• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

この審決には、下記の判例・審決が関連していると思われます。
審判番号(事件番号) データベース 権利
無効2015800039 審決 特許

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 一部無効 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  A23L
審判 一部無効 2項進歩性  A23L
審判 一部無効 1項3号刊行物記載  A23L
管理番号 1295130
審判番号 無効2013-800095  
総通号数 182 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2015-02-27 
種別 無効の審決 
審判請求日 2013-05-27 
確定日 2014-10-20 
訂正明細書 有 
事件の表示 上記当事者間の特許第4913410号発明「グリシンを含有する食品およびその用途」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 請求のとおり訂正を認める。 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯

本件特許第4913410号に係る出願は,平成16年12月24日(優先権主張2004年1月14日,同年5月28日,日本国)を国際出願日とする出願であって,本件無効審判の手続経緯は以下のとおりである。

平成24年 1月27日 特許権の設定登録
平成25年 5月27日 審判請求書,並びに甲第1号証から甲第9号証,
及び甲第2号証の翻訳
平成25年 8月14日 訂正請求書(1回目),並びに答弁書,
及び乙第1号証から乙第9号証
平成25年 8月26日 手続補正書(方式)(請求人),
及び甲第1号証,甲第3号証から甲第6号証,
甲第9号証の翻訳
平成25年 9月19日 手続補正書(方式)(被請求人),
及び乙第3号証から乙第5号証,乙第7号証,
乙第8号証の翻訳
平成25年10月18日 弁駁書(1回目),
並びに甲第10号証から甲第12号証,
甲第5号証その2,及び甲第10号証の翻訳文
平成25年10月21日 上申書(被請求人),
及び乙第10号証から乙第11号証
平成25年12月 9日 審理事項通知書
平成26年 1月27日 口頭審理陳述要領書(請求人),
及び甲第13号証
平成26年 1月30日 口頭審理陳述要領書(被請求人),
及び乙第12号証から乙第13号証
平成26年 2月13日 口頭審理
平成26年 2月13日 上申書(請求人),
及び甲第14号証から甲第16号証
平成26年 2月21日 上申書(請求人),
及び甲第17号証から甲第18号証
平成26年 2月24日 上申書(被請求人)
平成26年 3月19日 審決の予告
平成26年 5月23日 訂正請求書(2回目)
平成26年 6月30日 弁駁書(2回目),
及び甲第19号証から甲第20号証


第2 訂正の適否

本件特許の訂正について,平成25年8月14日付け訂正請求書(1回目)及び平成26年5月23日付け訂正請求書(2回目)が提出されているが,「訂正の請求がされた場合において,その審判事件において先にした訂正の請求があるときは,当該先の請求は,取り下げられたものとみなす」(特許法第134条の2第6項)と規定されているから,訂正請求書(2回目)における訂正の請求のみを検討の対象とする。

1 訂正事項
被請求人が求めている訂正(以下,「本件訂正」という。)は,特許第4913410号の明細書,特許請求の範囲(以下,「特許明細書」という。)を,平成26年5月23日付けで提出された訂正請求書に添付された訂正明細書,訂正特許請求の範囲(以下,「訂正明細書」という。)のとおり,一群の請求項ごとに訂正することであり,訂正事項は,以下の訂正事項1ないし8のとおりである。
なお,下線は訂正箇所を示す。

(1)請求項1,3?5からなる一群の請求項に係る訂正
(1-1)訂正事項1
特許明細書の請求項1に「1食当たりの単位包装形態からなり,該単位中に,グリシンを1食摂取量として0.5g以上含有する熟眠障害改善剤。」とあるのを,
「1食当たりの単位包装形態からなり,該単位中に,グリシンを有効成分として,1食摂取量として0.5g以上含有する,徐波睡眠への移行誘発剤。」に訂正する(下線は訂正箇所を示す。)。

(1-2)訂正事項2
特許明細書の請求項3に「請求項1または2に記載の熟眠障害改善剤。」とあるのを,
「請求項1に記載の徐波睡眠への移行誘発剤。」と訂正する。

(1-3)訂正事項3
特許明細書の請求項4に「請求項3に記載の熟眠障害改善剤。」とあるのを,
「請求項3に記載の徐波睡眠への移行誘発剤。」と訂正する。

(1-4)訂正事項4
特許明細書の請求項5に「請求項1?4のいずれか1項に記載の熟眠障害改善剤。」とあるのを,
「請求項1,3,4のいずれか1項に記載の徐波睡眠への移行誘発剤。」と訂正する。

(2)請求項2?5からなる一群の請求項に係る訂正
(2-1)訂正事項5
特許明細書の請求項2に「さらに,グリシン以外のアミノ酸または加水分解によりグリシン以外のアミノ酸になり得る物質を,グリシン以外のアミノ酸換算で1食摂取量当たり5g以下含有する,請求項1に記載の熟眠障害改善剤。」とあるのを,
「1食当たりの単位包装形態からなり,該単位中に,グリシンを有効成分として,1食摂取量として0.5g以上含有し,さらに,グリシン以外のアミノ酸または加水分解によりグリシン以外のアミノ酸になり得る物質を,グリシン以外のアミノ酸換算で1食摂取量当たり5g以下含有する,熟眠障害改善剤。」と訂正する。

(2-2)訂正事項6
特許明細書の請求項3に「請求項1または2に記載の熟眠障害改善剤。」とあるのを,
「請求項2に記載の熟眠障害改善剤。」と訂正し,請求項6とする。

(2-3)訂正事項7
特許明細書の請求項4に「請求項3に記載の熟眠障害改善剤。」とあるのを,
「請求項6に記載の熟眠障害改善剤。」と訂正し,請求項7とする。

(2-4)訂正事項8
特許明細書の請求項5に「請求項1?4のいずれか1項に記載の熟眠障害改善剤。」とあるのを,
「請求項2,6,7のいずれか1項に記載の熟眠障害改善剤。」と訂正し,請求項8とする。

2 訂正の目的の適否,新規事項追加の有無,特許請求の範囲の実質上の拡張又は変更の存否,及び独立特許要件

(1)訂正事項1
ア 訂正の目的について
訂正事項1は,特許明細書の請求項1に「1食当たりの単位包装形態からなり,該単位中に,グリシンを1食摂取量として0.5g以上含有する熟眠障害改善剤。」とあるのを,「1食当たりの単位包装形態からなり,該単位中に,グリシンを有効成分として,1食摂取量として0.5g以上含有する,徐波睡眠への移行誘発剤。」に訂正するものであって,訂正前の発明では,熟眠障害改善剤において,「グリシンを1食摂取量として0.5g以上含有する」ことは特定されているものの,徐波睡眠への移行誘発剤において,グリシンが有効成分であることについての特定はない。
特許明細書の段落【0026】には,「ここで,「熟眠障害」とは,起床時に熟眠に対する満足感が無い,または,睡眠不足感を感じる状態,あるいは,適切な睡眠によって期待される様々な状態についての満足感が感じられない状態をいう。例えば,睡眠が浅い場合や,入眠後に深い眠りとされる徐波睡眠に移行しにくい場合や,睡眠が中断されたり,期待する時間に起床できない場合や,睡眠時間が不足する場合があげられ,また睡眠の環境が不適切な場合,精神的あるいは身体的ストレスがある場合,就寝前にカフェインなど覚醒作用を持つ成分を摂取した場合,過度に飲酒した場合,さらに不規則な睡眠周期や生体リズムの乱れがある場合,その他,時差のある環境においても起こりやすいとされる。・・・なお,いわゆる「睡眠障害」や「不眠症」とよばれる概念も,上述の「熟眠障害」という概念に含まれる。」との記載がある。
当該明細書の記載に基づいて,「徐波睡眠への移行」誘発が,上位概念である「熟眠障害改善」に包含される下位概念の一つであることが理解される。
また,段落【0028】には,「現代の生活は,精神的なストレスなどにより交感神経優位になりやすいと言われているが,グリシンはこれと対照的に作用する副交感神経を優位に作用させることにより,徐波睡眠(深い眠り)への移行を誘発したり,睡眠中の眠りの質を向上させたり,睡眠中の内臓の活動を適切に調節したり,自然な眠りを助長するものと考えられる。このような睡眠に関する用途でグリシンを摂取する場合,就寝前に摂取することが最も適当である。」と記載されている上,段落【0059】?【0067】には,実験例10,及び実験例11として,グリシンの摂取により,徐波睡眠に入るまでの時間が短縮され,入眠初期の徐波睡眠が延長されることが開示されていることから,グリシンが「徐波睡眠への移行誘発」の有効成分であることは明白である。
したがって,訂正事項1は,「熟眠障害改善」を,その下位概念である「徐波睡眠への移行誘発」とし,また,グリシンがその有効成分であることを明示することで,特許請求の範囲を減縮しようとするものであるから,訂正事項1は,特許法第134条の2第1項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

イ 新規事項追加の有無,及び特許請求の範囲の実質上の拡張又は変更の存否
グリシンの「徐波睡眠への移行誘発」作用が明細書に裏付けられており,かつ,「熟眠障害改善」の下位概念としての「徐波睡眠への移行誘発」が明細書の記載から明確に把握されることは,上記「ア」のとおりである。
したがって,訂正事項1は,グリシンの用途である「徐波睡眠への移行誘発」剤において,グリシンが有効成分として含有されることを明示するものであり,新規事項を追加するものではなく,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものでもない。

ウ 請求人の主張について
なお,請求人は,平成26年6月30日提出の弁駁書(2回目)において,訂正事項1が,特許法134条の2第1項1号に規定する特許請求の載囲の減縮を目的とするものではないと主張しているので,念のため以下に検討する。
請求人は,本件訂正明細書において「「熟眠障害」とは,「『睡眠障害』や『不眠症』の上位概念」として定義されているとこところ,熟眠障害改善とは睡眠障害や不眠症の改善を意味することになるが,この概念の中に徐波睡眠への移行誘発がかならずしも含まれる関係とはいえず」,「上位概念から下位概念への変更には該当しない」と主張しているが,上記した特許明細書段落【0026】の記載にもかかわらず,徐波睡眠への移行誘発が,熟眠障害改善に含まれないとする根拠がない。
また,「訂正前は効果(熟眠障害改善)により発明を特定していたが,この訂正により,作用(徐波睡眠への移行誘発)により発明を特定することになり,発明特定事項の入れ替えないし,発明の対象の変更がされたといえる。」とも主張しているが,熟眠障害改善と徐波睡眠への移行誘発はいずれも,作用であって効果でもあるから,特許請求の範囲を変更するものとはいえない。

エ まとめ
上記ア?ウから,訂正事項1は,特許請求の範囲の減縮を目的としたものであり,特許明細書に記載した事項の範囲内においてなされたもので,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更する訂正でもない。

(2)訂正事項2
ア 訂正の目的について
訂正事項2は,特許明細書の請求項3に「請求項1または2に記載の熟眠障害改善剤。」とあるのを,「請求項1に記載の徐波睡眠への移行誘発剤。」と訂正するものである。
この訂正は,請求項3が請求項1または2の記載を引用する記載であったものを,請求項2を引用しないものとして,請求項1の記載にあわせ,請求項1のみを引用するものとするための訂正であって,特許法第134条の2第1項ただし書き第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

イ 新規事項追加の有無,及び特許請求の範囲の実質上の拡張又は変更の存否
請求項1の記載にあわせ,請求項1のみを引用するものとなったため,訂正事項1と同様,新規事項の追加に該当せず,実質上特許請求の範囲を拡張,変更するものでもない。

ウ 独立特許要件
この訂正の対象である特許明細書の請求項3は,特許無効審判の請求がされていない請求項であり,その訂正については,特許法第134条の2第9項において読み替えて準用する同法第126条第7項の規定が適用されるところ,下記「第7」に記載するように,訂正明細書の請求項1に係る発明(訂正発明1)に対する無効理由に理由がないことから,訂正発明1を限定する訂正明細書の請求項3に記載された事項により特定される発明が,特許出願の際独立して特許を受けることができないものであるということはできない。

エ まとめ
上記ア?ウから,訂正事項2は,特許請求の範囲の減縮を目的としたものであり,特許明細書に記載した事項の範囲内においてなされたもので,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更する訂正でもない。

(3)訂正事項3
ア 訂正の目的について
訂正事項3は,特許明細書の請求項4に「請求項3に記載の熟眠障害改善剤。」とあるのを,「請求項3に記載の徐波睡眠への移行誘発剤。」と訂正するものである。
この訂正は,請求項4が引用する請求項3が,請求項1または2の記載を引用する記載であったものを,請求項2を引用しないものとして,請求項1の記載にあわせ,請求項1のみを引用するものとするための訂正(訂正事項2)に伴い,同じく請求項1の記載にあわせるものであって,特許法第134条の2第1項ただし書き第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

イ 新規事項追加の有無,及び特許請求の範囲の実質上の拡張又は変更の存否
請求項1の記載にあわせ,請求項1のみを引用する,請求項3を引用するものとなったため,訂正事項2と同様,新規事項の追加に該当せず,実質上特許請求の範囲を拡張,変更するものでもない。

ウ 独立特許要件
この訂正の対象である特許明細書の請求項4は,特許無効審判の請求がされていない請求項であり,その訂正については,特許法第134条の2第9項において読み替えて準用する同法第126条第7項の規定が適用されるところ,下記「第7」に記載するように,訂正明細書の請求項1に係る発明(訂正発明1)に対する無効理由に理由がないことから,訂正発明1を限定する訂正明細書の請求項4に記載された事項により特定される発明が,特許出願の際独立して特許を受けることができないものであるということはできない。

エ まとめ
上記ア?ウから,訂正事項3は,特許請求の範囲の減縮を目的としたものであり,特許明細書に記載した事項の範囲内においてなされたもので,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更する訂正でもない。

(4)訂正事項4
ア 訂正の目的について
訂正事項4は,特許明細書の請求項5に「請求項1?4のいずれか1項に記載の熟眠障害改善剤。」とあるのを,「請求項1,3,4のいずれか1項に記載の徐波睡眠への移行誘発剤。」と訂正するものである。
この訂正は,請求項5が請求項1?4いずれか1項の記載を引用する記載であったものを,請求項2を引用しないものとして,請求項1,3,4の記載にあわせ,請求項1,3,4のみを引用するものとするための訂正であって,特許法第134条の2第1項ただし書き第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

イ 新規事項追加の有無,及び特許請求の範囲の実質上の拡張又は変更の存否
請求項1,3,4の記載にあわせ,請求項1,3,4のみを引用するものとなったため,訂正事項1ないし訂正事項3と同様,新規事項の追加に該当せず,実質上特許請求の範囲を拡張,変更するものでもない。

ウ 独立特許要件
この訂正の対象である特許明細書の請求項5は,特許無効審判の請求がされていない請求項であり,その訂正については,特許法第134条の2第9項において読み替えて準用する同法第126条第7項の規定が適用されるところ,下記「第7」に記載するように,訂正明細書の請求項1に係る発明(訂正発明1)に対する無効理由に理由がないことから,訂正発明1を限定する訂正明細書の請求項5に記載された事項により特定される発明が,特許出願の際独立して特許を受けることができないものであるということはできない。

エ まとめ
上記ア?ウから,訂正事項4は,特許請求の範囲の減縮を目的としたものであり,特許明細書に記載した事項の範囲内においてなされたもので,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更する訂正でもない。

(5)訂正事項5
ア 訂正の目的について
訂正事項5は,特許明細書の請求項2に「さらに,グリシン以外のアミノ酸または加水分解によりグリシン以外のアミノ酸になり得る物質を,グリシン以外のアミノ酸換算で1食摂取量当たり5g以下含有する,請求項1に記載の熟眠障害改善剤。」とあるのを,「1食当たりの単位包装形態からなり,該単位中に,グリシンを有効成分として,1食摂取量として0.5g以上含有し,さらに,グリシン以外のアミノ酸または加水分解によりグリシン以外のアミノ酸になり得る物質を,グリシン以外のアミノ酸換算で1食摂取量当たり5g以下含有する,熟眠障害改善剤。」と訂正するものである。
この訂正は,請求項2が請求項1を引用する記載であったものを,請求項1を引用しないものとするための訂正であって,特許法第134条の2第1項ただし書き第4号に規定する「他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすること。」を目的とするものである。
また,請求項1を引用しないものとするために追加した,特許明細書の請求項1に記載されていた部分について,特許明細書の請求項1には「1食当たりの単位包装形態からなり,該単位中に,グリシンを1食摂取量として0.5g以上含有する」とあるのを,「1食当たりの単位包装形態からなり,該単位中に,グリシンを有効成分として,1食摂取量として0.5g以上含有し」に訂正するものである。訂正前の発明では,熟眠障害改善剤において,「グリシンを1食摂取量として0.5g以上含有する」ことは特定されているものの,グリシンが有効成分であることについての明示はない。
これに対して,訂正後の発明では,「グリシンを有効成分として,1食摂取量として0.5g以上含有する」ことを明示しており,この訂正は,明瞭でない記載の釈明を目的とするものにも該当する。

イ 新規事項追加の有無,及び特許請求の範囲の実質上の拡張又は変更の存否
特許明細書の段落【0005】には,「本発明の本質は,グリシンの新規用途と,その用途に適した食品である。」との記載があり,同段落【0019】には,「次にグリシンの新規用途に係る発明について説明する。本発明の新規用途とは,食品香料,中途覚醒・早朝覚醒抑制食品,熟眠障害改善食品,便通改善食品としての用途である。」と記載されている。
したがって,訂正事項5は,グリシンの新規用途である「熟眠障害改善」剤において,グリシンが有効成分として含有されることを明示するものであり,新規事項を追加するものではなく,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものでもない。

ウ まとめ
上記ア?イから,訂正事項5は,「他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすること。」と,明瞭でない記載の釈明を,目的とするものであり,特許明細書に記載した事項の範囲内においてなされたもので,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更する訂正でもない。

(6)訂正事項6
訂正事項6は,特許明細書の請求項3に「請求項1または2に記載の熟眠障害改善剤。」とあるのを,「請求項2に記載の熟眠障害改善剤。」と訂正し,請求項6とするものである。
この訂正は,請求項3が請求項1または2の記載を引用する記載であったものを,請求項1を引用しないものとするための訂正であって,特許法第134条の2第1項ただし書き第4号に規定する「他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすること。」を目的とするものである。

イ 新規事項追加の有無,及び特許請求の範囲の実質上の拡張又は変更の存否
請求項2のみを引用するものとなったため,訂正事項5と同様,新規事項の追加に該当せず,実質上特許請求の範囲を拡張,変更するものでもない。

ウ まとめ
上記ア?イから,訂正事項6は,「他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすること。」を目的としたものであり,特許明細書に記載した事項の範囲内においてなされたもので,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更する訂正でもない。

(7)訂正事項7
ア 訂正の目的について
訂正事項7は,特許明細書の請求項4に「請求項3に記載の熟眠障害改善剤。」とあるのを,「請求項6に記載の熟眠障害改善剤。」と訂正し,請求項7とするものである。
この訂正は,請求項4が引用する請求項3が,請求項1または2の記載を引用する記載であったものを,請求項1を引用しないものとするための訂正(訂正事項6)に伴うものであって,特許法第134条の2第1項ただし書き第4号に規定する「他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすること。」を目的とするものである。

イ 新規事項追加の有無,及び特許請求の範囲の実質上の拡張又は変更の存否
請求項2のみを引用する請求項6を引用するものとなったため,訂正事項6と同様,新規事項の追加に該当せず,実質上特許請求の範囲を拡張,変更するものでもない。

ウ まとめ
上記ア?イから,訂正事項7は,「他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすること。」を目的としたものであり,特許明細書に記載した事項の範囲内においてなされたもので,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更する訂正でもない。

(8)訂正事項8
ア 訂正の目的について
訂正事項8は,特許明細書の請求項5に「請求項1?4のいずれか1項に記載の熟眠障害改善剤。」とあるのを,「請求項2,6,7のいずれか1項に記載の熟眠障害改善剤。」と訂正し,請求項8とするものである。
この訂正は,請求項5が請求項1?4いずれか1項の記載を引用する記載であったものを,請求項1を引用しないものとして,請求項2と,請求項2のみを引用する請求項6,7を引用するものとするための訂正であって,特許法第134条の2第1項ただし書き第4号に規定する「他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすること。」を目的とするものである。

イ 新規事項追加の有無,及び特許請求の範囲の実質上の拡張又は変更の存否
請求項2と,請求項2のみを引用する請求項6,7を引用するものとなったため,訂正事項5ないし訂正事項7と同様,新規事項の追加に該当せず,実質上特許請求の範囲を拡張,変更するものでもない。

ウ まとめ
上記ア?イから,訂正事項8は,「他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすること。」を目的としたものであり,特許明細書に記載した事項の範囲内においてなされたもので,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更する訂正でもない。

3 訂正請求に対する結論

以上のとおり,本件訂正は,特許法第134条の2第1項ただし書第1号,及び第4号に掲げる事項を目的とするものであり,同法同条第9項により準用する同法第126条第5項ないし7項の規定を満たすものである。

よって,本件訂正を認める。


第3 本件訂正発明

以上のとおりであるから,本件請求項1ないし8に係る発明(以下,それぞれ「訂正発明1」ないし「訂正発明8」という。)は,訂正明細書又は図面の記載からみて,その特許請求の範囲の請求項1ないし8に記載された事項により特定されるとおりの以下のものであると認める。

【請求項1】
1食当たりの単位包装形態からなり,該単位中に,グリシンを有効成分として,1食摂取量として0.5g以上含有する,徐波睡眠への移行誘発剤。

【請求項2】
1食当たりの単位包装形態からなり,該単位中に,グリシンを有効成分として,1食摂取量として0.5g以上含有し,さらに,グリシン以外のアミノ酸または加水分解によりグリシン以外のアミノ酸になり得る物質を,グリシン以外のアミノ酸換算で1食摂取量当たり5g以下含有する,熟眠障害改善剤。

【請求項3】
さらに,賦形剤,矯味剤及び香料から選ばれる少なくとも1種の添加物を含む,請求項1に記載の徐波睡眠への移行誘発剤。

【請求項4】
前記矯味剤がクエン酸である,請求項3に記載の徐波睡眠への移行誘発剤。

【請求項5】
液状である,請求項1,3,4のいずれか1項に記載の徐波睡眠への移行誘発剤。

【請求項6】
さらに,賦形剤,矯味剤及び香料から選ばれる少なくとも1種の添加物を含む,請求項2に記載の熟眠障害改善剤。

【請求項7】
前記矯味剤がクエン酸である,請求項6に記載の熟眠障害改善剤。

【請求項8】
液状である,請求項2,6,7のいずれか1項に記載の熟眠障害改善剤。


第4 請求人の主張の概要

1 審決予告前
請求人は,「特許第4913410号発明の特許請求の範囲の請求項1及び2に係る発明についての特許を無効とする。審判費用は被請求人の負担とする。」との審決を求め,甲第1ないし9号証を添付して審判請求書を提出し,平成25年8月26日付け手続補正書(方式),及び甲第1,3ないし6,9号証の翻訳文を提出し,甲第10ないし12号証,甲第5号証その2を添付して平成25年10月18日付け弁駁書を提出し,甲第13号証を添付して平成26年1月27日付け口頭審理陳述要領書を提出し,甲第14ないし16号証を添付して平成26年2月13日付け上申書を提出し,甲第17ないし18号証を添付して平成26年2月21日付け上申書を提出して,以下の無効理由1?15により,本件特許は,特許法第123条第1項第2号及び第4号に該当し,無効とすべきものであると主張していた。

(無効理由1)
訂正発明1は,甲第1号証に記載された発明であって,特許法第29条第1項第3号の規定により特許を受けることができないものである。

(無効理由2)
訂正発明1は,甲第1号証及び技術常識に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであって,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。

(無効理由3)
訂正発明1は,甲第2号証に記載された発明であって,特許法第29条第1項第3号の規定により特許を受けることができないものである。

(無効理由4)
訂正発明1は,甲第2号証及び技術常識に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであって,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。

(無効理由5)
訂正発明1は,甲第3号証に記載された発明であって,特許法第29条第1項第3号の規定により特許を受けることができないものである。

(無効理由6)
訂正発明1は,甲第3号証及び技術常識に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであって,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。

(無効理由7)
訂正発明1は,甲第4号証に記載された発明であって,特許法第29条第1項第3号の規定により特許を受けることができないものである。

(無効理由8)
訂正発明1は,甲第4号証及び技術常識に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであって,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。

(無効理由9)
訂正発明1は,甲第5号証に記載された発明であって,特許法第29条第1項第3号の規定により特許を受けることができないものである。

(無効理由10)
訂正発明1は,甲第5号証及び技術常識に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであって,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。

(無効理由11)
訂正発明1及び2は,甲第6号証に記載された発明であって,特許法第29条第1項第3号の規定により特許を受けることができないものである。

(無効理由12)
訂正発明1及び2は,甲第6号証及び技術常識に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであって,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。

(無効理由13)
訂正発明1は,甲第7号証及び技術常識に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであって,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。

(無効理由14)
訂正発明1は,甲第8号証及び甲第9号証の記載に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであって,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。

(無効理由15)
発明の詳細な説明には,訂正発明1の「グリシンを1食摂取量として0.5g以上含有する」なる構成の根拠を開示した記載がなく,訂正発明1及びこれを引用する訂正発明2の記載は,特許法36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。

そして,請求人が提出した証拠方法は,以下のとおりである。

(甲第1号証)米国特許第4638013号明細書,及び翻訳文
(甲第2号証)Qian Jin Lun Tan Forum, Paradoxical Sleep and Prolonging Life, 9(2002年12月31日発行)25頁,及び翻訳文
(甲第3号証)ロシア特許第2220712号要約(英文),及び翻訳文
(甲第4号証)Billie Jay Sahley, The Anxiety Epidemic, Pain & Stress Publication (1999年改訂出版)15頁23?33行,22頁4?6行,86頁37?38行,及び翻訳文
(甲第5号証)Eric R.Braverman, The Healing Nutrients Within 3rd edition(2003年改訂出版)16頁表1.11,216頁31?34行,及び翻訳文
(甲第5号証その2)参考文献,著者紹介,及び著者紹介翻訳文
(甲第6号証)米国特許第4980168号明細書,及び翻訳文
(甲第7号証)特表平06-505014号公報
(甲第8号証)特開2003-116504号公報
(甲第9号証)Blum K, et al., Science, 176, p.292-294(1972年4月21日発行),292頁要約,及び翻訳文
(甲第10号証)Pierre Maquet et al., Nature, 383, p.163-166(1996年発行),163頁要約,164頁左欄下から4行?末行,165頁右欄4?9行,及び翻訳文
(甲第11号証)特願2011-020227号に対する平成24年7月13日付け拒絶理由通知書
(甲第12号証)医薬品インタビューフォーム 入眠剤 日本薬局方 ゾルピデム酒石酸塩錠(2013年7月)
(甲第13号証)医薬品要覧 第5版 大阪府病院薬剤師会編(1992年)
(甲第14号証)不服2006-27095号 平成23年12月2日提出の意見書
(甲第15号証)不服2006-27095号 平成22年10月29日提出の意見書
(甲第16号証)不服2006-27095号 平成22年6月7日提出の意見書
(甲第17号証)医学書院医学大辞典 2003年3月1日発行 1666頁「鎮静薬」の項
(甲第18号証)カッツング・薬理学8版 2002年3月20日発行 「鎮静催眠薬 22」第1頁

2 審決予告に基づく訂正請求(2回目)後
請求人は,平成26年6月30日付け弁駁書(2回目)を提出し,平成26年5月23日付け訂正請求書(2回目)の訂正事項1(訂正発明1)は訂正要件違反であり,仮に訂正が認められても,訂正発明1は,甲第5号証に基づき,当業者が容易に発明することができたものであるから,本件訂正発明1についての無効理由(以下,「無効理由16」という。上記「1 審決予告前」(無効理由10)に対応する。)は解消していないことを主張している。
なお,請求人は,平成26年6月30日付け弁駁書(2回目)において,訂正発明2について,甲第5号証に基づき,又は甲第5号証と甲第6号証から,当業者が容易に発明することができたものであり(無効理由A),また,甲第19ないし20号証を添付して,訂正発明2に関する明細書の記載が不備である(無効理由B)と主張している。
しかしながら,無効理由A及びBは,上記弁駁書で追加された新たな無効理由であるところ,別途,「補正許否の決定」のとおり,無効理由A及びBを追加する補正は不許可となった。


第5 被請求人の主張の概要

1 審決予告前
被請求人は,「本件審判の請求は成り立たない。審判費用は請求人の負担とする。」との審決を求め,答弁書とともに「訂正明細書及び特許請求の範囲のとおり訂正することを求める。」として訂正請求書を提出し,乙第1ないし9号証を添付して平成25年8月14日付け答弁書を提出し,平成25年9月19日付け手続補正書(方式),及び乙第3ないし5,7,8号証の翻訳文を提出し,乙第10ないし11号証を添付して平成25年10月21日付け上申書を提出し,乙第12ないし13号証を添付して平成26年1月30日付け口頭審理陳述要領書を提出し,平成26年2月24日付け上申書を提出して,本件訂正は認められるべきであり,請求人の主張する無効理由及び証拠によっては訂正発明1ないし2を無効とすることはできないと主張していた。

被請求人の提出した証拠方法は以下のとおりである。

(乙第1号証)医学大辞典,南山堂,第17版(1994年8月1日第6刷発行),第1517頁,第2075頁
(乙第2号証)井上昌次郎著,「脳と睡眠-人はなぜ眠るか」,共立出版,1989年12月25日発行,第60,93?94頁
(乙第3号証)S. N. Young, et al., Psychopharmacology, 1985, vol.87, N0.2, p.173-177及び抄訳文
(乙第4号証)D. Riemann, et al., Psychiatry Research, 2002, vo1.109, No.2, p.129-135及び抄訳文
(乙第5号証)I. Arnulf, et al., Neuropsychopharmacology, 2002, vo1.27, No.5, p.843-851及び抄訳文
(乙第6号証)甲第2号証の抄訳文
(乙第7号証)甲第3号証の公報,その英訳及び抄訳文
(乙第8号証)J. M. Monti, Methods and Find Exp. Clin. Pharmacol., 1981, vol.3, No.5, p.303-326
(乙第9号証)E. R. Braverman, The Healing Nutrients Within 3rd Ed., 2003(甲第5号証)のCHAPTER FOURTEEN
(乙第10号証)甲第1号証の抄訳文
(乙第11号証)甲第5号証の抄訳文
(乙第12号証)国語大辞典 言泉,小学館,1989年4月1日発行(第一版第九刷),第2039?2040頁
(乙第13号証)特許・実用新案審査基準第II部第2章1.5.3(4)【2】(当審注:ここの【2】は○で囲まれた2をあらわす)

2 審決予告に基づく訂正請求(2回目)後
平成26年5月23日に,「訂正明細書及び特許請求の範囲のとおり,一群の請求項ごとに訂正することを求める。」との訂正請求書(2回目)を提出して,請求人の主張する無効理由及び証拠によっては訂正発明1ないし2を無効とすることはできないと主張している。


第6 証拠の記載事項

本願の優先日前に頒布された刊行物である以下の甲号証には,それぞれ以下の事項が記載されている。下線は当審で加えたものである。 以下,同様。

1 甲第1号証及び甲第1号証の訳文
なお,甲第1号証の下記の訳文は,被請求人が提出した翻訳文(乙第10号証)に基づいている。

(1a)「Abstract
A completely tryptophan-free dietetic supplement based on amino acids, which has an effect on sleep, comprising at least L-isoleucine (4-16%), L-leucine (9-27%), L-lysine (7-20%), L-methionine (9-27%), L-phenylalanine (9-27%), L-threonine 4-12%) and L-valine (6-19%). It can also comprise other amino acids and substances which contribute calories, minerals and vitamins, as well as the vehicles required by the form of presentation provided for. It can be included in prepackaged foods for meals, for instance normocaloric meals and for infusions.」(1頁右欄)
(訳文)「要約
少なくともL-イソロイシン(4-16%),L-ロイシン(9-27%),L-リシン(7-20%),L-メチオニン(9-27%),L-フェニルアラニン(9-27%),L-スレオニン(4-12%),L-バリン(6-19%)から成るアミノ酸をベースとした完全なトリプトファン無添加サプリメントは睡眠に効果がある。それはまた,規定された提示の剤形に必要とされる媒体とともに,その他のアミノ酸そしてカロリー源,ミネラル,ビタミンを含んでも良い。それは食事として予め包装された食品,例えば正常カロリー食そして輸液を含む。」

(1b)「Stage 4 is the deepest and most restorative.」(1欄30?31行)
(訳文)「ステージ4は最も深く,最も回復させる睡眠段階である。」

(1c)「In particular, vitamins which can be included in the formula are, for example, A, C, D and the B-group vitamins; amino acids, for example, cystine, arginine and histidine; minerals, especially those containing phosphorus, iron, calcium and potassium, compatible with the use envisaged for the present formula.」(3欄35?40行)
(訳文)「特に,本処方中に含まれ得るビタミンとしては,例えば,ビタミンA,C,D及びB群であり,アミノ酸としては,例えば,シスチン,アルギニン及びヒスチジンであり,ミネラルとしては,本処方の使用法に適合する,とりわけリン,鉄,カルシウム及びカリウムを含むものである。」

(1d)「EXAMPLE 1
Twelve healthy volunteers, aged between 18 and 48, were used in the experiment. Each subject was made to sleep in the sleep laboratory, equipped for polygraphic recording, for three consecutive nights. The first night was for adaptation. On nights two and three each subject received two different dietetic supplements, defined as tryptophan-free diet and control diet respectively. The tryptophan-free diet was composed as follows: L-isoleucine (1.4 g), L-leucine (2.2 g), L-lysine (1.6 g), L-methionine (2.2 g), L-phenylalanine (2.2 g), L-threonine (1.0 g), L-valine (1.6 g) and saccharose (10.0 g).
The control diet differed from the former by the addition of 0.5 g of tryptophan.
On each night the subjects received just one of the two dietetic supplements mentioned above and the sequence for administering the two supplements was randomized.
During the ten hours preceding administration of the dietetic supplement the subjects were only allowed to ingest water.
The polygraphic tracings were analyzed by a researcher who was blind with regard to the diet adopted, according to the internationally accepted technique (Rechtscheffen A. and Kales A., P.H.S., U.S. Government Printing Office, Washington D.C., 1968), which provides for subdivision of the sleep period into the previously described stages 1, 2, 3, 4 and REM.
The results for the first three hours of sleep are collected together in the table below, which gives the different sleep parameters relative to the nights with complete diet and tryptophan-free diet respectively.(当審注:TABLEは省略)
The first column in the table gives the parameters studied, namely: sleep latency (difference in minutes between start of recording and the first ten consecutive minutes of sleep), percentage of total sleep time in the different stages (1, 2, 3, 4 and REM), latency of stages 3, 4 and REM and duration and number of wakings during sleep. The data in the column are the averages ± the standard deviation of the twelve volunteers studied, relative to the times when the dietetic supplement containing all the amino acids (including tryptophan) was administered. The third column gives analogous data for the dietetic supplement (tryptophan-free). The fourth column shows the statistical significance of the differences between the data, that is, the differences between the two data groups (with and without tryptophan) were analysed sing Student's "t" method for paired data (a statistical test for comparing averages).
Significance is established at p (probability)<0.05, that is, the probability that the difference obtained is random and less than 1 out of 20.
It appears from the table that administration of a tryptophan-free mixture to humans produces a significant increase in stage 4 and a non-significant compensatory reduction in light and REM sleep.」(5欄51行?7欄2行)
(訳文)「実施例1
18歳?48歳の12名の健康なボランティアを実験に使用した。それぞれの被験者はポリグラフ記録計を装着し,3日連続睡眠研究所において睡眠してもらった。はじめの夜は適応試験とした。第2そして第3の夜は,それぞれ被験者はトリプトファン無添加食及びコントロール食と定義した2つの異なったサプリメントを摂取した。トリプトファン無添加食は以下の構成から成る:L-イソロイシン(1.4g),L-ロイシン(2.2g),L-リシン(1.6g),L-メチオニン(2.2g),L-フェニルアラニン(2.2g),L-スレオニン(1.0g),L-バリン(1.6g) そして砂糖(10.0g)。
コントロール食はトリプトファン無添加食に0.5gのトリプトファンを添加したものである。
それぞれの夜において,被験者は上記2種のサプリメントのうち一つを受け取り,2種サプリメントの投与順序はランダムにした。
投与10時間前までの被験者の食事は水のみであった。
ポリグラフは国際的に認められている手法に従い,・・・(中略)・・・分析し,その結果から睡眠段階1,2,3,4そしてレム睡眠に分類した。
はじめ3時間の睡眠の結果を集積し,下記表に記し(当審注:表は省略),そしてそれは完全食とトリプトファン無添加食でそれぞれ異なった睡眠パラメーターを示した。(当審注:TABLEは省略)
表中の一番目の列はパラメーターを示している。すなわち:睡眠潜時(測定開始から10分間睡眠が続くまでの時間),異なったステージ(1,2,3,4そしてレム)の総睡眠時間に対する割合,ステージ3,4,レムの時間そして覚醒の回数と時間である。(2番目の)列のデータは,12名の被験者から統計処理を行って得られた平均±標準偏差である。トリプトファンを含む全てのアミノ酸を含む食事が投与された時の時間に関する。3番目の列はトリプトファン無添加食に対するデータを示している。4番目の列はデータ(トリプトファン有と無)間の違いの統計的有意性を示している。
p<0.05を有意とした。
この表から,ヒトヘのトリプトファン無添加混合物投与がステージ4の睡眠を増加させ,その代償として浅い睡眠そしてレム睡眠を非有意に低下させたことがわかる。」

(1e)「EXAMPLE 2
Under experimental conditions according to the procedure in Example 1 the addition of other amino acids to the diet, like, for example, glycine or alanine, and the doubling per subject of the amount of tryptophan-free essential amino acids ingested intensify the effect of lack of tryptophan by further increasing the percentage of stage 4 sleep.」(7欄4?11行)
(訳文)「実施例2
実施例1と同様の方法に従って,例えば,グリシンやアラニンなどの他のアミノ酸を添加したり,トリプトファンフリーの必須アミノ酸を各検体につき2倍量摂取した場合,ステージ4の睡眠の割合がさらに増加して,トリプトファン欠乏の効果が増強される。」

(1f)「EXAMPLE 10
A dietetic supplement in the form of solutions for infusion (for use in hospitals), which can facilitate induction and prolongation of stage 4 sleep, is presented in two ampoules, containing the compositions indicated below, corresponding to a preferred formula.
They are provided for simultaneous administration at moment of use.

」(8欄30?末行)
(訳文)「実施例10
ステージ4への睡眠の導入を容易にし,延長させることができる輸液(病院用)の形態をした栄養補給剤は,好ましい処方例である,下記表の組成で示した2つのアンプルとして提供される。
それらは使用の際,同時に投与される。
(表の訳は省略,アンプルA(500ml)の組成を示す表においてグリシン4.500gの配合が開示されている。)」

2 甲第2号証の訳文
なお,甲第2号証の下記の訳文は,請求人が提出した翻訳文に基づいている。

(2a)「長崎博士は実験用マウスの脳幹から一種のアミノ酸を分離した。それがグリシンである。驚くべきことに,この最も簡単なアミノ酸が確実にレム睡眠を誘導かつ促している。グリシンは,ほとんどの動物性蛋白質やゼラチン,魚の骨などに含まれている。
台湾のある関連機関が1973年に数百種類の食品の中に含まれているアミノ酸を分析し,100g中にグリシン1000mg含有の食品が多くあった。例えば,ピーナッツ,ひまわりの種,大豆,アーモンド,インゲンマメ,黒豆,大麦の茎,人参の葉,酵母エキス,クロレラ等。他,一部の伝統的な漢方薬にもグリシンが含まれている。
もし意識的に上記食品を摂取すれば,確実にレム睡眠を促進することはできるが,長寿につながるかどうかは,長期にわたり観察する必要がある。」(右欄12?35行)

3 甲第3号証及び甲第3号証の訳文
なお,甲第3号証の下記の訳文は,被請求人が提出した翻訳文(乙第7号証)に基づいている。

(3a)「FIELD: medicine, pharmacy. SUBSTANCE: invention relates to curative-prophylactic agents normalizing functions of genital organs, arresting amenorrhea, development of neurological and osteoporosis symptoms in preclimacteric or climacteric periods. The proposed agent comprises glutamic acid or its pharmaceutically acceptable salts, glycine, calcium acid succinate, magnesium acid succinate, zinc acid fumarate, tocopherol acetate and ammonium succinate. Invention provides effect of agents normalizing functional disorders in menstrual cycle and estrogen background. Agent provides arresting in development of neurological and osteoporous pathological disorders, sleep disorder, depression in preclimacteric and climacteric period, to treat pathological amenorrhea, to prevent neurological symptoms of premenstrual syndrome, enhances energetic status of body.; Agent shows antioxidant and adaptogenic properties also, it reduces weather dependence, normalizes endocrine system state, elicits hypoglycemic effect and reduces intensity of climacteric bleedings. EFFECT: enhanced and valuable medicinal properties of agent. 10 cl」(1?14行)
(訳文)「分野:医学,薬学
内容:生殖器官の機能を正常化し,前更年期または更年期における無月経,神経症状および骨粗鬆症症状の進行を阻止する治療・予防剤に関する発明である。提供された薬剤は,グルタミン酸又はその薬学的に許容される塩,グリシン,酸性コハク酸カルシウム塩,酸性コハク酸マグネシウム塩,酸性フマル酸亜鉛塩,酢酸トコフェロール及びコハク酸アンモニウムを含む。本発明は,月経周期及びエストロゲンが背景にある機能障害を正常化する効果を有する。本発明の薬剤は,病的な無月経を治療し,月経前症候群の神経症状を防止し,身体のエネルギー状態を増強するために,前更年期または更年期における神経症状及び骨粗鬆症の病的な障害,睡眠障害及び抑うつを阻止する。;本発明の薬剤は,抗酸化性およびすとれるへの適応効果を高める性質をも有し,天候依存性を低減し,内分泌系の状態を正常化し,血糖低下作用を誘導し,更年期出血を減少させる。
効果:医薬特性が増強され,価値がある。10クレーム」

4 甲第4号証
なお,甲第4号証の下記の訳文は,請求人が提出した翻訳文に基づいている。

(4a)「I never could bring myself to take any of the assortment of tranquilizers offered for anxiety, sleep, depression, stomach pains, and headaches. I felt tranquilizers would take more control away from me and cloud my thought processes. I needed a clear head to understand what I was feeling and to resolve it; let it go, and live in peace. The tranquilizers would have been the beginning of a long dependency.
Amino acids would have given me relief for each of these symptoms-but information about amino acids was not readily available. These amino acids include tryptophan, tyrosine, DL-phenylalanine (DLPA), glutamine, GABA, and glycine. Today, there are products on the market that contain a combination of amino acids that relieve the effects of acute stress.」(15頁23?33行)
(訳文)「私は不安,睡眠,落ち込み,胃痛そして頭痛に対し,決して各種のトランキライザー(精神安定剤)を服用する気にはなれない。私はトランキライザーが私から制御を取り去り,私の思考を暗くすると感じている。私は私が何を感じそしてそれを解決するか理解するために頭をクリアーにする必要がある。心静かな生活を送りましょう。トランキライザーは長い依存状態の始まりである。
アミノ酸がそれらの症状を取り除いてくれた。しかしアミノ酸についての情報は容易には利用できなかった。それらのアミノ酸はトリプトファン,チロシン,DL-フェニルアラニン(DLPA),グルタミン,GABA,そしてグリシンを含む。今日,激しいストレスを解消するためにそれらアミノ酸を混合した製品が市販されている。」

(4b)「We have become increasing aware of the important rules of GABA, glutamine, glycine, phenylalanine, tryptophan, and tyrosine in anxiety, addiction, depression, pain, and sleep. 」(22頁4?6行)
(訳文)「我々は不安,常用癖,落ち込み,痛み,そして睡眠におけるGABA,グルタミン,グリシン,フェニルアラニン,トリプトファン,そしてチロシンの重要性に気付き始めた。」

(4c)「Glycine may be used to reduce aggression, since glycine can have a sedative effect.」(86頁37?38行)
(訳文)「グリシンは鎮静効果を持つので,攻撃性を抑えるために使用されるだろう。」

5 甲第5号証
なお,甲第5号証の下記の訳文は,被請求人が提出した翻訳文(乙第11号証)に基づいている。

(5a)

(部分訳文)「表1.11 一般的な薬におけるアミノ酸の治療上の役割
表中1行目左列 : アミノ酸
表中1行目右列 : 治療上の役割
表中13行目左列 : GABA,グリシン,トリプトファン
表中13行目右列 : 不眠症予防を助ける。」(16頁表1.11)

(5b)「Studies have shown that 3 to 10 g of L-glycine can have sedative effects and when used with inositol helps in reducing aggression. All inhibitory amino may have this effect in large doses.」(216頁31?34行)
(訳文)「3?10gのL-グリシンが鎮静効果を持ち,そしてイノシトールと伴に使用された時,攻撃性を抑制させるのに役立つということが研究により示された。全ての抑制性アミノ酸は,大量服用時にこのような効果を有するだろう。」

6 甲第6号証
なお,甲第6号証の下記の訳文は,請求人が提出した翻訳文に基づいている。

(6a)「TECHNICAL FIELD
This invention is concerned with a special blend of amino acids and vitamin B6 which has been designed to help a child's needs for a normally active lifestyle. The blend may be supplemented with other amino acids, vitamins, and/or minerals.」(1欄4?9行)
(訳文)「技術分野
本発明は子供の通常の生活を補助するアミノ酸及びビタミンB6混合物である。本混合物はその他アミノ酸,ビタミン,ミネラル類と用いられる。」

(6b)「Behavior symptoms of hyperactivity may be aggressive or passive. Among the aggressive symptoms are angry outbursts, restlessness, stealing, inability to concentrate, compulsive aggression, lying, etc. The passive symptoms include anxiousness, reasoning difficulties, shyness, insecurity, sleep problems, etc.」(1欄50?55行)
(訳文)「活動過多の症状は攻撃的もしくは消極的である。攻撃的症状は怒り爆発,落ち着かない,盗癖,集中できない,攻撃的,虚言などである。消極的症状は不安,推理困難,内気,不安定,睡眠問題等である。」

(6c)「The new composition is preferably put into capsules, along with other "right molecules", so that six capsules which would be the recommended daily dose for a child at least four years of age or an adult, will contain the following:

」(2欄33?49行)
(訳文)「新しい組成はカプセル剤が好ましく,その他「正しい分子」と伴に,少なくとも4歳の子供もしくは大人に対し,推奨される1日当たりの摂取量は6カプセルであり,それは以下の組成である:
(表の訳は省略,表中には,GABA720?880mg,L-トリプトファン720?880mg,グリシン450?550mg,L-タウリン450?550mgのアミノ酸配合量が開示されている。)」

7 甲第7号証
(7a)「1.含有される有効物質がアミノ酸グリシンまたは医薬として許容されるその塩により表されることを特徴とする,有効物質及び製剤学的賦形剤を含有する,舌下に適用するための抗ストレス,ストレス保護及びヌートロピック作用の製剤。」(2頁左上欄 請求の範囲)

8 甲第8号証
(8a)「【請求項1】グリシンを有効成分とするアルコール代謝促進飲料であって,アルコール代謝促進飲料100ml当たり100mg以上のグリシンを含有することを特徴とするアルコール代謝促進飲料。」

(8b)「【0029】
【実施例】
【実施例1】150mlの炭酸入り栄養ドリンクに一本当たり,2000mgのグリシンを添加し,砂糖15g,酸味料としてクエン酸0.3g,香料としてミックスフルーツフレーバー0.3mlと炭酸水を添加して,炭酸ガス2.0volの飲料として味を整えた。
【0030】上記のような栄養ドリンクの効能については,年齢・性別についてランダムに選んだ被験者10人について,この栄養ドリンクを飲酒前に150ml飲用して宴会に出席したときの二日酔いの程度と,1週間後にこの栄養ドリンクを飲まずに宴会をしたときの二日酔いの程度を比較した。両宴会で,アルコール飲料の飲酒量は同一にしてもらった。」

(8c)「【0031】
【表1】



(8d)「【0033】
【実施例3】100mlの炭酸飲料において,グリシンを5000mgと高含有させ,酸としてクエン酸0.2gと,香料としてレモン香料0.2mlと,炭酸2.0volとを添加して,味を整えた。グリシンの甘味により,糖を使用する必要がなく適度な甘味,旨味により,これを飲酒中に摂取するのに抵抗なかった。
【0034】上記のような栄養ドリンク乃至炭酸飲料の効能については,年齢・性別についてランダムに選んだ被験者10人について,この栄養ドリンクを飲酒前に100ml飲用して宴会に出席したときの二日酔いの程度と,1週間後にこの栄養ドリンクを飲まずに宴会をしたときの二日酔いの程度を比較した。両宴会で,アルコール飲料の飲酒量は同一にしてもらった。」

(8e)「【0035】
【表2】



(8f)「【0042】
【実施例6】また,健康食品の錠剤または粉末食品の分野で,グリシン利用食品を考案した。一例として,グリシン100gとクエン酸1gを甘酸のバランスをとって配合し,粉末レモン香料2gを添加した粉末食品は,嗜好性も高く,飲酒時に少量摂取することにより,二日酔いに対して効果が期待できる。なお,グリシンは水に良く溶けるため,上記のような粉末食品とした状態でも問題はないが,場合によっては,既知の賦形剤等を用いて,常法に従って錠剤を作製するようにしてもよい。
【0043】なお,この実施例では,年齢・性別についてランダムに選んだ被験者10人について,この健康食品を飲酒前に摂取して宴会に出席したときの二日酔いの程度と,1週間後にこの健康食品を摂取せずに宴会をしたときの二日酔いの程度を比較した。両宴会で,アルコール飲料の飲酒量は同一にしてもらった。」

(8g)「【0044】
【表5】



9 甲第9号証
なお,甲第9号証の下記の訳文は,請求人が提出した翻訳文に基づいている。

(9a)「Abstract. The putative neurotransmitters, glycine and serine, significantly enhanced the sleeping time (loss of the righting reflex) that was induced by ethanol in mice. The observed synergistic effect between ethanol and the amino acids is probably not related to an alteration of ethanol metabolism, but rather to an interaction of these compounds in the central nervous system.」(292頁Abstract1?5行)
(訳文)「要約 推定上の神経伝達物質であるグリシン及びセリンは,マウスにおいてエタノールにより誘導させた睡眠時間(正向反射の消失)を顕著に延長させた。観察されたエタノールとアミノ酸の相乗的効果は恐らくエタノール代謝の変化に関連したものではなく,むしろ中枢神経系におけるそれら化合物の相互作用と思われる。」


第7 当審の判断

1 訂正発明1の「徐波睡眠への移行誘発」について
(1)「徐波睡眠への移行誘発」の意義
「徐波睡眠への移行誘発」が,訂正前の「(いわゆる「睡眠障害」や「不眠症」とよばれる概念を含む)熟眠障害改善」の下位概念といえることは,上記「第2 訂正の適否 2(1)訂正事項1」で検討したとおりである。
ここで,「徐波睡眠」は,乙第1号証,及び乙第2号証の記載から,睡眠全体のうち,「ステージ3とステージ4のノンレム睡眠」を指すことが当業者に理解される,学術的に確立された用語であったと認められ,「睡眠障害」や「不眠症」を下位概念として含む上位概念である「熟眠障害」の改善が,「徐波睡眠への移行誘発」を含むことは,これと矛盾しない。
そして,「徐波睡眠への移行誘発」という記載そのものは明細書にないが,明細書の「徐波睡眠」についての言及部分である,段落【0026】の「入眠後に深い眠りとされる徐波睡眠に移行しにくい場合」,段落【0028】の「グリシンは・・・徐波睡眠(深い眠り)への移行を誘発したり」,段落【0060】の「(1)睡眠の状態を評価するため終夜ポリソムノグラフィーを用いて測定したところ,消灯から入眠までの時間に有意な差は認められず,消灯から深い睡眠とされる徐波睡眠に入るまでの時間が短縮されると共に,入眠初期の徐波睡眠の延長が確認された。」,段落【0067】の「各睡眠期の潜時時間,すなわち投与後初めて出現するまでの時間について,グリシン投与群では徐波睡眠期潜時が短縮しており,グリシンによって深い眠りが誘発されやすくなっている可能性が示唆された。」といった記載から,投与後に徐波睡眠に移行しやすくすることを意味すると理解される。

(2)「徐波睡眠への移行誘発」と,鎮静作用との関係
請求人は一貫して,「一般的に鎮静剤が不眠症の治療に用いられて」おり,「鎮静効果を持つということは睡眠に有効であるということとまったく同等の意味であり」,「鎮静効果が入眠作用,徐波睡眠増加など睡眠の内容の上位概念として存在していることは一般的であり,鎮静効果と徐波睡眠増加作用は異なるという被請求人の主張は成り立たない。」と主張している。
しかしながら,「鎮静作用と催眠作用はまったく同等の作用である」ことについて,各甲号証のいずれにも記載がない。
提出された甲第12号証(2013年発行)には,「向精神薬」に分類されるゾルピデム酒石酸塩(2000年承認)に関し,「催眠鎮静作用を示し,催眠鎮静剤として用いられる」ことが示され,「熟眠障害」に効果を示すことも記載されている。甲第13号証(1992年発行)には,「催眠鎮静剤・抗不安剤」に分類される49の薬剤が記載されているが,その個々の作用については,「催眠・鎮静作用」の薬効を持ち,「不眠症,不安緊張状態の鎮静」の効能をあらわすことが記載される薬剤(例:通番1ブロムワレリル尿素)から,「馴化・鎮静作用」の薬効を持ち,効能には睡眠に関する記載がない薬剤(例:通番13ジアゼパム)まで,種々の薬剤が記載されている。
したがって,これらは,本願優先日当時に,鎮静作用と催眠作用を同時に有する薬剤が存在したことの証拠とはなっても,「鎮静作用と催眠作用はまったく同等の作用である」ことが当業者に認識されていたことの証拠とならないし,鎮静効果が催眠効果の上位概念であったという証拠ともならない。
さらに,甲第17号証(2003年発行)には,「鎮静薬[sedative]中枢神経系を抑制して気分を静める薬物を一般に鎮静薬という。また,鎮静作用を経て睡眠を誘発する薬物を睡眠薬と称しており,服用量を増やすと麻酔作用を起こすこともある。このように,鎮静薬,催眠薬,麻酔薬とを区別するのが困難なため,鎮静催眠薬として記述されているものが多い。」と記載されているが,これも,本願優先日当時に,「鎮静作用を経て睡眠を誘発する薬物」が存在することを示すものに過ぎず,鎮静作用を有する薬剤であれば,必然的に,催眠薬として用いることができることの裏付けとはならない。
また,甲第18号証(2002年発行)には,「鎮静睡眠(催眠)薬という分類に属する薬の役割は,その主な治療上の目的が鎮静作用(不安の除去を伴う)を発揮し,睡眠を促すことである。この鎮静催眠薬の仲間には,かなりの化学的多様性がある。その結果,この一群の薬物は化学構造や作用機序の類似に基づく分類よりもむしろ臨床使用に基づいて薬物を分類した例となっている。不安や睡眠障害は,よくある症状であり鎮静睡眠薬は世界中で広く処方されている薬である。」と記載されており,ここからは,「鎮静作用(不安の除去を伴う)を発揮し」,かつ「睡眠を促す」薬を,鎮静睡眠(催眠)薬と分類することが分かる。
そして,続く「I.鎮静睡眠薬の基礎薬理学」には,「有効な鎮静(抗不安)薬 sedative は,運動や精神機能にほとんど影響を与えずに不安を軽減し,静穏作用を発揮する必要がある。鎮静薬により引き起こされる中枢神経系の抑制の程度は,治癒効果を発揮する濃度内で,最小にするべきである。睡(催)眠薬 hypnotic は眠気を引き起こし,できるだけ自然に近い睡眠状態に入らせて維持するべきである。睡眠作用は鎮静作用よりも中枢神経系の抑制が顕著なものであり,この催眠作用はほとんどの鎮静薬で,ただ服用量を増やすことで得ることができる。」と記載されており,「睡眠作用」と「鎮静作用」が別の作用として認識されること,ほとんどの鎮静薬で,ただ服用量を増やすことで,催眠作用が得られることが分かるが,鎮静作用を有する化合物の全てについて,ただ服用量を増やすことで,催眠作用が得られるとまではいえない。
したがって,「鎮静剤」の多くは催眠作用をも有し,「鎮静催眠剤」と称され,服用量を増やすことで不眠症の治療に用いられるものも多いことは理解されても,「鎮静効果を持つということは睡眠に有効であるということとまったく同等の意味」であるとまではいえず,「鎮静効果が入眠作用,徐波睡眠増加など睡眠の内容の上位概念として存在している」とはいえない。
よって,上記請求人の主張は成り立たない。

2 無効理由1及び2について
無効理由1は,審決予告前の訂正発明1が,甲第1号証に記載された発明であって,特許法第29条第1項第3号の規定により特許を受けることができない,との請求人の主張に関するものである。
無効理由2は,審決予告前の訂正発明1が,甲第1号証,及び技術常識に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであって,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない,との請求人の主張に関するものである。
上記「第3」に記載したとおり,特許請求の範囲の請求項1に係る発明は,本件訂正により減縮され,「訂正発明1」となった。そこで,(審決予告後の)訂正発明1についての,無効理由1及び2について,以下に当審の判断を示す。

請求人は,「甲第1号証の請求項中にはグリシンの使用は記載されていないが,明細書中においてグリシンの投与を開示しており,またグリシン含有量も本件特許請求項1の範囲内の量である。さらにその製剤が最も深く,最も回復させるステージ4の睡眠段階の割合を増加させると明記している。本件特許明細書5頁19行?22行においても熟眠障害を「起床時に熟眠に対する満足感がない,睡眠不足感を感じる状態あるいは,適切な睡眠によって期待される様々な状態について満足感が感じられない状態をいう。例えば,睡眠が浅い場合や,入眠後に深い眠りとされる徐波睡眠に移行しにくい場合」と定義している。従って,ステージ4の睡眠割合が増加するということはすなわち,速やかに徐波睡眠へ移行させ睡眠の質を改善することで熟眠障害を改善するという本件特許とまったく同等の事で新規性は見出せない。」と主張している。
甲第1号証には,睡眠に効果があるトリプトファン無添加サプリメントについて記載されており(1a),実施例1に,トリプトファン無添加食を人間に投与すると,ステージ4の睡眠が有意に増加するとともに,その補償として,浅い眠りとレム睡眠の非有意な低下が生じるらしいことが記載されている(1d)。ここで,当該トリプトファン無添加食は,アミノ酸としてはL-イソロイシン,L-ロイシン,L-リシン,L-メチオニン,L-フェニルアラニン,L-スレオニン,L-バリンから成るものであり,その構成にグリシンを含まない(1d)。
一方,グリシンの添加及びそれによる効果については,実施例2に,「実施例1と同様の方法に従って,例えば,グリシンやアラニンなどの他のアミノ酸を添加したり,トリプトファンフリーの必須アミノ酸を各検体につき2倍量摂取した場合,ステージ4の睡眠の割合がさらに増加して,トリプトファン欠乏の効果が増強される。」と記載されている(1e)。また,実施例10として,グリシン4.500gが配合されたアンプルA(500ml)について,「ステージ4への睡眠の導入を容易にし,延長させることができる輸液(病院用)の形態をした栄養補給剤は,好ましい処方例である,下記表の組成で示した2つのアンプルとして提供される。」と記載されている(1f)。
これらの記載からみて,甲第1号証におけるグリシンは,ステージ4の睡眠に有効なトリプトファン無添加食に添加可能とされる「他のアミノ酸」の一例として記載されたものにすぎず,甲第1号証において,グリシン自体の徐波睡眠に対する効果が明らかにされているものとはいえない。
したがって,訂正発明1は,甲第1号証に記載された発明である,とすることはできない。

そして,甲第1号証に,ステージ4の睡眠に有効なトリプトファン無添加食の必須成分として「L-イソロイシン,L-ロイシン,L-リシン,L-メチオニン,L-フェニルアラニン,L-スレオニン,L-バリン」が記載されているにもかかわらず,敢えて,「他のアミノ酸」の一例として記載されたグリシンを有効成分とする動機付けは存在しない。
したがって,訂正発明1は,甲第1号証,及び技術常識に基づいて,当業者が容易に発明をすることができた,とすることもできない。

よって,無効理由1及び2には理由がない。

3 無効理由3及び4について
無効理由3は,審決予告前の訂正発明1が,甲第2号証に記載された発明であって,特許法第29条第1項第3号の規定により特許を受けることができない,との請求人の主張に関するものである。
無効理由4は,審決予告前の訂正発明1が,甲第2号証,及び技術常識に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであって,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない,との請求人の主張に基づくものである。
上記「第3」に記載したとおり,特許請求の範囲の請求項1に係る発明は,本件訂正により減縮され,「訂正発明1」となった。そこで,(審決予告後の)訂正発明1についての,無効理由3及び4について,以下に当審の判断を示す。

(1)甲第2号証に記載された発明
(2a)に摘示したように,甲第2号証の,グリシンが「確実にレム睡眠を誘導かつ促している。」との記載から,甲第2号証には,グリシンのレム睡眠誘導促進作用に基づく用途発明,すなわち,「グリシンを有効成分とするレム睡眠誘導促進剤」の発明(以下,「甲第2号証発明」という。)が記載されている。

(2)訂正発明1について
(2-1)訂正発明1と甲第2号証発明の対比
訂正発明1と甲第2号証発明を対比すると,前者の「徐波睡眠への移行誘発」と,後者の「レム睡眠誘導促進」とは,いずれも,睡眠の構成要素のいずれかの態様を誘導する,すなわち,いずれも,睡眠障害改善の下位概念である,という点で共通する。

してみると,訂正発明1と甲第2号証発明は,「グリシンを有効成分とする睡眠障害改善剤」である点で一致し,以下の相違点を有する。

(相違点1)
睡眠障害改善が,訂正発明1では「徐波睡眠への移行誘発」であるのに対して,甲第2号証発明では「レム睡眠誘導促進」である点

(相違点2)
訂正発明1が「1食当たりの単位包装形態からなり,該単位中に,グリシンを有効成分として,1食摂取量として0.5g以上含有する」のに対して,甲第2号証発明では,そのように特定されていない点

(2-2)相違点2に対する判断
甲第2号証には,「100g中にグリシン1000mg含有の食品」として,「ピーナッツ,ひまわりの種,大豆,アーモンド,インゲンマメ,黒豆,大麦の茎,人参の葉,酵母エキス,クロレラ」が記載されるものの(2a),「レム睡眠」に有効なグリシンの摂取量を特定する記載はない。
したがって,訂正発明1は,甲第2号証に記載された発明である,とすることはできない。

(2-3)相違点1に対する判断
上記「1(1)」で述べたように,訂正発明1の「徐波睡眠への移行誘発」は,「レム睡眠誘導促進」と一部重複する概念ではないことが,本出願時の技術常識であったといえる(乙第1号証,乙第2号証)。
また,各甲号証,各乙号証のいずれからも,徐波睡眠の誘発と,レム睡眠の誘発が,密接不可分の薬理作用に基づくものであるとはいえない。そして,睡眠障害改善という上位概念において共通する用途ではあっても,睡眠障害改善として列挙できる中に,徐波睡眠への移行促進があるからといって,「レム睡眠誘導促進」剤によって,「徐波睡眠への移行誘発」剤の新規性を否定することはできない。
したがって,訂正発明1は,甲第2号証に記載された発明である,とすることはできない。

そして,甲第2号証発明は,「レム睡眠誘導促進」剤であるところ,「徐波睡眠」については何ら記載されておらず,技術常識を勘案しても,「レム睡眠」に有効な物質であれば,「徐波睡眠」にも有効であるとの知見が存在したものとはいえず,甲第2号証発明のグリシンを,「徐波睡眠への移行誘発」剤の有効成分とする動機付けは存在しない。
したがって,訂正発明1は,甲第2号証,及び技術常識に基づいて,当業者が容易に発明をすることができた,とすることもできない。
仮に,訂正発明1が,甲第2号証,及び技術常識に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであったとしても,本件特許明細書の段落【0059】?【0067】に記載されるとおり,徐波睡眠への移行促進という,新たな作用効果を奏するものであり,これは甲第2号証から予測されていなかった効果であるといえる。

よって,無効理由3及び4には理由がない。

4 無効理由5及び6について
無効理由5は,審決予告前の訂正発明1が,甲第3号証に記載された発明であって,特許法第29条第1項第3号の規定により特許を受けることができない,との請求人の主張に関するものである。
無効理由6は,審決予告前の訂正発明1が,甲第3号証,及び技術常識に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであって,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない,との請求人の主張に関するものである。
上記「第3」に記載したとおり,特許請求の範囲の請求項1に係る発明は,本件訂正により減縮され,「訂正発明1」となった。そこで,(審決予告後の)訂正発明1についての,無効理由5及び6について,以下に当審の判断を示す。

請求人は,「甲第3号証は,要約において,グリシンを含有する組成物が睡眠障害に効果があると開示している」と主張している。

甲第3号証には,「グルタミン酸又はその薬学的に許容される塩,グリシン,酸性コハク酸カルシウム塩,酸性コハク酸マグネシウム塩,酸性フマル酸亜鉛塩,酢酸トコフェロール及びコハク酸アンモニウムを含む」薬剤が,「月経周期及びエストロゲンが背景にある機能障害を正常化する効果を有」し,「前更年期または更年期における神経症状及び骨粗鬆症の病的な障害,睡眠障害及び抑うつを阻止する。」と記載されている(3a)。
摘示(3a)からみて,甲第3号証におけるグリシンは多成分を含有する組成物の1成分であり,睡眠障害も,複数の「月経周期及びエストロゲンが背景にある機能障害」のうちの一例として記載されたものにすぎず,甲第3号証において,グリシン自体の睡眠に対する効果,さらには,「徐波睡眠」に対する効果が,明らかにされているものとはいえない。
したがって,訂正発明1は,甲第3号証に記載された発明である,とすることはできない。
そして,甲第3号証の上記記載からは,多成分のうちのグリシンに着目し,複数の機能障害から睡眠障害を選択し,さらに,睡眠の下位概念である「徐波睡眠」の障害について,その効果を確認する動機付けは存在しない。
したがって,訂正発明1は,甲第3号証,及び技術常識に基づいて,当業者が容易に発明をすることができた,とすることもできない。
よって,無効理由5及び6には理由がない。

5 無効理由7及び8について
無効理由7は,審決予告前の訂正発明1が,甲第4号証に記載された発明であって,特許法第29条第1項第3号の規定により特許を受けることができない,との請求人の主張に関するものである。
無効理由8は,審決予告前の訂正発明1が,甲第4号証,及び技術常識に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであって,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない,との請求人の主張に関するものである。
上記「第3」に記載したとおり,特許請求の範囲の請求項1に係る発明は,本件訂正により減縮され,「訂正発明1」となった。そこで,(審決予告後の)訂正発明1についての,無効理由7及び8について,以下に当審の判断を示す。

請求人は,甲第4号証には,「グリシン等が睡眠問題を改善し,グリシンが鎮静効果を持つ」と記されており,一般的に鎮静剤が不眠症の治療に用いられていることは常識であって,鎮静効果を持つということは睡眠に有効であるということと同等の意味である旨,主張している。

甲第4号証には,グリシンによる効果について,「グリシンは鎮静効果を持つので,攻撃性を抑えるために使用されるだろう。」 と記載されている(4c)。
そして,トランキライザー(当審注:精神安定剤,鎮静剤)の代替としての「トリプトファン,チロシン,DL-フェニルアラニン(DLPA),グルタミン,GABA,そしてグリシンを含む」アミノ酸について記載されており(4a),「我々は不安,常用癖,落ち込み,痛み,そして睡眠におけるGABA,グルタミン,グリシン,フェニルアラニン,トリプトファン,そしてチロシンの重要性に気付き始めた。」と記載されている(4b)。睡眠は,列記された複数の症状「不安,常用癖,落ち込み,痛み,そして睡眠」のうちの1つであり,グリシンも,例示された成分の1つである。
(4a)及び(4b)の記載からは,成分と症状の対応が明らかでなく,甲第4号証において,グリシン自体の,鎮静効果(4c)以外の効果が明らかにされているものとはいえない。
ここで,鎮静効果について,請求人は,睡眠に有効であるということと同等の意味である旨,主張し,甲第12号証(徐波睡眠を増加させる催眠鎮静剤ゾルピデム酒石酸塩),甲第13号証(催眠鎮静剤)を提示しているが,上記1(2)で検討したとおり,鎮静作用と催眠作用が同じ作用であるとはいえず,また,両者は上位下位の概念の関係になく,鎮静作用を有する薬剤は,必ず催眠作用をも有するともいえない。同様に,鎮静作用を有する薬剤は,必ず「徐波睡眠」に対する作用も有するとはいえない。
したがって,訂正発明1は,甲第4号証に記載された発明である,とすることはできない。

そして,甲第4号証には,グリシンの鎮静効果についてその作用機序は何ら明らかにされていないから,作用機序の関連性に基づいて訂正発明1の進歩性を否定することもできない。
したがって,訂正発明1は,甲第4号証,及び技術常識に基づいて,当業者が容易に発明をすることができた,とすることもできない。

よって,無効理由7及び8には理由がない。


6 無効理由9,10及び16について
無効理由9は,審決予告前の訂正発明1が,甲第5号証に記載された発明であって,特許法第29条第1項第3号の規定により特許を受けることができない,との請求人の主張に関するものである。
無効理由10は,審決予告前の訂正発明1が,甲第5号証,及び技術常識に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであって,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない,との請求人の主張に関するものである。
上記「第3」に記載したとおり,特許請求の範囲の請求項1に係る発明は,本件訂正により減縮され,「訂正発明1」となった。
これに対して,請求人は,平成26年6月30日付け弁駁書(第2回目)において,訂正発明1は,甲第5号証に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,無効理由(無効理由10)は解消していないことを主張している(無効理由16)。
そこで,(審決予告後の)訂正発明1についての,無効理由9及び10,すなわち,無効理由16について,以下に当審の判断を示す。

請求人は,審決予告前に,甲第5号証には,グリシンがGABA,トリプトファンとともに不眠症の防止に役立つ旨,3?10gのグリシンが鎮静効果を持つ旨,記載されており,請求項1に新規性を見出すことはできないと主張していた(無効理由9)。
そして,(審決予告後の)訂正発明1についても,下記の【1】(当審注:ここの【1】は○で囲まれた1をあらわす。【2】,【3】も同様)?【3】の3つの場合に分けて,甲第5号証の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから依然として無効であるとしている(無効理由10,無効理由16)。

主張【1】
訂正発明1は,甲第5号証に記載の「不眠症改善剤」の上位概念である,訂正前の「熟眠障害改善剤」を,その下位概念である「徐波睡眠への移行誘発剤」とする選択発明であるといえるが,徐波睡眠へ移行しているということは,「熟眠」できているといえることは明白であるから,甲第5号証において上位概念で示された「熟眠障害改善剤」の発明とは異質な効果・または同質であって際立って優れた効果があるとはいえない。

主張【2】
訂正発明1の「徐波睡眠への移行誘発剤」とする用途は,甲第5号証発明から上位概念を認定した「熟眠障害改善剤」と,密接不可分の薬理作用に基づくものであって,医薬用途として同一であり,審査基準第VII部第3章 医薬発明 2.2.2(3-2-1)(a)に該当し,新規性がない。
あるいは,訂正発明1の「徐波睡眠への移行誘発剤」とする用途は,甲第5号証発明から上位概念を認定した「熟眠障害改善剤」の医薬用途を,新たに発見した作用機序で表現したに過ぎないものであり,両医薬用途は実質的に区別できず,審査基準第VII部第3章 医薬発明 2.2.2(3-2-1)(d)に該当し,新規性がない。

主張【3】
訂正発明1が食品の用途発明である場合には,審査基準第II部第2章新規性進歩性 1.5.2(2)例5「成分Aを添加した骨強化ヨーグルト」の事例を参酌し,新規性ないし進歩性がない。
用途発明について,新たな用途として認められるのは,「美白」と「シワ形成抑制」のように用途概念が異なる場合であり(知財高裁 平成18年(行ケ)第10227号事件),本件のように「不眠症の改善」と「徐波睡眠への移行誘発」については用途の区別ができるものではなく,「睡眠障害」という同一概念に包含される用途に新規性が認められるべきでない。

(1)甲第5号証に記載された発明
(5a)に摘示したとおり,甲第5号証の表1.11の記載から,甲第5号証には,1アミノ酸としてのグリシンの,不眠症予防を助けるという治療上の役割に基づく用途発明,すなわち,「グリシンを有効成分とする不眠症改善剤」の発明(以下,「甲第5号証発明」という。)が記載されている。

(2)訂正発明1について
(2-1)訂正発明1と甲第5号証発明の対比
訂正発明1と甲第5号証発明を対比すると,前者の「徐波睡眠への移行誘発」と,後者の「不眠症改善」とは,いずれも,睡眠の構成要素のいずれかの態様を誘導する,すなわち,いずれも,睡眠障害改善の下位概念である,という点で共通する。

してみると,訂正発明1と甲第5号証発明は,「グリシンを有効成分とする睡眠障害改善剤」である点で一致し,以下の相違点を有する。

(相違点1)
睡眠障害改善が,訂正発明1では「徐波睡眠への移行誘発」であるのに対して,甲第5号証発明ではそのような特定がない点

(相違点2)
訂正発明1が「1食当たりの単位包装形態からなり,該単位中に,グリシンを有効成分として,1食摂取量として0.5g以上含有する」のに対して,甲第5号証発明では,そのように特定されていない点

(2-2)相違点2に対する判断
甲第5号証には,「3?10gのL-グリシンが鎮静効果を持」つと記載されているものの(5b)(当審注:「L-」は誤記である),上記1(2)で検討したとおり,鎮静作用と,「徐波睡眠」に対する作用が同じであるとはいえない。そして,不眠症に有効なグリシンの摂取量を特定する記載はない。
したがって,訂正発明1は,甲第5号証に記載された発明である,とすることはできない。

(2-3)相違点1に対する判断
上記「1(1)」で述べたように,訂正発明1の「徐波睡眠への移行誘発」は,睡眠全体のうち,「ステージ3とステージ4のノンレム睡眠」を誘発する用途である。
一方,「不眠症」については,各甲号証,各乙号証のいずれにも定義はないが,眠れない状態にあることを意味し,睡眠障害の一態様であることは明らかである。しかしながら,「不眠症改善」なる用語によっては,睡眠全体のうち,いずれの態様を改善する用途であるかは明らかでないから,「睡眠」の下位概念として列挙できる中に,「徐波睡眠」があるからといって,「不眠症改善」剤によって,「徐波睡眠への移行誘発」剤の新規性を否定することはできない。
したがって,訂正発明1は,甲第5号証に記載された発明である,とすることはできない。

そして,甲第5号証発明は,「不眠症改善」剤であるところ,「徐波睡眠」については何ら記載されておらず,技術常識を勘案しても,「不眠症」に有効な物質であれば,「徐波睡眠」にも有効であるとの知見が存在したものとはいえず,甲第5号証発明のグリシンを,「徐波睡眠への移行誘発」剤の有効成分とする動機付けは存在しない。
したがって,訂正発明1は,甲第5号証,及び技術常識に基づいて,当業者が容易に発明をすることができた,とすることもできない。
仮に,訂正発明1が,甲第5号証,及び技術常識に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであったとしても,本件特許明細書の段落【0059】?【0067】に記載されるとおり,徐波睡眠への移行促進という,新たな作用効果を奏するものであり,これは甲第5号証から予測されていなかった効果であるといえる。

(2-4)無効理由16(無効理由10)の主張【1】?【3】について
なお,平成26年6月30日付け弁駁書(第2回目)における請求人による場合分けに基づき,上記主張【1】?【3】について,それぞれ検討する。

【1】睡眠障害,あるいは,熟眠障害は,入眠できない,中途覚醒,早朝覚醒,レム睡眠の障害,徐波睡眠への移行障害,等の,睡眠に関する種々の障害を包含する中,徐波睡眠への移行障害がグリシンによって改善されることは,甲第5号証を含め各甲号証に記載されていない。したがって,グリシンによって「熟眠」できるという効果は甲第5号証発明が有する効果であるといえるが,訂正発明1は,「熟眠」の下位概念にあたる,徐波睡眠への移行誘発という,各甲号証に記載されていない新たな作用効果を奏するものであり,これは甲第5号証からは予測されていなかった効果であるといえる。
よって,請求人の【1】の主張は採用することができない。

【2】熟眠障害改善(上位概念)と徐波睡眠への移行誘発(下位概念)とは,上位概念と下位概念の関係であることは,主張【1】で請求人も認めるところである。したがって,熟眠障害改善として列挙できる中に,徐波睡眠への移行誘発があるからといって,甲第5号証発明の「熟眠障害改善剤」によって,「徐波睡眠への移行誘発剤」の新規性を否定できない。
よって,請求人の【2】の主張はいずれも採用することができず,これは,審査基準第VII部第3章 医薬発明 2.2.2(3-2-1)(c),及び,審査基準第II部第2章新規性進歩性 1.5.3(4)とも矛盾しない。

【3】「徐波睡眠への移行促進剤」は用途発明であり,食品分野に関連する発明ではあるが,「食品」そのものではないから,請求人の主張する「(「食品」そのものである)ヨーグルト」の例にはあたらない。
また,用途発明について,「美白」と「シワ形成抑制」は,請求人の提示する判決によると,「美容」という同一概念に包含される用途であっても,
(ア)現象として異なり,(イ)機序が異なり,(ウ)多くの互いに異なる予防・治療法があることから,異なる新たな用途であるとされている。
これを本件についてみると,「不眠症改善」と「徐波睡眠への移行促進」は,「睡眠障害」という同一概念に包含される用途であっても,
(ア)現象として上位概念と下位概念の関係であって異なり,(イ)機序が異なるものを含み,(ウ)多くの互いに異なる予防・治療法があることから(例えば,不眠症の改善には睡眠導入剤が一般的に用いられるが,睡眠導入剤が必ずしも「徐波睡眠への移行促進」に作用するとはいえないなど),上記「美白」と「シワ形成抑制」の場合と同様に,異なる新たな用途であるといえる。
よって,請求人の【3】の主張も,いずれも採用することができない。

よって,無効理由9,10及び16には理由がない。

7 無効理由11及び12について
無効理由11は,審決予告前の訂正発明1及び2が,甲第6号証に記載された発明であって,特許法第29条第1項第3号の規定により特許を受けることができない,との請求人の主張に関するものである。
無効理由12は,審決予告前の訂正発明1及び2が,甲第6号証,及び技術常識に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであって,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない,との請求人の主張に関するものである。
上記「第3」に記載したとおり,特許明細書の請求項1に係る発明は,本件訂正により減縮され,「訂正発明1」となった。そして,特許明細書の請求項2に係る発明は,本件訂正により,請求項1を引用しないものとするとともに,減縮され,「訂正発明2」となった。
そこで,無効理由11及び12を,(1)(審決予告後の)訂正発明1について,(2)(審決予告後の)訂正発明2について,として,以下に当審の判断を示す。

(1)(審決予告後の)訂正発明1について
請求人は,甲第6号証は,「睡眠障害など子供の活動過多状態からくる症状を緩和させるためのサプリメントとしてグリシンやその他アミノ酸類を含む製剤」を開示しており,請求項2において「一食摂取量当たり(6カプセル中)GABA720?880mg,L-トリプトファン720?880mg,グリシン450?550mg,L-タウリン450?550mgのアミノ酸の配合」を開示していると主張している。

甲第6号証は,子供の活動過多状態からくる症状を緩和させることにより,「子供の通常の生活を補助するアミノ酸及びビタミンB6混合物である。本混合物はその他アミノ酸,ビタミン,ミネラル類と用いられる。」(6a)という技術分野に関する発明であり,活動過多について,「活動過多の症状は攻撃的もしくは消極的である。攻撃的症状は怒り爆発,落ち着かない,盗癖,集中できない,攻撃的,虚言などである。消極的症状は不安,推理困難,内気,不安定,睡眠問題等である。」 (6b)と記載されている。そして,アミノ酸及びビタミン混合物の具体例として,「新しい組成はカプセル剤が好ましく,その他「正しい分子」と伴に,少なくとも4歳の子供もしくは大人に対し,推奨される1日当たりの摂取量は6カプセルであり,それは以下の組成である:」として,表中には,GABA720?880mg,L-トリプトファン720?880mg,グリシン450?550mg,L-タウリン450?550mgのアミノ酸配合量が開示されている(6c)。なお,このアミノ酸及びビタミン混合物は,ビタミンC,カルシウム,ビタミンB6,及びマグネシウムも配合されている。
摘示(6a)及び(6c)からみて,甲第6号証におけるグリシンは有効とされる混合物の1成分であり,睡眠障害も,複数の「活動過多の症状」のうちの一例として記載されたものにすぎず(6b),甲第6号証において,グリシン自体の徐波睡眠に対する効果が明らかにされているものとはいえない。
したがって,訂正発明1は,甲第6号証に記載された発明である,とすることはできない。

そして,甲第6号証の上記記載からは,多成分のうちのグリシンに着目し,複数の症状から睡眠問題を選択し,さらに,その徐波睡眠に対する効果を確認する動機付けは存在しない。
したがって,訂正発明1は,甲第6号証,及び技術常識に基づいて,当業者が容易に発明をすることができた,とすることもできない。

よって,訂正発明1について,無効理由11及び12には理由がない。

(2)(審決予告後の)訂正発明2について
請求人の主張と,甲第6号証の記載については,上記(1)のとおりである。
甲第6号証におけるグリシンは,有効とされる混合物の1成分であり,睡眠障害も,複数の「活動過多の症状」のうちの一例として記載されたものにすぎず(6b),甲第6号証において,グリシン自体の睡眠に対する効果が明らかにされているものとはいえない。
したがって,グリシン以外のアミノ酸の量に関して,甲第6号証に記載があることのみに基づいて,訂正発明2の熟眠障害改善剤が,甲第6号証に記載された発明である,とすることはできない。
そして,甲第6号証の上記記載からは,多成分のうちのグリシンに着目し,複数の症状から睡眠問題を選択し,その効果を確認する動機付けは存在しないから,訂正発明2について,甲第6号証,及び技術常識に基づいて,当業者が容易に発明をすることができた,とすることもできない。

よって,訂正発明2について,無効理由11及び12には理由がない。

8 無効理由13について
無効理由13は,審決予告前の訂正発明1が,甲第7号証,及び技術常識に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであって,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない,との請求人の主張に関するものである。
上記「第3」に記載したとおり,特許請求の範囲の請求項1に係る発明は,本件訂正により減縮され,「訂正発明1」となった。そこで,(審決予告後の)訂正発明1についての,無効理由13について,以下に当審の判断を示す。

請求人は,甲第7号証は,「グリシンを用いた抗ストレス,ストレス保護,ヌートロピック作用剤」を開示しており,一方,本件特許明細書5頁19?24行においても,熟眠障害の定義として「熟眠障害は精神的あるいは身体的ストレスかかる場合に起こりやすい」と記載されているとおり,ストレスにより睡眠障害が発生することは周知の事実であるから,訂正発明1は甲第7号証に記載された発明と同一の技術分野であり,通常の知識を有する者が容易に推考し得るものである旨,主張している。

甲第7号証には,「含有される有効物質がアミノ酸グリシンまたは医薬として許容されるその塩により表されることを特徴とする,有効物質及び製剤学的賦形剤を含有する,舌下に適用するための抗ストレス,ストレス保護及びヌートロピック作用の製剤。」 が記載されている(7a)。

ここで,「抗ストレス,ストレス保護及びヌートロピック作用」について,ストレスが睡眠障害の原因の一つとなることが周知の事実であっても,「抗ストレス,ストレス保護及びヌートロピック作用」を有する薬剤は,必ず催眠作用をも有するとはいえず,また,甲第7号証には両者間の作用機序の関連性は示されておらず,その関連性を示す出願時の技術水準が他に提示されているものでもないから,訂正発明1の進歩性を否定することはできない。さらに,睡眠に関する作用の下位概念にあたる「徐波睡眠」に関する作用について,甲第7号証の記載から導き出せるものでないことは明らかである。
したがって,訂正発明1は,甲第7号証,及び技術常識に基づいて,当業者が容易に発明をすることができた,とすることはできない。

よって,無効理由13には理由がない。

9 無効理由14について
無効理由14は,審決予告前の訂正発明1が,甲第8号証,甲第9号証,及び技術常識に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであって,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない,との請求人の主張に関するものである。
上記「第3」に記載したとおり,特許請求の範囲の請求項1に係る発明は,本件訂正により減縮され,「訂正発明1」となった。そこで,(審決予告後の)訂正発明1についての,無効理由14について,以下に当審の判断を示す。

請求人は,甲第8号証には,「グリシンを有効成分とするアルコール代謝促進飲料」が開示され,当該飲料を摂取することで「爽快に目覚めた」と記載されており,グリシンがエタノールの代謝を促進することにより二日酔いが軽減されていると推察している点で,訂正発明1はこれとは相違するが,甲第9号証には,「グリシンがエタノールを導入されたマウスの睡眠時間を延長する」ことが示され,これは「エタノール代謝に関連しているというよりも中枢神経系へのグリシンとエタノールの相互的作用による」とされていることから,グリシンが,本件特許明細書5頁24?25行において定義されている「過度に飲酒した場合等に起こりやすい睡眠障害」を改善させることは,容易に推考し得る旨,主張している。

甲第8号証には,グリシンによる作用について,「アルコール代謝促進」 が明記されており(8a),グリシン摂取により,アルコール飲酒の翌日の朝「爽快に目覚めた」ことが記載されている(8c),(8e),(8g)。ここで,「爽快に目覚めた」人数は,「頭が痛んだ」及び「胃がむかついた」の症状がない人数,すなわち,アルコール代謝促進作用がみられた人数として示されたものであると解される。
一方,「推定上の神経伝達物質であるグリシン及びセリンは,マウスにおいてエタノールにより誘導させた睡眠時間(正向反射の消失)を顕著に延長させた。観察されたエタノールとアミノ酸の相乗的効果は恐らくエタノール代謝の変化に関連したものではなく,むしろ中枢神経系におけるそれら化合物の相互作用と思われる」(9a)との甲第9号証の記載からは,エタノールの睡眠誘導促進作用を,グリシンがエタノールと相互作用することにより延長させることが理解される。
したがって,グリシンの作用として,甲第8号証,及び甲第9号証から導き出されるものは,それぞれ,アルコール代謝促進作用,及びエタノールの中枢神経抑制作用の増強作用にとどまり,これらを組み合わせることが論理付けできないし,組み合わせたとしても,グリシンの「徐波睡眠」に関する作用を導き出すことはできない。

よって,無効理由14には理由がない。

10 無効理由15について
無効理由15は,審決予告前の訂正発明1の発明特定事項のうち,「グリシンを1食摂取量として0.5g以上含有する」との数値限定について,その数値的根拠が不明瞭であるから,特許法第36条第6項第1号に規定するサポート要件を満たしていない,との請求人の主張に関するものである。
上記「第3」に記載したとおり,特許請求の範囲の請求項1に係る発明は,本件訂正により減縮され,「訂正発明1」となった。そこで,(審決予告後の)訂正発明1についての,無効理由15について,以下に当審の判断を示すこととする。

請求人は,本件特許明細書にはグリシンの摂取量として,段落【0027】に「この用途のための前記食品の摂取量は,グリシン換算で,好ましくは0.00625?2.5g/kg/dayであり,より好ましくは0.125?1.5g/kg/dayである(体重1kgあたりの1日当たりの摂取量)。」と記載されるのみであり,実施例では2gや3gを処方した例,0.6g,1.2g,2.5gについて熟眠感の向上が+とされているが,0.5gの開示がなく,熟眠障害改善剤として0.5g以上グリシンを必要とするという根拠が曖昧である旨,主張している。

しかしながら,本件特許明細書には,0.5gについて「本発明における1食当たりの単位包装形態の食品は,グリシンまたは加水分解によりグリシンになり得る物質を,グリシン換算で1食当たり0.5g以上含有する。このような食品は多くのグリシンを手軽に摂取できるので,後述する新規作用による効果を享受しやすい食品である。」(段落【0006】),及び「1食あたりのグリシンまたは加水分解によりグリシンになり得る物質の含有量は,食品への含有させ易さや含有させることによる効果の観点から,グリシン換算で0.5g以上であり,好ましくは1.0g以上であり,より好ましくは1.5g以上である。」(段落【0009】)なる記載がある。これらを考慮すれば,「グリシンを1食摂取量として0.5g以上含有する」という訂正発明1の記載の技術的意義は,「0.5g以上」がグリシンの好ましい摂取量であるという意味に過ぎないことは,当業者であれば直ちに理解できる。
したがって,発明の詳細な説明に,「徐波睡眠への移行誘発」剤の具体例として0.5gの実施例が記載されていなくても,請求項に係る発明が,発明の詳細な説明において発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えているとはいえない。

よって,無効理由15には理由がない。


第8 むすび

以上のとおりであるから,訂正発明1及び2の特許は,無効理由1?16によっては無効にすべきものであるとはいえない。
審判に関する費用については,特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により,請求人の負担とすべきものである。

よって,結論のとおり審決する
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
グリシンを含有する食品およびその用途
【技術分野】
【0001】
本発明はグリシンを含有する食品およびその用途に関する。
【背景技術】
【0002】
グリシンは、CH_(2)(NH_(2))COOHという最も簡単な構造の非必須アミノ酸である。グリシンは食品添加物としても認められているアミノ酸であり、多くの食品に含まれている。例えば、飲料には品質の保存を目的に添加されており、その含量は最大50mg/100ml程度である。また、グリシンは蒲鉾などの練り製品にも含まれている。グリシンの公知の機能として、一日あたり0.1gを摂取することで記憶や注意力を向上させることが挙げられる(サンドラ イー.(Sandra E.)ら著,「ジャーナル・オブ・クリニカル・サイコファーマコロジー(Journal of Clinical Psychopharmacology)」 ,(米国),1999年,第19巻,第6号,P.506-512)。さらに、食品の変質防止剤としてマルトースと共にグリシンを添加することが公知であり(特開平2-72853号公報)、その場合のグリシンの添加量は0.3%(W/W)程度が例示される。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
本発明は、従来にない形態のグリシン含有食品を提供し、グリシンに基づく新たな機能を有する食品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明者らは一定量以上のグリシンの摂取が従来知られていない、いくつかの新たな機能を発現し得ることを見出し、以下のような本発明を完成した。
(1)1食当たりの単位包装形態からなり、該単位中に、グリシンを1食摂取量として0.5g以上含有する熟眠障害改善用食品(但し、サポニンの含有量が1mg以上である食品を除く)。
(2)さらに、グリシン以外のアミノ酸または加水分解によりグリシン以外のアミノ酸になり得る物質を、グリシン以外のアミノ酸換算で1食摂取量当たり5g以下含有する、上記(1)に記載の食品。
(3)さらに、賦形剤、矯味剤および香料から選ばれる少なくとも1種の添加物を含む、上記(1)または(2)に記載の食品。
(4)前記矯味剤がクエン酸である、上記(3)に記載の食品。
(5)食品の形態が粉末状、錠剤または顆粒状である、上記(1)?(4)のいずれか1に記載の食品。
(6)食品の形態がスラリー状である、上記(1)?(4)のいずれか1に記載の食品。
(7)食品の形態が飲料である、上記(1)?(4)のいずれか1に記載の食品。
(8)食品の形態が菓子である、上記(1)?(4)のいずれか1に記載の食品。
(9)食品の形態がゼリー、プリンまたはヨーグルトの形態である、上記(1)?(4)のいずれか1に記載の食品。
(10)食品が保健機能食品である、上記(1)?(9)のいずれか1に記載の食品。
【発明を実施するための最良の形態】
【0005】
以下に本発明の実施の形態について説明する。
本発明の本質は、グリシンの新規用途と、その用途に適した食品である。グリシンとは、上述の如く、CH_(2)(NH_(2))COOHなる構造のアミノ酸である。「加水分解によりグリシンになり得る物質」とは、加水分解反応(特に生体内加水分解反応)によりグリシンが得られる物質であり、典型例として、グリシンを構成単位にもつ蛋白質やペプチドが挙げられる。加水分解反応によりグリシンが得られる物質は、摂取後の体内での加水分解によりグリシンが生成して、はじめからグリシンを摂取したのと同様の効果を奏することが期待される。
【0006】
本発明における1食当たりの単位包装形態の食品は、グリシンまたは加水分解によりグリシンになり得る物質を、グリシン換算で1食当たり0.5g以上含有する。このような食品は多くのグリシンを手軽に摂取できるので、後述する新規作用による効果を享受しやすい食品である。
【0007】
「1食当たりの単位包装形態」からなる食品とは、1食あたりに摂取する量が予め定められた形態の食品である。本明細書にて、食品とは、経口摂取し得るもの(医薬品を除く)を広く包含する概念であり、所謂「食べ物」のみならず飲料、健康補助食品、保健機能食品、サプリメント等を含む。1食当たりの単位包装形態としては、例えば、飲料、キャンディー、チューイングガム、ゼリー、プリン、ヨーグルト等の場合にはパック、包装、ボトル等で一定量を規定する形態が挙げられ、顆粒・粉末・スラリー状の食品の場合には、包装などで一定量を規定できる、あるいは容器などに1食当たりの摂取量を表示してある形態が挙げられる。
【0008】
食品中の、グリシンまたは加水分解によりグリシンになり得る物質の含有量における「グリシン換算で」とは、グリシンそのものを含有する場合はそのグリシンの重量に着目し、加水分解によりグリシンになり得る物質を含有する場合には、その加水分解によりグリシンになり得る物質をすべてグリシンにしたときのグリシンの重量に着目するという意味である。食品中にグリシンと加水分解によりグリシンになり得る物質との両方が含まれている場合には、加水分解によりグリシンになり得る物質を加水分解により全てグリシンにしたときのグリシンの重量と、もともとグリシンであったものとの総重量を食品中の含有量とする。
【0009】
1食あたりのグリシンまたは加水分解によりグリシンになり得る物質の含有量は、食品への含有させ易さや含有させることによる効果の観点から、グリシン換算で0.5g以上であり、好ましくは1.0g以上であり、より好ましくは1.5g以上である。一方、既知の知見から得られる食経験(エビンス エー.イー.(Evins A.E.)ら著,「アメリカン・ジャーナル・オブ・サイキアトリー(American Journal of Psychiatry)」,(米国),2000年5月,第157巻,第5号,P.826-828)や包装・摂取の容易さの観点から、上記含有量は好ましくは100g以下であり、より好ましくは60g以下である。
【0010】
本発明者らは、上記食品中にグリシン以外のアミノ酸が多く含まれていると、後述する効果を享受し難くなる傾向があることも見出した。よって、グリシン以外のアミノ酸または加水分解によりグリシン以外のアミノ酸になり得る物質の含有量は、グリシン以外のアミノ酸換算で1食当たり5g以下が好ましい。上記食品中に、機能の発現に必要最低レベルのグリシンしか含まれない場合に含まれるグリシン以外のアミノ酸および加水分解によりグリシン以外のアミノ酸になり得る物質の量が5gを超える場合には本発明のグリシンの機能は抑制される。
【0011】
グリシン以外のアミノ酸または加水分解によりグリシン以外のアミノ酸になり得る物質の含有量の下限は特に定められるものではないが、例えば、グリシン以外のアミノ酸換算で1食当たり50mgが挙げられ、実質的に含まれないことが好ましい。
【0012】
グリシン以外のアミノ酸とは、アミノ酸であって、上記グリシン以外のものをいう。ここで、「アミノ酸」とは、アミノ基(-NH_(2))とカルボキシル基(-COOH)の両方をもつ有機化合物である。「加水分解によりグリシン以外のアミノ酸になり得る物質」とは、加水分解(特に生体内加水分解反応)によりアミノ基とカルボキシル基の両方をもつ有機化合物(グリシンを除く)が得られる物質であって、典型例として、グリシン以外のアミノ酸を構成単位にもつ蛋白質やペプチドが挙げられる。
【0013】
食品中のグリシン以外のアミノ酸または加水分解によりグリシンになり得る物質の含有量における「グリシン以外のアミノ酸換算で」とは、グリシン以外のアミノ酸の重量と、加水分解によりグリシン以外のアミノ酸になり得る物質が加水分解によってグリシン以外のアミノ酸になったと仮定した場合のグリシン以外のアミノ酸の重量との総和に着目するという意味である。
【0014】
食品中に含まれるグリシンまたは加水分解によりグリシンになり得る物質の形態は特に問わず、粉末状または顆粒状であってもよく、スラリー状、錠菓、カプセル状、溶液状、ゼリー状、乳液状であってもよい。中でも、携帯性や包装の容易さという理由から顆粒状や粉末状が好ましい。また、摂取の容易さという理由から、溶液状やゼリー状、スラリー状もまた好ましい。
【0015】
食品中に含まれるグリシンが「スラリー状である」とは、液状の媒体中に固体のグリシンが懸濁している状態をいう。但し、上記媒体中にグリシンの一部が溶解していてもよい。
【0016】
例えば、食品がいわゆる健康食品であるような場合には、0.5g以上の顆粒状のグリシンが1食あたりの摂取量単位で包装された形態などが挙げられ、食品が健康ドリンクであるような場合には、0.5g以上のグリシンが懸濁あるいは溶解したドリンクが1食あたり飲み切りの形態でビン等に入れられている形態が挙げられる。
【0017】
なお、食品の形態は特に問わず、さまざまな食品への応用が可能である。グリシンは水への溶解性が高く、好ましい甘みを有することから、飲料、菓子類、ゼリー、プリン、ヨーグルトへの利用も適当である。飲料は瓶、缶、紙パックなどで溶液または懸濁液などとして供されるものだけでなく、お茶やコーヒー、粉末飲料などのように抽出、溶解して飲用に供してもよい。ここで、菓子とは食事以外に食べる甘味などの嗜好品をさし、キャンディーやチューイングガム、錠菓などが挙げられる。
【0018】
投与するヒト以外の動物としては、家畜、家禽類などの哺乳動物のほか、実験動物などが含まれる。ヒト以外の動物への投与形態としては、飼料中への添加であってもよい。
【0019】
次にグリシンの新規用途に係る発明について説明する。本発明の新規用途とは、食品香料、中途覚醒・早朝覚醒抑制食品、熟眠障害改善食品、便通改善食品としての用途である。
【0020】
<食品香料>
従来、通常のアミノ酸は、高温条件での工業的な環境という特殊な条件下でリアクションフレーバーとして利用されていた。本発明者らは、グリシンに熱湯を添加するなど、家庭で一般的に実施可能な条件で食品中に含まれる糖類と反応して、好ましいフレーバーを生成することができることを見出した。また、食品中の好ましからざるフレーバーのマスキングにも利用することができることを見出した。
【0021】
本発明における食品香料とは、香りがほとんどない食品素材に香りを付けたり、食品の製造工程中に失われる香りを補強したり、食品素材自身が持つあるいは加工時に生じる好ましくない香りをマスキングしたりする物質を表す概念である。
【0022】
食品香料として使用するためには、グリシンを食品に含有させればよい。付与すべきフレーバーの程度、マスキングの程度によってグリシンの含有量を適宜設定すればよいが、1食当たりの摂取量単位の形態をとる食品であれば、グリシンを1食当たり、好ましくは0.5?100g、より好ましくは1.0?60g含有させる。また食品全体に占めるグリシンの重量は、溶解性、呈味性の好ましさ、フレーバーやマスキング効果の有効性という理由により、好ましくは0.15?100重量%であり、より好ましくは0.3?98重量%である。この用途における、好ましい使用態様として熱湯を添加するなどの加熱によって糖類と反応させる態様が挙げられる。この場合、反応させる糖類としてはショ糖、果糖、ブドウ糖、デキストリン、マルトース、麦芽糖などが例示される。
【0023】
また、食品全体に対して0.15?100%重量、好ましくは0.3?98重量%のグリシンを含有させることを特徴とする、食品素材自身が呈する香りまたは食品加工によって付与された香りをマスキングする方法も本発明の対象である。
【0024】
グリシンを食品中の好ましからざるフレーバーのマスキングに利用する場合の、「好ましからざるフレーバー」としては、生薬や漢方薬に用いられる薬草の他、一般の健康食品に含まれるヤーコン、杜仲、プーアルなど、民間療法的に使われるドクダミなどの植物抽出物、さらには一般にハーブとして食用あるいは抽出して飲用に供されるハーブ類のフレーバーが挙げられる。
【0025】
<熟眠障害改善食品>
本発明の別の態様として、グリシン(または加水分解によりグリシンになり得る物質)を含有する食品を、熟眠障害改善食品として用いる態様が挙げられる。
【0026】
ここで、「熟眠障害」とは、起床時に熟眠に対する満足感が無い、または、睡眠不足感を感じる状態、あるいは、適切な睡眠によって期待される様々な状態についての満足感が感じられない状態をいう。例えば、睡眠が浅い場合や、入眠後に深い眠りとされる徐波睡眠に移行しにくい場合や、睡眠が中断されたり、期待する時間に起床できない場合や、睡眠時間が不足する場合があげられ、また睡眠の環境が不適切な場合、精神的あるいは身体的ストレスがある場合、就寝前にカフェインなど覚醒作用を持つ成分を摂取した場合、過度に飲酒した場合、さらに不規則な睡眠周期や生体リズムの乱れがある場合、その他、時差のある環境においても起こりやすいとされる。一般に睡眠は体の休息だけでなく、より積極的に身体と精神の疲れを取ったり、記憶を整理したり、特に深い睡眠では、成長ホルモン等の分泌により、成長や体内の代謝バランスを整えたりする役割があることが知られている。したがって、熟眠障害によって、睡眠をとっても身体的・精神的状態が改善されなかったり、疲れが残ったり、生活への意欲が減退したり、翌日に過眠があったり、体にだるさがあったり、睡眠時間の不足感があったり、さらには頭痛があったりする場合には、これらを改善すると(熟眠障害の改善)、例えば、疲労感の低減や、起床時の目覚め感など身体的・精神的状態の改善、深い睡眠が得られたという実感、質の良い睡眠が得られたという実感が得られ、生活意欲が向上したり、集中力が向上することなどが期待される。また、交代勤務などの不規則な勤務や時差を伴う移動なども熟眠障害の原因となりえ、これを改善することで、覚醒中の集中力を高めたり日中の過眠を防止したり、疲労感を低減したり、労働意欲を増進したりすることも期待される。熟眠障害改善食品は、上記熟眠障害を改善するだけでなく、睡眠の質的改善により睡眠という行為が本来持っている役割を発揮させることに有効な食品である。そのような役割とは、例えば起床時のすっきりした気分や、疲労感の低減、日中の過眠傾向の防止などである。熟眠障害改善食品は上記熟眠障害を改善しうる食品である。なお、いわゆる「睡眠障害」や「不眠症」とよばれる概念も、上述の「熟眠障害」という概念に含まれる。
【0027】
熟眠障害改善食品としての本発明の食品は、グリシンまたは加水分解によりグリシンになり得る物質を含有する食品である。この用途のための前記食品の摂取量は、グリシン換算で、好ましくは0.00625?2.5g/kg/dayであり、より好ましくは0.125?1.5g/kg/dayである(体重1kgあたりの1日当たりの摂取量)。「グリシン換算で」の意味は上述のとおりである。前記数値範囲の下限値以上であれば上述の効果を奏するのに十分であるが、摂取量を多くすると、摂取が困難になったり、コスト高となったりする傾向にある。上述した、1食当たりの摂取量単位の形態をとる食品は、グリシンの摂取量の管理を容易にする。
【0028】
以上のような睡眠に関する効果により、日中の眠気の抑制、特にジェットラグなど時差のある環境での睡眠の質の向上が期待される。今日の生活では生活時間帯のシフトや交代勤務など規則的な睡眠をとることが困難な場合がある。このように生活パターンの乱れた環境において、起床時の熟睡感の向上や昼間の眠気の軽減により、生活の質を改善することができる。以上のようなグリシンの効果については、複数のメカニズムが関連すると想定されるが、特に交感神経・副交感神経系への作用が有力であると考えられる。実験動物で心電図を測定した実験では、グリシンの投与により副交感神経系が優位に作用する結果が得られている。現代の生活は、精神的なストレスなどにより交感神経優位になりやすいと言われているが、グリシンはこれと対照的に作用する副交感神経を優位に作用させることにより、徐波睡眠(深い眠り)への移行を誘発したり、睡眠中の眠りの質を向上させたり、睡眠中の内臓の活動を適切に調節したり、自然な眠りを助長するものと考えられる。このような睡眠に関する用途でグリシンを摂取する場合、就寝前に摂取することが最も適当である。
【0029】
熟眠障害改善食品の下位概念として、中途覚醒抑制食品、早朝覚醒抑制食品を挙げることができる。ここで、「中途覚醒」とは夜中に目が覚め、その後しばらく眠れない状態をいい、「早朝覚醒」とは朝、意図したよりも早く目が覚め、そのまま眠れない状態をいう。中途覚醒・早朝覚醒抑制食品は、上記中途覚醒および早朝覚醒の少なくとも一方の状態を改善し得る食品である。
【0030】
中途覚醒・早朝覚醒抑制食品としての本発明の食品は、グリシンまたは加水分解によりグリシンになり得る物質を含有する食品である。この用途のための前記食品の好ましい摂取量は、熟眠障害改善食品としての好ましい摂取量と同様である。
【0031】
<便通改善食品>
本発明の別の態様として、グリシン(または加水分解によりグリシンになり得る物質)を含有する食品を、便通改善食品として用いる態様が挙げられる。ここで、「便通改善」とは、便通異常(所謂、便秘や下痢)を改善し得る食品である。
便通改善食品として使用するためには、グリシンまたは加水分解によりグリシンになり得る物質を含有する食品を摂取すればよい。この用途のための前記食品の好ましい摂取量は、熟眠障害改善食品としての好ましい摂取量と同様である。
【0032】
<商業的パッケージ>
本発明の食品とその用途への使用に関する説明を記載した記載物を含むパッケージにおいて、記載物としては、用途・効能や飲食方法などに関する説明事項を記載したいわゆる能書などが挙げられる。
【実施例】
【0033】
以下、実施例により本発明を具体的に説明する。但し、本発明は実施例の記載により何ら限定されない。実験動物による試験以外の、実験例1?6、8の試験は、すべて被験者が本人の主体的希望に基づいて食品添加物用のグリシンを粉末または錠剤であるいは一般の食品に加えて自主的に摂取し、本人の自由意志によってコメントした結果をまとめたものである。なお、実験例9以降の試験は、社内倫理審査委員会の承認を得て、専門医師の指導の下、二重盲検法プラセボ試験にて実施したものである。
【0034】
(実験例1)
各々市販の表1に示すブレンド茶のティーバッグに粉末のグリシン(実質的に純粋なもの)2gを添加したものと添加しないものを用意し、これに所定量(150ml)の熱湯を加えて1分間抽出した。抽出したブレンド茶を5名の被験者が飲用した。グリシンを添加しない場合と比較したときの、グリシンを添加したものについてのフレーバーの減少について被験者からコメントを得た。フレーバーの減少をマスキング効果の指標とした(表1)。試験した3種類全てのブレンド茶について、過半数の被験者がマスキング効果を確認し、その大部分が好ましいマスキング効果であった。
【0035】
【表1】

【0036】
(実験例2)
被験者である日本在住の日本人(男性、44歳、体重62kg)が米国東海岸へ旅行したときの、グリシン摂取、睡眠の様子は図1に示すとおりである。図中、矢印を付した日時にグリシン(賦形剤、香料以外を含まない実質的に純粋な錠菓状のグリシン)を摂取した。このうち、「6月20日」および「6月21日」は1.0gを摂取し、「6月22日」?「6月26日」および「6月29日」は1.5gを摂取した。この被験者は前回までの同様の旅行中には睡眠中に頻繁に覚醒していたが、図1の結果から明らかなようにグリシンの服用により中途覚醒が減少または消失した。
【0037】
(実験例3)
5日間の渡米中の3人の被験者(被験者A?C、体重64?74kg)に対し、睡眠前にグリシン(賦形剤、香料以外を含まない実質的に純粋な錠菓状のグリシン)を1.5g摂取した場合と、摂取しない場合とで、翌日の午後1時から5時に感じる眠気を3段階で評価した。結果を表2にまとめる。3人の被験者とも、グリシンを摂取した場合には摂取しなかった場合に比べ、翌日日中の眠気の程度が軽減された。
【0038】
【表2】

【0039】
(実験例4)
被験者(体重45kg)は、就寝前に直接または種々の食品(表3参照)に添加して3gのグリシンを摂取した。これらの食品中の、グリシン以外のアミノ酸または加水分解によりグリシン以外のアミノ酸になり得る物質の含有量(アミノ酸換算量)は、概ね0?4gである。グリシンを摂取しなかった場合と比較して、就寝時の寝つきの良さと翌朝起床時の熟睡感を記録し、表3にまとめた。いずれの形態でグリシンを摂取した場合も、ほとんどの場合において熟睡感と寝つきが改善された。
【0040】
【表3】

【0041】
(実験例5)
被験者ら(体重45?80kg)は3gのグリシン(顆粒及び粉末状の実質的に純粋なグリシン)をそのまま、あるいは水、ジュース、スポーツ飲料などに溶いてあるいは懸濁して、またはゼリー、プリンなどに添加し摂取して睡眠をとり、非摂取時と比較して眠りの質について自発的にコメントした。77名中58名から睡眠の質が向上したとのコメントがあり、2名から質が低下した、17名から何の効果もなかったとのコメントがあった。目覚めのさわやかさや熟睡感の向上といった起床時の効果の他、日中の眠気の軽減といった摂取翌日の効果、いびきの軽減といった摂取後睡眠中の効果があった。以上の他にも少数ではあったが、胃の痛みが軽減された、翌朝に疲れが残らなかった、受験前の精神的ストレスが軽減された、生理痛が軽くなった、寝坊しなくなった、鼻詰まりが解消した、などのコメントがあった(表4参照)。
【0042】
【表4】

【0043】
(実験例6)
2人の被験者(被験者A(体重52kg)、B(体重45kg))は、就寝前にグリシン(賦形剤、香料以外を含まない実質的に純粋な錠菓状のグリシン)を表5に示す形態で摂取した(摂取しない場合もあり)。表5は、その翌朝の便通の有無を該当する日数で表示したものである。就寝前にグリシンを摂取した場合に、翌朝の便通の頻度が増加した。ヨーグルトと共に摂取した場合にも便通は改善された。
【0044】
【表5】

【0045】
(実験例7)
グリシン(粉末状の実質的に純粋なグリシン)を0、30、300mg/kg(0mg/kgは対照、CTRL)それぞれ投与したビーグル犬を用いて交感神経活動の指標となる心電図におけるR-R間隔をテレメトリーシステムにより測定した。測定は、グリシン投与の後の夜間に行った。またグリシン経口投与後のR-R間隔から高速フーリエ変換・パワースペクトラム解析により交感神経活動([低周波成分LF]/[高周波成分HF])および副交感神経活動(高周波成分HF)を調べた。図2は、投与後の経過時間とR-R間隔との関係を示す。その結果、対照と比較して、グリシンを投与すると、投与1?4時間においてR-R間隔が増大し、副交感神経活動が優位にあることが示された。このことから、グリシンは交感神経亢進の相対的抑制により熟眠障害の緩和に関与している可能性が推察された。
【0046】
(実験例8)
被験者A(体重45kg)は、就寝前に表6記載の量のグリシン(粉末状の実質的に純粋なもの)を水に溶かして摂取して、翌朝の熟眠感を記録した。普段よりも熟眠感が向上した場合は「+」、普段の熟眠感とほぼ変わらない場合は「±」、悪化した場合は「-」と評価した。結果を表6に示す。
【0047】
【表6】

【0048】
(実験例9)
グリシンの睡眠への効果の確認を目的とした二重盲検法クロスオーバーテストを、女性成人15人(20代?50代、体重46?58kg)を対象として実施した。被験者は就寝1時間前にグリシン(顆粒状、クエン酸などを含む)をグリシン換算で3g服用し、プラセボとしてはグリシン以外の成分を含み(クエン酸など)味に区別がつかない程度に調整した還元麦芽糖をもちいた。試験はグリシンとプラセボを各々4日間摂取し、間に3日間の非摂取日をはさんだ2週間で実施した。
【0049】
(1)睡眠の状態を評価する自記式の調査票を用いて調査したところ、32歳以上の被験者(15名中6人、体重46?58kg)について、起床時の身体的(体の調子が良い、だるい、頭が重いなど)・精神的(気分がすっきりしている、気分が悪いなど)状態を改善する効果が有意に示され、ピッツバーグ睡眠調査票(PSQI)で9点以上であるような睡眠についての問題の多い被験者(15人中7人、体重46?58kg)について、起床時の精神的状態を改善する効果が有意に示された。結果を表7に示す。
【0050】
【表7】

【0051】
(2)起床時の疲労度の状態を評価する自記式の調査票を用いて調査したところ、起床時の疲労感を低減する傾向が示された。結果を表8に示す。表中のグリシンおよびプラセボの値は、SAM疲労度チェックリストにおいて、起床時の疲労度を問う10問(各々0、1、2点の3段階)における4日間の総点において、プラセボ摂取に比べ疲労度の低減(総点の減少)あるいは増加(総点の増加)した被験者数を示したものである。表中では総点において1点以上の差があったもの(効果あり)と総点で4点以上差のあったもの(顕著な効果)の被験者数を示した。
【0052】
【表8】

【0053】
(3)睡眠の状態を評価する自記式の調査票を用いて調査したところ、32歳以上の被験者について、睡眠の深さを改善する効果が有意に示された。結果を表9に示す。表中のグリシンおよびプラセボの値は、睡眠調査票「睡眠の深さ」において、8段階で評価された点の被験者平均を表す値である。数値が大きいほど、被験者がより深い睡眠であったと回答したことを意味する。また、p値とは、統計学的な値で、差が無いと仮定したときの可能性を表す値である。特にこの値が0.05以下のときに有意差があるとされる。
【0054】
【表9】

【0055】
(4)各々1週間の試験期間の終了時に睡眠の良好さについて質問したところ、15人中6人はグリシンを服用した週が、1人はプラセボを服用した週が良好であったと応えた。残りの8人はどちらも同じと応えた。
【0056】
(5)睡眠の状態を評価する自記式の調査票を用いて調査したところ、32歳以上の被験者について特に、翌朝の頭をすっきりさせる効果が示された。結果を表10にまとめる。
【0057】
【表10】

【0058】
以上のことから、グリシンの摂取により、深い睡眠が得られるとともに、起床時の疲労感や、身体的あるいは精神的な状態が改善させることが示された。深い睡眠が得られたことで疲れが取れ、起床時の状態が改善されたと考えられる。
【0059】
(実験例10)
グリシンの睡眠への効果の確認を目的とした二重盲検法クロスオーバーテストを睡眠中のイビキや無呼吸状態を気にしている男性成人14人(体重64?112.5kg、平均81.2kg)を対象として実施した。被験者は就寝1時間前にグリシン(顆粒状、クエン酸などを含む)をグリシン換算で3g服用し、プラセボとしてはグリシン以外の成分(クエン酸など)を含み味に区別がつかない程度に調整した還元麦芽糖をもちいた。
【0060】
(1)睡眠の状態を評価するため終夜ポリソムノグラフィーを用いて測定したところ、消灯から入眠までの時間に有意な差は認められず、消灯から深い睡眠とされる徐波睡眠に入るまでの時間が短縮されると共に、入眠初期の徐波睡眠の延長が確認された。
さらに、起床時に昨夜の睡眠の状態について睡眠調査票で調査したところ、「眠りの深さ」の項目で高い得点が得られた。このことから、グリシンの摂取により深い睡眠が得られやすくなったと考えられる。結果を表11にまとめる。表中の入眠初期の徐波睡眠(%)とは、入眠初期(1時間)に占める徐波睡眠の割合の、被験者平均を表す値である。
またOSA睡眠調査票においては、4段階(0、11、21、32点)で記載された得点の被験者平均を表す値を算出した。得点が高いほど眠りがより深かったと被験者が回答したことを示す。グリシン摂取での得点は16.7点で、プラセボ摂取での得点12.3に比べ高値を示した。これは、グリシン摂取により眠りが深くなったことを示している。
【0061】
【表11】

【0062】
(2)起床時に昨夜の睡眠の状態についてOSA睡眠調査票で調査したところ、寝つくまでにウトウトしていた状態が少なかったとの傾向が得られた。就寝時の入眠への抵抗を低減したと考えられる。結果は、OSA睡眠調査票における4段階(0、11、19、30)で記載された得点の被験者平均値で示す。得点が高いほど寝つくまでにウトウトしていた状態がより少なかったと、被験者が回答したことを意味する。グリシン摂取での得点は24.9で、プラセボ摂取での得点19.6に比べ高値を示した。これは、グリシン摂取で寝つくまでにウトウトしていた時間が少なくなったことを示しており、入眠後に深い眠りが得られたためと考えられる。
【0063】
(実験例11)
グリシン(粉末状の実質的に純粋なグリシン)を、0g/kgおよび2g/kg(0g/kgは対照)それぞれ投与したラットを用いて、皮質・海馬に留置した電極から記録される自発脳波および頸部筋電図、さらに赤外線モニターによる自発運動量を測定した。脳波、筋電図および行動記録から睡眠-覚醒周期を解析し、明期および暗期の占有率および潜時時間を算出した。表12に3時間毎の睡眠-覚醒周期占有率、表13に潜時時間、表14に投与6時間後の自発運動量を示す(すべて平均値±標準誤差で表した)。
【0064】
【表12】

【0065】
【表13】

【0066】
【表14】

【0067】
昼間にグリシンを投与した場合、対照と比較して覚醒期の割合が減少していた。睡眠期のうちわけについてみると、徐波睡眠期と速波睡眠期のいずれもやや増加する傾向にあった。一方、暗期については作用が認められなかった。また、表13に示したように、各睡眠期の潜時時間、すなわち投与後初めて出現するまでの時間について、グリシン投与群では徐波睡眠期潜時が短縮しており、グリシンによって深い眠りが誘発されやすくなっている可能性が示唆された。
【0068】
さらに、表14に示したように、明期の自発運動量はグリシン投与群で減少したが、暗期には変化が認められなかった。以上の結果からグリシンは、ラットの本来の休息期である明期に限り、眠りの構成を著しく変化させることなく自然な眠りを助長することが示された。
【産業上の利用可能性】
【0069】
本発明の食品は、好ましからざるフレーバーのマスク作用、中途覚醒抑制作用、早朝覚醒抑制作用などといった熟眠障害改善作用、便通改善作用を奏し得る。本発明の摂取量単位の形態をとる食品は、上記作用による効果を手軽に享受し得る食品である。
【図面の簡単な説明】
【0070】
【図1】図1は被験者が米国東海岸へ旅行したときの、グリシン摂取、睡眠の様子をあらわす図である(実験例2)。
【図2】図2はビーグル犬を用いた実験における、グリシン投与後の経過時間とR-R間隔との関係をあらわすグラフである(実験例7)。
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
1食当たりの単位包装形態からなり、該単位中に、グリシンを有効成分として、1食摂取量として0.5g以上含有する、徐波睡眠への移行誘発剤。
【請求項2】
1食当たりの単位包装形態からなり、該単位中に、グリシンを有効成分として、1食摂取量として0.5g以上含有し、さらに、グリシン以外のアミノ酸または加水分解によりグリシン以外のアミノ酸になり得る物質を、グリシン以外のアミノ酸換算で1食摂取量当たり5g以下含有する、熟眠障害改善剤。
【請求項3】
さらに、賦形剤、矯味剤および香料から選ばれる少なくとも1種の添加物を含む、請求項1に記載の徐波睡眠への移行誘発剤。
【請求項4】
前記矯味剤がクエン酸である、請求項3に記載の徐波睡眠への移行誘発剤。
【請求項5】
液状である、請求項1、3、4のいずれか1項に記載の徐波睡眠への移行誘発剤。
【請求項6】
さらに、賦形剤、矯味剤および香料から選ばれる少なくとも1種の添加物を含む、請求項2に記載の熟眠障害改善剤。
【請求項7】
前記矯味剤がクエン酸である、請求項6に記載の熟眠障害改善剤。
【請求項8】
液状である、請求項2、6、7のいずれか1項に記載の熟眠障害改善剤。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
審理終結日 2014-08-22 
結審通知日 2014-08-27 
審決日 2014-09-09 
出願番号 特願2005-516994(P2005-516994)
審決分類 P 1 123・ 537- YAA (A23L)
P 1 123・ 113- YAA (A23L)
P 1 123・ 121- YAA (A23L)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 ▲高▼ 美葉子  
特許庁審判長 田村 明照
特許庁審判官 小川 慶子
安藤 倫世
登録日 2012-01-27 
登録番号 特許第4913410号(P4913410)
発明の名称 グリシンを含有する食品およびその用途  
代理人 高島 一  
代理人 竹井 増美  
代理人 鎌田 光宜  
代理人 當麻 博文  
代理人 高島 一  
代理人 竹井 増美  
代理人 鎌田 光宜  
代理人 當麻 博文  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ