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審決分類 審判 一部無効 2項進歩性  A62D
審判 一部無効 1項3号刊行物記載  A62D
審判 一部無効 特36条4項詳細な説明の記載不備  A62D
審判 一部無効 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  A62D
管理番号 1298080
審判番号 無効2008-800106  
総通号数 184 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2015-04-24 
種別 無効の審決 
審判請求日 2008-06-11 
確定日 2012-01-05 
事件の表示 上記当事者間の特許第3391173号発明「飛灰中の重金属の固定化方法及び重金属固定化処理剤」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯
1.本件特許第3391173号の請求項1?10に係る発明は、平成7年12月1日に特許出願され、平成15年1月24日にその特許の設定登録がなされたものである。

2.これに対して、平成15年9月29日に中川健一から、平成15年9月30日に田辺尚矩から、平成15年10月1日に氏原さち及び宮崎幸雄から、それぞれ特許異議(異議2003-72392)の申立がなされ、平成17年7月27日付けで本件特許を維持する旨の異議決定がなされた。

3.その後、平成20年6月11日にミヨシ油脂株式会社(以下、「請求人」という。)より、その請求項6、7及び9に係る発明の特許について無効審判の請求がなされ、これに対して、平成20年9月5日付けで東ソー株式会社(以下、「被請求人」という。)より審判事件答弁書が提出され、平成21年2月18日に口頭審理がなされるとともに、同日付けで請求人より口頭審理陳述要領書及びそれを要約した口頭審理陳述要領書(2)が提出され、同日付けで被請求人より口頭審理陳述要領書が提出され、その後、平成21年3月11日付けで被請求人より上申書が提出され、平成21年4月1日付けで請求人より上申書が提出された。

第2 本件特許発明
本件特許第3391173号の請求項1?10に係る発明のうち、請求項6、7及び9に係る発明(以下、「本件特許発明6、7及び9」といい、これらを併せて「本件特許発明」ということがある。)は、本件特許明細書の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項6、7及び9に記載された事項により特定される次のとおりのものと認める。
【請求項6】 ピペラジン-N-カルボジチオ酸もしくはピペラジン-N,N’-ビスカルボジチオ酸のいずれか一方もしくはこれらの混合物又はこれらの塩からなる飛灰中の重金属固定化処理剤。
【請求項7】 ピペラジン-N-カルボジチオ酸塩もしくはピペラジン-N,N’-ビスカルボジチオ酸塩が、アルカリ金属、アルカリ土類金属塩又はアンモニウム塩であることを特徴とする請求項6に記載の飛灰中の重金属固定化処理剤。
【請求項9】 ピペラジン-N,N’-ビスカルボジチオ酸塩がピペラジン-N,N’-ビスカルボジチオ酸カリウムであることを特徴とする請求項7に記載の飛灰中の重金属固定化処理剤。

第3 請求人の主張
請求人は、本件特許発明6、7及び9についての特許を無効とする、審判費用は被請求人の負担とする、との審決を求め、証拠方法として甲第1?35号証を提出している。

1.審判請求書、平成21年2月18日付け口頭審理陳述要領書、同日付け口頭審理陳述要領書(2)及び平成21年4月1日付け上申書により請求人が主張する無効理由の概要
(1)無効理由1(甲第1号証に基づく新規性の欠如)
本件特許発明6、7及び9は、甲第1号証に開示された発明と実質的に同一であるから、特許法第29条第1項第3号の規定により特許を受けることができないものであり、同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきである。
この無効理由1についての主張は、概ね次のとおりである。
甲第1号証には、アルカリ存在下で、ピペラジンと二硫化炭素を反応させた飛灰中の重金属固定化処理剤が記載され、アルカリ存在下でピペラジンと二硫化炭素を反応させた場合、「ピペラジン-N-カルボジチオ酸もしくはピペラジン-N,N’-ビスカルボジチオ酸のいずれか一方もしくはこれらの混合物又はこれらの塩」が生成し、「反応終了後、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化アンモニウム等のアルカリで処理するか、或いは前記反応をアルカリの存在下で行うことによりジチオカルボキシ基末端の活性水素をアルカリ金属、アルカリ土類金属、アンモニウム等で置換することができる」ことから、甲第1号証には、「ピペラジン-N-カルボジチオ酸もしくはピペラジン-N,N’-ビスカルボジチオ酸塩がアルカリ金属、アルカリ土類金属塩又はアンモニウム塩であることを特徴とするピペラジン-N-カルボジチオ酸もしくはピペラジン-N,N’-ビスカルボジチオ酸のいずれか一方もしくはこれらの混合物又はこれらの塩からなる飛灰中の重金属固定化処理剤」及び「ピペラジン-N,N’-ビスカルボジチオ酸塩がピペラジン-N,N’-ビスカルボジチオ酸カリウムであることを特徴とするピペラジン-N-カルボジチオ酸もしくはピペラジン-N,N’-ビスカルボジチオ酸のいずれか一方もしくはこれらの混合物又はこれらの塩からなる飛灰中の重金属固定化処理剤」の発明が開示されている。
したがって、本件特許発明6、7及び9は、それぞれ甲第1号証に開示された発明と一致しており、相違点は存在しない。
(2)無効理由2(甲第1号証に基づく進歩性の欠如)
本件特許発明6、7及び9は、甲第1号証に開示された発明から当業者が容易に発明できたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきものである。
この無効理由2についての主張は、概ね次のとおりである。
仮に、甲第1号証に、「ピペラジン-N-カルボジチオ酸もしくはピペラジン-N,N’-ビスカルボジチオ酸のいずれか一方もしくはこれらの混合物又はこれらの塩からなる飛灰中の重金属固定化処理剤」が記載されているとすることができないとしても、本件特許出願の優先日当時、「飛灰中の重金属固定化処理剤」において、硫化水素等の有害ガスの発生を抑止するという技術課題は既に公知となっており(甲第13号証)、「安定性試験」である65℃加温試験及び38%塩化第二鉄水溶液添加試験において、一級アミンからのジチオカルバミン酸塩は容易に硫化水素を発生し、二級アミンからのジチオカルバミン酸塩は硫化水素を発生し難いことも、容易に知り得ることである(甲第22号証、甲第23号証、甲第24号証)から、これらの知見を有する当業者が甲第1号証に接した場合、ポリアミンとして記載されている物質の内、一級アミノ基を含まない二級アミンはピペラジンしか記載されていないので、ピペラジンを選択することは極めて容易であり、その構成に想到することに、何らの困難性もない。
(3)無効理由3(甲第14号証と甲第1号証の組み合わせによる進歩性の欠如)
本件特許発明6、7及び9は、甲第14号証に開示された発明と甲第1号証に開示された発明との単なる組み合わせからなる発明であり、当業者が容易に発明できたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきものである。
この無効理由3についての主張は、概ね次のとおりである。
甲第14号証には、2個のアミノ基を有する二級アミンのピペラジンよりピペラジンビスジチオカルバミン酸ナトリウムを合成し、種々の金属イオンとの反応を調べ、Al^(3+),Pb^(2+),Hg^(+),Cd^(2+)等がピペラジンビスジチオカルバミン酸ナトリウムの反応により沈殿することが記載されることから、甲第14号証には、ピペラジンビスジチオカルバミン酸ナトリウムが重金属を固定化する発明が開示されている。
本件特許発明と甲第14号証との対比において、本件特許発明6及び7とは、甲第14号証に開示された発明は、「飛灰中の重金属固定化処理剤」であることが明示されていない点のみが相違点であり(相違点1)、それに加えて、本件特許発明9とは、本件特許発明9がカリウム塩であるのに対して、甲第14号証に開示された発明はナトリウム塩である点で相違している(相違点2)。
相違点1及び相違点2に関しては、甲第1号証にすべて記載されており、甲第14号証と甲第1号証は、いずれも重金属に対するキレート剤に関する発明であり、同一の技術課題の公知文献であるから、甲第14号証と甲第1号証の組み合わせにより、本件特許発明6、7及び9の構成に想到することは極めて容易であり、進歩性を明らかに欠如している。
(4)無効理由4(特許法第36条第4項違反)
本件特許の発明の詳細な説明には、当業者が実施可能な程度に明確かつ十分に記載されておらず、本件特許は、特許法第36条第4項の規定に違反してなされたものであって、同法第123条第1項第4号に該当し、無効とすべきものである。
この無効理由4についての主張は、概ね次のとおりである。
本件特許発明が副生成物であるチオ炭酸塩等を含まない、純然たる「ピペラジン-N-カルボジチオ酸もしくはピペラジン-N,N’-ビスカルボジチオ酸のいずれか一方もしくはこれらの混合物又はこれらの塩」からなる重金属固定化処理剤をその発明とするならば、その製造方法が本件特許明細書に開示されている必要がある。
しかるに、甲第2号証によれば、ピペラジンジチオカルバミン酸塩の製造において、アミン化合物中のアミノ基量に対する二硫化炭素のモル比が1.0を超えないようにコントロールしない限り、チオ炭酸塩が副生するとされており、実際の追試の結果においても、本件特許明細書記載の「安定性試験」の条件下において、硫化水素が発生しており(甲第15号証)、実施可能とはいえない。
これに対して、被請求人は、事実実験公正証書(乙第13号証)の実験結果を根拠に反論するが、事実実験公正証書に示された追試の内容は、本件特許明細書に記載された実施例とは明らかに異なる特殊な方法により実施したものであり、このような追試をしても実施可能性に関して、何らの証拠となるものではない。
(5)無効理由5(特許法第36条第6項第1号違反)
本件特許発明の特許請求の範囲の記載は、発明の詳細な説明に記載されたものでないものを含んでおり、本件特許は、特許法第36条第6項第1号の規定に違反してなされたものであって、同法第123条第1項第4号に該当し、無効とすべきものである。
この無効理由5についての主張は、概ね次のとおりである。
本件特許発明6、7及び9は、その製造方法も、硫化水素の発生の有無の限定も特許請求の範囲に記載されていないから、甲第2号証の合成例3にしたがって製造された「ピペラジン-N,N’-ビスジチオカルバミン酸カリウム」からなる飛灰中の重金属固定化処理剤は、その技術的範囲に含まれるものである。
そうすると、本件特許発明の特許性が認められた根拠である本件特許発明の固有の効果、すなわち硫化水素を発生しないという効果を奏さないものが特許請求の範囲の記載に含まれる以上、特許法第36条第6項第1号に違反していることは明らかである。

2.証拠方法
甲第1号証:特開平3-231921号公報
甲第2号証:特開2005-336128号公報
甲第3号証:『化学大辞典5』824頁(共立出版株式会社 昭和37年7月15日 初版第2刷発行)
甲第4号証:『試験報告書』(平成19年8月22日)
甲第5号証:本件特許権者が本件特許に基づく特許権侵害訴訟において東京地裁に提出した原告第7準備書面28頁
甲第6号証:独立行政法人産業医学総合研究所による報告書1枚目
甲第7号証:岐阜大学工学部 村井利昭教授『鑑定書』(平成20年4月25日)
甲第8号証:『試験報告書』(平成20年2月22日)
甲第9号証:『試験報告書』(財団法人化学物質評価研究機構 平成20年5月7日)
甲第10号証:『Studies on the stability of dithiocarbamic acids』
甲第11号証:『化学物質環境リスク評価第5巻』(第1編、II、(II)、(17)ジフェニルアミン1頁 環境省)
甲第12号証:『POTENTIOMETRIC DETERMINATION OF N-SUBSTITUTED DITHIOCARBAMATES』
甲第13号証:『新しい耐熱キレートによる高性能の飛灰処理技術』(環境施設 1994 No.58)
甲第14号証:『2個のジチオカルボキシル基を有するキレート試薬による金属の微量分析の研究I』(明治大学農学部研究報告 第67号 昭和59年12月20日発行)
甲第15号証:『特許第3391173号【0021】記載の化合物1、化合物2及びDEA-Kの安定性試験結果報告書』(平成19年5月15日)
甲第16号証:原告第8準備書面[平成20年5月30日]東ソー株式会社
甲第17号証:規格表[2008年2月28日]東ソー株式会社
甲第18号証:製品仕様書[平成18年10月5日]ミヨシ油脂株式会社
甲第19号証:特開2006-316183号公報
甲第20号証:実験報告書(3)[平成20年1月12日]東ソー株式会社
甲第21号証:製品安全データシート[2004年4月1日]ミヨシ油脂株式会社
甲第22号証:鑑定書[平成21年1月30日]埼玉大学大学院 理工学研究科 教授 理学博士 石井昭彦
甲第23号証:鑑定書[平成21年1月31日]薬学博士 前田孝
甲第24号証:Expert Report[2009年2月2日]William D. Marshall
甲第25号証:最高裁判決 昭和39年(行ツ)第90号
甲第26号証:『危険防止および安全な作動装置の発明完成の要件とされた事例』(法学協会雑誌 第87巻 第6号 1970年発行)
甲第27号証:特開2008-143810号公報
甲第28号証:札幌市ばいじん処理設備設置調査報告書(財団法人廃棄物研究財団 平成5年9月発行)
甲第29号証:廃棄物用語集((社)全国都市清掃会議文献専門委員会 平成2年3月20日発行)
甲第30号証:実験報告書(1)(ミヨシ油脂株式会社 杉山克之 2009年3月27日)
甲第31号証:実験報告書(2)(ミヨシ油脂株式会社 杉山克之 2009年3月27日)
甲第32号証:試験報告書(財団法人化学物質評価研究機構 平成19年5月31日)
甲第33号証:東京地裁平成19年(ワ)第507号 訴状(表紙、9頁)
甲第34号証:東京地裁平成19年(ワ)第507号 原告第7準備書面(表紙、9頁)
甲第35号証:化学大辞典4(昭和43年8月20日発行)
なお、上記甲号証の内、甲第16号証から甲第24号証は、平成21年2月18日付け口頭審理陳述要領書と共に提出され、甲第25号証から甲第35号証は、平成21年4月1日付け上申書と共に提出されたものである。

第4 被請求人の主張
被請求人は、平成20年9月5日付け審判事件答弁書(以下、「答弁書」という。)において、本件特許発明6、7及び9についての特許を維持する、審判費用は請求人の負担とする、との審決を求め、証拠方法として乙第1?25号証を提出している。

1.答弁書、平成21年2月18日付け口頭審理陳述要領書及び平成21年3月11日付け上申書における被請求人の主張の概要
(1)無効理由1(甲第1号証に基づく新規性の欠如)について
甲第1号証は、ピペラジン-N-カルボジチオ酸もしくはピペラジン-N,N’-ビスカルボジチオ酸又はこれらの塩や本件特許発明の技術思想を具体的に開示するものではないのみならず、本件特許発明が有する異質かつ固有の効果について開示も示唆も全くないのであるから、甲第1号証記載の発明と本件特許発明は同一であるという請求人の主張は失当である。
(2)無効理由2(甲第1号証に基づく進歩性の欠如)について
ピペラジンジチオカルバミン酸又はその塩は「飛灰中の重金属の固定化において硫化水素を発生しない」という本件特許発明の固有の効果は、一級アミンと二級アミンの構造相違から容易に想到できる発明であるということはできず、そもそも、二級アミンのジチオカルバミン酸塩でありさえすれば硫化水素の発生がないという請求人の主張は技術的に誤りである。
本件特許発明の課題が出願当時公知であったとしても、請求人の示す証拠(甲第13号証)は、その課題の解決に二級アミンのジチオカルバミン酸塩を用いること、ましてやピペラジンジチオカルバミン酸塩を用いることを開示したものでも示唆したものでもなく、その様な証拠を甲第1号証と幾ら組み合わせたところで、本件特許発明が容易に想到できたといえるものではない。
(3)無効理由3(甲第14号証と甲第1号証の組み合わせによる進歩性の欠如)について
甲第14号証にはピペラジンジチオカルバミン酸塩のキレート剤を金属の微量分析に用いる場合の特性が記載されており、甲第1号証にはアミンのジチオカルバミン酸塩を飛灰処理に用いることが記載されている。しかし、いずれの証拠にもピペラジンジチオカルバミン酸塩を飛灰中の重金属の固定化に用いた場合に有毒な硫化水素の発生がないという本件特許の「固有の効果」は記載も示唆もされていない。
甲第14号証と甲第1号証は、産業上の利用分野、実施態様及び解決課題がいずれも異なるものであり、甲第14号証において請求人が引用していない部分にはピペラジンジチオカルバミン酸塩が多くの金属イオンと反応しても沈殿せずに分析できるということが記載されており、飛灰中の重金属の固定化に用いるには阻害要因が記載されている。
よって、これら2つの証拠は、当業者がそもそも組み合わせようとしない文献であり、しかもその開示内容からして、組合せによっても本件特許発明が容易に想到できるものではない。
(4)無効理由4(特許法第36条第4項違反)について
本件特許発明のピペラジンジチオカルバミン酸又はその塩が「飛灰中の重金属の固定化において硫化水素を発生しない」という「固有の効果」を発揮することを示すために、その具体的方法が明細書中に開示されていれば十分であって、後願である甲第2号証の方法が記載されていなければならないとする理由はない。
本件特許公報の実施例として記載された方法により、同じく本件特許公報に記載された安定性試験において硫化水素を発生しない化合物が現に得られることは、事実実験公正証書(乙第13号証)によって実証されている。
(5)無効理由5(特許法第36条第6項第1号違反)について
本件特許発明は、飛灰用重金属固定化処理に特定の化合物であるピペラジンジチオカルバミン酸又はその塩を採用する点に本質的特徴があるものであって、ピペラジンジチオカルバミン酸又はその塩を製法や硫化水素の発生有無で限定しなければならないという理由はない。
本件特許発明は「ピペラジンジチオカルバミン酸又はその塩」を用いて「飛灰中」の重金属の固定化処理を行うもので、その際に硫化水素を発生しないという「固有の効果」を有するものであり、それとは全く別の後願発明である甲第2号証の合成例3において、ピペラジンジチオカルバミン酸又はその塩とは別に、多量のチオ炭酸塩を含む重金属処理剤から硫化水素が発生したからと言って、本件特許発明の目的及び効果が否定されるものではない。

2.証拠方法
乙第1号証:平成19年(ワ)第507号訴訟記録の謄本(平成20年7月24日の弁論準備手続)
乙第2号証:異議の決定 異議2003-72392(平成17年7月27日)抜粋
乙第3号証:The Dithiocarbamates and Related Compounds (1962)及び抄訳
乙第4号証:Talenta,Vol.16 p1099-1102 (1969)及び全訳
乙第5号証:平井憲次氏((財)相模中央化学研究所)鑑定書 (平成20年1月25日)
乙第6号証:平井憲次氏((財)相模中央化学研究所)鑑定書2 (平成20年5月26日)
乙第7号証:高田十志和氏(東京工業大学)鑑定書 (平成20年5月27日)
乙第8号証:入札仕様書(秋田市総合環境センター)
乙第9号証:技術資料「NEWエポルバ810」の固定化性能及びガス発生について(ミヨシ油脂(株)) 2000年1月16日
乙第10号証:審判請求人が平成19年(ワ)第507号でNEWエポルバ810と同様の組成物であることを認めているOEM製品「アッシュクリーンC-350」の紹介文書
乙第11号証:実験報告書(4)(平成20年5月19日)抜粋
乙第12号証:特開2003-301165号公報
乙第13号証:事実実験公正証書 平成20年第111号(平成20年5月28日)
乙第14号証:Rec.Trav.Chim.Tume 70 No.11 p917-919(1951)及び抄訳
乙第15号証:Ant.Van.Leeuwenhoek.Vol.16,p282-284(1950)及び抄訳
乙第16号証:特開昭59-190205号公報
乙第17号証:化学の領域 Vol.21 No.3 p38-44(1967)
乙第18号証:実験報告書(3)(平成20年1月12日)抜粋
乙第19号証-1?4:特開平9-40936号(公開公報、拒絶理由通知、意見書及び特許公報(表紙のみ))
乙第20号証:明治大学研究報告第67号(甲第14号証で提出を省かれた頁を含む前文)
乙第21号証:平成19年(ワ)第507号における乙第29号証(工場長の陳述書)
乙第22号証:被請求人による実験報告書(3)の抜粋(平成20年1月12日)
乙第23号証:化学物質の初期リスク評価 Ver1.0 No.10 二硫化炭素(新エネルギー・産業技術総合開発機構 2005年5月)
乙第24号証:被請求人による実験報告書の抜粋(平成19年5月18日)
乙第25号証:厚生労働省通達 基安化発第0218001号、同号の2及び同号の3(平成14年2月18日)
なお、乙第22号証から乙第25号証は、平成21年3月11日付け上申書と共に提出されたものである。

第5 甲各号証の記載事項
1.甲第1号証:特開平3-231921号公報
(1-a)「分子量500以下のポリアミン1分子当たりに対し、少なくとも1個のジチオカルボキシ基またはその塩を上記ポリアミンの活性水素と置換したN-置換基として有するポリアミン誘導体と、平均分子量5000以上のポリエチレンイミン1分子当たり、少なくとも1個のジチオカルボキシ基又はその塩を上記ポリエチレンイミンの活性水素と置換したN-置換基として有するポリエチレンイミン誘導体とからなることを特徴とする金属捕集剤。」(請求項1)
(1-b)「請求項1記載の金属捕集剤を重金属を含む飛灰に添加して混練し、飛灰中の重金属を固定化することを特徴とする金属捕集方法。」(請求項2)
(1-c)「本発明において用いるポリアミン誘導体、ポリエチレンイミン誘導体は、1級及び/又は2級アミノ基を有するポリアミン分子や、1級及び/又は2級アミノ基を有するポリエチレンイミン分子の窒素原子に結合する活性水素と置換したN-置換基として、少なくとも1個のジチオカルボキシ基:-CSSH又はその塩、例えばナトリウム塩、カリウム塩等のアルカリ金属塩、カルシウム塩等のアルカリ土類金属塩、アンモニウム塩等(以下、ジチオカルボキシ基及びその塩をまとめて単にジチオカルボキシ基と呼ぶ)、を有する化合物である。このポリアミン誘導体、ポリエチレンイミン誘導体は、例えばポリアミンやポリエチレンイミンに二硫化炭素を反応せしめることにより得られるが、更に反応終了後、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化アンモニウム等のアルカリで処理するか、或いは前記反応をアルカリの存在下で行ううことによりジチオカルボキシ基末端の活性水素をアルカリ金属、アルカリ土類金属、アンモニウム等で置換することができる。ポリアミン、ポリエチレンイミン類と二硫化炭素との反応は溶媒、好ましくは水、アルコール中で30?100℃で1?10時間、特に40?70℃で2?5時間行うことが好ましい。」(第3ページ左上欄5行?右上欄8行)
(1-d)「本発明金属捕集剤を構成するポリアミン誘導体の骨格をなすポリアミンとしては分子量500以下、特に好ましくは分子量60?250のポリアミンが用いられる。上記ポリアミンとしては、エチレンジアミン、プロピレンジアミン、ブチレンジアミン、ヘキサメチレンジアミン、ジエチレントリアミン、ジプロピレントリアミン、ジブチレントリアミン、トリエチレンテトラミン、トリプロピレンテトラミン、トリブチレンテトラミン、テトラエチレンペンタミン、テトラプロピレンペンタミン、テトラブチレンペンタミン、ペンタエチレンヘキサミン〔・・・〕等のポリアルキレンポリアミン;フェニレンジアミン、o-,m-,p-キシレンジアミン、イミノビスプロピルアミン、モノメチルアミノプロピルアミン、メチルイミノビスプロピルアミン、1,3-ビス(アミノメチル)シクロヘキサン、1,3-ジアミノプロパン、1,4-ジアミノブタン、3,5-ジアミノクロロベンゼン、メラミン、1-アミノエチルピペラジン、ピペラジン、 3,3’-ジクロロベンジジン、ジアミノフェニルエーテル、トリジン、m-トルイレンジアミン等が挙げられる。」(第3ページ右上欄9行?左下欄12行)
(1-e)「本発明金属捕集剤は、上記ジチオカルボキシ基を有するポリアミン誘導体とジチオカルボキシ基を有するポリエチレンイミン誘導体との混合物であるが、ポリアミン誘導体とポリエチレンイミン誘導体との混合比は重量比で、ポリアミン誘導体:ポリエチレンイミン誘導体=9?7:1?3が好ましい。」(第4ページ左上欄2?8行)
(1-f)「ポリアミン誘導体1の合成
四ッ口フラスコ中にエチレンジアミン(分子量60)40gと、20%水酸化ナトリウム水溶液536gとを仕込み、40℃にて激しく攪拌しながら滴下ロートより二硫化炭素203.7gを滴下し、滴下終了後、同温度にて4時間熟成を行ってポリアミン誘導体1を得た。
ポリアミン誘導体2の合成
同様の装置にトリエチレンテトラミン(分子量146)101gと20%水酸化ナトリウム水溶液464gを仕込み、上記と同様にして二硫化炭素176.3gを反応させてポリアミン誘導体2を得た。
ポリアミン誘導体3の合成
同様の装置にジエチレントリアミン(分子量103)48.5gと水384gを仕込み、60℃に加熱して二硫化炭素145.9gを滴下ロートより滴下し、滴下終了後同温度にて4時間熟成を行った。次いで反応溶液温度を70?75℃に昇温し、20%水酸化ナトリウム水溶液384gを添加して1.5時間反応を行いポリアミン誘導体3を得た。
ポリアミン誘導体4の合成
N-プロピルトリエチレンテトラミン(分子量188)90.2gと15%水酸化ナトリウム水溶液640gとを仕込み、ポリアミン誘導体1の合成法と同様にして二硫化炭素172.8gを反応せしめポリアミン誘導体4を得た。
ポリアミン誘導体5の合成
β-ヒドロキシプロピルペンタエチレンへキサミン(分子量290)91.5gと20%水酸化ナトリウム水溶液296gとを仕込み、ポリアミン誘導体1の合成法と同様にして二硫化炭素112.5gを反応せしめポリアミン誘導体5を得た。」(第4ページ右下欄9行?第5ページ左下欄7行)
(1-g)「本発明の金属捕集剤は、分子量500以下のポリアミンの活性水素と置換したジチオカルボキシ基を官能基として有するポリアミン誘導体と、平均分子量5000以上のポリエチレンイミンの活性水素と置換したジチオカルボキシ基を官能基として有するポリエチレンイミン誘導体との混合物としたことにより、金属を捕集して形成されたフロックが大きく、フロックの沈澱速度が大きいため廃水中の金属イオンを効率良く捕集除去できる。しかも、本発明の金属捕集剤を用いた場合、フロックへの水のからみが従来の金属捕集剤を用いた場合に比して少ないため、フロックを分離除去して固めて得たケーク中の含水量を少なくすることができ、ケークの処理が容易となる。更に本発明の金属捕集剤は、従来の金属捕集剤による吸着性があまり良くなかったクロム(III)、ニッケル、コバルト、マンガン等の金属イオンに対する捕集性にも優れ、更に従来よりも多種の金属イオンを効率良く捕集できるため、処理対象廃水の範囲が拡大される等の効果を有する。
また本発明の金属捕集方法によれば、飛灰、汚泥、鉱滓、土壌等に含まれる重金属が強固に固定されるため、その後セメントにて固化して海洋投棄や埋め立て等によって処理した場合でも、セメント壁を通して金属が流出する虞がなく、しかも本発明方法で処理すると処理後の被処理物の容量が小さくなり、従って廃棄時の容量を小さくできるため、固化に用いるセメントの量を少なくできるとともに廃棄処理時の取扱も容易となる等の効果を有する。」(第8ページ右上欄2行?左下欄12行)

2.甲第2号証:特開2005-336128号公報
(2-a)「本発明は上記の課題に鑑みてなされたものであり、その目的は、固体廃棄物、特に飛灰中に含まれる重金属を、H_(2)S、CS_(2)等の有害ガスの発生を抑えつつ、安定性の高いキレート剤を用いることにより簡便に処理できる方法を提供することである。
本発明者等は上記の課題を解決すべく鋭意検討を重ねた結果、チオ炭酸塩を0.03重量%未満含有し、かつアミノ基をジチオカルバミン酸基に対して2.0モル%以下含有することを特徴とするジチオカルバミン酸塩水溶液を重金属固定化処理剤として用いると、H_(2)S、CS_(2)等のガス発生を極微量に抑制でき、かつ、重金属に対するキレート能力が高く、高アルカリ性飛灰においても、少量の添加量で重金属を固定化できることを見出した。また、このジチオカルバミン酸水溶液は、アミン化合物と二硫化炭素とアルカリ金属化合物を反応させるジチオカルバミン酸塩水溶液の製造方法において、アミン化合物中のアミノ基に対する二硫化炭素のモル比を0.98?1.0とすることにより得られる。また、好ましくは、二硫化炭素に対するアルカリ金属化合物の反応モル比を1.0?1.3とし、更に好ましくは、アミン化合物と二硫化炭素とアルカリ金属化合物を反応させる際に、アミン化合物の水溶液に、反応させる二硫化炭素の一部を添加し反応・熟成させた後、反応させるアルカリ金属化合物の一部を添加し反応・熟成させる操作を3回以上繰り返すことにより製造することができることを見出し、本発明を完成するに至った。」(段落【0006】?【0007】)
(2-b)「ジチオカルバミン酸はアミノ基と当量の二硫化炭素の反応により得られるが、二硫化炭素の添加量を少なくすることにより、未反応のアミノ基を存在させることができる。本発明のジチオカルバミン酸塩水溶液は、アミノ基をジチオカルバミン酸基に対して2.0モル%以下、好ましくは0.1?1.8モル%含有する。この範囲でアミノ基を含有すると、ジチオカルバミン酸は安定に存在し、固体廃棄物中の重金属を固定化処理する際に、H_(2)S、CS_(2)等のガス発生を抑制できる。アミノ基をジチオカルバミン酸基に対して2.0%を越えて含有すると、重金属の固定化能が低下する。前記ピペラジンジチオカルバミン酸塩の場合、ピペラジン-N,N’-ビスジチオカルバミン酸塩を96モル%以上含有し、残りはピペラジン-N-ジチオカルバミン酸塩である。
また、本発明のジチオカルバミン酸塩水溶液は、チオ炭酸塩を0.03重量%未満、好ましくは0.02重量%未満含有する。チオ炭酸塩は固体廃棄物中の重金属を固定化処理する際に、H_(2)S、CS_(2)等のガス発生の原因となるため、これを含まないことが好ましい。チオ炭酸塩を0.03重量%以上含有すると、固体廃棄物中の重金属を固定化処理する際に、H_(2)S、CS_(2)等のガス発生を抑制できなくなる。」(段落【0016】、【0017】)
(2-c)「本発明のジチオカルバミン酸塩水溶液は、従来上記アミン化合物を水に溶解させ、これに二硫化炭素並びにアルカリ金属化合物を添加して反応させる等の方法により製造されている。しかしながら、原料となる二硫化炭素並びにアルカリ金属化合物の仕込み方法によっては、アミノ基の含有量がジチオカルバミン酸基に対して2.0モル%を越え、また、チオ炭酸塩が0.03重量%以上となった結果、固体廃棄物中の重金属を固定化処理する際に、H_(2)S、CS_(2)等のガス発生が極めて高いものになったり、固体廃棄物中に含まれる重金属の固定化能が低下する場合を生じる。
本発明のジチオカルバミン酸塩水溶液は、アミン化合物と二硫化炭素とアルカリ金属化合物を反応させるジチオカルバミン酸塩水溶液の製造方法において、アミン化合物中のアミノ基に対する二硫化炭素のモル比を0.98?1.0、好ましくは0.99?1.0とすることにより製造することができる。アミン化合物中のアミノ基量に対する二硫化炭素のモル比が0.98未満では、アミノ基の含有量がジチオカルバミン酸基に対して2.0モル%を越え、また1.0を超えるとチオ炭酸塩が0.03重量%以上となる。」(段落【0018】、【0019】)
(2-d)「さらに、アミン化合物と二硫化炭素とアルカリ金属化合物を反応させる際に、アミン化合物の水溶液に、反応させる二硫化炭素の一部を添加し反応・熟成させた後、反応させるアルカリ金属化合物の一部を添加し反応・熟成させる操作(以下、分割添加という)を3回以上繰り返すことが好ましい。この操作では、第一工程としてアルカリ金属化合物を二硫化炭素に対してモル比で0.97?1.0、好ましくは0.98?1.0添加し反応・熟成させる操作を2回以上繰り返した後、更に第二工程として残りの二硫化炭素を添加し反応・熟成させた後、アルカリ金属化合物を二硫化炭素に対してモル比で1.0以上添加し反応・熟成させることが好ましい。アルカリ金属の量を第一工程で、先に添加した二硫化炭素に対して反応モル比で0.97?1.0添加することによりチオ炭酸塩の発生を著しく抑えることが可能となり、第二工程で、添加した二硫化炭素に対して反応モル比で1.0以上添加し、最終的に添加する全二硫化炭素に対する全アルカリ金属化合物の反応モル比を1.0?1.3にする。
添加する二硫化炭素の量は、第一工程ではアミン化合物中のアミノ基に対してモル比で0.33以下、第二工程では0.50以下であることが好ましく、添加する総量は前記の0.98?1.0とすることが必要である。
アミン化合物の水溶液に二硫化炭素を好ましくは0.50等量/分以下、更に好ましくは0.050等量/分以下の速度で添加する。
アミン化合物の水溶液に二硫化炭素添加した結果得られたジチオカルバミン酸水溶液に、アルカリ金属化合物を好ましくは0.10等量/分以下、更に好ましくは0.010等量/分以下の速度で添加する。特に前記3回以上の分割添加のうち少なくとも1回の操作では、0.010等量/分以下の速度で添加することが好ましい。」(段落【0021】?【0024】)
(2-e)「合成例3 ピペラジン-N,N’-ビスジチオカルバミン酸カリウム(化合物No.3)
ピペラジン9.8重量部を入れた以外は合成例1と全く同じ方法で合成を行ったところ、褐色透明液体を得た。ヨード滴定により測定した結果、この水溶液中のジチオカルバミン酸塩濃度は40.5重量%であった。
合成例4 ピペラジン-N,N’-ビスジチオカルバミン酸カリウム(化合物No.4)
ピペラジン12重量部を入れた以外は合成例1と全く同じ方法で合成を行ったところ、褐色透明液体を得た。ヨード滴定により測定した結果、この水溶液中のジチオカルバミン酸塩濃度は40重量%であった。」(段落【0036】、【0037】)
(2-f)【表1】(第8ページ)に、「化合物1」?「化合物4」について、「ジチオカルバミン酸基に対するアミノ基(モル%)」、「チオ炭酸塩(重量%)」及び「二硫化炭素ガス発生量(ppm)」がそれぞれ記載され、「化合物3」については、チオ炭酸塩が0.8(重量%)で、二硫化炭素ガス発生量が30(ppm)であることが示されている。

3.甲第3号証:『化学大辞典5』824頁(共立出版株式会社 昭和37年7月15日 初版第2刷発行)
(3-a)「チオたんさんカリウム・・・水溶液を空気のない所で加熱すると二硫化炭素,水酸化カリウム,硫化水素を生ずる.空気中で水溶液を加熱するとチオ硫酸カリウム,炭酸カリウム,二硫化炭素,硫化水素を生ずる.」(第824ページ左欄29?41行)

4.甲第7号証:岐阜大学工学部 村井利昭教授『鑑定書』(平成20年4月25日)
(4-a)「3.鑑定資料」(第5?6ページ)として提示された「(10)刊行物7:インターネット公開東ソー技術報告『ジチオカルバミン酸系重金属処理剤の特性』(2004,Vol.48)」第55?58ページには、「薬剤原液から検知される分解ガス測定を、二硫化炭素については厚生労働省通達別添の試験方法に準じ、アミンについては当社試験法にて行った(表3)。ピペラジン系のTS-275では、分解ガス検知量は検出下限界未満であったが、製法によっては二硫化炭素が高濃度で検知されるもの(A社品)があることが判った。」(第56ページ左欄2行?右欄3行)と記載されている。

5.甲第8号証:『試験報告書』(平成20年2月22日)
(5-a)「5.1.1 加温試験(硫化水素、二硫化炭素測定)
上記の調製方法で得られた試料150mLを250mLのポリビンに入れ、65℃の恒温槽中で1時間加温した。その後、ポリビンのヘッドスペースを硫化水素の検知管を用いて分析を行った。二硫化炭素についても同様の操作、条件で試験を行い、二硫化炭素の検知管を用いて分析を行った。」(第5ページ19?23行)
(5-b)「7.1 加温試験」について、表6(第9ページ)には、硫化水素発生量(ppm)として「化合物No.1」の精製品及び「化合物No.2」の精製品がともにNDで、「化合物No.1」の未精製品が0.2、「化合物No.2」の未精製品が280であり、表7(第9ページ)には、二硫化炭素発生量(ppm)として「化合物No.1」の精製品が1600、同じく未精製品が35であり、「化合物No.2」の精製品が2500、同じく未精製品が3200以上であることが示されている。
(5-c)「7.2 38%FeCl_(3)水溶液添加試験
7.1の65℃加温試験においては、いずれの試験試料においても試験の前後で外観上特に大きな変化は見受けられなかった。しかし、本38%FeCl_(3)水溶液添加試験ではすべての試験試料において、目視的にも明らかに変質を示す劇的な変化が確認され、化合物自体が全く原形を留めていない状況であることが伺える。・・・酸性の塩化第二鉄と薬剤との混合により薬剤が変質(酸分解や金属塩の生成)しており、特に黒く見えるものはジチオカルバミン酸鉄塩である。」(第10ページ1行?第11ページ2行)

6.甲第9号証:『試験報告書』(財団法人化学物質評価研究機構 平成20年5月7日)
(6-a)「8.2 38%FeCl_(3)水溶液添加試験」の項目において、試験時の様子として、図1?20が示され、図2、4、6及び8から、化合物No.1(ピペラジン-N,N’-ビスジチオカルバミン酸ナトリウム)及び化合物No.2(ピペラジン-N,N’-ビスジチオカルバミン酸カリウム)は、試験後に黒く変色していることが窺える。(第6?10ページ)

7.甲第13号証:『新しい耐熱キレートによる高性能の飛灰処理技術』(環境施設 1994 No.58)
(7-a)「3.薬剤添加(液体キレート)混練法
飛灰の安定化処理法として,簡単かつ有効な方法を目標として開発されてきた。本方式は重金属固定剤,凝集剤等の薬品,さらに必要に応じてpH調整剤を添加して加湿混練するもので,重金属類の溶出防止に十分な効果が得られる。」(第2ページ右欄22?27行)
(7-b)「5.液体キレート(重金属固定剤)の種類
集塵灰の飛灰処理の方法の一つに液体キレートによる処理法(廃棄物処理法 施行令第4条に規定する薬剤処理に該当)がある。
この薬剤処理用に用いられている液体キレートは,現在市場に出回っているカタログなどによると,表-3に示す3種類のものが代表的と見られる。また,それら3社のカタログや特許公報などから推察すると,それらの構造は表-3に示すように想定できる。」(第8ページ左欄1?10行)
(7-c)「5-1 ピロリジン系イオウ化合物とは(重金属固定剤)
耐熱性のピロリジン系の骨格を持つ液体キレート化合物(商品名:オリトールS)は,重金属と非常に結合しやすく,瞬時に結合して水に不溶性の金属キレート化合物を作る。・・・オリトールSは,アルカリ性(pH10?12)の液体キレートであるが、・・・また酸性物質が混入されても,硫化水素などの有害ガスの発生は全くなく,取り扱いも簡単で安心して使用できる耐熱性液体キレートである。」(第8ページ左欄12行?同ページ右欄7行)
(7-d)「5-2 耐熱性液体キレート(ピロリジン系)の特徴
・あらゆる金属と同時に結合し,水に不溶な重金属キレート化合物を作る。
・・・
・ピロリジン系液体キレートは,耐熱性(約300℃)に優れ,・・・排ガス中に含まれるばいじんの重金属固定化については,すでに都が特許を共同出願中である。」(第8ページ右欄8?25行)
(7-e)「表-3 重金属固定剤キレートの種類と構造」(第8ページ)には、「種類」の項目に記載された「カルバミン酸系イオウ化合物」について、「構造式」の項目に、「R_(1),R_(2):アルキル基 A:NH_(4)^(-),Na^(+)など」と定義されたジアルキルジチオカルバミン酸塩が記載されている。
(7-f)「表-4 液体キレートの性状及びコスト比較」(第9ページ)には、「種類」の項目に記載された「ピロリジン系」、「イミン系」、「カルバミン酸系」について、「pH」の項目に、「約11?12」、空欄、「約11?12」とそれぞれ記載され、「空気安定性」の項目に、「空気に触れてもほとんど劣化せず安定」、「空気に触れ,腐敗してくる」、「空気に触れ,劣化してくる」とそれぞれ記載され、「特徴」の項目に、「硫化水素ガスの発生なし」、「硫化水素ガス発生」、「硫化水素ガス発生(少々)」とそれぞれ記載されている。

8.甲第14号証:『2個のジチオカルボキシル基を有するキレート試薬による金属の微量分析の研究I』(明治大学農学部研究報告 第67号 昭和59年12月20日発行)
(8-a)「山本,塚田,広田,水野等は,α,α’-ビスジチオカルボキシオキシ-p-キシレン(p-キシリルジキサントゲン酸)の水銀キレートが粒子量約2,000万のコロイド状高分子となり,光散乱を行って,水銀の微量分析が可能であることを示した。著者等は,パラの位置にジチオカルボキシル基をもつ試薬ならば同様な性質を示すであろうと考え,2個のアミノ基を有する二級アミンのピペラジンよりピペラジンビスジチオカルバミン酸ナトリウムを合成し,種々の金属イオンとの反応を調べた。その結果,Cu^(2+),Co^(2+),Ni^(2+),Hg^(2+)などとのキレートは希薄溶液で沈殿を生じないで光散乱を示し,微量分析に応用できることが判明した。また,それらのキレートの中には水溶液で可視部と近紫外部とに光吸収を持つものがあり,吸光光度分析にも使用できた。」(第24ページ5?12行)
(8-b)「ピペラジンビスジチオカルバミン酸ナトリウム(以下PipBDCと略す)は常法を参考にして次のように合成した。
無水ピペラジン1gを10cm^(3)の水溶液とし,15%(W/V)のNaOH20cm^(3),CS_(2)20cm^(3)を加えて水で環流しながら40℃で2時間攪拌する。これにアセトンを加えて白色結晶を得る。水溶液とし,アセトンで再結晶を繰り返し,乾燥する。」(第24ページ17行?第25ページ4行)
(8-c)「結晶水の数は重量法では決定できなかったが,ジエチルジチオカルバミン酸ナトリウム(NaDDTC・3H_(2)O)との赤外吸収強度の比較より概算された値は約4であった。よって,次の構造式を有するものと考えられる。
・・・略・・・
Na_(2)・Piperazine bis(dithiocarbamate)・4H_(2)O(以下PipBDCと略す)
この試薬についてカリウム塩,アンモニウム塩を合成したが,結晶水は含まれていなかった。
この結晶はmp250℃以上であり,安定で,長期保存に耐える。水溶液はアルカリ性で安定であるが,中性近辺で徐々に分解し,特にpH2以下で急激に分解する。」(第25ページ10?15行)
(8-d)「2.キレートの吸収スペクトルと吸光光度分析
吸収スペクトル:PipBDCはジエチルジチオカルバミン酸と反応する金属イオンに対して同様な反応を示した。水溶液にこの試薬を加えたときの外見上の変化はTable1に示す通りであった。ほとんどの反応生成物は白色の沈殿となったが,後述するように,Cu^(2+),Ni^(2+),Co^(2+),Hg^(2+)などの希薄な水溶液では,生じるキレートがコロイド溶液となるために,長時間にわたって沈殿を生じないで着色状態を保っていた。このことは,溶媒抽出によらず,水溶液で吸光光度分析が可能であることを示している。ジエチルジチオカルバミン酸ナトリウムを用いる場合は,ゼラチンのような保護膠質を注加すれば,このような目的に沿うことができるが,本試薬ではその必要がなかった。」(第25ページ21行?第26ページ3行)
(8-e)「標準的な分析操作:25cm^(3)容の共栓付試験管に金属イオンを含む水溶液10cm^(3)をとり,緩衝液4cm^(3),PipBDC0.05%(W/V)6cm^(3)を加えて激しく振とうする。約30分後に吸光度あるいは光散乱強度を測定する。
最適pHの検討:WalpoleとBritton・Robinsonの組成で種々のpHの緩衝液を調製し,標準操作に従って吸光度および光散乱強度を測定した。pH5.7?7.0の中性付近が両測定法に対して良好であり,それ以外のpHでは吸光度も散乱光強度も減少した。ただpH1.0?2.0では試薬の分解が見られた。」(第26ページ11行?第27ページ6行)
(8-f)「結果と考察
PipBDCは比較的簡単に合成でき,・・・Cu^(2+),Co^(2+),Ni^(2+),Hg^(2+)イオンとのキレートは,希薄な溶液でコロイド的粒子として安定に存在した。この性質を利用して吸光分析法あるいは光散乱分析法によっていくつかの金属の微量分析が可能であった。・・・このような分析法が可能な原因は,連続変化法による組成比から推測されるように,金属キレートの大きな粒子がコロイドとして水層に存在するためであり,p-キシリルジキサントゲン酸と水銀イオンとのキレートの場合と同様の形と考えられた。」(第29ページ3行?第30ページ2行)

9.甲第15号証:『特許第3391173号【0021】記載の化合物1、化合物2及びDEA-Kの安定性試験結果報告書』(平成19年5月15日)
(9-a)「2-1 化合物No.1
特許記載【0016】合成例1のピペラジン-N,N’-ビスカルボジチオ酸ナトリウム(化合物No.1)の合成方法と同様に合成した。但し、特許に記載の無い、未反応二硫化炭素の追い出しのための反応液への窒素吹き込み量は33ml/minとし、同じく記載の無い吹き込み時間を3時間とすることで目的とする化合物の液体を得た。」(第2ページ2?6行)
(9-b)「2-2 化合物No.2
特許記載【0018】合成例2のピペラジン-N,N’-ビスカルボジチオ酸カリウム(化合物No.2)の合成方法と同様に合成した。但し、特許に記載の無い、未反応二硫化炭素の追い出しのための反応液への窒素吹き込み量は33ml/minとし、同じく記載の無い吹き込み時間を7時間とすることで目的とする化合物液体を得た。」(第2ページ7?11行)

10.甲第28号証:札幌市ばいじん処理設備設置調査報告書(財団法人廃棄物研究財団 平成5年9月発行)
(10-a)「3-4-3. 考察
密閉系で、薬液注入後、10分間混練処理したときに発生した各種ガスをEP灰1kg当たり、1m^(3)N中の濃度をベースとして、以下に述べる。
1.H_(2)Sの発生(表3-4-4.参照)
1○水のみ添加、2○液体硫酸バンドのみ添加、3○液体硫酸バンド,「UML-8100」個別添加、4○液体硫酸バンド,「UML-8100」同時添加、5○液体硫酸バンド,「A-100」個別添加、6○液体硫酸バンド,「A-100」同時添加の6パターンすべてについて、H_(2)Sは0.001ppm未満である。しかし、別に行ったテストNo.13と同条件の実験で、液体硫酸バンド,UML-8100を同時添加した直後に測定すると、435ppm検出された。
これらの結果から、薬液注入直後に発生していた435ppmのH_(2)Sは、混練処理している間に、EP灰に吸収されて0.001ppm未満となったものと考えられる。
したがって、その対策は過剰でない適量の液体硫酸バンドを添加し十分な混練後、PHが酸性域になっていないことを確認し、H_(2)Sの発生を極力抑制する。万一、H_(2)Sが発生した場合のことを考慮して、十分な機器内の排気と室内の換気、排気ダクトなどにH_(2)S濃度計の設置が不可欠である。
その他、水のみ添加、液体硫酸バンドのみ添加、液体硫酸バンド+液体キレート剤個別添加についての薬液注入直後のH_(2)S濃度は不明であるが、たとえ発生したとしても、微量であると考えられる。」(第118ページ1?18行、なお、「1○」?「6○」は、それぞれ丸付き数字1?6を表し、以下同様。)
(10-b)「3.CS_(2)の発生(表3-4-4.図3-4-3.図3-4-7参照)
1) 1○水のみ添加した場合と、2○液体硫酸バンドのみ添加した場合、CS_(2)は0.001ppm未満である。
2) 3○?6○液体硫酸バンドと液体キレート剤を添加した場合、CS_(2)は0.001?0.065ppm検出された。
3) 6○液体硫酸バンド,「A-100」同時添加>5○液体硫酸バンド,「A-100」個別添加4○液体硫酸バンド,「UML-8100」同時添加>3○液体硫酸バンド,「UML-8100」個別添加の順に、CS_(2)濃度が高い。
・・・
6) CS_(2)の発生原因は、液体キレート剤の未反応物によるものなど考えられる。
以上の結果から、液体キレート剤を添加すると、必ず、CS_(2)が発生するものと考えられるが、低濃度であるため、特別な対策は不要である。」(第120ページ第1?15行)
(10-c)「4.COSの発生(表3-4-4.図3-4-4.図3-4-8.参照)・・・
6) COSの発生原因は、次式のように液体キレート剤の未反応物CS_(2)とCO_(2)の反応によるものなど考えられる。」(第121ページ第1?12行)
(10-d)「IV.参考文献
1.危険物・毒物処理取扱いマニュアル(抜粋分)
・・・
2.有毒ガス測定ハンドブック(抜粋分)
・・・
上記の二つの参考文献より、
1) 各種発生ガスの有毒性は、概略、H_(2)S>COS>CS_(2)>COCO_(2)の順に、有毒性が大きいと考えられる。
2) 各種発生ガスの爆発性、引火性は、概略、CS_(2)>H_(2)>H_(2)S>CO>COSの順に、爆発性、引火性が大きいと考えられる。」(添付資料 第83ページ1?末行)
(10-e)「517 二硫化炭素(Carbon bisulfide) CS_(2)・・・
性状 分子量:76.14 沸点(℃):46.3 ・・・不快臭のある無色の揮発性,引火性の高い液体,青色の炎をあげて燃える。水に難溶。アルコール,ベンゼン,エーテルに混溶。」(添付資料 第87ページ6?13行)

11.甲第35号証:化学大辞典4(昭和43年8月20日発行)
(11-a)「ジチオカルバミンさん・・・(1) カルバミン酸の2原子の酸素をイオウで置換した化合物で,一般式RNHCSSHおよびR_(2)NCSSHで表わされる(Rはアルキル基).製法 第一アミンおよび第二アミンにアルコール中で二硫化炭素を作用させると,それぞれN-アルキルジチオカルバミン酸およびN,N’-ジアルキルジチオカルバミン酸のアンモニウム塩として得られる:
・・・
性質 N-アルキルジチオカルバミン酸アンモニウムは加熱すると,分解してN,N’-ジアルキルチオ尿素を生じる:
RNHCSSNH_(3)R→CS(NHR)_(2)+H_(2)S
N-アルキルジチオカルバミン酸の金属誘導体(銀,鉄および水銀との塩)は,水中で煮沸すると分解してイソチオシアン酸エステルを生じる:
2RNHCSSAg→2RNCS+H_(2)S+Ag_(2)S
一方,N,N’-ジアルキルジチオカルバミン酸の金属塩からは,イソチオシアン酸エステルを生じないので,第一アミンの定性反応に利用される(・・・).」(第320ページ右欄第16?41行)

第6 当審の判断
1.無効理由1(甲第1号証に基づく新規性の欠如)について
本件特許発明6、7及び9は、甲第1号証に記載された発明と実質的に同一であるか否かについて、以下に検討する。
(1)本件特許発明6について
(1-ア)甲第1号証に記載された発明の認定
甲第1号証(特開平3-231921号公報)には、記載事項(1-a)に、「分子量500以下のポリアミン1分子当たりに対し、少なくとも1個のジチオカルボキシ基またはその塩を上記ポリアミンの活性水素と置換したN-置換基として有するポリアミン誘導体と、平均分子量5000以上のポリエチレンイミン1分子当たり、少なくとも1個のジチオカルボキシ基又はその塩を上記ポリエチレンイミンの活性水素と置換したN-置換基として有するポリエチレンイミン誘導体とからなることを特徴とする金属捕集剤。」が記載されている。
そして、記載事項(1-c)に、上記「ポリアミン誘導体」及び「ポリエチレンイミン誘導体」について、「本発明において用いるポリアミン誘導体、ポリエチレンイミン誘導体は、1級及び/又は2級アミノ基を有するポリアミン分子や、1級及び/又は2級アミノ基を有するポリエチレンイミン分子の窒素原子に結合する活性水素と置換したN-置換基として、少なくとも1個のジチオカルボキシ基:-CSSH又はその塩、例えばナトリウム塩、カリウム塩等のアルカリ金属塩、カルシウム塩等のアルカリ土類金属塩、アンモニウム塩等(以下、ジチオカルボキシ基及びその塩をまとめて単にジチオカルボキシ基と呼ぶ)、を有する化合物である。」と記載されることから、上記「ポリアミン誘導体」は、1級及び/又は2級アミノ基を有するポリアミン分子の窒素原子に結合する活性水素と置換したN-置換基として、少なくとも1個のジチオカルボキシ基:-CSSH又はその塩を有する化合物であり、上記「ポリエチレンイミン誘導体」は、平均分子量5000以上の1級及び/又は2級アミノ基を有するポリエチレンイミン分子の窒素原子に結合する活性水素と置換したN-置換基として、少なくとも1個のジチオカルボキシ基:-CSSH又はその塩を有する化合物であるといえる。
さらに、記載事項(1-b)に、上記「金属捕集剤」について、「請求項1記載の金属捕集剤を重金属を含む飛灰に添加して混練し、飛灰中の重金属を固定化すること」が記載されることから、上記「金属捕集剤」は、 飛灰中の重金属の固定化に使用するものといえる。
以上の記載を本件特許発明6の記載ぶりに則して整理すると、甲第1号証には、
「分子量500以下の1級及び/又は2級アミノ基を有するポリアミン分子の窒素原子に結合する活性水素と置換したN-置換基として、少なくとも1個のジチオカルボキシ基:-CSSH又はその塩を有するポリアミン誘導体と、平均分子量5000以上の1級及び/又は2級アミノ基を有するポリエチレンイミン分子の窒素原子に結合する活性水素と置換したN-置換基として、少なくとも1個のジチオカルボキシ基:-CSSH又はその塩を有するポリエチレンイミン誘導体とからなる、飛灰中の重金属の固定化に使用する金属捕集剤」の発明(以下、「甲1号証発明」という。)が記載されていると認める。
(1-イ)本件特許発明6と甲1号証発明との対比
そこで、本件特許発明6と甲1号証発明とを対比すると、甲1号証発明の「飛灰中の重金属の固定化に使用する金属捕集剤」は、本件特許発明6の「飛灰中の重金属固定化処理剤」に相当する。
そして、甲1号証発明の「ポリアミン誘導体」は、「分子量500以下の1級及び/又は2級アミノ基を有するポリアミン分子の窒素原子に結合する活性水素と置換したN-置換基として、少なくとも1個のジチオカルボキシ基:-CSSH又はその塩を有する」化合物であり、本件特許発明6の「ピペラジン-N-カルボジチオ酸」及び「ピペラジン-N,N’-ビスカルボジチオ酸」は、本件特許明細書の段落【0009】の記載によれば、ジチオカルバミン酸基を有する化合物であり、さらに、段落【0010】の記載によれば、ピペラジンカルボジチオ酸塩は、アルカリ金属、アルカリ土類金属又はアンモニウムの塩が使用でき、甲1号証発明の「ジチオカルボキシ基:-CSSH」は、「ジチオカルバミン酸基」と同義であり、ピペラジンはアミノ基を2個有するポリアミンであるから、甲1号証発明の「ポリアミン誘導体」と本件特許発明6の「ピペラジン-N-カルボジチオ酸もしくはピペラジン-N,N’-ビスカルボジチオ酸のいずれか一方もしくはこれらの混合物又はこれらの塩」は、ポリアミンのカルボジチオ酸又はその塩である点で共通するものといえる。
以上のことから、両者は、
「ポリアミンのカルボジチオ酸又はその塩からなる飛灰中の重金属固定化処理剤。」の点で一致し、以下の点で相違する。
[相違点a]本件特許発明6は、ポリアミンのカルボジチオ酸又はその塩が「ピペラジン-N-カルボジチオ酸もしくはピペラジン-N,N’-ビスカルボジチオ酸のいずれか一方もしくはこれらの混合物又はこれらの塩」であるのに対し、甲1号証発明は、ポリアミンのカルボジチオ酸又はその塩が「分子量500以下の1級及び/又は2級アミノ基を有するポリアミン分子の窒素原子に結合する活性水素と置換したN-置換基として、少なくとも1個のジチオカルボキシ基又はその塩を有するポリアミン誘導体」である点。
[相違点b]本件特許発明6の飛灰中の重金属固定化処理剤は、ピペラジン-N-カルボジチオ酸もしくはピペラジン-N,N’-ビスカルボジチオ酸のいずれか一方もしくはこれらの混合物又はこれらの塩からなるのに対し、甲1号証発明の飛灰中の重金属の固定化に使用する金属捕集剤は、ポリアミン誘導体と、平均分子量5000以上の1級及び/又は2級アミノ基を有するポリエチレンイミン分子の窒素原子に結合する活性水素と置換したN-置換基として、少なくとも1個のジチオカルボキシ基又はその塩を有するポリエチレンイミン誘導体とからなる点。
(1-ウ)相違点aについて
甲1号証発明のポリアミン誘導体として、甲第1号証には、どのような化合物が記載されているか検討すると、記載事項(1-d)に、ポリアミン誘導体の骨格をなすポリアミンについて、「本発明金属捕集剤を構成するポリアミン誘導体の骨格をなすポリアミンとしては分子量500以下、特に好ましくは分子量60?250のポリアミンが用いられる。上記ポリアミンとしては、エチレンジアミン、・・・ピペラジン、・・・m-トルイレンジアミン等が挙げられる。」と記載されている。
上記記載事項によれば、確かに、ポリアミンとしてピペラジンが例示されているが、同記載事項には、ポリアミンとして「エチレンジアミン、プロピレンジアミン、ブチレンジアミン、ヘキサメチレンジアミン、ジエチレントリアミン、ジプロピレントリアミン、ジブチレントリアミン、トリエチレンテトラミン、トリプロピレンテトラミン、トリブチレンテトラミン、テトラエチレンペンタミン、テトラプロピレンペンタミン、テトラブチレンペンタミン、ペンタエチレンヘキサミン〔・・・〕等のポリアルキレンポリアミン;フェニレンジアミン、o-,m-,p-キシレンジアミン、イミノビスプロピルアミン、モノメチルアミノプロピルアミン、メチルイミノビスプロピルアミン、1,3-ビス(アミノメチル)シクロヘキサン、1,3-ジアミノプロパン、1,4-ジアミノブタン、3,5-ジアミノクロロベンゼン、メラミン、1-アミノエチルピペラジン、ピペラジン、3,3’-ジクロロベンジジン、ジアミノフェニルエーテル、トリジン、m-トルイレンジアミン等」と多数が列挙されており、ピペラジンは、多数列挙されるポリアミンのうちの一つに過ぎない。
そして、甲第1号証にポリアミン誘導体として具体例が示されているのは、実施例に記載されたポリアミン誘導体だけである。すなわち、記載事項(1-f)によれば、エチレンジアミンに二硫化炭素を反応させて得られた「ポリアミン誘導体1」、トリエチレンテトラミンに二硫化炭素を反応させて得られた「ポリアミン誘導体2」、ジエチレントリアミンに二硫化炭素を反応させて得られた「ポリアミン誘導体3」、N-プロピルトリエチレンテトラミンに二硫化炭素を反応させて得られた「ポリアミン誘導体4」及びβ-ヒドロキシプロピルペンタエチレンへキサミンに二硫化炭素を反応させて得られた「ポリアミン誘導体5」が記載され、ピペラジンに二硫化炭素を反応させて得られたポリアミン誘導体については、記載されていない。
してみると、甲第1号証には、ポリアミン誘導体の骨格をなすポリアミンとして、分子量60?250のポリアミンを任意に用いることが記載されているだけで、ピペラジンを特に選択する記載は、窺うことができない。しかも、後記するように、そのことによる効果も、窺い知ることができない。
以上のことから、甲第1号証には、ポリアミン誘導体として「ピペラジン-N-カルボジチオ酸もしくはピペラジン-N,N’-ビスカルボジチオ酸のいずれか一方もしくはこれらの混合物又はこれらの塩」を選択することは、具体的に記載されているとはいえず、相違点aは、実質的なものといえる。
(1-エ)相違点bについて
甲第1号証には、金属捕集剤について、記載事項(1-e)に「本発明金属捕集剤は、上記ジチオカルボキシ基を有するポリアミン誘導体とジチオカルボキシ基を有するポリエチレンイミン誘導体との混合物であるが、ポリアミン誘導体とポリエチレンイミン誘導体との混合比は重量比で、ポリアミン誘導体:ポリエチレンイミン誘導体=9?7:1?3が好ましい。」と記載されることから、甲1号証発明の金属捕集剤は、ポリアミン誘導体とポリエチレンイミン誘導体との混合物として用いることを意図するものといえる。
そして、記載事項(1-g)に、「本発明の金属捕集剤は、分子量500以下のポリアミンの活性水素と置換したジチオカルボキシ基を官能基として有するポリアミン誘導体と、平均分子量5000以上のポリエチレンイミンの活性水素と置換したジチオカルボキシ基を官能基として有するポリエチレンイミン誘導体との混合物としたことにより、金属を捕集して形成されたフロックが大きく、フロックの沈澱速度が大きいため廃水中の金属イオンを効率良く捕集除去できる。しかも、本発明の金属捕集剤を用いた場合、フロックへの水のからみが従来の金属捕集剤を用いた場合に比して少ないため、フロックを分離除去して固めて得たケーク中の含水量を少なくすることができ、ケークの処理が容易となる。更に本発明の金属捕集剤は、従来の金属捕集剤による吸着性があまり良くなかったクロム(III)、ニッケル、コバルト、マンガン等の金属イオンに対する捕集性にも優れ、更に従来よりも多種の金属イオンを効率良く捕集できるため、処理対象廃水の範囲が拡大される等の効果を有する。」と記載されることから、甲1号証発明の金属捕集剤が奏する上記効果は、ポリアミン誘導体とポリエチレンイミン誘導体との混合物としたことによるものとみることができる。
してみると、甲第1号証には、飛灰中の重金属の固定化に使用する金属捕集剤して、分子量500以下で多数列挙された中から選択される任意の1級及び/又は2級アミノ基を有するポリアミン分子の窒素原子に結合する活性水素と置換したN-置換基として、少なくとも1個のジチオカルボキシ基又はその塩を有するポリアミン誘導体と、平均分子量5000以上の1級及び/又は2級アミノ基を有するポリエチレンイミン分子の窒素原子に結合する活性水素と置換したN-置換基として、少なくとも1個のジチオカルボキシ基又はその塩を有するポリエチレンイミン誘導体との混合物を用いることにより、上記した効果を奏する金属捕集剤が記載されているとみるのが相当であるから、甲第1号証の記載からは、飛灰中の重金属の固定化に使用する金属捕集剤として、ポリアミン誘導体を単独で用いることは、想定できず、しかも、後記するように、そのことによる効果も、窺い知ることができない。
したがって、甲1号証発明の「飛灰中の重金属の固定化に使用する金属捕集剤」は、ポリアミン誘導体とポリエチレンイミン誘導体との混合物として使用することを前提とするものであり、ポリエチレンイミン誘導体を混合せずに、ポリアミン誘導体を単独で用いることを想定するものとはいえないから、相違点bは、実質的なものといえる。
(1-オ)本件特許発明の効果について
請求人は、審判請求書で、「異議決定は、本件特許明細書の【0021】、【0022】の「安定性試験」で示された効果が、技術的意義があり、本件特許発明の固有の効果であるとする認識を前提に本件特許権を維持したものであるが、その前提たる認識は、以下に述べる通り、明らかに誤りである。」(第10ページ11?14行)として、
(A)「1○本件特許発明固有の効果といえないこと」の項目で、本件特許出願の後になされた本件特許権者の出願に係る特許出願公開公報である甲第2号証(特開2005-336128号公報)を提示し、「以上の通り、甲2号証によれば、本件特許発明のピペラジン-N、N’-ビスカルボジチオ酸カリウムは、少なくとも、アミン化合物中のアミノ基量に対する二硫化炭素のモル比が1.0を超える場合には、65℃に加温した場合に硫化水素を発生するものであり、本件特許公報の【0021】、【0022】の「安定性試験」で示された効果は、本件特許発明を特定の条件下で実施しなければ得られない効果であって、本件特許発明の固有の効果ではないことを、特許権者自らが、甲2号証において認めているのである。」(第11ページ18行?第13ページ2行)と主張するともに、
(B)「2○安定性試験で示された効果が技術的意味がなく、本件特許発明の効果といえないこと」の項目で、「本件特許明細書の「安定性試験」は、65℃の加温試験、塩化第二鉄の添加試験のいずれにおいても、本件特許発明の化合物である「ピペラジン-N-カルボジチオ酸塩」、「ピペラジン-N、N’-ビスカルボジチオ酸塩」が分解せず、これらの試験の条件下において、重金属に対する高いキレート能力が維持されるという当然の前提条件が全く確認されておらず、単に硫化水素の発生の有無のみを調べており、「重金属固定化処理剤」の発明としては、全く技術的に無意味であり、硫化水素が65℃の加温試験、塩化第二鉄の添加試験において硫化水素が発生しないことを本件特許発明の効果とすることはできない。」(第13ページ7?14行)と主張する。
そこで、(A)について検討すると、甲第2号証には、記載事項(2-a)に、「チオ炭酸塩を0.03重量%未満含有し、かつアミノ基をジチオカルバミン酸基に対して2.0モル%以下含有することを特徴とするジチオカルバミン酸塩水溶液を重金属固定化処理剤として用いると、H_(2)S、CS_(2)等のガス発生を極微量に抑制でき、・・・また、このジチオカルバミン酸水溶液は、アミン化合物と二硫化炭素とアルカリ金属化合物を反応させるジチオカルバミン酸塩水溶液の製造方法において、アミン化合物中のアミノ基に対する二硫化炭素のモル比を0.98?1.0とすることにより得られる。・・・更に好ましくは、アミン化合物と二硫化炭素とアルカリ金属化合物を反応させる際に、アミン化合物の水溶液に、反応させる二硫化炭素の一部を添加し反応・熟成させた後、反応させるアルカリ金属化合物の一部を添加し反応・熟成させる操作を3回以上繰り返すことにより製造することができることを見出し、本発明を完成するに至った。」と記載されるとともに、記載事項(2-b)に「チオ炭酸塩は固体廃棄物中の重金属を固定化処理する際に、H_(2)S、CS_(2)等のガス発生の原因となるため、これを含まないことが好ましい。チオ炭酸塩を0.03重量%以上含有すると、固体廃棄物中の重金属を固定化処理する際に、H_(2)S、CS_(2)等のガス発生を抑制できなくなる。」と記載されることから、甲第2号証は、固体廃棄物中の重金属を固定化処理する際に、H_(2)S、CS_(2)等のガスを発生する原因として、ジチオカルバミン酸塩水溶液がチオ炭酸塩を含有することによるものであるとの知見をもとに、チオ炭酸塩を0.03重量%未満含有し、かつアミノ基をジチオカルバミン酸基に対して2.0モル%以下含有するジチオカルバミン酸塩水溶液は、アミン化合物と二硫化炭素とアルカリ金属化合物を反応させる際に、アミン化合物の水溶液に、反応させる二硫化炭素の一部を添加し反応・熟成させた後、反応させるアルカリ金属化合物の一部を添加し反応・熟成させる操作を3回以上繰り返すことにより製造することができることを開示するものといえる。
そして、記載事項(2-d)によれば、上記「アミン化合物と二硫化炭素とアルカリ金属化合物を反応させる際に、アミン化合物の水溶液に、反応させる二硫化炭素の一部を添加し反応・熟成させた後、反応させるアルカリ金属化合物の一部を添加し反応・熟成させる操作」を「分割添加」といい、この「分割添加」は、具体的には、「第一工程としてアルカリ金属化合物を二硫化炭素に対してモル比で0.97?1.0添加し反応・熟成させる操作を2回以上繰り返した後、更に第二工程として残りの二硫化炭素を添加し反応・熟成させた後、アルカリ金属化合物を二硫化炭素に対してモル比で1.0以上添加し反応・熟成させる」操作といえる。
上記分割添加について、記載事項(2-d)に「アルカリ金属の量を第一工程で、先に添加した二硫化炭素に対して反応モル比で0.97?1.0添加することによりチオ炭酸塩の発生を著しく抑えることが可能となり、第二工程で、添加した二硫化炭素に対して反応モル比で1.0以上添加し、最終的に添加する全二硫化炭素に対する全アルカリ金属化合物の反応モル比を1.0?1.3にする。添加する二硫化炭素の量は、第一工程ではアミン化合物中のアミノ基に対してモル比で0.33以下、第二工程では0.50以下であることが好ましく、添加する総量は前記の0.98?1.0とすることが必要である。」と記載されることから、第一工程では、アミン化合物のアミノ基に対してモル比で0.33以下の二硫化炭素を添加し反応・熟成させ、二硫化炭素の全量がアミン化合物のアミノ基と反応することにより、未反応の二硫化炭素が残らないようにした後、アルカリ金属化合物を先に添加した二硫化炭素に対して反応モル比で0.97?1.0添加することにより、アルカリ金属化合物の全量がジチオカルバミン酸基と反応してジチオカルバミン酸塩となり、未反応のアルカリ金属化合物が残らないことから、二硫化炭素とアルカリ金属化合物とが直接反応することがなく、第二工程では、添加する総量がアミン化合物のアミノ基に対してモル比で0.98?1.0となるように残りの二硫化炭素を添加し反応・熟成させた後、アルカリ金属化合物を最終的に添加する全二硫化炭素に対する全アルカリ金属化合物のモル比が1.0?1.3になるように添加し反応・熟成させ、最終的に、アルカリ金属化合物の過剰分がジチオカルバミン酸塩水溶液中に残るだけで未反応の二硫化炭素が残らないことにより、チオ炭酸塩が生成するのを抑えるものとみることができる。
このため、甲第2号証の製造方法では、アミン化合物のアミノ基量に対する二硫化炭素の添加量が1.0モルを超えると、アミン化合物の全てのアミノ基と二硫化炭素が反応しても未反応の二硫化炭素が残り、後で添加するアルカリ金属化合物は、二硫化炭素に対する反応モル比が最終的には1.0?1.3であり、必然的に未反応の二硫化炭素とアルカリ金属化合物が反応することにより、チオ炭酸塩の生成を抑えることはできないことになる。
このことは、甲第2号証の記載事項(2-e)に「合成例3 ピペラジン-N,N’-ビスジチオカルバミン酸カリウム(化合物No.3)」として製造方法が記載された「化合物3」が、記載事項(2-f)によれば、チオ炭酸塩を0.8重量%含有し、二硫化炭素ガスを30ppm発生することからも裏付けられるものといえる。
これに対して、本件特許明細書に記載のピペラジンカルボジチオ酸塩の製造方法をみると、まず、「合成例1 ピペラジン-N,N’-ビスカルボジチオ酸ナトリウム(化合物No.1)の合成」では、段落【0016】?【0017】に「ガラス製容器中に窒素雰囲気下、ピペラジン172重量部、NaOH167重量部、水1512重量部を入れ、この混合溶液中に撹拌しながら45℃で二硫化炭素292部を4時間かけて滴下した。滴下終了後、同温度にて約2時間熟成を行った。反応液に窒素を吹き込み未反応の二硫化炭素を留去したところ、黄色透明の液体を得た。・・・以上の結果からこのものはピペラジン-N,N’-ビスカルボジチオ酸ナトリウムと推定された。ヨード滴定により測定した結果、得られた水溶液中のピペラジン-N,N’-ビスカルボジチオ酸ナトリウムの濃度は25wt%であった。」と記載されることから、合成例1では、ピペラジンのアミノ基量に対する二硫化炭素のモル比は、約0.96であり、二硫化炭素に対するNaOHのモル比は、約1.09であることがわかる。
上記記載から、本件特許明細書に記載の合成例1によるピペラジンカルボジチオ酸塩水溶液の合成方法は、窒素雰囲気下で、ピペラジンと、二硫化炭素に対するモル比で約1.09の水酸化ナトリウムとを予め混合した混合水溶液中に、攪拌しながら45℃で、ピペラジンのアミノ基量に対するモル比が約0.96の二硫化炭素を滴下し、滴下終了後、熟成を行った後、反応液に窒素を吹き込み未反応の二硫化炭素を留去するものであり、理論上は、二硫化炭素の全量がピペラジンのアミノ基と反応してもピペラジンカルボジチオ酸塩のモノ体が存在することから、未反応の二硫化炭素は混合水溶液中に残らず、このために水酸化ナトリウムと反応してチオ炭酸塩が生成するのを抑えるものといえる。
つぎに、「合成例2 ピペラジン-N,N’-ビスカルボジチオ酸カリウム(化合物No.2)の合成」では、段落【0018】に「ガラス製容器中に窒素雰囲気下、ピペラジン112重量部、KOH48.5%水溶液316重量部、水395重量部を入れ、この混合溶液中に撹拌しながら40℃で二硫化炭素316部を4時間かけて滴下した。滴下終了後、同温度にて約2時間熟成を行った。反応液に窒素を吹き込み未反応の二硫化炭素を留去したところ、黄色透明の液体を得た。ヨード滴定により測定した結果、この水溶液中のピペラジン-N,N’-ビスカルボジチオ酸カリウム濃度は40wt%であった。」と記載されることから、合成例2では、ピペラジンのアミノ基量に対する二硫化炭素のモル比は、約1.60であり、二硫化炭素に対するKOHのモル比は、約0.66であることがわかる。
上記記載から、本件特許明細書の合成例2によるピペラジンカルボジチオ酸塩水溶液の合成方法は、窒素雰囲気下で、ピペラジンと、二硫化炭素に対するモル比で約0.66の水酸化カリウムとを予め混合した混合水溶液中に、攪拌しながら40℃で、ピペラジンのアミノ基量に対するモル比で約1.60の二硫化炭素を滴下し、滴下終了後、熟成を行った後、反応液に窒素を吹き込み未反応の二硫化炭素を留去するものである。このため、理論上は、ピペラジンのアミノ基の全てに二硫化炭素が反応しても、ピペラジンのアミノ基量に対する二硫化炭素のモル比が約0.6過剰であるから、未反応の二硫化炭素が混合水溶液中に残ることになるが、水酸化カリウムの二硫化炭素に対するモル比は、約0.66であり、水酸化カリウムのピペラジンのアミノ基量に対するモル比は、約1.05であるから、水酸化カリウムが全てカルボジチオ酸と反応すれば、未反応の水酸化カリウムは僅かであり、混合水溶液中に過剰に存在する未反応の二硫化炭素と反応してチオ炭酸塩を生成する確率が低くなるといえる。
そして、二硫化炭素は、沸点が46.3℃で、揮発性、引火性の高い液体で、水に難溶(例えば、甲第28号証の記載事項(10-e)を参照。)であるから、窒素雰囲気下で、ピペラジンと水酸化カリウムの混合水溶液中に、攪拌しながら40℃で、二硫化炭素を滴下すると、ピペラジンとの反応前に滴下した二硫化炭素の一部が揮発するのが避けられないことは技術常識といえるから、実際のピペラジンカルボジチオ酸塩を製造する際には、二硫化炭素の揮発により消耗される分を考慮して、ピペラジンのアミノ基量に対するモル比が1.0以上となる過剰な二硫化炭素を滴下してピペラジンカルボジチオ酸塩のビス体の割合ができるだけ多くなるようにしているものとみることができる。
してみると、甲第2号証に記載のピペラジンジチオカルバミン酸塩の製法と本件特許明細書に記載のピペラジンカルボジチオ酸塩の製法は、ピペラジンに対する二硫化炭素の添加方法が異なり、本件特許明細書に記載の製法では、二硫化炭素の揮発により消耗される分を考慮していることから、本件特許明細書の合成例2の「ピペラジン-N,N’-ビスカルボジチオ酸カリウム(化合物No.2)」は、ピペラジンのアミノ基量に対する二硫化炭素のモル比が1.0を超えることのみを理由として、チオ炭酸塩を0.03重量%以上含有することになるとはいえない。
ここで、本件特許の優先権主張日当時、H_(2)S、CS_(2)等のガス発生の原因として、ジチオカルバミン酸塩水溶液がチオ炭酸塩を含有することによるものであることについて認識されていたかを、請求人が提示した各甲号証からみてみると、まず、甲第3号証には、記載事項(3-a)に「チオたんさんカリウム・・・水溶液を空気のない所で加熱すると二硫化炭素,水酸化カリウム,硫化水素を生ずる.空気中で水溶液を加熱するとチオ硫酸カリウム,炭酸カリウム,二硫化炭素,硫化水素を生ずる.」と記載され、チオ炭酸カリウムの水溶液を加熱すると、二硫化炭素及び硫化水素を発生することは知られていたが、ジチオカルバミン酸塩水溶液がチオ炭酸塩を含有することについては、それを示唆する記載もないことから、本件特許の優先権主張日当時、知られていたとはいえない。
つぎに、甲第13号証には、記載事項(7-c)に「耐熱性のピロリジン系の骨格を持つ液体キレート化合物(商品名:オリトールS)は,・・・また酸性物質が混入されても,硫化水素などの有害ガスの発生は全くなく,取り扱いも簡単で安心して使用できる耐熱性液体キレートである。」と記載され、さらに、記載事項(7-f)によれば、「表-4 液体キレートの性状及びコスト比較」に、「ピロリジン系」は「硫化水素ガスの発生なし」、「イミン系」は「硫化水素ガス発生」、「カルバミン酸系」は「硫化水素ガス発生(少々)」と記載されることから、液体キレートは、種類によって硫化水素ガスの発生具合が異なることが本件特許の優先権主張日当時、知られていたが、硫化水素ガス発生の原因として、チオ炭酸塩の含有については示唆もされておらず、硫化水素ガス発生の寡多は、液体キレートの種類によるものと認識されていたことが窺われる。
つぎに、甲第28号証には、記載事項(10-a)によれば、液体硫酸バンドと、液体キレート剤であるUML-8100を同時添加した直後に435ppmのH_(2)Sが発生したことがわかるが、H_(2)Sの発生原因について記載されていないばかりか、チオ炭酸塩の有無について示唆もされていない。さらに、液体硫酸バンドと液体キレート剤を添加した場合に、CS_(2)が発生する原因は、記載事項(10-b)に「CS_(2)の発生原因は、液体キレート剤の未反応物によるものなど考えられる。」と記載されるとともに、上記「液体キレート剤の未反応物」については、記載事項(10-c)に「COSの発生原因は、液体キレート剤の未反応物CS_(2)とCO_(2)の反応によるものなど考えられる。」と記載されることから、CS_(2)の発生原因は、液体キレート剤の未反応物としてのCS_(2)によるものと認識されていたものとみることができる。
これらのことから、本件特許の優先権主張日当時に、H_(2)S、CS_(2)等のガス発生の原因として、ジチオカルバミン酸塩水溶液(「液体キレート剤」に相当)がチオ炭酸塩を含有することによるものであると認識されていたとはいえない。
したがって、本件特許明細書の「安定性試験」で、化合物No.1?4の水溶液を65℃に加温して硫化水素ガスの発生を調べ、さらに、前記水溶液にpH調整剤として塩化第二鉄(38%水溶液)を20重量%添加して硫化水素ガスの発生を調べた結果、化合物No.1及び2からは硫化水素の発生がなかったという効果は、化合物No.1及び2の水溶液がチオ炭酸塩を含有しないことによるものとはいえず、甲第2号証の合成例3のピペラジン-N,N’-ビスジチオカルバミン酸カリウムが、チオ炭酸塩を0.8重量%含むことによって、65℃に加温した場合、二硫化炭素ガスを30ppm発生することをもって、本件特許発明の「安定性試験」で示された効果が否定されることにはならない。
以上のことから、本件特許発明の「安定性試験」で示された効果は、本件特許発明を特定の条件下で実施しなければ得られない効果であるとはいえず、請求人の主張は採用できない。
つぎに、(B)について検討すると、まず、本件特許明細書の「安定性試験」において、硫化水素の発生の有無を調べても技術的に全く意味がなく、二硫化炭素もしくはアミン(遊離アミン)の発生の有無を調べないかぎり、ジチオカルバミン酸系化合物が安定かどうかは、判断できないか否かについてみてみると、甲第28号証には、EP灰に液体硫酸バンドと液体キレート剤を、個別又は同時に添加した場合の発生ガス(密閉系で、薬液注入後、10分間混練処理したときに発生した各種ガスをEP灰1kg当たり、1m^(3)N中の濃度をベースとして)のうち、二硫化炭素について、記載事項(10-b)によれば、液体硫酸バンドと液体キレート剤を個別又は同時にEP灰に添加した場合、CS_(2)は0.001?0.065ppm検出されたこと、液体キレート剤を添加すると、必ず、CS_(2)が発生するものと考えられるが、低濃度であるため、特別な対策は不要であることが記載されているといえる。
一方、硫化水素について、記載事項(10-a)に「6パターンすべてについて、H_(2)Sは0.001ppm未満である。しかし、別に行ったテストNo.13と同条件の実験で、液体硫酸バンド,UML-8100を同時添加した直後に測定すると、435ppm検出された。これらの結果から、薬液注入直後に発生していた435ppmのH_(2)Sは、混練処理している間に、EP灰に吸収されて0.001ppm未満となったものと考えられる。」と記載されることから、EP灰に液体硫酸バンドと液体キレート剤を同時添加すると、添加直後は、両者が直接反応して硫化水素を発生する(435ppm)が、10分間混練処理する間に、液体硫酸バンドはEP灰のPHを下げるために消費されるとともに、それまでに発生した硫化水素がEP灰に吸収されて0.001ppm未満となったものとみることができる。
そして、記載事項(10-d)によれば、二硫化炭素と硫化水素を比較すると、有毒性は、硫化水素の方が二硫化炭素よりも大きいといえることから、万一、硫化水素が発生した場合のことを考慮して、記載事項(10-a)によれば、十分な機器内の排気と室内の換気、排気ダクトなどに硫化水素濃度計の設置が不可欠であるといえる。
以上のことから、液体キレート剤(重金属固定化剤)と硫酸バンド(PH調整剤)を添加すると、必ず二硫化炭素が発生するものと考えられるが、低濃度であるため問題とならないのに対して、EP灰に液体キレート剤と硫酸バンドを同時添加すると、添加直後に許容濃度を超える硫化水素を発生することがあり、この場合は、発生した硫化水素が混練処理している間にEP灰に吸収されて硫化水素の濃度が低下するが、EP灰の存在しない条件下で液体硫酸バンドを液体キレート剤に添加すると、硫化水素が発生した場合に吸収するEP灰が存在しないことから、硫化水素の濃度が低下することもないといえる。
したがって、重金属固定化処理剤である液体キレート剤の「安定性試験」としては、硫化水素と二硫化炭素の両方の発生ガスの有無を調べるのが望ましいが、低濃度であるため問題とならない二硫化炭素の発生の有無を調べることを省略して、高濃度で発生するおそれがあり、かつ、有毒性が高いと考えられる硫化水素の発生の有無だけを調べることは、飛灰処理の安全性を担保するために技術的意味があるから、本件特許明細書の「安定性試験」において、硫化水素の発生の有無のみを調べて、二硫化炭素の発生の有無を調べないことが重金属固定化処理剤の「安定性試験」として、技術的意味がないとまではいえない。
つぎに、本件特許明細書の「安定性試験」において、本件特許発明の重金属固定化処理剤が分解せず、これらの試験の条件下において、重金属に対する高いキレート能力が維持されるという当然の前提条件が全く確認されていないかをみてみると、甲第8号証(『試験報告書』(平成20年2月22日))には、記載事項(5-c)に、「7.1の65℃加温試験においては、いずれの試験試料においても試験の前後で外観上特に大きな変化は見受けられなかった。しかし、本38%FeCl_(3)水溶液添加試験ではすべての試験試料において、目視的にも明らかに変質を示す劇的な変化が確認され、化合物自体が全く原形を留めていない状況であることが伺える。・・・酸性の塩化第二鉄と薬剤との混合により薬剤が変質(酸分解や金属塩の生成)しており、特に黒く見えるものはジチオカルバミン酸鉄塩である。」と記載され、同様のことは、甲第9号証(『試験報告書』(財団法人化学物質評価研究機構 平成20年5月7日))の記載事項(6-a)の「8.2 38%FeCl_(3)水溶液添加試験」の項目において、「試験時の様子として、図1?20が示され、図2、4、6及び8から、化合物No.1(ピペラジン-N,N’-ビスジチオカルバミン酸ナトリウム)及び化合物No.2(ピペラジン-N,N’-ビスジチオカルバミン酸カリウム)は、試験後に黒く変色していることが窺える。」からも理解できる。
確かに、ピペラジンカルボジチオ酸のナトリウム塩及びカリウム塩は、pH調整剤である塩化第二鉄と反応すると、鉄塩であるピペラジンカルボジチオ酸鉄となり、黒色に変色するが、この反応によってピペラジンカルボジチオ酸塩は、ナトリウム塩又はカリウム塩から鉄塩になっただけで、ピペラジンカルボジチオ酸自体が分解したわけではなく、乙第12号証からも明らかなように、鉄塩になっても飛灰中の重金属を固定化能を有することから、目視的に黒色に変色して鉄塩が生成するからといって、重金属に対する高いキレート能力が維持されるという当然の前提条件が全く認識されていないとまではいえない。
これらのことを総合すると、甲第1号証に記載された効果とは異質の効果、すなわち、飛灰中の重金属の固定化において硫化水素を発生しないという効果を奏する、例えば、本件特許明細書記載の合成例1の「ピペラジン-N,N’-ビスカルボジチオ酸ナトリウム」又は合成例2の「ピペラジン-N,N’-ビスカルボジチオ酸カリウム」までもが甲第1号証に記載されているとすることはできないことを考慮すると、甲第1号証には、上記した本件特許発明6に特有の作用効果を奏する「ピペラジン-N-カルボジチオ酸もしくはピペラジン-N,N’-ビスカルボジチオ酸のいずれか一方もしくはこれらの混合物又はこれらの塩」までもが記載されているとはいえない。
(1-カ)まとめ
以上のことから、本件特許発明6と甲第1号証は、相違点a及びbにおいて実質的な相違があることから、本件特許発明6は、甲第1号証に記載された発明ではない。
(2)本件特許発明7及び9について
本件特許発明7は、本件特許発明6に、「ピペラジン-N-カルボジチオ酸塩もしくはピペラジン-N,N’-ビスカルボジチオ酸塩が、アルカリ金属、アルカリ土類金属塩又はアンモニウム塩であること」を付加するものである。
また、本件特許発明9は、本件特許発明7に、「ピペラジン-N,N’-ビスカルボジチオ酸塩がピペラジン-N,N’-ビスカルボジチオ酸カリウムであること」を付加するものである。
そこで、これらの付加した事項について検討すると、上記「(1)本件特許発明6について」において検討したように、甲第1号証には、本件特許発明6である「ピペラジン-N-カルボジチオ酸もしくはピペラジン-N,N’-ビスカルボジチオ酸のいずれか一方もしくはこれらの混合物又はこれらの塩からなる飛灰中の重金属固定化処理剤」は、記載されているとすることはできないから、同様に、甲第1号証には、本件特許発明7及び9も記載されているとすることはできない。
したがって、本件特許発明7及び9は、甲第1号証に記載された発明ではない。
(3)むすび
以上のとおり、本件特許発明6、7及び9は、甲第1号証に記載された発明ではない。
よって、本件特許発明6、7及び9は、特許法第29条第1項第3号の規定に該当しない。

2.無効理由2(甲第1号証に基づく進歩性の欠如)について
本件特許発明6、7及び9は、甲第1号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明できたものであるか否かについて、以下に検討する。
(1)本件特許発明6について
(1-ア)甲第1号証に記載された発明の認定
甲第1号証には、上記「1.無効理由1(甲第1号証に基づく新規性の欠如)について」の(1-ア)で認定したとおりの甲1号証発明が記載されている。
(1-イ)本件特許発明6と甲1号証発明との対比
本件特許発明6と甲1号証発明とを対比すると、上記「1.無効理由1(甲第1号証に基づく新規性の欠如)について」の(1-イ)で検討したとおり、[相違点a]及び[相違点b]の点で相違する。
(1-ウ)相違点a及び相違点bの判断
相違点a及び相違点bを判断するにあたって、上記「1.無効理由1(甲第1号証に基づく新規性の欠如)について」の「(1-オ)本件特許発明の効果について」で検討したとおり、本件特許明細書の段落【0021】、【0022】に記載された「安定性試験」で示された効果、すなわち65℃に加温しても、pH調整剤である塩化第二鉄(38%水溶液)を20重量%添加しても、硫化水素を発生しないという効果が、「ピペラジン-N-カルボジチオ酸又はピペラジン-N,N’-ビスカルボジチオ酸のいずれか一方、又はこれらの混合物」を用いる場合に予測可能であったかどうかが問題となる。
(1-ウ-1)化学構造式からの予測可能性
そこで、甲第35号証をみると、記載事項(11-a)に、ジチオカルバミン酸は、「カルバミン酸の2原子の酸素をイオウで置換した化合物で,一般式RNHCSSHおよびR_(2)NCSSHで表わされる(Rはアルキル基).製法 第一アミンおよび第二アミンにアルコール中で二硫化炭素を作用させると,それぞれN-アルキルジチオカルバミン酸およびN,N’-ジアルキルジチオカルバミン酸のアンモニウム塩として得られる:
・・・
性質 N-アルキルジチオカルバミン酸アンモニウムは加熱すると,分解してN,N’-ジアルキルチオ尿素を生じる:
RNHCSSNH_(3)R→CS(NHR)_(2)+H_(2)S
N-アルキルジチオカルバミン酸の金属誘導体(銀,鉄および水銀との塩)は,水中で煮沸すると分解してイソチオシアン酸エステルを生じる:
2RNHCSSAg→2RNCS+H_(2)S+Ag_(2)S
一方,N,N’-ジアルキルジチオカルバミン酸の金属塩からは,イソチオシアン酸エステルを生じないので,第一アミンの定性反応に利用される」と記載されることから、第一アミン(一級アミン)からのN-アルキルジチオカルバミン酸塩は、加熱すると硫化水素を発生し、第二アミン(二級アミン)からのN,N’-ジアルキルジチオカルバミン酸塩は硫化水素を発生しないものといえる。
これに対して、甲第13号証には、記載事項(7-a)及び(7-b)によれば、飛灰の安定化処理法として、薬剤添加(液体キレート)混練法に用いられている代表的な液体キレートについて、表-3に、構造式が示され、さらに、記載事項(7-e)及び(7-f)によれば、「カルバミン酸系イオウ化合物」であるジアルキルジチオカルバミン酸塩は、特徴として「硫化水素ガス発生(少々)」と記載されることから、二級アミンからのジアルキルジチオカルバミン酸塩であっても硫化水素を発生する場合があるといえる。
したがって、アミンのジチオカルバミン酸塩の安定性は、ジチオカルバミン酸塩が一級アミン由来であるか二級アミン由来であるかの分子構造から一義的に予測可能であるとまではいえない。
(1-ウ-2)課題の公知性と進歩性の欠如
そこで、本件特許出願の優先日前に頒布された刊行物である甲第13号証をみると、記載事項(7-c)及び(7-d)によれば、飛灰の重金属固定剤である「耐熱性のピロリジン系の骨格を持つ液体キレート化合物(商品名:オリトールS)」は、酸性物質が混入されても、硫化水素などの有毒ガスの発生は全くなく、耐熱性(約300℃)に優れ、さらに、記載事項(7-b)及び(7-f)によれば、飛灰処理に用いられる液体キレートの性状として、ピロリジン系(オリトールS-3000)は硫化水素ガスの発生がないのに対して、イミン系(ニューエポルバ-500)及びカルバミン酸系(スミキレートAC-21V)は硫化水素ガスを発生する特徴があることが記載されている。
これらの記載事項から、飛灰処理に用いられる液体キレート(重金属固定剤)は、その種類によって硫化水素ガスを発生することが知られていたとみることができ、液体キレート(重金属固定剤)からの硫化水素ガスの発生を抑止しようという技術課題は、本件特許出願の優先日前に公知であったといえる。
しかし、飛灰処理に用いられる重金属固定剤から硫化水素ガスが発生するのを抑止しようという技術課題があったからといって、上記「(1-ウ-1)化学構造式からの予測可能性」で検討したように、アミンのジチオカルバミン酸塩の安定性は、ジチオカルバミン酸塩が一級アミン由来であるか二級アミン由来であるかの分子構造から一義的に予測可能であるとまではいえないのであるから、当業者は、安定性試験において、一級アミンからのジチオカルバミン酸塩は硫化水素を発生し、二級アミンからのジチオカルバミン酸塩は硫化水素を発生し難いことを容易に知り得ることにはならない。
このため、当業者が甲第1号証をみた場合、分子量500以下の1級及び/又は2級アミノ基を有するポリアミンとして、多数列挙されている化合物の内、一級アミノ基を含まない二級アミンはピペラジンしかないとしても、その動機付けとなる前提がないのであるから、甲第1号証に記載のポリアミンとしてピペラジンを選択することは、当業者といえども、容易に想到することはできない。
(1-エ)まとめ
以上のとおり、本件特許発明6は、上記相違点a及び相違点bとして記載された構成により、本件特許明細書記載の65℃に加温しても、pH調整剤である塩化第二鉄(38%水溶液)を20重量%添加しても、硫化水素を発生しないという、甲第1号証の記載からは予測することのできない効果を奏するものといえる。
したがって、本件特許発明6は、甲第1号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
(2)本件特許発明7及び9について
本件特許発明7は、本件特許発明6に、「ピペラジン-N-カルボジチオ酸塩もしくはピペラジン-N,N’-ビスカルボジチオ酸塩が、アルカリ金属、アルカリ土類金属塩又はアンモニウム塩であること」を付加するものである。
また、本件特許発明9は、本件特許発明7に、「ピペラジン-N,N’-ビスカルボジチオ酸塩がピペラジン-N,N’-ビスカルボジチオ酸カリウムであること」を付加するものである。
そこで、これらの付加した事項について検討すると、上記「(1)本件特許発明6について」で検討したように、本件特許発明6は、相違点a及び相違点bとして記載された構成により、甲第1号証の記載からは予測することのできない効果を奏するものといえることから、同様に、「ピペラジン-N-カルボジチオ酸塩もしくはピペラジン-N,N’-ビスカルボジチオ酸塩が、アルカリ金属、アルカリ土類金属塩又はアンモニウム塩である」本件特許発明7も、「ピペラジン-N,N’-ビスカルボジチオ酸塩がピペラジン-N,N’-ビスカルボジチオ酸カリウムである」本件特許発明9も、甲第1号証の記載からは予測することのできない効果を奏するものといえる。
したがって、本件特許発明7及び9は、甲第1号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
(3)むすび
以上のとおり、本件特許発明6、7及び9は、甲第1号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
よって、本件特許発明6、7及び9は、特許法第29条第2項の規定に該当しない。

3.無効理由3(甲第14号証と甲第1号証の組み合わせによる進歩性の欠如)について
本件特許発明6、7及び9は、甲第14号証及び甲第1号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明できたものであるか否かについて、以下に検討する。
(1)本件特許発明6について
(1-ア)甲第14号証に記載された発明の認定
甲第14号証には、記載事項(8-a)に、「2個のアミノ基を有する二級アミンのピペラジンよりピペラジンビスジチオカルバミン酸ナトリウムを合成し,種々の金属イオンとの反応を調べた。その結果,Cu^(2+),Co^(2+),Ni^(2+),Hg^(2+)などとのキレートは希薄溶液で沈殿を生じないで光散乱を示し,微量分析に応用できることが判明した。また,それらのキレートの中には水溶液で可視部と近紫外部とに光吸収を持つものがあり,吸光光度分析にも使用できた。」と記載されるともに、記載事項(8-f)に「PipBDCは比較的簡単に合成でき,・・・Cu^(2+),Co^(2+),Ni^(2+),Hg^(2+)イオンとのキレートは,希薄な溶液でコロイド的粒子として安定に存在した。この性質を利用して吸光分析法あるいは光散乱分析法によっていくつかの金属の微量分析が可能であった。」と記載されている。
そして、以上の記載事項をまとめると、記載事項(8-b)によれば、上記「PipBDC」は、「ピペラジンビスジチオカルバミン酸ナトリウム」の略語であるから、ピペラジンビスジチオカルバミン酸ナトリウムは、金属イオンであるCu^(2+),Co^(2+),Ni^(2+),Hg^(2+)などとの反応で生じるキレートが希薄な溶液でコロイド的粒子として安定に存在するために、この性質を利用して、吸光分析法あるいは光散乱分析法に使用できる金属の微量分析用試薬といえる。
さらに、記載事項(8-c)に、「この試薬についてカリウム塩,アンモニウム塩を合成したが,結晶水は含まれていなかった」と記載されることから、ピペラジンビスジチオカルバミン酸は、ナトリウム塩に限らず、カリウム塩及びアンモニウム塩を含むピペラジンビスジチオカルバミン酸塩であるといえる。
以上の記載を本件特許発明6の記載ぶりに則して整理すると、甲第14号証には、「ピペラジンビスジチオカルバミン酸塩からなり、金属イオンであるCu^(2+),Co^(2+),Ni^(2+),Hg^(2+)などとの反応で生じるキレートが希薄な溶液でコロイド的粒子として安定に存在する、吸光分析法あるいは光散乱分析法に使用できる金属の微量分析用試薬」の発明(以下、「甲14号証発明」という。)が記載されていると認める。
(1-イ)本件特許発明6と甲14号証発明との対比
そこで、本件特許発明6と甲14号証発明とを対比すると、甲14号証発明の「ピペラジンビスジチオカルバミン酸塩」は、本件特許発明6の「ピペラジン-N,N’-ビスカルボジチオ酸塩」に相当する。
さらに、甲14号証発明の「金属イオンであるCu^(2+),Co^(2+),Ni^(2+),Hg^(2+)などとの反応で生じるキレート」については、本件特許明細書の段落【0014】に、「本発明の方法において、固定化される飛灰中の重金属は、一般にジチオカルバミン酸基がキレートすることによって水溶液から不溶化できる金属であり、・・・特に、鉛、水銀、クロム、カドミウム、亜鉛、銅についてはキレート効果が高いことから好ましい」と記載され、甲14号証発明の「Cu^(2+),Co^(2+),Ni^(2+),Hg^(2+)など」は、本件特許発明6の「重金属」のイオンに相当するといえるから、甲14号証発明の「金属イオンであるCu^(2+),Co^(2+),Ni^(2+),Hg^(2+)などとの反応で生じるキレート」と、本件特許発明6の「重金属固定化」とは、重金属をキレートする点で共通するものといえる。
以上のことから、両者は、
「ピペラジン-N,N’-ビスカルボジチオ酸塩からなる重金属をキレートする薬剤」である点で一致し、以下の点で相違する。
[相違点c]本件特許発明6の「ピペラジン-N,N’-ビスカルボジチオ酸塩」は、「飛灰中の重金属固定化処理剤」であるのに対し、甲14号証発明の「ピペラジンビスジチオカルバミン酸ナトリウム」は、「金属イオンであるCu^(2+),Co^(2+),Ni^(2+),Hg^(2+)などとの反応で生じるキレートが希薄な溶液でコロイド的粒子として安定に存在する、吸光分析法あるいは光散乱分析法に使用できる微量分析用試薬」である点。
(1-ウ)相違点cの検討
まず、相違点cに係る本件特許発明6の「飛灰中の重金属固定化」の技術的事項について、その意味するところを明細書に基づいてみてみると、本件特許明細書の段落【0003】に、「特に高アルカリ性飛灰においては重金属溶出量が多くなることが知られている。このような飛灰の重金属固定化のためには、従来の薬剤ではその使用量を大幅に増加するか、又は塩化第二鉄等のpH調整剤、又はセメント等の他の薬剤との併用法を取らざるを得ず、・・・さらに、前記ジチオカルバミン酸は、原料とするアミンによっては、pH調整剤との混練又は熱により分解するために、混練処理手順及び方法に十二分に配慮する必要があった。」と記載され、飛灰中の重金属固定化においては、重金属固定化処理剤であるジチオカルバミン酸によっては、pH調整剤との混練又は熱により分解するおそれがあったといえる。
これに対して、甲14号証発明の「ピペラジンビスジチオカルバミン酸塩」は、「金属イオンとの反応で生じるキレートが希薄な溶液でコロイド的粒子として安定に存在する」ことを利用して、吸光分析法あるいは光散乱分析法を用いる金属の微量分析に使用する分析試薬であって、甲第14号証の記載事項(8-d)によれば、ピペラジンビスジチオカルバミン酸ナトリウムを分析試薬として用いることにより、溶媒抽出によらず,水溶液で吸光光度分析が可能であるとともに、ジエチルジチオカルバミン酸ナトリウムを用いる場合に必要とされる、ゼラチンのような保護膠質を注加する必要もないという効果を有するものといえる。
そして、甲第14号証の記載事項(8-c)に、ピペラジンビスジチオカルバミン酸ナトリウムの安定性について、「結晶はmp250℃以上であり,安定で,長期保存に耐える。水溶液はアルカリ性で安定であるが,中性近辺で徐々に分解し,特にpH2以下で急激に分解する。」と記載されることから、ピペラジンビスジチオカルバミン酸ナトリウムは、結晶状態で熱的に安定で、長期保存に耐えるのに対し、その水溶液は、アルカリ性で安定であるが、中性近辺で徐々に分解し、pH2以下の強酸性では急激に分解することが知られていたといえる。
さらに、記載事項(8-e)に、標準的な分析操作について、「25cm^(3)容の共栓付試験管に金属イオンを含む水溶液10cm^(3)をとり,緩衝液4cm^(3),PipBDC0.05%(W/V)6cm^(3)を加えて激しく振とうする。約30分後に吸光度あるいは光散乱強度を測定する。」と記載されることから、分析に使用するピペラジンビスジチオカルバミン酸ナトリウムは、0.05%(W/V)と希薄な溶液であり、また、記載事項(8-e)に、吸光度及び光散乱強度測定の最適pHについて、「種々のpHの緩衝液を調製し,標準操作に従って吸光度および光散乱強度を測定した。pH5.7?7.0の中性付近が両測定法に対して良好であり,それ以外のpHでは吸光度も散乱光強度も減少した。ただpH1.0?2.0では試薬の分解が見られた。」と記載されることから、分析試薬としてピペラジンビスジチオカルバミン酸ナトリウムの希薄水溶液を使用する場合に、金属イオンとの反応で生じるキレートが希薄な溶液でコロイド的粒子として安定に存在するには、pH5.7?7.0の中性付近が最適であることが窺える。
以上のことから、甲14号証発明の「ピペラジンビスジチオカルバミン酸塩」は、金属イオンとの反応でキレートを生じるものであるが、分析試薬として吸光度及び光散乱強度測定に用いる場合、生じたキレートが希薄な溶液でコロイド的粒子として安定に存在するにはpH5.7?7.0の中性付近が良好であること、さらには、「ピペラジンビスジチオカルバミン酸塩」の安定性について、結晶状態で熱的に安定であるのに対して、水溶液では、アルカリ性で安定であるが、中性近辺で徐々に分解し始めることが知られていたといえる。
しかし、「ピペラジンビスジチオカルバミン酸塩」の水溶液を加熱した場合の安定性については明記されていない。
つぎに、甲第1号証には、上記「1.無効理由1(甲第1号証に基づく新規性の欠如)について」の(1-ア)で認定したとおりの甲1号証発明が記載されている。
そして、上記「1.無効理由1(甲第1号証に基づく新規性の欠如)について」の(1-イ)で検討したとおり、本件特許発明6の発明特定事項である「ピペラジン-N-カルボジチオ酸もしくはピペラジン-N,N’-ビスカルボジチオ酸のいずれか一方もしくはこれらの混合物又はこれらの塩」は、甲1号証発明のポリアミン誘導体又はその塩と、ポリエチレンイミン誘導体又はその塩とからなる金属捕集剤のうち、ポリアミン誘導体又はその塩と、ポリアミンのカルボジチオ酸又はその塩である点で共通するとみることができるものの、甲第1号証には、「ピペラジン-N-カルボジチオ酸もしくはピペラジン-N,N’-ビスカルボジチオ酸のいずれか一方もしくはこれらの混合物又はこれらの塩」は、具体的に記載されていないといえる。
さらに、甲1号証発明の効果は、「金属を捕集して形成されたフロックが大きく、フロックの沈澱速度が大きいため廃水中の金属イオンを効率良く捕集除去できる。しかも、本発明の金属捕集剤を用いた場合、フロックへの水のからみが従来の金属捕集剤を用いた場合に比して少ないため、フロックを分離除去して固めて得たケーク中の含水量を少なくすることができ、ケークの処理が容易となる。従来の金属捕集剤による吸着性があまり良くなかったクロム(III)、ニッケル、コバルト、マンガン等の金属イオンに対する捕集性にも優れ」るという、従来よりも、金属を捕集して形成されたフロックが大きく、フロックの沈澱速度が大きいため廃水中の金属イオンを効率良く捕集除去でき、フロックへの水のからみが従来の金属捕集剤を用いた場合に比して少ないため、フロックを分離除去して固めて得たケーク中の含水量を少なくすることができ、ケークの処理が容易となるとともに、多種の金属イオンを効率良く捕集できるというものであり、本件特許発明6が有する安定性、すなわち、65℃に加温しても、pH調整剤である塩化第二鉄(38%水溶液)を20重量%添加しても、硫化水素を発生しないという効果を奏するものではない。
そうすると、甲第14号証に記載された、金属イオンとの反応でキレートを生じる「ピペラジンビスジチオカルバミン酸塩」は、分析試薬として吸光度及び光散乱強度測定に用いる場合、濃度が0.05%(W/V)の希薄な溶液であり、これに対して、甲1号証発明の飛灰中の重金属の固定化に使用する金属捕集剤は、甲第1号証の記載事項(1-g)によれば、10重量%の金属捕集剤1gを水10gで希釈した水溶液として加えるものであり、これを濃度に換算すると0.9%(W/W)となることから、甲14号証発明の「ピペラジンビスジチオカルバミン酸ナトリウム」を甲1号証発明の飛灰中の重金属の固定化に使用する金属捕集剤として使用するには、濃度が希薄すぎることになり、「ピペラジンビスジチオカルバミン酸ナトリウム」を飛灰中の重金属の固定化に使用する金属捕集剤として使用する動機付けとはならない。
さらに、甲14号証発明の「ピペラジンビスジチオカルバミン酸塩」は、水溶液がアルカリ性で安定であるが、中性付近で徐々に分解し、特にpH2以下で激しく分解することから、「ピペラジンビスジチオカルバミン酸塩」の水溶液は、pH調整剤との混練によって、水溶液のpHが低下すれば「ピペラジンビスジチオカルバミン酸塩」は徐々に分解することも考えられなくもない。
このため、本件特許発明6の課題を達成することを阻害するものとみることができ、甲1号証発明のポリアミン誘導体又はその塩と、ポリエチレンイミン誘導体又はその塩とからなる飛灰中の重金属の固定化に使用する金属捕集剤のうち、ポリアミン誘導体又はその塩として使用することを想起する動機付けが存在しないこととなる。
そして、本件特許発明6は、上記相違点cとして記載された構成により、本件特許明細書記載の65℃に加温しても、pH調整剤である塩化第二鉄(38%水溶液)を20重量%添加しても、硫化水素を発生しないという、甲第14号証及び甲第1号証の記載からは予測することのできない効果を奏するものといえる。
したがって、本件特許発明6は、甲第14号証及び甲第1号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
(2)本件特許発明7及び9について
本件特許発明7は、本件特許発明6に、「ピペラジン-N-カルボジチオ酸塩もしくはピペラジン-N,N’-ビスカルボジチオ酸塩が、アルカリ金属、アルカリ土類金属塩又はアンモニウム塩であること」を付加するものである。
また、本件特許発明9は、本件特許発明7に、「ピペラジン-N,N’-ビスカルボジチオ酸塩がピペラジン-N,N’-ビスカルボジチオ酸カリウムであること」を付加するものである。
そこで、これらの付加した事項について検討すると、上記「(1)本件特許発明6について」において検討したように、本件特許発明6は、上記相違点cとして記載された構成により、甲第14号証及び甲第1号証の記載からは予測することのできない効果を奏するものといえるから、同様に、「ピペラジン-N-カルボジチオ酸塩もしくはピペラジン-N,N’-ビスカルボジチオ酸塩が、アルカリ金属、アルカリ土類金属塩又はアンモニウム塩である」本件特許発明7も、「ピペラジン-N,N’-ビスカルボジチオ酸塩がピペラジン-N,N’-ビスカルボジチオ酸カリウムである」本件特許発明9も、甲第14号証及び甲第1号証の記載からは予測することのできない効果を奏するものといえる。
したがって、本件特許発明7及び9は、甲第14号証及び甲第1号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
(3)むすび
以上のとおり、本件特許発明6、7及び9は、甲第14号証及び甲第1号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
よって、本件特許発明6、7及び9は、特許法第29条第2項の規定に該当しない。

4.無効理由4(特許法第36条第4項違反)について
本件特許明細書の発明の詳細な説明には、本件特許発明を当業者が実施可能な程度に明確かつ十分に記載されているか否か、すなわち、実施可能要件を満たすか否かについて、以下に検討する。
(1)発明の詳細な説明の記載事項
本件特許発明について実施可能要件を満たすというためには、発明の詳細な説明に、当該「飛灰中の重金属固定化処理剤」の有用性を裏付ける程度に、その発明の目的、構成及び効果が記載されていることを要する。
そこで、発明の詳細な説明をみてみると、本件特許明細書の記載によれば、発明の詳細な説明には、(ア)発明が解決しようとする課題として、高アルカリ性飛灰の重金属固定化のためには、従来の薬剤ではその使用量を大幅に増加するか、又は塩化第二鉄等のpH調整剤、又はセメント等の他の薬剤との併用法を取らざるを得ず、処理薬剤費が増大し、又は処理方法が複雑化する等の問題があり、さらに、ジチオカルバミン酸は、原料とするアミンによっては、pH調整剤との混練又は熱により分解するために、混練処理手順及び方法に十二分に配慮する必要があったことに鑑み、その目的は飛灰中に含まれる重金属を安定性の高いキレート剤を用いることにより簡便に固定化できる方法を提供すること(段落【0003】、【0004】)、(イ)課題を解決するための手段として、キレート剤である、ピペラジンカルボジチオ酸又はその塩は、重金属に対するキレート能力が高く、高アルカリ性飛灰においても少量の添加量で重金属を固定化でき、かつ熱的に安定であることを見出し、飛灰に水とピペラジンカルボジチオ酸又はその塩を添加し、混練する飛灰中の重金属の固定化方法の発明を完成させたこと(段落【0005】、【0006】)、(ウ)上記ピペラジンカルボジチオ酸としては、ピペラジン-N-カルボジチオ酸又はピペラジン-N,N’-ビスカルボジチオ酸のいずれか一方、又はこれらの混合物として使用できること(段落【0009】)、(エ)ピペラジンカルボジチオ酸塩は、前記ピペラジンカルボジチオ酸のアルカリ金属、アルカリ土類金属又はアンモニウムの塩が使用でき、さらに、熱的に安定でかつ安価なナトリウム塩又はカリウム塩が特に好ましいこと(段落【0010】)、(オ)合成例1の合成方法により、ピペラジン-N,N’-ビスカルボジチオ酸ナトリウム(化合物No.1)の25wt%水溶液が得られること(段落【0016】、【0017】)、(カ)合成例2の合成方法により、ピペラジン-N,N’-ビスカルボジチオ酸カリウム(化合物No.2)の40wt%水溶液(段落【0018】)が得られること、(キ)合成例1?4で得られた化合物No.1?4の水溶液について、安定性試験である65℃に加温する試験と塩化第二鉄(38%水溶液)を20重量%添加する試験の結果、化合物No.1及び化合物No.2は、いずれの試験でも硫化水素の発生がないこと(段落【0021】、【0022】)、(ク)発明の効果として、ピペラジンカルボジチオ酸又はその塩は重金属固定化能が高く、かつ熱的にも安定であることから、重金属溶出量の多い高アルカリ性飛灰においても、少量の添加で効果を発揮し経済的であるとともに、他の助剤の使用に際して安全かつ簡便な処理方法にて実施できること(段落【0032】)が記載されているといえる。
(2)本件特許発明の「飛灰中の重金属固定化処理剤」について
まず、本件特許発明の目的についてみてみると、発明の詳細な説明の記載事項(ア)によれば、「高アルカリ性飛灰の重金属固定化のためには、従来の薬剤ではその使用量を大幅に増加するか、又は塩化第二鉄等のpH調整剤、又はセメント等の他の薬剤との併用法を取らざるを得ず、処理薬剤費が増大し、又は処理方法が複雑化する等の問題があり、さらに、ジチオカルバミン酸は、原料とするアミンによっては、pH調整剤との混練又は熱により分解することに鑑み、飛灰中に含まれる重金属を安定性の高いキレート剤を用いることにより簡便に固定化できる飛灰中の重金属固定化処理剤を提供すること」が記載されていることから、本件特許発明の目的は、キレート剤としてpH調整剤との混練又は熱により分解しない安定性の高いジチオカルバミン酸を用いることにより、飛灰中に含まれる重金属を簡便に固定化できる飛灰中の重金属固定化処理剤を提供することであるといえる。
つぎに、本件特許発明の構成についてみてみると、発明の詳細な説明の記載事項(イ)?(エ)によれば、キレート剤である、ピペラジンカルボジチオ酸又はその塩、すなわち、ピペラジン-N-カルボジチオ酸もしくはピペラジン-N,N’-ビスカルボジチオ酸のいずれか一方もしくはこれらの混合物又はこれらの塩は、重金属に対するキレート能力が高く、高アルカリ性飛灰においても少量の添加量で重金属を固定化でき、かつ熱的に安定であることを見出し、ピペラジンカルボジチオ酸又はその塩からなる飛灰中の重金属固定化処理剤を飛灰中の重金属の固定化に用いることが記載されているといえる。
そこで、本件特許発明の「飛灰中の重金属固定化処理剤」について、さらに詳しくみてみると、本件特許発明6は、上記「第2 本件特許発明」で認定したとおり、「ピペラジン-N-カルボジチオ酸もしくはピペラジン-N,N’-ビスカルボジチオ酸のいずれか一方もしくはこれらの混合物又はこれらの塩からなる飛灰中の重金属固定化処理剤。」である。
このことから、本件特許発明6の「飛灰中の重金属固定化処理剤」は、発明特定事項である「ピペラジン-N-カルボジチオ酸もしくはピペラジン-N,N’-ビスカルボジチオ酸のいずれか一方もしくはこれらの混合物又はこれらの塩」すなわち、ピペラジンカルボジチオ酸又はその塩からなるものであり、発明の詳細な説明の記載事項(イ)によれば、飛灰中の重金属の固定化は、飛灰に水とピペラジンカルボジチオ酸又はその塩を添加して混練するものであり、水以外に添加する必須成分が見あたらないことから、本件特許発明6の「飛灰中の重金属固定化処理剤」は、ピペラジンカルボジチオ酸又はその塩、すなわち「ピペラジン-N-カルボジチオ酸もしくはピペラジン-N,N’-ビスカルボジチオ酸のいずれか一方もしくはこれらの混合物又はこれらの塩」を主成分とするものであり、「飛灰中の重金属固定化処理剤」に通常含まれる成分、例えばpHを所定範囲に保つためのアルカリ剤などを排除するものではない。
そして、本件特許発明6の「ピペラジン-N-カルボジチオ酸」又はその塩及び「ピペラジン-N,N’-ビスカルボジチオ酸」又はその塩自体は、化学構造が特定された化合物であり、同様に、本件特許発明7の「ピペラジン-N-カルボジチオ酸塩もしくはピペラジン-N,N’-ビスカルボジチオ酸塩が、アルカリ金属、アルカリ土類金属塩又はアンモニウム塩であること」は、「ピペラジン-N-カルボジチオ酸」又は「ピペラジン-N,N’-ビスカルボジチオ酸」のカルボジチオ酸基の水素がアルカリ金属、アルカリ土類金属又はアンモニウムで置換されたことを意味し、これらの「ピペラジン-N-カルボジチオ酸塩もしくはピペラジン-N,N’-ビスカルボジチオ酸塩」自体も化学構造が特定された化合物であり、さらに、本件特許発明9の「ピペラジン-N,N’-ビスカルボジチオ酸カリウム」自体も、化学構造が特定された化合物であることは明らかである。
さらに、本件特許発明の「飛灰中の重金属固定化処理剤」の主成分である「ピペラジン-N-カルボジチオ酸もしくはピペラジン-N,N’-ビスカルボジチオ酸のいずれか一方もしくはこれらの混合物又はこれらの塩」の合成方法については、発明の詳細な説明の記載事項(オ)及び(カ)によれば、合成例1及び2の合成方法によってピペラジン-N,N’-ビスカルボジチオ酸ナトリウム(化合物No.1)及びピペラジン-N,N’-ビスカルボジチオ酸カリウム(化合物No.2)の水溶液が得られ、合成例1及び2の合成方法以外にも、例えば、甲第14号証の記載事項(8-b)に記載された合成方法などが知られており、その合成方法は、当業者に周知の事項であるといえる。
つぎに、本件特許発明の効果についてみてみると、発明の詳細な説明の記載事項(キ)及び(ク)によれば、合成例1?4で得られた化合物No.1?4の水溶液について、安定性試験である65℃に加温する試験と塩化第二鉄(38%水溶液)を20重量%添加する試験の結果、ピペラジン-N,N’-ビスカルボジチオ酸ナトリウム(化合物No.1)及びピペラジン-N,N’-ビスカルボジチオ酸カリウム(化合物No.2)は、いずれの試験でも硫化水素の発生がないことから、本件特許発明の「飛灰中の重金属固定化処理剤」の主成分であるピペラジンカルボジチオ酸又はその塩は、熱的に安定であるとともに、塩化第二鉄等の助剤の使用に際して安全かつ簡便な処理方法にて飛灰中の重金属を固定化できることが記載されているといえる。
以上のことから、本件特許発明の「飛灰中の重金属固定化処理剤」は、発明の詳細な説明に、当該用途の有用性を裏付ける程度に、当該発明の目的、構成及び効果が記載されているといえる。
(3)本件特許明細書の「化合物No.1及び化合物No.2」について
請求人は、「本件特許明細書に記載されている化合物No.1及び化合物No.2に関して追試を行った。・・・この追試結果が示す通り、化合物No.1及び化合物No.2に関して、実施例通りに追試をしてみても、65℃に加温した場合も、塩化第二鉄を添加した場合も、いずれの場合においても、硫化水素が発生しており、このことは、副生成物であるチオ炭酸塩を含まない、純然たる「ピペラジン-N-カルボジチオ酸もしくはピペラジン-N、N’-ビスカルボジチオ酸のいずれか一方もしくはこれらの混合物又はこれらの塩」を得られていないことを示している。」(審判請求書第27ページ16?24行)と主張している。
そこで、本件特許明細書における実施例の「合成例1」及び「合成例2」について、目的とする化合物が得られているかみてみると、「合成例1」のピペラジン-N,N’-ビスカルボジチオ酸ナトリウム(化合物No.1)の合成では、「ガラス製容器中に窒素雰囲気下、ピペラジン172重量部、NaOH167重量部、水1512重量部を入れ、この混合溶液中に撹拌しながら45℃で二硫化炭素292部を4時間かけて滴下した。滴下終了後、同温度にて約2時間熟成を行った。反応液に窒素を吹き込み未反応の二硫化炭素を留去したところ、黄色透明の液体を得た。
この乾固物の重水(D_(2)O)中でのH^(1)-NMRスペクトル(内部標準:Sodium 3-Trimethylsilylpropionate -2,2,3,3-d4 (TSP))は4.41ppm(S)であり、C^(13)-NMRスペクトル(内部標準:TSP)は40.23ppm、199.11ppmであった。さらに燃焼後にイオンクロマトグラフィー(IC)によりSO_(4)^(2-)量を測定したところジチオカルバミン酸基由来と考えられる硫黄の含有率は10.8%(計算値10.6%)であった。以上の結果からこのものはピペラジン-N,N’-ビスカルボジチオ酸ナトリウムと推定された。ヨード滴定により測定した結果、得られた水溶液中のピペラジン-N,N’-ビスカルボジチオ酸ナトリウムの濃度は25wt%であった。」(段落【0016】、【0017】)と記載されている。
つぎに、「合成例2」のピペラジン-N,N’-ビスカルボジチオ酸カリウム(化合物No.2)の合成では、「ガラス製容器中に窒素雰囲気下、ピペラジン112重量部、KOH48.5%水溶液316重量部、水395重量部を入れ、この混合溶液中に撹拌しながら40℃で二硫化炭素316部を4時間かけて滴下した。滴下終了後、同温度にて約2時間熟成を行った。反応液に窒素を吹き込み未反応の二硫化炭素を留去したところ、黄色透明の液体を得た。」(段落【0018】)と記載されている。
そして、上記「合成例1」及び「合成例2」では、「ガラス製容器」の容量、「窒素雰囲気下」の窒素流量、「混合溶液」の攪拌速度、「反応液に窒素を吹き込み未反応の二硫化炭素を留去」における窒素吹き込み量及び留去時間は明記されていない。
この点は、被請求人が提示した乙第13号証の事実実験公正証書によれば、「合成例1」に基づく実験について、各試薬の分量を本件特許明細書記載の4分の1とし、「ガラス製容器」として500mLガラス製四つ口フラスコを用い、「窒素雰囲気下」として窒素ガスを流量1000mL/分で流し、「混合溶液」を攪拌回数120/rpmで攪拌し、「反応液に窒素を吹き込み未反応の二硫化炭素を留去」として攪拌回数60/rpm、窒素ガスの流量700mL/分で1時間行うこと、同様に、「合成例2」に基づく実験について、各試薬の分量を本件特許明細書記載の2分の1とし、「ガラス製容器」として500mLフラスコを用い、「窒素雰囲気下」として窒素ガスを流量1000mL/分で流し、「混合溶液」を攪拌回数60/rpmで攪拌し、「反応液に窒素を吹き込み未反応の二硫化炭素を留去」として攪拌回数60/rpm、窒素ガスの流量700mL/分で2時間行うことにより、目的とする化合物が得られることが記載されている。
これに対して、請求人は、「事実実験公正証書の実験結果であるが(乙13)、以下に述べる通り、これは、本件特許明細書に記載された実施例とは明らかに異なる特殊な方法により実施したものであり、このような特殊な方法で実施しない限り、本件特許明細書に記載された所定の効果を奏しないことを認めるものであり、自ら本件特許発明が実施不能なことを認めるものに等しいものである」(口頭審理陳述要領書第45ページ3?7行)として、(A)「本件特許明細書においては、「窒素雰囲気下」としか記載されていないにもかかわらず、乙13号証の「二硫化炭素の滴下と熟成」において、合成例1、2ともに、500mLという小さなフラスコ(乙13、5頁)に対して、留去の「窒素ガスの流量700mL/分」の量を上回る「窒素ガスの流量1000mL/分」という技術常識に外れた大量の窒素ガスを流入させており(乙13、12、13頁)、それに加えて合成例2の攪拌回数は60/rpmとし、合成例1の攪拌回数120/rpmに比べて攪拌回数を実に半減させている。ここには、主反応をゆるやかに進めることで極力、副反応を抑えようという意図が明白に伺えるものである。」、(B)「留去においても、「窒素ガスの流量700mL/分」という技術常識では考えられないような大量の窒素ガスを流入し、未反応の二硫化炭素を極力すみやかに留去することで、ここでも、チオ炭酸塩の副生を抑えるための措置を採っている。」、(C)「加温試験においては、20gの試料を1Lのテドラーバッグに入れ(乙13、16、17頁)、容積比1000/20=50倍であり、例えば、被請求人が測定した乙18の1.67(12mlの試料を20mlのバイアルに入れている、5頁)に比して極めて高く設定し、検知数値の低減化を恣意的に図っているのは明白である。」と、主張しているので、上記(A)?(C)の主張について検討すると、
(A)については、本件特許明細書に記載の「ピペラジン-N,N’-ビスカルボジチオ酸ナトリウム」(化合物No.1)及び「ピペラジン-N,N’-ビスカルボジチオ酸カリウム」(化合物No.2)は、例えば、甲第14号証の記載事項(8-b)に、「ピペラジンビスジチオカルバミン酸ナトリウム(以下PipBDCと略す)は常法を参考にして次のように合成した。」と記載され、ここでは、ピペラジン水溶液に水酸化ナトリウムと二硫化炭素を加えて水で環流しながら40℃で2時間攪拌し、これにアセトンを加えて白色結晶を得た後、水溶液として、アセトンで再結晶を繰り返し、乾燥する合成方法が記載されている。
そして、アミン化合物と二硫化炭素とアルカリ水酸化物を用いるカルボジチオ酸塩の合成方法は、甲第14号証に記載の方法に限らず、当該技術分野において、様々な方法が知られており、重金属を不溶化する重金属固定化剤として用いるジチオカルバミン酸塩の合成方法について、例えば、特公昭56-39358号公報には、「これらの脂肪族ポリジチオカルバミン酸又はこれらの塩類は他の種々の方法で合成し得ることは言うまでもない。例えば、ポリアミン化合物をNaOH,KOH,Ca(OH)_(2),NH_(4)OHなどの水酸化アルカリ水溶液に溶解し、・・・常圧又は加圧下に好ましくは反応温度60℃以下、特に20?45℃以下で所定量の二硫化炭素または適当な有機溶剤に希釈した二硫化炭素溶液を攪拌状態下に滴下せしめる。反応液は・・・脂肪族ポリジチオカルバミン酸の塩を含有しており、常圧または減圧下で未反応の二硫化炭素を留去し、精製する。・・・本発明の金属捕獲剤はほぼ純粋の脂肪族ポリジチオカルバミン酸或はその塩のみの場合もあり液状或は固体状で使用され」(第5欄9?37行)と記載され、さらに「金属捕獲剤の合成例 1・・・滴下完了後、さらに1時間攪拌反応を行ない、微量の未反応二硫化炭素を除去する目的で、攪拌状態下で窒素を吹込み、二硫化炭素を留去することにより橙赤色透明状の水溶液を得た。・・・得られた水溶液をそのまま金属捕獲剤No.1の水溶液として使用できた。」(第8欄8?21行)と記載されることから、ポリアミン化合物を水酸化アルカリ水溶液に溶解し、反応温度20?45℃以下で所定量の二硫化炭素を攪拌状態下に滴下せしめ、反応液を得た後、攪拌状態下で窒素を吹き込み、未反応の二硫化炭素を留去することにより、ジチオカルバミン酸塩を合成することができ、その得られた水溶液をそのまま金属捕獲剤として用いることが、技術常識として従来から知られていたといえる。
これらのことから、本件特許明細書に記載された「合成例1」及び「合成例2」において、攪拌速度等の反応条件が具体的に記載されていなかったからといって、当業者が当該化合物を合成できないことにはならない。
そして、本件特許明細書において、「ガラス製容器中に窒素雰囲気下」でピペラジンと二硫化炭素との反応を行うのは、二硫化炭素が揮発性、引火性の高い液体である(例えば、甲第28号証の記載事項(10-d)及び(10-e)参照)からであり、フラスコ内を窒素雰囲気に維持するために、500mLフラスコに対して、流量1000mL/分で窒素ガスを流入させると、フラスコ内で窒素ガスを流入させる空間が100mLあると仮定すれば、その空間の気体を入れ替えるのに100/1000=1/10分、すなわち6秒かかることになるが、この窒素ガスの流入量が技術常識に外れた多い数値とはいえない。
さらに、二硫化炭素を滴下する際の攪拌回数は、極力、副反応を抑えて主反応を進めるのが望ましいのであって、わざわざ副反応を促進する条件を設定して行わないことは明らかであるから、合成例2の攪拌回数を60/rpmとし、合成例1の攪拌回数を120/rpmにしたからといって、本件特許明細書の記載から外れた特殊な方法を用いているとはいえない。
つぎに、(B)については、甲第15号証の「特許第3391173号【0021】記載の化合物1、化合物2及びDEA-Kの安定性試験結果報告書」には、記載事項(9-a)に、合成例1のピペラジン-N,N’-ビスカルボジチオ酸ナトリウム(化合物No.1)の合成方法について、「但し、特許に記載の無い、未反応二硫化炭素の追い出しのための反応液への窒素吹き込み量は33ml/minとし、同じく記載の無い吹き込み時間を3時間とすることで目的とする化合物の液体を得た。」と記載され、同様に、記載事項(9-b)に、合成例2のピペラジン-N,N’-ビスカルボジチオ酸カリウム(化合物No.2)の合成方法について、「但し、特許に記載の無い、未反応二硫化炭素の追い出しのための反応液への窒素吹き込み量は33ml/minとし、同じく記載の無い吹き込み時間を7時間とすることで目的とする化合物液体を得た。」と記載され、乙第13号証での未反応二硫化炭素の留去のために吹き込む窒素量である「700mL/分」と比較して、甲第15号証では「33ml/min」と吹き込み量が著しく少ないうえに、吹き込み時間についても、前者が合成例1で「1時間」、合成例2で「2時間」であるのに対して、後者が合成例1で「3時間」、合成例2で「7時間」と著しく長い時間行っているのがわかる。
このことは、本件特許明細書に窒素吹き込みによる未反応二硫化炭素の留去について具体的な数値が記載されていないからといって、未反応二硫化炭素の留去を十分になし得ない条件を恣意的に設定していると推認せざるを得ない。
つぎに、(C)については、本件特許明細書の「安定性試験」は、段落【0021】の記載によれば、化合物No.1?4の水溶液を65℃に加温して硫化水素ガスの発生を調べる試験であるが、試験方法として、具体的な条件については記載されていない。
そして、65℃加温試験の具体的な条件についてみてみると、被請求人が提示した乙第13号証の「第III 安定性試験(平成20年5月15日実施)」の「1 硫化水素試験1」(第18ページ?第21ページ)によれば、サンプル20gを、1Lのテドラーバッグに充填し、次に接続アダプターを装着したガラス製200mLシリンジで、空気1Lを充填し、テドラーバッグを、定置式恒温槽内に設置し、設定温度65℃で1時間保持した後、テドラーバッグに接続アダプター、No.4LT硫化水素検知管及び100mL検知管式気体測定器をその順で接続し、気体測定器を吸引して、テドラーバッグ内の気体を検知管に通過させ、検知管の変化をみることが記載されている。
これに対して、請求人が提示した甲第8号証(『試験報告書』(平成20年2月22日))には、記載事項(5-a)に「試料150mLを250mLのポリビンに入れ、65℃の恒温槽中で1時間加温した。その後、ポリビンのヘッドスペースを硫化水素の検知管を用いて分析を行った。二硫化炭素についても同様の操作、条件で試験を行い、二硫化炭素の検知管を用いて分析を行った。」と記載されている。
以上のことから、65℃加温試験の具体的な条件として、被請求人の試験では、1Lのテドラーバッグに、サンプル20gを充填しているのに対して、請求人の試験は、250mLのポリビンに150mLの試料を入れており、試料(甲第15号証によれば、試料の比重は1.13?1.22であることから、重量と容量との換算を簡略化するために、以下、比重を1.0とする。)と容器との容量比を比較すると、被請求人の試験では、20/1000=0.02であるのに対し、請求人の試験では150/250=0.6であり、被請求人の試験では、試料と容器との容量比を小さくして、発生ガスの検知濃度の低減化を図っているようにみえなくもない。
しかし、乙第13号証の「(1)硫化ナトリウム試薬による試験」(第24ページ?第25ページ)には、「実験者は、予定外ではあるが、念のため、硫化ナトリウムで、検知管の検知試験をすることとした。・・・硫化ナトリウム1%水溶液5gを・・・テドラーバッグに充填し、上記各実験と同様に、ガラス製200mLシリンジで空気1Lを充填し、次いで、このテドラーバッグに接続アダプター、No.4LT硫化水素検知管及び100mL検知管式気体測定器をその順で接続し、上記テドラーバッグ内の気体を吸引して、上記テドラーバッグ内の気体を上記検知管に通過させた。その結果、検知管は、1.5ppmの目盛りまで、ピンク色に変色した。・・・(添付写真7)。」と記載され、添付写真7をみると、3目盛り分がピンク色に変色していることが窺える。
このことから、上記検知管の1目盛りは、0.5ppmであることがわかり、この検知管が検知できる最低濃度は、0.5ppmであるといえ、例えば、甲第8号証の記載事項(5-b)によれば、「化合物No.2」の未精製品(請求人が本件特許明細書に記載された「化合物No.2」に相当すると主張する重金属固定化処理剤)は、65℃加温試験で280ppmの硫化水素を発生していることから、これを乙第13号証の被請求人の試験の容量比で換算すると、9.33ppmとなり、被請求人の試験条件であっても十分に検知できる濃度といえ、試料と容器との容量比を小さくして、発生ガスの検知濃度の低減化を図っているとまではいえない。
これらのことから、上記(A)?(C)の主張は理由がなく、採用できない。
以上、検討したことをまとめると、本件特許発明の「飛灰中の重金属固定化処理剤」の主成分である「ピペラジン-N-カルボジチオ酸もしくはピペラジン-N,N’-ビスカルボジチオ酸のいずれか一方もしくはこれらの混合物又はこれらの塩」は、化学構造が特定された化合物であり、その合成方法も当業者に知られたものであるとともに、合成方法の違いにより得られた化合物の物性が変わるものではないから、本件特許明細書には、本件特許発明の「飛灰中の重金属固定化処理剤」の製造方法について、当業者が実施可能な程度に明確かつ十分に記載されており、実施可能要件を満たすものといえる。
(4)むすび
以上のとおり、本件特許明細書の発明の詳細な説明は、当業者が実施可能な程度に明確かつ十分に記載されている。
よって、本件特許発明6、7及び9は、特許法第36条第4項の規定に適合するものである。

5.無効理由5(特許法第36条第6項第1号違反)について
本件特許明細書の特許請求の範囲の記載は、発明の詳細な説明に記載されたものでないものを含んでいるか否か、すなわち、サポート要件を満たすか否かについて、以下に検討する。
(1)本件特許明細書の特許請求の範囲の記載について
本件特許発明6に係る本件特許請求の範囲の請求項6には、「ピペラジン-N-カルボジチオ酸もしくはピペラジン-N,N’-ビスカルボジチオ酸のいずれか一方もしくはこれらの混合物又はこれらの塩からなる飛灰中の重金属固定化処理剤」が記載されている。
また、本件特許発明7に係る請求項7は、本件請求項6を引用するものであり、本件特許発明9に係る請求項9は、本件請求項7を引用するものである。
(2)本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載について
本件特許明細書には、発明の詳細な説明の記載によれば、高アルカリ性飛灰の重金属固定化のためには、従来の薬剤ではその使用量を大幅に増加するか、又は塩化第二鉄等のpH調整剤、又はセメント等の他の薬剤との併用法を取らざるを得ず、処理薬剤費が増大し、又は処理方法が複雑化する等の問題があり、さらに、ジチオカルバミン酸は、原料とするアミンによっては、pH調整剤との混練又は熱により分解するために、混練処理手順及び方法に十二分に配慮する必要があったこと(段落【0003】)、上記の課題に鑑み、キレート剤として、ピペラジンカルボジチオ酸又はその塩を飛灰中の重金属固定化処理剤として用いると、重金属に対するキレート能力が高く、高アルカリ性飛灰においても少量の添加量で重金属を固定化でき、かつ熱的に安定であることを見出したこと(段落【0005】)が記載されているといえる。
具体的には、「合成例1 ピペラジン-N,N’-ビスカルボジチオ酸ナトリウム(化合物No.1)の合成」(段落【0016】、【0017】)、「合成例2 ピペラジン-N,N’-ビスカルボジチオ酸カリウム(化合物No.2)の合成」(段落【0018】)、「合成例3 エチレンジアミン-N,N’-ビスカルボジチオ酸ナトリウム(化合物No.3)の合成」(段落【0019】)及び「合成例4 ジエチレントリアミン-N,N’,N”-トリスカルボジチオ酸ナトリウム(化合物No.4)の合成」(段落【0020】)で得られた化合物No.1?No.4の水溶液について、安定性試験である65℃に加温して硫化水素の発生を調べる試験及び塩化第二鉄(38%水溶液)を20重量%添加して硫化水素の発生を調べる試験を行い、表1に示された試験結果から、化合物No.1及びNo.2は、どちらの試験でも硫化水素の発生がないのに対し、化合物No.3及びNo.4は、どちらの試験でも硫化水素が発生したこと(段落【0021】及び【0022】)が記載されているといえる。
(3)サポート要件について
本件特許発明6に係る請求項6は、上記(1)から明らかなとおり、飛灰中の重金属固定化処理剤として、「ピペラジン-N-カルボジチオ酸もしくはピペラジン-N,N’-ビスカルボジチオ酸のいずれか一方もしくはこれらの混合物又はこれらの塩」である特定のキレート剤を発明特定事項とするものであり、特許請求の範囲の記載が、明細書のサポート要件を満たすためには、発明の詳細な説明に、特定のキレート剤を飛灰中の重金属固定化処理剤とすることにより、本件特許発明の課題が解決できること、すなわち、高アルカリ性飛灰においても少量の添加量で重金属を固定化でき、かつpH調整剤との混練又は熱に対して安定であるという効果を当業者が認識できる程度に具体的に記載する必要がある。
そこで、発明の詳細な説明の記載をみてみると、上記(2)によれば、ジチオカルバミン酸は、原料とするアミンによっては、pH調整剤との混練又は熱により分解するために、混練処理手順及び方法に十二分に配慮する必要があったことから、飛灰中に含まれる重金属を安定性の高いキレート剤を用いることにより簡便に固定化できるようにするという課題(目的)が記載され、この課題を解決するために、キレート剤として、ピペラジンカルボジチオ酸又はその塩は、重金属に対するキレート能力が高く、高アルカリ性飛灰においても少量の添加量で重金属を固定化でき、かつ熱的に安定であることを見出したことから、飛灰中の重金属固定化処理剤の主成分として、ピペラジンカルボジチオ酸又はその塩を用いることが記載されているといえる。
そして、上記(2)に記載されたとおり、発明の詳細な説明には、具体的に、合成例1?4で得られた化合物No.1?No.4の水溶液について、安定性試験である65℃に加温する試験と塩化第二鉄(38%水溶液)を20重量%添加する試験の結果、化合物No.1及びNo.2は、どちらの試験でも硫化水素の発生がないのに対し、化合物No.3及びNo.4は、どちらの試験でも硫化水素を発生することが記載されているから、本件特許発明の「飛灰中の重金属固定化処理剤」の主成分であるピペラジンカルボジチオ酸又はその塩は、熱的に安定であるとともに、塩化第二鉄等の助剤の使用に際して安全かつ簡便な処理方法にて飛灰中の重金属を固定化できることが記載されているといえる。
さらに、「飛灰中の重金属固定化処理剤」の主成分であるピペラジンカルボジチオ酸又はその塩、すなわち「ピペラジン-N-カルボジチオ酸もしくはピペラジン-N,N’-ビスカルボジチオ酸のいずれか一方もしくはこれらの混合物又はこれらの塩」自体は、化学構造が特定された化合物であり、ピペラジンカルボジチオ酸又はその塩がいかなる製造方法により合成されたものであるかによって、その化合物を主成分とする「飛灰中の重金属固定化処理剤」の安定性試験の結果に相違が生じるものとはいえないから、請求項6に記載された「ピペラジン-N-カルボジチオ酸もしくはピペラジン-N,N’-ビスカルボジチオ酸のいずれか一方もしくはこれらの混合物又はこれらの塩からなる飛灰中の重金属固定化処理剤」について、製造方法や硫化水素の発生の有無で限定しなければならないという理由は見当たらない。
以上のことから、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、本件特許発明の課題が解決できることを当業者が認識できる程度に記載されていることから、本件特許請求の範囲の請求項6の記載は、明細書のサポート要件を満たすものといえる。
また、同様の理由で、本件特許請求の範囲の請求項7及び9の記載も、明細書のサポート要件を満たすものといえる。
(4)甲第2号証の合成例3との関係
本件特許の後願である甲第2号証のジチオカルバミン酸塩水溶液の製造方法については、「1.無効理由1(甲第1号証に基づく新規性の欠如)について」の「(1-オ)本件特許発明の効果について」で検討したように、「第一工程では、アミン化合物のアミノ基に対してモル比で0.33以下の二硫化炭素と反応・熟成させ、二硫化炭素の全量がアミン化合物のアミノ基と反応することにより、未反応の二硫化炭素が残らないようにした後、アルカリ金属化合物を先に添加した二硫化炭素に対して反応モル比で0.97?1.0添加することにより、アルカリ金属化合物の全量がジチオカルバミン酸基と反応してジチオカルバミン酸塩となり、未反応のアルカリ金属化合物が残らないことから、二硫化炭素とアルカリ金属化合物とが直接反応することがなく、第二工程では、添加する総量がアミン化合物のアミノ基に対してモル比で0.98?1.0となるように残りの二硫化炭素を添加し反応・熟成させた後、アルカリ金属化合物を最終的に添加する全二硫化炭素に対する全アルカリ金属化合物のモル比が1.0?1.3になるように添加し反応・熟成させ、最終的に、アルカリ金属化合物の過剰分がジチオカルバミン酸塩水溶液中に残るだけで未反応の二硫化炭素が残らないことにより、チオ炭酸塩が生ずるのを抑える」ジチオカルバミン酸塩水溶液の製造方法が記載されるといえる。
そして、甲第2号証の記載事項(2-e)及び(2-f)によれば、合成例3のピペラジン-N,N’-ビスジチオカルバミン酸カリウム(化合物No.3)は、副生成物であるチオ炭酸カリウムが多量に生成するような条件を意図的に設定して合成されたものであり、その結果として、化合物No.3の水溶液を65℃に加熱すると、表1の「二硫化炭素ガス発生量(ppm)」からわかるように、30ppmの二硫化炭素ガスを発生するものである。
これらのことから、ピペラジン-N,N’-ビスジチオカルバミン酸カリウムとは別に、副生成物であるチオ炭酸塩を多量に含んでいる場合に、飛灰用の重金属固定化処理剤から二硫化炭素が発生したからといって、「ピペラジン-N-カルボジチオ酸もしくはピペラジン-N,N’-ビスカルボジチオ酸のいずれか一方もしくはこれらの混合物又はこれらの塩」からなる飛灰用の重金属固定化処理剤が奏する効果を否定することにはならない。
また、甲第7号証(岐阜大学工学部 村井利昭教授『鑑定書』(平成20年4月25日))に添付された、本件特許出願の優先日以降に頒布された刊行物である刊行物7(東ソー研究・技術報告 第48巻(2004)55?58ページ)の記載事項(4-a)に、「薬剤原液から検知される分解ガス測定を、二硫化炭素については厚生労働省通達別添の試験方法に準じ、アミンについては当社試験法にて行った(表3)。ピペラジン系のTS-275では、分解ガス検知量は検出下限界未満であったが、製法によっては二硫化炭素が高濃度で検知されるもの(A社品)があることが判った。」と記載されているので、これについて以下に検討する。
上記「ピペラジン系のTS-275では、分解ガス検知量は検出下限界未満であったが、製法によっては二硫化炭素が高濃度で検知されるもの(A社品)があること」は、重金属固定化処理剤の実際の製品について試験した結果であり、主成分であるピペラジンカルボジチオ酸塩が製法によって二硫化炭素を発生したりしなかったりするわけではなく、甲第2号証からわかるように、重金属固定化処理剤の製法によっては副生成物であるチオ炭酸塩が生成したものであり、重金属固定化処理剤から二硫化炭素が発生したからといって、「ピペラジン-N-カルボジチオ酸もしくはピペラジン-N,N’-ビスカルボジチオ酸のいずれか一方もしくはこれらの混合物又はこれらの塩」からなる飛灰用の重金属固定化処理剤が奏する効果を否定することにはならないのは同様である。
(5)むすび
以上のとおり、本件特許明細書の特許請求の範囲は、発明の詳細な説明に記載されたものでないものを含んでいるとすることはできない。
よって、本件特許発明6、7及び9は、特許法第36条第6項第1号の規定に適合するものである。

第7 むすび
以上のとおりであるから、請求人の主張及び証拠方法によっては、本件特許の請求項6、7及び9に係る発明の特許を無効とすることができない。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2009-12-01 
結審通知日 2009-12-04 
審決日 2010-02-26 
出願番号 特願平7-313845
審決分類 P 1 123・ 536- Y (A62D)
P 1 123・ 113- Y (A62D)
P 1 123・ 537- Y (A62D)
P 1 123・ 121- Y (A62D)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 中野 孝一  
特許庁審判長 大黒 浩之
特許庁審判官 小川 慶子
斉藤 信人
登録日 2003-01-24 
登録番号 特許第3391173号(P3391173)
発明の名称 飛灰中の重金属の固定化方法及び重金属固定化処理剤  
代理人 伊藤 奈月  
代理人 高野 弘晋  
代理人 田中 玲子  
代理人 岸田 正行  
代理人 水野 勝文  
代理人 坂巻 智香  
代理人 大野 聖二  
復代理人 松任谷 優子  
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