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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) A01H
管理番号 1283529
審判番号 不服2010-28852  
総通号数 171 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2014-03-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2010-12-21 
確定日 2014-01-06 
事件の表示 特願2004-256499「新品種きのこ及びその交配株の作製方法並びに新品種きのことその交配株」拒絶査定不服審判事件〔平成18年 3月16日出願公開、特開2006- 67930〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は,平成16年9月3日の出願であって,平成22年5月14日付けの拒絶理由通知に対して,同年7月26日に意見書,手続補正書,及び手続補足書が提出され,同年9月14日付けで拒絶査定がなされ,これに対し,同年12月21日に拒絶査定に対する審判請求がなされるとともに,同日に手続補正書,及び同年12月22日付けで手続補足書が提出され,平成25年1月15日付けの審尋に対し,同年2月27日に回答書が提出されたものである。
その後,当審において平成25年6月11日付けで平成22年12月21日付け手続補正書による補正が却下されるとともに拒絶理由が通知され,その指定期間内である平成25年8月16日に手続補足書とともに意見書が提出され,当審から電話でデータの提出を求めたが,データ提出の意思がないことの確認がなされたものである(平成25年10月29日付け応対記録)。

第2 本願発明
平成22年12月21日付けの手続補正は上記のとおり却下されたので,本願の請求項1乃至5に係る発明は,平成22年7月26日付け手続補正書における特許請求の範囲の請求項1乃至5に記載された事項により特定されるとおりのものと認められ,そのうち請求項1は,以下のとおりである。(以下,請求項1に係る発明を「本願発明」という。)

「エリンギと,白霊たけとの交配株。」

第3 刊行物とその記載事項
当審の拒絶の理由に引用され,本出願前に頒布された刊行物である「Die Gattung Pleurotus,1982年,p.75,76,90,91,96,97」(以下,「刊行物1」という。)には,以下の事項が記載されている。(なお,翻訳は当審によるものであり,引用箇所は,刊行物1の頁と行を示す。)

(刊1-1)
「追加3.Pleurotus eryngii,Pleurotus ferulae及びPleurotus nebrodensisのグループ間に遺伝的隔離障壁は存在するか?

これら3つのグループ間での交配を検討する。

Pleurotus eryngiiとPleurotus nebrodensisの交配試験:この交配系では非常に様々な結果が得られている。これらの種は生育場所が地理的に離れているにもかかわらず,Pleurotus eryngiiのC2及びC3の系統種は,Pleurotus nebrodensisの個体群と75?94%の割合で交配した(図25-30)。これらの交配による高いクランプ結合形成率は,先に述べたように,3種の遺伝的に異なるグループ間において認められていることから,これら3種の分類群区分は識別されない。」(75頁13?26行)

(刊1-2)
「Pleurotus eryngii(Br系統,2種の交雑種)は,Pleurotus nebrodensisに対して,25?65%の低い互換性を示した(図31-33)。
Pleurotus eryngii(Pf系統とF2系統)は,Pleurotus nebrodensisに対して,それぞれ22?25%,18?37.5%のクランプ結合形成率であった(図34-39)。」(75頁27?33行)

(刊1-3)
「図25:生育場所の異なるPleurotus eryngiiの2つの種における交配試験
2つの異なるセリ科植物の宿主から発生したPleurotus eryngii(C3系統-宿主はEryngium campestre)とPleurotus nebrodensis(F1系統-宿主はLaserpitium latifolium)との交配:32通りの交配において,94%の確率でクランプ結合を形成した。」(90頁7?13行)

(刊1-4)
「図26:生育場所の異なるPleurotus eryngiiの2つの種における交配試験
2つの異なるセリ科植物の宿主から発生したPleurotus eryngii(C2系統-宿主はEryngium campestre)とPleurotus nebrodensis(F3系統-宿主はLaserpitium siler)との交配:32通りの交配において,90.6%(当審による注;87.5%の間違い)の確率でクランプ結合を形成した。」(90頁20?26行)

(刊1-5)
「図27:生育場所の異なるPleurotus eryngiiの2つの種における交配試験
2つの異なるセリ科植物の宿主から発生したPleurotus eryngii(C3系統-宿主はEryngium campestre)とPleurotus nebrodensis(F3系統-宿主はLaserpitium siler)との交配:32通りの交配において,84%の確率でクランプ結合を形成した。」(91頁7?13行)

(刊1-6)
「図28:生育場所の異なるPleurotus eryngiiの2つの種における交配試験
2つの異なるセリ科植物の宿主から発生したPleurotus eryngii(C2系統-宿主はEryngium campestre)とPleurotus nebrodensis(Bo系統-宿主はLaserpitium latifolium)との交配:56通りの交配において,82%の確率でクランプ結合を形成した。」(91頁24?31行)

(刊1-7)
「ヒラタケ属きのこ」(表紙)

第4 対比
1 刊行物1発明
刊行物1の摘示(刊1-1)に注目すると,次の発明(以下,「刊行物1発明」という)が記載されていると認められる。
「Pleurotus eryngiiのC2及びC3の系統種と,Pleurotus nebrodensisの個体群との交配株。」
そこで,本願発明と刊行物1発明を対比する。

2 エリンギについて
刊行物1発明の「Pleurotus eryngiiのC2及びC3の系統種」は,本願発明の「エリンギ」に相当する。

3 白霊たけについて
(1)本願発明における「白霊たけ」
本願発明における「白霊たけ」とは,本願明細書の段落【0004】によると,「白霊たけには学名P. nebrodensisが,阿魏側耳には学名P.ferulaeが,それぞれ,当てはめられている。両種とも優秀な食用菌で,中国では高価で取引されている。」とされている。また,段落【0007】には,「白霊たけは阿魏側耳と別種とする説と,阿魏側耳の白色短柄変異株とする説があるようであるが,白霊たけも阿魏側耳もエリンギと同じヒラタケ属に分類されている。」と記載されている。
その,入手元について,段落【0047】には,「白霊たけの二核菌糸は中華人民共和国の新疆哈密地区天山菌業研究所より購入した天山2号の種菌を用い,また一核菌糸は本菌を定法により栽培して得られた子実体より単胞子を分離し,培養して得た。」と記載されている。
以上の記載事項からすると,本願発明における「白霊たけ」とは,本願出願時である2004年9月3日時点において,学名P. nebrodensisと認識されていたヒラタケ属きのこであって,中華人民共和国新疆哈密地区天山菌業研究所より購入することができた天山2号を包含するものであると理解される。

(2)刊行物1における「Pleurotus nebrodensis」
他方,刊行物1には,「Pleurotus nebrodensisの個体群」について,「Pleurotus nebrodensis(F1系統-宿主はLaserpitium latifolium)」(摘示(刊1-3)),「Pleurotus nebrodensis(F3系統-宿主は Laserpitium siler)」(摘示(刊1-4)及び摘示(刊1-5)),「Pleurotus nebrodensis(Bo系統-宿主はLaserpitium latifolium)」(摘示(刊1-6))と記載されており,「ヒラタケ属きのこ」(摘示(刊1-7))であって,セリ科Laserpitium属植物を宿主とすることは分かるが,菌種までは記載されていない。

(3)請求人の主張1 宿主の相違
なお,請求人は平成25年8月16日付け手続補足書として甲第1号証?甲第4号証とその抄訳文を提出し,同日付けの意見書において,「中国のP. nebrodensis とされているきのこ(バイリング)の宿主は新疆阿魏 Ferula sinkiangensis または多傘阿魏 Ferula ferulaeoides であるところ(甲第1号証?甲第3号証),これらを宿主とする」菌は,刊行物1では試験されておらず,補正後の請求項1記載の発明と,刊行物1「記載の発明とは『エリンギと,本願出願時である2004年9月3日の時点において,学名P. nebrodensisと認識されていたヒラタケ属のきのことの交配株。』であるという点において一致している」との一致点の認定は誤りであり,撤回されるべきであると主張する。
この点について,甲第1号証?甲第3号証を検証する。

ア 甲第1号証
Mao X (2005) Promoting a new development for precious mushroom Pleurotus nebrodensis (in Chinese). Proceedings of the China (Guang Shui) symposium on standardization production for edible mushroom products fair for rare mushroom (Pleurotus nebrodensis), Edible Fungi Society of China, Hubei, China, p.25-27
本願出願後である2005年に頒布された刊行物である甲第1号証には,概略「1997年に甲第1号証の筆者により,商品名を白霊たけ,学名はPleurotus nebrodensis(Inzengae)Quel.と同定されたきのこの宿主が,セリ科植物の阿魏(Ferula sp.)であること」が記載されており,宿主の属名「Ferula」属までは記載されているものの,種名「Ferula sinkiangensis」,「Ferula ferulaeoides」までは記載されていない。
また,請求人は平成25年8月16日付け意見書において言及していないが,甲第1号証第9頁下から2行には,「白霊たけはLaserpitium ssp.に生えると記載した文献もある」として,刊行物1に記載されたPleurotus nebrodensis(摘示(刊1-3)?(刊1-6))の宿主であるセリ科Laserpitium属植物に関する記載がある。
さらに,甲第1号証には,上記白霊たけが,1950年代にはPleurotus ferulae と命名され,1987年にはPleurotus eryngii var. tuoliensis と命名され,1997年にPleurotus nebrodensis(Inzengae)Quel.と同定されたことが記載されている。

イ 甲第2号証
Mou C, Cao Y, Ma J (1987) A new variety of Pleurotus eryngii and its cultural charaters (in Chinese). Acta Mycologica Sinica 6, p.153-156
本出願前に頒布された刊行物である甲第2号証には,概略「阿魏茸(Pleurotus eryngii(DC.ex.Fr.)Quel)は阿魏(Ferula sinkiangensis)の根に寄生すること,阿魏茸托里変種(Pleurotus eryngii(DC.ex.Fr.)Quel. var. tuoliensis Mou n. var.)は多傘阿魏(Ferula ferulaeoides)の根に単生すること」が記載されており,宿主の種名「Ferula sinkiangensis」,及び「Ferula ferulaeoides」が記載されているものの,「Pleurotus nebrodensis」あるいは「白霊たけ」の記載がなく,阿魏たけについての記載のみである。
さらに,甲第2号証の考察には,「1874年イタリアで阿魏茸(P. ferulae)を発見」,「1887年にはローマで 阿魏茸(P. eryngii)を報告」とも記載されており,甲第2号証におけるきのこの名称と,学名との対応関係は不明である。

ウ 甲第3号証
Zhang JX, Huang CY, Ng TB, Wang HX (2006) Genetic polymorphism of ferula mushroom growing on Ferula sinkiangensis, Appl Microbiol Biotechnol 71, p.304-309
本願出願後である2006年に頒布された刊行物である甲第3号証には,概略「Pleurotus nebrodensisの寄生は,中国の新疆阿魏(Ferula sinkiangensis)上と,イタリアのシシリー島のCachrys ferulacea上に限定されること」,「Cachrys ferulaceaに生えるヒラタケ属きのこは,Bresinsky(1987年)によりPleurotus eryngii var. nebrodensisと命名され,Venturella(2000年)によりPleurotus nebrodensisと命名されたこと」,「新疆阿魏(Ferula sinkiangensis)に生えるヒラタケ属きのこは,最初にPleurotus ferulae,そしてその後Pleurotus eryngii var. tuoliensis(Muら 1987年),Pleurotus eryngii var. ferulae,Pleurotus eryngii var. nebrodensis(Huang 1996年),Pleurotus nebrodensis(Mao 2001年)と記述されたこと」が,Introductionに記載されている。
そして,請求人の主張にある,「Pleurotus nebrodensisの宿主がFerula ferulaeoides(多傘阿魏)である」との記載はなく,一方,Pleurotus nebrodensisがFerula属以外のセリ科植物であるCachrys ferulacea(セリ科Cachrys属ferulacea)を宿主とすることが記載されている。

エ 小括
「白霊たけ」の学名,及び学名P. nebrodensisと認識されていたヒラタケ属のきのこが,年代とともに変遷していることから,本願出願時である2004年9月3日時点における,学名P. nebrodensisに対応するヒラタケ属きのこについての当業者の認識に関して,出願時公知でなかった甲第1号証,及び甲第3号証を参照することはできない。仮に,これらを参酌したとしても,甲第1号証?甲第3号証の記載からは,「白霊たけ」の宿主の一つとして,セリ科Ferula属植物があることは理解されるが,本願発明の「白霊たけ」の宿主がFerula sinkiangensis(新疆阿魏)またはFerula ferulaeoides(多傘阿魏)に限られるもの,すなわち,「白霊たけ」はFerula sinkiangensis(新疆阿魏),及びFerula ferulaeoides(多傘阿魏)以外のセリ科植物には生えない,とはいえない。したがって,当該白霊たけと,刊行物1に記載されたセリ科Laserpitium属植物に寄生するP. nebrodensisについて,記載された一宿主の相違をもって,本願出願時点での学名が同じであるにもかかわらず,互いに異なるきのこであるとすることはできない。
ここで,本願発明の白霊たけと刊行物1発明のPleurotus nebrodensisが,互いに異なるきのこであることを,上記宿主の相違に基づいて立証するために,「刊行物1発明のPleurotus nebrodensisがセリ科Ferula属植物に寄生し得ない」,あるいは「本願発明の「白霊たけ」がセリ科Laserpitium属植物に寄生し得ない」ことをデータとして提示する意思の有無を確認するため,平成25年8月16日付け意見書の受領後に,審判官より電話連絡を行ったが,請求人にその意思がないことを確認した。
したがって,上記,記載された宿主の相違をもって,本願発明の「白霊たけ」と刊行物1発明のPleurotus nebrodensisとが異なるものであるとすることはできず,上記請求人の主張1は採用することができない。

(4)請求人の主張2 交配試験結果
なお,請求人はさらに,平成25年8月16日付け意見書において,「甲第3号証と,甲第4号証には,バイリング(白霊たけ:中国のPleurotus nebrodensis)がエリンギ(Pluerotus eryngii)と交配しなかったことが報告されている」とも主張する。
ここで,平成25年8月16日付け意見書において請求人により提示された甲第4号証は,平成22年7月26日提出の手続補足書,及び平成22年12月22日提出の手続補足書で参考文献1として請求人により提示され,本出願前に頒布された刊行物である「Journal of Wood Science, April 2004, 50(2) p.162-168」(以下,「刊行物C」という。)である。
しかしながら,本願出願後である2006年に頒布された刊行物である甲第3号証も,本出願前に頒布された刊行物である刊行物Cも,ヒラタケ属(Pleurotus spp.)に属する各種のきのこについて,それぞれの種が同一であるか否かを調べるための一手段として交配試験を行っているものである(甲第3号証 306頁左欄10?13行,刊行物C 162頁左欄17?19行)。そして,本願発明の白霊たけと刊行物1発明のPleurotus nebrodensisは,いずれもP. eryngiiと交配していることから,P. eryngiiと交配しなかった甲第3号証,及び刊行物CにおけるP. nebrodensisとは異なるものであると理解される。すなわち,P. eryngiiと交配しているという現象から見れば,本願発明の白霊たけと刊行物1発明のPleurotus nebrodensisが同じものであり(前者),P. eryngiiと交配しないという現象から見れば,甲第3号証と刊行物Cにそれぞれ記載されたP. nebrodensisどうしが同じものであり(後者),P. eryngiiと交配した群(前者)と,P. eryngiiと交配しない群(後者)は,交配試験の結果から見れば,互いに異なるものであるといえる。
したがって,刊行物1,甲第3号証,及び刊行物Cの交配試験結果を総合すると,本願発明,または刊行物1発明のPleurotus nebrodensisと,甲第3号証,または刊行物Cに記載されたP. nebrodensisとは異なるものであるとはいえても,本願発明の「白霊たけ」と刊行物1発明のPleurotus nebrodensisが異なるものであるとすることはできない。
そうすると,上記請求人の主張2も採用することができない。

4 小括
以上のことから,本願発明と刊行物1発明は,次の(一致点)及び(相違点)を有する。

(一致点)
「エリンギと,本願出願時である2004年9月3日時点において,学名P. nebrodensisと認識されていたヒラタケ属きのことの交配株。」

(相違点)
本願出願時である2004年9月3日時点において,学名P. nebrodensisと認識されていたヒラタケ属きのこが,本願発明では,「白霊たけ」であるのに対し,刊行物1発明では,その特定がない点。

第5 判断
1 相違点について
本願出願時に,新疆哈密地区天山菌業研究所において学名「Plieurotus nebrodensis」と認識されていたヒラタケ属きのこである「白霊たけ」が栽培されており(摘示(刊B-1)参照,当審による注;属名「Plieurotus」はヒラタケ属「Pleurotus」の誤記である。),新疆哈密地区の食用菌研究所はヒラタケ属きのこである「白霊たけ」天山2号を提供していた(摘示(刊A-1),及び(刊A-2)参照)。
そして,「白霊たけ」天山2号が,本願出願時から現在に至るまで一貫して一般に入手可能であることは,出願人が平成25年2月27日提出の回答書で述べているとおりであるから,刊行物1発明における,学名P. nebrodensisと認識されていたヒラタケ属きのことして,公知の「白霊たけ」,あるいはそのうちの「天山2号」を採用することは,当業者が適宜なし得る事項である。

刊行物A Journal of Anhui Agricultural Sciences, 2003, 31(4), p.557-558, 575

(刊A-1)
「白霊たけとはその学名は担子菌門のヒラタケ属(Pleurotus)に属し,阿魏茸の白色変種(Pleurotus eryngii Var nerbrodensis)とも,刺芹側耳の白色変種とも,称する。」(557頁左欄1?4行)

(刊A-2)
「1 材料及び方法
1.1 供試菌種 天山2号(新疆哈密地区食用菌研究所提供)。」(557頁左欄21?23行)

刊行物B http://d.wanfangdata.com.cn/periodical_zgsyj200202007.aspx (webサイト)

(刊B-1)
「白霊茸栽培新技術
New Technique for growing Plieurotus nebrodensis
doi: 10.3969/j.issn.1003-8310.2002.02.007
・・・
作者: 張紅偉
作者単位: 新疆哈密地区天山菌業研究所,新疆,哈密,839001」
期 刊: 中国食用菌 PKU
Journal: EDIBLE FUNGI OF CHINA
年,巻(期): 2002,21(2)」

2 請求人の主張について
なお,エリンギと,本願出願時である2004年9月3日時点において学名P. nebrodensisと認識されていたヒラタケ属きのことの交配可能性について,請求人は否定的な見解を示している。上記「第4 3 (4)請求人の主張2 交配試験結果」において,一致点の認定における交配試験結果(刊行物C,甲第3号証)の参酌について検討したので,次に,主に刊行物Cに基づく「P. nebrodensisはエリンギと交配せず,独立した生物学的種であるとする認識が本願出願当時の技術常識であり,技術常識として交配しないとされていたものを交配させる技術を開発した本願発明は,新規性,進歩性を有し,特許されるべきものである。」との,平成25年8月16日付け意見書における請求人の主張についても検討する。
刊行物Cには,以下の事項が記載されている。

(刊C-1)
「相互不和合性の種
図1に示す残りの7種は相互に不和合性であった。P. calyptratus (日本産),P. corticatus (中国産),P. dryinus (ノルウェー産),P. eryngii (中国産), P. nebrodensis (中国産), P. smithii (メキシコ産), and P. ulmarius (日本産)である。したがって,これらの全ての種は独立した相互不稔のグループとして扱われる。
これらの種の中で,P. calyptratusとP. dryinus は独立した相互不稔の種であることがZervakisとBalisにより示されている^(9) 。P. corticatusとP. ulmariusについては交配試験が行われていない。
P. eryngiiとP. nebrodensisの分類学的関係に関しては試験が行われている。前者は日本で広く栽培されているきのこである。後者は中国で近年急速に栽培が開発されたきのこで,P. eryngiiの変異株とされたり,同じく広く栽培されている別のきのこであるPleurotus ferulaeと混同されたりしている。ZervakisとBalisはこれら3種は相互に部分的な交配が可能であると結論付ている^(9)。しかしながら,我々は我々の交配試験において不和合性を示した。これら3分類群の関係については,さらなる研究が必要である。」(166頁右欄20?42行)

(刊C-2)
「交配試験
P.smithiiを除くPleurotusの各種の交配試験は,ある1種の単離された単胞子と,他の種由来の4つの試験株のうちの1つとを一対の組として行われた(Mon-Mon mating test)。試験対象種の一核菌糸はPDA培地上に3?5mm離して接種し,25℃で7?10日間培養された。一対の菌糸コロニー間の接触部分から取られた菌糸体は光学顕微鏡の下で検定され,クランプ結合が観察された場合,交配可能として計上された。」(164左欄7?18行)

摘記(刊C-1)には,刊行物Cの筆者による交配試験(摘示(刊C-2)の方法)においては,P. eryngiiとP. nebrodensisとの交配について,否定的な結果が記載されている。しかしながら,刊行物1において,P. eryngiiとP. nebrodensisは交配していることが示されているし,刊行物1において交配ができているということは,刊行物Cの交配試験条件では交配できなかったことを示しているにすぎない。しかも,「さらなる研究が必要である。」摘示(刊C-1)と述べられてもいるのだから,まだ予備的な研究成果にすぎないものである。したがって,刊行物Cは,阻害要因となることはない。
また,本願出願後である2006年に頒布された刊行物である甲第3号証は,「一般には和合性の生物は同種であり,不和合性の生物はそうではない」ことに基づいて,種の相違を示すために,表1として交配試験の結果が示されている。特に,「P. eryngii var. nebrodensis(表1のグループ3)とP. nebrodensis(表1のグループ2,4,5)は和合性である」,「P. nebrodensis(ACCC50869表1のグループ2の一つ)は,P. eryngii var. ferulae(ACCC50656表1のグループ1)及び P. eryngii(ACCC50894表1のグループ6) と不和合性である」と記載されている。
さらに,平成22年7月26日提出の手続補足書,及び平成22年12月22日提出の手続補足書で参考文献2として出願人により提示された刊行物である「MYCOSCIENCE, 2008, 49(1), p.75-87」(以下,「刊行物D」という。)には,学名「Pleurotus nebrodensis」や「Pleurotus eryngii Var nerbrodensis」と認識されていた中国の食用菌が,学名「P. nebrodensis」ではなく,「P. eryngii var. tuoliensi C. J. Mou」とすべきである旨が記載されている。
しかしながら,「第4 3 (3) エ 小括」で記載したとおり,「白霊たけ」の学名,及び学名P. nebrodensisと認識されていたヒラタケ属のきのこは年代とともに変遷しており,甲第3号証,及び刊行物Dはいずれも出願時に公知であったものではないから,本願発明の進歩性を判断する上での阻害要因としては参酌できない。
仮に,上記出願後の刊行物も含め参酌したとしても,刊行物C,及び甲第3号証の交配試験結果から理解される事項は,刊行物C,及び甲第3号証の交配試験条件では交配できなかったことを示しているにすぎないか,あるいは,上記「第4 3 (4)請求人の主張2 交配試験結果」で検討したとおり,刊行物C,及び甲第3号証において学名P. nebrodensisと認識されていたヒラタケ属のきのこは,P. eryngiiと交配できる本願発明の白霊たけや,刊行物1に記載されたP. nebrodensis とは異なるものであったか,のいずれかである。
したがって,上記「P. nebrodensisはエリンギと交配せず,独立した生物学的種であるとする認識が本願出願当時の技術常識であった」とする請求人の主張は採用することができず,交配に関する否定的な見解の存在が,刊行物1発明における,学名P. nebrodensisと認識されていたヒラタケ属きのことして,公知の「白霊たけ」を採用することの阻害要因となるとはいえない。
そして,時代の変遷とともにそれぞれの交配可能性や遺伝情報から学名が訂正されてきたことからも分かるように,複数のヒラタケ属きのこが学名P. nebrodensis として認識されていた可能性があり,そのうちには同じヒラタケ属きのこであるエリンギと交配するもの(刊行物1)と,何らかの理由により交配しないもの(刊行物C)があったと考えられる。しかしながら,刊行物1発明のPleurotus nebrodensisのように,エリンギと交配するものがあることが知られていた以上,本願発明は,学名P. nebrodensis として認識されていたうちの一種「白霊たけ」も,エリンギと交配可能であることを確認したものに過ぎず,本願発明が「交配しないとされていたものを交配させる技術を開発した」ものであるとの主張も採用できない。

3 効果について
本願明細書の段落【0023】に「この発明によれば,我が国で食用菌として高い評価を受けているエリンギと,白霊たけまたは阿魏側耳とを交配することにより,食味と品質に優れ,収量が多く,栽培が容易で,傘の形態,肉質,栽培期間,汚染耐性等の特性が改善された新品種きのことその交配株を得ることができる。」と記載され,段落【0066】?【0069】に,新品種A(エリンギの一核菌糸と白霊たけの一核菌糸との交配株から栽培した新品種きのこ)の,栽培特性,形態的特長,菌学的性状といった特性が示されている。
しかしながら,上記特性は,いずれもエリンギと白霊たけの両親株の特性から大きな相違は見られず(明細書段落【0070】),刊行物1記載の事項,及び本願出願前から周知の技術的事項から予測されるところを超えて優れているものとはいえない。
仮に,新品種Aの特性を優れた効果であるとしても,それは,エリンギである上海1号と白霊たけである天山2号との交配株の中の特定の一個体の効果であって,エリンギ,及び白霊たけの菌株を特定していない本願発明において必ず奏される効果であるとはいえない。また,両親が同じであっても兄と弟が全く同じ特性を示すことがないように,上海1号と天山2号を交配した場合でも,様々な特性のものが生まれる。したがって,新品種Aの効果は特定の交配株の効果であって,本願発明のすべての交配株が刊行物1記載の事項,及び本願出願前から周知の技術的事項から予測されるところを超えて優れているともいえない。

第6 むすび
以上のとおり,本願発明は特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから,その余の請求項に係る発明について検討するまでもなく,本件出願は,拒絶をすべきものである。
 
審理終結日 2013-10-29 
結審通知日 2013-11-05 
審決日 2013-11-20 
出願番号 特願2004-256499(P2004-256499)
審決分類 P 1 8・ 121- WZ (A01H)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 幸田 俊希  
特許庁審判長 郡山 順
特許庁審判官 田村 明照
安藤 倫世
発明の名称 新品種きのこ及びその交配株の作製方法並びに新品種きのことその交配株  
代理人 涌井 謙一  
代理人 鈴木 正次  
代理人 鈴木 一永  
代理人 山本 典弘  

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