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審決分類 審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない。 A61K
審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない。 A61K
審判 査定不服 特17 条の2 、4 項補正目的 特許、登録しない。 A61K
管理番号 1271972
審判番号 不服2010-11757  
総通号数 161 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2013-05-31 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2010-06-01 
確定日 2013-03-28 
事件の表示 特願2003-577909「癌治療のための、VA遺伝子が変異したアデノウイルスの使用」拒絶査定不服審判事件〔平成15年10月 2日国際公開、WO03/80083、平成17年 9月 2日国内公表、特表2005-526099〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯
本願は、2003(平成15)年3月25日(パリ条約による優先権主張2002(平成14)年3月26日、スペイン)を国際出願日とする出願であって、平成21年12月28日に手続補正書が提出され、平成22年1月29日付けで拒絶査定がなされたところ、同年6月1日に本件審判が請求されると同時に手続補正書が提出され、その後、平成23年10月28日付けで審尋が通知され、平成24年1月31日付けで回答書が提出されたものである。

2.平成22年6月1日付けの手続補正についての補正却下の決定

[補正却下の決定の結論]
平成22年6月1日付けの手続補正を却下する。

[理由]
(1)補正事項
平成22年6月1日付けの手続補正(以下、「本件補正」という。)は、補正前の特許請求の範囲に、
「【請求項4】
前記アデノウイルスが、腫瘍における選択的な複製を獲得するために、E1a群、E1b群およびE4群の1つ以上の遺伝子においてVA RNAの遺伝子に変異を有する、請求項1?3のいずれか1項に記載の使用。」
とあるのを、
「【請求項4】
前記アデノウイルスが、腫瘍における選択的な複製を獲得するために、E1a群、E1b群およびE4群の1つ以上の遺伝子においてVA RNAの遺伝子に変異を有する、請求項1、2、または、3のいずれか1項に記載の使用。」
とするものである。
(なお、下線は当審で付した。)

(2)補正の目的
本件補正は、本件補正前の請求項4において「・・・請求項1?3のいずれか1項に記載の使用。」と記載されていたのを、「・・・請求項1、2、または、3のいずれか1項に記載の使用。」に変更するものである。
そして、「1?3」と「1、2、または、3」は全く同じ意味であるから、本件補正は特許請求の範囲の減縮を目的とするものではない。また、請求項の削除を目的とするものではないし、補正前の「1?3」の意味内容は明瞭であるから、誤記の訂正、明瞭でない記載の釈明のいずれの事項を目的とするものでもない。
したがって、本件補正は平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第4項の規定に反するものであって、同法第159条第1項の規定において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。
よって、結論のとおり決定する。

3.本願発明について
(1)本願発明
平成22年6月1日付けの手続補正は上記のとおり却下されたので、本願請求項1?22に係る発明は、平成21年12月28日付け手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1?22に記載された事項により特定されたものであるところ、そのうち請求項1に係る発明は、以下のとおりである。

「【請求項1】
癌の処置のための薬学的組成物の生産のための、VAIおよびVAIIというウイルスに随伴するRNAを欠失しているアデノウイルスの、使用。」(以下、「本願発明」という。)

4.原査定の拒絶の理由
原査定の拒絶の理由は、本願明細書の記載は特許法第36条第4項第1号(理由3)、同条第6項第1号(理由4)に規定する要件を満たしていないという理由を含み、その内容として以下の点が指摘されている。
「翻訳文等の実施例1-3に記載されているのは、VAI遺伝子の変異したアデノウイルスが癌を効率的に処置する試験結果のみである。
そして、・・翻訳文等にはVAI及びVAII RNAの両方が変異したアデノウイルスの腫瘍細胞に対する実施例が開示されているとは認められない。
また、薬理試験結果の記載がなくとも本願発明の効果が技術常識から自明であるともいえない。
してみれば、技術常識を考慮しても、請求項に記載された、癌の処置のための薬学的組成物の生産のための、VAIおよびVAIIというウイルスに随伴するRNAを欠失しているアデノウイルスの使用は、明細書の記載によって十分に裏付けられているとはいえない。」

5.当審の判断
5-1.特許法第36条第4項第1号(実施可能要件)について
(1)本願発明は、「癌の処置のための薬学的組成物の生産のため」に、「VAIおよびVAIIというウイルスに随伴するRNAを欠失しているアデノウイルス」(以下、「VAI,II欠失変異アデノウイルス」という。また、それぞれのRNAを、「VAI RNA」、「VAII RNA」という場合がある。)を使用する方法の発明であるということができる。
また、「方法」の発明における「発明の実施」とは「その方法を使用する行為」(特許法第2条第3項第2号)であるから、本願発明において、「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度の明確かつ十分に記載したものであること」(いわゆる実施可能要件)とは、発明の詳細な説明が、“「VAI,II欠失変異アデノウイルス」を「癌の処置のため」という用途の薬学的組成物を生産するために使用できることを、当業者が理解できるように記載されていること”であると認められる。そして、発明の詳細な説明が、“「VAI,II欠失変異アデノウイルス」を「癌の処置のため」という用途の薬学的組成物を生産するために使用できることを、当業者が理解できるように記載されている”ためには、“VAI,II欠失変異アデノウイルスが癌の処置のためという医薬用途において有効なものであることを、当業者が理解できるように記載されている” 必要がある。

(2)ところで、本願出願時、VAI,II欠失変異アデノウイルスについては、癌の処置のために有効なものであるとの技術常識があったものとはいえないと認められる。なお、この認定は、請求人の『本件優先日前の当業者は、VAIおよびVAIIの両方を欠失しているアデノウイルスが癌や腫瘍の処置に利用できるとは予測できませんでした。』(審判請求書の請求の理由についての平成22年8月6日付け手続補正書の3頁10?12行)なる主張とも整合する。
かえって、原査定における引用文献2(国際公開第99/057296号)の実施例2(25頁13行)の「VAI RNAを産生しないアデノウイルス変異体はほとんど増殖しない」なる記載(引用例2は英文のため当審による訳文を記載する。これ以降に審決に記載する英語文献についての訳文も同様である。)や、請求人が審判請求書の請求の理由についての平成22年8月6日付け手続補正書に添付した甲第2号証(Mol.Cell.Biol.,1985,5(1),p187-196)のp192右欄16行?p193左欄4行の「VAI^(-)/VAII^(-)部分欠失変異ウイルスの成長比較.・・機能的なVAI及びVAII遺伝子を欠損するアデノウイルス5型の変異ウイルス(ダブル変異体)の単離を試みた。・・ダブル変異体は、野生型アデノウイルスに比べて1/60と、非常に僅かしか成長できなかった。」なる記載によれば、VAI,II欠失変異アデノウイルスは、感染細胞内でほとんど増殖できないという技術常識が存在していたことすらうかがえる。また、そもそも、ウイルスが有する遺伝子は、感染や増殖をするために何らかの必要性があって存在していると考えるのが自然であって、それを一部欠失したウイルスは感染や増殖が一般に困難になるというのが今日においても当業者間の通常の認識であると認められる。なお、これらの認定は、審査段階における請求人の『引用文献2の記載に基けば、当業者は、VAIおよびVAIIの両方を欠失しているアデノウイルスはさらに増殖しなくなると予測します。』(意見書の2頁2?4行)なる主張とも整合する。
したがって、本願出願時の技術常識からは、当業者は、VAI,II欠失変異アデノウイルスが癌細胞に感染して増殖し、癌の処置のためという医薬用途に有効である、と理解することができないものというほかはなく、そうである以上、VAI,II欠失変異アデノウイルスが癌の処置のためという医薬用途において有効なものであることが、明細書の発明の詳細な説明の記載から理解できなければ、当業者は“VAI,II欠失変異アデノウイルスが癌の処置のためという医薬用途に有効である”と理解することができない、ということになる。

以下、本願明細書の発明の詳細な説明の記載から、VAI,II欠失変異アデノウイルスが癌の処置のためという医薬用途において有効なものであることを当業者が理解できるかという点について検討する。

(3)本願明細書の発明の詳細な説明には、VAI,II欠失変異アデノウイルスの癌の処置のための医薬としての用途に関して以下の記載がある。

(a)【0019】?【0020】
「【0019】
本発明は、癌の処置におけるVA RNAの遺伝子からの変異体アデノウイルスの使用を記載する。このVA RNA変異は、活性なRas経路の存在またはインターフェロンへの感受性に起因するPKR活性化の欠如に供されたアデノウイルスの複製を可能にする。本発明は、膵臓癌、結腸癌、肺癌および他の型の腫瘍のためのよりよい処置を見出す必要性に関する。
【0020】
本発明は、ウイルス関連(VA)RNAの機能を不活性化するPKRを排除するゲノムに変異を有するアデノウイルスを含む。アデノウイルスのゲノムには、VA RNAをコードする2つの遺伝子(VAIおよびVAII)が存在し、これらはウイルスゲノムの約30マップ単位に位置する。両方が、ウイルス周期(viral cycle)の後期にRNAポリメラーゼIIIによって合成される、(160リボヌクレオチド程度の)短いRNAを生じる。各VA RNAは、ループ状に保持され、これらは、RNA依存性キナーゼ(PKR)に結合する。増殖の目的について、このアデノウイルスは、PKRを阻害するためにVA RNAを用いる。これは、そうでなければ、このキナーゼがeIF2タンパク質の転写因子をリン酸化し、eIF2を不活性化し、そして、タンパク質合成全体をブロックするためである。それゆえ、本発明に記載されるVA変異体は、正常細胞ではほとんど増殖しない。逆に、これらの変異体は、PKRがRas経路によって不活性化されている細胞においては、多くの腫瘍細胞において起こるように、正常に増殖する。VA変異体はまた、PKR誘導型アデノウイルスの感染に応答しない細胞においても正常に増殖する。」

(b)【0025】?【0027】
「【0025】
(実施形態の詳細な説明)
(変異したウイルス関連(VA)RNAを有するアデノウイルスの構造)
本発明は、癌の処置のための、変異した(すなわち、機能的に欠失した)ウイルス関連(VA)RNAをコードする遺伝子を有するアデノウイルスの使用を記載する。この処置は、活性なRas経路を有する細胞におけるVA変異体の選択的な複製に基づく。
【0026】
さらに、インターフェロン(α、βおよびγインターフェロン)の抗ウイルス作用に抵抗性の腫瘍がまた、これらの変異体を用いて処置され得る。この活性なRas依存性の複製またはインターフェロン抵抗性依存性の複製を可能にする機構を以下に記載する。アデノウイルスが感染した細胞の細胞質において、ウイルス関連(VA)RNAと呼ばれる、大量の小さなRNAが、アデノウイルスのゲノムの約30マップ単位に位置するいくつかのアデノウイルス遺伝子を転写することによって、細胞RNAポリメラーゼIIIにより合成される。いくつかのアデノウイルス血清型は、1つのVA遺伝子のみを含む(これらは、亜群AおよびF、ならびに亜群B由来のいくつかの血清型に属する)が、他のアデノウイルス血清型は、2つのVA遺伝子を含む(VAIおよびVAIIは、亜群Bのいくつかの血清型に、そして亜群C、DおよびEの全て血清型に、存在する)。VA RNAは、160ほどのリボヌクレオチドを有し、そして、2本鎖のステム(stem)および1本鎖のループによって特徴付けられる二次構造を形成する(図1を参照のこと)。このVA RNAは、アデノウイルスの感染の間に産生される他の2本鎖RNAとの結合において、PKRと呼ばれるプロテインキナーゼと競合する。PKRは、リン酸化活性が2本鎖RNAに依存するキナーゼタンパク質であるが、VA RNAとの結合は、リン酸化を活性化するよりはむしろ、リン酸化を阻害する。VA RNAのこの機能は、ウイルスの複製に必要である。なぜならば、活性化されたPKRは、eIF2タンパク質伝達の開始因子をリン酸化して不活性化し、そして、タンパク質合成をブロックするからである。さらに、RasによるPKRの阻害が記載されている(MundschauおよびFaller、Journal Biological Chemistry、1992、Vol.267、23092-8頁)。PKRの阻害に関して、多数の腫瘍で活性化されていることが見出されているRas伝達経路は、VA RNAと機能的に類似している。これらの所見をまとめると、本発明は、活性なRas経路を有する腫瘍細胞において、VA RNAの機能が、ウイルスの複製に影響を及ぼすことなく、排除され得ることを確立する。それゆえ、本発明は、VA RNAが腫瘍を処置するために使用され得ることを記載する。
【0027】
上の段落に説明されているVA変異体の、腫瘍における選択的な複製機構は、RasエフェクターがPKRを不活性化するという事実に基づく。多くの腫瘍において、本発明者らはまた、PKRの活性化を停止する別の機構:インターフェロンへの応答性の欠如を見出した。α、βまたはγインターフェロン(IFN)の分泌は、先天性免疫系のウイルスに対する最初の応答である。IFNはPKRの発現を誘導し、そして、アデノウイルスのVA RNAの遺伝子は、PKRを阻害することによってIFNの抗ウイルス作用に拮抗する。インターフェロンに応答しない細胞において、PKRは誘導されず、そして細胞質中のPKRの量は、非常に低いレベルのままである。次いで、VA RNAの遺伝子は、もはやウイルスの複製に必要ではなくなる。腫瘍細胞がIFNに対する応答性を欠いているということは、十分に確立されている。実際、IFNの阻害作用に対して非常に感受性であるウイルスは、腫瘍細胞の選択的な溶解および腫瘍の処置のために使用されている(Stojdlら、Nature Medicine 2000、Vol.6、821-5頁)。これらの所見を本発明の実施形態と結びつけると、インターフェロン経路に欠陥を有する腫瘍を処置するためのVA RNA変異体アデノウイルスの使用になる。」

(c)【0034】?【0035】
「【0034】
(癌の処置のためのVA RNA変異体アデノウイルスの使用)
本発明は、癌を処置するためにVA RNAの遺伝子に欠失を有するアデノウイルスの使用を記載する。この処置は、活性なRas経路またはインターフェロンの作用に対する抵抗性を有する細胞におけるVA RNA変異体の選択的な複製に基づく。
【0035】
癌の処置におけるVA変異体を使用するためのプロトコールは、アデノウイルス治療およびアデノウイルス遺伝子治療の分野で用いられているものと同じ手順に従う。位電子治療の分野における、非複製型および複製型のアデノウイルスの使用の広範な経験が存在する。特に、本発明で提案されるものとは異なる選択的な複製機構を有するアデノウイルスが癌を処置するために使用されている。培養において、動物モデルにおいて、および患者での臨床試験における腫瘍細胞の処置に関して、多くの刊行物が存在する。インビトロでの培養細胞の処置のために、上記の処方のいずれかの精製アデノウイルスを、培養培地に添加して、腫瘍細胞に感染させる。動物モデルまたはヒト患者における腫瘍を処置するために、アデノウイルスは、腫瘍内、もしくは腫瘍が局在する体腔内に注射することによって局所的にか、または、血流に注射することによって全身に、投与され得る。他の選択的複製型アデノウイルスを用いて実施されているように、本発明に記載されるVA RNA変異体を用いる腫瘍の処置は、化学療法または放射線療法のような他の処置様式と併用され得る。」

(d)実施例(【0036】?【0039】)
「【0036】
(実施例1:VAI遺伝子の変異したアデノウイルスは、Ras依存性の複製を示す)
活性化されたRas経路についてのVAI RNA変異体(dl331)の複製の依存性を示すために、本発明者らは、ヒト細胞における活性化状態を調節した。約1.0×107個のヒト胚性幹細胞(293株)を直径10cmのプレートに撒き、緑色蛍光タンパク質(GFP)、構成的に活性形態のRas(H-Ras V12)またはRasのドミナントネガティブ(H-Ras N17)のいずれかを含む、24μgのプラスミドでトランスフェクトした。トランスフェクションに、リン酸カルシウムの標準的なプロトコールを用いた。トランスフェクションの48時間後に、細胞を新しいプレートに移した。Ras経路についてのプラスミドのトランスフェクション効果を示すために、本発明者らは、ウェスタンブロットによって細胞溶解物のERK(Rasエフェクター)の発現レベルおよびリン酸化を観察した。溶解緩衝液(20mM Tris、2mM EDTA、100mM NaCl、5mM MgCl_(2)、1% Triton X-100、10% グリセロール、5mM NaF、100μM Na_(3)VO_(4)、1mM PMSF、10μg/ml アプロチニン、10μg/ml ロイペプチン)を用いて、4℃で1時間インキュベートすることにより、乾燥溶解物を得た。14,000×gで遠心分離した後、上清のタンパク質(10μg/トラック(Bradfordアッセイを用いて決定))を10% ポリアクリルアミド-SDSゲルで電気泳動により分離し、そして、PVDFメンブレンに移した。ERKおよびリン酸ERKの量は、Amershamのchemoluminescenceキット(ECL)を用いて明らかにした。一次抗体として、ERKに対するモノクローナル抗体(Ab)(Zymed)またはリン酸ERKに対するポリクローナル抗体(Cell Signaling Tech.)を用いた。ラディッシュペルオキシダーゼと結合体化したマウス抗IgGまたはラビット抗IgGを二次抗体として用いた。これらの手順に従って、本発明者らは、トランスフェクトしていない293細胞が、低レベルのERKのリン酸化を有していることを示し、これは、低いRas経路活性を示す。GFPを用いるコントロールトランスフェクションは、これらの結果に影響を及ぼさなかった。H-Ras V12を用いるトランスフェクションは、ERKのリン酸化を増加させた(これはRas経路の活性化を示す)。対照的に、H-Ras N17を用いたトランスフェクションは、Ras経路の阻害を生じた(本発明の図4、上パネル)。
【0037】
一旦Ras経路の調節が上記の手順に従って評価されると、本発明者らは、以下に記載するようなVA RNA変異体の選択的な複製を示すことに進んだ。上の段落で記載したようなトランスフェクトした細胞を、10プラーク形成単位/細胞を用いて、VAI RNA変異体dl331または野生型アデノウイルスで感染させた。ウイルスの産生を、293上でのプラーク形成アッセイによって、上清中のアデノウイルスの量を測定することによって毎日分析した。野生型アデノウイルスは、コントロールの293細胞またはGFPでトランスフェクトした細胞において、VAI変異体よりも7?10倍複製した。H-Ras V12によって誘導されるRas経路の活性化は、VA変異体の複製効率を10倍上昇させ、その結果、その複製レベルは、野生型アデノウイルスのレベルに達した。逆に、H-Ras N17でのRas経路の阻害は、VA変異体の複製を2倍低下させた。それゆえ、野生型アデノウイルスの複製と比較して、VAI RNA変異体の複製は、本発明者らが認識するよりも、20倍以上Ras経路の活性化に依存する。
【0038】
(実施例2:活性なRas経路を有するヒト腫瘍細胞は、変異したVAI RNAを有するアデノウイルスの効率的な複製を可能にする)
VAI RNAの遺伝子が変異したアデノウイルス(dl331)の複製を、K-Ras遺伝子のコドン12に変異を有する(GGT→GAT)NP9ヒト膵臓癌株において定量した。複製は、細胞の単層におけるタンパク質の量の減少として測定される、ウイルスが誘導する細胞変性効果(CPE)によって見積もる(BCA法)。簡単に言えば、NP-9細胞を1ウェルあたり30,000細胞で96ウェルプレートに撒く。次の日、dl331または野生型のアデノウイルスの、1細胞あたり1000プラーク形成単位の濃度からの限界希釈を用いて細胞に感染させる。感染させた細胞を5日間インキュベートし、そして、培養培地を除去して、ウェルに残るタンパク質の量を測定する。図5は、ウイルス種菌の希釈と比較した感染させていないウェルに関してのタンパク質の百分率として得られた結果を示す。50%の死亡率(タンパク質含量の50%の減少、IC_(50))を生じる希釈は、最初のウイルス調製物の細胞溶解性力価の推定値である。変異したRasを有する細胞(NP9)において、VAI RNA変異体dl331および野生型アデノウイルスに対して得られたIC_(50)は、それぞれ0.04および0.7であり、これは、VAI RNA変異体の力価が18倍増えていることを示している(図5、上パネルおよび下パネルの実線)。低いRas活性を有する細胞(293)において、これらの値は、0.018および0.003であり、これは、VAI RNAの力価が6倍減少することを示している。該して、この結果は、本発明者らが、活性なRasを有する細胞またはほとんど不活性なRasを有する細胞における、VAI RNA変異体と野生型アデノウイルスの細胞溶解性力価を比較する場合、Rasの活性化が、VAI変異体の複製をおよそ100倍増加させることを示す。
【0039】
(実施例3:VAI RNAの遺伝子が変異したアデノウイルスは、癌を効率的に処置するのに使用され得る)
以下に、本発明者らは、VAI RNA変異体アデノウイルス(dl331)の抗腫瘍効果を示す。活性化されたRas経路(NP9)を有する腫瘍を含む、Balb/c系統の胸腺欠損マウスを用いて、インビボでの実験を行った。全ての実験は、FELASAガイドライン(「Federation of European Laboratory Animal Science Associations」)に従って行った。合計1.2×107個のNP-9細胞株の腫瘍細胞をマウスの各後側面に、皮下に注射した。1日後に形成された腫瘍(70?80mm3に達した)を異なる実験群(各群あたりn=10)間で分布した。コントロール群の腫瘍は、2回の生理緩衝化食塩水の腫瘍内注射を受けた(2×10μl)。VA変異体で処置した群の腫瘍は、2回のdl331(1腫瘍あたり10^(9)ウイルス粒子)の腫瘍内注射を受けた(2×10μl)。図6は、最初の処置(0日目)と比較した腫瘍容積を示す。結果は、平均±S.E.M.として示す。結果間の有意差の存在は、ノンパラメトリックな、非対称データMann-Whitney U試験を用いて計算した。増殖曲線を分散分析を用いて比較した。結果は、p<0.05である場合に有意であるとみなした。SPSS統計パッケージ(SPSS Inc.,Chicago,IL)を用いて計算を行った。16日目および21日目の腫瘍サイズの間に、有意差がある。VAI RNA変異体dl331で処置した腫瘍は、後退を示した。」

(e)図面の簡単な説明(【0040】)
「【図1】アデノウイルス血清型5(Ad5)のVA RNAの二次構造。ワトソンとクリックの対形成規則に従う塩基の対形成によって形成された、ステムおよびループの構造。中央ドメインは、VA機能に重大な意味を有し、そして先端のステムはまた、VA RNAのPKRとの相互作用に関する。
【図2】Ad5 VA領域の配列。示されるDNA配列は、アデノウイルス血清型5のゲノムの10,500?11,100の塩基対に対応する。この配列は、VA領域を含む(VA遺伝子寄りの鎖のみを示す)。示される配列は、VAI遺伝子の転写の開始に対して、-118塩基対(bp)前に進み、VAIIの終止点を64bp超える。転写の開始点から終止点までのVAI遺伝子(160bp)に下線を施し、イタリック体を用いている。96bpの配列は、VAIおよびVAIIをコードする配列を分離する。VAII(161bp)は、VAIの後ろに見出され、これには下線を施して、かつ太字で示している。
【図3】VA RNAを欠失しているアデノウイルスの、活性なRAS経路を有するかまたはインターフェロンに応答しない細胞における複製選択性機構。ウイルス関連(VA)RNA変異体がRas活性化に供されて複製を示す機構。アデノウイルスの感染は、2本鎖RNAを生じ、これが、リン酸化によってPKRの活性化を誘導する。活性化されたPKRは、eIF2タンパク質の転写因子をリン酸化して不活性化し、従って、タンパク質の伝達全体をブロックする。アデノウイルスのVA RNAは、PKRに結合して不活性化し、感染細胞の抗ウイルス応答を相殺する。VA RNA変異体アデノウイルスは、PKRを阻害し得ず、そしてタンパク質合成の完全なブロックを回避し得ない。さらに、癌遺伝子Rasの活性化はまた、PKRを阻害し、Rasが活性である場合、VA変異体は、正常に増殖する。
【図4】VA RNA変異体の増殖に際するRas活性化の効果。グラフは293におけるウイルスの産生を示す(複製、2日目)。細胞株293は、低レベルの活性化されたRasを示す。Rasのドミナントネガティブ変異体(RasN17)の発現カセットを含有するプラスミドが293にトランスフェクトされ、そして、VAI RNA変異体アデノウイルス(dl331)の増殖効率を評価した。ウェスタンブロットで見られ得るRas阻害は、dl331の増殖を阻害し得る。逆に、293が構成的に活性なRas変異体(RasV12)の発現カセットを含有するプラスミドでトランスフェクトされた場合、ウェスタンブロットによってRasの活性化が、そしてdl331増殖の減少が観察された。
【図5】低いRAS活性を有する細胞(293)または高いRAS活性を有する細胞(NPA)におけるVA RNA変異アデノウイルスの増殖。BCAによって定量化した細胞変性効果(CPE)のグラフ(5日目)。低いRas活性を有する細胞および、高いレベルの活性なRasを有する膵臓癌細胞におけるVA RNA変異体の増殖の比較。野生型アデノウイルスAd5の増殖を、VA変異に帰し得ない感染力および複製の差異を較正するための標準化コントロールとして使用する。
【図6】VA RNA変異体を用いる腫瘍の処置。NP9ヒト膵臓癌腫瘍を免疫抑制したマウス(Balb/cヌードマウス)に移植した。腫瘍が70?80mm^(3)の容積に達したとき、VAI RNA変異体アデノウイルス(dl331)またはコントロールビヒクルを注入した。腫瘍の増殖(腫瘍の容積)を測定した後、VA RNA変異体の抗腫瘍効果を実証した。」
(なお、図面の記載は省略する。)

(4)検討
すでに(2)で述べたとおり、遺伝子を欠損させられたウイルスの場合には、細胞への感染や細胞内での増殖が困難になるというのが当業者の自然な理解であると解され、出願時の技術常識を考慮しても、VAIに加え、VAII遺伝子も欠損した本願発明のウイルスが細胞に対し正常に感染、増殖できるとは一般には当業者といえども認識できない。
この点、上記(a)には、「本発明に記載されるVA変異体は、正常細胞ではほとんど増殖しない。逆に、これらの変異体は、PKRがRas経路によって不活性化されている細胞においては、多くの腫瘍細胞において起こるように、正常に増殖する。」(【0020】)と記載されているが、この記載は本願発明のVAI,II欠失変異アデノウイルスが腫瘍細胞において正常に増殖することを裏付けるに足りる理論的な説明の記載であるとはいえない。
また、(b)には、「Ras伝達経路は、VA RNAと機能的に類似している。」なる所見等に基づき、「本発明は、活性なRas経路を有する腫瘍細胞において、VA RNAの機能が、ウイルスの複製に影響を及ぼすことなく、排除され得ることを確立する。」(【0026】)とか、「多くの腫瘍において、本発明者らはまた、PKRの活性化を停止する別の機構:インターフェロンへの応答性の欠如を見出した。」なる所見等に基づき、「インターフェロン経路に欠陥を有する腫瘍を処置するためのVA RNA変異体アデノウイルスの使用になる。」(【0027】)といった記載がなされているが、これらの記載は、感染細胞が、「活性なRas経路を有する」或いは「インターフェロン経路に欠陥を有する」という、ウイルスへの防御応答であるPKR活性化が欠如している腫瘍細胞であるかどうか以前の問題として、VAI遺伝子に加えVAII遺伝子も欠失した本願発明のアデノウイルス自体に、感染細胞中で正常に増殖できる能力があることについての理論的な説明になっているとはいえない。また、(b)には、本願発明のVAI,II欠失変異アデノウイルスが実際に腫瘍細胞において正常に増殖して腫瘍細胞を排除できることを裏付ける薬理試験結果の記載もなされていない。
(c)は、癌の処置のためのVA RNA変異体アデノウイルスの使用手順についての一般的な記載に過ぎず、本願発明の医薬用途を裏付ける記載とはいえない。
(d),(e)には、VAI遺伝子の変異したアデノウイルスが、Ras依存性の複製を示すこと(実施例1;【0036】?【0037】及び図4)、活性なRas経路を有するヒト腫瘍細胞は、変異したVAI RNAを有するアデノウイルスの効率的な複製を可能にすること (実施例2;【0038】及び図5)、VAI RNAの遺伝子が変異したアデノウイルスは、癌の処置に使用され得ること(実施例3;【0039】及び図6)が薬理試験結果により示されているが、これらの実施例の薬理試験結果はいずれも、VAI遺伝子の変異したアデノウイルスについてのものであって、本願発明の「VAI,II欠失変異アデノウイルス」についてのものではない。
そして、前述の当業者の自然な理解に基づく認識に基づけば、VAI遺伝子が変異したアデノウイルスが腫瘍の処置に使用できるとの薬理試験結果の記載があるからといって、VAI遺伝子のみならず、VAII遺伝子までも欠損したウイルスの場合にも、腫瘍細胞に正常に感染、増殖でき、腫瘍の処置に使用できることまでは当業者は認識できないと解される。
さらに、上記薬理試験結果及び(b)の記載を併せて総合的に判断したとしても、上記の当業者の認識を覆すに足りるものとはいえないし、本願明細書の他の記載によっても、「VAI,II欠失変異アデノウイルス」が、腫瘍細胞内で正常に感染、増殖し、腫瘍の処置に使用できることは裏付けられているとはいえない。

(5)以上述べたとおり、本願明細書の発明の詳細な説明に、「VAI,II欠失変異アデノウイルス」が腫瘍(癌)細胞において正常に感染、増殖し、「癌の処置のための薬学的組成物の生産のため」に「使用」できることを裏付けるに足る薬理試験結果又は理論的な説明の記載がなされているとはいえず、本願明細書の発明の詳細な説明の記載から、VAI,II欠失変異アデノウイルスが癌の処置のためという医薬用途において有効なものであることを、当業者が理解できるとはいえない。
したがって、本願明細書の発明の詳細な説明は、当業者が本願発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているとはいえないから、本願は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。

(6)なお、請求人は、平成22年8月6日付け手続補正書及び審尋に対する回答書において、知的財産高等裁判所判決(平成21年(行ケ)第10033号及び平成21年(行ケ)第10238号)を指摘すると共に、以下の(a),(b)の点をあげて本願発明は特許法第36条第4項第1項違反の不備はない旨主張する(手続補正書の6頁下から6?2行及び回答書の4頁15?23行、9頁1?7行参照)。
(a)「本願明細書には、VAI RNAおよびVAII RNAの両方が欠失しているアデノウイルスが癌の処置に使用され得ることが記載されています。本件明細書の記載に基くことによって、当業者は、過度の実験を行うことなく、本願発明のアデノウイルスを製造および使用することができます。」
(b)「平成22年8月6日付け手続補正書に添付して提出しました甲第3号証の実施例4および5ならびに図7?9は、確認のための出願後の証拠として、この効果を実証しています。・・実施例4および5は、本願明細書第0015段落および第0022段落に記載されるように、Ras経路が活性化した細胞におけるVAI RNAおよびVAII RNAの両方に欠損を持つアデノウイルスの選択的な増殖を確認しています。したがいまして、実施例4および5ならびに図7?9に示される結果は、癌の処置におけるVAI RNAおよびVAII RNAの両方に欠損を持つアデノウイルスの効果を確認するものです。」
「本願明細書には、・・VAI RNAおよびVAII RNAの両方が欠失しているアデノウイルスが癌を処置しうることを当業者が認識できる程度の記載があります。それゆえ、本願発明において出願の後に補充した実験結果等を参酌することは許されるというべきです。」

しかしながら、(a)については、すでに(2)で述べたとおり、本願出願時の技術常識に基づけば、VAI,II欠失変異アデノウイルスが癌の処置のためという医薬用途において有効なものであることが、明細書の発明の詳細な説明の記載から理解できなければ、当業者は“VAI,II欠失変異アデノウイルスが癌の処置のためという医薬用途に有効である”と理解することができないところ、本願明細書の発明の詳細な説明の記載からは、当業者は、VAI,II欠失変異アデノウイルスが癌の処置のためという医薬用途に有効である点を理解し得ないことはすでに述べたとおりであり、当業者が実験を行えば、本願発明のアデノウイルスの腫瘍細胞に対する薬理作用を確認することが可能であるということによっては、本願明細書の発明の詳細な説明の記載に本願発明の医薬用途が裏付けられているとすることはできない。したがって、請求人の主張は採用できない。
(b)については、甲第3号証として示された試験結果は、明細書の記載外の事項であり、その内容を補足することによって特許法第36条第4項第1号に規定する要件に適合させることは、発明の公開を前提に特許を付与するという特許制度の趣旨に反し許されないというべきであるから、上記試験結果は参酌することができないものである。したがって、請求人のこの点の主張も採用できない。

5-2.特許法第36条第6項第1号について
(1)特許法第36条第6項第1号に規定する要件について
特許法第36条第6項第1号には、特許請求の範囲の記載は、「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること」と規定されており、当該規定を満たすか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲内のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。

(2)検討
本願の特許請求の範囲に記載された発明は、「癌の処置のための薬学的組成物の生産のための、VAIおよびVAIIというウイルスに随伴するRNAを欠失しているアデノウイルスの、使用。」(前記3.(1))であるから、本願発明の課題が解決できるというためには、「VAI,II欠失変異アデノウイルス」が癌細胞において正常に増殖し、「癌の処置のため」に有効であると当業者が認識できる必要がある。
一方、上記5-1の(2)で述べたように、本願出願時の技術常識からは、当業者は、本願発明における「VAI,II欠失変異アデノウイルス」が癌細胞において正常に増殖し、「癌の処置のため」に有効であると認識することができないものであり、かつ5-1の(4)、(5)で述べたように、本願明細書の発明の詳細な説明に、「VAI,II欠失変異アデノウイルス」が癌細胞において正常に増殖し、「癌の処置のための薬学的組成物の生産のため」に「使用」できることを当業者が認識できる程度の記載がされているものとも認められない。
そうすると、本願の特許請求の範囲に記載された発明は、発明の詳細な説明の記載によって、当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲内のものであるとはいえず、また、発明の詳細な説明の記載によらなくても、当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるとも認められない。

(3)まとめ
したがって、本願の特許請求の範囲の記載は、本願明細書の発明の詳細な説明に記載したものであるとはいえないから、本願は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。

6.むすび
以上のとおり、本願は、第36条第4項第1号及び第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていないから、拒絶をすべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2012-10-22 
結審通知日 2012-10-23 
審決日 2012-11-15 
出願番号 特願2003-577909(P2003-577909)
審決分類 P 1 8・ 536- Z (A61K)
P 1 8・ 537- Z (A61K)
P 1 8・ 57- Z (A61K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 遠藤 広介  
特許庁審判長 内藤 伸一
特許庁審判官 中村 浩
渕野 留香
発明の名称 癌治療のための、VA遺伝子が変異したアデノウイルスの使用  
代理人 森下 夏樹  
代理人 安村 高明  
代理人 山本 秀策  

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