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審決分類 審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) A41D
審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) A41D
管理番号 1269872
審判番号 不服2010-20861  
総通号数 160 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2013-04-26 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2010-09-16 
確定日 2013-02-06 
事件の表示 特願2003-554424「耐多重脅威貫通性物品」拒絶査定不服審判事件〔平成15年7月3日国際公開、WO03/53676、平成17年5月12日国内公表、特表2005-513287〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯
本願は、平成14年12月18日(パリ条約に基づく優先主張外国庁受理2001年12月19日、米国)を国際出願日とする出願であって平成22年5月11日付けで拒絶査定がなされ、これに対し、平成22年9月16日付けで拒絶査定不服審判の請求がなされ、その後、審判合議体から平成24年1月31日付けで拒絶理由が通知され、平成24年8月6日付けで特許請求の範囲を対象とする手続補正がなされたものである。

2.本願発明
平成24年8月6日付けで補正された特許請求の範囲、明細書及び図面の記載から見て、本願の請求項1ないし2に係る発明は、特許請求の範囲の請求項1ないし2に記載された事項により特定されるとおりのものと認める。その請求項1ないし2の記載は、次のとおりである。
「【請求項1】順に、
繊維から製造された織られた布の第1の複数の層と、
層のそれぞれが熱硬化性樹脂、熱可塑性樹脂、またはそれらの混合物を含んでなる相当するポリマーマトリックスで実質的に囲まれ、そして含浸された、繊維から製造された布の第2の複数の層と、
繊維から製造された織布の第3の複数の層と
を含んでなる耐ナイフおよび弾道弾丸貫通性物品であって、
前記第1、第2および第3の複数の層の繊維がデシテックス当たり少なくとも10グラムのテナシティを有し、そして、組み合わされた前記第1、第2および第3の複数の層が平方メートル当たり6.9キログラム以下の面密度を有し、
NIJ標準-0115.00に記載されたようなエッジ刃に対して少なくともレベル1性能要件を満たし、そして、NIJ標準-0101.04に記載されたような少なくともタイプIIA弾道性能要件を満たすように、前記第1の複数の層が2?約10層を含んでなり、前記第2の複数の層が5?約30層を含んでなり、そして、前記第3の複数の層が10?約40層を含んでおり、
前記第2の複数の層を構成するポリマーマトリックスは、米国材料試験協会D-638に従って、少なくとも10MPaの引張強度を有すると共に、米国材料試験協会D-790に従って、少なくとも50MPaの曲げ弾性率を有する物品。
【請求項2】順に、
繊維から製造された布の第1の複数の層と、
布層のそれぞれが熱硬化性樹脂、熱可塑性樹脂、またはそれらの混合物を含んでなる相当するポリマーマトリックスで実質的に囲まれ、そして含浸された、繊維から製造された布の第2の複数の層と、
繊維から製造された織布の第3の複数の層と、
少なくとも0.75の布ち密度因子を有する、繊維から製造された密に織られた耐貫通性布の第4の複数の層と
を含んでなる耐スパイク、ナイフおよび弾道弾丸貫通性物品であって、
NIJ標準-0115.00に記載されたようなスパイクに対して少なくともレベル1性能要件を満たし、NIJ標準-0115.00に記載されたようなエッジ刃に対して少なくともレベル1性能要件を満たし、そして、NIJ標準-0101.04に記載されたような少なくともタイプIIA弾道性能要件を満たすように、前記第1、第2、第3および第4の複数の層の繊維がデシテックス当たり少なくとも10グラムのテナシティを有し、そして、組み合わされた前記第1、第2、第3および第4の複数の層が平方メートル当たり7.8キログラム以下の面密度を有し、
前記第2の複数の層を構成するポリマーマトリックスは、米国材料試験協会D-638に従って、少なくとも10MPaの引張強度を有すると共に、米国材料試験協会D-790に従って、少なくとも50MPaの曲げ弾性率を有する物品。」

3.審判合議体が通知した拒絶の理由
審判合議体が平成24年1月31日付けで通知した拒絶の理由は、次のとおりである。
「この出願は、発明の詳細な説明の記載について下記の点で、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない。また、この出願は、特許請求の範囲の記載が下記の点で、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。

(1)本願の請求項1に係る発明(以下、「本願発明1」という。)の要点は、第1ないし第3の層からなる耐ナイフおよび弾道弾丸貫通性物品であって、第1ないし第3の層全体として、平方メートル当たり6.9キログラム以下の面密度を有し、かつ、NIJ標準-0115.00のレベル1性能要件(耐ナイフ貫通性)と、NIJ標準-0101.04のタイプIIA弾道性能要件(耐弾道弾丸貫通性)とを満たす物品であると認められる。
そして、本件発明想到の困難性は、柔軟であり、軽量でありながら、所定の耐ナイフ貫通性及び耐弾道弾丸貫通性を兼ね備えた物品を提供することにある(平成23年6月27日付け回答書(3)d参照)と認められ、一般に、高い耐ナイフ貫通性、及び高い耐弾道弾丸貫通性と、物品の面密度との間にはトレードオフの関係があり、面密度を所定の値以下に抑えながら、耐ナイフ貫通性及び耐弾道弾丸貫通性を向上させることには困難が伴う(回答書(3)h参照)と認められる。また、公知の耐ナイフ貫通性、及び公知の耐弾道弾丸貫通性を有する層を組み合わせることにより、所定の性能(軽量性、耐ナイフ貫通性及び耐弾道弾丸貫通性)を兼ね備えたものを選び出すことは容易ではない(回答書(3)j参照)と認められる。
(2)本願の請求項1では、平方メートル当たり6.9キログラム以下の面密度を有し、かつ、NIJ標準-0115.00のレベル1性能要件と、NIJ標準-0101.04のタイプIIA弾道性能要件を満たすこと以外の構成要件としては、
(a)繊維のテナシティが10g/dtex以上であること、
(b)その繊維による織布の2ないし約10層からなる第1の層、
(c)その繊維による織布でありポリマーマトリックスで実質的に囲まれ、かつ、含浸された層の5ないし約30層からなる第1の層(審決注:この「第1の層」は、「第2の層」の誤記である。)、
(d)その繊維による織布の10ないし約40層からなる第3の層、
(e)第1ないし第3の層がこの順に積層されていること
のみである。
一方、平方メートル当たり6.9キログラム以下の面密度を有し、かつ、NIJ標準-0115.00のレベル1性能要件と、NIJ標準-0101.04のタイプIIA弾道性能要件とを満たす構成として、本願明細書又は図面に開示されているものは、明細書段落0077の表3において、発明資料1ないし3(審決注:「資料」は「試料」の誤記である。以下、同様。)として示されたもののみである。なお、発明資料1ないし3は、明細書段落0080の表4で発明資料6ないし8として説明されているものと同じ構成である。
これら、発明資料1ないし3は、本願の請求項1で特定された事項(a)ないし(e)のいずれについても、さらに限定したものであり、
(A)特定種類の繊維で、
(B)特定のテナシティを有し、かつ、
(C)特定の繊度の糸を用い、
(D)特定の織密度で、かつ、
(E)特定の織物組織で織布とし、
(F)第1ないし第3層とも、それぞれ特定の織布を特定の層数積層し、
(G)さらに、第2層については、ポリマーマトリックスとして、特定種類の樹脂で、特定の引っ張り強度と特定の曲げ弾性率を有する樹脂を用い、かつ、全層重量に対する樹脂の重量比が特定の割合である、
ものである。
(3)本願明細書段落0068ないし0075の記載などから見て、層の平方メートル当たり重量、耐ナイフ貫通性及び耐弾道弾丸貫通性は、これら、(A)ないし(G)の条件によって大きく異なると推認され、また、回答書(3)d、h、jの記載などから見て、軽量でありながら、所定の耐ナイフ貫通性及び耐弾道弾丸貫通性を兼ね備えた物品を想到することは、当業者にとって困難と推認される。
そうすると、本願明細書及び図面の記載、並びに本願出願当時の技術常識に照らしても、本願明細書で発明資料1ないし3として開示された構成を備えるもの以外で、平方メートル当たり6.9キログラム以下の面密度を有し、かつ、NIJ標準-0115.00のレベル1性能要件と、NIJ標準-0101.04のタイプIIA弾道性能要件を満たす物品を得ることは、当業者にとって困難である。すると、本願の請求項1に係る発明に含まれる発明で、発明資料1ないし3として開示された構成を備えるもの以外については、どのように実施するのか当業者が理解できるとはいえない。
よって、本願の発明の詳細な説明の記載は、特許法第36条第4項に規定する要件を満たすものとは認められない。同様な理由で、本願の請求項1に記載された発明は、発明の詳細な説明に記載された発明であるということはできない。
また、請求項2に記載された発明も、同様な理由で、発明の詳細な説明に記載された発明であるということはできない。
(4)補正等の示唆
本願の請求項1及び請求項2に、発明資料1ないし3として開示された構成を必須の発明特定事項として記載した場合には、この拒絶理由が解消する可能性が高い。
また、本願の請求項1で特定された事項(a)ないし(e)を満たすのであれば、平方メートル当たり6.9キログラム以下の面密度を有し、かつ、NIJ標準-0115.00のレベル1性能要件と、NIJ標準-0101.04のタイプIIA弾道性能要件を満たす物品を得ることができるのは、本願出願当時の技術常識であったことを示す事実(例えば、そのような技術常識を示す、本願優先日前に頒布された刊行物等)が立証された場合にも、この拒絶理由が解消する可能性が高い。しかしながら、このような技術常識が存在すれば、回答書(3)d、h、jの請求人の主張はその根拠を失うから、本願発明は、原査定の理由によって拒絶されるべきものと判断される可能性がある。」

4.当審の判断
(1)平成24年8月6日付けの手続補正の内容
平成24年8月6日付けの手続補正(以下、「本件補正」という。)は、請求項1及び請求項2に係る発明(以下、それぞれを「本願発明1」、「本願発明2」という。)のそれぞれについて、これら発明を特定する事項である、第2の複数の層を構成するポリマーマトリックスに関し、
「前記第2の複数の層を構成するポリマーマトリックスは、米国材料試験協会D-638に従って、少なくとも10MPaの引張強度を有すると共に、米国材料試験協会D-790に従って、少なくとも50MPaの曲げ弾性率を有する」
と、技術的に限定するものであり、本願明細書の段落【0047】に記載された事項に基づく補正である。

(2)実施可能要件(36条4項1号)についての検討
ア.本願発明1では、「平方メートル当たり6.9キログラム以下の面密度を有し、かつ、NIJ標準-0115.00のレベル1性能要件と、NIJ標準-0101.04のタイプIIA弾道性能要件を満たすこと」(以下、「本願性能要件」という。)以外の構成要件としては、概略、
(a)繊維のテナシティが10g/dtex以上であること、
(b)その繊維による織布の2ないし約10層からなる第1の層、
(c)その繊維による織布でありポリマーマトリックスで実質的に囲まれ、かつ、含浸された層の5ないし約30層からなる第2の層、
(d)その繊維による織布の10ないし約40層からなる第3の層、
(e)第1ないし第3の層がこの順に積層されていること、
(f)第2の複数の層を構成するポリマーマトリックスが、少なくとも10MPaの引張強度と、少なくとも50MPaの曲げ弾性率を有すること
のみである。

イ.すると、本願発明1の特定事項によれば、
(a')繊維のテナシティが10g/dtex、
(b')第1の層がその繊維による織布の2層からなり、
(c')第2の層がその繊維による織布でありポリマーマトリックスで実質的に囲まれ、かつ、含浸された層の5層からなり、
(d')第3の層がその繊維による織布の10層からなり、
(e)第1ないし第3の層がこの順に積層されており、
(f')第2の複数の層を構成するポリマーマトリックスが、10MPaの引張強度と、50MPaの曲げ弾性率を有する、
構成(以下、「本願最低構成」という。)であっても、本願性能要件以外の構成要件を満たすものである。

ウ.一方、本願性能要件を満たす構成として、本願明細書又は図面に開示されているものは、明細書段落0077の表3において、発明試料1ないし3として示されたもののみであり、これら、発明試料1ないし3は、本願の請求項1で特定された事項(a)ないし(d)及び(f)について、下記に示すように、さらに限定したものである。(なお、発明試料1ないし3は、明細書段落0080の表4で発明試料6ないし8として説明されているものと同じ構成である。)
発明試料1ないし3を、テナシティ、層数、及び第2の複数の層を構成するポリマーマトリックスについて、具体的に示せば、下記のとおりである。
《発明試料1》
(A1)繊維のテナシティが24.5g/dtexであり、
(B1)第1の層がその繊維による織布の6層からなり、
(C1)第2の層がその繊維による織布でありポリマーマトリックスで実質的に囲まれ、かつ、含浸された層の15層からなり、
(D1)第3の層がその繊維による織布の28層からなり、
(F1)ポリマーマトリックスが、15MPaより大きい引張強度と、500MPaより大きい曲げ弾性率を有する。

《発明試料2》
(A2)繊維のテナシティが24.5g/dtex又は38g/dtexであり、
(B2)第1の層が24.5g/dtexの繊維50%と、38g/dtexの繊維50%をハイブリッド織した織布の6層からなり、
(C1)第2の層が24.5g/dtexの繊維による織布でありポリマーマトリックスで実質的に囲まれ、かつ、含浸された層の15層からなり(発明試料1のC1と同じ物)、
(D2)第3の層が24.5g/dtexの繊維50%と、38g/dtexの繊維50%をハイブリッド織した織布の24層からなり、
(F1)ポリマーマトリックスが、15MPaより大きい引張強度と、500MPaより大きい曲げ弾性率を有する(発明試料1のF1と同じ物)。

《発明試料3》
(A2)繊維のテナシティが24.5g/dtex又は38g/dtexであり、
(B3)第1の層が38g/dtexの繊維による織布の6層からなり、
(C3)第2の層が24.5g/dtexの繊維による織布でありポリマーマトリックスで実質的に囲まれ、かつ、含浸された層の14層からなり、
(D3)第3の層が38g/dtexの繊維による織布の18層からなり、
(F1)ポリマーマトリックスが、15MPaより大きい引張強度と、500MPaより大きい曲げ弾性率を有する(発明試料1のF1と同じ物)。

エ.したがって、本願性能要件を満たす構成として、本願明細書又は図面に開示されているものは、(AA)テナシティが24.5g/dtex以上、(BB)第1の層が6層以上、(CC)第2の層が14層以上、(DD)第3の層が18層以上、(FF)ポリマーマトリックスの引張強度が15MPa超、曲げ弾性率が500MPa超、の構成のみである。
これらと、本願発明1の構成要件とを対比すれば下記表1のとおりである。




表 1

構成要件 本願発明1 明細書の開示 繊維のテナシティ 10g/dtex以上 24.5g/dtex以上
第1層の層数 2層?約10層 6層以上
第2層の層数 5層?約30層 14層以上
第3層の層数 10層?約40層 18層以上
ポリマーマトリッ 引張強度 >10MPa > 15MPa
クスの引張強度等 曲げ弾性率>50MPa >500MPa


オ.表1から明らかなとおり、本願発明が特定する構成要件は、本願性能要件を満たす構成として、本願明細書又は図面に開示されているものより、相当に低いレベルのものを含む(上記イの「本願最低構成」を参照)。そして、本願発明1に含まれる、このような低レベルの構成を用いて、本願性能要件を満たすためには、これら以外の構成、例えば、糸の繊度、織密度、織物組織等を、どのような条件とすれば良いのかは、出願時の技術常識に照らしても、当業者にとって不明といわざるを得ない。
また、発明試料1ないし3の構成及び性能から見て、「本願最低構成」を採用した場合には、本願性能要件を満たす構成にすることが不可能である蓋然性が高いと考えられる。
したがって、本願の発明の詳細な説明の記載は、本件補正後においても、依然として、本願発明1のうち、発明試料1ないし3として開示された構成を備えるもの以外については、どのように実施するのか当業者が理解できるとはいえないから、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。
(特許・実用新案審査基準 第I部 第1章「明細書及び特許請求の範囲の記載要件」の 3.2.2.2「請求項に係る発明に含まれる実施の形態以外の部分が実施可能でないことに起因する実施可能要件違反」の(4)(第I部第1章の25?26頁)を参照。)

カ.また、材料技術一般において、異なる材料同士には「相性」が存在することが周知の技術的事項である。このため、特定の性能(例えば、強度)が優れたもの同士を組み合わせて複合体にしても、その性能が十分に向上するとは必ずしもいえず、複合体の性能としては、個々の材料同士で比べれば、性能が劣ったもの同士を組み合せて複合体にしたものより、性能が劣る場合もあることも、材料技術一般において周知の技術的事項である。
本願の発明試料1ないし3では、第1層及び第3層については、異なる種類の繊維(ケブラー(Kevlar)(登録商標)と、ザイロン(Zylon)(登録商標))を用いた例が開示されているものの、第2層については、1種類の繊維(ケブラー(Kevlar))と、詳細が不明な「ポリビニルブチラール/フェノール系熱硬化性樹脂」とを組み合わせた例しか開示されていない。
上記材料技術一般における周知の技術的事項を考慮すると、ケブラー繊維と、この詳細不明な「ポリビニルブチラール/フェノール系熱硬化性樹脂」との組合せが、特に「相性」が良く、このため、この組合せの第2層を採用することにより、本願性能要件を満たすことが可能なのであり、他の材料を組合せた場合には、本願性能要件を満たす構成を得ることができないものである可能性が想定される。
少なくとも、本願明細書には、この組合せの第2層を採用せずに、本願性能要件を満たす構成を得ることについて、当業者が理解できる程度に明確かつ十分な説明がなされているとはいえない。さらに、上記「ポリビニルブチラール/フェノール系熱硬化性樹脂」は、詳細が開示されていないため、本願の発明試料1ないし3に用いられている第2層を、請求人以外の第三者が製造できる程度に、明細書に明確かつ十分な説明がなされているとはいえない。
したがって、これらの点から見ても、本願の発明の詳細な説明の記載は、本件補正後においても、依然として、本願発明1のうち、発明試料1ないし3として開示された構成を備えるもの以外については、どのように実施するのか当業者が理解できるとはいえないから、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。
同様な理由で、本願発明2についても、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。

(3)サポート要件(36条6項1号)についての検討
上記(2)で指摘したのと同様な理由で、本願の請求項1又は請求項2に記載された発明は、いずれも、発明の詳細な説明に記載された発明であるということはできない。したがって、本願の特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第1号の規定に適合しない。
(特許・実用新案審査基準 第I部 第1章「明細書及び特許請求の範囲の記載要件」の 2.2.1.3「第36条第6項第1号違反の類型」の(3)(第I部第1章の3?4頁)及びその例5、例10(同4?5頁)を参照。)

(4)請求人の主張について
ア.請求人は、平成24年8月6日付け意見書の(4)h.において、「上記の第1、第2、第3の複数の層の組み合わせ、という基本的な技術思想が得られていれば、この技術思想に基づいて、当業者は本願発明の様々なバリエーションを容易に構成することが可能である。即ち、当業者は、発明資料1乃至3として開示された本願発明の実施例に対し、その構成の一部を、近似した性質の繊維、或いは樹脂に置き換えること等により、発明資料1乃至3以外の本願発明の様々なバリエーションを容易に構成することができるのである。」と主張し、同j.において、「本願発明者が創作した基本的な技術思想が開示されていれば、当業者は、開示された実施例のバリエーションを容易に構成することができるのである。このため、請求項に含まれる全ての発明の具体例(実施例)が明細書に記載されていないことを理由に、発明を拒絶し、或いは権利範囲を明細書に具体例が記載されている発明のみに限定させたとすれば、出願人は、開示した技術思想に比して不当に矮小化された権利範囲しか得られない結果となる。これでは、技術思想の創作たる『発明』の開示に対し、特許法による十分な保護が与えられたことにはならない。」と主張している。

イ.請求人の上記主張h.のうち、「当業者は、発明資料1乃至3として開示された本願発明の実施例に対し、その構成の一部を、近似した性質の繊維、或いは樹脂に置き換えること等により、発明資料1乃至3以外の本願発明の様々なバリエーションを容易に構成することができるのである。」との主張、及び上記主張j.のうち、「本願発明者が創作した基本的な技術思想が開示されていれば、当業者は、開示された実施例のバリエーションを容易に構成することができるのである。」については、そのとおりである。例えば、発明試料1の構成の一部である繊維として、テナシティが24.5g/dtexの物に替えて、30g/dtexの物(実際に存在するか否かは不明であるが)を採用することにより、第2層の層数を、発明試料1の構成より1層減らしても、本願性能要件を満たす構成にできるかも知れず、この程度の構成の変更であれば、本願発明を実施しようとする第三者に、過度の試行錯誤を要求するとまではいえないかも知れない。
しかしながら、[1]上記(1)イの「本願最低構成」を採用した場合、[2]テナシティが10g/dtexの繊維を採用するが、第1層ないし第3層の層数として、10層、30層、40層を採用した場合、[3]テナシティが極めて高い繊維(実際に存在するか否かは不明であるが)を採用するが、第1層ないし第3層の層数として、2層、5層、10層を採用した場合のように、発明試料1ないし3とは性質が懸け離れた構成(これらの例では、テナシティ又は層数が、発明試料1ないし3の物の半分以下である。)を採用した場合については、本願性能要件を満たす構成を得るために、第三者に、過度の試行錯誤を要求するものといえる。したがって、本願明細書又は図面には、特許請求の範囲の記載で特定される発明について、どのように実施するのか当業者が理解できる程度に、明確かつ十分に説明されているとはいえないし、発明試料1ないし3の構成及び性能から見て、「本願最低構成」を採用した場合には、本願性能要件を満たす構成にすることが不可能である蓋然性が高いと考えられる。
本願は、明細書又は図面に開示していない発明についてまで、権利を主張している、すなわち、明細書又は図面に開示された技術思想に比して不当に拡張された権利範囲(特許請求の範囲)を主張しているものといえ、その意味で、請求人は、不当かつ不法な要求をしているといえる。

ウ.請求人は、上記主張j.の後半部分で、「請求項に含まれる全ての発明の具体例(実施例)が明細書に記載されていないことを理由に、発明を拒絶し、或いは権利範囲を明細書に具体例が記載されている発明のみに限定させたとすれば、出願人は、開示した技術思想に比して不当に矮小化された権利範囲しか得られない結果となる。これでは、技術思想の創作たる『発明』の開示に対し、特許法による十分な保護が与えられたことにはならない。」と主張している。
確かに、審判合議体が通知した拒絶の理由で、拒絶理由を解消する方法の1つとして、「請求項1及び請求項2に、発明試料1ないし3として開示された構成を必須の発明特定事項として記載」することを示唆している(上記3.(4)参照)。しかしながら、審判合議体が通知した拒絶の理由は、権利「範囲を明細書に具体例が記載されている発明のみに限定」することを強制しているものではない。現に、審判合議体が通知した拒絶の理由では、拒絶理由を解消する他の方法として、本件補正前の請求項1で特定された事項(a)ないし(e)を満たせば、本願性能要件を満たすことが、技術常識であることを示す方法を挙げている(上記3.(4)参照)。
請求項の記載(発明特定事項)をどの様にするかは、明細書又は図面に開示した事項と、出願当時の技術常識などに基づいて、請求人(出願人)が自ら決定すべき事項である。例えば、本願の発明試料1ないし3は、特定の織密度で、かつ、特定の織物組織で織布とした物である(上記3.(2)の(D)、(E)を参照)が、仮に、「耐多重脅威貫通性物品」の技術分野においては、特定範囲の織密度で、かつ、特定の織物組織で織布とした物を用いることが技術常識であり、発明試料1ないし3の織密度及び織物組織は、この技術常識の範囲内のものであり、請求項の記載において格別な特定がされていない場合には、その技術常識の範囲内の織密度及び織物組織を用いることが当然であることを、請求人が立証した場合には、請求項の記載において、織密度及び織物組織を特定する必要はないものである。

エ.しかしながら、本件補正では、上記(1)で指摘したとおり、ポリマーマトリックスに関して限定する補正を行ったものの、発明試料1ないし3の構成の一部又は全部が、本願発明の技術分野における技術常識であることは示していないし、上記(2)で指摘したとおり、少なくとも、テナシティ、層数、及びポリマーマトリックスについては、発明試料1ないし3として開示した構成とは懸け離れた構成についても、本願発明の権利範囲として主張しており、かつ、それら懸け離れた構成については、本願性能要件を満たす構成にできることが、当業者が実施できる程度に、明確かつ十分に説明されているものではない。また、少なくとも、第2層に関して、発明試料1ないし3として開示した構成以外の材料の組合せによっても、本願性能要件を満たす構成にできることが、当業者が実施できる程度に、明確かつ十分に説明されているものではない。
よって、「本願の発明の詳細な説明の記載は、特許法第36条第4項に規定する要件を満たすものであり、また、特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たすものである。」(平成24年8月6日付け意見書の(4)k)との、請求人の主張は、採用できない。

オ.なお、仮に、発明試料1ないし3として開示した構成から、「本願最低構成」のように、発明試料1ないし3として開示した構成から懸け離れた構成についても、当業者が実施できることが理解できるとすれば、原審の拒絶査定の理由として示した引用文献1ないし5に開示されている層を組み合わせることにより、あるいは、それらの層の構成を一部変更して組み合わせることにより、本願発明に係る物品を構成することも、容易であるというべきである。すなわち、仮に、発明試料1ないし3として開示した構成から、本願発明に係る物品を当業者が実施できるのであれば、本願発明は、引用文献1ないし5に開示された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものといえるから、本願は、原査定の理由によって、拒絶すべきものである。(これは、審判合議体が通知した拒絶の理由の記の(4)の末文で指摘した事項と同様な趣旨である。)

5.むすび
以上のとおり、本願は、発明の詳細な説明又は特許請求の範囲の記載が、特許法第36条第4項第1号又は同条第6項第1号の規定に適合しないから、本願は、拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2012-08-30 
結審通知日 2012-09-03 
審決日 2012-09-14 
出願番号 特願2003-554424(P2003-554424)
審決分類 P 1 8・ 536- WZ (A41D)
P 1 8・ 537- WZ (A41D)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 山口 直  
特許庁審判長 栗林 敏彦
特許庁審判官 仁木 浩
河原 英雄
発明の名称 耐多重脅威貫通性物品  
代理人 井野 砂里  
代理人 松下 満  
代理人 弟子丸 健  
代理人 熊倉 禎男  
代理人 倉澤 伊知郎  

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