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審決分類 審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない。 C12N
管理番号 1269182
審判番号 不服2010-10219  
総通号数 159 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2013-03-29 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2010-05-13 
確定日 2013-01-22 
事件の表示 特願2005-370262「CRSPタンパク質、それらをコードする核酸分子およびその用途」拒絶査定不服審判事件〔平成18年 6月29日出願公開、特開2006-166917〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1.手続の経緯、本願発明
本願は、平成10年4月16日を出願日とする特願平10-544361号(優先権主張 平成9年4月16日 米国、平成9年4月17日 米国、平成10年1月15日 米国、平成10年1月20日 米国)の一部を平成17年12月22日に分割出願したものであり、 平成22年1月4日付けで拒絶査定がなされ、これに対し、同年5月13日に拒絶査定不服審判の請求がなされるとともに同日付けで特許請求の範囲について手続補正がなされたものである。

そして平成22年5月13日付け手続補正書は、補正前の請求項2ないし請求項34を削除する補正をするものであるから適法な補正であって、本願発明は、補正後の特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される以下のとおりのものである。

「 【請求項1】
a)配列番号3を含んでなる核酸、
b)配列番号9の全長に亙り配列番号9と少なくとも85%のヌクレオチド配列同一性を有するヌクレオチド配列を含んでなる核酸、
c)配列番号8のアミノ酸残基21?266の全長に亙り配列番号8のアミノ酸残基21?266と少なくとも80%のアミノ酸配列同一性を有するアミノ酸配列を含んでなるポリペプチドをコードするヌクレオチド配列を含んでなる核酸、
d)配列番号2のアミノ酸残基24?350のアミノ酸配列を含んでなるポリペプチドをコードする核酸、
e)配列番号11または配列番号14のアミノ酸配列の天然の対立遺伝子変異体を含んでなるポリペプチドをコードする核酸であって、かつ、前記天然の対立遺伝子変異体が細胞のシグナル伝達または細胞の増殖を調節するものであり、そして
(i)配列番号11のアミノ酸配列の天然の対立遺伝子変異体をコードする前記核酸が、ストリンジェントな洗浄条件下で配列番号12の相補体にハイブリダイズし、そして
(ii)配列番号14のアミノ酸配列の天然の対立遺伝子変異体をコードする前記核酸が、ストリンジェントな洗浄条件下で配列番号15の相補体にハイブリダイズし、ここで、ストリンジェントな洗浄条件が50?65℃における0.2×SSC,0.1%SDSである、核酸、
f)a)、b)、c)、d)またはe)の相補体であるヌクレオチド配列を含んでなる核酸、および
g)a)、b)、c)、d)、e)もしくはf)の核酸、または配列番号12もしくは配列番号15の全長に亙り配列番号12もしくは配列番号15にそれぞれ少なくとも80%のヌクレオチド配列同一性を有し、かつ、細胞のシグナル伝達または細胞の増殖を調節するポリペプチドをコードする核酸、
からなる群より選ばれる単離された核酸分子を、有効成分として含んでなる癌の治療、予防または診断用製薬学的組成物。 」


第2.原査定について
原査定では、「本願発明のポリペプチドが、どのような機能を有しているのか不明であるから、上記ポリペプチドをコードする単離された核酸分子に係る発明について、発明の詳細な説明に当業者が使用できるように記載されているとは認められない。」、「請求項1に係る発明について、発明の詳細な説明が当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているとは認められない。」、と指摘し、「したがって、この出願は、発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない。」とされた。

第3.当審の判断
1.本願明細書の記載
a.「 【0034】
好ましい一態様においては、CRSP活性は以下の活性の最低1種もしくはそれ以上である。すなわち、(i)第二の分子(例えば、CRSPレセプター、可溶性の形態のCRSPレセプター、シグナリングタンパク質のwntファミリーの構成員のレセプター、もしくは非CRSPシグナリング分子のようなタンパク質)とのCRSPタンパク質の相互作用および/もしくはそれとの結合;(ii)膜結合CRSPレセプターを介する細胞内タンパク質とのCRSPタンパク質の相互作用;(iii)可溶性CRSPタンパク質と第二の可溶性のCRSPの結合パートナー(例えば、非CRSPタンパク質分子もしくは第二のCRSPタンパク質分子)との間の複合体形成;(iv)他の細胞外タンパク質との相互作用(例えば、細胞外マトリックス成分へのwnt依存性の細胞接着の調節);(v)所望されない分子に結合しそして排除すること(例えば解毒活性もしくは防御機能);ならびに/または(vi)酵素活性。なお別の好ましい態様においては、CRSP活性は以下の活性の最低1種もしくはそれ以上である。すなわち(1)インビトロもしくはインビボのいずれかでの細胞のシグナル伝達の調節(例えば、分泌性タンパク質のwntファミリーの構成員の活性の拮抗作用、もしくはwnt依存性のシグナル伝達の抑制);(2)細胞の間の連絡の調節(例えば、wnt依存性の細胞-細胞相互作用の調節);(3)その発現がCRSP(例えばCRSP-1)のレセプターへの結合により調節される遺伝子の発現の調節;(4)インビトロもしくはインビボのいずれかでの発生もしくは分化に関与する細胞での遺伝子転写の調節(例えば細胞分化の誘導);(5)発生もしくは分化に関与する細胞での遺伝子転写の調節であって、ここで最低1種の遺伝子が分化特異的タンパク質をコードし;(6)発生もしくは分化に関与する細胞での遺伝子転写の調節であって、ここで最低1種の遺伝子が第二の分泌性タンパク質をコードし;(7)発生もしくは分化に関与する細胞での遺伝子転写の調節であって、ここで最低1種の遺伝子がシグナル伝達-分子をコードし;(8)インビトロもしくはインビボのいずれかでの細胞増殖の調節(例えば、細胞増殖の誘導もしくは腫瘍発生の抑制の場合でのような増殖の阻害(例えば膠芽腫形成の抑制));(9)成体および胚双方の脊椎動物での分化された組織の整然とした空間的配置の形成および維持(例えば、脊椎動物の造血前駆細胞の発生もしくは維持の間の頭部形成の誘導);(10)細胞の生存の刺激のような細胞死の調節;(11)細胞移動を調節すること;ならびに/または(12)免疫調節。」

b.「 【0232】
<実施例1>ヒトCRSP-1 cDNAの単離および特性決定
この実施例では、ヒトCRSP-1(「CRISPY-1」または「TANGO59」とも呼ばれる)をコードする遺伝子の単離および特性決定を記載する。
【0233】
ヒトCRSP-1 cDNAの単離
本発明は少なくとも一部は本明細書でシステインリッチ分泌タンパク質-1(CRSP-1)と呼ぶ分泌タンパク質をコードするヒト遺伝子の知見に基づく。部分cDNAはシグナルシークエンストラップ法(Signal Sequence Trap method)を使用して単離した。この手法はCRSPのような分子が、分泌され、そして膜に結合する特定のタンパク質を細胞分泌装置を通るように向けるアミノ末端シグナル配列を有するという事実を利用する。
【0234】
簡単に説明すると、ヒト胎児脳組織(クローンテック:Clontech、パロ、アルト、カリフォルニア州)から調製されたmRNAを使用してランダムにプライマーを付けたcDNAライブラリーを、Stratagene-ZAP-cDNA Synthesis(商標)キット(カタログ#20041)を使用することにより作成した。cDNAは、分泌シグナルを欠く胎盤アルカリホスファターゼをコードするcDNAに隣接する哺乳動物発現ベクター pTrapに連結した。このプラスミドをE.コリ(E.coli)で形質転換し、そしてDNAはWizard(商標)DNA精製キット(プロメガ:Promega)を使用して調製した。DNAをCOS-7細胞にlipofectamine(商標)(ギブコ-ビーアールエル:Gibco-BRL)を用いてトランスフェクトした。48時間のインキューベーション後、COS細胞上清はPhospha-Light(商標)キット(トロピック社:Tropix Inc.カタログ#BP300)を使用してワラック(Wallac)マイクロ-ベータシンチレーションカウンターでアルカリホスファターゼについてアッセイした。COS細胞アルカリホスファターゼ分泌アッセイで陽性と評価された個々のプラスミドDNAを、標準的な手順を使用してDNAシークエンシングによりさらに分析した。
【0235】
上記方法により単離された部分cDNAを使用して、ヒトCRSP-1をコードする完全長cDNAをクローン化した。完全長のヒトcDNA-1タンパク質をコードするヌクレオチド配列は図1に示し、そして配列番号1で説明する。この核酸配列によりコードされる完全長タンパク質は約350アミノ酸を含んで成り、そして図1に示し、そして配列番号2に説明するアミノ酸配列を有する。配列番号1のコーディング部分(読み取り枠)を、配列番号3に説明する。クローンjthKb075a10のDNAを、ATCCに寄託番号98634として寄託した。
【0236】
ヒトCRSP-1の分析
配列番号2に説明するアミノ酸配列を有するヒトCRSP-1の疎水性プロフィールの決定は、配列番号2の約アミノ酸1から約アミノ酸23までの疎水性領域の存在を示した。シグナルペプチド予想プログラムを使用したアミノ酸配列番号2のさらなる分析では、配列番号2の約アミノ酸1から約アミノ酸19、21または23までのシグナルペプチドの存在が予想された。 したがって、成熟CRSP-1タンパク質は、配列番号2の約アミノ酸20、22または24から約アミノ酸350に亙る327、329または331アミノ酸を含む。CRSP-1がシグナル シークエンス トラップ システムを使用して同定されたという事実に加えて、シグナル配列の存在はCRSP-1が分泌タンパク質であることを示している。さらに、そのようなシグナルペプチドおよびシグナルペプチド開裂部位の予想は、例えばコンピューター計算式SIGNALP(Henrikら、(1997)、Protein Engineering 10:1-6)を利用して作成することができる。
【0237】
さらにヒトCRSP-1をコードするcDNAが細菌細胞中でC-末端FLAGタグを用いて発現させる時、このFLAGダクを付けたCRSP-1タンパク質生成物が細胞性媒質中に分泌されることが見いだされた。
【0238】
図1に表すcDNA配列の調査では、ヒトCRSP-1は特にシステイン残基が豊富であることを示す。図1に示すように、CRSP-1は配列番号2のアミノ酸147とアミノ酸284との間に位置する20個のシステイン残基を含む。これらのシステイン残基はおそらく10個のジスルフィド結合を形成することができる。
【0239】
CRSP-1のヌクレオチドおよびアミノ酸配列のBLAST調査(Altschulら、(1990)、J.MOl.Biol.215:403)で、CRSP-1がGeneBank寄託番号D26311を有する未知の機能のタンパク質をコードするニワトリのcDNAにかなり類似することが明らかとなった。このcDNAはニワトリの水晶体cDNAライブラリーから単離され、そして水晶体繊維および水晶体上皮で発現することが示されたが、神経性角膜または肝臓細胞中での発現は示されなかった(Sawadaら、(1996),Int.J.Dev.Biol.40:531)。CRSP-1およびニワトリタンパク質は56%のアミノ酸同一性および72%のアミノ酸配列類似性を有する。ニワトリタンパク質とヒトCRSP-1との間のアミノ酸配列類似性は、配列番号2のアミノ酸147と284の間に位置するCRSP-1のシステインに富むドメインで特に高い。特にこの領域は位置するCRSP-1の20システイン残基は、ニワトリタンパク質中に存在する(図3を参照にされたい)。
【0240】
グリオブラストーマ形成のサプレッサーの調査で最近同定された2つの遺伝子(Ligonら、1997 Oncogene 14 1075-1081)も、hCRSP-1に対する有意な相同性を示す。これらの遺伝子、RIG(Regulated In Glioblastoma)およびRIG-様7-1(それぞれGeneBank寄託番号U32331およびAF034208)は、腫瘍形成を促進する染色体10に欠失を有するグリオブラストーマ細胞系中に正常な染色体10を導入することにより調節されたmRNA関する分別スクリーニング(differential screen)で同定された。CRSP-1とRIG遺伝子配列間の関係をまとめた該略図を図9に与える。CRSP-1、RIGおよびRIG-様7-1間で示した同一領域は、ヒトCRSP-1 mRNAの3'UTRの領域を含んで成る。このcDNAは記載した分画スクリーニングで最初に単離し、そして引き続き完全長RIGおよびRIG-様7-1メッセージを記載のように単離するために使用した。RIG-様7-1は、CRSP-1に対して高度に相同的(Lipman-Personタンパク質整列プログラム、Ktuple2;Gap Penalty:4、Gap Length Penalty:12を使用して決定した時96.8%の類似性;およびWilbur Lipman DNA整列プログラムKtuple:3;Gap Penalty:3、Window:20を使用して64.7%の類似性)であるが、コードされたタンパク質はN-末端シグナル配列を欠くので、分泌タンパク質であるとは予想されない。完全長RIGmRNAは、CRSP-1に対して最初のcDNAの領域でのみ相同性を表す。これらのデータは、CRSP-1をヒトグリオブラストーマと関連させ、そしてCRSP-1が腫瘍形成表現型の抑制に重要であり得ることを示唆している。グリオブラストーマにおける役割は、ヒトの脳組織中で観察された高レベルのCRSP-1mRNA発現と一致する。さらにCRSP-1、RIGおよびRIG-様遺伝子の染色体11(11p15.1)の領域への同時配置(co-localization)は、ヒトの悪性星状細胞腫の発生を意味し(Ligonら、1997 Oncogene 14 1075-1081)、さらにこれらの遺伝子の腫瘍形成における役割を示す。
【0241】
ヒトCRSP-1タンパク質は、メタロチオネン、特にシステインに富む領域に類似する幾つかのアミノ酸配列を有する。
【0242】
CRSP-1 mRNAの組織分布
この実施例は、ノーザンブロットハイブリダイゼーションにより決定したCRSP-1 mRNAの組織分布を記載する。
【0243】
種々のRNA試料を用いたノーザンブロットハイブリダイゼーションは標準的条件下で行い、そして緊縮条件下、すなわち65℃の0.2×SSCで洗浄した。各試料について、プローブは約2.5kbの単一RNAとハイブリダイズした。種々のmRNA試料へのプローブのハイブリダイゼーションの結果は以下に記載する。
【0244】
胎児の脳、肺、肝臓および腎臓に由来するRNAを含有するクローンテック 胎児多組織ノーザン(Clontech Fetal Multiple Tissue Northern:MTN)ブロット(クローンテック、ラジョラ、カリフォルニア州) のハイブリダイゼーションは、胎児の脳、肺において高レべルのCRSP-1 mRNAの存在を、そして胎児の腎臓においてわずかに低レベルのCRSP-1 mRNAの存在を示した。しかし胎児の肝臓では有意なレベルのCRSP-1 mRNAは見いだされなかった。
【0245】
成人の心臓、脳、胎盤、肺、肝臓、骨格筋、腎臓および膵臓に由来するRNAを含有するクローンテックのヒト多組織ノーザン(Clontech human Multiple Tissue Northern:MTN)ブロット(クローンテック、ラジョラ、カリフォルニア州)のヒトCRSP-1プローブとのハイブリダイゼーションでは、心臓で高レベルの、脳でわずかに低レベルの、そして胎盤および肺でかなり低レベルのCRSP-1 mRNAの存在が示めされた。幾つかのCRSP-1 mRNAが成人の骨格筋でも見いだされた。しかし有意なレベルのCRSP-1 mRNAは成人の肝臓、腎臓または膵臓で観察されなかった。興味深いことにはCRSP-1と相同性のニワトリ遺伝子が、いずれの肝臓でも検出可能なレベルで発現しなかった(Sawadaら、(1996) Int.J.Dev.Biol.40:531)。
【0246】
さらに成人の脊髄に由来するRNAを含有するクローンテックのヒト多組織ノーザン(Clontech human Multiple Tissue Northern:MTN)ブロット(クローンテック、ラジョラ、カリフォルニア州)のハイブリダイゼーションでは、成人の脊髄から単離したmRNA中に高レベルのCRSP-1発現が明らかになった。
【0247】
その場(In situ)での分析では、さらに組織切片をCRSP-1プローブとハイブリダイズさせた時に以下の発現パターンが明らかになった。CRSP-1 mRNAは14.5日のマウス胚の心臓、肺、大動脈、目(角膜および水晶体)および脳(皮質)で発現した。CRSP-1 mRNAは出生後1.5日のマウス組織中、心臓、肺、目(角膜および水晶体)、脳(皮質)および軟骨(足、気管、咽頭、頭、胸骨および脊柱)で発現した。CRSP-1 mRNAは成体のマウス組織中、脳(皮質、海馬、脳幹)、心臓(心房のみ)、目(角膜および水晶体外層)で発現した。 このように、CRSP-1は組織特異的様式で発現し、最も強い発現は脳、心臓および脊髄で観察された。」

c.「 【0251】
<実施例2>ヒトCRSP-2、CRSP-3およびCRSP-4 cDNAの単離および特性決定
CRSP-1に関連する新規タンパク質を同定するために、TABLASTN(WashUversion,2.0、BLOSUM62サーチマトリックス)を使用してヒトCRSP-1アミノ酸配列を個人およびdbESTのデータベースを調査するために使用した。この調査から、ヒトCRSP-1に対して有意な相同性を表す4種の別個の部分タンパク質配列が同定された。これらの配列は新規hCRSPsの部分配列と命名した;hCRSP-2、hCRSP-3、hCRSP-4およびhCRSP-様-n。
【0252】
hCRSP-2部分タンパク質配列は、寄託番号AA565546を持つ1つのdbESTクローンに由来した。このクローンは続いてIMAGEコレクションから得られ、そして完全に配列決定して図2に表す全hCRSP-2配列を定めた。
【0253】
hCRSP-3部分タンパク質配列は、配列確認コードjthKb075a10を持つjthKb075a10クローンに由来した。このクローンをさらに配列決定し、そしてこの配列情報をアッセンブリープログラムPhrap(P.Green,U.ワシントン)を使用したdbESTからのさらなる配列と組み合わせて図3に表す全hCRSP-3配列を定めた。クローンjthKb075a10に関するDNAは、ATCCに寄託番号98633号で寄託した。hCRSP-3に特異的なプローブを使用した様々な組織のノーザンブロット分析では、CRSP-3 mRNA発現が胎盤に限定されていることが明らかとなった。CRSP-3 mRNA発現は未だに他の正常な成人ヒト組織中には示されていない。
【0254】
CRSP-3のマウスおよびキセノプス(Xenopus)の相同物が、分泌されたシグナル発信分子をコードすると提案されたdkk-1(「dickkopf」、独国、モヅヒタキ)と呼ばれて最近記載された(Nature,391,357-368)。dkk-1は、初期のキセノプス(Xenopus)発生中に頭を形成する有力なインデューサーとして記載され、その作用メカニズムは分泌された因子のwntファミリーの阻害に明らかに関与している。
【0255】
CRSP-3とdkk-1との間の相同性を仮定すると、hCRSP-3は初期のヒトの胚発生中に深い頭-誘導する活性を表すかもしれない。さらにdkk-1の作用メカニズムは、分泌したタンパク質のwntファミリーの員の拮抗作用に関与する。wntタンパク質の過剰発現は、特定の悪性腫瘍と関連してきた。例えばMMTVのプロウイルス性挿入によるwnt-1発現の活性化は、マウスに乳癌を引き起こす(CadiganおよびNusse、Gene and Dev.1997 11 3286-3305)。したがって少なくともCRSP-3および可能性のある他のCRSPファミリー員が、癌におけるwntシグナル発信の抑制にも役割を果たすことができる。
【0256】
hCRSP-4部分タンパク質配列は、寄託番号W55979を持つ1つのdbESTクローンに由来した。このクローンは続いてIMAGEコレクションから得られ、そして完全に配列決定して図4に示すhCRSP-4配列を定めた。hCRSP-4に特異的なプローブを使用した様々な組織のノーザンブロット分析では、CRSP-4 mRNAが幾つかの成人ヒト組織中で発現したことが明らかとなった。CRSP-4 mRNA発現は心臓、脳、胎盤、肺および骨格筋で最高であった。
【0257】
h-CRSP-様-n 部分タンパク質配列は、寄託番号AA397836を持つ1つのdbESTクローンに由来した。このクローンは続いてIMAGEコレクションから得られ、そして完全に配列決定して図5に示す全hCRSP-様-n配列を定めた。」

上記b、cの記載から、本願明細書に記載されるhCRSP-1(システインリッチ分泌タンパク質-1)は、ヒト胎児脳組織のcDNAライブラリーから、システインに富む分泌タンパク質をコードする遺伝子をシグナルシークエンストラップ法(Signal Sequence Trap method)を使用して単離したものであり、また、hCRSP-2、hCRSP-3、hCRSP-4、h-CRSP-様-nは、TABLASTN(WashUversion,2.0、BLOSUM62サーチマトリックス)を使用し、hCRSP-1に対して有意な相同性を表す4種の別個の部分タンパク質配列として同定されたものであることが理解される。
さらに、上記bの記載から、hCRSP-1のヌクレオチドと相同性を有する公知のタンパク質が存在することや、hCRSP-1のmRNAの組織分布について理解することができる。
また、上記cの記載から、hCRSP-3がdkk-1との間に相同性を有すること、dkk-1については、その機能について文献に記載があることが理解される。

2.特許法第36条第4項の要件について
(1)本願発明
本願の請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は、以下のとおりのものである。
「【請求項1】
a)配列番号3を含んでなる核酸、
b)配列番号9の全長に亙り配列番号9と少なくとも85%のヌクレオチド配列同一性を有するヌクレオチド配列を含んでなる核酸、
c)配列番号8のアミノ酸残基21?266の全長に亙り配列番号8のアミノ酸残基21?266と少なくとも80%のアミノ酸配列同一性を有するアミノ酸配列を含んでなるポリペプチドをコードするヌクレオチド配列を含んでなる核酸、
d)配列番号2のアミノ酸残基24?350のアミノ酸配列を含んでなるポリペプチドをコードする核酸、
e)配列番号11または配列番号14のアミノ酸配列の天然の対立遺伝子変異体を含んでなるポリペプチドをコードする核酸であって、かつ、前記天然の対立遺伝子変異体が細胞のシグナル伝達または細胞の増殖を調節するものであり、そして
(i)配列番号11のアミノ酸配列の天然の対立遺伝子変異体をコードする前記核酸が、
ストリンジェントな洗浄条件下で配列番号12の相補体にハイブリダイズし、そして
(ii)配列番号14のアミノ酸配列の天然の対立遺伝子変異体をコードする前記核酸が、ストリンジェントな洗浄条件下で配列番号15の相補体にハイブリダイズし、
ここで、ストリンジェントな洗浄条件が50?65℃における0.2×SSC,0.1%SDSである、核酸、
f)a)、b)、c)、d)またはe)の相補体であるヌクレオチド配列を含んでなる核酸、および
g)a)、b)、c)、d)、e)もしくはf)の核酸、または配列番号12もしくは配列番号15の全長に亙り配列番号12もしくは配列番号15にそれぞれ少なくとも80%のヌクレオチド配列同一性を有し、かつ、細胞のシグナル伝達または細胞の増殖を調節するポリペプチドをコードする核酸、
からなる群より選ばれる単離された核酸分子を、有効成分として含んでなる癌の治療、予防または診断用製薬学的組成物。 」

ここで、配列番号2はhCRSP-1のアミノ酸配列、配列番号8はhCRSP-3のアミノ酸配列、配列番号11はhCRSP-4のアミノ酸配列、配列番号14はhCRSP-様-nのアミノ酸配列であり、配列番号3はhCRSP-1のコーディング領域のヌクレオチド配列、配列番号9はhCRSP-3のコーディング領域のヌクレオチド配列、配列番号12はhCRSP-4のコーディング領域のヌクレオチド配列、配列番号15はhCRSP-様-nのコーディング領域のヌクレオチド配列であるから、この本願発明をhCRSPの観点から整理すると、本願発明は、hCRSP-1、hCRSP-3、hCRSP-4、およびh-CRSP-様-nからなるCRSPポリペプチドに関連する核酸分子を、有効成分として含んでなる癌の治療、予防または診断用製薬学的組成物、ということができる。

(2)検討
本願明細書には、CRSPポリペプチドについて、「シグナルシークエンストラップ法」を用い、「ヒト胎児脳組織」のcDNAライブラリーより、システインが豊富な配列を単離し、ポリペプチドのアミノ酸配列や、それをコードするポリヌクレオチドのコーディング領域を決定したこと、さらに決定されたアミノ酸配列を利用してデータベースより相同性を示すその他のタンパク質のアミノ酸配列を同定したことは記載されているが、CRSPポリペプチドや、本願発明に特定されるようなCRSPポリペプチドをコードする核酸等(以下「CRSP関連核酸分子」という。)の作用・機能については、種々のあいまいな作用・機能のいずれかであるとの示唆はなされているものの、特定の作用・機能については具体的に記載されていない。
また本願明細書には、当業者が本願発明を使用できること、すなわちCRSP関連核酸分子を癌の治療、予防または診断に用いることができることを具体的に推認できるような記載も認められない。本願明細書は、例えば本願発明のCRSP関連核酸分子と高い相同性を有する核酸などについての、癌の治療、予防または診断に用いた場合の具体的な作用・機能を明らかにするものではない。
そうすると、本願明細書の記載からは、CRSP関連核酸分子がどのような機能や作用効果を有するか、具体的に理解することができず、ましてや、本願明細書には、CRSP関連核酸分子を有効成分として含んでなる製薬学的組成物が癌の治療や予防、または診断に使用できること、が記載されているとはいえない。

(3)請求人の主張について
請求人は、審判請求書において、段落【0034】や<実施例2>の記載を引用して、以下の主張をしている。
「特定の化合物CRSP-3は、正常な成人ヒト組織中に発現されていないことが例証されていること、さらに、CRSP-3は脊椎動物の分泌型のシグナリング分子をコードすることが当該技術分野で公知であり、かつ、分泌型のタンパク質wntファミリー(特定の悪性腫瘍に随伴する)の拮抗作用に関与することが公知であること、等から、「CRSP-3および可能性のある他のCRSPファミリー員が、癌におけるwntシグナル発信の抑制に役割を果たすことができる。」ことが記載されている。
そうであるなら、当業者は、本願明細書には、(i)特定の化合物CRSP-3を、(ii)脊椎動物のシグナリング系において適用した場合、(iii)分泌型のタンパク質wntファミリー(特定の悪性腫瘍に随伴する)に対する拮抗作用を介して(iv)wntのシグナリングにより引き起こされる癌を抑制することが記載されているのと同然であると認識すると解するのが相当である。
また、平成21年10月7日付の意見書とともに提出した資料1(Bafio et al. Nature Cell Biology, 3: 683-686,2001)及び資料2(Zorn, Current Biology 11: R592-595, 2001)は、審査官殿のご指摘のとおり、本願出願後(4年経過後)に公表された文献であり、本願出願時の技術常識と言えるものではない。しかしながら、これらの文献は、上述した「当業者は、本願明細書には、(i)特定の化合物CRSP-3を、(ii)脊椎動物のシグナリング系において適用した場合、(iii)分泌型のタンパク質wntファミリー(特定の悪性腫瘍に随伴する)に対する拮抗作用を介して(iv)wntのシグナリングにより引き起こされる癌を抑制することが記載されているのと同然であると認識する」との解釈が妥当であることの証左となるものと信じる。」

確かに、上記1.aとして摘記した段落【0034】の記載には、(i)?(vi)の活性が列挙され、また、(1)?(12)の活性が列挙されている。
しかし、(i)?(vi)に示される活性は、いずれも抽象的なものであり、何ら具体的に確認されておらず、例えば具体的なレセプターや結合する第二のタンパク質などについても記載されていない。また(1)?(12)に示される活性についても、何ら具体的に確認されておらず、調節が促進であるか阻害であるかについてさえ記載されていないものもある。しかも、これらの活性については、「最低1種もしくはそれ以上」とされているに止まる。
そうすると、列挙されたこれらの活性は、一般に分泌性タンパク質が有している可能性があると考えられているものを単に羅列したものに過ぎないと解さざるを得ない。
なお本願の実施例では、上記1.bに示したとおり、シグナル配列を手がかりとして分泌タンパク質をコードするcDNAを分離できる「シグナルシークエンストラップ法」を用いて、CRSP-1をコードするcDNAを分離していると認められ、このことは上記の解釈と一致する。
したがって、段落【0034】から、本願発明に係る核酸分子がどのような機能や作用効果をを有するか、具体的に理解することができず、したがって核酸分子を有効成分として含んでなる製薬学的組成物について、癌の治療や予防、または診断に使用できること、を理解することができない。

また、上記1.cとして摘記した実施例2の項には、CRSP-3とdkk-1との間に相同性があること、dkk-1の作用メカニズムは、分泌したタンパク質のwntファミリーの員の拮抗作用に関与すること、wntタンパク質の過剰発現は、特定の悪性腫瘍と関連し、例えばMMTVのプロウイルス性挿入によるwnt-1発現の活性化は、マウスに乳癌を引き起こすこと、が記載されていると認められる。
しかし、dkk-1がマウスの癌に直接影響を与えるものであることは記載されておらず、ましてや、CRSP-3がwntシグナル発信を抑制して癌を予防したり治療することは何ら示されていないから、当業者であっても、実施例2の記載からCRSP-3が癌を予防したり治療できることを具体的に理解することはできない。
そして、上述のとおり、本願明細書にCRSP-3が癌を抑制することが記載されているとはいえないから、本願出願後の文献である資料1,2の記載を参酌することはできない。
したがって、請求人の主張は失当である。

(4)小活
したがって、本願明細書の発明の詳細な説明は、当業者が本願発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されているとはいえない。

3.むすび
以上のとおり、本願は、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしておらず、特許を受けることができない。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2012-08-14 
結審通知日 2012-08-21 
審決日 2012-09-03 
出願番号 特願2005-370262(P2005-370262)
審決分類 P 1 8・ 536- Z (C12N)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 齊藤 真由美高堀 栄二  
特許庁審判長 鵜飼 健
特許庁審判官 中島 庸子
田中 晴絵
発明の名称 CRSPタンパク質、それらをコードする核酸分子およびその用途  
代理人 特許業務法人小田島特許事務所  

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