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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 F16D
審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 F16D
管理番号 1262457
審判番号 不服2011-20883  
総通号数 154 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2012-10-26 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2011-09-28 
確定日 2012-08-30 
事件の表示 特願2008-156667号「湿式摩擦材」拒絶査定不服審判事件〔平成21年4月2日出願公開、特開2009-68689号〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、特許法第41条に基づく優先権主張を伴う平成20年6月16日(優先日:平成19年8月20日、出願番号:特願2007-213406号)の出願であって、 平成23年7月20日付けで拒絶査定がされ、これに対し、平成23年9月28日に拒絶査定不服審判の請求がされるとともに、その審判の請求と同時に明細書及び特許請求の範囲を補正する手続補正がなされたものである。

第2 平成23年9月28日付けの手続補正についての補正却下の決定
[補正却下の決定の結論]
平成23年9月28日付けの手続補正を却下する。

[理由]
1 補正後の本願発明
平成23年9月28日付けの手続補正(以下、「本件補正」という。)により、特許請求の範囲の請求項1は、次のように補正された。
「摩擦材基材が平板リング形状の芯金に前記平板リング形状に沿ってセグメントピースに切断され、全周両面若しくは全周片面に接着されて隣り合う前記セグメントピース相互の間隙によって半径方向に複数の油溝が形成されてなるセグメントタイプ摩擦材の湿式摩擦材であって、
前記複数の油溝に挟まれた前記セグメントピースの外周側両角部の一方または両方をR加工または面取り加工によって削除し、前記セグメントピースの削除された前記外周側によって形成される前記油溝の外周開口部の幅が前記油溝の最も細い部分の4倍以上にすることで、
前記セグメントタイプ摩擦材の内周側から前記潤滑油の供給がないときには、前記外周側から前記潤滑油が供給され、前記セグメントピースの削除された部分で前記潤滑油が堰き止められ、前記セグメントピースの表面に前記潤滑油が溢れ出して前記セグメントタイプ摩擦材とセパレータプレートとの間隔を確保して前記セグメントタイプ摩擦材のみが円滑に空転自在となり、
また、前記セグメントタイプ摩擦材の内周側から前記潤滑油の供給があるときには、前記セグメントピースの外周側の削除により、前記セグメントタイプ摩擦材の外周に前記潤滑油による油溜まりの発生が阻止されて引き摺りトルクを低減することを特徴とする湿式摩擦材。」(なお、下線部は補正箇所を示す。)
上記補正は、補正前の請求項1に記載された発明を特定するために必要な事項である「前記セグメントタイプ摩擦材が回転することにより、前記セグメントタイプ摩擦材の外周に溜まる潤滑油との相互作用によって発生する引き摺りトルクを、前記複数の油溝に挟まれた前記セグメントピースの外周側両角部の一方または両方または外周側全域をR加工または面取り加工によって削除し、前記セグメントピースの外周側を削除した周方向の長さが、前記外周側を削除した前記セグメントピースを挟む複数の油溝の外周開口部の幅の一以上が前記油溝の最も細い部分の4倍以上になるように設けられたこと」との事項を、「前記複数の油溝に挟まれた前記セグメントピースの外周側両角部の一方または両方をR加工または面取り加工によって削除し、前記セグメントピースの削除された前記外周側によって形成される前記油溝の外周開口部の幅が前記油溝の最も細い部分の4倍以上にすることで、前記セグメントタイプ摩擦材の内周側から前記潤滑油の供給がないときには、前記外周側から前記潤滑油が供給され、前記セグメントピースの削除された部分で前記潤滑油が堰き止められ、前記セグメントピースの表面に前記潤滑油が溢れ出して前記セグメントタイプ摩擦材とセパレータプレートとの間隔を確保して前記セグメントタイプ摩擦材のみが円滑に空転自在となり、また、前記セグメントタイプ摩擦材の内周側から前記潤滑油の供給があるときには、前記セグメントピースの外周側の削除により、前記セグメントタイプ摩擦材の外周に前記潤滑油による油溜まりの発生が阻止されて引き摺りトルクを低減すること」と限定したものであり、かつ、補正後の請求項1に記載された発明は、補正前の請求項1に記載された発明と、産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるので、上記補正は、特許法第17条の2第5項第2号に規定された特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
そこで、本件補正後の請求項1に記載された発明(以下、「本願補正発明」という。)が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか(平成23年法律第63号改正附則第2条第18項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第5項の規定に適合するか)について以下に検討する。

2 引用例
原査定の拒絶の理由に引用された、本願の優先日前に頒布された刊行物である特開2005-69411号公報(以下、「引用例」という。)には、「油中に浸した状態で対向面に高圧力をかけることによってトルクを得る湿式摩擦材」(段落【0001】)に関して、図面とともに次の事項が記載されている。
ア 「【0003】
一例として、自動車等の自動変速機には湿式油圧クラッチが用いられており、複数枚のセグメントタイプ摩擦材と複数枚のセパレータプレートとを交互に重ね合わせ、油圧で両プレートを圧接してトルク伝達を行うようになっており、非締結状態から締結状態に移行する際に生じる摩擦熱の吸収や摩擦材の摩耗防止等の理由から、両プレートの間に潤滑油(Automatic Transmission Fluid,自動変速機潤滑油、以下「ATF」とも略する。)を供給している。しかし、油圧クラッチの応答性を高めるためにセグメントタイプ摩擦材とセパレータプレートとの距離は小さく設定されており、また油圧クラッチの締結時のトルク伝達容量を充分に確保するために、セグメントタイプ摩擦材上に占める油通路の総面積は制約を受ける。この結果、油圧クラッチの非締結時にセグメントタイプ摩擦材とセパレータプレートとの間に残留する潤滑油が排出され難くなり、両プレートの相対回転によって潤滑油による引き摺りトルクが発生するという問題があった。」
イ 「【0005】
しかしながら、上記特許文献1に記載の技術においては、半径方向の油通路が細くしかも平行であり、これに対して図7に示されるように従来のセグメントタイプ摩擦材において、半径方向の油通路の外周開口部aと内周開口部bの溝幅比(a/b)と引き摺りトルク低減率との関係を試験したところ、溝幅比(a/b)=1.0即ち平行の場合には約30%のトルク低減率しかなく、溝幅比(a/b)=3.0,4.0の場合の半分の効果しか得られなかった。図7は従来のセグメントタイプ摩擦材における外内溝幅比と引き摺りトルク低減率との関係を示す図である。しかも特許文献1に記載の技術においては、小さく切断したセグメントピースを内外二段に接着しており、製造に手間がかかってコストアップするにも関わらず、充分な潤滑油による引き摺りトルクの低減が成されていないという問題点があった。
【0006】
さらに、図6に示されるように、従来のセグメントタイプ摩擦材において、セグメントピース(外内周Rの大きさが同じ)の外内周Rの大きさと引き摺りトルク低減率との関係を試験したところ、R=80mm以下の時に充分な引き摺りトルクの低減が成されることが分かった。図6は従来のセグメントタイプ摩擦材における外内周Rの大きさと引き摺りトルク低減率との関係を示す図である。しかし、従来のセグメントタイプは、その構造上、AT内の潤滑油量が比較的多い部位、あるいはATFが抜け難い(溜まり易い)部位においては、逆に引き摺りトルクを上昇させてしまうことがあった。
【0007】
そこで、本発明は、潤滑油量が多い部位、潤滑油が抜け難い部位においても充分な引き摺りトルクの低減効果が得られるとともに、セグメントピースを大きくして製造が短時間でできてコストダウンできるセグメントタイプ摩擦材を提供することを課題とするものである。」
ウ 「【0008】
請求項1の発明にかかるセグメントタイプ摩擦材は、平板リング形状の芯金に前記平板リング形状に沿ってセグメントピースに切断した摩擦材基材を全周両面に接着してなるセグメントタイプ摩擦材であって、前記セグメントピースは相対する2辺に同一方向にRを付けたものであり、前記セグメントピースは前記Rの中心が外周側を向くように前記芯金に接着され、油溝となる隣り合うセグメントピースとの間隙の外周開口部の幅を内周開口部の幅よりも大きくしたものである。」
エ 「【0011】
請求項4の発明にかかるセグメントタイプ摩擦材は、請求項1乃至請求項3のいずれか1つの構成において、前記油溝となる隣り合うセグメントピースとの間隙の前記外周開口部の幅を前記内周開口部の幅の約2.0倍から約3.0倍としたものである。
【0012】
請求項5の発明にかかるセグメントタイプ摩擦材は、請求項1乃至請求項4のいずれか1つの構成において、前記セグメントピースの4箇所のコーナーにRを付けたものである。」
オ 「【0014】
請求項1の発明にかかるセグメントタイプ摩擦材においては、セグメントピースの相対する2辺に芯金とは逆方向のRが付けられ、この2辺が内周及び外周を構成するように接着されている。したがって、セグメントピース内周に油溝方向に向かって上がるRが付けられたことと、油溝となる隣り合うセグメントピースとの間隙の外周開口部の幅を内周開口部の幅よりも大きくしたことによって、ディスク(セグメントタイプ摩擦材)の空転によるATFの排出性が大きく向上し、潤滑油による引き摺りトルクを大幅に低減することができる。
【0015】
また、ディスク(セグメントタイプ摩擦材)外周側に排出されたATFは自動変速機ケース内面に衝突しディスク側に戻ろうとするが、セグメントピース外周の外周側に向かって両端が上がるR形状によって、径外へ排出され易くなる。さらに、芯金のリング状部分の幅一杯で横長の大きなセグメントピースとできるので、セグメントピースの数を少なくすることができ、切り出しと接着のための時間が短縮され、低コスト化することができる。
【0016】
このようにして、潤滑油量が多い部位、潤滑油が抜け難い部位においても充分な引き摺りトルクの低減効果が得られるとともに、セグメントピースを大きくして製造が短時間でできてコストダウンできるセグメントタイプ摩擦材となる。」
カ 「【0021】
請求項4の発明にかかるセグメントタイプ摩擦材は、外周開口部の幅を内周開口部の幅の約2.0倍から約3.0倍としたものである。これによって、さらに引き摺りトルクの低減効果が顕著に表れることが分かった。余りセグメントピースの面積を減らすと摩擦面積が減ってセグメントタイプ摩擦材の性能上の不都合が出てくるが、外周開口部の幅を内周開口部の幅の約2.0倍から約3.0倍とする程度であれば、摩擦材としての性能を低下させることなく最も適切に潤滑油による引き摺りトルクを抑制することができる。」
キ 「【0023】
請求項5の発明にかかるセグメントタイプ摩擦材においては、セグメントピースの4箇所のコーナーにRを付けている。これによって、セグメントピースの外周部の2箇所のコーナーにより大きなRを付ければ、外周開口部の幅を内周開口部の幅よりも大きくすることができ、外周部の開口部におけるATFの流れがスムースになって、引き摺りトルクの低減効果が顕著に表れる。」
ク 「【0029】
図1に示されるように、本実施の形態にかかるセグメントタイプ摩擦材1は、平板リング形状の芯金2に複数のセグメントピース3を接着剤(熱硬化性樹脂)を使用して油溝分の間隔4を空けて並べて貼り付け、芯金2の裏面にも同様に接着剤で貼り付けている。ここで、セグメントピース3の外周5aには中心が外周側を向いたR1の大きさのRが付けられており、内周5bには同じく中心が外周側を向いたR2の大きさのRが付けられていて、さらに4箇所のコーナーはR形状6となっている。そして、両面から230℃?250℃の熱プレスで30秒?90秒加圧して芯金2にセグメントピース3を固着させ、完成品(セグメントタイプ摩擦材1)を得た。」
ケ 「【0034】
このように本実施の形態にかかるセグメントタイプ摩擦材1の引き摺りトルクが低減された理由について、図4を参照して説明する。図4に示されるように、セグメントピース3の相対する2辺5a,5bに芯金2とは逆方向のRが付けられ、この2辺が内周5b及び外周5aを構成するように接着されている。したがって、セグメントピース3の内周5bに油溝4方向に向かって上がるRが付けられたことと、油溝となる隣り合うセグメントピースとの間隙4の外周開口部の幅を内周開口部の幅よりも大きくしたことによって、矢印で示されるようにディスク(セグメントタイプ摩擦材)の空転によるATFの排出性が大きく向上し、潤滑油による引き摺りトルクが大幅に低減される。また、ディスク外周側に排出されたATFは、矢印で示されるように自動変速機ケース10の内面に衝突しディスク側に戻ろうとするが、セグメントピース3の外周5aの外周側に向かって両端が上がるR形状によって径外へ排出され易くなるので、潤滑油による引き摺りトルクが大幅に低減される。」
コ 図7には、外周開口部と内周開口部の溝幅比を1.0、1.5、2.0、3.0、4.0とした時の引き摺りトルク低減率が棒グラフで示されており、溝幅比を大きくすると、引き摺りトルク低減率が大きくなることが示されている。図7を見ると、内周開口部の溝幅は、油溝の最も細い部分であるから、外周開口部と油溝の最も細い部分との溝幅比が4.0であるものが記載されている。
サ 図1には、外周開口部の幅Aを内周開口部の幅Bよりも大きい形成した油溝4が図示されている。この図1から、油溝4の最も細い部分の幅は、内周開口部の幅Bよりももっと小さいことが看取できる。

これら記載事項及び図示内容を総合し、本願補正発明の記載ぶりに倣って整理すると、引用例には、次の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されていると認められる。
「摩擦材基材が平板リング形状の芯金2に前記平板リング形状に沿ってセグメントピース3に切断され、全周両面に接着されて隣り合う前記セグメントピース3相互の間隙によって半径方向に複数の油溝4が形成されてなるセグメントタイプ摩擦材1の湿式摩擦材であって、
前記複数の油溝4に挟まれた前記セグメントピース3の4箇所のコーナーをR形状とし、油溝4の外周開口部の幅を内周開口部の幅の約2.0倍から約3.0倍とすることで、セグメントタイプ摩擦材1の空転による潤滑油の排出性が大きく向上し、潤滑油による引き摺りトルクを大幅に低減することができる湿式摩擦材。」

3 対比
そこで、本願補正発明と引用発明とを対比すると、その意味、機能又は作用などからみて、後者の「芯金2」は前者の「芯金」に相当し、以下同様に、「セグメントピース3」は「セグメントピース」に、「油溝4」は「油溝」に、「セグメントタイプ摩擦材1」は「セグメントタイプ摩擦材」に、それぞれ相当する。後者の「セグメントピース3の4箇所のコーナーをR形状と」することは、前者の「セグメントピースの外周側両角部の一方または両方をR加工または面取り加工によって削除」することに相当する。
また、後者の「前記油溝4の外周開口部の幅を内周開口部の幅の約2.0倍から約3.0倍とすること」は、上記サの事項によれば、油溝4の外周開口部の幅を油溝の最も細い部分の約2.0倍から約3.0倍よりももっと大きくすることを意味するから、前者の「前記油溝の外周開口部の幅が前記油溝の最も細い部分の4倍以上にすること」とは、「前記油溝の外周開口部の幅が前記油溝の最も細い部分の所定倍以上にすること」という点で共通する。
したがって、両者は、本願補正発明の用語を用いて表現すると、次の点で一致する。
[一致点]
「摩擦材基材が平板リング形状の芯金に前記平板リング形状に沿ってセグメントピースに切断され、全周両面若しくは全周片面に接着されて隣り合う前記セグメントピース相互の間隙によって半径方向に複数の油溝が形成されてなるセグメントタイプ摩擦材の湿式摩擦材であって、
前記複数の油溝に挟まれた前記セグメントピースの外周側両角部の一方または両方をR加工または面取り加工によって削除し、前記セグメントピースの削除された前記外周側によって形成される前記油溝の外周開口部の幅が前記油溝の最も細い部分の所定倍以上にすることで、
引き摺りトルクを低減する湿式摩擦材。」

そして、両者は、次の点で相違する(かっこ内は対応する本願補正発明の用語を示す。)。
[相違点1]
本願補正発明は、前記油溝の外周開口部の幅が前記油溝の最も細い部分の「4倍以上」にしたのに対して、引用発明は、油溝4の外周開口部の幅を内周開口部の幅の約2.0倍から約3.0倍とした点。
[相違点2]
前記油溝の外周開口部の幅が前記油溝の最も細い部分の所定倍以上にすることで、本願補正発明は、「前記セグメントタイプ摩擦材の内周側から前記潤滑油の供給がないときには、前記外周側から前記潤滑油が供給され、前記セグメントピースの削除された部分で前記潤滑油が堰き止められ、前記セグメントピースの表面に前記潤滑油が溢れ出して前記セグメントタイプ摩擦材とセパレータプレートとの間隔を確保して前記セグメントタイプ摩擦材のみが円滑に空転自在となり、また、前記セグメントタイプ摩擦材の内周側から前記潤滑油の供給があるときには、前記セグメントピースの外周側の削除により、前記セグメントタイプ摩擦材の外周に前記潤滑油による油溜まりの発生が阻止されて引き摺りトルクを低減する」るのに対して、引用発明は、引き摺りトルクを低減するものの、セグメントタイプ摩擦材の内周側から潤滑油の供給がないとき、及びセグメントタイプ摩擦材の内周側から潤滑油の供給があるとき、引き摺りトルクを低減するかどうか特定されていない点。

4 判断
上記各相違点について検討する。
(1)相違点1について
引用発明は、「油溝4の外周開口部の幅を内周開口部の幅の約2.0倍から約3.0倍」にしたものであり、しかも「セグメントピース3の4箇所のコーナーをR形状とし」たものである。それゆえ、油溝の最も細い部分の幅は、油溝の内周開口部の幅よりもさらに小さいから、上記キの「セグメントピースの外周部の2箇所のコーナーにより大きなRを付ければ、外周開口部の幅を内周開口部の幅よりも大きくすることができ」るとの示唆に従って外周部の2箇所のコーナーにより大きなRを付けたものは、相違点1の要件を概ね満たしているものも含まれ得ると推察される。仮にそうでないとしても、引用例の図7には、外周開口部と油溝の最も細い部分との溝幅比を大きくすれば引き摺りトルク低減率が大きくなることが記載又は示唆されており、しかも、油溝4の外周開口部の幅を油溝4の最も細い部分の4.0倍としたものが記載されている(上記イ及びコ参照)。また、本願明細書及び図面の記載を見ても、本願補正発明における「4倍以上」という数値範囲には臨界的意義があるとは認められない。
したがって、引用例に接した当業者であれば、引用発明において、引き摺りトルクを低減するために、油溝の外周開口部の幅を前記油溝の最も細い部分の「4倍以上」とするようなことは、格別の創意を要することなく容易に想到し得たことである。
(2)相違点2について
湿式油圧クラッチには、摩擦材の内周側から潤滑油を供給するタイプ(例えば特開2007-170494号公報の段落【0023】及び図1を参照)と、摩擦材の内周側から潤滑油を供給しないタイプ(例えば実願昭63-35820号(実開平1-140029号)のマイクロフィルムの10頁1?18行及び第3図を参照)とがあり、いずれのタイプの湿式油圧クラッチも従来周知である。そして、引用発明の湿式摩擦材は、そもそも湿式油圧クラッチに用いられることを予定したものである。
したがって、引用発明の湿式摩擦材を、摩擦材の内周側から潤滑油を供給しないタイプの湿式油圧クラッチにおける湿式摩擦材として用いることは、当業者であれば容易に想到できたことである。そうした場合、摩擦材の「外周側から潤滑油が供給され」ることは明らかであり、しかも、引用発明においても、セグメントピース3の4箇所のコーナーをR形状とし、油溝4の外周開口部の幅を内周開口部の幅の約2.0倍から約3.0倍としているので、即ち、外周側両角部をR加工によって削除し、油溝の外周開口部の幅が油溝の最も細い部分の所定倍以上にしているので、それにより、「セグメントピースの削除された部分で潤滑油が堰き止められ、セグメントピースの表面に潤滑油が溢れ出してセグメントタイプ摩擦材とセパレータプレートとの間隔を確保してセグメントタイプ摩擦材のみが円滑に空転自在となり、」引き摺りトルクを低減することは、その構造からみて自明である。
また同様に、引用発明の湿式摩擦材を、摩擦材の内周側から潤滑油を供給するタイプの湿式油圧クラッチにおける湿式摩擦材として用いることも、当業者であれば容易に想到できたことである。そうした場合、「セグメントピースの外周側の削除により、前記セグメントタイプ摩擦材の外周に前記潤滑油による油溜まりの発生が阻止されて引き摺りトルクを低減する」ことは、その構造からみて自明である。(ちなみに、本願明細書の段落【0009】には、「上記特許文献1乃至特許文献3に記載の技術においては、ATFがセグメントタイプ摩擦材の芯金の内周側から供給されることを前提としており」と記載され、引用例(即ち特許文献2)の湿式摩擦材が摩擦材の内周側から潤滑油を供給するタイプの湿式油圧クラッチにおける湿式摩擦材であることが記載されている。)
したがって、相違点1についての上記判断の下に、引用発明における湿式摩擦材を従来周知の上記2つのタイプの湿式油圧クラッチ用とし、相違点2に係る本願補正発明の発明特定事項とすることは、当業者が容易になし得たことである。

そして、本願補正発明が奏する効果は、引用発明及び上記周知技術から当業者が予測し得る範囲内のものであって格別なものとはいえない。

したがって、本願補正発明は、引用発明及び周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許出願の際独立して特許を受けることができない。

なお、審判請求人は、審判請求書において、「本願発明は、セグメントタイプ摩擦材の内周側から潤滑油の供給がないとき、及びセグメントタイプ摩擦材の内周側から潤滑油が供給されるとき、と両者を特定しているので、セグメントタイプ摩擦材の内周側から潤滑油の供給状態がどのようになろうとも引き摺りトルクの低減効果を発揮する、つまり供給状態に影響されることがなく引き摺りトルクの低減効果を有するセグメントタイプ摩擦材に関する発明です。この供給状態の影響を受けないようにするには、セグメントピースの削除された外周側によって形成される油溝の外周開口部の幅を油溝の最も細い部分の4倍以上にすることで達成することができます。」と主張するとともに、「4倍以上とすることでどのような供給状態にも対応可能としています。仮に、4倍以上という技術的値を尊重しないとしても、セグメントタイプ摩擦材の内周側から潤滑油の供給がないとき、セグメントタイプ摩擦材の外周側から潤滑油が供給されると、セグメントピースの削除された部分で潤滑油が堰き止められ、セグメントピースの表面に潤滑油が溢れ出してセグメントタイプ摩擦材とセパレータプレートとの間隔を確保してセグメントタイプ摩擦材のみが円滑に空転自在とする構成、及び、セグメントタイプ摩擦材の内周側から潤滑油が供給されるとき、セグメントピースの外周側が削除されていることによって、セグメントタイプ摩擦材の外周に潤滑油による油溜まりの発生を阻止する構成、及びそれらの構成によって引き摺りトルクを低減させるという技術思想を開示するものも、示唆するものもありません。」(「 [3] 本願発明と刊行物の比較」の項参照)と主張する。
しかしながら、本願明細書及び図面の記載を見ても、「4倍以上」とすることに関して臨界的意義があるとは認められないし、引用例には、油溝の外周開口部の幅を油溝の最も細い部分の数倍以上としたものが記載されており、しかも、引用例の図7には、外周開口部と油溝の最も細い部分との溝幅比を大きくすれば引き摺りトルク低減率が大きくなること、及びその溝幅比を4倍とすることが記載又は示唆されている。そうすると、引用発明において、引き摺りトルク低減率を大きくするために、油溝の外周開口部の幅と油溝の最も細い部分の幅との比を適宜設定することは、当業者であれば容易に想到できたことである。
ここで、請求項1の記載を見てみると、請求項1に記載された「摩擦材基材が平板リング形状の芯金に前記平板リング形状に沿ってセグメントピースに切断され、全周両面若しくは全周片面に接着されて隣り合う前記セグメントピース相互の間隙によって半径方向に複数の油溝が形成されてなるセグメントタイプ摩擦材の湿式摩擦材であって、前記複数の油溝に挟まれた前記セグメントピースの外周側両角部の一方または両方をR加工または面取り加工によって削除し、前記セグメントピースの削除された前記外周側によって形成される前記油溝の外周開口部の幅が前記油溝の最も細い部分の4倍以上にすることで」との事項(以下、「発明特定事項A」という。)は、湿式摩擦材の構造を記載したものであるが、その後に続く「前記セグメントタイプ摩擦材の内周側から前記潤滑油の供給がないときには、前記外周側から前記潤滑油が供給され、前記セグメントピースの削除された部分で前記潤滑油が堰き止められ、前記セグメントピースの表面に前記潤滑油が溢れ出して前記セグメントタイプ摩擦材とセパレータプレートとの間隔を確保して前記セグメントタイプ摩擦材のみが円滑に空転自在となり、また、前記セグメントタイプ摩擦材の内周側から前記潤滑油の供給があるときには、前記セグメントピースの外周側の削除により、前記セグメントタイプ摩擦材の外周に前記潤滑油による油溜まりの発生が阻止されて引き摺りトルクを低減する」との事項(以下、「発明特定事項B」という。)は、「前記セグメントタイプ摩擦材の内周側から前記潤滑油の供給がないとき」と、「前記セグメントタイプ摩擦材の内周側から前記潤滑油の供給があるとき」とで、それぞれ、そのときに生じる現象を単に作用的に記載したものにすぎない。つまり、請求項1は、その記載ぶりからみて、発明特定事項Aの構成を備えれば、発明特定事項Bの現象(作用)が結果として生じることを記載したものであると認められる。湿式油圧クラッチにおける潤滑油の供給状態に関しては2つのタイプがあることは、上述のとおりであり、発明特定事項Bは、発明特定事項Aの構造をもつ湿式摩擦材をそれぞれのタイプに使用した場合に結果としてそれぞれどのような現象が生じるかを述べたものにすぎないので、本願補正発明と引用発明との実質的な相違点は、相違点1にあるといえる。
よって、審判請求人の主張は採用できない。

5 むすび
以上のとおり、本件補正は、平成23年法律第63号改正附則第2条第18項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第5項の規定に違反するので、同法第159条第1項の規定において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。

第3 本願発明について
1 本願発明
本件補正は、上記のとおり却下されたので、本願の請求項1及び2に係る発明は、平成23年1月17日付け手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1及び2に記載された事項により特定されるとおりのものであると認められるところ、その請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、次のとおりである。
「平板リング形状の芯金に前記平板リング形状に沿ってセグメントピースに切断された摩擦材基材が全周両面若しくは全周片面に接着されて隣り合う前記セグメントピース相互の間隙によって半径方向に複数の油溝が形成されてなるセグメントタイプ摩擦材の湿式摩擦材であって、
前記セグメントタイプ摩擦材が回転することにより、前記セグメントタイプ摩擦材の外周に溜まる潤滑油との相互作用によって発生する引き摺りトルクを、前記複数の油溝に挟まれた前記セグメントピースの外周側両角部の一方または両方または外周側全域をR加工または面取り加工によって削除し、前記セグメントピースの外周側を削除した周方向の長さが、前記外周側を削除した前記セグメントピースを挟む複数の油溝の外周開口部の幅の一以上が前記油溝の最も細い部分の4倍以上になるように設けられたことを特徴とする湿式摩擦材。」
なお、本願発明は、「引き摺りトルクを」に対応する述語がなく、日本語として不明確であるが、その補正前の請求項1(平成22年2月3日付け手続補正書により補正された請求項1)及び本願明細書の記載からみて、「設けられた」は実質的に「設けることで低減させる」の意味であると解される。

2 引用例
引用例の記載事項及び引用発明は、前記「第2」の「2」に記載したとおりである。

3 対比・判断
本願発明は、前記「第2」の「1」の本願補正発明における「前記複数の油溝に挟まれた前記セグメントピースの外周側両角部の一方または両方をR加工または面取り加工によって削除し、前記セグメントピースの削除された前記外周側によって形成される前記油溝の外周開口部の幅が前記油溝の最も細い部分の4倍以上にすることで、前記セグメントタイプ摩擦材の内周側から前記潤滑油の供給がないときには、前記外周側から前記潤滑油が供給され、前記セグメントピースの削除された部分で前記潤滑油が堰き止められ、前記セグメントピースの表面に前記潤滑油が溢れ出して前記セグメントタイプ摩擦材とセパレータプレートとの間隔を確保して前記セグメントタイプ摩擦材のみが円滑に空転自在となり、また、前記セグメントタイプ摩擦材の内周側から前記潤滑油の供給があるときには、前記セグメントピースの外周側の削除により、前記セグメントタイプ摩擦材の外周に前記潤滑油による油溜まりの発生が阻止されて引き摺りトルクを低減すること」との事項を、「前記セグメントタイプ摩擦材が回転することにより、前記セグメントタイプ摩擦材の外周に溜まる潤滑油との相互作用によって発生する引き摺りトルクを、前記複数の油溝に挟まれた前記セグメントピースの外周側両角部の一方または両方または外周側全域をR加工または面取り加工によって削除し、前記セグメントピースの外周側を削除した周方向の長さが、前記外周側を削除した前記セグメントピースを挟む複数の油溝の外周開口部の幅の一以上が前記油溝の最も細い部分の4倍以上になるように設けられたこと」との事項に実質的に拡張したものに相当する。
そうすると、本願発明の発明特定事項をすべて含み、さらに、発明特定事項を限定したものに相当する本願補正発明が、前記「第2」の「3」及び「4」に記載したとおり、引用発明及び周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本願発明も、実質的に同様の理由により、引用発明及び周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

4 むすび
以上のとおり、本願発明(請求項1に係る発明)は、引用発明及び周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができない。
そうすると、本願発明が特許を受けることができないものである以上、請求項2に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2012-06-28 
結審通知日 2012-07-03 
審決日 2012-07-17 
出願番号 特願2008-156667(P2008-156667)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (F16D)
P 1 8・ 575- Z (F16D)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 河内 誠  
特許庁審判長 川本 真裕
特許庁審判官 冨岡 和人
窪田 治彦
発明の名称 湿式摩擦材  
代理人 特許業務法人 Vesta国際特許事務所  

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