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審決分類 審判 全部無効 2項進歩性  H01L
管理番号 1290389
審判番号 無効2012-800006  
総通号数 177 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2014-09-26 
種別 無効の審決 
審判請求日 2012-01-30 
確定日 2014-08-04 
事件の表示 上記当事者間の特許第4550080号「半導体装置および液晶モジュール」の特許無効審判事件についてされた平成24年 9月19日付け審決に対し,知的財産高等裁判所において審決取消の判決(平成24年(行ケ)第10373号平成25年 9月30日判決言渡)があったので,さらに審理のうえ,次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は,成り立たない。 審判費用は,請求人の負担とする。 
理由 1 手続の経緯

本件特許は,平成15年6月30日にした特許出願(特願2003-188854号)の一部を平成19年3月26日に新たな特許出願(特願2007-79881号)としたものに係り,平成22年7月16日に特許権の設定登録がなされたものである(上記もとの特許出願の日を,以下「原出願日」という。)。
その後,請求人住友金属鉱山株式会社(以下単に「請求人」という。)は,平成24年1月30日に本件無効審判を請求し,平成24年9月19日付けで「特許第4550080号の請求項1ないし請求項6に係る発明についての特許を無効とする。」との審決がなされたところ,平成25年9月30日に知的財産高等裁判所において,上記審決取消の判決(平成24年(行ケ)10373号平成25年9月30日判決言渡)があったので,本件について更に審理する。
なお,本件特許については,平成23年11月21日に請求人から別途無効審判が請求されているが(無効2011-800241号),本件無効審判事件を先に審理することとしたため,当該無効審判事件については,手続を中止している。

2 本件特許発明

本件特許第4550080号の請求項1ないし請求項6に係る発明(以下「本件特許発明1」?「本件特許発明6」という。)は,特許明細書及び図面の記載からみて,その特許請求の範囲の請求項1?請求項6に記載された次のとおりのものと認める。

「【請求項1】
絶縁性を有するベースフィルム,該ベースフィルム上に形成されたニッケル-クロム合金からなり厚みが7nm以上のバリア層,および該バリア層の上に形成された銅を含んだ導電物からなると共に表面にスズメッキが施された配線層を有する半導体キャリア用フィルムと,前記配線層に接続された突起電極を有する半導体素子とを備える半導体装置であって,
前記バリア層と前記配線層とを所定パターンに形成した半導体素子接合用配線が複数あり,そのうちの少なくとも隣り合う二つの前記半導体素子接合用配線の間において,配線間距離及び出力により定まる電界強度が3×10^(5)?2.7×10^(6)V/mであり,
前記半導体素子接合用配線の配線間距離が50μm以下となる箇所を有し,
前記バリア層におけるクロム含有率を15?50重量%とすることにより,前記バリア層の溶出によるマイグレーションを抑制することを特徴とする半導体装置。」
(以下「本件特許発明1」という。)
【請求項2】
前記半導体素子接合用配線の端子間ピッチが100μm以下となる箇所を有するものであることを特徴とする請求項1に記載の半導体装置。」
(以下「本件特許発明2」という。)
【請求項3】
前記バリア層のクロム含有率が15?30重量%であることを特徴とする請求項1または2に記載の半導体装置。」
(以下「本件特許発明3」という。)
【請求項4】
前記バリア層の厚みが10?35nmであることを特徴とする請求項1から3の何れか一項に記載の半導体装置。」
(以下「本件特許発明4」という。)
【請求項5】
前記ベースフィルムの厚みが25?50μmであることを特徴とする請求項1から4の何れか一項に記載の半導体装置。」
(以下「本件特許発明5」という。)
【請求項6】
請求項1から5の何れか一項に記載の半導体装置を備えたことを特徴とする液晶モジュール。」
(以下「本件特許発明6」という。)

3 請求人の主張の概要

審判請求人は,本件特許4550080号の特許を無効とする,審判請求費用は被請求人の負担とするとの審決を求めており,証拠方法として,審判請求書とともに甲第1号証?甲第13号証を,平成24年6月29日付の口頭審理陳述要領書とともに甲第14号証を提出し,これらの書証をもって以下に示す理由により無効にされるべきであると主張している。

<理由>
本件特許の請求項1?6に係る発明は,本件出願前に頒布された特開平6-120630号公報に開示された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定による無効にされるべきである。

<証拠方法>
甲第1号証:特許第4550080号公報
甲第2号証:特開平6-120630号公報
甲第3号証:2003年5月20日に技術情報協会により頒布されたテキ
スト「セミナーテキストNO.1」
甲第4号証:2002年8月に被請求人により頒布された製品カタログ
「SHARP液晶用LSI2002.8」
甲第5号証:2001年12月に(株)工業調査会により発行された雑誌
「M&E」2001年12月号
甲第6号証:2003年5月15日に日本材料学会により発行された学会
誌「材料」に掲載された論文「プリント配線板の耐イオンマ
イグレーション性に関する研究」
甲第7号証:2003年1月20日に(株)技術調査会により発行された雑
誌「エレクトロニクス実装技術」に掲載された「TAB材料
の現状と今後」
甲第8号証:平成12年2月29日に丸善株式会社により発行された書籍
「腐食・防食ハンドブック」
甲第9号証:平成11年9月30日に丸善株式会社により発行された書籍
「金属の百科事典」
甲第10号証:2001年8月20日に岩波書店により発行された書籍
「岩波理化学辞典 第5版」
甲第11号証:特開平7-283525号公報
甲第12号証:昭和48年8月30日に日刊工業新聞社により発行された
書籍「ステンレス鋼便覧」
甲第13号証:昭和41年9月30日に(株)地人書館により発行された書
籍「非鉄材料の選定と加工」
甲第14号証:1996年12月に回路実装学会((社)プリント回路学会)
により発行された信頼性解析技術委員会絶縁信頼性評価研
究会技術報告
「イオンマイグレーションの試験方法ノウハウ集」

4 被請求人の主張の概要
被請求人は,平成24年4月23日の答弁書において,「本件審判請求は成り立たない。審判費用は請求人の負担とする。」との審決を求めており,前記答弁書,平成24年6月29日付の口頭審理陳述要領書及び同年8月24日付の上申書によれば,被請求人の主張は,概ね下記のとおりである。被請求人は,口頭審理陳述要領書とともに乙第1号証の1?乙第20号証を提出している。
なお,請求人は,乙第1号証の1,乙第1号証の2及び乙第12号証の成立について不知としている。

(1)本件特許発明は,従来のメタライジング法で形成された半導体キャリアフィルムでは,端子間距離を小さくした場合又は端子間電圧を大きくした場合に,高温高湿環境下で,端子間にマイグレーションが発生するという問題を解決するものである。本件特許発明は,請求項1の構成要件の全てを有機一体的に具備することにより,バリア層の表面抵抗率・体積抵抗率が向上するため,バリア層を流れる電流が小さくなり,配線層を形成する銅の腐食を抑制することができ,また,バリア層の表面電位が標準電位に近くなるため,バリア層を形成している成分の水分中への溶出を抑制することができ,端子間のマイグレーションの発生をなくし,ファインピッチ化や高出力化に適用できるものである。

(2)引用発明は,プリント配線基板において,クロム層及び銅層を1種類のエッチング溶液で連続的にエッチング処理することができないという課題を解決するために,中間層としてNiが5at%?80at%のNi-Cr合金層を設けることにより,1000g/cmの高い密着強度を有するとともに,1種類のエッチング溶液で配線パターンを形成するものである。したがって,本件特許発明と引用発明とは発明の課題が明らかに異なる。そして,甲第2号証の実施例には,Niの含有率を5at%(クロム含有率が94重量%)とした例も示されており,Niの含有率を80at%(クロム含有率18重量%)とすることに限定されていない。

(3)本件特許発明では,「バリア層におけるクロム含有率を15?50重量%とすることにより,バリア層の溶出によるマイグレーションを抑制する」のに対し,引用発明では,「Ni-Cr合金層におけるNiが5at%?80at%(クロム含有率94?18重量%)とすることにより,1000g/cmの高い密着強度を有し,かつ1種類のエッチング溶液で形成する」ものであり,バリア層のクロム含有率の範囲及び目的,効果において相違する。

(4)甲第2?4号証には,引用発明のプリント配線基板を「半導体キャリア用フィルムと,配線層に接続された突起電極を有する半導体素子とを備える半導体装置」として利用する積極的な動機付けは存在しない。

(5)甲第3号証及び甲第5号証には,COFにおける配線ピッチの例が記載されているが,半導体素子の出力が示されておらず,甲第4号証には,半導体素子における液晶駆動電圧の最大値は記載されているが,配線ピッチは示されておらず,いずれも電界強度は示されていない。

(6)甲第6号証の「一般的なプリント配線板の信頼性試験では3?5V程度が使用される」という記載からすると,一般的なプリント配線基板は3?5V程度(ラインピッチ20μmだと,1.5×10^(5)?2.5×10^(5)V/m)が想定されており,「複数の半導体素子接合用配線の少なくとも隣り合う二つの間において,配線間距離及び出力により定まる電界強度が3×10^(5)?2.7×10^(6)V/mとすること」は一般的ではない。

(7)甲第6号証では,具体的なイオンマイグレーションの発生メカニズムが解明できておらず,その解決手段も見出していない。甲第7号証によれば,マイグレーション発生の原因はシード層の残りであり,その解決手段としては,シード層の除去剤などで適切な処理をするだけである。いずれの証拠にも,引用発明において,「バリア層におけるクロム含有率を15?50重量%とすることにより,バリア層の溶出によるマイグレーションを抑制する」ことの動機付けとなる記載は存在しない。

(8)甲第14号証に何らかの基準が記載されていたとしても,甲第3号証スライド21の「COF用2層テープの絶縁信頼性試験結果」において,かかる基準を採用していたことにはならない。また,甲第14号証には,定数nについて「試験条件や試験の種類によっては0.5?2程度の値が報告されていますので,実施にあたっては定数を確認する必要があります。」と記載されており,該記載をもって,試験印加電圧が実使用印加電圧の4倍とすることが普遍化されるものではない。

(9)甲第4号証には,具体的なSOFのパッドピッチは記載されておらず,TCPとSOFは異なる構造のものとして説明されている。当業者は,特別にファインピッチ化を目的として開発された「超多ピン・ファインピッチTCP」の「パッドピッチ50μm」という構造がSOFにおいても適用できるとはいえない。

(10)また,提出した乙第1号証の1?乙第17号証から,本件特許出願に至る経緯を説明し,乙第18号証?乙第20号証から,本件特許出願当時,一般的に使用されていたクロム7重量%,ニッケル93重量%の組成比を持つニッケル-クロム合金のバリア層を有する半導体キャリア用フィルムのバリア層の組成を変更する動機付けが無く,バリア層のクロム含有量を増やすとエッチングが困難になることから,バリア層のクロム含有量を増やす変更が,通常選択されない。

<証拠方法>
乙第1号証の1:2002年12月9日付
「後半プロセスDR委員会確認書」
乙第1号証の2:2002年9月11日?2003年4月22日付
「設計DR委員会確認書」
乙第2号証:2002年12月19日付電子メール及び添付資料
乙第3号証:2002年12月20日付
「LH165MQC不良解析結果」
乙第4号証:2002年12月26日付
「基板レス液晶ドライバーLH165M××の技術依頼生産
承認願い」
乙第5号証:2003年1月6日付被請求人社内会議メモ
乙第6号証:2003年1月8日付被請求人社内会議メモ
乙第7号証:2003年1月10日付
「LH165M 85/85バイアス試験不具合に対する見
解」
乙第8号証:2003年1月12日付電子メール及び添付資料
乙第9号証:2003年1月21日付電子メール
乙第10号証:2003年1月27日付被請求人社内説明会議事録及び添
付資料
乙第11号証:2003年1月30日付電子メール
乙第12号証:2003年2月12日付
「LH165M技術依頼生産対応の件」
乙第13号証:2003年2月20日付電子メール及び添付資料
乙第14号証:2003年2月14日付電子メール及び添付資料
乙第15号証:2003年3月18日付
「材料別のリーク電流測定結果(実装応用での測定)」
乙第16号証:2003年3月18日付
「TEGによる85/85×500Hバイアス試験結果
(配線裏面腐食)」
乙第17号証:2003年4月21日付電子メール及び添付資料
乙第18号証:特開2005-67145号公報
乙第19号証:特開2006-310360号公報
乙第20号証:特開2009-283872号公報

5 原出願日前に頒布された甲第2号証?甲第14号証の記載等

(1)甲第2号証
甲第2号証(特開平6-120630号公報)には,プリント配線基板用の銅箔に関し,図面とともに次の事項が記載されている(下線は,当合議体で付加した。以下同様。)。

ア「【請求項1】プリント配線基板用の銅箔において,支持基板と銅層との間に中間層としてNiが5at%?80at%のNi-Cr合金層を設けたことを特徴とするプリント配線基板用の銅箔。」

イ「【0001】
【産業上の利用分野】本発明は,プリント配線基板用の銅箔に関し,更に詳しくは,配線パターンを形成するためのエッチング処理を容易に行うことが出来,支持基板に対して優れた密着性を有するプリント配線基板用の銅箔に関する。
【0002】
【従来の技術】従来,プリント配線用の銅箔を被覆するための支持基板としては,テープ自動ボンデイング(TAB)用,フレキシブルプリント配線板(FPC)用には,配線パターンと素子をハンダ付けを必要とする場合は耐熱性の要求性からポリイミド,ポリアミド等の耐熱性の高分子フィルムが,またハンダ付けを必要としない場合はポリエチレンテレフタレート,ポリエチレンナフタレート等の高分子フィルムが知られており,また,リジット配線用にはアルミナ(Al_(2)O_(3)),ガラスエポキシ等のセラミックが知られている。そしてこれらの支持基板に厚さ12?50μm程度の圧延銅箔或いは電解銅箔を接着剤で貼着してプリント配線基板用の銅箔とし,該銅箔に配線パターンを施していた。」

ウ「【0005】また,高分子フィルム,セラミック等の支持基板と,その表面に被覆せる銅層との密着性は,その界面に酸化銅(CuO,Cu_(2)O)等の脆弱層が発生するために非常に弱く,プリント配線基板に要求される銅層との密着強度1000g/cmを維持するために通常,支持基板と銅層との間に中間層としてクロム層を設けていた。」

エ「【0012】しかしながら,クロムは耐食性に優れているから銅層と同じエッチング溶液ではパターンを形成することが出来ず,塩化第2鉄と塩酸との混合液で行うようにしているので,1種類のエッチング溶液で銅箔とクロム層のエッチング処理を連続的に行えず,従って,エッチング処理が2工程となり,しかもクロム層へのエッチング処理は短時間で行わなければならないから,エッチング処理は複雑となるばかりではなく,全体のエッチング処理が長時間となるため,クロム層bへのエッチング処理時に既にエッチングされている銅層c,dの側壁にオーバーエッチングが進行して配線パターンに欠陥部が生じて断線に至るという問題がある。」

オ「【0014】本発明はかかる問題点を解消し,1種類のエッチング溶液で配線パターンを形成することが出来,中間層としてクロム層を介在させた場合と同等の密着強度を有するプリント配線基板用の銅箔を提供することを目的とする。」

カ「【0025】実験例
本実験例では支持基板1上へのNi-Cr合金層2,銅層3,銅層4の形成を次のように行った。
【0026】先ず,厚さ50μmのポリイミドから成る支持基板1をNi-CrカソードとCuカソードを2台有する連続巻取式スパッタ装置を備えた真空成膜室内に載置した後,該真空成膜室内を真空ポンプ等を介して真空度1×10^(-5)Torr以下に設定し,続いて該成膜室内が5×10^(-3)Torrとなるようにアルゴンガスを導入した。次いで,支持基板1にDCマグネトロンスパッタ法で該支持基板1上に厚さ200Åの図2示すようなNiの含有量が異なった種々のNi-Cr合金層2を形成し,続いて該Ni-Cr合金層2上に厚さ2000Åの銅層3を連続形成した後,該支持基板1を真空成膜室内より取り出した。
【0027】尚,支持基板1上に形成するNi-Cr合金層2のNiの含有量調整は,Ni-Cr合金の組成(CrへのNiドープ量)を変化させたターゲットを用いて行い,また,Ni-Cr合金層2上に形成する銅層3は99.99%の無酸素銅をターゲットとした。
【0028】続いて,該支持基板1を20wt%の硫酸銅溶液中に浸漬し,電解メッキ法で銅層3上に厚さ20μmのメッキ銅層4を形成した後,該支持基板1を電解メッキ槽より取り出し,洗浄処理を行って,中間層としてNi含有量の異なるNi-Cr合金層を有する各基板用銅箔を作成した。
【0029】作成された各基板用銅箔の銅層3,4に配線パターンを形成すべく,常法に従い,レジスト材を塗布して露光し,ラインスペース20μmのレジストパターンを形成した後,塩化第2鉄の40g/リットル,温度50℃のエッチング溶液中への浸漬によるエッチング処理,並びに洗浄処理を行って銅層3,4に所定の配線パターンを形成した。
【0030】そして,各基板用銅箔の支持基板1と銅層3,4との密着強度(g/cm)を180°反転剥離法(JPCA-FC01-4.4に準拠)により測定し,その測定結果を図2に示す。
【0031】また,配線パターンが形成された各基板用銅箔の断面形状を走査電子顕微鏡(SEM)で観察し,その模式を図3に示した。尚,図3にはNi-Cr合金層中のNi含有量が0at%,4at%,5at%並びに80at%の場合のみを示した。
【0032】図2から明らかなように,Ni-Cr合金層中のNiが1at%?80at%の範囲で,Niを全く含まないクロム層のみの場合と同等の密着強度が得られることが確認された。また,図3から明らかなように,Ni-Cr合金層中のNiが4at%の場合,Niを全く含まないクロム層の場合は,エッチング処理時に中間層であるクロム層またはNiが4at%のNi-Cr合金層がエッチングされることなくそのまま残渣として残存するが,Niが5at%,80at%のNi-Cr合金層はエッチング時に,その上に形成されている銅層と一緒に除去されて配線パターンが確実に形成出来ることが確認された。
【0033】前記の如く,本発明の中間層としてNiが5at%?80at%のNi-Cr合金層を有する銅箔は,1000g/cmの高い密着強度を有し,かつ1種類のエッチング溶液で配線パターンを確実に形成することが可能となり,プリント配線基板の配線パターン形成の際,工程の簡略化,製品の歩留まりアップ,コストの削減に大きく寄与出来る。」

キ 図3には,Ni=0at%(従来の銅箔),Ni=4at%,Ni=5at%及びNi=80at%の4つの場合について,それぞれエッチング処理後の模式図が示されており,Ni=0at%の模式図中に記載された所要の寸法によれば,銅層の配線幅が20μmであること,また,隣り合う銅層の配線間の距離が20μmであることが看取できる。この寸法は,Ni=4at%,Ni=5at%及びNi=80at%の場合でも共通することは明らかである。また,上記カの段落【0029】の「配線パターンを形成すべく,常法に従い,レジスト材を塗布して露光し,ラインスペース20μmのレジストパターンを形成」するという記載から,配線が複数あることも明らかである。

ク 段落【0002】に「配線パターンと素子をハンダ付けを必要とする場合は耐熱性の要求性からポリイミド,ポリアミド等の耐熱性の高分子フィルムが,またハンダ付けを必要としない場合はポリエチレンテレフタレート,ポリエチレンナフタレート等の高分子フィルムが知られており」との記載があること,プリント配線基板の配線に半導体素子を接続することはプリント配線基板の代表的な使用形態の一つであることから,甲第2号証には,プリント配線基板の配線に半導体素子を接続した半導体装置の発明が実質的に記載されているといえる。

ケ 段落【0031】?【0033】及び図3には,Ni-Cr合金層におけるNiの含有率を5at%,20at%,80at%とした例,すなわちCrの含有率を95at%,80at%,20at%とした例が記載されているところ,原子数割合で表された該Crの含有率は,重量割合に変換すると,Crの原子量を52,Niの原子量を58.69として,それぞれ,約94重量%(=52×95/(52×95+58.69×5)),約78重量%(=52×80/(52×80+58.69×20)),約18重量%(=52×20/(52×20+58.69×80))である。

(2)引用発明
以上を総合すると,甲第2号証には,次の発明(以下「引用発明」という。)が記載されていると認める。

「厚さ50μmのポリイミドから成る支持基板1,支持基板1の上に形成された厚さ200Å(20nm)のNi-Cr合金層2,Ni-Cr合金層2の上に形成された銅層3,4を有するプリント配線基板を備え,Ni-Cr合金層2と銅層3,4をエッチング処理により所定の配線パターンに形成した複数の配線に半導体素子を接続した半導体装置であって,該複数の配線は,配線幅及び配線間距離がいずれも20μmの配線パターンであり,Ni-Cr合金層2におけるCr含有率が18?94重量%である半導体装置。」

(3)甲第3号証
甲第3号証(2003年5月20日に技術情報協会により頒布されたテキスト「セミナーテキストNO.1」)には,(1)ICを金バンプを介してPIフィルム(ポリイミドフィルム)上のインナーリードに接続すること(スライド3)(2)COFテープの開発課題として高信頼性化対応があり,高信頼性化対応とは耐マイグレーション性を含むこと(スライド5),(3)基板・パッケージの長期絶縁信頼性における主な劣化要因のうち,環境条件として電界(バイアス電圧)があり,その主な作用がイオン(銅)マイグレーションであること(スライド20),(4)COF用2層テープの絶縁信頼性試験が,「評価パターン:櫛形電極,L/S=25/25μm,Snめっき厚:0.5μm,ソルダーレジスト:ポリイミド系,試験条件:85℃/85%RH,DC55V印加」の条件の下で行われたこと(スライド21),が記載されている。

(4)甲第4号証
ア 甲第4号証(2002年8月に被請求人により頒布された製品カタログ「SHARP液晶用LSI2002.8」)には,(1)ノートPC/PCモニタ用TFT液晶ドライバの液晶駆動電圧(V)MAXが5.5V?42Vであること,形名LH168Vのものは,出力数が480で液晶駆動電圧(V)MAXが13VでパッケージがTCP/SOFであること(8ページ),(2)ファインピッチ技術を駆使し,35mmテープで480出力(パッドピッチ50μm,アウターリードピッチ55μm)の超多ピン・ファインピッチTCPを開発されたこと(11ページの超多ピン・ファインピッチTCPの欄),が記載されている。

(5)甲第5号証
甲第5号証(2001年12月に(株)工業調査会により発行された雑誌「M&E」2001年12月号,95ページの表2)には,インナーリードピッチ(30/(20)μm)について記載されている。

(6)甲第6号証
甲第6号証(2003年5月15日に日本材料学会により発行された学会誌「材料」に掲載された論文「プリント配線板の耐イオンマイグレーション性に関する研究」)には,(1)隣接配線間においてイオン化した金属が絶縁間隙を移行・析出するイオンマイグレーション(IM)現象による絶縁劣化が,電子機器の信頼性低下を招いていること(529ページ左欄7行?11行),(2)イオンマイグレーションの発生原理は電気化学反応に基づく電極金属のイオン化であり,具体的には,電解質(多くの場合は水)を介した二つの電極間に直流電圧が印加されると,陽極から電極の金属イオンが溶出し,電界の作用により,電解質中を陰極に向かって移行し,その間に,酸化・還元反応を繰り返しながら金属として析出すること(530ページ左欄7行?14行),(3)ポリイミドフィルムにNi-Cr接着層を約7nm付着させ,銅メッキを施し,配線パターンを形成し,エッチング処理により電極幅/電極間隙(L/S)が20/20,30/30,50/50(μm/μm)の3水準の櫛形電極を作成し(530ページ左欄38行?44行),イオンマイグレーション抑制手法として吸湿防止のためのエポキシ係樹脂を電極にコーティングして,温度85℃,湿度85%RH,印加電圧を加速のため20Vとして,定常試験法により評価試験を実施したところ,1000時間後においても10^(7)Ωを下回る絶縁抵抗低下は確認されなかったが,表面観察により全ての試験片で析出物が確認されたこと,さらに,この試験により,狭ピッチ配線では,イオンマイグレーションによる析出物の成長速度が急激に加速されることや,Ni-Cr層からNiも溶出したことが判明したこと(531ページ左欄14行?533ページ左欄9行),が記載されている。

(7)甲第7号証
甲第7号証(2003年1月20日に(株)技術調査会により発行された雑誌「エレクトロニクス実装技術」に掲載された「TAB材料の現状と今後」)には,スパッタ材では銅の下のニッケルやクロムのシード層を完全に除去できないことがあり,特にファインピッチになるとその部分は残りやすく,マイグレーションの原因となること(59ページ右欄15行?39行),が記載されている。

(8)甲第8号証
甲第8号証(平成12年2月29日に丸善株式会社により発行された書籍「腐食・防食ハンドブック」)の「第6章電子機器」には,「6.1.1電子材料の腐食メカニズム電子材料の腐食は,水溶液中での腐食と同様に水と酸素の存在下で電気化学的に生じる。空気中の水分が材料表面で結露し,表面に薄い水膜を形成し,空気中の酸素やSO_(2),H_(2)Sなどの微量の腐食性ガス成分,さらには表面に付着した塩微粒子がこの水膜中に溶け込み腐食環境を構成する。」「銅,銀などではアノードで溶出した金属イオンがカソードに移行,還元,再析出し,デンドライト成長が起こる。これがメタルマイグレーションで,短絡・絶縁不良を起こす。」「6.1.3電子部品の腐食防止技術 前述したように,電子材料の腐食は水分,塵埃,腐食性ガスが共存する環境下で進行する。したがって雰囲気からの水分や腐食性ガスの除去,および塵埃や水分の電子部品内への浸入を遮断することが有効である。さらに耐食材料を使用することにより腐食損傷を低減することが期待できる。 a.材料制御による腐食防止…電子材料はそれ自身きわめて微細化しており腐食許容量も非常に小さい。したがって合金化や組織制御などでは大幅な信頼性の向上は期待できないことがわかる。」との記載,さらに,環境制御と構造制御による腐食防止技術についてが記載されている。

(9)甲第9号証
甲第9号証(平成11年9月30日に丸善株式会社により発行された書籍「金属の百科事典」)には,ニッケル-クロム合金に関する項に,「NiにCrを添加していくと,○1(1を○で囲んだ文字は,特許庁の起案システムの仕様により,表示ができないため「○1」で代用する。以下同様。)電気抵抗が急増するがその温度変化は小さい,○2耐酸化性・耐食性が向上する,○3純Niに対する熱起電力が急増する,などの変化が起こる。」との記載がある。

(10)甲第10号証
甲第10号証(2001年8月20日に岩波書店により発行された書籍「岩波理化学辞典 第5版」)には,の耐食合金の項には,耐食合金として,ニッケル合金ではニクロムがあることが,ニクロムの項には,高温でも酸化されにくく,耐食性に富んでいることが記載されている。

(11)甲第11号証
甲第11号証(特開平7-283525号公報)には,電子回路基板上のハンダ表面に,絶縁体で水に難溶な不動態皮膜を形成することにより,マイグレーションの発生を防止すること(段落【0005】等),が記載されている。

(12)甲第12号証
甲第12号証(昭和48年8月30日に日刊工業新聞社により発行された書籍「ステンレス鋼便覧」)には,「3.耐食性」の項には,「環境の酸化性が高くなれば金属の腐食は起こりやすくなることが一般である。」「不動態になりやすい金属としては,Fe,Ni,Crおよびその合金のほかMo,Ti,Zrなどがある。」「(Feに添加する)Cr%が増すとともに…不動態は起こりやすくなっていて,酸化性のさほど強くない環境中でも不動態化することがわかる。」「中性からpH=0くらいまでの多くの環境中ではCr12?14%以上で自己不動態化するようになる。」「FeやNiと比べてCrは不動態化電位ははるかに低く,山も低いのであるから弱い酸化力でも容易に不動態化するうえに,不動態になってからの保持電流もFeやNiの数百分の一で,きわめて安定な不動態を生ずる。FeにCrを13%以上添加した合金は純Crほどではないが,Feに比べて不動態化電位ははるかに低く,また保持電流も小さくなること,またCrを18%に増せばさらにその程度が大きくなることはすでに述べた」との記載がある。

(13)甲第13号証
甲第13号証(昭和41年9月30日に(株)地人書館により発行された書籍「非鉄材料の選定と加工」)には,Ni-Cr合金はCrの含有量が15?50%のときに比抵抗が大きい(すなわち,約90μΩ・cmを超える)ことを示すグラフが図5.17に記載されている。

(14)甲第14号証
甲第14号証(1996年12月に回路実装学会((社)プリント回路学会)により発行された信頼性解析技術委員会絶縁信頼性評価研究会技術報告「イオンマイグレーションの試験方法ノウハウ集」)には,イオンマイグレーションの試験方法が記載されている。

6 対比

(1)本件特許発明1について

本件特許発明1と引用発明を対比する。

ア 引用発明の「Ni-Cr合金層2」,「銅層3,4」,「プリント配線基板」は,それぞれ本件特許発明1の「ニッケル-クロム合金」からなる「バリア層」,「銅を含んだ導電物」からなる「配線層」,「半導体キャリア用フィルム」に相当する。

イ そして,引用発明の「ポリイミドからなる支持基板1」は,ポリイミドが絶縁性を有することから,本件特許発明1の「絶縁性を有するベースフィルム」に相当する。

ウ 引用発明のNi-Cr合金層2は,厚さが20nmであって,本件特許発明1のバリア層の厚みの数値範囲の7nm以上に含まれる。

エ 引用発明の「Ni-Cr合金層2と銅層3,4をエッチング処理により所定の配線パターンに形成した複数の配線」は,本件特許発明1の「前記バリア層と前記配線層とを所定パターンに形成した半導体素子接合用配線が複数あ」ることに相当する。

オ 引用発明の配線は,配線間距離が20μmの配線パターンであるから,引用発明は,本件特許発明1における「半導体素子接合用配線の配線間距離が50μm以下となる箇所を有し」との要件を備える。

以上から,本件特許発明1と引用発明は,

[一致点]
「絶縁性を有するベースフィルム,該ベースフィルム上に形成されたニッケル-クロム合金からなり厚みが7nm以上のバリア層,および該バリア層の上に形成された銅を含んだ導電物からなる配線層を有する半導体キャリア用フィルムと,前記配線層に接続された半導体素子とを備える半導体装置であって,前記バリア層と前記配線層とを所定パターンに形成した半導体素子接合用配線が複数あり,前記半導体素子接合用配線の配線間距離が50μm以下となる箇所を有する半導体装置。」の点で一致し,次の点で相違する。

[相違点1]
本件特許発明1は,配線層の表面にスズメッキが施されるのに対して,引用発明は,銅層3,4の表面にスズメッキが施されていない点。

[相違点2]
本件特許発明1は,半導体素子が配線層に接続された突起電極を有するのに対して,引用発明は,半導体素子が銅層3,4に接続される突起電極を有するか否か不明である点。

[相違点3]
本件特許発明1は,隣り合う二つの半導体素子接合用配線の間において,配線間距離及び出力により定まる電界強度が3×10^(5)?2.7×10^(6)V/mであるのに対して,引用発明は,隣り合う二つの配線の間における電界強度が不明である点。

[相違点4]
本件特許発明1は,バリア層におけるクロム含有率を15?50重量%であるとすることにより,バリア層の溶出によるマイグレーションを抑制するものであるのに対して,引用発明は,Ni-Cr合金層2におけるCr含有率は18?94重量%であるが,バリア層の溶出によるマイグレーションを抑制するものであるか否か特定されていない点。

7 当審の判断
(1)相違点4について
ア 本件特許発明1は,クロムの含有率を上記範囲とすることにより,バリア層の表面抵抗率・体積抵抗率を増大させ,またバリア層の表面電位を標準電位に近くしてマイグレーションの発生を抑制するために,クロム含有率を15?50重量%の範囲に限定しているのである(段落【0037】?【0040】,図3,図4)。

イ 一方,引用発明は,銅層との密着強度が十分なものが得られること及びエッチングにより配線パターンが確実に形成できることを考慮して,ニッケル-クロム合金のクロム含有率を18?94重量%の範囲に限定しているのであり,その目的,効果が異なるとともに,クロム含有率を限定する範囲も,18?50重量%の範囲では共通するが,それ以外ではむしろ限定範囲の方向性が異なっているのである。

ウ 甲第3号証?甲第14号証を参照すると,原出願日当時,半導体キャリア用フィルムにおいて,端子間の絶縁抵抗を維持するため,マイグレーションの発生を抑制する必要があると考えられていたこと(甲3,7),マイグレーションの発生を抑制するため,吸湿防止のための樹脂コーティングを行ったり(甲6),水に難溶な不動態皮膜を形成したり(甲11),半導体キャリア用フィルムを高温高湿下におかないようにしたりする方法(甲6)が採られていたことは分かる。しかし,原出願日当時,本件特許発明1のように,ニッケル-クロム合金からなるバリア層におけるクロム含有率を調整することにより,バリア層の表面抵抗率・体積抵抗率を向上させ,また,バリア層の表面電位を標準電位に近くすることによって,マイグレーションの発生を抑制するという本件特許発明1の目的,効果については,何れの刊行物にも記載若しくは示唆されていない。

エ そうすると,引用発明においてニッケル-クロム合金からなるバリア層におけるクロム含有率を15?50重量%とすることにより,マイグレーションの発生を抑制するという効果を奏することは,当業者が予測しえなかったと認められる。

オ したがって,引用発明において,相違点4に係るバリア層の溶出によるマイグレーションを抑制するために,バリア層におけるクロム含有率を15?50重量%とすることは,甲第3?14号証に記載の事項を勘案しても,当業者が容易になし得たこととはいえない。

(2)判断のまとめ
ア 以上から,他の相違点1?3については検討するまでもなく,本件特許発明1は,甲第3号証?甲第14号証に記載された事項を勘案し,引用発明に基いて当業者が容易に発明することができたものとすることはできない。

イ また,請求項1を引用する本件特許発明2?6についても同様に,甲第3号証?甲第14号証に記載された事項を勘案し,引用発明に基いて当業者が容易に発明することができたものとすることはできない。

ウ よって,請求人の主張する無効理由によっては,本件特許発明1?6を無効とすることはできない。

8 むすび

以上のとおり,請求人が主張する理由及び証拠によっては,本件特許発明1?6に係る特許は,特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるとはいえないから同法第123条第1項第2号に該当しないので,無効とされるべきものではない。

本件審判に関する費用については,特許法第169条第2項の規定により準用する民事訴訟法第61条の規定により,請求人が負担すべきものとする。
よって,結論のとおり審決する。
 
別掲
(参考)平成24年9月19日付け審決(一次審決)は以下のとおり。
----------------------------------
無効2012-800006
東京都港区新橋五丁目11番3号
請求人 住友金属鉱山 株式会社
東京都千代田区丸の内二丁目1番1号 丸の内 MY PLAZA(明治安田生命ビル)16階 伊東国際特許事務所
代理人弁理士 伊東 忠彦
東京都千代田区丸の内二丁目1番1号 丸の内 MY PLAZA(明治安田生命ビル)16階 伊東国際特許事務所
代理人弁理士 伊東 忠重
東京都千代田区丸の内二丁目1番1号 丸の内MYPLAZA(明治安田生命ビル)16階 伊東国際特許事務所
代理人弁護士 舟橋 定之
東京都千代田区丸の内二丁目1番1号 丸の内 MY PLAZA(明治安田生命ビル)16階 伊東国際特許事務所
代理人弁理士 大貫 進介
東京都千代田区丸の内二丁目1番1号 丸の内 MY PLAZA(明治安田生命ビル)16階 伊東国際特許事務所
代理人弁理士 山口 昭則
東京都千代田区丸の内二丁目1番1号 丸の内 MY PLAZA(明治安田生命ビル)16階 伊東国際特許事務所
代理人弁理士 杉山 公一
大阪府大阪市阿倍野区長池町22番22号
被請求人 シャープ 株式会社
東京都千代田区平河町2丁目4番14号 平河町KSビル2階 永島・安國・磯田特許事務所
代理人弁理士 磯田 志郎
東京都千代田区平河町2丁目4番14号 平河町KSビル2階 永島・安國・磯田特許事務所
代理人弁護士 永島 孝明
東京都千代田区平河町2丁目4番14号 平河町KSビル2階 永島・安國・磯田特許事務所
代理人弁護士 安國 忠彦
大阪府大阪市北区天神橋2丁目北2番6号 大和南森町ビル 原謙三国際特許事務所
代理人弁理士 原 謙三
大阪府大阪市北区天神橋2丁目北2番6号 大和南森町ビル 原謙三国際特許事務所
代理人弁理士 小池 隆彌
大阪府大阪市北区天神橋2丁目北2番6号 大和南森町ビル 原謙三国際特許事務所
代理人弁理士 福井 清
大阪府大阪市北区天神橋2丁目北2番6号 大和南森町ビル 原謙三国際特許事務所
代理人弁理士 内田 俊生

上記当事者間の特許第4550080号発明「半導体装置および液晶モジュール」の特許無効審判事件について,次のとおり審決する。
結 論
特許第4550080号の請求項1ないし請求項6に係る発明についての特許を無効とする。
審判費用は,被請求人の負担とする。
理 由
第1 手続の経緯
本件特許は,平成15年6月30日にした特許出願(特願2003-188854号)の一部を平成19年3月26日に新たな特許出願(特願2007-79881号)としたものに係り,平成22年7月16日に特許権の設定登録がなされたものである(上記もとの特許出願の日を,以下「原出願日」という。)。
これに対し,請求人住友金属鉱山株式会社(以下,単に「請求人」という。)は,平成24年1月30日に本件無効審判を請求した。その後,当審において,請求人及び被請求人シャープ株式会社(以下,単に「被請求人」という。)に対して,同年5月17日付けの通知書により審理事項を通知し,同年6月29日に請求人及び被請求人からそれぞれ口頭審理陳述要領書が提出され,同年7月13日に口頭審理が行われ,同年8月24日に被請求人から上申書が提出された。
なお,本件特許については,平成23年11月21日に請求人から別途無効審判が請求されているが(無効2011-800241号),本件無効審判事件を先に審理することとしたため,当該無効審判事件については,手続を中止している。

第2 当事者の主張
1.請求人の主張
請求人は,審判請求書において,「特許第4550080号の特許を無効とする。審判請求費用は被請求人の負担とする。」との審決を求めており,審判請求書及び平成24年6月29日付の口頭審理陳述要領書によれば,請求人の主張は,概ね下記のとおりである。請求人は,審判請求書とともに甲第1号証ないし甲第13号証を提出し,口頭審理陳述要領書とともに甲第14号証を提出している。

(1)本件特許の請求項1?6に係る発明は,甲第2?13号証に記載された発明に基づいて(甲第2号証に開示された発明に対して,甲第3?13号証に示された周知慣用技術を適用することにより),出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり,本件特許は同法第123条第1項第2号に該当し,無効とすべきである。

(2)引用発明(甲第2号証)のクロム含有率は18重量%であり,本件発明のクロム含有率に含まれる。クロム含有率を18%とした引用発明の構成から,マイグレーション抑制の効果は自ずから生じる。

(3)甲第3号証に記載されているように,スズメッキは周知であり,引用発明において銅層の表面にスズメッキを施すことは,当業者がきわめて容易になし得ることである。甲第3号証及び甲第4号証に記載されているように,突起電極は周知であり,引用発明において,半導体素子に突起電極を有するようにすることは,当業者が当然に想定し得る事項である。

(4)甲第3号証に示されるピッチ(44μm(配線間距離22μmに相当))と甲第4号証に示される液晶用ドライバの液晶駆動電圧(5.5V?42V)とを併せて考えると,電界強度は2.5×10^(5)?1.9×10^(6)V/mとなる。甲第5号証に示されるインナーリードピッチ(30/(20)μm)と甲第4号証に示される液晶用ドライバの液晶駆動電圧とを併せて考えると,電界強度は3.67×10^(5)?2.8×10^(6)V/mとなる。本件発明の「3×10^(5)?2.7×10^(6)V/mの電界強度」は,出願前周知ないしは標準的な数値範囲である。

(5)甲第14号証によれば,イオンマイグレーション試験のための電圧加速による試験印加電圧として実使用印加電圧の4倍程度の電圧を用いることは,周知の事実であった。甲第3号証スライド21に示されたDC55Vは加速試験印加電圧であり,標準的な実使用印加電圧は14V程度であると理解され,これと同スライドに示された標準的な櫛形電極の電極間距離25μmとから計算すると,周知又は標準的な電界強度は,5.6×10^(5)V/mとなる。

(6)甲第4号証には,出力数が480ピンである型名LH168Vの液晶ドライバの液晶駆動電圧が13Vであることが示されている。また,TCP例の中に「480出力(パッドピッチ50μm…)」が示されており,かつ,LH168VのパッケージはTCPでもSOFでもよいことから,LH168VのSOFパッケージ製品のパッドピッチも50μmであると理解される。したがって,甲第4号証に示された周知又は標準的な電圧値である13Vと配線間距離25μmとから計算した周知又は標準的な電界強度は,5.2×10^(5)V/mとなる。

(7)配線間距離の周知性と印加電圧の周知性とを示す文献が同じ文献である必要はない。甲第3?6号証によれば,配線間距離として20?30μmが周知又は標準的な値であり,印加電圧として13?14Vが周知又は標準的な値であることから,これらの値を割り算して得られる周知又は標準的な電界強度は4.3×10^(5)?7×10^(5)V/mとなる。

(8)甲第6号証には,本件発明の電界強度範囲に含まれる4×10^(5)?1×10^(6)V/mにおいて,ニッケル-クロム合金からなり厚みが7nmのバリア層からNiが溶出することが記載されており,バリア層の溶出によるマイグレーション抑制の課題は周知である。バリア層のマイグレーション抑制の課題は,甲第7号証においてCOF材の問題点として指摘されており,周知である。

(9)Ni-Cr合金層におけるマイグレーションの課題は周知であるから,当業者が,引用発明におけるNi-Cr合金層において,マイグレーションを抑制するという課題認識を有していたことは,明らかである。さらに,マイグレーションを抑制するために耐食材料を選択することも周知であった。甲第9号証に示されるように,NiにCrを添加していくと,ニッケル-クロム合金の耐食性が向上する。甲第10号証には,ニッケル合金の電気化学的溶解作用などの腐食を受けにくい合金としてニクロムが挙げられ,その組成はCr20%またはCr16%であり,耐食性に富んでいることが説明されている。

〈証拠方法〉
甲第1号証:特許第4550080号公報
甲第2号証:特開平6-120630号公報
甲第3号証:2003年5月20日に技術情報協会により頒布されたテキ
スト「セミナーテキストNO.1」
甲第4号証:2002年8月に被請求人により頒布された製品カタログ
「SHARP液晶用LSI2002.8」
甲第5号証:2001年12月に(株)工業調査会により発行された雑誌
「M&E」2001年12月号
甲第6号証:2003年5月15日に日本材料学会により発行された学会
誌「材料」に掲載された論文「プリント配線板の耐イオンマ
イグレーション性に関する研究」
甲第7号証:2003年1月20日に(株)技術調査会により発行された雑
誌「エレクトロニクス実装技術」に掲載された「TAB材料
の現状と今後」
甲第8号証:平成12年2月29日に丸善株式会社により発行された書籍
「腐食・防食ハンドブック」
甲第9号証:平成11年9月30日に丸善株式会社により発行された書籍
「金属の百科事典」
甲第10号証:2001年8月20日に岩波書店により発行された書籍
「岩波理化学辞典 第5版」
甲第11号証:特開平7-283525号公報
甲第12号証:昭和48年8月30日に日刊工業新聞社により発行された
書籍「ステンレス鋼便覧」
甲第13号証:昭和41年9月30日に(株)地人書館により発行された書
籍「非鉄材料の選定と加工」
甲第14号証:1996年12月に回路実装学会((社)プリント回路学会)
により発行された信頼性解析技術委員会絶縁信頼性評価研
究会技術報告
「イオンマイグレーションの試験方法ノウハウ集」

2.被請求人の主張
被請求人は,答弁書において,「本件審判請求は成り立たない。審判費用は請求人の負担とする。」との審決を求めており,答弁書,平成24年6月29日付の口頭審理陳述要領書及び同年8月24日付の上申書によれば,被請求人の主張は,概ね下記のとおりである。被請求人は,口頭審理陳述要領書とともに乙第1号証の1ないし乙第20号証を提出している。
なお,請求人は,乙第1号証の1,乙第1号証の2及び乙第12号証の成立について不知としている。

(1)本件発明は,従来のメタライジング法で形成された半導体キャリアフィルムでは,端子間距離を小さくした場合又は端子間電圧を大きくした場合に,高温高湿環境下で,端子間にマイグレーションが発生するという問題を解決するものである。本件発明は,請求項1の構成要件の全てを有機一体的に具備することにより,バリア層の表面抵抗率・体積抵抗率が向上するため,バリア層を流れる電流が小さくなり,配線層を形成する銅の腐食を抑制することができ,また,バリア層の表面電位が標準電位に近くなるため,バリア層を形成している成分の水分中への溶出を抑制することができ,端子間のマイグレーションの発生をなくし,ファインピッチ化や高出力化に適用できるものである。

(2)引用発明(甲第2号証)は,半導体装置ではなく,単なるプリント配線基板に関するものであり,プリント配線基板を具体的にどのような目的,条件で使用するかについて特定していない。本件発明の半導体素子は「突起電極を有する半導体素子」であり,ハンダ付けによって接続されるものではないので,甲第2号証の「ハンダ付けを必要とする素子」は本件発明の半導体素子に該当しない。甲第2号証では,プリント配線基板の配線パターンと接続されるものを単に「素子」と呼んでいるだけであり,半導体素子に限定されるものではない。甲第2号証には,支持基板として,アルミナ,ガラスエポキシ等の硬質セラミック材も挙げられており,引用発明のプリント配線基板は,フィルム以外の支持基板も含む。

(3)甲第2?4号証には,引用発明のプリント配線基板を「半導体キャリア用フィルムと,配線層に接続された突起電極を有する半導体素子とを備える半導体装置」として利用する積極的な動機付けは存在しない。

(4)引用発明は,プリント配線基板において,クロム層及び銅層を1種類のエッチング溶液で連続的にエッチング処理することができないという課題を解決するために,中間層としてNiが5at%?80at%のNi-Cr合金層を設けることにより,1000g/cmの高い密着強度を有し,かつ1種類のエッチング溶液で配線パターンを形成するものである。甲第2号証の実施例には,Niの含有率を5at%(クロム含有率が94重量%)とした例も示されており,Niの含有率を80at%(クロム含有率18重量%)とすることに限定されていない。

(5)本件発明では,「バリア層におけるクロム含有率を15?50重量%とすることにより,バリア層の溶出によるマイグレーションを抑制する」のに対し,引用発明では,「Ni-Cr合金層におけるNiが5at%?80at%(クロム含有率94?18重量%)とすることにより,1000g/cmの高い密着強度を有し,かつ1種類のエッチング溶液で形成する」点において相違する。

(6)甲第3号証及び甲第5号証には,COFにおける配線ピッチの例が記載されているが,半導体素子の出力が示されておらず,甲第4号証には,半導体素子における液晶駆動電圧の最大値は記載されているが,配線ピッチは示されておらず,いずれも電界強度は示されていない。

(7)甲第6号証の「一般的なプリント配線板の信頼性試験では3?5V程度が使用される」という記載からすると,一般的なプリント配線基板は3?5V程度(ラインピッチ20μmだと,1.5×10^(5)?2.5×10^(5)V/m)が想定されており,「複数の半導体素子接合用配線の少なくとも隣り合う二つの間において,配線間距離及び出力により定まる電界強度が3×105?2.7×106V/mとすること」は一般的ではない。

(8)甲第6号証では,具体的なイオンマイグレーションの発生メカニズムが解明できておらず,その解決手段も見出していない。甲第7号証によれば,マイグレーション発生の原因はシード層の残りであり,その解決手段としては,シード層の除去剤などで適切な処理をするだけである。いずれの証拠にも,引用発明において,「バリア層におけるクロム含有率を15?50重量%とすることにより,バリア層の溶出によるマイグレーションを抑制する」ことの動機付けとなる記載は存在しない。

(9)甲第14号証に何らかの基準が記載されていたとしても,甲第3号証スライド21の「COF用2層テープの絶縁信頼性試験結果」において,かかる基準を採用していたことにはならない。甲第14号証には,定数nについて「試験条件や試験の種類によっては0.5?2程度の値が報告されていますので,実施にあたっては定数を確認する必要があります。」と記載されており,該記載をもって,試験印加電圧が実使用印加電圧の4倍とすることが普遍化されるものではない。

(10)甲第4号証には,具体的なSOFのパッドピッチは記載されておらず,TCPとSOFは異なる構造のものとして説明されている。当業者は,特別にファインピッチ化を目的として開発された「超多ピン・ファインピッチTCP」の「パッドピッチ50μm」という構造がSOFにおいても適用されるとは理解しない。

〈証拠方法〉
乙第1号証の1:2002年12月9日付
「後半プロセスDR委員会確認書」
乙第1号証の2:2002年9月11日?2003年4月22日付
「設計DR委員会確認書」
乙第2号証:2002年12月19日付電子メール及び添付資料
乙第3号証:2002年12月20日付
「LH165MQC不良解析結果」
乙第4号証:2002年12月26日付
「基板レス液晶ドライバーLH165M××の技術依頼生産
承認願い」
乙第5号証:2003年1月6日付被請求人社内会議メモ
乙第6号証:2003年1月8日付被請求人社内会議メモ
乙第7号証:2003年1月10日付
「LH165M 85/85バイアス試験不具合に対する見
解」
乙第8号証:2003年1月12日付電子メール及び添付資料
乙第9号証:2003年1月21日付電子メール
乙第10号証:2003年1月27日付被請求人社内説明会議事録及び添
付資料
乙第11号証:2003年1月30日付電子メール
乙第12号証:2003年2月12日付
「LH165M技術依頼生産対応の件」
乙第13号証:2003年2月20日付電子メール及び添付資料
乙第14号証:2003年2月14日付電子メール及び添付資料
乙第15号証:2003年3月18日付
「材料別のリーク電流測定結果(実装応用での測定)」
乙第16号証:2003年3月18日付
「TEGによる85/85×500Hバイアス試験結果
(配線裏面腐食)」
乙第17号証:2003年4月21日付電子メール及び添付資料
乙第18号証:特開2005-67145号公報
乙第19号証:特開2006-310360号公報
乙第20号証:特開2009-283872号公報

第3 本件特許発明
本件特許の請求項1ないし請求項6に係る発明(以下,「本件発明1」ないし「本件発明6」という。)は,特許時における明細書(以下,「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の請求項1ないし請求項6に記載された事項により特定される,次のとおりのものと認める。
「【請求項1】
絶縁性を有するベースフィルム,該ベースフィルム上に形成されたニッケル-クロム合金からなり厚みが7nm以上のバリア層,および該バリア層の上に形成された銅を含んだ導電物からなると共に表面にスズメッキが施された配線層を有する半導体キャリア用フィルムと,前記配線層に接続された突起電極を有する半導体素子とを備える半導体装置であって,
前記バリア層と前記配線層とを所定パターンに形成した半導体素子接合用配線が複数あり,そのうちの少なくとも隣り合う二つの前記半導体素子接合用配線の間において,配線間距離及び出力により定まる電界強度が3×10^(5)?2.7×10^(6)V/mであり,
前記半導体素子接合用配線の配線間距離が50μm以下となる箇所を有し,
前記バリア層におけるクロム含有率を15?50重量%とすることにより,前記バリア層の溶出によるマイグレーションを抑制することを特徴とする半導体装置。
【請求項2】
前記半導体素子接合用配線の端子間ピッチが100μm以下となる箇所を有するものであることを特徴とする請求項1に記載の半導体装置。
【請求項3】
前記バリア層のクロム含有率が15?30重量%であることを特徴とする請求項1または2に記載の半導体装置。
【請求項4】
前記バリア層の厚みが10?35nmであることを特徴とする請求項1から3の何れか一項に記載の半導体装置。
【請求項5】
前記ベースフィルムの厚みが25?50μmであることを特徴とする請求項1から4の何れか一項に記載の半導体装置。
【請求項6】
請求項1から5の何れか一項に記載の半導体装置を備えたことを特徴とする液晶モジュール。」

第4 当審の判断
1.刊行物記載事項
(1)甲第2号証
原出願日よりも前に頒布された刊行物である特開平6-120630号公報(甲第2号証)には,プリント配線基板用の銅箔に関し,図面とともに次の事項が記載されている。

・「【請求項1】プリント配線基板用の銅箔において,支持基板と銅層との間に中間層としてNiが5at%?80at%のNi-Cr合金層を設けたことを特徴とするプリント配線基板用の銅箔。」
・「【0001】
【産業上の利用分野】本発明は,プリント配線基板用の銅箔に関し,更に詳しくは,配線パターンを形成するためのエッチング処理を容易に行うことが出来,支持基板に対して優れた密着性を有するプリント配線基板用の銅箔に関する。
【0002】
【従来の技術】従来,プリント配線用の銅箔を被覆するための支持基板としては,テープ自動ボンデイング(TAB)用,フレキシブルプリント配線板(FPC)用には,配線パターンと素子をハンダ付けを必要とする場合は耐熱性の要求性からポリイミド,ポリアミド等の耐熱性の高分子フィルムが,またハンダ付けを必要としない場合はポリエチレンテレフタレート,ポリエチレンナフタレート等の高分子フィルムが知られており,また,リジット配線用にはアルミナ(Al2O3),ガラスエポキシ等のセラミックが知られている。そしてこれらの支持基板に厚さ12?50μm程度の圧延銅箔或いは電解銅箔を接着剤で貼着してプリント配線基板用の銅箔とし,該銅箔に配線パターンを施していた。」
・「【0005】また,高分子フィルム,セラミック等の支持基板と,その表面に被覆せる銅層との密着性は,その界面に酸化銅(CuO,Cu2O)等の脆弱層が発生するために非常に弱く,プリント配線基板に要求される銅層との密着強度1000g/cmを維持するために通常,支持基板と銅層との間に中間層としてクロム層を設けていた。」
・「【0012】しかしながら,クロムは耐食性に優れているから銅層と同じエッチング溶液ではパターンを形成することが出来ず,塩化第2鉄と塩酸との混合液で行うようにしているので,1種類のエッチング溶液で銅箔とクロム層のエッチング処理を連続的に行えず,従って,エッチング処理が2工程となり,しかもクロム層へのエッチング処理は短時間で行わなければならないから,エッチング処理は複雑となるばかりではなく,全体のエッチング処理が長時間となるため,クロム層bへのエッチング処理時に既にエッチングされている銅層c,dの側壁にオーバーエッチングが進行して配線パターンに欠陥部が生じて断線に至るという問題がある。」
・「【0014】本発明はかかる問題点を解消し,1種類のエッチング溶液で配線パターンを形成することが出来,中間層としてクロム層を介在させた場合と同等の密着強度を有するプリント配線基板用の銅箔を提供することを目的とする。」
・「【0025】実験例
本実験例では支持基板1上へのNi-Cr合金層2,銅層3,銅層4の形成を次のように行った。
【0026】先ず,厚さ50μmのポリイミドから成る支持基板1をNi-CrカソードとCuカソードを2台有する連続巻取式スパッタ装置を備えた真空成膜室内に載置した後,該真空成膜室内を真空ポンプ等を介して真空度1×10-5Torr以下に設定し,続いて該成膜室内が5×10-3Torrとなるようにアルゴンガスを導入した。次いで,支持基板1にDCマグネトロンスパッタ法で該支持基板1上に厚さ200Åの図2示すようなNiの含有量が異なった種々のNi-Cr合金層2を形成し,続いて該Ni-Cr合金層2上に厚さ2000Åの銅層3を連続形成した後,該支持基板1を真空成膜室内より取り出した。
【0027】尚,支持基板1上に形成するNi-Cr合金層2のNiの含有量調整は,Ni-Cr合金の組成(CrへのNiドープ量)を変化させたターゲットを用いて行い,また,Ni-Cr合金層2上に形成する銅層3は99.99%の無酸素銅をターゲットとした。
【0028】続いて,該支持基板1を20wt%の硫酸銅溶液中に浸漬し,電解メッキ法で銅層3上に厚さ20μmのメッキ銅層4を形成した後,該支持基板1を電解メッキ槽より取り出し,洗浄処理を行って,中間層としてNi含有量の異なるNi-Cr合金層を有する各基板用銅箔を作成した。
【0029】作成された各基板用銅箔の銅層3,4に配線パターンを形成すべく,常法に従い,レジスト材を塗布して露光し,ラインスペース20μmのレジストパターンを形成した後,塩化第2鉄の40g/リットル,温度50℃のエッチング溶液中への浸漬によるエッチング処理,並びに洗浄処理を行って銅層3,4に所定の配線パターンを形成した。
【0030】そして,各基板用銅箔の支持基板1と銅層3,4との密着強度(g/cm)を180°反転剥離法(JPCA-FC01-4.4に準拠)により測定し,その測定結果を図2に示す。
【0031】また,配線パターンが形成された各基板用銅箔の断面形状を走査電子顕微鏡(SEM)で観察し,その模式を図3に示した。尚,図3にはNi-Cr合金層中のNi含有量が0at%,4at%,5at%並びに80at%の場合のみを示した。
【0032】図2から明らかなように,Ni-Cr合金層中のNiが1at%?80at%の範囲で,Niを全く含まないクロム層のみの場合と同等の密着強度が得られることが確認された。また,図3から明らかなように,Ni-Cr合金層中のNiが4at%の場合,Niを全く含まないクロム層の場合は,エッチング処理時に中間層であるクロム層またはNiが4at%のNi-Cr合金層がエッチングされることなくそのまま残渣として残存するが,Niが5at%,80at%のNi-Cr合金層はエッチング時に,その上に形成されている銅層と一緒に除去されて配線パターンが確実に形成出来ることが確認された。
【0033】前記の如く,本発明の中間層としてNiが5at%?80at%のNi-Cr合金層を有する銅箔は,1000g/cmの高い密着強度を有し,かつ1種類のエッチング溶液で配線パターンを確実に形成することが可能となり,プリント配線基板の配線パターン形成の際,工程の簡略化,製品の歩留まりアップ,コストの削減に大きく寄与出来る。」

図3には,Ni=0at%(従来の銅箔),Ni=4at%,Ni=5at%及びNi=80at%の4つの場合について,それぞれエッチング処理後の模式図が示されており,Ni=0at%の模式図中に記載された所要の寸法によれば,銅層の配線幅が20μmであること,また,隣り合う銅層の配線間の距離が20μmであることが看取できる。この寸法は,Ni=4at%,Ni=5at%及びNi=80at%の場合でも共通することは明らかである。
段落【0002】に「配線パターンと素子をハンダ付けを必要とする場合は耐熱性の要求性からポリイミド,ポリアミド等の耐熱性の高分子フィルムが,またハンダ付けを必要としない場合はポリエチレンテレフタレート,ポリエチレンナフタレート等の高分子フィルムが知られており」との記載があること,プリント配線基板の配線に半導体素子を接続することはプリント配線基板の代表的な使用形態の一つであることから,甲第2号証には,プリント配線基板の配線に半導体素子を接続した半導体装置の発明が実質的に記載されているといえる。
段落【0031】?【0033】に,Ni-Cr合金層におけるNiの含有率を80at%とした例,すなわちCrの含有率を20at%とした例が記載されているところ,原子数割合で表された該Crの含有率は,重量割合に変換すると,Crの原子量を52,Niの原子量を58.69として,約18重量%(=52×20/(52×20+58.69×80))である。

以上を総合すると,甲第2号証には,次の発明(以下「引用発明」という。)が記載されているといえる。
「厚さ50μmのポリイミドから成る支持基板1,支持基板1の上に形成された厚さ200Å(20nm)のNi-Cr合金層2,Ni-Cr合金層2の上に形成された銅層3,4を有するプリント配線基板を備え,Ni-Cr合金層2と銅層3,4をエッチング処理により所定の配線パターンに形成した配線に半導体素子を接続した半導体装置であって,該配線は,配線幅及び配線間距離がいずれも20μmの配線パターンであり,Ni-Cr合金層2におけるCr含有率が18重量%である半導体装置。」

(2)甲第3号証
原出願日よりも前である2003年5月20日に技術情報協会により頒布されたと認められるテキスト「セミナーテキストNO.1」(甲第3号証)には,モバイル用液晶モジュールにおけるCOF実装技術のファインピッチ/高信頼性化に関し,次の事項が記載されている。
・「LCDパネルの高精細化とドライバICパッケージの動向」のページにおいて,COFの配線ピッチが,2000年から2003年にかけて,50μm,44μm,40μm,35?30μmの順に段階的に移行している様子が示されている(スライド2)。
・「LCDドライバ用TCP/COFテープの比較」のページにおいて,ICの金バンプがPIフィルム上のインナーリードに接続された様子が描かれたCOFのパッケージ構造が示されている(スライド3)。
・「COFテープの種類と仕様例」のページにおいて,めっきの種類の欄に「無電解Snめっき」との記載がある(スライド6)。
・「COF用2層テープの絶縁信頼性試験結果」のページにおいて,「評価パターン:櫛形電極,L/S25/25μm」及び「試験条件:85℃/85%RH,DC55V印加」との記載がある(スライド21)。

(3)甲第4号証
原出願日よりも前である2002年8月に被請求人により頒布されたと認められる製品カタログ「SHARP液晶用LSI2002.8」(甲第4号証)には,次の事項が記載されている。
・第8頁に「ノートPC/PCモニタ用TFT液晶ドライバ」の概要を示す表であって,ドライブ機能,形名,出力数,液晶駆動電圧,パッケージの欄を含むものが示されており,ソースドライバ(ドット反転駆動)の機能を有する液晶ドライバの液晶駆動電圧は12V?15Vの範囲内の値,ソースドライバ(ライン反転駆動)の機能を有する液晶ドライバの液晶駆動電圧は5.5V,ゲートドライバの機能を有する液晶ドライバの液晶駆動電圧は42Vとなっている。その中で,出力数が480である形名LH168Vの液晶ドライバの液晶駆動電圧は13Vとなっている。また,パッケージの欄は,いずれも「TCP/SOF」と記載されている。
・第11頁の「液晶ドライバパッケージ技術」において,ベアチップの金バンプがフィルム上の銅配線パターンに接続された様子が描かれたSOF(System On Film)の断面構造が示されているほか,「ファインピッチ技術を駆使し,35mmテープで480出力(パッドピッチ50μm,アウターリードピッチ55μm)の超多ピン・ファインピッチTCPを開発いたしました。」との記載がある。

(4)甲第5号証
原出願日よりも前である2001年12月に(株)工業調査会により発行されたと認められる雑誌「M&E」2001年12月号(甲第5号証)には,COF実装と2層基板の技術動向に関し,次の事項が記載されている。
・第95頁の「表2 COFのロードマップ」において,2002年のインナーリードピッチの欄に「30/(20)μm」との記載がある。

(5)甲第6号証
原出願日よりも前である2003年5月15日に日本材料学会により発行されたと認められる学会誌「材料」に掲載された論文「プリント配線板の耐イオンマイグレーション性に関する研究」(甲第6号証)には,次の事項が記載されている。
・「本研究で用いた試験片の形状をFig.1に示す。電極としてはCuを用いた櫛形電極,基板としては耐熱性・耐薬品性・寸法安定性に優れフレキシビリティが高いポリイミド基板を用いている。試験片の作成手順は以下の通りである。ポリイミドフィルムにFig.1(b)に示すNi-Cr接着層をおよそ7nm程度蒸着した後,銅めっきを施し,ポリイミドと銅箔のテープを作成する。次にフォトリソグラフィによって配線パターンを形成し,エッチング処理により櫛形電極を作成する。櫛形電極の電極幅/電極間隙について,L/S=20/20,30/30,50/50(μm/μm)の3水準を用いた。」(第530頁左欄「3.1試験片作成」の項)
・「Table1は試験条件である。温度,湿度ともにIM評価試験として一般的に用いられる値であり,IPC規格にも準拠している。印加電圧について,一般的なプリント配線基板の信頼性試験では3?5V程度が使用されるが,加速のため20Vとしている。」(第531頁左欄「3.3試験条件」の項)
・「また,IMによる析出物はCuだけでなく,Niも関与している。そこで,EPMAによる面分析を行った結果をFig.8に示す。Cu電極とポリイミド基板との密着性向上のためのNi-Cr層からNiが溶出したと考えられる。過去にも,集積回路の気密封止パッケージにおいて,Niのデンドライト状析出物の確認が報告されている。一般にNiは耐IM性が良好であるとされているが,本試験結果より狭ピッチにおいてはNi-Cr層等の界面処理についても注意が必要であると考える。」(第533頁左欄「5.2成分分析」の項)
・第531頁の「Table1」には,試験条件(Test condition)として,温度(Temperature)85℃,湿度(Humidity)85%RH,電圧(Voltage)20Vが記載されている。

(6)甲第7号証
原出願日よりも前である2003年1月20日に(株)技術調査会により発行されたと認められる雑誌「エレクトロニクス実装技術」に掲載された「TAB材料の現状と今後」(甲第7号証)には,COF材の問題点に関し,次の事項が記載されている。
・「スパッタ材はエッチングだけでは銅の下のニッケルやクロムのシード層を完全に除去できないことがある。特にファインピッチになるとその部分は残りやすく,無電解すずめっき仕上げの場合,この部分からすずの異常析出が起こりやすい(図6)。またウィスカの発生もより多くなることがわかっている。このシード層の残りはマイグレーション発生の原因にもなり,電機特性上も好ましくない。よってシード層の除去剤などで適切な処理をする必要がある。なお,電解金めっき仕上げの場合もスパッタ材はシード層が溶け出し細線ではパターン剥がれを引き起こすことがあるので注意が必要である。」(第59頁右欄第16行?末行)

(7)甲第8号証
原出願日よりも前である平成12年2月29日に丸善株式会社により発行されたと認められる書籍「腐食・防食ハンドブック」(甲第8号証)には,電子材料の腐食に関し,次の事項が記載されている。
・「電子材料の腐食は,水溶液中での腐食と同様に水と酸素の存在下で電気化学的に生じる。」(第841頁右欄)
・「図6.1に電子材料に特徴的な腐食メカニズムを示す。銅,銀などではアノードで溶出した金属イオンがカソードに移行,還元,再析出し,デンドライト成長が起こる。これがメタルマイグレーションで,短絡・絶縁不良を起こす。」(第841頁右欄)
・「前述したように,電子材料の腐食は水分,塵埃,腐食性ガスが共存する環境下で進行する。したがって雰囲気からの水分や腐食性ガスの除去,および塵埃や水分の電子部品内への浸入を遮断することが有効である。さらに耐食材料を使用することにより腐食損傷を低減することが期待できる。」(第846頁右欄)

(8)甲第9号証
原出願日よりも前である平成11年9月30日に丸善株式会社により発行されたと認められる書籍「金属の百科事典」(甲第9号証)には,ニッケル-クロム合金に関し,次の事項が記載されている。
・「NiにCrを添加していくと,1電気抵抗が急増するがその温度変化は小さい,2耐酸化性・耐食性が向上する,3純Niに対する熱起電力が急増する,などの変化が起こる。」(第513頁「ニッケル-クロム合金」の項)

(9)甲第10号証
原出願日よりも前である2001年8月20日に岩波書店により発行されたと認められる書籍「岩波理化学辞典 第5版」(甲第10号証)には,次の事項が記載されている。
・「酸化,硫化などのガス反応や,電解液による電気化学的溶解作用などの腐食作用を受けにくい合金の総称。金属材料の耐食性は,材料固有の性質のほかにも雰囲気条件,表面条件,使用条件などに左右されやすい。健全な保護皮膜の形成(→不動態),均一な組織,均一な応力分布,異種材料との電気化学的接触をさけることや湿度の調節などは特に重要な事項である。耐食合金としては,鋼材ではステンレス鋼,銅合金ではCu-Ni系,Cu-Al系,アルミニウム合金ではAl-Mg系,Al-Mn系,Al-Si系など,ニッケル合金ではニクロム,モネルメタルなどがある。硫酸に対しては鉛および鉛合金がある。」(第785頁「耐食合金」の項)
・「電熱線として広く使われるニッケル合金。ニクロム線は元来は商品名。Ni80,Cr20%,およびNi60,Cr16,Fe24%が基本組成で,最高使用温度900?1200℃のものが市販されている。Ni80,Cr20%合金は,比抵抗1.08×10-4Ωcm,抵抗の温度係数1.01×10-4/Kである。高温でも酸化されにくく耐食性に富んでいるが,還元性,硫化性の高温雰囲気では脆化する。」(第992頁「ニクロム」の項)

(10)甲第11号証
原出願日よりも前に頒布された刊行物である特開平7-283525号公報(甲第11号証)には,マイグレーション防止方法に関し,次の事項が記載されている。
・「【0005】本発明は上記の問題に着目して,電子回路基板上のハンダ表面に,絶縁体で水に難溶な不動態皮膜を形成することにより,マイグレーションの発生を防ぐことを目的とする。」

(11)甲第12号証
原出願日よりも前である昭和48年8月30日に日刊工業新聞社より発行されたと認められる書籍「ステンレス鋼便覧」(甲第12号証)には,鉄の不動態の合金成分添加による変化に関し,次の事項が記載されている。
・「FeにCrを添加するとその合金の不動態になりやすさ,あるいは不動態の安定さなどがどう変わるかは,Cr%の異なる合金のアノード分極曲線を比較すればよい。すなわち図3.2に見られるように,Cr%が増すとともに不動態化電位Epは低く,不動態化電流icは少なく,不動態は起こりやすくなっていて,酸化性のさほど強くない環境中でも不動態化することがわかる。・・・(中略)・・・中性からpH=0くらいまでの多くの環境中ではCr12?14%以上で自己不動態化するようになる。」(第202頁下から14?3行)
・「これに対してNiは不動態化する電位はFeと似たようなものであるが,山の高さはFeの10分の1以下で不動態化しやすい。FeやNiと比べてCrは不動態化電位ははるかに低く,山も低いのであるから弱い酸化力でも容易に不動態化するうえに,不動態になってからの保持電流もFeやNiの数百分の一で,きわめて安定な不動態を生ずる。FeにCrを13%以上添加した合金は純Crほどではないが,Feに比べて不動態化電位ははるかに低く,また保持電流も小さくなること,またCrを18%に増せばさらにその程度が大きくなることはすでに述べた(図3.2参照)」(第204頁下から11?5行)

(12)甲第13号証
原出願日よりも前である昭和41年9月30日に(株)地人書館により発行されたと認められる書籍「非鉄材料の選定と加工」(甲第13号証)には,Ni-Cr合金の比抵抗に関し,次の事項が記載されている。
・282頁の図5.17には,横軸にCr%,縦軸に比抵抗をとったNi-Cr合金の比抵抗曲線が記載されており,Crが約30%のときに比抵抗が最大となることが看取できるほか,Crが15?50%の範囲での比抵抗はCrが7%のときの比抵抗よりも大きいことが看取できる。

(13)甲第14号証
原出願日よりも前である1996年12月に回路実装学会((社)プリント回路学会)により発行されたと認められる信頼性解析技術委員会絶縁信頼性評価研究会技術報告「イオンマイグレーションの試験方法ノウハウ集」(甲第14号証)には,加速試験に関し,次の事項が記載されている。
・「電圧加速係数は一般的に,Av=(試験印加電圧/実使用印加電圧)n m:定数 で表すことができます。ガラスエポキシ樹脂のプリント配線板で,実使用印加電圧:5V 試験印加電圧:20V の場合,電圧加速係数(Av)はAv=(20V/5V)1≒4倍 ガラスエポキシ樹脂の場合は表面,内層いずれもn≒1が得られています。しかし,試験条件や試料の種類によっては0.5?2程度の値が報告されていますので,実施にあたっては定数を確認する必要があります。」(第59頁「電圧加速」の項)
・「たとえば,銅導体を使用して 実使用環境温度:t1=50℃ 試験温度:t2=60℃ の場合」(第59頁「温度加速」の項)
・「ガラスエポキシ樹脂のプリント配線板で1)式を適用した場合,実使用環境湿度:H1=50% 試験湿度:H2=85%」(第60頁「湿度加速」の項)

2.対比・判断
(1)本件発明1について
本件発明1と引用発明を対比する。
引用発明の「支持基板1」,「Ni-Cr合金層2」,「銅層3,4」,「プリント配線基板」は,それぞれ本件発明1の「ベースフィルム」,「バリア層」,「配線層」,「半導体キャリア用フィルム」に相当する。
引用発明の配線基板1が絶縁性を有することは明らかである。
引用発明のNi-Cr合金層2は,厚さが20nmであって,本件発明1のバリア層の厚みの数値範囲(7nm以上)に含まれ,また,Cr含有率は18重量%であって,本件発明1のバリア層におけるクロム含有率の数値範囲(15?50重量%)に含まれる。
引用発明の配線は,配線間距離が20μmの配線パターンであるから,引用発明は,本件発明1における「半導体素子接合用配線の配線間距離が50μm以下となる箇所を有し」との要件を備える。
したがって,本件発明1と引用発明は,本件発明1の表記にしたがえば,
「絶縁性を有するベースフィルム,該ベースフィルム上に形成されたニッケル-クロム合金からなり厚みが7nm以上のバリア層,および該バリア層の上に形成された銅を含んだ導電物からなる配線層を有する半導体キャリア用フィルムと,前記配線層に接続された半導体素子とを備える半導体装置であって,前記バリア層と前記配線層とを所定パターンに形成した半導体素子接合用配線が複数あり,前記半導体素子接合用配線の配線間距離が50μm以下となる箇所を有し,前記バリア層におけるクロム含有率を15?50重量%とする半導体装置。」の点で一致し,次の点で相違する。

[相違点1]
本件発明1は,配線層の表面にスズメッキが施されるのに対して,引用発明は,銅層3,4の表面にスズメッキが施されていない点。
[相違点2]
本件発明1は,半導体素子が配線層に接続された突起電極を有するのに対して,引用発明は,半導体素子が銅層3,4に接続される突起電極を有するか否か不明である点。
[相違点3]
本件発明1は,隣り合う二つの半導体素子接合用配線の間において,配線間距離及び出力により定まる電界強度が3×105?2.7×106V/mであるのに対して,引用発明は,隣り合う二つの配線の間における電界強度が不明である点。
[相違点4]
本件発明1は,バリア層におけるクロム含有率を15?50重量%とすることにより,バリア層の溶出によるマイグレーションを抑制するものであるのに対して,引用発明は,Ni-Cr合金層2におけるCr含有率は18重量%であるが,バリア層の溶出によるマイグレーションを抑制するものであるか否か不明である点。

相違点1について検討する。
半導体キャリア用フィルムであるCOF(Cip On Film)において,フィルムに形成される配線層の表面にスズメッキを施すことは,甲第3号証や甲第7号証に示されるように,原出願日よりも前から周知であり,相違点1に係る本件発明1の構成は,引用発明に単にこの周知技術を適用したに過ぎないものである。

相違点2について検討する。
甲第3号証には,ICを金バンプを介してPIフィルム(ポリイミドフィルム)上のインナーリードに接続したものが記載されている。この「IC」,「金バンプ」,「インナーリード」は,それぞれ本件発明1の「半導体素子」,「突起電極」,「配線層」に相当する。
甲第4号証には,ベアチップの金バンプがフィルム上の銅配線パターンに接続されたSOF(System On Film)が記載されている。SOFは,COFと同等の技術であり,甲第4号証の「ベアチップ」,「金バンプ」,「銅配線パターン」は,それぞれ本件発明1の「半導体素子」,「突起電極」,「配線層」に相当する。
上記のとおり,半導体キャリア用フィルムであるCOFにおいて,半導体素子を突起電極を介してフィルムに形成された配線層に接続することは,甲第3号証や甲第4号証に示されるように,原出願日よりも前から周知であり,相違点2に係る本件発明1の構成は,引用発明に単にこの周知技術を適用したに過ぎないものである。

相違点3について検討する。
甲第4号証には,携帯電話やPC(パソコン)に用いられる液晶ドライバの液晶駆動電圧の具体的数値が形名毎に記載されており,ノートPC/PCモニタ用TFT液晶ドライバについては,ソースドライバ(ドット反転駆動)の機能を有する液晶ドライバの液晶駆動電圧は12V?15Vの範囲の値となっている。少なくとも液晶ドライバにおいて,12?15V程度の駆動電圧を使用することは,原出願日よりも前から周知であることが窺える。
引用発明の半導体装置は,液晶ドライバを含む様々な用途に適用可能なものであり,その駆動電圧を,上記12?15Vとした場合は,配線間距離20μmと駆動電圧(出力)により定まる電界強度は6×105?7.5×105V/mであって,本件発明1の電界強度の数値範囲に含まれる。そうしてみると,相違点3は,引用発明が通常の仕様・環境の下で使用され得る技術事項に過ぎないものというべきである。
なお,半導体キャリア用フィルムであるCOFにおいて,配線間距離及び出力により定まる電界強度が3×105?2.7×106V/mの範囲の値となるように選択すること自体も周知技術といえる。すなわち,甲第4号証には,出力数が480である形名LH168Vの液晶ドライバの液晶駆動電圧が13Vであること,同形名の液晶ドライバのパッケージ構造はTCP(Tape Carrier Package)とSOFの両方があること(「TCP/SOF」)について記載されており,また,「ファインピッチ技術を駆使し,35mmテープで480出力(パッドピッチ50μm,アウターリードピッチ55μm)の超多ピン・ファインピッチTCPを開発いたしました。」との記載がある。ここで,パッドピッチ50μmは配線間距離25μmに相当するから,甲第4号証には,COFと同等のSOFにおいて,液晶駆動電圧を13Vとし,かつ,配線間距離を25μmとする例が記載されているということができる。この配線間距離と駆動電圧(出力)により定まる電界強度は5.2×105V/mであって,本件発明1の電界強度の数値範囲に含まれる。

相違点4について検討する。
本件明細書に「図3で示されるように,バリア層の表面抵抗率および体積抵抗率は,クロム含有率が30重量%において極大値を示す。ここで,クロム含有率は15?55重量%が望ましい。これにより,表面抵抗率が30Ω/□以上となり,従来の7重量%のときに比べ,1.3倍以上となる。このように,表面抵抗率および体積抵抗率が増大すると,バリア層2に流れる電流が小さくなるので,配線層3の銅と侵入した水分中の不純物との化学反応が抑制される。これにより,銅の腐食や銅イオンの溶出を抑制することができるため,マイグレーションの発生を抑制することができる。」(段落【0038】)との記載があることから理解されるように,マイグレーションの抑制に必要な構成は,ニッケル-クロム合金層からなるバリア層のクロム含有率を15?50重量%として,該バリア層の表面抵抗率および体積抵抗率を所望の範囲とすることである。そうしてみると,引用発明のNi-Cr合金層2におけるCr含有率は18重量%であって本件発明1の数値範囲に入るから,バリア層の溶出によるマイグレーションを抑制するという効果をもつ点において,本件発明1と異なるところはない。したがって,相違点4は実質的な相違点とはいえない。
以上のことから,本件発明1は,引用発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

(2)本件発明2について
引用発明の配線は,配線幅及び配線間距離がいずれも20μmの配線パターンであり,配線の端子間ピッチは40μmであるから,引用発明は,本件発明2における「半導体素子接合用配線の端子間ピッチが100μm以下となる箇所を有する」との要件を備える。
したがって,本件発明2と引用発明との相違点は,本件発明1と引用発明との相違点と同じであり,前記(1)に記載したのと同じ理由で,本件発明2は,引用発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

(3)本件発明3について
引用発明は,Ni-Cr合金層2におけるCr含有率が18重量%であるから,本件発明3における「バリア層のクロム含有率が15?30重量%である」に該当する。
したがって,本件発明3と引用発明との相違点は,本件発明1と引用発明との相違点と同じであるから,前記(1)に記載したのと同じ理由で,本件発明3は,引用発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

(4)本件発明4について
引用発明は,Ni-Cr合金層2の厚さが20nmであるから,本件発明4における「バリア層の厚みが10?35nmである」に該当する。
したがって,本件発明4と引用発明との相違点は,本件発明1と引用発明との相違点と同じであるから,前記(1)に記載したのと同じ理由で,本件発明4は,引用発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

(5)本件発明5について
引用発明は,支持基板1の厚さが50μmであるから,本件発明5における「ベースフィルムの厚みが25?50μmである」に該当する。
したがって,本件発明5と引用発明との相違点は,本件発明1と引用発明との相違点と同じであるから,前記(1)に記載したのと同じ理由で,本件発明5は,引用発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

(6)本件発明6について
本件発明6と引用発明を対比すると,両者は,前記相違点1ないし相違点4で相違するほか,以下の点で相違する。
[相違点5]
本件発明6は,半導体装置を備えた液晶モジュールであるのに対して,引用発明の半導体装置は,その用途が特定されていない点。
しかし,引用発明の半導体装置を液晶ドライバとして使用することは,単なる用途の限定に過ぎない。
したがって,前記(1)に記載した理由と併せると,本件発明6は,引用発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

3.小括
本件発明1ないし本件発明6は,引用発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

第5 むすび
以上のとおり,本件発明1ないし本件発明6は,いずれも,特許法第29条第2項の規定に違反して特許されたものであり,その特許は,特許法第123条第1項第2号に該当し,無効とすべきものである。
そして,審判に関する費用については,特許法第162条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により,被請求人が負担すべきものである。
よって,結論のとおり審決する。
平成24年 9月19日
審判長 特許庁審判官 千馬 隆之
特許庁審判官 杉浦 貴之
特許庁審判官 小関 峰夫
 
審理終結日 2014-06-10 
結審通知日 2014-06-13 
審決日 2014-06-26 
出願番号 特願2007-79881(P2007-79881)
審決分類 P 1 113・ 121- Y (H01L)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 池渕 立  
特許庁審判長 鈴木 匡明
特許庁審判官 西脇 博志
加藤 浩一
登録日 2010-07-16 
登録番号 特許第4550080号(P4550080)
発明の名称 半導体装置および液晶モジュール  
代理人 永島 孝明  
代理人 磯田 志郎  
代理人 杉山 公一  
代理人 小池 隆彌  
代理人 安國 忠彦  
代理人 原 謙三  
代理人 舟橋 定之  
代理人 伊東 忠彦  
代理人 内田 俊生  
代理人 福井 清  
代理人 大貫 進介  
代理人 伊東 忠重  
代理人 山口 昭則  

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