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審決分類 審判 判定 同一 属さない(申立て成立) B66D
管理番号 1297185
判定請求番号 判定2014-600038  
総通号数 183 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許判定公報 
発行日 2015-03-27 
種別 判定 
判定請求日 2014-08-25 
確定日 2015-01-30 
事件の表示 上記当事者間の特許第5543258号の判定請求事件について、次のとおり判定する。 
結論 (イ)号図面及びその説明書に示す「タグボート用ウインチ」は、特許第5543258号発明の技術的範囲に属しない。 
理由 第1 請求の趣旨
本件判定請求の趣旨は、イ号図面及びその説明書に記載するウインドラス兼トーイングウインチ(=タグボート用ウインチ、以下、「イ号装置」という)は、特許第5543258号発明(以下、「本件特許発明」という。)の技術的範囲に属しない、との判定を求めるものである。


第2 本件特許発明
1.本件特許発明の構成
本件特許発明は、これに係る出願の特許権設定登録時の願書に添付された明細書(以下、「特許明細書」という。)、特許請求の範囲及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定されたとおりのものであって、構成要件に分説すると、次のとおりである。

「ア) 船体の甲板上に設置され、曳航用ロープ(10,10)及び錨用チェン(20,20)を繰り出し及び巻き取り可能に構成したタグボート用ウインチ(A)であって、
イ) 油圧モータ(M)の出力軸たる伝動軸(21)に各種歯車を介して軸体(3)を連動連設し、
ウ) 軸体(3)の基端部及び先端部を自動調心コロからなる軸受のベアリング(4)を介して各種歯車のギヤケース(7)及び支持フレーム(6,6)により支持し、
エ) ベアリング(4)による支持部分はシール部材(40)による密封軸受構造とし、
オ) 軸体(3)には伝動軸(21)に遠い位置にロープ(10)を巻き取る第1のドラム(1)を、伝動軸(21)に近い位置に錨用チェン(20)を巻き取る第2のドラム(2)をそれぞれ遊嵌し、
カ) しかも、第1のドラム(1)と軸体(3)との間には第1のクラッチ(11)を、また、第2のドラム(2)と軸体(3)との間には第2のクラッチ(22)をそれぞれ介設し、
キ) 第1のクラッチ(11)と第2のクラッチ(22)は、第1、第2のドラム(1,2)側に設けた固定歯部(11a,22a)と、軸体(3)に第1、第2のキー(31,32)を介して軸方向にスライド自在でかつ一体回転自在に取付けた摺動歯部(11b,22b)とから構成したドッグクラッチとし、
ク) 第1、第2のクラッチ(11,22)の摺動歯部(11b,22b)の内周面には環状溝のグリス溜まり(12)を設け、グリス溜まり(12)中に予めグリスを充填し、摺動歯部(11b,22b)の軸方向前後端に設けたシール部材(14,14)によりグリス溜まり(12)中のグリスが漏洩しないように密封すると共に、
ケ) 摺動歯部(11b,22b)の外周面にはグリス溜まり(12)に連通するグリスニップル(13)を2個設けることによりグリス充填の際に一方のグリスニップル(13)を外して他方のグリスニップル(13)からグリスを充填することができるように構成し、
コ) 更には、第1、第2のクラッチ(11,22)の摺動歯部(11b,22b)の摺動面(S)はSUSによる肉盛溶接後に研磨する防錆処理を施し波しぶきなどから発生する錆の発生を防止すべく構成したことを特徴とする
サ) タグボート用ウインチ。」
(以下、分説した構成要件を「構成要件ア)」などという。)

2.本件特許発明の目的及び作用効果
(1)本件特許発明の目的は、特許明細書における「【0007】
・・・中略・・・ 従来のウインチでは、第1のドラム100、第2のドラム200、第1のクラッチ110及び第2のクラッチ220などの部材と、軸体300との摺動部分には焼付き及び錆付きを防止するために、定期的なグリス塗布が必要であった。
【0008】
そのため、グリスの塗布が適正なタイミングで適正に行われたとしても、グリスが床面に落下したり周辺に飛散したりして、ウインチ周りはグリスによる汚れが酷くなる。したがって、不要なグリスの清掃作業が必要になり、乗務員に無用な役務の負担が生じていた。また、除去したグリスを誤って海中に投棄してしまう場合が生じるなど、環境保護の観点からも好ましくなかった。
【0009】
さらに、ウインチの清掃作業中にクラッチを作動させてしまった場合、指を挟んで怪我するおそれもあって危険であるため、ウインチにおける清掃などのメンテナンスは、好ましくは不要にしたいという現場からの要望がある。
【0010】
本発明は、かかる事情に鑑みてなされたもので、少なくともクラッチを、グリスが封入された密封構造としたメンテナンスフリーのタグボート用ウインチを提供することを目的としている。」(段落【0007】ないし【0010】)という記載によれば、従来のウインチでは、第1のドラム100、第2のドラム200、第1のクラッチ110及び第2のクラッチ220などの部材と、軸体300との摺動部分には焼付き及び錆付きを防止するために、定期的なグリス塗布が必要であったため、グリスの塗布が適正なタイミングで適正に行われたとしても、グリスが床面に落下したり周辺に飛散したりして、ウインチ周りはグリスによる汚れが酷くなり、したがって、不要なグリスの清掃作業が必要になり、乗務員に無用な役務の負担が生じていたという事情、また、除去したグリスを誤って海中に投棄してしまう場合が生じるなど、環境保護の観点からも好ましくなかったという事情、さらに、ウインチの清掃作業中にクラッチを作動させてしまった場合、指を挟んで怪我するおそれもあって危険であるため、ウインチにおける清掃などのメンテナンスは、好ましくは不要にしたいという現場からの要望があるという事情があり、かかる事情に鑑みて、少なくともクラッチを、グリスが封入された密封構造としたメンテナンスフリーのタグボート用ウインチを提供するというものである。

(2)本件特許発明の効果は、次のとおりと認める。
ア.本件特許発明の効果は、特許明細書における「本発明によれば、駆動源に連動連結して回転する軸体に、曳航用ロープを巻回する第1のドラムや、錨用チェンを巻回する第2のドラム、さらには、前記第1のドラムへの動力の伝達を入り切りする第1のクラッチ及び前記第2のドラムへの動力の伝達を入り切りする第2のクラッチを摺動自在に取付けていながら、各クラッチと軸体との摺動部分からグリスなどが漏出することを防止することができる。したがって、グリスによってウインチ周辺が汚れる心配がなく、また、グリス清掃作業そのものが不要となり、無駄な労力を省くことができる。」(段落【0014】)という記載、「このように、本ウインチAでは、焼付き及び錆付き防止が図れるとともに、軸体3の如何なる個所からもグリスなどが漏出することはなく、グリスの飛散や落下によるウインチ周辺の汚れがなくなるため、グリス清掃作業そのものが不要となり、乗務員の負担が軽減される。また、グリスが海中に落下することもないため、環境保護の観点からも好ましいウインチ構造と言える。」(段落【0034】)という記載、「(1)船体(タグボート)の甲板上に設けられ、曳航用ロープ10及び錨用チェン20を繰り出し及び巻き取り可能であり、駆動源(例えば、油圧モータM)に連動連結し、曳航用ロープ10を巻回する第1のドラム1及び錨用チェン20を巻回する第2のドラム2が取付けられた軸体3と、この軸体3を支持する調芯機能付きのベアリング4と、この軸体3に設けられ、前記駆動源から第1のドラム1への動力の伝達を入り切りする第1のクラッチ11及び前記駆動源から第2のドラム2への動力の伝達を入り切りする第2のクラッチ22と、を備え、前記各クラッチ(第1のクラッチ11、第2のクラッチ22)は、グリスが封入された密封構造であるタグボート用ウインチA。
かかるタグボート用ウインチAによれば、各クラッチ(第1のクラッチ11、第2のクラッチ22)と軸体3との摺動部分からグリスなどが漏出することを防止することができるため、グリスによってウインチ周辺が汚れる心配がなく、また、グリス清掃作業そのものが不要となり、乗務員の無駄な労力を省くことができる。」(段落【0040】及び【0041】)という記載によれば、各クラッチ(第1のクラッチ11、第2のクラッチ22)と軸体3との摺動部分からグリスなどが漏出することを防止することができるため、グリスによってウインチ周辺が汚れる心配がなく、また、グリス清掃作業そのものが不要となり、無駄な労力を省くことができ、さらに、グリスが海中に落下することもないため、環境保護の観点からも好ましいというものである。

イ.本件特許発明の効果は、特許明細書における「また、軸体3を支持する複数のベアリング4は自動調心コロ軸受からなり、シール部材40を備えている。このように、調芯機能付きであるため、例えば、第1のドラム1などにベルトを巻回してブレーキをかけたとしても、軸体3を円滑に回転させることができ、焼付きなどの虞もないため、従来のメタルなどによる軸受構造に比較して耐久性も著しく向上している。」(段落【0033】)という記載、及び、「そして、自動調心コロ軸受からなるベアリング4を用いているため、耐久性も著しく向上している。」(段落【0034】)という記載によれば、自動調心コロ軸受からなるベアリング4を用いているため、耐久性も著しく向上しているというものである。

ウ.本件特許発明の効果は、特許明細書における「(2)上記(1)の構成において、前記ベアリング4を密封構造とし、当該ベアリング4及び前記クラッチ(第1のクラッチ11、第2のクラッチ22)に充填したグリスの漏出を防止したタグボート用ウインチA。
かかるタグボート用ウインチAによれば、上記(1)の効果をさらに高めて、メンテナンスフリーのウインチとすることができるとともに、焼付き及び錆付き防止が図れるために耐久性も著しく向上する。」(段落【0042】及び【0043】)という記載によれば、ベアリング4をさらに密封構造とし、当該ベアリング4及びクラッチ(第1のクラッチ11、第2のクラッチ22)に充填したグリスの漏出を防止することで、メンテナンスフリーのウインチとすることができるとともに、焼付き及び錆付き防止が図れるために耐久性も著しく向上するというものである。

(3)本件特許発明の特許権の設定登録前にされた効果に関する主張
ア.本件特許発明の効果に関し、平成26年1月6日に提出された拒絶査定不服審判についての審判請求書第6ページ末行ないし第7ページ6行において、「まず、構成Aとして、油圧モータMの伝動軸21に連動連設した軸体3の基端部及び先端部を、自動調心コロからなる軸受のベアリング4を介して支持し、支持部分はシール部材40による密封軸受構造とした点が挙げられます。そして、この構成Aによれば、軸体3の両端に自動調心コロからなる軸受のベアリング4を設けたのでドラムにロープ巻き取りのような負荷がかかっても軸体3を円滑に回転させることができるため焼付きなどのおそれがなくなり、耐久性の向上に貢献することができます。」と記載されている。

イ.本件特許発明の効果に関し、平成26年1月6日に提出された拒絶査定不服審判についての審判請求書第7ページ第27行ないし第8ページ第9行において、「また、構成Dとして、クラッチ11、22の摺動歯部11b,22bの内周面には環状溝のグリス溜まり12を設け、摺動歯部11b,22bの軸方向前後端に設けたシール部材14,14によりグリス溜まり12中のグリスが漏洩しないように密封した点が挙げられます。そして、この構成Dによれば、グリスの漏洩を可及的に防止してかつ摺動歯部11b,22bの摺動運動を常時円滑に維持できることになり、クラッチの操作を負荷なく確実に行えるという効果があります。特に摺動歯部11b,22bの軸方向前後端に設けたシール部材14,14によりグリス溜まり12中のグリスが漏洩しないように密封する構造としたことにより、環状溝のグリス溜まり12からグリスが自然に漏洩することを防止することができます。すなわち、グリス溜まり12からグリスが不用意に甲板に滴り落ちて甲板を汚損する危険を可及的に防止することができます。」と記載されている。

ウ.本件特許発明の効果に関し、平成26年1月6日に提出された拒絶査定不服審判についての審判請求書第8ページ第10ないし17行において、「また、構成Eとして、摺動歯部11b、22bの外周面にはグリス溜まり12に連通するグリスニップル13を2個設けた点が挙げられます。 そして、この構成Eによれば、グリス充填の際には一方のグリスニップル13を外して他方のグリスニップル13からグリスを容易に充填することができます。すなわち、本来漏洩されないように密封したグリス溜まり12に自由自在にグリス注入ができることになり、従来、強制的で無理なグリス溜まりへのグリス注入が不用意に行われると無駄なグリス漏洩を生じてそれによって甲板の汚損が生じることになるという状況を可及的に防止する効果を生起することができます。」と記載されている。

エ.本件特許発明の効果に関し、平成26年1月6日に提出された拒絶査定不服審判についての審判請求書第8ページ第18ないし23行において、「また、構成Fとして、クラッチ11,22の摺動歯部11b,22bの摺動面SはSUSによる肉盛溶接後に研磨する防錆処理を施した点が挙げられます。そして、この構成Fによれば、波しぶきなどから発生する錆の発生を防止することができることになり、特に錆の発生を防止するための油や防錆剤の塗布の必要がなくなり、これらの油等の滴化による甲板の汚損を防止することができます。」と記載されている。


第3 イ号装置
1.イ号図面の説明書
平成26年8月26日に提出(同年8月25日差出し)された判定請求書に添付されたイ号図面の説明書には、以下の記載がある。

「A) 船体の甲板上に設置され、曳航用ロープ及び錨用チェン(20,20)を繰り出し及び巻き取り可能に構成したタグボート用ウインチ(A’)であって、
B) 油圧モータ(M)の出力軸たる伝動軸(21)に第1歯車(71)、第2歯車(72)を介して軸体(3)を連動連設し、
C) 軸体(3)の基端部及び先端部(並びに中間部)をそれぞれ滑り軸受であるメタルブッシュ(4a)を介して第1歯車(71)、第2歯車(72)のギヤケース(7)及び支持フレーム(6,6)により支持し、
D) メタルブッシュ(4a)による支持部分にはシール部材が設けられておらず、両端部が開放となって、
E) 軸体(3)には伝動軸(21)に遠い位置にロープを巻き取る第1のドラム(1)を、伝動軸(21)に近い位置に錨用チェン(20)を巻き取る第2のドラム(2)をそれぞれ遊嵌し、
F) しかも、第1のドラム(1)と軸体(3)との間には第1のクラッチ(11)を、また、第2のドラム(2)と軸体(3)との間には第2のクラッチ(22)をそれぞれ介設し、
G) 第1のクラッチ(11)と第2のクラッチ(22)は、第1、第2、第3のドラム(1,2,2a)側に設けた固定歯部(11a,22a)と、軸体(3)の第1、第2の断面略正方形の角柱部(31a,32a)を介して軸方向にスライド自在で、かつ一体回転自在に取付けた摺動歯部(11b,22b)とから構成したドッグクラッチとし、
H) 第1、第2のクラッチ(11,22)の摺動歯部(11b,22b)の内周面には環状溝のグリス溜まり(12)を設け、グリス溜まり(12)中に予めグリスを充填し、摺動歯部(11b,22b)の軸方向一側端に設けたシール部材(14)によりグリス溜まり(12)中のグリスが軸方向一側に漏洩しないように密封すると共に軸方向他側からは過剰注油したグリスを漏出可能とし、
I) 摺動歯部(11b,22b)の外周面にはグリス溜まり(12)に連通し、グリス充填時には取り外すことのないグリスニップル(13)を2個対向配置して、グリスの非充填部位をなくし、
J) 更には、第1、第2のクラッチ(11,22)の摺動歯部(11b,22b)の摺動面(S)はSUSによる肉盛溶接後に研磨する防錆処理は行うことはなく軸体(3)が露出している。なお、摺動歯部(11b,22b)の一側に設けられたシール部材(14)が装着された軸体(3)はSUSチューブ(3a,3b)を焼き嵌めして、シール部材(14)の保護としている。

<図面の簡単な説明>
(1)図1はイ号装置に係るタグボート用ウインチの正断面である。
(2)図2(A)、(B)はそれぞれ図1の右側部分の拡大動作説明図である。
(3)図3(A)、(B)はそれぞれ図1の左側部分の拡大動作説明図である。
(4)図4は図1の中央部分の拡大動作説明図である。」

2.イ号図面
イ号図面から以下の事項が看て取れる。
(1)イ号図面の図1及び4から、ロープやチェン等の索条体を繰り出し及び巻き取り可能に構成したウインチ(A’)、すなわち、イ号図面の説明書に記載されたAの構成の一部が看て取れる。
(2)イ号図面の図1及び2から、油圧モータ(M)の出力軸たる伝動軸(21)に第1歯車(71)、第2歯車(72)を介して軸体(3)を連動連設すること、すなわち、イ号図面の説明書に記載されたBの構成が看て取れる。
(3)イ号図面の図1ないし4から、軸体(3)の基端部及び先端部(並びに中間部)をそれぞれ滑り軸受(4a)を介して第1歯車(71)、第2歯車(72)のギヤケース(7)及び支持フレーム(6,6)により支持すること、すなわち、概ねイ号図面の説明書に記載されたCの構成が看て取れる。
(4)イ号図面の図1ないし4から、滑り軸受(4a)による支持部分にはシール部材が設けられておらず、両端部が開放となっていること、すなわち、概ねイ号図面の説明書に記載されたDの構成が看て取れる。
(5)イ号図面の図1ないし4から、軸体(3)には伝動軸(21)に遠い位置に索条体を巻き取る第1のドラム(1)を、伝動軸(21)に近い位置に索条体(20)を巻き取る第2のドラム(2)を、伝動軸(21)に第1のドラム(1)より遠い位置に索条体(20a)を巻き取る第3のドラム(2a)をそれぞれ遊嵌すること、すなわち、概ねイ号図面の説明書に記載されたEの構成が看て取れる。
(6)イ号図面の図1ないし4から、第1のドラム(1)と軸体(3)との間には第1のクラッチ(11)を、また、第2のドラム(2)と軸体(3)との間には第2のクラッチ(22)を、さらに、第3のドラム(2a)と軸体(3)との間には第2のクラッチ(22)をそれぞれ介設すること、すなわち、概ねイ号図面の説明書に記載されたFの構成が看て取れる。
(7)イ号図面の図1ないし4から、第1のクラッチ(11)と第2のクラッチ(22)は、第1、第2、第3のドラム(1,2,2a)側に設けた固定歯部(11a,22a)と、軸体(3)の第1、第2の断面略正方形の角柱部(31a,32a)を介して軸方向にスライド自在で、かつ一体回転自在に取付けた摺動歯部(11b,22b)とから構成したドッグクラッチとすること、すなわち、概ねイ号図面の説明書に記載されたGの構成が看て取れる。
(8)イ号図面の図1ないし4から、第1、第2のクラッチ(11,22)の摺動歯部(11b,22b)の内周面には環状溝のグリス溜まり(12)を設け、摺動歯部(11b,22b)の軸方向一側端に部材(14)を設けること、すなわち、イ号図面の説明書に記載されたHの構成の一部が看て取れる。
(9)イ号図面の図1ないし4から、摺動歯部(11b,22b)の外周面にはグリス溜まり(12)に連通し、グリスニップル(13)を2個対向配置すること、すなわち、イ号図面の説明書に記載されたIの構成の一部が看て取れる。
(10)イ号図面の図1ないし4から、第1、第2のクラッチ(11,22)の摺動歯部(11b,22b)の摺動面(S)は、その一部分(例えば、イ号図面の図4において、摺動歯部(11b)の右端にある□の中に×が付された歯と認められる箇所の内径側に位置する部分)において、軸体(3)が露出していること、及び、摺動歯部(11b,22b)の一側に設けられたシール部材(14)が装着された軸体(3)は表面側に部材(3b)を設けていること、すなわち、イ号図面の説明書に記載されたJの構成の一部が看て取れる。

3.イ号図面の説明書に記載されたGの構成及びJの構成について
上記1.のイ号図面の説明書に記載されたGの構成において、「摺動歯部(11b,22b)」が「軸体(3)の第1、第2の断面略正方形の角柱部(31a,32a)を介して軸方向にスライド自在」であることについては、イ号図面の図1ないし4において看て取れるように、摺動歯部(11b,22b)に別部材であるシール部材(14)が設けられ、当該シール部材(14)が軸体(3)に焼き嵌めされたSUSチューブ(3a,3b)と接していること、及び、軸体(3)の第1、第2の断面略正方形の角柱部(31a,32a)から摺動歯部(11b,22b)へ動力の伝達が行われることを考慮すると、摺動歯部(11b,22b)が、軸体(3)の第1、第2の断面略正方形の角柱部(31a,32a)以外の部分であるSUSチューブ(3a,3b)を焼き嵌めした部分をも介して軸方向にスライド自在であるとまではいえない。
そうすると、第1、第2のクラッチ(11,22)の摺動歯部(11b,22b)の摺動面(S)は、軸体(3)に焼き嵌めされたSUSチューブ(3a,3b)の表面ではなく、「軸体(3)の第1、第2の断面略正方形の角柱部(31a,32a)」の表面であって、その一部分において、上記1.のイ号図面の説明書に記載されたJの構成のように、軸体(3)が露出しているものであることが分かる。
なお、これらについては、被請求人が乙第1号証として提出した図面の提案1(注:1は○付き数字である。)の部分の記載からも看て取れる。

4.イ号装置の構成
イ号装置の構成は、上記1.ないし3.を総合して、本件特許発明の構成要件の分説と対応するように分説すると、以下のとおりのものと認められる。

「a) 船体の甲板上に設置され、曳航用ロープ及び錨用チェン(20,20)を繰り出し及び巻き取り可能に構成したタグボート用ウインチ(A’)であって、
b) 油圧モータ(M)の出力軸たる伝動軸(21)に第1歯車(71)、第2歯車(72)を介して軸体(3)を連動連設し、
c) 軸体(3)の基端部及び先端部(並びに中間部)をそれぞれ滑り軸受であるメタルブッシュ(4a)を介して第1歯車(71)、第2歯車(72)のギヤケース(7)及び支持フレーム(6,6)により支持し、
d) メタルブッシュ(4a)による支持部分にはシール部材が設けられておらず、両端部が開放となって、
e) 軸体(3)には伝動軸(21)に遠い位置にロープを巻き取る第1のドラム(1)を、伝動軸(21)に近い位置に錨用チェン(20)を巻き取る第2のドラム(2)をそれぞれ遊嵌し、
f) しかも、第1のドラム(1)と軸体(3)との間には第1のクラッチ(11)を、また、第2のドラム(2)と軸体(3)との間には第2のクラッチ(22)をそれぞれ介設し、
g) 第1のクラッチ(11)と第2のクラッチ(22)は、第1、第2のドラム(1,2)側に設けた固定歯部(11a,22a)と、軸体(3)の第1、第2の断面略正方形の角柱部(31a,32a)を介して軸方向にスライド自在で、かつ一体回転自在に取付けた摺動歯部(11b,22b)とから構成したドッグクラッチとし、
h) 第1、第2のクラッチ(11,22)の摺動歯部(11b,22b)の内周面には環状溝のグリス溜まり(12)を設け、グリス溜まり(12)中に予めグリスを充填し、摺動歯部(11b,22b)の軸方向一側端に設けたシール部材(14)によりグリス溜まり(12)中のグリスが軸方向一側に漏洩しないように密封すると共に軸方向他側からは過剰注油したグリスを漏出可能とし、
i) 摺動歯部(11b,22b)の外周面にはグリス溜まり(12)に連通し、グリス充填時には取り外すことのないグリスニップル(13)を2個対向配置して、グリスの非充填部位をなくし、
j) 更には、第1、第2のクラッチ(11,22)の摺動歯部(11b,22b)の摺動面(S)はSUSによる肉盛溶接後に研磨する防錆処理は行うことはなく軸体(3)が露出しており、摺動歯部(11b,22b)の一側に設けられたシール部材(14)が装着された軸体(3)はSUSチューブ(3a,3b)を焼き嵌めして構成した
k) タグボート用ウインチ(A’)。」
(以下、分説した構成要件を「構成a)」などという。)


第4 当事者の主張
本件判定請求において、イ号装置が本件特許発明の技術的範囲に属しないのか否かについて、請求人マリンハイドロテック株式会社及び被請求人オーエスシステム株式会社(特許権者)は、概略以下のとおり主張する。

1.請求人の主張(平成26年8月26日に提出(同年8月25日差出し)された判定請求書における主張)
1-1.本件特許発明の構成とイ号装置の構成との比較
(1) 本件特許発明の構成ア)はイ号装置の構成a)が対応する。
(2) 本件特許発明の構成イ)はイ号装置の構成b)に一致する。
(3) 本件特許発明の構成ウ)をイ号装置は有していない。イ号装置では、c)に示すように、自動調心コロからなる軸受の代わりに、滑り軸受であるメタルブッシュが使用されている。本件特許発明では滑り軸受に関して、本件特許公報の段落【0004】の従来技術の説明に「メタル610、700を介して支持され」と強調し、平成25年7月16日提出の意見書の2-1:相違点の認定について、(3)の(イ)において、「相違点2:本願発明は、軸体を支持する調心機能付きのベアリングを備えるのに対し、・・・」と記載されている。このことから、本件特許発明においては、「滑り軸受(メタル製のブッシュ)」を排除し、「自動調心機能付きのベアリング」は必須の要件としていることが伺える。
(4) 本件特許発明の構成エ)をイ号装置は備えていない。イ号装置では、d)に示すように、メタルブッシュ(4a)による支持部分にはシール部材が設けられておらず、両端部が開放となっている。
(5) 本件特許発明の構成オ)はイ号装置の構成e)が対応する。
(6) 本件特許発明の構成力)は、イ号装置の構成f)が対応する。
(7) 本件特許発明の構成キ)をイ号装置は有していない。即ち、本件特許発明においては、軸体(3)に第1、第2のキー(31,32)を用いて、摺動歯部 (11b,22b)を一体回転させるようにしているが、イ号装置においては「キー」は存在しない。その代わりに、g)に示すように、軸体(3)に第1、第2の断面略正方形の角柱部(31a,32a)を形成し、この角柱部(31a,32a)に摺動歯部(11b,22b)を軸方向にスライド自在でかつ一体回転自在に取付けている。ここで、第1、第2のキー(31,32)と角柱部(31a,32a)が均等物とはならない。即ち、「キー」の場合は、軸体(3)とは別体であって、軸体(3)に所定の溝を形成して「キー」を埋設固定する必要があるが、「角柱部」ではその必要はない。また、「キー」の場合トルクの全部が「キー」にかかるが、角柱部では軸体(3)の表面にかかり、角柱部の方がより長期の寿命を有する。
(8) 本件特許発明の構成ク)をイ号装置は備えていない。その理由は、本件特許発明では、シール部材(14,14)が摺動歯部(11b,22b)の軸方向前後端(即ち、軸方向の両端)に設けられているが、イ号装置ではh)に示すように、摺動歯部(11b,22b)の片側にしか設けられていない。従って、イ号装置の場合は、グリスが密封されることなく、摺動歯部(11b,22b)の片側から漏れることになるが、グリスは油と異なり、流動性が悪いので、特に重要な問題とはしていない。
(9) 本件特許発明の構成ケ)と同等の構成を、イ号装置は備えているが、使用方法が異なる。即ち、本件特許発明においては、摺動歯部(11b,22b)が密封構造であるので、一つのグリスニップル(13)のみでは、内部にエアが溜まってグリスを注入することができない。そのため、グリス充填時に一方のグリスニップル(13)を外して、他方のグリスニップル(13)から入れる必要がある。イ号装置の場合、摺動歯部(11b,22b)は片側開放であるので、グリス注入時の抵抗はなく、一側からのみでは、グリス未充填の箇所が存在することになるので、i)に示すように、グリスニップル(13)を表裏に2つ設けて両方からグリスを入れる。従って、一旦装着したグリスニップル(13)を外すことはない。
(10) 本件特許発明の構成コ)をイ号装置は備えていない。このことは、イ号装置の構成g)の説明からも明らかである。イ号装置において、摺動歯部(11b,22b)は軸体(3)の材料と同じであるので、グリスで覆っていなければ錆びる。イ号装置の場合、j)に示すように、摺動歯部(11b,22b)の一側に設けられたシール部材(14)が装着された軸体(3)はSUSチューブ(3a,3b)を焼き嵌めして、シール部材(14)を保護している。被請求人は、平成26年7月16日付けの警告書第5頁第1?8行目において、SUS製スリーブ表面を摺動面とする構成は、本件特許発明の構成コ)と実質的に同じと主張しているが、これについては後述する。

1-2.本件特許発明とイ号装置の作用効果の相違
(1)本件特許発明の明細書の段落【0014】の4?7行目には「各クラッチと軸体との摺動部分からグリスなどが漏出することを防止することができる。したがって、グリスによってウインチ周辺が汚れる心配がなく、また、グリス清掃作業そのものが不要となり、無駄な労力を省くことができる。」と記載されているが、イ号装置では、前述のように、摺動歯部の片側はシールしていないので、過剰にグリスを供給すれば非シール側から漏れる場合もあり、このような効果は発揮しない。
(2)平成26年1月6日に提出した審判請求書の第6頁29行目?第7頁6行目には「まず、構成Aとして、油圧モータMの伝動軸21に連動連設した軸体3の基端部及び先端部を、自動調心コロからなる軸受のベアリング4を介して支持し、支持部分はシール部材40による密封軸受構造とした点が挙げられます。そして、この構成Aによれば、軸体3の両端に自動調心コロからなる軸受のベアリング4を設けたのでドラムにロープ巻き取りのような負荷がかかっても軸体3を円滑に回転させることができるため焼付きなどのおそれがなくなり、耐久性の向上に貢献することができます。」との記載があるが、イ号装置は自動調心コロを使用していないので、そのような作用、効果は有していない。
(3)同審判請求書第7頁27行目?第8頁9行目には「また、構成Dとして、クラッチ11、22の摺動歯部11b,22bの内周面には環状溝のグリス溜まり12を設け、摺動歯部11b,22bの軸方向前後端に設けたシール部材14,14によりグリス溜まり12中のグリスが漏洩しないように密封した点が挙げられます。そして、この構成Dによれば、グリスの漏洩を可及的に防止してかつ摺動歯部11b,22bの摺動運動を常時円滑に維持できることになり、クラッチの操作を負荷なく確実に行えるという効果があります。特に摺動歯部11b,22bの軸方向前後端に設けたシール部材14,14によりグリス溜まり12中のグリスが漏洩しないように密封する構造としたことにより、環状溝のグリス溜まり12からグリスが自然に漏洩することを防止することができます。すなわち、グリス溜まり12からグリスが不用意に甲板に滴り落ちて甲板を汚損する危険を可及的に防止することができます。」と記載されているが、前述のように、イ号装置では摺動歯部11b,22bの軸方向前後端両側に、シール部材14は設けられていないので、このような作用、効果は発揮しない。
(4)同審判請求書第8頁18?23行目には「構成Fとして、クラッチ11,22の摺動歯部11b,22bの摺動面SはSUSによる肉盛溶接後に研磨する防錆処理を施した点が挙げられます。そして、この構成Fによれば、波しぶきなどから発生する錆の発生を防止することができることになり、特に錆の発生を防止するための油や防錆剤の塗布の必要がなくなり、これらの油等の滴化による甲板の汚損を防止することができます」との記載があるが、イ号装置では、摺動歯部の摺動面SにはSUSによる肉盛溶接は行っていないので、このような作用効果は発揮しない。

1-3.本件特許発明の構成コ)「第1、第2のクラッチ(11,22)の摺動歯部(11b,22b)の摺動面(S)はSUSによる肉盛溶接後に研磨する防錆処理を施し波しぶきなどから発生する錆の発生を防止すべく構成したことを特徴とするタグボート用ウインチ」をイ号装置が有しないことの詳細な説明
(1)ここで、本件特許発明の図4を参照して、摺動面(S)は摺動歯部(11b,22b)が当接する軸体(3)の表面に形成されていると解する。
(2)イ号装置においては、摺動歯部(11b,22b)が荷重を受けて当接する摺動面(S)は断面略正方形の角柱部(31a,32a)であり、この部分にSUS材は使用していない。
(3)イ号装置においては摺動歯部(11b,22b)の端部でシール部材(14)が当接する摺動面には、SUSチューブ(3a,3b)を焼き嵌めしている。このSUSチューブ(3a,3b)は、シール部材(14)が摺動する部分に波しぶき等がかかって錆が発生するのを防止していることは確かである。
(4)しかしながら、錆はSUSチューブ(3a,3b)と軸体(3)との隙間には発生することが有り得るので、本件特許発明で採用している溶接及びその後の研磨加工のように、完全ではない。
(5)更に、溶接及び研磨加工を行う場合は、一般的には、1)軸体(3)の一部を加工等して、溶接部の確保、2)溶接、3)溶接によって軸体(3)が曲がるので矯正加工、4)応力除去焼き鈍し、5)機械加工、6)研磨加工の工程等が必要であり、一部の工程は省略できるかも知れないが、製造が極めて面倒となる。一方、SUSチューブ(3a,3b)の焼き嵌めは、1)所定サイズのSUSチューブ(3a,3b)を用意し、2)SUSチューブ(3a,3b)を加熱して内径を僅少の範囲で増加し、3)SUSチューブ(3a,3b)を軸体(3)に嵌め込むという極めて簡単な作業で済む。
(6)更に、イ号装置のsusチューブ嵌め込みの技術は、本件特許発明にはそのまま適用できない。この理由は、本件特許発明においては、摺動面Sの途中位置にキー溝が形成されているからである。また、本件特許発明のSUS溶接及び研磨の技術をイ号装置に適用することは、摺動歯部が嵌入する部分の軸体(3)は角柱であるので、技術的には殆ど不可能に近い作業になる。従って、SUSチューブ嵌め込みの技術と、溶接及び研磨の技術は、代替え不可能であるので、SUS製チューブ(即ち、SUS製表面を摺動面とする構成は、本件特許発明の構成コ)と実質的に異なる技術と解される。

2.被請求人の主張
2-1.平成26年10月14日に提出(同年10月10日差出し)された判定請求答弁書における主張
2-1-1.答弁の趣旨
請求人が現在取扱い、かつ、被請求人が侵害の対象と認定したウインチをイ号図面並びにその説明書として提出された時点で答弁の趣旨を提出するので、それまで答弁の趣旨は保留する。

2-1-2.答弁の理由
・判定請求の必要性について
請求人が説明する(1)?(3)については、認める。
(4)において請求人は、将来的に侵害訴訟を起こされた場合に備えて判定を求めた旨主張しているが、この(4)の全文は妥当ではなく、削除されるべきである。
なぜならば、請求人提出のイ号装置は、被請求人が把握している請求人のタグボート用ウインチの構造とは重要な点で全く異なるからである。
すなわち、請求人は将来的に侵害訴訟を起こされた場合に備えるための判定請求の旨を主張しているが、そもそも請求人提出のイ号装置は、請求人の実際に取り扱っているタグボート用ウインチとは明らかに異なっており、しかも、本件特許権の技術的範囲に属しないように修正された架空のイ号装置である。
仮に将来、イ号装置のようなウインチ構造に設計変更する場合を予測して確認のために判定請求を求めたというものであれば、それなりに判定請求の意義は認められる。
しかし、本件の判定請求では、将来的に被請求人所有の特許権に基づいて侵害訴訟が提起されるおそれがあるとの判定請求の必要性を述べている点を勘案すると、本件判定請求のイ号装置は、現在請求人が取り扱っている「タグボート用ウインチ」を示すものでなければならない。
すなわち、被請求人は、イ号図面に記載されているような、クラッチ-軸を密閉構造としていない構成を備えるタグボート用ウインチに対して、特許第5543258号(以下、「本件特許」という。)に係る侵害訴訟を提起するつもりは全くない。
判定請求書の添付書面2及び3として提出された警告書の写しは、あくまで請求人がタグボート用ウインチの当業者に頒布した図面及びその簡単な説明書(以下、請求人取扱いのウインチ図面という。)を基にして特許権侵害の警告をしたものであり、被請求人が侵害を懸念しているのは、判定請求書に添付のイ号図面に記載されているタグボート用ウインチではない。
請求人は自社で保有する顧客頒布資料をイ号装置とせず、明らかに本件特許の技術的範囲に故意に属しないように修正した資料をイ号装置としたとしか考えられない。
従って、被請求人は請求人に対し、イ号図面を請求人取扱いのウインチ図面に訂正することを求める。
以上述べたように、本件判定請求においては、被請求人が認識している請求人取扱いのウインチ図面に基づく正しいイ号装置の説明書及び図面の提出が完了した時点で答弁を行う。
なお、請求人において正しいイ号装置の説明書及び図面の提出がないまま本件判定請求の審理が進行するようであれば、被請求人は正しいと認識するタグボート用ウインチ(請求人の取り扱っているタグボ-ト用ウインチ)について改めて判定請求を提起するつもりである。

2-2.平成27年1月9日に提出(同年1月7日差出し)された「判定請求答弁書」と題する文書における主張
2-2-1.答弁の趣旨
請求人が現在取り扱っていると思われるロ号装置及びその説明に記載のタグボート用ウインチは、特許第5543258号の技術的範囲に属する、との判定を求める。

2-2-2.答弁の理由(4ページ13行ないし末行を参照。)
乙第1号証の図面が営業用に作成されて市場に出回り被請求人がその写しを入手したということは、取りも直さず、特許法第100条第1項に規定した「侵害の予防の請求」の必要性を示すものである。
かかる事情を勘案すれば、被請求人は少なくとも乙第1号証の図面に記載のタグボート用ウインチ機構について、御庁に予め判定の審理をしていただく必要もあり、また、そのように切望するものである。
ご承知のように、被請求人において改めて乙第1号証のウインチ機構について判定請求を行うことも一案とは考えるが、請求人より既に本件特許権について判定請求が行われているのであるから、請求人提出の未密封クラッチ機構のイ号図面の判定審理はさておき、まさに請求人が将来侵害品として製造販売の可能性のある乙第1号証のウインチ構造について判定審理を行っていただくように切望します。
なお、請求人からは現在乙第1号証の営業用の作成図面について判定対象の特定をしていないので、被請求人より改めて本件判定の審理対象としてロ号装置の詳細図面を今回提出致します。


第5 当審の判断
1.イ号装置について
当審において、平成26年10月21日に、請求人に対して判定請求書(イ号図面及びイ号図面の説明書)の補正をする意思があるかを確認したところ、請求人から、平成26年10月27日に、判定請求書の補正はしない旨の回答があった。
そこで、上記「第3」の「3.」で示したイ号装置が、本件特許発明の技術的範囲に属しないものであるのか否かについて検討することとする。
なお、被請求人は、イ号装置が、本件特許発明の技術的範囲に属しないものであるのか否かについて、答弁の趣旨を保留し、また、新たに乙第1号証に基づくタグボート用ウインチをロ号装置として提示し、ロ号装置は本件特許発明の技術的範囲に属する旨の判定を求めているが、本件判定の請求の趣旨は、「イ号装置」は本件特許発明の技術的範囲に属しない、との判定を求めるものであり、「ロ号装置」について検討する特段の事情もないため、「イ号装置」について本件特許発明の技術的範囲に属しないものであるのか否かを検討することとする。

2.対比・判断
2-1.本件特許発明の構成要件の充足について
イ号装置の構成が、本件特許発明の構成要件を充足するものであるか否かについて、以下に検討する。

(1)構成要件ア)及びサ)について
本件特許発明の構成要件ア)とイ号装置の構成a)とを対比すると、イ号装置における「曳航用ロープ」は、本件特許発明における「曳航用ロープ(10,10)」に相当し、以下同様に、「錨用チェン(20,20)」は「錨用チェン(20,20)」に、「タグボート用ウインチ(A’)」は「タグボート用ウインチ(A)」に、それぞれ相当する。
そうすると、イ号装置の構成a)は、本件特許発明の構成要件ア)を充足し、また、イ号装置の構成k)についても、本件特許発明の構成要件サ)を充足する。

(2)構成要件イ)について
本件特許発明の構成要件イ)とイ号装置の構成b)とを対比すると、イ号装置における「油圧モータ(M)」は、本件特許発明における「油圧モータ(M)」に相当し、以下同様に、「伝動軸(21)」は「伝動軸(21)」に、「第1歯車(71)、第2歯車(72)」は「各種歯車」に、「軸体(3)」は「軸体(3)」に、それぞれ相当する。
また、イ号装置における「第1歯車(71)、第2歯車(72)を介して軸体(3)を連動連設し」は、本件特許発明における「各種歯車を介して軸体(3)を連動連設し」に相当する。
そうすると、イ号装置の構成b)は、本件特許発明の構成要件イ)を充足する。

(3)構成要件ウ)について
本件特許発明の構成要件ウ)とイ号装置の構成c)とを対比すると、イ号装置における「軸体(3)の基端部及び先端部」は、本件特許発明における「軸体(3)の基端部及び先端部」に相当し、以下同様に、「第1歯車(71)、第2歯車(72)のギヤケース(7)」は「各種歯車のギヤケース(7)」に、「支持フレーム(6,6)」は「支持フレーム(6,6)」に、それぞれ相当する。
しかしながら、イ号装置における「滑り軸受であるメタルブッシュ(4a)」と、本件特許発明における「自動調心コロからなる軸受のベアリング(4)」とは、「軸受」という限りにおいて一致し、本件特許発明における「自動調心コロからなる軸受のベアリング(4)」は、自動調心コロを備えており、それにより軸体(3)は自動調心されるのに対して、イ号装置における「滑り軸受であるメタルブッシュ(4a)」は、自動調心するための構造を備えておらず、両者はその構造及び機能において異なる。
そして、本件特許発明は、その構成要件ウ)により、上記第2における2.の(2)イ.に挙げた効果及び(3)ア.の主張に係る効果を奏するのに対して、イ号装置は、そのような効果を奏し得ない。
そうすると、イ号装置の構成c)は、本件特許発明の構成要件ウ)を充足しない。

(4)構成要件エ)について
本件特許発明の構成要件エ)とイ号装置の構成d)とを対比すると、上記(3)において述べたように、イ号装置における「メタルブッシュ(4a)」と、本件特許発明における「ベアリング(4)」とは、「軸受」という限りにおいて一致し、両者は軸受の構造及び機能において異なる。
また、本件特許発明の構成要件エ)においては、「ベアリング(4)による支持部分はシール部材(40)による密封軸受構造とし」ており、軸受の支持部分にはシール部材が設けられているのに対して、イ号装置の構成d)においては、「メタルブッシュ(4a)による支持部分にはシール部材が設けられておらず、両端部が開放となって」おり、軸受による支持部分にはシール部材が設けられていないことから、両者はシール部材(40)の有無で構造が異なり、当然に、シール部材(40)によるシール機能の有無においても異なる。
そして、本件特許発明は、その構成要件エ)により、上記第2における2.の(2)ウ.に挙げた効果並びに(3)ア.の主張に係る効果を奏するのに対して、イ号装置は、そのような効果を奏し得ない。
そうすると、イ号装置の構成d)は、本件特許発明の構成要件エ)を充足しない。

(5)構成要件オ)について
本件特許発明の構成要件オ)とイ号装置の構成e)とを対比すると、イ号装置における「ロープ」は、本件特許発明における「ロープ(10)」に相当し、以下同様に、「第1のドラム(1)」は「第1のドラム(1)」に、「錨用チェン(20)」は「錨用チェン(20)」に、「第2のドラム(2)」は「第2のドラム(2)」に、それぞれ相当する。
そうすると、イ号装置の構成e)は、本件特許発明の構成要件オ)を充足する。

(6)構成要件カ)について
本件特許発明の構成要件カ)とイ号装置の構成f)とを対比すると、イ号装置における「第1のクラッチ(11)」は、本件特許発明における「第1のクラッチ(11)」に相当し、同様に、「第2のクラッチ(22)」は「第2のクラッチ(22)」に相当する。
そうすると、イ号装置の構成f)は、本件特許発明の構成要件カ)を充足する。

(7)構成要件キ)について
本件特許発明の構成要件キ)とイ号装置の構成g)とを対比すると、イ号装置における「固定歯部(11a,22a)」は、本件特許発明における「固定歯部(11a,22a)」に相当し、以下同様に、「摺動歯部(11b,22b)」は「摺動歯部(11b,22b)」に、「ドッグクラッチ」は「ドッグクラッチ」に、それぞれ相当する。
しかしながら、イ号装置における「軸体(3)の第1、第2の断面略正方形の角柱部(31a,32a)」と、本件特許発明における「第1、第2のキー(31,32)」とは、「軸体(3)の動力伝達手段」という限りにおいて一致し、両者は構造において異なる。
そして、イ号装置における「軸体(3)の第1、第2の断面略正方形の角柱部(31a,32a)」は、伝達される動力が角柱部の各面に分散して伝達されることから、本件特許発明における「第1、第2のキー(31,32)」に対して、磨耗が少なく耐久性が向上していることは明らかである。
そうすると、イ号装置の構成g)は、本件特許発明の構成要件キ)を充足しない。

(8)構成要件ク)について
本件特許発明の構成要件ク)とイ号装置の構成h)とを対比すると、イ号装置における「第1、第2のクラッチ(11,22)の摺動歯部(11b,22b)の内周面」は、本件特許発明における「第1、第2のクラッチ(11,22)の摺動歯部(11b,22b)の内周面」に相当し、以下同様に、「環状溝のグリス溜まり(12)」は「環状溝のグリス溜まり(12)」に、「グリス」は「グリス」に、「シール部材(14)」は「シール部材(14,14)」の一方に、それぞれ相当する。
しかしながら、イ号装置における「摺動歯部(11b,22b)の軸方向一側端に設けたシール部材(14)によりグリス溜まり(12)中のグリスが軸方向一側に漏洩しないように密封すると共に軸方向他側からは過剰注油したグリスを漏出可能とし」と、本件特許発明における「摺動歯部(11b,22b)の軸方向前後端に設けたシール部材(14,14)によりグリス溜まり(12)中のグリスが漏洩しないように密封する」とは、「摺動歯部の軸方向前後端の少なくとも一方に設けたシール部材によりグリス溜まり中のグリスが漏洩しないようにする」という限りにおいて一致し、両者は摺動歯部に設けたシール部材よるグリス溜まり中のグリスの封入についての構造において異なり、また、本件特許発明における「摺動歯部(11b,22b)の軸方向前後端に設けたシール部材(14,14)によりグリス溜まり(12)中のグリスが漏洩しないように密封する」は、摺動歯部の軸方向前後端の両端においてシールする機能を有するのに対して、イ号装置における「摺動歯部(11b,22b)の軸方向一側端に設けたシール部材(14)によりグリス溜まり(12)中のグリスが軸方向一側に漏洩しないように密封すると共に軸方向他側からは過剰注油したグリスを漏出可能とし」は、摺動歯部の軸方向前後端の一端においてのみシールする機能を有するものであるから、両者は機能においても異なる。
そして、本件特許発明は、その構成要件ク)により、上記第2における2.の(1)に挙げた目的を達成し、また、上記第2における2.の(2)ア.に挙げた効果及び(3)イ.の主張に係る効果を奏するのに対して、イ号装置は、そのような効果を完全には奏し得ない。
そうすると、イ号装置の構成h)は、本件特許発明の構成要件ク)を充足しない。

(9)構成要件ケ)について
本件特許発明の構成要件ケ)とイ号装置の構成i)とを対比すると、イ号装置における「摺動歯部(11b,22b)の外周面」は、本件特許発明における「摺動歯部(11b,22b)の外周面」に相当し、同様に、「グリスニップル(13)」は「グリスニップル(13)」に相当する。
しかしながら、イ号装置の構成i)と、本件特許発明の構成要件ケ)とは、「摺動歯部の外周面にはグリス溜まりに連通するグリスニップルを2個設けること」に限り一致し、本件特許発明の構成要件ケ)においては、「グリス充填の際に一方のグリスニップル(13)を外して他方のグリスニップル(13)からグリスを充填することができるように構成し」てあるのに対して、イ号装置の構成i)においては、「グリスニップル(13)」が「グリス充填時には取り外すことのない」ものであり、「グリスの非充填部位をなくし」てある点で異なる、すなわち、グリス充填時のグリスニップルの取り扱いにおいて両者は異なる。
この異なりは、本件特許発明の構成要件ク)とイ号装置の構成h)とが、構造において異なることによるものであり、請求人も、上記第4の1-1.(8)及び(9)において同趣旨の説明をしている。
そして、本件特許発明は、その構成要件ケ)により、上記第2における2.の(3)ウ.の主張に係る効果を奏するのに対して、イ号装置は、そのような効果を奏し得ない。
そうすると、イ号装置の構成i)は、本件特許発明の構成要件ケ)を充足しない。

(10)構成要件コ)について
本件特許発明の構成要件コ)とイ号装置の構成j)とを対比すると、本件特許発明の構成要件コ)においては、「第1、第2のクラッチ(11,22)の摺動歯部(11b,22b)の摺動面(S)はSUSによる肉盛溶接後に研磨する防錆処理を施し波しぶきなどから発生する錆の発生を防止すべく構成した」とされているのに対して、イ号装置の構成j)においては、「第1、第2のクラッチ(11,22)の摺動歯部(11b,22b)の摺動面(S)はSUSによる肉盛溶接後に研磨する防錆処理は行うことはなく軸体(3)が露出しており、摺動歯部(11b,22b)の一側に設けられたシール部材(14)が装着された軸体(3)はSUSチューブ(3a,3b)を焼き嵌めして構成した」とされており、両者は摺動面について、SUSによる防錆処理を施しているか否かにおいて構造が異なり、また、本件特許発明の構成要件コ)が摺動面自体が防錆の機能を有するのに対して、イ号装置の構成j)は摺動面自体は錆の発生を免れないから、両者は機能においても異なる。
そして、本件特許発明は、その構成要件コ)により、上記第2の2.(9)に挙げた効果を奏するのに対して、イ号装置は、そのような効果を奏し得ない。
そうすると、イ号装置の構成j)は、本件特許発明の構成要件コ)を充足しない。

以上のとおりであるから、イ号装置の構成c)、d)、g)、h)、i)及びj)は、それぞれ本件特許発明の構成要件ウ)、エ)、キ)、ク)、ケ)及びコ)を充足しない。

2-2.均等の判断
請求人の主張において、イ号装置の構成c)について、「イ号装置では、c)に示すように、自動調心コロからなる軸受の代わりに、滑り軸受であるメタルブッシュが使用されている。」(上記第4の1-1.(3)を参照。)という、置換についての説明がされ、イ号装置の構成g)について、「ここで、第1、第2のキー(31,32)と角柱部(31a,32a)が均等物とはならない。」(上記第4の1-1.(7)を参照。)という、均等についての説明がされ、さらに、イ号装置の構成j)について、「従って、SUSチューブ嵌め込みの技術と、溶接及び研磨の技術は、代替え不可能であるので、SUS製チューブ(即ち、SUS製表面を摺動面とする構成は、本件特許発明の構成コ)と実質的に異なる技術と解される。」(上記第4の1-3.(6)を参照。)という、置換についての説明がされている。
そこで、イ号装置の構成c)、d)、g)、h)、i)及びj)のうち、構成c)、g)及びj)について、それぞれ文言上充足しない本件特許発明の構成要件ウ)、キ)及びコ)と均等の要件を満たすものであるか否かを検討するところ、事案に鑑み、まず構成c)及びj)について検討する。
ここで、最高裁平成6年(オ)第1083号判決(平成6年2月24日)は、特許請求の範囲に記載された構成中に対象製品等と異なる部分が存在する場合であっても、以下の5つの要件(以下、これら要件について「均等の要件(1)」ないし「均等の要件(5)」などという。)を満たす場合には、特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして、対象製品等は特許発明の技術的範囲に属するものとするのが相当である旨の判示をしている。
「(積極的要件)
(1)異なる部分が特許発明の本質的部分でなく、
(2)異なる部分を対象製品等におけるものと置き換えても、特許発明の目的を達することができ、同一の作用効果を奏するものであって、
(3)右のように置き換えることに、当業者が、対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができたものであり、
(消極的要件)
(4)対象製品等が、特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者が公知技術から出願時に容易に推考できたものでなく、かつ、
(5)対象製品等が、特許発明の出願手続において、特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たる等の特段の事情もない。」

(1)イ号装置の構成c)について
本件特許発明とイ号装置とを対比すると、「軸受」の構造に関して、本件特許発明の構成要件ウ)においては、「自動調心コロからなる軸受のベアリング(4)」であるのに対して、イ号装置の構成c)においては、「滑り軸受であるメタルブッシュ(4a)」である点で異なる。
そこで、イ号装置の構成c)における「滑り軸受であるメタルブッシュ(4a)」と、本件特許発明の構成要件ウ)における「自動調心コロからなる軸受のベアリング(4)」について、均等の要件(1)ないし(5)を満たすか否か、以下検討する。
本件特許発明の構成要件ウ)における「自動調心コロからなる軸受のベアリング(4)」は、本件特許発明に係る出願の願書に最初に添付された特許請求の範囲の請求項1に記載されていた「調芯機能付きのベアリング」について、平成26年1月6日に拒絶査定不服審判請求がされると同時に提出された手続補正書によって限定されたものである。
そして、本件特許発明の構成要件ウ)における「自動調心コロからなる軸受のベアリング(4)」は、自動調心されるものであって、特許明細書に記載されたとおりの「自動調心コロ軸受からなるベアリング4を用いているため、耐久性も著しく向上している。」(上記第2における2.の(2)イ.を参照。)という効果、及び、平成26年1月6日に提出された拒絶査定不服審判についての審判請求書において主張されたとおりの「ドラムにロープ巻き取りのような負荷がかかっても軸体3を円滑に回転させることができるため焼付きなどのおそれがなくなり、耐久性の向上に貢献することができます。」(上記第2における2.の(3)ア.を参照。)という効果(以下、これら効果を「本件特許発明の構成要件ウ)に係る効果」という。)を奏することを可能とするものである。
これに対して、イ号装置の構成c)における「滑り軸受であるメタルブッシュ(4a)」は、その構造上、軸受としての基本的な作用効果に加え、構造が簡単で低コストで製造できるという効果が認められるに留まり、本件特許発明の構成要件ウ)に係る効果を奏し得ない。
そうすると、本件特許発明の構成要件ウ)における「自動調心コロからなる軸受のベアリング(4)」を、イ号装置の構成c)における「滑り軸受であるメタルブッシュ(4a)」に置換した場合、本件特許発明の構成要件ウ)に係る効果は奏し得ないものとなるから、均等の要件(2)は満たさない。
そして、均等の要件(2)を満たさない以上、他の均等の要件は判断に及ばない。

(2)イ号装置の構成j)について
上記第5の2-1.(10)で述べたとおり、本件特許発明の構成要件コ)とイ号装置の構成j)とを対比すると、本件特許発明においては、「第1、第2のクラッチ(11,22)の摺動歯部(11b,22b)の摺動面(S)はSUSによる肉盛溶接後に研磨する防錆処理を施し波しぶきなどから発生する錆の発生を防止すべく構成した」とされているのに対して、イ号装置においては、「第1、第2のクラッチ(11,22)の摺動歯部(11b,22b)の摺動面(S)はSUSによる肉盛溶接後に研磨する防錆処理は行うことはなく軸体(3)が露出しており、摺動歯部(11b,22b)の一側に設けられたシール部材(14)が装着された軸体(3)はSUSチューブ(3a,3b)を焼き嵌めして、シール部材(14)の保護としているよう構成した」とされている点で異なる。
そこで、イ号装置の構成j)と、本件特許発明の構成要件コ)について、均等の要件(1)ないし(5)を満たすか否か、以下検討する。
本件特許発明の構成要件コ)において、第1、第2のクラッチ(11,22)の摺動歯部(11b,22b)の摺動面(S)には、SUSによる肉盛溶接がされ、SUS部材が設けられているのに対して、イ号装置の構成j)においては、「第1、第2のクラッチ(11,22)の摺動歯部(11b,22b)の摺動面(S)はSUSによる肉盛溶接後に研磨する防錆処理は行うことなく軸体(3)が露出しており」とされており、第1、第2のクラッチ(11,22)の摺動歯部(11b,22b)の摺動面(S)には、SUS部材が設けられていない。
そうすると、本件特許発明の構成要件コ)をイ号装置の構成j)と置換することによって、第1、第2のクラッチ(11,22)の摺動歯部(11b,22b)の摺動面(S)には、SUS部材が設けられていないものとなり、本件特許発明の構成要件コ)による「波しぶきなどから発生する錆の発生を防止することができることになり、特に錆の発生を防止するための油や防錆剤の塗布の必要がなくなり、これら油等の滴下による甲板の汚損を防止する」(上記第2における2.の(3)エ.を参照。)という効果を奏し得ないものとなるから、均等の要件(2)は満たさない。
そして、均等の要件(2)を満たさない以上、他の均等の要件は判断に及ばない。

(3)まとめ
以上のとおり、イ号装置の構成c)及びj)は、それぞれ本件特許発明の構成要件ウ)及びコ)と均等の要件を満たさないから、他の構成について判断するまでもなく、イ号装置は本件特許発明と均等なものとはいえない。


第6 むすび
以上のとおり、イ号装置は、本件特許発明の構成要件ウ)、エ)、キ)、ク)、ケ)及びコ)を充足しないものであり、また、本件特許発明との関係において、均等なものではないから、本件特許発明の技術的範囲に属しない。

よって、結論のとおり判定する。



 
判定日 2015-01-22 
出願番号 特願2010-91690(P2010-91690)
審決分類 P 1 2・ 1- ZA (B66D)
最終処分 成立  
前審関与審査官 葛原 怜士郎  
特許庁審判長 中村 達之
特許庁審判官 伊藤 元人
槙原 進
登録日 2014-05-16 
登録番号 特許第5543258号(P5543258)
発明の名称 タグボート用ウインチ  
代理人 松尾 憲一郎  
代理人 市川 泰央  
代理人 中前 富士男  

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