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審決分類 審判 全部無効 2項進歩性  E02D
審判 全部無効 1項2号公然実施  E02D
審判 全部無効 1項3号刊行物記載  E02D
管理番号 1287056
審判番号 無効2013-800108  
総通号数 174 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2014-06-27 
種別 無効の審決 
審判請求日 2013-06-14 
確定日 2014-04-21 
事件の表示 上記当事者間の特許第5113342号発明「盛土構造物」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 第1.手続の経緯等
本件は、特願2006-120284号の特許であり、その経緯概要は以下のとおりである。

平成18年 4月25日 本件特許出願
平成24年10月19日 設定登録(特許第5113342号)

平成25年 6月14日 無効審判請求
平成25年 9月 9日 答弁書(被請求人)
平成25年10月16日 弁駁書(請求人)
平成25年11月 8日 上申書(請求人)
平成25年12月 6日 審理事項通知書
平成26年 1月 9日 口頭審理陳述要領書(請求人)
平成26年 1月21日 口頭審理陳述要領書(被請求人)
平成26年 1月28日 口頭審理、書面審理通知(口頭審理において)
平成26年 2月18日 審理終結通知

なお、平成26年1月28日の口頭審理について、調書に記載された「陳述の要領」のうち請求人及び被請求人に関するものは以下のとおりである。
請求人
1 甲第1号証ないし甲第7号証は、写しを原本として書証申出する。
被請求人
1 せん断防止ボルトに緊張力を付与するということは、甲各号証には 記載されていないと主張する。

第2.本件審判事件にかかる両当事者の主張
請求人と被請求人の主張は以下のとおりである。
1.請求人の主張
請求人は、平成25年6月14日付け審判請求書において、「特許第5113342号発明の特許請求の範囲の請求項1に記載された発明についての特許を無効とする。審判費用は被請求人の負担とする、との審決を求め」(請求の趣旨)、以下の理由により、本件特許の請求項1に係る発明(以下、「本件特許発明」という)は特許を受けることができないものであり、特許法123条1項に該当し、無効とすべきである旨主張し、証拠方法として甲第1?7号証を提出した。
【無効理由1】
本件特許発明は、平成18年1月から同年4月の間に、岩田建設株式会社によって「清和砥用線緊急地方道路整備」として公然と実施された甲第1号証に係る発明(以下、「甲1発明」という)と同一であるか、同一でないとしてもそれから容易に発明できたものであり、特許法29条1項2号または同条2項の規定により特許を受けることができないものである。
【無効理由2】
本件特許発明は、平成14年11月に発行され頒布された刊行物である甲第2号証記載の発明(以下、「甲2発明」という)と同一であるか、同一でないとしてもそれから容易に発明できたものであり、特許法29条1項3号または同条2項の規定により特許を受けることができないものである。
【無効理由3】
本件特許発明は、平成17年12月から、有限会社日章によって「中央・砥用線」「ふるさと林道緊急整備事業」において公然と実施された甲第3号証に係る発明(以下、「甲3発明」という)と同一であるか、同一でないとしてもそれから容易に発明できたものであり、特許法29条1項2号または同条2項の規定により特許を受けることができないものである。
【無効理由4】
本件特許発明は、平成16年7月から同年9月までの期間に、株式会社津川建設によって「平成16発生災 道路災害復旧工事」において公然と実施された甲第4号証に係る発明(以下、「甲4発明」という)と同一であるか、同一でないとしてもそれから容易に発明できたものであり、特許法29条1項2号または同条2項の規定により特許を受けることができないものである。
【無効理由5】
本件特許発明は、平成14年11月から15年3月までの期間に、馬淵建設株式会社によって「平成14年度 箱根新道 湯本茶屋地区のり面補強工事」において公然と実施された甲第5号証に係る発明(以下、「甲5発明」という)と同一であるか、同一でないとしてもそれから容易に発明できたものであり、特許法29条1項2号または同条2項の規定により特許を受けることができないものである。
【証拠方法】
甲第1(の1?15)号証:「設計年月日」が平成16年12月24日の、 「清和砥用線緊急地方道路整備」の設計図
甲第2号証:平成14年11月に発行された、「国道455号単県交通安全 施設等整備(1種通常)委託」の全855ページにわたる「報 告書」
甲第3(の1?19)号証:平成15年度の「中央・砥用線」「ふるさと林 道緊急整備事業」において、「熊本県下益城郡砥用町大字坂貫 」を施工地として工事をするための図面
甲第4(の1?10)号証:国道445号についての「平成16発生災 道 路災害復旧工事」において、「熊本県下益城郡砥用町大字早楠 地内」を施工地として工事をするための設計図
甲第5号証:平成14年度「箱根新道 湯本茶屋地区のり面補強工事」の「 設計図」
甲第6号証:S.P.C.W工法工事実績一覧表
甲第7号証:被請求人らが請求人を訴えた、平成25(ワ)6933の「訴 状」

さらに、甲第3号証の20を添付して平成25年10月16日付け弁駁書を、甲第1号証の16及び甲第5号証の2を添付して平成25年11月8日付け上申書を、平成26年1月9日付け口頭審理陳述要領書を提出している。
【証拠方法】
甲第3号証の20:熊本県知事により開示された行政文書である「中央砥用 線ふるさと林道緊急整備事業(開設)第5号工事」の資料
甲第1号証の16:岩田建設株式会社によって「実際に公然と施工され、竣 工した記録」
甲第5号証の2:馬淵建設株式会社によって「実際に公然と施工され、竣工 した記録」

2.被請求人の主張
被請求人は、平成25年9月9日付け答弁書を提出し、「本件審判請求は成り立たない。審判費用は、請求人の負担とする。との審決を求め」(答弁の趣旨)、本件特許発明について、無効理由1?5は理由がない旨、主張している。
さらに、乙第1号証?乙第4号証を添付して平成26年1月21日付け口頭審理陳述要領書を提出している。
【証拠方法】
乙第1号証:一般社団法人セメント協会ホームページ「コンクリートの種類 /用途」
乙第2号証:一般社団法人セメント協会ホームページ「コンクリートとは」
乙第3号証:FCB研究会ホームページ「FCB工法とは」
乙第4号証:「FCB工法」理工図書 三嶋信雄、益村公人著

第3.本件特許発明
本件特許発明は、明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1に記載された次のとおりのものと認める。
「せん断防止ボルトを適宜間隔ごとに打設した斜面地山と、該斜面地山の下部における水平地山とを底盤部とし、
該水平地山には小口径アンカーまたは小口径杭で基礎ブロックが固定され、
該基礎ブロックには複数のプレキャストコンクリートパネルが積み重ねられた擁壁が形成され、
該擁壁と前記底盤部との間には流動コンクリートが積層された盛土層が形成されてなる盛土構造物であって、
前記せん断防止ボルトの頭部には、すべり土塊の補強をすると共に、前記流動コンクリートと前記底盤部との一体化を図るための二枚の支圧板が間隔を開けて設置され、
一方の支圧板は、前記せん断防止ボルトに緊張力が付与されて前記斜面地山に圧着され、
他方の支圧板は、斜面地山から突出した箇所に設置され、流動コンクリート内に埋設されて、該流動コンクリートと前記斜面地山とを一体的に形成し、
前記積層された流動コンクリートの境界部には、補強材が埋設されたこと
を特徴とする盛土構造物。」

第4.無効理由についての検討
1.無効理由1について
(1)甲1発明
甲第1号証は「工事名」として「清和砥用線緊急地方道路整備(災害防除)」と記載された設計図である甲第1の1号証から甲第1の15号証から構成されており、これに関連して甲第1号証の16として「実際に公然と施工され、竣工した記録」が提出されている。
そして、甲第1号証には、以下の記載がある。

イ.甲第1の3号証の図示

ロ.甲第1の9号証の図示

ハ.甲第1の11号証の図示


ニ.甲第1の13号証の図示

ホ.甲第1号証の16(「・・任命伺」を第1頁として、第10頁目の最下段の写真)には、「エアーミルク2回目打設前」と記した黒板を作業者が持った状況が「2回目打設前状況」として撮影されている。

技術常識を踏まえつつ、上記イ?ホに基づき、甲1発明を認定する。
上記イ及びロによれば、軽量盛土及びプレキャスト化粧版等を用いて斜面に沿って構築されるものであるから、当該土木構造物は盛土構造物と認められる。そして、ロックボルトが適宜間隔ごとに斜面地山に打設され、斜面地山の下部における水平地山にはカウンターアンカーで基礎工A型が固定され、斜面地山と水平地山を合わせて底盤部ということができる。さらに、基礎工A型には複数のプレキャスト化粧版が積み重ねられた擁壁が形成され、擁壁と底盤部との間には打継目を介して積層された軽量盛土層が形成されている。また、プレキャスト化粧版の斜面地山側には、補強鉄筋が軽量盛土層の打継目でない部分に埋設されている。
上記ハによれば、基礎工A型はコンクリートブロックであることが認められる。
上記ニによれば、ロックボルトの頭部には二枚のプレートが間隔を開けて設置されている。そして、二枚のプレートのうち斜面地山側のプレートは、モルタル吹付を介して斜面地山に接してナットで固定されているものであるから、すべり土塊の補強をする作用を有していることは自明である。また、プレキャスト化粧版側のプレートは、斜面地山から突出した箇所に設置され、軽量盛土内に埋設されて、軽量盛土と斜面地山とを一体化するものである。
上記ホによれば、軽量盛土はエアーミルクによるものであることが認められる。
以上により、甲1発明は以下のとおりである。
「ロックボルトを適宜間隔ごとに打設した斜面地山と、該斜面地山の下部における水平地山とを底盤部とし、
該水平地山にはカウンターアンカーで基礎工A型が固定され、
該基礎工A型には複数のプレキャスト化粧版が積み重ねられた擁壁が形成され、
該擁壁と前記底盤部との間にはエアーミルクが積層された軽量盛土層が形成されてなる盛土構造物であって、
前記ロックボルトの頭部には、すべり土塊の補強をすると共に、前記エアーミルクと前記底盤部との一体化を図るための二枚のプレートが間隔を開けて設置され、
斜面地山側のプレートは、斜面地山に接して固定され、
プレキャスト化粧版側のプレートは、斜面地山から突出した箇所に設置され、エアーミルク内に埋設されて、該エアーミルクと斜面地山とを一体化するものであり、
積層されたエアーミルクの打継目でない部分には、補強鉄筋が埋設された、
盛土構造物。」

(2)対比
甲1発明と本件特許発明を対比する。
甲1発明の「ロックボルト」は本件特許発明の「せん断防止ボルト」に相当し、以下同様に、
「カウンターアンカー」は「小口径アンカー」に、
「基礎工A型」は「基礎ブロック」に、
「プレキャスト化粧版」は「プレキャストコンクリートパネル」に、
「二枚のプレート」は「二枚の支圧板」に、
「斜面地山側のプレート」は「一方の支圧板」に、
「プレキャスト化粧版側のプレート」は「他方の支圧板」に、それぞれ相当する。
そして、甲1発明の「エアーミルク」と本件特許発明の「流動コンクリート」は、「盛土材料」という点で共通しているといえる。また、甲1発明の「補強鉄筋」と本件特許発明の「補強材」は、何を補強するのかは別にして、「補強部材」という点で共通しており、「境界部」に埋設されているか否かは別にして「盛土材料」内に埋設されている点で共通している。
そうすると、甲1発明と本件特許発明は、
「せん断防止ボルトを適宜間隔ごとに打設した斜面地山と、該斜面地山の下部における水平地山とを底盤部とし、
該水平地山には小口径アンカーで基礎ブロックが固定され、
該基礎ブロックには複数のプレキャストコンクリートパネルが積み重ねられた擁壁が形成され、
該擁壁と前記底盤部との間には盛土材料が積層された盛土層が形成されてなる盛土構造物であって、
前記せん断防止ボルトの頭部には、すべり土塊の補強をすると共に、前記盛土材料と前記底盤部との一体化を図るための二枚の支圧板が間隔を開けて設置され、
一方の支圧板は、斜面地山に固定され、
他方の支圧板は、斜面地山から突出した箇所に設置され、盛土材料内に埋設されて、該盛土材料と斜面地山とを一体的に形成し、
積層された盛土材料内に、補強部材が埋設された、
盛土構造物。」
である点で一致し、以下の点で相違している。

<相違点1-1>
盛土材料が、本件特許発明では流動コンクリートであるのに対し、甲1発明ではエアーミルクである点。
<相違点1-2>
一方の支圧板が、本件特許発明ではせん断防止ボルトに緊張力が付与されて斜面地山に圧着されるのに対し、甲1発明ではそのような構成であるか不明である点。
<相違点1-3>
補強部材が、本件特許発明では積層された盛土材料(流動コンクリート)の境界部に埋設された補強材であるのに対し、甲1発明では積層された盛土材料(エアーミルク)の境界部(打継目)でない部分に埋設された補強鉄筋である点。

(3)判断
上記各相違点について検討する。
<相違点1-1>について
エアーミルクは気泡が混合されたセメントミルクであって、セメントミルクはセメント及び水からなるものであること、流動コンクリートは流動性に富んだコンクリートであって、コンクリートはセメント、水、細骨材(砂)及び粗骨材(砂利)からなるものであることは技術常識である。
そうすると、本件特許発明の流動コンクリートと甲1発明のエアーミルクは、細骨材(砂)及び粗骨材(砂利)を含むか否かで少なくとも相違するものであって、それに伴って両者は固結時の強度等の特性も異なることも明らかであるから、本件特許発明と甲1発明は相違点1-1において実質的に相違するものである。
そして、盛土構造物の盛土材料として流動コンクリートを用いる点について、請求人の提出した各証拠には記載はなく、また、流動コンクリート自体が周知のものであるとしても、エアーミルクと特性の異なる流動コンクリートをエアーミルクに代えて盛土材料に用いる動機付けがあるとすることはできない。
以上により、請求人の提出した証拠によっては、相違点1-1を当業者が容易に想到し得たものとすることはできない。
なお、請求人は、本件とは別件の訴訟(平成25年(ワ)第6933号)における被請求人による訴状(甲第7号証)を引用した上で「被請求人の主張通りであれば、甲第1号証の「軽量盛土」は本件特許発明の「流動コンクリート」に「相当」するものである。」(審判請求書8頁8?9行)と主張しているが、当該被請求人の主張は本件無効審判と別事件のものであり、また無効審判においては民事訴訟法179条中の自白に関する規定は準用されていない(特許法151条参照)から、甲第7号証における被請求人の主張を「証明することを要しない事実」とすることはできない。
<相違点1-2>について
相違点1-2に関して、請求人は、「甲1号証のアンカー孔は「セメントミルク」を口元まで充填した構造である。(甲1の13)このようにロックボルトの口元まで、その全長をセメントミルクで拘束してしまっては、外部から「緊張力を付与することはできない」のである。・・・緊張力を付与するタイプのロックボルトとは異なる技術に属する構成である。」(審判請求書9頁6?14行)と主張しているのに対し、被請求人はせん断防止ボルトに緊張力を付与するということは甲第1号証には記載されていないと主張している。
甲1発明のロックボルトについてみると、「ニ.甲第1の13号証の図示」に示すように、孔全長に亘ってセメントミルクが注入された状態でロックボルトが挿入されたものであって、セメントミルクが固結するとロックボルトは孔全長に亘って地山に固定されるものと認められる。しかしながら、甲1発明のロックボルトに緊張力が付与されるか否かは甲第1号証の記載からは不明であるから、本件特許発明と甲1発明は相違点1-2において実質的に相違するものである。
しかし、斜面安定化のためのロックボルトであって、孔全長に亘って地山に固定されるものにおいては、ロックボルトに緊張力が付与されて、支圧板が地山に圧着されることは、下記に示されるように、従来周知技術と認められる。
・特開平8-27804号公報(下線は当審で加入)
段落【0026】には「管状部材3を接続部材6内及びアンカー孔1b内において膨張させることにより管状部材3をアンカー孔1bの内周面に密着させて、ロックボルト2を地中に固定し、」と記載され、段落【0029】には「更に定着ボルト8の基端に形成したネジ部8bにナット10を螺着し、かつジャッキ等の緊張工具を用いて、定着ボルト8を牽引して接続部材6を介してロックボルト2の管状部材3の括れた狭窄部分3aを接続部材6のテーパ部6bに係止して引張り、ロックボルト2に緊張を付与し、更にナット10を締め付けることによりロックボルト2の反力をアンカープレート9を介して載置体であるプレキャストコンクリート製のブロックに作用せしめ、地山1に圧縮応力を付与し、地山の安定を図る。」と記載されている。
・特開2002-267593号公報(下線は当審で加入)
段落【0002】には「【従来の技術】地山や各種の土木工事に伴う法面、あるいはトンネル等の坑道では、地盤、岩盤の安定化を図る目的でロックボルト、グラウンドアンカー等のアンカー体が広く使用されている。これらアンカー体は、予め削孔機等の適宜手段により地盤や岩盤に穿設された孔内に挿入され、その空隙部分にモルタル、合成樹脂等の定着用充填材(グラウト材)を注入して固化させることにより、周辺地盤との一体化を図るとともに、適宜手段により所要の緊張力が導入される。これらアンカー体の施工においては、定着用充填材が孔内に隙間なく密実状態に充填された場合に所要の定着力が発現することを前提として設計されている。」と記載されている。
・実願昭58-164881号公報(実開昭60-76200号)のマイクロフィルム(下線は当審で加入)
1頁14?16行には「この考案はトンネル、地下室および斜面安定土留等の構築に用いられるグランドアンカー工法におけるアンカー用ボルトに関するものである。」と記載され、5頁11?14行には「トンネル地山に形成した削孔6内にグランドアンカー用ボルトAを挿入する。ボルトAの地山から突出した部分にグラウト材注入用ホース7を連結し、グラウト材8を削孔6内に注入する。」と記載され、6頁1?3行には「グラウト材8が硬化した後ボルトAのねじ部5に螺合したナット10を締付けて地山に緊張を与える。」と記載され、第4図には削孔6内の全長に亘ってグラウト材8が注入されることが図示されており、「地山に緊張を与える」ということはボルトAに緊張が付与されていることを意味することは明らかである。
そうすると、甲1発明も上記周知技術も斜面を安定化する技術である点で共通するものであるから、甲1発明において上記周知技術を採用し、ロックボルトに緊張力を付与することにより、相違点1-2に係る本件特許発明の構成とすることは、当業者にとって想到容易である。
<相違点1-3>について
本件特許発明の「補強材」は、積層された盛土材料の境界部に埋設されたものであって、明細書段落【0018】に記載された「流動コンクリート6間に働く摩擦力または付着力で流動コンクリート6の引張り抵抗を高めて、流動コンクリート6内にクラックが発生するのを効果的に防止する」という作用効果を奏するものである。それに対して、甲1発明の「補強鉄筋」は、境界部から離れた位置で盛土材料に埋設されたものであって、上記作用効果を奏することはなく、プレキャスト化粧版を盛土材料に拘束するためのものであることは明らかである。そうすると、本件特許発明と甲1発明は相違点1-3において実質的に相違するものである。
そして、補強部材として、積層された盛土材料の境界部に埋設された補強材を用いる点について、請求人の提出した証拠には記載はない。さらに、甲1発明が本件特許発明の「流動コンクリート6間に働く摩擦力または付着力で流動コンクリート6の引張り抵抗を高め」るという課題と同様な課題を有していない以上、甲1発明において、プレキャスト化粧版を拘束するためのものであって境界部から離れて埋設されている補強鉄筋をあえて境界部に埋設するようにする動機付けはない。
以上により、請求人の提出した証拠によっては、相違点1-3を当業者が容易に想到し得たものとすることはできない。
なお、請求人は、本件とは別件の訴訟(平成25年(ワ)第6933号)における被請求人による訴状(甲第7号証)を引用した上で「被請求人の主張通りであれば、甲第1号証の「補強鉄筋」は本件特許発明の「補強材」に相当するものである」(審判請求書10頁下から2?1行)と主張しているが、当該被請求人の主張は本件無効審判と別事件のものであり、また無効審判においては民事訴訟法179条中の自白に関する規定は準用されていない(特許法151条参照)から、甲第7号証における被請求人の主張を「証明することを要しない事実」とすることはできない。

(4)小括り
以上検討したとおり、仮に甲1発明が本件特許出願前に公然と実施されたものであったとしても、本件特許発明は、甲1発明と相違点1-1?1-3において相違しており、甲1発明と同一とはいうことができないから、特許法29条1項2号の規定により特許を受けることができないとすることはできない。さらに、相違点1-1及び1-3は当業者が容易に想到し得たものではないから、本件特許発明は、当業者が容易に発明をすることができたものとして特許法29条2号の規定により特許を受けることができないとすることはできない。

2.無効理由2について
(1)甲2発明
甲第2号証は、平成14年11月に発行された「国道455号単県交通安全施設等整備(1種通常)委託」「報告書」であって、以下の記載がある。なお、頁数は請求人が付したものを採用する。

イ.568頁


ロ.745頁

ハ.747頁


ニ.757頁

技術常識を踏まえつつ、上記イ?ニに基づき、甲2発明を認定する。
上記イ及びロによれば、軽量盛土(エアーミルク)及びプレキャスト化粧版等を用いて斜面に沿って構築されるものであるから、当該土木構造物は盛土構造物と認められる。そして、せん断ボルトが適宜間隔ごとに斜面地山に打設され、斜面地山の下部における水平地山にはカウンターアンカーでコンクリートブロックである基礎工A型が固定され、斜面地山と水平地山を合わせて底盤部ということができる。さらに、基礎工A型には複数のプレキャスト化粧版が積み重ねられた擁壁が形成されている。
上記ハによれば、擁壁と底盤部との間にはエアーミルク(モルタル)打継目を介して積層された軽量盛土層が形成されている。また、プレキャスト化粧版の斜面地山側には、棒状体が軽量盛土層の打継目でない部分に埋設されている。
上記ニによれば、せん断ボルトの頭部には二枚のプレートが間隔を開けて設置されている。そして、二枚のプレートのうち斜面地山側のプレートは、斜面地山に接してカップラーで固定されているものであるから、すべり土塊の補強をする作用を有していることは自明である。また、プレキャスト化粧版側のプレートは、斜面地山から突出した箇所に設置され、軽量盛土(エアーミルク)内に埋設されて、軽量盛土(エアーミルク)と斜面地山とを一体化するものである。

以上により、甲2発明は以下のとおりである。
「せん断ボルトを適宜間隔ごとに打設した斜面地山と、該斜面地山の下部における水平地山とを底盤部とし、
該水平地山にはカウンターアンカーで基礎工A型が固定され、
該基礎工A型には複数のプレキャスト化粧版が積み重ねられた擁壁が形成され、
該擁壁と前記底盤部との間にはエアーミルクが積層された軽量盛土層が形成されてなる盛土構造物であって、
前記せん断ボルトの頭部には、すべり土塊の補強をすると共に、前記エアーミルクと前記底盤部との一体化を図るための二枚のプレートが間隔を開けて設置され、
斜面地山側のプレートは、斜面地山に接して固定され、
プレキャスト化粧版側のプレートは、斜面地山から突出した箇所に設置され、エアーミルク内に埋設されて、該エアーミルクと斜面地山とを一体化するものであり、
積層されたエアーミルクの打継目でない部分には、棒状体が埋設された、
盛土構造物。」

(2)対比
甲2発明と本件特許発明を対比する。
甲2発明の「せん断ボルト」は本件特許発明の「せん断防止ボルト」に相当し、以下同様に、
「カウンターアンカー」は「小口径アンカー」に、
「基礎工A型」は「基礎ブロック」に、
「プレキャスト化粧版」は「プレキャストコンクリートパネル」に、
「二枚のプレート」は「二枚の支圧板」に、
「斜面地山側のプレート」は「一方の支圧板」に、
「プレキャスト化粧版側のプレート」は「他方の支圧板」に、それぞれ相当する。
そして、甲2発明の「エアーミルク」と本件特許発明の「流動コンクリート」は、「盛土材料」という点で共通しているといえる。また、甲2発明の「棒状体」と本件特許発明の「補強材」は、「埋設物」という点で共通しており、「境界部」に埋設されているか否かは別にして「盛土材料」内に埋設されている点で共通している。
そうすると、甲2発明と本件特許発明は、
「せん断防止ボルトを適宜間隔ごとに打設した斜面地山と、該斜面地山の下部における水平地山とを底盤部とし、
該水平地山には小口径アンカーで基礎ブロックが固定され、
該基礎ブロックには複数のプレキャストコンクリートパネルが積み重ねられた擁壁が形成され、
該擁壁と前記底盤部との間には盛土材料が積層された盛土層が形成されてなる盛土構造物であって、
前記せん断防止ボルトの頭部には、すべり土塊の補強をすると共に、前記盛土材料と前記底盤部との一体化を図るための二枚の支圧板が間隔を開けて設置され、
一方の支圧板は、斜面地山に固定され、
他方の支圧板は、斜面地山から突出した箇所に設置され、盛土材料内に埋設されて、該盛土材料と斜面地山とを一体的に形成し、
積層された盛土材料内に、埋設物が埋設された、
盛土構造物。」
である点で一致し、以下の点で相違している。

<相違点2-1>
盛土材料が、本件特許発明では流動コンクリートであるのに対し、甲2発明ではエアーミルクである点。
<相違点2-2>
一方の支圧板が、本件特許発明ではせん断防止ボルトに緊張力が付与されて斜面地山に圧着されるのに対し、甲2発明ではそのような構成であるか不明である点。
<相違点2-3>
埋設物が、本件特許発明では積層された盛土材料(流動コンクリート)の境界部に埋設された補強材であるのに対し、甲2発明では積層された盛土材料(エアーミルク)の境界部(打継目)でない部分に埋設された棒状体である点。

(3)判断
上記各相違点について検討する。
<相違点2-1>について
エアーミルクは気泡が混合されたセメントミルクであって、セメントミルクはセメント及び水からなるものであること、流動コンクリートは流動性に富んだコンクリートであって、コンクリートはセメント、水、細骨材(砂)及び粗骨材(砂利)からなるものであることは技術常識である。
そうすると、本件特許発明の流動コンクリートと甲2発明のエアーミルクは、細骨材(砂)及び粗骨材(砂利)を含むか否かで少なくとも相違するものであって、それに伴って両者は固結時の強度等の特性も異なることも明らかであるから、本件特許発明と甲2発明は相違点2-1において実質的に相違するものである。
そして、盛土構造物の盛土材料として流動コンクリートを用いる点について、請求人の提出した各証拠には記載はなく、また、流動コンクリート自体が周知のものであるとしても、エアーミルクと特性の異なる流動コンクリートをエアーミルクに代えて盛土材料に用いる動機付けがあるとすることはできない。
以上により、請求人の提出した証拠によっては、相違点2-1を当業者が容易に想到し得たものとすることはできない。
なお、請求人は、本件とは別件の訴訟(平成25年(ワ)第6933号)における被請求人による訴状(甲第7号証)を引用した上で「被請求人の主張通りであれば、甲第2号証の「気泡混合軽量盛土」は本件特許発明の「流動コンクリート」に「相当する」ということができる。」(審判請求書15頁3?5行)と主張しているが、当該被請求人の主張は本件無効審判と別事件のものであり、また無効審判においては民事訴訟法179条中の自白に関する規定は準用されていないから、甲第7号証における被請求人の主張を「証明することを要しない事実」とすることはできない。
<相違点2-2>について
相違点2-2に関して、請求人は、「ここで孔の全長にセメントミルクを充填したタイプにおいては、鋼棒に緊張力を付与できない理由については前記で説明した通りである。よって当該プレートは、緊張力を受けるためではなく、孔の内部に充填したセメントミルクが孔外へ流れ出すことを阻止するための「蓋」として機能させるものである。」(審判請求書15頁下から5?1行)と主張しているのに対し、被請求人はせん断ボルトに緊張力を付与するということは甲第2号証には記載されていないと主張している。
甲2発明のせん断ボルトについてみると、「ニ.757頁」に示すように、孔全長に亘ってセメントミルクが注入された状態でせん断ボルトが挿入されたものであって、セメントミルクが固結するとせん断ボルトは孔全長に亘って地山に固定されるものと認められる。しかしながら、甲2発明のせん断ボルトに緊張力が付与されるか否かは甲第2号証の記載からは不明であるから、本件特許発明と甲2発明は相違点2-2において実質的に相違するものである。
しかし、斜面安定化のためのロックボルトであって、孔全長に亘って地山に固定されるものにおいては、ロックボルトに緊張力が付与されて、支圧板が地山に圧着されることは、「1.無効理由1について」「(3)判断」において示したように従来周知技術と認められる。
そうすると、甲2発明も上記周知技術も斜面を安定化する技術である点で共通するものであるから、甲2発明において上記周知技術を採用し、せん断ボルトに緊張力を付与することにより、相違点2-2に係る本件特許発明の構成とすることは、当業者にとって想到容易である。
<相違点2-3>について
本件特許発明の「補強材」は、積層された盛土材料の境界部に埋設されたものであって、明細書段落【0018】に記載された「流動コンクリート6間に働く摩擦力または付着力で流動コンクリート6の引張り抵抗を高めて、流動コンクリート6内にクラックが発生するのを効果的に防止する」という作用効果を奏するものである。それに対して、甲2発明の「棒状体」は、境界部から離れた位置で盛土材料に埋設されたものであるから、上記作用効果を奏することがないことは明らかである。そうすると、本件特許発明と甲2発明は相違点2-3において実質的に相違するものである。
そして、埋設物として、積層された盛土材料の境界部に埋設された補強材を用いる点について、請求人の提出した証拠には記載はない。さらに、甲2発明が本件特許発明の「流動コンクリート6間に働く摩擦力または付着力で流動コンクリート6の引張り抵抗を高め」るという課題と同様な課題を有していない以上、甲2発明において、境界部から離れて埋設されている「棒状体」をあえて境界部に埋設するようにする動機付けはない。
以上により、請求人の提出した証拠によっては、相違点2-3を当業者が容易に想到し得たものとすることはできない。
なお、請求人は、本件とは別件の訴訟(平成25年(ワ)第6933号)における被請求人による訴状(甲第7号証)を引用した上で「被請求人の主張通りであれば、甲第2号証の「補強鉄筋」は本件特許発明の「補強材」に「相当する」ことになる。」(審判請求書16頁下から3?1行)と主張しているが、当該被請求人の主張は本件無効審判と別事件のものであり、また無効審判においては民事訴訟法179条中の自白に関する規定は準用されていないから、甲第7号証における被請求人の主張を「証明することを要しない事実」とすることはできない。

(4)小括り
以上検討したとおり、仮に甲2号証が本件特許出願前に国内において頒布された刊行物であったとしても、本件特許発明は、甲2発明と相違点2-1?2-3において相違しており、甲2発明と同一とはいうことができないから、特許法29条1項3号の規定により特許を受けることができないとすることはできない。さらに、相違点2-1及び2-3は当業者が容易に想到し得たものではないから、本件特許発明は、当業者が容易に発明することができたものとして特許法29条2号の規定により特許を受けることができないとすることはできない。

3.無効理由3について
(1)甲3発明
甲第3号証は「路線名」として「中央・砥用線(6工区)」、事業名として「ふるさと林道緊急整備事業」と記載された設計図である甲第3の1号証から甲第3の19号証とから構成されており、これに関連して甲第3号証の20として「行政文書開示決定通知書」及びその添付書類が提出されている。
そして、甲第3号証には、以下の記載がある。

イ.甲第3の3号証の図示


ロ.甲第3の14号証の図示


ハ.甲第3の15号証の図示



ニ.甲第3の16号証の図示

技術常識を踏まえつつ、上記イ?ニに基づき、甲3発明を認定する。
上記イ及びロによれば、軽量盛土及びウッドパネル等を用いて斜面に沿って構築されるものであるから、当該土木構造物は盛土構造物と認められる。そして、ロックボルトが適宜間隔ごとに斜面地山に打設され、斜面地山の下部における水平地山には埋戻しコンクリートで基礎工A型が固定され、斜面地山と水平地山を合わせて底盤部ということができる。さらに、基礎工A型には複数のウッドパネルが積み重ねられた擁壁が形成され、擁壁と底盤部との間には打継目を介して積層された軽量盛土層が形成されている。また、ウッドパネルの斜面地山側には、補強鉄筋が軽量盛土層の打継目でない部分に埋設されている。
上記ハによれば、基礎工A型はコンクリートブロックであることが認められる。
上記ニによれば、ロックボルトの頭部には二枚のプレートが間隔を開けて設置されている。そして、二枚のプレートのうち斜面地山側のプレートは、モルタル吹付を介して斜面地山に接してナットで固定されているものであるから、すべり土塊の補強をする作用を有していることは自明である。また、ウッドパネル側のプレートは、斜面地山から突出した箇所に設置され、軽量盛土内に埋設されて、軽量盛土と斜面地山とを一体化するものである。
以上により、甲3発明は以下のとおりである。
「ロックボルトを適宜間隔ごとに打設した斜面地山と、該斜面地山の下部における水平地山とを底盤部とし、
該水平地山には埋戻しコンクリートで基礎工A型が固定され、
該基礎工A型には複数のウッドパネルが積み重ねられた擁壁が形成され、
該擁壁と前記底盤部との間には軽量盛土が積層された軽量盛土層が形成されてなる盛土構造物であって、
前記ロックボルトの頭部には、すべり土塊の補強をすると共に、前記軽量盛土と前記底盤部との一体化を図るための二枚のプレートが間隔を開けて設置され、
斜面地山側のプレートは、斜面地山に接して固定され、
ウッドパネル側のプレートは、斜面地山から突出した箇所に設置され、軽量盛土内に埋設されて、該軽量盛土と斜面地山とを一体化するものであり、
積層された軽量盛土の打継目でない部分には、補強鉄筋が埋設された、
盛土構造物。」

(2)対比
甲3発明と本件特許発明を対比する。
甲3発明の「ロックボルト」は本件特許発明の「せん断防止ボルト」に相当し、以下同様に、
「基礎工A型」は「基礎ブロック」に、
「二枚のプレート」は「二枚の支圧板」に、
「斜面地山側のプレート」は「一方の支圧板」に、
「ウッドパネル側のプレート」は「他方の支圧板」に、それぞれ相当する。
そして、甲3発明の「軽量盛土」と本件特許発明の「流動コンクリート」は「盛土材料」という点で共通し、甲3発明の「ウッドパネル」と本件特許発明の「プレキャストコンクリートパネル」は「擁壁構成部材」という点で共通しているといえる。また、甲3発明の「補強鉄筋」と本件特許発明の「補強材」は、何を補強するのかは別にして、「補強部材」という点で共通しており、「境界部」に埋設されているか否かは別にして「盛土材料」内に埋設されている点で共通している。
そうすると、甲3発明と本件特許発明は、
「せん断防止ボルトを適宜間隔ごとに打設した斜面地山と、該斜面地山の下部における水平地山とを底盤部とし、
該水平地山には基礎ブロックが固定され、
該基礎ブロックには複数の擁壁構成部材が積み重ねられた擁壁が形成され、
該擁壁と前記底盤部との間には盛土材料が積層された盛土層が形成されてなる盛土構造物であって、
前記せん断防止ボルトの頭部には、すべり土塊の補強をすると共に、前記盛土材料と前記底盤部との一体化を図るための二枚の支圧板が間隔を開けて設置され、
一方の支圧板は、斜面地山に固定され、
他方の支圧板は、斜面地山から突出した箇所に設置され、盛土材料内に埋設されて、該盛土材料と斜面地山とを一体的に形成し、
積層された盛土材料内に、補強部材が埋設された、
盛土構造物。」
である点で一致し、以下の点で相違している。

<相違点3-1>
盛土材料が、本件特許発明では流動コンクリートであるのに対し、甲3発明では軽量盛土である点。
<相違点3-2>
一方の支圧板が、本件特許発明ではせん断防止ボルトに緊張力が付与されて斜面地山に圧着されるのに対し、甲3発明ではそのような構成であるか不明である点。
<相違点3-3>
補強部材が、本件特許発明では積層された盛土材料(流動コンクリート)の境界部に埋設された補強材であるのに対し、甲3発明では積層された盛土材料(軽量盛土)の境界部でない部分に埋設された補強鉄筋である点。
<相違点3-4>
擁壁構成部材が、本件特許発明ではプレキャストコンクリートパネルであるのに対し、甲3発明ではウッドパネルである点。
<相違点3-5>
水平地山に基礎ブロックが、本件特許発明では小口径アンカーまたは小口径杭で固定されるのに対し、甲3発明では埋戻しコンクリートで固定される点。

(3)判断
上記各相違点について検討する。
<相違点3-1>について
流動コンクリートは流動性に富んだコンクリートであって、コンクリートはセメント、水、細骨材(砂)及び粗骨材(砂利)からなるものであることは技術常識である。一方、軽量盛土は、軽量な盛土材料を意味すると解することができるものの、それ以上の具体的な材料等は不明である。
そうすると、本件特許発明の流動コンクリートと甲3発明の軽量盛土は、同じ技術的意義を有するものとすることはできないから、本件特許発明と甲3発明は相違点3-1において実質的に相違するものである。
そして、盛土構造物の盛土材料として流動コンクリートを用いる点について、請求人の提出した各証拠には記載はなく、また、流動コンクリート自体が周知のものであるとしても、流動コンクリートを盛土材料に用いる動機付けがあるとすることはできない。
以上により、請求人の提出した証拠によっては、相違点3-1を当業者が容易に想到し得たものとすることはできない。
なお、請求人は、本件とは別件の訴訟(平成25年(ワ)第6933号)における被請求人による訴状(甲第7号証)を引用した上で「被請求人の主張通りであれば、甲第3号証の「軽量盛土」を本件特許発明の「流動コンクリート」に「相当する」ということができる。」(審判請求書20頁17?19行)と主張しているが、当該被請求人の主張は本件無効審判と別事件のものであり、また無効審判においては民事訴訟法179条中の自白に関する規定は準用されていないから、甲第7号証における被請求人の主張を「証明することを要しない事実」とすることはできない。
<相違点3-2>について
相違点3-2に関して、請求人は、「ここで孔の全長にセメントミルクを充填したタイプのアンカーでは、鋼棒に緊張力を付与できない理由については甲第1号証で説明した通りである。よって当該プレートは、緊張力を受けるためではなく、孔の内部に充填したセメントミルクが孔外へ流れ出すことを阻止するための「蓋」として機能している。」(審判請求書21頁8?12行)と主張しているのに対し、被請求人はロックボルトに緊張力を付与するということは甲第3号証には記載されていないと主張している。
甲3発明のロックボルトについてみると、「ニ.甲第3の16号証の図示」に示すように、孔全長に亘ってセメントミルクが注入された状態でロックボルトが挿入されたものであって、セメントミルクが固結するとロックボルトは孔全長に亘って地山に固定されるものと認められる。しかしながら、甲3発明のロックボルトに緊張力が付与されるか否かは甲第3号証の記載からは不明であるから、本件特許発明と甲3発明は相違点3-2において実質的に相違するものである。
しかし、斜面安定化のためのロックボルトであって、孔全長に亘って地山に固定されるものにおいては、ロックボルトに緊張力が付与されて、支圧板が地山に圧着されることは、「1.無効理由1について」「(3)判断」において示したように従来周知技術と認められる。
そうすると、甲3発明も上記周知技術も斜面を安定化する技術である点で共通するものであるから、甲3発明において上記周知技術を採用し、ロックボルトに緊張力を付与することにより、相違点3-2に係る本件特許発明の構成とすることは、当業者にとって想到容易である。
<相違点3-3>について
本件特許発明の「補強材」は、積層された盛土材料の境界部に埋設されたものであって、明細書段落【0018】に記載された「流動コンクリート6間に働く摩擦力または付着力で流動コンクリート6の引張り抵抗を高めて、流動コンクリート6内にクラックが発生するのを効果的に防止する」という作用効果を奏するものである。それに対して、甲3発明の「補強鉄筋」は、境界部から離れた位置で盛土材料に埋設されたものであって、上記作用効果を奏することはなく、ウッドパネルを盛土材料に拘束するためのものであることは明らかである。そうすると、本件特許発明と甲3発明は相違点3-3において実質的に相違するものである。
そして、補強部材として、積層された盛土材料の境界部に埋設された補強材を用いる点について、請求人の提出した証拠には記載はない。さらに、甲3発明が本件特許発明の「流動コンクリート6間に働く摩擦力または付着力で流動コンクリート6の引張り抵抗を高め」るという課題と同様な課題を有していない以上、甲3発明において、ウッドパネルを拘束するためのものであって境界部から離れて埋設されている補強鉄筋をあえて境界部に埋設するようにする動機付けはない。
以上により、請求人の提出した証拠によっては、相違点3-3を当業者が容易に想到し得たものとすることはできない。
なお、請求人は、本件とは別件の訴訟(平成25年(ワ)第6933号)における被請求人による訴状(甲第7号証)を引用した上で「被請求人の主張通りであれば、甲第3号証の「補強鉄筋」を本件特許発明の「補強材」に「相当する」ということができる。」(審判請求書22頁7?9行)と主張しているが、当該被請求人の主張は本件無効審判と別事件のものであり、また無効審判においては民事訴訟法179条中の自白に関する規定は準用されていないから、甲第7号証における被請求人の主張を「証明することを要しない事実」として採用することはできない。
<相違点3-4>について
プレキャストコンクリートパネルはコンクリートにより予め成形されたパネルであり、ウッドパネルは木質材料で形成されたパネルであることは明らかであるから、本件特許発明と甲3発明は相違点3-4において実質的に相違するものである。
しかし、盛土工法において、擁壁構成部材としてプレキャストコンクリートパネルを用いることは、下記に示されるように、従来周知技術と認められる。
・特開2004-11108号公報
段落【0012】には「壁体30は、盛土構造体10の前面に設置する保護壁体で、複数のパネル31で構成する。パネル31は、プレキャストコンクリート板、コンクリート板、鋼板などからなる。・・・パネル31は、サイズが縦約1メートル、横約2メートル程度であり、複数のパネル31を上下左右に接続して、盛土構造体10の前面に設置する。」と記載されている。
・特開平7-259092号公報
段落【0010】には「アンカー鋼材1の先端はプレキャスト製の擁壁ブロック8に連結する。」と記載され、段落【0011】には「更に擁壁ブロック8を積み上げる場合、上記した手順を繰返し、アンカー鋼材1、定着ブロック5を配置して定着し、擁壁ブロック8と連結すればよい。」と記載されている。
そうすると、甲3発明も上記周知技術も盛土工法に関する技術である点で共通するものであるから、甲3発明において上記周知技術を採用し、擁壁構成部材としてプレキャストコンクリートパネルを採用することにより、相違点3-4に係る本件特許発明の構成とすることは、当業者にとって想到容易である。
<相違点3-5>について
本件特許発明においては水平地山に基礎ブロックが小口径アンカーまたは小口径杭で固定されるのに対して、甲3発明においては水平地山に基礎ブロックが埋戻しコンクリートで固定される点で相違しているから、本件特許発明と甲3発明は相違点3-5において実質的に相違するものである。
しかし、盛土工法において、水平地山に基礎ブロックを小口径アンカーまたは小口径杭で固定することは、下記に示されるように、従来周知技術と認められる。
・特開2004-11108号公報
段落【0016】には「盛土構造体10を構築するに当たっては、先ず、盛土予定地の地盤内にアンカー42を圧入し、基礎ブロック40を設置する(図2参照)。」と記載されている。
・特開2005-256602号公報
段落【0041】には「図11に示すように、基礎ブロック(台座)1を設置する。尚、台座は、現場打ちを行って製造するか、またはプレキャスト製を用いるものとする。この場合、基礎ブロック1のアンカー貫通孔5aに地面に設置された自穿孔ボルト(アンカー部材5)12を貫通させて設置する。その後は、アンカー部材5を緊張して基礎ブロック1を地面に固定する。」と記載されている。
そうすると、甲3発明も上記周知技術も盛土工法に関する技術である点で共通するものであるから、甲3発明において上記周知技術を採用し、水平地山に基礎ブロックを小口径アンカーまたは小口径杭で固定することにより、相違点3-5に係る本件特許発明の構成とすることは、当業者にとって想到容易である。

(4)小括り
以上検討したとおり、仮に甲3発明が本件特許出願前に公然と実施されたものであったとしても、本件特許発明は、甲3発明と相違点3-1?3-5において相違しており、甲3発明と同一とはいうことができないから、特許法29条1項2号の規定により特許を受けることができないとすることはできない。さらに、相違点3-1及び3-3は当業者が容易に想到し得たものではないから、本件特許発明は、当業者が容易に発明することができたものとして特許法29条2号の規定により特許を受けることができないとすることはできない。

4.無効理由4について
(1)甲4発明
甲第4号証は、「工事名」として「平成16年発生災 道路災害復旧工事」、「路線名」として「国道445号」と記載された設計図である甲第4の1号証から甲第4の10号証から構成されている。
そして、甲第号4証には、以下の記載がある。

イ.甲第4の2号証の図示


ロ.甲第4の5号証の図示


ハ.甲第4の9号証の図示

技術常識を踏まえつつ、上記イ?ハに基づき、甲4発明を認定する。
上記イによれば、軽量盛土及びプレキャスト化粧版等を用いて斜面に沿って構築されるものであるから、当該土木構造物は盛土構造物と認められる。そして、ロックボルトが適宜間隔ごとに斜面地山に打設され、斜面地山の下部における水平地山にはカウンターアンカーで基礎工A型が固定され、斜面地山と水平地山を合わせて底盤部ということができる。さらに、基礎工A型には複数のプレキャスト化粧版が積み重ねられた擁壁が形成され、擁壁と底盤部との間には打継目を介して積層された軽量盛土層が形成されている。
上記ロによれば、ロックボルトの頭部には二枚のプレートが間隔を開けて設置されている。そして、二枚のプレートのうち斜面地山側のプレートは、斜面地山に接してナットで固定されているものであるから、すべり土塊の補強をする作用を有していることは自明である。
上記イ及びロによれば、二枚のプレートのうちプレキャスト化粧版側のプレートは、斜面地山から突出した箇所に設置され、軽量盛土内に埋設されて、軽量盛土と斜面地山とを一体化するものである。
上記ハによれば、基礎工A型はコンクリートブロックであることが認められ、「エアミルク打継目」の記載から軽量盛土はエアミルクによるものであることが認められる。さらに、プレキャスト化粧版の斜面地山側には、長さが「1,000」の棒状体が軽量盛土層のエアミルク打継目でない部分に埋設されている。
以上により、甲4発明は以下のとおりである。
「ロックボルトを適宜間隔ごとに打設した斜面地山と、該斜面地山の下部における水平地山とを底盤部とし、
該水平地山にはカウンターアンカーで基礎工A型が固定され、
該基礎工A型には複数のプレキャスト化粧版が積み重ねられた擁壁が形成され、
該擁壁と前記底盤部との間にはエアミルクが積層された軽量盛土層が形成されてなる盛土構造物であって、
前記ロックボルトの頭部には、すべり土塊の補強をすると共に、前記エアミルクと前記底盤部との一体化を図るための二枚のプレートが間隔を開けて設置され、
斜面地山側のプレートは、斜面地山に接して固定され、
プレキャスト化粧版側のプレートは、斜面地山から突出した箇所に設置され、エアミルク内に埋設されて、該エアミルクと斜面地山とを一体化するものであり、
積層されたエアミルクの打継目でない部分には、棒状体が埋設された、
盛土構造物。」

(2)対比
甲4発明と本件特許発明を対比する。
甲4発明の「ロックボルト」は本件特許発明の「せん断防止ボルト」に相当し、以下同様に、
「カウンターアンカー」は「小口径アンカー」に、
「基礎工A型」は「基礎ブロック」に、
「プレキャスト化粧版」は「プレキャストコンクリートパネル」に、
「二枚のプレート」は「二枚の支圧板」に、
「斜面地山側のプレート」は「一方の支圧板」に、
「プレキャスト化粧版側のプレート」は「他方の支圧板」に、それぞれ相当する。
そして、甲4発明の「エアミルク」と本件特許発明の「流動コンクリート」は、「盛土材料」という点で共通しているといえる。また、甲4発明の「棒状体」と本件特許発明の「補強材」は、「埋設物」という点で共通しており、「境界部」に埋設されているか否かは別にして「盛土材料」内に埋設されている点で共通している。
そうすると、甲4発明と本件特許発明は、
「せん断防止ボルトを適宜間隔ごとに打設した斜面地山と、該斜面地山の下部における水平地山とを底盤部とし、
該水平地山には小口径アンカーで基礎ブロックが固定され、
該基礎ブロックには複数のプレキャストコンクリートパネルが積み重ねられた擁壁が形成され、
該擁壁と前記底盤部との間には盛土材料が積層された盛土層が形成されてなる盛土構造物であって、
前記せん断防止ボルトの頭部には、すべり土塊の補強をすると共に、前記盛土材料と前記底盤部との一体化を図るための二枚の支圧板が間隔を開けて設置され、
一方の支圧板は、斜面地山に固定され、
他方の支圧板は、斜面地山から突出した箇所に設置され、盛土材料内に埋設されて、該盛土材料と斜面地山とを一体的に形成し、
積層された盛土材料内に、埋設物が埋設された、
盛土構造物。」
である点で一致し、以下の点で相違している。

<相違点4-1>
盛土材料が、本件特許発明では流動コンクリートであるのに対し、甲4発明ではエアミルクである点。
<相違点4-2>
一方の支圧板が、本件特許発明ではせん断防止ボルトに緊張力が付与されて斜面地山に圧着されるのに対し、甲4発明ではそのような構成であるか不明である点。
<相違点4-3>
埋設物が、本件特許発明では積層された盛土材料(流動コンクリート)の境界部に埋設された補強材であるのに対し、甲4発明では積層された盛土材料(エアミルク)の境界部(打継目)でない部分に埋設された棒状体である点。

(3)判断
上記各相違点について検討する。
<相違点4-1>について
エアミルクは気泡が混合されたセメントミルクであって、セメントミルクはセメント及び水からなるものであること、流動コンクリートは流動性に富んだコンクリートであって、コンクリートはセメント、水、細骨材(砂)及び粗骨材(砂利)からなるものであることは技術常識である。
そうすると、本件特許発明の流動コンクリートと甲4発明のエアミルクは、細骨材(砂)及び粗骨材(砂利)を含むか否かで少なくとも相違するものであって、それに伴って両者は固結時の強度等の特性も異なることも明らかであるから、本件特許発明と甲4発明は相違点4-1において実質的に相違するものである。
そして、盛土構造物の盛土材料として流動コンクリートを用いる点について、請求人の提出した各証拠には記載はなく、また、流動コンクリート自体が周知のものであるとしても、エアミルクと特性の異なる流動コンクリートをエアミルクに代えて盛土材料に用いる動機付けがあるとすることはできない。
以上により、請求人の提出した証拠によっては、相違点4-1を当業者が容易に想到し得たものとすることはできない。
なお、請求人は、本件とは別件の訴訟(平成25年(ワ)第6933号)における被請求人による訴状(甲第7号証)を引用した上で「被請求人の主張通りであれば、甲第4号証の「軽量盛土」は本件特許発明の「流動コンクリート」に「相当する」ことになる。」(審判請求書27頁7?8行)と主張しているが、当該被請求人の主張は本件無効審判と別事件のものであり、また無効審判においては民事訴訟法179条中の自白に関する規定は準用されていないから、甲第7号証における被請求人の主張を「証明することを要しない事実」とすることはできない。
<相違点4-2>について
相違点4-2に関して、請求人は、「ここで孔の全長にセメントミルクを充填したタイプにおいては、鋼棒に緊張力を付与できない理由については甲第1号証で説明した通りである。よって当該プレートは、緊張力を受けるためではなく、孔の内部に充填したセメントミルクが孔外へ流れ出すことを阻止するための「蓋」として機能させるものである。」(審判請求書27頁下から2行?28頁3行)と主張しているのに対し、被請求人はロックボルトに緊張力を付与するということは甲第4号証には記載されていないと主張している。
甲4発明のロックボルトについてみると、「ロ.甲第4の5号証の図示」に示すように、孔全長に亘ってセメントミルクが注入された状態でロックボルトが挿入されたものであって、セメントミルクが固結するとロックボルトは孔全長に亘って地山に固定されるものと認められる。しかしながら、甲4発明のロックボルトに緊張力が付与されるか否かは甲第4号証の記載からは不明であるから、本件特許発明と甲4発明は相違点4-2において実質的に相違するものである。
しかし、斜面安定化のためのロックボルトであって、孔全長に亘って地山に固定されるものにおいては、ロックボルトに緊張力が付与されて、支圧板が地山に圧着されることは、「1.無効理由1について」「(3)判断」において示したように従来周知技術と認められる。
そうすると、甲4発明も上記周知技術も斜面を安定化する技術である点で共通するものであるから、甲4発明において上記周知技術を採用し、ロックボルトに緊張力を付与することにより、相違点4-2に係る本件特許発明の構成とすることは、当業者にとって想到容易である。
<相違点4-3>について
本件特許発明の「補強材」は、積層された盛土材料の境界部に埋設されたものであって、明細書段落【0018】に記載された「流動コンクリート6間に働く摩擦力または付着力で流動コンクリート6の引張り抵抗を高めて、流動コンクリート6内にクラックが発生するのを効果的に防止する」という作用効果を奏するものである。それに対して、甲4発明の「棒状体」は、境界部から離れた位置で盛土材料に埋設されたものであるから、上記作用効果を奏することがないことは明らかである。そうすると、本件特許発明と甲4発明は相違点4-3において実質的に相違するものである。
そして、埋設物として、積層された盛土材料の境界部に埋設された補強材を用いる点について、請求人の提出した証拠には記載はない。さらに、甲4発明が本件特許発明の「流動コンクリート6間に働く摩擦力または付着力で流動コンクリート6の引張り抵抗を高め」るという課題と同様な課題を有していない以上、甲4発明において、境界部から離れて埋設されている「棒状体」をあえて境界部に埋設するようにする動機付けはない。
以上により、請求人の提出した証拠によっては、相違点4-3を当業者が容易に想到し得たものとすることはできない。
なお、請求人は、本件とは別件の訴訟(平成25年(ワ)第6933号)における被請求人による訴状(甲第7号証)を引用した上で「被請求人の主張通りであれば、甲第4号証の「補強鉄筋」は本件特許発明の「補強材」に「相当する」ものである。」(審判請求書29頁2?4行)と主張しているが、当該被請求人の主張は本件無効審判と別事件のものであり、また無効審判においては民事訴訟法179条中の自白に関する規定は準用されていないから、甲第7号証における被請求人の主張を「証明することを要しない事実」とすることはできない。

(4)小括り
以上検討したとおり、仮に甲4発明が本件特許出願前に公然と実施されたものであったとしても、本件特許発明は、甲4発明と相違点4-1?4-3において相違しており、甲4発明と同一とはいうことができないから、特許法29条1項2号の規定により特許を受けることができないとすることはできない。さらに、相違点4-1及び4-3は当業者が容易に想到し得たものではないから、本件特許発明は、当業者が容易に発明をすることができたものとして特許法29条2号の規定により特許を受けることができないとすることはできない。

5.無効理由5について
(1)甲5発明
甲第5号証は「箱根新道 湯本茶屋地区のり面補強工事」と記載された図面番号1/23?図面番号23/23の設計図であり、これに関連して甲第5号証の2として「実際に公然と施工され、竣工した記録」が提出されている。
そして、甲第5号証には、以下の記載がある。


イ.図面番号3/23の設計図

ロ.図面番号8/23の設計図


ハ.図面番号9/23の設計図


ニ.図面番号20/23の設計図

ホ.図面番号10/23の設計図内に「軽量盛土工詳細図(2) 保護壁工(プレキャスト化粧版)詳細図」との記載がある。

技術常識を踏まえつつ、上記イ?ホに基づき、甲5発明を認定する。
上記イ、ロ、ホによれば、気泡混合軽量土及びプレキャスト化粧版等を用いて斜面に沿って構築されるものであるから、当該土木構造物は盛土構造物と認められる。斜面地山の下部における水平地山にはカウンターアンカーでコンクリート基礎工が固定され、斜面地山と水平地山を合わせて底盤部ということができる。さらに、コンクリート基礎工には複数のプレキャスト化粧版が積み重ねられた擁壁が形成され、擁壁と底盤部との間には点線で示される打継目(上記イ参照)を介して気泡混合軽量土が積層された軽量盛土層が形成されている。
上記ハによれば、コンクリート基礎工はコンクリートブロックであることが認められ、プレキャスト化粧版の斜面地山側には棒状体が斜め下方に向かって気泡混合軽量土内に埋設されており、打継目が水平であること(上記イ参照)を考慮すると、棒状体は打継目において埋設されていないことが認められる。
上記ロ、ニによれば、ロックボルトが適宜間隔ごとに斜面地山に打設されており、ロックボルトの頭部には二枚のプレートが間隔を開けて設置されている。そして、二枚のプレートのうち斜面地山側のプレートは、斜面地山に接してナットで固定されているものであるから、すべり土塊の補強をする作用を有していることは自明である。また、プレキャスト化粧版側のプレートは、斜面地山から突出した箇所に設置され、気泡混合軽量土内に埋設されて、軽量盛土と斜面地山とを一体化するものである。
以上により、甲5発明は以下のとおりである。
「ロックボルトを適宜間隔ごとに打設した斜面地山と、該斜面地山の下部における水平地山とを底盤部とし、
該水平地山にはカウンターアンカーでコンクリート基礎工が固定され、
該コンクリート基礎工には複数のプレキャスト化粧版が積み重ねられた擁壁が形成され、
該擁壁と前記底盤部との間には気泡混合軽量土が積層された軽量盛土層が形成されてなる盛土構造物であって、
前記ロックボルトの頭部には、すべり土塊の補強をすると共に、前記気泡混合軽量土と前記底盤部との一体化を図るための二枚のプレートが間隔を開けて設置され、
斜面地山側のプレートは、斜面地山に接して固定され、
プレキャスト化粧版側のプレートは、斜面地山から突出した箇所に設置され、気泡混合軽量土内に埋設されて、該気泡混合軽量土と斜面地山とを一体化するものであり、
積層された気泡混合軽量土の打継目でない部分には、棒状体が埋設された、
盛土構造物。」

(2)対比
甲5発明と本件特許発明を対比する。
甲5発明の「ロックボルト」は本件特許発明の「せん断防止ボルト」に相当し、以下同様に、
「カウンターアンカー」は「小口径アンカー」に、
「コンクリート基礎工」は「基礎ブロック」に、
「プレキャスト化粧版」は「プレキャストコンクリートパネル」に、
「二枚のプレート」は「二枚の支圧板」に、
「斜面地山側のプレート」は「一方の支圧板」に、
「ウッドパネル側のプレート」は「他方の支圧板」に、それぞれ相当する。
そして、甲5発明の「気泡混合軽量土」と本件特許発明の「流動コンクリート」は、「盛土材料」という点で共通しているといえる。また、甲5発明の「棒状体」と本件特許発明の「補強材」は、「埋設物」という点で共通しており、「境界部」に埋設されているか否かは別にして「盛土材料」内に埋設されている点で共通している。
そうすると、甲5発明と本件特許発明は、
「せん断防止ボルトを適宜間隔ごとに打設した斜面地山と、該斜面地山の下部における水平地山とを底盤部とし、
該水平地山には小口径アンカーで基礎ブロックが固定され、
該基礎ブロックには複数のプレキャストコンクリートパネルが積み重ねられた擁壁が形成され、
該擁壁と前記底盤部との間には盛土材料が積層された盛土層が形成されてなる盛土構造物であって、
前記せん断防止ボルトの頭部には、すべり土塊の補強をすると共に、前記盛土材料と前記底盤部との一体化を図るための二枚の支圧板が間隔を開けて設置され、
一方の支圧板は、斜面地山に固定され、
他方の支圧板は、斜面地山から突出した箇所に設置され、盛土材料内に埋設されて、該盛土材料と斜面地山とを一体的に形成し、
積層された盛土材料内に、埋設物が埋設された、
盛土構造物。」
である点で一致し、以下の点で相違している。

<相違点5-1>
盛土材料が、本件特許発明では流動コンクリートであるのに対し、甲5発明では気泡混合軽量土である点。
<相違点5-2>
一方の支圧板が、本件特許発明ではせん断防止ボルトに緊張力が付与されて斜面地山に圧着されるのに対し、甲5発明ではそのような構成であるか不明である点。
<相違点5-3>
埋設物が、本件特許発明では積層された盛土材料(流動コンクリート)の境界部に埋設された補強材であるのに対し、甲4発明では積層された盛土材料の境界部でない部分に埋設された棒状体である点。

(3)判断
上記各相違点について検討する。
<相違点5-1>について
流動コンクリートは流動性に富んだコンクリートであって、コンクリートはセメント、水、細骨材(砂)及び粗骨材(砂利)からなるものであることは技術常識である。一方、気泡混合軽量土は気泡を含む軽量な盛土材料を意味するものの、それ以上の具体的な材料等は不明である。
そうすると、本件特許発明の流動コンクリートと甲5発明の気泡混合軽量土は、同じ技術的意義を有するものとすることはできないから、本件特許発明と甲5発明は相違点5-1において実質的に相違するものである。
そして、盛土構造物の盛土材料として流動コンクリートを用いる点について、請求人の提出した各証拠には記載はなく、また、流動コンクリート自体が周知のものであるとしても、気泡混合軽量土と異なる流動コンクリートを気泡混合軽量土に代えて盛土材料に用いる動機付けがあるとすることはできない。
以上により、請求人の提出した証拠によっては、相違点5-1を当業者が容易に想到し得たものとすることはできない。
なお、請求人は、本件とは別件の訴訟(平成25年(ワ)第6933号)における被請求人による訴状(甲第7号証)を引用した上で「更に甲第5号証の「軽量盛土」や「補強鉄筋」は、被請求人の主張によって、「流動コンクリート」や「補強材」に「相当する」とのことである。」(審判請求書36頁下から6?5行)と主張しているが、当該被請求人の主張は本件無効審判と別事件のものであり、また無効審判においては民事訴訟法179条中の自白に関する規定は準用されていないから、甲第7号証における被請求人の主張を「証明することを要しない事実」として採用することはできない。
<相違点5-2>について
相違点5-2に関して、請求人は、「ここで孔の全長にグラウト材を充填したタイプにおいては、鋼棒に緊張力を付与できない理由については甲1号証で説明した通りである。よって当該プレートは、緊張力を受けるためではなく、孔の内部に充填したグラウト材が孔外へ流れ出すことを阻止するための「蓋」として機能させるものである。」(審判請求書34頁7?11行)と主張しているのに対し、被請求人はロックボルトに緊張力を付与するということは甲第5号証には記載されていないと主張している。
甲5発明のロックボルトについてみると、「ニ.図面番号20/23の設計図」に示すように、孔全長に亘ってセメントミルクが注入された状態でロックボルトが挿入されたものであって、セメントミルクが固結するとロックボルトは孔全長に亘って地山に固定されるものと認められる。しかしながら、甲5発明のロックボルトに緊張力が付与されるか否かは甲第5号証の記載からは不明であるから、本件特許発明と甲5発明は相違点5-2において実質的に相違するものである。
しかし、斜面安定化のためのロックボルトであって、孔全長に亘って地山に固定されるものにおいては、ロックボルトに緊張力が付与されて、支圧板が地山に圧着されることは、「1.無効理由1について」「(3)判断」において示したように従来周知技術と認められる。
そうすると、甲5発明も上記周知技術も斜面を安定化する技術である点で共通するものであるから、甲5発明において上記周知技術を採用し、ロックボルトに緊張力を付与することにより、相違点5-2に係る本件特許発明の構成とすることは、当業者にとって想到容易である。
<相違点5-3>について
本件特許発明の「補強材」は、積層された盛土材料の境界部に埋設されたものであって、明細書段落【0018】に記載された「流動コンクリート6間に働く摩擦力または付着力で流動コンクリート6の引張り抵抗を高めて、流動コンクリート6内にクラックが発生するのを効果的に防止する」という作用効果を奏するものである。それに対して、甲5発明の「棒状体」は、境界部から離れた位置で盛土材料に埋設されたものであるから、上記作用効果を奏することがないことは明らかである。そうすると、本件特許発明と甲5発明は相違点5-3において実質的に相違するものである。
そして、埋設物として、積層された盛土材料の境界部に埋設された補強材を用いる点について、請求人の提出した証拠には記載はない。さらに、甲5発明が本件特許発明の「流動コンクリート6間に働く摩擦力または付着力で流動コンクリート6の引張り抵抗を高め」るという課題と同様な課題を有していない以上、甲5発明において、境界部からずれて埋設されている「棒状体」をあえて境界部に埋設するようにする動機付けはない。
以上により、請求人の提出した証拠によっては、相違点5-3を当業者が容易に想到し得たものとすることはできない。
なお、請求人は、本件とは別件の訴訟(平成25年(ワ)第6933号)における被請求人による訴状(甲第7号証)を引用した上で「被請求人の主張通りであれば、甲5号証の「補強鉄筋」は本件特許発明の「補強材」に「相当する」ものである。」(審判請求書35頁12?14行)と主張しているが、当該被請求人の主張は本件無効審判と別事件のものであり、また無効審判においては民事訴訟法179条中の自白に関する規定は準用されていないから、甲第7号証における被請求人の主張を「証明することを要しない事実」として採用することはできない。

(4)小括り
以上検討したとおり、仮に甲5発明が本件特許出願前に公然と実施されたものであったとしても、本件特許発明は、甲5発明と相違点5-1?5-3において相違しており、甲5発明と同一とはいうことができないから、特許法29条1項2号の規定により特許を受けることができないとすることはできない。さらに、相違点5-1及び5-3は当業者が容易に想到し得たものではないから、本件特許発明は、当業者が容易に発明をすることができたものとして特許法29条2号の規定により特許を受けることができないとすることはできない。

第5.むすび
以上のとおりであるから、本件特許は、無効理由1?5に理由がないから、請求人の主張及び証拠方法によっては、無効とすることができない。
審判に関する費用については、特許法169条2項の規定で準用する民事訴訟法61条の規定により、全額を請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2014-02-18 
結審通知日 2014-02-20 
審決日 2014-03-10 
出願番号 特願2006-120284(P2006-120284)
審決分類 P 1 113・ 112- Y (E02D)
P 1 113・ 121- Y (E02D)
P 1 113・ 113- Y (E02D)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 苗村 康造住田 秀弘  
特許庁審判長 伊藤 陽
特許庁審判官 吉村 尚
瀬津 太朗
登録日 2012-10-19 
登録番号 特許第5113342号(P5113342)
発明の名称 盛土構造物  
代理人 大島 信之  
代理人 特許業務法人東京アルパ特許事務所  
代理人 山口 朔生  
代理人 特許業務法人東京アルパ特許事務所  

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