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審決分類 審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 A61K
審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない。 A61K
管理番号 1273771
審判番号 不服2010-7756  
総通号数 162 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2013-06-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2010-04-12 
確定日 2013-05-07 
事件の表示 特願2004-506842「膵臓特異性タンパク質」拒絶査定不服審判事件〔平成15年12月 4日国際公開、WO03/99318、平成17年 9月15日国内公表、特表2005-527614〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、平成15年(2003年)5月30日を国際出願日(パリ条約による優先権主張 2002年5月29日 欧州特許庁、2002年9月17日 欧州特許庁)とする国際出願であって、平成21年10月29日付で特許請求の範囲について手続補正がなされたが、平成21年12月8日付で拒絶査定がなされ、これに対して、平成22年4月12日に拒絶査定に対する審判請求がなされるとともに、同日付で特許請求の範囲について手続補正がなされたものである。

第2 平成22年4月12日付の手続補正についての補正却下の決定
[補正却下の決定の結論]
平成22年4月12日付の手続補正を却下する。

[理由]
1.補正の内容
(1)補正事項1
平成22年4月12日付の手続補正(以下、「本件補正」という。)のうち、補正後の請求項1についての補正事項は、請求人も審判請求書の【請求の理由】の3.「(a)補正の説明」で主張するように、補正前の請求項1、5、11、12を以下のように、補正後の請求項1に補正したものと認められる(なお、下線は補正箇所を示すものである。)。

(補正前)
「【請求項1】
配列番号41に示される核酸分子RA770もしくはそれによってコード化されたポリペプチド、または前記核酸分子もしくは前記ポリペプチドの機能的断片もしくは変異体(当該ポリペプチド断片もしくは変異体の長さは、少なくとも5アミノ酸であり、かつ当該核酸断片の長さは、少なくとも10ヌクレオチドである)、または前記核酸分子もしくは前記ポリペプチドのエフェクター/修飾因子(当該エフェクター/修飾因子は、前記ポリヌクレオチドもしくは前記ポリペプチドを認識する抗体、アンチセンス分子、RNAi分子、リボザイム、アプタマー、ペプチドおよび/または低分子量有機化合物からなる群から選択される)を、膵臓機能障害の治療のための薬剤製造のために用いる使用法。」
「【請求項5】
核酸分子が膵臓組織またはその他の組織に特異的に発現された本発明のタンパク質をコード化する、請求項1から4までのいずれか1項に記載の使用法。」
「【請求項11】
診断目的に対する請求項1から10までのいずれか1項に記載の試験管内における使用法。」
「【請求項12】
糖尿病のような膵臓の障害、および関連障害の診断、監視、予防または治療のための薬剤製造に対する、請求項1から11までのいずれか1項に記載の使用法。」

(補正後)
「【請求項1】
配列番号41に示されるRA770をコード化する核酸分子もしくはそれによってコード化されたポリペプチドを、RA770が膵臓組織に特異的に発現される膵臓機能障害の診断または監視のための診断目的に対する薬剤製造のために用いる使用法。」

(2)補正事項2
本件補正のうち、補正後の請求項12?16についての補正事項は、請求人も審判請求書の【請求の理由】の3.「(a)補正の説明」で主張するように、補正前の請求項21?25を以下のように補正したものと認められる。
(補正前)
「【請求項21】
哺乳動物における代謝障害または代謝症候群、特に膵臓機能障害に関与する(ポリ)ペプチドを同定する方法において、
(a) 試験用(ポリ)ペプチドのコレクションと、RA770ポリペプチドもしくはその機能的断片(当該ポリペプチド断片の長さは、少なくとも5アミノ酸である)とを、前記試験用(ポリ)ペプチドの結合を可能にする条件下で接触させるステップ、
(b) 結合しない試験用(ポリ)ペプチドを除去するステップ、および
(c) 前記RA770ポリペプチドもしくはその機能的断片(当該ポリペプチド断片の長さは、少なくとも5アミノ酸である)に結合する試験用(ポリ)ペプチドを同定するステップ
を含む方法。
【請求項22】
RA770ポリペプチドもしくはその機能的断片(当該ポリペプチド断片の長さは、少なくとも5アミノ酸である)と結合標的/薬剤との相互作用を調整する薬剤をスクリーニングする方法において、
(a) 下記
(aa) RA770ポリペプチドもしくはその機能的断片(当該ポリペプチド断片の長さは、少なくとも5アミノ酸である);
(ab) 前記RA770ポリペプチドもしくはその機能的断片(当該ポリペプチド断片の長さは、少なくとも5アミノ酸である)の結合標的/薬剤;および
(ac) 候補薬剤
から成る混合物を、基準親和性にて前記RA770ポリペプチドもしくはその機能的断片(当該ポリペプチド断片の長さは、少なくとも5アミノ酸である)が特異的に前記結合標的/薬剤に結合する条件下でインキュベートするステップ;
(b) (候補)薬剤偏向親和性を決定するため、前記RA770ポリペプチドもしくはその機能的断片(当該ポリペプチド断片の長さは、少なくとも5アミノ酸である)の前記結合標的に対する結合親和性を検出するステップ;および
(c) (候補)薬剤偏向親和性と基準親和性間の差異を確定するステップ
を含む方法。
【請求項23】
RA770ポリペプチドの活性を調整する薬剤をスクリーニングする方法において、
(a) 下記
(aa) RA770ポリペプチドもしくはその機能的断片(当該ポリペプチド断片の長さは、少なくとも5アミノ酸である);および
(ab) 候補薬剤
から成る混合物を、前記RA770ポリペプチドもしくはその断片が基準活性を持つ条件下でインキュベートするステップ;
(b) (候補)薬剤偏向の活性を決定するため、前記RA770ポリペプチドもしくはその機能的断片(当該ポリペプチド断片の長さは、少なくとも5アミノ酸である)の活性を検出するステップ;および
(c) (候補)薬剤偏向活性と基準活性との間の差異を確定するステップ
を含む方法。
【請求項24】
請求項21の方法によって同定された(ポリ)ペプチド、または請求項22または23の方法によって同定された薬剤と、医薬用に許容できるキャリアおよび/または希釈剤を有する組成物を産生する方法。
【請求項25】
前記組成物が、膵臓の機能障害(例えば、糖尿病、高血糖症、および耐糖能異常)、および肥満症を含む関連障害、および神経変性疾患などの防止、軽減または治療をするための医薬品組成物である、請求項24に記載の方法。」

(補正後)
「【請求項12】
哺乳動物における膵臓機能障害に関与する(ポリ)ペプチドを同定する試験管内における方法において、
(a) 試験用(ポリ)ペプチドのコレクションと、RA770ポリペプチドとを、前記試験用(ポリ)ペプチドの結合を可能にする条件下で接触させるステップ、
(b) 結合しない試験用(ポリ)ペプチドを除去するステップ、および
(c) 前記RA770ポリペプチドに結合する試験用(ポリ)ペプチドを同定するステップ
を含む方法。
【請求項13】
RA770ポリペプチドと結合標的/薬剤との相互作用を調整する薬剤をスクリーニングする方法において、
(a) 下記
(aa) RA770ポリペプチド; (ab) 前記RA770ポリペプチドの結合標的/薬剤;および
(ac) 候補薬剤
から成る混合物を、基準親和性にて前記RA770ポリペプチドが特異的に前記結合標的/薬剤に結合する条件下でインキュベートするステップ;
(b) (候補)薬剤偏向親和性を決定するため、前記RA770ポリペプチドの前記結合標的に対する結合親和性を検出するステップ;および
(c) (候補)薬剤偏向親和性と基準親和性間の差異を確定するステップ
を含む方法。
【請求項14】
RA770ポリペプチドの活性を調整する薬剤をスクリーニングする方法において、
(a) 下記
(aa) RA770ポリペプチド;および
(ab) 候補薬剤
から成る混合物を、前記RA770ポリペプチドが基準活性を持つ条件下でインキュベートするステップ;
(b) (候補)薬剤偏向の活性を決定するため、前記RA770ポリペプチドの活性を検出するステップ;および
(c) (候補)薬剤偏向活性と基準活性との間の差異を確定するステップ
を含む方法。
【請求項15】
請求項12の方法によって同定された(ポリ)ペプチド、または請求項13または14の方法によって同定された薬剤と、医薬用に許容できるキャリアおよび/または希釈剤を有する組成物を産生する方法。
【請求項16】
前記組成物が、膵臓の機能障害の診断または監視のための医薬品組成物である、請求項15に記載の方法。」

(3)補正事項3
本件補正のうち、補正後の請求項17についての補正事項は、請求人も審判請求書の【請求の理由】の3.「(a)補正の説明」で主張するように、補正前の請求項26を以下のように、補正後の請求項17に補正したものと認められる。

(補正前)
「【請求項26】
RA770遺伝子ファミリーの核酸分子もしくはその断片を、RA770遺伝子産物を過剰発現または低発現する非ヒト動物を調製するために用いる使用法。」

(補正後)
「【請求項17】
配列番号41に示されるRA770遺伝子産物を過剰発現または低発現する非ヒト動物を調製するためのRA770核酸分子を、膵臓機能障害における機能研究または薬物スクリーニングのために用いる使用法。」

2.補正の目的要件について
(1)補正事項1について
上記補正事項1は、補正前の請求項1に係る発明を特定するために必要な事項である「薬剤」について、その用途が「膵臓機能障害の治療のための」ものであったのを、補正後の請求項1に係る発明では、「膵臓機能障害の診断または監視のための」ものに変更するものであり、この補正は、特許請求の範囲を実質的に変更するものであって、補正前発明の発明特定事項を限定したものとはいえない。
また、上記補正事項1は、誤記の訂正及び拒絶の理由についてする明りょうでない記載の釈明のいずれを目的とするものでもない。

(2)補正事項2
上記補正事項2は、補正前の請求項25に係る発明を特定するために必要な事項である「医薬組成物」について、その用途が「防止、軽減または治療するため」のものであったのを、補正後の請求項16に係る発明では、「診断または監視のため」のものに変更するものであり、この補正は、特許請求の範囲を実質的に変更するものであって、補正前発明の発明特定事項を限定したものとはいえない。
また、上記補正事項2は、誤記の訂正及び拒絶の理由についてする明りょうでない記載の釈明のいずれを目的とするものでもない。

(3)補正事項3
上記補正事項3は、補正前の請求項26の発明特定事項である「RA770遺伝子ファミリーの核酸分子の使用法」において、その使用の目的が「RA770遺伝子産物を過剰発現または低発現する非ヒト動物を調製するため」のものであったのを、補正後の請求項17に係る発明では、「膵臓機能障害における機能研究または薬物スクリーニングのため」のものに変更するものであり、この補正は、特許請求の範囲を実質的に変更するものであって、補正前発明の発明特定事項を限定したものとはいえない。
また、上記補正事項3は、誤記の訂正及び拒絶の理由についてする明りょうでない記載の釈明のいずれを目的とするものでもない。

(4)小括
以上のとおりであるから、上記補正事項1?3は、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法(以下、「平成18年改正前特許法」という。)第17条の2第4項各号のいずれを目的とするものに該当せず、同法第17条の2第4項の規定に違反するものであるから、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。

3.独立特許要件について
上記2.のとおり、本件補正は平成18年改正前特許法第17条の2第4項の規定に違反するものであるが、仮に、本件補正が平成18年改正前特許法第17条の2第4項第2号および第4号を目的とする補正に該当するとし、補正後の請求項1に記載されている事項により特定される発明(以下、「本願補正発明1」という。)が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるかについて、以下検討する。

(1)本願補正発明1
本願補正発明1は、平成22年4月12日付の手続補正書によって補正された特許請求の範囲の請求項1に記載された次のとおりのものである。
「【請求項1】
配列番号41に示されるRA770をコード化する核酸分子もしくはそれによってコード化されたポリペプチドを、RA770が膵臓組織に特異的に発現される膵臓機能障害の診断または監視のための診断目的に対する薬剤製造のために用いる使用法。」

(2)特許法第36条第4項第1号について
ア.本願明細書の記載
本願明細書には、RA770に関して以下の事項が記載されている。なお、下線は、当審で付与した。
(ア)「【0053】
RA770: 一実施例では、本発明は、図 16B において 1 文字コードを用いて示したように、配列識別番号 40 のアミノ酸配列から成るニワトリ RA770-like タンパク質、ポリペプチドを包含する。in-situ ハイブリダイゼーション実験を、本発明に記載した RA770 タンパク質を用いて、受精後 5 日目のホールマウント上で行った (図 15A)。このハイブリダイゼーションは、本発明の RA770 転写物が、十二指腸(dd) および腹側膵芽 (vpd)、胃腸領域 (st)、肺臓 (lu) および背側膵芽 (dpb) に限って発現されることを示す (図 15)。
【0054】
予測アミノ酸配列は、公的に利用可能である GenBank データベースで検索した。配列データベースを検索して、例えば、RA770 がヒト Neurturin 前駆体(GenBank アクセッション番号 NM_004558 (図 16C、配列識別番号 41、図 16D、配列識別番号 42)) およびをマウスNeurturin 前駆体(GenBank アクセッション番号 NM_008738 (図 16E、配列識別番号 43、図 16F、配列識別番号 44)) と相同性を有することを見出した。相同性に基づくと、RA770 タンパク質および各相同性タンパク質またはペプチドは少なくともある程度の活性を共有することが可能である。」(段落【0053】及び【0054】)

(イ)「図 15: RA770 タンパク質に対する in-situ ハイブリダイゼーションの結果。
図 15A は、ニワトリ胚 (受精後 5 日目) 上でのホールマウント in-situ ハイブリダイゼーションを示す 。dpb = 背側膵芽; vpb = 腹側膵芽; lu = 肺臓、st = 胃腸領域; dd = 十二指腸」(段落【0121】)

(ウ)「【0123】
実施例 1: DPd6 ヒヨコの cDNA ライブラリ構造
ニワトリ DPd6 の cDNA ライブラリは、6 日目のニワトリ胚から採取した背側膵芽を使用して構築したものである。凍結組織はホモジナイズかつ溶解した。Brinkmann POLYTRON homogenizer PT-3000 (Brinkman Instruments, Westbury, N.J.)をグラニジウム イソチオシアネート溶液において使用した。溶解物に遠心力 5.7 M CsCl 以上をかける。Beckman SW28 ローター、Beckman L8-70M 超遠心分離機 (Beckman Instruments、Fullerton、Calif.)使用。 18 時間、25,000 rpm、室温。RNA を、4.7 pH 酸フェノールで抽出し、0.3 M 酢酸ナトリウムと容積 2.5 のエタノール沈殿させ、無 RNA 水で再懸濁し、37℃ にてDNAe 処理した。以前の通り RNA を4.7 pH 酸フェノールで繰返し抽出し、酢酸ナトリウムおよびエタノールで沈殿させた。 その後、Micro-FastTrack 2.0 mRNA 分離キット(Invitrogen、Groningen、Netherlands)を使用して mRNA を単離し、cDNA ライブラリを構築するために使用した。mRNAs の取り扱いは、SUPERSCRIPT cDNA synthesis and plasmid cloning system (Gibco/BRL) の推奨プロトコルに従って行なった。DH10B 宿主細胞への形質転換に続いて、単一コロニーを摘出し、PCR 法を用いてクローン化された cDNA インサートを増幅した。単一 cDNA インサートを代表する PCR 法によって増幅された断片を、その後に生体外転写し、Digoxygenin 標識 RNA プローブ(Roche)を生成した。RNA プローブをホールマウント in-situ スクリーニングにおいて使用して初期のニワトリ胚におけるそれぞれの遺伝子産物の発現を確定した。本発明のタンパク質をコードする遺伝子を含有するプラスミドを、膵臓組織におけるその高発現のおかげで同定した。」(段落【0123】)

(エ)「【0133】
実施例 10: ヒトの相同遺伝子およびタンパク質の同定
相同タンパク質および核酸分子コーディングは、それゆえ昆虫または各種の脊椎動物、例えば、哺乳動物または鳥から入手可能である。配列に対して相同性を持つニワトリタンパク質および核酸分子は、公的に利用できる全米バイオテクノロジー情報センター(NCBI) の非重複タンパク質データベースのプログラムBLASTP 2.2.3を用いて同定した(Altschulらの、1997、Nucleic Acids Res. 25:3389-3402を参照)。・・・
【0140】
ニワトリ RA770 (配列識別番号 40、図 16 を参照) は、アミノ酸 5?94 間で、ヒトNeurturin 前駆体(配列識別番号 42) の C末端アミノ酸 108?197 に対して67% の同一性および 87% の相同性を示した。ニワトリ RA770 (配列識別番号 2) は、アミノ酸 5?94 間で、マウスNeurturin 前駆体 (配列識別番号 44) のC末端アミノ酸 106?195 に対して64% の同一性および 84% の相同性を示した。ヒトNeurturin 前駆体 (GenBank アクセッション番号 NP_004549.1 および NM_004558.1) をクエリーとして用いた Derwent GenSeq データベースにおける BLAST 検索を行い、神経細胞成長を促進するために使用される新しく分離されたpersephin 成長因子を記載している特許出願番号 WO 99/14235 において配列識別番号 7 として開示されているアクセッション番号 AAY16637 を同定した。Persephin GF ポリペプチドまたはポリヌクレオチドは、細胞変性または細胞不全の防止または治療に使用することができ、また、例えば、末梢性神経の傷害または損傷、神経毒への暴露、糖尿病のような代謝疾患、または腎機能障害および感染性物質によって引き起こされる被害の治療にも使用できる。加えて、特許出願番号 WO 97/08196 には、ヒトpre-pro-neurturin をコードするアクセッション番号 AAW13716 が、神経変性疾患および造血細胞変性疾患の治療に使用される新規成長因子Neurturin として記述されている。また、同タンパク質は、感音難聴の治療のほかに、前庭器の病変および障害の治療にも役立つ新規 Neurturin 神経栄養因子タンパク質産物として WO9906064-A1 にも開示されている。」(段落【0133】及び【0140】)

イ.判断
上記記載事項(ア)?(エ)によれば、本願の発明の詳細な説明において具体的に確認されたのは、初期ニワトリ胚において、RA770が膵芽を含む複数の器官で発現していたこと、及び、そのニワトリRA770がヒトやマウスのNeurturin前駆体と相同性を有していたことのみであって、RA770核酸分子やそれにコードされるポリペプチドの膵臓における機能や膵臓疾患との関連等を確認したことは記載されていない。
本願明細書の上記記載事項(ア)によれば、初期ニワトリ胚において、RA770は腹側膵芽及び背側膵芽以外にも、十二指腸、胃腸領域及び肺臓においても発現が確認されているのであるから、RA770は、個体発生におけるごく初期の段階であるニワトリ胚において、種々の器官で発現しているタンパク質の一つであることを意味するものに過ぎない。そして、初期ニワトリ胚の膵芽においてRA770タンパク質の発現が単に確認されただけでは、膵芽から発生する膵臓組織においてRA770がどのような機能を有し、膵臓疾患においてどのような役割を担っているのかが明らかになったとは到底認められない。
このように、ニワトリ由来のRA770でさえ、膵臓組織における機能が不明なのであるから、ニワトリRA770と一部の領域で相同性を有することが確認されただけであるヒトのRA770ホモログは(上記記載事項(エ)参照)、膵臓組織における機能や膵臓疾患との関連性はますますもって不明である。
そうであるから、本願出願時の技術常識を参酌しても、ヒトのRA770ホモログである「配列番号41に示されるRA770をコード化する核酸分子もしくはそれによってコード化されたポリペプチド」を、膵臓機能障害の診断のための薬剤製造に使用することができるものとは認められない。
よって、本願補正発明1について、本願の発明の詳細な説明に、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているとは認められない。

ウ.請求人の主張
請求人は、平成24年6月22日付回答書において、以下の点を主張する。
(ア)本願明細書には、ニワトリのRA770がヒトのNeurturinタンパク質の相同体であることが記載されており、本願明細書の段落【0053】?【0056】に示されるように、本願発明の属する技術分野において当業者は、ヒトのNeurturinは、ニューロンを含む幾つかの種々の細胞型におけるシグナル伝達を誘導できる受容体リガンドであることを認識していた。
本願明細書は、ヒトNeurturinの相同体であるRA770が発生段階の膵臓細胞において高い水準で発現していることを示しているから、当業者であれば、RA770は、膵臓での細胞シグナル伝達を誘導できる受容体リガンドであると理解するはずである。
また、本願明細書の段落【0140】では、Neurturin感受性の細胞もしくは組織へのその投与が神経変性疾患もしくは造血細胞変性疾患の効果的な治療としてどのように使用されうるかに関する幾つかの文献を指摘しており、さらに、RA770が新たな細胞型、すなわち膵臓細胞において高い水準で存在することが具体的なデータとして提供されているので、これをもって当業者であれば、RA770が哺乳動物における膵臓機能障害に関与することは十分に認識されるはずである。

(イ)対応米国出願の審査手続において提出されたデクラレーション(参考資料1)は、本願明細書を補完するために提出したわけではなく、あくまでRA770が膵臓機能障害に関連する代表的な疾患(すなわち糖尿病)に関与していることの説明と裏付けのために提出したにすぎない。

主張(ア)について
本願明細書では、ニワトリRA770がニワトリ胚の膵芽で発現していることを確認しているが、単にそれだけでは、ニワトリRA770と膵臓疾患との関連性は不明である点は、上記イ.で述べたとおりである。
請求人が指摘した本願明細書の段落【0053】?【0056】によれば、ヒトNeurturinは神経栄養因子であることは本願出願日当時の技術常識であるといえる。
また、本願明細書の段落【0140】において示された3件の特許公報において、ヒトNeurturinはニューロンや有毛細胞等の神経系を構成する細胞の生存を促進する作用を有することが具体的に確認されている。

しかしながら、ニワトリRA770とのアミノ酸配列の同一性が67%であるタンパク質としてデータベースから見出されたヒトNeurturin前駆体が神経栄養因子として機能することが技術常識であったとしても、本願明細書には、神経栄養因子と膵臓疾患の原因に関連があることは示されておらず、また、そのことが本願出願日における技術常識でもないから、ニワトリRA770が膵臓疾患と関連があると当業者は理解することはできない。
よって、請求人の主張は採用できない。

主張(イ)について
十分な開示の代償として独占権を与えるという特許制度の趣旨、及び先願主義という我が国特許制度の基本原則からみて、実施可能要件は、あくまでも出願当初の明細書の記載及び出願時の技術常識から判断されるべきである。
そして、本願明細書及び技術常識からは、「配列番号41に示されるRA770をコード化する核酸分子もしくはそれによってコード化されたポリペプチド」が膵臓機能障害の診断のための薬剤製造に使用することができないことは、上記イ.で述べたとおりであって、本願出願後に提出された参考資料1に記載された技術的事項をもって本願補正発明1の実施可能要件を認めることはできない。
この点について、請求人は、参考資料1はあくまでRA770が膵臓機能障害に関連する代表的な疾患(すなわち糖尿病)に関与していることの説明と裏付けのために提出したにすぎないと主張するが、そもそも本願明細書には、RA770が膵臓機能障害に関与していることが当業者が理解できるように記載されていないのであるから、参考資料1に記載された技術的事項は、本願明細書の記載を裏付けたものではなく、新たな技術的事項を開示したものであって、実施可能要件の判断において参酌することはできない。

エ.小括
したがって、本願は特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしておらず、特許出願の際独立して特許を受けることができるものではない。

(3)特許法第39条第2項について
本願と同日に出願された本願の分割出願である特願2010-91670号の平成24年8月20日付の手続補正書により補正された(現時点の)特許請求の範囲の請求項15には、以下の発明が記載されている。
「【請求項15】
配列番号41に示されるRA770をコード化する核酸分子もしくはそれによってコード化されたポリペプチドを、RA770が膵臓組織に特異的に発現される膵臓機能障害の診断または監視のための診断目的に対する薬剤製造のために用いる使用法。」

そこで、本願補正発明1と分割出願の請求項15に係る発明を対比すると、両者の発明特定事項には相違点がなく、両者は同一である。
よって、本願補正発明1は、特許法第39条第2項の規定により、特許出願の際独立して特許を受けることができるものではない。

4.むすび
したがって、本件補正は、平成18年改正前特許法第17条の2第4項の各号に掲げるいずれの事項を目的とするものにも該当しないものであるが、仮に、平成18年改正前特許法第17条の2第4項第2号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当するものであっても、平成18年改正前特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に違反するものであるから、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである

第3 本願発明
1.本願発明について
平成22年4月12日付手続補正は、上記のとおり却下されたので、本願の請求項1?27に係る発明は、平成21年10月29日付手続補正書の特許請求の範囲の請求項1?27に記載された事項により特定されたとおりのものであるところ、そのうち請求項1に係る発明は次のとおりである(以下、「本願発明1」という。)。
「【請求項1】配列番号41に示される核酸分子RA770もしくはそれによってコード化されたポリペプチド、または前記核酸分子もしくは前記ポリペプチドの機能的断片もしくは変異体(当該ポリペプチド断片もしくは変異体の長さは、少なくとも5アミノ酸であり、かつ当該核酸断片の長さは、少なくとも10ヌクレオチドである)、または前記核酸分子もしくは前記ポリペプチドのエフェクター/修飾因子(当該エフェクター/修飾因子は、前記ポリヌクレオチドもしくは前記ポリペプチドを認識する抗体、アンチセンス分子、RNAi分子、リボザイム、アプタマー、ペプチドおよび/または低分子量有機化合物からなる群から選択される)を、膵臓機能障害の治療のための薬剤製造のために用いる使用法。」

2.原査定における拒絶の理由
原査定の理由は、本願が特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たさず、特許を受けることはできないというものである。

3.特許法第36条第4項第1号に規定する要件についての判断
(1)本願明細書の記載
上記「第2 3.(2)ア.」に記載したとおりである。

(2)当審の判断
上記「第2 3.(2)イ.」で述べたとおり、本願明細書及び技術常識からは、「配列番号41に示されるRA770をコードする核酸分子もしくはそれによってコード化されたポリペプチド」について、膵臓組織における機能や膵臓疾患との関連性を当業者が理解することはできないから、それを膵臓機能障害の治療のための薬剤の製造に使用することができるとは、到底認められない。

さらに、本願発明1の「前記核酸分子もしくは前記ポリペプチドの機能的断片もしくは変異体(当該ポリペプチド断片もしくは変異体の長さは、少なくとも5アミノ酸であり、かつ当該核酸断片の長さは、少なくとも10ヌクレオチドである)」の中には、RA770が本来有しているであろう機能を有さないペプチドや核酸が多く包含されているものであるから、ますますもって、そのようなペプチドや核酸を薬剤製造に使用することができるものとは認められない。
よって、本願発明1について、本願の発明の詳細な説明は、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されておらず、この出願は、発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。

第4.むすび
以上のとおりであるから、本願は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしておらず、特許を受けることができないので、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶をすべきものである。

よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2012-11-30 
結審通知日 2012-12-07 
審決日 2012-12-19 
出願番号 特願2004-506842(P2004-506842)
審決分類 P 1 8・ 536- Z (A61K)
P 1 8・ 575- Z (A61K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 上條 肇宮岡 真衣  
特許庁審判長 鵜飼 健
特許庁審判官 冨永 みどり
田中 晴絵
発明の名称 膵臓特異性タンパク質  
代理人 アインゼル・フェリックス=ラインハルト  
代理人 久野 琢也  
代理人 矢野 敏雄  

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