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審決分類 審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない。 C12Q
管理番号 1287425
審判番号 不服2011-28047  
総通号数 174 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2014-06-27 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2011-12-27 
確定日 2014-05-07 
事件の表示 特願2007-528991「アルツハイマー病に関する方法及び組成物」拒絶査定不服審判事件〔平成18年3月2日国際公開、WO2006/021810、平成20年4月10日国内公表、特表2008-510481〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由
第1 手続の経緯
本願は、2005年8月26日(パリ条約による優先権主張外国庁受理2004年8月27日、英国)を国際出願日とする出願であって、平成23年2月9日付け拒絶理由通知に対して、平成23年5月16日付けで意見書及び手続補正書が提出され、平成23年8月24日付けで拒絶査定がなされ、これに対し、平成23年12月27日に拒絶査定不服審判の請求がされるとともに、同日付けで特許請求の範囲の全文についての手続補正がなされたものである。

第2 原審における拒理の理由の概要
平成23年2月9日付け拒絶理由通知および平成23年8月24日付け拒絶査定に記載された原審における拒理の理由の概要は、以下の通りである。

1.記載要件不備(特許法36条第4項第1号および第6項1号)
この出願の請求項に係る発明は、アルツハイマーモデルマウスと野生型マウスの脳組織において差異的に発現しているタンパク質に基づいて、該疾患に対して有効な薬剤をスクリーニングする方法や治療方法、診断方法、同疾患の性質又は度合いを測定する方法に関する発明である。
しかしながら、本願明細書においては、アルツハイマーモデルマウスと野生型マウスの脳組織において差異的に発現しているタンパク質を同定したことが記載されているものの、該タンパク質の発現の有無等を指標として、薬剤のスクリーニングや治療、診断、疾患の程度等を測定できることについては何ら具体的に示されておらず、また、合理的説明もない。特に、図3から6に記載されているのは、スポット上のペプチド配列に適合するタンパク質をデータベースに照合した結果が記載されているに過ぎず、該候補タンパク質が実際にアルツハイマーに関連したタンパク質であることを確かめた具体的記載はない。
該個体間で発現量の顕著に変化するタンパク質を同定したとしても、それらタンパク質は該疾患に罹患することによって生じる様々な症状や変化を反映したものであり、該タンパク質がアルツハイマー病の原因遺伝子であることや該疾患の発症や治癒等に直接影響を及ぼす関連タンパク質であることまでを表すものではない。すると、単に、発現量に差異が認められたタンパク質を指標としても、該疾患を治療できる薬剤をスクリーニングできるものとは認められず、また、アルツハイマー病の存在、段階、重傷度、経過、危険性を測定することや、治療効果をモニターできるとも認められない。
してみると、チューブリンベータ-3を少なくとも1つのマーカーとして特定したとしても、それを指標として、アルツハイマー病の存在等の測定や薬剤のスクリーニング等を行えるか不明である。
したがって、この出願の発明の詳細な説明は、当業者が請求項に係る発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されていないものであり、また、本願出願時の技術常識を参酌しても請求項に係る発明にまで発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるとは言えない。
よって、この出願は、特許法36条第4項第1号および特許法36条第6項1号の規定を満たさず特許を受けることができない。

2.進歩性欠如(特許法第29条第2項)
この出願の請求項に係る発明は、その出願前に頒布された下記1?3の引用文献に記載された発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
新たな疾患関連遺伝子発現産物を同定することは当該技術分野における自明な課題であるから、引用文献1?3の記載に基づいて、2次元電気泳動等の手法を用いて、新たなアルツハイマー病で差異的に発現するタンパク質を同定し、該タンパク質を指標としてアルツハイマー病の存在、段階、重傷度、経過、危険性を測定することや、治療効果をモニターすること、薬剤のスクリーニングを行うことは当業者において容易に想到し得ることと認められる。
そして、本願明細書においては、単に、差異的に発現したタンパク質の一つとしてチューブリンベータ-3が同定されたことが記載されているに過ぎず、該タンパク質をマーカーとして使用した場合に、該疾患を非常に高感度で検出できることや、該タンパク質を指標とすることで薬剤を高収率でスクリーニングできること等を示す記載がなく、実際に、該タンパク質を指標としてアルツハイマー病の治療に効果的な薬剤をスクリーニングできたこと等を示す結果もないから、該タンパク質は引用文献1-3の記載に基づいて得られる発現タンパク質の1つを取得したに過ぎないものと判断される。そして、その他にも該タンパク質を指標とすることで得られる優れた効果が記載されているとも認められないから、その効果についても、当業者が予測し得ない程の格別顕著な効果を奏するものとは認められない。

【引用文献等一覧】
1.特開2003-284574号公報
2.J. Biol. Chem., 2004.03, Vol.279, No.13, pp.13256-13264
3.特表2001-506226号公報

第3 当審の判断
1.本願発明について
平成23年12月27日付けの手続補正は、平成23年5月16日付け手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項18?28及び31?42を削除するものであり、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第4項第1号の「請求項の削除」に該当する。
したがって、当該手続補正は、適法であるから、平成23年12月27日付けの手続補正により補正された特許請求の範囲に基づいて当審の判断を行う。そして、平成23年12月27日付けの手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1は、次のとおりである。(以下、請求項1に係る発明を「本願発明」という。)
「【請求項1】
以下の工程:
(a)少なくとも一つのタンパク質が、アルツハイマー病を有する被検体又はアルツハイマー病になりやすい素因を有する被検体、及び正常な被検体から得た関連組織、又は上記被検体の代表的な関連組織において差異的に発現するというパラダイムを確立する工程;
(b)処理された被検体から得た組織、又は上記被検体の代表的な関連組織において差異的に発現するタンパク質の存在、不存在、又は発現の度合いを測定する工程;並びに
(c)アルツハイマー病を有する処理された被検体において差異的に発現したタンパク質の発現、活性又は量を、正常な被検体のものへと変化させる程度に従って、上記薬剤を選択又は拒絶する工程;
を含む、アルツハイマー病の治療における有用性を決定するための薬剤のスクリーニング方法であって、前記少なくとも一つのタンパク質が、チューブリンベータ-3を含む、方法。」

2.本願発明の課題について
本願明細書には、
「【発明が解決しようとする課題】
【0005】
広い意味で、本発明は、アルツハイマー病と関連するタンパク質マーカーを同定するための操作、及びADの診断又は予後診断のためのこれらのマーカーの使用に関する。本発明は、さらに、治療の標的としてのこれらのタンパク質の使用、及び、ADの治療において、又はADの治療のためのリード化合物の開発において有用であるかどうかを求めるための、候補化合物をスクリーニングする方法に関する。本明細書に開示された実験は、アミロイド前駆体タンパク質(amyloid precursor protein(APP))及び/又はプレセニリン-1(presenilin-1(PS-1))を発現するダブルトランスジェニックマウスであるアルツハイマー病のモデルマウスと比較した、正常なマウスにおけるタンパク質の差異的な発現を示す。
・・・
【0008】
さらなる態様として、本発明は、アルツハイマー病を治療又は予防するための薬剤としての適合性について候補化合物をスクリーニングするための、図3から6若しくは表7に示すタンパク質、又は図9に示すタンパク質の対応するヒトタンパク質の使用を提供する。」
と記載されており、
モデルマウスと正常なマウスを用いて「差異的に発現する」マウス由来のタンパク質が本願明細書および図面に特定されているものの(図3?6、表7)、「アルツハイマー病の治療における有用性を決定するための薬剤のスクリーニング方法」という本願発明に照らせば、アルツハイマー病患者(ヒト)の治療に用いる「薬剤のスクリーニング方法」を提供することが、本願発明の課題であると認められる。
なお、モデルマウスと正常なマウスを用いて「差異的に発現する」マウス由来のタンパク質に対応するヒト由来のタンパク質も「差異的に発現する」ことを確認する実験の裏付けがないものの、図9に記載されている。

3.引用文献に記載された発明との比較における本願発明の技術的貢献
(1)引用文献の記載事項
原査定の拒絶の理由に引用された、本願の優先日前に頒布された文献の記載事項は、以下の通りである。

ア.引用文献1:特開2003-284574号公報
(引用文献1-a)
「【請求項36】APIまたはAPI関連ポリペプチドの発現または活性を調節する因子をスクリーニングまたは同定する方法であって、該方法は、以下:
(a)スクリーニングすべき因子を、第1の哺乳動物または哺乳動物のグループに投与する工程;(b)コントロール因子を、第2の哺乳動物または哺乳動物のグループに投与する工程;ならびに(c)該第1および第2のグループにおける、該APIもしくは該API関連ポリペプチド、または該APIもしくは該API関連をコードするmRNAの発現レベルを比較する工程、あるいは該第1および第2のグループにおける、細胞のセカンドメッセンジャーの誘導のレベルを比較する工程、を包含する、方法。
【請求項37】前記哺乳動物が、アルツハイマー病またはダウン症候群のための動物モデルである、請求項36に記載の方法。
【請求項38】前記APIまたは前記API関連ポリペプチド、該APIまたは該API関連ポリペプチドをコードするmRNA、あるいは前記細胞のセカンドメッセンジャーの前記発現レベルが、前記第2のグループよりも前記第1のグループにおいて大きい、請求項36または37に記載の方法。
【請求項39】前記APIまたは前記API関連ポリペプチド、該APIまたは該API関連ポリペプチドをコードするmRNA、あるいは前記細胞のセカンドメッセンジャーの前記発現レベルが、前記第2のグループよりも前記第1のグループにおいて小さい、請求項36または37に記載の方法。
【請求項40】前記第1および第2のグループにおける、前記APIまたは前記API関連ポリペプチド、該APIまたは該API関連ポリペプチドをコードするmRNA、あるいは前記細胞のセカンドメッセンジャーの前記レベルが、正常なコントロール哺乳動物における、該APIまたは該API関連ポリペプチド、あるいは該APIまたは該API関連ポリペプチドをコードする該mRNAのレベルとさらに比較される、請求項39に記載の方法。
【請求項41】スクリーニングすべき前記因子の投与が、前記第1のグループにおける該APIまたは前記API関連ポリペプチド、あるいは該APIまたは前記API関連ポリペプチドをコードする前記mRNA、あるいは前記細胞のセカンドメッセンジャーのレベルを、前記第2のグループにおける該APIまたは該API関連ポリペプチドあるいは該mRNAあるいは該細胞のセカンドメッセンジャーのレベルへと調節する、請求項39に記載の方法。
【請求項42】前記哺乳動物が、アルツハイマー病を有するヒト被験体である、請求項36に記載の方法。」

(引用文献1-b)
「【0001】(発明の詳細な説明)
(発明の分野)本発明は、アルツハイマー病に対する素因ならびにその発症および進行に関連するタンパク質およびタンパク質アイソフォームの同定、ならびにそれをコードする遺伝子および核酸分子の同定、および、例えば、臨床スクリーニング、診断、処置ならびに薬物スクリーニングおよび薬物開発のためのそれらの使用に関する。
・・・
【0065】本発明の第1の局面は、アルツハイマー病を同定するための方法を提供し、この方法は、2次元電気泳動によってCSFのサンプルを分析して、少なくとも1つのアルツハイマー病に関連する特徴(Alzheimer’s disease-Associated Feature)(AF)(例えば、本明細書中に開示される1以上のAF)の存在またはレベルあるいはそれらの任意の組み合わせを検出する工程を包含する。これらの方法はまた、臨床的スクリーニング、診断、治療結果のモニタリング、特定の治療的処置に対して応答する可能性が最も高い患者の同定、薬物のスクリーニングおよび開発、ならびに薬物処置のための新しい標的の同定に適切である。
【0066】本発明の第2の局面は、アルツハイマー病の診断のための方法を提供し、この方法は、CSFのサンプルにおいて、少なくとも1つのアルツハイマー病関連タンパク質アイソフォーム(Alzheimer’s disease-Associated Protein Isoform)(API)(例えば、本明細書中に開示される1以上のAPI)の存在またはレベルあるいはそれらの任意の組み合わせを検出する工程を包含する。
・・・
【0071】本発明の第7の局面は、API、APIアナログまたはAPI関連ポリペプチドの特徴(例えば、発現あるいは酵素活性または結合活性)を調節(例えば、上方調節または下方調節)する薬剤についてスクリーニングする方法を提供する。・・・
【0075】(5.1.定義)「特徴」とは、2Dゲル中に検出されるスポットをいい、そして用語「アルツハイマー病に関連する特徴」(AF)とは、アルツハイマー病を有さない被験体由来のサンプルと比較して、アルツハイマー病を有する被験体由来のサンプル中に差示的に存在する特徴をいう。2Dゲルにおいて検出される特徴またはスポットは、2Dゲル電気泳動、特に本明細書に記載される好ましい技術(Preferred Technology)を使用することによって決定されるような、その等電点(pI)および分子量(MW)によって特徴付けられる。本明細書中で使用される場合、特徴は、その特徴を検出するための方法(例えば、2D電気泳動)が、第1のサンプルと第2のサンプルに適用された場合に異なるシグナルを与える場合に、第2のサンプルに対して第1のサンプル中に「差示的に存在する」。AF(またはタンパク質アイソフォーム、すなわち、前出の定義のようなAPI)は、その検出の方法が、AFまたはAPIが第2のサンプルよりも第1のサンプル中で多いことを示す場合か、あるいはAFまたはAPIが、第1のサンプル中で検出可能でありかつ第2のサンプル中で実質的に検出不可能である場合、第2のサンプルに対して第1のサンプルにおいて「増加している」。反対に、AFまたはAPIは、その検出の方法が、AFまたはAPIが第2のサンプルよりも第1のサンプル中で少ないことを示す場合か、あるいはAFまたはAPIが、第1のサンプル中で検出不可能でありかつ第2のサンプル中で検出可能である場合、第2のサンプルに対して第1のサンプルにおいて「減少している」。」
(当審注)「CSF」とは、「脳脊髄液」のことである。

(引用文献1-c)
「【0341】(5.16 治療的または予防的化合物についてのアッセイ)本発明はまた、アルツハイマー病の処置または予防のための化合物の効果を同定するかまたは証明するために、薬学的生成物の発見において使用するためのアッセイを提供する。薬剤は、アルツハイマー病を有さない患者において見出されるレベルに対してアルツハイマー病を有する被験体におけるAFもしくはAPIレベルを回復する能力か、またはアルツハイマー病の実験動物モデルにおいて同様の変化を生成する能力についてアッセイされ得る。アルツハイマー病を有さない患者において見出されるレベルに対してアルツハイマー病を有する被験体におけるAFもしくはAPIレベルを回復し得るか、またはアルツハイマー病の実験動物モデルにおいて同様の変化を生成し得る化合物は、さらなる薬物発見のためのリード化合物としてか、あるいは治療的に使用され得る。AF発現およびAPI発現は、好ましい技術、免疫アッセイ、ゲル電気泳動および続く視覚化、API活性の検出、または本明細書中で教示されるかもしくは当業者に公知の任意の他の方法によってアッセイされ得る。このようなアッセイを使用して、AFまたはAPIの存在量が臨床的疾患の代理マーカーとして役立ち得る場合、臨床的モニタリングまたは薬物開発において候補薬物をスクリーニングし得る。
・・・
【0345】別の実施形態において、APIまたはその生物学的に活性な部分の活性を調節する試験化合物は、APIを発現する、非ヒト動物(例えば、マウス、ラット、サル、ウサギおよびモルモット)、好ましくは、アルツハイマー病またはダウン症候群の非ヒト動物モデルにおいて同定される。この実施形態に従って、試験化合物またはコントロール化合物が動物に投与され、そしてAPIの活性に対する試験化合物の効果が決定される。API(または複数のAPI)の発現を変化させる試験化合物は、コントロール化合物で処置した動物および試験化合物で処置した動物をアッセイすることにより同定され得る。」

(引用文献1-d)
「【0365】(6.実施例:アルツハイマー病におけるCSFにおいて差次的に発現されるタンパク質の同定)以下の例示的かつ非限定的な手順を用いて、(a)アルツハイマー病を有する148の被験体、(b)これらのアルツハイマー病の被験体の60家族の構成員、および(c)32の無関連コントロールに由来するCSFサンプルにおけるタンパク質を、等電点電気泳動、続いてSDS-PAGEにより分離し、そして分析した。同じ被験体から、連続サンプルを経時的に得た。以下に記載の手順のパート6.1.1から6.1.9(6.1.9を含む)を「参考プロトコル」としてここで示す。
・・・
【0396】(6.1.13. プロフィールの示差的解析)各サンプルセット(アルツハイマーのCSFおよび正常なCSF)中のプールされたゲルデータに対して、これらのプロフィールを解析して、これらのプロフィール中に示差的に存在する特徴を同定し、そして選択した。次いで、これらの選択した特徴を、アルツハイマーのプールされたゲル特徴のセットの中へ整理した。次いで、各特徴のセットの一致する特徴を、アルツハイマーCSFと正常なCSFとの間の平均的な強度において、少なくとも2倍の差異を示す特徴を同定するために比較した。示差的に存在する特徴を、アルツハイマー病関連特徴(AF)として同定した。
・・・
【0409】(6.2 結果)これらの初期の実験によって、正常なCSFと比較したとき、アルツハイマー病のCSFにおいて減少した111個の特徴、およびアルツハイマー病のCSFにおいて増加した30個の特徴を同定した。これらのAFの詳細は、表Iおよび表IIにおいて提供される。各AFは、正常CSFと比較した場合、アルツハイマー病のCSFに示差的に存在した。いくつかの好ましいAFについて(AF-200、AF-201、・・・AF-311、AF-316)について、この差はさらに尚、有意であった(p<0.001)。
【0410】部分アミノ酸配列を、これらのAFにおいて示差的に存在するAPIについて、決定した。これらのAPIの詳細を、表IVおよびVで提供する。公開されたデータベースのコンピュータ検索によって、少なくとも1つのAPIを同定した。このAPIに対して、この部分アミノ酸配列およびこのようなペプチド配列をコードする任意のオリゴヌクレオチドのいずれもが、調べたどの公開データベースにも記載されてなかった。」

イ.引用文献2:J. Biol. Chem., 2004.03, Vol.279, No.13, pp.13256-13264
(引用文献2-a)
「To gain insights into the pathogenic mechanisms involved in AD and PD, we used a proteomic approach to identify proteins with altered expression levels and/or oxidative modifications in idiopathic AD and PD brains. Here, we report that the protein level of ubiquitin carboxyl-terminal hydrolase L1 (UCH-L1), a neuronal de-ubiquitinating enzyme whose mutation has been linked to an early-onset familial PD, is down-regulated in idiopathic PD as well as AD brains. By using a combination of two-dimensional gel electrophoresis and mass spectrometry, we have identified three human brain UCH-L1 isoforms, a full-length form and two amino-terminally truncated forms.」(13256頁の要約8?20行)
(当審注)AD=Alzheimer's disease;PD=Parkinson's disease
(当審による訳文)「ADとPDに関与する発症機序への洞察を得るために、我々は、特発性ADとPDの脳における差異的発現レベル及び/又は酸化的修飾を伴うタンパク質を同定するためにプロテオミックアプローチを用いた。 ここで、我々は、ADの脳と同様に特発性PDで、その突然変異が早期家族性PDに関連づけられた神経脱ユビキチン化酵素である、ユビキチンカルボキシル末端ヒドロラーゼL1(UCH-L1)のタンパク質レベルがダウンレギュレートされたことを報告する。 2次元ゲル電気泳動と質量分析の組合せを用いて、我々は、3つのヒト脳 UCH-L1アイソフォーム、すなわち、完全長の形態と2つのアミノ末端短縮形態を同定した。」

ウ.引用文献3:特表2001-506226号公報
(引用文献3-a)
「【要約】
培養した海馬ニューロンのシナプス接合部の再生及び維持の双方におけるシナプシンIIの役割は、シナプスの破壊に関係する神経変性疾患、特にアルツハイマー病の治療の根拠である。ニューロンでのシナプシンII発現がアンチセンスシナプシンIIオリゴヌクレオチドによって阻止される場合、シナプスを再生及び維持する海馬ニューロンの能力は致命的に破壊される。軸索形成後であるがシナプス形成直前にシナプシンIIをアンチセンス抑制するとシナプス形成が妨げられる。シナプス形成後にシナプシンIIを抑制すると大部分の既存のシナプスが破壊される。アンチセンスオリゴヌクレオチドを除去した後に達成されたシナプシン欠乏ニューロンでのシナプシンIIの再発現は、シナプス接合部の再確立をもたらし、シナプシンIIがシナプスの維持及び/又は回復に必要であることが証明される。」

(引用文献3-b)
「【特許請求の範囲】
1.神経変性疾患の治療方法であって、シナプスを維持及び/又は回復させることができる治療剤のシナプスを維持及び/又は回復させるのに十分な量をかかる治療を必要としている患者に投与することを特徴とする方法。
2.該神経変性疾患がアルツハイマー病である請求項1記載の方法。
・・・
7.内在性シナプシンの発現を増強するか又はその活性を高める薬剤を投与することによりシナプスを維持及び/又は回復させる請求項1記載の方法。
8.該投与薬剤が、NGFNEGF、BDNF、NT-3及びIL-6からなる群より選ばれた向性因子又はサイトカインである請求項7記載の方法。
9.該投与薬剤がサイクリックAMP又はその誘導体である請求項7記載の方法。
10.該投与薬剤がニコチンである請求項7記載の方法。
11.該投与薬剤がコリン作動性アゴニストである請求項7記載の方法。
12.該投与薬剤がエストロゲンである請求項7記載の方法。
13.該投与薬剤が甲状腺ホルモンである請求項7記載の方法。
14.該神経変性疾患がアルツハイマー病である請求項7記載の方法。
15.治療中の該患者の神経系において天然シナプシンタンパク質の活性に似せる薬剤が投与される請求項1記載の方法。
16.該神経変性疾患がアルツハイマー病である請求項15記載の方法。」

(2)引用文献1に記載された発明
上記(引用文献1-a)の請求項36および上記(引用文献1-b)の「特徴は、その特徴を検出するための方法(例えば、2D電気泳動)が、第1のサンプルと第2のサンプルに適用された場合に異なるシグナルを与える場合に、第2のサンプルに対して第1のサンプル中に「差示的に存在する」。AF(またはタンパク質アイソフォーム、すなわち、前出の定義のようなAPI)は、その検出の方法が、AFまたはAPIが第2のサンプルよりも第1のサンプル中で多いことを示す場合か、あるいはAFまたはAPIが、第1のサンプル中で検出可能でありかつ第2のサンプル中で実質的に検出不可能である場合、第2のサンプルに対して第1のサンプルにおいて「増加している」。反対に、AFまたはAPIは、その検出の方法が、AFまたはAPIが第2のサンプルよりも第1のサンプル中で少ないことを示す場合か、あるいはAFまたはAPIが、第1のサンプル中で検出不可能でありかつ第2のサンプル中で検出可能である場合、第2のサンプルに対して第1のサンプルにおいて「減少している」。」との記載から、
引用文献1には、「被検体サンプルを2次元電気泳動等で分析して差示的に存在したAPI(アルツハイマー病関連タンパク質アイソフォーム)の発現または活性を調節する因子をスクリーニング方法であって、
(a)スクリーニングすべき因子を、第1の哺乳動物または哺乳動物のグループに投与する工程;
(b)コントロール因子を、第2の哺乳動物または哺乳動物のグループに投与する工程;ならびに
(c)該第1および第2のグループにおける、該APIの発現レベルを比較する工程、を包含する、方法。」に係る発明(以下、「引用文献1発明」という。)が記載されている。

(3)本願発明と引用文献1発明の対比
ア.「差異的な発現というパラダイムを確立する工程」について
本願発明の「差異的な発現というパラダイムを確立する工程」について、本願明細書には、「【0048】(定義)
ここで使用される「差異的な発現」は、組織タンパク質発現における少なくとも一つの認識可能な差異を指す。それは、組織タンパク質発現における量的に測定可能な差異、半量的に見積もり可能な差異、又は質的に検出可能な差異であっても良い。かくして、差異的に発現するタンパク質(ここでDEPと称する)は、正常な状態における組織で強力に発現し、アルツハイマー病の状態の組織においてあまり強力に発現しない若しくは全く発現しないものでも良い。逆にそれは、疾患状態における組織において強力に発現し、正常な状態においてあまり強力に発現しない若しくは全く発現しないものでも良い。同様に差異的な発現は、非治療組織と治療組織との間の比較において各方向で見出される。さらに、発現は、タンパク質が比較の元で二つの状態の間で認識可能な変化を受けているのであれば、差異的であるとみなすことができる。
【0049】
用語、「パラダイム」は、プロトタイプの例、試験モデル、又はスタンダードを意味する。
【0050】
差異的に発現可能なタンパク質がスクリーニング方法において使用される場合はいつでも、タンパク質の差異的な発現性が事前に測定されるパラダイムを確立する予備工程を、過去のある時点でなされている必要がある。一度パラダイムが確立されたならば、スクリーニング方法が実施される全ての場合で再確立される必要はない。従って用語、「パラダイムの確立」が、構築されなければならない。」と定義されており、
段落【0198】以降の実施例では、被検体であるミュータントAPP又は/及びPS-1トランスジェニックマウスと野生型マウスで差異的に発現するタンパク質を二次元ゲル電気泳動等を用いて図3?6に同定している(段落【0220】)。

一方、引用文献1発明では、上記(引用文献1-d)に記載されているように、被検体サンプルであるアルツハイマー病のCSF(脳脊髄液)と正常なものを2次元電気泳動等で分析して差示的に存在したAF(アルツハイマー病に関連する特徴)およびAPI(アルツハイマー病関連タンパク質アイソフォーム)を同定している。そして、引用文献1発明のスクリーニング方法に使用している。
ここで、本願発明の「差異的」と引用文献1発明の「差示的」との間には、技術的に相違が認められないから、本願発明と引用文献1発明とは、「(a)少なくとも一つのタンパク質が、アルツハイマー病を有する被検体又はアルツハイマー病になりやすい素因を有する被検体、及び正常な被検体から得た関連組織、又は上記被検体の代表的な関連組織において差異的に発現するというパラダイムを確立する工程」を有する点で一致している。

イ.引用文献1発明の「スクリーニングすべき因子」について
引用文献1発明の「スクリーニングすべき因子」について、引用文献1には、「API・・・の特徴(例えば、発現あるいは酵素活性または結合活性)を調節(例えば、上方調節または下方調節)する薬剤についてスクリーニングする方法を提供する」(引用文献1-b)および「本発明はまた、アルツハイマー病の処置または予防のための化合物の効果を同定するかまたは証明するために、薬学的生成物の発見において使用するためのアッセイを提供する。薬剤は、アルツハイマー病を有さない患者において見出されるレベルに対してアルツハイマー病を有する被験体におけるAFもしくはAPIレベルを回復する能力か、またはアルツハイマー病の実験動物モデルにおいて同様の変化を生成する能力についてアッセイされ得る。」(引用文献1-c)と記載されており、本願発明の「アルツハイマー病の治療における有用性」を有する「薬剤」であることは明らかである。

ウ.本願発明の「処理された被検体から得た組織において差異的に発現するタンパク質の存在、不存在、又は発現の度合いを測定する工程」について
本願発明の「処理された被検体」について、本願明細書には、
「【0010】
従って第一の態様として、本発明は、以下の工程:
(a)少なくとも一つのタンパク質が、アルツハイマー病を有する被検体又はアルツハイマー病になりやすい素因を有する被検体、及び正常な被検体から得た関連組織、又は上記被検体の代表的な関連組織において差異的に発現するというパラダイムを確立する工程;
(b)スクリーニングされる薬剤で処理された、アルツハイマー病を有する被検体から得た関連組織、又は上記被検体の代表的な関連組織のサンプルを得る工程;
(c)処理された被検体から得た組織、又は上記被検体の代表的な関連組織において差異的に発現するタンパク質の存在、不存在、又は発現の度合いを測定する工程;並びに
(d)アルツハイマー病を有する処理された被検体において差異的に発現したタンパク質の発現、活性又は量を、正常な被検体のものへと変化させる程度に従って、上記薬剤を選択又は拒絶する工程;
を含む、アルツハイマー病の治療における有用性を決定するための薬剤のスクリーニング方法を提供する。」と記載されており、
本願発明の「処理された被検体」は、「スクリーニングされる薬剤で処理された被検体」であることは明らかである。

一方、引用文献1発明の「(a)スクリーニングすべき因子を、第1の哺乳動物または哺乳動物のグループに投与する工程;(b)コントロール因子を、第2の哺乳動物または哺乳動物のグループに投与する工程;ならびに(c)該第1および第2のグループにおける、該APIの発現レベルを比較する工程」における、(a)工程により本願発明の「処理された被検体」が作成され、(c)工程の比較のためには、本願発明の「差異的に発現するタンパク質の存在、不存在、又は発現の度合いを測定する工程」が当然に含まれていると理解できる。
してみると、本願発明と引用文献1発明とは、「(b)処理された被検体から得た組織、又は上記被検体の代表的な関連組織において差異的に発現するタンパク質の存在、不存在、又は発現の度合いを測定する工程」を有する点で一致している。

エ.本願発明の「アルツハイマー病を有する処理された被検体において差異的に発現したタンパク質の発現、活性又は量を、正常な被検体のものへと変化させる程度に従って、上記薬剤を選択又は拒絶する工程」について
引用文献1発明の「スクリーニングすべき因子」、すなわち「アルツハイマー病の治療における有用性」を有する「薬剤」について、引用文献1には、「本発明はまた、アルツハイマー病の処置または予防のための化合物の効果を同定するかまたは証明するために、薬学的生成物の発見において使用するためのアッセイを提供する。薬剤は、アルツハイマー病を有さない患者において見出されるレベルに対してアルツハイマー病を有する被験体におけるAFもしくはAPIレベルを回復する能力か、またはアルツハイマー病の実験動物モデルにおいて同様の変化を生成する能力についてアッセイされ得る。」(引用文献1-c)と記載されており、
引用文献1発明には、「アルツハイマー病を有する処理された被検体において差異的に発現したタンパク質の発現、活性又は量を、正常な被検体のものへと変化させる程度に従って、上記薬剤を選択する工程」が含まれている。
よって、本願発明と引用文献1発明とは、「(c)アルツハイマー病を有する処理された被検体において差異的に発現したタンパク質の発現、活性又は量を、正常な被検体のものへと変化させる程度に従って、上記薬剤を選択又は拒絶する工程」を有する点で一致している。

オ.一致点および相違点
したがって、本願発明と引用文献1発明には、以下に記載する一致点および相違点が認められる。

(一致点)
以下の工程:
(a)少なくとも一つのタンパク質が、アルツハイマー病を有する被検体、及び正常な被検体から得た関連組織において差異的に発現するというパラダイムを確立する工程;
(b)処理された被検体から得た組織において差異的に発現するタンパク質の存在、不存在、又は発現の度合いを測定する工程;並びに
(c)アルツハイマー病を有する処理された被検体において差異的に発現したタンパク質の発現、活性又は量を、正常な被検体のものへと変化させる程度に従って、上記薬剤を選択する工程;
を含む、アルツハイマー病の治療における有用性を決定するための薬剤のスクリーニング方法である点。

(相違点)
差異的に発現する少なくとも一つのタンパク質が、チューブリンベータ-3を含む点。

(4)引用文献2および3に記載された発明
平成23年12月27日付けの手続補正書により補正された請求項14には、「差異的に発現するタンパク質」の具体的な実施態様が記載されており、引用文献2に係る「ユビキチンカルボキシル末端ヒドロラーゼアイソザイムL1」および引用文献3に係る「シナプシンII」も記載されている。

(5)小括
本願優先日前に頒布された引用文献に記載された発明(技術水準)に基づいて、本願発明において技術的貢献が認められる部分を検討すると、本願発明は、公知のアルツハイマー病に関連するタンパク質を同定する方法(本願発明の(a)工程)を用いて、当該タンパク質、すなわち「差異的に発現するタンパク質」を複数同定し、公知のアルツハイマー病治療用薬剤のスクリーニング方法(本願発明の(b)および(c)工程)に使用するに際して、「差異的に発現するタンパク質」の1つとして、本願で新たに同定された「チューブリンベータ-3」が必ず含まれるように限定した点のみに技術水準に対する技術的貢献が認められる。

4.本願発明の「チューブリンベータ-3」に係る本願の明細書および図面の開示
(1)本願の明細書
本願明細書の段落【0011】および【0025】には、下記のように、「差異的に発現するタンパク質」の例として、引用文献2に係る「ユビキチンカルボキシル末端ヒドロラーゼアイソザイムL1」および引用文献3に係る「シナプシンII」とともに、本願発明の「チューブリンベータ-3」が記載されているが、本願明細書中にはそれ以上の説明は記載されていない。
「【0011】
好ましくは、この方法においては、上記薬剤が、タンパク質の発現を、正常な被検体の発現に転換させるならば、この薬剤を選択する。スクリーニング方法で使用することができる差異的に発現するタンパク質の例は、図3から6及び図9並びに表7で提供され、グアノシンジホスフェート解離阻害因子1(guanosine diphosphate dissociation inhibitor 1)、ジヒドロピリミジニアーゼ関連タンパク質2(dihydropyrimidinease related protein-2)、プロテアソームサブユニットアルファタイプ6(proteasome subunit alpha type 6)、アポリポタンパク質E(apolipoprotein E)、シナプシンII(synapsin II)、ユビキチンカルボキシル末端ヒドロラーゼアイソザイムL1(ubiquitin carboxyl-terminal hydrolase isozyme L1)、アスパルテートアミノトランスフェラーゼ(aspartate aminotransferase)、グルタチオンS-トランスフェラーゼmu 1(glutathione S-transferase mu 1)、チューブリンベータ-4鎖(tubulin beta-4 chain)、WWドメイン結合タンパク質2(WW domain binding protein 2)、真核生物翻訳開始因子4H(eukaryotic translation initiation factor 4H)、チューブリンベータ-3(tubulin beta-3)、神経タンパク質Np25(neuronal protein Np25)、フルクトース-ビスホスフェートアルドラーゼA(fructose-bisphosphate aldolase A)、フルクトース-ビスホスフェートアルドラーゼC(fructose-bisphospahte aldolase C)、ヌクレオリシンTIA関連タンパク質(nucleolysin TIA related protein)、ペプチジルプロリルイソメラーゼD(peptidylprolyl isomerase D)、電位依存性アニオン選択的チャンネルタンパク質1(voltage-dependent anion-selective channel protein 1)及びミトコンドリア アセチル-CoAアセチルトランスフェラーゼ前駆体(acetyl-COA acetyltransferase mitochondrial precursor)が含まれる。」
「【0025】
本発明により同定されたタンパク質及び本明細書に開示された本発明の全ての態様における使用のために適用可能なタンパク質の例には、図3から6及び図9並びに表7で示されるタンパク質、特には、グアノシンジホスフェート解離阻害因子1、ジヒドロピリミジニアーゼ関連タンパク質2、プロテアソームサブユニットアルファタイプ6、アポリポタンパク質E、シナプシンII、ユビキチンカルボキシル末端ヒドロラーゼアイソザイムL1、アスパルテートアミノトランスフェラーゼ、グルタチオンS-トランスフェラーゼmu 1、チューブリンベータ-4鎖、WWドメイン結合タンパク質2、真核生物翻訳開始因子4H、チューブリンベータ-3、神経タンパク質Np25、フルクトース-ビスホスフェートアルドラーゼA、フルクトース-ビスホスフェートアルドラーゼC、ヌクレオリシンTIA関連タンパク質、ペプチジルプロリルイソメラーゼD、電位依存性アニオン選択的チャンネルタンパク質1及びミトコンドリア アセチル-CoAアセチルトランスフェラーゼ前駆体が含まれる。」

(2)本願の図面
図3および図9には、IPG4-7電気泳動で分離されたスポット1301(分子量32000、等電点6.26)に対応するタンパク質として「チューブリンベータ-3」が記載されているが、他に3つのタンパク質名も併記されており、スポット1301が実際に「チューブリンベータ-3」に対応することも明らかではない。
また、図4および図9にも、IPG4-7電気泳動で分離されたスポット1976(分子量28000、等電点5.4)(当審注:出願書類が不鮮明で正確に判読できていない可能性あり)に対応するタンパク質として「チューブリンベータ-3」が記載されており、スポット1301とスポット1976のいずれが本願発明の「チューブリンベータ-3」であるのかも明らかでない。
ここで、スポット1301が「ww only」と記載される一方で、スポット1976は「tw,tt versus ww」と記載されており、この2つのスポットに対応するタンパク質の「差異的に発現する」特徴点は明らかに異なっていることから、もし双方が本願発明の「チューブリンベータ-3」に該当すると仮定すると、「チューブリンベータ-3」が「差異的に発現する」特徴自体に再現性がなく、本願発明のスクリーニング方法に使用できるとは到底考えられない。

(3)小括
してみると、「チューブリンベータ-3」について、本願の明細書中には、アルツハイマー病との関連が優先日前に公知であった「ユビキチンカルボキシル末端ヒドロラーゼアイソザイムL1」や「シナプシンII」等の複数のタンパク質とともに一行記載があるのみであって(段落【0011】【0025】)、むしろ図面においては、「チューブリンベータ-3」がいずれのスポットに該当するのかも明確でなく、かつ「チューブリンベータ-3」の「差異的に発現する」特徴が再現性を有することさえ疑わせる記載内容となっている。

5.「チューブリンベータ-3」を含む「差異的に発現する」タンパク質の本願発明に係る「薬剤のスクリーニング方法」への使用可能性
本願の明細書および図面においては、アルツハイマー病モデルマウスと正常なマウスの脳組織において「差異的に発現する」タンパク質(図3?6、表7)を同定したことが記載されているものの、当該タンパク質の発現の有無等を指標として、薬剤のスクリーニングや治療、診断、疾患の程度等を測定できることについては何ら具体的に示されておらず、また、合理的説明もない。
特に、図3?6に記載されているのは、スポット上のペプチド配列に適合するタンパク質をデータベースに照合した結果が記載されているに過ぎず、当該候補タンパク質が実際にアルツハイマーに関連したタンパク質であることを確かめた具体的記載はない。

また、モデルマウスと正常なマウスを用いて「差異的に発現する」マウス由来のタンパク質に対応するヒト由来のタンパク質が図9に記載されているものの、アルツハイマー病患者(ヒト)において「差異的に発現する」ことを確認する実験的な裏付けはない。したがって、そもそもマウスでの「差異的に発現する」実験結果がそのままヒトに適用できるのか、すなわちヒトにおけるオーソログがアルツハイマー病患者において同じ機能・性質を有していることも不明である。
なお、この点に関しては、ヒト被検体を用いて「差異的に発現する」タンパク質を同定した引用文献1発明のほうがより本願発明の課題に近い内容である。

さらに、一般的に、個体間で発現量の顕著に変化するタンパク質を同定したとしても、それらのタンパク質は当該疾患に罹患することによって生じる様々な症状や変化を反映した結果のものであり、当該タンパク質が疾患の原因遺伝子であることや当該疾患の発症や治癒等に直接影響を及ぼす関連タンパク質であることまでを保証するものではない。
してみると、本願のように、発現量に差異が認められたタンパク質を指標としても、アルツハイマー病の治療に有用な薬剤をスクリーニングできるものとは認められない。
そして、優先日前にアルツハイマー病との関連が指摘されていなかった「チューブリンベータ-3」を「少なくとも1つ」のマーカーとして加えたとしても、それを指標として、アルツハイマー病の治療に有用な薬剤のスクリーニングを行えるかは同様に不明である。

したがって、本願出願時の技術常識を参酌しても、上記2.に記載した本願発明の課題が解決できると認識できる程度に発明の詳細な説明が記載されているとは言えない。

6.まとめ
(1)裁判例(平成24年(行ケ)10299号)におけるサポート要件
特許法36条6項1号には、特許請求の範囲の記載は、「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したもの」でなければならない旨が規定されている。
特許制度は、発明を公開させることを前提に、当該発明に特許を付与して、一定期間その発明を業として独占的、排他的に実施することを保障し、もって、発明を奨励し、産業の発達に寄与することを趣旨とするものである。そして、ある発明について特許を受けようとする者が願書に添付すべき明細書は、本来、当該発明の技術内容を一般に開示するとともに、特許権として成立した後にその効力の及ぶ範囲(特許発明の技術的範囲)を明らかにするという役割を有するものであるから、特許請求の範囲に発明として記載して特許を受けるためには、明細書の発明の詳細な説明に、当該発明の課題が解決できることを当業者において認識できるように記載しなければならないというべきである。特許法36条6項1号の規定する明細書のサポート要件が、特許請求の範囲の記載を上記規定のように限定したのは、発明の詳細な説明に記載していない発明を特許請求の範囲に記載すると、公開されていない発明について独占的、排他的な権利が発生することになり、一般公衆からその自由利用の利益を奪い、ひいては産業の発達を阻害するおそれを生じ、上記の特許制度の趣旨に反することになるからである。
そして、特許請求の範囲の記載が、明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲内のものであるか否か、あるいは、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲内のものであるか否かを検討して判断すべきものである。

(2)本願発明へのあてはめ
上記3.に記載したように、本願の明細書および図面には、「チューブリンベータ-3」について、「差異的に発現する」タンパク質であるという一行記載の情報しかなく、むしろ図面を参酌すると、「チューブリンベータ-3」が再現性をもって「差異的に発現する」ことさえ疑わしいというのが発明の詳細な説明の記載の内容である。
また、仮に図面の不備を考慮せず、明細書の記載のみに基づいてサポート要件を判断した場合でも、上記4.に記載したように、製薬分野の技術常識に照らせば、アルツハイマー病モデルマウスと正常なマウスとの間で「差異的に発現する」タンパク質であるというだけで、アルツハイマー病患者(ヒト)の治療に有用な薬剤のスクリーニングに使用できると判断することはできない。
したがって、本願出願時の技術常識を参酌しても、本願発明の課題が解決できると認識できる程度に発明の詳細な説明が記載されているとは言えない。

第4 むすび
以上のとおりであるから、本願出願時の技術常識に照らしても、請求項1に係る発明(本願発明)が、発明の詳細な説明に記載したものとは言えず、この出願は、特許法36条第6項1号の規定を満たさず特許を受けることができない。
したがって、その他の請求項に係る発明についての検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2013-11-27 
結審通知日 2013-12-03 
審決日 2013-12-16 
出願番号 特願2007-528991(P2007-528991)
審決分類 P 1 8・ 537- Z (C12Q)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 佐々木 大輔  
特許庁審判長 田村 明照
特許庁審判官 郡山 順
齊藤 真由美
発明の名称 アルツハイマー病に関する方法及び組成物  
代理人 渡邊 隆  
代理人 志賀 正武  
代理人 村山 靖彦  
代理人 実広 信哉  
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