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審決分類 審判 査定不服 1項3号刊行物記載 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) A01N
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) A01N
審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) A01N
管理番号 1283563
審判番号 不服2012-2522  
総通号数 171 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2014-03-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2012-02-08 
確定日 2014-01-06 
事件の表示 特願2005- 1278「防汚剤組成物、その被膜、およびその被膜で被覆された漁網」拒絶査定不服審判事件〔平成18年 7月20日出願公開、特開2006-188453〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯
本願は、平成17年1月6日の出願であって、
平成22年12月7日付けの拒絶理由通知に対して、平成23年2月10日付けで意見書の提出とともに手続補正がなされ、
平成23年10月31日付けの拒絶査定に対して、平成24年2月8日付けで審判請求がなされるとともに手続補正がなされ、
平成24年11月20日付けの審尋に対して、平成25年1月28日付けで回答書の提出がなされ、
平成25年5月13日付けの審判合議体による拒絶理由通知(以下、「先の拒絶理由通知書」という。)に対して、平成25年7月12日付けで期間延長請求書の提出がなされた上で、平成25年8月13日付けで意見書の提出とともに手続補正(以下、「第3回目の手続補正」という。)がなされたものである。

2.本願発明
本願請求項1?11に係る発明は、第3回目の手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1?11に記載された事項により特定されるとおりのものであり、本願請求項1に記載された発明(以下、「本1発明」という。)は、次のとおりのものである。
「(A)脂肪族または脂環族の(メタ)アクリル酸エステルから選ばれる少なくとも1種の(メタ)アクリル酸単量体の誘導体のみを(共)重合してなり、下記要件(4)?(6)を充足する低分子量重合体と、
(B)防汚剤と、
(C)40℃における動粘度(JIS K 6726に適合したオストワルド粘度計にて測定。)が5?400C・S・tの低分子ポリブテンとを、含有する防汚剤組成物であり、
低分子量重合体(A)を、防汚剤組成物100重量部に対して10?60重量部含み、
防汚剤(B)を、低分子量重合体(A)100重量部に対して2?500重量部含み、
防汚剤(B)が、ビスジメチルジチオカルバモイルジンクエチレンビスジチオカーバメート、亜酸化銅、チオシアン酸銅、銅ガラス、金属銅粉、n-C_(8)H_(17)-S-S-CH_(2)Cl(クロロメチル-n-オクチルジスルフィッド)、テトラエチルチウラムジスルフィッド、銅ピリチオン、ジンクピリチオン、4,5-ジクロロ-2-n-オクチル-4-イソチアゾリン-3-オン、トリフェニル(オクタデシルアミン)ボロン、トリフェニル[3-(2-エチルヘキシルオキシ)プロピルアミン]ボロン、ジフェニルメチルイソプロピルアミンボロン、2,3-ジクロロ-N-(2’,6’-ジエチルフェニル)マレイミド、2,3-ジクロロ-N-(2’-エチル-6’-メチルフェニル)マレイミドからなる群から選ばれた少なくとも1種の防汚剤である
ことを特徴とする防汚剤組成物;
(4)ポリスチレンを標準とした高速液体クロマトグラフィーによる分子量測定において、数平均分子量Mnが1,000?5,000、
(5)ポリスチレンを標準とした高速液体クロマトグラフィーによる分子量測定において、重量平均分子量Mwが2,000?12,000、
(6)粘度計(E型粘度計、トキメック社製「VISCONIC EMD」)にて測定した、キシレンの50%溶液の粘度が25℃において30?100mPa・S。」

3.拒絶理由の概要
先の拒絶理由通知書に示した拒絶の理由は、
理由1として『この出願の請求項1?14に係る発明は、その出願前日本国内又は外国において頒布された下記の刊行物1?9に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない。』という理由と、
理由2として『この出願の請求項1?14に係る発明は、その出願前日本国内又は外国において頒布された下記の刊行物1?12に記載された発明に基づいて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。』という理由と、
理由3として『この出願は、特許請求の範囲の記載が下記の点で不備のため、特許法第36条第6項第1号の規定に適合するものではなく、特許法第36条第6項に規定する要件を満たしていない。』という理由を含むものである。

4.新規性及び進歩性について
(1)引用刊行物及びその記載事項
ア.刊行物3:特開2001-348532号公報
先の拒絶理由通知書で引用した上記刊行物3には、次の記載がある。
摘記3a:段落0011?0012
「本発明の防汚塗料組成物は、トリフェニルボラン-有機アミン錯体(a)、及び、テトラアルキルチウラムジサルファイド(b)を含有するものである。本発明において、上記有機アミンは、炭素数6?18のアミンに限定される。…上記炭素数6?18のアルキルアミンとしては、例えば、オクチルアミン、カプリルアミン、ラウリルアミン、ミリスチルアミン、ステアリルアミン等を挙げることができる。」

摘記3b:段落0029
「本発明の防汚塗料組成物に用いられるビヒクルとしては、合成樹脂及び/又は天然樹脂が用いられる。…長期防汚性の観点から、アクリル樹脂が好ましい。」

摘記3c:段落0041、0047?0048及び0052
「製造例1 樹脂溶液Aの調製
攪拌機、還流冷却管、滴下ロートを備えた4つ口フラスコに酢酸ブチル400gを仕込み、110℃に保った。この溶液に、メタクリル酸メチル380g、メタクリル酸n-ブチル125g、アクリル酸n-ブチル185g、アクリル酸エチル90g、及び、アゾビスイソブチロニトリル15gの混合溶液を4時間にわたって滴下し、30分間保温した。その後t-ブチルパーオキシ2-エチルヘキサノエート3g、キシレン50gの混合液を1時間にわたり滴下し、その後3時間保温し、樹脂固形分濃度を50重量%に調整した樹脂溶液Aを得た。…
実施例1?19、及び、比較例1?5
製造例1?6で得られた、樹脂溶液及びトリフェニルボラン-アミン錯体を用い、表1に示した配合になるように、塗料を調製した。なお、表1中、数値は、重量部で示した。表1中、ノクセラーTETはテトラエチルチウラムジスルフィド(大内新興化学工業社製)、ノクセラーTBTはテトラブチルチウラムジスルフィド(大内新興化学工業社製)、PA-01はポリエーテル変成シリコーンオイル(東レ・ダウコーニング・シリコーン社製)、KF-96-100はポリジメチルシロキサン(信越化学工業社製)、ワセリンは白色ワセリン(和光純薬工業社製)、ポリブテンはポリブテンLV-50(日本石油化学社製)、ポリスルフィドはTNPS(日本チオケミカル社製)である。…
【表1】 … 実施例6 …
ラウリルアミン-トリフェニルボラン錯体 … 4 …
ノクセラーTET … 4 …
PA-01 … 2 …
ポリブテン … 1 …
樹脂溶液A … 40 …
キシレン … 49 …
本発明の防汚塗料は、上述のとおりであるので、塗装作業性に優れており、塗膜が形成された後、海水中等に浸漬されると、優れた防汚効果を示し、更に、この防汚効果が長期間にわたり持続する。」

イ.刊行物5:特開2000-302614号公報
先の拒絶理由通知書で引用した上記刊行物5には、次の記載がある。
摘記5a:段落0064?0068及び0075
「以下に、実施例1、2によって本発明の漁網防汚剤をさらに具体的に説明する。これらの実施例において部はすべて重量部である。…
実施例1
トリフェニルボラン(オクタデシルアミン)ボロン(以下、化合物Aともいう。)を5重量部、2-第3級ブチルアミノ-4-シクロプロピルアミノ-6-メチルチオ-1,3,5-トリアジン(化合物B)を5重量部、ポリブテンLV-50(日本油脂株式会社製)を5重量部、黄色ワセリンを5重量部、アクリル系樹脂LR-155(三菱レイヨン株式会社製、50%キシレン溶液)を20重量部、キシレンを60重量部を混合して漁網防汚剤を調製した。…実施例1と同様の調製方法に従い表1に示す組成に従って配合成分を混合して本発明による実施例2、比較例1?6ならびに対照例1の漁網防汚剤を調製した。…
表1 … 配合成分名 … 実施例2 …
樹脂 アクリル樹脂LR-155 … 20 …
添加剤 ポリブテンLV-50 … 5 …
黄色ワセリン … 5 …
防汚性有効成分 化合物A … 5 …
化合物C … 5 …
有機溶媒 キシレン … 60 …
表1に記載した化合物Aはトリフェニル(オクタデシルアミン)ボロンを、化合物Bは2-第3級ブチルアミノ-4-シクロプロピルアミノ-6-メチルチオ-1,3,5-トリアジンを、化合物Cは4,5-ジクロロ-2-n-オクチル-イソチアゾリン-3-オンを示す。…
本発明の漁網防汚剤は、水棲生物のフジツボ、ホヤ、セルプラ、ムラサキガイ、カラスガイ、フサコケムシ、アオノリ、アオサなどの付着を長期間に亘って防止できて優れた水中防汚効果を発揮できる。」

ウ.刊行物8:特開平9-176577号公報
先の拒絶理由通知書で引用した上記刊行物8には、次の記載がある。
摘記8a:段落0026
「本発明に係る水中防汚剤組成物中に、…アクリル樹脂…などを、本発明の目的を損なわない範囲で配合することができる。これらの樹脂は、水中防汚剤組成物の塗膜に強度を与えるとともに防汚剤の溶出を抑制する効果がある。したがって、これらの樹脂は、水中防汚剤組成物の塗膜に長期に亘って防汚性を発揮させる場合などに有効である。」

摘記8b:段落0027?0030
「本発明に係る水中防汚剤組成物中に、液状ないし固形の撥水性を有するポリオレフィン類、パラフィン類およびロジンから選ばれる少なくとも1種の成分を、本発明の目的を損なわない範囲で配合することができる。…ポリブテンは…LV-25、LV-50、LV-100等の商品名で市販されている。…パラフィン類は…流動パラフィン…などが挙げられる。…上記のようなポリオレフィン類、パラフィン類およびロジンの少なくとも1種の成分を、本発明に係る水中防汚剤組成物中に配合すると、オキシアルキレン基含有鎖状オルガノポリシロキサン(A)と亜酸化銅(B)とのみからなる水中防汚剤組成物が発揮する優れた防汚性能を維持しつつ、水中防汚剤組成物のコストダウンを図ることができる。」

摘記8c:段落0039?0040、0043及び0046
「実施例1?3および比較例1?4で船底用防汚塗料として用いた防汚剤組成物は第1表に示す通りである。…
第1表 実施例1?3で用いた防汚剤組成物 …
配合成分 K-1 K-2 K-3 …
亜酸化銅 50 50 50 …
シリコーン KF6016 6 6 6 …
ベントナイト 1 1 1 …
アクリル樹脂(50%キシレン) 20 12 20 …
酸化亜鉛 5 5 5 …
流動パラフィン(試薬) - - 4 …
中共ロジン - 5 - …
キシレン 18 21 14 …
合 計〔重量部〕 100 100 100 …
(註)シリコーン KF6016(商品名):ポリエーテルシリコーンオイル、HLB=4.5[信越化学工業(株)製]…
アクリル樹脂:メチルメタクリレート・イソブチルメタクリレート・ブチルアクリレート共重合体、Tg=10℃…
【実施例1?3および比較例1?4】上記第1表に示した防汚剤組成物を100×300mmの試験板に塗布乾燥後、その試験片を広島湾の海中に1年間浸漬し海中生物の付着状態を調査した。その結果を第3表に示す。…
第3表から理解されるように、本発明の水中防汚剤組成物は、従来の船底用防汚塗料網に比べ、塗膜の消耗が少なく、非常に優れた防汚性を示した。」

エ.刊行物1:特開2002-80777号公報
先の拒絶理由通知書で引用した上記刊行物1には、次の記載がある。
摘記1a:段落0032?0033及び0076
「本発明で用いられる(メタ)アクリレート樹脂の平均分子量は、特に限定されるものではないが、ゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)で測定した重量平均分子量(Mw)が3,000?200,000であることが好ましく、さらに5,000?100,000であることが好ましく、また、数平均分子量(Mn)は、600?40,000であることが好ましく、さらに1,000?20,000であることが好ましい。…また、本発明で用いられる(メタ)アクリレート樹脂の相対粘度は、100?10,000cps、好ましくは200?5,000cpsであることが望ましい。分子量などが上記範囲にあると、ロジンとの相溶性が増し、基材に対する付着性が向上する傾向にある。…表1から理解されるように、一塩基酸又はその金属塩を含む本発明の防汚塗料組成物は、従来の防汚塗料に比べ、防汚塗料の基材に対する付着性が顕著に増加しており、また、長期にわたり優れた防汚性を示した。」

オ.刊行物10:特開2001-106962号公報
先の拒絶理由通知書で引用した上記刊行物10には、次の記載がある。
摘記10a:段落0040?0041
「また、この共重合体のGPC測定による重量平均分子量(Mw)は、2000以上で20万以下、好ましくは3000?10万であることが望ましく、またこの共重合体の分子量分布(Mw/Mn)は、通常1.0?10.0、好ましくは1.5?6.0、特に好ましくは2.0?5.0であることが望ましく、…また50%溶液での粘度(25℃)は30?30000cps、好ましくは50?20000cpsであることが望ましい。…この共重合体の重量平均分子量などが上記の範囲にあると、塗膜の長期防汚性、皮膜形成性、皮膜の耐衝撃性、皮膜の耐クラック性および防汚塗料組成物の貯蔵安定性が優れるようになる。」

カ.刊行物12:特開2002-206069号公報
先の拒絶理由通知書で引用した上記刊行物12には、次の記載がある。
摘記12a:段落0087
「通常のシリルエステル共重合体に比較し低分子量であり、その溶液は低粘度であるという特徴を有する。従って本発明の(ポリ)オキシアルキレンブロックシリルエステル共重合体を用いた防汚塗料組成物は溶媒の使用量を極力低減することが可能でかつ塗装時の作業性が良好であるという優れた特性を有する。」

摘記12b:段落0148、0161及び0168
「得られた共重合体(BP-1)溶液の加熱残分(105℃の熱風乾燥機中3時間乾燥後の加熱残分)は50.5重量%であり、25℃における粘度は72cpsであり、GPCにより測定した数平均分子量(Mn)は2748であり、重量平均分子量(Mw)は5603であった。…12ヶ月間高汚損環境条件での試験を行い防汚性の評価を行った。…(評価基準)5:塗膜の表面に付着物を認めない。…実施例21…共重合体溶液(A)…BP-1…評価結果…防汚性…5」

キ.参考例A:特開平10-183014号公報
本願出願日前の技術水準を示す上記参考例Aには、次の記載がある。
摘記A1:段落0022
「CP505 日本油脂社製アクリル/スチレン共重合樹脂(Tg120℃、MW=8,000)…
LR-155 三菱レーヨン製アクリル樹脂(Tg-20℃、MW=7,000)」

摘記A2:段落0013
「分子量が高い場合には、塗料としての粘度が高くなってしまい、塗工が困難である。」

ク.参考例B:特開2004-181669号公報
本願出願日前の技術水準を示す上記参考例Bには、次の記載がある。
摘記B1:段落0024
「ポリブテンよりなる…LV-25(40℃動粘度52.5cSt)、LV-50(40℃動粘度110cSt)」

ケ.参考例C:特開平9-48946号公報(原査定の引用文献1)
本願出願日前の技術水準を示す上記参考例Cには、次の記載がある。
摘記C1:段落0034及び0036?0037
「このような共重合体中にカルボン酸残基が存在していると、得られる防汚塗料組成物の貯蔵安定性を著しく低下されるため、該共重合体中には、カルボン酸残基が存在しないことが望ましい。…また、この共重合体のGPC測定による数平均分子量(Mn)は、1000?50000、…重量平均分子量(Mw)は、通常1000?150000(15万)、…この共重合体の例えば50%キシレン溶液における粘度(25℃、CPS)は、通常30?1000、…であることが望ましい。…この共重合体の数平均分子量が上記範囲(1000?50000)内にあると、長期間の塗膜防汚性能、形成された塗膜の耐ダメージ性(耐衝撃性)および得られる塗料組成物の貯蔵安定性と塗膜の耐クラック性に優れるようになる。」

摘記C2:段落0042及び0052
「本発明の防汚塗料組成物においては、上記防汚剤と上記被膜形成性共重合体とに加えて、この被膜形成性共重合体と相溶可能な上記(メタ)アクリル酸エステル系重合体が配合されているため、耐クラック性に優れた塗膜が得られ、塗膜の海水消耗速度と防汚性能の持続性を好適な範囲に調整することができ、また既存の防汚塗膜の上に本発明の防汚塗料組成物を上塗りする場合には得られる塗膜の接着性を一層改善する効果を発揮することができるという利点がある。…なお、このような(メタ)アクリル酸エステル系重合体中には、前記被膜形成性共重合体の場合と同様、カルボン酸残基が存在していると、得られる防汚塗料組成物の貯蔵安定性を著しく低下させるため、該(メタ)アクリル酸エステル系重合体中には、カルボン酸残基が存在しないことが望ましく、ポリマーの酸価(AV値)は通常15以下、さらに好ましくは10以下、特に好ましくは5以下となるように、カルボン酸残基を有しないモノマーを用いることが好ましい。」

摘記C3:段落0091
「BL-5 メタクリル酸メチル(MMA)=100(ホモポリマー)」

(2)刊行物3を主引用例とした場合の検討
ア.刊行物3に記載された発明
摘記3cの『実施例6』についての記載からみて、刊行物3には、
『メタクリル酸メチル、メタクリル酸n-ブチル、アクリル酸n-ブチル、及びアクリル酸エチルを共重合してなる樹脂固形分濃度50重量%の樹脂溶液A40重量部、トリフェニルボラン-有機アミン錯体(ラウリルアミン-トリフェニルボラン錯体)4重量部、テトラエチルチウラムジスルフィド(ノクセラーTET)4重量部、ポリエーテル変成シリコーンオイル(PA-01)2重量部、ポリブテン(LV-50)1重量部、並びにキシレン49重量部を配合してなる防汚効果が長期間にわたり持続する防汚塗料組成物。』についての発明(以下、「刊3発明」という。)が記載されている。

イ.対比
本1発明と刊3発明とを対比する。
刊3発明の「防汚効果が長期間にわたり持続する防汚塗料組成物」は、本1発明の「防汚剤組成物」に相当する。
刊3発明の「メタクリル酸メチル、メタクリル酸n-ブチル、アクリル酸n-ブチル、及びアクリル酸エチルを共重合してなる樹脂固形分濃度50重量%の樹脂溶液A40重量部」の「樹脂」は、(メタ)アクリル酸単量体の誘導体として『脂肪族の(メタ)アクリル酸エステル』のみを共重合してなる重合体に該当するとともに、その配合量は組成物100重量部に対して固形分量で20重量部と換算される。
刊3発明の「トリフェニルボラン-有機アミン錯体(ラウリルアミン-トリフェニルボラン錯体)」は、摘記3aの「トリフェニルボラン-有機アミン錯体(a)…上記有機アミンは、炭素数6?18のアミンに限定される。」との記載における「炭素数6?18のアミン」として炭素数12のアルキルアミン(ドデシルアミン)を配位した錯体であって、本願明細書の段落0041の「トリフェニルボロン・アミン錯体…具体的には、…ドデシルアミン」との記載における防汚剤と合致するとともに、本1発明の「トリフェニル(オクタデシルアミン)ボロン」と『トリフェニル(アルキルアミン)ボロン』という点で共通する防汚剤である。
刊3発明の「テトラエチルチウラムジスルフィド(ノクセラーTET)」は、本1発明の「テトラエチルチウラムジスルフィッド」に合致する防汚剤である。
刊3発明の2種類の防汚剤を合計した配合量(4+4=8重量部)は共重合体(樹脂の固形分量=20重量部)100重量部に対して40重量部と換算される。
刊3発明の「ポリブテン(LV-50)」は、摘記B1の「ポリブテン…LV-50(40℃動粘度110cSt)」との記載を参酌するに、本1発明の『(C)40℃における動粘度(JIS K 6726に適合したオストワルド粘度計にて測定。)が110C・S・tの低分子ポリブテン』に相当する。
してみると、本1発明と刊3発明は『(A)脂肪族または脂環族の(メタ)アクリル酸エステルから選ばれる少なくとも1種の(メタ)アクリル酸単量体の誘導体のみを(共)重合してなる重合体と、(B)防汚剤と、(C)40℃における動粘度(JIS K 6726に適合したオストワルド粘度計にて測定。)が5?400C・S・tの低分子ポリブテンとを、含有する防汚剤組成物であり、重合体(A)を、防汚剤組成物100重量部に対して20重量部含み、防汚剤(B)を、重合体(A)100重量部に対して40重量部含み、防汚剤(B)が、テトラエチルチウラムジスルフィッド、トリフェニルボロン・アミン錯体からなる群から選ばれた少なくとも1種の防汚剤である防汚剤組成物。』に関するものである点において一致し、
(α)重合体(A)が、本1発明においては『要件(4)?(6)を充足する』というものであるのに対し、刊3発明においては当該『要件(4)?(6)を充足する』というものとして特定されていない点、及び
(β)防汚剤としての「トリフェニルボロン・アミン錯体」の種類が、本1発明においては「トリフェニル(オクタデシルアミン)ボロン」であるのに対して、刊3発明においては『トリフェニル(ラウリルアミン)ボロン』である点、
の2つの点において一応相違する。

ウ.新規性についての判断
上記(α)及び(β)の相違点について検討する。
上記(α)の相違点について、摘記3bの「長期防汚性の観点から、アクリル樹脂が好ましい。」との記載にあるように、刊3発明は「長期防汚性」に優れた「アクリル樹脂」として「メタクリル酸メチル、メタクリル酸n-ブチル、アクリル酸n-ブチル、及びアクリル酸エチル」を「アゾビスイソブチルニトリル」を用いて「110℃」の温度で共重合させたものを採用して、防汚効果が長期間にわたり持続するという効果を得ているものである。
本願明細書の段落0032の「上記(4)?(6)等を満たすような低分子量重合体(A)を得るには、(共)重合体製造時にラジカル開始剤{例:2,2’-アゾビス(2-メチルブチロニトリル)}、の使用量をより多くくするか、反応温度をより高く設定する」との記載、同段落0085?0088の合成例1?2のA1ワニス及びA2ワニスが「2,2’-アゾビス(2-メチルブチロニトリル)」を用いて100℃の高温で反応をさせているのに対して、比較合成例1?2のB1ワニス及びB2ワニスが「t-ブチルパーオキシ-2-エチルヘキサノエート」を用いて90℃又は85℃の低温で反応をさせている点、並びに刊3発明が「防汚効果が長期間にわたり持続する」という効果を奏する点からみて、刊3発明の(メタ)アクリル酸エステルのみを共重合してなる「樹脂」の物性値(数平均分子量Mn、重量平均分子量Mw、及び25℃におけるキシレンの50%溶液の粘度)は、本願請求項1に記載された「要件(4)?(6)」を充足するものと解するのが妥当である。してみると、上記(α)の相違点について実質的な差異は認められない。
上記(β)の相違点について、摘記3aの「トリフェニルボラン-有機アミン錯体(a)…上記有機アミンは、炭素数6?18のアミンに限定される。」との記載にあるように、刊行物3に記載された発明は「トリフェニルボラン-有機アミン錯体」の「有機アミン」が炭素数18のアルキルアミン(オクタデシルアミン)である場合のもの、即ちトリフェニルボラン-有機アミン錯体が『トリフェニル(オクタデシルアミン)ボロン』である場合のものを包含する。してみると、上記(β)の相違点について実質的な差異は認められない。
したがって、本1発明は、刊行物3に実質的に記載された発明である。

エ.進歩性についての判断
上記(α)の相違点について、仮に(4)数平均分子量Mn、(5)重量平均分子量Mw、及び/又は(6)25℃におけるキシレンの50%溶液の粘度の数値範囲を具体的に特定していない点において一応の微差があるとして、さらに検討する。
摘記1aの「(メタ)アクリレート樹脂の平均分子量は…重量平均分子量(Mw)が…さらに5,000?100,000であることが好ましく、また、数平均分子量(Mn)は…さらに1,000?20,000であることが好ましい。…また、本発明で用いられる(メタ)アクリレート樹脂の相対粘度は…好ましくは200?5,000cpsであることが望ましい。分子量などが上記範囲にあると…基材に対する付着性が向上する傾向にある。…防汚塗料の基材に対する付着性が顕著に増加しており、また、長期にわたり優れた防汚性を示した。」との記載、
摘記10aの「共重合体のGPC測定による重量平均分子量(Mw)は…好ましくは3000?10万で…分子量分布(Mw/Mn)は…特に好ましくは2.0?5.0で…50%溶液での粘度(25℃)は…好ましくは50?20000cpsであることが望ましい。…この共重合体の重量平均分子量などが上記の範囲にあると、塗膜の長期防汚性…が優れるようになる。」との記載、
摘記12bの「得られた共重合体(BP-1)溶液の加熱残分…25℃における粘度は72cpsであり、GPCにより測定した数平均分子量(Mn)は2748であり、重量平均分子量(Mw)は5603であった。…12ヶ月間高汚損環境条件での試験を行い防汚性の評価を行った。…(評価基準)5:塗膜の表面に付着物を認めない。」との記載、及び
摘記C1の「この共重合体のGPC測定による数平均分子量(Mn)は、1000?50000、…重量平均分子量(Mw)は、通常1000?150000(15万)、…この共重合体の例えば50%キシレン溶液における粘度(25℃、CPS)は、通常30?1000、…であることが望ましい。…この共重合体の数平均分子量が上記範囲(1000?50000)内にあると、長期間の塗膜防汚性能…に優れるようになる。」との記載にあるように、
長期にわたる優れた防汚性(塗膜の長期防汚性)を得るために、分子量などの物性値を最適化すること、即ち(4)数平均分子量Mnを1000?2万程度の範囲で、(5)重量平均分子量Mwを3000?10万程度の範囲で、(6)粘度(25℃)を200?5000cps(=20?500mPa・s)程度の範囲で、それぞれ適宜設定して好適化することは、刊行物公知にして、当業者の「通常の知識」の範囲内の技術常識にすぎない。
してみると、刊1発明の「メタクリル酸メチル、メタクリル酸n-ブチル、アクリル酸n-ブチル、及びアクリル酸エチルを共重合してなる樹脂固形分濃度50重量%の樹脂溶液A」について、その分子量などの物性値の数値範囲を、本1発明の「要件(4)?(6)を充足する」ように設定することは、当業者にとって通常の創作能力の発揮の範囲である。

上記(β)の相違点について、実施例レベルにおいて一応の微差があるとして、さらに検討する。
摘記3aの「トリフェニルボラン-有機アミン錯体(a)…上記有機アミンは、炭素数6?18のアミンに限定される。」との記載にあるように、刊行物3に記載された発明は「トリフェニルボラン-有機アミン錯体」の「有機アミン」が炭素数18のアルキルアミン(オクタデシルアミン)である場合のもの、即ちトリフェニルボラン-有機アミン錯体が『トリフェニル(オクタデシルアミン)ボロン』である場合のものを包含するものであり、
摘記5aの「トリフェニル(オクタデシルアミン)ボロン」との記載、並びに、例えば、特開平11-322763号公報(先の拒絶理由通知書で引用した刊行物6)の段落0059の「トリフェニルボラン・オクタデシルアミン」との記載にあるように、防汚剤組成物の技術分野において「トリフェニル(オクタデシルアミン)ボロン」等の防汚剤は周知慣用のものである。
してみると、刊3発明の「トリフェニルボラン-有機アミン錯体(ラウリルアミン-トリフェニルボラン錯体)」という防汚剤の種類を、上記「トリフェニル(オクタデシルアミン)ボロン」等の周知慣用の防汚剤に変更することは、当業者にとって通常の創作能力の発揮の範囲である。

次に、本1発明の効果について検討する。
本願明細書の段落0008には「本発明は、上記のような従来技術上の問題点を解決しようとするものであって、従来の高分子量重合体を含有した防汚剤組成物に代えて、重合体として低分子量の重合体を使用することにより、防汚剤の使用量が低減され、環境汚染が抑制されかつ健康志向・衛生志向性の高い塗膜を形成可能な防汚剤組成物、その被膜、およびその被膜で被覆された漁網を提供することを目的とする。」ことが本願発明の課題として記載されている。
しかしながら、本願明細書の段落0091の「実施例1」のものは、防汚剤の使用量が100重量部換算値で17.6+5.9=23.5重量部であり、対応する「比較例1」のもの(同21.2重量部)と比較して、浸漬6ヶ月で同等(浸漬12ヶ月で「実施例1」が『-:海中生物の付着なし』で「比較例1」が『+:海中生物の付着ややあり』という若干の差)の結果となっており、上記『防汚剤の使用量の低減』や『環境汚染が抑制』されるという効果に格別顕著な点は認められない。
これに対して、刊3発明(刊行物3の「実施例6」の具体例)のもの(同8重量部)は浸漬6ヶ月で『海棲生物の付着面積0%』の結果であり、対応する「比較例5」のもの(同8重量部)が、浸漬1ヶ月で付着面積5%、浸漬6ヶ月で80%の結果となっているところ、浸漬12ヶ月の条件においても本1発明と同等ないしそれ以上の防汚効果が得られることが期待され、また、刊3発明は本1発明よりも少ない3分の1程度の防汚剤の使用量で浸漬6ヶ月の時点で優れた効果を示しているということは、上記『防汚剤の使用量の低減』という点において、刊3発明は本1発明よりも優れた効果を示しているといえる。
そして、本1発明の広範な防汚剤(B)の種類及び配合量〔低分子量重合体(A)100重量部に対して2?500重量部〕の全てが、刊3発明に比して格別予想外の効果を奏し得るとも認められない。
よって、本1発明に、格別予想外の顕著な効果があるとは認められない。

したがって、本1発明は、刊行物3に記載された発明(並びに刊行物1、5、10及び12に記載された発明)に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

(3)刊行物5を主引用例とした場合の検討
ア.刊行物5に記載された発明
摘記5aの『実施例2』についての記載からみて、刊行物5には、
『トリフェニルボラン(オクタデシルアミン)ボロンを5重量部、4,5-ジクロロ-2-n-オクチル-イソチアゾリン-3-オンを5重量部、ポリブテンLV-50(日本油脂株式会社製)を5重量部、黄色ワセリンを5重量部、アクリル系樹脂LR-155(三菱レイヨン株式会社製、50%キシレン溶液)を20重量部、キシレンを60重量部を混合して調製した水棲生物の付着を長期間に亘って防止できる漁網防汚剤。』についての発明(以下、「刊5発明」という。)が記載されている。

イ.対比
本1発明と刊5発明とを対比する。
刊5発明の「水棲生物の付着を長期間に亘って防止できる漁網防汚剤」という「防汚剤」は、本1発明の「防汚剤組成物」に相当する。
刊5発明の「アクリル系樹脂LR-155(三菱レイヨン株式会社製、50%キシレン溶液)を20重量部」の「LR-155」という製品名の「アクリル系樹脂」は、摘記A1の「LR-155 三菱レーヨン製アクリル樹脂(Tg-20℃、MW=7,000)」との記載を参酌するに、本1発明の具体例の合成例1のA1ワニス(Mw=9400)よりも低分子量(Mw=7000)であることから「低分子量重合体」に該当するものと認められるとともに、その配合量は組成物100重量部に対して固形分量で10重量部と換算される。
刊5発明の「トリフェニルボラン(オクタデシルアミン)ボロンを5重量部、4,5-ジクロロ-2-n-オクチル-イソチアゾリン-3-オンを5重量部」は、本1発明の『防汚剤(B)が…4,5-ジクロロ-2-n-オクチル-4-イソチアゾリン-3-オン、トリフェニル(オクタデシルアミン)ボロン…からなる群から選ばれた少なくとも1種の防汚剤』に合致するとともに、その配合量は共重合体100重量部に対して100重量部と換算される。
刊5発明の「ポリブテンLV-50」は、摘記B1の「ポリブテン…LV-50(40℃動粘度110cSt)」との記載を参酌するに、本1発明の『40℃における動粘度(JIS K 6726に適合したオストワルド粘度計にて測定。)が110C・S・tの低分子ポリブテン』に相当する。
してみると、本1発明と刊5発明は『(A)低分子量重合体と、(B)防汚剤と、(C)40℃における動粘度(JIS K 6726に適合したオストワルド粘度計にて測定。)が5?400C・S・tの低分子ポリブテンとを、含有する防汚剤組成物であり、低分子量重合体(A)を、防汚剤組成物100重量部に対して10重量部含み、防汚剤(B)を、低分子量重合体(A)100重量部に対して100重量部含み、防汚剤(B)が、4,5-ジクロロ-2-n-オクチル-4-イソチアゾリン-3-オン、トリフェニル(オクタデシルアミン)ボロンからなる群から選ばれた少なくとも1種の防汚剤である防汚剤組成物。』に関するものである点において一致し、
(γ)低分子量重合体(A)が、本1発明においては『脂肪族または脂環族の(メタ)アクリル酸エステルから選ばれる少なくとも1種の(メタ)アクリル酸単量体の誘導体のみを(共)重合してなり、要件(4)?(6)を充足する』というものであるのに対して、刊5発明においては、三菱レイヨン株式会社製の『アクリル系樹脂LR-155』である点においてのみ一応相違する。

ウ.判断
上記(γ)の相違点について検討する。
先ず、刊5発明の「アクリル系樹脂LR-155」は、摘記A1の「三菱レーヨン製アクリル樹脂(Tg-20℃、MW=7,000)」との記載にあるように『重量平均分子量Mwが7,000のアクリル系樹脂』であることが明らかである。そして、分子量測定の方法が本1発明の「ポリスチレンを標準とした高速液体クロマトグラフィーによる分子量測定」という特定の方法に従った場合とそれ以外の場合とで、分子量の測定値が大きく異なるようでは分子量の測定方法として意味が無くなるので、測定方法の違いによって測定値が大きく異なるとは考えられない。そうすると『重量平均分子量Mw』の測定値に実質的な差異が生じるとは認められないので、刊5発明の「アクリル系樹脂LR-155」は、本1発明の「(5)ポリスチレンを標準とした高速液体クロマトグラフィーによる分子量測定において、重量平均分子量Mwが2,000?12,000」という要件を満たすものと認められる。
次に、摘記10aの『共重合体の分子量分布(Mw/Mn)は…特に好ましくは2.0?5.0である』との記載を参酌するに、重量平均分子量Mwが7,000程度の共重合体の数平均分子量Mnは1,400?3,500程度の数値範囲にあると推認できる。
さらに、摘記12aの「共重合体に比較し低分子量であり、その溶液は低粘度である」との記載や、摘記A2の「分子量が高い場合には、塗料としての粘度が高く」との記載にあるように、樹脂の分子量が低ければ樹脂溶液の粘度も相対的に低くなるという関係が一般に成り立つといえるから、
重量平均分子量Mwが7,000である刊5発明の「アクリル系樹脂LR-155」の「数平均分子量Mn」及び『25℃におけるキシレンの50%溶液の粘度』の物性値は、本1発明の「(4)ポリスチレンを標準とした高速液体クロマトグラフィーによる分子量測定において、数平均分子量Mnが1,000?5,000」及び「(6)粘度計(E型粘度計、トキメック社製「VISCONIC EMD」)にて測定した、キシレンの50%溶液の粘度が25℃において30?100mPa・S」という要件を満たす範囲にあると推認される。
また、刊5発明の「アクリル系樹脂LR-155」は、例えば「アクリル/スチレン共重合樹脂」のように表記されていないので、本願明細書の段落0029の「不飽和ビニル単量体との共重合体(二)」のようにアクリル系以外の単量体との共重合体であると解することはできない。
したがって、本1発明と刊5発明とに実質的に相違する点は認められないので、本1発明は、刊行物5に記載された発明である。

なお、仮に、当該「LR-155」という市販品が、例えば、本願明細書の段落0030に列挙される「脂肪族または脂環族の(メタ)アクリル酸エステル」以外のアクリル系単量体を共重合させていたとしても、補正後の請求項1の記載に導入された『誘導体のみ』という特定事項によって防汚性の性能などに著しい相違が生じるとは認められないので、このような微差については『均等物の置換』にすぎない。
そして、例えば、摘記8cの「アクリル樹脂:メチルメタクリレート・イソブチルメタクリレート・ブチルアクリレート共重合体」との記載、及び摘記C3の「メタクリル酸メチル(MMA)=100(ホモポリマー)」との記載にあるように、アクリル樹脂として「脂肪族(メタ)アクリル酸エステル」のみを重合したものを水中防汚剤組成物に用いることも普通に知られているから、上記『均等物の置換』については、当業者にとって適宜設計変更可能なことでしかない。
したがって、本1発明は、刊行物5に記載された発明(及び刊行物8に記載された発明)に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

(4)刊行物8を主引用例とした場合の検討
ア.刊行物8に記載された発明
摘記8cの「K-3」の「防汚剤組成物」についての記載からみて、刊行物8には、
『メチルメタクリレート・イソブチルメタクリレート・ブチルアクリレート共重合体(50%キシレン)20重量部、亜酸化銅50重量部、HLB=4.5のポリエーテルシリコーンオイル(KF6016)6重量部、ベントナイト1重量部、酸化亜鉛5重量部、流動パラフィン4重量部、キシレン14重量部からなる広島湾の海中に1年間浸漬した場合に非常に優れた防汚性を示す防汚剤組成物。』についての発明(以下、「刊8発明」という。)が記載されている。

イ.対比
本願請求項6に係る発明(以下、「本6発明」という。)と刊8発明とを対比する。
刊8発明の「広島湾の海中に1年間浸漬した場合に非常に優れた防汚性を示す防汚剤組成物」は、本6発明の「防汚剤組成物」に相当する。
刊8発明の「メチルメタクリレート・イソブチルメタクリレート・ブチルアクリレート共重合体(50%キシレン)20重量部」の「共重合体」は、(メタ)アクリル酸単量体の誘導体として『脂肪族の(メタ)アクリル酸エステル』のみを共重合してなる重合体に該当するとともに、その配合量は組成物100重量部に対して固形分量で10重量部と換算される。
刊8発明の「亜酸化銅50重量部」は、本6発明の『防汚剤(B)が…亜酸化銅…からなる群から選ばれた少なくとも1種の防汚剤』に合致するとともに、その配合量は共重合体100重量部に対して500重量部と換算される。
刊8発明の「HLB=4.5のポリエーテルシリコーンオイル(KF6016)6重量部」は、本6発明の「(D)親油性親水性バランス(HLB)が1?10であるポリエーテルシリコーン」の含有に相当する。
刊8発明の「流動パラフィン4重量部」は、本6発明の「(E)ポリスルフィッド、ワックス、ワセリン、および流動パラフィンからなる群から選ばれた少なくとも1種の可塑性樹脂」の含有に相当する。
してみると、本6発明と刊8発明は『(A)脂肪族または脂環族の(メタ)アクリル酸エステルから選ばれる少なくとも1種の(メタ)アクリル酸単量体の誘導体のみを(共)重合してなる重合体と、(B)防汚剤と、(D)親油性親水性バランス(HLB)が1?10であるポリエーテルシリコーンと、(E)流動パラフィンからなる群から選ばれた少なくとも1種の可塑性樹脂とを、含有する防汚剤組成物であり、重合体(A)を、防汚剤組成物100重量部に対して10重量部含み、防汚剤(B)を、重合体(A)100重量部に対して500重量部含み、防汚剤(B)が、亜酸化銅からなる群から選ばれた少なくとも1種の防汚剤である防汚剤組成物。』に関するものである点において一致し、
(δ)重合体(A)が、本6発明においては『要件(4)?(6)を充足する』というものであるのに対し、刊8発明においては当該『要件(4)?(6)を充足する』というものとして特定されていない点においてのみ一応相違する。

ウ.判断
上記(δ)の相違点について検討する。
刊行物5に記載された水棲生物の付着を長期間に亘って防止する「漁網防汚剤」の発明においては、塗膜形成性樹脂としてMW=7,000の「アクリル系樹脂LR-155」が採用されており(摘記5a)、
刊行物12に記載された長期防汚性に優れた低溶媒量の「防汚塗料組成物」においては、共重合体としてMW=5603のトリイソプロピルシリルアクリレート40部・メチルメタクリレート55部・メルカプト化合物5部の共重合体が採用されており(摘記12b)、
刊行物1及び10には、本願の『要件(4)?(6)』の数値範囲を包含する範囲で重量平均分子量や数平均分子量や粘度などの物性値を好適化することで、塗膜の長期防汚性が優れるようになることが記載されている(摘記1a及び10a)。
してみると、水棲生物の付着防止のために特定の分子量及び粘度のアクリル樹脂を用いることが当該技術分野において普通に知られていたといえるから、刊8発明の「メチルメタクリレート・イソブチルメタクリレート・ブチルアクリレート共重合体(50%キシレン)」の「共重合体」について、その(4)数平均分子量Mn、(5)重量平均分子量Mw、及び(6)25℃におけるキシレンの50%溶液の粘度という物性値の数値範囲の好適化を行うことは、当業者にとって通常の創作能力の発揮の範囲である。
そして、刊8発明は「広島湾の海中に1年間浸漬」した場合の防汚性が非常に優れたものであるから、本6発明の「高知県宿毛湾で12ヶ月浸漬」した場合の効果が、当業者にとって格別予想外といえるほど顕著なものであるとは認められない。
したがって、本6発明は、刊行物8に記載された発明(並びに刊行物1、5、10及び12に記載された発明)に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

5.サポート要件について
(1)先の拒絶理由通知書においては『(1)本願請求項1、4及び8に記載された「(A)…低分子量重合体」に関して、その(メタ)アクリル酸単量体の「誘導体」の種類や併用される「不飽和ビニル単量体」の種類や配合比、本願明細書の段落0086の「オクチルチオグリコレート」等の他の成分の種類や同請求項1、4及び8に記載された「(B)防汚剤」の種類や配合量によっても、防汚剤組成物の防汚性能は大きく左右されることから、本願請求項1?14に記載された発明の全てが、本願明細書の発明の詳細な説明の記載により当業者が本願所定の課題を解決できると認識できる範囲のものであると認めることはできず、仮に刊行物1?9に記載された上記の各具体例のもののアクリル樹脂が、本願所定の(1)?(6)のパラメータ要件を満たしていないとするならば、本願所定の(1)?(6)のパラメータ要件を満たさずとも、海中生物の付着状況を改善できることになってしまうので、本願請求項1、4及び8若しくは2、5及び9に規定される(1)?(3)若しくは(4)?(6)のパラメータ条件を発明特定事項とする本願請求項1?14に係る発明を技術思想の創作として科学的に一般化できない。また、本願明細書の段落0008においては「防汚剤の使用量が低減され、環境汚染が抑制されかつ健康志向・衛生志向性の高い塗膜を形成可能な防汚剤組成物」の提供が、本願所定の課題とされているところ、本願明細書の段落0091の表1の実験結果においては、実施例3と対応する比較例3の両者では、比較例3がジンクピリチオン3部のみであるのに対して、実施例3は更に10部の他の防汚剤を有しており、実施例4と対応する比較例4の両者では、比較例4が銅ガラス10部と銅ピリチオン5部のみであるのに対して、実施例4では更に3部の他の防汚剤を有しているので、本願明細書の発明の詳細な説明の記載によっては、本願請求項1?14に記載された発明が、当業者が本願所定の解決できると認識できる範囲のものであるとは認められない。したがって、本願請求項1?14の記載は、明細書のサポート要件を満たしていないから、特許法第36条第6項第1号に適合するものではない。』という記載不備についての指摘がなされている。

(2)これに対して、平成25年8月13日付けの意見書において、審判請求人は『(1)前段について…上記補正により、低分子量重合体(A)は、「脂肪族または脂環族の(メタ)アクリル酸エステルから選ばれる少なくとも1種の(メタ)アクリル酸単量体の誘導体のみを(共)重合してなる重合体」に減縮されており、また、防汚剤(B)の種類および配合量も減縮されております。…したがって、本発明は、本願明細書の発明の詳細な説明の記載により当業者が本願所定の課題を解決できると認識できる範囲のものであると思料します。』との主張、及び『(1)後段について…平成25年1月28日付けで提出した審尋回答書に記載しましたように、本願当初明細書において比較例の各成分の配合量に一部誤記がありました。…正しい比較例においては、対応する実施例に対して防汚剤の量は全て同一です。…今回提出する補正書にて上記誤記を補正しました。』との主張をしている。

(3)しかしながら、本願明細書の段落0030の記載、及び補正後の本願請求項9の「脂肪族または脂環族の(メタ)アクリル酸エステルが、アルキル基またはシクロアルキル基に含まれている水素原子の一部が芳香族基またはアルコキシ基で置換されていてもよい、(メタ)アクリル酸C1?30アルキルエステルまたは(メタ)アクリル酸C6?30シクロアルキルエステルである」との記載にあるように、
補正後の本願請求項1、3及び6(補正前の請求項1、4及び8に対応する独立形式で記載された請求項)に記載された「脂肪族または脂環族の(メタ)アクリル酸エステルから選ばれる少なくとも1種の(メタ)アクリル酸単量体の誘導体」という発明特定事項における「誘導体」の範囲には、炭素数が6?30のシクロアルキル基のエステルの場合や、その水素原子の一部が芳香族基やアルコキシ基に置換された場合も含まれている。
そして、本願明細書の発明の詳細な説明には、(メタ)アクリル酸エステルのアルキル基の炭素数が1又は4である場合の具体例が示されているものの、炭素数が6?30のシクロアルキル基のエステルや、水素原子の一部が芳香族基やアルコキシ基に置換された場合のものについては、本願所定の課題を解決できると認識できる程度に具体的な裏付けがなされていない。
このため、本願請求項1、3及び6の「誘導体」の全てが、本願明細書の発明の詳細な説明の記載により当業者が本願所定の課題(低減された防汚剤の使用量で長期の防汚性を達成するという課題)を解決できると認識できる範囲のものであるとは認められず、当業者が出願時の技術常識に照らし本願所定の課題を解決できると認識できる範囲のものであるとも認められない。
してみると、本願請求項1、3及び6の記載は、依然として先の拒絶理由通知書において指摘した『その(メタ)アクリル酸単量体の「誘導体」の種類…の全て』が本願所定の課題を解決できると認識できる範囲のものであると認めることはできないという旨の記載不備を解消しておらず、特許法第36条第6項第1号に適合するものではない。

(4)また、上記刊行物3の「実施例7」と「比較例3」の事例では、防汚剤としてテトラエチルチウラムジスルフィド(ノクセラーTET)を単独使用した場合に海棲生物の付着を有効に防除できないことが示されており、
上記刊行物5の「実施例2」と「比較例1?6」の事例では、防汚剤として4,5-ジクロロ-2-n-オクチル-イソチアゾリン-3-オン(化合物C)等を単独使用した場合に汚損生物の付着を有効に防除できないことが示されているところ、
本願明細書の実施例1?4の具体例は、いずれも複数の防汚剤を併用した場合の事例であって、例えば、防汚剤(B)として「金属銅粉」を単独使用した場合であっても、本願所定の課題を解決できると認識できる程度の具体的な裏付けは、本願明細書の発明の詳細な説明に見当たらない。
このため、補正後の請求項1、3及び6に記載されている「防汚剤(B)が、ビスジメチルジチオカルバモイルジンクエチレンビスジチオカーバメート、亜酸化銅、チオシアン酸銅、銅ガラス、金属銅粉、n-C_(8)H_(17)-S-S-CH_(2)Cl(クロロメチル-n-オクチルジスルフィッド)、テトラエチルチウラムジスルフィッド、銅ピリチオン、ジンクピリチオン、4,5-ジクロロ-2-n-オクチル-4-イソチアゾリン-3-オン、トリフェニル(オクタデシルアミン)ボロン、トリフェニル[3-(2-エチルヘキシルオキシ)プロピルアミン]ボロン、ジフェニルメチルイソプロピルアミンボロン、2,3-ジクロロ-N-(2’,6’-ジエチルフェニル)マレイミド、2,3-ジクロロ-N-(2’-エチル-6’-メチルフェニル)マレイミドからなる群から選ばれた少なくとも1種の防汚剤」という選択肢の全てが、本願明細書の発明の詳細な説明の記載により当業者が本願所定の課題を解決できると認識できる範囲のものであるとは認められず、当業者が出願時の技術常識に照らし本願所定の課題を解決できると認識できる範囲のものであるとも認められない。
してみると、本願請求項1、3及び6の記載は、依然として先の拒絶理由通知書において指摘した『(B)防汚剤…の種類や配合量…の全て』が本願所定の課題を解決できると認識できる範囲のものであると認めることはできないという旨の記載不備を解消しておらず、特許法第36条第6項第1号に適合するものではない。

(5)さらに、本願明細書の段落0008に記載された「防汚剤の使用量が低減され、環境汚染が抑制されかつ健康志向・衛生志向性の高い塗膜を形成可能な防汚剤組成物」の提供という本願所定の課題に関して、
本願明細書の段落0091の「実施例3」と「比較例3」を比較した場合の結果は、防汚剤(B)の合計使用量を「100重量部換算値」で対比した場合に、前者が3.5+11.8=15.8重量%であるのに対して、後者は3.2重量%(補正後においても3.2+10.5=13.5重量%)となっているので、当該「実施例3」のものが『防汚剤の使用量の低減』という本願所定の課題を解決し得ているとは認められない。
また、例えば、上記刊行物3や刊行物5の従来例に比べて、本願請求項1の範囲に含まれる『低分子量重合体(A)を、防汚剤組成物100重量部に対して16重量部含み、防汚剤(B)を、低分子量重合体(A)100重量部に対して500重量部含む』ような事例が、本願所定の課題を解決できると認識できる範囲にないことも明らかである。
してみると、本願請求項1、3及び6の記載は、依然として先の拒絶理由通知書において指摘した『本願明細書の段落0008に記載された「防汚剤の使用量が低減され、環境汚染が抑制されかつ健康志向・衛生志向性の高い塗膜を形成可能な防汚剤組成物」の提供という本願所定の課題を解決できると認識できる範囲のものであるとは認められない』という旨の記載不備を解消しておらず、特許法第36条第6項第1号に適合するものではない。

6.むすび
以上総括するに、本1発明は、刊行物3又は5に記載された発明であるから特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない。
また、本1発明は、刊行物1、3、5、8、10及び12に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
そして、本6発明は、刊行物1、5、8、10及び12に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
さらに、本願請求項1の記載は、先の拒絶理由通知書において指摘した記載不備を解消しておらず、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載した範囲のものであるとはいえないから、特許法第36条第6項第1号に適合するものではなく、本願は、特許法第36条第6項に規定する要件を満たしていない。
したがって、その余の理由及びその余の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2013-10-29 
結審通知日 2013-11-05 
審決日 2013-11-19 
出願番号 特願2005-1278(P2005-1278)
審決分類 P 1 8・ 121- WZ (A01N)
P 1 8・ 113- WZ (A01N)
P 1 8・ 537- WZ (A01N)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 爾見 武志田名部 拓也  
特許庁審判長 門前 浩一
特許庁審判官 木村 敏康
齋藤 恵
発明の名称 防汚剤組成物、その被膜、およびその被膜で被覆された漁網  
代理人 特許業務法人SSINPAT  

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