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審決分類 審判 査定不服 1項3号刊行物記載 特許、登録しない。 A61K
審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 A61K
管理番号 1283006
審判番号 不服2011-15378  
総通号数 170 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2014-02-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2011-07-15 
確定日 2013-12-25 
事件の表示 特願2004-512714「乱用が防止された剤形」拒絶査定不服審判事件〔平成15年12月24日国際公開、WO03/105808、平成17年11月17日国内公表、特表2005-534664〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯
本願は、2003(平成15)年6月16日(パリ条約による優先権主張外国庁受理 2002年6月17日,ドイツ国 2002年10月25日,ドイツ国)を国際出願日とする出願であって、拒絶理由通知に応答して平成22年3月4日受付けの手続補正書と意見書が提出されたが、平成23年3月10日付けで拒絶査定がなされ、これに対し、平成23年7月15日に拒絶査定不服審判が請求され、その審判の請求と同時に手続補正がなされ、同年9月7日受付で手続補正書(方式)が提出され、その後、前置報告書を用いた審尋がなされたものである。

2.平成23年7月15日の手続補正についての補正却下の決定

[補正却下の決定の結論]
平成23年7月15日の手続補正を却下する。

[理由]
(1)補正後の本願発明
審判の請求と同時にされた平成23年7月15日の手続補正(以下、「本件補正」と言う。)のうち、特許請求の範囲の請求項1についての補正事項は、補正前(平成22年3月4日受付けの手続補正書参照)の
「【請求項1】
非経口的乱用が防止された固形剤形であって、乱用のおそれがある1つ以上の有効成分のほかに、25℃で10mlの水により該剤形から得られた水性抽出物が、依然として直径0.9mmの注射針を通過することができそれ以上の量の水性液体に導入されたときに視覚的に識別可能な状態を保つゲルを形成するような量の少なくとも1つの粘度上昇剤を含むことを特徴とする該剤形。」
から、
補正後の
「【請求項1】
非経口的乱用が防止された固形剤形であって、オピオイドおよび生理的に許容されるその塩からなる群より選択される薬学的有効成分のほかに、25℃で10mlの水により該剤形から得られた水性抽出物が、依然として直径0.9mmの注射針を通過することができそれ以上の量の水性液体に導入されたときに視覚的に識別可能な状態を保つゲルを形成するような量の、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースおよびヒドロキシエチルセルロースからなる群より選択される少なくとも1つの粘度上昇剤を含み、該粘度上昇剤の前記量が剤形当たり、すなわち投与単位当たり10mg以上の量であることを特徴とする該剤形。」
とするものである。(補正後の請求項1に係る発明を以下、「本願補正発明」と言う場合がある。また、下線は、請求人によるもので、補正箇所を示す。)

(2)補正の目的
本件補正に含まれる上記補正は、補正前後の発明特定事項を対比すると、以下の補正事項を含んでいる。
(ア)請求項1に係る発明を特定するために必要な事項である「乱用のおそれがある1つ以上の有効成分」を、「オピオイドおよび生理的に許容されるその塩からなる群より選択される薬学的有効成分」とする補正。
(イ)請求項1に係る発明を特定するために必要な事項である「粘度上昇剤」を、「ヒドロキシプロピルメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースおよびヒドロキシエチルセルロースからなる群より選択される少なくとも1つの粘度上昇剤」とする補正。
(ウ)請求項1に係る発明を特定するために必要な事項である、剤形中に含まれる粘度上昇剤の量について、「25℃で10mlの水により該剤形から得られた水性抽出物が、依然として直径0.9mmの注射針を通過することができそれ以上の量の水性液体に導入されたときに視覚的に識別可能な状態を保つゲルを形成するような量」とのみ特定されていたのを、該特定に加えて、更に、「該粘度上昇剤の前記量が剤形当たり、すなわち投与単位当たり10mg以上の量」であることを規定する補正。

ここで、(ア)の補正については、補正前の請求項2に「該有効成分が・・オピオイド、・・およびこれら以外の乱用のおそれがある麻薬からなる群より選択される薬学的有効成分であることを特徴とする請求項1に係る剤形。」と記載され、また、本願明細書(平成22年3月4日受付けの誤訳訂正書により補正された平成17年2月14日受付けの特許法第184条の5第1項の規定による書面に添付の明細書の翻訳文と請求の範囲の翻訳文(以下、「当初明細書」と言う。)参照)の【0012】に「乱用のおそれがある薬学的有効成分は、・・本発明による剤形中にそれ自体として、・・またはおのおのの場合に生理的に許容される対応化合物、特にその塩もしくは溶媒和物の形で存在していてもよい。」と記載されていたところ、有効成分を、かかる記載に基づいてオピオイドおよび生理的に許容されるその塩からなる群より選択されるものに限定するものである。
また、(イ)の補正については、当初明細書に、「本発明を以下、例を参照して説明する。」(【0032】)との記載に続き記載される各種例として、投与単位である錠剤中に、「ヒドロキシプロピルメチルセルロース」(以下、「HPMC」とも言う。)、「カルボキシメチルセルロース」(以下、「CMC」とも言う。)、あるいは「ヒドロキシエチルセルロース」(以下、「HEC」とも言う。)を含む例が記載され(例1:HPMC70mg+キサンタン10mg;HPMC80mg(表2)、例2:HPMC40mg+キサンタン40mg、例4,5:HPMC80mg+CMC10mg、例6,7:HPMC80mg+HEC10mg、例10,11:HPMC60mg+CMC10mg、例12,13:HPMC60mg+HEC10mg、例15,16:CMC10mg、例17,18:HEC10mg)、これらの錠剤を所定の条件で水と振盪して得られたゲルが注射器に吸い上げられ、水に押し出すと、識別可能な糸状物となる旨の試験結果も記載されているところ、粘度上昇剤を、かかる記載に基づいて限定するものである。
なお、当初明細書には、HPMCについては、単独で注射器を通過できるゲルを調製した試験結果は記載されていないが、そもそもHPMCは粘ちょう剤として周知である(必要ならば、「医薬品添加物事典2000」(日本医薬品添加剤協会編集,2000年,(株)薬事日報社発行,212?213頁の「ヒドロキシプロピルメチルセルロース」(3箇所)の記載参照。)し、当初明細書の【0005】?【0006】に、国際公開第95/20947号(これは、原審における拒絶理由通知で指摘された引用文献2のファミリー文献に相当する。)について、「乱用のおそれがある有効成分と1つ以上のゲル形成剤とをおのおの異なった層中に含む多層の錠剤」を開示すると指摘し、「この先行技術の教示によれば、粘度上昇剤が、その対応するゲルを従来の皮下注射針によっては投与できないような量で添加される」と指摘しているところ、該文献中(特許請求の範囲)には、HPMCがゲル化剤として記載されているのであるから、HPMC単独での試験例がなくとも、優先日当時の技術常識を踏まえて当初明細書の上記例の記載をみれば、「粘度上昇剤」に「HPMC」が包含されていることは当業者に明らかといえる。このような判断は、審判請求書の理由における請求人の主張(審判請求の理由についての平成23年9月7日受付の手続補正書(方式)の「3.審判請求時の補正について」を参照)に合致している。
さらに、(ウ)の補正については、補正前の請求項7に「剤形当たり、すなわち投与単位当たり5mg以上の量の粘度上昇剤を含むことを特徴とする請求項1?6のいずれか一項に係る剤形。」と記載され、また、当初明細書の【0018】に「粘度上昇剤は、剤形当たり、すなわち投与単位当たり5mg以上、特に好ましくは10mg以上の量で本発明による剤形中に存在しているのが好ましい。」と記載されていたところ、粘度上昇剤の量を、かかる記載に基づいて、剤形当たり(投与単位当たり)10mg以上の量に限定するものである。

以上述べたとおり、請求項1についての(ア)?(ウ)の補正は、いずれも、補正前の発明特定事項を更に技術的に限定したものに相当し、本件補正は、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法(以下、単に「平成18年改正前特許法」ともいう。)第17条の2第4項第2号の特許請求の範囲の減縮(限定的減縮)を目的とするものに該当する。

そこで、本件補正後の前記請求項1に係る発明(すなわち、「本願補正発明」)が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか(平成18年改正前特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に適合するか)について以下に検討する。

(3)引用例
原査定の拒絶の理由に引用された本願優先権主張日前に頒布された刊行物である特表平9-508410号公報(以下、「引用例」という。)には、次の技術事項が記載されている。なお、以下の下線は当審で付した。

(a)「【特許請求の範囲】
1.薬物及びゲル化剤が錠剤の別々の層に含まれていることを特徴とする1種又はそれ以上の薬物及び1種又はそれ以上のゲル化剤を含む2層又はそれ以上の層を含む錠剤。
・・・
7.ゲル化剤が修飾セルロース、アルギン酸ナトリウム、アルギン酸、トラガカント、ポリアクリル酸、ならびにキサンタン、グアー、ローカストビーン及びカラヤガムから選ばれる請求の範囲第1?6項のいずれかに記載の錠剤。
8.ゲル化剤がヒドロキシプロピルメチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、メチルセルロース及びキサンタンガムから選ばれる請求の範囲第7項に記載の錠剤。
9.ゲル化剤がヒドロキシプロピルメチルセルロースである請求の範囲第8項に記載の錠剤。
10.薬物が鎮痛薬、催眠薬及び抗不安薬から選ばれる請求の範囲第1?9項のいずれかに記載の錠剤。
11.薬物がゾピクロン、テマゼパム、ジアゼパム、ゾルピデム、コデイン、メサドン、ペチジン、フェニトイン及びフェノバルビトンから選ばれる請求の範囲第10項に記載の錠剤。 」(特許請求の範囲の請求項1?11)

(b)「本発明は複数の層を含む乱用防止錠剤に関する。
合法的経口的利用を目的とする多くの薬物が乱用の可能性を有し、それにより固体経口的投薬形態から薬物が抽出され、無許可、非管理、不法及び/又は危険な非経口的投与に用いられ得る溶液を得ることができることは既知である。薬物乱用のこの可能性を実質的に減少させる、又は除去さえする1つの方法は、薬物を含む組成物からの薬物の抽出性を抑制又は阻害することである。米国特許第4,070,494号において、他の場合なら薬剤のすべてを溶解するのに必要な量の水と合わされた時にゲルを形成するのに十分な量で存在する、ゲル化可能な水性材料を組成物中に挿入することによりこれが達成されたと報告されている。米国特許第4,070,494号は単及び二層錠剤を含む腸溶組成物を記載しており、この場合、乱用の可能性のある薬物がゲル化剤と混合され、錠剤の場合はそれが次いで従来の方法に従って圧縮される。しかしゲル化層を含むそのような錠剤は薬物の放出が重大に遅延し易い。
今回、薬物及びゲル化剤が錠剤の別々の層に存在すると、ゲル化剤を含む錠剤からの薬物の放出が増進することが見いだされた。
・・・
本発明の乱用防止錠剤中に挿入することができる適した薬物は、特に乱用され易い薬物、例えば鎮痛薬、催眠薬及び抗不安薬を含む。
本発明の錠剤中に挿入することができる鎮痛薬の特定の例は商業的に入手可能な鎮痛薬、例えばコデイン、ペチジン、メサドン及びモルフィンを含む。」(4頁4行?5頁5行)

(c)「 実施例11
A部
コデインリン酸塩 10.0%w/w
ラクトース 51.5%w/w
トウモロコシ澱粉 30.0%w/w
ポビドンK30 5.0%w/w
澱粉グリコール酸ナトリウム 3.0%w/w
ステアリン酸マグネシウム 0.5%w/w
コデインリン酸塩、ラクトース、ポビドン及びトウモロコシ澱粉のいくらかをブレンダーで一緒に混合し、次いで残りの澱粉及び脱イオン水から調製されたペーストと、顆粒が形成されるまで混合する。顆粒を乾燥し、ふるいを通過させ、満足できる粒径を得る。次いでふるわれた顆粒を澱粉グリコール酸ナトリウム及びステアリン酸マグネシウムとブレンドする。
B部
ヒドロキシプロピルメチルセルロース(100,000cp)
40.0%w/w
リン酸水素カルシウム 19.2%w/w
ラクトース 29.0%w/w
微結晶セルロース 5.0%w/w
ポビドン K30 6.0%w/w
コロイド二酸化ケイ素 0.3%w/w
ステアリン酸マグネシウム 0.5%w/w
コロイド二酸化ケイ素及びステアリン酸マグネシウムを除く成分を適したミキサーにおいて一緒にブレンドする。次いで粉末を顆粒が形成されるまで脱イオン水と混合する。顆粒を乾燥し、ふるって満足できる粒径を得る。次いでふるわれた顆粒をコロイド二酸化ケイ素及びステアレン酸マグネシウムとブレンドする。
錠剤プレスにおいて、2段階圧縮法により、15mgのコデインリン酸塩を含み、重さが350mgであり、150mgのA部及び200mgのB部を含み、直径が10mmの2層錠剤を製造する。
実施例12
A部
メタドン塩酸塩 5.0%w/w
ラクトース 39.0%w/w
トウモロコシ澱粉 27.5%w/w
粉末セルロース 25.0%w/w
澱粉グリコール酸ナトリウム 3.0%w/w
ステアリン酸マグネシウム 0.5%w/w
澱粉グリコール酸ナトリウム及びステアリン酸マグネシウム、ならびにトウモロコシ澱粉のいくらかを除く成分を適したミキサーで一緒にブレンドする。次いで粉末を、残りの澱粉及び脱イオン水から調製されたペーストと、顆粒が形成されるまで混合する。顆粒を乾燥し、ふるいを通過させ、満足できる粒径を得る。次いでふるわれた顆粒を澱粉グリコール酸ナトリウム及びステアリン酸マグネシウムとブレンドする。
B部
ヒドロキシプロピルメチルセルロース(100,000cp)
40.0%w/w
リン酸水素カルシウム 19.2%w/w
ラクトース 29.0%w/w
微結晶セルロース 5.0%w/w
ポビドン K30 6.0%w/w
コロイド二酸化ケイ素 0.3%w/w
ステアリン酸マグネシウム 0.5%w/w
コロイド二酸化ケイ素及びステアリン酸マグネシウムを除く成分を適したミキサーにおいて一緒にブレンドする。次いで粉末を顆粒が形成されるまで脱イオン水と混合する。顆粒を乾燥し、ふるって満足できる粒径を得る。次いでふるわれた顆粒をコロイド二酸化ケイ素及びステアレン酸マグネシウムとブレンドする。
錠剤プレスにおいて、2段階圧縮法により、5mgのメタドン塩酸塩を含み、重さが300mgであり、100mgのA部及び200mgのB部を含み、直径が9mmの2層錠剤を製造する。
実施例13
A部
ペチジン塩酸塩 25.0%w/w
ラクトース 39.0%w/w
トウモロコシ澱粉 27.5%w/w
ポビドン K30 5.0%w/w
澱粉グリコール酸ナトリウム 3.0%w/w
ステアリン酸マグネシウム 0.5%w/w
ペチジン塩酸塩、ラクトース、ポビドン及びトウモロコシ澱粉のいくらかをブレンダーにおいて一緒に混合し、次いで残りの澱粉及び脱イオン水から調製されたペーストと、顆粒が形成されるまで混合する。顆粒を乾燥し、ふるいを通過させ、満足できる粒径を得る。次いでふるわれた顆粒を澱粉グリコール酸ナトリウム及びステアリン酸マグネシウムとブレンドする。
B部
ヒドロキシプロピルメチルセルロース(100,000cp)
40.0%w/w
リン酸水素カルシウム 19.2%w/w
ラクトース 29.0%w/w
微結晶セルロース 5.0%w/w
ポビドン K30 6.0%w/w
コロイド二酸化ケイ素 0.3%w/w
ステアリン酸マグネシウム 0.5%w/w
コロイド二酸化ケイ素及びステアリン酸マグネシウムを除く成分を適したミキサーにおいて一緒にブレンドする。次いで粉末を顆粒が形成されるまで脱イオン水と混合する。顆粒を乾燥し、ふるって満足できる粒径を得る。次いでふるわれた顆粒をコロイド二酸化ケイ素及びステアレン酸マグネシウムとブレンドする。
錠剤プレスにおいて、2段階圧縮法により、50mgのペチジン塩酸塩を含み、重さが400mgであり、200mgのA部及び200mgのB部を含み、直径が10mmの2層錠剤を製造する。」(18頁9行?21頁13行)

(4)対比、判断
上記(3)の引用例の記載によれば、引用例には、薬物及びゲル化剤が錠剤の別々の層に含まれている錠剤であって、薬物が、コデイン、メサドン、ペチジンから選ばれ、ゲル化剤がヒドロキシプロピルメチルセルロースである錠剤が記載されている(上記(a))ところ、引用例には、該錠剤が乱用防止錠剤であり、錠剤中に挿入することができる薬物は、例えば、コデイン、ペチジン、メサドン(当審注;「メタドン」に同じ。)のような、特に乱用され易い鎮痛薬であることも記載されている(上記(b))。
また、引用例には、従来、合法的経口的利用を目的とする多くの薬物が乱用の可能性を有し、固体経口的投薬形態から薬物が抽出されて無許可、非管理、不法、危険な非経口的投与(即ち、乱用)に用いられ得る溶液を得ることができたところ、薬物乱用の可能性を減少、除去する方法として、薬物を含む組成物からの薬物の抽出性を抑制又は阻害する方法が知られており、これによるものとして、乱用の可能性のある薬物がゲル化剤と混合された錠剤が既知であったが、これには、薬物の放出が重大に遅延し易い欠点があったために、今回、薬物及びゲル化剤が錠剤の別々の層に存在させて、薬物放出の問題を解決した旨が記載されており(上記(b))、引用例の錠剤は、経口薬物が非経口的投与により乱用されることを防止することを前提としていることが理解できる。
そして、引用例の実施例11?13には、このような錠剤の具体例として、薬物を含むA部とゲル化剤であるヒドロキシプロピルメチルセルロース(100,000cp)を含むB部とからなる2層錠剤であって、薬物がコデインリン酸塩である重さが350mgの錠剤、薬物がメタドン塩酸塩である重さが300mgの錠剤、薬物がペチジン塩酸塩である重さが400mgの錠剤が、それぞれ記載されているが、これらの錠剤はいずれも、B部の重さが200mgであり、ゲル化剤はB部に40.0%w/w配合されており(上記(c))、各錠剤中に含まれるヒドロキシプロピルメチルセルロース(100,000cp)ゲル化剤の量は、換算によれば、いずれも80mg(B部200mg×40.0%w/w=80mg)となっている。

してみると、引用例には、以下の発明が記載されているといえる。
「非経口的乱用が防止された、薬物及びゲル化剤が錠剤の別々の層に含まれている錠剤であって、
薬物は、コデインリン酸塩、メタドン塩酸塩又はペチジン塩酸塩であり、
ゲル化剤であるヒドロキシプロピルメチルセルロース(100,000cp)が、1錠あたり80mg含まれる、錠剤。」(以下、「引用例発明」と言う。)

そこで、本願補正発明と引用例発明を対比する。
(i)まず、本願補正発明の「オピオイドおよび生理的に許容されるその塩からなる群より選択される薬学的有効成分」に関し、補正後の請求項1を引用する請求項2を更に引用する補正後の請求項3に、薬学的有効成分として、コデイン、メサドン、ペチジンが列記されているとおり、これらの有効成分は本願補正発明の「オピオイド」に相当するから、引用例発明の「コデインリン酸塩、メタドン塩酸塩又はペチジン塩酸塩」が、本願補正発明の「オピオイドおよび生理的に許容されるその塩からなる群より選択される薬学的有効成分」に相当することは明らかである。
(ii)また、「薬物」と「薬学的有効成分」は同義であるし、「錠剤」は「固形剤形」であるところ、本願明細書の【0021】には、「粘度上昇剤と有効成分とを剤形において相互に空間的に分離された配置で一体化することも明らかに可能である。」と記載されており、本願補正発明の固形剤形は、粘度上昇剤と有効成分を錠剤の別の層に含有する態様を包含すると認められるから、引用例発明の「薬物及びゲル化剤が錠剤の別々の層に含まれている錠剤」も、本願補正発明の「固形剤形」に相当する。
(iii)引用例発明の「ゲル化剤」は「水・・・などの水性媒体の作用によりゲルを形成する材料」(引用例の5頁13?17行)であり、ゲルを形成すれば水性媒体の粘度が上昇するから、これが本願補正発明の「粘度上昇剤」に相当することは当業者に自明の事項であるし、このことは、引用例発明の「ゲル化剤であるヒドロキシプロピルメチルセルロース(100,000cp)」が、本願明細書の表6の例等に、粘度上昇剤として具体的に記載されている「ヒドロキシプロピルメチルセルロース,100,000mPa・s(当審注;mPa・sは、cpと等しい。)」と同じであることからも明らかである。
(iv)また、引用例発明の錠剤には、ヒドロキシプロピルメチルセルロース(100,000cp)が、「1錠あたり80mg」含まれているが、本願明細書の【0038】等に「錠剤の1つを粉末にし、水10mlとともに振盪した。」と記載されるように、本願補正発明の「剤形当たり、すなわち投与単位当たり10mg以上の量」とは、錠剤1錠あたり10mg以上の量含有することを規定していると解するのが相当であるから、引用例発明の「1錠あたり80mg」は、本願補正発明の「剤形当たり、すなわち投与単位当たり10mg以上の量」に相当する量である。

してみると、両発明は、本願補正発明の記載に合わせて記載すると、
「非経口的乱用が防止された固形剤形であって、オピオイドおよび生理的に許容されるその塩からなる群より選択される薬学的有効成分のほかに、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースおよびヒドロキシエチルセルロースからなる群より選択される少なくとも1つの粘度上昇剤を含み、該粘度上昇剤の前記量が剤形当たり、すなわち投与単位当たり10mg以上の量である該剤形」
で一致し、次の点で一応相違する。

<相違点>
投与単位当たり10mg以上とされるヒドロキシプロピルメチルセルロース粘度上昇剤の量が、本願補正発明では、さらに、「25℃で10mlの水により該剤形から得られた水性抽出物が、依然として直径0.9mmの注射針を通過することができそれ以上の量の水性液体に導入されたときに視覚的に識別可能な状態を保つゲルを形成するような量」と特定されているのに対し、引用例発明では「80mg」と特定されている点。

そこで、この相違点について検討する。
上記相違点にかかる発明特定事項に関し、本願明細書の【0009】には、「視覚的に識別可能とは、必要最小量の水性液体により剤形から抽出することによって形成された有効成分含有ゲルが、直径0.9mmの皮下注射針でそれ以上の量の水性液体に37℃で導入されるとき、実質的に不溶解性かつ粘着性の状態を保ち、非経口的に、特に静脈内へ安全に投与することができるような方法では容易には分散しえないことを意味する。」と記載されているから、上記相違点の「25℃で10mlの水により該剤形から得られた水性抽出物」はゲル形態であることが理解できる。一方、引用例発明の、1錠中に、ヒドロキシプロピルメチルセルロース(100,000cp)ゲル化剤を80mg含む錠剤も水で抽出されることによってゲル形態となるものである。
そして、同じゲル化剤を使用する場合には、得られるゲルのかたさは、ゲル化剤の配合量に応じて変化すると認められるところ、本願明細書の例には、ヒドロキシプロピルメチルセルロースを、引用例発明と同様1錠あたり80mg含有する例や、更に他の粘度上昇剤も組み合わせ、配合量を若干変更して錠剤とした例が記載されており(例1:HPMC70mg+キサンタン10mg;HPMC80mg、例4,5:HPMC80mg+CMC10mg、例6,7:HPMC80mg+HEC10mg、例10,11:HPMC60mg+CMC10mg、例12,13:HPMC60mg+HEC10mg)、これらはいずれも、10mlの水と振盪して生じるゲルを、直径0.9mmの注射針を有する注射器中に吸い上げることができ、吸い上げたゲルを37℃で水に注入すると、水と混ざらない明らかに目に見える糸状物が識別可能な状態を保ったとされているから、1つの錠剤中の80mgのHPMC含有量は、「25℃で10mlの水により該剤形から得られた水性抽出物が、依然として直径0.9mmの注射針を通過することができそれ以上の量の水性液体に導入されたときに視覚的に識別可能な状態を保つゲルを形成するような量」であると認められる。
一方、引用例発明の錠剤において、水での抽出によりゲルを形成させる為のゲル化剤として含まれているヒドロキシプロピルメチルセルロースの量は、本願明細書の例に記載されているのと同様に80mgなのであるから、引用例発明のヒドロキシプロピルメチルセルロース含有量は、本願補正発明で規定される「25℃で10mlの水により該剤形から得られた水性抽出物が、依然として直径0.9mmの注射針を通過することができそれ以上の量の水性液体に導入されたときに視覚的に識別可能な状態を保つゲルを形成するような量」という特定を満たすものと解すべきである。
してみると、上記相違点は、実質的には、相違点とはならないから、本願補正発明と引用例発明に差異があるとは言えない。

請求人は、これに対し、審判請求書の請求の理由についての手続補正書(方式)の「5-2.」において、引用例に関し、
「この「錠剤において必要なゲル化剤の量は、活性成分の性質、錠剤中の他の賦形剤の性質、錠剤の重量及びゲル化剤の粘度の等級などの特徴に依存」します(第6頁第4?5行)。ゲル化剤の存在量は、錠剤が薬物の抽出に必要な最少量の水性媒体で摩砕される時に、濾過可能な材料が実質的に残らないような量であることが好ましい」と記載されています(同頁第6?8行、下線は審判請求人による。以下同様。)。引用文献2(当審注;本件審決における「引用例」に相当する。)に記載の錠剤から得られる高粘度の液体は、濾過することができないものであることから、直径0.9mmの注射針を通過することは到底不可能であります。・・・
このように、引用文献2・・に記載された発明は、十分な量の適切なゲル化剤を剤形に添加することにより、注射器に吸い上げることができないほどにゲル化した抽出物を該剤形から得て、注射による非経口的乱用を防止するという発想に基づいています。これは、本願請求項1に係る発明と全く異なる発想に基づくものであります。
引用文献2・・には、25℃で10mlの水により剤形から得られた水性抽出物が、依然として直径0.9mmの注射針を通過することができそれ以上の量の水性液体に導入されたときに視覚的に識別可能な状態を保つゲルを形成するような量の「ゲル化剤」または「増粘作用を有する服用可能な固体」を含むことは何ら示唆されていません。・・・
そして、本願請求項1に係る発明の効果は、依然として直径0.9mmの注射針を通過することができるけれども水性液体に導入されたときに視覚的に識別可能な状態を保つゲルを用いることに基づくのに対し、引用文献2および3に記載の発明の効果は、注射器に吸い上げることができないほどにゲル化した抽出物を用いることに基づくものであります。よって、本願請求項1に係る発明の効果は、引用文献2および3に記載の発明の効果とは異質であり、引用文献2および3から容易に予測することができたものではありません。」
と主張する。
また、原審においては、請求人は、意見書中で、上記と同様の主張の他、「5.」の「(1)」において、「実際、引用文献2に記載の発明は、注射が不可能なレベルまで抽出物の粘度を上昇させることにより、経口剤形中の薬物の乱用を防止するという発想(米国特許第4070494号によって当業者には公知の発想)に基づく解決手段を改良したものであります。このことは、引用文献2が、先行技術文献として米国特許第4070494号明細書を引用し(第4頁第6?17行)、該米国特許の問題点を解決することが課題であることが明らかな文脈で記載されているという事実によって強調されています。該米国特許には、「水の存在下でゲル化し、濾過可能な液体を残さない」(ABSTRACTの最終2行、下線は出願人による)ゲル化可能な水性材料を含む組成物を提供することで、薬剤の非経口的な乱用を防止する手段が記載されています(例えば、請求項1)。
よって、引用文献2には、依然として直径0.9mmの注射針を通過することができそれ以上の量の水性液体に導入されたときに視覚的に識別可能な状態を保つゲルを形成する水性抽出物を与える剤形は一切記載されていません。よって、本願請求項1に係る発明は、引用文献2に記載された発明ではありませんので、引用文献2に対して新規性を有します。」
と主張する。

そこで、引用例の記載を検討すると、引用例の6頁4?8行には、確かに、請求人主張するとおりの記載がある。
しかしながら、引用例の「ゲル化剤の存在量は、錠剤が薬物の抽出に必要な最少量の水性媒体で摩砕される時に、濾過可能な材料が実質的に残らないような量」なる記載(6頁7?8行)に関し、引用例には、具体的に、以下の試験例が記載されている。(下線は、当審で付した。)
「試験1
・・・実施例1に従い、ゲル化剤としてヒドロキシプロピルメチルセルロース(100,000cp)を含む2層ゾピクロン錠剤を製造した。試験中の錠剤を、乳棒と乳鉢を用いて粗砕し、2mlの熱水又は冷水、あるいは酢酸、クエン酸又はイソプロパノールの水溶液を用いて10分間抽出した。シリンジを用い、溶液を0.2ミクロンフィルターを通して濾過しようと試みた。成功したら、次いで濾液中のゾピクロンの濃度を、307nmにおける吸光分光測定を用いて決定した。結果を表2にまとめる。
・・・

結果は、従来の錠剤から、特に酸性媒体が用いられると実質的量のゾピクロンを抽出することができるが、ゲル化剤を含む本発明の2層ゾピクロン錠剤が同じ媒体で処理されると、濾過可能な溶液がないことを明白に示している。従って錠剤製品の乱用の可能性は非常に制限される。」(23頁1行?24頁下から10行)
(なお、試験例1において試験されている錠剤は、実施例1(9頁2?24行)で製造されたと同様の錠剤であり、実施例1によれば、この錠剤は、7.5mgのゾピクロンを含み、重さが375mgであり、錠剤のB部に含まれるヒドロキシプロピルメチルセルロース(100,000cp)の量は、75mg(B部250mg×30.0%w/w )でとなっており、引用例発明とも本願明細書に記載の例とも近い含有量である。)

かかる記載によれば、引用例における「錠剤が薬物の抽出に必要な最少量の水性媒体で摩砕される時に、濾過可能な材料が実質的に残らないような量」とは、錠剤を、粗砕し、2mlの水を用いて10分間抽出して得られた抽出物が、0.2ミクロンフィルターを通しては濾過可能ではなくなるようなゲルを与え得るゲル化剤(粘度上昇剤)の含有量であると理解できるのであるから、引用例発明において得られた、本願補正発明のたった5分の1の、2mlの水で抽出した濃厚なゲルが、本願補正発明の注射針の直径(0.9mm=900ミクロン)の僅か4500分の1という極小径のフィルターの孔を通過できないからといって、そのことをもって、引用例発明のゲル剤(粘度上昇剤)の含有量が、本願補正発明の含有量と異なるとすることはできない。
また、錠剤において必要なゲル化剤の量が、活性成分の性質、錠剤中の他の賦形剤の性質、錠剤の重量及びゲル化剤の粘度の等級などの特徴に依存するとしても、少なくとも、引用例発明の錠剤は、具体的には、引用例の実施例11?13に記載されるように、1錠の重さが300?400mgであり、一方、本願補正発明においても、例えば、例4?7では320mgと、ほぼ同程度であるし、引用例発明においても本願補正発明においても、得られるゲルの性質に最も影響を与える成分はゲル化剤(粘度上昇剤)であると認められるところ、引用例発明のゲル化剤と本願補正発明の粘度上昇剤とは、その種類も、その1錠中の含有量も一致しているのであるから、引用例発明の錠剤のヒドロキシプロピルメチルセルロース含有量は、本願補正発明で規定される「25℃で10mlの水により該剤形から得られた水性抽出物が、依然として直径0.9mmの注射針を通過することができそれ以上の量の水性液体に導入されたときに視覚的に識別可能な状態を保つゲルを形成するような量」という特定を満たす量であると解される。
さらに、請求人が指摘し、引用例が先行技術文献として引用する米国特許第4070494号明細書についても、第2欄32?38行には、ゲル生成物質の量に関し、「薬物の抽出に必要な最少量の水性媒体で摩砕される時に、濾過可能な材料が実質的に残らないような量」と記載されているが、具体的には、例えば表1のA?Dの実施例では、錠剤6つを水10mlあるいは20mlで抽出しており、1錠当たりの水の量は、本願補正発明におけるよりかなり少ない量(約1.7ml或いは3.3ml)となっているし、ろ過もしており、該米国特許の記載は引用例発明と本願補正発明が同一ではないことの根拠とはなり得ない。
そして、上記米国特許や引用例が、従来、乱用者が、経口製剤の粉砕粉末から有効成分を必要最小量の水性液体で抽出して得られた溶液を、場合によりろ過した後に、静脈内投与していたのを、有効成分含有溶液が得られないようにすることで乱用を防ぐという着想に基づくものであって、一方、本願補正発明が、直径0.9mmの注射針を通過することができるけれども水性液体に導入されたときに視覚的に識別可能な状態を保つゲルを生じることで乱用を防ぐとの着想に基づくものであるとしても、結局、製造された錠剤(固形剤形)としては、変わるところはないのであるから、着想の違いをもって、本願補正発明が引用例発明に倒して新規性を有するとすることはできない。
したがって、請求人の上記主張は採用できない。

よって、本願補正発明は、その優先権主張日前に頒布された刊行物である引用例に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許出願の際独立して特許を受けることができない。

(5)むすび
以上のとおり、本件補正は、平成18年改正前特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に違反するので、同法第159条第1項の規定において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下されるべきものである。

3.本願発明について
(1)本願発明
本件補正は、上記のとおり却下されたので、本願の請求項1?14に係る発明は、平成22年3月4日受付けの手続補正書の特許請求の範囲の請求項1?14に記載された事項により特定されるとおりのものと認められるところ、そのうち請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、前記「2.」の「[理由] (1)」に、補正前として記載したとおりのものである。(再度の記載は省略する。)

(2)引用例
原査定の拒絶理由に引用された引用文献及びその記載事項は、前記「2.(3)」に記載したとおりである。

(3)対比、判断
本願発明は、前記「2.」で検討した本願補正発明の発明特定事項の「オピオイドおよび生理的に許容されるその塩からなる群より選択される薬学的有効成分」(これが、乱用のおそれがある有効成分であることは、(2.(2)の(ア)の補正についての検討で記載したとおり、当業者に明らかである。)及び「ヒドロキシプロピルメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースおよびヒドロキシエチルセルロースからなる群より選択される少なくとも1つの粘度上昇剤」を、それぞれ、当該有効成分及び粘度上昇剤を包含する、より広範囲の「乱用のおそれがある1つ以上の有効成分」及び「粘度上昇剤」としたものであり、また、粘度上昇剤の量に関し、本願補正発明の発明特定事項の「該粘度上昇剤の前記量が剤形当たり、すなわち投与単位当たり10mg以上の量」との限定を省いたものである。
そうすると、本願発明の発明特定事項を全て含み、さらに他の発明特定事項を付加して限定したものに相当する本願補正発明が、前記「2.(4)」に記載したとおり、その優先権主張日前に頒布された刊行物に記載された発明であるから、本願発明も同様に、その優先権主張日前に頒布された刊行物に記載された発明である。

(4)むすび
以上のとおりであるから、本願の請求項1に係る発明は、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない。
したがって、本願は、その余の請求項について論及するまでもなく、拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2013-07-16 
結審通知日 2013-07-23 
審決日 2013-08-08 
出願番号 特願2004-512714(P2004-512714)
審決分類 P 1 8・ 113- Z (A61K)
P 1 8・ 575- Z (A61K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 三輪 繁  
特許庁審判長 川上 美秀
特許庁審判官 渕野 留香
川口 裕美子
発明の名称 乱用が防止された剤形  
復代理人 牛木 護  
復代理人 守屋 嘉高  

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