号証)に記載のサラシノールは、上記化学構造式を一見すると、本件訂正明細書記載の化合物(III)と立体配置上異なるもののようであるが、化学構造式中、一本線で示される単結合は、一般に、自由に回転することができるものと考えられており(中西香爾ほか訳、モリソンボイド有機化学(上) 第3版第4刷、1979年発行、株式会社東京化学同人、第96頁より)、サラシノールの上記化学構造式において、S^(+)に直接結合する側鎖上の炭素原子と、その炭素原子に結合する炭素原子との間の単結合を半回転させれば、化合物(III)の上記化学構造式と同じものになると解される。そして、特許文献1(甲第2号証)に記載のサラシノールが上記化学構造式で示されるコンホーメーションをとるのであれば、当然に本件訂正明細書記載の化合物(III)も同じコンホーメーションをとるものと解するのが、合理的である。そうすると、サラシノールと化合物(III)の化学構造が立体配置上異なるものであることを前提とする請求人の主張は、採用することができない。
したがって、本件訂正発明1に関して、請求人のいう1-2)の理由により、本件特許が特許法第36条第4項第1号の規定に違反してなされたものであるとすることはできない。

1-3)について
1-1)について、で説示したように、本件訂正明細書の発明の詳細な説明の記載は、本件訂正発明1の化合物においてA^(-)がCH_(3)SO_(3)^(-)である場合のものを、当業者が上記コタラノールから製造し得るように記載されているものとするのが相当である。また、A^(-)がCH_(3)SO_(3)^(-)以外のものである場合の本件訂正発明1の化合物について検討するに、まず、一般に、酸と塩基を反応させて塩を形成する反応は、酸や塩基の種類を問わず進行しやすい反応であると当業者の間で認識されているものと認められ、特許審査実務上も、特定の有機化合物の任意の塩については、特段の事情がない限り、任意の塩について製造し得ることを示す詳細な記載が明細書になくても、いわゆる実施可能要件を満たすものとされることが通例である。加えて、本件訂正明細書では、その実施例2において、陰イオン交換樹脂(審決注:当該実施例2においては、「陽イオン交換樹脂」との記載が見受けられるが、陰イオン交換樹脂の誤記と認められる。)を用いて、実施例1で製造した化合物1のA^(-)をCH_(3)OSO_(3)^(-)からCl^(-)に変換した実施例が記載されており、この記載に接した当業者であれば、本件特許の出願前から周知・慣用のものである陰イオン交換樹脂を使用して、ある程度の種類の陰イオンへの変換を、実施例1で製造した化合物1においてなし得る、とするのが相当である。(ちなみに、請求人も、後記する無効理由4の主張の中で、「また、得られた式(I)の環状オニウム化合物に、本件の出願時に周知であるイオン交換樹脂による処理を行うことにより、当業者は容易に、環状オニウム化合物の陰イオンを交換することができる。」と述べている。)そして、そうであれば、該化合物1と環状オニウム部分及びCH_(3)OSO_(3)^(-)を有する点で共通する本件訂正発明1の化合物においても、ある程度の種類の陰イオンへの変換を、当業者はなし得る、とするのが相当である。そうすると、これらの事情を総合すれば、本件訂正明細書の発明の詳細な説明の記載は、上記A^(-)が陰イオンを表す、という点に関しても、いわゆる実施可能要件を満たすものとするのが相当である。そして、以上の認定・判断は、本件訂正明細書【0018】の合成ルートの記載についての請求人の1-3)の主張に左右されるものではない。
したがって、本件訂正発明1に関して、請求人のいう1-3)の理由により、本件特許が特許法第36条第4項第1号の規定に違反してなされたものであるとすることはできない。

1-4)について
請求人は、特許明細書の実施例1で、化合物(V)を立体選択的に回収、単離する方法の開示がない旨を指摘するが、当該実施例1で用いられる反応は、エステルを交換するのみで、不斉炭素原子が反応するものではないから、サラシノールの立体構造は保持されたままであると認められ、そうであれば、生成する化合物1は、光学活性な化合物(V)のみであると認められるから、これを立体選択的に回収、単離する必要はない、というべきである。
したがって、本件訂正発明1に関して、請求人のいう1-4)の理由により、本件特許が特許法第36条第4項第1号の規定に違反してなされたものであるとすることはできない。

1-5)について
請求人は、特許明細書には、実施例1の化合物の物性データの記載はあるが、これの立体異性体の物性データとの相違についての記載はないので、両者の判別ができない旨を指摘するが、1-4)について、で説示したように、実施例1で生成する化合物1は、光学活性な化合物(V)のみであると認められるから、立体異性体の物性データとの相違について記載し、上記両者の判別ができるようにする必要はない、というべきである。
したがって、本件訂正発明1に関して、請求人のいう1-5)の理由により、本件特許が特許法第36条第4項第1号の規定に違反してなされたものであるとすることはできない。

2)について
本件訂正発明2、3は、請求項1に記載の環状オニウム化合物のA^(-)の種類を限定した化合物に関するものであるから、本件訂正明細書の発明の詳細な説明には、本件訂正発明2、3に関して請求人のいう1)の記載上の不備はない。また、請求人は、A^(-)がCZ_(3)SO_(3)^(-)(式中、ZはHまたはハロゲンを表す。)を・・・表す環状スルホニウム化合物の合成が達成されたことを査証する結果が記載されているとはいえない旨も主張するが、この点については、上記「1-3)について」で説示したように、A^(-)が陰イオンを表す、という点に関しては、本件訂正明細書の発明の詳細な説明の記載は、いわゆる実施可能要件を満たすものとするのが相当であるから、A^(-)が、陰イオンの一種といえる上記CZ_(3)SO_(3)^(-)を表す場合についても同様とするのが相当であり、上記主張は採用できない。

3)について
本件訂正発明4は、請求項1?3に記載の環状オニウム化合物を用いたα-グルコシダーゼ阻害剤に関するものであり、本件訂正明細書の発明の詳細な説明には、特許請求の範囲の請求項1?3に記載される発明に関して請求人のいう1)及び2)の記載上の不備はないから、本件訂正発明4に関して、請求人のいう3)の理由により、本件特許が特許法第36条第4項第1号の規定に違反してなされたものであるとすることはできない。

4)むすび
よって、本件訂正発明1?4に関して、請求人のいう理由により、本件特許が特許法第36条第4項第1号の規定に違反してなされたものであるとすることはできない。

5-3.無効理由3について
5-3-1.無効理由3の要点
請求人が主張する無効理由3の要点は、以下のとおりである。
1)請求項1
本件特許の請求項1に記載の「環状オニウム化合物」の発明に包含される、種々の「立体配置」を有する全ての「立体異性体」について、実際に、上記の「発明の目的」を達成するに十分な「グルコシダーゼ阻害効果」を有することを、予測可能な程度に、「グルコシダーゼ阻害効果」を査証した結果を記載することが必要である。一方、異なる「立体異性体」の間では、全く異なる「グルコシダーゼ阻害効果」を示すものであり、類似した「立体異性体」の「立体構造」から、その「グルコシダーゼ阻害効果」を予測することはできない。
しかしながら、本件明細書には、上記多数の「立体異性体」の中で、実施例3で示した(化合物1)の「立体異性体」の「マルターゼ」と「サッカラーゼ」に対する阻害活性、IC_(50)値が記載されているに過ぎない。仮に、甲第3号証に示された結果を参酌するとしても、わずかに4つの「立体異性体」のIC_(50)値が記載されているに過ぎない。したがって、請求項1に記載の構造式の化合物に含まれる全ての「立体異性体」について、「実施例3」に記載された結果に基づき、その「グルコシダーゼ阻害効果」を合理的に予測可能であることを査証する記載は、発明の詳細な説明中には、全く含まれていない。また、甲第3号証に記載された以下の(A)?(C)の化合物


はサラシノールよりも、「マルターゼ」と「サッカラーゼ」に対するIC_(50)が大きな値となっており、サラシノールと比べてグルコシダーゼ阻害活性が低下することを示している。特に、(B)の化合物は、「マルターゼ」および「サッカラーゼ」に対するIC_(50)が、サラシノールと比べてそれぞれ110倍以上および430倍以上も低下している。
加えて、請求項1に記載の構造式に含まれる全ての「立体異性体」について、「イソマルターゼ阻害効果」を有すること、ならびに、その「イソマルターゼ阻害効果」の程度を、予測可能な程度に「グルコシダーゼ阻害効果」を査証した結果が記載されていない。

2)請求項2、3
請求項2、3が引用する請求項1に関しては、1)に記載したとおり、明細書の発明の詳細な説明に記載されていない発明を含んでいる。

4)請求項4
請求項4の発明は、請求項1?3のいずれか一項に記載される「環状スルホニウム化合物」が有する「グルコシダーゼの糖質分解作用を阻害する効果」を利用する「グルコシダーゼ阻害剤」の発明であると、解釈される。従って、請求項4が引用する請求項1?3に関しては、1)?3)に記載したとおり、明細書の発明の詳細な説明に記載されていない発明を含んでいる。

5)むすび
したがって、本件特許の請求項1?4に係る発明に関して、当該特許の明細書の発明の詳細な説明に記載されていない発明を含んでいる。

5-3-2.本件訂正明細書の発明の詳細な説明の記載
本件訂正明細書の発明の詳細な説明には、以下の記載がある。
x)「【0021】
本発明の環状スルホニウム化合物や環状アンモニウム化合物は、マルターゼ、サッカラーゼ、イソマルターゼなどのグルコシダーゼの糖質分解作用を阻害する。すなわち、本発明の環状スルホニウム化合物や環状アンモニウム化合物の存在により、マルターゼ、サッカラーゼなどによる麦芽糖、しょ糖などのブドウ糖への分解が阻害される。従って、本発明の環状スルホニウム化合物や環状アンモニウム化合物は、グルコシダーゼ阻害剤として用いることができる。」

y)「【0036】
実施例3 (50%抑制濃度の測定)
ラット小腸刷子縁膜小胞を用意し、その0.1Mマレイン酸塩緩衝液(pH6.0)中の縣濁液を小腸内α-グルコシダーゼ(マルターゼおよびサッカラーゼ)として使用した。
【0037】
基質としてのショ糖(74mM)または麦芽糖(74mM)溶液0.1mlに、種々の濃度の供試化合物溶液0.05mlを加え、37℃で2?3分間予備加温した。酵素液0.05mlを加えて30分間反応させ、水0.8mlを加え、沸騰水浴中で2分間加熱し、酵素を失活させた。別に、各サンプルについて酵素液を加えた後、直ちに水を加えて沸騰水浴中で2分間加熱し、酵素を失活させたものをブランクとした。生成したD-グルコースの量を、グルコースオキシダーゼ法により測定した。基質および被験サンプルは、0.1Mマレイン酸緩衝液(pH6.0)に溶解して用いた。得られた値より50%阻害濃度(IC_(50))を算出した。
【0038】
【表1】

【0039】
表1の結果より明らかなように、本発明の範囲内である化合物1は、優れたグルコシダーゼ阻害効果を示す。一方、本発明の範囲外である化合物2は、グルコシダーゼ阻害効果を示すものの、その効果は化合物1よりも低い。」

5-3-3.甲第3号証の記載
甲第3号証には、以下の記載がある。





5-3-4.判断
1)について
本件訂正明細書の上記b)及びx)の記載によれば、本件訂正明細書には、上記b)の構造式(I)で表される環状オニウム化合物はマルターゼ、サッカラーゼ、イソマルターゼなどのグルコシダーゼの糖質分解作用を阻害し、グルコシダーゼ阻害剤として用いることができる旨が記載されている。そして、本件訂正明細書の実施例1で製造した化合物は、上記d)及びe)の記載からみて、上記構造式(I)で表される環状オニウム化合物の実施例として記載されているものということができ、実施例1で製造した化合物すなわち化合物1については、本件訂正明細書の上記y)の記載からみて、その実施例3において、サッカラーゼ及びマルターゼに対するIC_(50)のデータ、及び、グルコシダーゼ阻害効果がある旨が記載されている。そうすると、上記構造式(I)で表される環状オニウム化合物に包含される化合物の範囲が特に広範なものでもないことを考慮すれば、グルコシダーゼ阻害剤として用いることができない旨の反証が見いだされたなどの格別の事情がある化合物を除き、上記構造式(I)で表される環状オニウム化合物は、グルコシダーゼ阻害剤として用いることができるものと認めるのが相当である。してみれば、上記構造式(I)で表される環状オニウム化合物の一部の化合物であるといえる本件訂正発明1の化合物についても、同様に、グルコシダーゼ阻害剤として用いることができるものと認めるのが相当である。
加えて、甲第3号証から引用した上記図の右下端に記載される化合物は、その化学構造からみて、本件訂正発明1の化合物に該当する化合物であると認められるところ、そのマルターゼ、サッカラーゼ、及び、イソマルターゼの阻害活性のIC_(50)は、それぞれ、4.8μM、4.5μM、及び、1.8μMであるとされている。一方、甲第3号証から引用した上記図の左下端に記載される化合物aは、本件訂正明細書の発明の詳細な説明の実施例1で製造した化合物に該当する化合物であるところ、この化合物の、マルターゼ、サッカラーゼ、及び、イソマルターゼの阻害活性のIC_(50)は、それぞれ、15.6μM、3.6μM、及び、0.3μMであるとされているから、上記本件訂正発明1の化合物に該当する化合物のマルターゼ、サッカラーゼ、及び、イソマルターゼの阻害活性が、本件訂正明細書の発明の詳細な説明の実施例1で製造した化合物の同阻害活性と略同様であることが、甲第3号証から裏付けられているといえる。そうすると、これらの事情を考慮すればなおのこと、本件訂正発明1の化合物については、α-グルコシダーゼ阻害剤として有用なものとして本件訂正明細書に記載されているものとするのが相当である。
したがって、本件訂正発明1に関して、請求人のいう理由により、本件特許が特許法第36条第6項第1号の規定に違反してなされたものであるとすることはできない。

2)について
本件訂正発明2、3は、請求項1に記載の環状オニウム化合物のA^(-)の種類を限定した化合物に関するものであるから、本件訂正発明2、3に関して請求人のいう1)の記載上の不備はなく、本件訂正発明2、3に関して、請求人のいう2)の理由により、本件特許が特許法第36条第6項第1号の規定に違反してなされたものであるとすることはできない。

3)について
本件訂正発明4は、請求項1?3に記載の環状オニウム化合物を用いたα-グルコシダーゼ阻害剤に関するものであるから、本件訂正発明1?3に関して請求人のいう1)の記載上の不備はなく、本件訂正発明4に関して、請求人のいう3)の理由により、本件特許が特許法第36条第6項第1号の規定に違反してなされたものであるとすることはできない。

4)むすび
よって、本件訂正発明1?4について、請求人のいう理由により、本件特許が特許法第36条第6項第1号の規定に違反してなされたものであるとすることはできない。

5-4.無効理由4について
5-4-1.無効理由4の要点
請求人が主張する無効理由4の要点は、以下のとおりである。
(請求項1)
請求項1の発明では、請求項1に記載の構造式の「環状オニウム化合物」は、S^(+)原子に結合した側鎖に水酸基が結合し、塩を形成する。これに対して、甲第4号証の発明では、「環状オニウム化合物」は、S^(+)原子に結合した側鎖に硫酸エステル基が結合すると共に、両性イオンである点が異なる。 しかしながら、甲第4号証に記載の「環状スルホニウム化合物」に、甲第5号証に記載の「エステル交換反応」を行うことにより、当業者は容易に、環状オニウム化合物を製造することができる。また、得られた請求項1に記載の構造式の環状オニウム化合物に、本件の出願時に周知であるイオン交換樹脂による処理を行うことにより、当業者は容易に、環状オニウム化合物の陰イオンを交換することができる。この化合物も請求項1に記載の構造式の環状オニウム化合物に相当する。
甲第2号証に記載の「サラシノール類縁体4a」のグリコシダーゼ阻害活性から、請求項1に記載の構造式の環状オニウム化合物のグルコシダーゼ阻害活性を十分に予測することができる。また、請求項1に記載の構造式の環状オニウム化合物のグルコシダーゼ阻害活性は、本件特許の出願時に公知のサラシノール及びコタラノールに対して優れた効果を示すものではない。

(請求項2、3)
請求項1と同様の理由により、当業者は甲第2、4及び5号証から、請求項2、3の発明に容易に想到しえるものである。

(請求項4)
甲第2及び第4号証には、サラシノール及びコタラノールが、優れたグルコシダーゼ阻害剤である点が記載されている。このため、当業者は甲第2、4及び5号証から、請求項4の発明に容易に想到しえるものである。

(むすび)
したがって、本件特許の請求項1?4に係る発明は、甲第2号証、甲第4号証および甲第5号証に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものを包含している。

5-4-2.各甲号証の記載
(甲第4号証)
(甲第4号証は英語で記載されているので、訳文で示す。)
1)「1997年に発表された論文で、ヨシカワらは、サラシア・レティキュラタの乾燥した根及び茎から得た水溶性分留物由来の化合物サラシノールの単離を報告した^(1)。ヨシカワらは、以下に示すサラシノールの構造を決定し、α-グルコシダーゼ阻害剤としてその有効性を示した。

サラシノール
(C_(9)H_(18)O_(9)S_(2))
ヨシカワらは、同様にα-グルコシダーゼ阻害剤として有効であることが判明したコタラノールのサラシア・レティキュラタの根及び茎からの単離を後に報告した^(2)。サラシノールのように、コタラノールは、チオ糖スルホニウムイオン及び対イオンを提供する内部硫酸塩を含む。

コタラノール
(C_(12)H_(24)O_(12)S_(2))

コタラノールは、サラシノール及びアカルボースよりもスクラーゼに対して強力な阻害活性を示すことが認められている^(2)。」
(甲第4号証第2ページ第32行?第3ページ第29行)

2)「同じ操作方法を用いて、中間体化合物(22)をエナンチオマー環状硫酸エステル(7)から79%の収量で調製した。前記のように、脱保護により、化合物(23)を59%の収量で得た(スキーム8)。化合物(23)は、サラシノール(1)のジアステレオマーである。

化合物(24)を(7)とエナンチオマーチオ-エーテル(14)から40%の収量で調製した(スキーム9)。80%の収量の脱保護により、サラシノールのエナンチオマー(25)を得た。


(甲第4号証第15ページ第23行?第3ページ第10行)

(甲第5号証)
「c)エステルへの変換.エステル交換反応.アルコーリシス §24・20で論ずる.

・・・
24・20 エステル交換
酸のエステル化反応でアルコールは求核体として作用する.一方エステルの加水分解ではアルコールは求核体で置換される.このことがわかれば,あるアルコールがエステルに結合している別のアルコールを置換することがあっても別に不思議はない.エステルのこのアルコーリシス^(a))(アルコールによる開裂)をエステル交換^(b))という.

エステル交換反応は酸(H_(2)SO_(4)または乾燥HCl)または塩基(通常アルコキシドイオン)で触媒される.これら2種の反応機構はすでに述べたものと全く類似なものである.酸触媒エステル交換反応に関しては,

塩基触媒エステル交換反応に関しては,

エステル交換は平衡反応である.平衡を右にずらすためには,望むエステルのアルコールを大過剰に用いるか,反応混合物から生成物の一つを取除く必要がある.後者の方法が可能であれば,この方法が前者の方法よりすぐれたものとなる.つまりこの方法によれば反応を完全に行わせることができるからである.」

5-4-3.判断
甲第4号証には、請求人が「環状スルホニウム化合物」として指摘する、サラシノール、コタラノール、化合物(23)、化合物(25)が記載されている。
本件訂正発明1の化合物を、これら甲第4号証の化合物と比較すると、前者は、S^(+)原子に結合した側鎖上の特定の水酸基に硫酸エステルが結合しているのに対し、後者では、この硫酸エステルが存在せず、代わりに、A^(-)が存在している点で両者は相違する。
この点につき、甲第5号証には、エステル交換反応についての一般的な説明は記載されているものの、上記甲第4号証の化合物にエステル交換反応を施すことにより、新たに、α-グルコシダーゼ阻害活性を有する化合物を創製できることについては、記載も示唆もされていない。してみると、甲第5号証に記載のエステル交換反応についての知見を備える当業者といえども、格別の創意を要することなく上記甲第4号証の化合物からα-グルコシダーゼ阻害活性を有する本件訂正発明1の化合物に到達し得た、とすることはできない。
そうすると、請求人が主張する、甲第2号証に記載の「サラシノール類縁体4a」のグリコシダーゼ阻害活性から請求項1に記載の構造式の環状オニウム化合物のグルコシダーゼ阻害活性を十分に予測することができること、の当否や、同化合物のグルコシダーゼ阻害活性は本件特許の出願時に公知のサラシノール及びコタラノールに対して優れた効果を示すものではないこと、の当否など、本件訂正発明1の効果については検討するまでもなく、本件訂正発明1は、甲第2、4、及び、5号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。同様に、本件訂正発明2?4も、甲第2、4、及び、5号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
したがって、本件訂正発明1?4に関して、請求人のいう理由により、本件特許が特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであるとすることはできない。


第6 むすび
以上のとおり、本件訂正発明1?4の特許は、無効理由1?4によっては無効にすべきものであるとはいえない。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人の負担とすべきものである。


よって、結論のとおり審決する。
 
別掲


(参考:第二次審決)
審決
無効2010-800149
東京都港区赤坂1丁目9番20号 第16興和ビル8階
請求人 宮崎 昭夫
東京都港区赤坂1-9-20第16興和ビル8階 わかば国際特許事務所
代理人弁理士 太田 顕学
東京都港区赤坂1-9-20 第十六興和ビル8階 若林国際特許事務所
代理人弁理士 石橋 政幸
東京都港区赤坂1-9-20 第16興和ビル8階 わかば国際特許事務所
代理人弁理士 池田 直俊
大阪府東大阪市小若江3丁目4番1号
被請求人 学校法人 近畿大学
大阪府大阪市中央区城見1丁目3番7号 IMPビル 青山特許事務所
代理人弁理士 田村 恭生
大阪府大阪市中央区城見1丁目3番7号 IMPビル 青山特許事務所
代理人弁理士 鮫島 睦
大阪府大阪市中央区城見1-3-7 IMPビル 青山特許事務所
代理人弁理士 品川 永敏
大阪府大阪市中央区城見1-3-7 IMPビル23階 青山特許事務所
代理人弁理士 森本 靖

上記当事者間の特許第4486792号発明「環状オニウム化合物およびグルコシダーゼ阻害剤」の特許無効審判事件についてされた、平成23年 2月24日付け審決に対し、知的財産高等裁判所において、「特許第4486792号の請求項1,2,4ないし7に係る発明についての特許を無効とする。」との部分を取り消す(「主文」より。)、とする決定(平成23年(行ケ)10110号、平成23年6月16日)があったので、審決が取り消された請求項1、2、4ないし7に係る発明についてさらに審理の上、次のとおり審決する。

結 論
訂正を認める。
特許第4486792号の請求項1ないし4に係る発明についての特許を無効とする。
特許第4486792号の請求項6ないし8に係る発明についての審判請求は、成り立たない。
審判の総費用は、これを14分し、その4を請求人の負担とし、その10を被請求人の負担とする。
なお、訂正前の請求項3に係る発明に対する審決は、特許法第178条第3項に定める期間に審決取消の訴えがなされなかったことにより確定したところ、その審決の内容は、本審決の末尾に(参考)として示すとおりであり、訂正前の請求項3に係る発明についての審判請求は成り立たないものとされた。そして、訂正後の請求項5に係る発明は、訂正前の請求項3に係る発明と同じものであることが明らかである(後記「第2 訂正請求」の欄参照。)から、訂正後の請求項5に係る発明についての審判請求は成り立たないことが既に確定している。

理 由
第1 手続の経緯
本件特許第4486792号に係る発明は、その出願が平成15年6月12日になされ、平成22年4月2日に特許権の設定登録がなされた。
これに対して、請求人から、平成22年8月31日付け審判請求書によって、上記発明の特許を無効にすることについて、本件特許無効審判が請求され、平成22年11月12日付けで被請求人から答弁書、並びに、特許請求の範囲の請求項6及び7を訂正する訂正請求書が提出された(以下、この訂正請求書による訂正請求を「先の訂正請求」という。)。そして、平成23年2月4日に行われた第1回口頭審理において、請求人からは平成23年1月21日付け口頭審理陳述要領書のとおりの陳述がなされ、被請求人からは平成23年2月4日付け口頭審理陳述要領書のとおりの陳述がなされた。
これらを踏まえ、平成23年2月24日付けで
「訂正を認める。
特許第4486792号の請求項1、2、4ないし7に係る発明についての特許を無効とする。
特許第4486792号の請求項3に係る発明についての審判請求は、成り立たない。」との審決(以下、「先の審決」という。)がなされた。
これに不服の被請求人が審決取消訴訟を提起し、その後、本件特許の特許請求の範囲の減縮等を目的とする訂正審判(訂正2011-390061号)を請求した。そして、上記訴訟は、知的財産高等裁判所において平成23年(行ケ)10110号事件として審理され、平成23年6月16日付けで、先の審決を取り消す旨の決定がなされ、本件特許無効審判事件は、審判官に差し戻された。
これを受けて、当合議体より、平成23年6月24日付けで、特許法第134条の3第2項の規定により訂正請求のための期間を指定する通知をしたところ、指定された期間内に特許法第134条の2第1項の訂正の請求がされなかったので、その期間の末日に、上記訂正審判(訂正2011-390061号)の請求書に添付された、訂正した明細書及び特許請求の範囲を、特許法第134条の3第3項の規定により援用した、特許法第134条の3第1項の訂正の請求がされたものとみなされた。(以下、この訂正請求を「本件訂正請求」といい、その訂正を「本件訂正」という。)また、先の訂正請求は、特許請求の範囲の請求項6及び7を訂正するものであるところ、この訂正を認容して審決した請求項6及び7についての先の審決の部分が上記決定により取り消されたので、先の訂正請求は確定していない。そして、本件訂正請求により、特許請求の範囲の請求項6及び7は、再度、訂正されたから、先の訂正請求は、特許法第134条の2第4項の規定により取り下げられたものとみなされた。


第2 訂正請求
本件訂正請求の趣旨、及び、訂正の内容は、上記訂正審判(訂正2011-390061号)の請求書の記載によれば、それぞれ以下のとおりのものである。

2-1.訂正請求の趣旨
特許第4486792号の明細書(以下、「本件特許明細書」という。)を請求書に添付した訂正明細書(以下、「本件訂正明細書」という。)のとおり訂正することを求める。

2-2.訂正の内容
本件特許明細書の特許請求の範囲の
「【請求項1】
下記の構造式(I)で表されることを特徴とする環状オニウム化合物。
【化1】

(式中、A^(-)は陰イオンを表し、mは1?6の整数を表す。)
【請求項2】
mが2または5であることを特徴とする請求項1に記載の環状オニウム化合物。
【請求項3】
下記の構造式(II)で表されることを特徴とする環状オニウム化合物。
【化2】

(式中、A^(-)は、陰イオンを表す。)
【請求項4】
A^(-)が、ハロゲンイオン、ルイス酸イオン、R_(1)-SO_(3)^(-)(式中、R_(1)は、炭素数1から4のアルキル基またはハロゲン化アルキル基を表す。)およびR_(2)-OSO_(3)^(-)(式中、R_(2)は、炭素数1から4のアルキル基を表す。)から選ばれることを特徴とする請求項1ないし請求項3のいずれか1項に記載の環状オニウム化合物。
【請求項5】
A^(-)が、CH_(3)-OSO_(3)^(-)またはCl^(-)であることを特徴とする請求項4に記載の環状オニウム化合物。
【請求項6】
請求項1ないし請求項5のいずれかに記載の環状オニウム化合物を用いることを特徴とするグルコシダーゼ阻害剤。
【請求項7】
請求項6に記載のグルコシダーゼ阻害剤を含有することを特徴とする抗糖尿病剤または抗糖尿病食品。」
なる記載を、
「【請求項1】
下記の構造式(I)で表されることを特徴とする環状オニウム化合物。
【化1】

(式中、A^(-)は陰イオンを表し、mは2または5を表す。)
【請求項2】
A^(-)が、ハロゲンイオン、ルイス酸イオン、R_(1)-SO_(3)^(-)(式中、R_(1)は、炭素数1から4のアルキル基またはハロゲン化アルキル基を表す。)およびR_(2)-OSO_(3)^(-)(式中、R_(2)は、炭素数1から4のアルキル基を表す。)から選ばれることを特徴とする請求項1に記載の環状オニウム化合物。
【請求項3】
A^(-)が、CH_(3)-OSO_(3)^(-)またはCl^(-)であることを特徴とする請求項2に記載の環状オニウム化合物。
【請求項4】
請求項1ないし請求項3のいずれか1項に記載の環状オニウム化合物を用いることを特徴とするα-グルコシダーゼ阻害剤。
【請求項5】
下記の構造式(II)で表されることを特徴とする環状オニウム化合物。
【化2】

(式中、A^(-)は、陰イオンを表す。)
【請求項6】
A^(-)が、ハロゲンイオン、ルイス酸イオン、R_(1)-SO_(3)^(-)(式中、R_(1)は、炭素数1から4のアルキル基またはハロゲン化アルキル基を表す。)およびR_(2)-OSO_(3)^(-)(式中、R_(2)は、炭素数1から4のアルキル基を表す。)から選ばれることを特徴とする請求項5に記載の環状オニウム化合物。
【請求項7】
A^(-)が、CH_(3)-OSO_(3)^(-)またはCl^(-)であることを特徴とする請求項6に記載の環状オニウム化合物。
【請求項8】
請求項5ないし請求項7のいずれか1項に記載の環状オニウム化合物を用いることを特徴とするα-グルコシダーゼ阻害剤。」と訂正する。

2-3.訂正の適否の判断
本件訂正は、特許請求の範囲についてする訂正であって、
1)訂正前の【請求項1】の「構造式(I)で表されることを特徴とする環状オニウム化合物」における「mは1?6の整数を表す。」を、訂正前の【請求項2】の「mは2または5を表す。」に訂正し、それに伴い、訂正前の【請求項2】を削除し、
2)訂正前は、【請求項4】?【請求項6】が、【請求項1】?【請求項3】を包括的に引用していたのに対し、訂正後は、1)の訂正によりできた【請求項1】、及び、訂正前の【請求項3】が単に移動してできた【請求項5】を、各々、【請求項2】?【請求項4】、及び、【請求項6】?【請求項8】が、個別に引用する形式に訂正し、
3)訂正前の【請求項6】の「グルコシダーゼ阻害剤」を、訂正後の【請求項4】及び【請求項8】において、「α-グルコシダーゼ阻害剤」に訂正し、
4)訂正前の【請求項7】を削除するもの、
ということができる。
そして、1)の訂正は、「構造式(I)で表されることを特徴とする環状オニウム化合物」を、その一部に限定するものであるので、特許請求の範囲の減縮に該当し、特許法第134条の2第1項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものである。さらに、「mは2または5を表す。」という事項は、訂正前の本件特許明細書の請求項2や本件特許明細書の段落【0011】に記載されているから、1)の訂正は、本件特許明細書に記載した事項の範囲内においてするものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもないから、特許法第134条の2第5項において準用する同法第126条第3項及び第4項の規定に適合するものである。
また、2)の訂正は、包括的な引用形式を個別的な引用形式に変更するものであるから、明りようでない記載の釈明に該当し、特許法第134条の2第1項ただし書第3号に掲げる事項を目的とするものであるし、また、本件特許明細書に記載した事項の範囲内においてするものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもないから、特許法第134条の2第5項において準用する同法第126条第3項及び第4項の規定に適合するものである。
また、3)の訂正は、「グルコシダーゼ阻害剤」を、その一つであるといえる「α-グルコシダーゼ阻害剤」に限定するものであるので、特許請求の範囲の減縮に該当し、特許法第134条の2第1項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものである。さらに、本件特許明細書の実施例3についての以下の記載
「実施例3 (50%抑制濃度の測定)
ラット小腸刷子縁膜小胞を用意し、その0.1Mマレイン酸塩緩衝液(pH6.0)中の縣濁液を小腸内α-グルコシダーゼ(マルターゼおよびサッカラーゼ)として使用した。・・・得られた値より50%阻害濃度(IC_(50))を算出した。
【0038】
【表1】
・・・
表1の結果より明らかなように、本発明の範囲内である化合物1は、優れたグルコシダーゼ阻害効果を示す。」(段落【0036】?【0040】)からみて、本件特許明細書には、グルコシダーゼの一つとして、α-グルコシダーゼが記載されているものといえるから、3)の訂正は、本件特許明細書に記載した事項の範囲内においてするものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもないから、特許法第134条の2第5項において準用する同法第126条第3項及び第4項の規定に適合するものである。
また、4)の訂正は、請求項を削除するものであるので、特許請求の範囲の減縮に該当し、特許法第134条の2第1項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものであるし、また、本件特許明細書に記載した事項の範囲内においてするものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもないから、特許法第134条の2第5項において準用する同法第126条第3項及び第4項の規定に適合するものである。
したがって、本件訂正は、特許法第134条の2第1項ただし書第1号及び第3号に掲げる事項を目的とするものであり、同法同条第5項において準用する同法第126条第3項及び第4項に規定する要件に適合するものであるので、当該訂正を認める。


第3 本件訂正発明
上記訂正の結果、本件特許第4486792号の特許請求の範囲の請求項1?8に係る発明(以下、順に、「本件訂正発明1」?「本件訂正発明8」といい、併せて「本件訂正発明」ともいう。)は、本件訂正明細書の特許請求の範囲の請求項1?8に記載された事項により特定される、次のとおりのものである。
「【請求項1】
下記の構造式(I)で表されることを特徴とする環状オニウム化合物。
【化1】

(式中、A^(-)は陰イオンを表し、mは2または5を表す。)
【請求項2】
A^(-)が、ハロゲンイオン、ルイス酸イオン、R_(1)-SO_(3)^(-)(式中、R_(1)は、炭素数1から4のアルキル基またはハロゲン化アルキル基を表す。)およびR_(2)-OSO_(3)^(-)(式中、R_(2)は、炭素数1から4のアルキル基を表す。)から選ばれることを特徴とする請求項1に記載の環状オニウム化合物。
【請求項3】
A^(-)が、CH_(3)-OSO_(3)^(-)またはCl^(-)であることを特徴とする請求項2に記載の環状オニウム化合物。
【請求項4】
請求項1ないし請求項3のいずれか1項に記載の環状オニウム化合物を用いることを特徴とするα-グルコシダーゼ阻害剤。
【請求項5】
下記の構造式(II)で表されることを特徴とする環状オニウム化合物。
【化2】

(式中、A^(-)は、陰イオンを表す。)
【請求項6】
A^(-)が、ハロゲンイオン、ルイス酸イオン、R_(1)-SO_(3)^(-)(式中、R_(1)は、炭素数1から4のアルキル基またはハロゲン化アルキル基を表す。)およびR_(2)-OSO_(3)^(-)(式中、R_(2)は、炭素数1から4のアルキル基を表す。)から選ばれることを特徴とする請求項5に記載の環状オニウム化合物。
【請求項7】
A^(-)が、CH_(3)-OSO_(3)^(-)またはCl^(-)であることを特徴とする請求項6に記載の環状オニウム化合物。
【請求項8】
請求項5ないし請求項7のいずれか1項に記載の環状オニウム化合物を用いることを特徴とするα-グルコシダーゼ阻害剤。」


第4 当事者の主張、及び、提出した証拠方法
4-1.請求人の主張する無効理由、及び、提出した証拠方法
請求人が提出した審判請求書及び口頭審理陳述要領書によれば、請求人は、特許第4486792号発明の特許請求の範囲の請求項1?8に記載された発明についての特許を無効とする、審判費用は被請求人の負担とする、との審決を求め、その理由として、以下の無効理由1?4を主張し、証拠方法として、甲第1?10号証を提出している、ということができる。

(無効理由1)特許法第36条第6項第2号(特許法第123条第1項第4号)
本件特許の請求項1、2、4、5、6及び8に係る発明について、特許請求の範囲の記載は、発明を明確に記載しておらず、当該特許の特許請求の範囲の記載は特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしておらず、本件特許は、特許法第123条第1項第4号に該当し、無効とすべきである。

(無効理由2)特許法第36条第4項第1号(特許法第123条第1項第4号)
本件特許の請求項1?8に係る発明について、発明の詳細な説明には、請求項1?8に係る発明を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されていないから、当該特許の明細書の発明の詳細な説明の記載は特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしておらず、本件特許は、特許法第123条第1項第4号に該当し、無効とすべきである。

(無効理由3)特許法第36条第6項第1号(特許法第123条第1項第4号)
本件特許の請求項1?8に係る発明に関して、当該特許の明細書の発明の詳細な説明に記載されていない発明を含んでおり、当該特許の特許請求の範囲の記載は特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしておらず、本件特許は、特許法第123条第1項第4号に該当し、無効とすべきである。

(無効理由4)特許法第29条第2項(特許法第123条第1項第2号)
本件特許の請求項1?8に係る発明は、甲第2号証(特開2002-179673号公報)、甲第4号証(国際公開第01/49674号パンフレット)、及び甲第5号証(モリソン・ボイド 有機化学(中))に基づき、当業者が容易に想到可能な発明を包含しており、本件特許の請求項1?8に係る発明は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができず、本件特許は、特許法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきである。

(証拠方法)
甲第1号証 岩波 生物学辞典 第2版 305頁
甲第2号証 特開2002-179673号公報
甲第3号証 参考資料「化学構造の相違と薬効について」
甲第4号証 国際公開第01/49674号パンフレット
甲第5号証 モリソン・ボイド 有機化学(中) 第5版 1098頁、1106頁?1107頁
(以上、審判請求書に添付。)
甲第6号証 化学大辞典 8、765頁右欄下から8行?766頁右欄4行
甲第7号証 無糖系飲料大全 2001、133-135頁
甲第8号証 森下仁丹株式会社 ホームページ
甲第9号証 特開平11-49692号公報
甲第10号証 特開2010-202597号公報
(以上、口頭審理陳述要領書に添付。)

4-2.被請求人の主張、及び、提出した証拠方法
被請求人が提出した答弁書及び口頭審理陳述要領書によれば、被請求人は、本件無効審判の請求は成り立たない、審判費用は請求人の負担とする、との審決を求め、その理由として、審判請求人の主張はいずれも失当であるか、または本件訂正請求による特許請求の範囲の減縮等により、最早当てはまらず、本件訂正後の請求項1乃至8に係る本件特許発明は、特許法第36条第6項第2号、同法同条第4項第1号、および同法同条第6項第1号に規定する記載要件を充分満たすものであり、また特許法第29条第2項の進歩性を否定されるものでもなく、従って審判請求人の主張する無効理由は全くなく、特許法第123条第1項第2および4号のいずれにも該当しない点、を主張し、証拠方法として、乙第1?8号証を提出している、ということができる。

(証拠方法)
乙第1号証 湯浅 英哉ら著、有機化学合成協会誌、Vol.60,No.8,2002,46-54頁
乙第2号証 Biochemistry,2010,49,p443-451
乙第3号証 Heterocycles,Vol.75,No.6,2008,p1397-1405
乙第4号証 Bioorganic Medicinal Chemistry,15,(2007),p3926-3937
(以上、答弁書に添付。)
乙第5号証 新実験化学講座1、基本操作I、社団法人 日本化学会編、丸善株式会社発行、内表紙、465、473頁、および奥付
乙第6号証 G.Tanabe,O.Muraoka,M.Yosikawa et al.,Bioorg.Med.Chem.Lett.,2009,19,p2195-2198
乙第7号証 大学院有機化学(下)、岩村ら編、株式会社 講談社発行、内表紙、684?695頁、および奥付
乙第8号証 マクマリー有機化学(下)第7版、J.McMurry著、伊藤ら訳、株式会社 東京化学同人発行、内表紙、976?977頁、および奥付
(以上、口頭審理陳述要領書に添付。)


第5 当審の判断
まず、本件訂正発明5は、本件訂正前の請求項3に係る発明と同じものであることが明らかであり、本件訂正前の請求項3に係る発明の特許が無効理由1?4によっては無効にすべきものであるとはいえないことは、先の審決において既に確定しているから、本件訂正発明5は、本件においては有効であることが確定しており、本審決においては、もはや判断の対象にならない。

一方、当審は、本件訂正発明1?4の特許は無効理由2及び3によって無効にすべきものであり、本件訂正発明6?8の特許は、無効理由1?4によっては無効にすべきものであるとはいえない、と判断する。その理由は、以下のとおりである。なお、判断の説示の便宜上、本件訂正発明5の特許も無効理由1?4によっては無効にすべきものであるとはいえないことを併せて説示する。

5-1.無効理由1について
5-1-1.無効理由1の要点
請求人が主張する無効理由1の要点は、以下のとおりである。
1)請求項1及び5
請求項1及び5に記載の発明特定事項のうち、「A^(-)は陰イオンを表し」または「A^(-)は、陰イオンを表す」について、「陰イオン」の種類に関して、何らの規定もされてなく、従って、発明の外延が不明瞭である。
更に、構造式(I)で表される「環状オニウム化合物」とは、「単一の化合物」のみを意味するのか、「混合物」をも意味するか、明瞭な規定がなされてなく、従って、発明の外延が不明瞭である。

2)請求項2及び6
請求項2及び6に記載の発明特定事項のうち、「ハロゲンイオン」、「ルイス酸イオン」の種類に関して、何らの具体的に規定もされてなく、従って、発明の外延が不明瞭である。

3)請求項4及び8
請求項4及び8が引用する、請求項1、2、5、6に関しては、1)及び2)に記載したように、その発明の外延が不明瞭である。
また、請求項4及び8に記載の発明特定事項のうち、「α-グルコシダーゼ阻害剤」について、「α-グルコシダーゼ」(I型?V型)の全てを意味すると、一義的に理解されるものでもない。

4)むすび
したがって、本件特許の請求項1、2、4、5、6及び8に係る発明について、その特許請求の範囲の記載は、発明の構成を明確に記載していない。
5-1-2.本件訂正明細書の特許請求の範囲の記載
本件訂正明細書の特許請求の範囲の請求項1?8の記載は、上記「第3 本件訂正発明」で引用したとおりのものである。

5-1-3.判断
1)について
「陰イオン」とは、負に帯電した原子又は原子団(化学大辞典編集委員会編、化学大辞典1 縮刷版第22刷、昭和53年発行、共立出版株式会社、第547?548頁「イオン」の項より)のことであり、該原子又は原子団の種類は問わないものと解釈されるから、その意味するところは明確である。
また、本件訂正明細書の特許請求の範囲の請求項1及び5の記載は、構造式(I)又は同(II)で表される環状オニウム化合物個々のものの集合を意味し、それらの混合物を包含するものではない、と解釈することが妥当であり、請求人のいう「混合物」をも意味するものと解釈すべき理由はない。

2)について
ハロゲンとは、周期表第VII族の元素のうちフッ素、塩素、臭素、ヨウ素、アスタチンの5元素の総称(化学大辞典編集委員会編、化学大辞典7 縮刷版第22刷、昭和53年発行、共立出版株式会社、第216頁「ハロゲン」の項より)のことであり、「ハロゲンイオン」とは、該ハロゲンがイオンになったものと解釈され、その意味するところは明確である。
また、ルイス酸は電子対受容体であり、ルイス酸は電子対を受容してイオンになる(中西香爾ほか訳、モリソンボイド有機化学(上) 第3版第4刷、1979年発行、株式会社東京化学同人、第45頁より)とされていることから、「ルイス酸イオン」は、電子対を受容してイオンになったルイス酸のことを意味するものと解釈され、その意味するところは明確である。

3)について
上述のように、請求項1、2、5、6の記載に、請求人が指摘する不明確な点は見いだせない。
また、「α-グルコシダーゼ」とは、非還元末端に存在するα-D-グルコシド結合を加水分解するエキソグリコシダーゼの総称(今堀和友ほか監修、生化学辞典(第2版)、第2版第7刷、1996年発行、株式会社東京化学同人、第391頁「α-グルコシダーゼ」の項より)のことであり、その意味するところは明確である。

4)むすび
したがって、本件訂正明細書の特許請求の範囲の請求項1、2、4、5、6及び8の記載には、請求人が指摘するような記載上の不備はないから、請求人のいう理由により、本件特許が特許法第36条第6項第2号の規定に違反してなされたものであるとすることはできない。

5-2.無効理由2について
5-2-1.無効理由2の要点
請求人が主張する無効理由2の要点は、以下のとおりである。
1)請求項1及び5
1-1)構造式(I)で表される「環状オニウム化合物」は、m=2又は5の各場合において分子内に存在する各不斉炭素原子における立体配置の相違に起因する、種々の立体異性体の全てを包含する。そして、該種々の立体異性体の発明を容易に実施するためには、該種々の立体異性体全てについて、その入手方法が、発明の詳細な説明に開示される必要がある。しかしながら、本件の明細書中には、構造式(I)の「環状オニウム化合物」に含まれる全ての化合物については、その入手方法が開示されていない。

1-2)本件の明細書中、段落【0016】には、「本発明の環状オニウム化合物の製造方法は、特に限定されないが、例えば、サラシノールなどを加溶媒分解することにより、本発明の環状オニウム化合物を得ることができる。また式(V)の環状スルホニウム化合物については、サラシノールを、塩化水素を溶解したメタノールに加え、40℃程度の温度に保ち加溶媒分解することにより得ることができる。なお、サラシノールの製造方法は、特開2002-179673号公報(特許文献1)などに開示されている。」という記載がある。
該特許文献1(甲第2号証)に記載のサラシノールは、環状スルホニウム化合物の正イオン性の硫黄原子(S^(+))と、硫酸エステルの先端の陰イオン(-OSO3^(-))」が、互いに近接する、以下の立体配置をとる。

これに対し、特許明細書記載の化合物(III)は、該分子内イオン結合が不可能な、以下の立体配置をとる。

そうすると、甲第2号証は化合物(III)の製造方法を開示するものではない。そして、特許明細書の実施例1は化合物(III)を原料としているから、該実施例1は、化合物1や、これを含む構造式(II)の化合物の製造方法を実施可能な程度に開示するものではない。

1-3)特許明細書【0018】の合成ルートの記載は、i)?ix)の各工程の反応条件の一例は記載されているが、各工程で使用される試薬の量、各工程に要する反応時間、各工程における収率、また、各工程で作製される中間体化合物を回収する条件に関しては、全く開示がない。従って、開示される反応条件の一例のみでは、実際に、「式(I)で表され、A^(-)が陰イオンを表し、mは2又は5の整数を表す環状スルホニウム化合物」の合成が達成されたことを査証する結果が記載されているとはいえない。

1-4)特許明細書の実施例1で、化合物(V)を立体選択的に回収、単離する方法の開示がない。

1-5)特許明細書には、実施例1の化合物の物性データの記載はあるが、これの立体異性体の物性データとの相違についての記載はないので、両者の判別ができない。

2)請求項2、3及び6、7
請求項2、3及び6、7が、各々引用する請求項1及び5に関しては、1)に記載したとおり、発明の詳細な説明には、本件発明を容易に実施できる程度に、十分な開示がなされていない。
更に、請求項2及び6については、本件明細書の段落【0017】?【0020】に記述される「合成ルート」によって、実際に、「式(II)で表され、A^(-)がCZ_(3)SO_(3)^(-)(式中、ZはHまたはハロゲンを表す。)である環状スルホニウム化合物」の合成が達成されたことを査証する結果は記載されていない。

3)請求項4及び8
請求項4及び8が、各々引用する請求項1?3、及び、請求項5?7に関しては、1)及び2)に記載したとおり、発明の詳細な説明には、本件発明を容易に実施できる程度に、十分な開示がなされてない。

4)むすび
したがって、本件特許の請求項1?8に係る発明について、発明の詳細な説明には、請求項1?8に係る発明を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載していない。

5-2-2.本件訂正明細書の発明の詳細な説明の記載
本件訂正明細書の発明の詳細な説明には、以下の記載がある。
a)「【0007】
【課題を解決するための手段】
すなわち本発明は、下記の構造式(I)で表されることを特徴とする環状オニウム化合物を提供するものである。
【化4】

(式中、A^(-)は陰イオンを表し、mは1?6の整数を表し、nは0または1を表し、X^(+)はS^(+)またはN^(+)Qを表し、ここでQは、Hまたは炭素数1から4のアルキル基を表す。)
【0008】
本発明は、さらに、上記の構造式(I)の環状オニウム化合物の、より好ましい具体的態様である環状オニウム化合物も提供するものである。特に好ましい態様として、下記構造式(II)で表される環状スルホニウム化合物を提供する。
【化5】




b)「【0003】
例えば、特開2002-179673号公報(特許文献1)の請求項8などには、グルコシダーゼ阻害作用を有する化合物として、下記構造式(III)で表される環状スルホニウム化合物が開示されている。
【化3】


一方、Tetrahedron Letters, Vol.38, No.48. pp.8367-8370(1997)(非特許文献1)には、インドの伝統医学で用いられてきた薬用植物のサラシアレティクラータに薬理本態性物質として含まれているサラシノールが、強いグルコシダーゼ阻害剤であることが開示され、さらに該サラシノールの構造式が開示されている。式(III)の環状スルホニウム化合物は、該サラシノールと同様な構造を有し、同様なグルコシダーゼ阻害作用を有するものである。
また、特開2002-51735号公報(特許文献2)などには、サラシノールを含有することを特徴とする抗糖尿病食品が開示されている。」

c)「【0015】
・・・本発明の環状オニウム化合物の中で、グルコシダーゼ阻害剤として特に好ましいものは、下記構図式(V)で表される化合物(または該化合物中のCH_(3)OSO_(3)^(-)がCl^(-)で置換されたもの)である。
【化7】

・・・
実施例1
上記構造式(III)の構造を有するサラシノールの28mg(0.08mmol)を、5%塩化水素含有メタノールの0.6mlに溶解し、40°Cで3時間、反応させることにより上記構造式(V)で表される環状スルホニウム化合物の27mgを得た(収率93%)。この化合物を、化合物1とする。
化合物1について、比旋光度、赤外吸収スペクトル、^(1)H-NMR、^(13)C-NMR、質量分析(FAB(Fast Atom Bombardment)-MSおよびHR-FAB-MS)の測定を行った結果を以下に示す。
・・・
実施例2
実施例1で得られた化合物1の16mg(0.044mmol)と、陽イオン交換樹脂IRA-400(Cl^(-)型)の290mgを、メタノール(0.3ml)および水(0.5ml)の混合溶媒に加え、室温にて12時間撹拌することにより、上記構造式(II)で表され、式中のAがCl^(-)である環状スルホニウム化合物の12.2mgを得た(収率96%)。
この化合物について、比旋光度、赤外吸収スペクトル、^(1)H-NMR、^(13)C-NMR、質量分析(FAB(Fast Atom Bombardment)-MSおよびHR-FAB-MS)の測定を行った結果を以下に示す。」

d)「【0016】
本発明の環状オニウム化合物の製造方法は、特に限定されないが、例えば、サラシノールなどを加溶媒分解することにより、本発明の環状オニウム化合物を得ることができる。
また式(V)の環状スルホニウム化合物については、サラシノールを、塩化水素を溶解したメタノールに加え、40℃程度の温度に保ち加溶媒分解することにより得ることができる。なお、サラシノールの製造方法は、特開2002-179673号公報(特許文献1)などに開示されている。
【0017】
また、イソアスコルビン酸より、下記の合成ルートにより、式(II)で表され、A^(-)がCZ_(3)SO_(3)^(-)(式中、ZはHまたはハロゲンを表す。)である環状スルホニウム化合物を得ることができる。
【0018】
【化8】

【0019】
(式中、Bnはベンジル基を、Etはエチル基を、Tsはパラトルエンスルホニル基を、ZはHまたはハロゲンを表す。)
【0020】
上記の合成ルートのそれぞれの工程における、好ましい条件の例を以下に示す。
i) K_(2)CO_(3)、30%H_(2)O_(2)水溶液、20℃
ii) EtI、CH_(3)CN、還流温度
iii) LiAlH_(4)、THF、室温
iv) BnBr、NaH、DMF、室温
v) EtOH、濃塩酸、室温
vi) TsCl、ピリジン、0℃
vii) NaH、THF、室温
viii) CZ_(3)SO_(3)H(Zは、上記の意味を表す。)、CH_(2)Cl_(2)、室温
ix) Pd/C、H_(2)」

5-2-3.判断
1)について
1-1)について
本件訂正発明1に係る、構造式(I)で表される環状オニウム化合物は、その側鎖部分の炭素数が、mが2又は5から選択されるのに応じて、3個又は6個存在する場合の各化合物を包含するものと解される。また、本件訂正明細書の上記a)の記載からみて、本件訂正明細書の発明の詳細な説明に記載の構造式(I)で表される環状オニウム化合物の、より好ましい態様として、構造式(II)で表される環状オニウム化合物が記載されており、該化合物は、各不斉炭素原子の立体配置が各々特定されているものであるから、これを好ましい態様とする、本件訂正明細書の発明の詳細な説明に記載の構造式(I)で表される環状オニウム化合物は、各不斉炭素原子の立体配置が各々特定されている、種々の光学活性体を包含するものと解される。そして、本件訂正発明1に係る、構造式(I)で表される環状オニウム化合物は、本件訂正明細書の発明の詳細な説明に記載の構造式(I)で表される環状オニウム化合物の範囲を減縮したものに相当するから、やはり、各不斉炭素原子の立体配置が各々特定されている、種々の光学活性体を包含するものと解される。
そこで、本件訂正発明1に係る、構造式(I)で表される環状オニウム化合物を、当業者が、本件訂正明細書の記載、及び、本件特許の出願時の技術常識に基づいて製造することができるか否か、検討する。
まず、本件訂正明細書の上記c)の記載からみて、その実施例1において、構造式(III)の構造を有するサラシノールから構造式(V)で表される化合物1を製造したことが記載され、その実施例2において、化合物1から構造式(II)で表され、式中のA^(-)がCl^(-)(審決注:上記c)の実施例2の記載中、「式中のAがCl^(-)である」は「式中のA^(-)がCl^(-)である」の誤記と認められる。)である環状スルホニウム化合物を製造したことが記載されている。また、本件訂正明細書の上記d)の記載からみて、イソアスコルビン酸から式(II)で表され、A^(-)がCZ_(3)SO_(3)^(-)(式中、ZはHまたはハロゲンを表す。)である環状スルホニウム化合物を得るための合成ルート及び各反応の反応条件が記載されている。そして、これら化合物1、構造式(II)で表され、式中のA^(-)がCl^(-)である化合物、及び、式(II)で表され、A^(-)がCZ_(3)SO_(3)^(-)(式中、ZはHまたはハロゲンを表す。)である環状スルホニウム化合物、という三種の化合物は、いずれも、mが2である場合の炭素数及び上記構造式(II)で示される各不斉炭素原子における立体配置を有するものであり、かつ、それらの炭素数及び各不斉炭素原子における立体配置は、本件訂正発明5に係る、構造式(II)で表される環状オニウム化合物と一致するものである。そうすると、本件訂正発明5に係る、構造式(II)で表される環状オニウム化合物については、炭素数及び各不斉炭素原子における立体配置の点で、当業者が製造することができるように、本件訂正明細書の記載がなされているものということができる。
しかしながら、mが2以外、すなわち、5である場合か、又は、mが2であっても、各不斉炭素原子における立体配置が上記三種の化合物とは異なるものである場合の、本件訂正発明1に係る、構造式(I)で表される環状オニウム化合物を製造する方法については、本件訂正明細書には何らの記載も見いだせないし、上記場合の環状オニウム化合物を、当業者が、本件特許の出願時の技術常識に基づいて製造することができるといい得る根拠を見いだすこともできない。

もっとも、この判断について、被請求人は、以下のア.イ.の旨を、答弁書にて主張する。
ア.特許明細書中に、原料である天然物サラシノールを用いて構造式(V)の化合物を得る方法A(実施例1)と、D-イソアスコルビン酸をエポキシド誘導体に変換してチオ糖と反応させ、式(II)(A^(-)=CZ_(3)SO_(3)^(-)、ZはHまたはハロゲンを表す)で示されるネオサラシノール(m=2)を製造する方法B(【0018】の反応スキーム)を開示しており、加えて、方法A中の天然物を別のものに置き代えることにより、また、方法B中の、炭素数4のエポキシド誘導体を炭素数3又は5?8のエポキシドに置き代えることにより、m=1、3?6の特許発明化合物を得られると当業者は推測できる。
イ.本発明者または他の研究グループは、出発原料としてD-グルコース(方法C)またはD-マンニトール(方法D)を用いて、ネオサラシノール以外の脱硫酸エステル体(ネオポンコラノール、ネオコタラノール)を製造することができる方法を開示している。また、当該他の研究グループはエリスリトール様側鎖部分の様々な立体異性体を合成している。
さらに、ア.の点については、以下のウ.の旨を、口頭審理において陳述している。
ウ.各エポキシド誘導体は、市販の単糖類等を出発物質とし、不斉合成の一手法として知られるキラルプール法(乙第7号証)により、製造可能であり、具体的には、炭素数5、6のエポキシド誘導体は、市販の5単糖、6単糖から製造可能であり、炭素数7、8のエポキシド誘導体は、市販の5単糖、6単糖から出発して、増炭反応(乙第8号証)を用いて製造可能である。また、炭素数3のエポキシド誘導体は、2位の立体配置がR、Sの双方のものとも市販されている。

しかしながら、上記方法Aにおいて、原料である天然物サラシノールを別のものに置き代えるにあたり、その別のものを入手する方法が本件特許の出願時の技術常識に属する事柄であるといい得る根拠を見いだせない。
この点について、甲第4号証には、上記「別のもの」に該当するであろうコタラノール、化合物(23)、及び、化合物(25)が記載されているが、甲第4号証の記載によって、これらのものが本件特許の出願時の技術常識に属する事柄であるとまではいえないし、これらの化合物以外の上記「別のもの」に該当する化合物については、それを入手する方法が本件特許の出願時の技術常識に属する事柄であるか否か検討する余地のある証拠を見いだすことができない。
さらに、この点について、被請求人は、以下のエ.の旨を、本件訂正請求の請求書にて主張する。
エ.mが5である環状オニウム化合物を製造する場合には、出発原料としてコタラノールを使用することができる。コタラノールはサラシノールと同様な生薬サラシア・レティキュラータから単離される化合物であり、本件特許出願時(平成15年(2003年))には既に本件発明者らによって単離構造決定されていたものである(Chem.Pharm.Bull.,46(8) 1339-1340 (1998)及び特開2000-86653)。具体的には、サラシア・レティキュラータの根及び樹からのコタラノールの物理化学性及び二糖加水分解酵素阻害効果について記載されている。したがって、天然物コタラノールを入手する方法は、本件特許の出願時の技術常識に属する事柄である。

しかしながら、ここで被請求人が指摘する2つの文献、及び、甲第4号証の文献に、コタラノールについて記載されていることによって、このものを入手する方法が本件特許の出願時の技術常識に属する事柄であるとまではいえない。また、コタラノールは、被請求人もいうように、天然物であり、サラシノールと同様、各不斉炭素原子の立体配置が特定のものであることが推認され(ただし、上記文献のいずれにおいても、コタラノールの側鎖の各不斉炭素原子の立体配置がいかなるものであるかは解明されなかったらしく、特定して記載されてはいない。)、少なくとも、コタラノールの側鎖の各不斉炭素原子の立体配置を所望のものにする技術は上記各文献中に何ら見いだせないから、mが5であって、各不斉炭素原子における立体配置がコタラノールとは異なるものである場合の、本件訂正発明に係る、構造式(I)で表される環状オニウム化合物を製造する方法については、上記文献のいずれによっても、本件特許の出願時の技術常識に属する事柄であるとすることができない。

また、上記方法Bについてみるに、被請求人が引用する乙第7号証には、糖類がキラルプール法の有用な原料となり得る可能性がある旨の記載、並びに、糖をキラルプールとして用い、プロスタグランジン、その関連化合物、マクロリド、ポリエーテル抗生物質、及び、その他の天然物、を合成する方法についての開示はあるものの、市販の5単糖、6単糖から上記炭素数5、6のエポキシド誘導体を製造する方法についての記載は何ら見いだせないから、かかる乙第7号証によっては、市販の5単糖、6単糖から上記炭素数5、6のエポキシド誘導体を製造する方法が本件特許の出願時の技術常識に属する事柄であるとすることはできない。そうすると、被請求人のア.及びウ.の主張によっても、上記方法A中の天然物を別のものに置き代えることにより、また、上記方法B中の、炭素数4のエポキシド誘導体を炭素数3又は5?8のエポキシドに置き代えることにより、m=1、3?6の場合の、本件訂正発明1に係る構造式(I)で表される環状オニウム化合物を、本件特許の出願時の技術常識に基づいて製造することができるものとすることはできない。また、被請求人がイ.の主張で指摘する方法C、方法D、及び、他の研究グループがエリスリトール様側鎖部分の様々な立体異性体を合成していること、は、いずれも、本件特許の出願後の刊行物に記載されていることであることが、被請求人が答弁書で引用する刊行物の名称から明らかであるから、被請求人のイ.の主張によっても、当審の上記判断は左右されない。
したがって、本件訂正発明1に関して、本件特許は、特許法第36条第4項第1号の規定に違反してなされたものである。

1-2)について
請求人が指摘する特許文献1(甲第2号証)に記載のサラシノールは、上記化学構造式を一見すると、本件訂正明細書記載の化合物(III)と立体配置上異なるもののようであるが、化学構造式中、一本線で示される単結合は、一般に、自由に回転することができるものと考えられており(中西香爾ほか訳、モリソンボイド有機化学(上) 第3版第4刷、1979年発行、株式会社東京化学同人、第96頁より)、サラシノールの上記化学構造式において、S^(+)に直接結合する側鎖上の炭素原子と、その炭素原子に結合する炭素原子との間の単結合を半回転させれば、化合物(III)の上記化学構造式と同じものになると解される。そして、特許文献1(甲第2号証)に記載のサラシノールが上記化学構造式で示されるコンホーメーションをとるのであれば、当然に本件訂正明細書記載の化合物(III)も同じコンホーメーションをとるものと解するのが、合理的である。そうすると、サラシノールと化合物(III)の化学構造が立体配置上異なるものであることを前提とする請求人の主張は、採用することができない。
したがって、本件訂正発明1及び5に関して、請求人のいう1-2)の理由により、本件特許が特許法第36条第4項第1号の規定に違反してなされたものであるとすることはできない。

1-3)について
1-1)について、で説示したように、mが2以外、すなわち、5である場合か、又は、mが2であっても、各不斉炭素原子における立体配置が上記三種の化合物とは異なるものである場合の、本件訂正発明1に係る、構造式(I)で表される環状オニウム化合物を製造する方法については、本件訂正明細書には何らの記載も見いだせないし、上記場合の環状オニウム化合物を、当業者が、本件特許の出願時の技術常識に基づいて製造することができるといい得る根拠を見いだすこともできないから、本件訂正明細書【0018】記載の合成ルートにおける反応条件の記載について請求人が指摘する点を検討するまでもなく、本件訂正明細書の発明の詳細な説明には、本件訂正発明1に関して、請求人のいう、mは2又は5の整数を表す環状スルホニウム化合物の合成が達成されたことを査証する結果が記載されているとはいえないという旨の1-3)の記載上の不備があり、本件特許は、特許法第36条第4項第1号の規定に違反してなされたものである。

一方、本件訂正発明5に係る、構造式(II)で表される環状オニウム化合物に関しては、1-1)について、で説示したように、炭素数及び各不斉炭素原子における立体配置の点で、当業者が製造することができるように、本件訂正明細書の記載がなされているものということができる。
また、請求人は、A^(-)が陰イオンを・・・表す環状スルホニウム化合物の合成が達成されたことを査証する結果が記載されているとはいえない旨も主張する。そこで検討するに、まず、一般に、酸と塩基を反応させて塩を形成する反応は、酸や塩基の種類を問わず進行しやすい反応であると当業者の間で認識されているものと認められ、特許審査実務上も、特定の有機化合物の任意の塩については、特段の事情がない限り、任意の塩について製造し得ることを示す詳細な記載が明細書になくても、いわゆる実施可能要件を満たすものとされることが通例である。加えて、本件訂正明細書では、その実施例2において、陰イオン交換樹脂(審決注:当該実施例2においては、「陽イオン交換樹脂」との記載が見受けられるが、陰イオン交換樹脂の誤記と認められる。)を用いて、実施例1で製造した化合物1のA^(-)をCH_(3)OSO_(3)^(-)からCl^(-)に変換した実施例が記載されており、この記載に接した当業者であれば、本件特許の出願前から周知・慣用のものである陰イオン交換樹脂を使用して、ある程度の種類の陰イオンへの変換を、実施例1で製造した化合物1においてなし得る、とするのが相当である。(ちなみに、請求人も、後記する無効理由4の主張の中で、「また、得られた式(I)の環状オニウム化合物に、本件の出願時に周知であるイオン交換樹脂による処理を行うことにより、当業者は容易に、環状オニウム化合物の陰イオンを交換することができる。」と述べている。)また、本件訂正明細書【0018】記載の合成ルートの工程ixにおいて、CZ_(3)SO_(3)Hを用いることにより、陰イオンとしてCZ_(3)SO_(3)-を有する目的化合物を製造することが記載されており、この記載に接した当業者であれば、本件特許の出願前から周知・慣用のものである種々の酸を使用して、ある程度の種類の酸由来の陰イオンを有する上記目的化合物を製造し得る、とするのが相当である。この点、請求人は、当該合成ルートの記載は、i)?ix)の各工程の反応条件の一例は記載されているが、各工程で使用される試薬の量、各工程に要する反応時間、各工程における収率、また、各工程で作製される中間体化合物を回収する条件に関しては、全く開示がない旨を指摘するが、これらの反応条件を具体的に設定することは当業者の技術常識に属することと認められるし、最後の工程ixで得られる化合物は、実施例1の目的化合物である化合物1と陰イオン部分以外は同じものなのであるから、実施例1に記載の化合物1の物性データを参考に同定することができるとするのが相当である。そうすると、これらの事情を総合すれば、本件訂正明細書の発明の詳細な説明の記載は、上記A^(-)が陰イオンを表す、という点に関しては、いわゆる実施可能要件を満たすものとするのが相当である。

したがって、本件訂正明細書の発明の詳細な説明には、本件訂正発明1に関して、請求人のいう1-3)の記載上の不備があるから、本件特許は、特許法第36条第4項第1号の規定に違反してなされたものであり、その一方、本件訂正発明5に関して、請求人のいう1-3)の理由により、本件特許が特許法第36条第4項第1号の規定に違反してなされたものであるとすることはできない。

1-4)について
請求人は、特許明細書の実施例1で、化合物(V)を立体選択的に回収、単離する方法の開示がない旨を指摘するが、当該実施例1で用いられる反応は、エステルを交換するのみで、不斉炭素原子が反応するものではないから、サラシノールの立体構造は保持されたままであると認められ、そうであれば、生成する化合物1は、光学活性な化合物(V)のみであると認められるから、これを立体選択的に回収、単離する必要はない、というべきである。
したがって、本件訂正発明1及び5に関して、請求人のいう1-4)の理由により、本件特許が特許法第36条第4項第1号の規定に違反してなされたものであるとすることはできない。

1-5)について
請求人は、特許明細書には、実施例1の化合物の物性データの記載はあるが、これの立体異性体の物性データとの相違についての記載はないので、両者の判別ができない旨を指摘するが、1-4)について、で説示したように、実施例1で生成する化合物1は、光学活性な化合物(V)のみであると認められるから、立体異性体の物性データとの相違について記載し、上記両者の判別ができるようにする必要はない、というべきである。
したがって、本件訂正発明1及び5に関して、請求人のいう1-5)の理由により、本件特許が特許法第36条第4項第1号の規定に違反してなされたものであるとすることはできない。

2)について
本件訂正発明2、3は、請求項1に記載の環状オニウム化合物のA^(-)の種類を限定した化合物に関するものであるから、本件訂正明細書の発明の詳細な説明には、本件訂正発明1に関して請求人のいう1-1)の記載上の不備があるのと同様に、本件訂正発明2、3に関して記載上の不備があることとなり、本件訂正明細書【0018】記載の合成ルートの記載について請求人が指摘する点を検討するまでもなく、本件訂正発明2、3に関して、本件特許は、特許法第36条第4項第1号の規定に違反してなされたものである。 一方、本件訂正発明6、7は、請求項5に記載の環状オニウム化合物のA^(-)の種類を限定した化合物に関するものであるから、本件訂正明細書の発明の詳細な説明には、本件訂正発明6、7に関して請求人のいう1)の記載上の不備はない。また、請求人は、A^(-)がCZ_(3)SO_(3)^(-)(式中、ZはHまたはハロゲンを表す。)を・・・表す環状スルホニウム化合物の合成が達成されたことを査証する結果が記載されているとはいえない旨も主張するが、この点については、上記「1-3)について」で説示したように、A^(-)が陰イオンを表す、という点に関しては、本件訂正明細書の発明の詳細な説明の記載は、いわゆる実施可能要件を満たすものとするのが相当であるから、A^(-)が、陰イオンの一種といえる上記CZ_(3)SO_(3)^(-)を表す場合についても同様とするのが相当であり、上記主張は採用できない。

3)について
本件訂正発明4は、請求項1?3に記載の環状オニウム化合物を用いたα-グルコシダーゼ阻害剤に関するものであるから、本件訂正明細書の発明の詳細な説明には、特許請求の範囲の請求項1に記載される発明に関して請求人のいう1-1)の記載上の不備があるのと同様に、本件訂正発明4に関して記載上の不備があることとなり、本件訂正発明4に関して、本件特許は、特許法第36条第4項第1号の規定に違反してなされたものである。
一方、本件訂正発明8は、請求項5?7に記載の環状オニウム化合物を用いたα-グルコシダーゼ阻害剤に関するものであり、本件訂正明細書の発明の詳細な説明には、特許請求の範囲の請求項5?7に記載される発明に関して請求人のいう1)及び2)の記載上の不備はないから、本件訂正発明8に関して、請求人のいう3)の理由により、本件特許が特許法第36条第4項第1号の規定に違反してなされたものであるとすることはできない。

4)むすび
よって、本件訂正発明1?4に関して、本件特許は、特許法第36条第4項第1号の規定に違反してなされたものであるから、特許法第123条第1項第4号に該当し、無効とすべきものである。その一方、本件訂正発明5?8に関して、請求人のいう理由により、本件特許が特許法第36条第4項第1号の規定に違反してなされたものであるとすることはできない。

5-3.無効理由3について
5-3-1.無効理由3の要点
請求人が主張する無効理由3の要点は、以下のとおりである。
1)請求項1
本件特許の請求項1に記載の「環状オニウム化合物」の発明に包含される、種々の「立体配置」を有する全ての「立体異性体」について、実際に、上記の「発明の目的」を達成するに十分な「グルコシダーゼ阻害効果」を有することを、予測可能な程度に、「グルコシダーゼ阻害効果」を査証した結果を記載することが必要である。一方、異なる「立体異性体」の間では、全く異なる「グルコシダーゼ阻害効果」を示すものであり、類似した「立体異性体」の「立体構造」から、その「グルコシダーゼ阻害効果」を予測することはできない。
しかしながら、本件明細書には、上記多数の「立体異性体」の中で、実施例3で示した(化合物1)の「立体異性体」の「マルターゼ」と「サッカラーゼ」に対する阻害活性、IC_(50)値が記載されているに過ぎない。仮に、甲第3号証に示された結果を参酌するとしても、わずかに4つの「立体異性体」のIC_(50)値が記載されているに過ぎない。従って、式(I)の化合物に含まれる全ての「立体異性体」について、「実施例3」に記載された結果に基づき、その「グルコシダーゼ阻害効果」を合理的に予測可能であることを査証する記載は、発明の詳細な説明中には、全く含まれていない。また、甲第3号証に記載された以下の(A)?(C)の化合物

はサラシノールよりも、「マルターゼ」と「サッカラーゼ」に対するIC_(50)が大きな値となっており、サラシノールと比べてグルコシダーゼ阻害活性が低下することを示している。特に、(B)の化合物は、「マルターゼ」および「サッカラーゼ」に対するIC_(50)が、サラシノールと比べてそれぞれ110倍以上および430倍以上も低下している。
加えて、式(I)に含まれる全ての「立体異性体」について、「イソマルターゼ阻害効果」を有すること、ならびに、その「イソマルターゼ阻害効果」の程度を、予測可能な程度に「グルコシダーゼ阻害効果」を査証した結果が記載されていない。

2)請求項5
1)に記載したのと同様の理由により、本件の明細書には、式(II)の化合物について、その「グルコシダーゼ阻害効果」を合理的に予測可能であることを査証する記載は、発明の詳細な説明中には、含まれていない。

3)請求項2、3及び6、7
請求項2、3及び6、7が、各々引用する請求項1及び5に関しては、1)及び2)に記載したとおり、明細書の発明の詳細な説明に記載されていない発明を含んでいる。

4)請求項4及び8
請求項4及び8の発明は、請求項1?3及び請求項5?7のいずれか一項に記載される「環状スルホニウム化合物」が有する「グルコシダーゼの糖質分解作用を阻害する効果」を利用する「グルコシダーゼ阻害剤」の発明であると、解釈される。従って、請求項4及び8が引用する請求項1?3及び請求項5?7に関しては、1)?3)に記載したとおり、明細書の発明の詳細な説明に記載されていない発明を含んでいる。

5)むすび
したがって、本件特許の請求項1?8に係る発明に関して、当該特許の明細書の発明の詳細な説明に記載されていない発明を含んでいる。

5-3-2.本件訂正明細書の発明の詳細な説明の記載
本件訂正明細書の発明の詳細な説明には、以下の記載がある。
e)「【0021】
本発明の環状スルホニウム化合物や環状アンモニウム化合物は、マルターゼ、サッカラーゼ、イソマルターゼなどのグルコシダーゼの糖質分解作用を阻害する。すなわち、本発明の環状スルホニウム化合物や環状アンモニウム化合物の存在により、マルターゼ、サッカラーゼなどによる麦芽糖、しょ糖などのブドウ糖への分解が阻害される。従って、本発明の環状スルホニウム化合物や環状アンモニウム化合物は、グルコシダーゼ阻害剤として用いることができる。」

f)「【0036】
実施例3 (50%抑制濃度の測定)
ラット小腸刷子縁膜小胞を用意し、その0.1Mマレイン酸塩緩衝液(pH6.0)中の縣濁液を小腸内α-グルコシダーゼ(マルターゼおよびサッカラーゼ)として使用した。
【0037】
基質としてのショ糖(74mM)または麦芽糖(74mM)溶液0.1mlに、種々の濃度の供試化合物溶液0.05mlを加え、37℃で2?3分間予備加温した。酵素液0.05mlを加えて30分間反応させ、水0.8mlを加え、沸騰水浴中で2分間加熱し、酵素を失活させた。別に、各サンプルについて酵素液を加えた後、直ちに水を加えて沸騰水浴中で2分間加熱し、酵素を失活させたものをブランクとした。生成したD-グルコースの量を、グルコースオキシダーゼ法により測定した。基質および被験サンプルは、0.1Mマレイン酸緩衝液(pH6.0)に溶解して用いた。得られた値より50%阻害濃度(IC_(50))を算出した。
【0038】
【表1】

【0039】
表1の結果より明らかなように、本発明の範囲内である化合物1は、優れたグルコシダーゼ阻害効果を示す。一方、本発明の範囲外である化合物2は、グルコシダーゼ阻害効果を示すものの、その効果は化合物1よりも低い。」

5-3-3.甲第3号証の記載
甲第3号証には、以下の記載がある。





5-3-4.判断
1)について
甲第3号証から引用した上記図の右上端に記載される化合物は、本件訂正発明1の構造式(I)に包含されるものであるところ、この化合物の、マルターゼやサッカラーゼの阻害活性のIC_(50)は、「>1092μM」すなわち1092μMより大きい、とされるものである。一方、甲第3号証から引用した上記図の左下端に記載される化合物a、bは、本件訂正明細書の発明の詳細な説明の実施例1、2で製造した化合物に各々該当する化合物であるところ、これらの化合物の、マルターゼやサッカラーゼの阻害活性のIC_(50)は、それぞれ、化合物aでは15.6μM、3.6μM、化合物bでは14.0μM、3.5μM、である、とされている。そして、IC_(50)が1092μMより大きい、というマルターゼやサッカラーゼに対する阻害活性は、IC_(50)が15.6μM、3.6μM、14.0μM、3.5μMというマルターゼやサッカラーゼに対する阻害活性に比較して著しく小さいものというほかはないから、実質的には、本件訂正明細書にいうα-グルコシダーゼ阻害活性に該当するものとすることができない。
そうすると、本件訂正発明1のうち、構造式(I)で表される環状オニウム化合物が、甲第3号証から引用した上記図の右上端に記載される化合物である場合のものについては、α-グルコシダーゼ阻害剤として有用なものとして本件訂正明細書に記載されているものとすることができない。
したがって、無効理由3における請求人のその余の主張を検討するまでもなく、本件訂正発明1に関して、本件特許は、特許法第36条第6項第1号の規定に違反してなされたものである。

2)について
本件訂正明細書の実施例1、2で製造した化合物は、各々、上記構造式(V)で表される環状スルホニウム化合物、及び、上記構造式(II)で表され、式中のA^(-)がCl^(-)である環状スルホニウム化合物であるから、本件訂正発明5の構造式(II)で表される環状オニウム化合物と、その炭素数及び各不斉炭素原子における立体配置の点で一致するものである。そして、実施例1で製造した化合物すなわち化合物1については、本件訂正明細書の上記f)の記載からみて、その実施例3において、サッカラーゼ及びマルターゼに対するIC_(50)のデータ、及び、グルコシダーゼ阻害効果がある旨が記載されている。また、本件訂正明細書の上記e)の記載によれば、本件訂正明細書の【0021】には、本件訂正発明の環状オニウム化合物は、マルターゼ、サッカラーゼ、イソマルターゼなどのグルコシダーゼの糖質分解作用を阻害し、グルコシダーゼ阻害剤として用いることができる旨が記載されており、加えて、甲第3号証には、上記実施例1で製造した化合物に該当する化合物である上記化合物aについて、サッカラーゼ、マルターゼに対するIC_(50)が、それぞれ、3.6μM、15.6μMであることに加え、イソマルターゼに対するIC_(50)が0.3μMであることが記載されているから、上記化合物aのイソマルターゼに対する阻害活性がサッカラーゼやマルターゼに対する阻害活性と同様か、むしろ大きいことが、甲第3号証から裏付けられているといえる。さらに、実施例2で製造した化合物に該当する化合物である上記化合物bについても、甲第3号証に、サッカラーゼ、マルターゼに対するIC_(50)が、それぞれ、3.5μM、14.0μMであることが記載されているから、上記化合物bのサッカラーゼ、マルターゼに対する阻害活性が上記化合物aのサッカラーゼやマルターゼに対する阻害活性と同様のものであることが、甲第3号証から裏付けられているといえる。これらの事情からみて、本件訂正発明5の構造式(II)で表される環状オニウム化合物については、α-グルコシダーゼ阻害剤として有用なものとして本件訂正明細書に記載されているものとするのが相当である。
したがって、本件訂正発明5に関して、請求人のいう理由により、本件特許が特許法第36条第6項第1号の規定に違反してなされたものであるとすることはできない。

3)について
本件訂正発明2、3は、請求項1に記載の環状オニウム化合物のA^(-)の種類を限定した化合物に関するものであるから、本件訂正明細書の発明の詳細な説明には、本件訂正発明1に関して請求人のいう1)の記載上の不備があるのと同様に、本件訂正発明2、3に関して記載上の不備があることとなり、本件訂正発明2、3に関して、本件特許は、特許法第36条第6項第1号の規定に違反してなされたものである。
一方、本件訂正発明6、7は、請求項5に記載の環状オニウム化合物のA^(-)の種類を限定した化合物に関するものであるから、本件訂正発明6、7に関して請求人のいう1)の記載上の不備はなく、本件訂正発明6、7に関して、請求人のいう3)の理由により、本件特許が特許法第36条第6項第1号の規定に違反してなされたものであるとすることはできない。

4)について
本件訂正発明4は、請求項1?3に記載の環状オニウム化合物を用いたα-グルコシダーゼ阻害剤に関するものであるから、本件訂正発明1?3に関して請求人のいう1)の記載上の不備があるのと同様に、本件訂正発明4に関して記載上の不備があることとなり、本件訂正発明4に関して、本件特許は、特許法第36条第6項第1号の規定に違反してなされたものである。
一方、本件訂正発明8は、請求項5?7に記載の環状オニウム化合物を用いたα-グルコシダーゼ阻害剤に関するものであるから、本件訂正発明8に関して請求人のいう1)の記載上の不備はなく、本件訂正発明8に関して、請求人のいう4)の理由により、本件特許が特許法第36条第6項第1号の規定に違反してなされたものであるとすることはできない。

5)むすび
よって、本件訂正発明1?4に関して、本件特許は、特許法第36条第6項第1号の規定に違反してなされたものであるから、特許法第123条第1項第4号に該当し、無効とすべきものである。その一方、本件訂正発明5?8について、請求人のいう理由により、本件特許が特許法第36条第6項第1号の規定に違反してなされたものであるとすることはできない。

5-4.無効理由4について
5-4-1.無効理由4の要点
請求人が主張する無効理由4の要点は、以下のとおりである。
(請求項1)
請求項1の発明では、式(I)の「環状オニウム化合物」は、S^(+)原子に結合した側鎖に水酸基が結合し、塩を形成する。これに対して、甲第4号証の発明では、「環状オニウム化合物」は、S^(+)原子に結合した側鎖に硫酸エステル基が結合すると共に、両性イオンである点が異なる。
しかしながら、甲第4号証に記載の「環状スルホニウム化合物」に、甲第5号証に記載の「エステル交換反応」を行うことにより、当業者は容易に、環状オニウム化合物を製造することができる。また、得られた式(I)の環状オニウム化合物に、本件の出願時に周知であるイオン交換樹脂による処理を行うことにより、当業者は容易に、環状オニウム化合物の陰イオンを交換することができる。この化合物も式(I)の環状オニウム化合物に相当する。
甲第2号証に記載の「サラシノール類縁体4a」のグリコシダーゼ阻害活性から、式(I)の環状オニウム化合物のグルコシダーゼ阻害活性を十分に予測することができる。また、式(I)の環状オニウム化合物のグルコシダーゼ阻害活性は、本件特許の出願時に公知のサラシノール及びコタラノールに対して優れた効果を示すものではない。

(請求項5)
請求項5の発明では、式(II)の環状オニウム化合物は、S^(+)原子に結合した側鎖に水酸基が結合し、塩を形成する。これに対して、甲第4号証の発明では、サラシノールは、(a)S^(+)原子に結合した側鎖に硫酸エステル基が結合し、(b)両性イオン化合物であり、(c)硫酸エステル基が置換する炭素原子上の立体配置が相違しており、式(II)の環状オニウム化合物の「回転異性体」となっている点が異なる。
しかし、甲第4号証に記載のサラシノールに、甲第5号証に記載の「エステル交換反応」を行うことにより、当業者は容易に、環状オニウム化合物を製造することができる。このサラシノールから製造した環状オニウム化合物は、式(II)の環状オニウム化合物に相当する。また、得られた式(II)の環状オニウム化合物に、本件の出願時に周知であるイオン交換樹脂による処理を行うことにより、当業者は容易に、環状オニウム化合物の陰イオンを交換することができる。この化合物も式(II)の環状オニウム化合物に相当する。
甲第2号証の記載からは、式(II)の環状オニウム化合物のグルコシダーゼ阻害活性を十分に予測することができる。また、式(II)の環状オニウム化合物のグルコシダーゼ阻害活性は、本件特許の出願時に公知のサラシノールに対して優れた効果を示すものではない。

(請求項2、3及び6、7)
請求項1及び5と同様の理由により、当業者は甲第2、4及び5号証から、請求項2、3及び6、7の発明に容易に想到しえるものである。

(請求項5及び8)
甲第2及び第4号証には、サラシノール及びコタラノールが、優れたグルコシダーゼ阻害剤である点が記載されている。このため、当業者は甲第2、4及び5号証から、請求項5及び8の発明に容易に想到しえるものである。
(むすび)
したがって、本件特許の請求項1?8に係る発明は、甲第2号証、甲第4号証および甲第5号証に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものを包含している。

5-4-2.各甲号証の記載
(甲第4号証)
(甲第4号証は英語で記載されているので、訳文で示す。)
1)「1997年に発表された論文で、ヨシカワらは、サラシア・レティキュラタの乾燥した根及び茎から得た水溶性分留物由来の化合物サラシノールの単離を報告した^(1)。ヨシカワらは、以下に示すサラシノールの構造を決定し、α-グルコシダーゼ阻害剤としてその有効性を示した。

サラシノール
(C_(9)H_(18)O_(9)S_(2))

ヨシカワらは、同様にα-グルコシダーゼ阻害剤として有効であることが判明したコタラノールのサラシア・レティキュラタの根及び茎からの単離を後に報告した2。サラシノールのように、コタラノールは、チオ糖スルホニウムイオン及び対イオンを提供する内部硫酸塩を含む。

コタラノール
(C_(12)H_(24)O_(12)S_(2))

コタラノールは、サラシノール及びアカルボースよりもスクラーゼに対して強力な阻害活性を示すことが認められている^(2)。」
(甲第4号証第2ページ第32行?第3ページ第29行)

2)「同じ操作方法を用いて、中間体化合物(22)をエナンチオマー環状硫酸エステル(7)から79%の収量で調製した。前記のように、脱保護により、化合物(23)を59%の収量で得た(スキーム8)。化合物(23)は、サラシノール(1)のジアステレオマーである。

化合物(24)を(7)とエナンチオマーチオ-エーテル(14)から40%の収量で調製した(スキーム9)。80%の収量の脱保護により、サラシノールのエナンチオマー(25)を得た。



(甲第4号証第15ページ第23行?第3ページ第10行)

(甲第5号証)
「c)エステルへの変換.エステル交換反応.アルコーリシス §24・20で論ずる.

・・・
24・20 エステル交換
酸のエステル化反応でアルコールは求核体として作用する.一方エステルの加水分解ではアルコールは求核体で置換される.このことがわかれば,あるアルコールがエステルに結合している別のアルコールを置換することがあっても別に不思議はない.エステルのこのアルコーリシスa)(アルコールによる開裂)をエステル交換b)という.

エステル交換反応は酸(H_(2)SO_(4)または乾燥HCl)または塩基(通常アルコキシドイオン)で触媒される.これら2種の反応機構はすでに述べたものと全く類似なものである.酸触媒エステル交換反応に関しては,

塩基触媒エステル交換反応に関しては,

エステル交換は平衡反応である.平衡を右にずらすためには,望むエステルのアルコールを大過剰に用いるか,反応混合物から生成物の一つを取除く必要がある.後者の方法が可能であれば,この方法が前者の方法よりすぐれたものとなる.つまりこの方法によれば反応を完全に行わせることができるからである.」

5-4-3.判断
甲第4号証には、請求人が「環状スルホニウム化合物」として指摘する、サラシノール、コタラノール、化合物(23)、化合物(25)が記載されている。
本件訂正発明1の化合物を、これら甲第4号証の化合物と比較すると、前者は、S^(+)原子に結合した側鎖上の特定の水酸基に硫酸エステルが結合しているのに対し、後者では、この硫酸エステルが存在せず、代わりに、A^(-)が存在している点で両者は相違する。
この点につき、甲第5号証には、エステル交換反応についての一般的な説明は記載されているものの、上記甲第4号証の化合物にエステル交換反応を施すことにより、新たに、α-グルコシダーゼ阻害活性を有する化合物を創製できることについては、記載も示唆もされていない。してみると、甲第5号証に記載のエステル交換反応についての知見を備える当業者といえども、格別の創意を要することなく上記甲第4号証の化合物からα-グルコシダーゼ阻害活性を有する本件訂正発明1の化合物に到達し得た、とすることはできない。
そうすると、請求人が主張する、甲第2号証に記載の「サラシノール類縁体4a」のグリコシダーゼ阻害活性から式(I)の環状オニウム化合物のグルコシダーゼ阻害活性を十分に予測することができること、の当否や、式(I)の環状オニウム化合物のグルコシダーゼ阻害活性は本件特許の出願時に公知のサラシノール及びコタラノールに対して優れた効果を示すものではないこと、の当否など、本件訂正発明1の効果については検討するまでもなく、本件訂正発明1は、甲第2、4、及び、5号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。同様に、本件訂正発明2?8も、甲第2、4、及び、5号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
したがって、本件訂正発明に関して、請求人のいう理由により、本件特許が特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであるとすることはできない。


第6 むすび
以上のとおり、本件訂正発明1?4の特許は無効理由2及び3によって無効にすべきものであり、本件訂正発明6?8の特許は、無効理由1?4によっては無効にすべきものであるとはいえない。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項で準用する民事訴訟法第61条の規定により、その14分の4を請求人の負担とし、14分の10を被請求人の負担とすべきものである。


よって、結論のとおり審決する。



(参考:第一次審決)

審決
無効2010-800149
東京都港区赤坂1丁目9番20号 第16興和ビル8階
請求人 宮崎 昭夫
東京都港区赤坂1-9-20第16興和ビル8階 わかば国際特許事務所
代理人弁理士 太田 顕学
東京都港区赤坂1-9-20 第十六興和ビル8階 若林国際特許事務所
代理人弁理士 石橋 政幸
東京都港区赤坂1-9-20 第16興和ビル8階 わかば国際特許事務所
代理人弁理士 池田 直俊
大阪府東大阪市小若江3丁目4番1号
被請求人 学校法人 近畿大学
大阪府大阪市中央区城見1丁目3番7号 IMPビル 青山特許事務所
代理人弁理士 田村 恭生
大阪府大阪市中央区城見1丁目3番7号 IMPビル 青山特許事務所
代理人弁理士 鮫島 睦
大阪府大阪市中央区城見1-3-7 IMPビル 青山特許事務所
代理人弁理士 品川 永敏
大阪府大阪市中央区城見1-3-7 IMPビル23階 青山特許事務所
代理人弁理士 森本 靖

上記当事者間の特許第4486792号発明「環状オニウム化合物およびグルコシダーゼ阻害剤」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。

結 論
訂正を認める。
特許第4486792号の請求項1、2、4ないし7に係る発明についての特許を無効とする。
特許第4486792号の請求項3に係る発明についての審判請求は、成り立たない。
審判費用は、その7分の1を請求人の負担とし、7分の6を被請求人の負担とする。

第1 手続の経緯
本件特許第4486792号の特許請求の範囲の請求項1?7に係る発明は、その出願が平成15年6月12日になされ、平成22年4月2日に特許権の設定登録がなされた。
これに対して、請求人から、平成22年8月31日付け審判請求書によって、上記請求項1?7に係る発明の特許を無効にすることについて、本件特許無効審判が請求され、平成22年11月12日付けで被請求人から答弁書及び訂正請求書が提出された。そして、平成23年2月4日に行われた第1回口頭審理において、請求人からは平成23年1月21日付け口頭審理陳述要領書のとおりの陳述がなされ、被請求人からは平成23年2月4日付け口頭審理陳述要領書のとおりの陳述がなされた。


第2 訂正請求
上記訂正請求書による訂正請求の趣旨、及び、訂正の内容は、上記訂正請求書の記載によれば、それぞれ以下のとおりのものである。

2-1.訂正請求の趣旨
特許第4486792号の明細書(以下、「本件特許明細書という。」)を訂正請求書に添付した訂正明細書(以下、「本件訂正明細書という。」)のとおり訂正することを求める。

2-2.訂正の内容
訂正事項a
本件特許明細書の特許請求の範囲の請求項6の
「請求項1ないし請求項5のいずれかに記載の環状オニウム化合物を用いることを特徴とするグルコシダーゼ阻害剤。」なる記載を、
「請求項1ないし請求項5のいずれか1項に記載の環状オニウム化合物を用いることを特徴とするα-グルコシダーゼ阻害剤。」と訂正する。

訂正事項b
本件特許明細書の特許請求の範囲の請求項7の
「請求項6に記載のグルコシダーゼ阻害剤を含有することを特徴とする抗糖尿病剤または抗糖尿病食品。」なる記載を、
「請求項6に記載のα-グルコシダーゼ阻害剤を含有することを特徴とする抗糖尿病剤または抗糖尿病食品。」と訂正する。

2-3.訂正の適否の判断
訂正事項a、bに係る訂正は、いずれも、特許請求の範囲についてする訂正であって、「グルコシダーゼ阻害剤」を、「α-グルコシダーゼ阻害剤」と訂正するものであるということができる。そして、これらの訂正は、「グルコシダーゼ阻害剤」を、その一つであるといえる「α-グルコシダーゼ阻害剤」に限定するものであるので、特許請求の範囲の減縮に該当し、特許法第134条の2第1項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものである。さらに、本件特許明細書の実施例3についての以下の記載
「実施例3 (50%抑制濃度の測定)
ラット小腸刷子縁膜小胞を用意し、その0.1Mマレイン酸塩緩衝液(pH6.0)中の縣濁液を小腸内α-グルコシダーゼ(マルターゼおよびサッカラーゼ)として使用した。・・・得られた値より50%阻害濃度(IC_(50))を算出した。
【0038】
【表1】
・・・
表1の結果より明らかなように、本発明の範囲内である化合物1は、優れたグルコシダーゼ阻害効果を示す。」(段落【0036】?【0040】)からみて、本件特許明細書には、グルコシダーゼの一つとして、α-グルコシダーゼが記載されているものといえるから、訂正事項a、bに係る訂正は、いずれも、本件特許明細書に記載した事項の範囲内においてするものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもないから、特許法第134条の2第5項において準用する同法第126条第3項及び第4項の規定に適合するものである。
したがって、上記訂正請求書による訂正は、特許法第134条の2第1項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものであり、同法同条第5項において準用する同法第126条第3項及び第4項に規定する要件に適合するものであるので、当該訂正を認める。


第3 本件訂正発明
上記訂正の結果、本件特許第4486792号の特許請求の範囲の請求項1?7に係る発明(以下、順に、「本件訂正発明1」?「本件訂正発明7」といい、併せて「本件訂正発明」ともいう。)は、本件訂正明細書の特許請求の範囲の請求項1?7に記載された事項により特定される、次のとおりのものである。
「【請求項1】
下記の構造式(I)で表されることを特徴とする環状オニウム化合物。
【化1】

(式中、A^(-)は陰イオンを表し、mは1?6の整数を表す。)
【請求項2】
mが2または5であることを特徴とする請求項1に記載の環状オニウム化合物。
【請求項3】
下記の構造式(II)で表されることを特徴とする環状オニウム化合物。
【化2】

(式中、A^(-)は、陰イオンを表す。)
【請求項4】
A^(-)が、ハロゲンイオン、ルイス酸イオン、R^(1)-SO_(3)^(-)(式中、R^(1)は、炭素数1から4のアルキル基またはハロゲン化アルキル基を表す。)およびR^(2)-OSO_(3)^(-)(式中、R^(2)は、炭素数1から4のアルキル基を表す。)から選ばれることを特徴とする請求項1ないし請求項3のいずれか1項に記載の環状オニウム化合物。
【請求項5】
A^(-)が、CH_(3)-OSO_(3)^(-)またはCl^(-)であることを特徴とする請求項4に記載の環状オニウム化合物。
【請求項6】
請求項1ないし請求項5のいずれか1項に記載の環状オニウム化合物を用いることを特徴とするα-グルコシダーゼ阻害剤。
【請求項7】
請求項6に記載のα-グルコシダーゼ阻害剤を含有することを特徴とする抗糖尿病剤または抗糖尿病食品。」


第4 当事者の主張、及び、提出した証拠方法
4-1.請求人の主張する無効理由、及び、提出した証拠方法
請求人が提出した審判請求書及び口頭審理陳述要領書によれば、請求人は、「特許第4486792号発明の特許請求の範囲の請求項1?7に記載された発明についての特許を無効とする、審判費用は被請求人の負担とする」との審決を求め、その理由として、以下の無効理由1?4を主張し、証拠方法として、甲第1?10号証を提出している。

(無効理由1)特許法第36条第6項第2号(特許法第123条第1項第4号)
本件特許の請求項1?4、6及び7に係る発明について、特許請求の範囲の記載は、発明を明確に記載しておらず、当該特許の特許請求の範囲の記載は特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしておらず、本件特許は、特許法第123条第1項第4号に該当し、無効とすべきである。

(無効理由2)特許法第36条第4項第1号(特許法第123条第1項第4号)
本件特許の請求項1?7に係る発明について、発明の詳細な説明には、請求項1?7に係る発明を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されていないから、当該特許の明細書の発明の詳細な説明の記載は特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしておらず、本件特許は、特許法第123条第1項第4号に該当し、無効とすべきである。

(無効理由3)特許法第36条第6項第1号(特許法第123条第1項第4号)
本件特許の請求項1?7に係る発明に関して、当該特許の明細書の発明の詳細な説明に記載されていない発明を含んでおり、当該特許の特許請求の範囲の記載は特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしておらず、本件特許は、特許法第123条第1項第4号に該当し、無効とすべきである。

(無効理由4)特許法第29条第2項(特許法第123条第1項第2号)
本件特許の請求項1?7に係る発明は、甲第2号証(特開2002-179673号公報)、甲第4号証(国際公開第01/49674号パンフレット)、及び甲第5号証(モリソン・ボイド 有機化学(中))に基づき、当業者が容易に想到可能な発明を包含しており、本件特許の請求項1?7に係る発明は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができず、本件特許は、特許法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきである。

(証拠方法)
甲第1号証 岩波 生物学辞典 第2版 305頁
甲第2号証 特開2002-179673号公報
甲第3号証 参考資料「化学構造の相違と薬効について」
甲第4号証 国際公開第01/49674号パンフレット
甲第5号証 モリソン・ボイド 有機化学(中) 第5版 1098頁、1106頁?1107頁
(以上、審判請求書に添付。)
甲第6号証 化学大辞典 8、765頁右欄下から8行?766頁右欄4行
甲第7号証 無糖系飲料大全 2001、133-135頁
甲第8号証 森下仁丹株式会社 ホームページ
甲第9号証 特開平11-49692号公報
甲第10号証 特開2010-202597号公報
(以上、口頭審理陳述要領書に添付。)

4-2.被請求人の主張、及び、提出した証拠方法
被請求人が提出した答弁書及び口頭審理陳述要領書によれば、被請求人は、「本件無効審判の請求は成り立たない。審判費用は請求人の負担とする。」との審決を求め、その理由として、「審判請求人の主張はいずれも失当であるか、または同日付提出の訂正請求による請求項の減縮により、最早当てはまらず、訂正後の請求項1乃至7に係る本件特許発明は、いわゆる特許法第36条第6項第2号、同法同条第4項第1号、および同法同条第6項第1号に規定する記載要件を充分満たすものであり、また特許法第29条第2項の進歩性を否定されるものでもなく、従って審判請求人の主張する無効理由は全くなく、特許法第123条第1項第2および4号のいずれにも該当しない」点を主張し、証拠方法として、乙第1?8号証を提出している。

(証拠方法)
乙第1号証 湯浅 英哉ら著、有機化学合成協会誌、Vol.60,No.8,2002,46-54頁
乙第2号証 Biochemistry,2010,49,p443-451
乙第3号証 Heterocycles,Vol.75,No.6,2008,p1397-1405
乙第4号証 Bioorganic Medicinal Chemistry,15,(2007),p3926-3937
(以上、答弁書に添付。)
乙第5号証 新実験化学講座1、基本操作I、社団法人 日本化学会編、丸善株式会社発行、内表紙、465、473頁、および奥付
乙第6号証 G.Tanabe,O.Muraoka,M.Yosikawa et al.,Bioorg.Med.Chem.Lett.,2009,19,p2195-2198
乙第7号証 大学院有機化学(下)、岩村ら編、株式会社 講談社発行、内表紙、684?695頁、および奥付
乙第8号証 マクマリー有機化学(下)第7版、J.McMurry著、伊藤ら訳、株式会社 東京化学同人発行、内表紙、976?977頁、および奥付
(以上、口頭審理陳述要領書に添付。)


第5 当審の判断
当審は、本件訂正発明1、2、4?7の特許は無効理由2及び3によって無効にすべきものであり、本件訂正発明3の特許は、無効理由1?4によっては無効にすべきものであるとはいえない、と判断する。その理由は、以下のとおりである。
5-1.無効理由1について
5-1-1.無効理由1の要点
請求人が主張する無効理由1の要点は、以下のとおりである。
1)請求項1?3
請求項1?3に記載の発明特定事項のうち、「A^(-)は陰イオンを表し」または「A^(-)は、陰イオンを表す」について、「陰イオン」の種類に関して、何らの規定もされてなく、従って、発明の外延が不明瞭である。
更に、構造式(I)で表される「環状オニウム化合物」とは、「単一の化合物」のみを意味するのか、「混合物」をも意味するか、明瞭な規定がなされてなく、従って、発明の外延が不明瞭である。

2)請求項4
請求項4に記載の発明特定事項のうち、「ハロゲンイオン」、「ルイス酸イオン」の種類に関して、何らの具体的に規定もされてなく、従って、発明の外延が不明瞭である。

3)請求項6
請求項6が引用する「請求項1?請求項4」に関しては、1)及び2)に記載したように、その発明の外延が不明瞭である。
また、請求項6に記載の発明特定事項のうち、「グルコシダーゼ阻害剤」について、該阻害剤の対象とする「グルコシダーゼ」とは、「α-グルコシダーゼ」と「β-グルコシダーゼ」のいずれをも包含するか、否かに関して、不明瞭であり、また、「α-グルコシダーゼ」(I型?V型)の全てを意味すると、一義的に理解されるものでもない。

4)請求項7
請求項7が引用する「請求項1?請求項4」及び「請求項6」に関しては、1)?3)に記載したように、その発明の外延が不明瞭である。
更に、請求項7に記載の発明特定事項のうち、「糖尿病」とは、「1型糖尿病」と「2型糖尿病」のいずれをも包含するか、否かに関して、不明瞭である。

5)むすび
したがって、本件特許の請求項1?4、6および7に係る発明について、その特許請求の範囲の記載は、発明の構成を明確に記載していない。

5-1-2.本件訂正明細書の特許請求の範囲の記載
本件訂正明細書の特許請求の範囲の請求項1?7の記載は、上記「第3 本件訂正発明」で引用したとおりのものである。

5-1-3.判断
1)について
「陰イオン」とは、負に帯電した原子又は原子団(化学大辞典編集委員会編、化学大辞典1 縮刷版第22刷、昭和53年発行、共立出版株式会社、第547?548頁「イオン」の項より)のことであり、該原子又は原子団の種類は問わないものと解釈されるから、その意味するところは明確である。
また、本件訂正明細書の特許請求の範囲の請求項1?3の記載は、構造式(I)又は同(II)で表される環状オニウム化合物個々のものの集合を意味し、それらの混合物を包含するものではない、と解釈することが妥当であり、請求人のいう「混合物」をも意味するものと解釈すべき理由はない。

2)について
ハロゲンとは、周期表第VII族の元素のうちフッ素、塩素、臭素、ヨウ素、アスタチンの5元素の総称(化学大辞典編集委員会編、化学大辞典7 縮刷版第22刷、昭和53年発行、共立出版株式会社、第216頁「ハロゲン」の項より)のことであり、「ハロゲンイオン」とは、該ハロゲンがイオンになったものと解釈され、その意味するところは明確である。
また、ルイス酸は電子対受容体であり、ルイス酸は電子対を受容してイオンになる(中西香爾ほか訳、モリソンボイド有機化学(上) 第3版第4刷、1979年発行、株式会社東京化学同人、第45頁より)とされていることから、「ルイス酸イオン」は、電子対を受容してイオンになったルイス酸のことを意味するものと解釈され、その意味するところは明確である。

3)について
上述のように、請求項1?請求項4の記載に、請求人が指摘する不明確な点は見いだせない。
また、「α-グルコシダーゼ」とは、非還元末端に存在するα-D-グルコシド結合を加水分解するエキソグリコシダーゼの総称(今堀和友ほか監修、生化学辞典(第2版)、第2版第7刷、1996年発行、株式会社東京化学同人、第391頁「α-グルコシダーゼ」の項より)のことであり、その意味するところは明確である。

4)について
上述のように、請求項1?請求項4及び請求項6の記載に、請求人が指摘する不明確な点は見いだせない。
また、「糖尿病」とは、「持続的な高血糖・糖尿を呈する代謝疾患。」(新村出編、広辞苑第5版第1刷、1998年発行、岩波書店より)のことであり、その意味するところは明確である。

5)むすび
したがって、本件訂正明細書の特許請求の範囲の請求項1?4、6及び7の記載には、請求人が指摘するような記載上の不備はないから、請求人のいう理由により、本件特許が特許法第36条第6項第2号の規定に違反してなされたものであるとすることはできない。

5-2.無効理由2について
5-2-1.無効理由2の要点
請求人が主張する無効理由2の要点は、以下のとおりである。
1)請求項1?3
1-1)構造式(I)で表される「環状オニウム化合物」は、m=1?6の各場合において分子内に存在する各不斉炭素原子における立体配置の相違に起因する、種々の立体異性体の全てを包含する。そして、該種々の立体異性体の発明を容易に実施するためには、該種々の立体異性体全てについて、その入手方法が、発明の詳細な説明に開示される必要がある。しかしながら、本件の明細書中には、構造式(I)の「環状オニウム化合物」に含まれる全ての化合物については、その入手方法が開示されていない。

1-2)本件の明細書中、段落【0016】には、「本発明の環状オニウム化合物の製造方法は、特に限定されないが、例えば、サラシノールなどを加溶媒分解することにより、本発明の環状オニウム化合物を得ることができる。また式(V)の環状スルホニウム化合物については、サラシノールを、塩化水素を溶解したメタノールに加え、40℃程度の温度に保ち加溶媒分解することにより得ることができる。なお、サラシノールの製造方法は、特開2002-179673号公報(特許文献1)などに開示されている。」という記載がある。
該特許文献1(甲第2号証)に記載のサラシノールは、環状スルホニウム化合物の正イオン性の硫黄原子(S^(+))と、硫酸エステルの先端の陰イオン(-OSO_(3)^(-))」が、互いに近接する、以下の立体配置をとる。

これに対し、特許明細書記載の化合物(III)は、該分子内イオン結合が不可能な、以下の立体配置をとる。

そうすると、甲第2号証は化合物(III)の製造方法を開示するものではない。そして、特許明細書の実施例1は化合物(III)を原料としているから、該実施例1は、化合物1や、これを含む構造式(II)の化合物の製造方法を実施可能な程度に開示するものではない。

1-3)特許明細書【0018】の合成ルートの記載は、i)?ix)の各工程の反応条件の一例は記載されているが、各工程で使用される試薬の量、各工程に要する反応時間、各工程における収率、また、各工程で作製される中間体化合物を回収する条件に関しては、全く開示がない。従って、開示される反応条件の一例のみでは、実際に、「式(I)で表され、A^(-)が陰イオンを表し、mは1?6の整数を表す環状スルホニウム化合物」の合成が達成されたことを査証する結果が記載されているとはいえない。

1-4)特許明細書の実施例1で、化合物(V)を立体選択的に回収、単離する方法の開示がない。

1-5)特許明細書には、実施例1の化合物の物性データの記載はあるが、これの立体異性体の物性データとの相違についての記載はないので、両者の判別ができない。

2)請求項4及び5
請求項4及び5が引用する「請求項1?請求項3」に関しては、1)に記載したとおり、発明の詳細な説明には、本件発明を容易に実施できる程度に、十分な開示がなされていない。
更に、請求項4については、本件明細書の段落【0017】?【0020】に記述される「合成ルート」によって、実際に、「式(II)で表され、A^(-)がCZ_(3)SO_(3)^(-)(式中、ZはHまたはハロゲンを表す。)である環状スルホニウム化合物」の合成が達成されたことを査証する結果は記載されていない。

3)請求項6及び7
請求項6及び7が引用する「請求項1?請求項5」に関しては、1)及び2)に記載したとおり、発明の詳細な説明には、本件発明を容易に実施できる程度に、十分な開示がなされてない。

4)むすび
したがって、本件特許の請求項1?7に係る発明について、発明の詳細な説明には、請求項1?7に係る発明を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載していない。

5-2-2.本件訂正明細書の発明の詳細な説明の記載
本件訂正明細書の発明の詳細な説明には、以下の記載がある。
a)「【0007】
【課題を解決するための手段】
すなわち本発明は、下記の構造式(I)で表されることを特徴とする環状オニウム化合物を提供するものである。
【化4】

(式中、A^(-)は陰イオンを表し、mは1?6の整数を表し、nは0または1を表し、X^(+)はS^(+)またはN^(+)Qを表し、ここでQは、Hまたは炭素数1から4のアルキル基を表す。)
【0008】
本発明は、さらに、上記の構造式(I)の環状オニウム化合物の、より好ましい具体的態様である環状オニウム化合物も提供するものである。特に好ましい態様として、下記構造式(II)で表される環状スルホニウム化合物を提供する。
【化5】



b)「【0003】
例えば、特開2002-179673号公報(特許文献1)の請求項8などには、グルコシダーゼ阻害作用を有する化合物として、下記構造式(III)で表される環状スルホニウム化合物が開示されている。
【化3】

一方、Tetrahedron Letters, Vol.38, No.48. pp.8367-8370(1997)(非特許文献1)には、インドの伝統医学で用いられてきた薬用植物のサラシアレティクラータに薬理本態性物質として含まれているサラシノールが、強いグルコシダーゼ阻害剤であることが開示され、さらに該サラシノールの構造式が開示されている。式(III)の環状スルホニウム化合物は、該サラシノールと同様な構造を有し、同様なグルコシダーゼ阻害作用を有するものである。
また、特開2002-51735号公報(特許文献2)などには、サラシノールを含有することを特徴とする抗糖尿病食品が開示されている。」

c)「【0015】
・・・本発明の環状オニウム化合物の中で、グルコシダーゼ阻害剤として特に好ましいものは、下記構図式(V)で表される化合物(または該化合物中のCH_(3)OSO_(3)^(-)がCl^(-)で置換されたもの)である。
【化7】

・・・
実施例1
上記構造式(III)の構造を有するサラシノールの28mg(0.08mmol)を、5%塩化水素含有メタノールの0.6mlに溶解し、40°Cで3時間、反応させることにより上記構造式(V)で表される環状スルホニウム化合物の27mgを得た(収率93%)。この化合物を、化合物1とする。
化合物1について、比旋光度、赤外吸収スペクトル、^(1)H-NMR、^(13)C-NMR、質量分析(FAB(Fast Atom Bombardment)-MSおよびHR-FAB-MS)の測定を行った結果を以下に示す。
・・・
実施例2
実施例1で得られた化合物1の16mg(0.044mmol)と、陽イオン交換樹脂IRA-400(Cl^(-)型)の290mgを、メタノール(0.3ml)および水(0.5ml)の混合溶媒に加え、室温にて12時間撹拌することにより、上記構造式(II)で表され、式中のAがCl^(-)である環状スルホニウム化合物の12.2mgを得た(収率96%)。
この化合物について、比旋光度、赤外吸収スペクトル、^(1)H-NMR、^(13)C-NMR、質量分析(FAB(Fast Atom Bombardment)-MSおよびHR-FAB-MS)の測定を行った結果を以下に示す。」

d)「【0016】
本発明の環状オニウム化合物の製造方法は、特に限定されないが、例えば、サラシノールなどを加溶媒分解することにより、本発明の環状オニウム化合物を得ることができる。
また式(V)の環状スルホニウム化合物については、サラシノールを、塩化水素を溶解したメタノールに加え、40℃程度の温度に保ち加溶媒分解することにより得ることができる。なお、サラシノールの製造方法は、特開2002-179673号公報(特許文献1)などに開示されている。
【0017】
また、イソアスコルビン酸より、下記の合成ルートにより、式(II)で表され、A^(-)がCZ_(3)SO_(3)^(-)(式中、ZはHまたはハロゲンを表す。)である環状スルホニウム化合物を得ることができる。
【0018】
【化8】

【0019】
(式中、Bnはベンジル基を、Etはエチル基を、Tsはパラトルエンスルホニル基を、ZはHまたはハロゲンを表す。)
【0020】
上記の合成ルートのそれぞれの工程における、好ましい条件の例を以下に示す。
i) K_(2)CO_(3)、30%H_(2)O_(2)水溶液、20℃
ii) EtI、CH_(3)CN、還流温度
iii) LiAlH_(4)、THF、室温
iv) BnBr、NaH、DMF、室温
v) EtOH、濃塩酸、室温
vi) TsCl、ピリジン、0℃
vii) NaH、THF、室温
viii) CZ_(3)SO_(3)H(Zは、上記の意味を表す。)、CH_(2)Cl_(2)、室温
ix) Pd/C、H_(2)」

5-2-3.判断
1)について
1-1)について
本件訂正発明1に係る、構造式(I)で表される環状オニウム化合物は、その側鎖部分の炭素数が、mが1?6にわたって選択されるのに応じて、3?8個存在する場合の各化合物を包含するものと解される。また、本件訂正明細書の上記a)の記載からみて、本件訂正明細書の発明の詳細な説明に記載の構造式(I)で表される環状オニウム化合物の、より好ましい態様として、構造式(II)で表される環状オニウム化合物が記載されており、該化合物は、各不斉炭素原子の立体配置が各々特定されているものであるから、これを好ましい態様とする、本件訂正明細書の発明の詳細な説明に記載の構造式(I)で表される環状オニウム化合物は、各不斉炭素原子の立体配置が各々特定されている、種々の光学活性体を包含するものと解される。そして、本件訂正発明1に係る、構造式(I)で表される環状オニウム化合物は、本件訂正明細書の発明の詳細な説明に記載の構造式(I)で表される環状オニウム化合物の範囲を減縮したものに相当するから、やはり、各不斉炭素原子の立体配置が各々特定されている、種々の光学活性体を包含するものと解される。
そこで、本件訂正発明1に係る、構造式(I)で表される環状オニウム化合物を、当業者が、本件訂正明細書の記載、及び、本件特許の出願時の技術常識に基づいて製造することができるか否か、検討する。
まず、本件訂正明細書の上記c)の記載からみて、その実施例1において、構造式(III)の構造を有するサラシノールから構造式(V)で表される化合物1を製造したことが記載され、その実施例2において、化合物1から構造式(II)で表され、式中のA^(-)がCl^(-)(審決注:上記c)の実施例2の記載中、「式中のAがCl^(-)である」は「式中のA^(-)がCl^(-)である」の誤記と認められる。)である環状スルホニウム化合物を製造したことが記載されている。また、本件訂正明細書の上記d)の記載からみて、イソアスコルビン酸から式(II)で表され、A^(-)がCZ_(3)SO_(3)^(-)(式中、ZはHまたはハロゲンを表す。)である環状スルホニウム化合物を得るための合成ルート及び各反応の反応条件が記載されている。そして、これら化合物1、構造式(II)で表され、式中のA^(-)がCl^(-)である化合物、及び、式(II)で表され、A^(-)がCZ_(3)SO_(3)^(-)(式中、ZはHまたはハロゲンを表す。)である環状スルホニウム化合物、という三種の化合物は、いずれも、mが2である場合の炭素数及び上記構造式(II)で示される各不斉炭素原子における立体配置を有するものであり、かつ、それらの炭素数及び各不斉炭素原子における立体配置は、本件訂正発明3に係る、構造式(II)で表される環状オニウム化合物と一致するものである。そうすると、本件訂正発明3に係る、構造式(II)で表される環状オニウム化合物については、炭素数及び各不斉炭素原子における立体配置の点で、当業者が製造することができるように、本件訂正明細書の記載がなされているものということができる。
しかしながら、mが2以外、すなわち、1、3?6である場合か、又は、各不斉炭素原子における立体配置が上記三種の化合物とは異なるものである場合の、本件訂正発明1、2に係る、構造式(I)で表される環状オニウム化合物を製造する方法については、本件訂正明細書には何らの記載も見いだせないし、上記場合の環状オニウム化合物を、当業者が、本件特許の出願時の技術常識に基づいて製造することができるといい得る根拠を見いだすこともできない。
もっとも、この判断について、被請求人は、以下のア.イ.の旨を、答弁書にて主張する。
ア.特許明細書中に、原料である天然物サラシノールを用いて構造式(V)の化合物を得る方法A(実施例1)と、D-イソアスコルビン酸をエポキシド誘導体に変換してチオ糖と反応させ、式(II)(A^(-)=CZ_(3)SO_(3)^(-)、ZはHまたはハロゲンを表す)で示されるネオサラシノール(m=2)を製造する方法B(【0018】の反応スキーム)を開示しており、加えて、方法A中の天然物を別のものに置き代えることにより、また、方法B中の、炭素数4のエポキシド誘導体を炭素数3又は5?8のエポキシドに置き代えることにより、m=1、3?6の特許発明化合物を得られると当業者は推測できる。
イ.本発明者または他の研究グループは、出発原料としてD-グルコース(方法C)またはD-マンニトール(方法D)を用いて、ネオサラシノール以外の脱硫酸エステル体(ネオポンコラノール、ネオコタラノール)を製造することができる方法を開示している。また、当該他の研究グループはエリスリトール様側鎖部分の様々な立体異性体を合成している。
さらに、ア.の点については、以下のウ.の旨を、口頭審理において陳述している。
ウ.各エポキシド誘導体は、市販の単糖類等を出発物質とし、不斉合成の一手法として知られるキラルプール法(乙第7号証)により、製造可能であり、具体的には、炭素数5、6のエポキシド誘導体は、市販の5単糖、6単糖から製造可能であり、炭素数7、8のエポキシド誘導体は、市販の5単糖、6単糖から出発して、増炭反応(乙第8号証)を用いて製造可能である。また、炭素数3のエポキシド誘導体は、2位の立体配置がR、Sの双方のものとも市販されている。
しかしながら、上記方法Aにおいて、原料である天然物サラシノールを別のものに置き代えるにあたり、その別のものを入手する方法が本件特許の出願時の技術常識に属する事柄であるといい得る根拠を見いだせない。(ちなみに、甲第4号証には、上記「別のもの」に該当するであろうコタラノール、化合物(23)、及び、化合物(25)が記載されているが、甲第4号証の記載によって、これらのものが本件特許の出願時の技術常識に属する事柄であるとまではいえないし、これらの化合物以外の上記「別のもの」に該当する化合物については、それを入手する方法が本件特許の出願時の技術常識に属する事柄であるか否か検討する余地のある証拠を見いだすことができない。)また、上記方法Bについてみるに、被請求人が引用する乙第7号証には、糖類がキラルプール法の有用な原料となり得る可能性がある旨の記載、並びに、糖をキラルプールとして用い、プロスタグランジン、その関連化合物、マクロリド、ポリエーテル抗生物質、及び、その他の天然物、を合成する方法についての開示はあるものの、市販の5単糖、6単糖から上記炭素数5、6のエポキシド誘導体を製造する方法についての記載は何ら見いだせないから、かかる乙第7号証によっては、市販の5単糖、6単糖から上記炭素数5、6のエポキシド誘導体を製造する方法が本件特許の出願時の技術常識に属する事柄であるとすることはできない。そうすると、被請求人のア.及びウ.の主張によっても、上記方法A中の天然物を別のものに置き代えることにより、また、上記方法B中の、炭素数4のエポキシド誘導体を炭素数3又は5?8のエポキシドに置き代えることにより、m=1、3?6の場合の、本件訂正発明1に係る構造式(I)で表される環状オニウム化合物を、本件特許の出願時の技術常識に基づいて製造することができるものとすることはできない。また、被請求人がイ.の主張で指摘する方法C、方法D、及び、他の研究グループがエリスリトール様側鎖部分の様々な立体異性体を合成していること、は、いずれも、本件特許の出願後の刊行物に記載されていることであることが、被請求人が答弁書で引用する刊行物の名称から明らかであるから、被請求人のイ.の主張によっても、当審の上記判断は左右されない。
したがって、本件訂正発明1、2に関して、本件特許は、特許法第36条第4項第1号の規定に違反してなされたものであり、その一方、本件訂正発明3に関して、請求人のいう1-1)の理由により、本件特許が特許法第36条第4項第1号の規定に違反してなされたものであるとすることはできない。

1-2)について
請求人が指摘する特許文献1(甲第2号証)に記載のサラシノールは、上記化学構造式を一見すると、本件訂正明細書記載の化合物(III)と立体配置上異なるもののようであるが、化学構造式中、一本線で示される単結合は、一般に、自由に回転することができるものと考えられており(中西香爾ほか訳、モリソンボイド有機化学(上) 第3版第4刷、1979年発行、株式会社東京化学同人、第96頁より)、サラシノールの上記化学構造式において、S^(+)に直接結合する側鎖上の炭素原子と、その炭素原子に結合する炭素原子との間の単結合を半回転させれば、化合物(III)の上記化学構造式と同じものになると解される。そして、特許文献1(甲第2号証)に記載のサラシノールが上記化学構造式で示されるコンホーメーションをとるのであれば、当然に本件訂正明細書記載の化合物(III)も同じコンホーメーションをとるものと解するのが、合理的である。そうすると、サラシノールと化合物(III)の化学構造が立体配置上異なるものであることを前提とする請求人の主張は、採用することができない。
したがって、本件訂正発明1?3に関して、請求人のいう1-2)の理由により、本件特許が特許法第36条第4項第1号の規定に違反してなされたものであるとすることはできない。

1-3)について
1-1)について、で説示したように、mが2以外、すなわち、1、3?6である場合か、又は、各不斉炭素原子における立体配置が上記三種の化合物とは異なるものである場合の、本件訂正発明1に係る、構造式(I)で表される環状オニウム化合物を製造する方法については、本件訂正明細書には何らの記載も見いだせないし、上記場合の環状オニウム化合物を、当業者が、本件特許の出願時の技術常識に基づいて製造することができるといい得る根拠を見いだすこともできないから、本件訂正明細書【0018】記載の合成ルートにおける反応条件の記載について請求人が指摘する点を検討するまでもなく、本件訂正明細書の発明の詳細な説明には、本件訂正発明1、2に関して、請求人のいう、mは1?6の整数を表す環状スルホニウム化合物の合成が達成されたことを査証する結果が記載されているとはいえないという旨の1-3)の記載上の不備があり、本件特許は、特許法第36条第4項第1号の規定に違反してなされたものである。
一方、本件訂正発明3に係る、構造式(II)で表される環状オニウム化合物に関しては、1-1)について、で説示したように、炭素数及び各不斉炭素原子における立体配置の点で、当業者が製造することができるように、本件訂正明細書の記載がなされているものということができる。また、請求人は、A^(-)が陰イオンを・・・表す環状スルホニウム化合物の合成が達成されたことを査証する結果が記載されているとはいえない旨も主張する。そこで検討するに、まず、一般に、酸と塩基を反応させて塩を形成する反応は、酸や塩基の種類を問わず進行しやすい反応であると当業者の間で認識されているものと認められ、特許審査実務上も、特定の有機化合物の任意の塩については、特段の事情がない限り、任意の塩について製造し得ることを示す詳細な記載が明細書になくても、いわゆる実施可能要件を満たすものとされることが通例である。加えて、本件訂正明細書では、その実施例2において、陰イオン交換樹脂(審決注:当該実施例2においては、「陽イオン交換樹脂」との記載が見受けられるが、陰イオン交換樹脂の誤記と認められる。)を用いて、実施例1で製造した化合物1のA^(-)をCH_(3)OSO_(3)^(-)からCl^(-)に変換した実施例が記載されており、この記載に接した当業者であれば、本件特許の出願前から周知・慣用のものである陰イオン交換樹脂を使用して、ある程度の種類の陰イオンへの変換を、実施例1で製造した化合物1においてなし得る、とするのが相当である。(ちなみに、請求人も、後記する無効理由4の主張の中で、「また、得られた式(I)の環状オニウム化合物に、本件の出願時に周知であるイオン交換樹脂による処理を行うことにより、当業者は容易に、環状オニウム化合物の陰イオンを交換することができる。」と述べている。)また、本件訂正明細書【0018】記載の合成ルートの工程ixにおいて、CZ_(3)SO_(3)Hを用いることにより、陰イオンとしてCZ_(3)SO_(3)^(-)を有する目的化合物を製造することが記載されており、この記載に接した当業者であれば、本件特許の出願前から周知・慣用のものである種々の酸を使用して、ある程度の種類の酸由来の陰イオンを有する上記目的化合物を製造し得る、とするのが相当である。この点、請求人は、当該合成ルートの記載は、i)?ix)の各工程の反応条件の一例は記載されているが、各工程で使用される試薬の量、各工程に要する反応時間、各工程における収率、また、各工程で作製される中間体化合物を回収する条件に関しては、全く開示がない旨を指摘するが、これらの反応条件を具体的に設定することは当業者の技術常識に属することと認められるし、最後の工程ixで得られる化合物は、実施例1の目的化合物である化合物1と陰イオン部分以外は同じものなのであるから、実施例1に記載の化合物1の物性データを参考に同定することができるとするのが相当である。そうすると、これらの事情を総合すれば、本件訂正明細書の発明の詳細な説明の記載は、上記A^(-)が陰イオンを表す、という点に関しては、いわゆる実施可能要件を満たすものとするのが相当である。
したがって、本件訂正明細書の発明の詳細な説明には、本件訂正発明1、2に関して、請求人のいう1-3)の記載上の不備があるから、本件特許は、特許法第36条第4項第1号の規定に違反してなされたものであり、その一方、本件訂正発明3に関して、請求人のいう1-3)の理由により、本件特許が特許法第36条第4項第1号の規定に違反してなされたものであるとすることはできない。

1-4)について
請求人は、特許明細書の実施例1で、化合物(V)を立体選択的に回収、単離する方法の開示がない旨を指摘するが、当該実施例1で用いられる反応は、エステルを交換するのみで、不斉炭素原子が反応するものではないから、サラシノールの立体構造は保持されたままであると認められ、そうであれば、生成する化合物1は、光学活性な化合物(V)のみであると認められるから、これを立体選択的に回収、単離する必要はない、というべきである。
したがって、本件訂正発明1?3に関して、請求人のいう1-4)の理由により、本件特許が特許法第36条第4項第1号の規定に違反してなされたものであるとすることはできない。

1-5)について
請求人は、特許明細書には、実施例1の化合物の物性データの記載はあるが、これの立体異性体の物性データとの相違についての記載はないので、両者の判別ができない旨を指摘するが、1-4)について、で説示したように、実施例1で生成する化合物1は、光学活性な化合物(V)のみであると認められるから、立体異性体の物性データとの相違について記載し、上記両者の判別ができるようにする必要はない、というべきである。
したがって、本件訂正発明1?3に関して、請求人のいう1-5)の理由により、本件特許が特許法第36条第4項第1号の規定に違反してなされたものであるとすることはできない。

2)請求項4及び5について
本件訂正発明4、5は、請求項1?請求項3に記載の環状オニウム化合物のA^(-)の種類を限定した化合物に関するものであるから、本件訂正明細書の発明の詳細な説明には、特許請求の範囲の請求項1、2に記載される発明に関して請求人のいう1-1)の記載上の不備があるのと同様に、本件訂正発明4、5に関して記載上の不備があることとなり、本件訂正明細書【0018】記載の合成ルートの記載について請求人が指摘する点を検討するまでもなく、本件訂正発明4、5に関して、本件特許は、特許法第36条第4項第1号の規定に違反してなされたものである。

3)請求項6及び7について
本件訂正発明6、7は、請求項1?請求項5に記載の環状オニウム化合物を用いたα-グルコシダーゼ阻害剤や、該α-グルコシダーゼ阻害剤を用いた抗糖尿病剤または抗糖尿病食品に関するものであるから、本件訂正明細書の発明の詳細な説明には、特許請求の範囲の請求項1、2に記載される発明に関して請求人のいう1-1)の記載上の不備があるのと同様に、本件訂正発明6、7に関して記載上の不備があることとなり、本件訂正発明6、7に関して、本件特許は、特許法第36条第4項第1号の規定に違反してなされたものである。

4)むすび
よって、本件訂正発明1、2、4?7に関して、本件特許は、特許法第36条第4項第1号の規定に違反してなされたものであるから、特許法第123条第1項第4号に該当し、無効とすべきものである。その一方、本件訂正発明3に関して、請求人のいう理由により、本件特許が特許法第36条第4項第1号の規定に違反してなされたものであるとすることはできない。

5-3.無効理由3について
5-3-1.無効理由3の要点
請求人が主張する無効理由3の要点は、以下のとおりである。
1)請求項1及び2
本件特許の請求項1に記載の「環状オニウム化合物」の発明に包含される、種々の「立体配置」を有する全ての「立体異性体」について、実際に、上記の「発明の目的」を達成するに十分な「グルコシダーゼ阻害効果」を有することを、予測可能な程度に、「グルコシダーゼ阻害効果」を査証した結果を記載することが必要である。一方、異なる「立体異性体」の間では、全く異なる「グルコシダーゼ阻害効果」を示すものであり、類似した「立体異性体」の「立体構造」から、その「グルコシダーゼ阻害効果」を予測することはできない。
しかしながら、本件明細書には、上記多数の「立体異性体」の中で、実施例3で示した(化合物1)の「立体異性体」の「マルターゼ」と「サッカラーゼ」に対する阻害活性、IC_(50)値が記載されているに過ぎない。仮に、甲第3号証に示された結果を参酌するとしても、わずかに4つの「立体異性体」のIC_(50)値が記載されているに過ぎない。従って、式(I)の化合物に含まれる全ての「立体異性体」について、「実施例3」に記載された結果に基づき、その「グルコシダーゼ阻害効果」を合理的に予測可能であることを査証する記載は、発明の詳細な説明中には、全く含まれていない。また、甲第3号証に記載された以下の(A)?(C)の化合物

はサラシノールよりも、「マルターゼ」と「サッカラーゼ」に対するIC_(50)が大きな値となっており、サラシノールと比べてグルコシダーゼ阻害活性が低下することを示している。特に、(B)の化合物は、「マルターゼ」および「サッカラーゼ」に対するIC_(50)が、サラシノールと比べてそれぞれ110倍以上および430倍以上も低下している。
加えて、式(I)に含まれる全ての「立体異性体」について、「イソマルターゼ阻害効果」を有すること、ならびに、その「イソマルターゼ阻害効果」の程度を、予測可能な程度に「グルコシダーゼ阻害効果」を査証した結果が記載されていない。

2)請求項3
1)に記載したのと同様の理由により、本件の明細書には、式(II)の化合物について、その「グルコシダーゼ阻害効果」を合理的に予測可能であることを査証する記載は、発明の詳細な説明中には、含まれていない。

3)請求項4及び5
請求項4及び5が引用する「請求項1?請求項3」に関しては、1)及び2)に記載したとおり、明細書の発明の詳細な説明に記載されていない発明を含んでいる。

4)請求項6
請求項6の発明は、「請求項1?請求項5」のいずれか一項に記載される「環状スルホニウム化合物」が有する「グルコシダーゼの糖質分解作用を阻害する効果」を利用する「グルコシダーゼ阻害剤」の発明であると、解釈される。従って、請求項6が引用する「請求項1?請求項5」に関しては、1)?3)に記載したとおり、明細書の発明の詳細な説明に記載されていない発明を含んでいる。
また、仮に、該阻害剤の対象とする「グルコシダーゼ」とは、「α-グルコシダーゼ」と「β-グルコシダーゼ」のいずれをも包含すると判断される場合には、利用される「請求項1?請求項5」のいずれか一項に記載される「環状スルホニウム化合物」は、「α-グルコシダーゼの糖質分解作用を阻害する効果」ならびに「β-グルコシダーゼの糖質分解作用を阻害する効果」を有することを、予測可能な程度に、「グルコシダーゼ阻害効果」を査証した結果を記載することが必要である。

5)請求項7
請求項7に記載の発明は、「請求項1?請求項5」のいずれか一項に記載される請求項6が有する「グルコシダーゼの糖質分解作用を阻害する効果」を利用する「グルコシダーゼ阻害剤」を配合している「抗糖尿病剤または抗糖尿病食品」の発明であると、解釈される。従って、請求項7が引用する「請求項1?請求項6」に関しては、1)?4)に記載したとおり、明細書の発明の詳細な説明に記載されていない発明を含んでいる。
更に、本件の明細書中に、少なくとも、経口的に腸内に投与される「グルコシダーゼ阻害剤」が、実際に、所謂、「インシュリン依存型糖尿病」で代表される「1型糖尿病」に対しても、その治療薬あるいは予防薬としての有用性を有することを合理的に示唆する記述は含まれていない。従って、明細書中には、経口的に腸内に投与される「グルコシダーゼ阻害剤」を含有してなる、「1型糖尿病」を対象とする「抗糖尿病剤または抗糖尿病食品」の発明は開示されていないと見做すべきものである。

6)むすび
したがって、本件特許の請求項1?7に係る発明に関して、当該特許の明細書の発明の詳細な説明に記載されていない発明を含んでいる。

5-3-2.本件訂正明細書の発明の詳細な説明の記載
本件訂正明細書の発明の詳細な説明には、以下の記載がある。
e)「【0021】
本発明の環状スルホニウム化合物や環状アンモニウム化合物は、マルターゼ、サッカラーゼ、イソマルターゼなどのグルコシダーゼの糖質分解作用を阻害する。すなわち、本発明の環状スルホニウム化合物や環状アンモニウム化合物の存在により、マルターゼ、サッカラーゼなどによる麦芽糖、しょ糖などのブドウ糖への分解が阻害される。従って、本発明の環状スルホニウム化合物や環状アンモニウム化合物は、グルコシダーゼ阻害剤として用いることができる。」

f)「【0036】
実施例3 (50%抑制濃度の測定)
ラット小腸刷子縁膜小胞を用意し、その0.1Mマレイン酸塩緩衝液(pH6.0)中の縣濁液を小腸内α-グルコシダーゼ(マルターゼおよびサッカラーゼ)として使用した。
【0037】
基質としてのショ糖(74mM)または麦芽糖(74mM)溶液0.1mlに、種々の濃度の供試化合物溶液0.05mlを加え、37℃で2?3分間予備加温した。酵素液0.05mlを加えて30分間反応させ、水0.8mlを加え、沸騰水浴中で2分間加熱し、酵素を失活させた。別に、各サンプルについて酵素液を加えた後、直ちに水を加えて沸騰水浴中で2分間加熱し、酵素を失活させたものをブランクとした。生成したD-グルコースの量を、グルコースオキシダーゼ法により測定した。基質および被験サンプルは、0.1Mマレイン酸緩衝液(pH6.0)に溶解して用いた。得られた値より50%阻害濃度(IC_(50))を算出した。
【0038】
【表1】

【0039】
表1の結果より明らかなように、本発明の範囲内である化合物1は、優れたグルコシダーゼ阻害効果を示す。一方、本発明の範囲外である化合物2は、グルコシダーゼ阻害効果を示すものの、その効果は化合物1よりも低い。」

5-3-3.甲第3号証の記載
甲第3号証には、以下の記載がある。




5-3-4.判断
1)について
甲第3号証から引用した上記図の右上端に記載される化合物は、本件訂正発明1、2の構造式(I)に包含されるものであるところ、この化合物の、マルターゼやサッカラーゼの阻害活性のIC_(50)は、「>1092μM」すなわち1092μMより大きい、とされるものである。一方、甲第3号証から引用した上記図の左下端に記載される化合物a、bは、本件訂正明細書の発明の詳細な説明の実施例1、2で製造した化合物に各々該当する化合物であるところ、これらの化合物の、マルターゼやサッカラーゼの阻害活性のIC_(50)は、それぞれ、化合物aでは15.6μM、3.6μM、化合物bでは14.0μM、3.5μM、である、とされている。そして、IC_(50)が1092μMより大きい、というマルターゼやサッカラーゼに対する阻害活性は、IC_(50)が15.6μM、3.6μM、14.0μM、3.5μMというマルターゼやサッカラーゼに対する阻害活性に比較して著しく小さいものというほかはないから、実質的には、本件訂正明細書にいうα-グルコシダーゼ阻害活性に該当するものとすることができない。
そうすると、本件訂正発明1、2のうち、構造式(I)で表される環状オニウム化合物が、甲第3号証から引用した上記図の右上端に記載される化合物である場合のものについては、α-グルコシダーゼ阻害剤として有用なものとして本件訂正明細書に記載されているものとすることができない。
したがって、無効理由3における請求人のその余の主張を検討するまでもなく、本件訂正発明1、2に関して、本件特許は、特許法第36条第6項第1号の規定に違反してなされたものである。

2)について
本件訂正明細書の実施例1、2で製造した化合物は、各々、上記構造式(V)で表される環状スルホニウム化合物、及び、上記構造式(II)で表され、式中のA^(-)がCl^(-)である環状スルホニウム化合物であるから、本件訂正発明3の構造式(II)で表される環状オニウム化合物と、その炭素数及び各不斉炭素原子における立体配置の点で一致するものである。そして、実施例1で製造した化合物すなわち化合物1については、本件訂正明細書の上記f)の記載からみて、その実施例3において、サッカラーゼ及びマルターゼに対するIC_(50)のデータ、及び、グルコシダーゼ阻害効果がある旨が記載されている。また、本件訂正明細書の上記e)の記載によれば、本件訂正明細書の【0021】には、本件訂正発明の環状オニウム化合物は、マルターゼ、サッカラーゼ、イソマルターゼなどのグルコシダーゼの糖質分解作用を阻害し、グルコシダーゼ阻害剤として用いることができる旨が記載されており、加えて、甲第3号証には、上記実施例1で製造した化合物に該当する化合物である上記化合物aについて、サッカラーゼ、マルターゼに対するIC_(50)が、それぞれ、3.6μM、15.6μMであることに加え、イソマルターゼに対するIC_(50)が0.3μMであることが記載されているから、上記化合物aのイソマルターゼに対する阻害活性がサッカラーゼやマルターゼに対する阻害活性と同様か、むしろ大きいことが、甲第3号証から裏付けられているといえる。さらに、実施例2で製造した化合物に該当する化合物である上記化合物bについても、甲第3号証に、サッカラーゼ、マルターゼに対するIC_(50)が、それぞれ、3.5μM、14.0μMであることが記載されているから、上記化合物bのサッカラーゼ、マルターゼに対する阻害活性が上記化合物aのサッカラーゼやマルターゼに対する阻害活性と同様のものであることが、甲第3号証から裏付けられているといえる。これらの事情からみて、本件訂正発明3の構造式(II)で表される環状オニウム化合物については、α-グルコシダーゼ阻害剤として有用なものとして本件訂正明細書に記載されているものとするのが相当である。
したがって、本件訂正発明3に関して、請求人のいう理由により、本件特許が特許法第36条第6項第1号の規定に違反してなされたものであるとすることはできない。

3)について
本件訂正発明4、5は、請求項1?請求項3に記載の環状オニウム化合物のA^(-)の種類を、上記甲第3号証から引用した上記図の右上端に記載される化合物が有するCH_(3)-OSO_(3)^(-)などに限定した化合物に関するものであるから、本件訂正明細書の発明の詳細な説明には、本件訂正発明1、2に関して請求人のいう1)の記載上の不備があるのと同様に、本件訂正発明4、5に関して記載上の不備があることとなり、本件訂正発明4、5に関して、本件特許は、特許法第36条第6項第1号の規定に違反してなされたものである。

4)、5)について
本件訂正発明6、7は、請求項1?請求項5に記載の環状オニウム化合物を用いたα-グルコシダーゼ阻害剤や、該α-グルコシダーゼ阻害剤を用いた抗糖尿病剤または抗糖尿病食品に関するものであるから、本件訂正明細書の発明の詳細な説明には、本件訂正発明1、2に関して請求人のいう1)の記載上の不備があるのと同様に、本件訂正発明6、7に関して記載上の不備があることとなり、本件訂正発明6、7に関して、本件特許は、特許法第36条第6項第1号の規定に違反してなされたものである。

6)むすび
よって、本件訂正発明1、2、4?7に関して、本件特許は、特許法第36条第6項第1号の規定に違反してなされたものであるから、特許法第123条第1項第4号に該当し、無効とすべきものである。その一方、本件訂正発明3について、請求人のいう理由により、本件特許が特許法第36条第6項第1号の規定に違反してなされたものであるとすることはできない。

5-4.無効理由4について
5-4-1.無効理由4の要点
請求人が主張する無効理由4の要点は、以下のとおりである。
(請求項1及び2)
請求項1、2の発明では、式(I)の「環状オニウム化合物」は、S^(+)原子に結合した側鎖に水酸基が結合し、塩を形成する。これに対して、甲第4号証の発明では、「環状オニウム化合物」は、S^(+)原子に結合した側鎖に硫酸エステル基が結合すると共に、両性イオンである点が異なる。
しかしながら、甲第4号証に記載の「環状スルホニウム化合物」に、甲第5号証に記載の「エステル交換反応」を行うことにより、当業者は容易に、環状オニウム化合物を製造することができる。また、得られた式(I)の環状オニウム化合物に、本件の出願時に周知であるイオン交換樹脂による処理を行うことにより、当業者は容易に、環状オニウム化合物の陰イオンを交換することができる。この化合物も式(I)の環状オニウム化合物に相当する。
甲第2号証に記載の「サラシノール類縁体4a」のグリコシダーゼ阻害活性から、式(I)の環状オニウム化合物のグルコシダーゼ阻害活性を十分に予測することができる。また、式(I)の環状オニウム化合物のグルコシダーゼ阻害活性は、本件特許の出願時に公知のサラシノール及びコタラノールに対して優れた効果を示すものではない。

(請求項3)
請求項3の発明では、式(II)の環状オニウム化合物は、S^(+)原子に結合した側鎖に水酸基が結合し、塩を形成する。これに対して、甲第4号証の発明では、サラシノールは、(a)S^(+)原子に結合した側鎖に硫酸エステル基が結合し、(b)両性イオン化合物であり、(c)硫酸エステル基が置換する炭素原子上の立体配置が相違しており、式(II)の環状オニウム化合物の「回転異性体」となっている点が異なる。
しかし、甲第4号証に記載のサラシノールに、甲第5号証に記載の「エステル交換反応」を行うことにより、当業者は容易に、環状オニウム化合物を製造することができる。このサラシノールから製造した環状オニウム化合物は、式(II)の環状オニウム化合物に相当する。また、得られた式(II)の環状オニウム化合物に、本件の出願時に周知であるイオン交換樹脂による処理を行うことにより、当業者は容易に、環状オニウム化合物の陰イオンを交換することができる。この化合物も式(II)の環状オニウム化合物に相当する。
甲第2号証の記載からは、式(II)の環状オニウム化合物のグルコシダーゼ阻害活性を十分に予測することができる。また、式(II)の環状オニウム化合物のグルコシダーゼ阻害活性は、本件特許の出願時に公知のサラシノールに対して優れた効果を示すものではない。

(請求項4及び5)
請求項1?3と同様の理由により、当業者は甲第2、4及び5号証から、請求項4及び5の発明に容易に想到しえるものである。

(請求項6および7)
甲第2及び第4号証には、サラシノール及びコタラノールが、優れたグルコシダーゼ阻害剤である点が記載されている。このため、当業者は甲第2、4及び5号証から、請求項6及び7の発明に容易に想到しえるものである。

(むすび)
したがって、本件特許の請求項1?7に係る発明は、甲第2号証、甲第4号証および甲第5号証に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものを包含している。

5-4-2.各甲号証の記載
(甲第4号証)
(甲第4号証は英語で記載されているので、訳文で示す。)
1)「1997年に発表された論文で、ヨシカワらは、サラシア・レティキュラタの乾燥した根及び茎から得た水溶性分留物由来の化合物サラシノールの単離を報告した^(1)。ヨシカワらは、以下に示すサラシノールの構造を決定し、α-グルコシダーゼ阻害剤としてその有効性を示した。

サラシノール
(C_(9)H_(18)O_(9)S_(2))
ヨシカワらは、同様にα-グルコシダーゼ阻害剤として有効であることが判明したコタラノールのサラシア・レティキュラタの根及び茎からの単離を後に報告した^(2)。サラシノールのように、コタラノールは、チオ糖スルホニウムイオン及び対イオンを提供する内部硫酸塩を含む。

コタラノール
(C_(12)H_(24)O_(12)S_(2))
コタラノールは、サラシノール及びアカルボースよりもスクラーゼに対して強力な阻害活性を示すことが認められている^(2)。」
(甲第4号証第2ページ第32行?第3ページ第29行)

2)「同じ操作方法を用いて、中間体化合物(22)をエナンチオマー環状硫酸エステル(7)から79%の収量で調製した。前記のように、脱保護により、化合物(23)を59%の収量で得た(スキーム8)。化合物(23)は、サラシノール(1)のジアステレオマーである。

化合物(24)を(7)とエナンチオマーチオ-エーテル(14)から40%の収量で調製した(スキーム9)。80%の収量の脱保護により、サラシノールのエナンチオマー(25)を得た。


(甲第4号証第15ページ第23行?第3ページ第10行)

(甲第5号証)
「c)エステルへの変換.エステル交換反応.アルコーリシス §24・20で論ずる.

・・・
24・20 エステル交換
酸のエステル化反応でアルコールは求核体として作用する.一方エステルの加水分解ではアルコールは求核体で置換される.このことがわかれば,あるアルコールがエステルに結合している別のアルコールを置換することがあっても別に不思議はない.エステルのこのアルコーリシス^(a))(アルコールによる開裂)をエステル交換^(b))という.

エステル交換反応は酸(H_(2)SO_(4)または乾燥HCl)または塩基(通常アルコキシドイオン)で触媒される.これら2種の反応機構はすでに述べたものと全く類似なものである.酸触媒エステル交換反応に関しては,

塩基触媒エステル交換反応に関しては,

エステル交換は平衡反応である.平衡を右にずらすためには,望むエステルのアルコールを大過剰に用いるか,反応混合物から生成物の一つを取除く必要がある.後者の方法が可能であれば,この方法が前者の方法よりすぐれたものとなる.つまりこの方法によれば反応を完全に行わせることができるからである.」

5-4-3.判断
甲第4号証には、請求人が「環状スルホニウム化合物」として指摘する、サラシノール、コタラノール、化合物(23)、化合物(25)が記載されている。
本件訂正発明1の化合物を、これら甲第4号証の化合物と比較すると、前者は、S^(+)原子に結合した側鎖上の特定の水酸基に硫酸エステルが結合しているのに対し、後者では、この硫酸エステルが存在せず、代わりに、A^(-)が存在している点で両者は相違する。
この点につき、甲第5号証には、エステル交換反応についての一般的な説明は記載されているものの、上記甲第4号証の化合物にエステル交換反応を施すことにより、新たに、α-グルコシダーゼ阻害活性を有する化合物を創製できることについては、記載も示唆もされていない。してみると、甲第5号証に記載のエステル交換反応についての知見を備える当業者といえども、格別の創意を要することなく上記甲第4号証の化合物からα-グルコシダーゼ阻害活性を有する本件訂正発明1の化合物に到達し得た、とすることはできない。
そうすると、請求人が主張する、甲第2号証に記載の「サラシノール類縁体4a」のグリコシダーゼ阻害活性から式(I)の環状オニウム化合物のグルコシダーゼ阻害活性を十分に予測することができること、の当否や、式(I)の環状オニウム化合物のグルコシダーゼ阻害活性は本件特許の出願時に公知のサラシノール及びコタラノールに対して優れた効果を示すものではないこと、の当否など、本件訂正発明1の効果については検討するまでもなく、本件訂正発明1は、甲第2、4、及び、5号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。同様に、本件訂正発明2?7も、甲第2、4、及び、5号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
したがって、本件訂正発明に関して、請求人のいう理由により、本件特許が特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであるとすることはできない。


第6 むすび
以上のとおり、本件訂正発明1、2、4?7の特許は無効理由2及び3によって無効にすべきものであり、本件訂正発明3の特許は、無効理由1?4によっては無効にすべきものであるとはいえない。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項で準用する民事訴訟法第61条の規定により、その7分の1を請求人の負担とし、7分の6を被請求人の負担とすべきものである。


よって、結論のとおり審決する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
環状オニウム化合物およびグルコシダーゼ阻害剤
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】下記の構造式で表されることを特徴とする環状オニウム化合物。
【化1】

(式中、A^(-)は陰イオンを表す。)
【請求項2】A^(-)が、ハロゲンイオン、ルイス酸イオン、R^(1)-SO_(3)^(-)(式中、R^(1)は、炭素数1から4のアルキル基またはハロゲン化アルキル基を表す。)およびR^(2)-OSO_(3)^(-)(式中、R^(2)は、炭素数1から4のアルキル基を表す。)から選ばれることを特徴とする請求項1に記載の環状オニウム化合物。
【請求項3】A^(-)が、CH_(3)-OSO_(3)^(-)またはCl^(-)であることを特徴とする請求項2に記載の環状オニウム化合物。
【請求項4】請求項1ないし請求項3のいずれか1項に記載の環状オニウム化合物を用いることを特徴とするα-グルコシダーゼ阻害剤。
【請求項5】下記の構造式(II)で表されることを特徴とする環状オニウム化合物。
【化2】

(式中、A^(-)は陰イオンを表す。)
【請求項6】A^(-)が、ハロゲンイオン、ルイス酸イオン、R^(1)-SO_(3)^(-)(式中、R^(1)は、炭素数1から4のアルキル基またはハロゲン化アルキル基を表す。)およびR^(2)-OSO_(3)^(-)(式中、R^(2)は、炭素数1から4のアルキル基を表す。)から選ばれることを特徴とする請求項5に記載の環状オニウム化合物。
【請求項7】A^(-)が、CH_(3)-OSO_(3)^(-)またはCl^(-)であることを特徴とする請求項6に記載の環状オニウム化合物。
【請求項8】請求項5ないし請求項7のいずれか1項に記載の環状オニウム化合物を用いることを特徴とするα-グルコシダーゼ阻害剤。
【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、新規な環状オニウム化合物に関するものである。より具体的には、グルコシダーゼの糖質分解作用を阻害するグルコシダーゼ阻害剤として有用な環状スルホニウム化合物および環状アンモニウム化合物、ならびにそれを用いるグルコシダーゼ阻害剤に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
糖質分解酵素であるグルコシダーゼの糖質分解作用を阻害する物質、グルコシダーゼ阻害剤を用いることにより、腸内などにおける糖分の消化吸収を抑制できる。そこで、糖尿病の治療薬あるいは予防薬としての、グルコシダーゼ阻害剤の有用性が期待されている。このような、グルコシダーゼ阻害剤に用いられる化合物の例として、チアシクロペンタン誘導体、チアシクロヘキサン誘導体などの、硫黄原子が3価の価数を示す環状スルホニウム化合物が知られている。
【0003】
例えば、特開2002-179673号公報(特許文献1)の請求項8などには、グルコシダーゼ阻害作用を有する化合物として、下記構造式(III)で表される環状スルホニウム化合物が開示されている。
【化3】

一方、Tetrahedron Letters,Vol.38,No.48.pp.8367-8370(1997)(非特許文献1)には、インドの伝統医学で用いられてきた薬用植物のサラシアレティクラータに薬理本態性物質として含まれているサラシノールが、強いグルコシダーゼ阻害剤であることが開示され、さらに該サラシノールの構造式が開示されている。式(III)の環状スルホニウム化合物は、該サラシノールと同様な構造を有し、同様なグルコシダーゼ阻害作用を有するものである。
また、特開2002-51735号公報(特許文献2)などには、サラシノールを含有することを特徴とする抗糖尿病食品が開示されている。
【0004】
【特許文献1】
特開2002-179673号公報(請求項8)
【特許文献2】
特開2002-51735号公報(段落番号0008など)
【非特許文献1】
Tetrahedron Letters,Vol.38,No.48.pp.8367-8370(1997)
【0005】
【発明が解決しようとする課題】
本発明は、サラシノールなどの公知のグルコシダーゼ阻害剤と同様な、またはより優れたグルコシダーゼ阻害効果を有する環状スルホニウム化合物および環状アンモニウム化合物を提供することを目的とする。
【0006】
本発明者は、種々の環状スルホニウム化合物および環状アンモニウム化合物について鋭意検討を行った結果、特定の構造を有するチアシクロペンタン誘導体またはチアシクロヘキサン誘導体である新規の環状スルホニウム化合物や、特定構造の環状アンモニウム化合物が、優れたグルコシダーゼ阻害効果を有することを見出し、本発明を完成した。
【0007】
【課題を解決するための手段】
すなわち本発明は、下記の構造式(I)で表されることを特徴とする環状オニウム化合物を提供するものである。
【化4】

(式中、A^(-)は陰イオンを表し、mは1?6の整数を表し、nは0または1を表し、X^(+)はS^(+)またはN^(+)Qを表し、ここでQは、Hまたは炭素数1から4のアルキル基を表す。)
【0008】
本発明は、さらに、上記の構造式(I)の環状オニウム化合物の、より好ましい具体的態様である環状オニウム化合物も提供するものである。特に好ましい態様として、下記構造式(II)で表される環状スルホニウム化合物を提供する。
【化5】

【0009】
本発明は、また、前記の環状オニウム化合物を含有することを特徴とするグルコシダーゼ阻害剤および、該グルコシダーゼ阻害剤を含有することを特徴とする抗糖尿病剤または抗糖尿病食品をも提供するものである。
【0010】
【発明の実施の形態】
以下、本発明をより詳細に説明する。
上記の構造式(I)で表される環状オニウム化合物には、X^(+)がS^(+)である環状スルホニウム化合物、およびX^(+)がN^(+)Qである環状アンモニウム化合物が含まれる。ここでQは、Hまたは炭素数1?4のアルキル基を表す。
X^(+)としては、S^(+)またはN^(+)Hが好ましく、中でもS^(+)がより好ましい。すなわち、構造式(I)で表される環状オニウム化合物としては、環状スルホニウム化合物が好ましい。
【0011】
当該環状スルホニウム化合物には、式(I)におけるnが0のチアシクロペンタン誘導体、およびnが1のチアシクロヘキサン誘導体が含まれる。
また、構造式(I)中のmは、1?6の整数を表すが、mとしては2または5が好ましい。
【0012】
中でも、mが2であり、nが0であり、X^(+)がS^(+)であるチアシクロペンタン誘導体、すなわち下記の構造式(IV)で表される環状スルホニウム化合物が好ましいものとして例示される。
【化6】

(式中、A^(-)は、陰イオンを表す。)
【0013】
式(IV)で表される環状スルホニウム化合物の中でも、上記の構造式(II)で表される環状スルホニウム化合物が、すぐれたグルコシダーゼ阻害効果を有し、特に好ましい。
【0014】
式(I)、(II)および(IV)において、A^(-)で表される陰イオンとしては、F^(-)、Cl^(-)、Br^(-)、I^(-)などのハロゲンイオン、BF_(4)^(-)などのルイス酸イオン、R^(1)-SO_(3)^(-)、R^(1)-CO_(2)^(-)(式中、R^(1)は炭素数1から4のアルキル基またはハロゲン化アルキル基を表す。)やR^(2)-OSO_(3)^(-)(式中、R^(2)は炭素数1から4のアルキル基を表す。)、リン酸イオンおよびClO_(4)^(-)が例示される。
【0015】
上記例示されたものの中でも、ハロゲンイオン、ルイス酸イオン、R^(1)-SO_(3)^(-)およびR^(2)-OSO_(3)^(-)から選ばれたものが好ましい。より好ましくは、R^(2)-OSO_(3)^(-)またはCl^(-)であり、特に好ましくはCH_(3)OSO_(3)^(-)またはCl^(-)である。すなわち、本発明の環状オニウム化合物の中で、グルコシダーゼ阻害剤として特に好ましいものは、下記構図式(V)で表される化合物(または該化合物中のCH_(3)OSO_(3)^(-)がCl^(-)で置換されたもの)である。
【化7】

【0016】
本発明の環状オニウム化合物の製造方法は、特に限定されないが、例えば、サラシノールなどを加溶媒分解することにより、本発明の環状オニウム化合物を得ることができる。
また式(V)の環状スルホニウム化合物については、サラシノールを、塩化水素を溶解したメタノールに加え、40℃程度の温度に保ち加溶媒分解することにより得ることができる。なお、サラシノールの製造方法は、特開2002-179673号公報(特許文献1)などに開示されている。
【0017】
また、イソアスコルビン酸より、下記の合成ルートにより、式(II)で表され、A^(-)がCZ_(3)SO_(3)^(-)(式中、ZはHまたはハロゲンを表す。)である環状スルホニウム化合物を得ることができる。
【0018】
【化8】

【0019】
(式中、Bnはベンジル基を、Etはエチル基を、Tsはパラトルエンスルホニル基を、ZはHまたはハロゲンを表す。)
【0020】
上記の合成ルートのそれぞれの工程における、好ましい条件の例を以下に示す。
i) K_(2)CO_(3)、30%H_(2)O_(2)水溶液、20℃
ii) EtI、CH_(3)CN、還流温度
iii) LiAlH_(4)、THF、室温
iv) BnBr、NaH、DMF、室温
v) EtOH、濃塩酸、室温
vi) TsCl、ピリジン、0℃
vii) NaH、THF、室温
viii) CZ_(3)SO_(3)H(Zは、上記の意味を表す。)、CH_(2)Cl_(2)、室温
ix) Pd/C、H_(2)
【0021】
本発明の環状スルホニウム化合物や環状アンモニウム化合物は、マルターゼ、サッカラーゼ、イソマルターゼなどのグルコシダーゼの糖質分解作用を阻害する。すなわち、本発明の環状スルホニウム化合物や環状アンモニウム化合物の存在により、マルターゼ、サッカラーゼなどによる麦芽糖、しょ糖などのブドウ糖への分解が阻害される。従って、本発明の環状スルホニウム化合物や環状アンモニウム化合物は、グルコシダーゼ阻害剤として用いることができる。
【0022】
また、本発明の環状スルホニウム化合物や環状アンモニウム化合物を、服用すれば、そのグルコシダーゼ阻害作用により、腸内におけるマルターゼ、サッカラーゼなどのグルコシダーゼによる糖質の分解作用が阻害される。その結果、糖質の腸管からの消化吸収を抑えることができる。従って、本発明の環状スルホニウム化合物や環状アンモニウム化合物からなるグルコシダーゼ阻害剤を含有する薬剤、食品は、抗糖尿病剤、抗糖尿病食品、ダイエット食品などとして優れた効果を発揮することができる。
【0023】
【実施例】
以下本発明を、実施例を用いてより具体的に説明するが、実施例は本発明の範囲を制限するものではない。
【0024】
実施例1
上記構造式(III)の構造を有するサラシノールの28mg(0.08mmol)を、5%塩化水素含有メタノールの0.6mlに溶解し、40°Cで3時間、反応させることにより上記構造式(V)で表される環状スルホニウム化合物の27mgを得た(収率93%)。この化合物を、化合物1とする。
化合物1について、比旋光度、赤外吸収スペクトル、^(1)H-NMR、^(13)C-NMR、質量分析(FAB(Fast Atom Bombardment)-MSおよびHR-FAB-MS)の測定を行った結果を以下に示す。
【0025】
[α]_(D)^(20)+3.6(c=1.08,CH_(3)OH)
IR(neat):3321,1420,1207cm^(-1)
【0026】
^(1)H-NMR(CD_(3)OD)(化学シフト):3.60(1H,m),3.62(1H,dd,J=12.9,5.2Hz,H-4’a),3.67(3H,s,CH_(3)OSO_(3)^(-)),3.68(1H,dd,J=12.9,4.6Hz,H-4’b),3.72(1H,dd,J=13.2,8.9Hz,H-1’a),3.84(1H,dd,J=13.2,3.2Hz,H-1’b),3.85(1H,dd,J=12.6,2.0Hz,H-1a),3.87(1H,dd,J=12.6,2.0Hz,H-1b),3.92(1H,dd,J=10.3,8.9Hz,H-5a),4.01(1H,br dd,J=8.9,5.2Hz,H-4),4.05(1H,dd,J=10.3,5.2Hz,H-5b),4.08(1H,ddd,J=8.9,5.7,3.2Hz,H-2’),4.37(1H,br d-like,J=1.5Hz,H-3),4.62(1H,br d-like,J=2.0Hz,H-2)
【0027】
^(13)C-NMR(CD_(3)OD)(化学シフト):51.8(C-1’),52.0(C-1),55.2(CH_(3)OSO_(3)^(-)),61.0(C-5),64.0(C-4’),69.6(C-2’),73.7(C-4),75.3(C-3’),79.4(C-2),79.5(C-3)
【0028】
FAB-MS m/z:255[M-CH_(3)OSO_(3)]^(+)(pos.),111[CH_(3)OSO_(3)]^(-)(neg.)
HR-FAB-MS m/z:255.0912(C_(9)H_(19)O_(6)S requires 255.0903)
【0029】
実施例2
実施例1で得られた化合物1の16mg(0.044mmol)と、陽イオン交換樹脂IRA-400(Cl^(-)型)の290mgを、メタノール(0.3ml)および水(0.5ml)の混合溶媒に加え、室温にて12時間撹拌することにより、上記構造式(II)で表され、式中のAがCl^(-)である環状スルホニウム化合物の12.2mgを得た(収率96%)。
この化合物について、比旋光度、赤外吸収スペクトル、^(1)H-NMR、^(13)C-NMR、質量分析(FAB(Fast Atom Bombardment)-MSおよびHR-FAB-MS)の測定を行った結果を以下に示す。
【0030】
[α]_(D)^(20)+5.9(c=0.8,CH_(3)OH)
IR(neat):3325,1420,1076cm^(-1)
^(1)H-NMR(CD_(3)OD)(化学シフト):3.60(1H,m),3.62(1H,dd,J=12.9,5.2Hz,H-4’a),3.68(1H,dd,J=12.9,5.7Hz,H-4’b),3.73(1H,dd,J=13.2,8.9Hz,H-1’a),3.84(1H,dd,J=13.2,3.2Hz,H-1’b),3.85(1H,dd,J=12.6,2.3Hz,H-1a),3.87(1H,dd,J=12.6,2.3Hz,H-1b),3.92(1H,dd,J=10.3,8.6Hz,H-5a),4.01(1H,br dd,J=8.6,5.5Hz,H-4),4.05(1H,dd,J=10.3,5.5Hz,H-5b),4.08(1H,ddd,J=8.9,6.3,3.2Hz,H-2’),4.37(1H,br d-like,J=1.5Hz,H-3),4.62(1H,br d-like,J=2.3Hz,H-2)
【0031】
^(13)C-NMR(CD_(3)OD)(化学シフト):51.8(C-1’),52.1(C-1),61.0(C-5),64.0(C-4’),69.6(C-2’),73.7(C-4),75.3(C-3’),79.4(C-2),79.5(C-3)
FAB-MS m/z:255[M-Cl]^(+)(pos.)
HR-FAB-MS m/z:255.0915(C_(9)H_(19)O_(6)S requires 255.0903)
【0032】
参考合成例1
下記構造式(F)で表されるトリ-O-ベンジルチオ糖の5.0g(11.6mmol)と、金属ナトリウムの1.1g(46.5mmol)を、約60mlの液体アンモニアと30mlのテトラヒドロフランとの混合溶媒に加え、-70?-60°Cの反応温度で1時間撹拌し、下記構造式(G)で表される化合物の1.3gを得た(収率74%)。
【化9】

(式中、Bnはベンジル基を表す。)
【化10】

【0033】
得られた構造式(G)で表される化合物の500mg(3.3mmol)、四フッ素化ホウ酸銀の708mg(3.6mmol)およびヨウ化メチルの0.3mlを、約60mlの液体アンモニアと30mlのテトラヒドロフランとの混合溶媒に加え、室温にて、22時間撹拌し反応を行った。その結果、下記構造式(VI)で表される化合物の779mgが得られた(収率91%)。この化合物を化合物2とする。化合物2は、メチル基の立体配置の異なるジアステレオマーの混合物であった(α:β=約3.2:1.0)。
【化11】

この化合物2について、比旋光度、赤外吸収スペクトル、^(1)H-NMR、^(13)C-NMR、質量分析(FAB(Fast Atom Bombardment)-MSおよびHR-FAB-MS)の測定を行った結果を以下に示す。
【0034】
[α]_(D)^(23)-6.64(c=1.25 in H_(2)O)
^(1)H-NMR(500MHz,CD_(3)OD)major:(化学シフト)3.09(3H,s),3.70(1H,dd,J=3.4,12.6Hz),3.84(1H,dd,J=2.3,12.6Hz),3.83-3.87(1H,m),3.90(1H,dd,J=9.8,11.5Hz),4.03(1H,dd,J=4.9,11.5Hz),4.36(1H,br d-like),4.64(1H,br dt-like,J=2.3,3.4Hz).minor:(化学シフト)3.13(3H,s),3.45(1H,br d,J=13.8Hz),3.45(1H,br d,J=4.0,13.8Hz),4.09(1H,t,J=10.6,10.6Hz),4.12(1H,ddd,J=2.3,3.8,10.6Hz),4.21(1H,dd,J=3.8,10.6Hz),4.39(1H,br d-like),4.57(1H,dt,J=2.0,2.2,4.0Hz)
【0035】
^(13)C-NMR(125MHz,CD_(3)OD)major:(化学シフト)28.7(q),51.5(t),60.9(t),74.3(d),79.5(d),80.0(d).minor:(化学シフト)21.6(q),48.8(t),58.8(t),67.9(d),80.1(d),80.2(d)
HR-FAB-MS m/z:165.0581(C_(6)H_(13)O_(3)S requires 165.0585)
【0036】
実施例3(50%抑制濃度の測定)
ラット小腸刷子縁膜小胞を用意し、その0.1Mマレイン酸塩緩衝液(pH6.0)中の縣濁液を小腸内α-グルコシダーゼ(マルターゼおよびサッカラーゼ)として使用した。
【0037】
基質としてのショ糖(74mM)または麦芽糖(74mM)溶液0.1mlに、種々の濃度の供試化合物溶液0.05mlを加え、37℃で2?3分間予備加温した。酵素液0.05mlを加えて30分間反応させ、水0.8mlを加え、沸騰水浴中で2分間加熱し、酵素を失活させた。別に、各サンプルについて酵素液を加えた後、直ちに水を加えて沸騰水浴中で2分間加熱し、酵素を失活させたものをブランクとした。生成したD-グルコースの量を、グルコースオキシダーゼ法により測定した。基質および被験サンプルは、0.1Mマレイン酸緩衝液(pH6.0)に溶解して用いた。得られた値より50%阻害濃度(IC_(50))を算出した。
【0038】
【表1】

【0039】
表1の結果より明らかなように、本発明の範囲内である化合物1は、優れたグルコシダーゼ阻害効果を示す。一方、本発明の範囲外である化合物2は、グルコシダーゼ阻害効果を示すものの、その効果は化合物1よりも低い。
【0040】
【発明の効果】
本発明の環状オニウム化合物は、優れたグルコシダーゼ阻害効果を有する。従って、本発明の環状スルホニウム化合物、環状アンモニウム化合は、優れたグルコシダーゼ阻害剤として用いることができる。また、本発明の環状スルホニウム化合物、環状アンモニウム化合を含有させることにより、優れた抗糖尿病剤抗糖尿病食品、ダイエット食品などを得ることができる。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
審理終結日 2012-04-26 
結審通知日 2012-05-08 
審決日 2012-05-22 
出願番号 特願2003-167786(P2003-167786)
審決分類 P 1 113・ 121- YA (C07D)
P 1 113・ 536- YA (C07D)
P 1 113・ 537- YA (C07D)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 荒木 英則  
特許庁審判長 内田 淳子
特許庁審判官 前田 佳与子
内藤 伸一
登録日 2010-04-02 
登録番号 特許第4486792号(P4486792)
発明の名称 環状オニウム化合物およびグルコシダーゼ阻害剤  
代理人 森本 靖  
代理人 田村 恭生  
代理人 品川 永敏  
代理人 太田 顕学  
代理人 森本 靖  
代理人 鮫島 睦  
代理人 石橋 政幸  
代理人 品川 永敏  
代理人 田村 恭生  
代理人 池田 直俊  
代理人 鮫島 睦  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ