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審決分類 審判 一部無効 特36条4項詳細な説明の記載不備  C07D
審判 一部無効 2項進歩性  C07D
管理番号 1288418
審判番号 無効2010-800235  
総通号数 175 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2014-07-25 
種別 無効の審決 
審判請求日 2010-12-17 
確定日 2014-06-06 
事件の表示 上記当事者間の特許第3296564号「結晶性の〔R-(R^(*),R^(*))〕-2-(4-フルオロフェニル)-β,δ-ジヒドロキシ-5-(1-メチルエチル)-3-フェニル-4-〔(フェニルアミノ)カルボニル〕-1H-ピロール-1-ヘプタン酸ヘミカルシウム塩(アトルバスタチン)」の特許無効審判事件についてされた平成23年11月22日付け審決に対し、知的財産高等裁判所において審決取消の判決(平成23年(行ケ)第10445号平成24年12月5日判決言渡)があったので、さらに審理のうえ、次のとおり審決する。 
結論 特許第3296564号の請求項1ないし2に係る発明についての特許を無効とする。 審判費用は、被請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯
特許第3296564号は、1996年7月8日(パリ条約による優先権主張外国庁受理1995年7月17日(US)米国)を国際出願日として出願(特願平9-506710号)されたものであり、平成14年4月12日に設定登録を受けた(請求項の数6。以下、その特許を「本件特許」といい、その明細書を「本件特許明細書」という。)。
そして、本件特許を無効とすることについて、サンド株式会社(以下「請求人」という。)から本件審判の請求がされた。
本件審判の手続の経緯は、以下のとおりである。
平成22年12月17日付け 審判請求書・甲第1?甲第4号証・
資料1?4提出
平成23年 4月15日付け 審判事件答弁書・乙第1?乙第9号証提出
同 年 6月 3日付け 通知書
同 年 7月11日付け 口頭審理陳述要領書(請求人)・
甲第5?甲第14号証提出
同 年 7月11日付け 口頭審理陳述要領書(被請求人)・
乙第10?乙第12号証提出
同 年 7月25日付け 上申書(請求人)・甲第15号証提出
同 年 7月25日付け 上申書(被請求人)・
乙第13?乙第16号証提出
同 年 7月25日 口頭審理
同 年 8月22日付け 上申書2(請求人)・資料4?6提出
同 年 8月22日付け 上申書2(被請求人)・
乙第17?乙第19号証・
乙14の訳文提出
同 年 9月26日付け 審理終結通知
同 年11月22日付け 審決(以下「一次審決」という。)
一次審決の主文「本件審判の請求は、成り立たない。
審判費用は、請求人の負担とする。」
平成24年12月 5日 一次審決取消訴訟の判決言渡
(平成23年(行ケ)第10445号)
判決の主文「1 特許庁が無効2010-800235号事件につい
て平成23年11月22日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理の申立てのため
の付加期間を30日と定める。」
(以下「高裁判決」という。)
平成25年 8月21日 上告審として受理しない旨の決定
(平成25年(行ヒ)第149号)
同 年 9月 5日付け 上申書3(被請求人)・
乙第20?乙第35号証
同 年10月25日付け 通知書
同 年11月28日付け 上申書3(請求人)・
甲第16?甲第25号証提出
同 年11月28日付け 上申書4(被請求人)・
乙第36?乙第45号証提出
平成26年 1月15日付け 審理終結通知
上記において、2回目以降の上申書を「上申書2」などとした。平成24年(ワ)第19120号特許権侵害差止請求事件における準備書面が、上申書(請求人)、上申書(被請求人)、上申書2(請求人)、上申書2(被請求人)及び口頭審理陳述要領書(請求人)と共に提出されているが、参考情報として提出を要請したものであり、上には表示していない。証拠方法等の一覧は、後記第3及び第4の項で示す。以下、書証は、その証拠番号により、甲第1号証を「甲1」、乙第1号証を「乙1」などという。

第2 本件発明
本件特許の請求項1及び2に係る発明は、本件明細書の特許請求の範囲の請求項1及び2に記載された以下のとおりのものである(以下、請求項1及び2に係る発明をそれぞれ「本件発明1」、「本件発明2」といい、まとめて「本件発明」ということがある。)。
「【請求項1】CuKα放射線を使用して2分の粉砕後に測定した、2θ、d-面間隔、および>20%の強度の相対強度によって表示された次のX-線粉末回折パターンを特徴とする結晶性形態Iのアトルバスタチン水和物。
2θ d 相対強度(>20%)2分粉砕
9.150 9.6565 42.60
9.470 9.3311 41.94
10.266 8.6098 55.67
10.560 8.3705 29.33
11.853 7.4601 41.74
12.195 7.2518 24.62
17.075 5.1887 60.12
19.485 4.5520 73.59
21.626 4.1059 100.00
21.960 4.0442 49.44
22.748 3.9059 45.85
23.335 3.8088 44.72
23.734 3.7457 63.04
24.438 3.6394 21.10
28.915 3.0853 23.42
29.234 3.0524 23.36
【請求項2】化学シフトを100万部当たりの部数で表示した次の固体状態の^(13)C核磁気共鳴スペクトルを特徴とする結晶性形態Iのアトルバスタチン水和物。
アサイメント
(7kHz) 化学シフト
C12またはC25 182.8
C12またはC25 178.4
C16 166.7(ブロード)
および159.3
芳香族炭素
C2-C5、C13-C18、C19-C24、C27-C32 137.0
134.9
131.1
129.5
127.6
123.5
120.9
118.2
113.8
C8、C10 73.1
70.5
68.1
64.9
メチレン炭素
C6、C7、C9、C11 47.4
41.9
40.2
C33 26.4
C34 21.3」
ここで、「アトルバスタチン」とは、発明の名称にあるとおり、「〔R-(R^(*),R^(*))〕-2-(4-フルオロフェニル)-β,δ-ジヒドロキシ-5-(1-メチルエチル)-3-フェニル-4-〔(フェニルアミノ)カルボニル〕-1H-ピロール-1-ヘプタン酸ヘミカルシウム塩」のことであり、化学構造式を以下に示す。


第3 請求人の主張する無効理由の概要及び請求人が提出した証拠方法等

1 請求人の主張する無効理由の概要
請求人は、請求の趣旨の欄を「特許第3296564号発明の特許請求の範囲の請求項1及び2に記載された発明についての特許を無効とする。審判費用は被請求人の負担とする、との審決を求める。」とし、概略、一次審決では無効理由A、本審決では以下の無効理由1と整理される、無効理由1及び2、並びに、一次審決では無効理由B、本審決では以下の無効理由2と整理される無効理由3を主張した。
【無効理由1】
本件発明1及び2は、本件優先日前に頒布された甲1に記載された発明及び技術常識に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであって、本件発明1及び2についての特許は、特許法第29条の規定に違反してされたものであるから、同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきものである。
【無効理由2】
発明の詳細な説明は、当業者が本件発明1及び2の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるとはいえず、本件発明1及び2についての特許は、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第123条第1項第4号に該当し、無効とすべきものである。

2 請求人が提出した証拠方法等
以下の証拠方法が提出されている。
[審判請求書に添付]
甲1:特開平3-58967号公報
甲2:仲井由宣,花野学編,「新製剤学」,第1版4刷,南山堂,1987年4月1日,p.102-103
甲3:2010年11月17日付けのサンド社のJosef Wieserの供述書
甲4:Ind. Eng. Chem. Res., 33, 1994, p.1373-1379
資料1:平成19年7月4日言渡の平成18年(行ケ)第10271号判決
資料2:特許庁審判部,「特許性検討会報告書2008」,平成21年3月,「はじめに」の頁,目次,p.1-6,118-128
資料3:平成17年(行ケ)第10205号判決
[口頭審理陳述要領書に添付]
甲5:有機合成化学協会編,「有機化学ハンドブック(新版)」,初版2刷,技報堂,昭和34年8月10日,p.614-618
甲6:特開平6-192228号公報
甲7:特開平7-53581号公報
甲8:特開昭57-91983号公報
甲9:特開平6-157565号公報
甲10:特開平2-131494号公報
甲11:特開平6-13526号公報
甲12:特表平11-510486号公報
甲13:特願平9-506814号の平成19年5月9日付け拒絶査定
甲14:特願平9-506814号に係る不服2007-22375号において請求人であるワーナー-ランバート カンパニー リミテッド ライアビリティー カンパニーが平成19年11月1日付けで提出した手続補正書(方式)
[上申書に添付]
甲15:口頭審理における説明資料
[上申書2に添付]
資料4:Journal of Pharmaceutical Sciences, 67(2), 1978, p.231-236
資料5:J. Chem. Soc. Perkin. Trans., 2, 1994, 1091-1096
資料6:国際公開95/07684号
[上申書3に添付]
甲16:国際公開94/20492号
甲17:2012年1月30日付けのSandoz社のRobert E. Ziegert及びArthur Pitchlerの実験報告書GPCC 08/12
甲18:2012年1月30日付けのSandoz社のRobert E. Ziegert及びArthur Pitchlerの実験報告書GPCC 09/12
甲19:2012年1月30日付けのSandoz社のRobert E. Ziegert及びArthur Pitchlerの実験報告書GPCC 10/12
甲20;Acc. Chem. Res. 28, 1995, p.193-200
甲21:畑一夫,渡辺健一,「新版 基礎有機化学実験」,丸善,昭和43年4月1日,p.76-85
甲22;飯田隆,澁川雅美,菅原正雄,鈴鹿敢,宮入伸一編,「イラストで見る化学実験の基礎知識」,丸善,平成15年3月20日,p.27,138
甲23:2012年1月30日付けのSandoz社のRobert E. Ziegert及びArthur Pitchlerの実験報告書GPCC 11/12
甲24:2012年1月30日付けのSandoz社のRobert E. Ziegert及びArthur Pitchlerの実験報告書GPCC 12/12
甲25:欧州特許庁審決T1066/03(2006年7月11日)

第4 被請求人の主張の概要及び被請求人が提出した証拠方法等

1 被請求人の主張の概要
被請求人は、「本件審判の請求は成り立たない、審判費用は請求人の負担とする、との審決を求める。」とし、請求人が主張する無効理由のいずれにも理由がない旨の反論をしている。

2 被請求人が提出した証拠方法等
以下の証拠方法が提出されている。
[審判事件答弁書に添付]
乙1:2003年12月3日付けのSSCI社のRex Shipplettの実験報告書
乙2:2006年6月8日付けのファイザー社のPhillip J. Johnsonの実験報告書
乙3:2005年7月14日付けのファイザー社のDavid B. Damonの実験報告書
乙4:1998年12月2日付けのワーナーランバート社のCharles Edward Colsonの宣誓書
乙5:2011年4月8日付けのファイザー株式会社の市川林の陳述書
乙6:「新薬承認情報集 平成12年 No.20 アトルバスタチンカルシウム水和物[リピトール錠5mg、錠10mg](平成12年3月承認)」,(財)日本薬剤師研修センター,目次,報1の頁,p.258
乙7:1999年12月17日付けのワーナーランバート社のBruce D. Rothの宣誓供述書
乙8:特表2003-512354号公報
乙9:国際公開03/093233号
[口頭審理陳述要領書に添付]
乙10:2011年6月10日付けのFrancis J. Tinneyの宣誓供述書
乙11:2011年6月21日付けのファイザー株式会社の市川林の陳述書
乙12:2011年6月23日付けのアステラス製薬株式会社の木川良雄の陳述書
[上申書に添付]
乙13:J. W. Mullin, “Crystalization ”, Third Edition, Butterworth-Heinemann Ltd, 1993, p.200-201, 288-294
乙14:Chem. Pharm. Bull., 38(7), 1990, p.2003-2007
乙15:「新薬承認情報集 平成12年 No.20 アトルバスタチンカルシウム水和物[リピトール錠5mg、錠10mg](平成12年3月承認)」,(財)日本薬剤師研修センター,目次,報1の頁,p.253
乙16:口頭審理における説明資料
[上申書2に添付]
乙17:2011年8月19日付けのSSCI社の実験報告書2V2
乙18:2009年2月23日付けのaptuit consulting社のLeonard J. Chyallの実験報告書
乙19:2011年8月19日付けのSSCI社の実験報告書1V3
[上申書3に添付]
乙20:2012年5月12日付けのSaul H. Lapidusの実験報告書
乙21:2007年10月15日付けのaptuit consulting社のLeonard J. Chyallの実験報告書
乙22:平成25年6月19日付けの東京農工大学の松岡正邦の鑑定意見書
乙23:平山令明編著,「有機結晶作製ハンドブック」,丸善,平成12年4月20日,まえがき,目次,p.109-129
乙24:平山令明編著,「有機化合物結晶作製ハンドブック?原理とノウハウ?」,丸善,平成20年7月25日,まえがき,目次,p.57-84
乙25:松岡正邦監修,「結晶多形の最新技術と応用展開?多形現象の基礎からデータベース情報まで?」,シーエムシー出版,2005年8月31日,はじめに,目次,p.105-135
乙26:薬剤学,68(5),2008,p.344-349
乙27:ファルマシア,47(11),2011,p.1014-1018
乙28:Organic Process Research & Development,3,1999,p.409-415
乙29:Organic Process Research & Development,16,2012,p.577-585
乙30:2013年6月19日付けのファイザー株式会社の市川林の陳述書
乙31:Organic Process Research & Development,1,1997,p.320-324
乙32の1:ノバルティスファーマ株式会社のローコール錠の添付文書,2010年3月改訂(第9版)
乙32の2:MSD株式会社のリポバス錠の添付文書,2011年10月改訂(第25版)
乙32の3:第一三共株式会社のメバロチン錠及びメバロチン細粒の添付文書,2010年3月改訂(第14版)
乙32の4:メルク社のメバコール錠の添付文書
乙33:特許第3296563号
乙34:特許第3965155号
乙35:特表2008-506764号公報
[上申書4に添付]
乙36:2012年1月25日付けのSandoz社のRobert E. Ziegertの実験報告書GPCC 01/12
乙37:2012年1月25日付けのSandoz社のRobert E. Ziegert及びArthur Pitchlerの実験報告書GPCC 02/12
乙38:特開平6-211848号公報
乙39:特開平3-31288号公報
乙40:特開平1-238589号公報
乙41:特開平5-222056号公報
乙42:特開平4-235188号公報
乙43:特開平2-1489号公報
乙44:特開昭62-155238号公報
乙45:特開昭62-36381号公報

第5 当審の判断
当審は、本件発明1及び2に係る特許は、上記無効理由1及び2によって無効とすべきものと判断する。
その理由は、以下のとおりである。

1 無効理由1について
無効理由1の概要は、本件発明1及び2は、本件優先日前に頒布された甲1に記載された発明及び技術常識に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであって、本件発明1及び2についての特許は、特許法第29条の規定に違反してされたものであるから、同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきものである、というものである。

(1)甲1、甲6?甲11、乙43、乙45、乙38及び乙39の記載
甲1、甲6?甲11、乙43、乙45、乙38及び乙39は、いずれも本件優先日前に頒布された刊行物である。

ア 甲1(特開平3-58967公報、発明の名称「〔R-(R^(*),R^(*))〕-2-(4-フルオロフェニル)-β,δ-ジヒドロキシ-5-(1-メチルエチル)-3-フェニル-4-〔(フェニルアミノ)カルボニル〕-1H-ピロール-1-ヘプタン酸、そのラクトン体およびその塩」)には、以下の記載がある。
(1a)「1)〔R-(R^(*),R^(*))〕-2-(4-フルオロフェニル)-β,δ-ジヒドロキシ-5-(1-メチルエチル)-3-フェニル-4-〔(フェニルアミノ)カルボニル〕-1H-ピロール-1-ヘプタン酸または(2R-トランス)-5-(4-フルオロフェニル)-2-(1-メチルエチル)-N,4-ジフェニル-1-〔2-(テトラヒドロ-4-ヒドロキシ-6-オキソ-2H-ピラン-2-イル)エチル〕-1H-ピロール-3-カルボキサミドおよびその薬学的に許容しうる塩。
2)〔R-(R^(*),R^(*))〕-2-(4-フルオロフェニル)-β,δ-ジヒドロキシ-5-(1-メチルエチル)-3-フェニル-4-〔(フェニルアミノ)カルボニル〕-1H-ピロール-1-ヘプタン酸である請求項1記載の化合物。
・・・・・・・・・・・・・・・
6)請求項2記載の化合物のヘミカルシウム塩。
・・・・・・・・・・・・・・・
11)血中コレステロールを低下させるのに有効な量の請求項1記載の化合物および薬学的に許容しうる担体を含有する高コレステロール血症治療用の医薬組成物。」(1?2頁、特許請求の範囲の請求項1、2、6、11)
(1b)「コレステロール生合成の抑制剤として有用である米国特許第4,681,893号明細書記載の化合物の中にはトランス-(±)-5-(4-フルオロフェニル)-2-(1-メチルエチル)-N,4-ジフェニル-1-〔2-(テトラヒドロ-4-ヒドロキシ-6-オキソ-2H-ピラン-2-イル)エチル〕-1H-ピロール-3-カルボキサミドがある。・・・
本発明によれば、予想外なことに、トランス-5-(4-フルオロフェニル)-2-(1-メチルエチル)-N,4-ジフェニル-1-〔2-(テトラヒドロ-4-ヒドロキシ-6-オキソ-2H-ピラン-2-イル)エチル〕-1H-ピロール-3-カルボキサミドの開環した酸のR型の対掌体、すなわち〔R-(R^(*),R^(*))〕-2-(4-フルオロフェニル)-β,δ-ジヒドロキシ-5-(1-メチルエチル)-3-フェニル-4-〔(フェニルアミノ)カルボニル〕-1H-ピロール-1-ヘプタン酸がコレステロール生合成の驚くべき抑制をもたらすということが見出された。」(2頁左上欄17行?左下欄2行)
(1c)「本発明はまた、低コレステロール血症剤として有用な医薬組成物、すなわち血中コレステロールを低下させるのに有効な量の〔R-(R^(*),R^(*))〕-2-(4-フルオロフェニル)-β、δ-ジヒドロキシ-5-(1-メチルエチル)-3-フェニル-4-〔(フエニルアミノ)カルボニル)-1H-ピロール-1-へプタン酸、その薬学的に許容しうる塩または(2R-トランス)-5-(4-フルオロフェニル)-2-(1-メチルエチル)-N,4-ジフェニル-1-(2-(テトラヒドロ-4-ヒドロキシ-6-オキソ-2H-ピラン-2-イル)エチル〕-IH-ピロール-3-カルボキサミド並びに薬学的に許容しうる担体からなる医薬組成物にも関する。」(3頁右上欄2?15行)
(1d)「本発明の薬学的に許容しうる塩は、遊離酸またはラクトン好ましくはラクトンを適当な塩基とともに水性もしくは水性アルコール溶媒またはその他の適当な溶媒中に溶解しついで溶液を蒸発させて塩を単離することにより、または塩を直接分離させるかまたは塩を溶液の濃縮によって得ることができる有機溶媒中において遊離酸またはラクトン好ましくはラクトンおよび塩基を反応させることにより一般的に誘導される塩である。
実際には、塩形態の使用は酸またはラクトン形態の使用に等しい。本発明の範囲内にある薬学的に許容しうる適当な塩は、塩基例えば・・・から誘導される塩である。好ましくは、リチウム、カルシウム、マグネシウム、アルミニウムおよび第一鉄もしくは第二鉄の各塩は、そのナトリウム塩またはカリウム塩から該塩の溶液に適当な試薬を加えることによって製造される。すなわち、式Iの化合物のナトリウム塩またはカリウム塩の溶液に塩化カルシウムを加えるとそれのカルシウム塩が得られる。
・・・・・・・・・・・・・・・
本発明の最も好ましい態様は〔R-(R^(*),R^(*))〕-2-(4-フルオロフェニル)-β,δ-ジヒドロキシ-5-(1-メチルエチル)-3-フェニル-4-〔(フェニルアミノ)カルボニル〕-1H-ピロール-1-ヘプタン酸、ヘミカルシウム塩である。」(3頁左下欄11行?4頁左上欄2行)
(1e)「一般に、本発明の化合物IおよびIIは(1)参考までに本明細書中に組込まれる米国特許第4,681,893号明細書に記載の方法で製造されるラセミ体を分割することによりまたは(2)知られているかまたは知られた手法に類似の手法を使用して容易に製造される出発物質から始めて所望のキラル形態を合成することにより製造できる。
詳しく言えば、ラセミ体の分割は下記のスキーム1(ここでPhはフェニルである)に示すようにして達成され得る。

スキーム1の“トランスラセミ混合物”は下記:

の混合物を意味する。
スキーム1の工程1および工程2の条件は一般的に後記実施例6および7に見出されるとおりである。
キラル合成は下記のスキーム2(ここでPhはフェニルである)に示すとおりである。

一般に、スキーム2での条件は後記実施例1?5に示すとおりである。」(4頁左上欄3行?6頁左上欄2行)
(1f)「従って、本発明は式IもしくはIIの化合物またはその薬学的に許容しうる塩から調製される医薬組成物である。これらの組成物は、再び参考までにここに組込まれる米国特許第4,681,893号明細書に記載のようにして調製される。
同様に、本発明は低脂血症剤または低コレステロール血症剤としての使用法である。本発明の製薬法で使用される本発明化合物は、1日当り10?500mgの用量で患者に投与される。約70kgの普通の成人では1日当り0.14-7.1mg/kgの用量である。好ましくはこの用量は1日当り0.5-1.0mg/kgであるのがよい。
この用量は単位剤形で投与されるのが好ましい。経口または非経口用の単位剤形は個々の適用および活性成分の効力によって10?500mg、好ましくは20?100mgで変更または調整され得る。該組成物は所望によりその他の活性治療剤をも含有することができる。個々の状態における最適用量の決定は、当業者ならば容易である。」(6頁左上欄末行?左下欄2行)
(1g)「実施例 1
・・・・・・・・・・・・・・・
・・・CHCl_(3):MeOH(10:1)から再結晶して白色結晶48.7gの収量を有する生成物1Fを得る。
・・・・・・・・・・・・・・・
生成物1Fは下記のデータを示す。
元素分析値:・・・
融点229?230℃
・・・・・・・・・・・・・・・
実施例 2
・・・・・・・・・・・・・・・
・・・Et_(2)O/ヘプタンから再結晶して下記の生成物を得る。
・・・・・・・・・・・・・・・
これらの結晶は下記のデータを示す。
融点125?126℃・・・
・・・・・・・・・・・・・・・
実施例 3
・・・生成物を酸/塩基抽出により抽出する。有機相を真空中で乾燥しそして濃縮して73gを得る。NMRおよびTLCは・・・
実施例 4
・・・シリカゲル上クロマトグラフィーによって13.2gが得られる。
・・・・・・・・・・・・・・・
実施例 5
2R-トランス-5-(4-フルオロフェニル)-2-(1-メチルエチル)-N,4-ジフェニル-1-〔2-(テトラヒドロ-4-ヒドロキシ-6-オキソ-2H-ピラン-2-イル)エチル〕-1H-ピロール-3-カルボキサミドの製造
・・・再結晶しそして4Cの母液からは2.0gが得られる。・・・
実施例 6
ジアステレオマーのα-メチルベンジルアミド類の製造
・・・有機抽出物を・・・濃縮してジアステレオマーのα-メチルベンジルアミド類28.2gを白色固形物として得る。融点174.0?177°。これらのα-メチルベンジルアミドは・・・分離される。各フラクションUVモニターによって集めた。ジアステレオマー1は41分で溶離する。・・・分析用HPLCにより各々を試験したところジアステレオマー1は99.84%純粋でありそしてジアステレオマー2は96.53%純粋であることが示される。各異性体は別個に以下の実施例でとりあげる。
実施例 7
2R-トランス-5-(4-フルオロフェニル)-2-(1-メチルエチル)-N,4-ジフェニル-1-〔2-(テトラヒドロ-4-ヒドロキシ-6-オキソ-2H-ピラン-2-イル)エチル〕-1H-ピロール-3-カルボキサミドの製造
・・・0.1gを白色の泡状物として得る。HPLCは該物質が94.6%化学的に純粋であることを示す。・・・
実施例 8
2S-トランス-5-(4-フルオロフェニル)-2-(1-メチルエチル)-N,4-ジフェニル-1-〔2-(テトラヒドロ-4-ヒドロキシ-6-オキソ-2H-ピラン-2-イル)エチル〕-1H-ピロール-3-カルボキサミド(実施例5で製造された化合物のS,S光学対掌体)の製造
・・・0.46gを白色の泡状物として得た。HPLCは該物質が97.83%化学的に純粋であることを示した。・・・
実施例 9
式IIのラクトンの加水分解
THF中に溶解したラクトンの室温溶液に、水中に溶解した水酸化ナトリウムの溶液を加える。混合物を2時間撹拌する。HPLC99.65%(生成物),0.34%(出発ラクトン)。混合物を水3L(審決注:小文字の筆記体のエルであるが、大文字の活字体で表す。以下も同じ。)で希釈し、酢酸エチル1Lずつで2回抽出し、次に5N塩酸37mLを加えてpH4の酸性にする。水性層を酢酸エチル1.5Lずつで2回抽出する。合一した酢酸エチル抽出物を水1Lずつで2回次にブラインで洗浄し、乾燥しついで濾過(審決注:濾は略字で記載されているが正字で表す。以下も同じ。)して必要とされる遊離酸の酢酸エチル溶液を得る。この溶液はN-メチルグルカミン塩のフラクション中で直接用いられる。ブライン-水からの酢酸エチル抽出物を濃縮して灰色がかった白色固形物15.5gが得られる。
実施例 10
ナトリウム塩および(または)ラクトンからのカルシウム塩
ラクトン1モル(540.6g)をMeOH5L中に溶解しついで溶解後にH_(2)O 1Lを加える。撹拌下に1当量のNaOHを加え、HPLCにより追跡するとラクトン並びにジオール酸のメチルエステル2%以下が残留している(過剰のNaOHは使用不可。Ca(OH)_(2) が生成し、CaCl_(2) の添加を必要とするため)。NaOHは苛性ソーダ(51.3mL、0.98eq.)またはペレット(39.1g、0.98eq.)として仕込むことができる。この手法は下記のように示される。

加水分解の完了と同時にH_(2)O 10Lを加えついでEtOAc/ヘキサンの1:1混合物で少なくとも2回洗浄する。各洗浄液はそれぞれEtOAc/ヘキサン10Lを含有すべきである。ナトリウム塩が純粋である場合にはMeOH15Lを加える。それが不純でありそして(または)着色物を含有する場合にはG-60木炭100gを加え、2時間撹拌しついでスーパーセル上で濾過する。MeOH15Lで洗浄する。反応混合物について重量/容量%をHPLCにより算定して溶液中における塩の正確な量を測定する。
1当量または僅かに過剰のCaCl_(2)・2H_(2)O(73.5g)をH_(2)O 20L中に溶解する。反応混合物およびCaCl_(2) 溶液の両方を60℃に加熱する。激しい振とう下にCaCl_(2) 溶液を徐々に加える。添加終了後、徐々に15℃に冷却しついで濾過する。フィルターケークをH_(2)O 5Lで洗浄する。真空オーブン中50℃で乾燥する。EtOAc 4L中に溶解し(50℃)、スーパーセル上で濾過し、EtOAc 1Lで洗浄しついで50℃rxn溶液にヘキサン3Lを仕込むことによって再結晶を行うことができる。この手法は下記のように示される。

」(6頁左下欄9行?12頁左上欄化学反応式)

イ 甲6(特開平6-192228号公報、発明の名称「結晶性(R)-(-)-2-シクロヘプチル-N-メチルスルフオニル-[4-(2-キノリニルメトキシ)-フエニル]-アセトアミド」)には、以下の記載がある。
(6a)「【請求項1】結晶状態の下記式

で表わされる(R)-(-)-2-シクロヘプチル-N-メチルスルフォニル-[4-(2-キノリニルメトキシ)-フェニル]-アセトアミド。
【請求項2】非結晶性(R)-(-)-2-シクロヘプチル-N-メチルスルフォニル-[4-(2-キノリニルメトキシ)-フェニル]-アセトアミドを、場合により水の存在下に、不活性有機溶媒中に懸濁させ、それが定量的に結晶性変態に転換されるまで高められた温度で処理し、得られる結晶性変態の結晶を慣用の方法で分離し、そして存在するかも知れない溶媒残渣を除去するために+20°?+70℃の温度で一定重量になる迄乾燥することを特徴とする請求項1記載の結晶性活性化合物の製造方法。」(2頁、特許請求の範囲の請求項1及び2)
(6b)「【0001】【産業上の利用分野】本発明は、(R)-(-)-2-シクロヘプチル-N-メチルスルフォニル-[4-(2-キノリニルメトキシ)-フェニル]-アセトアミドの結晶形、その製造方法及び薬品におけるその利用に関する。
【0002】【従来の技術】ロイコトリエン(leukotriene)合成の阻害剤である下記式(I)
【0003】

【0004】の(R)-(-)-2-シクロヘプチル-N-メチルスルフォニル-[4-(2-キノリニルメトキシ)-フェニル]-アセトアミド、その製造方法及び薬品におけるその利用は既にEP344,519に記載されている。
【0005】そこに記載された製造方法によると、式(I)の化合物は非結晶性粉末状態で得られる。溶媒和物を含まない結晶性変態(solvate-free crystalline modification)は今まで知られていない。
【0006】しかし、非結晶状態の式(I)の化合物は、特に固形薬品の製造において重大な欠点を有することが明らかとなった。このように非晶質状態の式(I)の化合物を含有する薬品は、例えば非常に不十分な貯蔵安定性しか示さない。調合剤を30℃を超える温度で比較的長期間貯蔵する場合におこりがちなこの物理的不安定性は、吸収効率及びこれら調合剤の安全性を損なう。」
(6c)「【0007】【発明が解決すべき課題】それ故薬品製造のために、上記欠点をもたない式(I)の化合物の安定な形態を入手可能とすることが非常に重要である。
【0008】【課題を解決するための手段】公知の非結晶形と比較して、増大した物理的安定性と低減した圧力感受性に特徴を有し、それ故種々の薬品の製造のために非結晶形より相当適している、新規な結晶形の化合物(R)-(-)-2-シクロヘプチル-N-メチルスルフォニル-[4-(2-キノリニルメトキシ)-フェニル]-アセトアミドが今回見出された。」

ウ 甲7(特開平7-53581号公報、発明の名称「結晶質L-アスコルビン酸-2-燐酸エステルマグネシウム塩の製造法」)には、以下の記載がある。
(7a)「【請求項1】L-アスコルビン酸-2-燐酸エステルマグネシウム塩を水溶媒下で結晶化させることを特徴とする結晶質L-アスコルビン酸-2-燐酸エステルマグネシウム塩の製造法。」(2頁、特許請求の範囲の請求項1)
(7b)「【0001】【産業上の利用分野】本発明は、医薬品、化粧品、食品および動物飼料などに有用なL-アスコルビン酸-2-燐酸エステルマグネシウム塩の結晶(以下、結晶質L-アスコルビン酸-2-燐酸エステルマグネシウム塩と称する。)の製造法に関する。
【0002】【従来技術および課題】現在市販されているL-アスコルビン酸-2-燐酸エステルマグネシウム塩は非晶質であるため、保存時吸湿しやすく粉末の団塊化を生じやすい。また、L-アスコルビン酸-2-燐酸エステルマグネシウム塩自身の化学的安定性が充分でなく、他の薬物との配合時に影響を与えることが多い。さらに、ケーキングを生じたり、流動性が不十分なため製剤化に際して支障をきたすことが多く、実用面で支障になる品質のバラツキが生じやすい。従って、安定な結晶質L-アスコルビン酸-2-燐酸エステルマグネシウム塩として提供されることが望まれている。 L-アスコルビン酸-2-燐酸エステルマグネシウム塩の結晶化の例としては、L-アスコルビン酸-2-燐酸エステルマグネシウム塩の水溶液にメタノールを加え、得られた沈澱物を水-メタノールから再結晶する方法[ケミカル・アンド・ファーマシューティカル・ブレティン(Chem. Pharm. Bull.)、17、381(1969)およびケミカル・アンド・ファーマシューティカル・ブレティン(Chem. Pharm. Bull.)、30、1024(1982)]、L-アスコルビン酸-2-燐酸エステルマグネシウム塩を含有する水溶液にアルコール類またはアセトンなどを添加して該結晶を得る方法(特開昭59-51293号)が知られているが、これらの方法は結晶の純度、安定性、結晶化の簡便性などの点で十分とは言えない。」
(7c)「【0028】試験例1
実施例1で得られた結晶質L-アスコルビン酸-2-燐酸エステルマグネシウム塩について密閉容器中、60℃下での残存率を測定し、非晶質L-アスコルビン酸-2-燐酸エステルマグネシウム塩[ホスピタンC(商品名)、昭和電工(株)製]と比較することによりその安定性を評価した。結果を表1に示す。
【0029】
【表1】
60℃下の安定性(残存率%)
2週 1カ月 2カ月 3カ月 6カ月
本発明での結晶 99.9 99.1 98.4 97.6 95.3
非晶質 99.0 96.5 93.9 90.5 78.5
【0030】表1から明らかなように、本発明による結晶は優れた安定性を有する。」

エ 甲8(特開昭57-91983号公報、発明の名称「ラニチジン、その製造方法及びそれを含む医薬組成物」)には、以下の記載がある。
(8a)「(1)鉱油中の混練物〔マル(mull)〕として下記の主ピークを示す赤外線スペクトルを有することを特徴とする第二結晶形ラニチジン塩酸塩。
・・・・・・・・・・・・・・・
(2)下記のX線粉末回折パターンを有し、ここで「d」間隔及び相対強度(I)・・・を用いて表し、かつこれはDebye Scherrer法により、直径114.6mmのカメラにおいて、CoKα電磁線に12時間及びCuKα電磁線に3時間露光することにより得たものであることを特徴とする第二結晶形ラニチジン塩酸塩。
・・・・・・・・・・・・・・・」(1頁、特許請求の範囲第1項及び第2項)
(8b)「英国特許第1,565,966号明細書に記載されかつ特許請求されたラニチジンは強力なヒスタミンH_(2) 遮断活性を有しており、かつ外科手法において予防手段として胃の酸性を低下させる点で、特に胃及び消化性潰瘍において有利である状態の治療において、及びヒスタミンが中介剤であることが知られているアレルギー性及び炎症性状態の治療において使用できる。
ラニチジンの塩酸塩(以下、ラニチジン塩酸塩と称する)は特に重要である。なぜならば、これはラニチジンを例えば、経口投与用錠剤に都合良く処方できるようにするからである。従つて、現在の製薬上の要件や規格を満足させるために、できる限り純粋かつ高度に結晶性の状態でラニチジンを製造する必要があつた。
ラニチジン塩酸塩を製造する方法もまたプラント規模で操作するのに好都合であるものでなければならない。特に、塩酸塩が濃塩酸で製造され、かつ結晶化溶媒が容易に回収可能であることが望ましい。
更に、生成物は容易に濾過(審決注:濾は略字で記載されているが正字で表す。以下も同じ。)され、簡単に乾燥される剤型をしていなければならない。また、もし必要ならば、生成物が同一の溶媒系から再結晶可能であることが望ましい。」(2頁左下欄12行?右下欄15行)
(8c)「本発明は第二結晶形と命名された新規結晶形をしたラニチジン塩酸塩を提供する。第二結晶形は従来知られた第1結晶形より大きな結晶を有し、かつより有利な濾過及び乾燥特性を示すことが一般に見出された。更に、第二結晶形は第一結晶形より吸湿性が少なく、このことはラニチジン塩酸塩の水に対する感受性の点で更に利点がある。」(3頁左上欄8?16行)

オ 甲9(特開平6-157565号公報、発明の名称「4-クロロフェニルチオメチレンビスホスホン酸ジナトリウム一水和物、当該化合物の製造方法および当該化合物を含む薬剤組成物」)には、以下の記載がある。
(9a)「【請求項1】チルドロン酸ジナトリウム一水和物。
【請求項2】次のバンドを含む、臭化カリウム中1%(m/v)で行われたIRスペクトルと、
・・・・・・・・・・・・・・・
2θの値が5.60である主要線および29.0,22.6および16.9における線を含む、
その結晶粉末について測定したX線回析スペクトルと、
121±8℃に吸熱ピークを有するDCAスペクトルと、
図8に示す熱重量分析の重量減少曲線とにより特徴づけられるチルドロン酸ジナトリウム一水和物。」(2頁、特許請求の範囲の請求項1及び2)
(9b)「【0018】4-クロロフェニルチオメチレンビスホスホン酸は、「チルドロン酸(tiludronic acid)」という慣用名が与えられ、このチルドロン酸のジナトリウム塩は、同様に、チルドロン酸ナトリウムと呼ばれている。これらは、慢性多発関節リウマチ、ベージェット氏病、骨粗鬆症の治療に有用な薬物の開発のために選択されている。
・・・・・・・・・・・・・・・
【0020】まったく驚いたことに、チルドロン酸ジナトリウムの新規な結晶形が存在することが見出された。この結晶形は、チルドロン酸ジナトリウム一水和物であり、本発明の主題である。
【0021】この結晶形の分析は、チロドロン酸ナトリウムの従来から知れている結晶形とは物理化学的特徴が異なることを示している。」
(9c)「【0030】チルドロン酸ジナトリウム一水和物は、湿度および温度条件に関係なく、経時的に特に安定である。」
(9d)「【0072】例15
チルドロン酸ジナトリウム1水和物の経時的安定性を、種々の温度および湿度条件の作用として研究した。
【0073】通常の温度および湿度条件で6カ月貯蔵した後に変質生成物がないことが明らかであった。このことは、一水和物の良好な化学的安定性を示す。この結晶形の物理的安定性を、以下説明する条件で研究した。
【0074】飽和塩溶液を密閉容器の底に置き、これを異なる温度で所望の相対湿度が得られるようにする。研究用の結晶形2 500mgを、飽和塩溶液の上に配置された支持体上に置く。規定された温度(T℃)および規定された相対湿度(RH)で数日(d)後、重量増加(ΔM%)を測定し、カールフィッシャー分析を用いて、この重量増加が水含有量の増加によることを確認する。
【0075】得られた結果を以下の表5に示す。
【0076】

この結果は、結晶形2、すなわち、チルドロン酸ジナトリウム一水和物が安定であることを示す。一つだけ、25℃,約75%の相対湿度で58日後の場合に変動が観察されたが、わずかな質量増加(約1%)である。」

カ 甲10(特開平2-131494号公報、発明の名称「結晶状L-アスコルビン酸-2-リン酸ナトリウム塩の製造法」)には、以下の記載がある。
(10a)「(1)L-アスコルビン酸-2-リン酸ナトリウム塩の結晶。」(1頁、特許請求の範囲の請求項1)
(10b)「本発明は、L-アスコルビン酸-2-リン酸(以下、AsA2Pと略記する。)のナトリウム塩(以下、Na塩と略記する。)結晶およびその製法に関する。
AsA2PNa塩の結晶は、アスコルビン酸の安定化誘導体として有用であり、医薬品、食品、化粧品その他各種の工業分野に使用され得る。」(2頁左上欄14?20行)
(10c)「そこで安定で取り扱い易い形態のAsA2Pの開発が望まれている。
・・・・・・・・・・・・・・・
本発明によれば、安定で取り扱い易く、高純度のAsA2Pが、新規なAsA2PNa塩の結晶として提供される。」(2頁右下欄13?18行)
(10d)「又得られた結晶は含水率が少なく、付着水分、溶媒の除去が容易で、溶解速度が速い。」(4頁右上欄2?3行)

キ 甲11(特公平6-13526号公報、発明の名称「結晶性セフロキシムアクセチルの製法」)には、以下の記載がある。
(11a)「【請求項1】セフロキシム1-アセトキシエチルエステルのRおよびS異性体の混合物を含むエステルからなる溶媒系溶液中に、結晶化を開始または助けるためにエーテル、脂肪族または芳香族炭化水素、アルコールおよび含水アルコールから選択された第2溶媒を加え、そして生成物を単離し、乾燥することを特徴とする、純度が少なくとも95%質量/質量でありR:Sが0.9:1?1.1:1である結晶性セフロキシム1-アセトキシエチルエステルを高収率で製造する方法。」(1頁、特許請求の範囲の請求項1)
(11b)「本発明はセファロスポリンの改善またはセファロスポリンに関する。より特定的には本発明はセフロキシム1-アセトキシエチルエステル(セフロキシムアクセチル)の製造における改善に関する。
(6R,7R)-3-カルバモイルオキシメチル-7-〔(Z)-2-(フル-2-イル)-2-メトキシイミノアセトアミド〕セフ-3-エム-4-カルボン酸は「セフロキシム」という公認された名称を有している。この化合物はグラム陽性およびグラム陰性微生物に対する高い広域スペクトル活性により特性づけられる価値ある抗生物質である。・・・
本発明者らはセフロキシムのカルボキシル基の適当なエステル化が経口投与における有効性を改善することを発見した。・・・
ここに本発明者らは高純度結晶形態でそして高収率でセフロキシムアクセチルを取得しうる方法を開発することに成功した。そのような生成物は活性化合物の高純度形態であるという点から有用でありそして従って生物学的投与に対して一層適当であるのみならず・・・」(1頁2欄13行?2頁4欄2行)

ク 乙43(特開平2-1489号公報、発明の名称「結晶性β-ラクタム溶媒和物」)には、以下の記載がある。
(43A)「1.式( I ):

で示される化合物の結晶性2.5水和物。」(1頁、特許請求の範囲の請求項1)
(43B)「本発明は、β-ラクタム抗生物質の新規な溶媒和物、より具体的には独特の水和度を有する1-カルバセファロスポリンの新規な結晶性溶媒和物に関するものである。
式(I)

[式中、星印はR-絶対立体配置を示す]
で示されるβ-ラクタム抗生物質は、有用かつ新規な、経口で活性な抗生物質である。この抗生物質は、米国特許第4,335,211号およびヨーロッパ特許第14,476号に一般式で記載されている。またこの化合物は、ヨーロッパ特許出願第266896号に具体的に記載されている。便宜上、上の式で示される化合物の無水形を“LY228238”と呼ぶ。
本発明は、LY228238 1モル当たり2.5モルの水を有するLY228238の溶媒和物に関するものである。便宜上、この高水和物をLY228238 2.5水和物(“2.5水和物”)と呼ぶ。この化合物は、親化合物の薬学的に優れた2.5水和物である。この結晶性2.5水和物は、広範な相対湿度範囲(即ち、約30%?約100%)、とりわけこの化合物を含有する完成品(市販品として)の製造およびその後の貯蔵(約30%)においておこり得る湿度範囲で安定である。更に、この結晶性2.5水和物は、親化合物の無定形形態より優れたバルク密度を有しており、カプセルに充填するための優れた形態である。
LY228238結晶性2.5水和物は、以下のX線粉末回折パターンを有している:
・・・・・・・・・・・・・・・
上のパターンは、ニッケル-濾過した波長λ=1.54056Åの銅放射線(Cu:Ni)で得た。・・・この2.5水和物は白色微結晶性固形物である。」(1頁右下欄1行?2頁右上欄18行)

ケ 乙45(特開昭62-36381号公報、発明の名称「化学化合物」)には、以下の記載がある。
(45A)「(1)式(A)

の化合物の結晶性-水和物又は式(A)の化合物の結晶性ナトリウム塩-水和物。」(1頁、特許請求の範囲第1項)
(45B)「ヨーロッパ特許公開第141927号は式(A)の化合物即ち9-(4-ヒドロキシ-3-ヒドロキシメチルブト-1-イル)グアニン

及びそのナトリウム塩(実施例12)及びウイルス感染の治療におけるそれらの製薬上の用途を開示している。
・・・・・・・・・・・・・・・
式(A)の化合物及びそのナトリウム塩の純粋な結晶性-水和物が見い出されこれらの水和物は抗ウィルス活性を有する。
これらの水和物は結晶性の形で存在しそしてヨーロッパ特許公開公報第141927号に開示された無水の形よりも改良された安定性及び処理性を有する。」(2頁左上欄16行?左下欄5行)

コ 乙38(特開平6-211848号公報、発明の名称「結晶オキサチオラン誘導体」)には、以下の記載がある。
(38A)「【請求項1】結晶形の(-)シス-4-アミノ-1-(2-ヒドロキシメチル-1,3-オキサチオラン-5-イル)-(1H)-ピリミジン-2-オン。
【請求項2】バイピラミジル結晶形の(-)シス-4-アミノ-1-(2-ヒドロキシメチル-1,3-オキサチオラン-5-イル)-(1H)-ピリミジン-2-オン。
・・・・・・・・・・・・・・・
【請求項22】エタノール又は工業用メチル化スピリット中高温で針状結晶形の化合物をエージングすることからなる、バイピラミジル結晶形の(-)シス-4-アミノ-1-(2-ヒドロキシメチル-1,3-オキサチオラン-5-イル)-(1H)-ピリミジン-2-オンの製造方法。」(2頁、特許請求の範囲の請求項1、2及び22)
(38B)「【0001】本発明はヌクレオシドアナログ及びそれらの医学上の用途に関する。更に詳しくは、本発明は1,3-オキサチオランヌクレオシドアナログ、その特定な物理的形態、その医薬処方剤及びウイルス感染の治療上におけるその用途に関する。
【0002】下記式(I)の化合物:

はBCH-189又はNGPB-21としても知られ、特にエイズの原因体であるヒト免疫不全ウイルス(HIV)に対して抗ウイルス活性を有すると記載されていた・・・。式(I)の化合物は下記式(I-1)及び(I-2)の2種エナンチオマーのラセミ混合物であり:

そのラセミ体の形で記載及び試験された。・・・
【0003】式(I)の化合物のエナンチオマーはHIVに対して等効力であるが、(-)エナンチオマーは他方のエナンチオマーよりも著しく低い細胞毒性を有し、このため抗ウイルス剤として好ましい化合物である。その(-)エナンチオマーは(-)シス-4-アミノ-1-(2-ヒドロキシメチル-1,3-オキサチオラン-5-イル)-1H-ピリミジン-2-オンという化学名を有する。それは(2R,シス)-4-アミノ-1-(2-ヒドロキシメチル-1,3-オキサチオラン-5-イル)-1H-ピリミジン-2-オンという名称を有した式(I-1)の化合物の絶対立体化学を有する。その化合物は現在3TCとして知られる。・・・
・・・・・・・・・・・・・・・
【0005】我々は3TCが結晶形で得られ、多形性を示すことをここに発見した。このため、本発明の第一面では結晶形の3TCが提供される。水性溶液から結晶化された場合、3TCは針状結晶(以下、I型)の形で得られる。この形のとき、結晶はそれらの物理的性質、例えば乏しい流動特性のせいで固体剤形の医薬処方剤に向かない。我々はある条件下で3TCが実質上バイピラミジル(bipyramidyl) 結晶(以下、II型)の形で得られることも更に発見した。・・・
・・・・・・・・・・・・・・・
【0008】・・・好ましい方法において、バイピラミジル形の3TCは針状形の3TCを工業用メチル化スピリット(IMS)又はエタノール中高温(例えば30-70℃、特に約50℃)で適切な時間(例えば0.5?3時間、特に約1時間以上)にわたりエージングすることにより針状形の3TCから得てもよい。」

サ 乙39(特開平3-31288号公報、発明の名称「特定な結晶形態にある9,1-エポキシメタノ-7-フルオロ-8-(4-メチル-1-ピペラジニル)-5-オキソ-5H-チアゾロ[3,2-a]キノリン-4-カルボン酸・塩酸塩の製造方法」)には、以下の記載がある。
(39A)「(1)9,1-エポキシメタノ-7-フルオロ-8-(4-メチル-1-ピペラジニル)-5-オキソ-5H-チアゾロ[3,2-a]キノリン-4-カルボン酸を塩酸で処理して塩酸塩とし、該塩酸塩1重量部を1?40重量部のエタノールと共に40℃?エタノールの沸点に加熱することを特徴とする、Cu-Kα線を使用する反射粉末法によるX線回折スペクトルに於いて回折角2θが5?22度の間に少なくとも下記回折角の6本の回折線:
・・・・・・・・・・・・・・・
を示す結晶形態にある9,1-エポキシメタノ-7-フルオロ-8-(4-メチル-1-ピペラジニル)-5-オキソ-5H-チアゾロ[3,2-a]キノリン-4-カルボン酸・塩酸塩の製造方法。」(1頁、特許請求の範囲の請求項1)
(39B)「9,1-エポキシメタノ-7-フルオロ-3-(4-メチル-1-ピペラジニル)-5-オキソ-5H-チアゾロ[3,2-alキノリン-4-カルボン酸・塩酸塩は下式(I)

に示される構造を有し、抗菌剤として有用な化合物であるとヨーロッパ公開特許公報286089号に開示されている。・・・
さて、医薬品の製造に於いては一定品質の原末(有効成分)が求められるが、原末に結晶多形が存在する事がある。結晶多形間には物性の相違があるので、結晶多形が存在する場合には、特定な結晶形態の原末を製造する事が要求される。」(2頁左上欄下から3行?右上欄末行)
(39C)「以下に本発明の製造方法を説明する。
・・・化合物(I)を析出させる。
次に、化合物(I)をエタノールで洗浄の後、エタノールと混合し[化合物(I)は、実質的にエタノールに溶解しない]、この混合物を40℃?エタノールの沸点、好ましくは、50℃?エタノールの沸点に加熱する。
加熱時間は、通常、0.5?40時間、好ましくは1?25時間である。
エタノールの使用量は、化合物(I)1重量部に対して1?50重量部、好ましくは、5?20重量部である。これ以上のエタノールの使用も可能であるが、徒らに大きな加熱容器を必要とするので得策でない。
最後に、通常の方法、例えば遠心分離、濾過等によりエタノールを除去し、減圧乾燥あるいは熱風乾燥等通常の乾燥方法で乾燥して結晶形態Aの化合物(I)を得る。
なお、前記の塩酸処理で得られる化合物(I)を相対湿度95%以上の雰囲気中、室温?70℃で長時間放置した後に乾燥すると、結晶形態Aの化合物(I)が得られることも判明したが、この方法では本発明の方法に比べ製造に長時間を要する。」(2頁右下欄5行?3頁右上欄4行)

(2)甲1に記載された発明
甲1には、その特許請求の範囲の請求項1に、
「〔R-(R^(*),R^(*))〕-2-(4-フルオロフェニル)-β,δ-ジヒドロキシ-5-(1-メチルエチル)-3-フェニル-4-〔(フェニルアミノ)カルボニル〕-1H-ピロール-1-ヘプタン酸または(2R-トランス)-5-(4-フルオロフェニル)-2-(1-メチルエチル)-N,4-ジフェニル-1-〔2-(テトラヒドロ-4-ヒドロキシ-6-オキソ-2H-ピラン-2-イル)エチル〕-1H-ピロール-3-カルボキサミドおよびその薬学的に許容しうる塩」
の発明が記載されている(摘示(1a))。前半の「・・・ヘプタン酸」と記載される化合物は、以下の式I

で表され、後半の「・・・カルボキサミド」と記載される化合物は、以下の式II

で表され、後者は、前者のラクトン体に相当している。そして、前者の化合物のヘミカルシウム塩の発明が、請求項6に記載されている(前者の遊離酸の形の化合物を「アトルバスタチン」ということがあり、一方、そのヘミカルシウム塩も「アトルバスタチンカルシウム」という以外に「アトルバスタチン」ということがあり、上記第2で指摘したとおり、本件発明においてもヘミカルシウム塩を「アトルバスタチン」としているので、以下、前者の遊離酸の形の化合物を「アトルバスタチン遊離酸」といい、後者の化合物を単に「ラクトン」といい、ヘミカルシウム塩を「アトルバスタチン」という。)。
そして、甲1には、アトルバスタチン遊離酸又はラクトンの製造に関して、文献の提示と共に、光学分割のスキーム1及び合成のスキーム2が示され(摘示(1e))、実施例には、実施例1?5にラクトンの合成が、実施例6?8にラクトンの光学分割が、実施例9にラクトンの加水分解によるアトルバスタチン遊離酸の製造が、実施例10にラクトンをアトルバスタチンのナトリウム塩(以下「アトルバスタチンナトリウム」という。)とし次いでカルシウム塩とするアトルバスタチンの製造が、それぞれ、具体的に記載されている(摘示(1g))。その実施例10を参照すると、60℃のアトルバスタチンナトリウムの溶液に60℃の塩化カルシウム水溶液を徐々に加え、冷却し、濾過し、洗浄し、乾燥し、酢酸エチルに溶解し(50℃)、濾過し、洗浄し、50℃rxn溶液にヘキサンを仕込むことによって再結晶を行うことができるとされているから、生成物のアトルバスタチンは、再結晶の操作を経た、結晶形態のアトルバスタチンであるといえる。
さらに、甲1には、請求項11に、「血中コレステロールを低下させるのに有効な量の請求項1記載の化合物および薬学的に許容しうる担体を含有する高コレステロール血症治療用の医薬組成物」の発明が記載されている。そして、甲1には、薬学的に許容し得る担体と共に医薬組成物とすることに関して、文献の提示と共に説明され、用量についても説明されている(摘示(1f))。請求項1の「薬学的に許容しうる塩」との記載及びこれらの記載から明らかなように、請求項1に記載された化合物は、医薬化合物である。
してみると、甲1には、その請求項1の前半に記載された化合物の薬学的に許容し得る塩の一つであるヘミカルシウム塩の結晶形態のものについての、以下の、
「結晶形態の〔R-(R^(*),R^(*))〕-2-(4-フルオロフェニル)-β,δ-ジヒドロキシ-5-(1-メチルエチル)-3-フェニル-4-〔(フェニルアミノ)カルボニル〕-1H-ピロール-1-ヘプタン酸ヘミカルシウム」
の発明(以下「引用発明」という。)が記載されているということができる。

(3)引用発明との対比・判断

ア 本件発明1について

(ア)対比
本件発明1と引用発明を対比する。
引用発明の「〔R-(R^(*),R^(*))〕-2-(4-フルオロフェニル)-β,δ-ジヒドロキシ-5-(1-メチルエチル)-3-フェニル-4-〔(フェニルアミノ)カルボニル〕-1H-ピロール-1-ヘプタン酸ヘミカルシウム塩」は、本件発明1の「アトルバスタチン」に相当し、両者は、本件発明1の「結晶性形態I」が結晶形態の一つであることから、結晶形態の「アトルバスタチン」である点で共通する。
そうすると、本件発明1と引用発明は、
「結晶形態のアトルバスタチン」
である点で一致し、以下の点で相違する。
相違点1:
本件発明1は、結晶形態を特定するためのX-線粉末回折パターンで特定される結晶性形態Iのアトルバスタチン水和物であるのに対し、引用発明のアトルバスタチンは、結晶形態を有するものの、そのような特定がない点

(イ)相違点の検討

a 結晶を得ることの動機付けについて

(a)甲6(特開平6-192228号公報)は、結晶性(R)-(-)-2-シクロヘプチル-N-メチルスルフォニル-[4-(2-キノリニルメトキシ)-フェニル]-アセトアミドに係る文献であるところ、同文献には、非結晶状態のアセトアミドは、固形薬品の製造において重大な欠点を有しており、結晶性のアセトアミドは、非結晶状態のアセトアミドと比較して、物理的安定性に優れている旨が記載されている(摘示(6a)?(6c))。

(b)甲7(特開平7-53581号公報)は、結晶質L-アスコルビン酸-2-燐酸エステルマグネシウム塩の製造法に係る文献であるところ、同文献には、非晶質のL-アスコルビン酸-2-燐酸エステルマグネシウム塩は、保存時において吸湿しやすく、実用面で支障が生じやすいため、安定な結晶質のL-アスコルビン酸-2-燐酸エステルマグネシウム塩が望ましい旨が記載されている(摘示(7a)?(7c))。

(c)甲8(特開昭57-53581号公報)は、ラニチジン、その製造方法及びそれを含む医薬組成物に係る文献であるところ、同文献には、製薬上の要件や規格に合致するために、できる限り純粋かつ高度に結晶性の状態でラニチジンを製造する必要がある旨が記載されている(摘示(8a)?(8c))。

(d)医薬に関するその他の文献においても、以下のように、結晶性の形態が安定性に優れている旨が記載されている。
甲9(特開平6-157565号公報)は、4-クロロフェニルチオメチレンビスホスホン酸ジナトリウム一水和物、当該化合物の製造方法および当該化合物を含む薬剤組成物に係る文献であるところ、同文献には、4-クロロフェニルチオメチレンビスホスホン酸ジナトリウム一水和物は、新規な結晶形であり、湿度及び温度条件に関係なく、経時的に特に安定である旨が記載されている(摘示(9a)?(9d))。
甲10(特開平2-131494号)は、L-アスコルビン酸-2-リン酸ナトリウム塩の結晶およびその製造法に係る文献であるところ、同文献には、安定で取り扱い易い形態のL-アスコルビン酸-2-リン酸の開発が望まれているところ、安定で取り扱い易く、高純度のL-アスコルビン酸-2-リン酸が、L-アスコルビン酸-2-リン酸ナトリウム塩の結晶として提供される旨が記載されている(摘示(10a)?(10d))。
甲11(特公平6-13526号公報)は、結晶性セフロキシムアクセチルの製法に係る文献であるところ、同文献には、結晶性セフロキシムアクセチルは、活性化合物の高純度形態であるという点から有用である旨が記載されている(摘示(11a)?(11b))。

(e)以上によると、本件優先日当時、一般に、医薬化合物については、安定性、純度、扱いやすさ等の観点において結晶性の物質が優れていることから、医薬化合物を結晶化することについては強い動機付けがあり、結晶化条件を検討したり、結晶多形を調べることは、当業者がごく普通に行うことであるものと認められる。
そして、上記(2)のとおり、甲1には、アトルバスタチンを結晶化したことが記載されているから、甲1に開示されたアトルバスタチンの結晶について、当業者が結晶化条件を検討したり、得られた結晶について分析することには、十分な動機付けを認めることができる。

b 水を含む系による再結晶化の示唆について

(a)高裁判決には、以下のとおり判示されている。
「(ア)医薬品固体を得るための手法に係る総説的な文献(甲65。なお,同文献は,本件優先日(平成7年7月17日)と同月に発行された刊行物であるが,医薬品に関する総説的な文献であり,本件優先日当時の技術常識を把握する証拠として,採用することができるものというべきである。)には,医薬品製造の各段階又は原薬や製剤の貯蔵の際,原薬の多形及び水和物が用いられる可能性があるから,これらの形態の存在について,原薬を調べるのが得策であること,水和物形成の機会を最大化するために溶媒-水混合物を含むべきであること,ごく少数の例外はあるが,市販された結晶性薬物製品に含有される構造的溶媒は水であることが記載されている。
(イ)医薬化合物の水和物に関する総説的な文献(甲76。平成7年1月発行)には,製造開発の間に,物理的,化学的な安定性,バイオアベイラビリティ及び加工に影響する相転移の問題を回避できるように,医薬水和物を特徴付けることの重要性が強調されており,その結果,剤形の開発の間において,検討中の固体が水和物を形成するか否かを調べ,もしそうであれば,薬物の異なる疑似多形が熱力学的に安定である温度及び水分活性の条件を決定することが必須であること,種々の極性を持つ溶媒から結晶化することにより,物質が溶媒和物として存在するか否かを検証することができること,溶媒の極性を変化させる代わりに,水と適当な有機溶媒との混合物を用いて,溶媒媒体の水分活性を変化させることができることが記載されている。
(ウ)医薬に関するそのほかの文献(甲77?86)においても,水に溶解し難い物質を含む種々の医薬化合物が水を含む溶媒への懸濁等を経て水和物として結晶化されたことが記載されている。
(エ)以上によると,本件優先日前から,医薬化合物の結晶として水和物結晶が望まれており,非晶質の物質について,水を含む系から水和物として結晶させることを試みることは,当業者にとって通常なし得ることであったというべきである。
したがって,引用例に開示されたアトルバスタチンの結晶について,水を含む溶媒を用いた水和物として結晶を得ることを試みることは,当業者がごく普通に行うことであるというべきである。」(高裁判決第4の3(2)イ)

(b)また、当審において提出された医薬に関するその他の文献において、以下のように、水和物結晶が安定性に優れている旨が記載されている。
甲9(特開平6-157565号公報)は、4-クロロフェニルチオメチレンビスホスホン酸ジナトリウム一水和物、当該化合物の製造方法および当該化合物を含む薬剤組成物に係る文献であるところ、同文献には、4-クロロフェニルチオメチレンビスホスホン酸ジナトリウム一水和物は、新規な結晶形であり、湿度及び温度条件に関係なく、経時的に特に安定である旨が記載されている(摘示(9a)?(9d))。
乙43(特開平2-1489号公報)は、結晶性β-ラクタム溶媒和物に係る文献であるところ、同文献には、この結晶性2.5水和物は、広範な相対湿度範囲(即ち、約30%?約100%)、とりわけこの化合物を含有する完成品(市販品として)の製造およびその後の貯蔵(約30%)においておこり得る湿度範囲で安定である旨が記載されている(摘示(43A)(43B))。
乙45(特開昭62-36381号公報)は、化学化合物に係る文献であるところ、同文献には、9-(4-ヒドロキシ-3-ヒドロキシメチルブト-1-イル)グアニンの結晶性一水和物及びそのナトリウム塩の結晶性一水和物は、無水の形よりも改良された安定性及び処理性を有する旨が記載されている(摘示(45A)(45B))。

(c)以上によると、本件優先日前から、医薬化合物の結晶として水和物結晶を特徴付けることの重要性が認識されており、対象とする医薬化合物について、水和物を形成するかどうかを検証すべく、水を含む系から水和物として結晶させることを試みることは、当業者にとって通常なし得ることであったというべきである。
したがって、甲1に開示されたアトルバスタチンの結晶について、水を含む溶媒を用いた水和物として結晶を得ることを試みることは、当業者がごく普通に行うことであるというべきである。

c X-線粉末回折パターンで特定されたものである点について

(a)結晶性形態Iを得るための方法について、本件明細書には、17頁33欄43行?18頁36欄4行の一般的な記載及び19頁38欄24行?20頁39欄10行の実施例1の記載がある。このうち、18頁35欄30?47行の記載は、次のとおりである。
「出発物質が無定形のアトルバスタチンまたは無定形および結晶性形態Iのアトルバスタチンの組み合わせである場合は、所望の結晶性形態Iのアトルバスタチンは、必要な形態への変換が完了するまで、約40v/v%まで、例えば約0?20v/v%、特に好ましくは約5?15v/v%の補助溶剤、例えばメタノール、エタノール、2-プロパノール、アセトンなどを含有する水中に固体を懸濁し次いで濾過することによって得ることができる。しばしば、結晶性形態Iのアトルバスタチンへの完全な変換を確保するために、結晶性形態Iのアトルバスタチンの“種子”を懸濁液に添加することが望ましいということが見出されている。このようにする代わりに、主として無定形のアトルバスタチンからなる水湿潤ケーキを、有意な量の結晶性形態Iのアトルバスタチンが存在するまで、高い温度、例えば約75℃まで、特に好ましくは約65?70℃の温度で加熱し、それによって無定形/懸濁液形態Iの混合物を上述したようにスラリー化することができる。」

(b)上記(a)で摘示した、本件明細書に開示された方法は、水性溶媒中での懸濁物ないし湿潤ケーキを養生するというものであって、当業者が通常採用しないような手法を用いているものではなく(摘示(6a)、(38A)(38B)、(39A)(39C)参照。水和物結晶を念頭に置いた場合に、水性溶媒を使用することは当業者に自明である。)、特殊な条件設定が必要であるというものでもないから、本件発明に係る結晶性形態Iは、当業者が通常なし得る範囲の試行錯誤で得られた結果物である水和物結晶に過ぎないものというべきである。
なお、上記の本件明細書18頁には「出発物質が無定形のアトルバスタチン・・・である場合は」と記載されているが、本件明細書は6頁11欄12行に「米国特許第5,273,995号」を引用し、6頁12欄3?6行に「上記米国特許の方法は・・・無定形のアトルバスタチンを開示している」と記載しており、上記米国特許は、甲1とパテントファミリーの関係にあって明細書に開示される内容が同じ文献であるので、上記の本件明細書18頁の「出発物質が無定形のアトルバスタチン・・・である場合は」の記載は、「出発物質が甲1に開示されたアトルバスタチンである場合は」と読替えることができることは、明らかである。

(c)そして、結晶性が期待される医薬化合物の分析のために、X線粉末回折を行うことは、通常のことであるから(例えば、摘示(8a)、(9a)、(43B)参照。摘示していないが甲7、甲10、乙45、乙39にも言及されている。)、相違点1に係る、X-線粉末回折パターンで特定されたものである点は、当業者が、得られた結晶について、その分析において通常用いるX線粉末回折を行った場合に得られる結果を、提示しただけのことに過ぎない。

d 以上によれば、本件発明1は、アトルバスタチンの特定の結晶性形態(結晶性形態I)に係る発明であるところ、甲1により開示されたアトルバスタチンの結晶について、水和物結晶を得ることを意図し、水性溶媒中での懸濁物ないし湿潤ケーキを養生するという当業者が通常採用する手法を採用して、諸条件を検討したり、得られた結晶について分析することにより、相違点1に係る本件発明1の構成を備えたものとすることは、当業者が容易に想到し得ることである。

(ウ)効果について

a 本件発明の効果は、本件明細書の6頁12欄11?15行に「形態Iのアトルバスタチンは、従来の無定形の生成物よりも小さい粒子およびより一様な大きさの分布からなり、そしてより有利な濾過および乾燥特性を示す。さらに、形態Iのアトルバスタチンは、無定形の生成物よりも純粋でありそしてより安定である」及び18頁35欄42行?36欄4行に「結晶性形態Iのアトルバスタチンは、無定形のアトルバスタチンよりも著しく容易に単離し、そして冷却後結晶化媒質から濾過し、洗浄しそして乾燥することができる。例えば、結晶性形態Iのアトルバスタチンの50mlのスラリーの濾過は、10秒以内に完了した。無定形のアトルバスタチンの同様な量の試料は、濾過するのに1時間以上を必要とした」と記載される効果であると認められる。
しかし、この効果は、以下に示すように、格別の効果であるとはいえない。

b 濾過性及び乾燥性について
高裁判決には、「化学物質の結晶,特に結晶多形の研究の重要性を指摘する文献(甲62。平成元年8月発行)には,一般に,単離,精製,乾燥及びバッチプロセスにおいて,結晶性製品は,取扱や製剤が最も容易であることが記載されている」と判示されている。
また、当審において提出された医薬に関するその他の文献において、以下のように、ある種の結晶が濾過性及び乾燥性に優れている旨が記載されている。
甲8(特開昭57-53581号公報)は、ラニチジン、その製造方法及びそれを含む医薬組成物に係る文献であるところ、同文献には、ラニチジンの第二結晶形は有利な濾過及び乾燥特性を示す旨が記載されている(摘示(8c))。
甲10(特開平2-131494号)は、L-アスコルビン酸-2-リン酸ナトリウム塩の結晶およびその製造法に係る文献であるところ、同文献には、L-アスコルビン酸-2-リン酸ナトリウム塩の結晶は、含水率が少なく、付着水分、溶媒の除去が容易である旨が記載されている(摘示(10d))。
したがって、一般に、結晶は、無定形と比較して、優れた濾過性及び乾燥性を有することは、本件優先日前から当業者に周知であったということができる。
上記aのとおり、本件明細書には、結晶性形態Iのスラリー50mlの濾過は10秒以内に完了したが、無定形のアトルバスタチンの場合、1時間以上が必要であった旨が記載されているところ、結晶スラリーの濾過性は、含まれる結晶の形態のみならず、大きさ(粒度)やその分布にも依存することは明らかであって、本件明細書の上記記載から、結晶性形態Iの濾過性及び乾燥性が、結晶として通常予測し得る範囲を超えるほど顕著なものであるとまで認めることはできない。

c 安定性について
上記(イ)aのとおり、結晶が無定形よりも安定性を有することは、当業者の技術常識であるということができる。
本件明細書には、結晶性形態Iは、無定形の生成物よりも純粋で安定性を有する旨が記載されているが、当該記載の裏付けとして提出された各種データ(乙4(1998年12月2日付けのワーナーランバート社のCharles Edward Colsonの宣誓書)、乙5(2011年4月8日付けのファイザー株式会社の市川林の陳述書))を考慮したとしても、乙4に記載されるのは、「80℃で4週間貯蔵すると、無定形アトルバスタチンのバルク医薬原体は、分解して、不純物総量が、試験開始時の3.33%から10.37%に増加しました。同じ80℃の貯蔵条件下で、結晶性形態Iのアトルバスタチンは、不純物総量の有意な増加を示しませんでした(試験開始時の不純物総量は0.46%であり、4週間後は0.53%でした。)。40℃及び相対湿度75%で4週間貯蔵すると・・・さらに、80℃及び40℃(相対湿度75%)で8週間貯蔵した後でも、結晶性形態Iのアトルバスタチンは、不純物総量の有意な増加を示しませんでした・・・」、「他の研究では・・・結晶性形態Iのアトルバスタチンは、25℃で少なくとも2年間は、酸素の存在下であっても、不純物総量の有意な増加なしに貯蔵することができます」という陳述であり、乙5に記載されるのは、米国におけるリピトール錠の販売承認の申請資料の一部を示しての「無定形と結晶形Iでは、分解生成物の量が大きく相違するだけでなく、生成する分解生成物のプロファイルも異なることがわかります」という陳述であるから、なお結晶性形態Iの安定性が、通常の結晶から予測し得る範囲を超える顕著なものであるとまで認めることはできない。

d 以上によれば、本件発明の結晶性形態の作用効果について、格別顕著なものとまでいうことはできない。

(エ)まとめ
したがって、本件発明1は、甲1に記載された発明及び技術常識に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

イ 本件発明2について

(ア)対比
本件発明2と引用発明とを、上記ア(ア)と同様に対比すると、両者は、
「結晶形態のアトルバスタチン」
である点で一致し、以下の点で相違する。
相違点2:
本件発明2は、固体状態の^(13)C核磁気共鳴スペクトルで特定される結晶性形態Iのアトルバスタチン水和物であるのに対し、引用発明のアトルバスタチンは、結晶形態を有するものの、そのような特定がない点

(イ)相違点の検討
結晶を得ることの動機付けについて、及び、水を含む系による再結晶化の示唆については、上記ア(イ)a及びbで検討したとおりである。固体状態の^(13)C核磁気共鳴スペクトルで特定されたものである点については、固体状態の^(13)C核磁気共鳴による分析も、X線粉末回折による分析と同様に、当業者が医薬化合物の分析において通常行うものであるから、上記ア(イ)cで検討したのと同様である。
以上によれば、本件発明2は、アトルバスタチンの特定の結晶性形態(結晶性形態I)に係る発明であるところ、甲1により開示されたアトルバスタチンの結晶について、水和物結晶を得ることを意図し、水性溶媒中での懸濁物ないし湿潤ケーキを養生するという当業者が通常採用する手法を採用して、諸条件を検討したり、得られた結晶について分析することにより、相違点2に係る本件発明2の構成を備えたものとすることは、当業者が容易に想到し得ることである。

(ウ)効果について
上記ア(ウ)で検討したとおりである。

(エ)まとめ
したがって、本件発明2は、甲1に記載された発明及び技術常識に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

(4)被請求人の主張について

ア 被請求人は、概略以下の主張をしている(証拠の表示は前記第3の2、第4の2を参照)。

(i)甲1の実施例10に結晶形態を開示していない。
被請求人の追試では無定形であるし(乙18)、請求人がこの無効審判の審決取消訴訟の審理過程で提出した実験報告のデータは無定形である(乙36)。

(ii)結晶Iは通常の試行錯誤で得られた水和物結晶でなく、結晶Iに到達することは困難である。
a 結晶を取得する方法が一般的に知られているとしても、個々の化合物において望ましい性質を有する結晶を取得する方法が知られていないとき、当該結晶を取得する方法を見出すためには、多大の試行錯誤を繰り返すしかなく、そうしたとしても成功する保証はない(乙22?乙29)から、個々の結晶の発明に関する進歩性の有無は、個別の事情に基づいて検討されなければならない。
b 甲1には水和物結晶の示唆がなく、他のスタチン系化合物も、いずれも無水物である(乙32の1?乙32の4)から、水和物結晶を探索する動機付けに乏しかったし、現在の知見ではあるがアトルバスタチンは結晶多形の数が非常に多い(乙33?乙35)から、異なる結晶形になり結晶Iが得られない可能性が高い。

(iii)結晶Iは顕著な作用効果を有する。
a 濾過性、乾燥性は、結晶Iは無定形より格段に優れており、原因の一つに結晶Iの特徴的な形状、大きさ及び均一性が挙げられる(乙30)。
b 結晶Iは、無定形の実用化への困難性を解消した価値ある発明で、製造性で、十分な改善をもたらすものである。

イ 検討
以下に示すように、被請求人の主張は何れも採用できない。

(ア)(i)の主張について
甲1の実施例10の「再結晶を行うことができる」の記載からは、「再結晶」の通常の語義である、再び結晶させて結晶の純度を上げたり結晶形を揃える操作をするものであることを、疑うべき事情は見出せない。また、他の実施例、例えば実施例1でも「再結晶」の用語が用いられ、その生成物1Fの融点が狭い温度範囲(229?230℃)であると記載されている(摘示(1g))ことから、生成物1Fは「結晶」ということができる。
したがって、甲1発明において結晶が生じていることを認定するにあたり、追試が必要になるものではない。
なお、被請求人の追試である乙18(2009年2月23日付けのaptuit consulting社のLeonard J. Chyallの実験報告書)及び請求人の作成した乙36(2012年1月25日付けのSandoz社のRobert E. Ziegertの実験報告書GPCC 01/12)を検討しても、乙18の「図2.米国特許第5,273,995号の実施例10に従って調製されたアトルバスタチンカルシウムの粉末X線回折パターン」と題する図と、乙36の「図2.バッチ#KE07/95(赤色)および特許EP1235799のアトルバスタチンカルシウム結晶形V(黒色)の重ね合わせ回折図」と題する図の赤色の線は、どちらも、回折ピークが多くて山のようになっている位置が3箇所あるが、その位置や全体の形状が異なるから、両者は、多く存在する面間隔の寸法が異なるものといえ、そうすると、どちらも、無定形というより、アトルバスタチンカルシウム水和物の、異なる形態を表すものであると考えられる。乙18、乙36の何れかの追試を採用できるとした場合でも、少なくとも、無定形であるとはいえない。
したがって、被請求人の(i)の主張は採用できない。

(イ)(ii)の主張について
上記(3)ア(イ)で述べたとおり、結晶を取得しようとする動機付けに基づき、通常の方法によって結晶化条件を検討し、結晶多形を調査することにより、具体的な結晶多形に想到し得るものであるから、被請求人のa及びbの主張は採用できない。
したがって、被請求人の(ii)の主張は採用できない。

(ウ)(iii)の主張について
濾過性及び乾燥性については、上記(3)ア(ウ)で述べたとおりであり、乙3(2005年7月14日付けのファイザー社のDavid B. Damonの実験報告書)を考慮しても、格別顕著なものであるとまで認めることはできないから、被請求人のaの主張は採用できない。
また、製造性の改善といっても、製造性(濾過性及び乾燥性)が予測し得る範囲を超える顕著なものであるとまでいえないから、被請求人のbの主張も採用できない。
したがって、被請求人の(iii)の主張は採用できない。

(5)無効理由1についてのまとめ
以上のとおり、本件発明1及び2は、甲1に記載された発明及び技術常識に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
よって、本件発明1及び2についての特許は、同法第123条第1項第2号に該当するから、無効理由1によって無効とすべきものである。

2 無効理由2について
無効理由2の概要は、発明の詳細な説明は、当業者が本件発明1及び2の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるとはいえず、本件発明1及び2についての特許は、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第123条第1項第4号に該当し、無効とすべきものである、というものである。

(1)はじめに
以下の観点に立って、検討する。
「特許制度は、発明を公開する代償として、一定期間発明者に当該発明の実施につき独占的な権利を付与するものであるから、明細書には、当該発明の技術的内容を一般に開示する内容を記載しなければならない。平成8年6月12日法律第68号による改正前の特許法36条4項実施可能要件を定める趣旨は、明細書の発明の詳細な説明に、当業者がその実施をすることができる程度に発明の構成等が記載されていない場合には、発明が公開されていないことに帰し、発明者に対して特許法の規定する独占的権利を付与する前提を欠くことになるからであると解される。
そして、物の発明における発明の実施とは、その物の生産、使用等をする行為をいうから(特許法2条3項1号)、物の発明について上記の実施可能要件を充足するためには、明細書にその物を製造する方法についての具体的な記載が必要であるが、そのような記載がなくても明細書及び図面の記載並びに出願当時の技術常識に基づき当業者がその物を製造することができるのであれば、上記の実施可能要件を満たすということができる。」(平成24年12月5日言渡平成23年(行ケ)第10445号判決)

(2)本件明細書の記載

ア 結晶性形態Iを得るための方法について、本件明細書には、以下の、一般的な記載及び実施例1の記載がある。

(ア)一般的な記載(17頁33欄46行?18頁36欄4行の一続きの記載である。)

a 「結晶性形態Iのアトルバスタチンは、水約1?8モルを含有する。好ましくは、形態Iのアトルバスタチンは、水3モルを含有する。」(17頁33欄46?49行)

b 「本発明は、結晶性形態Iのアトルバスタチンを与える条件下で溶剤中の溶液からアトルバスタチンを結晶化させることからなる結晶性形態Iのアトルバスタチンの製法を提供する。
結晶性形態Iのアトルバスタチンが形成される正確な条件は、経験的に決定することができそして実施に適当であることが見出される多数の方法を与えることができる。」(17頁33欄50行?34欄49行)

c 「すなわち、例えば、結晶性形態Iのアトルバスタチンは、調節された条件下における結晶化によって製造することができる。特に、それは、例えば酢酸カルシウムなどのようなカルシウム塩の添加によって、相当する塩基性塩、例えばアルカリ金属塩、例えばリチウム、カリウム、ナトリウム塩など;アンモニアまたはアミン塩;好ましくはナトリウム塩の水溶液から、または、無定形のアトルバスタチンを水に懸濁することによって製造することができる。一般に、ヒドロキシル性補助溶剤、例えば低級アルカノール、例えばメタノールなどの使用が好ましい。」(17頁34欄50行?18頁35欄10行)

d 「所望の結晶性形態Iのアトルバスタチンを製造するための出発物質が相当するナトリウム塩の溶液である場合は、一つの好ましい製法は、約5v/v%以上のメタノール、好ましくは約5?33v/v%のメタノール、特に好ましくは約10?15v/v%のメタノールを含有する水中のナトリウム塩の溶液を、約70℃までの高い温度、例えば約45?60℃、特に好ましくは約47?52℃で、酢酸カルシウムの水溶液で処理することからなる。一般に、アトルバスタチンのナトリウム塩2モルに対して酢酸カルシウム1モルを使用することが好ましい。これらの条件下において、カルシウム塩形成ならびに結晶化は、好ましくは高い温度、例えば上述した温度範囲内で実施しなければならない。出発溶液に、例えば約7w/w%のような少量のメチル第3ブチルエーテル(MTBE)を含有させることが有利であるということが見出された。しばしば、結晶性形態Iのアトルバスタチンを一貫して製造するために、結晶性形態Iのアトルバスタチンの“種子(seeds)”を結晶化溶液に加えるのが望ましいということが見出されている。」(18頁35欄11?29行)

e 「出発物質が無定形のアトルバスタチンまたは無定形および結晶性形態Iのアトルバスタチンの組み合わせである場合は、所望の結晶性形態Iのアトルバスタチンは、必要な形態への変換が完了するまで、約40v/v%まで、例えば約0?20v/v%、特に好ましくは約5?15v/v%の補助溶剤、例えばメタノール、エタノール、2-プロパノール、アセトンなどを含有する水中に固体を懸濁し次いで濾過することによって得ることができる。しばしば、結晶性形態Iのアトルバスタチンへの完全な変換を確保するために、結晶性形態Iのアトルバスタチンの“種子”を懸濁液に添加することが望ましいということが見出されている。このようにする代わりに、主として無定形のアトルバスタチンからなる水湿潤ケーキを、有意な量の結晶性形態Iのアトルバスタチンが存在するまで、高い温度、例えば約75℃まで、特に好ましくは約65?70℃の温度で加熱し、それによって無定形/懸濁液形態Iの混合物を上述したようにスラリー化することができる。」(18頁35欄30?47行)

f 「結晶性形態Iのアトルバスタチンは、無定形のアトルバスタチンよりも著しく容易に単離し、そして冷却後結晶化媒質から濾過し、洗浄しそして乾燥することができる。例えば、結晶性形態Iのアトルバスタチンの50mlのスラリーの濾過は、10秒以内に完了した。無定形のアトルバスタチンの同様な量の試料は、濾過するのに1時間以上を必要とした。」(18頁35欄48行?36欄4行)

(イ)実施例1の記載
「実施例 1
〔R-(R^(*),R^(*))〕-2-(4-フルオロフェニル)-β,δ-ジヒドロキシ-5-(1-メチルエチル)-3-フェニル-4-〔(フェニルアミノ)カルボニル〕-1H-ピロール-1-ヘプタン酸ヘミカルシウム塩(形態Iのアトルバスタチン)
方法A
(2R-トランス)-5-(4-フルオロフェニル)-2-(1-メチルエチル)-N,4-ジフェニル-1-〔2-(テトラヒドロ-4-ヒドロキシ-6-オキソ-2H-ピラン-2-イル)エチル〕-1H-ピロール-3-カルボキサミド(アトルバスタチンラクトン)(米国特許第5,273,995号)(75kg)、メチル第3ブチルエーテル(MTBE)(308kg)、メタノール(190L)の混合物を、48?58℃で水酸化ナトリウムの水溶液(950L中5.72kg)と40?60分反応させて開環したナトリウム塩を形成させる。25?35℃に冷却した後、有機層を捨てそして水性層を再びMTBE(230kg)で抽出する。有機層を捨て、そしてナトリウム塩のMTBE飽和水溶液を、47?52℃に加熱する。この溶液に、水(410L)に溶解した酢酸カルシウム半水和物(11.94kg)の溶液を、少なくとも30分にわたって加える。酢酸カルシウム溶液の添加後直ぐに、結晶性形態Iのアトルバスタチンのスラリー(水11Lおよびメタノール5L中の1.11kg)を、種子として混合物に加える。それから、混合物を少なくとも10分51?57℃に加熱し、そしてそれから15?40℃に冷却する。混合物を濾過し、水(300L)およびメタノール(150L)の溶液で洗浄し、次いで水(450L)で洗浄する。固体を、真空下60?70℃で3?4日間乾燥して結晶性形態Iのアトルバスタチン(72.2kg)を得た。
方法B
無定形のアトルバスタチン(9g)および結晶性形態Iのアトルバスタチン(1g)を、水(170ml)およびメタノール(30ml)の混合物中において約40℃で全体で17時間撹拌する。混合物を濾過し、水ですすぎ、そして減圧下70℃で乾燥して結晶性形態Iのアトルバスタチン(9.7g)を得た。」(19頁38欄24行?20頁39欄10行)

イ 上記アの記載のうち、(イ)の実施例1は、方法Aと方法Bからなるが、何れも、原料の一部に結晶性形態Iのアトルバスタチンを用いるものであるから、結晶性形態Iのアトルバスタチンを製造することができるように記載されているか否かの、実施可能要件の検討は、(ア)の一般的な記載について行う。
この記載は、aで、水和物に言及し、bで、多数の方法があることに言及し、cで、その方法とは「調節された条件下における結晶化によって製造する・・・好ましくはナトリウム塩の水溶液から」及び「無定形のアトルバスタチンを水に懸濁することによって製造する」であり、「ヒドロキシル性補助溶剤の使用が好ましい」とし、結晶化と懸濁のそれぞれの方法を、d及びeで説明している。eにおいては、「このようにする代わりに」の前後で2つの方法を紹介している(以下、dに記載された方法を「方法1」、eの前半に記載された方法を「方法2」、eの後半に記載された方法を「方法3」という。また、cに記載された2つの方法は、方法1並びに方法2及び方法3の上位概念であり、それぞれ「方法A0」及び「方法B0」という。)。

(3)検討
はじめに、高裁判決を確認し、次に、方法2、方法3、方法1の順に、方法A0及び方法B0並びに実施例1の方法A及び方法Bの記載も参考に、検討する。

ア 高裁判決には、方法2について、「結晶化に対して特に強く影響を及ぼすpHやスラリー濃度を含め,温度,その他の添加物などの諸因子が一切特定されていない方法2の記載をもってしては,本件明細書及び図面の記載並びに出願当時の技術常識を併せ考慮しても,当業者が過度の負担なしに具体的な条件を決定し,結晶性形態Iを得ることができるものということはできない」と判示されている。

イ 方法2について

(ア)方法2の開示内容について
方法2は、以下のとおりである。
「出発物質が無定形のアトルバスタチンまたは無定形および結晶性形態Iのアトルバスタチンの組み合わせである場合は、所望の結晶性形態Iのアトルバスタチンは、必要な形態への変換が完了するまで、約40v/v%まで、例えば約0?20v/v%、特に好ましくは約5?15v/v%の補助溶剤、例えばメタノール、エタノール、2-プロパノール、アセトンなどを含有する水中に固体を懸濁し次いで濾過することによって得ることができる。しばしば、結晶性形態Iのアトルバスタチンへの完全な変換を確保するために、結晶性形態Iのアトルバスタチンの“種子”を懸濁液に添加することが望ましいということが見出されている。」
参考に、方法2の上位概念に当たる方法B0は、以下のとおりである。
「無定形のアトルバスタチンを水に懸濁することによって製造することができる。一般に、ヒドロキシル性補助溶剤、例えば低級アルカノール、例えばメタノールなどの使用が好ましい。」
参考に、方法2を具体化したものに当たる実施例1の方法Bは、以下のとおりである(ただし、原料の一部に結晶性形態Iのアトルバスタチンを使用)。
「方法B 無定形のアトルバスタチン(9g)および結晶性形態Iのアトルバスタチン(1g)を、水(170ml)およびメタノール(30ml)の混合物中において約40℃で全体で17時間撹拌する。混合物を濾過し、水ですすぎ、そして減圧下70℃で乾燥して結晶性形態Iのアトルバスタチン(9.7g)を得た。」
方法2は、補助溶剤を含む水中にアトルバスタチンを懸濁するというごく一般的な結晶化方法であるものの、補助溶剤としてメタノール等を例示し、その含有率が特に好ましくは約5ないし15v/v%であることを特定するのみであり、結晶化に対して一般的に影響を及ぼすpH、スラリー濃度、温度、その他の添加物などの諸因子について具体的な特定を欠くものであるから、これらの諸因子の設定状況によっては、本件明細書において概括的に記載されている方法2に含まれる方法であっても、結晶性形態Iが得られない場合があるものと解される。
そうだとすると、結晶化に対して特に強く影響を及ぼすpHやスラリー濃度を含め、温度、その他の添加物などの諸因子が一切特定されていない方法2の記載を以てしては、本件明細書及び図面の記載並びに出願当時の技術常識を併せ考慮しても、当業者が過度な負担なしに具体的な条件を決定し、結晶性形態Iを得ることができるものということはできない。

(イ)追試実験について
被請求人は、方法2の記載によって実施可能要件が裏付けられている証拠として、追試実験の実験報告書を提出している。方法2の追試に相当するとされるのは、乙1の実験C、乙21、乙20である。しかし、これらの実験の条件を検討すると、以下に示すように、当業者が過度な負担なしに設定することができるものということはできない。

a 乙1(2003年12月3日付けのSSCI社のRex Shipplettの実験報告書)の実験Cの記載は、以下のとおりである。訳文により示す。
「約10gの無定形アトルバスタチンカルシウム・・・を56mLの水中で、3日間、室温にて懸濁状態に維持した。得られた試料を濾過した。最終生成物は米国特許5969156号に開示された結晶性形態I・・・であった。」
まず、スラリー濃度は、結晶化の実現に関する重要な因子である以上、物の発明において、当該物の製造方法を開示するにあたり、具体的に記載される必要がある事項というべきところ、方法2については、補助溶剤の種類とその好ましい濃度程度しか記載されていないのであるから、当該記載から、結晶性形態Iが得られるスラリー濃度(この実験の設定である試料約10g、溶媒56mL)を当業者が見出すことは困難である。
次に、方法2において具体的な条件として記載されている補助溶剤の種類とその好ましい濃度については、この実験においては、補助用剤を用いずに実験が行われているものである。確かに、方法2において、補助溶剤を用いなくてもよいとされてはいるが、方法2が具体的に開示した好ましい条件に基づくことなく、本件実験が行われたことは不合理である。
さらに、攪拌温度は、方法2では開示されていないところ、これを「室温」と理解することは困難であり、また、「室温」とのみ記載され、具体的な温度が明示されていないから、当業者が、攪拌の要否すら特定していない本件明細書の方法2に係る記載を以て、その他の諸因子との相関関係において決定されるべき最適な攪拌温度を過度の負担なしに設定することができるものということはできない。
加えて、結晶化に要する攪拌時間は、pH、スラリー濃度、温度、その他の添加物などの諸因子によって異なるものであるから、本件明細書に特定の条件下における攪拌時間(方法Bの17時間)が開示されていたとしても、当業者が方法2における攪拌時間を合理的に予測することができるとまでいうことはできない。
このように、乙1の実験Cの条件は、当業者が過度な負担なしに設定することができるものではない。

b 乙21(2007年10月15日付けのaptuit consulting社のLeonard J. Chyallの実験報告書)の実験の記載は、以下のとおりである。訳文により示す。
「9:1(v:v)水:メタノール100mL中3.75gの無定形アトルバスタチンカルシウムの懸濁液を周囲温度で撹拌した。17時間後、少量の材料をフラスコから取り、濾過し、固形分を周囲温度で乾燥したが、その間バルク試料は攪拌を続けた。攪拌17時間後に単離した少量の固形分は、XRPD分析によってアトルバスタチン形態Iに相当することがわかった・・・。
バルク試料の固形分を、合計24時間混合物を撹拌した後、減圧濾過によって回収した。固形分を、3日間に亘り、換気フード内で、環境条件に放置した開放容器中で風乾した。固形分をバイアルに入れ、固形分の塊を砕くために振り動かした。XPRD分析により、単離した固形分がアトルバスタチンカルシウム形態Iに相当することが証明された。」
上記aと同様に検討すると、まず、方法2の記載から、スラリー濃度(この実験の設定である試料3.75g、溶媒100mL)を当業者が見出すことは困難である。
攪拌温度の「周囲温度」も、上記aの「室温」と同様であり、方法2の記載から、その他の諸因子との相関関係において決定されるべき最適な攪拌温度を過度の負担なしに設定することができるものということはできない。
攪拌時間も、pH、スラリー濃度、温度、その他の添加物などの諸因子によって異なるものであるから、本件明細書に特定の条件下における攪拌時間(方法Bの17時間)が開示されていたとしても、当業者が方法2における攪拌時間を合理的に予測することができるとまでいうことはできない。
さらに、乾燥方法は、結晶形に影響を及ぼす可能性があるところ、方法2では開示されていないのであるから、方法2の記載から、適する乾燥方法(この実験の設定である3日間、換気フード内、環境条件に放置した開放容器中で風乾)を当業者が見出すことは困難である。
このように、乙21の実験の条件は、当業者が過度な負担なしに設定することができるものではない。

c 乙20(2012年5月12日付けのSaul H. Lapidusの実験報告書)の実験の記載は、以下のとおりである。訳文により示す。
「実験1
(1)38mLの蒸留水と2mLのメタノールからなる溶液を調製した。2.0089gの無定形粉末を溶液に加え、最初にガラス棒で混合した。次いで、磁気攪拌子を用いておよそ17時間、この混合物を撹拌した。その後、得られた混合物を濾過し、生成物を真空オーブンに入れて、およそ4時間、70℃、22inHgで乾燥した。
・・・・・・・・・・・・・・・
実験2
(1)34mLの蒸留水と6mLのメタノールからなる溶液を調製した。2.0077gの無定形粉末を溶液に加え、最初にガラス棒で混合した。次いで、磁気攪拌器子を用いておよそ17時間、この混合物を撹拌した。その後、得られた混合物を濾過し、生成物を真空オーブンに入れて、およそ4時間、70℃、22inHgで乾燥した。
・・・・・・・・・・・・・・・
実験3
(1)190mLの蒸留水と10mLのメタノールからなる溶液を調製した。10.0022gの無定形粉末を溶液に加え、最初にガラス棒で混合した。次いで、磁気攪拌子を用いておよそ17時間、この混合物を撹拌した。その後、得られた混合物を濾過し、生成物を真空オーブンに入れて、およそ6時間、70℃、22inHgで乾燥した。
・・・・・・・・・・・・・・・
実験4
(1)170mLの蒸留水と30mLのメタノールからなる溶液を調製した。10.0070gの無定形粉末を溶液に加え、最初にガラス棒で混合した。次いで、磁気攪拌子を用いておよそ17時間、この混合物を撹拌した。その後、得られた混合物を濾過し、生成物を真空オーブンに入れて、およそ3時間、70℃、22inHgで乾燥した。
・・・・・・・・・・・・・・・
結論
実験1?4で生じた生成物は、各ピーク2θについて±0.2度の誤差で、米国特許第5969156号で提供される結晶形IアトルバスタチンカルシウムのXRPDパターン及び2θピークリストとよく一致するXRPDパターン及び2θピークリストを示す。」
検討すると、攪拌温度は、方法2の記載から、その他の諸因子との相関関係において決定されるべき最適な攪拌温度を過度の負担なしに設定することができるものということはできないところ、この実験では明らかにされていない。
攪拌時間も、pH、スラリー濃度、温度、その他の添加物などの諸因子によって異なるものであるから、本件明細書に特定の条件下における攪拌時間(方法Bの17時間)が開示されていたとしても、当業者が方法2における攪拌時間を合理的に予測することができるとまでいうことはできない。
さらに、乾燥方法は、結晶形に影響を及ぼす可能性があるところ、方法2では開示されていないのであるから、方法2の記載から、適する乾燥方法(この実験の設定である真空オーブン中、3?6時間、70℃、22inHg)を当業者が見出すことは困難である。
このように、乙20の実験の条件は、当業者が過度な負担なしに設定することができるものではなく、しかも一部は不明なものである。

(ウ)以上のとおり、本件明細書における方法2に係る記載は、結晶性形態Iを得るための諸因子の設定について当業者に過度の負担を強いるものというべきであって、実施可能要件を満たすものということはできない。

ウ 方法3について

(ア)方法3の開示内容について
方法3は、以下のとおりである。
「主として無定形のアトルバスタチンからなる水湿潤ケーキを、有意な量の結晶性形態Iのアトルバスタチンが存在するまで、高い温度、例えば約75℃まで、特に好ましくは約65?70℃の温度で加熱し、それによって無定形/懸濁液形態Iの混合物を上述したようにスラリー化することができる。」
上記の「上述したようにスラリー化する」は、方法2における「約40v/v%まで、例えば約0?20v/v%、特に好ましくは約5?15v/v%の補助溶剤、例えばメタノール、エタノール、2-プロパノール、アセトンなどを含有する水中に固体を懸濁し」であると解される。
また、上記の「有意な量の結晶性形態Iのアトルバスタチンが存在するまで」の記載と「上述したようにスラリー化する」の記載からみて、方法3は、方法2のうちの「出発物質が・・・無定形および結晶性形態Iのアトルバスタチンの組み合わせである場合」について、その出発物質を得る工程に特徴のある一態様を、記載したものであるとも解される。方法3の記載の直前に「このようにする代わりに」の記載があり、その直前の記載は、方法2についての「結晶性形態Iのアトルバスタチンの“種子”を懸濁液に添加することが望ましいということが見出されている」の記載であることからも、方法3は、方法2の、結晶性形態Iの“種子”を懸濁液に添加する代わりに出発物質に結晶性形態Iを存在させる一態様を、記載したものであるとも解される。
なお、方法1?方法3の上位概念について記載した本件明細書の段落【0039】の記載では、「水溶液」、「水に懸濁」というときに、メタノールなどの補助溶剤の使用が、好ましいとされていて、排除されていないから、方法3における「主として無定形のアトルバスタチンからなる水湿潤ケーキ」は、水で湿潤したケーキよりも、補助溶剤を含む水で湿潤したケーキが、好ましいと解する余地もある。
参考に、方法3の上位概念に当たる方法B0は、以下のとおりである。
「無定形のアトルバスタチンを水に懸濁することによって製造することができる。一般に、ヒドロキシル性補助溶剤、例えば低級アルカノール、例えばメタノールなどの使用が好ましい。」
方法3を具体化したものに当たる実施例は、存在せず、参考にできない。
方法3は、主として無定形のアトルバスタチンからなる水湿潤ケーキを養生するというごく一般的な結晶化方法であるものの、湿潤ケーキを例えば約65?70℃の温度で加熱することを特定するのみであり、結晶化に対して一般的に影響を及ぼすpH、ケーキの湿潤度、加熱時間、補助溶剤その他の添加物、乾燥時の減圧の程度などの諸因子について具体的な特定を欠くものであるから、これらの諸因子の設定状況によっては、本件明細書において概括的に記載されている方法3に含まれる方法であっても、結晶性形態Iが得られない場合があるものと解される。
しかも、方法3の「有意な量の結晶性形態Iのアトルバスタチンが存在するまで」とはどの程度の量なのか、不明であるし、そもそも、方法3は、部分工程に特徴のある方法2の一態様である可能性すらあるのである。
そうだとすると、結晶化に対して特に強く影響を及ぼすpH、湿潤度を含め、加熱時間、その他の添加物、乾燥時の減圧の程度などの諸因子が一切特定されていない方法3の記載を以てしては、本件明細書及び図面の記載並びに出願当時の技術常識を併せ考慮しても、当業者が過度な負担なしに具体的な条件を決定し、結晶性形態Iを得ることができるものということはできない。

(イ)追試実験について
被請求人は、方法3の記載によって実施可能要件が裏付けられている証拠として、追試実験の実験報告書を提出している。方法3の追試に相当するとされるのは、乙1の実験Dである。しかし、この実験の条件を検討すると、以下に示すように、当業者が過度な負担なしに設定することができるものということはできない。
乙1(2003年12月3日付けのSSCI社のRex Shipplettの実験報告書)の実験Cの記載は、以下のとおりである。訳文により示す。
「固形物が含浸するまで無定形アトルバスタチンカルシウム・・・3.5gを42mLの水中でスラリー化させた。スラリーを濾過し、湿潤ケーキを250mLの広口瓶に入れた。瓶に蓋をし、70℃の対流式オーブンに入れた。湿潤ケーキの一定分量を22.5時間で取り出し、一晩61?63℃で真空乾燥させ、その後X線粉末回折を行った。サンプルは、米国特許5969156号・・・に開示されている結晶性形態Iであった。」
まず、湿潤度、すなわち、水の量は、結晶化の実現に関する重要な因子である以上、物の発明において、当該物の製造方法を開示するにあたり、具体的に記載される必要がある事項というべきところ、方法3については、加熱温度しか記載されていないのであるから、当該記載から、結晶性形態Iが得られる湿潤度を当業者が見出すことは困難であるところ、この実験では明らかにされていない。
次に、加熱時間は、方法3では開示されていないのであるから、当該記載から、結晶性形態Iが得られる加熱時間と加熱方法(この実験の設定である広口瓶中、蓋をし、70℃で、22.5時間)を当業者が見出すことは困難である。
さらに、乾燥方法は、結晶形に影響を及ぼす可能性があるところ、方法3では開示されていないのであるから、方法3の記載から、適する乾燥方法(この実験の設定である一晩61?63℃で真空乾燥)を当業者が見出すことは困難である。
このように、乙1の実験Dの条件は、当業者が過度な負担なしに設定することができるものではなく、しかも一部は不明なものである。

(ウ)以上のとおり、本件明細書における方法3に係る記載は、結晶性形態Iを得るための諸因子の設定について当業者に過度の負担を強いるものというべきであって、実施可能要件を満たすものということはできない。

エ 方法1について

(ア)方法1の開示内容について
方法1は、以下のとおりである。
「所望の結晶性形態Iのアトルバスタチンを製造するための出発物質が相当するナトリウム塩の溶液である場合は、一つの好ましい製法は、約5v/v%以上のメタノール、好ましくは約5?33v/v%のメタノール、特に好ましくは約10?15v/v%のメタノールを含有する水中のナトリウム塩の溶液を、約70℃までの高い温度、例えば約45?60℃、特に好ましくは約47?52℃で、酢酸カルシウムの水溶液で処理することからなる。一般に、アトルバスタチンのナトリウム塩2モルに対して酢酸カルシウム1モルを使用することが好ましい。これらの条件下において、カルシウム塩形成ならびに結晶化は、好ましくは高い温度、例えば上述した温度範囲内で実施しなければならない。出発溶液に、例えば約7w/w%のような少量のメチル第3ブチルエーテル(MTBE)を含有させることが有利であるということが見出された。しばしば、結晶性形態Iのアトルバスタチンを一貫して製造するために、結晶性形態Iのアトルバスタチンの“種子(seeds)”を結晶化溶液に加えるのが望ましいということが見出されている。」
参考に、方法1の上位概念に当たる方法A0は、以下のとおりである。
「結晶性形態Iのアトルバスタチンは、調節された条件下における結晶化によって製造することができる。特に、それは、例えば酢酸カルシウムなどのようなカルシウム塩の添加によって、相当する塩基性塩、例えばアルカリ金属塩、例えばリチウム、カリウム、ナトリウム塩など;アンモニアまたはアミン塩;好ましくはナトリウム塩の水溶液から・・・製造することができる。一般に、ヒドロキシル性補助溶剤、例えば低級アルカノール、例えばメタノールなどの使用が好ましい。」
参考に、方法1を具体化したものに当たる実施例1の方法Aは、以下のとおりである(ただし、原料の一部に結晶性形態Iのアトルバスタチンを使用)。
「方法A (2R-トランス)-5-(4-フルオロフェニル)-2-(1-メチルエチル)-N,4-ジフェニル-1-〔2-(テトラヒドロ-4-ヒドロキシ-6-オキソ-2H-ピラン-2-イル)エチル〕-1H-ピロール-3-カルボキサミド(アトルバスタチンラクトン)(米国特許第5,273,995号)(75kg)、メチル第3ブチルエーテル(MTBE)(308kg)、メタノール(190L)の混合物を、48?58℃で水酸化ナトリウムの水溶液(950L中5.72kg)と40?60分反応させて開環したナトリウム塩を形成させる。25?35℃に冷却した後、有機層を捨てそして水性層を再びMTBE(230kg)で抽出する。有機層を捨て、そしてナトリウム塩のMTBE飽和水溶液を、47?52℃に加熱する。この溶液に、水(410L)に溶解した酢酸カルシウム半水和物(11.94kg)の溶液を、少なくとも30分にわたって加える。酢酸カルシウム溶液の添加後直ぐに、結晶性形態Iのアトルバスタチンのスラリー(水11Lおよびメタノール5L中の1.11kg)を、種子として混合物に加える。それから、混合物を少なくとも10分51?57℃に加熱し、そしてそれから15?40℃に冷却する。混合物を濾過し、水(300L)およびメタノール(150L)の溶液で洗浄し、次いで水(450L)で洗浄する。固体を、真空下60?70℃で3?4日間乾燥して結晶性形態Iのアトルバスタチン(72.2kg)を得た。」
方法1は、アトルバスタチンのナトリウム塩のメタノールを含む水中の溶液を、酢酸カルシウム水溶液で処理して、カルシウム塩を結晶化させるというごく一般的な結晶化方法であるものの、メタノールの含有率が特に好ましくは約10ないし15v/v%であり、処理温度が特に好ましくは47?52℃であること、7w/w%程度のMTBEの存在が好ましいことを特定するのみであり、結晶化に対して一般的に影響を及ぼすpH、両方の溶液の濃度と量、酢酸カルシウム水溶液の添加速度、添加後の攪拌の要否と時間と温度、冷却の温度と時間、乾燥の方法、その他の添加物などの諸因子について具体的な特定を欠くものであるから、これらの諸因子の設定状況によっては、本件明細書において概括的に記載されている方法1に含まれる方法であっても、結晶性形態Iが得られない場合があるものと解される。
そうだとすると、結晶化に対して特に強く影響を及ぼすpH、両方の溶液の濃度と量を含め、酢酸カルシウム水溶液の添加速度、添加後の攪拌の要否と時間と温度、冷却の温度と時間、乾燥の方法、その他の添加物の諸因子が一切特定されておらず、また、それらを決めるための指針も記載されていない方法2の記載を以てしては、本件明細書及び図面の記載並びに出願当時の技術常識を併せ考慮しても、当業者が過度な負担なしに具体的な条件を決定し、結晶性形態Iを得ることができるものということはできない。

(イ)追試実験について
被請求人は、方法1の記載によって実施可能要件が裏付けられている証拠として、追試実験の実験報告書を提出している。方法1の追試に相当するとされるのは、乙1の実験B及び乙2である。しかし、これらの実験の条件を検討すると、以下に示すように、当業者が過度な負担なしに設定することができるものということはできない。

a 乙1(2003年12月3日付けのSSCI社のRex Shipplettの実験報告書)の実験Bの記載は、以下のとおりである。訳文により示す。
「米国特許5969156号の実施例1に基づいてアトルバスタチンナトリウム塩を調製した。アトルバスタチンナトリウム塩を含む溶液を減圧下で蒸発、凍結乾燥させ、5.4gのアトルバスタチンナトリウム塩を得た。アトルバスタチンナトリウム塩を、還流冷却器と機械攪拌機付きの250mLの三つ口丸底フラスコに充填した。12%v/vのメタノールと7%w/wのMTBEからなる82mLの水溶液を加えて、43℃で溶液とした。
溶液を49-52度に加熱し、水(27mL)に溶かした0.00476モルの酢酸カルシウムの溶液を30分間にわたって攪拌しながら加えた。添加終了後、得られた混合物を一晩52-57℃で攪拌した。一定分量4mLのスラリーを取り出し、濾過し、その結果得られた湿潤ケーキを一晩60-61℃で真空乾燥させ、その後XRPDにより分析した。固形物の組成は、米国特許5969156号・・・に開示されるような、結晶性形態Iである。その後、残りのポットのスラリーを26℃に冷却し、濾過し、米国特許5969156号の実施例1に従って湿潤ケーキを洗浄し、恒量になるまで58-63℃で真空乾燥させ、その後X線粉末回折を行った。最終生成物は、米国特許5969156号・・・に開示されている、結晶性形態Iである。」
まず、両方の溶液の濃度と量は、結晶化の実現に関する重要な因子である以上、物の発明において、当該物の製造方法を開示するにあたり、具体的に記載される必要がある事項というべきところ、方法1については、補助溶剤がメタノールであることとメタノールの好ましい濃度と7w/w%程度のMTBEの存在が好ましいことと、アトルバスタチンナトリウム塩2モルに対して酢酸カルシウム1モルとする程度しか記載されていないのであるから、当該記載から、種晶の添加なしにカルシウム塩を結晶性形態Iに結晶化させる両方の溶液の濃度と量(この実験の設定である、一方は、アトルバスタチンナトリウム塩5.4g(審決注:計算すると0.0093モル)と溶媒(12%v/vメタノール、7%w/wのMTBE、残りは水)82mL、他方は、酢酸カルシウム0.00476モル(審決注:無水物と仮定して計算すると0.75g、1水和物なら0.84g)と水27mL)を当業者が見出すことは困難である。
酢酸カルシウム水溶液の添加速度は、方法1では開示されていないのであるから、方法1の記載から、適する添加時間(この実験の設定である30分間)を当業者が見出すことは困難である。
添加後の攪拌の要否と時間と温度は、方法1では開示されていないのであるから、方法1の記載から、適する条件(この実験の設定である一晩52-57℃で攪拌)を当業者が見出すことは困難である。
冷却の温度と時間、乾燥の方法は、方法1では開示されていないのであるから、方法1の記載から、適する条件(この実験の設定である26℃に冷却し、濾過し、洗浄し、恒量になるまで58-63℃で真空乾燥)を当業者が見出すことは困難である。
このように、乙1の実験Bの条件は、当業者が過度な負担なしに設定することができるものではない。

b 乙2(2006年6月8日付けのファイザー社のPhillip J. Johnsonの実験報告書)の実験の記載は、以下のとおりである。訳文により示す。被請求人が提出した訳文を採用しているが、「および」は公用文における漢字表記に改めた。
「(2R-トランス)-5-(4-フルオロフェニル)-2-(1-メチルエチル)-N,4-ジフェニル-1-[2-(テトラヒドロ-4-ヒドロキシ-6-オキソ-2H-ピラン-2-イル)エチル]-1H-ピロール-3-カルボキサミド(アトルバスタチンラクトン)(米国特許5,273,995号)(15gm)、メチル第3ブチルエーテル(MTBE)(61gm)及びメタノール(38mL)の混合物を、53℃で水酸化ナトリウムの水溶液(190mL中1.14gm)と、50分間反応させて、開環したナトリウム塩を生成させた。30℃に冷却した後、有機層を捨て、そして水層を再びMTBA(46gm)で抽出した。有機層を捨て、そして、MTBEを飽和させたナトリウム塩の水溶液を50℃に加熱した。この溶液に、水(82mL)に溶解した酢酸カルシウム半水和物(2.39gm)の溶液を1時間にわたって加えた。それから、混合液を54℃に加熱し、一晩攪拌し、次いで25℃に冷却した。混合液を濾過し、水(60mL)及びメタノール(30mL)の溶液で洗浄し、次いで水(90mL)で洗浄した。固体を、真空下、60?65℃にて4日間乾燥して、結晶性形態Iのアトルバスタチン水和物(13.5gm)を得た。この物質を小さなセラミック製の乳鉢・乳棒で粉砕し、その結果、結晶性形態Iのアトルバスタチン水和物・・・を得た。得られたサンプルは、X線回折により、結晶性形態Iのアトルバスタチン水和物であることが確認された。」
上記aと同様に検討すると、まず、方法1の記載から、両方の溶液の濃度と量と調製手順(この実験の設定である、一方は、アトルバスタチラクトン15gから出発して特定の手順でMTBE、メタノール、水酸化ナトリウム水溶液190mL、を用いて調製したアトルバスタチンナトリウム塩の溶液、他方は酢酸カルシウム半水和物2.39gと水82mL)を当業者が見出すことは困難である。本件明細書の実施例1の方法Aを参考にして初めて、5000分の1のスケールとして、両方の溶液の濃度と量と調製手順を見出せるに過ぎない。
酢酸カルシウム水溶液の添加速度は、方法1では開示されていないのであるから、方法1の記載から、適する添加時間(この実験の設定である1時間)を当業者が見出すことは困難である。アトルバスタチンカルシウム塩を生成及び結晶化させるための添加速度は、pH、両方の溶液の濃度、温度、種晶の有無、その他の添加物、攪拌などの諸因子によって異なるものであるから、本件明細書に特定の条件下における添加速度(方法Aの、少なくとも30分にわたって加え、添加後すぐに種晶のスラリーを加える)が開示されていたとしても、当業者が方法1における添加速度を合理的に予測することができるとまでいうことはできない。
添加後の攪拌の要否と時間と温度は、方法1では開示されていないのであるから、方法1の記載から、適する条件(この実験の設定である54℃で一晩攪拌)を当業者が見出すことは困難である。攪拌の要否と時間と温度も、上記の諸因子によって異なるものであるから、本件明細書に特定の条件下における温度(方法Aの少なくとも10分51?57℃に加熱)が開示されていたとしても、当業者が方法1における攪拌の要否と時間と温度を合理的に予測することができるとまでいうことはできない。
このように、乙2の実験の条件は、当業者が過度な負担なしに設定することができるものではない。

(ウ)以上のとおり、本件明細書における方法1に係る記載は、結晶性形態Iを得るための諸因子の設定について当業者に過度の負担を強いるものというべきであって、実施可能要件を満たすものということはできない。

(4)被請求人の主張について

ア 被請求人は、概略以下の主張をしている。
方法2については、乙20及び乙21の実験データによれば、実施可能であると認定できる。温度は、指定がなければ室温から出発するのが技術常識である。
方法3については、密閉容器で加熱するのは技術常識である。
方法1については、30分で加えて一晩52?57℃で処理するのは、種晶を加えないので実施例1の方法Aより長時間を要するのは当然で、一晩継続するのは極めてありふれた操作だから(乙38?乙45)、技術常識に反するものでない。

イ 検討
上記(3)で検討したとおり、方法2、方法3、方法1のいずれも、結晶化に対して一般的に影響及ぼす諸因子(方法2におけるpH、スラリー濃度、温度、その他の添加物など、方法3におけるpH、ケーキの湿潤度、加熱時間、補助溶剤その他の添加物、乾燥時の減圧の程度、方法1におけるpH、溶液の濃度と量、酢酸カルシウム水溶液の添加速度、添加後の攪拌の要否と時間と温度、冷却の温度と時間、乾燥の方法、その他の添加物)について具体的な特定を欠くものであり、本件明細書の種晶を用いた実施例の記載及び技術常識を考慮しても、結晶性形態Iのアトルバスタチンを得るための条件の設定には、複数の因子のそれぞれについて手がかりのない状態から複数の試行を要するので、多数回の実験と測定を繰り返す必要があり、当業者に過度の負担を強いるといえ、本件明細書の発明の詳細な説明の記載は、特許法が実施可能要件を定めた趣旨に反するものであるから、実施可能要件は満たされるという被請求人の主張は、採用できない。

(5)無効理由2についてのまとめ
以上のとおり、発明の詳細な説明は、当業者が本件発明1及び2の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるとはいえず、本件発明1及び2についての特許は、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。
よって、本件発明1及び2についての特許は、同法第123条第1項第4号に該当するから、無効理由2によって無効とすべきものである。

第6 むすび
以上のとおりであるから、本件発明1及び2に係る特許は、無効理由1及び2によって無効とすべきものである。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、被請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2014-01-15 
結審通知日 2014-01-17 
審決日 2014-01-28 
出願番号 特願平9-506710
審決分類 P 1 123・ 121- Z (C07D)
P 1 123・ 536- Z (C07D)
最終処分 成立  
前審関与審査官 内藤 伸一  
特許庁審判長 中田 とし子
特許庁審判官 齋藤 恵
村守 宏文
登録日 2002-04-12 
登録番号 特許第3296564号(P3296564)
発明の名称 結晶性の〔R-(R▲上*▼,R▲上*▼)〕-2-(4-フルオロフェニル)-β,δ-ジヒドロキシ-5-(1-メチルエチル)-3-フェニル-4-〔(フェニルアミノ)カルボニル〕-1H-ピロール-1-ヘプタン酸ヘミカルシウム塩(アトルバスタチン)  
代理人 増井 和夫  
代理人 室伏 良信  
代理人 松葉 栄治  
代理人 斎藤 誠二郎  
代理人 橋口 尚幸  

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