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審決分類 審判 全部無効 1項3号刊行物記載  B22D
審判 全部無効 特36条4項詳細な説明の記載不備  B22D
審判 全部無効 2項進歩性  B22D
審判 全部無効 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  B22D
管理番号 1297438
審判番号 無効2014-800016  
総通号数 184 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2015-04-24 
種別 無効の審決 
審判請求日 2014-01-23 
確定日 2015-01-26 
訂正明細書 有 
事件の表示 上記当事者間の特許第4725133号発明「鋼の連続鋳造用モールドパウダー」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 請求のとおり訂正を認める。 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯
本件特許第4725133号(以下「本件特許」という。)は、平成17年3月2日に出願(特願2005-57899号)されたものであって、その請求項1及び2に係る発明について、平成23年4月22日に特許権の設定登録がなされたものである。
これに対し、日鐵住金建材株式会社から平成26年1月23日付けで請求項1及び2に係る発明の特許について無効審判の請求がなされたものであるところ、審判請求以降の手続は、おおむね次のとおりである。

平成26年 4月15日付け 答弁書、訂正請求書
平成26年 6月 3日付け 審理事項通知
平成26年 7月10日付け 口頭審理陳述要領書(請求人)
平成26年 7月25日付け 口頭審理陳述要領書(被請求人)
平成26年 8月 1日付け 口頭審理陳述要領書(2)(被請求人)
平成26年 8月 1日 第1回口頭審理、無効理由通知(告知)
平成26年 8月19日付け 意見書、訂正請求書
平成26年 9月24日付け 弁駁書

第2 訂正請求についての当審の判断
1 請求の趣旨・本件訂正の内容
被請求人が平成25年8月19日に提出した訂正請求(以下、同訂正請求に係る訂正を「本件訂正」という。なお、被請求人が平成26年4月15日に提出した訂正請求は、特許法第134条の2第6項の規定により、取り下げられたものとみなす。)の趣旨は、「特許第4725133号の明細書及び特許請求の範囲を、本件訂正請求書に添付した明細書及び特許請求の範囲のとおり一群の請求項ごとに訂正することを求める。」というものであって、本件訂正の内容は、以下の訂正事項1?4からなるものである。

なお、明細書について、訂正前のもの、すなわち願書に添付した明細書を「特許明細書」と、訂正後のものを「訂正明細書」といい、訂正箇所に下線を付した。

(1) 訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1において、
「モールドパウダーのSiO_(2)含有量とNa_(2)O含有量との関係が、下記の(1)式を満たす範囲であり、且つ、モールドパウダーの塩基度とNa_(2)O含有量との関係が、下記の(2)式を満たす範囲であることを特徴とする」とあるのを、
「前記モールドパウダーのSiO_(2)含有量とNa_(2)O含有量との関係が、下記の(1)式を満たす範囲であり、且つ、前記モールドパウダーの塩基度とNa_(2)O含有量との関係が、下記の(2)式を満たす範囲である(但し、[%SiO_(2)]=35%、[%Na_(2)O]=8%、かつ、[%CaO]=35%の場合、[%SiO_(2)]=31.4%、[%Na_(2)O]=9.6%、かつ、[%CaO]=25.1%の場合、及び[%SiO_(2)]=32.8%、[%Na_(2)O]=9.0%、かつ、[%CaO]=26.3%の場合を除く)ことを特徴とする」に訂正する。

(2) 訂正事項2
特許請求の範囲の請求項1において、
「但し、(1)式及び(2)式において、[%Na_(2)O]はモールドパウダーのNa_(2)O含有量(質量%)、[%SiO_(2)]はモールドパウダーのSiO_(2)含有量(質量%)、CaO/SiO_(2)はモールドパウダーの塩基度である。」とあるのを、
「但し、(1)式及び(2)式において、[%Na_(2)O]は前記モールドパウダーのNa_(2)O含有量(質量%)、[%SiO_(2)]は前記モールドパウダーのSiO_(2)含有量(質量%)、[%CaO]は前記モールドパウダーのCaO含有量(質量%)、CaO/SiO_(2)は前記モールドパウダーの塩基度である。」に訂正する。

(3) 訂正事項3
特許明細書の発明の詳細な説明の段落【0010】において、
「モールドパウダーのSiO_(2)含有量とNa_(2)O含有量との関係が、下記の(1)式を満たす範囲であり、且つ、モールドパウダーの塩基度とNa_(2)O含有量との関係が、下記の(2)式を満たす範囲であることを特徴とする」とあるのを、
「前記モールドパウダーのSiO_(2)含有量とNa_(2)O含有量との関係が、下記の(1)式を満たす範囲であり、且つ、前記モールドパウダーの塩基度とNa_(2)O含有量との関係が、下記の(2)式を満たす範囲である(但し、[%SiO_(2)]=35%、[%Na_(2)O]=8%、かつ、[%CaO]=35%の場合、[%SiO_(2)]=31.4%、[%Na_(2)O]=9.6%、かつ、[%CaO]=25.1%の場合、及び[%SiO_(2)]=32.8%、[%Na_(2)O]=9.0%、かつ、[%CaO]=26.3%の場合を除く)ことを特徴とする」に訂正する。

(4) 訂正事項4
特許明細書の発明の詳細な説明の段落【0010】において、
「但し、(1)式及び(2)式において、[%Na_(2)O]はモールドパウダーのNa_(2)O含有量(質量%)、[%SiO_(2)]はモールドパウダーのSiO_(2)含有量(質量%)、CaO/SiO_(2)はモールドパウダーの塩基度である。」とあるのを、
「但し、(1)式及び(2)式において、[%Na_(2)O]は前記モールドパウダーのNa_(2)O含有量(質量%)、[%SiO_(2)]は前記モールドパウダーのSiO_(2)含有量(質量%)、[%CaO]は前記モールドパウダーのCaO含有量(質量%)、CaO/SiO_(2)は前記モールドパウダーの塩基度である。」に訂正する。

2 訂正の適否についての判断
(1) 訂正事項1について
ア 訂正の目的の適否
(ア) 訂正事項1は、特許請求の範囲の請求項1において、
「モールドパウダーのSiO_(2)含有量とNa_(2)O含有量との関係が、下記の(1)式を満たす範囲であり、且つ、モールドパウダーの塩基度とNa_(2)O含有量との関係が、下記の(2)式を満たす範囲である」とあるのを、
「前記モールドパウダーのSiO_(2)含有量とNa_(2)O含有量との関係が、下記の(1)式を満たす範囲であり、且つ、前記モールドパウダーの塩基度とNa_(2)O含有量との関係が、下記の(2)式を満たす範囲である」に訂正すること(以下、「訂正事項1-1」という。)、及び、
「下記の(2)式を満たす範囲であることを特徴とする」とあるのを、
「下記の(2)式を満たす範囲である(但し、[%SiO_(2)]=35%、[%Na_(2)O]=8%、かつ、[%CaO]=35%の場合、[%SiO_(2)]=31.4%、[%Na_(2)O]=9.6%、かつ、[%CaO]=25.1%の場合、及び[%SiO_(2)]=32.8%、[%Na_(2)O]=9.0%、かつ、[%CaO]=26.3%の場合を除く)ことを特徴とする」に訂正すること(以下、「訂正事項1-2」という。)の2つの訂正内容からなる。

(イ) 訂正事項1-1は、請求項1に記載された「モールドパウダー」のうち、2度目以降に記載された「モールドパウダー」の前に「前記」を付加することによって、前出の「モールドパウダー」との関係を明確にするものであるから、特許法第134条の2第1項のただし書第3号に規定する明瞭でない記載の釈明を目的とするものに該当する。

(ウ) また、訂正事項1-2は、請求項1に記載されたモールドパウダーの成分組成に関して、(1)式及び(2)式を満たす範囲から、[%SiO_(2)]=35%、[%Na_(2)O]=8%、かつ、[%CaO]=35%の場合、[%SiO_(2)]=31.4%、[%Na_(2)O]=9.6%、かつ、[%CaO]=25.1%の場合、及び[%SiO_(2)]=32.8%、[%Na_(2)O]=9.0%、かつ、[%CaO]=26.3%の場合を除くものであるから、特許法第134条の2第1項のただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。

イ 新規事項追加の有無
(ア) 上記ア(イ)のとおり、訂正事項1-1は、請求項1に記載された「モールドパウダー」のうち、2度目以降に記載された「モールドパウダー」の前に「前記」を付加することによって、前出の「モールドパウダー」との関係を明確にするものであって、明瞭でない記載の釈明を目的とするものであるから、特許明細書に記載した事項の範囲内においてしたものである。

(イ) また、上記ア(ウ)のとおり、訂正事項1-2は、請求項1に記載されたモールドパウダーの成分組成に関して、(1)式及び(2)式を満たす範囲から、[%SiO_(2)]=35%、[%Na_(2)O]=8%、かつ、[%CaO]=35%の場合、[%SiO_(2)]=31.4%、[%Na_(2)O]=9.6%、かつ、[%CaO]=25.1%の場合、及び[%SiO_(2)]=32.8%、[%Na_(2)O]=9.0%、かつ、[%CaO]=26.3%の場合を除くものであるから、特許明細書に記載した事項の範囲内においてしたものである。

(ウ) したがって、訂正事項1は、特許明細書に記載した事項の範囲内の訂正であり、特許法第134条の2第9項で準用する同法第126条第5項に適合する。

ウ 特許請求の範囲の実質上の拡張・変更の存否について
上記アのとおり、訂正事項1は、明瞭でない記載の釈明及び特許請求の範囲の減縮を目的とするものであって、実質上特許請求の範囲を拡張するものではないし、変更するものでもないから、特許法第134条の2第9項で準用する同法第126条第6項に適合する。

(2) 訂正事項2について
ア 訂正の目的の適否
訂正事項2は、請求項1に記載された「モールドパウダー」のうち、2度目以降に記載された「モールドパウダー」の前に「前記」を付加することによって、前出の「モールドパウダー」との関係を明確にするとともに、訂正事項1-2によって、請求項1に、「(但し、[%SiO_(2)]=35%、[%Na_(2)O]=8%、かつ、[%CaO]=35%の場合、[%SiO_(2)]=31.4%、[%Na_(2)O]=9.6%、かつ、[%CaO]=25.1%の場合、及び[%SiO_(2)]=32.8%、[%Na_(2)O]=9.0%、かつ、[%CaO]=26.3%の場合を除く)」との特定事項が追加されたことに伴い、「[%CaO]は前記モールドパウダーのCaO含有量(質量%)」との特定事項を追加して、[%CaO]の定義を明確にするものであるから、特許法第134条の2第1項のただし書第3号に規定する明瞭でない記載の釈明を目的とするものに該当する。

イ 新規事項追加の有無
(ア) 上記アのとおり、訂正事項2は、請求項1に記載された「モールドパウダー」のうち、2度目以降に記載された「モールドパウダー」の前に「前記」を付加することによって、前出の「モールドパウダー」との関係を明確にするとともに、訂正事項1-2によって、請求項1に、「(但し、[%SiO_(2)]=35%、[%Na_(2)O]=8%、かつ、[%CaO]=35%の場合、[%SiO_(2)]=31.4%、[%Na_(2)O]=9.6%、かつ、[%CaO]=25.1%の場合、及び[%SiO_(2)]=32.8%、[%Na_(2)O]=9.0%、かつ、[%CaO]=26.3%の場合を除く)」との特定事項が追加されたことに伴い、「[%CaO]は前記モールドパウダーのCaO含有量(質量%)」との特定事項を追加して、[%CaO]の定義を明確にするものであって、明瞭でない記載の釈明を目的とするものであるから、特許明細書に記載した事項の範囲内においてしたものである。

(イ) したがって、訂正事項2は、特許明細書に記載した事項の範囲内の訂正であり、特許法第134条の2第9項で準用する同法第126条第5項に適合する。

ウ 特許請求の範囲の実質上の拡張・変更の存否について
上記アのとおり、訂正事項2は、明瞭でない記載の釈明を目的とするものであって、実質上特許請求の範囲を拡張するものではないし、変更するものでもないから、特許法第134条の2第9項で準用する同法第126条第6項に適合する。

(3) 訂正事項3及び4について
ア 訂正の目的の適否
訂正事項3及び4は、いずれも、訂正事項1及び2に係る訂正によって生じる特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明との記載の不一致を解消して、記載の整合を図るものであるから、特許法第134条の2第1項のただし書第3号に規定する明瞭でない記載の釈明を目的とするものに該当する。

新規事項の追加の有無について
(ア) 上記(1)イ及び(2)イのとおり、訂正事項1及び2は、特許明細書に記載した事項の範囲内においてしたものであるから、訂正事項1及び2による訂正に伴い、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明との記載の不一致を解消して、記載の整合を図るものである訂正事項3及び4も、特許明細書に記載した事項の範囲内においてしたものである。

(イ) したがって、訂正事項3及び4は、特許明細書に記載した事項の範囲内の訂正であり、特許法第134条の2第9項で準用する同法第126条第5項に適合する。

ウ 特許請求の範囲の実質上の拡張・変更の存否について
上記アのとおり、訂正事項3及び4は、明瞭でない記載の釈明を目的とするものであって、実質上特許請求の範囲を拡張するものではないし、変更するものでもないから、特許法第134条の2第9項で準用する同法第126条第6項に適合する。

(4) 一群の請求項について
ア 訂正事項1及び2に係る訂正後の請求項2は、請求項1を引用しているから、訂正後の請求項1及び2は、一群の請求項を構成するものであり、本件訂正請求は、特許法第134条の2第3項の規定に適合する。

イ 訂正事項3及び4は、訂正後の請求項1及び2と関係しているから、本件訂正請求は、特許法第134条の2第9項で準用する同法第126条第4項の規定にも適合する。

3 訂正の適否についての結論
以上のとおりであるから、本件訂正は、特許法第134条の2第1項ただし書第1号及び第3号に掲げる事項を目的とするものに該当し、特許法第134条の2第3項、同法第134条の2第9項で準用する同法第126条第4項、第5項及び第6項の規定に適合するので、本件訂正を認める。

第3 本件発明
上記第2のとおり、本件訂正は認められたので、本件発明は、本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1及び2に記載された事項により特定される次のとおりのものである。
「【請求項1】
C:0.02?0.05質量%(但し、0.05質量%を除く)、Si:0.1質量%以下、Mn:0.05?0.3質量%、P:0.002?0.035質量%、S:0.005?0.015質量%、sol.Al:0.02?0.05質量%を含有する低炭素アルミキルド鋼の連続鋳造に使用される、少なくともSiO_(2)、CaO、及びNa_(2)Oを含有し、二次冷却帯においては鋳片表面からの剥離性に優れ、二次冷却帯での鋳片の冷却能を高めることが可能な、鋼の連続鋳造用モールドパウダーであって、前記モールドパウダーのSiO_(2)含有量とNa_(2)O含有量との関係が、下記の(1)式を満たす範囲であり、且つ、前記モールドパウダーの塩基度とNa_(2)O含有量との関係が、下記の(2)式を満たす範囲である(但し、[%SiO_(2)]=35%、[%Na_(2)O]=8%、かつ、[%CaO]=35%の場合、[%SiO_(2)]=31.4%、[%Na_(2)O]=9.6%、かつ、[%CaO]=25.1%の場合、及び[%SiO_(2)]=32.8%、[%Na_(2)O]=9.0%、かつ、[%CaO]=26.3%の場合を除く)ことを特徴とする、鋼の連続鋳造用モールドパウダー。
0.65×[%Na_(2)O]+25≦[%SiO_(2)]≦2.08×[%Na_(2)O]+25…(1)
-0.078×[%Na_(2)O]+1.4≦CaO/SiO_(2)≦-0.077×[%Na_(2)O]+1.8…(2)
但し、(1)式及び(2)式において、[%Na_(2)O]は前記モールドパウダーのNa_(2)O含有量(質量%)、[%SiO_(2)]は前記モールドパウダーのSiO_(2)含有量(質量%)、[%CaO]は前記モールドパウダーのCaO含有量(質量%)、CaO/SiO_(2)は前記モールドパウダーの塩基度である。
【請求項2】
前記モールドパウダーは、鋳片引き抜き速度が2.0m/分以上の高速鋳造時に使用するモールドパウダーであることを特徴とする、請求項1に記載の鋼の連続鋳造用モールドパウダー。」(以下、それぞれ、「本件発明1及び2」といい、これらをまとめて「本件発明」という。)

第4 請求人の主張、当審からの無効理由及び証拠方法
1 請求人の主張の概要
(1) 請求人は、「特許第4725133号の特許を無効にする、審判費用は被請求人の負担とする、との審決を求め」、審判請求書とともに甲第1号証及び甲第2号証を提出し、口頭審理陳述要領書とともに甲第3号証及び甲第4号証を提出し、さらに、弁駁書を提出しており、審判請求書、口頭審理(口頭審理陳述要領書、第1回口頭審理調書を含む)、弁駁書において主張したことを整理すると、おおむね次のとおり主張している。

ア 無効理由1
本件発明1及び2は、甲第1号証に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号の規定により特許を受けることができないものであり、その特許は同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきである(以下、「無効理由1」という。)。

イ 無効理由2
本件発明1及び2は、甲第1号証又は甲第1、2号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、その特許は同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきである(以下、「無効理由2」という。)。

ウ 無効理由3
本件特許は、訂正明細書の発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていないから、同法第123条第1項第4号に該当し、無効とすべきである(以下、「無効理由3」という。)。

エ 無効理由4
本件特許は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていないから、同法第123条第1項第4号に該当し、無効とすべきである(以下、「無効理由4」という。)。

(2) 請求人の主張した上記無効理由1ないし4のうち、無効理由1に係る主張については、第1回口頭審理において撤回されている。
また、請求人が口頭審理陳述要領書において無効理由2に関して行った甲第3号証及び甲第4号証に基づく主張は、請求理由の要旨の変更に当たるため、特許法第131条の2第1項の規定により許可されなかった。

2 甲号証の記載事項
請求人が証拠方法として提出した甲号証の記載事項は、それぞれ次のとおりである。
(1) 甲第1号証(特開2001-321909号公報)
ア 「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、拘束性ブレークアウトの発生を防止でき、安定した操業が可能である鋼の連続鋳造方法に関する。」
イ 「【0008】
【発明が解決しようとする課題】本発明は、拘束性ブレークアウトの発生を防止し、安定した操業ができる鋼の連続鋳造方法を提供することを目的とする。」
ウ 「【0017】本発明の方法は、厚さが50?100mm程度の断面形状が長方形の薄鋳片を2m/分程度以上の高速で鋳造する場合に適用するのに好適である。さらに、いわゆるブルームまたはビレットの鋳片を2m/分程度以上の高速で鋳造する場合に適用するのにも好適である。」
エ 「【0028】用いた鋼は、質量%で、C:0.04?0.06%、Si:0.01?0.05%、Mn:0.10?0.30%、P:0.01?0.02%、S:0.002?0.005%、Al:0.02?0.06%を含有し、その他Feおよび不純物を含有する低炭素鋼である。
【0029】鋳型の振動条件は、振動ストローク10mm、ネガティブストリップ率25%の正弦波形条件とした。また、浸漬ノズルは、吐出孔が2孔で、下向き30°のものを用いた。モールドパウダの主な化学組成は、質量%で、CaO:35%、SiO_(2):35%、Al_(2)O_(3):5%、MgO:5%、Na_(2)O:8%、F:6%である。このモールドパウダの溶融スラグの凝固点は約1130℃、1300℃における粘度は約1.5poiseである。」

(2) 甲第2号証(特開平2-141535号公報)
ア 「2.特許請求の範囲
重量%で
C:0.010 ? 0.040%
Si≦0.03%
Mn:0.05?0.35%
P≦0.015 %
S≦0.015 %
sol.Al:0.03?0.15%
N≦0.0025% ただしAl/N≧30
を含有し、残部鉄および不可避的不純物からなる鋼片をAr_(3)変態点未満の仕上げ温度で熱間圧延を行い630?750℃にて巻き取り、脱スケール後、85?95%の圧下率で冷間圧延し、再結晶温度以上670℃以下の温度で焼鈍し次いで8?30%の再冷延を行うことを特徴とする耳発生の小さい絞り缶用鋼板の製造法。」(第1頁左欄第4?19行)
イ 「(産業上の利用分野)
本発明は絞り加工時に耳発生が小さい缶用鋼板の製造法に関するものである。」(第1頁右欄第2?4行)
ウ 「鋼成分、熱延仕上げ温度および再冷延が耳発生率(イヤリング率)に及ぼす効果を第1図に示す。従来鋼(成分はwt%、C:0.030 %、Si:0.012 %、Mn:0.20 %、P :0.013%、S :0.011%、Al:0.050%、N:0.0023 %、Al/N: 21.8、スラブ加熱温度:1150℃、巻取温度:650℃、Hot板厚:1.8mm、連続焼鈍: 6540℃)および本発明鋼(低C,P,N成分鋼、成分はwt%、C:0.020%、Si: 0.012 %、Mn: 0.20%、P: 0.008 %、S: 0.011 %、Al: 0.050 %、N:0.0016 %、Al/N: 31.3、スラブ加熱温度:1050 ℃、巻取温度:658℃、Hot 板厚: 2.4mm、連続焼鈍: 640℃)について示しているが、スラブ低温加熱を行った低C、P、N成分鋼は冷延、焼鈍後(ICR)において、従来鋼に比べ高冷延圧下率領域でイヤリング率が小さくなっている。」(第2頁右下欄第10行?第3頁左上欄第5行)
エ 「Alは脱酸のため添加される成分であり、0.03%以上含有させる。一方その含有量が多くなるとスリバー疵等の表面欠陥を生じるので0.15%以下とする。好ましくは0.04?0.12%である。」(第3頁右下欄第11?14行)

3 当審からの無効理由通知の概要
本件訂正前の特許請求の範囲の請求項1、2に係る発明は、その出願前に日本国内又は外国において、頒布された特開平11-320058号公報(以下、「刊行物1」という。)に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないものであり、本件特許は、同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきである。

4 刊行物1の記載事項
(1) 「【0066】
【実施例】湾曲型連続鋳造機を用いて、厚さ100mm、幅1000mmの鋳片を連続鋳造した。
【0067】表1に示す化学組成の中炭素鋼、低炭素鋼および低炭高Mn鋼を対象に、低炭素鋼は、鋳造速度6m/分、それ以外の鋼は、鋳造速度5m/分で鋳造した。」
(2)「【0068】
【表1】


(3) 「【0091】表4に示した試験No.29および30は、本発明例のパウダを用いた本発明例の試験であり、試験No.31および32は、CaO’/SiO_(2)が本発明で規定する下限を外れた比較例のパウダを用いた比較例の試験である。
【0092】
【表4】



第5 被請求人の主張と証拠方法
1 被請求人の主張の概要
被請求人は、答弁書、乙第1号証及び訂正請求書(特許法第134条の2第6項の規定により、取り下げられたものとみなす。)を提出し、口頭審理陳述要領書及び口頭審理陳述要領書(2)を提出し、当審の無効理由通知に対して、意見書、乙第2ないし4号証及び訂正請求書を提出して、請求人の主張する理由、当審の無効理由及び証拠によっては本件発明を無効とすることはできないと主張している。

2 乙号証の記載事項
被請求人が証拠方法として提出した乙号証の記載事項は、それぞれ次のとおりである。
(1) 乙第1号証



(2) 乙第2号証(特許第3427804号)
「【発明の名称】モールドパウダおよび連続鋳造方法」
「【特許請求の範囲】
【請求項1】CaO、SiO_(2)およびフッ素化合物を基本成分とし、0?10質量%のZrO_(2)を含み、かつ、下記(a)、(b)および(c)式を満足することを特徴とする連続鋳造用モールドパウダ。
1.1≦f(1)≦1.7 ・・・(a)
0.18≦f(2)≦0.3 ・・・(b)
0.10≦f(3)≦0.20 ・・・(c)
f(1)=(CaO)h/(SiO_(2))h ・・・(イ)
f(2)=(CaF_(2))h/((CaO)h+(SiO_(2))h
+(CaF_(2))h) ・・・(ロ)
f(3)=(アルカリ金属の弗化物)h/((CaO)h
+(SiO_(2))h+(アルカリ金属の弗化物)h) ・・・(ハ)
(CaO)h=(W_(CaO)-(CaF_(2))h×0.718) ・・・(A)
(SiO_(2))h= W_(SiO2) ・・・(B)
(CaF_(2))h=(W_(F)-W_(Li2O)×1.27-W_(Na2O)×0.613
-W_(K2O) ×0.403)×2.05 ・・・(C)
(アルカリ金属の弗化物)h=W_(Li2O)×1.74+W_(Na2O) ×
1.35+W_(K2O)×1.23 ・・・(D)
ここで、W_(CaO) 、W_(SiO2) 、W_(F) 、W_(Li2O) 、W_(Na2O) およびW_(K2O) :モールドパウダ中のCaO、SiO_(2)、F、Li_(2)O、Na_(2)OおよびK_(2)Oの含有率(質量%)
【請求項2】請求項1に記載の連続鋳造用モールドパウダを用い、C含有率が0.065?0.18質量%の鋼を、鋳造速度2m/分以上の速度で鋳造することを特徴とする鋼の連続鋳造方法。」

(3) 乙第3号証(特許第3271578号)
「【発明の名称】鋼の連続鋳造用モールドパウダおよび連続鋳造方法」
「【特許請求の範囲】
【請求項1】CaO、Al_(2) O_(3) およびフッ素化合物を基本成分とする鋼の連続鋳造用モールドパウダであって、下記(1)式で表されるT.CaOとAl_(2) O_(3)の重量%の比「T.CaO/Al_(2) O_(3) 」が、0.5?2.5で、SiO_(2)を15重量%以下、フッ素化合物としてのFを5?30重量%、Na_(2) Oを0?10重量%、MgOを0?10重量%含有し、溶融パウダの1300℃における粘度が2.5?10poiseであることを特徴とする鋼の連続鋳造用モールドパウダ。
T.CaO(重量%)=CaO(重量%)+CaF_(2)(重量%)
×(56/78)・・・(1)
ただし、CaF_(2)(重量%)=F(重量%)×(78/38)である。
【請求項2】請求項1に記載のモールドパウダを用いることを特徴とするMn含有率が0.5重量%以上である鋼の連続鋳造方法。」

(4) 乙第4号証(特許第4276419号)
「【発明の名称】鋼の連続鋳造用パウダー」
「【特許請求の範囲】
【請求項1】
CaO/SiO_(2)が1.11?1.2の範囲であり、ZrO_(2):1?7質量%、Al_(2)O_(3):2?10質量%を含有し、1300℃における粘度が3.5?10poiseであり、Al含有量0.01?0.06質量%の極低炭Alキルド鋼の連続鋳造に用いることを特徴とする鋼の連続鋳造用パウダー。
【請求項2】
さらにB_(2)O_(3):1?7質量%を含有することを特徴とする請求項1に記載の鋼の連続鋳造用パウダー。」

第6 当審の判断
1 無効理由2について
(1) 甲第1号証に記載された発明
甲第1号証の上記第4 2(1)アないしエの記載から、甲第1号証には、「質量%で、C:0.04?0.06%、Si:0.01?0.05%、Mn:0.10?0.30%、P:0.01?0.02%、S:0.002?0.005%、Al:0.02?0.06%を含有し、その他Feおよび不純物を含有する低炭素鋼の連続鋳造に使用される、主な化学組成が、質量%で、CaO:35%、SiO_(2):35%、Al_(2)O_(3):5%、MgO:5%、Na_(2)O:8%、F:6%である鋼の連続鋳造用モールドパウダー。」の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されていると認められる。

(2) 本件発明1と甲1発明との対比
本件発明1と甲1発明とを対比すると、
ア 甲1発明における低炭素鋼のC、Si、Mn、P、S及びAlの各成分組成範囲は、本件発明1における低炭素アルミキルド鋼のC、Si、Mn、P、S及びsol.Alの各成分組成範囲と重複しているから、甲1発明の「質量%で、C:0.04?0.06%、Si:0.01?0.05%、Mn:0.10?0.30%、P:0.01?0.02%、S:0.002?0.005%、Al:0.02?0.06%を含有し、その他Feおよび不純物を含有する低炭素鋼」は、本件発明1の「C:0.02?0.05質量%(但し、0.05質量%を除く)、Si:0.1質量%以下、Mn:0.05?0.3質量%、P:0.002?0.035質量%、S:0.005?0.015質量%、sol.Al:0.02?0.05質量%を含有する低炭素アルミキルド鋼」に相当する。

イ 甲1発明の「主な化学組成が、質量%で、CaO:35%、SiO_(2):35%、Al_(2)O_(3):5%、MgO:5%、Na_(2)O:8%、F:6%である鋼の連続鋳造用モールドパウダー」は、本件発明1の「少なくともSiO_(2)、CaO、及びNa_(2)Oを含有」する「鋼の連続鋳造用モールドパウダー」に相当する。

ウ 甲1発明の「鋼の連続鋳造用モールドパウダー」におけるCaO、SiO_(2)及びNa_(2)Oの各含有量は、本件発明1のモールドパウダーにおける(1)式及び(2)式を満たす範囲から除かれている。

エ 以上から、両者は、「C:0.02?0.05質量%(但し、0.05質量%を除く)、Si:0.1質量%以下、Mn:0.05?0.3質量%、P:0.002?0.035質量%、S:0.005?0.015質量%、sol.Al:0.02?0.05質量%を含有する低炭素アルミキルド鋼の連続鋳造に使用される、少なくともSiO_(2)、CaO、及びNa_(2)Oを含有する、鋼の連続鋳造用モールドパウダー。」である点で一致し、以下の2点で相違する。

相違点1:本件発明1は、「二次冷却帯においては鋳片表面からの剥離性に優れ、二次冷却帯での鋳片の冷却能を高めることが可能な、鋼の連続鋳造用モールドパウダー」であるのに対し、甲1発明は、そのような「鋼の連続鋳造用モールドパウダー」かであるどうか不明である点

相違点2:本件発明1は、「前記モールドパウダーのSiO_(2)含有量とNa_(2)O含有量との関係が、下記の(1)式を満たす範囲であり、且つ、前記モールドパウダーの塩基度とNa_(2)O含有量との関係が、下記の(2)式を満たす範囲である(但し、[%SiO_(2)]=35%、[%Na_(2)O]=8%、かつ、[%CaO]=35%の場合、[%SiO_(2)]=31.4%、[%Na_(2)O]=9.6%、かつ、[%CaO]=25.1%の場合、及び[%SiO_(2)]=32.8%、[%Na_(2)O]=9.0%、かつ、[%CaO]=26.3%の場合を除く)」「鋼の連続鋳造用モールドパウダー。
0.65×[%Na_(2)O]+25≦[%SiO_(2)]≦2.08×[%Na_(2)O]+25…(1)
-0.078×[%Na_(2)O]+1.4≦CaO/SiO_(2)≦-0.077×[%Na_(2)O]+1.8…(2)
但し、(1)式及び(2)式において、[%Na_(2)O]は前記モールドパウダーのNa_(2)O含有量(質量%)、[%SiO_(2)]は前記モールドパウダーのSiO_(2)含有量(質量%)、[%CaO]は前記モールドパウダーのCaO含有量(質量%)、CaO/SiO_(2)は前記モールドパウダーの塩基度である」のに対し、甲1発明は、かかる事項を有していない点

(3) 相違点についての判断
まず、相違点2について検討する。
ア 本件発明は、二次冷却帯における鋳片の冷却能を高めることを可能とする、鋳片表面からの剥離性に優れる、鋼の連続鋳造用モールドパウダーを提供すること(段落【0009】)を解決しようとする課題として、本件発明1に記載されているように、特定の成分組成の低炭素アルミキルド鋼の連続鋳造に使用されるモールドパウダーを、特定の成分組成にすることによって、上記課題を解決するものであって、鋳片引き抜き速度が2.0m/分以上の高速鋳造であってもモールドパウダーの巻き込みのない高品質の鋳片を安定して製造することが可能となる(段落【0013】)という効果を奏するものである。
そして、上記(2)ウのとおり、甲1発明の「鋼の連続鋳造用モールドパウダー」におけるCaO、SiO_(2)及びNa_(2)Oの各含有量は、本件発明1のモールドパウダーにおける(1)式及び(2)式を満たす範囲から除かれている。
他方、甲1発明が解決しようとする課題は、甲第1号証の上記第4 2(1)イの記載から、拘束性ブレークアウトの発生を防止し、安定した操業ができる鋼の連続鋳造方法を提供することであって、甲1号証には、本件発明の課題については、何ら記載も示唆もされていないから、本件発明と甲1発明とでは、解決しようとする課題が異なっており、甲1発明には、本件発明の課題を解決しようとする認識は全くない。
そうすると、甲1発明において、本件発明の課題である、二次冷却帯における鋳片の冷却能を高めることを可能とする、鋳片表面からの剥離性に優れる、鋼の連続鋳造用モールドパウダーを提供をするために、モールドパウダーの成分組成を、本件発明のモールドパウダーの成分組成範囲にすることの動機付けは見当たらない。
したがって、相違点2に係る本件発明1の発明特定事項を導出することはできず、本件発明1は、甲1発明に基づいて当業者が容易に想到し得たものとはいえない。

イ 甲第2号証の上記第4 2(2)アの記載から、甲第2号証には、「重量%で、C:0.010 ? 0.040%、Si≦0.03%、Mn:0.05?0.35%、P≦0.015 %、S≦0.015 %、sol.Al:0.03?0.15%、N≦0.0025% ただしAl/N≧30 を含有し、残部鉄および不可避的不純物からなる鋼」が記載されており、本件発明1における低炭素アルミキルド鋼と、C、Si、Mn、P、S及びAlの各成分組成範囲が重複している鋼が記載されているといえるものの、鋼の連続鋳造用モールドパウダーについては、何ら記載ないし示唆されていない。
そうすると、甲1発明に甲第2号証に記載された事項を組み合わせても、相違点2に係る本件発明1の発明特定事項を導出することはできず、本件発明1は、甲1発明及び甲第2号証に記載された基づいて当業者が容易に想到し得たものとはいえない。

ウ そして、本件発明1は、上記相違点2に係る発明特定事項を有することにより、鋳片引き抜き速度が2.0m/分以上の高速鋳造であってもモールドパウダーの巻き込みのない高品質の鋳片を安定して製造することが可能となるという格別の効果を有するものである。

エ したがって、相違点1について検討するまでもなく、本件発明1は、甲1発明又は甲1発明及び甲第2号証に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(4) 本件発明2について
本件発明1の発明特定事項を有する本件発明2と甲1発明とを対比すると、両者は、少なくとも上記相違点1及び2で相違している。
そうすると、上記(3)のところで述べた理由と同じ理由により、本件発明1の発明特定事項を有する本件発明2は、甲1発明又は甲1発明及び甲第2号証に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(5) 請求人の主張について
請求人は、本件訂正は、出願時に既に公知であった、甲第1号証の実施例として使用したパウダー成分の数値を特許請求の範囲から除去しようとするものであって、除去したからといって文献に記載されて公知になったという事実が解消する訳ではないから、本件発明1における除去した部分に連続して隣接する数値は、甲第1号証の記載自体から当業者が容易に想到できたものである旨(口頭審理陳述要領書第3頁第6?13行)、及び、甲第1号証の実施例のパウダー成分は、本件訂正前の発明における中心的な成分を達成しているいるのであり、除くクレームにより除去しようとする点の周囲は、甲第1号証によって示唆されているから、甲第1号証記載の成分だけ特許請求の範囲から除去すれば進歩性が発生するといったものではなはく、依然として本件発明は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない旨(口頭審理陳述要領書第3頁第19行?第5頁第8行)主張する。
しかし、上記(3)で検討したとおり、甲1発明のモールドパウダーにおけるSiO_(2)、Na_(2)O及びCaOの成分組成は、本件発明1のモールドパウダーにおけるSiO_(2)、Na_(2)O及びCaOの成分組成から除かれており、また、甲1発明には、本件発明1の課題を解決しようとする認識は全くない。
そうすると、本件発明1における、除くクレームにより除去された点の周囲は、甲第1号証によって示唆されているとはいえない。
したがって、請求人の主張は採用することができない。

(6) 小括
以上のとおりであるから、本件発明1及び2に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反して特許されたものではない。

2 無効理由3について
(1) 請求人の主張
請求人が主張する無効理由3に係る特許法第36条第4項第1号違反は、次のとおりである。
本件発明1においては、連続鋳造の対象である鋼の成分を規定しているが、このような成分にすることの根拠が、発明の詳細な説明において明らかにされておらず、当業者が技術上の意義を理解できないから、特許明細書の発明の詳細な説明は、当業者が発明を実施できる程度に明確かつ十分には記載されていないので、特許法第36条第4項第1号の要件を満たしていない(無効審判請求書第11頁第22?24行、同第12頁第17?20行)。

(2) 訂正明細書の記載事項
ア 本件発明に係る特許請求の範囲の記載は、上記第3で示したとおりである。

イ また、訂正明細書の発明の詳細な説明には、実施例1として以下の記載がある。
「【実施例1】
【0028】
2ストランドの垂直曲げ型スラブ連続鋳造機において、表1に示す組成の2種類のモールドパウダーを用いて、厚み250mm、幅1350mm、C:0.02?0.05質量%、Si:0.1質量%以下、Mn:0.05?0.3質量%、P:0.002?0.035質量%、S:0.005?0.015質量%、sol.Al:0.02?0.05質量%の組成の低炭素アルミキルド鋼のスラブ鋳片を鋳片引抜き速度2.5m/分で鋳造した。
【0029】
【表1】

【0030】
表1に示すモールドパウダーAは、前述した(1)式及び(2)式を満足しておらず、本発明の範囲外のモールドパウダーである。これに対してモールドパウダーBは、前述した(1)式及び(2)式を満足しており、本発明のモールドパウダーである。これらのモールドパウダーを6チャージの連続連続鋳造(連々鋳)で、チャージ毎にストランドを変更して使用し、そのときの湯面変動を調査した。ストランドを交互に変更することで、仮に湯面変動に及ぼすストランド特有の外乱があったとしても、外乱は双方のモールドパウダーに均等に影響するので、データ処理ではこの外乱を排除することができる。
【0031】
図3に調査結果を示す。図3に示すように、モールドパウダーBでは、平均湯面変動量は約7mmであり、目標とする10mm以下の湯面変動量を確保することができた。これに対して、モールドパウダーAでは、平均湯面変動量は約15mmであり、従って、本発明のモールドパウダーを使用することで、バルジング性湯面変動を低減可能であることが確認できた。」
「【図3】



(3) 判断
ア 訂正明細書の上記(2)イの記載によれば、2ストランドの垂直曲げ型スラブ連続鋳造機において、本件発明の(1)式及び(2)式を満足しないモールドパウダーA(SiO_(2):32.2質量%、Al_(2)O_(3):3.8質量%、CaO:27.7質量%、MgO:2.0質量%、Na_(2)O:14.9質量%)と、同(1)式及び(2)式を満足するモールドパウダーB(SiO_(2):31.5質量%、Al_(2)O_(3):4.0質量%、CaO:31.9質量%、MgO:2.1質量%、Na_(2)O:9.2質量%)を用いて、厚み250mm、幅1350mm、C:0.02?0.05質量%、Si:0.1質量%以下、Mn:0.05?0.3質量%、P:0.002?0.035質量%、S:0.005?0.015質量%、sol.Al:0.02?0.05質量%の組成の低炭素アルミキルド鋼のスラブ鋳片を鋳片引抜き速度2.5m/分で鋳造した結果、モールドパウダーBでは、平均湯面変動量は約7mmであり、目標とする10mm以下の湯面変動量を確保することができたのに対して、モールドパウダーAでは、平均湯面変動量は約15mmであって、本件発明のモールドパウダーを使用することで、バルジング性湯面変動を低減可能であることが確認できたことが記載されているといえる。

イ ここで、上記訂正明細書における記載では、低炭素アルミキルド鋼のC、Si、Mn、P、S及びsol.Alの各成分組成(以下、単に「各成分組成」という。)は、範囲で示されており、具体的な成分組成は特定されていないが、本件発明1に規定されている低炭素アルミキルド鋼の各成分組成の範囲を満たす、特定の成分組成の低炭素アルミキルド鋼が用いられていることは明らかである。
そして、本件発明1に規定されている低炭素アルミキルド鋼の各成分組成の範囲は、甲第1号証(特に、段落【0028】参照)及び甲第2号証(特に、特許請求の範囲、第3頁右下欄第11?14行参照)にも記載されているように、低炭素アルミキルド鋼としてごく一般的なものであるといえ、各成分組成の範囲内において共通の特性を有するものであることは、当業者にとって自明の事項である。
そうすると、訂正明細書の上記(2)イに記載の実施例1において、特定の成分組成の低炭素アルミキルド鋼において、バルジング性湯面変動を低減可能であるという効果が得られることが記載されているのであるから、本件発明に規定されている低炭素アルミキルド鋼の各成分組成の全範囲に渡って、同様の効果が得られることは、当業者にとって十分に理解し得るものである。

ウ したがって、当業者は、本件発明1に規定されている低炭素アルミキルド鋼の成分組成についての技術上の意義を理解できるから、訂正明細書の発明の詳細な説明は、本件発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されている。

(4) 小括
以上のとおりであるから、本件発明1及び2に係る特許は、特許法第36条第4項第1号の規定に違反して、特許されたものということはできない。

3 無効理由4について
(1) 請求人の主張
請求人が主張する無効理由3に係る特許法第36条第6項第1号違反は、次のとおりである。
訂正明細書は、本件発明に規定されている特定の鋼を対象にモールドパウダーの効果を確認して課題が解決されることを認識している実施例が一つのみにとどまっているため、他の組成範囲の鋼において本件発明の効果が得られるか不明であり、当業者が、実施例で確認した鋼以外に、本件発明に規定されている特定の組成範囲を有するモールドパウダーを使用したことで、本件発明の効果が得られるか不明である。
したがって、本件発明は、訂正明細書の発明の詳細な説明において、発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えるものであり、本件特許は特許法第36条第6項第1号の要件を満たしていない(口頭審理陳要書第16頁第6?15行)。

(2) 判断
ア 上記2 (3)イのとおり、本件発明に規定されている低炭素アルミキルド鋼の各成分組成の全範囲に渡って、同様の効果が得られることは、当業者にとって十分に理解し得るものである。

イ そうすると、本件発明は、訂正明細書の発明の詳細な説明において、発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えるものであるとはいえない。

(3) 小括
以上のとおりであるから、本件発明に係る特許は、特許法第36条第6項第1号の規定に違反して、特許されたものということはできない。

4 当審からの無効理由について
(1) 刊行物1に記載された発明
ア 刊行物1の上記第4 4(1)の記載から、刊行物1には、湾曲型連続鋳造機を用いて連続鋳造すること、及び、低炭素鋼は、鋳造速度6m/分で鋳造することが記載されているから、低炭素鋼を連続鋳造することが記載されているといえる。

イ 刊行物1の上記第4 4(2)の【表1】には、鋼No.3として、Cを0.05重量%、Siを0.02重量%、Mnを0.22重量%、Pを0.014重量%、Sを0.003重量%、sol.Alを0.019重量%含有し、残部がFeおよび不可避的不純物である低炭素鋼が記載されている。

ウ 刊行物1の上記第4 4(3)の【表4】には、試験No.31として、CaOを25.1重量%、SiO_(2)を31.4重量%、Na_(2)Oを9.6重量%を含有するパウダを、同No.32として、CaOを26.3重量%、SiO_(2)を32.8重量%、Na_(2)Oを9.0重量%を含有するパウダを用いることが記載されている。

エ そうすると、刊行物1には、「Cを0.05重量%、Siを0.02重量%、Mnを0.22重量%、Pを0.014重量%、Sを0.003重量%、sol.Alを0.019重量%含有し、残部がFeおよび不可避的不純物である低炭素鋼の連続鋳造に使用される、少なくともCaOを25.1重量%、SiO_(2)を31.4重量%、Na_(2)Oを9.6重量%又はCaOを26.3重量%、SiO_(2)を32.8重量%、Na_(2)Oを9.0重量%含有するパウダ。」(以下、「刊行物1発明」という。)が記載されていると認められる。

(2) 本件発明1と刊行物1発明との対比
本件発明1と刊行物1発明とを対比すると、
ア 刊行物1発明の「低炭素鋼」は、sol.Alを含有しているから、本件発明1の「低炭素アルミキルド鋼」であることは明らかである。

イ 刊行物1発明の「重量%」は、表記は異なるものの、本件発明1の「質量%」ということができる。

ウ 刊行物1発明における低炭素鋼中のC、Si、Mn、Pの含有量は、いずれも、本件発明1における低炭素アルミキルド鋼中のC、Si、Mn、Pの含有量の範囲内である。また、刊行物1発明における低炭素鋼及び本件発明1における低炭素アルミキルド鋼は、いずれも、S及びsol.Alを含有している点で共通している。

エ 刊行物1発明の「低炭素鋼の連続鋳造に使用される」「パウダ」は、本件発明1の「鋼の連続鋳造用モールドパウダー」に相当する。

オ 刊行物1発明の「CaOを25.1重量%、SiO_(2)を31.4重量%、Na_(2)Oを9.6重量%又はCaOを26.3重量%、SiO_(2)を32.8重量%、Na_(2)Oを9.0重量%を含有するパウダ」は、本件発明1の「少なくともSiO_(2)、CaO、及びNa_(2)Oを含有」する「鋼の連続鋳造用モールドパウダー」に相当する。

カ 刊行物1発明の「パウダ」におけるSiO_(2)、Na_(2)O及びCaOの各含有量は、本件発明1のモールドパウダーにおける(1)式及び(2)式を満たす範囲から除かれている。

キ 以上から、両者は、「C:0.02?0.05質量%(但し、0.05質量%を除く)、Si:0.1質量%以下、Mn:0.05?0.3質量%、P:0.002?0.035質量%、S、sol.Alを含有する低炭素アルミキルド鋼の連続鋳造に使用される、少なくともSiO_(2)、CaO、及びNa_(2)Oを含有する、鋼の連続鋳造用モールドパウダー。」である点で一致し、以下の3点で相違する。

相違点A:低炭素アルミキルド鋼について、本件発明1は、「S:0.005?0.015質量%、sol.Al:0.02?0.05質量%を含有」しているのに対して、刊行物1発明は、「Sを0.003重量%、sol.Alを0.019重量%含有し」ている点

相違点B:本件発明1は、「二次冷却帯においては鋳片表面からの剥離性に優れ、二次冷却帯での鋳片の冷却能を高めることが可能な、鋼の連続鋳造用モールドパウダー」であるのに対し、刊行物1発明は、そのような「鋼の連続鋳造用モールドパウダー」であるかどうか不明である点

相違点C:本件発明1は、「前記モールドパウダーのSiO_(2)含有量とNa_(2)O含有量との関係が、下記の(1)式を満たす範囲であり、且つ、前記モールドパウダーの塩基度とNa_(2)O含有量との関係が、下記の(2)式を満たす範囲である(但し、[%SiO_(2)]=35%、[%Na_(2)O]=8%、かつ、[%CaO]=35%の場合、[%SiO_(2)]=31.4%、[%Na_(2)O]=9.6%、かつ、[%CaO]=25.1%の場合、及び[%SiO_(2)]=32.8%、[%Na_(2)O]=9.0%、かつ、[%CaO]=26.3%の場合を除く)」「鋼の連続鋳造用モールドパウダー。
0.65×[%Na_(2)O]+25≦[%SiO_(2)]≦2.08×[%Na_(2)O]+25…(1)
-0.078×[%Na_(2)O]+1.4≦CaO/SiO_(2)≦-0.077×[%Na_(2)O]+1.8…(2)
但し、(1)式及び(2)式において、[%Na_(2)O]は前記モールドパウダーのNa_(2)O含有量(質量%)、[%SiO_(2)]は前記モールドパウダーのSiO_(2)含有量(質量%)、[%CaO]は前記モールドパウダーのCaO含有量(質量%)、CaO/SiO_(2)は前記モールドパウダーの塩基度である」のに対し、刊行物1発明は、かかる事項を有していない点

(3) 相違点についての判断
まず、相違点Cについて判断する。
ア 上記(2)カのとおり、刊行物1発明の「パウダ」におけるSiO_(2)、Na_(2)O及びCaOの各含有量は、本件発明1のモールドパウダーにおける(1)式及び(2)式を満たす範囲から除かれている。
そして、甲第1号証の全体を見ても、本件発明1の相違点Cに係る発明特定事項は、何ら記載ないし示唆されていない。
また、甲第1号証に、本件発明1の相違点Cに係る発明特定事項が記載されているに等しいといえること裏付ける証拠は何ら提出されていない。

イ したがって、その余の相違点について検討するまでもなく、本件発明1は、刊行物発明1と同一であるとはいえない。

ウ よって、本件発明1は、刊行物1発明ではない。

(4)本件発明2について
本件発明1の発明特定事項を有する本件発明2と刊行物1発明とを対比すると、少なくとも、本件発明2と刊行物1発明は上記相違点AないしCの3点で相違している。
そうすると、上記(3)のところで述べた理由と同じ理由により、本件発明1の発明特定事項を有する本件発明2は、刊行物1発明ではない。

(5) 請求人の主張について
ア 請求人は、モールドパウダーは、成分組成がわずかでも異なれば特性が大きく変化するというものではなく、組成が多少異なっても同様な効果が得られることは当業者に周知であるから、刊行物1の表4に記載の各成分量の上下には事実上同等な技術的効果を有する成分範囲が存在するのであって、本件発明から表4に記載の数値をスポット的に除外しても、そのすぐ上下の成分量は刊行物に開示された範囲のものであって、結局のところ、前記のように刊行物1の表4に記載の各成分量をいわゆる除くクレームにより請求項1から除去しても、請求項1には、刊行物1に記載の発明と同一性を有する部分が残存するから、本件発明は、依然として新規性を有さず、無効にされるべきものである旨(弁駁書第3頁第12?22行)主張する。

しかし、請求人の「モールドパウダーは、成分組成がわずかでも異なれば特性が大きく変化するというものではなく、組成が多少異なっても同様な効果が得られることは当業者に周知である」との主張を裏付ける証拠は提出されていない。
また、本件発明の効果は、上記1(3)アのとおり、鋳片引き抜き速度が2.0m/分以上の高速鋳造であってもモールドパウダーの巻き込みのない高品質の鋳片を安定して製造することが可能となるというものであるところ、刊行物1には、当該効果について何ら記載も示唆もなされていないから、刊行物1発明において、モールドパウダーの組成が多少異なったものについて、本件発明と同様の効果が得られるとはいえない。

イ 請求人は、モールドパウダーの原料は、コストの点から純度が高く安定した化学薬品のようなものを使用する訳ではなく、一般的に種々の天然鉱石などを主体として製造され、純度の変動を計算に入れて目標に近づけるように製造されているが、正確に目標どおりの成分とはならないのが普通であるため、製造者側と使用者側で各成分の規格範囲を設定し、製造されるから、刊行物1発明の発明者が意図した成分量としては、本来これよりも上下に広がった範囲が存在する。したがって、本件特許の特許請求の範囲から刊行物1発明の表4に記載の数値をスポット的に除外しても、そのすぐ上下の成分量は刊行物1に開示された範囲のものである旨(弁駁書第4頁第9?19行)主張する。

しかし、仮に、請求人の主張どおり、「モールドパウダーの原料はコストの点から純度が高く安定した化学薬品のようなものを使用する訳ではなく、一般的に種々の天然鉱石などを主体として製造され、純度の変動を計算に入れて目標に近づけるように製造されているが、正確に目標どおりの成分とはならないのが普通であるため、製造者側と使用者側で各成分の規格範囲を設定し、製造される」ものであるとすると、本件発明において除かれている組成は、製造者と使用者が設定する規格範囲を有すると考えられるから、スポット的に除外した組成の近傍の規格範囲となる組成も、除かれているとみるのが自然である。
また、刊行物1発明に基づいて製造したモールドパウダーの各成分組成は、常に本件発明のモールドパウダーの各成分組成になるともいえない。
そうすると、本件発明は、刊行物1に開示された範囲のものであるとはいえない。

ウ 今回のような特許請求の範囲の訂正があっても、第三者は、訂正により請求項1から除去された内容の発明の実施は困難であり、著しく衡平を欠く旨(弁駁書第5頁第9?13行)主張する。

しかし、第三者が、訂正により本件請求項1から除外された内容の発明を実施することが困難か否かという点は、本件発明と刊行物1発明との同一性の判断には何ら関係がない。
そして、上記(3)及び(4)のとおり、本件発明1及び2は、刊行物1発明と同一ではない。

エ したがって、請求人の主張はいずれも採用することができない。

(6) 小括
以上のとおり、本件発明1及び2は、刊行物1発明ではないから、特許法第29条第1項第3号に該当しない。

第7 まとめ
以上のとおり、本件発明1及び2についての特許は、請求人の主張する理由及び当審から通知した無効理由によっては、無効とすることができない。
また、審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人の負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
鋼の連続鋳造用モールドパウダー
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼の連続鋳造において鋳型内に添加して使用される連続鋳造用モールドパウダーに関し、特に、鋳片引き抜き速度が2.0m/分以上の高速鋳造に好適な連続鋳造用モールドパウダーに関するものである。
【背景技術】
【0002】
鋼の連続鋳造において、鋳型内の溶鋼上に添加して使用される連続鋳造用モールドパウダーには、以下のような特性が要求されている。
【0003】
即ち、(1)モールドパウダーで鋳型内の溶鋼湯面を被覆することにより、空気による溶鋼の酸化を防止すると同時に溶鋼の温度低下を防止する効果を有すること、(2)溶融したモールドパウダーは、鋳型と凝固シェルとの間に流れ込んで均一なパウダーフィルムを形成し、両者の間で潤滑作用があること、(3)溶融したモールドパウダーは、鋳型と凝固シェルとの間に流入して潤滑剤として機能するため、常に、適当量供給される必要があり、そのため、消費速度に見合った且つ適正な溶融層の厚みを確保する溶融速度を有すること、(4)モールドパウダーの溶融層が溶鋼中から浮上・分離してくる非金属介在物を吸収した際に、その物性値(粘度、溶融速度)の変化が小さいこと、(5)モールドパウダーの溶鋼中への巻き込みを防止するため、溶融したモールドパウダーは適度な粘度を有すること、である。
【0004】
これらの特性は何れも重要であるが、特に高速鋳造時には、溶鋼中へのモールドパウダーの巻き込みが問題となることが多く、その対策が採られてきた。例えば特許文献1には、1400℃における純鉄との接触角を60度以上とした、溶鋼中に巻き込まれ難いモールドパウダーが開示されている。尚、ブリキ材や自動車用薄鋼板などの品質が厳格な鋼では、中速鋳造時や低速鋳造時でも溶鋼中へのモールドパウダーの巻き込みは問題であり、特許文献1はこれらの対策としても提案されている。
【特許文献1】特開2004-351482号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、近年の連続鋳造技術の向上は著しく、鋳片の断面積が大きいスラブ連続鋳造機でも鋳片引き抜き速度を2.0m/分以上とする操業が大半を占めるようになってきた。このように鋳片引き抜き速度が高速化されると、鋳片引き抜き速度が遅かった場合にはほとんど問題にならなかった現象が新たな問題として出現する。この問題の1つにバルジング性湯面変動がある。
【0006】
鋳型から引き抜かれた凝固シェルは、鋳片支持ロールで支持されながら下方に引き抜かれるが、凝固シェルには溶鋼静圧が作用することから、凝固シェルは隣り合う鋳片支持ロールの間で膨らみ(この膨らむことを「バルジング」という)、そして鋳片支持ロールで矯正されて元の厚みに戻る。このバルジングが同じ状態で維持されれば、凝固シェル内の未凝固層(溶鋼)はバランスが取れているので鋳型内湯面位置は変動しないが、バルジングが大きくなったり、小さくなったりする、或いは、鋳片支持ロールで矯正されても元の厚みに戻らなかったりすると、溶鋼はあたかも下流側に引き抜かれる或いは鋳片から押し戻されると同様の挙動を示し、鋳型内の溶鋼湯面は大きく変動する。このようにして生ずる鋳型内の湯面変動をバルジング性湯面変動と称している。
【0007】
鋳片引き抜き速度が高速化されると、凝固シェル厚みが薄くなり、これに伴ってバルジングが大きくなることが、高速鋳造下でバルジング性湯面変動が激しくなる原因である。バルジング性湯面変動が発生すると、モールドパウダーの巻き込みが発生し、これを除去するために鋳片の表面手入れを実施する、或いは、バルジング性湯面変動を抑えるために鋳片引き抜き速度を減速する、などを余儀なくされる。
【0008】
鋳型から引き抜かれた鋳片は、二次冷却帯に設置される水スプレーノズルやエアーミストスプレーノズルによって冷却されるが、鋳片表面にモールドパウダーが付着した場合と付着していない場合とで、冷却効率に差が生ずる。つまり、鋳片表面にモールドパウダーが付着していない方が冷却効率は良く、凝固シェル厚みは厚くなる。バルジング性湯面変動を抑制するには、鋳片への付着量の少ないモールドパウダー、換言すれば、鋳片からの剥離性の良いモールドパウダーが望ましい。しかしながら、従来、モールドパウダーに要求される特性は、前述した5つの特性が主体であり、鋳片表面からの剥離性については検討されておらず、鋳片表面からの剥離性に優れるモールドパウダーは提案されていないのが実情である。
【0009】
本発明はこのような事情に鑑みてなされたもので、その目的とするところは、二次冷却帯における鋳片の冷却能を高めることを可能とする、鋳片表面からの剥離性に優れる、鋼の連続鋳造用モールドパウダーを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するための第1の発明に係る鋼の連続鋳造用モールドパウダーは、C:0.02?0.05質量%(但し、0.05質量%を除く)、Si:0.1質量%以下、Mn:0.05?0.3質量%、P:0.002?0.035質量%、S:0.005?0.015質量%、sol.Al:0.02?0.05質量%を含有する低炭素アルミキルド鋼の連続鋳造に使用される、少なくともSiO_(2)、CaO、及びNa_(2)Oを含有し、二次冷却帯においては鋳片表面からの剥離性に優れ、二次冷却帯での鋳片の冷却能を高めることが可能な、鋼の連続鋳造用モールドパウダーであって、前記モールドパウダーのSiO_(2)含有量とNa_(2)O含有量との関係が、下記の(1)式を満たす範囲であり、且つ、前記モールドパウダーの塩基度とNa_(2)O含有量との関係が、下記の(2)式を満たす範囲である(但し、[%SiO_(2)]=35%、[%Na_(2)O]=8%、かつ、[%CaO]=35%の場合、[%SiO_(2)]=31.4%、[%Na_(2)O]=9.6%、かつ、[%CaO]=25.1%の場合、及び[%SiO_(2)]=32.8%、[%Na_(2)O]=9.0%、かつ、[%CaO]=26.3%の場合を除く)ことを特徴とするものである。但し、(1)式及び(2)式において、[%Na_(2)O]は前記モールドパウダーのNa_(2)O含有量(質量%)、[%SiO_(2)]は前記モールドパウダーのSiO_(2)含有量(質量%)、[%CaO]は前記モールドパウダーのCaO含有量(質量%)、CaO/SiO_(2)は前記モールドパウダーの塩基度である。
【0011】
【数1】

【0012】
第2の発明に係る鋼の連続鋳造用モールドパウダーは、第1の発明において、前記モールドパウダーは、鋳片引き抜き速度が2.0m/分以上の高速鋳造時に使用するモールドパウダーであることを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0013】
本発明に係るモールドパウダーを使用して溶鋼を連続鋳造することで、溶融して鋳型と凝固シェルとの間隙に流入したモールドパウダーは、鋳型内では鋳片表面に付着していたとしても、鋳型直下においては鋳片表面から迅速に剥離する。これにより、二次冷却の冷却能が向上して鋳片の凝固シェル厚みが増大し、鋳片のバルジング量が低減され、バルジング性湯面変動が減少する。その結果、鋳片引き抜き速度が2.0m/分以上の高速鋳造であってもモールドパウダーの巻き込みのない高品質の鋳片を安定して製造することが可能となり、工業上有益な効果がもたらされる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明について具体的に説明する。
【0015】
鋼の連続鋳造において鋳型内に添加して使用されるモールドパウダーは、通常、CaO、SiO_(2)、Al_(2)O_(3)、MgO、MnOなどの酸化物を基材とし、これら基材に、基材の物性を調整するための物性調整材として、Na_(2)O、K_(2)O、CaF_(2)、MgF_(2)、Li_(2)CO_(3)、氷晶石などのアルカリ金属或いはアルカリ土類金属の酸化物、弗化物、または炭酸化物と、必要に応じて基材の主成分であるCaO、SiO_(2)の成分調整材である石灰石や珪藻土と、溶融速度調整材であるカーボンブラック、人造黒鉛などの炭素物質と、が添加され構成されている。基材としては、高炉滓、ガラス粉末、ポルトランドセメントや、天然の玄武岩やシラス、また、電気炉及びキュポラなどで溶融されて製造される珪酸カルシウムなどが使用されている。
【0016】
このような成分組成のモールドパウダーにおいて、鋳片表面からの剥離性と化学成分組成との関係を調査した。化学成分としては、モールドパウダーの主成分であるCaO及びSiO_(2)と、物性調整材として一般的に使用されているNa_(2)Oとを選択し、これら成分を変化させて、鋳片表面からの剥離性を調査した。
【0017】
剥離性は、溶融させて1300℃に保持したモールドパウダーを鉄製矩形容器内に流し込み、溶融したモールドパウダーが固化完了する前に矩形容器を解体し、矩形容器壁面へのモールドパウダーの付着した面積率で評価した。付着した面積率が50%未満の場合を、剥離性に優れると評価し、逆に、付着した面積率が50%以上の場合を、剥離性が悪いと評価した。尚、剥離性は、鉄及びモールドパウダーにおける熱収縮率及び熱伝達率の差などに依存するものと推定される。
【0018】
図1及び図2に試験結果を示す。図1は、モールドパウダーのSiO_(2)含有量(質量%)及びNa_(2)O含有量(質量%)と剥離性との関係を示す図であり、図2は、モールドパウダーの塩基度(CaO/SiO_(2))及びNa_(2)O含有量(質量%)と剥離性との関係を示す図である。
【0019】
図1に示すように、剥離性はSiO_(2)含有量が多くなっても、また、Na_(2)O含有量が多くなっても、悪くなり、SiO_(2)含有量及びNa_(2)O含有量が或る所定の範囲である場合のみ、剥離性が良くなることが分かった。即ち、モールドパウダー中のSiO_(2)含有量とNa_(2)O含有量とが下記の(1)式の範囲であるときに、剥離性が良くなることが分かった。
【0020】
【数2】

【0021】
また、モールドパウダーの塩基度(CaO/SiO_(2))とNa_(2)O含有量との関係では、図2に示すように、Na_(2)O含有量に応じて塩基度(CaO/SiO_(2))が或る所定の範囲であるときにのみ、剥離性が良くなることが分かった。即ち、モールドパウダーの塩基度(CaO/SiO_(2))とNa_(2)O含有量とが下記の(2)式の範囲であるときに、剥離性が良くなることが分かった。
【0022】
【数3】

【0023】
即ち、剥離性に優れたモールドパウダーとしては、モールドパウダー中のCaO含有量、SiO_(2)含有量及びNa_(2)O含有量が、(1)式及び(2)式を同時に満足する必要のあることを見出した。
【0024】
(1)式及び(2)式の関係を満足する限り、CaO含有量、SiO_(2)含有量及びNa_(2)O含有量の絶対値は特に規定する必要はなく、例えば、CaO:25?50質量%、SiO_(2):25?50質量%、Na_(2)O:2?15質量%の範囲で(1)式及び(2)式の関係を満足するようにすればよい。
【0025】
その他の成分として、適宜、Al_(2)O_(3)、CaF_(2)、Li_(2)Oなどを配合し、更に、カーボンブラックや黒鉛粉などの溶融速度調整剤を1?5質量%となるように配合して、本発明のモールドパウダーとする。
【0026】
このモールドパウダーを使用して溶鋼を連続鋳造する。鋳片引き抜き速度は、特に規定する必要はないが、バルジング性湯面変動が激しくなる、2.0m/分以上の引き抜き速度の場合に本発明の効果が顕著になるので、鋳片引き抜き速度が2.0m/分以上の場合に、本発明のモールドパウダーを使用することが好ましい。
【0027】
本発明のモールドパウダーを使用して鋳造することで、溶融して鋳型と凝固シェルとの間隙に流入したモールドパウダーは、鋳型内では鋳片表面に付着していたとしても、鋳型直下においては鋳片表面から迅速に剥離する。これにより、鋳型直下以降の二次冷却帯に設置された水スプレーノズル或いはエアーミストスプレーノズルから噴霧されるスプレー水は鋳片表面に直接衝突するので、冷却能が向上して鋳片の凝固シェル厚みが増大し、鋳片のバルジング量が低減され、バルジング性湯面変動が減少する。その結果、鋳片引き抜き速度が2.0m/分以上の高速鋳造であってもモールドパウダーの巻き込みのない高品質の鋳片を安定して製造することが可能となる。
【実施例1】
【0028】
2ストランドの垂直曲げ型スラブ連続鋳造機において、表1に示す組成の2種類のモールドパウダーを用いて、厚み250mm、幅1350mm、C:0.02?0.05質量%、Si:0.1質量%以下、Mn:0.05?0.3質量%、P:0.002?0.035質量%、S:0.005?0.015質量%、sol.Al:0.02?0.05質量%の組成の低炭素アルミキルド鋼のスラブ鋳片を鋳片引抜き速度2.5m/分で鋳造した。
【0029】
【表1】

【0030】
表1に示すモールドパウダーAは、前述した(1)式及び(2)式を満足しておらず、本発明の範囲外のモールドパウダーである。これに対してモールドパウダーBは、前述した(1)式及び(2)式を満足しており、本発明のモールドパウダーである。これらのモールドパウダーを6チャージの連続連続鋳造(連々鋳)で、チャージ毎にストランドを変更して使用し、そのときの湯面変動を調査した。ストランドを交互に変更することで、仮に湯面変動に及ぼすストランド特有の外乱があったとしても、外乱は双方のモールドパウダーに均等に影響するので、データ処理ではこの外乱を排除することができる。
【0031】
図3に調査結果を示す。図3に示すように、モールドパウダーBでは、平均湯面変動量は約7mmであり、目標とする10mm以下の湯面変動量を確保することができた。これに対して、モールドパウダーAでは、平均湯面変動量は約15mmであり、従って、本発明のモールドパウダーを使用することで、バルジング性湯面変動を低減可能であることが確認できた。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】モールドパウダーのSiO_(2)含有量及びNa_(2)O含有量と剥離性との関係を示す図である。
【図2】モールドパウダーの塩基度及びNa_(2)O含有量と剥離性との関係を示す図である。
【図3】実施例1における調査結果を示す図である。
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
C:0.02?0.05質量%(但し、0.05質量%を除く)、Si:0.1質量%以下、Mn:0.05?0.3質量%、P:0.002?0.035質量%、S:0.005?0.015質量%、sol.Al:0.02?0.05質量%を含有する低炭素アルミキルド鋼の連続鋳造に使用される、少なくともSiO_(2)、CaO、及びNa_(2)Oを含有し、二次冷却帯においては鋳片表面からの剥離性に優れ、二次冷却帯での鋳片の冷却能を高めることが可能な、鋼の連続鋳造用モールドパウダーであって、前記モールドパウダーのSiO_(2)含有量とNa_(2)O含有量との関係が、下記の(1)式を満たす範囲であり、且つ、前記モールドパウダーの塩基度とNa_(2)O含有量との関係が、下記の(2)式を満たす範囲である(但し、[%SiO_(2)]=35%、[%Na_(2)O]=8%、かつ、[%CaO]=35%の場合、[%SiO_(2)]=31.4%、[%Na_(2)O]=9.6%、かつ、[%CaO]=25.1%の場合、及び[%SiO_(2)]=32.8%、[%Na_(2)O]=9.0%、かつ、[%CaO]=26.3%の場合を除く)ことを特徴とする、鋼の連続鋳造用モールドパウダー。
0.65×[%Na_(2)O]+25≦[%SiO_(2)]≦2.08×[%Na_(2)O]+25…(1)
-0.078×[%Na_(2)O]+1.4≦CaO/SiO_(2)≦-0.077×[%Na_(2)O]+1.8…(2)
但し、(1)式及び(2)式において、[%Na_(2)O]は前記モールドパウダーのNa_(2)O含有量(質量%)、[%SiO_(2)]は前記モールドパウダーのSiO_(2)含有量(質量%)、[%CaO]は前記モールドパウダーのCaO含有量(質量%)、CaO/SiO_(2)は前記モールドパウダーの塩基度である。
【請求項2】
前記モールドパウダーは、鋳片引き抜き速度が2.0m/分以上の高速鋳造時に使用するモールドパウダーであることを特徴とする、請求項1に記載の鋼の連続鋳造用モールドパウダー。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
審理終結日 2014-11-28 
結審通知日 2014-12-03 
審決日 2014-12-16 
出願番号 特願2005-57899(P2005-57899)
審決分類 P 1 113・ 113- YAA (B22D)
P 1 113・ 536- YAA (B22D)
P 1 113・ 537- YAA (B22D)
P 1 113・ 121- YAA (B22D)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 川崎 良平  
特許庁審判長 池渕 立
特許庁審判官 河本 充雄
木村 孔一
登録日 2011-04-22 
登録番号 特許第4725133号(P4725133)
発明の名称 鋼の連続鋳造用モールドパウダー  
代理人 塚中 哲雄  
代理人 塚中 哲雄  
代理人 川原 敬祐  
代理人 杉村 憲司  
代理人 川原 敬祐  
代理人 萩原 康弘  
代理人 杉村 憲司  

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