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審決分類 審判 一部無効 2項進歩性  A41B
審判 一部無効 特36条4項詳細な説明の記載不備  A41B
管理番号 1285976
審判番号 無効2013-800066  
総通号数 173 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2014-05-30 
種別 無効の審決 
審判請求日 2013-04-16 
確定日 2014-01-26 
事件の表示 上記当事者間の特許第3316189号発明「くつ下」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯
本件無効審判は、請求人及び被請求人が本件無効審判と同じである無効2013-800065号と併合して審理を行い、口頭審理終了時に審理を分離した。本件及び無効2013-800065号に係る主な手続の経緯を以下に示す。
(1)本件(無効2013-800066号)に係る主な手続の経緯
平成10年11月11日 本件特許出願(特願平10-320874
号、特願平10-120756号の分割出
願、遡及出願日平成10年4月30日、優
先権主張 特願平9-115607号、平
成9年5月6日)
平成14年 6月 7日 設定登録(特許第3316189号)
平成22年 7月 7日付け 本件特許に係る無効審判事件(無効200
8-800254号)の審決(訂正を認め
、無効請求不成立)
平成23年 9月29日 上記審決の確定
平成25年 4月16日付け 審判請求書及び検証申出書
平成25年 7月18日付け 審判事件答弁書
平成25年 8月13日付け 審尋
平成25年 9月13日付け 回答書(請求人)
平成25年 9月13日付け 回答書(被請求人)
平成25年 9月24日付け 審理事項通知書
平成25年10月17日付け 口頭審理陳述要領書(請求人)
平成25年10月17日付け 口頭審理陳述要領書(被請求人)
平成25年10月21日付け 審理事項通知書
平成25年10月28日付け 口頭審理陳述要領書(2)(被請求人)
平成25年10月28日付け 口頭審理陳述要領書2(請求人)
平成25年10月29日付け 口頭審理陳述要領書3(請求人)
平成25年10月29日付け 上申書(請求人)
平成25年10月31日 口頭審理
平成25年11月13日付け 審理終結通知

(2)無効2013-800065号に係る主な手続の経緯
平成10年 4月30日 特許出願(特願平10-120756号、
優先権主張 特願平9-115607号、
平成9年5月6日)
平成11年 3月 5日 設定登録(特許第2895473号)
平成21年10月29日付け 特許第2895473号に係る訂正審判事
件(訂正2009-390111号)の審
決(訂正を認める。)
平成21年11月10日 上記審決の確定
平成25年 4月16日付け 審判請求書及び検証申出書
平成25年 7月18日付け 審判事件答弁書
平成25年 8月13日付け 無効理由通知書
平成25年 9月13日付け 意見書(請求人)
平成25年 9月13日付け 意見書及び訂正請求書(被請求人)
平成25年 9月24日付け 審理事項通知書
平成25年 9月27日付け 上申書(被請求人)
平成25年10月 3日付け 無効理由通知書
平成25年10月10日付け 意見書(請求人)
平成25年10月10日付け 意見書及び訂正請求書(被請求人)
平成25年10月24日付け 口頭審理陳述要領書(請求人)
平成25年10月28日付け 口頭審理陳述要領書(被請求人)
平成25年10月31日 口頭審理
平成25年11月13日付け 審理終結通知

第2 当事者の主張
1.請求及び答弁の趣旨、並びに証拠方法
(1)請求人の主張
審理の全趣旨からみて、請求人は、「特許第3316189号の特許請求の範囲の請求項1、2に係る発明についての特許を無効とする。審判費用は被請求人の負担とする。」との審決を求めており、以下の証拠方法を示している。また、被請求人が本件無効審判において提出した乙第1号証ないし乙第9号証、及び被請求人が無効2013-800065号において提出した乙第1号証ないし乙第13号証の成立を認めている。

〈本件無効審判において提出した証拠方法〉
甲第1号証:特許第3316189号公報(本件特許公報)
甲第2号証:無効2008-800254号の特許審決公報(【管理番
号】第1244982号。本件特許に係る確定審決)
甲第3号証:平成22年(行ケ)第10265号判決
甲第4号証:(欠番)
甲第5号証:検甲第1号証(請求人が、本件特許明細書の記載に基づい
て製造したくつ下の爪先部分)の写真
甲第6号証の1:米国特許第16,285号明細書及びその訳文
甲第6号証の2:甲第6号証の1のFig.3を基に請求人が作成した、爪
先の製編方法の展開図
甲第6号証の3:検甲第2号証(請求人が、甲第6号証の1の記載に基
づいて製造したくつ下の爪先部分)の写真
甲第7号証の1:米国特許第2,437,195号明細書及びその訳文
甲第7号証の2:甲第7号証の1のくつ下の爪先部の展開図
甲第7号証の3:検甲第3号証(請求人が、甲第7号証の1の記載に基
づいて製造したくつ下の爪先部分)の写真
甲第8号証:米国特許第461,183号明細書及びその部分訳
甲第9号証:米国特許第369,637号明細書及びその部分訳
甲第10号証:米国特許第1,160,819号明細書及びその部分訳
甲第11号証:検甲第1号証ないし検甲第3号証を対比して示す写真
(請求人撮影)
検甲第1号証:請求人が、本件特許明細書の記載に基づいて製造したく
つ下の爪先部分
検甲第2号証:請求人が、甲第6号証の1の記載に基づいて製造したく
つ下の爪先部分
検甲第3号証:請求人が、甲第7号証の1の記載に基づいて製造したく
つ下の爪先部分

〈無効2013-800065号において提出した証拠方法〉
請求人は、無効2013-800065号において、甲第1号証ないし甲第11号証、並びに検甲第1号証ないし検甲第3号証を提出しており、その甲第3号証、甲第5号証ないし甲第11号証、並びに検甲第1号証ないし検甲第3号証は、その証拠番号を含め、本件無効審判において提出した証拠方法と同じである。
また、甲第1号証、甲第2号証及び甲第4号証として、次のものを提出している。
甲第1号証:特許第2895473号公報
甲第2号証:訂正2009-390111号の特許審決公報(【管理番
号】第1206912号。特許第2895473号に係る確
定審決)
甲第4号証:「靴下工学」(日本靴下工業組合連合会 編、1979年
10月20日 日本靴下協会発行)、50頁10?13行及
び50頁の図「II-3平編」の(a)

(2)被請求人の主張
審理の全趣旨からみて、被請求人は、「本件審判請求は成り立たない、審判費用は請求人の負担とする」との審決を求めており、以下の証拠方法を示している。また、請求人が本件無効審判において提出した甲第1号証ないし甲第11号証、及び請求人が無効2013-800065号において提出した甲第1号証ないし甲第11号証の成立を認めている。

〈本件無効審判において提出した証拠方法〉
乙第1号証:広辞苑第六版1874頁「つつ《助詞》」の項目
乙第2号証:特開2007-197853号公報
乙第3号証:特開平8-100302号公報
乙第4号証:特許第3780354号公報
乙第5号証:「〈パーソナル版〉全1巻 小学館ランダムハウス英和大
辞典」(昭和60年1月21日 背革装(全1巻)第1刷
小学館発行)「shift」の項目
乙第6号証:特開平9-13253号公報
乙第7号証:特開平8-280726号公報
乙第8号証:特開平5-163601号公報
乙第9号証:特開平7-207552号公報

〈無効2013-800065号において提出した証拠方法〉
被請求人は、無効2013-800065号において乙第1号証ないし乙第13号証を提出しており、その乙第1号証ないし乙第4号証、並びに乙第6号証ないし乙第9号証は、その証拠番号を含め、本件無効審判において提出した証拠方法と同じであり、乙第13号証として本件無効審判の乙第5号証を提出している。また、乙第5号証、並びに乙第10号証ないし乙第12号証として次のものを提出している。
乙第5号証:「知財で元気な企業2007」(経済産業省特許庁 編、
平成19年5月30日 経済産業調査会 発行)68?69頁
乙第10号証:「測量用語辞典」(測量用語辞典編集委員会 編、20
11年7月19日 東洋書店 発行)32?33頁
乙第11号証:「測量学」(中村英夫、清水英範 共著、2000年2
月10日 技報堂出版 発行)278?279頁
乙第12号証:訂正2009-390111号の特許審決公報(【管理
番号】第1206912号。特許第2895473号に係る
確定審決。請求人が無効2013-800065号無効審判
において提出した甲第2号証と同じ。)

(3)検証の申出、及び検甲号証の取扱い
請求人が、検証を申し出ている検甲第1号証ないし検甲第3号証は、本件特許明細書、甲第6号証の1、又は甲第7号証の1の記載に基づいて、請求人が製造したくつ下の爪先部分であり、これら文献の記載内容の理解を助けるための資料であって、請求人が主張している無効理由の基礎となる直接的な証拠ではない。よって、本件無効審判では、これら検甲第1号証ないし検甲第3号証を、上記文献の記載内容の理解に資する参考資料として扱い、検証は行わないこととする(口頭審理調書の「請求人」の1、及び「審判長」の1を参照)。

2.無効理由の主張及びその反論
(1)請求人の主張の要旨
審理の全趣旨からみて、請求人は、以下に要点を示す無効理由1ないし無効理由2-4の、5つの無効理由があると主張している(口頭審理調書の「請求人」の6を参照)。

《無効理由1》
本件明細書の段落0015の第1文に「次いで、H位置側に針釜が回動する際に、針数を増加させてM位置まで編み立てると同時に、L位置側に針釜が回動する際に、針数を減少させてK位置側まで編み立てることによって、編み立て方向をくつ下の親指側16の方向にシフトさせつつ編み立てることができる。」とあるが、「親指側16の方向」は、「小指側18の方向」の誤記である。このような記載では、技術的に実施不可能であり、当業者が発明の実施をすることができる程度に明確且つ十分に記載しているとはいえない。よって、本件特許の請求項1、2に係る発明(以下、「本件発明1」及び「本件発明2」という。)に対する特許は、特許法第36条第4項第1号に規定された要件を満たしていない特許出願に対してなされたもので、特許法第123条第1項第4号に該当し、無効とすべきである。
(なお、当審で下線を付した上記「増加」及び「減少」が、それぞれ「減少」及び「増加」の誤記であることは、当事者間に争いがない。)

《無効理由2-1》
本件発明1は、甲第7号証の1に記載された発明に、甲第6号証の1に記載された発明を適用することにより、出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない発明である。本件発明は、特許法第29条の規定に違反して特許されたものであるから、特許法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきである。

《無効理由2-2》
本件発明1は、甲第7号証の1に記載された発明に、単なる設計変更を施すことにより、または、甲第8号証に記載された発明を適用することにより、出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない発明である。本件発明は、特許法第29条の規定に違反して特許されたものであるから、特許法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきである。

《無効理由2-3》
本件発明1は、甲第9号証に記載された発明に、甲第6号証の1に記載された発明を適用することにより、または、甲第7号証の1に記載された発明を適用することにより、出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない発明である。本件発明は、特許法第29条の規定に違反して特許されたものであるから、特許法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきである。

《無効理由2-4》
本件発明2は、甲第7号証の1に記載された発明に基づいて、出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない発明である。本件発明は、特許法第29条の規定に違反して特許されたものであるから、特許法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきである。

(2)被請求人の主張の要旨
審理の全趣旨からみて、被請求人は、本件発明1又は2に対して請求人が主張する無効理由は、いずれも理由がないと主張している。

第3 無効理由についての当審の判断
1.本件発明
本件発明1及び本件発明2は、平成23年9月29日に確定した、無効2008-800254号審決(甲第2号証)によって、訂正が認められた明細書の特許請求の範囲の請求項1、2に記載された事項によって特定されるとおりのものであり、次のように分説することができる。なお、本件発明1及び本件発明2の分説については、当事者間で争いがない。
《本件発明1》
A 丸編機によって筒編して得たくつ下が、その爪先部における最先端位置
が親指側に偏って位置する非対称形であって、
B 該くつ下の爪先部の形状が、親指が他の指よりも太い人の足の形状に近
似するように、前記爪先部の小指側よりも親指側の厚みを増加する厚み増
加用編立部分が、前記爪先部の先端部で且つ親指側に偏って編み込まれ、
C 且つ前記厚み増加用編立部分の親指側の面積が拡大するように、前記厚
み増加用編立部分を爪先部の親指側の側面から前記爪先部の先端を上に向
けて見たとき、厚み増加用編立部分の端縁が、V字状に形成されている
D ことを特徴とするくつ下。

《本件発明2》
E くつ下の爪先部に編み込まれた厚み増加用編立部分が、爪先部の先端部
及び親指側の側面部を形成する請求項1記載のくつ下。

2.無効理由1について
(1)無効理由の概要
無効理由1の概要は、「本件明細書の段落0015の第1文に『次いで、H位置側に針釜が回動する際に、針数を増加させてM位置まで編み立てると同時に、L位置側に針釜が回動する際に、針数を減少させてK位置側まで編み立てることによって、編み立て方向をくつ下の親指側16の方向にシフトさせつつ編み立てることができる。』とあるが、『親指側16の方向』は、『小指側18の方向』の誤記である。」というものである(上記第2 2.(1)参照)。

(2)「編み立て方向を」「シフトさせ」について
ア.乙第3号証の段落0009、乙第6号証の段落0003、乙第7号証の段落0010、乙第9号証の段落0006などを参酌すると、編物の技術分野においては、「編み立て方向」(編立方向)を、「コースの積み重なる方向」の意味で用いることが一般的と認められる。「コースの積み重なる方向」は、編機に固有のものであり、編み動作の最中に変更できないものである。
一方、乙第5号証によれば、「shift」の意味は「場所(住所、位置、方向)を変える」という意味であるから、本件明細書に記載された「編み立て方向を」「シフトさせ」は、「編み立て方向を変える」ことを意味していると認められる。
しかし、上記のとおり、「編み立て方向」は、編み動作の最中に変更できないものであるから、本件明細書に記載された「編み立て方向を」「シフトさせ」は、当業者にとって、意味不明な記載である。

イ.本件明細書に記載された「編み立て方向を」「シフトさせ」を、合理的に解釈する方法の1つとして、本件明細書では「編み立て方向」を編物の技術分野における一般的な意味で用いているのではなく、変えることが可能な方向を意味する用語として使っていると解釈する方法がある。本件明細書段落0014?0017及び図1(図1の一部を抜粋した図を本審決末尾に参考図1として示す。)に記載されたくつ下の爪先部の編み方を展開図として示すと、審判請求書49頁に示した展開図(本審決末尾に参考図2として示す。また、答弁書36頁の図B(b)を本審決末尾に参考図3として示す。)のようになると認められるところ、この展開図では、(a)足裏部生地HIKJは、図上、下から上へ生地(編地)が製編されていき、次いで、(b)足裏側の厚み増加用編立部分JKLHは、図上、右下から左上へ生地(編地)が製編されていき、次いで、(c)甲側の厚み増加用編立部分HLKMは、図上、左下から右上へ生地(編地)が製編されていき、次いで、(d)甲部生地MKIHは、図上、下から上へ生地(編地)が製編されていく。
このように、生地(編地)が製編されていく方向は、上記のとおり、「下から上」、「右下から左上」、「左下から右上」、「下から上」と変化するから、本件明細書では「編み立て方向」を、「生地(編地)が製編されて延びていく方向」を意味する用語として用いられていると解釈することには、一定の合理性がある。なお、「生地(編地)が製編されて延びていく方向」は、「編地の幅の中心位置が移動して行く方向」とか、「正逆反転編みの針釜の回動端の中心が、編地上で移動していく方向」などと表現することもできる。

ウ.そして、この展開図では、図の左側が親指側であるから、足裏部生地HIKJの製編から、足裏側の厚み増加用編立部分JKLHの製編に移る際、すなわち上記(a)から(b)に移る際に、「生地(編地)が製編されて延びていく方向」が、上向きから、親指側に傾いた向きに変化(シフト)している。したがって、「編み立て方向」を「生地(編地)が製編されて延びていく方向」と解釈した場合、本件明細書段落0014の「くつ下の足裏側10bを示す図1(c)のHI位置まで編み立てた後、編み立てに関与する編針の針数(以下、単に針数と称することがある)を順次減少させてJK位置まで編み立てる。……更に、JK位置まで編み立てた後、J位置側に針釜が回動する際に、針数を順次増加させてH位置まで編み立てると同時に、K位置側に針釜が回動する際に、針数を順次減少させてL位置側まで編み立てることによって、編み立て方向をくつ下の親指側16の方向にシフトさせつつ編み立てることができる。」という記載と整合する。

エ.また、この展開図では、上記(b)から(c)に移る際に、「生地(編地)が製編されて延びていく方向」が、小指側に変化(シフト)している。一方、本件明細書段落0015には「次いで、H位置側に針釜が回動する際に、針数を増加(審決注:「増加」が「減少」の誤記であることは当事者間で争いがない。)させてM位置まで編み立てると同時に、L位置側に針釜が回動する際に、針数を減少(審決注:「減少」が「増加」の誤記であることは当事者間で争いがない。)させてK位置側まで編み立てることによって、編み立て方向をくつ下の親指側16の方向にシフトさせつつ編み立てることができる。」と記載されているから、「編み立て方向」を「生地(編地)が製編されて延びていく方向」と解釈した場合、段落0015の「親指側16の方向にシフト」という記載と整合しない。

オ.以上の点から見て、請求人は、本件明細書に記載された「編み立て方向」を、「生地(編地)が製編されて延びていく方向」と解釈しており、その解釈に従えば、本件明細書の段落0015の第1文の「親指側16の方向」は、「小指側18の方向」の誤記である、と主張しているものと認められる。

(3)当業者が発明の実施をすることができるか否かについて
ア.上記(2)イで述べたとおり、本件明細書では「編み立て方向」を、「生地(編地)が製編されて延びていく方向」を意味する用語として用いられていると解釈することには、一定の合理性がある。そして、この解釈を採用した場合、本件明細書の段落0015の第1文の「親指側16の方向」は、「小指側18の方向」の誤記であると解される。
しかしながら、明細書の記載を見て誤記だと分かるのであれば、当業者はその記載を正しい意味に理解できるということであるから、当該誤記があることによって、本件発明が実施不能になることはない。したがって、請求人が主張する無効理由1には理由がない。

イ.また、本件明細書の「編み立て方向」が、「生地(編地)が製編されて延びていく方向」を意味する用語ではないとすると、上記(2)アで述べたとおり、本件明細書に記載された「編み立て方向を」「シフトさせ」は、当業者にとって、意味不明な記載である。
しかし、本件明細書段落0014?0017の針数の増加減少に関する記載及び図1を参照することにより、図1に記載された本件発明の実施形態の構成を製編することは、当業者にとって容易と認められる。また、本件明細書段落0017?0022及び図2を参照することにより、図2に記載された本件発明の実施形態の構成を製編することも、当業者にとって容易と認められる。
したがって、本件明細書の「編み立て方向」が、「生地(編地)が製編されて延びていく方向」を意味する用語ではなく、本件明細書に記載された「編み立て方向を」「シフトさせ」が、当業者にとって、意味不明な記載であるとしても、本件発明が実施不能になることはない。本件明細書の記載が特許法第36条第4項第1号に規定された要件を満たしていないとまではいえないから、請求人が主張する無効理由1には理由がない。

3.無効理由2-1について
(1)無効理由の概要
無効理由2-1の概要は、「本件発明1は、甲第7号証の1に記載された発明に、甲第6号証の1に記載された発明を適用することにより、出願前に当業者が容易に発明をすることができたものである」というものである(上記第2 2.(1)参照)。

(2)甲第7号証の1の記載事項
ア.甲第7号証の1には、次の事項が記載されている。
a「It is …… by reciprocatory knitting.」(1欄2-8行)
(日本語訳:ウェルトから編み動作を開始し、踵まで丸編みを進め、往復編みにより踵のポケットを形成し、足の部分は丸編みを再開し、最後に往復編みで爪先のポケットを形成することは、靴下やストッキングの製造で通例である。(訳文は請求人が提出したものである。以下、同様。))
b「The invention …… knitting machine」(3欄11-12行)
(日本語訳:本発明は、任意のタイプの丸編機に適用可能である。)
c「The knitting …… defg is knitted.」(1欄48行-2欄24行)
(日本語訳:爪先の製編は、a、aにて開始され、a、aからb、b’に、全数の針を作動させて円運動によって編み進める。一例として、本発明の理解を助けるために、針シリンダー内に340針(各々は縦溝に収容され、個別に動作可能である)が存在すると仮定する。b、b’で、b、c間の針は不作動位置に移動される。それらの針を不作動にするために、それらの針は都合よく持ち上げられる。本例では、b、c間の針の数は170であり、作動のままのc、b’間の針も170である。……縁(みみ)の付いたコースの製編は、振動またはよく称呼されている往復により、c、b’間の針(活動的なままである全ての針)でd、eまで進み、その後、例えば100の針だけが作動するまで、両端の針を漸次、不活動にし、該針にループを保持させることにより、活動グループの針の数を漸次、減少し、振動中に縮幅を達成する。好ましくは、作動針の端の1つの針が各コースで不作動位置に移動される。この間にdefgの部分が製編される。)
d「Next widening …… dfgh is knitted;」(2欄24-32行)
(日本語訳:次に、両端でループ保持針を漸次、活動させることにより、活動グループの針の数を漸次、増加し、振動中に拡幅を達成する。具体的には、例えば136針が作動するまで、針の数が両端で1針だけ増加され、この期間に、dfghの部分が製編される。)
e「Narrowing again …… dhjk is knitted.」(2欄35-40行)
(日本語訳:再度、縮幅が最初の縮幅と同じ方法で行われる。すなわち、100の針だけが再度作動するまで、作動針の数(各コースの両端の針)が減少される。この期間に、dhjkの部分が製編される。)
f「Next, widening …… no is produced;」(2欄42-53行)
(日本語訳:次に、元の活動的グループのすべての針が再び活動するまで、拡幅は、最初の拡幅と同様の方法で行われる。すなわち、j、kから、mdに達するまで、作動針の数は各コースの両端で1針だけ増加される。往復製編が開始された170の全数の針が作動し、複数の縁(みみ)の付いたコースが元の活動グループの全ての針で振動により製編される。これにより、md、noの部分が製造される。)
g「The needles …… knitting the toe.」(3欄1-10行)
(日本語訳:爪先の製編が開始するcb’間の針は、足底が製編される針である。したがって、最終のストキングでは、bc、no部分は、ストッキングを着用したときに、着用者の脚の上部にある。もちろん図面にストッキングの片側だけの例が示されているが、両側は同一であり、例えば、ラインcb’は、爪先の製編開始時の動作針の半分のみを表している。)
h これら記載事項及びFIG 2(本審決末尾に参考図5として示す。)から、甲第7号証の1に開示されているくつ下の爪先部の展開図は、審判請求書22頁の参考図2(本審決末尾に参考図6として示す。)のようになると認められる。
i FIG 2のfghdの部分及びdhjkの部分は、図示されていない片側部分と一体となって(本審決末尾の参考図6のfgf'd'k'jkdの部分)、爪先の先端部、親指側の側面部及び小指側の側面部を形成して、爪先部の親指側及び小指側の面積を拡大するように爪先部の厚みを増加する、爪先部の先端部に編み込まれる編立部分であると認められる。また、上記gの「両側は同一であり」という記載事項などから、爪先部の最先端位置が対称形であることが了知できる。さらに、厚み増加用編立部分を爪先部の親指側の側面から前記爪先部の先端を上に向けて見たとき、厚み増加用編立部分の端縁が、V字状に形成されており、同様に、厚み増加用編立部分を爪先部の小指側の側面から前記爪先部の先端を上に向けて見たとき、厚み増加用編立部分の端縁が、V字状に形成されていると認められる。

イ.これら記載事項及びFIG 2から、甲第7号証の1に開示されている発明を、本件発明1の記載に倣って整理すれば、甲第7号証の1には、次の発明が記載されているといえる(以下、「甲7発明」という。)。なお、甲第7号証の1には、「親指が他の指よりも太く且つ足の最先端の位置は親指側に位置する非対称形である」(本件明細書段落0006参照)人の足の形状に近似させて、くつ下の形を非対称形にするという技術的思想や、くつ下の親指側を小指側より厚くするという技術的思想は、記載も示唆もされていない。

《甲7発明》
a' 丸編機によって丸編みして得たくつ下が、その爪先部における最先端位
置が対称形であって、
b' 厚みを増加する厚み増加用編立部分が、前記爪先部の先端部に編み込ま
れ、
c 且つ前記厚み増加用編立部分の親指側の面積が拡大するように、前記厚
み増加用編立部分を爪先部の親指側の側面から前記爪先部の先端を上に向
けて見たとき、厚み増加用編立部分の端縁が、V字状に形成されており、
c2 且つ前記厚み増加用編立部分の小指側の面積が拡大するように、前記厚
み増加用編立部分を爪先部の小指側の側面から前記爪先部の先端を上に向
けて見たとき、厚み増加用編立部分の端縁が、V字状に形成されている
d くつ下。

(3)甲第6号証の1の記載事項
甲第6号証の1には、次の事項が記載されている。
a「The invention …… produced.」(1頁22-27行)
(日本語訳:本発明は、丸編機又は直線編機のいずれかの手段により実施されてもよいが、丸編機では完全に継ぎ目無しのウェルトのある形状のストッキングを製造できるので、有利には丸編機により実施される。)
b「I will …… at each end.」(1頁92行-2頁1行)
(日本語訳:私は図2に踵が製造される方法を示すことを試みるが…。…ループe,eのラインは、踵を開始するために半周製編された第1列を示し、ループf,fのラインは第2列、ループg,gのラインは第3列を示し、各列は両端で前の列よりも1ステッチ少ないことが分かるであろう。)
c「Fig.3 …… of operation.」(2頁12-59行)
(日本語訳:図3は、同じ原理で踵を形成する他の方法を表す。これは、図2と類似する特徴の背面図である。脚は、図2に示すように、前述したと同じ方法で、ラインa,b,cまで製編される。次に、前述したように、1列目のステッチは同点bから開始され、脚の後ろの中心aを少し越えたところまで延ばされる。2列目はこの1列目の上で製編され、再びbに向かって戻るが、前述したように、1列目の1つを除いて最後のステッチで終わる。3列目は2列目の第2ステッチ上で開始され、1ステッチ越えるまで行われ、図1のa,b,cと同じラインであるラインb,a,b上のステッチに編み付け、次に1列目が終わったところを越える。4列目はさらに遠い次のステッチ上で開始され、ラインa,b,cに沿って進み、3列目の1つを除いて最後のステッチまで戻る。そして5列目は4列目の第2ステッチから再度戻って製編され、その最後のステッチを1ステッチ越えて延ばされ、ラインa,b,cの次のステッチに編み付けられる。踵を製造するためにこのように形成された編片(ピース)は膨れ出ることによりそれを表現するのが困難であるため、私はステッチの列b,a,bに接続される左端の最後のステッチを示していないが、踵のステッチの各列がラインb,a,b上のどのステッチと接続するかを示すように、単に点線で示した。このピースが開始点と反対側の点bまで延びるように製編されると、その上に同じ形状の第2のピースが最後に指定したすなわち左側の点bから開始され、反対方向で作業が行われる。このように2またはそれ以上のピースでこの方法による作業を行うことにより踵が完了し、図1を参照して説明したように足の製編を開始することができる。私の発明を実施するこの最後の方法は、製品にきれいな外観を与えないので、最初に説明した方法より劣るが、球形のピースが同じ原理の動作により1以上の方法で製造できることを示すために説明しただけである。)
d「The toe …… line h, j, or h, i.」(2頁60-76行)
(日本語訳:爪先は、前述した方法の何れかにおいて、球形に製造されてもよい。図1に示すh,iに継ぎ目を有する爪先は、ラインc,b,dから、爪先が開始されるラインj,h,iまで、足の丸編みを進めた後、前述の方法のいずれかで半分を製編し、踵ピースのような球形の4分の1程度の形態のピースを製造し、他の半分に同様の形態のピースを製造し、これらの縁を互いに編み付け、縁が合致する継ぎ目h,iを残すことにより製造され、あるいは一方側から半分だけ製編し、半球のピースを形成することにより製造されると想定される。継目はラインh,j又はh,iにもってきてもよい。)
e 甲第6号証の1のFig.3に、請求人が編み方の展開図を付加した図(甲第6号証の2として提出されている。)の一部抜粋を、本審決末尾に参考図4として示す。

(4)甲第8号証の記載事項
甲第8号証には、次の記載事項がある。
a「It is …… kind mentioned.」(1頁7-12行)
(日本語訳:私の発明の目的は、これまで達成されてきたものよりも、足の自然な形状により近く一致する形状を確保する、いわゆる「右と左」のストッキングの改良を提供することである。)
b「the knitting …… is reached.」(1頁43-54行)
(日本語訳:製編がラインdまで進み、丸編機の針の2分の1が、これまでと同様に爪先を製編する動作から外される。両側、又は列若しくはラインの両側の針を動作から外す代わりに、針は、片側のみ撤退され、その側で縮幅し、他の側で縁端ウェブを形成し、これを爪先部の下部のほぼ2分の1が製編され、ラインeに達するまで行う。)
c Fig.2は、本審決末尾に参考図7として示すとおりである。

(5)甲第9号証の記載事項
ア.甲第9号証には、次の事項が記載されている。
a「It is …… be avoided.」(1頁9-16行)
(日本語訳:私の発明の目的は、ストッキングの爪先を構成し、足のその部分の自然形状にできるだけ近く一致するようにし、着用者の爪先が自然状態をとれず窮屈にならないようにし、ストッキングの使用の不快感や足の曲がりが回避されるようにすることである。)
b「In carrying …… the drawings.」(1頁53-83行)
(日本語訳:私の発明を実施する際に、私はストッキングの脚、踵、足部を、爪先が開始するラインaaまで下がって、公知の方法で製偏する。小指側の前端をちょうど越えた点である点aaで、ストッキングの小指側lの縮幅を開始する。この縮幅は、点aから点bまでラインcに沿って、好みに応じて、急に、進められる。ストッキングは、点bで完了すると思われる。ストッキングが円形の継ぎ目無しウェブとして点aまで製偏される場合に、ウェブの端がラインbbcに沿ってシーミング又はルーピングによって結合されると、ストッキングが完成する。この方法により、親指側gでは縮幅がなされず、ストッキングにdで完全にほぼ直角の角が形成されることが分かる。この構造のストッキングを着用者の両足に適合させるために、「右」と「左」の組、すなわち、右足に適合する一方のストキングと、左足に適合する他方のストッキングを作る必要がある。親指が完全な部分dにきて、縮幅がラインcに沿って開始する点に小指がくるようにする。このようにして、私は、図2に示すように、着用者の足の爪先に十分な余裕が与えられるストッキングを形成することができた。)
c「In Fig. 6 I have shown a diagram representing a stocking-foot
having a toe of common form. In this case it will be seen that the
toe is gradually narrowed along the lines nn, bringing the end
nearly to a point, as at o.」(1頁84-88行)
(日本語訳:図6に、共通の爪先を有するストッキングの足部を代表的に示す。この例では、爪先は線nnに沿って徐々に狭くなり、o点の近くで終端する。(この訳は当審による))
d Fig.4は、本審決末尾に参考図8として示すとおりであり、Fig.6は、本審決末尾に参考図13として示すとおりである。

イ.甲9発明
甲第9号証には、Fig.6に示す構成の爪先部を製編する方法の詳細が、明確には記載されていない。
一方、請求人は、審判請求書第38頁下から2行?39頁4行で「甲9のFig.6には、参考図13(審決注:本審決末尾の参考図13参照)に示すように、爪先の最先端部が親指側にも小指側にも偏っていない左右対称の爪先部が記載され、これが編み立てに関与する針数の増減によって形成する従来の通常のくつ下の爪先の製編方法であることが記載されている。このような爪先が従来の爪先であることは、本件明細書(甲1,2)の段落【0003】?【0004】及び図5に記載のように、被請求人自身も認識している。」、平成25年10月17日付けの口頭審理陳述要領書(以下、「請求人陳述要領1」という。)24頁下から4?2行で「甲9Fig.6のくつ下は、本件明細書の段落0003(図5参照)で説明されているくつ下と同じであり、爪先部の先端部に厚み増加用編立部分は形成されていない点で、本件特許発明と相違する。」と主張している。確かに、本件明細書の段落0003(図5参照)で説明されているくつ下の爪先部の製編方法は、本件特許の出願時点において周知・慣用の製編方法と認められるから、甲第9号証には、Fig.6に示す構成の爪先部を製編する方法の詳細が、明確に記載されていないとしても、この構成の爪先部を、本件明細書の段落0003で説明されている、従来周知のくつ下の爪先部の製編方法で製編できることは、当業者に自明といえる。すると、甲第9号証には、Fig.6に示す構成の爪先部を、本件明細書の段落0003で説明されている、従来周知のくつ下の爪先部の製編方法で製編することが記載されているも同然といえる。
よって、甲第9号証には、次に示す甲9発明が記載されているといえる。
《甲9発明》
a' 丸編機によって筒編して得たくつ下が、その爪先部における最先端位置
が左右対称形である、
d くつ下。

(6)甲第10号証の記載事項
甲第10号証には、次の事項が記載されている。
a「The main objects …… great toe.」(1頁10-17行)
(日本語訳:発明の主な目的は、まず第1に、右と左があり、爪先部の内側が足部分の内側と一致するように実質的に直線的に編まれており、足の自然形状に適合しており、そして親指の端に継ぎ目が無いシームレス編み靴下を提供することである。)
b「Referring to …… toe portion 3.」(1頁55-69行)
(日本語訳:図面を参照すると、靴下1はいわゆるシームレスタイプのものである。すなわち、丸編機でぐるぐると編まれており、横編機で平に編まれる“フルファッション靴下”とは区別される。私の改良された靴下は、公知の方法で爪先部まで編まれる。針の半分が動作から外され、爪先部が往復運動で編まれる。機械がこのような往復運動を始めると、爪先の外側の針は、爪先部3の縮幅2を作るように操作される。)
c Fig. VI、Fig. VIIは、本審決末尾に参考図9として示すとおりである。

(7)本件発明1と甲7発明との対比
ア.本件発明1と甲7発明とを対比すると、甲7発明の「丸編み」は、本件発明1の「筒編」に相当する。

イ.すると、本件発明1と甲7発明との一致点、相違点は、次のとおりである。
《一致点》
A' 丸編機によって筒編して得たくつ下であって、
B' 厚みを増加する厚み増加用編立部分が、前記爪先部の先端部に編み込ま
れ、
C 且つ前記厚み増加用編立部分の親指側の面積が拡大するように、前記厚
み増加用編立部分を爪先部の親指側の側面から前記爪先部の先端を上に向
けて見たとき、厚み増加用編立部分の端縁が、V字状に形成されている
D くつ下。

《相違点》
本件発明1は、【A”】爪先部における最先端位置が親指側に偏って位置する非対称形であって、【B”】該くつ下の爪先部の形状が、親指が他の指よりも太い人の足の形状に近似するように、前記爪先部の小指側よりも親指側の厚みを増加する厚み増加用編立部分が、前記爪先部の先端部で且つ親指側に偏って編み込まれているのに対し、
甲7発明は、【a”】爪先部における最先端位置が左右対称形であって、【b”】該くつ下の爪先部の形状が、親指が他の指よりも太い人の足の形状に近似するように、記爪先部の小指側よりも親指側の厚みを増加する厚み増加用編立部分が、前記爪先部の先端部で且つ親指側に偏って編み込まれているものではない点。
他の表現をすれば、本件発明1では、爪先部の厚みを増加する厚み増加用編立部分が、2つの平行四辺形を接続した形状であり、厚み増加用編立部分が、小指側よりも親指側の面積が拡大するように編み込まれているのに対し、甲7発明では、2つの台形の幅の広い底部同士を接続した形状であり、厚み増加用編立部分は、小指側と親指側の面積が等しい点と表現することもできる。この相違点を図面により示すと、本審決末尾に示した参考図2と参考図6のようになる。

(8)相違点の検討
ア.請求人の主張
(ア)請求人は、審判請求書24頁14?16行で『甲8には、本件特許発明の「人の足の形状に可及的に近似し、着用した際に、親指側に圧迫感等を与えることを防止する」という課題が記載されていると言える。』と、同書30頁2?4行で『甲9,甲10には、本件特許発明の「人の足の形状に可及的に近似し、着用した際に、親指側に圧迫感等を与えることを防止する」という課題が記載されていると言える。』と主張している。
(イ)請求人は、審判請求書33頁17?23行で『甲6には……「丸編機の編み立て方向を一側方向にシフトさせつつ製編する」爪先の製造方法が記載されている。この方法により製編された爪先は、「厚み増加用編立部分が、前記爪先部の先端部で且つ親指側に偏って編み込まれ」た構成となることは当然である。すなわち、甲6には、参考図11(審決注:本審決末尾の参考図4参照)に示す爪先において、「前記爪先部の小指側よりも親指側の厚みを増加する厚み増加用編立部分が、前記爪先部の先端部で且つ親指側に偏って編み込まれ」た構成が記載されていると言える。』と主張している。また、請求人陳述要領1の14頁3?10行で『甲6が、構造的に親指側に厚みを形成する厚み増加用編立部分を開示するものである……。すなわち、甲6のPQSR部分とRSQP部分の編地は、下記展開図(審決注:本審決末尾の参考図4参照)において、親指側の端縁PRと端縁RPが点Rを頂点とする「山」となり、小指側の端縁QSと端縁SQが点Sを底とする「谷」となるような、矢羽根状のものである。そして、PSPRの部分が、爪先部の足裏側と甲部側にまたがる一体化された側面部となり、爪先に厚みを形成する。』と、同請求人陳述要領1の15頁1?4行で『甲6は、親指側には小指側のS-Qのようなゴアラインがないため、小指側よりも圧迫感が少ない。したがって、甲6の厚み増加用編立部分は、「人の足の形状に可及的に近似し、着用した際に、親指側に圧迫感等を与えることを防止する」という本件特許発明とは、共通した作用・機能を奏する。』と主張している。
さらに、平成25年10月28日付け口頭審理陳述要領書2(以下、「請求人陳述要領2」という。)の8頁2行?9頁5行で『甲6号証の1は、甲6号証の2の展開図(審決注:本審決末尾の参考図4参照)に示すように、PQSR部分とRSQP部分の左側の端縁PRとRPは互いに連結されず、右側の端縁QSとSQは互いに連結される。端縁QSとSQが直接結合されるライン(ゴアライン)は伸びにくいのに対し、直接結合されない端縁PRとRPがV字状に平面を形成する側面は伸び易い。これは、端縁は編目の折り返し点(編糸のUターンする場所でもある)になるので、通常の編目のように上下左右の編目と引き合うことができないからであり、端縁同士の結合ではさらに伸びにくくなるからである。……このため……親指が左にある右足で着用した場合には、問題ないが、親指が右側にある左足で着用した場合いは、親指によって生地が伸びようとしても、端縁QSとSQが直接結合されるラインが伸びず、逆に左側の小指側の生地が右側に引き寄せられ、最先端部に尖りが生じ、装着感に相違が生じる。……したがって、甲6号証の2に示す「矢羽根状」の「山」となる側すなわち端縁PRとRPが互いに連結されない側は親指側であり、「矢羽根状」の「谷」となる側すなわち端縁QSとSQが互いに連結される側は小指側となるのが、当業者の技術常識である。よって、本件特許出願時の当業者の技術常識からすれば、甲6号証の2に示す「矢羽根状」の向きと爪先の親指側・小指側とは関連づけされている。』と主張している。
(ウ)そして、審判請求書34頁2?22行で『本件特許発明の「人の足の形状に可及的に近似し、着用した際に、親指側に圧迫感等を与えることを防止し得る」という課題は、甲7の出願日以前文献である甲8,9,10にも存在しており、普遍的ないし周知の課題である。このように、普遍的ないし周知の課題が存在する状況においては、甲7の発明に甲6の構成を適用する動機付けは存在する……。……しかも、甲6の製造方法により製造された爪先は、「人の足の形状に可及的に近似し、着用した際に、親指側に圧迫感等を与えることを防止し得る」ことは明らかであるから、本件特許発明の作用・機能と共通している。……したがって、甲7のくつ下において、甲8,9,10に記載のようにくつ下が人の足の形状に可及的に近似するように、甲7の厚み増加用編立部分fgf'-dhd'およびdhd'-kjk'に代えて、甲6の「前記爪先部の小指側よりも親指側の厚みを増加する厚み増加用編立部分が、前記爪先部の先端部で且つ親指側に偏って編み込まれ」た構成を適用して、本件特許発明のくつ下とすることは、当業者に容易である。』と主張し、請求人陳述要領1の18頁下から9行?19頁8行でも同様の主張をしている。

イ.当審の判断
(ア)確かに、甲第8、9、10号証には、「人の足の形状に可及的に近似し、着用した際に、親指側に圧迫感等を与えることを防止する」という課題が記載されているとはいうことはできる。しかし、甲第8、9、10号証に記載されている事項は、「親指側が小指側より長い人の足の形状に可及的に近似し、着用した際に、親指側に圧迫感等を与えることを防止する」課題というべきであり、その解決手段は、「くつ下の爪先の親指側の長さを小指側の長さより長くする」ことである。一方、本件発明1の課題及び解決手段は、「親指が他の指よりも太い人の足の形状に、くつ下の爪先部の形状が近似するように、くつ下を履いたとき、親指が挿入される爪先部の親指側に、厚みを増加する厚み増加用編立部分を偏って編み込むことによって、親指に対する圧迫感を緩和」(本件明細書段落0007参照)することである。したがって、甲第8、9、10号証に記載された課題及び解決手段は、本件発明1の課題及び解決手段とは異なる。
(イ)また、甲第6号証の1のFig.3に示された構成は、「製品にきれいな外観を与えないので、最初に説明した方法より劣るが、球形のピースが同じ原理の動作により1以上の方法で製造できることを示すために説明しただけである。」(上記(3)cの末尾部分参照)ものにすぎない。甲第6号証の1のFig.3に記載された構造は、爪先部全体を球形に製造する、換言すれば、爪先部全体に丸みを付ける方法(上記(3)cの末尾部分及び同dを参照)の1つであり、「爪先部の先端部で」「編み込まれ」(本件発明の構成要件B参照)るものではない。さらに、本件発明1の「厚み増加用編立部分」は、親指側の編地の面積が小指側より多い(本審決末尾の参考図3のハッチング部分参照)「爪先部の小指側よりも親指側の厚みを増加する厚み増加用編立部分」(本件発明の構成要件B参照)であり、「親指側に偏って編み込まれ」(本件発明の構成要件B参照)るものであるが、甲第6号証の1のFig.3に記載された構造は編地の面積が左右均等の構造である。したがって、甲第6号証の1に、本件発明1でいう「厚み増加用編立部分」が記載されているとはいえない。
さらに、甲第6号証の1のFig.3に示された構成は、左右非対称の編み方であるが、右足用と左足用とで、爪先部の編み方を変えることは記載も示唆もされていないし、当該左右非対称の編み方の方向と、親指側・小指側とを関係づける技術的思想も、甲第6号証の1に記載も示唆もされていない。したがって、甲第6号証の1には、『「前記爪先部の小指側よりも親指側の厚みを増加する厚み増加用編立部分が、前記爪先部の先端部で且つ親指側に偏って編み込まれ」た構成』は記載も示唆もされていないし、『甲6号証の2に示す「矢羽根状」の向きと爪先の親指側・小指側と』を『関連づけ』することも記載も示唆もされていない。甲第6号証の1にこれら事項が記載されている旨の請求人の主張は、客観的根拠に基づかない請求人独自の見解であるから、採用できない。
(ウ)さらに、甲第7号証の1には、「親指が他の指よりも太く且つ足の最先端の位置は親指側に位置する非対称形である」(本件明細書段落0006参照)人の足の形状に近似させて、くつ下の形を非対称形にするという技術的思想や、くつ下の親指側を小指側より厚くするという技術的思想は、記載も示唆もされていない。したがって、甲第6号証の1のFig.3に記載された技術的思想を、甲7発明の厚み増加用編立部分に適用する動機付けは存在しないから、甲7発明と甲第6号証の1に記載された発明とに基づいて、本件発明1の構成を得ることが当業者に容易であったとはいえない。請求人が主張する無効理由2-1には理由がない。

(エ)また、上記(イ)で指摘したとおり、甲第6号証の1のFig.3に記載された爪先の構造は、爪先部全体を球形に製造する方法であるから、仮に、甲第6号証の1のFig.3に記載された技術的思想を甲7発明に適用した場合には、甲7発明の爪先部全体が、甲第6号証の1のFig.3に記載された構造になるというべきである。甲7発明に、甲第6号証の1のFig.3に記載された技術的思想を適用しても、本件発明1の構成を得ることはない。
(オ)上記(ウ)で指摘したとおり、甲第6号証の1のFig.3に記載された技術的思想を、甲7発明の厚み増加用編立部分に適用する動機付けは存在しないが、念のため、仮に、甲第6号証の1のFig.3に記載された技術的思想を甲7発明の厚み増加用編立部分に適用した場合について検討する。
上記(イ)で指摘したとおり、甲第6号証の1のFig.3に記載された技術的思想は、爪先を球形に製造する方法であるから、仮に、甲第6号証の1に記載された技術的思想を甲7発明の厚み増加用編立部分に適用した場合には、請求人陳述要領1の20頁の参考図(本審決末尾に参考図10として示す。)のような構成になるというべきであり、本件発明の構成になることはない。
この点、請求人は、爪先部の正逆転編みによる製編技術では、「1つの編立部の編終端と次の編立部の編始端は幅が同じでなければならない」(請求人陳述要領1の9頁下から4行)、よって、甲7発明の厚み増加用編立部分に甲第6号証の1のFig.3に記載された技術的思想を適用すると、台形部分の上辺(参考図10のff'参照)と同じ幅で「矢羽根状」の編立部分を製編することになるから、本件発明の構成を得ることができる旨主張している(請求人陳述要領1の20頁下から6行?21頁9行)。
しかし、請求人の主張どおり、「1つの編立部の編終端と次の編立部の編始端は幅が同じでなければならない」ため、参考図10のような製編が不可能であるとすれば、甲7発明の厚み増加用編立部分に甲第6号証の1に記載された技術的思想を適用することに阻害要因があり、適用ができないというべきである。
さらに指摘すれば、上記(イ)で指摘したとおり、甲第6号証の1には、右足用と左足用とで、爪先部の編み方を変えることも、請求人のいう「矢羽根状」の向きと爪先の親指側・小指側との関連づけも記載も示唆もされていないから、仮に、甲第6号証の1のFig.3に記載された技術的思想を甲7発明の厚み増加用編立部分に適用したとしても、本件発明1の構成を得ることはない。
(オ)なお、上記『爪先部の正逆転編みによる製編技術では、「1つの編立部の編終端と次の編立部の編始端は幅が同じでなければならない」』との請求人の主張は、汎用されている「各編針が1つのバットしか有しない丸編機」(平成25年10月29日付け口頭審理陳述要領書3に添付した資料2の(2)に示された写真を、本審決末尾に参考図11として示す。)を使用することを前提とした主張と認められる。
しかし、編機の各編針が複数のバットに関与し、より複雑な動作を可能にすることは、例えば、特開昭62-125053号公報や特開平8-3843号公報に記載されており、周知の技術的事項であるから、各編針が複数のバットに関与する丸編機を用いて適宜の改良を施すこと等により、参考図10の製編を行う丸編機を得ることは、必ずしも不可能ではないと認められる。

4.無効理由2-2について
(1)無効理由の概要
無効理由2-2の概要は、「本件発明1は、甲第7号証の1に記載された発明に、単なる設計変更を施すことにより、または、甲第8号証に記載された発明を適用することにより、出願前に当業者が容易に発明をすることができたものである」というものである(上記第2 2.(1)参照)。

(2)甲7発明及び本件発明1との対比
甲第7号証の1の記載事項及び甲7発明は、上記3.(2)に記載したとおりであり、本件発明1と甲7発明との一致点、相違点は、上記3.(7)に記載したとおりである。

(3)相違点の検討
ア.単なる設計変更について
(ア)請求人の主張
請求人は、請求人陳述要領1の23頁において『本件特許発明の「爪先部の親指側に厚みを形成するが小指側には厚みを形成しない厚み増加用編立部分20a,20b」という特徴部分は……甲7が実施される具体的状況に適合させるために、創造力や試行錯誤を要することなく、甲7の特徴部分を小指側に厚みを形成しない点に限定することができたものであり、当業者が必要に応じて調整し得る裁量事項である。』(7?11行)、「具体的事情としては、甲7の発明がなされた当時は、甲7より約90年前の甲6の技術により小指側の厚みをなくすことも可能であったが、左右のくつ下を履き分ける不便利性よりも、親指の爪による破れを左右交互に履くことにより目立たなくすることができるし、伸縮性のある素材の発達により小指側の余りをなくすことができるので、左右非対称のくつ下はその需要がなかったが、その後の丸編機の制御技術の進歩により小指側の厚みをなくす技術が容易になり、競技用のくつ下の需要が発生してきたことがあげられる。」(13?18行)と主張している。

(イ)当審の判断
本件発明1の「厚み増加用編立部分」は、「爪先部の小指側よりも親指側の厚みを増加する厚み増加用編立部分が、前記爪先部の先端部で且つ親指側に偏って編み込まれ」(本件発明1の構成要件B参照)、「厚み増加用編立部分の親指側の面積が拡大するように、前記厚み増加用編立部分を爪先部の親指側の側面から前記爪先部の先端を上に向けて見たとき、厚み増加用編立部分の端縁が、V字状に形成されている」(本件発明1の構成要件C参照)ものであり、その実施形態の1つである本件図1に示された構成は、「筒編部に続いて、爪先部の一部として編幅が順次減少する台形部を設け、足裏側及び甲部側のこれら台形部間に矢羽根状の編立部分を、矢羽根の先端が親指側を向き、矢羽根の先端部分が台形部の上辺よりも親指側に突出している構成」であるといえるが、このような構成や実施形態が、くつ下の技術分野において、本件特許の出願日以前に周知又は慣用であったとは認められないし、編物技術一般、例えば袋物や帽子において、このような台形部と矢羽根部との組合せ構成が周知又は慣用であったとも認められない。また、請求人は、このような構成が周知又は慣用されている技術的事項である証拠を示していない。
したがって、本件発明の「厚み増加用編立部分」は、周知又は慣用されている技術的事項の適用ということはできないから、単なる設計変更であるということはできない。請求人の主張には理由がない。

また、上記3.(8)イ.(イ)で指摘したとおり、甲第6号証の1には「右足用と左足用とで、爪先部の編み方を変えること」も、「構造的に親指側に厚みを形成する厚み増加用編立部分」も、『請求人が主張する「矢羽根状」の向きと爪先の親指側・小指側とを関係づける技術的思想』も、記載も示唆もされていない。さらに、本件特許の出願時点において、『「爪先部の親指側に厚みを形成するが小指側には厚みを形成しない厚み増加用編立部分」を有する競技用のくつ下』の需要が存在したことが、当業者に公知であったことを示す証拠もない。
したがって、甲7発明の「厚み増加用編立部分」を、「爪先部の親指側に厚みを形成するが小指側には厚みを形成しない厚み増加用編立部分」に設計変更する動機付けが存在するとは認められない。請求人の上記(ア)の主張は、客観的根拠に基づかない請求人独自の見解であるから採用できない。当業者が、甲7発明に単なる設計変更を施して、本件発明を容易に発明できたとは認められない。

イ.甲7発明に甲第8号証の発明を適用することについて
(ア)甲第8号証の記載事項は、上記3.(4)に記載したとおりである。

(イ)請求人の主張
請求人は、請求人陳述要領1の23頁下から4行?24頁4行において「甲7の特徴部分を小指側に厚みを形成しない点に限定することは、甲8(審決注:本審決末尾の参考図7参照)…のような小指側(h側)で針釜が回動する際に回動端で針数を順次減少する技術を適用することによって可能である。……すなわち、甲8のef間のh側の端縁のように、小指側(h側)で針釜が回動する際に回動端で針数を順次減少する技術を適用して、甲7のfgf'-dhd'間のd'側の端縁が、ded'-fgf'側の端縁d'f'を延長した線上にくるように、fgf'からdhd”までのf'側の編み立てを行うこと(審決注:本審決末尾の参考図12参照)は当業者が容易に想到し得ることである。」と主張している。請求人陳述要領1の24頁中段の図を、本審決末尾に参考図12として示す。

(ウ)当審の判断
請求人の主張どおり、甲第8号証には、「小指側(h側)で針釜が回動する際に回動端で針数を順次減少する技術」が記載されている。しかし、この「小指側(h側)で…針数を順次減少する技術」は、筒編部に続いて爪先部として設ける台形部に関する技術であり、参考図12でいえば、cbc'-fgf'間、及びkjk'-ono'間の部分に関する技術である。したがって、この技術を甲7発明の厚み増加用編立部分に適用する動機付けが存在するとはいえない。甲7発明に甲第8号証に記載の技術を適用して得られる構成は、甲7発明の台形部分(参考図12のcbc'-fgf'間、及びkjk'-ono'間の部分)を、「小指側(h側)で…針数を順次減少する」台形部分に変更し、その先端に左右対称形の厚み増加用編立部分を設けた構成であり、本件特許発明の構成が得られることはない。請求人の主張は採用できない。

5.無効理由2-3について
(1)無効理由の概要
無効理由2-3の概要は、「本件発明1は、甲第9号証に記載された発明に、甲第6号証の1に記載された発明を適用することにより、または、甲第7号証の1に記載された発明を適用することにより、出願前に当業者が容易に発明をすることができたものである」というものである(上記第2 2.(1)参照)。

(2)本件発明1と甲9発明との一致点、相違点
本件発明1と甲9発明とを対比すると、その一致点、相違点は、次のとおりである。
《一致点》
A''' 丸編機によって筒編して得たくつ下が、爪先部を有する
D くつ下。

《相違点》
本件発明1は、【A''''】爪先部における最先端位置が親指側に偏って位置する非対称形であって、【B】該くつ下の爪先部の形状が、親指が他の指よりも太い人の足の形状に近似するように、前記爪先部の小指側よりも親指側の厚みを増加する厚み増加用編立部分が、前記爪先部の先端部で且つ親指側に偏って編み込まれ、【C】且つ前記厚み増加用編立部分の親指側の面積が拡大するように、前記厚み増加用編立部分を爪先部の親指側の側面から前記爪先部の先端を上に向けて見たとき、厚み増加用編立部分の端縁が、V字状に形成されているのに対し、
甲9発明は、【a''''】爪先部における最先端位置が左右対称形であって、前記【B】及び【C】の構成を備えていない点。
より分かりやすく表現すれば、本件発明1は、爪先部の厚みが親指側に偏って増加する厚み増加用編立部分を備えているのに対し、甲9発明は、そのような厚み増加用編立部分を備えていない点と表現することもできる。
本審決末尾の参考図2で説明すれば、本件発明1は、参考図2でハッチングされた「厚み増加用編立部分」を備えているが、甲9発明はこの「厚み増加用編立部分」を備えていない点で相違する。

(3)相違点についての検討
ア.甲第6号証の1に記載された発明の適用について
(ア)請求人の主張
請求人は、請求人陳述要領1において次のように主張している。
a「甲9Fig.6のくつ下は、本件明細書の段落0003(図5参照)で説明されているくつ下と同じであり、爪先部の先端部に厚み増加用編立部分は形成されていない点で、本件特許発明と相違する。」(24頁下から4?2行)
b「甲6には……次の爪先部が記載されている。……爪先部Py:甲6のFig.3に示すように、親指側に偏った一対の平行四辺形を一体化した構成により、爪先部の小指側よりも親指側の厚みを増加し、爪先部の先端部で且つ親指側に偏って編み込まれている」(26頁1?7行)
c「従来の爪先部の足裏部の先端部に、厚み増加用編立部分を編み込む場合、公知技術である爪先部Pxと爪先部Pyのいずれかを選択できることは、当業者に自明である。」(26頁8?9行)

(イ)当審の判断
請求人は、甲第6号証の1に「親指側に偏った一対の平行四辺形を一体化した構成により、爪先部の小指側よりも親指側の厚みを増加し、爪先部の先端部で且つ親指側に偏って編み込まれている」「爪先部Py」が記載されている旨主張しているが(上記(ア)b)、甲第6号証の1には、そのようなことは記載されていない。
上記3.(8)イ.(イ)で指摘したとおり、甲第6号証の1には右足用と左足用とで、爪先部の編み方を変えることは記載も示唆もされていないし、「爪先部の小指側よりも親指側の厚みを増加し、爪先部の先端部で且つ親指側に偏って編み込まれている」構成も記載も示唆もされていない。よって、甲9発明に、甲第6号証の1に記載された発明を適用しても、本件発明1の構成を得ることはない。
甲第6号証の1のFig.3に示された事項は、爪先部全体を請求人のいう「矢羽根状」とする技術思想であり、「製品にきれいな外観を与えないので、最初に説明した方法より劣るが、球形のピースが同じ原理の動作により1以上の方法で製造できることを示すために説明しただけである。」(上記3.(3)cの末尾部分参照)ものである。ここでいう「最初に説明した方法」とは、甲第6号証の1のFig.2に示された方法であり、甲第6号証の1のFig.2に示された方法の代替手段として、甲第6号証の1のFig.3に示された方法が開示されているのである。そして、甲第6号証の1のFig.2(本審決末尾に参考図14として示す。)の方法は、甲9発明と同じである。
したがって、甲9発明に、甲第6号証の1のFig.3に示された事項を適用して得られる構成は、甲第6号証の1のFig.3に示されたくつ下そのものであり、本件発明の構成を得ることはない。

イ.甲第7号証の1に記載された発明の適用について
(ア)請求人の主張
請求人は、請求人陳述要領1において次のように主張している。
d「爪先部Px:甲7のFIG.2に示すように、左右対称な台形を一体化した構成により、親指側、小指側ともに厚みを増加し、爪先部の先端部で且つ小指側にも親指側にも偏らずに編み込まれている」(26頁2?4行)
主張a、cは、上記ア(ア)で示したとおりである。

(イ)当審の判断
甲9発明に、甲第7号証の1に記載された発明を適用すれば、爪先部の先端部に、厚み増加用編立部分をいずれの側にも偏らずに編み込む発明が得られる。この発明は、甲第7号証の1に記載された発明そのものである。甲9発明に、甲第7号証の1に記載された発明を適用しても、本件発明の構成を得ることはない。

ウ.まとめ
甲9発明に、甲第6号証の1に記載された発明を適用しても、本件発明の構成を得ることはできず、また、甲9発明に、甲第7号証の1に記載された発明を適用しても、本件発明の構成を得ることはできない。したがって、請求人の主張する無効理由2-3には、理由がない。

6.無効理由2-4について
(1)無効理由の概要
無効理由2-4の概要は、「本件発明2は、甲第7号証の1に記載された発明に基づいて、出願前に当業者が容易に発明をすることができたものである」というものである(上記第2 2.(1)参照)。

(2)甲第7号証の1の記載事項
ア.甲第7号証の1には、上記3.(2)ア.のa?iで指摘した事項が記載されている。
また、このiで「FIG 2のfghdの部分及びdhjkの部分は、図示されていない片側部分と一体となって(本審決末尾の参考図6のfgf'd'k'jkdの部分)、爪先の先端部、親指側の側面部及び小指側の側面部を形成して、爪先部の親指側及び小指側の面積を拡大するように、爪先部の厚みを増加する、爪先部の先端部に編み込まれる編立部分であると認められる。」と指摘した「爪先部の先端部に編み込まれる編立部分」は、「爪先部の先端部、親指側の側面部及び小指側の側面部を形成する」と認められる。

イ.これら記載事項及びFIG 2から、甲第7号証の1に開示されている発明を、本件発明1、2の記載に倣って整理すれば、甲第7号証の1には、次の発明が記載されているといえる(以下、「甲7発明の2」という。)。

《甲7発明の2》
a' 丸編機によって丸編みして得たくつ下が、その爪先部における最先端位
置が対称形であって、
b' 厚みを増加する厚み増加用編立部分が、前記爪先部の先端部に編み込ま
れ、
c 且つ前記厚み増加用編立部分の親指側の面積が拡大するように、前記厚
み増加用編立部分を爪先部の親指側の側面から前記爪先部の先端を上に向
けて見たとき、厚み増加用編立部分の端縁が、V字状に形成されており、
c2 且つ前記厚み増加用編立部分の小指側の面積が拡大するように、前記厚
み増加用編立部分を爪先部の親指側の側面から前記爪先部の先端を上に向
けて見たとき、厚み増加用編立部分の端縁が、V字状に形成されており、
e' くつ下の爪先部に編み込まれた厚み増加用編立部分が、爪先部の先端部
、親指側の側面部及び小指側の側面部を形成する
d くつ下。

(3)本件発明2と甲7発明の2との対比
ア.本件発明2と甲7発明の2とを対比すると、甲7発明の2の「丸編み」は、本件発明2が引用する本件発明1の「筒編」に相当する。

イ.すると、本件発明2が引用する本件発明1の構成要件を書き下して(いわゆる独立形式にして)、本件発明2と甲7発明の2との一致点、相違点を示せば、次のとおりである。
《一致点》
A' 丸編機によって筒編して得たくつ下であって、
B' 厚みを増加する厚み増加用編立部分が、前記爪先部の先端部に編み込ま
れ、
C 且つ前記厚み増加用編立部分の親指側の面積が拡大するように、前記厚
み増加用編立部分を爪先部の親指側の側面から前記爪先部の先端を上に向
けて見たとき、厚み増加用編立部分の端縁が、V字状に形成されており、
E くつ下の爪先部に編み込まれた厚み増加用編立部分が、爪先部の先端部
及び親指側の側面部を形成する
D くつ下。

《相違点》
本件発明2は、【A”】爪先部における最先端位置が親指側に偏って位置する非対称形であって、【B”】該くつ下の爪先部の形状が、親指が他の指よりも太い人の足の形状に近似するように、前記爪先部の小指側よりも親指側の厚みを増加する厚み増加用編立部分が、前記爪先部の先端部で且つ親指側に偏って編み込まれているのに対し、
甲7発明は、【a”】爪先部における最先端位置が左右対称形であって、【b”】該くつ下の爪先部の形状が、親指が他の指よりも太い人の足の形状に近似するように、記爪先部の小指側よりも親指側の厚みを増加する厚み増加用編立部分が、前記爪先部の先端部で且つ親指側に偏って編み込まれているものではない点。
これは、上記2.(7)で指摘した、本件発明1と甲7発明との相違点と同じである。

(4)相違点の検討
ア.この相違点は、無効理由2-2について検討した上記4.(3)ア.(イ)で述べたとおり、周知又は慣用されている技術的事項の適用ということはできないから、単なる設計変更であるということはできない。よって、本件発明2が、甲第7号証の1に記載された発明に基づいて、出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであるとの、無効理由2-4には、理由がない。

イ.念のため、甲第6号証の1、甲第8号証、甲第9号証、甲第10号証に記載された発明を考慮しても、上記無効理由2-1ないし無効理由2-3で述べたのと同様の理由により、本件発明2が、甲第7号証の1、甲第6号証の1、甲第8号証、甲第9号証、又は甲第10号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

第5 むすび
以上のとおりであって、請求人が本件発明1又は本件発明2に対して主張する無効理由は、いずれも理由がないから、本件特許の請求項1又は請求項2に係る発明についての特許を無効にすべき理由はない。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決をする。


【参考図1:本件発明 図1抜粋】 【参考図2:本件発明の展開図】


【参考図3:答弁書36頁の図の一部抜粋】


【参考図4:甲6の2 抜粋】 【参考図5:甲7の1 FIG 2】


【参考図6:甲7の2(甲7の1 の爪先部の展開図)】


【参考図7:甲第8号証 Fig.2】


【参考図8:甲9 Fig.4】 【参考図9:甲10 Fig.VI, Fig.VII】


【参考図10:H25.10.17請求人陳述要領書20頁の参考図】


【参考図11:丸編機の写真】


【参考図12:H25.10.17請求人陳述要領書24頁の図】


【参考図13:甲9 Fig.6】 【参考図14:甲6の1 Fig.2】

 
審理終結日 2013-11-13 
結審通知日 2013-11-15 
審決日 2013-12-19 
出願番号 特願平10-320874
審決分類 P 1 123・ 536- Y (A41B)
P 1 123・ 121- Y (A41B)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 植前 津子  
特許庁審判長 栗林 敏彦
特許庁審判官 二ッ谷 裕子
河原 英雄
登録日 2002-06-07 
登録番号 特許第3316189号(P3316189)
発明の名称 くつ下  
代理人 田代 攻治  
代理人 吉川 大介  
代理人 山田 卓二  
代理人 伊藤 晃  
代理人 大久保 朝猛  
代理人 阪本 敬幸  
代理人 前川 香  
代理人 阪本 政敬  
代理人 中川 美佐  
代理人 鮫島 睦  
代理人 前田 厚司  

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