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審決分類 審判 一部無効 特120条の4、2項訂正請求(平成8年1月1日以降)  E01F
審判 一部無効 2項進歩性  E01F
審判 一部無効 1項3号刊行物記載  E01F
審判 一部無効 (特120条の4,3項)(平成8年1月1日以降)  E01F
管理番号 1263178
審判番号 無効2011-800236  
総通号数 155 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2012-11-30 
種別 無効の審決 
審判請求日 2011-11-21 
確定日 2012-07-30 
訂正明細書 有 
事件の表示 上記当事者間の特許第3432202号発明「落石防護柵の補強部材,落石防護柵および落石防護柵の補強方法」の特許無効審判事件について,次のとおり審決する。 
結論 訂正を認める。 特許第3432202号の請求項1,2,3,5及び6に記載された発明についての特許を無効とする。 審判費用は,被請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯
本件特許第3432202号は,平成12年8月4日に出願され,平成15年5月23日に特許権の設定登録がされたものである。
平成23年11月21日に,請求人から,本件特許の請求項1,2,3,5及び6に係る発明についての特許を無効とすることを求める本件無効審判が請求され,これに対して,平成24年2月2日付けで被請求人から答弁書が提出されるとともに,同日付けで訂正請求(以下,当該訂正請求による訂正を「本件訂正」という。)がなされ,同年6月5日に口頭審理を行った。
なお,口頭審理に先立って,当審において,平成24年4月3日付け通知書(以下,「審理事項通知書」という。)によって,口頭審理における審理事項を通知し,請求人から,同年5月8日付けで口頭審理陳述要領書(以下,「請求人陳述要領書」という。)が提出され,被請求人から,同年5月22日付けで口頭審理陳述要領書(以下,「被請求人陳述要領書」という。)が提出されている。


第2 訂正請求の可否
1.訂正請求の内容
本件訂正請求は,本件明細書を訂正請求書に添付した訂正明細書のとおりに訂正することを求めるものであって,その内容は次のとおりである。(下線部は,訂正箇所を示す。)

(1)訂正事項1
請求項1の記載を,
「 擁壁の上面に立てて固定された支柱,索およびガードネットからなる防護柵の補強部材であって,
前記支柱に立てて被せる円筒状のパイプと,
該パイプの中空部分に注入される固定剤とからなる
ことを特徴とする落石防護柵の補強部材。」
から,
「 擁壁の上面に立てて固定されたH型綱からなる支柱,索およびガードネットからなる防護柵の補強部材であって,
前記支柱に立てて被せる円筒状のパイプと,
該パイプと前記支柱との間隙を含む該パイプの中空部分に注入される固定剤とからなる
ことを特徴とする落石防護柵の補強部材。」
に訂正する。

(2)訂正事項2
請求項5の記載を,
「 擁壁の上面に立てて固定された複数の支柱に取り付けられ,該支柱を補強する複数の請求項1,2または3記載の落石防護柵の補強部材と,
該複数の補強部材のパイプ間に,水平に張られた複数の索と,
該複数の索に取り付けられたガードネットとからなる
ことを特徴とする落石防護柵。」
から,
「 擁壁の上面に立てて固定された複数のH型綱からなる支柱に取り付けられ,該支柱を補強する複数の請求項1,2または3記載の落石防護柵の補強部材と,
該複数の補強部材のパイプ間に,水平に張られた複数の索と,
該複数の索に取り付けられたガードネットとからなる
ことを特徴とする落石防護柵。」

(3)訂正事項3
請求項6の記載を,
「 擁壁の上面にH型綱からなる支柱が立てて固定され,該支柱に索およびガードネットが取り付けられた落石防護柵の補強方法であって,
前記支柱から前記索およびガードネットを取り外し,
前記支柱に円筒形状のパイプを被せ,
該パイプと前記支柱との間隙を含む該パイプの中空部分に固定剤を注入して固化し,
前記パイプに新しい索およびガードネットを取り付ける
ことを特徴とする落石防護柵の補強方法。」
から,
「 擁壁の上面にH型綱からなる支柱が立てて固定され,該支柱に索およびガードネットが取り付けられた落石防護柵の補強方法であって,
前記支柱から前記索およびガードネットを取り外し,
前記支柱に円筒形状のパイプを被せ,
該パイプと前記支柱との間隙を含む該パイプの中空部分に固定剤を注入して固化し,
前記パイプに新しい索およびガードネットを取り付ける
ことを特徴とする落石防護柵の補強方法。」
に訂正する。

(4)訂正事項4
発明の詳細な説明中の【0005】の記載を,
「【課題を解決するための手段】請求項1の落石防護柵の補強部材は,擁壁の上面に立てて固定された支柱,索およびガードネットからなる防護柵の補強部材であって,前記支柱に立てて被せる円筒状のパイプと,該パイプの中空部分に注入される固定剤とからなることを特徴とする。請求項2の落石防護柵の補強部材は,請求項1記載の発明において,前記固定剤が,モルタルであることを特徴とする。請求項3の落石防護柵の補強部材は,請求項1または2記載の発明において,前記パイプの下端に,該パイプを前記擁壁に取り付けるパイプ取付金具が設けられたことを特徴とする。請求項4の落石防護柵の補強部材は,請求項1,2または3記載の発明において,前記擁壁の近傍の地面に立設した補助支柱と,該補助支柱と,前記パイプの下端部とを連結する連結具とからなることを特徴とする。請求項5の落石防護柵は,擁壁の上面に立てて固定された複数の支柱に取り付けられ,該支柱を補強する複数の請求項1,2または3記載の落石防護柵の補強部材と,隣接する該補強部材のパイプ間に,水平に張られた複数の索と,該複数の索に取り付けられたガードネットとからなることを特徴とする。請求項6の落石防護柵の補強方法は,擁壁の上面に支柱が立てて固定され,該支柱に索およびガードネットが取り付けられた落石防護柵の補強方法であって,前記支柱から前記索およびガードネットを取り外し,前記支柱に円筒形状のパイプを被せ,該パイプの中空部分に固定剤を注入して固化し,前記パイプに新しい索およびガードネットを取り付けることを特徴とする。」
から,
「【課題を解決するための手段】
請求項1の落石防護柵の補強部材は,擁壁の上面に立てて固定されたH型綱からなる支柱,索およびガードネットからなる防護柵の補強部材であって,前記支柱に立てて被せる円筒状のパイプと,該パイプと前記支柱との間隙を含む該パイプの中空部分に注入される固定剤とからなることを特徴とする。
請求項2の落石防護柵の補強部材は,請求項1記載の発明において,前記固定剤が,モルタルであることを特徴とする。
請求項3の落石防護柵の補強部材は,請求項1または2記載の発明において,前記パイプの下端に,該パイプを前記擁壁に取り付けるパイプ取付金具が設けられたことを特徴とする。
請求項4の落石防護柵の補強部材は,請求項1,2または3記載の発明において,前記擁壁の近傍の地面に立設した補助支柱と,該補助支柱と,前記パイプの下端部とを連結する連結具とからなることを特徴とする。
請求項5の落石防護柵は,擁壁の上面に立てて固定された複数のH型綱からなる支柱に取り付けられ,該支柱を補強する複数の請求項1,2または3記載の落石防護柵の補強部材と,隣接する該補強部材のパイプ間に,水平に張られた複数の索と,該複数の索に取り付けられたガードネットとからなることを特徴とする。
請求項6の落石防護柵の補強方法は,擁壁の上面にH型綱からなる支柱が立てて固定され,該支柱に索およびガードネットが取り付けられた落石防護柵の補強方法であって,前記支柱から前記索およびガードネットを取り外し,前記支柱に円筒形状のパイプを被せ,該パイプと前記支柱との間隙を含む該パイプの中空部分に固定剤を注入して固化し,前記パイプに新しい索およびガードネットを取り付けることを特徴とする。」
に訂正する。

2.訂正請求に関する請求人の主張
請求人は,訂正事項1及び3の,「該パイプと前記支柱との間隙を含む」という限定事項が,本件特許の願書に添付した明細書又は図面(以下,両者をまとめて「本件明細書等」という。)に記載されておらず,また当該記載から自明のものとはいえないから,新規事項の追加に該当するものであって,本件訂正は,特許法126条3項に違反し,認められるべきでないと主張している。(請求人陳述要領書4頁1ないし15行)

3.訂正の可否についての判断
(1)各訂正事項と請求項との対応関係
訂正事項1により,請求項1を引用する形式で記載された請求項2ないし5にも,当該訂正事項1の訂正内容が反映されることとなるから,当該訂正事項1は,請求項1ないし5に対応する訂正事項である。
訂正事項2は,請求項5に対応する訂正事項である。
訂正事項3は,請求項6に対応する訂正事項である。
訂正事項4は,発明の詳細な説明の【0005】の記載を,本件訂正後の請求項1ないし6の記載に整合させるものであるから,当該訂正事項4は,請求項1ないし6に対応する訂正事項である。

(2)訂正事項1について
ア 訂正の目的
訂正事項1は,請求項1に記載された支柱が「H型鋼からなる」ことを限定し,かつ,固定剤が注入されるパイプの中空部分が「該パイプと前記支柱との間隙を含む」ことを限定するものであるから,特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

新規事項の追加及び実質的拡張・変更の有無
本件明細書等には,
「【0002】【従来の技術】図6は従来の落石防護柵101の概略斜視図である。・・・(中略)・・・各支柱1として,H型鋼がよく使用されている。」
「【0007】【発明の実施の形態】・・・(中略)・・・図1および図2に示すように,本実施形態の落石防護柵20は,支柱1,索2,ガードネット3,索取付部材4および補強部材10から構成されている。・・・(中略)・・・この支柱1は,図6に示す従来から用いられている支柱であって,」
と記載されており,
本実施形態の落石防護柵20の施工作業の説明図である図3に示された支柱1は,H型鋼の形状を有している。
これら記載事項からみて,支柱が「H型鋼からなる」との限定事項は,本件明細書等に記載されていると認められる。

また,本件明細書等には,
「【0020】つぎに,前記支柱1にパイプ11を被せて,・・・(中略)・・・
【0021】つぎに,パイプ11の中空部分に液体モルタル14を流し込み,・・・(中略)・・・
【0022】液体モルタル14が固化し,固体モルタル13となると,この固体モルタル13によって支柱1とパイプ11とが一体に固定され,支柱1に補強部材10を取り付けられる。」
と記載されており,当該記載からは,パイプ11の中空部分に支柱1が挿入され,この中空部分に挿入された支柱1とパイプ11の内壁との間に液体モルタル14を注入し,これを固化することによって,支柱1とパイプ11とを固定するものと解するほかないから,固定剤が注入されるパイプの中空部分が「該パイプと前記支柱との間隙を含む」との限定事項は,本件明細書等に記載されていると認められる。

請求人は,固定剤が注入されるパイプの中空部分が「該パイプと前記支柱との間隙を含む」との限定事項が本件明細書等に記載も示唆もないと主張するが,当該限定事項が本件明細書等に記載されていると認められることは前述のとおりであるから,請求人の主張を採用することはできない。

以上のとおりであるから,訂正事項1は,本件明細書等に記載した事項の範囲内においてするものである。

さらに,訂正事項1が,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものでないことは明らかである。

(3)訂正事項2について
ア 訂正の目的
訂正事項2は,請求項5に記載された支柱が「H型鋼からなる」ことを限定するものであるから,特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

新規事項の追加及び実質的拡張・変更の有無
本件明細書等に,支柱が「H型鋼からなる」との限定事項が記載されていることは,前記(2)イのとおりであるから,訂正事項2は,本件明細書等に記載した事項の範囲内においてするものである。
また,訂正事項2が,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものでないことは明らかである。

(4)訂正事項3について
ア 訂正の目的
訂正事項3は,請求項6に記載された支柱が「H型鋼からなる」ことを限定し,かつ,固定剤が注入されるパイプの中空部分が「該パイプと前記支柱との間隙を含む」ことを限定するものであるから,特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

新規事項の追加及び実質的拡張・変更の有無
本件明細書等に,支柱が「H型鋼からなる」との限定事項,及び,固定剤が注入されるパイプの中空部分が「該パイプと前記支柱との間隙を含む」との限定事項が記載されていることは,前記(2)イのとおりであるから,訂正事項3は,本件明細書等に記載した事項の範囲内においてするものである。
また,訂正事項3が,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものでないことは明らかである。

(5)訂正事項4について
ア 訂正の目的
訂正事項4は,発明の詳細な説明の【0005】の記載に関して,訂正事項1ないし3による訂正によって生じる不整合を,訂正された請求項1ないし6の記載に整合させるものであるから,明りょうでない記載の釈明を目的とするものである。

新規事項の追加及び実質的拡張・変更の有無
訂正事項4が,本件明細書等に記載した事項の範囲内においてするものであることは,前記(2)イ,前記(3)イ及び前記(4)イのとおりである。
また,訂正事項4が,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものでないことは明らかである。

(6)本件訂正後の請求項4に係る発明の独立特許要件について
訂正事項1によって減縮されることとなる請求項4に係る発明については,本件無効審判において,無効とすることが求められた請求項に係る発明ではないから,その独立特許要件について検討する。

請求人が提出したいずれの証拠にも,「落石防護柵の補強部材」に,「擁壁の近傍の地面に立設した補助支柱」と,「補助支柱と,パイプの下端部とを連結する連結具」とを付加することは,記載も示唆もされていない。
そして,本件訂正後の請求項4に係る発明は,当該構成によって,落石防護柵の支柱の強度をより高めることができるという本件明細書の【0028】に記載された効果を奏するものである。
したがって,請求人が提出した証拠に基づいて,本件訂正後の請求項4に係る発明が新規性又は進歩性を欠如するということはできない。
また,他の無効理由を発見することもできない。
よって,本件訂正後の請求項4に係る発明は,独立特許要件を満たしている。

(7)訂正の可否についてのまとめ
以上のとおりであって,本件訂正は,特許法134条の2第1項ただし書き1号及び3号に掲げる事項を目的とするものに該当し,同条5項において読み替えて準用する同法126条3項ないし5項の規定に適合するので,本件訂正請求(請求項1に対する訂正事項1及び4による訂正,請求項2に対する訂正事項1及び4による訂正,請求項3に対する訂正事項1及び4による訂正,請求項4に対する訂正事項1及び4による訂正,請求項5に対する訂正事項2及び4による訂正,請求項6に対する訂正事項3及び4による訂正)を認める。


第3 本件特許発明
前記第2 のとおり,本件訂正請求は認められるから,請求項1,2,3,5及び6に係る本件特許発明は,訂正明細書の特許請求の範囲の請求項1,2,3,5及び6に記載された次のとおりのものである。(以下,本件訂正後の各請求項に係る発明を,それぞれ「本件訂正発明1」,「本件訂正発明2」,「本件訂正発明3」,「本件訂正発明5」及び「本件訂正発明6」という。)

「【請求項1】
擁壁の上面に立てて固定されたH型綱からなる支柱,索およびガードネットからなる防護柵の補強部材であって,
前記支柱に立てて被せる円筒状のパイプと,
該パイプと前記支柱との間隙を含む該パイプの中空部分に注入される固定剤とからなる
ことを特徴とする落石防護柵の補強部材。」

「【請求項2】
前記固定剤が,モルタルである
ことを特徴とする請求項1記載の落石防護柵の補強部材。」

「【請求項3】
前記パイプの下端に,該パイプを前記擁壁に取り付けるパイプ取付金具が設けられた
ことを特徴とする請求項1または2記載の落石防護柵の補強部材。」

「【請求項5】
擁壁の上面に立てて固定された複数のH型綱からなる支柱に取り付けられ,該支柱を補強する複数の請求項1,2または3記載の落石防護柵の補強部材と,
該複数の補強部材のパイプ間に,水平に張られた複数の索と,
該複数の索に取り付けられたガードネットとからなる
ことを特徴とする落石防護柵。」

「【請求項6】
擁壁の上面にH型綱からなる支柱が立てて固定され,該支柱に索およびガードネットが取り付けられた落石防護柵の補強方法であって,
前記支柱から前記索およびガードネットを取り外し,
前記支柱に円筒形状のパイプを被せ,
該パイプと前記支柱との間隙を含む該パイプの中空部分に固定剤を注入して固化し,
前記パイプに新しい索およびガードネットを取り付ける
ことを特徴とする落石防護柵の補強方法。」


第4 請求人が主張する無効理由
請求人が主張する無効理由は次のとおりであり,証拠方法として甲第1号証ないし甲第16号証(以下,それぞれを単に「甲1」ないし「甲16」という。)を提出している。

1.無効理由その1
本件訂正発明1は,甲2に記載された発明であるから,特許法29条1項3号に該当し,特許を受けることができないもの,あるいは,甲2に記載された発明に基づいて出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから,同条2項の規定により特許を受けることができないものである。
よって,本件訂正発明1は,特許法123条1項2号に該当し,無効とすべきものである。

2.無効理由その2
本件訂正発明2は,甲2に記載された発明に基づいて出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものである。
よって,本件訂正発明2は,特許法123条1項2号に該当し,無効とすべきものである。

3.無効理由その3
本件訂正発明3は,甲2に記載された発明に基づいて出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものである。
よって,本件訂正発明3は,特許法123条1項2号に該当し,無効とすべきものである。

4.無効理由その4
本件訂正発明5は,甲2に記載された発明であるから,特許法29条1項3号に該当し,特許を受けることができないもの,あるいは,甲2に記載された発明に基づいて出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから,同条2項の規定により特許を受けることができないものである。
よって,本件訂正発明5は,特許法123条1項2号に該当し,無効とすべきものである。

5.無効理由その5
本件訂正発明6は,甲2に記載された発明であるから,特許法29条1項3号に該当し,特許を受けることができないもの,あるいは,甲2に記載された発明に基づいて出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから,同条2項の規定により特許を受けることができないものである。
よって,本件訂正発明6は,特許法123条1項2号に該当し,無効とすべきものである。

6.証拠方法
甲1:特許第3432202号公報(本件特許の特許掲載公報)
甲2:特開昭56-25578号公報
甲3:実願昭62-149857号(実開昭64-57113号)のマイクロフィルム
甲4:実公平3-51487号公報
甲5:落石対策便覧 5版(発行者 社団法人日本道路協会,発行日 昭和63年7月30日)
甲6:社団法人日本道路協会のウェブサイト
甲7:落石対策便覧 改訂版(発行者 社団法人日本道路協会,第1刷 平成12年6月30日発行,第10刷 平成22年1月15日発行)
甲8:東京製綱株式会社総合カタログ「安全施設」
甲9:特開平7-189218号公報
甲10:特開平11-264117号公報
甲11:特開2000-45232号公報
甲12:特開2000-45233号公報
甲13:特開平9-250170号公報
甲14:特開平9-302817号公報
甲15:特開平8-151823号公報
甲16:広辞苑第6版


第5 当事者の主張
1.無効理由その1について
(1)落石防護柵を適用対象とする点について
【請求人の主張】
ア 甲2の2頁左下欄1ないし4行の記載における「ポール10」は「支柱」に該当し,「横棧」は「索」に該当し,「ネット」は「ガードネット」に該当する。したがって,甲2には,少なくとも「支柱,索およびガードネットからなる・・防護柵」が記載されている。
さらに,甲5,甲7ないし甲12に示されるとおり,落石防護柵の支柱としてH型鋼を用いることや,当該支柱を擁壁上に設置することは,本件特許の出願前に技術常識であり,甲2に記載された「フェンス」なる用語が落石防護柵の「柵」を意味することは,広辞苑第6版に示される「フェンス」の字義や,甲8の記載から明らかである。
よって,甲2の記載に接した当業者は,通常の知識に基づいて,「擁壁の上面に立てて固定されたH型鋼からなる支柱,索およびガードネットからなる落石防護柵」を想定し,このような構成を有する落石防護柵が,甲2発明の「取替部材」を適用する対象に含まれると把握できるから,落石防護柵を用途とする点は,本件訂正発明1と甲2発明との間の実質的な相違点でない。(請求人陳述要領書6頁11行ないし12頁12行)

イ 仮に,落石防護柵を用途とする点が実質的な相違点であるとしても,甲5等に示すような「擁壁の上面に立てて固定されたH型鋼からなる支柱,索およびガードネットからなる落石防護柵」に甲2発明の「取替部材」を適用することは,当業者が容易に想到できたことである。(請求人陳述要領書12頁13行ないし13頁7行)

【被請求人の主張】
ア 本件訂正発明1においては,既存の支柱がH型鋼であり,かつ,それが落石防護柵の支柱であって,落石による荷重に耐えうるものである必要があることから,補強部材を構成するポールの大きさ,強度,材質もおのずと決定される。
これに対して,甲2発明における「ポール」等からなる取替え部材は,「フェンス,ガードレール,手摺等」の支柱が,「長期間使用すると腐蝕,或いは損傷するため」(第1欄11?12行)に交換用に用いられるものであることから,本件訂正発明1にかかるポールとは,その大きさや強度,材質の点でまったく異なる。
したがって,本件訂正発明1における「落石防護柵の」という「用途限定」は,特許庁の審査基準において,「用途限定が意味する構造等が相違すると解されるときは,両者は別異の発明である。」とされるものに該当する。(答弁書6頁10行ないし7頁下から2行)

イ 「落石防護柵」は,落石の運動エネルギーを,支柱とワイヤロープ等の相互の作用により,衝突時の「落石防護柵の変形」により生じる変形エネルギーで吸収することを目的とするものであるため,乙第1号証ないし乙第3号証(以下,それぞれを単に「乙1」ないし「乙3」という。)に示されるように,落石防護柵の設計に際しては,擁壁上に出ている部分の支柱の高さ,擁壁内に支柱を埋め込む根入れ部分の長さ,支柱の間隔,ワイヤロープの強度,擁壁の強度等が厳密に設計によって決定される。
これに対し,甲2発明は,既存のポール1が,基本的にはその基礎部分を残して,切除されるというものであり,ポールの上方部分を切除してしまえば,ポールの根入れ部分と地表に出ている部分の長さの関係は,従前のものと全く異なってしまい,落石防護柵としての機能を果たすことができない。すなわち,甲2発明は,新たなポールを設けるに際して,既存のポールを切除するという技術思想自体からして,全く落石防護柵を想定していない。偶々,甲2に「もちろん,切除することなく,横桟のみを除去し第2工程に移っても良い」と記載されているからといって,何ら,開示されている技術思想が異なるものではない。(被請求人陳述要領書4頁23行ないし6頁3行)

ウ また,通常,落石防護柵の支柱には,「H型鋼」が用いられるところ,甲2発明では,取替前の支柱には「ポール1」を用いていて,当該「ポール1」は「ポール10」と同様の中空の管状体と解されるから,このことからしても,甲2に開示された「フェンス」に,H型鋼を支柱とする落石防護柵は含まれない。(被請求人陳述要領書6頁4ないし13行)

エ 容易想到性に関しても,前記イのとおり,落石防護柵とは,単に支柱やワイヤロープのみならず,その土台部分となる擁壁の傾斜や高さ等まで厳密に計算されて設置されるものであり,甲2発明のような,「古くなったポールの基礎だけ利用して,簡単に新しいフェンス等を設置する」という落石防護柵の設計思想とは相容れない技術思想から,「落石防護柵」を適用対象として想到することはできない。(被請求人陳述要領書6頁14ないし25行)

オ 証拠方法
乙1:「JFE落石防護柵」と題するウェブサイト(プリントアウトしたもの)
乙2:「落石防護柵設計の手引き」
乙3:「落石防護擁壁・落石防護柵の設計」と題するウェブサイト(プリントアウトしたもの)

(2)補強部材であるのか,取替部材であるのかという点について
【請求人の主張】
ア 「補強部材」なのか「取替部材」なのかという違いによって,「補強部材」と「取替部材」の構成に,実質上の相違は生じない。本件訂正発明1の「補強部材」と,甲2発明の「取替部材」は,ともに「既存のフェンス等の基礎をそのまま利用して新しいフェンス等を設けるようにした工事方法」(1頁右欄1ないし2行)である点で共通しており,これを「補強部材」と呼ぶか「取替部材」と呼ぶかは単なる呼称の相違であって,実質的な技術的相違点を形成するものではない。(請求人陳述要領書13頁8行ないし14頁7行)

イ 仮に「補強」と「取替」が相違するとしても,既設のポール1に新設のポール10を被せ,この新設のポール10の蓋11を取った状態で,上方より充填剤14を注入固化することで,既設のポール1を補強するものであることは当業者でなくとも理解できることであるから,「補強」部材は甲2に記載されているに等しい事実である。(請求人陳述要領書14頁8ないし15行)

ウ 被請求人は,甲2発明において,あたかも既設のポール1が新設のポール10に置き換わるかのような主張をするが,当業者であれば,甲2の1頁右欄9ないし13行,第3図ないし第5図(I)及び2頁左上欄9ないし13行の記載から,ポール1を新設のポール10で補強するという技術思想を読み取ることは明白である。(請求人陳述要領書14頁16行ないし15頁10行)

【被請求人の主張】
ア そもそも,本件訂正発明1は,既存のH型鋼からなる支柱とこれに被せるパイプと,これらの空隙部分に充填する固定剤とをもって,落石等によって支柱に加わる大きな荷重にも耐えうるよう支柱を補強するための補強部材の発明であり,H型鋼からなる支柱,つまり,H形断面を有する支柱を取り囲むようにパイプを被せることで,支柱とパイプとの間に十分に大きな間隙を形成し,その大きな間隙に固定剤を十分に充填させることで耐圧縮応力を強化している。
これに対し,甲2発明は,既存のフェンスを補強するものではなく,支柱の交換を目的としていることから,基本的には元の形状や大きさを維持するという発想になり,本件訂正発明1のように,H型鋼からなる支柱とそれに被せるポール,及び,それらの空隙に充填する固定剤をもって,これらの相互作用により既存の支柱を補強するという技術思想は開示されていない。(答弁書5頁9行ないし6頁2行,8頁14ないし21行)

イ 本件訂正発明1の補強部材とは,H型鋼からなる「支柱に立てて被せる円筒状のパイプ」と,「該パイプと前記支柱との間隙を含む該パイプの中空部分に注入される固定剤」からなるものであって,かかる補強部材は,円筒状のパイプに加えて,これとH型鋼の間隙に充填された相当量の固定剤により構成されるが,甲2発明において,従前のポール1と新設ポール10との間隙はわずかであり,その間に注入される固定剤も薄い管状のものとなる。
したがって,本件訂正発明1の補強部材と甲2発明の取替部材を比較すると,その構造が全く異なり,それによって結果的に得られる強度も両者において全く異なる。(被請求人陳述要領書7頁8ないし下から2行)

2.無効理由その2について
(1)固定剤としてモルタルを用いる点について
【請求人の主張】
ア 「固定剤,充填剤としてモルタルを用いる技術」は,甲3に示されるように,本件特許の出願前に周知技術である。甲2の開示は,「コンクリート,発泡プラスチック,接着剤,その他の充填剤」であり,充填剤としてモルタルを用いることは甲2に記載されたに等しい。(請求人陳述要領書17頁3ないし6行)

イ 被請求人は,固定剤としてモルタルを用いることによる格別の効果を主張するが,そのような効果は,甲3の3頁12行ないし4頁1行,5頁7行ないし6頁3行等の記載に示されるように,周知の効果にすぎない。(請求人陳述要領書17頁7行ないし19頁9行)

【被請求人の主張】
ア 本件訂正発明2の「補強部材」を,「用途限定」である「落石防護柵」に適した物とするためには,固定剤として,当該用途限定に適した強度を確保できる材質を用いる必要があり,モルタルはこのような材質である。単に周知技術を適用するというレベルのものではない。(答弁書8頁下から3行ないし10頁5行,審理事項通知書13頁19ないし下から3行,被請求人陳述要領書8頁7ないし9行)

3.無効理由その3について
(1)パイプを設置対象物に取り付けるために取付金具を用いる点について
【請求人の主張】
ア 甲4のほか,甲13ないし甲15にも示されるように,取付金具を用いて支柱を設置対象物に取り付ける技術は,本件特許の出願前に周知技術であり,甲2発明のノコギリ状部18の構成に代えて,取付金具を採用することは,当業者であれば適宜選択し得る設計事項にすぎない。(請求人陳述要領書21頁7行ないし22頁9行)

イ 既設のポール1に取り替えて新設のポール10を設け,これを支柱として用いる甲2発明において,取付金具を採用する際には,新設のポール10に適用することが自然である。(請求人陳述要領書22頁10行ないし19行)

ウ 甲2発明の既設のフェンスのポール1も,取替部材のポール10も,いずれも「支柱」であり,その機能・作用も基本的に異なるものではないから,既設のポール1の支持構造として取付金具を採用することも,新設のポール10の支持構造として取付金具を採用することも,どちらも当業者にとって容易である。(請求人陳述要領書22頁20行ないし23頁4行)

【被請求人の主張】
ア 本件訂正発明3は,H型鋼からなる支柱とパイプ,及び,その空隙に充填される固定剤の相互作用により,落石防護柵の強度を高めるにとどまらず,これに加えて,パイプの下端に取付金具を設けることにより,より支柱の強度を高めることができる。(答弁書10頁下から3行ないし11頁9行)

イ 本件訂正発明3における「擁壁に取り付けるパイプ取付金具」がどのような形状のものであるのか,その請求項の記載からは一義的に明らかではないため,明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌すると,少なくとも,パイプの下端に固定された板状の部材からなり,この板状の部材を擁壁上面に密着させ,固定するものであることが理解される。そして,このような構成にすることによって,板状部分も支柱に加わった横からの力に対抗する役割を果たす。
したがって,本件訂正発明3のパイプ取付金具は,パイプの下端をノコギリ状にしたものとは全く作用効果の点で異なる。(被請求人陳述要領書8頁20行ないし9頁13行)

ウ また,引用発明1は,既存のポールが腐敗や損傷などによって劣化したものを取り替えて,再度,従前どおりのポールを設置するという技術思想であるから,新たなポールは既存のポールの基礎部分に固定さえできればいいのであって,これに,あえて,ポール下端に部材を付加して,取付金具を設けるということは,当業者が容易に想到しうることではない。(被請求人陳述要領書9頁14ないし20行)

4.無効理由その4について
(1)複数の索にガードネットを取り付ける点について
【請求人の主張】
ア 甲2には,支柱間に水平に張られた複数の横棧が開示されており,また,ガードネットがこの複数の横棧に取り付けられることは自明であるから,甲2に,「水平に張られた複数の索」を用い,当該複数の索に「ガードネット」を取り付けて構成された防護柵が記載されていることは明白である。(請求人陳述要領書24頁15行ないし25頁下から2行)

イ 仮に当該点が甲2に開示されていないとしても,周知技術に基づき当業者が容易に想到し得たことは,前記1.(1)イで主張したとおりである。(請求人陳述要領書25頁末行ないし26頁5行)

【被請求人の主張】
ア 前記1.(1)で主張したとおりである。(被請求人陳述要領書10頁2ないし4行)

(2)補強された柵であるのか,取替えられた柵であるのかについて
【請求人の主張】
ア 甲2発明が,既設のポール1に新設のポール10を被せ,この新設のポール10の蓋11を取った状態で,上方より充填材14を注入固化することで,既設のポール1を補強するものであることは当業者でなくとも理解できるものであり,「補強」部材が甲2に記載されているといえることは,前記1.(2)で主張したとおりである。(請求人陳述要領書26頁6ないし27頁5行)

【被請求人の主張】
ア H型鋼からなる支柱により構成される落石防護柵に本件訂正発明の補強部材を用いることによって,新たに設けられる支柱は,甲2発明のものとは全くその構成を異にする。甲2発明においては,H型鋼からなる支柱で構成される落石防護柵を適用対象とすることは想定されておらず,本件訂正発明のごとく,補強部材とH型鋼との形状差(両者の間には相当の間隙が生じる)を利用して,この間隙に充填材を注入することによって,落石防護柵において重要である横方向からの力に対する耐性を向上させるという技術思想は一切ない。(被請求人陳述要領書10頁13行ないし11頁12行)

5.無効理由その5について
(1)方法の適用対象が落石防護柵である点について
【請求人の主張】
ア 当該点が,甲2に実質的に開示されており,あるいは周知技術に基づき当業者が容易に想到し得るものであることは,前記1.(1)で主張したとおりである。(請求人陳述要領書27頁13ないし末行)

【被請求人の主張】
ア 前記1.(1)で主張したとおりである。(被請求人陳述要領書11頁14ないし16行)

(2)補強方法であるのか,取替工法であるのかについて
【請求人の主張】
ア 当該点が,甲2に実質的に開示されていることは,前記4.(2)で主張したとおりである。(請求人陳述要領書27頁13ないし末行)

【被請求人の主張】
ア 前記4.(2)で主張したとおりである。(被請求人陳述要領書11頁17ないし19行)


第6 引用例
1.引用例の記載
(1)甲2
甲2には,次の事項が記載されている。

記載事項1
「特許請求の範囲
既設のフェンス等のポール1の外側に,新設のフェンス等のポール10を被せるように嵌込み,両者を固定することを特徴とするフェンス等の取替工法。」(1頁左欄4ないし8行)

記載事項2
「 本発明は,フェンス等の取替工法に関する。
フェンス,ガードレール,手摺等は,長期間使用すると腐蝕,或いは損傷するため交換の必要がある。その場合,従来では既存のフェンス等をその基礎の部分から取除き,改めて新しいフェンスを立てていた。しかし,基礎はコンクリート等によって強固に固定されているので,その取除き作業は大変手間が掛る欠点があった。
本発明は,このような点に鑑みなされたもので,既存のフェンス等の基礎をそのまま利用して新しいフェンス等を設けるようにした工事方法を提供するものである。」(1頁左欄10行ないし右欄3行)

記載事項3
「 本発明を図示の実施例により具体的に説明する。
第1図は,既存のフェンスの一例を示すもので,1はフェンスのポール,2は横桟である。ポール1の基部は,土中(或いはコンクリート等の舗装内)に設けた基礎3内に固定されている。」(1頁右欄4ないし8行)

記載事項4
「 第2図は,本発明の第1工程で,ポール1の上部1aを切除すると共に,ポール1に取付けた横桟2を除去した状態を示す。もちろん,切除することなく,横桟のみを除去し第2工程に移っても良い。」(1頁右欄9ないし13行)

記載事項5
「 第3図は,本発明の第2工程で,既設のポール1の上から新設のフェンスのポール10を被せた状態を示す。新設フェンスのポール10は既設のポール1より太い中空の管状体より形成し,その頂部には蓋板11が設けられている。また,この新設のポール10の下部には,このポール10を既設のポール10(審決注:「ポール1」の誤記)に固定するための手段を設ける。・・・(中略)・・・
第4図(II)は,固定手段の他の例で,新設ポール10の蓋11を取った状態で,上方よりポール10内へコンクリート,発泡プラスチック,接着剤,その他の充填剤14を注入固化させたものである。」(1頁右欄14行ないし2頁左上欄13行)

記載事項6
「 第5図(II)は,ポール10の基部にノコギリ状部18を設けた例で,このノコギリ状部18を土中又はアスファルト等の表面にくい込ませることにより,化粧,ポール10の回転防止,ポール10内へ入った雨水の排水その他の役目を果させる。」(2頁右上欄14ないし末行)

記載事項7
「 このようにして,新設のポール10を固定した後は,この新設のポール10に横桟やネット等を取付けて,フェンス,ガードレール,手摺を形成するのである。」(2頁左下欄1ないし4行)

記載事項8
「 以上の通り,本発明は,既設のフェンス等のポール及び基礎をそのまま利用して,新しいフェンス等のポールを立てることができるので,従来の取替工法に比較してその作業が格段に向上する。」(2頁左下欄5ないし8行)

記載事項9
第1図ないし第3図,第4図(II)及び第5図(II)は,次のとおりである。



(2)甲3
甲3には,次の記載がある。

記載事項10
「(産業上の利用分野)
本考案は交通安全施設,造園材料等に用いられる支柱に関するものである。」(明細書1頁13ないし15行)

記載事項11
「 すなわち本考案は,上記目的を達成するため,合成樹脂製のパイプと,このパイプの略中心に配置された鉄製の芯材と,これらの間に注入形成された筒状モのルタル層(審決注:「筒状のモルタル層」の誤記)とで形成した支柱である。」(明細書3頁2ないし5行)

記載事項12
「前記パイプと鉄製の芯材との間に注入形成された筒状のモルタル層は支柱の主要部分を形成し,かつ,注入形成であるので全体へ容易に供給し易くて製造容易で,さらに,ある程度の弾性を有するので塑性変形しにくい。このため支柱全体として,防錆効果が高く表面がはじけず,塑性変形しにくく,寒冷地等においても気候による変化が生じないものになっている。」(明細書3頁12行ないし4頁1行)

記載事項13
「 モルタル層4は,前記パイプ2と鉄製の芯材3との間に注入形成されて円筒状のものとなり,支柱1の主要部分を形成し,かつ,ある程度の弾性を有するので塑性変形しにくく,また,コンクリートと異なりモルタルは砂利を含まず,セメント,砂及び水のみを練ったものなので,前記パイプ2と鉄製の芯材3との間のような狭い空間へ容易に注入することが可能となる。」(明細書5頁7ないし14行)

(3)甲4
甲4には,次の記載がある。

記載事項14
「 この考案の支柱支持構造は,車道1のコンクリート製地覆2の上面に固定されるベースプレート11と,このベースプレート11に立設される起立部12と,この起立部12の両側両端からそれぞれベースプレート11の両端に向つて付設される補強リブ13と,アンカーボルト等の締結部すなわち後述する締結用透孔18とを有する支柱支持体10と,この支柱支持体10の起立部12に嵌装されて結合手段により結合される支柱20とで構成されている。
上記支柱支持体10は,強度性のある鋼材やステンレス鋼等にて形成されており,この支柱支持体10の起立部12は,ベースプレート11のほぼ中央部に立設され,その断面形状は,車道側に位置するコ形状の厚肉部14と反対側すなわち厚肉部14と対向する側に位置するコ形状の薄肉部15との開口端同士を溶着した角形の筒状に形成されている。」(4欄11ないし28行)

(4)甲5
甲5には,次の記載がある。

記載事項15
「5-4 落石防止柵
5-4-1 落石防止柵の種類と一般的事項
落石防止柵は,比較的小規模な落石対策として有効であり,斜面の状況に応じてその種類,寸法を決定するのがよい。
現在市販されている落石防止柵には,次のような種類がある(図5-13参照)。
丸1(審決注:「丸1」は丸囲みの数字1を示す。以下,他の丸囲み数字についても同様。) ワイヤーロープ金網式
H鋼を支柱として,それにワイヤーロープ,金網を取り付けたものである。
支柱は,直柱式と曲柱式の2種類があり,中間支柱にステーのついたものもある。
丸2 H鋼式・・・(以下略)」(142頁9ないし19行)

記載事項16
「5-4-5 基礎の設計
落石防止柵の基礎は,柵が許容最大変位量に達するまで安定を保たなければならない。しかし,落石防止柵はコンクリート擁壁の上に設けられる場合が多いので,ここではそのような場合の支柱を対象として述べる。」(158頁1ないし4行)

(5)甲7
甲7には,次の記載がある。

記載事項17
「5-4 落石防護柵
5-4-1 落石防護柵の種類と一般的事項
落石防護柵は,比較的小規模な落石対策として有効であり,斜面の状況に応じてその種類,寸法を決定するのがよい。
現在市販されている落石防護柵には,次のような種類がある(図5-14参照)。
丸1 ワイヤーロープ金網式
H鋼を支柱として,それにワイヤーロープ,金網を取り付けたものである。支柱は,直柱式と曲柱式の2種類がある。直柱式を図5-14(a),曲柱式を図5-14(b)にそれぞれ示す。
丸2 H鋼式・・・(以下略)」(146頁7ないし16行)

記載事項18
「5-4-7 基礎の設計
落石防護柵は,道路沿いにあるのり留擁壁または落石防護擁壁の上に建て込む場合と路肩に直接基礎を設けて建て込む場合とがある。」(159頁下から2ないし末行)

(6)甲9
甲9には,次の記載がある。

記載事項19
「【0007】
【実施例】以下,本発明の実施例を添付図面を参照して説明する。図1ないし図6は本発明の第1実施例を示し,衝撃吸収柵である落石防護柵は,斜面あるいは斜面に沿う道路に並んでコンクリート基礎1を設け,このコンクリート基礎1に複数の支柱2,2Aを等間隔に立設する。・・・(中略)・・・前記支柱2,2Aは,H型鋼,コンクリート柱,鋼管あるいはコンクリート充填鋼管などからなり,この例ではH型鋼を用い,その下端を前記コンクリート基礎1に固着し,また,前記支柱2には,図2及び図3に示す定着部3を設け,この定着部3は,その支柱2に複数段例えば5段に設けられている。・・・(中略)・・・ガードロープ7,8の一端部7A,8Aを前記定着部3に定着している。・・・(中略)・・・
【0008】
・・・(中略)・・・また,前記支柱2,2A間には,上下のロープ材32を介して金網等からなる網体33が張設され,この網体33はクリップや針金やバンドワイヤなどの取付具(図示せず)によって前記ガードロープ7,8の前面に取付られている。」

(7)甲10
甲10には,次の記載がある。

記載事項20
「【0012】
【発明の実施態様】以下,本発明の第1実施例を添付図面を参照して説明する。図1ないし図7は本発明の第1実施例を示し,衝撃吸収柵である雪崩・落石防護柵は,斜面あるいは斜面に沿う道路に並んでコンクリート製の基礎1を設け,このコンクリート製の基礎1に複数の支柱2,2Aを左右方向等間隔に立設する。・・・(中略)・・・前記支柱2,2Aは,中空な鋼管などからなり,その下端を前記基礎1に取付け,また,前記支柱2には,図2及び図3に示す定着部3を設け,この定着部3は,その支柱2に複数段例えば5段に設けられている。・・・(中略)・・・ガードロープ7,8の一端部7A,8Aを前記定着部3に定着している。・・・(中略)・・・
【0013】・・・(中略)・・・また,前記支柱2,2A間には,上下のロープ材32を介して金網等からなる網体33が張設され,この網体33はクリップや針金やバンドワイヤなどの取付具(図示せず)によって前記ガードロープ7,8の前面に取付られている。」

(8)甲11
甲11には,次の記載がある。

記載事項21
「【0020】
【発明の実施形態】以下,本発明の実施例を添付図面を参照して説明する。図1ないし図4は本発明の第1実施例を示し,同図に示すように,衝撃吸収柵である落石防護柵は,斜面あるいは斜面に並んでコンクリート基礎1を設け,このコンクリート基礎1に複数の支柱2…を立設する。前記支柱2は,H型鋼,コンクリート柱,鋼管あるいはコンクリート充填鋼管などからなり,この例ではH型鋼を用い,その下端を前記コンクリート基礎1に固着している。前記支柱2間には水平主線材たる水平ロープ材3,3が上下段に設けられ,この水平ロープ材3を係止する係止部4が前記支柱2に設けられ,この係止部4は,孔や切欠きあるいは支柱2の側面に水平ロープ材3を係止する係止用フックなどでもよい。また,前記水平ロープ材3の両端は,それぞれ前記支柱2や他の部材に固定されている。
【0021】・・・(中略)・・・また,図1及び図2に示すように,前記支柱2間には,該支柱2間を遮蔽する防護面たる網体9が設けられており,この網体9は前記水平ロープ材3に掛止され,前記網体9と前記支柱2により防護体10を構成している。」

(9)甲12
甲12には,次の記載がある。

記載事項22
「【0019】
【発明の実施形態】以下,本発明の実施例を添付図面を参照して説明する。図1ないし図4は本発明の第1実施例を示し,同図に示すように,衝撃吸収柵である落石防護柵は,斜面あるいは斜面に並んでコンクリート基礎1を設け,このコンクリート基礎1に複数の支柱2…を立設する。前記支柱2は,H型鋼,コンクリート柱,鋼管あるいはコンクリート充填鋼管などからなり,この例ではH型鋼を用い,その下端を前記コンクリート基礎1に固着している。前記支柱2間には水平線材たる水平ロープ材3,3が上下段に設けられ,この水平ロープ材3を係止する係止部4が前記支柱2に設けられ,この係止部4は,孔や切欠きあるいは支柱2の側面に水平ロープ材3を係止する係止用フックなどでもよい。また,前記水平ロープ材3の両端は,それぞれ前記支柱2や他の部材に固定されている。
【0020】・・・(中略)・・・また,図1及び図2に示すように,前記支柱2,2間には,該支柱2間を遮蔽する防護面たる網体6が設けられており,この網体6は前記水平線材3に掛止され,前記網体6と前記支柱2により防護体10を構成している。」

(10)甲13
甲13には,次の記載がある。

記載事項23
「【0019】
【発明の実施の形態】以下,添付の図面を参照して,本発明の支柱の囲い壁への取付構造およびその取付方法を,造付けバルコニーにバルコニー屋根用の支柱を取り付ける場合を例に説明する。図1および図2は第1実施形態に係る支柱の取付構造を表しており,支柱1は取付ユニット2を介して,造付けバルコニーの囲い壁3の上端に取り付けられている。・・・(中略)・・・
【0020】取付ユニット2は,支柱1を支持する支柱支持部材21と,支柱支持部材21を囲繞した状態でハンドレール6に着座するカバー部材22とを備えており,・・・(中略)・・・
【0021】・・・(中略)・・・この支柱1を貫通して取付片部23,23に螺合した取付ねじ27,27により,支柱1は取付片部23,23に固定されている。・・・(中略)・・・
【0022】・・・(中略)・・・この4本のコーチねじ28により,支柱支持部材21が躯体4に固定されている。」

記載事項24
「【0028】次に,図3および図4を参照して,本発明の第2実施形態について説明する。この実施形態では,取付ユニット2が,支柱を支持する支柱支持部材41と,支柱支持部材41を囲繞した状態でハンドレール6に着座する水返し部材42とを備えている。支柱支持部材41は,躯体4の上面に着座するベースプレート43と,ベースプレート43の中央に立設した補強パイプ44と,補強パイプ44に装着したスリーブ45とで構成されている。・・・(中略)・・・
【0029】補強パイプ44は,ハンドレール6の取付開口7を貫通して上方に延びており,この部分にスリーブ45が取り付けられている。また,ベースプレート43は,取付開口7の部分からねじ込んだ4本のコーチねじ46,46,46,46により,躯体(笠木材5)4に固定されている。・・・(中略)・・・
【0030】・・・(中略)・・・スリーブ45には内周面で補強パイプ44に嵌装し,外周面で支柱1に嵌装している。この場合,スリーブ45は補強パイプ44にねじ止めされ,支柱1は通しボルト47により,スリーブ45を介して補強パイプ44に固定されている。」

(11)甲14
甲14には,次の記載がある。

記載事項25
「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は,ベランダやバルコニーあるいは集合住宅の通路に防風スクリーンなどのパネルの支柱を固定するパネル用支柱の取付構造に関する。
【0002】
【発明の解決しようとする技術的課題】従来,ベランダやバルコニーあるいは集合住宅の通路に防風スクリーンなどのパネルを固定する場合,例えば図5に示すように,床と天井などのコンクリート製の基礎AにアンカーボルトBにより断面L型の取付金具Cを固定し,その取付金具CにパネルDを支持する複数の支柱Eを架設し,その支柱Eに架け渡したパネル枠FにパネルDを取付けていた。」

(12)甲15
甲15には,次の記載がある。

記載事項26
「【0016】
【実施例】次に,本発明の実施例を説明する。・・・(中略)・・・
【0017】図1?図3において,1は金属製筒状の擬木照明支柱からなる照明支柱であり,・・・(中略)・・・
【0018】2はコンクリート基礎であり,・・・(中略)・・・このコンクリート基礎2の上面に開口している電線管3を囲むようにしてネジ部を突出させたアンカーボルト4が埋設されている。
【0019】5はベースであり,このベース5は,図2に示すように,板状のベース本体51と管状のサヤ管52と補強板53とからなる。ベース本体51には,・・・(中略)・・・4個のアンカーボルト孔55が設けられている。」

記載事項27
「【0023】施工現場では,ベース5のアンカーボルト孔55にコンクリート基礎2のアンカーボルト4を挿入して,コンクリート基礎2の表面にベース5を当接する。その後,この上からナット41を螺入して,コンクリート基礎2にベース5を取り付ける。
【0024】・・・(中略)・・・
【0025】次に,ベース5の上方に突出しているサヤ管52を照明支柱1の根元部に入れながら,照明支柱1をベース5の上に立設する。・・・(中略)・・・次に,照明支柱1の外側から固定ボルト7を固定ボルト孔12を通して固定ネジ孔58に螺入し,押さえボルト6をネジ孔11に螺入し,この押さえボルト6の先端をサヤ管の窪み59に押し付けて,照明支柱1を固定する。」


2.各引用例の記載から把握できる技術
(1)甲2に記載された発明
前記1.(1)で指摘した記載事項1ないし9を含む甲2の全記載によれば,当該甲2に,次のとおりのフェンス,ガードレール,手摺等を取り替える際に用いる「取替部材」の発明(以下,「引用発明1」という。),当該取替部材を用いて取り替えられた「フェンス,ガードレール,手摺等」の発明(以下,「引用発明2」という。),及び,フェンス,ガードレール,手摺等を取り替える際に用いる「取替工法」の発明(以下,「引用発明3」という。)が記載されていると認められる。

引用発明1
「 土中或いはコンクリート等の舗装内に設けた基礎3内に固定されたポール1と,当該ポール1に取付けた横桟2とを有するフェンス,ガードレール,手摺等を取り替える際に用いる取替部材であって,
前記横桟2を除去した前記ポール1の上から被せる,前記ポール1より太い中空の管状体よりなるポール10と,
前記ポール1に被せた前記ポール10内へ注入し固化させるコンクリート,発泡プラスチック,接着剤等の充填剤14とからなり,
土中又はアスファルト等の表面にくい込ませることにより,前記ポール10の回転防止の役目を果たすノコギリ状部18が,前記ポール10の基部に設けられた
フェンス,ガードレール,手摺等を取り替える際に用いる取替部材。」

引用発明2
「 引用発明1の取替部材を用いて取り替えられたフェンス,ガードレール,手摺等であって,
土中或いはコンクリート等の舗装内に設けた基礎3内に固定された複数のポール1と,
当該各ポール1の上からそれぞれ被せた,引用発明1の取替部材におけるポール10と,
前記各ポール10内へ注入し固化させた,引用発明1の取替部材における充填剤14と,
前記各ポール10間に取り付けられた横桟やネット等と
から構成されたフェンス,ガードレール,手摺等。」

引用発明3
「 土中或いはコンクリート等の舗装内に設けた基礎3内にポール1が固定され,当該ポール1に横桟2が取り付けられたフェンス,ガードレール,手摺等を取り替える際に用いる取替工法であって,
前記ポール1から前記横桟2を除去し,
前記ポール1の上から当該ポール1より太い中空の管状体よりなるポール10を被せ,
当該ポール10内へ,コンクリート,発泡プラスチック,接着剤等の充填剤14を注入固化し,
横桟やネット等を新設したポール10に取り付けて,フェンス,ガードレール,手摺等を形成する
フェンス,ガードレール,手摺等を取り替える際に用いる取替工法。」

(2)落石防護柵
甲5,甲7,甲9ないし甲12の各記載事項(前記1.(4)ないし(9))等からみて,
「擁壁の上面に複数のH型鋼からなる支柱が立てて固定され,
該複数の支柱間に複数の索が水平に張られており,
該複数の索にガードネットが取り付けられた落石防護柵。」
が,本件特許の出願前に周知の技術(以下,「第1の周知技術」という。)であったと認められる。

(3)固定剤,充填剤としてモルタルを用いる技術
甲3の記載事項10ないし13(前記1.(2))等からみて,
「固定剤,充填剤としてモルタルを用いる技術。」
が,本件特許の出願前に周知の技術(以下,「第2の周知技術」という。)であったと認められる。
なお,当該技術が周知技術であることについて,当事者間に争いはない。(審理事項通知書13頁19ないし22行,被請求人陳述要領書8頁7ないし9行)

(4)取付金具を用いて支柱を設置対象物に取り付ける技術
甲4,甲13ないし甲15の各記載事項(前記1.(3),(10)ないし(12))等からみて,
「取付金具を用いて支柱を設置対象物に取り付ける技術。」
が,本件特許の出願前に周知の技術(以下,「第3の周知技術」という。)であったと認められる。


第7 対比及び判断
1.無効理由その1について
(1)本件訂正発明1と引用発明1の対比
本件訂正発明1と引用発明1を対比する。

引用発明1の「ポール1」,「中空の管状体よりなるポール10」及び「充填剤14」は,それぞれ本件訂正発明1の「支柱」,「円筒状のパイプ」及び「固定剤」に相当する。
また,本件訂正発明1の「索」や「ガードネット」と,引用発明1の「横桟2」は,支柱に取り付けられた「横」方向(水平方向)に延びる部材(以下,「差し渡し部材」という。)である点で,共通する。
また,「フェンス」とは「柵。垣。」(広辞苑第6版)を意味する用語であり,「落石防護柵」は柵の一種であると認められるから,本件訂正発明1の「防護柵」や「落石防護柵」と,引用発明1の「フェンス,ガードレール,手摺等」のうちの「フェンス」は,柵である点で共通する。
また,本件訂正発明1の「擁壁」と,引用発明1の「土中或いはコンクリート等の舗装内に設けた基礎3」は,それぞれ「支柱」や「ポール1」が設置された物であるから,両者を「設置対象物」ということができる。
さらに,本件訂正発明1の「補強部材」と,引用発明1の「取替部材」は,どちらも,「既設の柵の支柱を利用して新たな支柱とするために用いる部材」である点で共通する。

したがって,両者は,
「 設置対象物に対して固定された支柱および差し渡し部材からなる既設の柵の支柱を利用して新たな支柱とするために用いる部材であって,
前記既設の柵の支柱に立てて被せる円筒状のパイプと,
該パイプと前記既設の柵の支柱との間隙を含む該パイプの中空部分に注入される固定剤とからなる
部材。」
である点で一致し,次の点で一応相違する。

相違点1:本件訂正発明1が適用される柵は,「擁壁の上面に立てて固定されたH型鋼からなる支柱,索およびガードネットからなる落石防護柵」であるのに対して,引用発明1が適用される柵は,「土中或いはコンクリート等の舗装内に設けた基礎3内に固定されたポール1と,当該ポール1に取付けた横桟2とを有するフェンス,ガードレール,手摺等」であって,当該「フェンス,ガードレール,手摺等」に前記構成を有する落石防護柵が含まれるのか否かは不明な点。

相違点2:本件訂正発明1が,柵を補強するために用いられる「補強部材」であるのに対して,引用発明1が,腐蝕や損傷した柵を取替えるために用いられる「取替部材」である点。

(2)相違点1についての判断
ア 本件訂正発明1は,パイプと固定剤とからなる「補強部材」であって,既設の落石防護柵を補強するために用いる物の発明であるところ,「既設の落石防護柵」は当該「補強部材」自体の構成要素ではなく,「補強部材」を適用する対象,すなわち用途を示すものであるから,相違点1に係る本件訂正発明1の構成は,物の用途を用いてその物を特定する,いわゆる「用途限定」と呼ばれる構成と認められる。

イ 「用途限定」に係る構成については,当該用途限定が付された物が,その用途に特に適した形状,構造,組成等(以下,単に「構造等」という。)を有することを規定していると解されるから,用途が相違することによって,対比物の「構造等」に相違が生じる場合には,両者は「構造等」において相違し,用途が相違しても,対比物の「構造等」に相違が生じない場合には,両者は実質的に相違しないとするのが相当である。

ウ これを本件についてみると,相違点1に係る本件訂正発明1の用途限定は,本件訂正発明1が,「擁壁の上面に立てて固定されたH型鋼からなる支柱,索およびガードネットからなる落石防護柵」という用途に適した「構造等」を有することを規定したものであって,このような構成の落石防護柵に用いる「補強部材」と,例えば,甲2の例示の一つである「ガードレール」に用いる「補強部材」とでは,両「補強部材」の「パイプ」の大きさ等が異なるものになると,すなわち,用途の相違によって対比物の「構造等」に相違が生じることになると考えられるから,相違点1は,「構造等」に実質的な相違を生じさせることとなる用途限定に関するものと認められる。
したがって,甲2に接した当業者が,当該甲2の記載に基づいて,「擁壁の上面に立てて固定されたH型鋼からなる支柱,索およびガードネットからなる落石防護柵」が,引用発明1の「取替部材」を適用する対象に含まれると把握できるか,或いは,通常の知識に基づいて,このような構成を有する落石防護柵に引用発明1の「取替部材」を適用することが容易に想到できるのであれば,引用発明1において,相違点1は実質的な相違点ではない,或いは,相違点1に係る本件訂正発明1の構成を採用することは当業者にとって容易に想到し得た,というべきであり,前記構成を有する落石防護柵に引用発明1の「取替部材」を適用することが容易に想到できないのであれば,引用発明1において,相違点1は実質的な相違点であり,当該相違点1に係る本件訂正発明1の構成を採用することは当業者にとって容易に想到し得たことではないというべきである。

エ そこで,引用発明1の適用対象について,甲2の記載を精査すると,特許請求の範囲には「既設のフェンス等」(記載事項1)と記載されている。
また,発明の詳細な説明には,「本発明は,フェンス等の取替工法に関する。」(記載事項2)と記載された上で,従来技術の欠点及び甲2が提案する発明の目的について,「フェンス,ガードレール,手摺等は,長期間使用すると腐蝕,或いは損傷するため交換の必要がある。その場合,従来では既存のフェンス等をその基礎の部分から取除き,改めて新しいフェンスを立てていた。しかし,基礎はコンクリート等によって強固に固定されているので,その取除き作業は大変手間が掛る欠点があった。本発明は,このような点に鑑みなされたもので,既存のフェンス等の基礎をそのまま利用して新しいフェンス等を設けるようにした工事方法を提供するものである。」(記載事項2)と説明されている。
これらの記載からは,甲2が,コンクリート等によって強固に固定された基礎に支柱が設置されており,その取除き作業に手間が掛るようなフェンスや,ガードレール,手摺といった非常に広範な設置物を,引用発明1の適用対象として想定していることを理解することができる。

オ しかるに,前記第6 2.(2)で認定したとおり,「擁壁の上面に複数のH型鋼からなる支柱が立てて固定され,該複数の支柱間に複数の索が水平に張られており,該複数の索にガードネットが取り付けられた落石防護柵。」は,本件特許の出願前に周知(第1の周知技術)だったのであり,当該第1の周知技術が,コンクリート等によって強固に固定された基礎に支柱が設置された設置物という引用発明1の適用対象に合致することは明らかである。

カ しかも,引用発明1の適用対象の一つとして甲2に例示された「フェンス」とは,「柵」一般を示す文言であって(広辞苑第6版),落石防護柵の上位概念と認められるから,甲2に接した当業者は,当該甲2の記載に基づいて,第1の周知技術が引用発明1の「取替部材」の適用対象に含まれると普通に理解できるか,或いは,そうとまでいえなくとも,少なくとも,第1の周知技術を引用発明1の「取替部材」の適用対象として想到することは,通常の知識に基づいて容易になし得たことであるというほかない。

キ そして,前記第1の周知技術は,「擁壁の上面に複数のH型鋼からなる支柱が立てて固定され,該複数の支柱間に複数の索が水平に張られており,該複数の索にガードネットが取り付けられた落石防護柵。」であるのだから,相違点1に係る本件訂正発明1の構成が適用対象として規定する「擁壁の上面に立てて固定されたH型鋼からなる支柱,索およびガードネットからなる落石防護柵」に相当する。

ク 以上のとおりであるから,引用発明1において,ポール10や充填剤14の「構造等」を,「擁壁の上面に立てて固定されたH型鋼からなる支柱,索およびガードネットからなる落石防護柵」に適用するのに適したものとすること,すなわち,相違点1に係る本件訂正発明1の構成を採用することは,少なくとも,当業者が容易に想到し得たことである。

ケ 被請求人は,甲2に,既設のポール1の上方部分を切除する態様が開示されていることを根拠に,甲2は,支柱の根入れ部分の長さや地表に出ている部分の長さ等が厳密に設計されるような落石防護柵を想定しておらず,これを適用対象として想到することもできないと主張する(前記第5 1.(1)イ及びエ)。
落石防護柵において,各種数値が厳密に設計されることは,被請求人が主張するとおりであって,被請求人が指摘する,既設のポール1の上方部分を切除して,ポール1の根元部分のみでポール10を固定する態様においては,確かに,落石のエネルギーを吸収する能力等が不足する恐れがあるとも考えられる。
しかしながら,甲2には,当該態様とは別に,既設のポール1を切除しない態様も開示されている(記載事項4)のであって,甲2は,引用発明1を適用する際に,既設のポール1の上方部分を切除することが必須であるとしているわけではないから,甲2に,既設のポール1の上方部分を切除する一態様が開示されているからといって,引用発明1の適用対象として落石防護柵を想到することができないとすることはできない。
よって,当該被請求人の主張は採用できない。

また,被請求人は,ポール1が中空の管状体と解されることを根拠に,甲2に記載されたフェンスに落石防護柵は含まれないとも主張するが(前記第5 1.(1)ウ),甲2記載のポール1が中空の管状体であるのかどうかはさておき,甲2に記載された「フェンス」が「柵」一般を意味する文言であることは,前記カのとおりであって,ポール1は,このような「フェンス」の支柱の例として示されたものと解されるから,甲2に,H型鋼からなる支柱が明記されていないことをもって,引用発明1の適用対象として落石防護柵を想到することができないとすることはできない。
よって,当該被請求人の主張も採用できない。

(3)相違点2についての判断
ア 相違点2は,適用対象を「補強」するために用いる部材であるのか,「取替」をするために用いる部材であるのかという違いであるから,相違点2に係る本件訂正発明1の構成は,用途限定に係る構成と認められる。

イ 用途限定に係る構成については,前記(1)イで述べたとおり,用途が相違しても,対比物の「構造等」に相違が生じない場合には,両者は実質的に相違しないとするのが相当であるところ,本件訂正発明1と引用発明1は,どちらも,パイプと固定剤とからなる部材であって,適用対象が同一(落石防護柵)である限りは,当該適用対象を「補強」するために用いるのか,甲2でいうところの「取替」をするために用いるのかという用途の違いによって,適用対象に適用する前のパイプや固定剤の「構造等」に相違が生じるとはおよそ考えられないから,相違点2は実質的な相違点ではないというべきである。

ウ 仮に,パイプや固定剤の「構造等」に相違が生じるのか否かを措いておき,相違点2に係る用途の違いについて検討したとしても,次の理由(エないしキ)で,相違点2を実質的な相違点とすることはできない。

エ 引用発明1を用いて「取替」がされた新設のフェンスの支柱は,基礎3に固定された既設のフェンスの支柱(ポール1)と,それを覆う,中空のポール10及び固化した充填剤14からなる構造体とから構成されているとみることができるから,当該新設のフェンスの支柱の強度が,内部に存在する既設のフェンスの支柱単独の強度に比べると,前記構造体の分だけ向上していることは明らかである。
したがって,引用発明1を用いて行う「取替」とは,既設のフェンスの支柱に対して,中空のポール10及び固化した充填剤14からなる構造体を設けることであるということができ,当該「取替」によって,既設のフェンスの支柱の強度が向上しているものと認められる。

また,甲2における「取替」は,腐蝕或いは損傷した既設のフェンス等を交換するために行われるものである(記載事項2)。
甲2には,なぜ腐蝕或いは損傷した既設のフェンス等を交換する必要があるのか,その理由について具体的に明記されてはいないものの,安全性の確保という設置目的を有するガードレールが,適用対象の例示の一つとして挙げられていることを考慮すると,その主要な理由の一つは,腐蝕等によるフェンス等の強度の低下であると解するのが自然である。
したがって,甲2における「取替」を行う主目的の一つは,そもそも,強度が低下した既設のフェンス等を,強度が向上したフェンス等とすることであると認められる。

オ 一方,本件訂正発明1の「補強」とは,強度を向上させることを意味していると解するのが自然であるところ,本件明細書等の記載を精査しても,当該「補強」が,強度を向上させることのうち,甲2記載の「取替」のような,低下した強度を向上させることを除外する概念であることを示す記載や定義は存在しないし,また,本件訂正発明1が属する技術分野において,「補強」という文言が,そのような概念として慣用されている技術用語であると認めるに足る証拠も見当たらないから,本件訂正発明1の「補強」には,甲2に記載された,引用発明1を用いて行う「取替」が包含されると解するのが相当である。

カ なお,落石防護柵においても,支柱の強度があまりにも低下しすぎてしまったような場合はともかくとして,支柱の強度がわずかばかり低下したような場合に,基礎(擁壁)から取り除いて新たな基礎及び落石防護柵を設置するのでなくて,引用発明1を用いて「取替」を行うことによって,作業性の向上やコストの低減といった引用発明1の効果を得られることは,当業者にとって明らかなことであるから,引用発明1が,強度が低下した柵の「取替」のために用いる部材であるということが,引用発明1の適用対象として落石防護柵を選択する際の阻害要因になることはない。

キ 以上のとおりであって,本件訂正発明1の「補強」という用途と,引用発明1の「取替」という用途との間に,実質上の違いがあるとは認められないから,相違点2を実質的な相違点とすることはできない。

ク 被請求人は,本件訂正発明1の補強部材と引用発明1の取替部材とでは,その構造が異なり,結果的に得られる強度も異なると主張するが(前記第5 1.(2)イ),被請求人が主張する構造や強度の違いは,補強部材や取替部材を適用対象に適用し,固定剤や充填剤を固化させた後の新設の支柱における構造の相違や,当該構造の相違に基づく支柱の強度の相違であって,本件訂正発明1の補強部材や引用発明1の取替部材(適用対象に適用する前の補強部材や取替部材)自体の「構造等」の相違ではない。ましてや,被請求人がいう固化した固定剤や充填剤の形状,量等の相違は,「補強」か「取替」かという,相違点2に係る用途の相違によって生じるものではなく,既設の支柱がH型鋼なのか,管状体なのかという,相違点1に関連する用途の相違に基づくものである。
相違点2に係る本件訂正発明1の構成が,用途限定に係る構成と認められ,用途が相違しても,対比物の「構造等」に相違が生じない場合には,両者は実質的に相違しないとするのが相当であることは,前記ア及びイのとおりであり,「補強」に用いるのか,「取替」に用いるのかという用途の相違によって,本件訂正発明1と引用発明1との間で,その「構造等」に相違が生じるとは認められないから,当該被請求人の主張は採用できない。

ケ また,被請求人は,本件訂正発明1が,H形断面を有する支柱とパイプとの間の,十分に大きな間隙に固定剤を充填させることで耐圧縮応力を強化するという技術思想であるのに対し,引用発明1は,支柱の交換を目的としており,元の形状や大きさを維持するという発想のものであるから,両者の技術思想は異なるものであるとも主張する(前記第5 1.(2)ア)。
しかしながら,引用発明1を用いて行う「取替」によって,既設のフェンスの支柱の強度が向上するといえること,甲2における「取替」を行う主目的の一つが,強度が低下した既設のフェンス等を,強度が向上したフェンス等とすることであると認められること,本件訂正発明1の「補強」には,このような引用発明1を用いて行う「取替」が包含されると解するのが相当であることは,前記エ及びオのとおりである。
結局のところ,被請求人が主張する「補強」と「取替」の違いは,既設の支柱に,それを覆う,円筒状のパイプと固化した固定剤とからなる構造体を設けて,新たな支柱とするという技術思想について,当該新たな支柱を,既設の支柱に前記構造体を設けるという改善を施したものとみなして,「補強」と表現するのか,あるいは,新たな支柱を,既設の支柱とは全く別個の支柱とみなして,「取替」と表現するのかという,観点の違いによる表現の相違でしかないのであって,両技術思想に本質的な違いがあるとは認められない。
よって,当該被請求人の主張も採用できない。

(4)発明の効果について
本件訂正発明1が有する効果は,当業者が容易に予測できた範囲内のものである。

(5)まとめ
以上のとおりであって,本件訂正発明1は,引用発明1に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定に違反して特許がされたものである。

2.無効理由その2について
(1)本件訂正発明2と引用発明1の対比
本件訂正発明2と引用発明1を対比すると,両者は,前記1.(1)で述べたとおりの点で一致し,(1)で述べた相違点1及び2(ただし,「本件訂正発明1」を「本件訂正発明2」に読み替える。)に加えて,次の相違点3でも相違する。

相違点3:本件訂正発明2の固定剤が「モルタル」であるのに対して,引用発明1の充填剤14の材質として,甲2に具体的に例示されているのは「コンクリート,発泡プラスチック,接着剤」であって,モルタルは例示されていないため,引用発明1の充填剤14が「モルタル」であるとまではいえない点。

(2)相違点についての判断
相違点1及び2については,前記1.(2)及び(3)で述べたとおりの理由で,実質上の相違点ではないか,少なくとも引用発明1において相違点1,2に係る本件訂正発明2の構成を採用することは,当業者が容易に想到し得たことである。

相違点3について検討する。
甲2には,「コンクリート,発泡プラスチック,接着剤,その他の充填剤14」(記載事項5)と記載されているのであって,当該記載が,引用発明1の充填剤14の材質を,例示された「コンクリート,発泡プラスチック,接着剤」のみに限定する趣旨でないことは明らかであるから,引用発明1において,充填剤14として,周知の材質の中から,その用途に適した強度が得られるものを選択することは,当業者が通常行う設計事項というべきである。
また,前記第6 2.(3)において第2の周知技術として認定したとおり,モルタルは,固定剤,充填剤として,本件特許の出願前に周知の材質である。
そして,引用発明1の適用対象として落石防護柵を想定すること(相違点1)が,少なくとも当業者が容易に想到し得たことであることは,前述したとおりであるから,甲2に,モルタルと類似の材質であるコンクリート(モルタルが,セメント,砂及び水を練ったものであるのに対して,コンクリートは,セメント,砂,砂利及び水を練ったものである。甲3の記載事項13を参照。)が例示されていることをも踏まえると,周知の材質であるモルタルを,引用発明1の充填剤14の材質として選択することは,適用対象として落石防護柵を選択したことに伴って,当業者が適宜なし得た設計事項というほかない。

(3)発明の効果について
本件訂正発明2が有する効果は,当業者が容易に予測できた範囲内のものである。

(4)まとめ
以上のとおりであって,本件訂正発明2は,引用発明1に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定に違反して特許がされたものである。

3.無効理由その3について
(1)本件訂正発明3と引用発明1の対比
本件訂正発明3と引用発明1を対比すると,両者は,前記1.(1)で述べたとおりの点で一致し,(1)で述べた相違点1及び2(ただし,「本件訂正発明1」を「本件訂正発明3」に読み替える。)に加えて,次の相違点4でも相違する。

相違点4:パイプを設置対象物に取り付けるための構成について,本件訂正発明3では「パイプを擁壁に取り付けるパイプ取付金具」を用いているのに対して,引用発明1では「土中又はアスファルト等の表面にくい込ませることにより,ポール10の回転防止の役目を果たすノコギリ状部18」を用いている点。

(2)相違点についての判断
ア 相違点1及び2については,前記1.(2)及び(3)で述べたとおりの理由で,実質上の相違点ではないか,少なくとも引用発明1において相違点1,2に係る本件訂正発明3の構成を採用することは,当業者が容易に想到し得たことである。

イ 相違点4について検討する。
安全性の観点から,落石防護柵において,設置対象物(擁壁)に対する支柱の取り付けを十分強固なものとしなければならないことは,およそ技術常識に属することがらである。
しかるに,引用発明1を適用して新設した柵において,新たな支柱の基礎3に対する取り付けは,既設の支柱(ポール1)を利用した固定と,ノコギリ状部18による回転防止とによって行われるところ,既設の支柱は腐蝕等により交換(「取替」)の対象となっているものであり,また,ノコギリ状部18については,これによる基礎3に対する固定力が殆ど期待できないことは明らかであるから,設置対象物への取り付けを強固なものとする必要のある前記落石防護柵を適用対象として選択した場合に,支柱の取付強度が不足する恐れがあることは,通常の知識を有する当業者が容易に予測できることである。よって,これに対する対策を行うことは,当業者にとって通常の創作能力の発揮でしかない。
そして,前記第6 2.(4)で認定したとおり,取付金具は,支柱を設置対象物に取り付ける手段として,本件特許の出願前に周知(第3の周知技術)だったのであり,また,取付金具を用いて固定力を高めることは,技術分野を問わずに採用される常套手段(例えば,家屋の耐震補強工事における柱等の固定や,L字金具による家具等の補強等。)であるから,本件訂正後の請求項3には,パイプ取付金具が「パイプを擁壁に取り付ける」ことが記載されているのみで,その形状等の具体的構成が何ら規定されていないことをも考慮すれば,引用発明1において,ノコギリ状部18に代えて或いはノコギリ状部18に付加して,支柱を設置対象物に取り付けるための取付金具を採用することで,新たな支柱の基礎3に対する取付強度を高めようとすること,すなわち,相違点4に係る本件訂正発明3の構成を採用することは,適用対象として落石防護柵を選択したことに伴って,当業者が適宜なし得た設計変更というほかない。

ウ 被請求人は,パイプ取付金具について,発明の詳細な説明の記載を参酌して,少なくとも,パイプの下端に固定された板状の部材からなり,この板状の部材を擁壁上面に密着させ,固定するものと解すべきと主張するが(前記第5 3.(1)イ),本件訂正後の請求項3には,パイプ取付金具の形状等の具体的構成については,何ら規定されていないから,被請求人が主張するような構成に限定して解することはできない。
また,被請求人は,「取替」という技術思想からは,甲2においては,新たなポールが既設のポールの根元部分に固定されていればよいものと把握されるから,取付金具を付加することは容易に想到できないとも主張するが(前記第5 3.(1)イ),「補強」と「取替」の間に実質的な相違が認められないことは,前記1.(3)エないしキ,及びケのとおりであり,また,甲2に,既設のポール1を切除しない態様が開示されていることは,前記1.(2)ケのとおりであるから,甲2の記載から,新たなポールを既設のポールの根元部分でのみ固定する技術思想しか把握できないとすることはできない。
よって,当該請求人の主張は採用できない。

(3)発明の効果について
本件訂正発明3が有する効果は,当業者が容易に予測できた範囲内のものである。

(4)まとめ
以上のとおりであって,本件訂正発明3は,引用発明1に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定に違反して特許がされたものである。

4.無効理由その4について
(1)本件訂正発明5と引用発明2の対比
本件訂正発明5と引用発明2を対比する。

本件訂正発明5の「請求項1,2または3記載の落石防護柵の補強部材」と,引用発明2の「引用発明1の取替部材」とは,
「 設置対象物に対して固定された支柱および差し渡し部材からなる既設の柵の支柱を利用して新たな支柱とするために用いる部材であって,
前記既設の柵の支柱に立てて被せる円筒状のパイプと,
該パイプと前記既設の柵の支柱との間隙を含む該パイプの中空部分に注入される固定剤とからなる
部材。」
である点(前記1.(1)で述べた一致点)で共通する。
また,本件訂正発明5の「擁壁」と,引用発明2の「土中或いはコンクリート等の舗装内に設けた基礎3」は,それぞれ「支柱」や「ポール1」を設置する対象物であるから,両者を「設置対象物」ということができる。
また,引用発明2の「ポール1」及び「ポール10」は,本件訂正発明5の「支柱」及び「パイプ」に相当する。
また,引用発明2の「横桟やネット等」は,「パイプ間に張られた差し渡し部材」である点において,本件訂正発明5の「索」及び「ガードネット」と,共通する。
さらに,本件訂正発明5の「落石防護柵」と,引用発明2の「フェンス,ガードレール,手摺等」のうちの「フェンス」は,柵である点で共通する。

したがって,両者は,
「 設置対象物に対して固定された支柱および差し渡し部材からなる既設の柵の支柱を利用して新たな支柱とするために用いる部材であって,前記既設の柵の支柱に立てて被せる円筒状のパイプと,該パイプと前記既設の柵の支柱との間隙を含む該パイプの中空部分に注入される固定剤とからなり,設置対象物の上面に立てて固定された既設の柵の複数の支柱に取り付けられて,これらを新たな支柱とした部材と,
該部材のパイプ間に張られた差し渡し部材と
からなる柵。」
である点で一致し,次の点で一応相違する。

相違点5:本件訂正発明5では,既設の柵が「擁壁の上面に立てて固定されたH型鋼からなる支柱,索およびガードネットからなる落石防護柵」であり,本件訂正発明5が「落石防護柵」であるのに対して,引用発明2では,既設の柵が「土中或いはコンクリート等の舗装内に設けた基礎3内に固定されたポール1と,当該ポール1に取付けた横桟2とを有するフェンス,ガードレール,手摺等」であり,引用発明2が「フェンス,ガードレール,手摺等」であって,これらに落石防護柵が含まれるのか否かは不明な点。

相違点6:差し渡し部材として,本件訂正発明5が,「パイプ間に,水平に張られた複数の索と,該複数の索に取り付けられたガードネット」を採用しているのに対して,引用発明2は,「各ポール10間に取り付けられた横桟やネット等」を採用したものであって,当該「横桟やネット等」が,本件訂正発明5のような構成であるのか否かは不明な点。

相違点7:本件訂正発明5では,パイプ及び固定剤が既設の柵の支柱を補強するために用いられた「補強部材」であり,本件訂正発明5が支柱が補強された柵であるのに対して,引用発明2では,ポール10及び充填剤14が腐蝕や損傷した柵の支柱を取替えるために用いられた「取替部材」であり,引用発明2が支柱が取替えられた柵である点。

(2)相違点5についての判断
本件訂正発明5は,「落石防護柵」という物の発明であるところ,相違点5に係る本件訂正発明5の構成は,本件訂正発明5が落石防護という用途に用いられる柵であることを規定するものであるから,用途限定に係る構成であると認められる。

また,当該用途限定によって,既設の柵の支柱を補強部材によって補強することにより形成された新たな支柱の大きさや,「水平に張られた複数の索」及び「該複数の索に取り付けられたガードネット」の材質,固化した固定剤の形状等に相違が生じることになると認められるから,相違点5は,「構造等」に実質的な相違を生じさせることとなる用途限定に関するものと認められる。

そして,前記1.(2)と同様の理由によって,甲2に接した当業者は,引用発明2における既設の柵には「擁壁の上面に立てて固定されたH型鋼からなる支柱,索およびガードネットからなる落石防護柵」が含まれ,引用発明2には「落石防護柵」が含まれると普通に理解できるか,少なくとも,既設の柵としてこのような落石防護柵を想到し,引用発明2を「落石防護」という用途に用いる柵に適したものとして構成することを,通常の知識に基づいて容易になし得たと認められる。

よって,引用発明2において,相違点5に係る本件訂正発明5の構成を採用することは,少なくとも,当業者が容易に想到し得たことである。

(3)相違点6についての判断
引用発明2は,既設の柵に取り替えて新設された柵についての発明であるのだから,当該新設された引用発明2における差し渡し部材の構成については,取替前の既設の柵における差し渡し部材の構成と同一の構成を採用するのが,当業者にとって自然な発想である。
そして,引用発明2における既設の柵として,従来周知の落石防護柵(第1の周知技術)を想到することが,当業者にとって容易になし得たことであることは,前記(2)及び前記1.(2)のとおりであり,当該第1の周知技術における差し渡し部材の構成は,「複数の支柱間に複数の索が水平に張られており,該複数の索にガードネットが取り付けられた」というものであるから,引用発明2において,相違点6に係る本件訂正発明5の構成を採用することは,相違点5に係る本件訂正発明5の構成を採用することに伴って,当業者が当然に行う設計変更というほかない。

(4)相違点7についての判断
ア 相違点7に係る本件訂正発明5の構成は,本件訂正発明5が「補強」された落石防護柵であることを規定するものであって,用途限定ではなく,この点において,相違点2とは少し事情が異なるものの,引用発明1を用いて行う「取替」によって,既設のフェンスの支柱の強度が向上するといえること,甲2における「取替」を行う主目的の一つが,強度が低下した既設のフェンス等を,強度が向上したフェンス等とすることであると認められること,本件訂正発明5の「補強」には,引用発明1を用いて行う「取替」が包含されると解するのが相当であること,低下した既設の支柱の強度を向上させたものであることが,落石防護柵を用途として選択することの阻害要因とならないことは,前記1.(3)エないしカと同様である。
よって,相違点7を実質的な相違点とすることはできない。

イ 被請求人は,本件訂正発明5と引用発明2は,パイプと既設の支柱との間で固化した固定剤の形状等において,構成が異なるものであり,引用発明2は,横方向からの力に対する耐性を向上させるという技術思想でない旨主張するが(前記第5 4.(2)),被請求人が主張する本件訂正発明5における固化した固定剤の形状は,引用発明2における既設の柵として,「擁壁の上面に立てて固定されたH型鋼からなる支柱,索およびガードネットからなる落石防護柵」を選択すること(相違点5に係る本件訂正発明5の構成を採用すること)に伴って,必然的に得られる構成であり,横方向からの力に対する耐性が向上するという効果も,当該構成によって得られる効果でしかない。
そして,引用発明2において,相違点5に係る本件訂正発明5の構成を採用することが,少なくとも当業者にとって容易に想到し得たことであることは,前記(2)のとおりであり,また,「補強」と「取替」との間に本質的な違いが認められないことは,前記1.(3)ケのとおりであるから,当該被請求人の主張は採用できない。

(5)発明の効果について
本件訂正発明5が有する効果は,当業者が容易に予測できた範囲内のものである。

(6)まとめ
以上のとおりであって,本件訂正発明5は,引用発明2に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定に違反して特許がされたものである。

5.無効理由その5について
(1)本件訂正発明6と引用発明3の対比
本件訂正発明6と引用発明3を対比する。

引用発明3の「ポール1」,「中空の管状体よりなるポール10」及び「充填剤14」は,それぞれ本件訂正発明6の「支柱」,「円筒形状のパイプ」及び「固定剤」に相当する。
また,引用発明3の「横桟2」は,既設の支柱に取り付けられた「差し渡し部材」である点で,本件訂正発明1の「索およびガードネット」と共通し,引用発明3の「横桟やネット等」は,新たな支柱に取り付けられた「新しい差し渡し部材」である点で,本件訂正発明6の「新しい索及びガードネット」と共通する。
また,本件訂正発明6の「落石防護柵」と,引用発明3の「フェンス,ガードレール,手摺等」のうちの「フェンス」は,既設の柵である点で共通する。
また,本件訂正発明6の「擁壁」と,引用発明3の「土中或いはコンクリート等の舗装内に設けた基礎3」は,それぞれ「支柱」や「ポール1」が設置された物であるから,両者を「設置対象物」ということができる。
さらに,本件訂正発明6の「補強方法」と,引用発明3の「取替工法」は,どちらも,「既設の柵の支柱を利用して新たな支柱とするために施工される方法」である点で共通する。

したがって,両者は,
「 設置対象物に支柱が立てて固定され,該支柱に差し渡し部材が取り付けられた既設の柵の支柱を利用して新たな支柱とするために施工される方法であって,
前記既設の柵の支柱から前記差し渡し部材を取り外し,
前記支柱に円筒状のパイプを被せ,
該パイプと前記支柱との間隙を含む該パイプの中空部分に固定剤を注入して固化し,
前記パイプに新しい差し渡し部材を取り付ける
既設の柵の支柱を利用して新たな支柱とするために施工される方法。」
である点で一致し,次の点で一応相違する。

相違点8:本件訂正発明6が施工される柵は,「擁壁の上面にH型鋼からなる支柱が立てて固定され,該支柱に索およびガードネットが取り付けられた落石防護柵」であり,新しい差し渡し部材を取り付ける際に,「パイプに新しい索およびガードネットを取り付ける」のに対して,引用発明3が施工されるフェンスに,そのような構成を有する落石防護柵が含まれるのか否かは不明であり,かつ,新しい差し渡し部材を取り付ける際に,「横桟やネット等を新設したポールに取り付けて」いるものの,横桟とネットの双方を取り付けるのか否かは不明な点。

相違点9:本件訂正発明6が,柵を補強する「補強方法」であるのに対して,引用発明3が,腐蝕や損傷した柵を取替える「取替工法」である点。

(2)相違点8についての判断
本件訂正発明6は,「落石防護柵の補強方法」という方法の発明であることから,相違点8に関する本件訂正発明6の構成は,方法における工程自体を特定する事項であって,用途限定に係る構成ではないものの,甲2の記載からみて,引用発明3の施工対象として,コンクリート等によって強固に固定された基礎に設置されており,その取除き作業に手間が掛るようなフェンスや,ガードレール,手摺といった非常に広範な設置物を想定していると理解できること,第1の周知技術(落石防護柵)がこのような設置対象物に合致することは明らかなこと,甲2に例示された「フェンス」が落石防護柵の上位概念であることは,前記1.(2)エないしカと同様であるから,甲2に接した当業者は,第1の周知技術が引用発明3の施工対象に含まれると普通に理解できるか,少なくとも,第1の周知技術を引用発明3の施工対象として想到することは,通常の知識に基づいて容易になし得たと認められる。
そして,引用発明3は,既設の柵に対して施工されてこれを新設された柵に取り替えるための工法についての発明であるのだから,当該新設された柵における差し渡し部材の構成については,取替前の既設の柵における差し渡し部材の構成と同一の構成を採用するのが,当業者にとって自然な発想であるところ,第1の周知技術における差し渡し部材の構成は,「複数の支柱間に複数の索が水平に張られており,該複数の索にガードネットが取り付けられた」というものであるから,引用発明3において,新設の支柱に新しい差し渡し部材を取り付ける際に,「横桟やネット等を新設したポール10に取り付けて」という工程に代えて,「パイプに新しい索およびガードネットを取り付ける」という工程を採用することは,第1の周知技術を引用発明3の施工対象として選択したことに伴って,当業者が当然に行う設計変更というほかない。
よって,引用発明3において,相違点8に係る本件訂正発明6の構成を採用することは,当業者が容易に想到し得たことである。

(3)相違点9についての判断
相違点9に係る本件訂正発明6の構成は,本件訂正発明6が施工されることによって柵が「補強」されることを規定するものであって,本件訂正発明6が方法の発明であることから用途限定ではなく,この点において,相違点2とは少し事情が異なるものの,引用発明3を施工して「取替」を行うことによって,既設のフェンスの支柱の強度が向上するといえること,甲2における「取替」を行う主目的の一つが,強度が低下した既設のフェンス等を,強度が向上したフェンス等とすることであると認められること,本件訂正発明6の「補強」には,このような引用発明3を施工して行う「取替」が包含されると解するのが相当であること,低下した既設の支柱の強度を向上させることが,落石防護柵を施工対象として選択することの阻害要因とならないことは,前記4.(4)及び前記1.(3)エないしカと同様である。
よって,相違点9を実質的な相違点とすることはできない。

(4)発明の効果について
本件訂正発明6が有する効果は,当業者が容易に予測できた範囲内のものである。

(5)まとめ
以上のとおりであって,本件訂正発明6は,引用発明3に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定に違反して特許がされたものである。


第8 むすび
以上のとおり,本件訂正発明1,2,3,5及び6は,いずれも,甲第2号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本件訂正発明1,2,3,5及び6に係る特許は,特許法29条2項の規定に違反してなされたものであり,同法123条1項2号に該当し,無効とすべきものである。

審判に関する費用については,特許法169条2項の規定で準用する民事訴訟法61条の規定により,被請求人が負担すべきものとする。

よって,結論のとおり審決する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
落石防護柵の補強部材、落石防護柵および落石防護柵の補強方法
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
擁壁の上面に立てて固定されたH型綱からなる支柱、索およびガードネットからなる防護柵の補強部材であって、
前記支柱に立てて被せる円筒状のパイプと、
該パイプと前記支柱との間隙を含む該パイプの中空部分に注入される固定剤とからなる
ことを特徴とする落石防護柵の補強部材。
【請求項2】
前記固定剤が、モルタルである
ことを特徴とする請求項1記載の落石防護柵の補強部材。
【請求項3】
前記パイプの下端に、該パイプを前記擁壁に取り付けるパイプ取付金具が設けられた
ことを特徴とする請求項1または2記載の落石防護柵の補強部材。
【請求項4】
前記擁壁の近傍の地面に立設した補助支柱と、
該補助支柱と、前記パイプの下端部とを連結する連結具とからなる
ことを特徴とする請求項1、2または3記載の落石防護柵の補強部材。
【請求項5】
擁壁の上面に立てて固定された複数のH型綱からなる支柱に取り付けられ、該支柱を補強する複数の請求項1、2または3記載の落石防護柵の補強部材と、
該複数の補強部材のパイプ間に、水平に張られた複数の索と、
該複数の索に取り付けられたガードネットとからなる
ことを特徴とする落石防護柵。
【請求項6】
擁壁の上面にH型綱からなる支柱が立てて固定され、該支柱に索およびガードネットが取り付けられた落石防護柵の補強方法であって、
前記支柱から前記索およびガードネットを取り外し、
前記支柱に円筒形状のパイプを被せ、
該パイプと前記支柱との間隙を含む該パイプの中空部分に固定剤を注入して固化し、
前記パイプに新しい索およびガードネットを取り付ける
ことを特徴とする落石防護柵の補強方法。
【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、落石防護柵の補強部材、落石防護柵および落石防護柵の補強方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
図6は従来の落石防護柵101の概略斜視図である。同図において、符号Wはコンクリート製の擁壁である。この擁壁Wの上面には、複数本の垂直な支柱1がその基部を固定されている。支柱1は、擁壁Wの上面に、その長手方向に沿って間隔をもって配設されている。各支柱1として、H型鋼がよく使用されている。
複数の支柱1には、複数の水平な索2が複数段に取り付けられている。そして、支柱1および索2にガードネット3が取り付けられている。
かかる構成の落石防護柵101によって、落石が道路Rにまで落ちるのを防止している。
【0003】
【発明が解決しようとする課題】
しかるに、従来の落石防護柵101は、索2およびガードネット3によって落石等を受け止め、索2およびガードネット3が落石から受けた力を支柱1が支持する構造であるので、落石防護柵101の強度を高くするには、支柱1の強度を高くする必要がある。
しかし、既に擁壁W上に立設されている支柱1の強度を高くするには、落石防護柵101や擁壁Wを一度壊して、新しい擁壁を構築し、強度の高い新しい支柱を設置しなければならないので、大変な手間と費用が必要であるという問題がある。
【0004】
本発明はかかる事情に鑑み、既に擁壁上に立設されている支柱を、安価に簡単に補強することができる落石防護柵の補強部材、落石防護柵および落石防護柵の補強方法を提供することを目的とする。
【0005】
【課題を解決するための手段】
請求項1の落石防護柵の補強部材は、擁壁の上面に立てて固定されたH型綱からなる支柱、索およびガードネットからなる防護柵の補強部材であって、前記支柱に立てて被せる円筒状のパイプと、該パイプと前記支柱との間隙を含む該パイプの中空部分に注入される固定剤とからなることを特徴とする。
請求項2の落石防護柵の補強部材は、請求項1記載の発明において、前記固定剤が、モルタルであることを特徴とする。
請求項3の落石防護柵の補強部材は、請求項1または2記載の発明において、前記パイプの下端に、該パイプを前記擁壁に取り付けるパイプ取付金具が設けられたことを特徴とする。
請求項4の落石防護柵の補強部材は、請求項1、2または3記載の発明において、前記擁壁の近傍の地面に立設した補助支柱と、該補助支柱と、前記パイプの下端部とを連結する連結具とからなることを特徴とする。
請求項5の落石防護柵は、擁壁の上面に立てて固定された複数のH型綱からなる支柱に取り付けられ、該支柱を補強する複数の請求項1、2または3記載の落石防護柵の補強部材と、隣接する該補強部材のパイプ間に、水平に張られた複数の索と、該複数の索に取り付けられたガードネットとからなることを特徴とする。
請求項6の落石防護柵の補強方法は、擁壁の上面にH型綱からなる支柱が立てて固定され、該支柱に索およびガードネットが取り付けられた落石防護柵の補強方法であって、前記支柱から前記索およびガードネットを取り外し、前記支柱に円筒形状のパイプを被せ、該パイプと前記支柱との間隙を含む該パイプの中空部分に固定剤を注入して固化し、前記パイプに新しい索およびガードネットを取り付けることを特徴とする。
【0006】
請求項1の発明によれば、固定剤によって支柱とパイプとを一体に固定できるので、既に擁壁上に立設されている支柱の強度を高めることができる。つまり、支柱に加わる荷重によって発生する曲げ応力のうち、引張応力は支柱とパイプで支持し、圧縮応力はモルタルが支持するので、支柱の曲げに対する強度を高めることができる。また、支柱を擁壁に取り付けたままパイプの施工を行えるので、擁壁を壊す手間もかからず費用も安くなる。
請求項2の発明によれば、固定剤がモルタルであるので、材料費が安くなる。
請求項3の発明によれば、パイプ取付金具によってパイプの下端を擁壁に頑強に取り付けることができるから、支柱の強度をより高めることができる。
請求項4の発明によれば、補助支柱によって、パイプの下端部に加わる力を連結具を介して支持することができるので、支柱の強度をより高めることができる。
請求項5の発明によれば、補強部材によって支柱が補強されて、支柱の強度が高くなっており、索およびガードネットによって支持することができる荷重が大きくなるので、大きな落石にも耐えることができる。
請求項6の発明によれば、支柱にパイプを被せ、パイプの中空部分に固定剤を注入し固化させるだけで、既に擁壁上に立設されている支柱の強度を高めることができる。また、支柱を擁壁に取り付けたままパイプの施工行えるので、擁壁を壊す手間もかからず費用も安くなる。
【0007】
【発明の実施の形態】
つぎに、本発明の実施形態を図面に基づき説明する。
図1は本実施形態の落石防護柵20の概略斜視図である。図2は本実施形態の落石防護柵20の側面図である。図1および図2に示すように本実施形態の落石防護柵20は、支柱1、索2、ガードネット3、索取付部材4および補強部材10から構成されている。
図1および図2において、符号Wは擁壁を示しており、この擁壁Wの上面には、複数の支柱1が立てて固定されている。
この支柱1は、図6に示す従来から用いられている支柱であって、後述する補強部材10によって、補強されるものである。
符号2および符号3は、それぞれ索およびガードネットを示している。索2は、例えばワイヤーロープであり、後述する複数の補強部材10のパイプ11間に、水平に複数段張られており、この符号2は、索取付具4によって、パイプ11に取り付けられている。この索2には、ガードネット3が取り付けられている。
【0008】
つぎに、補強部材10を説明する。
補助部材10は、パイプ11、パイプ固定金具12、キャップ15および固体モルタル13から基本構成されている。
【0009】
パイプ11は、円筒状のパイプであり、その素材は、鉄や鋼等である。
【0010】
このパイプ11の下端には、パイプ固定金具12が固定されている。このパイプ固定金具12は、上板12aと側板12bとから構成されている。
上板12aは板状の部材であり、その上面が前記パイプ11の下端に固定されている。この上板12aには、パイプ11の中心軸を中心とし、パイプ11の内径と同径の図示しない貫通孔が形成されている。
また、上板12aの一端には、側板12bが設けられている。この側板12bは、上板12aに対して下方に屈曲している。よって、パイプ固定金具12は、上板12aと側板12bとで側面視逆L字状になっている。
【0011】
このため、下端にパイプ固定金具12が固定されたパイプ11を、支柱1の上方から上板12aの貫通孔を通して、各支柱1に立てて被せ、上板12aの下面および側板12bの前面を擁壁Wの上面および背面にそれぞれ密着させて、例えば、ホールインアンカー等の固定具によって上板12aおよび側板12bを擁壁Wに固定すれば、パイプ11を擁壁Wに固定することができる。
【0012】
しかも、擁壁Wの背面から前面に向かう力がパイプ11に加わったときには、パイプ固定金具12の側板12bが擁壁Wの背面に引っ掛かっているので、パイプ11が前方に倒れようとする力を側板12bによっても支えることができる。
【0013】
なお、固定具はパイプ固定具12を擁壁Wに固定することができれば、どのようなものを用いてもよい。
【0014】
前記擁壁Wに固定された前記パイプ11の中空部分は、固定剤である固体モルタル13によって埋められている。この固定モルタル13は、液状モルタルの状態でパイプ11の中空部分に流し込まれて固化したものである。この固体モルタル13によって、パイプ11と支柱1とが、一体に固定されている。
固体モルタル13は圧縮強度が高いので、支柱1に加わる荷重によって発生する曲げ応力のうち、圧縮応力は固体モルタル13が支持し、引張応力は支柱1とパイプ11で支持するので、支柱1の曲げに対する強度を高めることができる。
【0015】
なお、固定剤は固体モルタル13に限定されず、パイプ11の中空部分を埋めて、支柱1とパイプ11とを一体に固定できればよく、例えばコンクリートやモルタル、ポリマーモルタル等の樹脂、カーボン等でもよい。
特に弾性の高い固定剤を用いた場合、落石の衝撃荷重によって発生する曲げ応力が弾性限度よりも小さければ、パイプ11および固定剤は弾性変形する。すると、落石を取り除けば、パイプ11が元の形状に復帰し、固定剤内にも内部応力が残存しないので、パイプ11の耐久性を高くすることができる。
【0016】
符号15は、パイプ11の上端に取り付けられたキャップであり、雨水やゴミがパイプ11の中空部分に入るのを防止するためのものである。このため、雨水がモルタル20に浸み込んで、支柱1やパイプ11が錆びることを防ぐことができる。
【0017】
したがって、補強部材10は、固体モルタル13によって支柱1とパイプ11とを一体に固定するので、支柱1の強度を高めることができる。
また、パイプ固定金具12によって補強部材10の下端を擁壁Wに頑強に取り付けることができるから、支柱1の強度をより高めることができる。
【0018】
なお、図4に示すように、補強部材10のパイプとして、上端部が前方に屈曲しているパイプ11Bを使用してもよい。この場合、防護範囲が広がるという効果を奏する。
【0019】
つぎに、本実施形態の補強部材20の施工作業を説明する。
図3は落石防護柵20の施工作業の説明図である。
まず、補強すべき落石防護柵の索およびガードネットを取り外す。これにより、擁壁Wの上面に、複数の支柱1のみを残しておく。
【0020】
つぎに、前記支柱1にパイプ11を被せて、擁壁Wの上面および背面にパイプ固定金具12の上板12aの下面および側板12bの前面を密着させる。その状態で、例えばホールインアンカー等の固定具Bによって、パイプ取付金具12を擁壁Wに取り付ける。
【0021】
つぎに、パイプ11の中空部分に液体モルタル14を流し込み、パイプ11の上端にキャップ15を嵌合する。すると、キャップ15により、パイプ11の上端から中空部分に雨水やゴミが入って、そのゴミ等が液体モルタル14に混入することを防止することができる。
【0022】
液体モルタル14が固化し、固体モルタル13となると、この固体モルタル13によって支柱1とパイプ11とが一体に固定され、支柱1に補強部材10を取り付けられる。
【0023】
つぎに、複数の補強部材10のパイプ11間に、索2水平に、複数段に張り、索取付具4によって索2をパイプ11に取り付ける。
最後に、ガードネット3を索2に取り付ければ、落石防護柵20の施工が終了する。
【0024】
上記のごとく、本実施形態の落石防護柵の落石防護柵20によれば、既に擁壁W上に立設されている支柱1の強度を高めることができ、支柱1を擁壁Wに取り付けたままで施工するから、安価に簡単に支柱1を補強することができる。
【0025】
また、補強部材10によって支柱1が補強されて、支柱1の強度が高くなっており、索2およびガードネット3が支持することができる荷重が大きいので、大きな落石にも耐えることができる。
【0026】
なお、隣接するパイプ11の上端間に、例えば鉄製の棒材を水平に配設し、この棒材によって隣接するパイプ11の上端同士を連結してもよい。この場合、1本のパイプ11に加わる力を、他のパイプ11に分散して支持させることができるので、落下防護柵の支持することができる荷重を、さらに大きくすることができる。
【0027】
さらになお、支柱1の強度をさらに高くするときには、図5に示すように、擁壁Wの背後の地面に補助支柱31を立設して、この補助支柱31と補強部材10のパイプ11の下端を連結具32によって連結してもよい。この場合、補助支柱31によって、パイプ11の下端部に加わる力を、連結具32を介して支持することができるから、支柱1の強度をより高くすることができる。
【0028】
【発明の効果】
請求項1の発明によれば、固定剤によって支柱とパイプとを一体に固定できるので、既に擁壁上に立設されている支柱の強度を高めることができる。つまり、支柱に加わる荷重によって発生する曲げ応力のうち、引張応力は支柱とパイプで支持し、圧縮応力はモルタルが支持するので、支柱の曲げに対する強度を高めることができる。また、支柱を擁壁に取り付けたままパイプの施工を行えるので、擁壁を壊す手間もかからず費用も安くなる。
請求項2の発明によれば、固定剤がモルタルであるので、材料費が安くなる。
請求項3の発明によれば、パイプ取付金具によってパイプの下端を擁壁に頑強に取り付けることができるから、支柱の強度をより高めることができる。
請求項4の発明によれば、補助支柱によって、パイプの下端部に加わる力を連結具を介して支持することができるので、支柱の強度をより高めることができる。
請求項5の発明によれば、補強部材によって支柱が補強されて、支柱の強度が高くなっており、索およびガードネットによって支持することができる荷重が大きくなるので、大きな落石にも耐えることができる。
請求項6の発明によれば、支柱にパイプを被せ、パイプの中空部分に固定剤を注入し固化させるだけで、既に擁壁上に立設されている支柱の強度を高めることができる。また、支柱を擁壁に取り付けたままパイプの施工行えるので、擁壁を壊す手間もかからず費用も安くなる。
【図面の簡単な説明】
【図1】
本実施形態の落石防護柵20の概略斜視図である。
【図2】
本実施形態の落石防護柵20の側面図である。
【図3】
落石防護柵20の施工作業の説明図である。
【図4】
他の補強部材10の側面図である。
【図5】
補助支柱31を設けた落下防護柵20の側面図である。
【図6】
従来の落石防護柵20の概略斜視図である。
【符号の説明】
1 支柱
2 索
3 ガードネット
11 パイプ
12 パイプ取付金具
13 モルタル
31 補助支柱
32 連結具
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
審決日 2012-06-19 
出願番号 特願2000-236822(P2000-236822)
審決分類 P 1 123・ 113- ZA (E01F)
P 1 123・ 121- ZA (E01F)
P 1 123・ 832- ZA (E01F)
P 1 123・ 841- ZA (E01F)
最終処分 成立  
前審関与審査官 中槙 利明  
特許庁審判長 木村 史郎
特許庁審判官 清水 康司
立澤 正樹
登録日 2003-05-23 
登録番号 特許第3432202号(P3432202)
発明の名称 落石防護柵の補強部材、落石防護柵および落石防護柵の補強方法  
代理人 和田 祐造  
代理人 鮫島 正洋  
代理人 横井 康真  
代理人 横井 康真  
代理人 横井 康真  
代理人 横井 康真  
代理人 横井 康真  
代理人 ▲高▼見 憲  

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