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審決分類 審判 一部無効 2項進歩性  F16H
管理番号 1265027
審判番号 無効2012-800028  
総通号数 156 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2012-12-28 
種別 無効の審決 
審判請求日 2012-03-14 
確定日 2012-10-24 
事件の表示 上記当事者間の特許第4641574号発明「自動二輪車用の電動式変速機切換え装置」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 1.手続の経緯
本件特許第4641574号に係る発明についての出願は、平成11年8月6日に特許出願されたものであって、平成22年12月10日に特許権の設定登録がされたものである。
これに対して、平成24年3月14日付けで、請求人より無効審判の請求がなされ、被請求人から平成24年6月5日付けで答弁書が提出され、請求人から平成24年7月20日に口頭審理陳述要領書が提出され、被請求人から平成24年7月20日に口頭審理陳述要領書が提出され、平成24年8月3日に口頭審理が行われ、さらに、被請求人から平成24年8月15日付けで上申書が提出され、請求人から平成24年8月17日付けで上申書が提出されたものである。

2.本件発明
本件特許の請求項1に係る発明(以下、「本件発明」という。)は、乙第1号証に記載されているように、その明細書の特許請求の範囲の請求項1に記載された次のとおりのものである。
「【請求項1】
電動モータを用いて自動二輪車の変速機の変速切換え操作を行う自動二輪車用の電動式変速機切換え装置において、
前記電動モータの回転を減速する減速機と、前記減速機で減速された回転出力が伝えられる変速ドラムと、前記変速ドラムの現在位置を検出する位置センサと、この位置センサが接続され前記電動モータを駆動制御する制御部と、前記制御部へ変速指令を出力する足動式の変速ペダルとを備え、前記制御部は、前記足動式の変速ペダルが出力する変速指令および前記位置センサが出力する前記変速ドラムの現在位置に基づいて前記電動モータを駆動することを特徴とする自動二輪車用の電動式変速機切換え装置。」

3.請求人の主張及び証拠
請求人は、甲第1号証?甲第5号証の証拠方法を提出するとともに、本件特許には、以下の無効理由がある旨主張している。(以下、「甲1」等と記載することがあるが、それは、「甲第1号証」等を略記したものである。)
(1)無効理由
請求人の提出した審判請求書、口頭審理陳述要領書、及び上申書における主張を整理すると、無効理由の要旨は次のとおりである。
【無効理由】
本件発明は、甲第1号証、及び、甲第2号証又は甲第3号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明することができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。
なお、周知技術を示す文献として甲第4号証及び甲第5号証を提示している。
(2)証拠方法
甲第1号証 特開平2-21057号公報
甲第2号証 特開平11-82734号公報
甲第3号証 実願昭58-27773号(実開昭59-131650号)のマイクロフィルム
甲第4号証 特開昭58-170953号公報
甲第5号証 実公昭54-19002号公報

4.被請求人の主張
被請求人は、本件審判請求は成り立たない旨、主張している。

5.当審の判断
(1)本件発明
本件発明は上記のとおりである。

(2)証拠方法及びその記載内容
(2-1)甲第1号証
甲第1号証(特開平2-21057号公報)には、下記の事項が図面とともに記載されている。なお、全角半角等の文字の大きさ、促音、拗音、句読点は記載内容を損なわない限りで適宜表記した。以下、同様。
(あ)「「産業上の利用発明」
本発明は自動二輪車等の動力伝達系に用いられる無段変速機の制御装置に関するものである。
「従来の技術」
無段変速機の一例(二輪車用)としては、駆動軸と従動軸のそれぞれに、油圧によって溝幅が調整されるプーリーを設けて、これらのプーリーの間に無端ベルトを巻回し、そして各プーリーに供給する油圧を調整することによって、各プーリーの溝幅を調整して変速比を変える構成のものがある。
従来、このような無段変速機の変速比を設定する制御装置は、無段変速機の特性を生かすべく、例えば、制御するに必要な基準となる値(例えば、アクセル開度等がある)を検出し、その値に対応する理想的な最終到達エンジン回転数を求め、この値に実際のエンジン回転数を近付かせるように変速比を制御するといった、自動制御が主であった。
「発明が解決しようとする課題」
しかしながら、上記した従来の制御装置では、スロットル開度等によって変速比が一義的に定まる自動制御が行なえるだけで、独自の急加速を行ないたい等運転者が所望するマニアル運転制御は行なえなかった。
本発明は上記事情に鑑みてなされたもので、運転者の趣向により自動変速運転でもマニアル変速運転でも任意に選択できる無段変速機の制御装置を提供することを目的とする。
「課題を解決するための手段」
本発明では、エンジンの出力を駆動輪に伝達する動力伝達系に介装される無段変速機の制御装置であって、スロットル開度に応じた自動運転目標エンジン回転数を求め、それと実エンジン回転数との偏差を零とする如く信号を発して無段変速機の変速比を制御する第1の制御部と、複数の一定変速比を設定する目標レシオ設定手段から送られる目標レシオ信号と車速信号とからマニアル運転目標エンジン回転数を求め、これと実エンジン回転数との偏差を零とする如く信号を発して無段変速機の変速比を制御する第2の制御部と、前記第1の制御部と第2の制御部とのいずれかを制御系に択一的に接続させる切換手段とを備えて成ることを特徴としている。」(第1ページ右下欄第2行?第2ページ右上欄第4行)
(い)「次に、このような構成の無段変速機1を制御対象とする本発明の制御装置の構成例について説明する。この制御装置には、機械的な構成部と、電気的な構成部がある。」(第3ページ左上欄第13?16行)
(う)「この機械的な構成部は、切換弁51のスプール53がサーボモータ57によって移動調整されることにより、無段変速機1の変速比を調整動作する。サーボモータ57自体は、後述する電気的な構成部によって制御される。その電気的な制御部は、後述するように、種々の運転情況に応じて最適な目標エンジン回転数を求め、そしてその目標エンジン回転数と、実際のエンジン回転数とを比較して、それらの差に応じてサーボモータ57の駆動信号を出力するものであり、その駆動信号に基づいて、切換弁51のスプール53が左右方向に移動する。
これにより、低高圧設定部52からの低圧、高圧の圧油は、駆動プーリー4側と従動プーリー6側のそれぞれに選択的に供給されて、無段変速機1の変速比が変わる。こうして変速比を変えることにより、エンジンに加わる負荷を変化させて、実際のエンジン回転数を最適な目標エンジン回転数に調整する。」(第5ページ右上欄第20行?左下欄第18行)
(え)「次に、この発明の制御装置の電気的な構成部について説明する。この電気的な構成部は、コントロールユニット100として構成されるもので、最終的には、サーボモータ57を制御してスプール53の位置を調整する。該コントロールユニット100は、以下に示す3つの主構成要素を備える。
すなわち、第1の構成要素は、車両の運転情況に応じた最適な自動運転用の目標エンジン回転数を求め、それと実エンジン回転数との偏差を零とする如く無段変速機1の変速比を制御するものである(以下、第1の制御部101と言う)。
第2の構成要素は、複数の一定変速比を設定する目標レシオ設定手段110から送られる目標レシオ信号と例えば無段変速機1の従動軸5の回転速度を検出するセンサ61から送られてくる信号を基に算出される車速信号からマニアル運転用の目標エンジン回転数を求め、これと実エンジン回転数との偏差を零とする如く無段変速機の変速比を制御するものである(以下、第2の制御部111と言う)。
第3の構成要素は、前記第1の制御部101と第2の制御部111とのいずれかを、制御系に択一的に接続させるべく切り換えを行なう切換手段120である。」(第5ページ右下欄第13行?第6ページ左上欄第17行)
(お)「このように、第1の制御部101は、アクセルの開閉速度を1つのパラメータとして変速機1を制御することにより、アクセルの開閉速度に応じて、自動的にキックダウン加速をさせたり、エンジンブレーキをかけたりする。したがって、車両の運転感を向上させることになる。
第2の制御部11は、レシオ(1速……4速)を設定する目標レシオ設定部112と、該目標レシオ設定部112から送られてくる信号と車速信号とからその時点でのマニアル運転用の目標エンジン回転数MT-Neを設定する目標エンジン回転数設定部113と、変速比調整部106とから成る。なお、変速比調整部106は、前記第1の制御部101でも使われており、第1,第2の制御部101,111双方で兼用されている。
目標レシオ設定部112は、第6図(a)、(b)に示すレシオ設定手段110から送られてくる信号に基づきレシオを設定するものである。すなわち、運転者はこのレシオ設定部112によって無段変速機1の変速比を任意の値に固定させることができる。目標エンジン回転数設定部113は、レシオ設定部112と車速信号から予め入力された第7図(b)に示すレシオ曲線に基づき、その時点における車速に応じた目標エンジン回転数MT-Neを設定する。
変速比調整部106は、実際のエンジン回転数Neを目標エンジン回転数MT-Neとするように、無段変速機1の変速比を調整してエンジンの負荷を増減するものであり、具体的な動きは前記第1の制御部111の場合と同様である。
なお、レシオ設定手段110の一例について第6図(a),(b)を参照して説明すると、図中符号130はシフトドラムで、このシフトドラム130の内方には複数のマイクロスイッチ131が、シフトドラム130の回転中心から同距離離れた同一円周上所定角度置きに配置されている。該マイクロスイッチ131に対向するシフトドラム130の端面にはピン132が突出して設けられ、このピン132がシフトドラム130とともに回転することによって、マイクロスイッチ131の一つが択一的に押圧されて「オン」状態となる。各マイクロスイッチ131は前記目標レシオ設定部112に電気的に接続されている。
この例においてシフトドラム130を回転操作する構造は従来周知のものと同様である。すなわち、チェンジ操作子133が軸7を中心に上下方向に揺動操作されると、セクタギヤ134,135を介してシフトレバ136が軸8を中心に揺動され、これに伴いシフトアーム137が前後動してシフトドラム130が刻み送りが行なえるようになっている。
以上説明したレシオ設定手段110において、運転者は、チェンジ操作子133を操作することによって任意のレシオが選べるのである。
上記無段変速機1の制御装置によれば、切換手段120によって前記第1の制御部101と第2の制御部111とのいずれかを、制御系に接続させることによって、無段変速機1の変速比制御をオートとマニアルに切り換えることができる。
オートに設定した場合には、スロットル開度およびスロットル操作速度に応じたその時点での目標エンジン回転数TT-Neが求められ、それに実エンジン回転数Neが近付くように、無段変速機1の変速比が自動的に調整される(第7図(a)参照)。
一方、マニアルに設定した場合には、無段変速機1の変速比が、レシオ設定手段110によって選択された変速比に合致するように制御される。具体的には、レシオ設定手段110によって変速比曲線(第7図(b)参照)が特定され、この変速比曲線からその時点での車速にあった目標エンジン回転数MT-Neが求められ、この値に実エンジン回転数Neが近付くように無段変速機1の変速比が調整される。」(第7ページ左下欄第7行?第8ページ右上欄第20行)
上記の記載事項及び図面からみて、甲第1号証には、次の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されていると認められる。
「サーボモータ57を用いて自動二輪車の無段変速機1の変速比を制御する制御装置であって、
スロットル開度に応じた自動運転目標エンジン回転数を求め、それと実エンジン回転数との偏差を零とする如く信号を発して無段変速機の変速比を制御する第1の制御部101と、
チェンジ操作子133の揺動操作に応じて複数の一定変速比を設定するレシオ設定手段110から送られる目標レシオ信号と車速信号とからマニアル運転目標エンジン回転数を求め、これと実エンジン回転数との偏差を零とする如く信号を発して無段変速機の変速比を制御する第2の制御部111と、
前記第1の制御部101と第2の制御部111とのいずれかを制御系に択一的に接続させる切換手段とを備えて成る自動二輪車の無段変速機1の変速比を制御する制御装置。」

請求人は、甲第1号証に記載されている発明を、審判請求書(特に第6ページ第2?16行)に記載されているように認定している。
しかし、第1に、(a)甲1の「発明の名称」、「特許請求の範囲」、「産業上の利用分野」(甲1の第1ページ右下欄第2?4行)等に「無段変速機」と記載されていること、(b)甲1の実施例も「無段変速機」に関するものであること、以上からすると、甲1に記載された発明は「無段変速機」に係るものであり、これを省いて認定することは適当でない。
第2に、甲1の「従来の技術」や「発明が解決しようとする課題」の欄(甲1の第1ページ右下欄第5行?第2ページ左上欄第9行)をみると、「二輪車用の無段変速機においては、従来は自動制御が主であったが、このような従来の制御装置では、スロットル開度等によって変速比が一義的に定まる自動制御が行なえるだけで、独自の急加速を行ないたい等運転者が所望するマニアル運転制御を行なえなかった。本発明は上記事情に鑑みてなされたもので、運転者の趣向により自動変速運転でもマニアル変速運転でも任意に選択できる無段変速機の制御装置を提供することを目的とする」旨、記載されており、無段変速機の自動制御(すなわち、スロットル開度等に基づく自動変速制御)、マニュアル運転制御(すなわち、運転者の変速操作に基づくマニュアル変速制御)、及び両制御の切換手段が、甲1の「特許請求の範囲」に記載されているとともに、それらを備えたものが「実施例」として説明されている。マニュアル運転制御のみを行なうようにした自動二輪車は特別なものではないであろうが、甲1には、そのようなマニュアル運転制御のみを行なうというような記載ないし示唆はない。以上からすると、甲1に記載された発明は、無段変速機の自動制御を前提として備え、この自動制御では、運転者が所望するマニュアル運転制御が行えないという課題に鑑みて、マニュアル運転制御、及び両制御の切換手段を補充的に追加したという発明であって、甲1に記載から、自動制御に関する事項を捨象し、マニュアル運転制御のみを備えた発明を把握することは適当でない。
第2の点について補足すると、甲1の記載から発明を認定する場合、必ずしも、記載されている事項をすべて挙げる必要はなく、対比すべき発明との関係で必要な事項Aのみを挙げるだけで十分なこともあると考えられる。しかしながら、ある事項Bを甲1の発明の特定事項として認定しなかった場合、通常、該発明が事項Bを具備するか否かは無限定・任意的となり、そのような発明の認定が、甲1の発明の課題・効果等の記載からみて適当でない場合も起こり得る。本件の場合、自動制御に関する事項を省いて、マニュアル運転制御に関する事項を甲1の発明として認定すると、自動制御に関する事項を備えるか否かは該発明にとっては無限定・任意的となり、自動制御とマニュアル運転制御を備えた自動二輪車と、自動制御を備えず、マニュアル運転制御のみを備えた自動二輪車との双方を包摂することになる。しかし、甲1に記載された発明は、上記の通り、自動制御を備え、これに、マニュアル運転制御を追加した発明であって、自動制御を備えず、マニュアル運転制御のみを備えた自動二輪車を包摂することになる発明の認定は妥当でない。また、下記の「(4-3)相違点3について」にみるように、甲1に記載された発明が自動制御を備えるか否かは、甲1発明に他の発明を組み合わせて本件発明に想到することが容易かどうかの判断に影響し得るのであり、自動制御に関する事項を省いて甲1に記載された発明を認定することは、容易想到性の判断に至る前の甲1の発明の認定において、容易想到性の判断において検討すべき事項を予め省いてしまうこととなり、結果的に、想到容易性の判断に一定の予断を与えるということにもなりかねないのである。

(2-2)甲第2号証
甲第2号証(特開平11-82734号公報)には、下記の事項が図面とともに記載されている。
(か)「【0004】
【発明が解決しようとする課題】ところで、チェンジペダルを用いた上記従来の変速機構では、乗員の足でチェンジペダルを操作するので素早いシフトチェンジを行うには熟練が必要であり、また熟練者であってもシフトチェンジに要する時間の短縮には限界があった。しかも変速機に設けられた変速クラッチも前記チェンジペダルにより操作されるので、変速クラッチをスムーズに締結して変速ショックの発生を抑えるには熟練が必要であった。更に変速機の側面にチェンジペダルが突出するため、そのチェンジペダルがフロアボードと干渉したり、チェンジペダルの上下ストロークを確保しようとすると変速機が下方となってエンジンの最低地上高が減少したりする問題があった。
【0005】また前記特開平5-39865号公報に記載されたものは、その変速機が変速クラッチを備えていないため、シフトチェンジを行う際に走行用モータの駆動停止とシフトチェンジ用モータの駆動とを同期させる必要があって制御が複雑になるばかりか、シフトドラムがスムーズに回転できない場合にシフトチェンジ用モータに過剰な負荷が加わるのを防止すべく、ロストモーション機構を必要とする問題があった。
【0006】本発明は、前述の事情に鑑みてなされたもので、操作に熟練を要することなく容易かつ的確なシフトチェンジが行えるようにすることを目的とする。
【0007】
【課題を解決するための手段】上記目的を達成するために、請求項1に記載された発明は、エンジンおよび駆動輪間に設けられた変速機と、エンジンおよび変速機間に設けられた変速クラッチとを備えた車両用動力伝達装置において、乗員により操作される操作部材からの指令信号に基づいて前記変速クラッチの締結および締結解除を行う電気アクチュエータを備えたことを特徴とする。
【0008】上記構成によれば、駆動源および変速機間に設けられた変速クラッチの締結および締結解除を電気アクチュエータで行うので、熟練を要することなく誰でも容易かつ的確なクラッチ操作を行うことができるだけでなく、乗員の手や足で直接行う場合には不可能な素早いクラッチ操作も可能となる。」
(き)「【0025】図8に模式的に示すように、パワーユニットPの内部に収納された変速機Tは、クランクシャフト12(図4参照)に接続されたメインシャフト35と、前部プロペラシャフト13および後部プロペラシャフト16(図2参照)接続されたカウンタシャフト36とを備えており、メインシャフト35およびカウンタシャフト36間に複数の変速段を確立するためのギヤ列37が設けられる。」
(く)「【0030】而して、モータ58が正転駆動あるいは逆転駆動されると、減速ギヤ62?67を介してシフトスピンドル51が正逆転し、このシフトスピンドル51に固定されたクラッチアーム68が揺動するため、クラッチアーム68の先端に設けたローラ69に溝71_(1) を押圧された可動カムプレート71が揺動する。その結果、可動カムプレート71が固定カムプレート72からボール73…を介して受ける反力で移動し、可動カムプレート71に接続された連結プレート75がクラッチスプリング77に抗してクラッチピストン43を図5中右方向に移動させるため、摩擦板42が相互に離反して変速クラッチ39の締結が解除される。
【0031】フロントケーシング31およびリヤケーシング32にシフトドラム81とシフトフォーク軸82とが車体前後方向に支持される。シフトドラム81の外周には3本のカム溝81_(1) ?81_(3) が形成されており、これらカム溝81_(1) ?81_(3) に3本のシフトフォーク83,84,85の基端が係合する。シフトドラム81が回転するとシフトフォーク83,84,85が軸方向に移動し、前記ギヤ列37を介して所定の変速段が確立される。シフトドラム81の回転位置、すなわちシフトポジションは、シフトドラム81の後端に接続されたポテンショメータよりなるシフトポジション検出手段91により検出される。」
(け)「【0046】図9のタイムチャートにおいて、時刻t_(0) にシフトアップスイッチ26あるいはシフトダウンスイッチ27が操作されると、時刻t_(1) までの間モータ58がデューティ100%で駆動される。そのときのモータ58の駆動方向、すなわちシフトスピンドル51の回転方向は、シフトアップの場合とシフトダウンの場合とで逆方向になる。シフトスピンドル51の回転角が6°30′に達すると変速クラッチ39が締結解除されるとともに、シフトドラム81が回転を開始する。
【0047】このときの作用を説明すると、図7において、例えばチェンジアーム87が矢印A方向に回転すると、このチェンジアーム87にローラ88および長孔93_(2)を介して係合するチェンジプレート93が矢印A方向に回転し、その開口部93_(3) に形成した下側の突起93_(4) が1本の送りピン95_(2) を上方に押圧し、シフトドラム81を1ピッチだけ矢印A方向に回転させる。その結果、時刻t_(2) においてシフトスピンドル51の回転角が19°に達したとき、ディテントローラ101がピンプレート95の新たな凹部95_(1) に係合し、シフトドラム81を新たな位置に安定的に停止させる。時刻t_(1) からt_(2) までの間、モータ58は制動力を発生し、チェンジアーム87の第1開口部87_(1 )の内縁がスタッドボルト90に当接する際の衝撃を和らげる。
【0048】続いて、時刻t_(2) から時刻t_(4) までシフトスピンドル51の回転角を19°に保持し、シフトチェンジを完全に終了させる。その前半の時刻t_(2) から時刻t_(3) までの時間は、シフトフォーク81?83により駆動されるシフターギヤのドグと変速ギヤのドグとを完全に係合させる時間であり、その後半の時刻t_(3) から時刻t_(4) までの時間は、変速ショックを軽減するためのライダーのスロットル操作を許容する時間である。
【0049】続いて、時刻t_(4) から時刻t_(6) まで、モータ58は逆方向に駆動される。その結果、図7においてチェンジアーム87が中立位置に向けて矢印B方向に回転し、チェンジプレート93もチェンジアーム87と共に矢印B方向に回転するが、その開口部933 に形成した下側のカム面93_(5 )が1本の送りピン95_(2) に当接して反力を受けるため、その反力でチェンジプレート93がスプリング94を伸長しながら矢印C方向に移動する。これにより、前記カム面93_(5) が送り前記ピン95_(2) を乗り越え、シフトドラム81を前記新たな位置に停止させたまま、チェンジアーム87およびチェンジプレート93は中立位置に復帰することができる。
【0050】その間、変速クラッチ39は再び締結されるが、変速クラッチ39が締結される時刻t_(5) から時刻t_(6) までの間、モータ58の駆動速度は減少する。これにより、変速クラッチ39の締結をゆっくりと行わせて変速ショックの発生を防止することができる。」
(こ)「【0057】例えば、実施例では四輪の鞍乗型車両Vを例示したが、本発明は二輪や三輪の車両に対しても適用することができる。」
(2-3)甲第3号証
甲第3号証(実願昭58-27773号(実開昭59-131650号)のマイクロフィルム)には、下記の事項が図面とともに記載されている。
(さ)「本考案は2輪車等に用いられているドッグクラッチ付変速ギヤのギヤシフトを電動化し従来の足による操作を廃止すべく考案された変速装置に関するものである。
一般に2輪車等の変速機構は足により変速レバーを操作しシフトカム軸を一定角回動させ、シフトカム軸のカム溝に做ってフォークが動き、フォークがギヤの結合を変えるように構成されている。
本考案はこの変速機構を大巾に変えることなく電動式化し電気信号により変速を行なわせることにより、変速の自動化、手動化が可能な方式を提案するものであり、以下図により構成、動作を説明する。」(明細書第2ページ第2?15行)
(し)「変速ギヤをシフトアップするにあたり、第1のスイッチ(12)をオンすれば信号検出回路(15)はパワースイッチ回路(16)をオン状態とし、モータ(8)は第2のギヤ(10)、第1のギヤ(6)を介してシフトカム軸(1)を一定方向に駆動回転せしめる。信号検出回路(15)はスイッチ(12)?(14)がオンした時の信号のみ検出するよう構成されておりスイッチ(12)がオフになってもパワースイッチ回路(16)のオン状態を続ける。
モータ(8)がシフトカム軸(11)を駆動し続け、一定位置まで回動すれば、位置センサ(7)の出力を受けて、位置検出回路(17)が信号検出回路(15)に信号を与えパワースイッチ回路(16)をオフすると同時に制動回路(18)にも信号を与えモータ(8)を停止させる。
位置センサ(7)の規定位置直前の出力により位置検出回路(17)は信号検出回路(15)に信号を与え、信号検出回路(15)はパワースイッチ回路(16)を断続通電することによりモータ(8)の回転トルクを抑制し、前記モータ(8)停止に際し、停止位置精度の向上をも行なう。
シフトダウンスイッチ(13)の操作に対しても装置は同一の動作をなし、モータ(8)の回転方向、すなわちシフトカム軸(1)の回転方向をシフトアップ時に対し逆方向に駆動する点のみが異なる。」(明細書第4ページ第15行?第5ページ第19行)
(す)「以上のように構成された本考案の装置においては、スイッチ(12)の操作により変速ギヤが1シフトづつシフトアップされ、またスイッチ(13)の操作によっては1シフトずつシフトダウンされ、スイッチ(14)の操作によっては中立位置に設置され、従来の足動式と同一のパターンでの変速が手動もしくはスイッチ(12)?(14)を回転数に応動する信号に置き換えることにより自動化することが可能な装置を提供することができるものである」(明細書第6ページ第9?18行)
(2-4)甲第4号証
甲第4号証(特開昭58-170953号公報。特に、第2ページ右上欄第1?4行、第1、2、8図。)には、自動二輪車において、足動式の変速ペダル1を用いて変速ドラム3を回転駆動して変速操作を行うものが示されている。
(2-5)甲第5号証
甲第5号証(実公昭54-19002号公報。特に、第2欄第35行?第3欄第4行、第1、2図。)には、自動二輪車において、足動式のギヤシフトレバー7を用いてカム筒1を回転駆動して変速操作を行うものが示されている。

(3)対比
本件発明と甲1発明とを比較すると、後者の「サーボモータ57」は前者の「電動モータ」に相当し、以下同様に、「無段変速機1の変速比を制御する制御装置」は「電動式変速機切換え装置」に、「第2の制御部111」は「制御部」に、それぞれ相当する。
後者の「チェンジ操作子133」と前者の「足動式の変速ペダル」とは「変速操作子」である点で一致する。
後者の「レシオ設定手段110」から「第2の制御部111」に送られる「一定変速比」の「信号」は前者の「変速指令」に相当し、したがって、後者の「チェンジ操作子133の揺動操作に応じて」「設定」される「一定変速比」と前者の「前記足動式の変速ペダルが出力する変速指令」は、「変速操作子が出力する変速指令」である点で一致する。
後者は、「チェンジ操作子133の揺動操作に応じて」「設定」される「一定変速比」と車速信号とからマニアル運転目標エンジン回転数を求め、これと実エンジン回転数との偏差を零とする如く信号を発してサーボモータ57を駆動して無段変速機の変速比を制御するのであるから、「変速指令に基づいて電動モータを駆動」するということができる。
したがって、本件発明の用語に倣って整理すると、両者は、
「電動モータを用いて自動二輪車の変速機の変速切換え操作を行う自動二輪車用の電動式変速機切換え装置において、
電動モータを駆動制御する制御部と、制御部へ変速指令を出力する変速操作子とを備え、制御部は、変速操作子が出力する変速指令に基づいて電動モータを駆動する自動二輪車用の電動式変速機切換え装置。」である点で一致し、以下の点で相違する。
[相違点1]
本件発明は、「変速操作子」が「足動式の変速ペダル」であるのに対し、甲1発明は、「変速操作子」が「チェンジ操作子133」である点。
[相違点2]
本件発明は、「前記電動モータの回転を減速する減速機と、前記減速機で減速された回転出力が伝えられる変速ドラムと、前記変速ドラムの現在位置を検出する位置センサと、この位置センサが接続され前記電動モータを駆動制御する制御部と、前記制御部へ変速指令を出力する足動式の変速ペダルとを備え、前記制御部は、前記足動式の変速ペダルが出力する変速指令および前記位置センサが出力する前記変速ドラムの現在位置に基づいて前記電動モータを駆動する」のに対し、
甲1発明は、「チェンジ操作子133の揺動操作に応じて複数の一定変速比を設定するレシオ設定手段110から送られる目標レシオ信号と車速信号とからマニアル運転目標エンジン回転数を求め、これと実エンジン回転数との偏差を零とする如く信号を発して無段変速機の変速比を制御する第2の制御部111」を備える点。
[相違点3]
本件発明は、「制御部」を備えるのに対し、甲1発明は、「第2の制御部111」のほかに、「スロットル開度に応じた自動運転目標エンジン回転数を求め、それと実エンジン回転数との偏差を零とする如く信号を発して無段変速機の変速比を制御する第1の制御部101」、及び「前記第1の制御部と第2の制御部とのいずれかを制御系に択一的に接続させる切換手段」を備えて成る点。

(4)判断
(4-1)相違点1について
請求人は、審判請求書(特に第5ページ第21?28行)等において、甲1発明の「チェンジ操作子133」が足動式であることは、甲1の第6図(a)に図示された具体的形状や設置位置から明白であり、また、自動二輪車において、足動式の変速ペダルを用いて変速操作を行うことは、甲4、5に示されているように周知慣用であり、該周知慣用技術を勘案したとき、チェンジ操作子133が足動式であることは明らかである旨、主張している。これに対し、被請求人は、答弁書(特に第5ページ第1、2行)等において、請求人の主張は誤りである旨、反論している。
まず、運転者が変速操作する部材が足動式しかあり得ないのであればともかく、足動式の変速ペダルを用いて変速操作を行うことが周知慣用であるからといって、チェンジ操作子133が足動式であることは明らかであるとは必ずしもいえない。
甲1の第6図(a)をみると、それが自動二輪車の図であるとすると、全体を囲っているケースの形状などからみて、そのケースがエンジンケースないしミッションケース以外の何かのケースであるとは考え難い。一方、甲1の第6図(a)が自動二輪車をどの方向から見た図であるのか、上下方向のどの位置の図であるのか、チェンジ操作子133の先端の丸い形状の部材が何であるのか、また、チェンジ操作子133(符号133が指す先細形状の部材、あるいはその先端の丸い形状の部材)が自動二輪車のどの方向を向いているのか、甲3、4のような従来のものと同じ方向か、明確でない。また、チェンジ操作子133はケースを貫通しているように見られるが、そうであるとすると、貫通孔による油等の流体漏洩の可能性があるから、ケースが、そのような油を内蔵するエンジンケースないしミッションケースであるということには、疑問の余地がないわけではない。
しかし、(a)甲1発明の「チェンジ操作子133」について、甲1(特に第8ページ左上欄第10?13行)には、「この例においてシフトドラム130を回転操作する構造は従来周知のものと同様である。すなわち、チェンジ操作子133が軸7を中心に上下方向に揺動操作されると、…」と記載されていること、(b)車両の横幅が比較的小さい自動二輪車において、チェンジ操作子133が横方向に延びているとは想定し難く、操作の便宜からみても、前後方向に延びていると理解するのが自然であり、したがって、第6図(a)は、自動二輪車の側面視の図であるとみられること、(c)チェンジ操作子133の作動方式としては、大きく、手動式と足動式とが考えられるが、一般には足動式であること、(d)第6図(a)は精確な設計図面ではなく、チェンジ操作子133の先細状及び丸い形状は概念的模式的図画であると認められること、以上からすると、第6図(a)の「チェンジ操作子133」は「足動式の変速ペダル」を一例として想定して描かれたものと解するのが合理的であり、したがって、甲1発明の「チェンジ操作子133」を「足動式の変速ペダル」とすることは格別困難なことではない。
チェンジ操作子133がケースを貫通しているように見られ、甲4(特に第1、2図)、甲5(特に第1図)のような周知のペダルの構造とは異なっている点は、第6図(a)が特にチェンジ操作子133の構造を説明するための図ではなく、レシオ設定手段110の全体の構造・作用を説明する概念的模式的図画であり、ケースの内外を鳥瞰して一枚の図面に描いた結果、正確性を若干欠いたことによるのではないかと推測される。
(4-2)相違点2について
甲1発明は無段変速機に係るが、甲2には、ドラム式の変速機に関して、電動モータ58の回転を減速する減速機(減速ギヤ62?67)と、減速機で減速された回転出力が伝えられる変速ドラム(シフトドラム81)と、変速ドラムの現在位置を検出する位置センサ(シフトポジション検出手段91)と、この位置センサが接続され電動モータ58を駆動制御する制御部(電子制御ユニットC)と、制御部へ変速指令を出力するシフトアップスイッチ26、シフトダウンスイッチ27とを備え、制御部は、変速指令および位置センサが出力する変速ドラムの現在位置に基づいて電動モータを駆動する自動二輪車用の変速機切換え装置が示されている。甲3にも、甲2と実質的に同様に、ドラム式の変速機に関して、電動モータ8の回転を減速する減速機(ギヤ6、10)と、減速機で減速された回転出力が伝えられる変速ドラム(シフトカム軸1)と、変速ドラムの現在位置を検出する位置センサ7と、この位置センサ7が接続され電動モータ8を駆動制御する制御部(回路15?18)と、制御部へ変速指令を出力する変速指令手段(シフトアップスイッチ12、シフトダウンスイッチ13)とを備え、制御部は、変速指令手段が出力する変速指令、及び位置センサ7が出力する変速ドラムの現在位置に基づいて電動モータ8を駆動する自動二輪車用の電動式変速機切換え装置が示されている。甲2、3の上記事項は、「変速指令を出力する」のが「足動式の変速ペダル」ではなく、手動の「スイッチ」である点、及び変速機が「変速ドラム」を備える変速機ではなく、「無段変速機」である点以外は、概ね、本件発明の相違点2に係る事項と同じである。問題は、甲1発明に甲2、3の上記事項を適用して、具体的には、甲1発明の無段変速機及び第2の制御部に代替して甲2、3の上記事項を採用して、相違点2に係る本件発明の上記事項に想到することが、容易になし得たものであるかどうかであり、以下、検討する。
(A)変速指令について
甲2、3の上記事項においては、いずれも、手動のスイッチにより変速が指令される。しかし、変速指令の手段としては手動式と足動式とが考えられること、一般には足動式であること等からみて、甲1発明の「チェンジ操作子133」を「足動式の変速ペダル」とすることは格別困難でないことは、上述したとおりであり、甲1発明に甲2、3の上記事項を適用するにあたっても、変速指令を出力する手段を「足動式の変速ペダル」とすることに格別の困難性はない。
以上に関して、甲2(特に【0004】)には、チェンジペダルを用いた上記従来の変速機構では、乗員の足でチェンジペダルを操作するので素早いシフトチェンジを行うには熟練が必要である旨の記載があり、ペダルを不適当として除外しているかのようにもみられるが、ここでの熟練に関する点は、ペダルを操作して機械的連動機構により変速する従来の変速機構について述べたものであり、ペダルの操作そのものについてではない。また、甲2の図3には、グリップの近傍にシフトアップスイッチ26、シフトダウンスイッチ27を設けたものが記載されているが、図3は実施例にすぎない(甲2の【0018】、【0056】)。また、甲3(特に第2ページ第3、4行)には、「ギヤシフトを電動化し従来の足による操作を廃止すべく考案された」と記載されているが、それは、やはり、足により機械的に変速する従来の機構について述べたものであり、変速機構を電動化する場合には、ペダルにこだわる必要はなく、ペダル操作よりも手動スイッチの操作による方が簡便であるという知見に基づき、電動化すればペダルを廃止できるというにすぎず、技術的にペダル操作を排斥するものではない。仮に、甲2、3の上記記載が、変速機構を電動化する場合にペダル操作を排斥する趣旨であるとしても、それは、甲2、3の発明者のその当時の一つの見解にすぎない。電動による変速機構と手動式の変速操作との間に、技術的な必然性があるわけでもない。発明者が公知の文献・装置などをみて、その記載・使用形態に必ずしも整合しない工夫・応用を試みることは、通常の技術開発・改良の過程において特に稀なことではなく、本件特許の出願時の当業者が、甲2、3の技術的見解に絶対的に拘束されるとするいわれはない。甲2、3の上記記載は、いずれも、変速操作の手段をペダルとすることの阻害事由となるものではない。
(B)変速機について
変速機に種々の形式があることはいうまでもなく、どの形式を採用するかは、それぞれの変速機の長短を考慮しつつ、所要の変速性能等に応じて決定すべき設計的事項であると概念的には一応いうことができる。しかし、甲1の記載をみると、「特許請求の範囲」を含め、明細書及び図面において略一貫して無段変速機について説明がなされており、他の変速機に関しては何の示唆もなされていない。そして、無段変速機1の変速比をレシオ設定手段110によって選択された変速比に合致するように制御するにあたって、レシオ設定手段110によって特定される変速比曲線(第7図(b)参照)からその時点での車速にあった目標エンジン回転数MT-Neを求め、この値に実エンジン回転数Neが近付くように無段変速機1の変速比を調整すること(特に上記(お))、及び、選択された変速比を直接の制御対象とするのではなく、無段変速機1の変速比を変えることにより、エンジンに加わる負荷を変化させて、実際のエンジン回転数を最適な目標エンジン回転数に調整すること(特に上記(あ)(え))等、特に無段変速機を想定した説明がなされている。以上を勘案すると、変速機が無段変速機であることは、甲1発明の核心をなす本質的事項であり、他の形式の変速機に適宜変更できるような単なる一実施態様にすぎないと解することは適当でない。もし、甲1発明の無段変速機をドラム式の変速機に置換すると、無段変速機であることに起因する装置の構造や制御態様など、甲1発明の特有の事項が失われ、それは、もはや、甲1発明に他の発明を組み合わせることにより当業者が想到し得る発明という範疇を超えるというべきである。
また、甲1発明の無段変速機を甲2、3のドラム式の変速機に置換しようとしても、その置換は必ずしも簡単になし得ることではない。すなわち、(a)甲1の第1?3図をみると、その無段変速機の各部構造、及び、第1の制御部、第2の制御部等の制御系が詳細に設計されており、これをドラム式の変速機仕様に変更しようとしても、そのような設計変更自体、相応の工夫を要する。(b)審判請求書の「7.請求の理由」(特に第6ページ第4行)には、「[B´]変速に用いる変速ドラム(シフトドラム130)と、」と記載されており、甲1(上記(お))には「この例においてシフトドラム130を回転操作する構造は従来周知のものと同様である。」と記載されている。このように、甲1発明の「シフトドラム130」は従来周知の変速機の変速ドラムに関連しており、甲1発明において、「シフトドラム130」に加えて、同じ変速ドラムに相当する甲2のシフトドラム81、又は甲3のシフトカム軸1を追加設置することは、異例な設計であって、当業者が容易になし得るとは考え難い。また、甲1発明の「シフトドラム130」は「従来周知のものと同様である」から、甲1発明に甲2のシフトドラム81、又は甲3のシフトカム軸1を追加設置しようとすれば、甲2のシフトドラム81、又は甲3のシフトカム軸1の配置は従来とは異なる構造となるから、レイアウト上の工夫も必要となる。(c)これに関連して、甲1の第6図の構造については、甲1(第7ページ右下欄第17、18行)に、「レシオ設定手段110の一例について第6図(a),(b)を参照して説明すると、…」と記載されているとおり、検知のための装置の一例にすぎず、したがって、「チェンジ操作子133」の操作をどのようにして検出するかは、適宜の設計的事項にすぎないということもできる。本願明細書・図面には、検知手段の構造については特に説明されておらず、このことは、そのような検知手段の具体的構造は設計事項にすぎないことを裏づける証左であるともいえる。したがって、甲1発明において、「チェンジ操作子133」の操作を検出するにあたって、「シフトドラム130」を使用することなく、甲1の第6図の構造よりもっと簡素な手段で検出するように設計すれば、甲1発明に甲2のシフトドラム81、又は甲3のシフトカム軸1を設ける場合に従来周知の配置とすることが可能であり、それは格別困難なことではないともいえる。しかし、そのような「チェンジ操作子133」の操作検出手段の簡素化は、甲1発明の無段変速機に替えて甲2、3のドラム式の変速機を設置することを想起し、それを技術的に可能かつ容易にするために必要となる工夫であって、そもそも、甲1発明の無段変速機を甲2、3のドラム式の変速機に置き換えることに格別の契機・理由がない以上、甲1発明の「シフトドラム130」に加えて甲2のシフトドラム81、又は甲3のシフトカム軸1を追加設置するという異例な設計を迫られる困難性があるにもかかわらず、甲1発明の無段変速機を甲2、3のドラム式の変速機に置き換えることが、当業者にとって容易になし得たものということはできない。以上を勘案すると、甲1の記載事項に接した当業者にとって、甲1発明の無段変速機をドラム式の変速機に置換することには相応の困難性があり、当業者が容易になし得たものと認めることはできない。
以上より、甲1発明に甲2、3の上記事項(さらに甲4、5の事項)を適用して、相違点2に係る本件発明の上記事項に想到することは、当業者が容易になし得たものであるということはできない。
(4-3)相違点3について
甲1発明に甲2、3の上記事項を適用して、相違点2に係る本件発明の上記事項に想到することが、当業者が容易になし得たものであるということはできないことは、上記の「(4-2)相違点2について」において述べたとおりである。このことは、甲1発明が、「第2の制御部111」のほかに、「第1の制御部101」、及び「前記第1の制御部と第2の制御部とのいずれかを制御系に択一的に接続させる切換手段」を備えていることを考慮すると、なおさらである。上記の「(4-2)相違点2について」において述べたところに加えて、自動二輪車のドラム式変速機において、自動制御、マニュアル運転制御、及び両制御の切換手段を備えるものは、各甲号証に示されておらず、また、必ずしも、周知であるともいえないからである。仮にこれが周知であるとしても、それだけで直ちに、甲1発明の無段変速機をドラム式の変速機に置換することは当業者が容易になし得たものといえるものではない。
以上より、甲1発明に甲2、3の上記事項(さらに甲4、5の事項)を適用して、相違点3に係る本件発明の上記事項に想到することが、当業者にとって容易になし得たものということはできない

相違点3については以上のとおりであるが、仮に、甲1発明に甲2、3の上記事項を適用して無段変速機及びその制御手段をドラム式変速機及びその制御手段に置き換えることは当業者が容易になし得たとした場合について、以下、補足的に検討することとする。
そのように置き換えることにより具現されるのは、自動制御、マニュアル運転制御、及び両制御の切換手段を備えたドラム式変速機であり、これは、少なくともマニュアル運転制御を備えている。したがって、本件発明は、マニュアル運転制御のみを備えた自動二輪車に限らず、自動制御とマニュアル運転制御を備えた二輪車も対象とし、包摂しているのであれば、上記のように置き換えたドラム式変速機は、相違点3に係る本件発明の上記事項を備えているということができる。しかし、本件の特許明細書の特に【0001】?【0006】では、運転者により変速操作が行われることを前提としており、明細書及び図面をみても、自動制御を具備することの記載ないし示唆は見当たらない。以上からすると、本件発明は、専ら、マニュアル運転制御のみを備えた自動二輪車を想定しているとみる余地もあり、もしそうであるならば、甲1発明に甲2、3の上記事項を適用して無段変速機をドラム式変速機に置き換えても、それが、自動制御、マニュアル運転制御、及び両制御の切換手段を備える以上、マニュアル運転制御のみを備えるという相違点3に係る本件発明の上記事項を具備することにはならない。また、甲1発明において「自動制御」を捨象することができないことは、「(2-1)甲第1号証」において述べたとおりであり、したがって、甲1発明に甲2、3の上記事項を適用して、上記のように置き換えたドラム式変速機において、自動制御及び切換手段を省くことができないこと(あるいは、それが容易想到ではないこと)は、いうまでもない。

(5)むすび
以上により、本件発明が甲第1号証、及び甲第2号証又は甲第3号証(さらに甲第4、5号証)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明し得たものであるということはできない。したがって、本件発明は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものではない。

6.結語
以上のとおりであるから、請求人の主張、及び提出した証拠方法によっては、本件発明(請求項1に係る発明)についての本件特許を無効とすることはできない。
また、審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人の負担とする。
よって、結論のとおり審決する。
以上
 
審理終結日 2012-08-29 
結審通知日 2012-08-31 
審決日 2012-09-12 
出願番号 特願平11-223923
審決分類 P 1 123・ 121- Y (F16H)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 大内 俊彦  
特許庁審判長 山岸 利治
特許庁審判官 所村 陽一
常盤 務
登録日 2010-12-10 
登録番号 特許第4641574号(P4641574)
発明の名称 自動二輪車用の電動式変速機切換え装置  
代理人 ▲ぬで▼島 愼二  
代理人 落合 健  
代理人 仁木 一明  
代理人 後藤 高志  

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