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審決分類 審判 全部無効 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  A47G
審判 全部無効 産業上利用性  A47G
審判 全部無効 2項進歩性  A47G
管理番号 1283979
審判番号 無効2012-800156  
総通号数 171 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2014-03-28 
種別 無効の審決 
審判請求日 2012-09-20 
確定日 2014-01-07 
事件の表示 上記当事者間の特許第3411951号発明「紙容器」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯等

1 本件特許第3411951号についての特許出願は、平成8年7月31日になされ、平成15年3月20日に請求項1ないし4に係る発明についての特許が設定登録された。

2 これに対し、平成24年3月5日に、山崎 宏より、本件特許第3411951号の請求項1、請求項3及び請求項4に係る発明についての特許を無効とするとの審決を求める無効審判(無効2012-800019号、以下「先の審判」という。)の請求がなされ、平成24年9月18日に請求不成立の審決が確定した。

3 その後、平成24年9月20日に、先の審判と同じ請求人 山崎 宏より、本件特許第3411951号の請求項1ないし4に係る発明についての特許を無効とするとの審決を求める無効審判(以下「本件審判」という。)の請求がなされた。

4 平成24年12月10日に、被請求人 東洋アルミエコープロダクツ株式会社より審判事件答弁書(以下「答弁書」という。)が提出された。

5 平成25年1月15日付けで、当審から審理事項通知がなされた。

6 平成25年2月14日付けで、両当事者から口頭審理陳述要領書が提出された。

7 平成25年2月20日付けで、当審から、さらに審理事項通知(2)がなされた。

8 平成25年2月28日付けで、両当事者から、さらに口頭審理陳述要領書(2)が提出された。

9 そして、平成25年2月28日に口頭審理が行われたものである。

なお、本審決において、記載箇所を行により特定する場合、行数は空行を含まない。また、特許法の条文を指摘する際に「特許法」という表記を省略することがある。

第2 本件発明
本件特許の請求項1ないし請求項4に係る発明(以下「本件発明1」ないし「本件発明4」ということがある。)は、次のとおりである。
「【請求項1】一枚の板紙原紙からプレス成形のみによって形成された、外縁が直線部と曲線部とが相互に連続した形状の多角型の紙容器であって、
底部と、
前記底部に接続する側壁部と、
前記側壁部に接続しかつ水平方向に延びるフランジ部と、
前記フランジ部の外周縁に形成された縁巻部とを備え、
前記フランジ部の内、前記曲線部に対応し、折りシワが生じる曲線対応部分の幅は、前記直線部に対応する直線対応部分の幅より大きい、紙容器。
【請求項2】前記曲線対応部分に凹み部が形成された、請求項1記載の紙容器。
【請求項3】前記曲線部に対応した、前記側壁部、前記フランジ部及び前記縁巻部の一部には、前記外縁に向かって放射状に延びる複数のシワが形成される、請求項1又は請求項2記載の紙容器。
【請求項4】前記シワは、前記板紙原紙に予め形成された放射状の複数の線条に基づいて形成される、請求項3記載の紙容器。」

第3 請求人の主張
1 要点
請求人は、本件特許の請求項1ないし請求項4に記載された発明についての特許を無効とするとの審決を求めている。
その理由の要点は以下のとおりである(審判請求書第5ページ第8行?下から2行)。

(1)本件の請求項1、3及び4に係る発明は、甲第1号証に開示された発明等に基づいて、出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、その特許は同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきである。(以下「理由A」という。)

(2)本件特許に係る出願は、特許請求の範囲の記載が、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たさないものである。このため、本件特許は同法第123条第1項第4号の規定に該当し、無効とすべきである。(以下「理由B」という。)

(3) 請求項1ないし請求項4に係る発明は、未完成であり、特許法第29条第1項柱書きに該当し特許を受けることができないものであり、その特許は同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきである。(以下「理由C」という。)

2 証拠方法等
請求人が提出した証拠方法は、以下のとおりである。
甲第1号証:特開平7-256798号公報
評価書1 :平成24年9月20日請求人代理人野崎俊剛作成

以上の証拠方法の甲第1号証及び評価書1は審判請求書(以下単に「請求書」ということがある。)に添付されたものである。また、これらの証拠方法について、当事者間に成立の争いはない(口頭審理調書の「被請求人」欄2)。

さらに、請求書または請求人口頭審理陳述要領書添付にて、以下の参考文献が提出されている。
参考文献1:「包装技術」VOL.31、No.4の写し
参考文献2:実願平5-23083号(実開平6-80615号)の願書 に添付した明細書及び図面を記録したCD-ROM
参考文献3:特開平5-77344号公報
参考文献4:実願平5-67488号(実開平7-35310号)の願書 に添付した明細書及び図面を記録したCD-ROM
参考文献5:先の無効審判における平成24年6月6日発送の通知書(発 送番号061355)の写し
参考文献6:特開平7-318084号公報
参考文献7:東洋アルミニウム株式会社五十年史のうち、「ホイルコンテ ナ」の写真のページの写し

3 主張の概要
請求人の主張の概要は、以下のとおりである。なお、原文の「まる数字」は、「まる1」のように記載し、空白行は省略して記載した。

[主に理由Aについて]
(1)請求書第7ページ第3行?第8ページ第5行
「甲第1号証には、以下の事項が記載されている。・・・(中略)・・・
(h)図4(a)には、外縁が直線部と曲線部とが相互に連続した形状の四角型の緩衝材(1)が示されている。この緩衝材(1)は、積層材(4)をプレス成型した紙容器であり、膨出部(5)の上端に水平方向に延びる鍔部(6)が接続されている。鍔部(6)の直線部及び曲線部には、プレス成型時に生じたシワ(8)が存在する。膨出部(5)は、底部と、この底部に接続する側壁部とからなる。以上から、図4には、外縁が直線部と曲線部とが相互に連続した形状の四角型の紙容器であって、底部と、この底部に接続する側壁部と、この側壁部に接続しかつ水平方向に延びる鍔部と、鍔部の内、曲線部に対応し、シワが生じる曲線対応部分の幅は、直線部に対応する直線対応部分の幅より大きいことが開示されているといえる。」

(2)請求書第11ページ下から8?4行
「(1) 参考文献1に、電子部品のようなものが収納されたパルプモールド成形品製の容器が示されている。
(2) 甲第1号証は、発明の名称が「緩衝材及びその成型方法」であるものの、段落番号【0002】に、電気製品などの収納物を保護することを目的とした容器の記載があること、及び上記(1)から、甲第1号証は容器に係る発明であることは明らかである。」

(3)請求書第11ページ下から3行?第13ページ第2行
「(3) 甲第1号証には、本件発明1に照らして整理すると、以下の甲1発明が記載されている。
「積層材(4)からプレス成形のみによって形成された、外縁が直線部と曲線部とが相互に連続した形状の多角型の紙容器であって、
底部(膨出部(5)の底)と、
前記底部(膨出部(5)の底)に接続する側壁部(膨出部(5)の側壁)と、
前記側壁部(膨出部(5)の側壁)に接続しかつ水平方向に延びる鍔部(6)と、
鍔部(6)の内、前記曲線部に対応し、シワ(8)が生じる曲線対応部分の幅は、前記直線部に対応する直線対応部分の幅より大きい、
紙容器。」
(4) 甲1発明の「積層材(4)」は、本件発明1の「板紙原紙」に相当し、以下同様に、「底部(膨出部(5)の底)」は「底部」に、「側壁部(膨出部(5)の側壁)」は「側壁部」に、「鍔部(6)」は「フランジ部」に、「シワ(8)」は「折りシワ」に、「鍔部(6)の内、曲線部に対応し、シワ(8)が生じる曲線対応部分の幅は、」は「フランジ部の内、曲線部に対応し、折りシワが生じる曲線対応部分の幅は、」に、「直線部に対応する直線対応部分の幅より大きい」は「直線部に対応する直線対応部分の幅より大きい」に、相当する。
(5) 本件発明1と、甲1発明とは、以下の点で一致する。
<一致点>
「板紙原紙からプレス成形のみによって形成された、外縁が直線部と曲線部とが相互に連続した形状の多角型の紙容器であって、
底部と、
前記底部に接続する側壁部と、
前記側壁部に接続しかつ水平方向に延びるフランジ部と、を備え、
前記フランジ部の内、前記曲線部に対応し、折りシワが生じる曲線対応部分の幅は、前記直線部に対応する直線対応部分の幅より大きい、紙容器。」
(6) 本件発明1と、甲1発明とは、以下の点で相違する。
<相違点>
本件発明1においては、「一枚の板紙原紙」であるのに対し、甲1発明は「積層材(積層された板紙原紙)」である点、及び、本件発明1においては、「フランジ部の外周縁に形成された縁巻部と」を備えるのに対し、甲1発明は「フランジ部の外周縁に形成された縁巻部と」を備えていない点。」

(4)請求書第13ページ第3?13行
「(7) しかし、「一枚の板紙原紙」からプレス成形のみによって形成された紙容器は、参考文献2、参考文献3に、一枚の板紙原紙からプレス成形のみによって紙容器を形成する点が記載されているので、「一枚の板紙原紙」からプレス成形のみによって形成された紙容器は周知技術である。
(8) また、「フランジ部の外周縁に形成された縁巻部と」を備える点は、参考文献2、参考文献3及び参考文献4に、紙容器に縁巻を形成する点が記載されているので、紙容器のフランジ部の外周縁に形成された縁巻部は周知技術である。
(9) なお、紙容器の「フランジ部の内、曲線部に対応し、折りシワが生じる曲線対応部分」については、参考文献2、参考文献3に、紙容器のフランジ部の内、曲線対応部分に折りシワが生じる点が記載されているので、プレス成形による紙容器のフランジ部に折りシワが生じることは周知技術である。」

(5)請求書第13ページ第14?20行
「(10) そうすると、本件発明1は、甲1発明に対して、上記周知技術を適用することによって、
「「一枚の板紙原紙」からプレス成形のみによって形成された紙容器」
「フランジ部の外周縁に形成された縁巻部と」
とすることは、当業者が容易に想到し得ることである。
従って、本件の請求項1に係る発明は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない発明である。」

(6)請求書第16ページ第3?13行
「すなわち、参考文献2にあるように、
曲線部に対応した、側壁部、フランジ部及び縁巻部の一部には、外縁に向かって放射状に延びる複数のシワが形成されることは、周知技術である。
(3) そうすると、甲第1号証に開示された発明に対して、上記周知技術を適用することによって、
「前記曲線部に対応した、前記側壁部、前記フランジ部及び前記縁巻部の一部には、前記外縁に向かって放射状に延びる複数のシワが形成される、請求項1又は請求項2記載の紙容器。」
とすることは、当業者が容易に想到し得ることである。
従って、本件の請求項3に係る発明は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない発明である。」

(7)請求書第17ページ下から11?2行
「すなわち、参考文献2にあるように、
シワは、板紙原紙に予め形成された放射状の複数の線条に基づいて形成されることは、周知技術である。
(3) そうすると、甲第1号証に開示された発明に対して、上記周知技術を適用することによって、
「前記シワは、前記板紙原紙に予め形成された放射状の複数の線条に基づいて形成される、請求項3記載の紙容器。」
とすることは、当業者が容易に想到し得ることである。
従って、本件の請求項4に係る発明も、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない発明である。」

(8)請求人口頭審理陳述要領書第4ページ下から9?5行
「 このような事実を考慮すれば、本件発明1の「プレス成形のみによって形成された」とは、板紙原紙を成形する際に、プレス成形のみによって形成することを意味していると考えるのが妥当であり、「プレス成形を含む工程によって形成された」という認定は妥当ではなく、「プレス成形のみによって形成された」という点については一致しているとの見解である。」

(9)請求人口頭審理陳述要領書第5ページ第7?16行
「甲1発明の紙容器の外縁が「直線部と曲線部とが連続した形状」であることについては、甲第1号証の図4(a)に示されるように、鍔部6の外縁は、4辺からなる隣り合う直線部が、曲線部により接続されている。また、目測だけではなく、実際に計測しても曲線部を有することが確認できる。
甲1発明の紙容器が「フランジ部の内、前記曲線部に対応し、折りシワが生じる曲線対応部分の幅は、前記直線部に対応する直線対応部分の幅より大きい」ものであることについては、評価書1で示したように、甲第1号証の図4(a)を実測することにより確認できる。具体的には、比で示すと、直線対応部分の幅を1としたとき、曲線対応部分の幅は1.3となり「フランジ部の内、曲線対応部分の幅は、直線対応部分の幅より大きい」ことが確認できる。」

(10)請求人口頭審理陳述要領書第6ページ第1?2行
「すなわち、甲1発明の「緩衝材」に「板紙」からなる「容器」、紙容器が含まれ、「緩衝材」は紙容器といえる。」

(11)請求人口頭審理陳述要領書第6ページ第8?10行
「通知書第3頁第14行?第15行に記載の相違点5に係る合議体の認定については、請求人は、甲1発明の「シワ」は、プレス成形により生じる「折りシワ」であるとの見解である。」

(12)請求人口頭審理陳述要領書(2)第3ページ第3?7行
「緩衝材は、使用状態によって、容器、包装材あるいは充填材となり、図2は充填材の形態が示されている。
以上から、甲第1号証の図2に示される緩衝材1は、「充填材」に該当するとの見解を否定するものではないが、甲第1号証【0002】に「容器」の2文字が明示されている以上、甲第1号証の緩衝材には容器が含まれることは明らかである。」

(13)口頭審理調書の「請求人」欄2
「2 緩衝材は容器を含む(甲第1号証段落【0002】)ので,甲第1号証図2の記載の使用形態が充填材であるとしても,図1の緩衝材は容器である。」

(14)口頭審理調書の「請求人」欄5
「5 本件請求項1中「プレス成形のみ」の「のみ」は,底部,側壁部,フランジ部及び縁巻部の形成をプレス成形で実施することを意味するものと思料する。」

[主に理由Bについて]
(15)請求書第18ページ第11?15行
「7.5 特許法第36条第6項第1号違反について
本件特許に係る出願は、特許請求の範囲の記載が以下の2つの理由において、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たさないものである。このため、本件特許は同法第123条第1項第4号の規定に該当し、無効とすべきである。
以下、2つの理由を理由1、理由2とし、それぞれ説明する。」

(16)請求書第18ページ第16行?第19ページ第7行
「7.5.1 理由1
(1)特許法第36条第6項第1号の判断手法について
特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に適合するかの判断は、・・・(略)・・・
例えば、発明の詳細な説明に、発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載されおらず、しかも、発明の課題を解決できることが出願時の技術常識からも推認可能といえない場合が該当する。」

(17)請求書第23ページ第5?7行
「しかしながら、直線対応部分と曲線対応部分とを有するフランジ部のうち、曲線対応部分の幅を直線対応部分の幅よりも大きくすることにより、なぜ保形性が高められるのかが以下の2つの理由により不明である。」

(18)請求書第23ページ第8行?末行
「まず、第1の理由について述べる。・・・(中略)・・・
しかしながら、請求項1から請求項4記載の発明については、フランジ部の内、曲線対応部分の幅と直線対応部分の幅が同じである場合や、フランジ部の内、直線対応部分の幅が曲線対応部分の幅よりも大きい場合に、なぜ保形性が低下するのかについて明示されていない。また、出願時の技術常識からも、曲線対応部分の幅と直線対応部分の幅が同じであるとなぜ保形性が低下するのか理解することはできない。
従って、請求項1から請求項4記載の発明については、課題が生じる原因が明確にされていないため、フランジ部の内、曲線対応部分の幅を直線対応部分の幅よりも広くするという構成のみによっては、なぜ保形性が高められるのか当業者は理解することができない。」

(19)請求書第24ページ第1?14行
「次に、第2の理由について述べる。請求項1から請求項4記載の発明については、効果を説明する記載として、「曲線対応部分の幅が直線対応部分の幅と同じのものに比べて、曲線対応部分に生じる折りシワの各々は長く形成され、その状態で圧縮されることになるため、圧縮面積が大きくなり容器の保形性が向上する。」との記載がある。
しかし、「曲線対応部分の幅が直線対応部分の幅と同じのものに比べて、曲線対応部分に生じる折りシワの各々は長く形成され、その状態で圧縮されることになるため、圧縮面積が大きくな」ることは理解することができるとしても、「圧縮面積が大きくな」ることと、「容器の保形性が向上する」こととの技術的関連性が不明である。また、「圧縮面積が大きくな」ることにより、「容器の保形性が向上する」ことについは、出願時の技術常識から理解することができない。
従って、請求項1から請求項4記載の発明については、なぜそのような効果が生ずるのかについて、当業者が理解することができるように十分に記載されていない。即ち、発明の課題が解決できることを当業者が認識できるような記載はないし、発明の課題を解決できることが出願時の技術常識から推認可能ともいえない。」

(20)請求書第25ページ第1行?下から4行
「7.5.2 理由2
・・・(中略)・・・
特に、請求項及び発明の詳細な説明に記載された用語が不統一であり、その結果、両者の対応関係が不明瞭となる場合には、特許出願は、特許法第36条第6項第1号の規定に違反することとなる。
この点について検討するに、本件公報には以下の記載がある。
「折りシワ」(請求項1第9行)
「複数のシワ」(請求項3第3行)
「前記シワ」(請求項4第1行)
「折りシワ135」(段落【0015】第17行等)
・・・(中略)・・・
以上のとおり、本件公報には、シワに関する複数の用語が用いられている。そして、これらの「シワ」が同じものを指すのか、それとも異なるものを指すのかが、前後の記載及び出願時の技術常識を考慮してもなお、不明である。
即ち、請求項及び発明の詳細な説明に記載された用語が不統一であり、その結果、これらの対応関係が不明瞭であるといえる。
従って、本件特許に係る出願は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たさないものであり」

(21)請求人口頭審理陳述要領書(2)第6ページ下から6行?第7ページ第3行
「P5/A5とP5/A8とを比較すると、A5>A8であるため、P5/A5<P5/A8となる。このことから、G5<G8であると言える。
A5>A8及びG5<G8であるから、
(G5×A5)<(G8×A8)
が成立する余地がある。
即ち、被請求人の主張には、(G5×A5)>(G8×A8)が成立しない場合も含まれることとなる。従って、被請求人の本件答弁書の主張は、失当であり、依然として、「圧縮面積が大きくなる」ことと、「容器の保形性が向上する」こととの技術的関連性は不明である。」

(22)口頭審理調書の「請求人」欄4
「4 明細書のサポート要件の存在は,特許権者が証明責任を負うと解する。
しかしながら,本件特許公報からは,圧縮面積が大きくなることと容器の保形性が向上することの技術的関連性は不明である。
また,このことは,被請求人の行った全ての主張を考慮しても不明であるといわざるを得ない。」

[主に理由Cについて]
(23)請求書第26ページ第5?11行
「「発明」とは、自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいう(特許法第2条第1項)と規定され、「発明」は、技術的思想でなければならないとされているが、その技術内容は、目的とする技術効果を挙げることができるものであることが必要であって、そのような技術効果を挙げることができないものは、発明として未完成であり、特許法第29条第1項柱書きにいう「発明」に当たらず、特許を受けることができないものというべきである(最高裁昭和52年10月13日第一小法廷判決・昭和49年(行ツ)第107号・民集31巻6号805頁参照)。」

(24)請求書第27ページ第7?11行
「本件特許について考えてみるに、本件公報からは、上述のとおり、「圧縮面積が大きくな」ることと、「容器の保形性が向上する」こととの技術的関連性が不明である。
このため、「フランジ部の内、曲線部に対応し、折りシワが生じる曲線対応部分の幅は、直線部に対応する直線対応部分の幅より大きくした」との構成によって、目的とする技術効果を挙げることができるかについては、疑念を抱かざるを得ない。」

(25)口頭審理陳述要領書第9ページ第14?15行
「 請求人は、被請求人の主張によってもなお、「目的とする技術効果を挙げることができる」か否かについては不明であると思料する。」

[その他]
(26)請求人口頭審理陳述要領書第12ページ7行?第16ページ下から7行
「イ.付言」として、本件特許発明が参考文献2記載の発明に対して進歩性を有しない理由が詳述されている。

(27)請求人口頭審理陳述要領書(2)第7ページ下から6?3行
「(3)通知書(2)の「第3 請求人口頭審理陳述要領書の「付言」について」について
審判請求書第28頁第1行?第28頁第3行における、「第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、その特許は同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきものである。」との主張に関連する付言である。」

(28)口頭審理調書の「請求人」欄3
「3 口頭審理陳述要領書(2)における付言は,甲第1号証を主たる証拠する特許法第29条第2項違反の無効理由に関連するものであり,参考文献2を主たる証拠とするものではない。口頭審理陳述要領書9ページ11行目?12行目の特許法第36条第6項第1号に関連すると主張した点は,撤回する。」

第4 被請求人の主張
1 要点
これに対し、被請求人は、以下の理由に基づき、本件審判請求は成り立たないとの審決を求めている。

2 主張の概要
被請求人の主張の概要は、以下のとおりである。なお、原文の「まる数字」は、「まる1」のように記載した。

[主に理由Aに対して]
(1)答弁書第3ページ第11?13行
「以上のように、本件特許発明は、保形性が問題となる紙容器において、曲線対応部分の幅を直線対応部分の幅より大きくする点に特に大きな特徴を有するものであり、特有の効果を奏するものと言える。」

(2)答弁書第3ページ下から5行?第4ページ第8行
「すなわち、甲第1号証の緩衝材は、正にその名の通り食品、食器、電気製品等の収納物を梱包等する場合に該収納物を保護又は固定するために詰め込むものである(甲第1号証段落【0002】及び【0012】参照)。
したがって、本件特許発明と産業上の利用分野が異なりかつ、解決しようとする課題の異なるこの緩衝材が第1発明の対象とする紙容器に対応するとの請求人の主張はあきらかに無理があると言わざるを得ない。・・・(中略)・・・
このように甲第1号証の緩衝材は第1発明の対象となる紙容器の前提となるものではない。したがって、周知技術がどうこういうまでもなく進歩性欠如の前提となるような技術ではないと言わざるを得ない。」

(3)答弁書第4ページ下から3行?第5ページ第7行
「甲第1号証の緩衝材は、上述のように家庭用品等の梱包時の詰めものとして用いられるものである(甲第1号証段落【0012】参照)。そして、そのフランジ(鍔)部は平坦面を形成して図2に示されているように、梱包材(段ボール箱)の内面に当接状態で使用されるものである。
そうすると、このようなフランジ(鍔)部の外周縁に縁巻など形成することなど到底考えられるものではない。なぜならば、フランジ(鍔)部は平坦であることが望ましいのに、縁巻を形成すると段差が生じ、梱包材(段ボール箱)とフランジ(鍔)部の間に無意味な隙間が発生するからである。又、技術的な意味からも、間に接着剤層が形成されている積層材の外縁部分を一体的に巻き込むことは容易なものとは思われない。」

(4)被請求人口頭審理陳述要領書第2ページ第7?11行
「(2)無効理由(第29条第2項について)
<甲1発明の認定について>
合議体と異なる見解は無い。
一致点の認定について>
合議体と異なる見解は無い。」

(5)被請求人口頭審理陳述要領書第3ページ第2?11行
「一方、甲第1号証の【図4】の(a)の記載を参照して、甲1発明のシワは鍔部6に均等に表されている。すると、甲1発明では本件発明1の「折りシワ」に係る課題は認識されていないと思料する。よって、仮に鍔部6の四隅を曲線部としたとしても、甲1発明のシワと本件発明1の「折りシワ」とは性格の異なるものであるから、甲1発明にはフランジ部の幅の関係の前提である「折りシワが生じる曲線対応部分」がそもそも存在しないこととなる。
すると、甲1発明が、「フランジ部の内、前記曲線部に対応し、折りシワが生じる曲線対応部分の幅は、前記直線部に対応する直線対応部分の幅より大きい」ものでないことは明らかであり、この点は本件発明1との明確な相違点であると思料する。」

(6)被請求人口頭審理陳述要領書(2)第2ページ第8?11行
「甲1発明の明細書の【0012】及び【0015】に記載の通り、甲1発明では膨出部5の突出部分が緩衝体として機能しており、鍔部6は緩衝体としての機能を有するものではない。よって、緩衝という観点において、甲1発明の鍔部6に縁巻を形成する意義は無いと思料する。」

(7)口頭審理調書の「被請求人」欄3
「甲第1号証には物を収容する形態は示されていないから,容器とはいえない。」

[主に理由Bに対して]
(8)答弁書第5ページ下から7?3行
「尚、理由2として「シワ」の用語が不統一との指摘がなされている(第25頁第4行から20行参照)。
しかしながら、これらの「シワ」は全てプレス成形によって生じるシワを示していることは明らかであり、又、それ以外の意味を示すものではないことは本件特許の明細書及び図面等から容易に認識できるものである。」

(9)答弁書第7ページ下から3行?第8ページ第17行
「ここで、圧縮面積と保形性との関係をより具体的に説明する。
例えば、曲線対応部分におけるプレス成形後の単位面積当たりにおいて、折りシワがプレス前の状態に戻ろうとする力をfとし、プレス成形による圧縮変形でそれを阻止する力をFと考える。そうすると曲線対応部分の保形性を保つには、F>fの関係が成立する必要がある。そうでないと容器の保形性が保たれないからである。
その結果、単位面積当たりの保形性に寄与する力Gは、
G=F-f
となる。
そうすると、曲線対応部分の面積をAとすると、曲線対応部分の保形性に働く力Sは、
S=G×A
となり、圧縮面積Aが大きくなれば、保形性に働く力Sが大きくなることは明らかである。尚、このような関連性は、当業者にあっては説明するまでもなく自明なことと考える。
このように、圧縮面積が大きければ、それだけ折りシワの戻りを阻止する力が大きいことになり、容器の保形性により寄与するものと判明する(本件明細書段落【0043】参照)。
したがって、「圧縮面積が大きくな」ることと、「容器の保形性が向上する」こととの技術的関連性は明らかなものと言える。」

(10)被請求人口頭審理陳述要領書(2)第3ページ第8?15行
「本件特許の請求項1について上記の類型のいずれに該当するか検討してみたところ、請求項1の記載は本件特許の明細書の【0042】及び【0043】の記載と完全に一致している。又、請求項1に記載の構成は本件特許の【図4】及び【図5】においても図示されている。・・・(中略)・・・
又、残りの請求項である請求項2、請求項3及び請求項4も請求項1と同様に、本件特許の明細書及び図面にその内容が記載されている。よって、本件特許の請求項はいずれも上記の類型に該当するものでは無いと言える。」

(11)口頭審理調書の「被請求人」欄4
「4 本件請求項1における「折りシワ」は,明細書【0015】及び図12に示される外面側の「折りシワ135」に相当するものである。」

[主に理由Cに対して]
(12)答弁書第8ページ下から5行?末行
「この技術的効果の立証責任が請求人及び権利者のいずれにあるかはさておき、上述のように第1発明?第4発明の構成(圧縮面積の拡大)からその特有の効果(保形性の向上)を奏することは明らかである。
したがって、第1発明?第4発明のいずれも未完成発明ではなく、特許法第29条第1項柱書き違反となるものではない。」

第5 当審の判断
1 本件発明
本件発明1ないし本件発明4は、明細書及び図面の記載からみて、上記第2のとおりと認める。

2 理由A(第29条第2項)について
請求人が提出した証拠である、甲第1号証及び評価書1には、以下の発明または事項が記載されている。

(1)甲第1号証に記載された事項
ア 特許請求の範囲の請求項1
「【請求項1】 接着剤を介在させることによって複数の板紙が重ね合わせられた積層材であって、該積層材にプレス成型を施すことによって膨出部を形成したことを特徴とする緩衝材。」

イ 段落【0002】
「【0002】
【従来の技術】食品、食器、電気製品など各種家庭用品等の収納物を梱包若しくは包装する場合において、該収納物を保護若しくは固定することを目的として種々の容器、包装材或いは充填材などの緩衝材が用いられている。現在用いられている緩衝材としては、発泡スチロールなどの発泡プラスチック成型品、折曲又は湾曲させることによって組み立てられた段ボール材、パルプ成型品、プラスチックやプラスチックフィルム成型品などがある。」

ウ 段落【0012】
「【0012】図1は本発明に係る緩衝材1の一実施例を示すもので、段ボール原紙であるライナ2を酢酸ビニル接着剤3で重ね合わせた積層材4を、プレス装置Pでプレス成型したものである。緩衝材1はライナ2を3枚積層した積層材4をプレス成型して形成された膨出部5とその周辺の鍔部6より成り、膨出部5の突出部分が緩衝体として機能する。この緩衝材1の使用状態としては、図2のようにファンヒータFの周面と上面の緩衝材として用いられ、ファンヒータF本体と段ボール箱7の間に詰め込まれる。」

エ 段落【0013】
「【0013】緩衝材1の成型方法は、図3に示すように先ずライナ2を酢酸ビニル接着剤3を介して重ね合わせ、積層材4を形成する。次に、該酢酸ビニル接着材3が固化しない内にプレス装置Pで膨出部5を形成し、該接着材3を固化させることによって該膨出部5を形状保持させて緩衝材1が完成する。この場合、緩衝材1の鍔部6周辺には、図4(a)のようにシワ8が生じることがあるため、同図(b)に示すように積層材4の周辺部にスリット9を設け、プレス成型時に生じるシワ8を該スリット9で重複させることによって吸収させるのが好ましい。このスリット9は、予めスリット9が設けられたライナ2を積層することによって形成されたものであるが、積層された積層材4に後でスリット9を設けるようにしてもよい。また、同図(c)のように切欠10をスリット9と同様の方法で設けるようにしてもよい。」

オ 図1及び図4(a)
図1及び図4(a)から、緩衝材1は、外縁が直線部を含む長方形の形状であり、また膨出部5は底部及び側壁からなることが看て取れる。さらに、鍔部6が水平方向に延びていることも理解できる。

(2)甲第1号証記載の発明
上記摘記事項(1)アないしエ並びに認定事項(1)オを、図面を参照しつつ技術常識を踏まえて本件発明1に照らして整理すると、甲第1号証には以下の発明が記載されていると認める(以下「甲1発明」という。)。
「複数の板紙を接着剤3を介在させることによって重ね合わされた積層材4をプレス成型して形成された、外縁が直線部を含む形状の長方形の緩衝材1であって、
底部及び側壁からなる膨出部5と、
前記膨出部5に接続しかつ水平方向に延びる鍔部6とを備え、
前記鍔部6にシワ8が生じる、緩衝材1。」

(3)本件発明1
ア 対比
本件発明1と甲1発明とを対比すると以下のとおりである。
甲1発明の「板紙」は本件発明1の「板紙原紙」に相当することは、技術常識に照らして明らかであり、以下同様に、「プレス成型」は「プレス成形」に、「鍔部6」は「フランジ部」に相当する。
また、甲1発明の「底部及び側壁からなる膨出部5」は、本件発明1の「底部と」「前記底部に接続する側壁部」に相当するといえ、同様に「膨出部5に接続し」は、位置関係を合理的に解釈すれば「側壁部に接続し」に相当するといえる。
次に、甲1発明の「複数の板紙を接着剤3を介在させることによって重ね合わされた積層材4をプレス成型して形成された」ことは、上記対応関係を踏まえ本件発明1の用語を用いて「複数の板紙原紙を接着剤3を介在させることによって重ね合わされた積層材4をプレス成形して形成された」と表現し得るところ、これは本件発明1の「一枚の板紙原紙からプレス成形のみによって形成された」ことと、板紙原紙からプレス成形を含む工程によって形成された、ことである限りにおいて共通する。
さらに、甲1発明の「外縁が直線部を含む形状の長方形」であることと、本件発明1の「外縁が直線部と曲線部とが相互に連続した形状の多角型」であることとは、外縁が直線部を含む形状の多角型、である限りにおいて共通し、甲1発明の「緩衝材1」と本件発明1の「紙容器」とは、物品、である限りにおいて共通し、甲1発明の「シワ8」と本件発明1の「折りシワ」とは、シワ、である限りにおいて共通する。

したがって、本件発明1と甲1発明とは、以下の点で一致しているということができる。
<一致点>
「板紙原紙からプレス成形を含む工程によって形成された、外縁が直線部を含む形状の多角型の物品であって、
底部と、
前記底部に接続する側壁部と、
前記側壁部に接続しかつ水平方向に延びるフランジ部とを備え、
前記フランジ部にシワが生じる、物品。」

そして、本件発明1と甲1発明とは、以下の5点で相違する。
<相違点1>
板紙原紙からプレス成形を含む工程によって形成されたことに関し、本件発明1は、「一枚の板紙原紙からプレス成形のみによって形成された」ものであるのに対し、甲1発明は「複数の板紙を接着剤3を介在させることによって重ね合わされた積層材4をプレス成型して形成された」ものである点。
<相違点2>
本件発明1の物品の外縁は、「直線部と曲線部とが相互に連続した形状」であり、また、「フランジ部の内、前記曲線部に対応し、折りシワが生じる曲線対応部分の幅は、前記直線部に対応する直線対応部分の幅より大きい」ものであるのに対し、甲1発明の物品の外縁は、「外縁が直線部を含む形状」であるものの、「曲線部」を有するか明らかでなく、またフランジ部の幅の関係もそのようなものか不明である点。
<相違点3>
本件発明1の物品は「紙容器」であるのに対し、甲1発明の物品は「緩衝材」である点。
<相違点4>
本件発明1は「フランジ部の外周縁に形成された縁巻部」とを備えるのに対し、甲1発明の鍔部6(フランジ部)は、そのようなものを備えていない点。
<相違点5>
フランジ部に生じるシワに関し、本件発明1は、「折りシワ」であるのに対し、甲1発明はそのようなものか不明である点。

イ 相違点等についての判断
(ア)相違点3の認定について
まず、請求人は甲第1号証記載の「緩衝材1」は「紙容器」であるとして、相違点3の存在を含む甲1発明の認定を争っているので(上記第3の3(10)、(12)及び(13))、その点を検討する。請求人は、甲第1号証段落【0002】に「食品、食器、電気製品など各種家庭用品等の収納物を梱包若しくは包装する場合において、該収納物を保護若しくは固定することを目的として種々の容器、包装材或いは充填材などの緩衝材が用いられている。」と記載されていること(上記(1)イ)を根拠に、甲第1号証の図1記載の緩衝材は容器である、と主張する(上記第3の3(13))。
しかしながら、上記記載は「緩衝材」の一態様として「容器」があることを示すものとなり得ても、「緩衝材」であれば「容器」であるといえることとはならない。また、甲第1号証の図1に示された「緩衝材1」の使用形態は充填材であることは請求人も認めるところであり(上記第3の3(13))、これを「容器」であるとすることは、「緩衝材」の一態様として「容器」があることを考慮しても、困難といわざるを得ない。
よって、甲第1号証記載の「緩衝材1」は、請求人の主張するような「紙容器」ということはできず、請求人の相違点3に関する上記主張には理由がない。

(イ)相違点1の想到容易性について
請求人は、相違点1に関し、甲第1号証記載の「緩衝材1」は、「積層材(4)からプレス成形のみによって形成された」ものと主張し(上記第3の3(3))、その根拠として「本件発明1の「プレス成形のみによって形成された」とは、板紙原紙を成形する際に、プレス成形のみによって形成することを意味していると考えるのが妥当で」あるとする(上記第3の3(8))。この点、特許請求の範囲は特段の事情がなければ文言どおり解釈すべきものであるところ、「プレス成形のみによって形成された」とは、成形(して変形)する一時点においてプレス成形のみ行うという意味でなく、文言を常識的に解釈して、成形の機能の実現をプレス成形のみによって行うものと解すべきであるし、上記第3の3(14)において請求人も「底部,側壁部,フランジ部及び縁巻部の形成をプレスで実施することを意味する」と主張しているから、請求人の上記第3の3(8)における主張は採用し得ない。
次に、甲1発明は、「複数の板紙を接着剤3を介在させることによって重ね合わされた積層材4をプレス成型して形成された」ものであるところ、該「接着剤3を介在させる」ことについて、甲第1号証に「次に、該酢酸ビニル接着材3が固化しない内にプレス装置Pで膨出部5を形成し、該接着材3を固化させることによって該膨出部5を形状保持させて緩衝材1が完成する。」(上記摘記事項(1)エ)と記載されていることに鑑みれば、甲1発明においては、プレス成形中に「接着剤3」が「固化し」ていない状態で存在することが不可欠と認められる。そうすると、「接着剤3」を介在させてプレスし接着剤を固化させることによって甲1発明は所望形状及び機能を備える緩衝材とすることができるものといえ、かかる接着剤の介在を省いて、本件発明1のような「一枚の板紙原紙からプレス成形のみによって形成された」ものとすることは、想到困難というほかはない。

(ウ)相違点2及び相違点5の想到容易性について
まず、相違点5の想到容易性について検討する。本件発明1のフランジ部に生じる「折りシワ」は、被請求人が主張するように(上記第4の2(11))、本件明細書【0015】及び図12に示されるような外面側の「折りシワ135」に対応するものであるところ、これは紙容器の保形性を向上ささせるために意図的に設けたものと認められる。
他方、甲1発明のフランジ部に生じる「シワ8」については、刊行物1に「緩衝材1の鍔部6周辺には、図4(a)のようにシワ8が生じることがあるため、同図(b)に示すように積層材4の周辺部にスリット9を設け、プレス成型時に生じるシワ8を該スリット9で重複させることによって吸収させるのが好ましい。」(上記(1)エ)とあるように、「シワ8」の発生を防止することの教示があることから、当該「シワ8」は、意図的に設けたものではないことは明らかであり、本件発明1の「折りシワ」と同視できるものとは到底いえない。
したがって、相違点5について、当業者が容易に想到し得るものとすることはできない。

次に、相違点2の想到容易性について検討する。
まず、甲1発明は「外縁が直線部を含む形状の長方形」の形状であるところ、これに関し請求人は、甲第1号証の図1及び図4等を根拠に「外縁が直線部と曲線部とが相互に連続した形状の多角型」と主張する。しかしながら、甲第1号証の図1及び図4における曲線状に見える外縁は、「曲線部」を積極的に形成したものではなく、安全または製造上の必要性からコーナーのアール部を設けたに過ぎないものと認められる。
仮に、曲線部といえるとした場合、請求人の評価書1にあるように、甲第1号証の図4における直線部分のフランジの幅を1.0とすると、外側にアール部がある部分(請求人が「曲線部」と主張する部分)のフランジの幅は1.3倍である点はそのとおりであるが、以下のように、そのような曲線部は相違点2に係る本件発明1のごとく「折りシワが生じる」曲線対応部分とはいえない。
すなわち、本件明細書段落【0043】の「ポイントP_(1) ?P_(2) におけるフランジ部の曲線対応部分126bに形成された線条117cの長さは、破線でフランジ部の境界が示された従来の紙容器の線条の長さに比べて長い。従って、線条117cや折りシワ135の圧縮面積が大きくなって線条117cや折りシワ135の成形後の経時変化による戻りがより小さくなり」との記載及び図4に示された内容を合理的に解釈すれば、相違点2に係る「折りシワが生じる曲線対応部分の幅は、前記直線部に対応する直線対応部分の幅より大きい」なる特定事項は、単に、曲線対応部分の幅が曲線対応部分の幅ということにとどまらず、「折りシワ」を上記指摘のように意図的に設けた「曲線対応部分の幅」が直線対応部分の幅より大きいという技術的意義を有するものと認められる。
一方、甲1発明においては、上記相違点5の検討にて指摘したように、甲1発明の「シワ8」は意図的に設けたものではなく本件発明1の「折りシワ」と同視し得るものではないから、本件発明1のような「折りシワが生じる曲線対応部分」とは言い難い。
したがって、甲第1号証記載の緩衝材1が、曲線部に対応し、シワが生じる曲線対応部分の幅は、直線部に対応する直線対応部分の幅より大きい、ということはできず、また、その点は当業者が容易に想到し得るもの、ということもできない。
以上により、相違点2及び相違点5について、困難性なしとすることはできない。

(エ)相違点4の想到容易性について
請求人が主張するように、一般に紙容器において縁巻を形成することが従来周知の事項であるとしても(上記第3の3(4))、上記(ア)で検討したように、甲1発明は紙容器ではなく「緩衝材」であるから、そのような(紙容器に)縁巻を形成する従来周知の技術を甲1発明に適用することは動機がなく想到容易ということにはならない。逆に、被請求人の主張するように(上記(上記第4の2(3))、甲1発明のような緩衝材においては、緩衝材としての機能を低下させかねない縁巻を形成することは、避けるのが通常であって、むしろ阻害要因があるというべきである。
よって、相違点4についても、想到困難というべきである。

(オ)請求人の「付言」について
請求人は、請求人口頭審理陳述要領書(2)にて、本件特許発明が参考文献2記載の発明に対して進歩性を有しない理由を「付言」として詳述している(上記第3の3(26))。しかしながら、そもそも、参考文献2は、参考文献であって証拠ではない。
また、請求人も認めるように当該「付言」は、甲第1号証記載の発明を主たる証拠とする本件審判の無効理由Aに関連するべきものであるところ(上記第3の3(28))、参考文献2を参照しても上記各相違点の想到容易性についての判断に影響を及ぼすものではない。

(カ)小括
したがって、相違点3の想到容易性について検討するまでもなく、請求人の主張する理由A及び証拠方法によっては、本件発明1を無効とすることはできない。

(4)本件発明3
本件発明3は、本件発明1の紙容器において、さらに「前記曲線部に対応した、前記側壁部、前記フランジ部及び前記縁巻部の一部には、前記外縁に向かって放射状に延びる複数のシワが形成される」という限定を付すものである。そうすると、本件発明3は、本件発明1の発明特定事項をすべて含むものであるから、同様の理由により、請求人の主張する理由A及び証拠方法によっては、本件発明3を無効とすることはできない。

(5)本件発明4
本件発明4は、本件発明3の「紙容器」における「シワ」について、さらに「板紙原紙に予め形成された放射状の複数の線条に基づいて形成される」という限定を付すものである。 そうすると、本件発明4は、本件発明3ひいては本件発明1の発明特定事項をすべて含むものであるから、同様の理由により、請求人の主張する理由A及び証拠方法によっては、本件発明4を無効とすることはできない。

3 理由B(第36条第6項第1号)について
請求人は、理由B(第36条第6項第1号)の無効理由につき、2つの理由(理由1及び理由2)を主張しているので(上記第3の3(15))、以下それぞれにつき検討する。
(1)理由1について
知的財産高等裁判所の平成17年(行ケ)第10042号特許取消決定取消請求事件(「偏光フィルムの製造法」事件)の大合議判決によれば、平成6年改正前の特許法旧第36条第5項第1号に関し、「特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきもの」とされている。(なお、平成6年改正により、旧第36条第5項第1号は、同一文言のまま第36条第6項第1号として規定されている。)
これを踏まえて、請求人は、概略、
ア 本件発明1ないし4に係る第4の実施形態においては、フランジ部の内、曲線対応部分の幅が直線対応部分以下となると、なぜ保形性が低下するのか理解することができない。したがって、課題が生じる原因が明確となっていないため、曲線対応部分の幅をより広くするという構成のみによって、なぜ保形性が高められるのか当業者は理解できない(第1の理由、上記第3の3(18))、
イ 本件発明1ないし4の効果を説明する明細書の記載に関し、曲線対応部分の幅が直線対応分よも大きいので,曲線対応部分に生じる折りシワの各々は長く形成され、圧縮面積が大きくなることは理解できる。しかし、「圧縮面積が大きくな」ることと、「容器の保形性が向上する」ことの技術的関連性は不明であり、出願時の技術常識から推認可能ともいえない(第2の理由、上記第3の3(19))として、明細書のサポート要件(第36条第6項第1号)に適合しない旨主張する。

以下、これらの点を検討する。
まず、本件明細書には、「フランジ部の曲線対応部分126bに形成された線条117cの長さは、・・・従来の紙容器の線条の長さに比べて長い。従って、線条117cや折りシワ135の圧縮面積が大きくなって・・・紙容器としての保形性を向上させる。」(段落【0043】)と記載されている。該記載を技術常識を踏まえ検討するに、「フランジ部の曲線対応部分126bに形成された線条117c」及びその外側面に設けられた「折りシワ135」は、保形性を高める効果があることは明らかである。また、折りシワの長さが長いほど、いわゆるリブ効果が促進され、保形性を高める効果が促進されるといえる。
そして、そのような「線条117c」及び「折りシワ135」が設けられた曲線対応分の幅を相対的に大きくすれば、上記リブ効果が促進され、紙容器の保形性が高められることは、「圧縮面積」の技術的関連性に関する詳細な力学的検討を行うまでもなく、紙容器の一般的性質から技術常識に照らして自ずと理解できることである。したがって、特許請求の範囲に記載のごとく「折りシワが生じる曲線対応部分の幅」を「直線対応部分の幅」より大きくすれば、保形性の向上という課題を解決できると当業者は認識できるものと認められる。
また、請求人は、課題が生じる原因が明確になっていないので、なぜ保形性が高められるのか理解できない旨主張するが(上記アの第1の理由)、一般に、紙容器において保形性が低下するという課題が生じることは、技術常識的に明らかであるし、また、課題が生じる原因が明確でないことをもって、サポート要件違反となるわけでもない。
次に、被請求人は、答弁書において「ここで、圧縮面積と保形性との関係をより具体的に説明する。・・・折りシワがプレス前の状態に戻ろうとする力をfとし、プレス成形による圧縮変形でそれを阻止する力をFと考える。そうすると曲線対応部分の保形性を保つには、F>fの関係が成立する必要がある。・・・その結果、単位面積当たりの保形性に寄与する力Gは、G=F-fとなる。・・・曲線対応部分の面積をAとすると、曲線対応部分の保形性に働く力Sは、S=G×Aとなり、圧縮面積Aが大きくなれば、保形性に働く力Sが大きくなることは明らかである。」(上記第4の2(9))として、「圧縮面積が大きくな」ることと、「紙容器としての保形性を向上させる」こととの技術的関連性について、特許権者としての一定の証明責任は果たしているといえる。
これに対し、請求人は、保形性向上の関係が成立しない場合もあるから、上記技術的関連性は依然として不明である旨反論する(上記第3の3(21))。請求人の反論の根拠はかならずしも首肯し得るものではないが、仮にそうであるとしても、特許法第36条第6項第1号の規定するサポート要件は、当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであれば足り、すべての場合について解決できることを求めるものではない。したがって、請求人の反論は採用し得ない。
以上を総合すると、本件特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていないということはできず、請求人主張の理由1には理由がない。

(2)理由2について
請求人は、請求項及び発明の詳細な説明に記載された「シワ」に関連する用語が不統一であり、その結果、両者の対応関係が不明瞭であるから、特許法第36条第6項第1号の規定に違反する旨主張する(上記第3の3(20))。
確かに、本件明細書には、請求人の主張するように、「シワ」に関する用語として、「折りシワ」(請求項1第9行)、「複数のシワ」(請求項3第3行)、「前記シワ」(請求項4第1行)、折りシワ135」(段落【0015】第17行等)等の複数の用語が用いられているが、いずれも「シワ」という共通の表現を含んでいるので、用語の一定の統一性は担保されている。
また、独立形式請求項1における「折りシワ」は、被請求人が主張するように(上記第4の2(11))、明細書【0015】及び図12に示される外面側の「折りシワ135」が端的に相当するものであると認められるところ、請求の範囲の用語に典型的に対応する用語または形状が明細書及び図面にあるのだから、対応関係の不明瞭さは生じ難い。
さらに、一般に技術的事項をある用語で表現する際に、実質的に同じものでも、形状的に表現するか、機能的に表現するかあるいは前後の文脈から簡潔に省略するかによって、対応関係が不明確になる場合はともかく、単に表現する用語が多少異なることをもって対応関係が不明瞭になるものでもない。
よって、請求人の主張する「シワ」に関する用語の不統一は、第36条第6項第1号違反の問題を惹き起こすものとはいえない。

(3)小括
したがって、請求人の主張する理由Bによっては、本件発明1ないし4を無効とすることはできない。

4 理由C(第29条第1項柱書)について
特許法29条第1項柱書は「産業上利用することができる発明をした者は・・・(中略)・・・その発明について特許を受けることができる。」というものであるところ、判例は、「発明は自然法則の利用に基礎づけられた一定の技術に関する創作的な思想であるが,特許制度の趣旨にかんがみれば,その創作された技術内容は,その技術分野における通常の知識・経験をもつ者であれば何人でもこれを反覆実施してその目的とする技術効果をあげることができる程度にまで具体化され,客観化されたものでなければならない。従つて,その技術内容がこの程度に構成されていないものは,発明としては未完成であり,もとより旧特許法1条にいう工業的発明に該当しないものというべきである。」(最判昭和44年1月28日(民集23巻1号54頁))と判示する。
これを本件発明1ないし4についてみるに、本件特許発明1ないし4に係る「紙容器」が、紙容器としての使用に耐え得る程度の保形性を有するという技術効果を当業者が反覆実施してその目的とする技術効果をあげることができることは明らかである。
よって、本件発明1ないし4は、請求人が主張するような未完成発明にはあたらず、理由Cによっては、本件発明1ないし4を無効とすることはできない。

第6 むすび
以上のとおりであるから、請求人主張の理由及び証拠方法によっては、本件請求項1ないし請求項4に係る特許を無効にすることはできない。
審判費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
審決日 2013-03-21 
出願番号 特願平8-202512
審決分類 P 1 113・ 121- Y (A47G)
P 1 113・ 537- Y (A47G)
P 1 113・ 14- Y (A47G)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 田村 嘉章  
特許庁審判長 千葉 成就
特許庁審判官 刈間 宏信
長屋 陽二郎
登録日 2003-03-20 
登録番号 特許第3411951号(P3411951)
発明の名称 紙容器  
代理人 葛西 泰二  
代理人 瀧澤 匡則  
代理人 山崎 裕史  
代理人 野崎 俊剛  
代理人 葛西 さやか  
代理人 下田 憲雅  

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