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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 A61K
管理番号 1276193
審判番号 不服2010-21599  
総通号数 164 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2013-08-30 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2010-09-27 
確定日 2013-07-03 
事件の表示 特願2000-603353「α-ガラクトシダーゼA欠乏症の治療」拒絶査定不服審判事件〔平成12年 9月14日国際公開、WO00/53730、平成14年11月12日国内公表、特表2002-538183〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、2000年3月9日(パリ条約による優先権主張1999年3月11日、米国)を国際出願日とする出願であって、平成21年6月1日を受付日とする意見書及び手続補正書が提出されたが、平成22年5月19日付けで拒絶査定がなされ、同年9月27日に拒絶査定不服審判が請求されたものである。

第2 本願発明
本願の請求項1?36に係る発明は、平成21年6月1日を受付日とする手続補正書の特許請求の範囲1?36に記載された事項により特定されたものであるところ、そのうち請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、以下のとおりである。なお、手続補正書で付されている下線は省略した。
「【請求項1】 ヒトα-ガラクトシダーゼA(α-Gal A)糖タンパク質調製物を含有するα-Gal A欠乏症を治療するための医薬組成物であって、該ヒトα-Gal A糖タンパク質調製物の全グリカンの少なくとも50%がコンプレックスグリカンであり、該組成物が体重1kgあたり0.1-0.3mgの単位用量のヒトα-Gal A糖タンパク質調製物を含有することを特徴とする医薬組成物。」

第3 刊行物の記載
これに対し、原査定の拒絶の理由に引用された、本願優先日前に頒布された刊行物である国際公開第98/11206号(以下、「引用例」という。)には、次の事項が記載されている。
なお、引用例は英文であるため訳文を示し、下線は当審で付した。

1 「10.(a)異種シグナルペプチドに結合されたヒトα-gal Aを含むポリペプチドをコードし、かつ(b)細胞における該ポリペプチドの発現を可能にするDNA分子を含む培養ヒト細胞。
11.繊維芽細胞である請求項10記載の細胞。……(略)……
19.前記DNA分子からヒトα-gal Aを発現させ、細胞の培養培地にグリコシル化ヒトα-gal Aが分泌されるような条件下で請求項11記載の細胞を培養する段階と、
該培養培地からグリコシル化ヒトα-gal Aを単離する段階とを含むグリコシル化ヒトα-gal Aを製造する方法。
20.請求項19記載の方法によって製造された精製グリコシル化ヒトα-gal A。……(略)……
25.α-gal A欠乏症であると推測される患者を同定する段階と、
請求項20記載の精製グリコシル化ヒトα-gal Aを該患者に投与する段階とを含む治療方法。
……(略)……
27.請求項20記載の精製ヒトα-gal Aと薬学的に許容される賦形剤とを含む治療用組成物。」(特許請求の範囲)

2 「細胞によるα-gal Aの産生は、ある遺伝子操作によって最大にできる。例を挙げると、α-gal AをコードするDNA分子は、例えばヒト成長ホルモン(hGH)、エリスロポエチン、因子VIIIN因子IX、グルカゴン、低密度リポ蛋白質(LDL)受容体、またはα-gal A以外のリソソームの酵素のシグナルペプチドのような異型シグナルペプチドをコードすることもできる。好ましくはシグナルペプチドがhGHシグナルペプチド(配列番号:21)であって、コードされた蛋白質のN末端にある。シグナルペプチドをコードするDNA配列はhGH遺伝子の第1イントロンのようなイントロンを含んでいてもよく、その結果、配列番号:27のようなDNA配列になる(図10も参照のこと)。さらにまた、DNA分子は少なくとも6個のヌクレオチド長の3’非翻訳配列(UTS)を含んでいてもよい……(略)……また、α-gal Aに結合したhGHのシグナルペプチドまたは何らかの他の異種ポリペプチド(即ち、hGH以外のどれかのポリペプチド、またはhGHのアナログ)を含む蛋白質をコードするDNA分子も本発明の範囲内に入る。異種ポリペプチドは、通常は哺乳動物の蛋白質、例えば何らかの医学的に望ましいヒトポリペプチドである。」(8頁13行?9頁12行)

3 「α-gal Aについての前後関係で本明細書で用いられているような「異種シグナルペプチド」という用語は、ヒトα-gal Aシグナルペプチド(即ち、配列番号:18のヌクレオチド36?128によってコードされているペプチド)ではないシグナルペプチドを意味する。それは通常、α-gal A以外の何らかの哺乳動物の蛋白質のシグナルペプチドである。」(11頁5?10行)

4 「実施例I.α-gal Aを輸送し発現するように設計された構築物の調製及び利用
二つの発現プラスミドであるpXAG-16及びpXAG-28を構築した。……(略)……これらのプラスミドには、α-galA酵素の398のアミノ酸をコードしているヒトα-galA酵素(α-gal Aシグナルペプチドを欠いている)、ヒト成長ホルモン(hGH)遺伝子の第1イントロンによって割り込まれたhGHシグナルペプチドのゲノムDNA配列、及びポリアデニル化のシグナルを含むhGH遺伝子の3’非翻訳配列(UTS)が含まれる。プラスミドpXAG-16はヒトサイトメガロウイルスの即時型-初期(CMV IE)プロモーターおよび第1イントロン(非コードエクソン配列に隣接)を有しており、これに対してpXAG-28はコラーゲンIα2プロモーターによって推進され、またβ-アクチン遺伝子の第1イントロンを持つβ-アクチン遺伝子の5’UTSも含んでいる。
A.完全なα-gal AのcDNAのクローニング及びα-gal A 発現プラスミドpXAG-16の構築
ヒトα-gal AのcDNAは、次のように構築したヒト繊維芽細胞のcDNAライブラリーからクローニングした。……(略)……
……(略)……
フラグメント1(BamHIとNaeIを用いて切断されている)、フラグメント2(PvuIIとNheIを用いて切断されている)、及びフラグメント3を、neo遺伝子とCMV IEプロモーターを含むpXAG-13の6.5kbのBamHI-EcoRIフラグメントと混合し、プラスミドpXAG-16(図4)を生成するために一緒に連結した。
B.α-gal A発現プラスミドpXAG-28の構築
ヒトコラーゲンIα2プロモーターを次のようにα-gal A発現構築物pXAG-28で利用すべく単離した。……(略)……
……(略)……
……(略)……pXAG-28は、ヒトβ-アクチン5’UTSに融合したヒトコラーゲンIα2プロモーター、hGHシグナルペプチド(hGH第1イントロンによって割り込まれている)、α-gal A酵素をコードするcDNA、及びhGHの3’UTSを含む。完成した発現構築物のpXAG-28の地図が図5に示されている。
C.α-gal A発現プラスミドを用いてエレクトロポレーション
を行った繊維芽細胞のトランスフェクション及びセレクション
繊維芽細胞においてα-gal Aを発現させるために、公開された方法にしたがって二次の繊維芽細胞を培養し、トランスフェクションした(Seldenらの国際公開第93/09222号)。
プラスミドpXAG-13、pXAG-16及びpXAG-28をエレクトロポレーションによってヒトの包皮の繊維芽細胞にトランスフェクションすることで、安定してトランスフェクトされたクローン細胞株を発生させることができ、そして得られたα-gal Aの発現レベルを実施例IDにおいて記載したようにモニターした。正常の包皮繊維芽細胞によるα-gal Aの分泌は2?10ユニット/10^(6)細胞/24時間の範囲内であった。対照的にトランスフェクトされた繊維芽細胞は、表1に示されているような平均の発現レベルを示した。
表1: 平均のα-gal A発現レベル(+/-標準偏差)


これらのデータは、三種すべての発現構築物がトランスフェクトされていない繊維芽細胞による発現の何倍もα-gal Aの発現を増加させる能力があることを示している。α-gal Aシグナルペプチドに結合したα-gal AをコードしているpXAG-13を用いて安定してトランスフェクトされた繊維芽細胞による発現は、シグナルペプチドがhGHシグナルペプチドである点だけが異なっていてそのコード配列がhGH遺伝子の第1イントロンによって割り込まれているようなpXAG-16を用いてトランスフェクトした繊維芽細胞による発現よりも実質的に低い。
トランスフェクトされた細胞を継代させるたびに分泌されたα-gal Aの活性を測定し、その細胞を計数して細胞密度を計算した。植え付けた細胞数とα-gal Aの分泌が可能になった時間に基づいてα-gal Aの特定の発現速度を測定し、24時間あたり10^(6)個の細胞につき分泌されるユニット(α-gal A)として表2及び3に報告されている。遺伝子治療を行う際、またはα-gal Aの精製用の材料の産出において利用する際に好適な細胞株は、数回の継代にわたって安定した成長と発現を示さなくてはならない。α-gal A発現構築物pXAG-16を用いて安定してトランスフェクトされた、表2及び3に示された細胞株から得られるデータは、α-gal Aの発現が連続的な継代にわたって安定して維持されているという事実を示している。

表2: α-gal A発現構築物のpXAG-16を含む
BRS-11細胞の成長及び発現


表3: α-gal A発現構築物のpXAG-16を含む
HF503-242細胞の成長及び発現

」(15頁19行?25頁8行)

5 「実施例II.安定したトランスフェクトがなされたヒト細胞株の条件が整えられた培地から得られるα-gal Aの精製
実施例IIA-IIEには、α-gal Aを産生するように安定してトランスフェクトされた培養のヒト細胞株の条件付けられた培地からほぼ均質な状態でその酵素を精製できることが示されている。
A.α-gal Aの精製における第1工程としての
ブチルセファロース(登録商標)クロマトグラフィーの使用
低温条件を整えた培地(1.34リットル)を遠心分離によって不純物を除去し、……(略)……、濾過し、次に、0.66Mの硫酸アンモニウムを含む10mMのMES-トリス、pH5.6(緩衝液A)で平衡化された、ブチルセファロース(登録商標)の4ファストフローカラム(カラム容積は81ml、2.5×16.5cm;Pharmacia,Uppsala,Sweden)にかけた。……(略)……α-gal Aは、緩衝液A(硫酸アンモニウムを含む)から10mMのMES-トリス、pH5.6(硫酸アンモニウムを含まない)まで直線状の勾配をつけた14カラム容積の溶媒を用いてブチルセファロース(登録商標)カラムより溶出した。フラクションを4-MUF-galアッセイによってα-gal A活性について評価し、適当な酵素活性を含むフラクションを集めた。図6及び精製の概要(表3)に示すように、この工程によって約99%の不純物としての蛋白質が除去されている(カラムに通す前のサンプル=全蛋白質は8.14g、カラムを通った後のサンプル=全蛋白質は0.0638g)。

表4: 安定してトランスフェクトされたヒト繊維芽細胞の
条件を整えた培地から得られるα-gal Aの精製


B.α-gal Aの精製のための工程として、ヘパリンセファロース (登録商標)クロマトグラフィーの利用
ブチルセファロース(登録商標)カラムのピークフラクションを、10mMのMES-トリス(4リットル)、pH5.6(一度交換)に対して4℃で透析した。透析物の導電度を、必要に応じてH_(2)OまたはNaClを添加することによって4℃で1.0mMHOに調節した。その後でサンプルを、9mMのNaClを含んだ10mMのMES-トリス、pH5.6(緩衝液B)で平衡化したヘパリンセファロース(登録商標)6ファストフローのカラム(Pharmacia,Uppsala,Sweden;29mlのカラム容積、2.5×6cm)にかけた。……(略)……この後、1.5カラム容量の29%までの線形勾配をつけた緩衝液Cを用いて、続いて10カラム容量の35%までの線形勾配をつけた緩衝液Cを用いてα-gal Aの溶出を行った。フラクションはα-gal A活性についてアッセイし、適当な活性を含むフラクションを集めた。

C.α-gal Aを精製するための工程として、ハイドロキシ
アパタイトクロマトグラフィーの利用
ヘパリンのプールを濾過し、1mMの燐酸ナトリウム、pH6.0(緩衝液D)で平衡化したセラミックハイドロキシアパタイトHC(40μm;American International Chemical,Ntick,MA;12mlのカラム容量、1.5×6.8cm)からなるカラムに直接かけた。……(略)……α-gal Aを7カラム容量の42%緩衝液E/58%緩衝液D(ここでの緩衝液Eは、250mMの燐酸ナトリウム、pH6.0である)までの線形勾配をつけた溶媒、さらに10カラム容量の52%までの勾配をつけた緩衝液Eを用いて溶出した。フラクションはα-gal A活性についてアッセイし、適当な活性を含むフラクションを集めた。

D.α-gal Aを精製するための工程として、Qセファロース
(登録商標)アニオン交換クロマトグラフィーの利用
ハイドロキシアパタイトのプールをH_(2)Oを用いて約1.5倍に希釈して、最終的な導電度が室温で3.4?3.6mMHOにした。濾過してからそのサンプルを、10%の緩衝液G/90%の緩衝液Fで平衡化したQセファロース(登録商標)HP(Pharmacia,Uppsala,Sweden;5.1mlのカラム容量、1.5×2.9cm)からなるカラムに直接かけた。……(略)……そのサンプルに5ml/分の流速を適用してから、次の工程を行った。即ち、(1)10%の緩衝液Gで5カラム容量の洗浄、(2)12%の緩衝液Gで7カラム容量の洗浄、(3)3カラム容量の50%までの線形勾配をつけた緩衝液G、(4)10カラム容量の53%までの線形勾配をつけた緩衝液G、(5)3カラム容量の100%までの勾配をつけた緩衝液G、及び(6)10カラム容量の100%の緩衝液Gで洗浄工程。α-galは工程3及び4の間におもに溶出した。適当な活性を含むフラクションを集めた(「Qプール」)。

E.α-gal Aを精製するための工程として、スーパーデックス
(登録商標)-200ゲル濾過クロマトグラフィーの利用
QプールをCentriprep(登録商標)-10遠心濃縮機ユニット(Amicon,Beverly,MA)を用いて約5倍に濃縮し、スーパーデックス(登録商標)200(Pharmacia,Uppsala,Sweden;189mlのカラム容量、1.6×94cm)からなるカラムにかけた。このカラムを、150mMのNaClを含む25mMの燐酸ナトリウム、pH6.0を用いて平衡化し、溶出した。このクロマトグラフィーは、蛋白質の溶出を追跡するためにライン上のUVモニター(280nm)を用いたFPLC(登録商標)システム(Pharmacia,Uppsala,Sweden)にて室温で行った。そのカラムにかけたサンプルの容量は≦2ml、流速は0.5ml/分、そしてフラクションの量は2mlであった。多数回カラムの作動を遂行し、フラクションをα-gal A活性についてアッセイして適当な活性を含むフラクションを集めた。 このスーパーデックス(登録商標)200カラムから得られるプールされたフラクション……(略)……。α-gal Aの最終収率は出発物質の活性の59%であり、また精製した産物の比活性は2.92×10^(6)ユニット/mg蛋白質であった。……(略)……」(26頁12行?31頁19行)

6 「実施例IV.ヒト細胞株によって産生したα-gal Aは、α-gal A欠損症を治療するのに適当である。
本発明により調製した精製ヒトα-gal Aの構造的及び機能的特徴を、この明細書に記載されたDNA分子とトランスフェクトしたヒト細胞株によって産生された対応する発現糖蛋白質とがそれぞれ遺伝子治療または酵素置換治療で利用可能であることを証明するために調べた。
A.培養中の安定してトランスフェクトされたヒト細胞により
産生したα-gal Aのサイズ
α-gal Aの分子質量をMALDI-TOF質量分光測定法で見積った。これらの結果から、ダイマーの分子質量が102,353Daであり、これに対してモノマーの分子質量が51,002Daであることが証明された。アミノ酸組成に基づいてモノマーについて予測された分子質量は45,400Daである。したがって、酵素の炭水化物含有量は5,600Daまでの分子量であるとの計算が推測できる。
精製した蛋白質に対して行った標準的なアミノ酸分析の結果は、トランスフェクトしたヒト細胞によって産生された蛋白質がヒト組織から精製した蛋白質にアミノ酸レベルで同一であるという推断と一致している。」(33頁1?24行)

7 「D.安定してトランスフェクトされたヒト細胞によって
産生されたα-gal Aの炭水化物の修飾
本発明により産生されたα-gal Aのグリコシル化パターンも評価した。適当にグリコシル化されることは、α-gal Aがインビボで最適な活性を示すために重要である。即ち非グリコシル化システムで発現したα-gal Aは不活性であったりまたは不安定であったりする(HantzopolousらのGene 57:159,1987)。またグリコシル化は、α-gal Aが目的とする標的細胞にインターナリゼーションされるためにも重要であり、インビボでの酵素の循環血中半減期に影響を与える。α-gal Aのそれぞれのサブユニットには、アスパラギンに結合する炭水化物鎖の付加にとって役立つ4つの部位があり、そのうち3つの部位だけが占められている(DesnickらのIn The Metabolic and Molecular Bases of Inherited Disease,pp2741-2780,McGraw Hill,New York,1995)。
安定してトランスフェクトされた細胞によって産生したα-galAのサンプルを、A.urafaciensから単離したノイラミニダーゼで処理すること(Boehringer-Mnnheim,Indianapolis,IN)によりシアル酸を除去した。この反応は、5μgのα-gal Aを10mUのノイラミニダーゼとともに室温で一晩、全体で10μlの酢酸緩衝塩溶液(ABS、20mMの酢酸ナトリウム、pH5.2、150mMのNaCl)中で処理することによって進行させた。
安定してトランスフェクトされた細胞によって産生した精製α-gal Aも、アルカリホスファターゼ(子ウシ小腸のアルカリホスファターゼ、Boehringer-Mnnheim,Indianapolis,IN)を用いて脱リン酸化したが、それは5μgのα-gal Aを、ABS(1MのトリスでpHを7.5に上昇させた)中に入れた15Uのアルカリホスファターゼを用いて室温で一晩処理することによって行った。
このサンプルを、α-gal A特異性抗体を用いたウエスターンブロットにより分析した。……(略)……
ノイラミニダーゼを用いてα-gal Aを処理すると分子質量にわずかなシフト(約1500?2000ダルトンまたは4?6シアル酸/モノマー)が起こるが、これはシアル酸によりα-gal Aが広範囲に修飾されたことを示唆している。参考のために言うと、α-gal Aの血しょうの形態にはモノマー1個あたり5?6個のシアル酸残基があり、また胎盤の形態にはモノマー1個あたり0.5?1.0個のシアル酸残基がある(Bishopらの、J.Biol.Chem.256:1307,1981)。
α-gal Aのシアル酸とマンノース-6-燐酸による修飾を調べるために用いられる別の方法としては等電点分離法(IEF)があり、それではサンプルが等電点(PI)または正味の電荷に基づいて分離される。こうしてα-gal Aから得られるシアル酸や燐酸のようなチャージした残基が除去されると、IEFシステムにおいて蛋白質の移動度が変わって来ると予測される。
……(略)……
安定してトランスフェクトしたヒト繊維芽細胞によって産生したα-gal Aは、約4.4?4.65の範囲のpIを持つ三種の主要なイソ型からなる。これらの値はα-gal Aの血しょうの型及び胎盤の型のpIと同じである(Bishopらの、J.Biol.Chem.256:1307,1981)。酵素のノイラミニダーゼ処理によって三種すべてのイソ型のpIが増加したが、このことは全てがサリチル酸によってある程度修飾されていることを示している。これらのデータは、安定したトランスフェクトがなされたヒト細胞によって産生されたα-gal Aが望ましい血しよう半減期を持っているに違いないことを示唆しており、そのことはこの材料が薬学的利用するのに充分ふさわしいことを示している。さらに、ノイラミニダーゼ処理したα-gal Aをアルカリホスファターゼ処理すると、蛋白質の部分のpIが約5.0?5.1にまでさらに増加したが、このことは酵素が一つまたはそれ以上のマンノース-6-ホスフェート残基を有していることを示している。この修飾は、標的細胞によってα-gal Aの効率のよいインターナリゼーションが起こるために必要である点で重要である。」(34頁24行?37頁6行)

8 「F.マンノースまたはマンノース-6-ホスフェートが
仲介するα-gal Aのインターナリゼーション
安定したトランスフェクトがなされた細胞によって産生されるα-gal Aがα-gal A欠損症の有効な治療薬となるためには、その酵素は影響を受けた細胞によってインターナリゼーションされなくてはならない。……(略)……このインターナリゼーションは、細胞表面に現れていて、エンドサイトーシス経路によってリソソームにそのα-gal Aを供給するマンノース-6-ホスフェート(M6P)受容体にα-gal Aが結合することによって仲介される。M6P受容体はいたるところに現れており、ほとんどの体細胞はそれをある程度まで発現する。糖蛋白質上にある露出したマンノース残基に特異的なマンノース受容体はほとんど行き渡ってはいない。後者の受容体は一般に、マクロファージ及びマクロファージ様の細胞にのみ見られるもので、これらの細胞型にα-gal Aが入る別の手段を提供する。
M6P-仲介型のα-gal Aのインターナリゼーションを証明するために、ファブリー病の患者から得られる皮膚の繊維芽細胞(NIGMS Human Genetic Mutant Cell Repository)を、増加させた濃度の本発明の精製α-gal Aが存在するところで一晩培養した。そのサンプルのいくつかは5mMの可溶性M6Pを含んでおり、それはマンノース-6-ホスフェート受容体への結合を競合的に阻害し、結果的にその受容体によるインターナリゼーションを競合的に阻害した。他のサンプルは30μg/mlのマンナンを含んでおり、それはマンノース受容体への結合を阻害し、結果的にその受容体によるインターナリゼーションを阻害した。インキユベーションを行ってからその細胞を洗浄し、溶解緩衝液(10mMのトリス、pH7.2、100mMのNaCl、5mMのEDTA、2mMのPefabloc(商品名、Boehringer-Mannheim,Indeanapolis,IN)及び1%のNP-40)に削り落とすことによって採集した。次にその溶解したサンプルを蛋白質濃度とα-gal A活性についてアッセイした。結果はα-gal A活性ユニット/細胞の蛋白質mgとして表した。ファブリー細胞は用量-依存性の態様でα-gal Aをインターナリゼーションしていた(図7)。このインターナリゼーションはマンノース-6-ホスフェートによって阻害されたが、マンナンでは阻害されなかった。したがって、ファブリー繊維芽細胞におけるα-gal Aのインターナリゼーションはマンノース-6-ホスフェート受容体によって仲介されるが、マンノース受容体によっては仲介されない。
またα-gal Aは、内皮細胞、即ちファブリー病の治療で重要な標的となる細胞によってもインビトロでインターナリゼーションされる。ヒトの臍の緒の血管の内皮細胞(HUVEC)を、7500ユニットのα-gal Aとともに一晩培養した。ウェルのいくつかはM6Pを含んでいた。インキュベート期間を終えてから細胞を採集し、上記に記載したようにα-gal Aをアッセイした。α-gal Aのみとともにインキュベートした細胞は、コントロール(α-gal Aとともにインキュベートしなかった)の細胞の酵素レベルのほとんど10倍もの酵素レベルであった。M6Pはα-gal Aの細胞内の蓄積を阻害するが、このことはHUVECによるα-gal AのインターナリゼーションがM6P受容体によって仲介されることを示唆している。したがって本発明のヒトα-gal Aは、臨床的に関連する細胞によってインターナリゼーションされる。
マンノース受容体を発現することがわかっている培養ヒト細胞株はほとんどない。しかしながらマンノース受容体を有する、マンノース-6-ホスフェート受容体をほとんど有しないマウスのマクロファージ様細胞系(J774.E)を、本発明の精製α-gal Aがマンノース受容体を経てインターナリゼーションされるかどうかを調べるために用いることができる(DimentらのJ.Leukocyte Biol.42:485-490,1987)。J774.E細胞を10,000ユニット/α-gal Aのmlが存在するところで一晩培養した。選択したサンプルも2mMのM6Pを含んでいたが、他のものは100μg/mlのマンナンを含んでいた。その細胞を洗浄してから上記に記載したように収集し、それぞれのサンプルの全蛋白質とα-gal Aの活性を決定した。その結果が表6に示されている。M6Pはこれらの細胞によるα-gal Aの取り込みを阻害しないが、マンナンは蓄積されたα-gal Aのレベルを75%まで減少させた。したがって本発明のα-gal Aは、マンノース受容体、即ちこの特定の細胞表面受容体を発現する細胞型にあるマンノース受容体によってインターナリゼーションされうる。
表6. J774.E細胞によるα-gal Aのインターナリゼーション
α-gal A活性(ユニット/全蛋白質のmg)


これらの実験は、安定してトランスフェクトしたヒト細胞によって産生されたα-gal Aがマンノースまたはマンノース-6-ホスフェート受容体を介して細胞によってインターナリゼーションされうることを証明している。」(37頁23行?40頁9行)

9 「J.α-gal A蛋白質の通常の投与のための製薬配合剤
安定してトランスフェクトした(または別の方法で遺伝的に修飾した)ヒト細胞によって発現して分泌され、そして本明細書に記載したように精製されるα-gal A蛋白質を、α-galA蛋白質産生が不十分または欠乏している患者に投与することができる。……(略)……投与経路は例えば静脈内、動脈内、皮下、腹腔内、脳内、筋肉内、肺内、または粘膜経由であるとよい。投与のルート及び分配される蛋白質の量は、技術熟練者の評価能力に充分入るファクターによって決定することができる。さらに技術熟練者は、治療用蛋白質の投与経路及び用量を、治療用量レベルが得られるまで対象の患者において変化させるとよいことがわかっている。典型的には、α-gal Aは0.01?100mg/体重1kgの用量で投与されるであろう。この蛋白質を調節しながら繰り返し投薬することは、患者の生涯にわたって必要であろう。」(44頁6行?45頁2行)

10 図4、図5(α-gal A発現プラスミドであるpXAG-16及びpXAG-28の概略図が示されている。)

第4 引用発明の認定、対比
1 引用発明
(1) 特許請求の範囲の記載
上記第3の摘示事項1には、「請求項20記載の精製ヒトα-gal Aと薬学的に許容される賦形剤とを含む治療用組成物。」(請求項27)と記載されている。これを他の請求項を引用しない形式で記載すると、以下のようになる。
「(a)異種シグナルペプチドに結合されたヒトα-gal Aを含むポリペプチドをコードし、かつ(b)細胞における該ポリペプチドの発現を可能にする、DNA分子を含む培養ヒト繊維芽細胞を、
前記DNA分子からヒトα-gal Aを発現させ、細胞の培養培地にグリコシル化ヒトα-gal Aが分泌されるような条件下で培養する段階と、該培養培地からグリコシル化ヒトα-gal Aを単離する段階とを含むグリコシル化ヒトα-gal Aを製造する方法によって製造された、
精製グリコシル化ヒトα-gal Aと薬学的に許容される賦形剤とを含む治療用組成物。」
また、上記第3の摘示事項1には、請求項20記載の精製ヒトα-gal Aをα-gal A欠乏症患者に投与する治療方法が記載されていることから、請求項20記載の精製ヒトα-gal Aはα-gal A欠乏症の治療に用いられるものといえ、上記精製ヒトα-gal Aを含む、請求項27記載の治療用組成物についても同様に、α-gal A欠乏症の治療に用いられるものといえる。
(2) 発明の詳細な説明の記載
ア α-gal A
(ア) 上記第3の摘示事項4及び10には、(i)α-gal Aを輸送し発現するように設計されたα-gal A発現プラスミドとして、図4及び5で表される構造を有する、α-gal Aシグナルペプチドを欠くヒトα-gal A酵素をコードする遺伝子を有するとともにhGHシグナルペプチドのゲノムDNAを含むpXAG-16及びpXAG-28を構築したこと、(ii)pXAG-16及びpXAG-28をそれぞれヒトの包皮の繊維芽細胞にトランスフェクションすると、安定してトランスフェクトされたクローン細胞株が発生し、トランスフェクトされていない繊維芽細胞による発現の何倍もα-gal Aの発現を増加させる能力があること、及び、(iii)トランスフェクトされた細胞を継代すると、α-gal Aの発現が連続的な継代にわたって安定して維持され分泌されることが記載されている。そして、上記第3の摘示事項5には、(iv)「安定したトランスフェクトがなされたヒト細胞株の条件が整えられた培地から得られるα-gal Aの精製」方法として、培地に対し、ブチルセファロースクロマトグラフィー、ヘパリンセファロースクロマトグラフィー、ハイドロキシアパタイトクロマトグラフィー、Qセファロースアニオン交換クロマトグラフィー、及び、スーパーデックス-200ゲル濾過クロマトグラフィーの順に適用したことが記載されている。
上記第3の摘示事項2及び3の記載から、pXAG-16及びpXAG-28において、hGHシグナルペプチドがヒトα-gal自体のシグナルペプチドでないことは明らかであり、上記(1)の「異種シグナルペプチド」にあたる。また、上記hGHシグナルペプチドのゲノムDNAと結合したα-gal Aシグナルペプチドを欠くヒトα-gal A酵素をコードする遺伝子は、細胞へのトランスフェクションを経てヒトα-gal A酵素の発現を可能にするものといえる。
(イ) そうすると、引用例のpXAG-16又はpXAG-28は、上記(1)の「(a)異種シグナルペプチドに結合されたヒトα-gal Aを含むポリペプチドをコードし、かつ(b)細胞における該ポリペプチドの発現を可能にする、DNA分子」にあたり、トランスフェクションされたヒトの包皮の繊維芽細胞は上記(1)の「培養ヒト繊維芽細胞」にあたり、トランスフェクトされた上記細胞におけるα-gal Aを発現する連続的な継代による培養は、上記(1)の「DNA分子からヒトα-gal Aを発現させ、細胞の培養培地にグリコシル化ヒトα-gal Aが分泌されるような条件下で培養」にあたる。そして、上記5種のクロマトグラフィーを用いた精製方法は、上記(1)の「培養培地からグリコシル化ヒトα-gal Aを単離する」方法にあたり、そのような精製方法を経て得られたグリコシル化ヒトα-gal Aは、上記(1)の「精製グリコシル化ヒトα-gal A」にあたる。
(ウ) また、上記第3の摘示事項6?8には、(v)「培養中の安定してトランスフェクトされたヒト細胞により産生したα-gal A」の分子質量、(vi)「安定してトランスフェクトされたヒト細胞により産生されたα-gal A」のグリコシル化パターン、及び、(vii)マンノース又はマンノース-6-ホスフェートが仲介するα-gal Aのインターナリゼーションの程度に関する、試験方法及び結果が記載されているが、これらはいずれも引用例中に「本発明」により得られたα-gal Aであることが記載されているから、上記試験結果は、上記(ア)の方法により得られたα-gal Aが示す性質であるといえるとともに、「α-gal Aがα-gal A欠損症の有効な治療薬となるためには、その酵素は影響を受けた細胞によってインターナリゼーションされなくてはならない」(上記第3の摘示事項8)ところ、「本発明」により得られたα-gal Aはそのような性質を有するから、α-gal A欠損症の有効な治療薬として有用であるといえる。
(3) 引用発明
上記(2)で精製を経て得られたα-gal Aが、(1)における「精製グリコシル化ヒトα-gal A」を具体化したものであり、かつ、α-gal A欠損症の有効な治療薬として求められる性質を有するから、上記(1)、(2)の記載からみて、引用例には、以下の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されたものといえる。
「pXAG-16又はpXAG-28を含むヒトの包皮の繊維芽細胞を、
トランスフェクトされた上記細胞におけるα-gal Aを発現する連続的な継代によって培養する段階と、トランスフェクトされたヒトの細胞株を培養した培地に対し、ブチルセファロースクロマトグラフィー、ヘパリンセファロースクロマトグラフィー、ハイドロキシアパタイトクロマトグラフィー、Qセファロースアニオン交換クロマトグラフィー、及び、スーパーデックス-200ゲル濾過クロマトグラフィーの順に適用して該培養培地からグリコシル化ヒトα-gal Aを単離する段階とを含む精製グリコシル化ヒトα-gal Aを製造する方法によって製造された、
精製グリコシル化ヒトα-gal Aと薬学的に許容される賦形剤とを含むα-gal A欠乏症を治療するための治療用組成物。」

2 本願発明と引用発明との対比
(1) 本願発明と引用発明とを対比する。
ア 引用発明の「治療用組成物」は治療に用いられるものであり、本願発明の「医薬組成物」に相当することは明らかである。
イ 本願明細書をみると、実施例1には、(i)α-Gal Aを送達し、発現するように設計された発現プラスミドとして、図4及び5で表される構造を有する、α-gal Aシグナルペプチドを含まないヒトα-gal A酵素をコードする遺伝子を有するとともに、hGHシグナルペプチドのゲノムDNAを含むpXAG-16及びpXAG-28が構築されること(1.1及び1.2)、(ii)これらのプラスミドを、それぞれエレクトロポレーションによってヒト包皮繊維芽細胞にトランスフェクトすることにより、安定的にトランスフェクトされたクローン細胞系が作出され、α-gal A発現レベルが、非トランスフェクト繊維芽細胞が分泌する場合の何倍にも増加していること、及び、(iii)トランスフェクトした細胞を継代すると、連続的な継代期間中、α-gal A発現レベルが安定的に維持されていたこと(1.3)が記載されている。また、実施例2には、(iv)安定的にトランスフェクトされて酵素を産生している培養ヒト細胞株のコンディションドメディウムからα-gal Aを精製する方法として、コンディションドメディウムを、ブチルセファロースクロマトグラフィー、ヘパリンセファロースクロマトグラフィー、ハイドロキシアパタイトクロマトグラフィー、Qセファロースアニオン交換クロマトグラフィー、及び、スーパーデックス-200ゲル濾過クロマトグラフィーの順に適用したこと(2.1)が記載されている。
ここで、(i)α-Gal Aを得るために用いられたプラスミドは引用例、本願ともpXAG-16及びpXAG-28であり、(ii)これらのプラスミドをトランスフェクトされる細胞も両者ともヒト包皮繊維芽細胞であり、そして(iii)トランスフェクトされた細胞における平均のα-Gal Aの発現レベル、及び、トランスフェクトされた細胞を一定回数継代した場合の細胞の増殖及びα-Gal A発現の程度に関しても、両者とも同様の値を示している(本願の表2?4、引用例の表1?3)。また、(iv)α-Gal Aの精製に用いられる方法は、両者ともトランスフェクトされたヒトの細胞株を培養した培地に、ブチルセファロースクロマトグラフィー、ヘパリンセファロースクロマトグラフィー、ハイドロキシアパタイトクロマトグラフィー、Qセファロースアニオン交換クロマトグラフィー、及び、スーパーデックス-200ゲル濾過クロマトグラフィーの順に適用するものであって、実際に行われた精製結果も両者とも同様の値を示している(本願の表5、引用例の表4)。さらに、(v)両者で得られた精製ヒトα-gal Aの分子量として示された、ダイマー、モノマー、並びに、モノマー中のアミノ酸組成に基づく部分と炭水化物に基づく部分の値は両者とも同様であり、(vi)α-Gal Aのグリコシル化パターンも両者で同様の結果が示され、そして、(vii)マンノースまたはマンノース-6-ホスフェートを介したα-Gal Aの内部移行も両者で同様の結果が示されており、両者ともα-gal A欠損症の有効な治療薬として求められる性質を有するものといえる。このように、本願明細書に記載の実施例で得られた「ヒトα-ガラクトシダーゼA(α-Gal A)糖タンパク質」と、引用発明の「精製グリコシル化ヒトα-gal A」とは、その製造方法及び精製方法が同一であり、また、得られたα-Gal Aの性質も同様であるから、両者は同じものであるといえる。
そして、本願明細書には、α-Gal Aのグリコシル化パターンの結果について、「グリカンの67%以上がシアリル化されており、……中性であったのは16%以下であった」(段落【0179】)と記載されており、本願明細書の上記実施例により得られたα-Gal Aの全グリカンの少なくとも50%がコンプレックスグリカンであったものといえる。そうすると、引用発明の「精製グリコシル化ヒトα-gal A」も、全グリカンの少なくとも50%がコンプレックスグリカンであるといえる。
したがって、本願発明に関する本願明細書記載の実施例で得られた「ヒトα-ガラクトシダーゼA(α-Gal A)糖タンパク質調製物」と、引用発明の「精製グリコシル化ヒトα-gal A」とは、同様のアミノ酸配列を有するタンパク質であって、かつ、同様のグリコシル化が行われたものといえ、全グリカンの少なくとも50%がコンプレックスグリカンである点も含め、その構造に差異はないものといえる。
よって、引用発明の
「pXAG-16又はpXAG-28を含むヒトの包皮の繊維芽細胞を、
トランスフェクトされた上記細胞におけるα-gal Aを発現する連続的な継代によって培養する段階と、トランスフェクトされたヒトの細胞株を培養した培地に対し、ブチルセファロースクロマトグラフィー、ヘパリンセファロースクロマトグラフィー、ハイドロキシアパタイトクロマトグラフィー、Qセファロースアニオン交換クロマトグラフィー、及び、スーパーデックス-200ゲル濾過クロマトグラフィーの順に適用して該培養培地からグリコシル化ヒトα-gal Aを単離する段階とを含む精製グリコシル化ヒトα-gal Aを製造する方法によって製造された、
精製グリコシル化ヒトα-gal A」
は、本願発明の「全グリカンの少なくとも50%がコンプレックスグリカンであ」る「ヒトα-ガラクトシダーゼA(α-Gal A)糖タンパク質調製物」に相当する。
(2) 上記のとおりであるから、本願発明と引用発明とは、
「ヒトα-ガラクトシダーゼA(α-Gal A)糖タンパク質調製物を含有するα-Gal A欠乏症を治療するための医薬組成物であって、該ヒトα-Gal A糖タンパク質調製物の全グリカンの少なくとも50%がコンプレックスグリカンであることを特徴とする医薬組成物。」
である点で一致し、次の点で相違する。
<相違点>
本願発明では、医薬組成物が「体重1kgあたり0.1-0.3mgの単位用量のヒトα-Gal A糖タンパク質調製物を含有することを特徴とする」のに対し、引用発明では上記単位用量に限定する記載がない点。

第5 相違点についての判断
上記相違点について、以下、検討する。
1 上記第3の摘示事項9には、α-gal A蛋白質産生が不十分または欠乏している患者に精製α-gal A蛋白質を投与する際の用量として「0.01?100mg/体重1kgの用量」を繰り返し投薬すること、すなわち、単位用量として体重1kgあたり0.01?100mgが記載されている。
投与量の設定に際し、明記された用量が示されている場合であれば、その範囲から好適な範囲を選択してみることは当業者が通常行う程度の事項であるとともに、製造に要する費用の低減化や大量服用の回避といった服用のしやすさを考慮して、単位用量中に使用されるα-gal A量を可能な範囲で少なくしようとすることも、当業者が当然に考慮する程度の事項といえる。
そうすると、引用例に示された体重1kgあたりの単位用量である「0.01?100mg」との記載に基づき、引用発明の単位用量を「0.1?0.3mg」とすることは、当業者にとり容易といえる。
そして、その効果についても、引用例では「0.01?100mg/体重1kgの用量」とすることでα-gal A蛋白質産生が不十分または欠乏している患者を治療することが示唆されているのであるから、当業者の予測の範囲内にあるものといえる。

2 この点に関し、請求人は意見書及び審判請求の理由(平成22年11月25日に提出された手続補正書(方式)を参照のこと。)において、(i)本願発明は、従来のものより顕著に少ない用量でα-gal A欠乏症を効果的に治療等することができ、より低コストでかつ安全にα-gal A欠乏症の治療等を行うことを可能にするという顕著な作用効果を奏することができるのに対し、引用例の用量範囲は非常に広いものであって、単に任意の治療薬の使用可能と思われる一般的な用量を全てカバーするような範囲を記載したに過ぎず、ここから本願発明にある特定の用量範囲に限定し得たとはいえず、また、(ii)本願発明のヒトα-gal A調製物の体重1kgあたり0.1?0.3mgの用量が、他の類似のα-ガラクトシダーゼ調製物の用量と比べて顕著に少ない旨の試験結果を示しつつ、類似の糖タンパク質でありかつ同じ臨床適応に用いられるにもかかわらず、2つのα-gal A調製物が全く異なる用量で用いられるのだから、引用例に体重1kgあたり0.01?100mgというα-gal A調製物の非常に広い用量範囲が記載されているからといって、当業者といえども本願発明の体重1kgあたり0.1?0.3mgの用量範囲を容易に想到し得たはずがない旨を主張する。
そこで、上記主張について検討する。
(i)の点について、請求人は「本願発明は、従来のものより……顕著な作用効果を奏することができる」と主張するが、前記第4の2で検討したように、そもそも引用発明と本願発明とで使用されるα-gal Aが同じものであって、本願発明により新たな「物」を提供するわけではないから、引用発明からみた本願発明が顕著な作用効果を奏することを説明する内容として、上記主張は当を得たものではない。
また、ある数値範囲が示されている以上、単に数値範囲の広狭のみに基づきその範囲から好適な部分を選択することの可否を論じることは妥当ではなく、また、仮に任意の治療薬の使用可能と思われる一般的な用量を全てカバーするものと解した場合であっても、上記1で指摘した観点に基づいて、本願発明にある、単位用量を体重1kgあたり0.1?0.3mgとすることは、当業者にとり依然として容易であるといえる。そして、上記範囲とすることにより本願発明が奏する作用効果に臨界的意義があるわけでもない。
また、(ii)の点について、請求人が示した試験結果は本願発明にあたるReplagal(登録商標)と、他の類似のα-ガラクトシダーゼ調製物であるFabrazyme(登録商標)とを用いたものであるところ、後者はCHO細胞において産生されたヒトα-gal Aであって、ヒト包皮繊維芽細胞において産生された、引用例に記載されたヒトα-gal Aとは、少なくともヒトα-gal A産生に用いた細胞の点で製造方法が異なることが明らかであるとともに、両者が同様にグリコシル化されていることやマンノースまたはマンノース-6-ホスフェートを介したα-Gal Aの内部移行が同程度に行われることが確認されているわけでもない。そうすると、由来の異なる細胞により産生されたヒトα-gal Aを用いた試験結果をもとに、当業者といえども引用発明から本願発明に想到し得ないとする請求人の主張は、その理由がない。
したがって、上記請求人の主張は、いずれも採用することができない。

第6 むすび
以上のとおり、本願発明は、引用例に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものである。
それ故、他の請求項について論及するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2013-01-29 
結審通知日 2013-02-05 
審決日 2013-02-18 
出願番号 特願2000-603353(P2000-603353)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (A61K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 松浦 安紀子  
特許庁審判長 内田 淳子
特許庁審判官 荒木 英則
渕野 留香
発明の名称 α-ガラクトシダーゼA欠乏症の治療  
代理人 佐久間 剛  
代理人 柳田 征史  

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