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審決分類 審判 一部無効 2項進歩性  G02C
管理番号 1300251
審判番号 無効2014-800047  
総通号数 186 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2015-06-26 
種別 無効の審決 
審判請求日 2014-03-27 
確定日 2015-04-25 
事件の表示 上記当事者間の特許第3852116号発明「累進多焦点レンズ及び眼鏡レンズ」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯
本件特許第3852116号についての手続の経緯の概要は以下のとおりである。
平成 8年10月11日 出願
特願平9-518047号(PCT/JP96/002973)
優先権主張 平成 7年11月24日(特願平7-306189号)
平成18年 9月15日 設定登録
平成26年 3月27日 無効審判請求書(以下「請求書」という。)
平成26年 7月17日 答弁書(被請求人)
平成26年 8月22日 審理事項通知書
平成26年10月 1日 口頭審理陳述要領書(請求人)
(以下「請求人陳述要領書」という。)
平成26年10月 3日 口頭審理陳述要領書(被請求人)
(以下「被請求人陳述要領書」という。)
平成26年10月17日 上申書(被請求人)
(以下「被請求人上申書1」という。)
平成26年10月17日 上申書(被請求人)
(以下「被請求人上申書2」という。)
平成26年10月17日 上申書(請求人)
(以下「請求人上申書1」という。)
平成26年10月17日 口頭審理
平成26年10月31日 上申書(その3)(被請求人)
(以下「被請求人上申書A」という。)
平成26年11月10日 上申書(その2)(請求人)
(以下「請求人上申書A」という。)

なお、被請求人から、被請求人上申書1として、被請求人とは別会社のHOYA株式会社の従業者を口頭審理における出頭予定者とする理由を上申する上申書が提出されたが、請求人から同日付で、同別会社の従業員を出頭させることは違法であるから認められるべきではない旨の請求人上申書1が提出されたところ、審判長は上記別会社の従業者を出頭者とは認めずに、口頭審理が行われた。


第2 本件発明
本件の特許請求の範囲の請求項1を引用する請求項3に係る発明(以下「本件発明」という。)は、本件特許明細書の特許請求の範囲の請求項1を引用する請求項3に記載された事項により特定される下記のとおりのものである。(なお、請求人は、請求項1を引用する請求項3に係る発明の構成要件を分説する際に、大文字のアルファベットを用いており、被請求人においても当該分説に異論が無いため、以下、本件発明については、大文字のアルファベットによる分説を用いる。)

「A 異なる屈折力を備えた遠用部及び近用部と、
B これらの間で屈折力が累進的に変化する累進部と
C を備えた視力補正用の累進多焦点レンズにおいて、
D この累進多焦点レンズの眼球側の面が、前記遠用部、近用部および
累進部を構成するための累進屈折面と乱視矯正用の屈折面とが合成さ
れた面であることを特徴とする累進多焦点レンズ。
E 前記累進多焦点レンズの物体側の面が球面であることを特徴とする
累進多焦点レンズ。」
なお、上記A?Dまでが請求項1に記載された事項であり、上記Eが請求項3に記載された事項である。


第3 請求人の主張
1 請求人の主張の概要
(1)請求の趣旨
請求人は、審判請求書において、請求項3に係る発明(ただし、請求項1に従属するもの。以下「本件発明」という。)についての特許を無効とする、審判費用は披請求人の負担とする、との審決を求めている。

(2)請求の理由の概要
無効理由1
本件発明は、甲第1号証(米国特許第3711191号明細書、発行日1973年1月16日)に記載の発明(以下「甲第1発明」という。)と同一であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないものであり、その特許は同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきである。
無効理由2
本件発明は、甲第1発明に、甲第2号証(「やさしい眼鏡学」)に記載の技術(以下「甲第2技術」という。)を組み合わせて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、その特許は同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきである。

なお、請求人陳述要領書によって無効理由1が撤回されており、口頭審理において、被請求人も当該撤回について同意している。

また、請求書において下記甲第1号証及び甲第2号証、更に甲第1号証の抄訳が、請求人陳述要領書において下記甲第3号証?甲第5号証及び甲第1号証の全訳が、また、請求人上申書Aにおいて下記甲第6号証が、それぞれ提出された。

<甲号証>
(1)甲第1号証: 米国特許第3711191号明細書
(2)甲第2号証:柵山冨士雄監修、「やさしい眼鏡学」、1983年4月
1日、東京眼鏡専門学院、88-89頁
(3)甲第3号証:新村出編集、「広辞苑 第五版」、1998年11月
11日、株式会社岩波書店、696頁及び2458頁
(4)甲第4号証:JIS Z8120:2001「光学用語」、24頁
(5)甲第5号証:清水巧著、「商品知識 レンズ」、1983年8月
31日、東京眼鏡専門学院、9-10頁
(6)甲第6号証:本件特許の審査における平成17年11月25日付けの
意見書の9頁

2 請求人の主張
(1)請求書による主張
請求人は、無効理由1を撤回したが、無効理由2における主張において、無効理由1の主張の一部が用いられているので、無効理由2に関連する無効理由1の主張を一部摘記する。
ア 無効理由1における甲第1号証に記載された発明の認定
「カ 小括
以上をまとめると、甲第1発明は、以下の構成を有する。
a 遠用視野レンズ部及び遠用視野レンズ部と異なる屈折力を有する
近用視野レンズ部と、
b 遠用視野レンズ部と近用視野レンズ部との間の中間累進部と
c を備えた眼の屈折異常矯正用の累進眼鏡レンズにおいて、
d 累進眼鏡レンズの凹面が、遠用視野レンズ部、近用視野レンズ部
及び中間累進部を有し、当該凹面には、さらに収差矯正のための形
が与えられている。
e 当該レンズの凸面が、球面である。」(請求書9頁7?16行)

イ 本件発明と甲第1発明との対比
「ア 構成要件Aは、「異なる屈折力を備えた遠用部と近用部と、」であ
る。
甲第1発明は、遠用視野レンズ部及び遠用視野レンズ部と異なる屈折
力を有する近用視野レンズ部を備える累進眼鏡レンズである(構成a) 。
したがって、構成要件Aは、甲第1号証に開示されている。
イ 構成要件Bは、「これらの間で屈折力が累進的に変化する累進部と
」である。
甲第1発明は、遠用視野レンズ部と近用視野レンズ部との間の中間累
進部を備える累進眼鏡レンズである(構成b)。
したがって、構成要件Bは、甲第1号証に開示されている。
ウ 構成要件Cは、「を備えた視力補正用の累進多焦点レンズにおいて
、」である。
甲第1発明は、遠眼の屈折異常矯正用の累進眼鏡レンズである(構成
c)。
したがって、構成要件Cは、甲第1号証に開示されている。
エ 構成要件Dは、
・・(略)・・
オ 構成要件Eは、「前記累進多焦点レンズの物体側の面が球面である
ことを特徴とする累進多焦点レンズ。」である。
甲第1発明は、レンズの凸面が、球面である(構成e)。
レンズの凸面は物体側の面であるから、構成要件Eは、甲第1号証に
開示されている。」(9頁17行?10頁下から5行)

ウ 無効理由2(甲第1及び第2号証に基づく進歩性欠如)について
「ア 甲第1号証には、収差矯正のための形を与えることが開示されているのみであって、「累進屈折面と乱視矯正用の屈折面とが合成された面である」(構成要件D)ことは明示的には開示されていないとしても、甲第1発明の累進眼鏡レンズにおいて、その凹面に、装用者の乱視を矯正するためのトーリック面を組み合わせる内面乱視設計とすることは、技術常識である。
たとえば、甲第2号証には、以下の記載がある。
「(88頁)
普通、乱視レンズは、球面とトーリック面の組み合わせで作られています。その組み合わせも、[マル1]前面に球面を用い、後面にトーリック面を用いる。(内面乱視)[マル2]前面にトーリックを用い、後面に球面を用いる。(外面乱視)の2種類の方法があります。
(89頁)
実際の眼鏡レンズには、内面乱視設計のものと外面乱視設計のものとがあります。屈折力が小さいレンズであれば、両者の性能的差異は殆んど無いが、大きくなると差異が生じます。一般的に、物を見た時のゆがみの量や、眼鏡の仕上りの良否から内面乱視設計の方が有利と言えます。」
イ したがって、本件発明は、本件特許の優先日において、当業者が、甲第2技術等の技術常識を甲第1発明に適用して、容易に想到することができたものである。
よって、本件発明は、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。 したがって、本件発明には同法123条1項2号の無効理由がある。」(11頁2?末行)(なお、上記記載において、丸で囲まれた数字を本審決では表記できないので、[マルN](Nは数字。例えば、[マル1]等)と表記した。以下同様。)

(2)請求人陳述要領書による主張
ア 本件発明と甲第1発明との対比
「平成26年7月17日付け審判事件答弁書(以下「答弁書」という。)における被請求人の主張を踏まえると、甲第1発明が以下の構成を有することに、当事者間に争いはないといえる。
a 遠用視野レンズ部及び遠用視野レンズ部と異なる屈折力を有する近
用視野レンズ部と、
b 遠用視野レンズ部と近用視野レンズ部との間の中間累進部と
c を備えた眼の屈折異常矯正用の累進眼鏡レンズにおいて、
d’累進眼鏡レンズの凹面が、遠用視野レンズ部、近用視野レンズ部及
び中間累進部を有する。
e 当該レンズの凸面が、球面である。
・・(略)・・
本件発明を上記構成a、b、c、d’及びeを有する甲第1発明と対比すると、相違点は以下の一点である。
相違点:本件発明は、眼球側の面が「累進屈折面と乱視矯正用の面とが合成された面」(構成要件D)であるのに対し、甲第1発明は、乱視処方がある場合に、累進屈折面である眼球側の面に、乱視矯正のための形が与えられるか否かが定かでない点」(2頁15行?3頁16行)

イ 甲第1号証における「『矯正』或いは『補正』」の対象について
「平成26年3月27日付け審判請求書10頁でも言及したとおり、「乱視 (astigmatism)」は「収差(aberration)」のひとつであるから、甲第1号証に接した当業者が、甲第1号証における「corrected」及び「correcting」の対象である「収差」として「乱視」に想到することは、何ら困難の伴うものではなく、当該相違点は実質的な相違点を構成しない。
・・(略)・・
以上のとおり、「乱視(astigmatism)」は「収差(aberration)」のひとつであるから、当業者が、甲第1発明において、累進屈折面に「収差」を正すための形を与えることの示唆を受ければ、「乱視」を正すための形を与えることを試みることは当然というべきである。そして、上述のとおり、甲第1号証には、累進屈折面である眼球側の面に、さらに、収差を正すための形を与えることの記載・示唆等が疑義なく与えられている。」(5頁5?末行)

ウ 甲第1号証における乱視処方がある場合の構成について
「請求人は、甲第1号証に、乱視処方がある場合に、物体側の面をトーリック面とし、累進屈折面である眼球側の面に、収差を正すための形を与えた構成、換言すれば、上記構成a、b、c、d’及びeを有する甲第1発明において物体側の面にトーリック面を配した構成が一例として開示されていることは争わない。
しかしながら、甲第1号証には、乱視処方がある場合に、甲第1発明において眼球側の面にトーリック面を配した構成とすることを阻害する事情は、一切記載されていない。」(6頁7?14行)

エ 甲第1発明において内面乱視設計を採用する根拠1?4について
「ア 根拠1
・・(略)・・累進面に「収差」を正すための形を与える事の記載・示唆が存在する。「乱視」が「収差」に含まれることは、当業者に明らかな技術常識であるから、甲第1号証に接した当業者が、累進屈折面である眼球側の面に、乱視を正すための形を与える内面乱視設計を採用することには困難がまったくなく、当然に試みる事柄である。
よって、当業者が甲第1発明において内面乱視設計を採用し得たことは、出願時の「収差」にかかる技術常識に照らして、明らかである。
イ 根拠2
また、甲第1号証には、甲第1発明において、物体側の面に乱視を正すための形であるトーリック面を配することが記載されており、乱視矯正面と累進屈折面を同一レンズに与えることが記載・示唆されている。
そして、甲第2号証には、乱視処方がある場合のレンズ設計において、内面乱視設計と外面乱視設計の二通りがあり、「一般的に、物を見た時のゆがみの量や、眼鏡の仕上りの良否から内面乱視設計の方が有利」(甲2、89頁)であると明記されている。
甲第1号証には、甲第1発明において外面乱視設計を採用することの一例が開示されており、一般的に、外面乱視設計よりも内面乱視設計の方が有利であり好まれることは、甲第2号証に示されるように当業者に周知なのであるから、出願時の技術常識を有する当業者が甲第1号証に接すれば、甲第1発明において内面乱視設計の採用を試みることは、自明と言うほかない。
光学的観点及び生産的観点から、外面乱視設計よりも内面乱視設計の方が優れていることは、甲第5号証にも明記されている。
ウ 根拠3
・・(略)・・
構成要件Dは、眼球側の面が「累進屈折面と乱視矯正用の面とが合成された面」であることを規定するのみであり、シェープファクターMsに影響を与える物体側の面の形状については、一切規定していない。したがって、シェ?プファクターMsと完全に無関係な物体側の面のみを規定する構成要件Dを備えることにより、「シェープファクターMsによる倍率の変動をなくすことができ」るなどということは、技術的にあり得ない誤解である。
シェープファクターMsによる倍率変動を最小限に抑えるためには、甲第5号証に記載されているとおり、物体側の面を球面とし、トーリック面を眼球側の面に配することによって、物体側の面の面屈折力D1を経線(上下)方向で一定にすることで実現される。
そして、ここで留意すべきは、このようなことは、本件特許の優先日より十年以上前から知られた当然の技術常識であるという事実である(甲5)。これを本件発明の発明者らがはじめて見出したなどという主張は、到底認められるべきではない。
以上のとおり、本件発明の効果に関する被請求人の主張は、技術的理解を根本的に欠き、誤ったものであり、構成要件Dの進歩性の根拠となり得ない。
エ 根拠4
・・(略)・・
しかしながら、甲第1発明の累進屈折面により、そのように「乱視」よりも複雑な「収差」を正すことができるのであれば、常に一定で、より単純なものである「乱視」を正すことは極めて容易であると言うべきである。
したがって、甲第1号証に接した当業者は、甲第1発明において内面乱視設計を採用することを阻害する事情を見出すどころか、内面乱視設計を採用することが至極容易であることを理解することが明らかである。」(6頁下から9行?9頁下から4行)

(3)請求人上申書Aによる主張
ア 「また、トーリック面を累進屈折面と同一の面に設けることは、平成26年10月1日付け口頭審理陳述要領書の5.第2(2-4)の「ア 根拠1」及び「エ 根拠4」にて明らかにしたとおり、甲第1号証自体に示唆されていると言えます。
そして、平成26年10月1日付け口頭審理陳述要領書の5.第2(2-4)の「イ 根拠2」及び「ウ 根拠3」にて明らかにしたとおり、物体側の面を球面とすることが歪み(倍率変動)の抑制、眼鏡の仕上がり等の観点から望まれることは、本件特許優先日の十年以上前から周知の当然の技術常識です。
このとおり、甲第1号証には、物体側にトーリック面を配し、眼球側に累進屈折面を配したレンズが開示されており、トーリック面を眼球側に配することは、本件特許優先日の十年以上前から周知の当然の技術常識に照らして、当業者に容易というほかなく、請求項3に係る本件特許は、甲第1号証に基づいて無効理由2によって無効とされるべきものです。」(3頁1?14行)

イ 「(3)被請求人は、平成26年8月22日付け審理事項通知書における貴庁からのご指摘にもかかわらず、また、口頭審理における審判長殿からの審尋にもかかわらず、現在に至るまで、トーリック面を眼球側の累進屈折面と同一の面に配置することの阻害事由が甲第1号証に記載されていることを一切示すことができておりません。
この点、被請求人は、本件明細書に記載された具体的な設計手法が本件特許の優先日前には知られていなかったのであるから、当業者は、累進面と乱視矯正のためのトーリック面とを同一面に存在させることを想起することができなかったと主張するところ(上申書(その3)7?8頁)、請求項3のクレーム文言との関係で意味不明であり、まったく阻害事由の説明となっておりません。」(3頁15?末行)

ウ 「なお、念のため、被請求人がトーリック面と累進屈折面とを同一の面に配置することの技術的困難性として主張する内容について、誤導的というべき点を指摘します。
被請求人は、「累進面に対する一つの点の修正は、例えば隣のエリアの乱視量や軸方向などその周辺エリアにも影響を与える。このことから、光学的な量である累進面のもつ面非点収差とトーリック面の面非点収差を合成しようとすると、合成した結果としての面全体の曲率の分布が意図した分布とかけ離れたものとなってしまうことがある。」(上申書(その3)6頁)と主張しています。(下線付加)
しかしながら、累進屈折面にトーリック面も併せて配置する際には、「一つの点の修正」ではなく、より広い範囲にわたり同一の非点収差を加えることになりますので、被請求人の「合成した結果としての面全体の曲率の分布が意図した分布とかけ離れたものとなってしまうことがある。」との主張は、請求項3に係る本件発明とは前提を異にし、失当です。
実際、本件特許の出願人が平成17年11月25日付け意見書9頁にて論ずるように、「累進屈折面に乱視矯正特性を付加しても累進屈折面の形状はトーリック面又は円柱面に平行に移動されるだけであり、曲率変化の基本的な傾向には変化がない。」のでありますから、トーリック面と累進屈折面とを同一の面に配置すること一般については、技術的困難性は全く認められません。
(4)以上から明らかなように、甲第1号証には、トーリック面を累進屈折面と同一の面に設けることに対する阻害事由の記載が一切存在しません。
そして、本件特許の優先日当時の技術常識を考慮しても、トーリック面を累進屈折面と同一面に設けること一般に対する技術的困難性は一切存在しません。
対照的に、物体側の面を球面とすることが歪み(倍率変動)の抑制、眼鏡の仕上がり等の観点から望まれることは、本件特許優先日の十年以上前から周知の当然の技術常識であり、当業者が、物体側の面を球面とすべく、甲第1号証に記載された物体側のトーリック面を眼球側の累進屈折面と同一の面に配置することの動機付けがあると言えます。
本件特許に進歩性が存在しないことは明らかです。請求人は、請求項3に係る本件特許発明についての特許を無効とするとの審決がすみやかになされることを求めます。」(4頁1行?5頁5行)


第4 被請求人の主張
1 被請求人主張の概要
(1)答弁の主旨
被請求人は、答弁書において、「本件無効審判の請求は成り立たない。審判費用は請求人の負担とする。」との審決を求めている。

(2)答弁の理由の概要
被請求人は、本件発明は、甲第1号証に記載された発明と同一ではなく、また、甲第1号証に記載された発明に甲第2技術を適用することにより当業者が容易に発明できたものではないから、無効理由1、2のいずれによっても本件発明についての特許を無効にすべきではなく、本件無効審判の請求は棄却されるべきであると、主張している。(なお、無効理由1は、上記「第3 1 (2)」に記載したように撤回されている。)

そして、上記主張に伴い、答弁書において下記乙第1号証及び乙第2号証が、被請求人上申書2において下記乙第3号証?乙第6号証が、そして被請求人上申書Aにおいて別紙が添付されると共に下記乙第7号証及び乙第8号証が提出された。

<乙号証>
(1)乙第1号証:JIS Z 8120-1986(1991確認)
「光学用語」、昭和61年2月1日改正、15頁
(2)乙第2号証:平成19年度関東地方発明表彰受賞者一覧、開催日平成
19年11月9日、10頁
(3)乙第3号証:川本茂雄他編者、「講談社英和中辞典」、1999年
10月25日、株式会社講談社、122頁
(4)乙第4号証:竹林滋代表編者、「研究社 新英和大辞典 第6版」、
2002年3月、株式会社研究社、150頁
(5)乙第5号証:小学館ランダムハウス英和大辞典編集委員会、「小学館
ランダムハウス英和大辞典 第1巻」、昭和48年10月1日、株式会
社小学館、162頁
(6)乙第6号証:特公平2-39768号公報
(7)乙第7号証:Daniel Malacara et.al. "Handbook of lens design",
1994, Marcel Dekker,Inc., p.52-p.55
(8)乙第8号証:鶴田匡夫「第3・光の鉛筆 光技術者のための応用光学
」、1993年10月1日、株式会社新技術コミュニケーションズ、
308-309頁

2 被請求人の主張
(1)答弁書による主張
ア 本件発明が奏する効果
「本件発明は、レンズの眼球側の面(レンズ凹面)に「累進屈折面」と「乱視矯正用の屈折面」との「合成面」を配している(構成D)。したがって、本件発明によれば、「遠用部と近用部の倍率差を必要最小限に止めることができ、乱視を矯正することが可能であると共に像の歪みや揺れが少なく、乱視を有するユーザーに対してもさらに快適な視野を提供することができる。」(例えば、本件発明に係る特許公報の第5頁第38行?第41行参照)という効果を奏する。つまり、本件発明は、構成A?D(特に構成D)を備えることで(本件発明に係る特許公報の請求項1の記載参照)、シェープファクターMsによる倍率の変動をなくすことができ、「累進屈折面」における「遠用部」と「近用部」の倍率差を必要最小限に止めることができる。また、例えば「乱視矯正用の屈折面」が物体側の面にあるレンズの場合は、物体側の面の屈折力がシェープファクターに影響することから、乱視矯正用の各主経線の拡大率を増大させて視界を歪ませ、またレンズ前面に写りこむ像も歪ませていたが、本件発明のように「累進屈折面」とともに 「乱視矯正用の屈折面」を眼球側の面に配することで、シェープファクターによるレンズの物体側の面の屈折力に与える影響を抑制でき、更に揺れ歪みが少ない効果、視野の広がりの効果などが得られるのである。
また、本件発明は、レンズの物体側の面(レンズ凸面)を「球面」としている(構成E)。したがって、本件発明によれば、「物体側の凸面をベースカーブの一定したファッショナブルな球面として像の揺れや歪みを防止するとともにファッション性に富んだ眼鏡レンズを提供することが可能となる。」(例えば、本件発明に係る特許公報の第14頁第10行?第11行参照)という効果を奏する。例えば、強度度数の処方の眼鏡レンズの装用者の場合、外面累進レンズでは、凸面側の屈折面はカーブが深くなり、遠用部と近用部とのカーブ差の影響が目立ちやすくなるので、そのレンズをフレームに枠入れすると、レンズ面の出っ張りが目立って、蛍光灯などのレンズ外面での反射像の歪みも目立ち、審美性が悪く、第三者に印象のよくない眼鏡となってしまう。ところが、本件発明のように、構成Eを備えることで(本件発明に係る特許公報の請求項3の記載参照)、外面の屈折面が球面であることから、フレームに枠入れしたときにきれいに枠に収まり、また蛍光灯などのレンズ外面での反射像に歪みがなく、見た目が良い眼鏡ができるという効果を奏するのである。」(4頁7行?5頁8行)

イ 甲第1発明について
(ア)「甲第1号証の記載によれば、甲第1発明は、いわゆる「軸外非点収差」や「像面湾曲」等について収差を補正した累進面を有する累進レンズに関するものであり、「累進屈折面」と「乱視矯正用の屈折面」との「合成面」を有する累進レンズを開示するものではない。以下、この点について詳しく説明する。」(5頁11?14行)

(イ)甲第1発明が補正する収差
「(i)甲第1発明が補正する収差
・・(略)・・
以上の記載によれば、甲第1発明は、眼鏡レンズの周辺領域を使用するときに現れる収差を減少させるものであることがわかる。
・・(略)・・
そして、ここでの「非点収差(astigmatism)」は、乱視の意味はなく、いわゆる「軸外非点収差(oblique astigmatism)」である。このことは、甲第1号証におけるFig.1、Fig.2に関する説明内容からも明らかである。
・・(略)・・
つまり、甲第1号証における課題について、U=0であれば屈折異常の矯正は正しくされるものの、U≠0であれば、像面歪曲や非点収差が生じるために、屈折異常の矯正が正しくされないという点が挙げられている。この屈折異常の矯正を阻害する像面歪曲や非点収差こそが甲第1号証が課題とし、補正しようとしている収差(aberration)なのである。
・・(略)・・
そもそも、乱視は眼の屈折異常のー種であり視軸上で常に一定であり、上述したとおり、Fig.1のように視軸をレンズの光軸から周辺方向に向けることにより、Fig.2のように発生するものではない。このことからも、甲第1発明における「収差(aberration)」も「非点収差(astigmatism)」も、乱視の意味となることはない。」(5頁15行?10頁5行)

(ウ)甲第1発明における面の構成
「(ii)甲第1発明における面の構成
・・(略)・・
以上の記載によれば、甲第1発明は、一方の屈折面が「単純な面(simple surface)」であり、他方の屈折面が「収差補正累進屈折面(aberration correcting progressive surface)」であることがわかる。
なお、審判請求人は、審判請求書における甲第1号証の抄訳において、「corrected」および「correcting」の語(例えば、甲第1号証の3欄下から6行目及び下から3行目)を「(収差を)矯正する」と訳しているが、これは乱視を矯正しているものではないことから、正しくは収差を「補正」すると訳すべきである。
・・(略)・・
つまり、甲第1発明において、一方の屈折面を構成する「単純な面(simple surface)」は、「球面」または「トーリック面(toric surface)」のいずれかであることが明らかである。」(10頁6行?12頁13行)

(エ)甲第1発明における乱視矯正
「(iii)甲第1発明における乱視矯正
・・(略)・・
つまり、甲第1号証では、乱視矯正のためのレンズを「トーリックレンズ(toric lens)」と表現している。
以上のことを踏まえると、甲第1発明において、乱視処方がある場合には、一方の屈折面を構成する「単純な面(simple surface)」を「トーリック面(toric surface)」とし、他方の屈折面を「収差補正累進屈折面(aberration correcting progressive surface)」とするものと認められる。
このことは、甲第1号証における以下の記載部分からも明らかである。
「(13欄23行?32行)
・・(略)・・
【抄訳】
実施例は球面処方の遠用度数をもつ累進レンズについて示されてきた。これは実際の製造においては普通にあるケースである。しかし、トーリックレンズが必要であれば、トロイダル面が、球面の遠用部をもつ累進レンズに対する収差補正累進面と同様の収差補正累進面と、連携される。ただし、その収差補正は、トロイダルな遠用部の二つの主経線に対して必要な補正の中間が選択される。」(なお、英文の原文中[sic]と記した箇所の“for”は、“far”の誤記であり、“a spherical far vision zone lens” が正しいと思われる。)
上記の記載部分によれば、甲第1発明においては、乱視処方に対応する場合(トーリックレンズが必要な場合)に、収差補正累進面と連携させるかたちで、トロイダル面(=トーリック面)が収差補正累進面とは別の面として組み合わされることが明らかとなっている。つまり、甲第1発明では、収差補正累進面とこれとは別の面であるトーリック面とを互いに協働させるように連携させ、乱視矯正のためのレンズとして機能させるのである。
また、上記の記載部分によれば、収差補正累進面について「その収差補正はトロイダルな遠用部の二つの主経線に対して必要な(二つの)補正の中間が選択される」とあることから、収差補正累進面における収差補正には乱視矯正が含まれないことが明らかとなっている。乱視矯正のためには二つの主経線に対する各補正が異なっている必要があるとともに各主経線の方向を定める乱視軸が設定されている必要があり、「二つの主経線に対して必要な補正の中間が選択」されてしまうと乱視矯正にはなり得ないからである。」(12頁14行?14頁13行)

(オ)甲第1発明についての小括
「(iv)甲第1発明について小括
甲第1発明は、[マル1]乱視処方がない場合、物体側の面が球面であり、かつ、眼球側の面が乱視処方されていない累進面である累進屈折力レンズ、または[マル2]乱視処方がある場合、物体側の面がトーリック面であり、かつ、眼球側の面が乱視処方がなされていない累進面である累進屈折力レンズ、のいずれかを開示しているに過ぎない。」(14頁14?19行)

ウ 本件発明と甲第1号証との対比
「これに対して、甲第1発明は、レンズの眼球側の面に「累進屈折面」と「乱視矯正用の屈折面」とが「合成された面」を有しておらず、本件発明の構成Dを開示していない。すなわち、甲第1発明は、[マル1]乱視処方がない場合には「乱視矯正用の屈折面」を有しているとは言えず、また[マル2]乱視処方がある場合であっても「累進屈折面」と「乱視矯正用の屈折面」とが別々の面として構成されており、これらの面を「合成された面」とすることについて開示するものではない。
また、甲第1発明において、[マル2]乱視処方がある場合には、物体側の面がトーリック面であり、かつ、眼球側の面が乱視処方がなされていない累進面である。すなわち、甲第1発明は、乱視処方がある場合には物体側の面がトーリック面であるため、本件発明の構成Eを開示していない。」(15頁3行?15頁12行)

エ 甲第2技術について
「甲第2技術は、甲第2号証の88頁に「[マル1]前面に球面を用い、後面にトーリック面を用いる。(内面乱視)[マル2]前面に卜ーリックを用い、後面に球面を用いる。(外面乱視)」とあることからも明らかなように、累進レンズについてのものではなく、単焦点レンズについてのものである。
つまり、甲第2技術は、単焦点レンズについて開示しているに過ぎず、累進レンズについては何ら開示するものではない。」(15頁下から6?末行)

オ 本件発明と甲第1発明及び甲第2技術との対比
「本件発明は、レンズの眼球側の面(レンズ凹面)に「累進屈折面」と「乱視矯正用の屈折面」とが「合成された面」を備える構成を有する(構成D)。
一方、甲第1発明においては、本件発明の構成Dについて、一切開示も示唆もなされていないことは、上述の通りである。また、甲第2技術においても、単焦点レンズに関するものに過ぎず、累進屈折面に係る記載はなく、累進多焦点レンズである本件発明の構成Dについては一切開示も示唆もない。つまり、甲第1発明と甲第2技術のいずれにも、「累進屈折面」と「乱視矯正用の屈折面」とを「合成」するという技術的思想についての開示がなく、その動機付けとなり得る記載もない。
また、本件発明は、構成A?E、特に構成Dを備えることにより、上述した本件発明特有の効果を奏する。本件発明特有の効果、すなわち「遠用部と近用部の倍率差を必要最小限に止めることができ、乱視を矯正することが可能であると共に像の歪みや揺れが少なく、乱視を有するユーザーに対してもさらに快適な視野を提供することができる。」という、甲第1発明や甲第2技術等に比べて有利で顕著な効果は、本件発明の発明者らがはじめて見い出したものである。
この本件発明の顕著な効果については、甲第1発明も、甲第2技術も、一切開示も示唆もなされていない。
このように、甲第1発明も甲第2技術も、構成Dについて開示も示唆もしておらず、かつ、本件発明の効果について開示も示唆もしていない以上、当業者といえども、甲第1発明と甲第2技術とを組み合わせることができず、たとえ組み合わせたとしても、本件発明を想到することはできない。つまり、審判請求書の第11頁の項目アにおける指摘事項(第11頁第2行?第6行)は、審判請求人の誤認である。」(16頁2行?下から2行)

進歩性を肯定する上で参酌されるべき事実
進歩性判断について、特許・実用新案審査基準の「第II部、第2章、2.8、(6)」には、以下のような記述がある。
「商業的成功又はこれに準じる事実は、進歩性の存在を肯定的に推認するのに役立つ事実として参酌することができる。」
本件発明を含む特許第3852116号は、平成19年度の関東地方発明表彰(特許庁後援)で関東経済産業局長賞を受賞するなど(乙第2号証)、この分野において重要な技術として評価され、またグローバルに40以上の会社が本件特許ライセンスを受けており、内面累進レンズ設計および加工のソフトウェアのライセンスもオープンに展開されており、業界でも極めて重視されかつ尊重されている。
このことは、「商業的成功又はこれに準じる事実」に該当するものであると言え、本件発明の進歩性の存在を肯定的に推認するのに役立つ事実として参酌されるべきである。」(17頁1?13行)

(2)被請求人陳述要領書による主張
ア 甲第1号証において、「眼球側の同一面をトーリック面であって、かつ、累進面とする」事を否定する阻害要因について
「(i)甲第1号証における記載
・・(略)・・甲第1号証には、「眼球側の同一面をトーリック面であって、かつ、累進面とする」事について何ら記載されていない。これは、「眼球側の同一面をトーリック面であって、かつ、累進面とする」事に関して、以下に述べるような阻害要因があったからと考える。

(ii)阻害要因
(A)合成面の光学的な特性
[マル1]累進屈折面は、その特性上、面のねじれによる側方領域への不可避な収差の発生があり、像の歪みやゆれに影響するという潜在的な負の特性が当業者間では知られている。また、乱視矯正面については、視軸から離れていくに従ってレンズの周辺部領域では光学的にプリズムや収差が乱視矯正面の経線の方向により異なった大きさ・方向で発生することが知られており、特に高い度数のものではその収差の大きさは累進屈折面のものに匹敵する程度になることが知られている。そのため、これらを一つの面に集中させると収差の重畳により視覚に悪影響を及ぼしてしまうことが懸念されることから、累進屈折面と乱視矯正面とを合成するという着想に至ることは当業者にとって必ずしも容易なことではない。
[マル2]累進屈折面と乱視矯正面とを一つの面に合成するレンズ設計よりも、それぞれを凸面と凹面の両面に分配するレンズ設計のほうが、面構成が複雑でない。また、それぞれの面でその処方に関する機能を達成するように設計したほうが、レンズとしての設計上の自由度や多様性がある。特に、処方度数が強度になるほど両面で収差を分散させるほうが、一つの面で集中させるより光学的にもメリットがある。つまり、光学的なレンズ設計という観点においては、累進屈折面と乱視矯正面とを別々の面としたほうが、多くのメリットが得られることが当業者にとって知られていた。
[マル3]累進屈折力レンズは、最終的には眼鏡の装用者が実際に装用し、使用することによって、そのレンズ性能を評価するという特殊性のある分野のものである。そのため、眼科学会等で裏付けられた文献や臨床的な実験データが存在しない状況では、単純な面の組み合わせによる発想から得られる面構成であっても、直ちには当業者にとって受け入れ易いものではない。
(B)当時の技術水準
[マル1]当業者間では、累進屈折面の配置について、外面設計と内面設計とでは、眼生理学的なメリットについて大きな差異がないと考えられており、その作用効果の差異を明確にした文献は知られていなかった。つまり、本件特許のような面構成によって遠用部と近用部との倍率差を小さくして像の揺れや歪みを抑制するという作用効果は本件特許の発明者が初めて解明したものであり、そのような知見が広く知られていなかったことから、この解明結果の認識がなければ本件発明を成すという動機付けになり得るものが存在するとは認められない。
[マル2]眼鏡レンズの製造現場では、既に、セミフィニッシュドレンズを使用する外面累進屈折力レンズのメリットが既成事実として存在していた。つまり、予め凸面が加工された複数のベースカーブ、加入度を有する累進屈折面のセミレンズを用意しておき、受注により、その中から好適なセミレンズを選択し、単純な単焦点面の凹面を処方に合わせて短時間で素早く加工できるセミレンズストック生産方式が採用されていた。そのため、このようなセミレンズストック生産方式を直ちに適用できない面構成を採用することは当業者にとって必ずしも受け入れ易いものではない。
[マル3]本件発明以前には、累進屈折面と乱視矯正面とを一つの面に合成した累進屈折力レンズが製品化されていない。すなわち、累進屈折面と乱視矯正面のそれぞれの特性を適切に発揮するような、これらの面が合成された面形状を具体的に形成する手段は、本件発明によって初めて知られたものである。このように、合成面の面形状を形成する具体的な手段が知られていない段階では、当業者には累進屈折面と乱視矯正面とを一つの面に合成することを想起することは困難である。つまり、累進屈折面と乱視矯正面とを一つの面に合成する累進屈折力レンズの面形状を具体的に形成する手段が公知ではないこと自体も、技術的な阻害要因の?つとして挙げられる。

(iii)本件発明について
本件発明の発明者らは、「累進多焦点レンズの倍率に与える累進屈折面の配置に着目し、累進屈折面を眼球側の面にもってくることにより、遠用部と近用部における倍率の差を縮小でき、これに起因する像の揺れや歪みを大幅に低減できることを見いだし」(本件発明に係る特許公報の第4頁第16行?第18行)、このような着想に基づいて所望の視力補正特性を発揮することを目的とした「オリジナル累進屈折面」と所望の乱視矯正特性を発揮することを目的とした「オリジナルトーリック面」とが合成された累進屈折面の面形状を形成する具体的な手段(例えば、合成式(5)やZ座標値加算等)を鋭意検討により新たに案出し(本件発明に係る特許公報の第5頁第42行?第6頁第32行)、これにより「眼球側に視力補正用と乱視矯正用の両者の特性を有する累進屈折面を備えた累進多焦点レンズを提供すること」を可能とし(本件発明に係る特許公報の第6頁第34行?第36行)、更にこのようにして得られる累進多焦点レンズの作用効果を検証して確認することによって(本件発明に係る特許公報の第10頁第42行?第13頁第34行)、上述した阻害要因を克服したのである。」(2頁15行?5頁14行)

(3)被請求人上申書2の概要
ア 無効理由1の撤回と阻害要因について
「(1)無効理由1の撤回について
・・(略)・・甲第1発明においては「収差補正累進面」と「トーリック面」とを、少なくとも甲第1発明がされた当時の技術水準においては、以下の構成e’[マル2]に記載のように、別々の面に分配せざるを得なかったものといえ、甲第1発明の構成自体から、これらの面を合成することができない技術的な困難性、すなわち阻害要因が存在することが実質的に示唆されているというべきである。」(2頁7?末行)

イ 甲第1発明について
「(2)甲第1発明が有する構成
・・(略)・・請求人が列挙する構成a?c、d’、eのうち構成eの記載は誤っている。正しい構成eを構成e’とした上で、請求人が記載する各構成の表現形式に従うとすると、以下のようになる。
a 遠用視野レンズ部及び遠用視野レンズ部と異なる屈折力を有する近用
視野レンズ部と、
b 遠用視野レンズ部と近用視野レンズ部との間の中間累進部と
c を備えた眼の屈折異常矯正用の累進眼鏡レンズにおいて、
d’累進眼鏡レンズの凹面が、遠用視野レンズ部、近用視野レンズ部及び
中間累進部を有する。
e’当該レンズの凸面はシンプルな形状であって、
[マル1]乱視処方が無い場合、当該レンズの凸面が球面であり、
[マル2]乱視処方が有る場合、当該レンズの凸面がトーリック面で
ある。
・・(略)・・
故に、請求人が陳述要領書の3頁で挙げている相違点は、正しくは以下のようになる。
相違点:
(上記構成e’が[マル1]の場合)
本件発明は、眼球側の面が「累進屈折面と乱視矯正用の面とが合成された面」(構成要件D)であるのに対し、甲第1発明は、累進屈折面である眼球側の面に、乱視矯正のための形が与えられていない点
(上記構成e’が[マル2]の場合)
本件発明は、眼球側の面が「累進屈折面と乱視矯正用の面とが合成された面」(構成要件D)であり且つ物体側の面が球面(構成要件E)であるのに対し、甲第1発明は、累進屈折面である眼球側の面に、乱視矯正のための形が与えられておらず、しかも物体側の面がトーリックである点
なお、構成e’が[マル1]の場合、乱視処方が無いことから、眼球側の面である収差補正累進面に、乱視矯正のための収差を盛り込む余地は無い。
一方、構成e’が[マル2]の場合、そもそも構成要件Dに加え構成要件Eも充足しないことになる。」(3頁1行?4頁18行)

ウ 甲第1号証の翻訳について
「(3)甲第1号証の翻訳
・・(略)・・
ア 請求人の翻訳についての被請求人の評価
・・(略)・・請求人の翻訳において、眼球側の面に累進屈折面と乱視矯正面が合成されているかのように誤解を招きかねない箇所以外については、ひとまず翻訳を受け入れて議論をさせていただく。
ちなみに、「眼球側の面に累進屈折面と乱視矯正面が合成されているかのように誤解を招きかねない箇所」としては、例えば、請求人が提出した翻訳(翻訳においては9枚目、頁の下方にある数字だと22頁の31?35行目)において、
・・(略)・・
“be associated with”については、『プログレッシブ英和中辞典(第4版)』(乙第3号証)には、
「((ふつう受け身または? -self))<AとBを>提携[連合]させる;<AをBの>仲間にする;<AをBに>賛同させる」
と記載されている。(審決注:なお、実際に提出された乙第3号証は、『講談社英和中辞典』であり、乙第3号証には、「と仲間である;と提携している;と関係[関連]がある;と連想される.」と記載されている。)被請求人が答弁書13頁の下から4行目において甲第1号証の13欄23行?32行の当該箇所を「連携させる」と訳したのは、このような記載に基づいている。この辞書の訳語においては、“be associated with”について、少なくとも「組み合わせる」という意味があるようには解されない。請求人が“be associated with”を「組み合わせる」と翻訳している点は、被請求人としては、トロイダル面と収差補正累進面とが合成されているかのように誤解を招きかねないものと思料する。・・(略)・・
イ 請求人の翻訳についての誤訳等の指摘
・・(略)・・
請求人が提出した翻訳においては、the desired progressive additionが「屈折力の所望の累進性」と訳されているが、additionは光学業界においては「加入度」と訳するのが常識である。そのため、上記の部分を正しく訳すると以下のようになる。
「(収差補正累進面とは、その屈折力の所望の累進加入度と、それ自体の収差を補正することの両方を該レンズに付加するレンズ屈折面を意味する)」
なお、上記の内容は、甲第1発明における「収差」は、あくまで「レンズ自体(又は累進加入度)に起因する収差」であり、「装用者に由来する乱視」を矯正するための収差を含む余地が全くないことを示す内容である・・(略)・・
(4)「補正」と「矯正」の違い
・・(略)・・眼鏡レンズで修正すべき視力に関しては「補正」と称するのが常である。それに倣い、本件特許明細書の2頁48行目?3頁1行目においては、
「眼鏡用に用いられる単板のレンズ1においては、眼球側の屈折面2と、注視する物体側の屈折面3の2つの面によって眼鏡レンズに要求される全ての性能、例えば、ユーザーの度数に合った頂点屈折力、乱視を矯正するための円柱屈折力、老視を補正するための加入屈折力、さらには斜位を矯正するためのプリズム屈折力などを付与する必要がある。」
と記載し、視力については「補正」という表現を用い、装用者にとって病的なものである乱視や斜位に関しては「矯正」という表現を使用している。
また、それに加え、「収差」に関しては、「収差を正す」という言い方は、光学業界においては用いられず、「収差を補正する」という表現を使用する。・・(略)・・
(5)甲第1号証における「corrected」及び「correcting」 の対象が定かではない点についての見解
・・(略)・・甲第1発明において補正対象が何かを特定することは、累進屈折面に対して収差(軸外非点収差や像面湾曲)を補正する機能が付与されているか、それとも累進屈折面に対して乱視矯正の機能が付与されているか否かを決定する基礎となる、・・(略)・・
(6)「乱視(astigmatism)」は「収差(aberration)」のひとつである点についての反論
・・(略)・・『研究社 新英和大辞典 第6版』(乙第4号証)及び『小学館ランダムハウス英和大辞典 第1巻』(乙第5号証)を見る限り、astigmatismは、光学的な用途としては「非点収差」、医学的な用途としては「乱視」と訳されている。・・(略)・・
また、そもそも、astigmatismを乱視と訳するのならば、生体としての眼についての記載が、甲第1号証における実施の形態(DESCRIPTION OF THE PREFERRED EMBODIMENTS)に記載されてしかるべきところ、そのような記載は全く無い。つまり、甲第1発明におけるastigmatismは、光学的な用途である「非点収差」と訳す以外の選択肢は無く、そこに「乱視」という意味を混入させる余地も無い。
・・(略)・・
このように、「収差(軸外非点収差や像面湾曲)の補正」と「乱視矯正のための収差の付与」とでは、設計手法が全く異なるものである。
以上の結果から明らかなように、「乱視(astigmatism)」は「収差(aberration)」のひとつであるという請求人の主張は完全に失当である。」(4頁25行?11頁9行)

エ 請求人の「阻害する事情が、一切記載されていない」との主張に対する反論
「請求人は、陳述要領書の6頁の上から12?14行目において「甲第1号証には、乱視処方がある場合に、甲第1発明において眼球側の面にトーリック面を配した構成とすることを阻害する事情は、一切記載されていない」と述べている。
確かに、単焦点レンズにおいては、内面乱視処方が有利であることが、甲第2号証に記載されている。しかしながら、本件発明は、単焦点レンズではなく累進屈折力レンズに関するものであり、累進屈折面と乱視矯正用の屈折面とを眼球側の面にて「合成」させることとは全く別の話であるし、甲第1号証及び甲第2号証には「合成」についての開示も示唆も全く無いことは、答弁書及び被請求人が提出した陳述要領書にて記載した通りである。」(11頁16?26行)

オ 請求人主張の内面乱視設計を採用する根拠1?4に対する反論
「(8)根拠1に対する反論
・・(略)・・「収差をより良く正すことを特徴とする累進屈折力レンズは、本発明に従って、たとえば凸の球面により2つの屈折面のうちの一方の単純な表面を構成し、他方を収差補正累進面として構成することにより得られる。」「(収差補正累進面とは、その屈折力の所望の累進加入度と、それ自体の収差を補正することの両方を該レンズに付加するレンズ屈折面を意味する)」
この直前の文章を考慮して「それ自体の収差」における「それ」の意味を検討すると、あくまで「レンズ自体(又は累進加入度)に起因する収差」であり、「装用者に由来する乱視」を矯正するための収差を含む余地は全くない。
つまり、甲第1発明において補正対象となる収差は、あくまで軸外非点収差や像面湾曲のようにレンズ自体に起因するものであり、そもそも乱視は欠陥の名称であって収差ではない・・(略)・・
(9)根拠2に対する反論
・・(略)・・「累進屈折面に「収差」を正すための形を与えることの示唆」があったとしても当該「収差」には乱視矯正のための収差が含まれるという記載はどこにもない。むしろ当該「収差」に乱視矯正のための収差を加えることは甲第1号証における収差の定義づけに反する。更に、累進屈折面に乱視矯正のための収差を合成することについての記載は無いことは当然として、そのことに関する示唆すらも存在しない。・・(略)・・なお、甲第5号証に記載されているレンズも単焦点レンズであり、眼球側の面において累進屈折面と乱視矯正用の屈折面とを合成することについての記載・示唆は全く無い。
(10)根拠3に対する反論
・・(略)・・翻って、本件無効審判の請求の対象となっているのは、請求項1に従属する請求項3(物体側の面が球面)である。請求人は、構成要件DによりシェープファクターMsによる倍率の変動をなくすことができることは誤解と述べているが、請求項3に係る発明は構成要件Dに加え構成要件E(物体側か球面)を備えている。物体側の面が球面であるということは、ベースカーブが一定であることを意味する。・・(略)・・しかしながら、構成要件Dを「物体側の面」を規定するものと記載するというあり得ない記載をしていること、それに加え、構成要件Eの存在を完全に失念していることからも、誤りに誤りを重ねたのは請求人であると言わざるを得ない。・・(略)・・
(11)根拠4に対する反論
・・(略)・・累進屈折面と乱視矯正面とを合成させる技術は本件特許に係る出願の優先日以前に公知となっていないことこそが、そのような形状の分解及び合成の動機付けも具体的な構成も存在しないことの証拠であり、だからこそ本件特許が成立したのである。
その一方、「『累進屈折面に対して』軸外非点収差や像面湾曲の補正を行うこと」については、比較的ありふれた技術である。
・・(略)・・
以上の通り、「『累進屈折面に対して』軸外非点収差の補正を行うこと」と「『累進屈折面に対して』乱視矯正のための収差の付与を行うこと」とを請求人が主張するように難易度で比較したとしても、「『累進屈折面に対して』乱視矯正のための収差の付与を行うこと」の方が当業者にとってはるかに難易度が高い。
また、そもそも、先にも述べたように、「軸外非点収差の補正」と「乱視矯正のための収差の付与」とでは、設計手法が全く異なるものであり、・・(略)・・設計手法が全く異なる2つの手法を単に難易度で比較すること自体が技術的にはナンセンスであると言わざるを得ない。そしてそれは、「累進屈折面との合成」という観点を考慮に入れるとなおさらである。」(11頁27行?19頁17行)

(4)被請求人上申書Aの概要
ア 上申内容の概要
「なお、本上申書における以下の脱明の語句表現は、意味に支障がないと思われる限りにおいて、請求人が資料として提出した甲第1号証全訳による語句表現を用いる。」(2頁18?20行)

イ 甲第1発明について
「甲第1発明は、レンズとしての非点収差が「ゼロ」となるように収差補正を行っている。そのことを含め、甲第1発明を詳細に解析したものを、本書面添付「別紙」にまとめた。
このように、非点収差が「ゼロ」となるように収差補正を行うこと(すなわち、甲第1発明における「収差補正」)は、人間の眼における乱視を矯正するために卜ーリック面等により意図的にレンズ面に非点収差を与えること(すなわち、いわゆる「乱視矯正」)とは、技術的思想としては全く異なるものである。つまり、乱視矯正を行うためには、非球面収差補正とは全く別に、乱視矯正のためのトーリック面等を、その乱視軸方向を含め、どのように配置するかを考えなければならない。
この点につき、甲第1号証には、・・(略)・・乱視矯正のためのトーリック面と累進屈折面をそれぞれ別の面に分配して配置することしか記載されておらず、これらを組み合わせる動機付けとなり得るような記載も存在しないが、それは次に述べるとおり、累進多焦点レンズにおいて、乱視矯正のためのトーリック面を累進面と同一面に設けることは困難であったため、当業者においてそのような同一面にこれらを存在させることを想起すらしていないためである。」(2頁22行?3頁13行)

ウ 単焦点の技術と累進多焦点の技術とを容易には組み合わせることができない技術的な脱明について
「(i)単焦点の技術について
ここで、先ず、単焦点の技術についての説明をする。
甲第2号証に記載のように、単焦点レンズにおいて乱視矯正を行う場合には、球面とトーリック面とによってレンズを構成する。
単焦点レンズに用いられる面形状(球面またはトーリック面)は、その面全体について一つの数式によって表される。・・(略)・・トーリック面は回転体面の一部であり、数式により厳密に定義される。
このように、単焦点レンズに用いられる面形状が一つの数式によって表されることは、本件特許の優先日以前の時点から現在に至るまでの、当業者にとっての技術常識である。
(ii)累進多焦点の技術について
累進屈折力レンズにおける累進面は、屈折力が累進的に変化する部分(累進部)を持つことから、その面全体を一つの数式によって数式化することが不可能である。・・(略)・・より詳しくは、累進屈折力レンズにおける累進面については、自由曲面技術が用いられて規定される。眼の調節力をサポートするためのレンズ内の度数変化を達成し、なおかつ不可避的に発生する面の歪みによる非点収差、像歪曲、ゆれの発生を制御するために、累進面の部分部分を修正できる必要があり、面形状に自由度を持たせる自由曲面技術が有用だからである。
自由曲面技術においては、曲面が無数の点群の座標データにより与えられ、その点群間に作られる空間の一つ一つに対して面を表す式を個別に定義する。
・・(略)・・
以上のように、累進面は、単焦点レンズにおける各面のように数学的に単純な形で数式化されるものではなく、面全体を単一の数式によって規定することが不可能なものである。このことは、本件特許の優先日以前の時点から現在に至るまでの、当業者にとっての技術常識である。
(iii)各技術を組み合わせることの技術的困難性
個々の微小エリアにおいて、累進面のもつ面非点収差とトーリック面の面非点収差を合成してみようとしても、それらの微小エリアにおける合成結果を崩さずにレンズ全体として滑らかに構成する技術は単焦点レンズの技術にはない。単焦点レンズは単一の数式により表され、レンズ上の個々の場所について考慮することはなく、面全体を一括して扱うので、累進屈折力レンズの自由曲面のように各微小エリアについて個別に面形状を考える必要がなく、従ってそのための技術ももたない。累進面に対する一つの点の修正は、例えば隣のエリアの乱視量や軸方向などその周辺エリアにも影響を与える。このことから、光学的な量である累進面のもつ面非点収差とトーリック面の面非点収差を合成しようとすると、合成した結果としての面全体の曲平の分布が意図した分布とかけ離れたものになってしまうことがある。
・・(略)・・
面全体の曲率の分布が意図した分布とかけ離れたものになってしまうことを避けるためには、新規な技術を必要とする。このようなことから、単一の数式により面全体を表わす単焦点レンズの屈折面に関する技術を、各微小エリアについて個別に面形状を考える必要がある累進屈折力レンズの屈折面に関する技術に適用することは困難である。
以上に説明したように、単焦点の技術と累進多焦点の技術とを組み合わせることは、本件特許の開示以前において当業者にとって、技術的に困難であり、累進面と乱視矯正のためのトーリック面とを同一面に存在させることは想起できなかったことである。
(iv)まとめ
上述したとおり「単焦点の技術と累進多焦点の技術とを組み合わせること」については、技術的困難性が存在するが、いずれにせよ、本件特許が開示されるまでは、当業者において、累進面と乱視矯正のためのトーリック面とを同一面に存在させることについておよそ想起していない。また、たとえ仮に同一面に存在させることを観念的に想像したとしても、同一面に存在させる技術的な手段がない以上、累進面と乱視矯正のためのトーリック面とを同一面に存在させることが困難であることから、本件特許の開示がなければ、当業者であっても、累進面と乱視矯正のためのトーリック面とを同一面に存在させることを想起することができなかったものと言える。
このように、トーリック面自体は、単焦点レンズにおける乱視矯正面として、または累進屈折レンズにおける累進面とは別の面の乱視矯正面として用い得るが、累進面と同一面にトーリック面を合成することは全く別次元の問題なのである。」(3頁19行?8頁8行)

エ 誤訳について
「・「不一致」(discrepancy )、「不一致表」(discrepancy table)は、正しくは「偏差」、「偏差表」に訂正(甲第1号証全訳の17頁の下から1行目等)。なお、「不一致」(discrepancy )については、原文では「discrepency」となっているが「discrepancy」のスペルミスと思われる。原文中の「discrepency」については全て同様。
・「眼が対応せず」(The eye does not accommodate)は、正しくは「眼が調節できず」に訂正(甲第1号証全訳の18頁の下から20行日)。なお、「眼が対応せず」(the eye does not accommodate)について、原文では「accomodate」となっているが「accommodate」のスペルミスと思われる。原文中の「accomodate」については全て同様。
・「接線倍率(tangential power)」は、正しくは「タンゼンシャル屈折力」に訂正(甲第1号証全訳の19頁の下から10行目)。それに伴い、「接線(tangential)」は、正しくは「タンゼンシャル」に訂正し、「タンゼンシャル半径」、「タンゼンシャル曲率半径」、「タンゼンシャル屈折力」と使用していくのが正しい(*「サジタル」と対比させるため)。
・「完全な調整能力が失われた眼」(lost its full accommodation power)は、正しくは「完全な調節力が失われた眼」に訂正(甲第1号証全訳の14頁の下から13行目、21頁の上から3行目)。
・「特許の視軸の収束」(convergence of the sight axes of patent)は、正しくは「患者の眼の輻輳」(convergence of the sight axes of patient)に訂正(甲第1号証全訳の22頁の下から1行目)。なお、「特許の視軸の収束」(convergence of the sight axes of patent)について、原文では「patent」となっているが「the patent」とはなっていないため、上記のように「patient」のスペルミスと思われる。」(8頁14行?9頁10行)

オ 別紙
「2.甲1発明における収差補正累進面には、乱視矯正のための非点収差が存在し得ないこと
甲1発明における収差補正累進面は、主子午線において眼に対する非点収差を“ゼロ”になるように補正されており、乱視矯正のための非点収差を発生させることはできない。
請求項1には以下の記載がある。
位置が下側の近用レンズ部に対応した下側の面部分であって、前記下側
の近用レンズ部と同じ屈折力を有する視距離が0.33mの第2の単焦点
レンズの収差を補正するようにはたらく第2の非球面収差補正面の対応す
る下側の面部分と同じであり、前記下側の面部分が、前記近用視野中心で
、第3の値の接線曲率半径およぴ第4の値のサジタル曲率半径を有し、前
記第2の非球面収差補正面は、前記第2の単焦点レンズが前記累進面上の
前記近用視野中心の位置に対応した前記第2の非球面収差補正面上の位置
となる点で、非点収差も像面湾曲も示さないようになることにより、前記
眼鏡レンズは、前記近用視野中心で、非点収差も像面湾曲も示さない下側
の面部分と、
これは、近用視野中心において、レンズとしての非点収差がゼロになるように非球面収差補正がなされていることを意味している。
また中間累進屈折力レンズ部においては、請求人が提出した翻訳の中で、甲第1号証の9欄5行?9欄最下行に対応する訳として、以下の記載がある。
・・(略)・・
無作為の点での累進子午曲線に垂直な平面との交差曲線に半径が与え
られる。サジタル半径は、レンズを通じて、この無作為の点の接線倍率と
同じ値のサジタル倍率を定める。これにより、子午曲線の各点について段
階ごとに処理がなされると、・・(略)・・
上記において被請求人が下線を付した部分の原文は以下のとおりである。なお、後で、誤訳を列挙して指摘するが、請求人の訳は正確性を欠くと思われるので、被請求人による訳を示す。
(原文)
Its curve of intersection with a plane perpendicular to the meridian curve of progression at a random point thereof is given a radius, the sagittal radius. Which determines, through the lens, a sagittal power of the same value as the tangential power in this random point.
(被請求人訳)
無作為の点での累進子午曲線に垂直な平面との交差曲線に半径、す
なわちサジタル半径が与えられる。そのサジタル半径は,その無作為
の点において、レンズを通したサジタル屈折力と接線屈折力が同じ値
になるように決定される。
ここで、レンズを通したサジタル屈折力と接線屈折力が同じということは、非点収差がない(ゼロ)ということを意味している。すなわち累進部において主子午線上では非点収差がないということを意味しているのである。・・(略)・・
以上のように甲1発明においては内面側の収差補正累進面は近用視野中心および光心からそれに至る累進子午曲線において非点収差と像面湾曲をなくすように構成するものであるので、そこに乱視矯正用の非点収差を発生させることは不可能である。逆に、そのような収差補正を累進面で行っているからこそ、もう一方の面を卜ーリック面とすることにより容易に光学性能の優れた乱視処方レンズが実現できるのである。」(別紙の3頁6行?6頁6行)


第5 当審の判断
1 本件発明
本件発明は、上記第2に記載されたとおりのものであり、再掲すると以下のとおり。
「A 異なる屈折力を備えた遠用部及び近用部と、
B これらの間で屈折力が累進的に変化する累進部と
C を備えた視力補正用の累進多焦点レンズにおいて、
D この累進多焦点レンズの眼球側の面が、前記遠用部、近用部および
累進部を構成するための累進屈折面と乱視矯正用の屈折面とが合成さ
れた面であることを特徴とする累進多焦点レンズ。
E 前記累進多焦点レンズの物体側の面が球面であることを特徴とする
累進多焦点レンズ。」

2 甲各号証の記載内容
請求人が提出した証拠のうち、甲第1号証、甲第2号証及び甲第5号証には、以下の発明または事項が記載されている。

(1)甲第1号証
甲第1号証の翻訳については、請求人の翻訳について被請求人が誤訳を種々指摘しているが、一応請求人の翻訳を採用して、甲第1号証に記載された発明を特定し、対比判断において技術的な観点から被請求人指摘の誤訳について適宜検討する。
ア 「This invention relates in general to ophthalmic lenses
having a progressively varying focal power, hereinafter
referred to as ophthalmic progressive lenses or, merely,
progressive lenses, and it has reference more particu-
larly to improvements in ophthalmic progressive lenses
having a high spherical or cylindrical power in far vi-
sion.
When the eye before which a ophthalmic lens is
placed utilizes a peripheral zone thereof, aberrations
such as astigmatism and notably field curvature appear
and reduce the quality of the eye ametropia correction.
In practice, this defect is negligible in the case of
negative power lenses and low positive power lenses
provided that these lenses have a suitable curvature.
On the other hand,it limits the useful field of vision of
an eye provided with a high-power positive lens,for the
higher the lens power the smaller the useful area of the
lens.
It is known to resort to aspheric surfaces for reducing
these aberrations. The term ”aspheric” usually denotes
surfaces of revolution such as paraboloids and ellip-
soids, for example, obtained by causing a same parabol-
ic or elliptic curve to rotate about the axis of the lens.
These surfaces are currently used in instrumental op-
tics. They permit a certain correction of the aberrations
of ophthalmic lenses when these are designed for a sin-
gle type of vision, for instance far vision. Finally,in
many cases the human eye suffers from astigmatism,
for example the post-operative residual corneal astig-
matism of a patient operated for cataract, which entails
the use of astigmatic lenses, for example toric lenses
having a spherical power +12.00 and a cylindrical
power +3.00. It will be readilly understood that hither-
to known aspheric surfaces of revolution are not capa-
ble of correcting such lenses in a very satisfactory
manner. In the above mentioned now-abandoned
parent application, novel aberration correcting sur-
faces have been proposed, which give the only
complete solution to this problem. These surfaces per-
mit the correction of aberrations of high power toric
lenses, a problem hitherto unsolved.
To compensate the ametropia of an eye having
preserved its accomodation capacity, or to compensate
the ametropia in a single case of vision,for example vi-
sion at reading distance,of an eye having lost its full ac-
comodation capacity these corrected lenses are quite
satisfactory.
When it is desired to correct a strong hypermetropia
of an eye having lost its full accomodation capacity,for
example an eye operated for cataract, one can think of
using a high-power multifocal or progressive lens.
It is well known to fit an eye which has lost its full ac-
comodation power with a progressive lens. This type of
lens has been in common use for more than ten years.
A progressive lens comprises two refractive surfaces
on opposite sides of a block of refringent material. A
first one of said two retractive surfaces is usually a
spherical or toric surface; the second refractive surface
is the so called progressive surface.
This progressive surface is designed and manufac-
tured so as to present:
1 - An upper single focus spherical surface portion
which determines with said first refractive surface of
the lens a far vision zone or lens portion with a first
focal power,and the optical center of which is the opti-
cal center of the whole progressive lens.
2 - A lower single focus spherical surface portion
which determines with said first refractive surface of
the lens a near or reading vision zone or lens portion
with a second higher focal power, and which is located
around a point called the near vision center.
3 - An intermediate progressive surface portion of
which the meridian curve extending from the optical
center of the lens to the near vision center is called the
meridian of progression along which the spherical
power of the lens varies from its valve(the first focal
power),at the optical center of the lens to its value(the
second higher focal power) at the near vision center ac-
cording to a predetermined law. 」(1欄8行?2欄22行)
(和訳:本発明は、一般に、累進的に変化する屈折力を有する眼鏡レンズ(以下「累進眼鏡レンズ」または単に「累進レンズ」という。)に関し、特に、遠用視野において高い球面屈折力または円柱屈折力を有する累進眼鏡レンズにおける改否に言及する。
眼鏡レンズがその前に配置された眼が、その周辺領域を利用するとき、非点収差、特に像面湾曲等の収差が現れ、眼の屈折異常矯正の質を低下させる。
実際には、この欠陥は、レンズが適切な曲率を有するものであれば、負の屈折力のレンズおよび弱い正の屈折力のレンズの場合には、無視できる程度のものである。一方、高い正の屈折力のレンズを与えられた眼の有用視野は制限されてしまう。これは、レンズの屈折力が高ければ高いほど、レンズの有用域は狭くなるためである。
これらの収差を低減するために、非球面を用いることが知られている。「非球面」なる用語は、通例、例えば同じ放物線または楕円曲線をレンズ軸のまわりに回転させて得られる放物面および楕円面などの回転面を示す。これらの面は、現在、機器光学において利用されている。それによれば、たとえば遠用視野等の単一の視野タイプ用に設計される場合、眼鏡レンズの収差をある程度正すことができるようになる。最後に、多くの場合、人間の眼は乱視に悩まされ、例えば、白内障の手術を受けた患者の場合は手術後に残る角膜性乱視のために乱視用レンズ、例えば、球面度数+12.00および円柱度数+3.00のトーリック・レンズを使用する必要が生じる。これまで知られた回転体の非球面では、このようなレンズを充分満足に正すことができないことは、容易に理解されるであろう。放棄された上記特許出願では、新規収差補正表面が提案されており、本問題に対する唯一の完全な解決策を提供している。これらの面により、従来未解決の問題であった高い屈折力のトーリック・レンズの収差を正すことが可能となる。
調整能力が保たれた眼の屈折異常を補うため、又は、例えば、読書距離での視力など、完全な調整能力が失われた眼の単一の視力の場合における屈折異常を補うためには、このような正されたレンズは相当に満足のいくものである。
例えば白内障の手術を受けた眼など、完全な調整能力が失われた眼の強度の遠視を正そうとする場合、度数の高い多焦点または累進レンズを用いることを考えることができる。
完全な調整能力が失われた眼に累進レンズが適合することは、周知である。この種のレンズは、十年以上、一般に用いられてきた。
累進レンズは、屈折材料のブロックの両面上に2つの屈折面を備えている。これら2つの屈折面の第1の面は、通例、球面または卜ーリック面であり、第2の屈折面は、いわゆる累進面である。
この累進面は、以下のものを提供するように設計され、製造される。
1 - レンズの第1の屈折面により、遠用視野領域または第1の屈折力を有するレンズ部を規定する上側単焦点球面部であって、その光心は、累進レンズ全体の光心である。
2 - レンズの前記第1の屈折面により、近用もしくは読書視野、またはより高い第2の屈折力を有するレンズ部を規定する下側単焦点球面部であって、近用視野中心と称する点の周囲に位置する。
3 - レンズの光心から近用視野中心へと延びた子午曲線を累進子午線と称し、所定の法則に従い、累進子午線に沿って、レンズの球面度数がレンズの光心での値(第1の屈折力 )から、近用視野中心での値(より高い第2の屈折力)へと変化する、中間累進面部。)

イ 「・・・(略)・・・ These
progressive surfaces with an umbilical meridian curve
of progression have met a great success in spite of the
well known but unavoidable lateral aberrations. They
permit to make up for lack of accomodation power of
patients having a far vision ametropia below about 8.00
diopters.
But when this ametropia is above this value,as it is in
the case,for instance,of an aphakic patient,the aberra-
tions met in the case of high power single focus lenses,
bring such a drastic change in the optical charac-
teristics of the lens not only in the far vision zone but
also in the intermediate and near vision zone,that the
useful areas of these zones(i.e、,the areas of these
zones where the aberrations remain tolerable) decrease
and even disappear as the power of the lens increases.
In order to correct the aberrations of such high
power progressive lenses it has been suggested to as-
sociate to the progressive surface with the umbilical
meridian curve,forming one of the two refractive sur-
faces of the lens,an aspheric aberration correcting sur-
face of a known type intended for correcting the aber-
rations of a single focus lens having the same focal
power as the far vision zone of the progressive lens,to
constitute the second refractive surface of the lens.
Such a high-power progressive lens is well corrected for
aberrations in its far vision zone,but the aberrations in
intermediate an near vision zones are slightly
decreased,unchanged or even aggravated according to
the characteristics of the needed progressive lens. This
poor result together with the tremendous increase of
the price of such lenses make this solution unsuitable.
High-power progressive lenses corrected for aberra-
tions by using such aspheric aberration correcting sur-
faces are definitely unusable when the power needed
for the far vision zone is above about 8.00 diopters.
This problem is so important, that in some cases,it
has been solved by the combination of a low-power
progressive lens with an umbilical meridian of progres-
sion,and a contact lens giving the additional spherical
or torical power;this is indeed a very expensive solu-
tion. 」(3欄11?52行)
(和訳:臍累進子午曲線(umbilical meridian curve of progression)のあるこれらの累進面は、周知であるものの大きな成功を収めたが、横収差は避けられなかった。この累進面により、約8.00ディオプトリ未満の遠用視野の屈折異常がある患者の調整能力の欠如を埋め合わせることが可能となる。
しかしながら、例えば、無水晶体患者の場合のように、屈折異常がこの値を超えると、高い度数の単焦点レンズの場合の収差により、遠用視野領域だけでなく中間視野および近用視野領域においてもレンズの光学特性にこのような急激な変化がもたらされ、レンズの度数が増加するにつれて、これらの領域における有用域(すなわち、収差が許容できる範囲の領域)が減少してさらには消失する。
このような高い度数の累進レンズの収差を正すために、累進面を臍子午曲線と組み合わせて、レンズの2つの屈折面のうちの1つ、すなわち、累進レンズの遠用視野領域と同じ屈折力の単焦点レンズの収差を正すことを意図した既知の型の非球面収差補正面を形成し、レンズの第2の屈折面を構成することが、提案されてきた。このような度数の高い累進レンズでは、遠用視野領域における収差は良好に正されるものの、中間および近用視野領域における収差は僅かに減少するだけで変化しないか、または、必要な累進レンズの特性によってはさらに悪化することもある。この不十分な結果は、このようなレンズの価格を大幅に上昇させることにもなり、本解決策を不適切なものとしている。
このような非球面収差補正面を用いて収差を正した度数の高い累進レンズは、遠用視野領域に必要な度数が約8.00ディオプトリを超えた場合には、全く使用に適さない。
この問題は非常に重要であり、ある場合には、低い度数の累進レンズを臍累進子午線と組み合わせることにより、および、球面度数またはトーリック度数を加えたコンタクト・レンズにより、解決されてきた。これは非常に高価な解決策である。)

ウ 「 SUMMARY OF THE INVENTION
It is the essential object of the present invention to
provide a novel type of ophthalmic progressive lens of
which the one of its two refractive surfaces is a simple
surface and the other of its two refractive surfaces
determines with the first mentioned refractive surface a
far vision lens portion with a first focal power corrected
for the aberrations which are specific to far vision, a
near vision lens portion with a second higher focal
power corrected for the aberrations which are specific
to near vision,and between said far and near vision lens
portions, an intermediate vision lens portion with a
focal power which progressively varies from said first
focal power to said second higher focal power,said in-
termediate vision lens portion being corrected for aber-
rations specific to vision of ah object point progressive-
ly drawing nearer to the lens.In this specification and
in the claims attached thereto,by ”simple surface” is
meant a spherical or tone surface.
More precisely the invention provides a concavo-
convex ophthalmic lens with a progressively varying
focal power for correcting high ametropia, comprising
two refractive surfaces formed on opposite sides of a
block of refringent material, the one of said two op-
posite refractive surfaces being a simple surface and
the other of said two opposite refractive surfaces being
a so-called progressive surface, said simple surface and
said progressive surface determining therebetween,
when the lens is in use,an upper single focus lens por-
tion for far vision having a first focal power and the op-
tical center of which coincides with the optical center
of the whole lens,a lower single focus lens portion for
near vision having a second higher focal power and
which is located around a point called the near vision
center, and an intermediate progressive power lens
portion extending from the optical center of the lens to
the near vision center and on either side of the meridi-
an plane of the lens containing said near vision center,
the focal power in said intermediate lens portion
progressively increasing from said first focal power at
said optical center to said second higher focal at said
near vision center according to a predetermined law of
progression along said meridian plane containing said
near vision center and the meridian plane of progres-
sion, wherein said progressive surface is corrected for
aberration and comprises:
an upper surface portion corresponding in position
to said upper for vision lens portion, and which is
identical to the corresponding upper surface portion of
a first aspheric aberration correcting surface operative
to correct aberrations for far vision of a first single
focus lens having the same focal power as the upper far
vision lens portion, said upper surface portion having at
the optical center a tangential radius of curvature of a
first value and a sagittal radius of curvature of a second
value,
a lower surface portion corresponding in position to
said lower near vision lens portion,and which is identi-
cal to the corresponding lower surface portion of a
second aspheric aberration correcting surface opera-
tive to correct aberrations for a vision distance of 0.33
m of a second single focus lens having the same focal
power as the lower near vision lens portion,said lower
surface portion having at said near vision center a tan-
gential radius of curvature of a third value and a sagittal
radius of curvature of a fourth value, said second
aspheric aberration correcting surface being such that
said second single focus lens exhibits neither astig-
matism nor field curvature at a point having a location
on said second aspheric aberration correcting surface
corresponding to the location of the near vision center
on said progressive surface, whereby the ophthalmic
lens exhibits neither astigmatism nor field curvature at
said near vision center,
and an intermediate surface portion corresponding
in position to said intermediate progressive power lens
portion, of which the intersection with said meridian
plane of progression is a curve so-called meridian curve
of progression of which the radius of curvature (tan-
gential radius) increases or decreases according as the
progressive surface is the concave or convex refractive
surface of the lens,respectively,from said first value of
the tangential radius of the upper surface portion at the
optical center to said third value of the tangential
radius of the lower surface portion at the near vision
center, so that the tangential focal power in the inter-
mediate lens portion progressively increases according
to the predetermined law of progression from the value
of the tangential focal power at said optical center to
the value of the tangential focal power at said near vi-
sion center, and of which the intersection with a plane
perpendicular to said meridian curve of progression at
a point thereof travelling from the optical center to the
near vision center is a curve of which the radius of cur-
vature(sagittal radius) at said travelling point increases
or decreases according as the progressive surface is the
concave or convex refractive surface of the lens,
respectively,from said second value of the sagittal
radius of the upper surface portion at the optical center
to said fourth value of the sagittal radius of the lower
surface portion at the near vision center,so that the
sagittal focal power in the intermediate lens portion
progressively increases according to the same predeter-
mined law as the tangential focal power from the value
of the sagittal focal power at the optical center to the
value of the sagittal focal power at the near vision
center,the increasing or decreasing rate of the value of
the tangential radius being always smaller than the in-
creasing or decreasing rate,respectively,of the value of
the sagittal radius. 」(3欄53行?5欄33行)
(和訳:発明の概要
本発明の中心的な目的は、その2つの屈折面のうち、一方が単純な面であり、他方が前記一方の屈折面とともに、遠用視野に特有の収差を正した第1の屈折力を有する適用視野レンズ部と、近用視野に特有の収差を正した第2のより高い屈折力を有する近用視野レンズ部と、前記第1の屈折力から前記第2のより高い屈折力まで累進的に変化する屈折力を有する中間視野レンズ部とを規定し、前記中間視野レンズ部は、レンズに累進的に近く引き寄せられた物点の視界に特有の収差を正したものである。本明細書およびこれに添付の特許請求の範囲において、「単純な面」は、球面またはトーリック面を意味する。
より正確には、本発明は、高度の屈折異常を正すために屈折力が累進的に変化する凹凸眼鏡レンズであって、屈折材料のブロックの両側に形成された2つの屈折面を備え、前記2つの両側の屈折面の一方は単純な面であり、前記2つの両側の屈折面の他方はいわゆる累進面であり、前記単純な面および前記累進面が両者の間に、レンズが使用されているときに、遠用視野用に第1の屈折力を有するとともに光心がレンズ全体の光心と一致した上側単焦点レンズ部と、近用視野用に第2のより高い屈折力を有するとともに近用視野中心と称する点の周囲に配置された下側単焦点レンズ部と、レンズの光心から近用視野中心へ延びるとともに前記近用視野中心を含むレンズの子午面の両側にある中間累進屈折力レンズ部とを規定し、前記中間レンズ部における屈折力が、所定の累進法則に従い、前記近用視野中心および累進子午面を含む前記子午面に沿って、前記光心での前記第1の屈折力から前記近用視野中心での前記第2のより高い屈折力まで累進的に増加し、累進面は、収差が正されており、
位置が前記上側遠用レンズ部に対応した上側の面部分であって、上側遠用レンズ部と同じ屈折率を有する第1の単焦点レンズの遠用視野の収差を正すようにはたらく第1の非球面収差補正面の対応した上側の面部分と同じであり、前記上側の面部分は、光心にて、第1の値の接線曲率半径および第2の値のサジタル曲率半径を有する、上側の面部分と、
位置が前記下側の近用レンズ部に対応した下側の面部分であって、下側の近用レンズ部と同じ屈折力を有する視距離が0.33mの第2の単焦点レンズの収差を正すようにはたらく第2の非球面収差補正面の対応する下側の面部分と同じであり、前記下側の面部分が、前記近用視野中心で、第3の値の接線曲率半径および第4の値のサジタル曲率半径を有し、前記第2の非球面収差補正面は、前記第2の単焦点レンズが、前記累進面上の近用視野中心の位置に対応した前記第2の非球面収差補正面上の位置となる点で、非点収差も像面湾曲も示さないようになることにより、眼鏡レンズは、前記近用視野中心で、非点収差も像面湾曲も示さない、下側の面部分と、
前記中間累進屈折力レンズ部の位置に対応した中間面部分であって、前記累進子午面との交差部分が、いわゆる累進子午曲線と称する曲線であり、累進面がレンズの凹または凸の屈折面であることにそれぞれ応じて、この曲線の曲率半径(接線半径)は、光心での上側の面部分の接線半径の前記第1の値から、近用視野中心での下側の面部分の接線半径の前記第3の値へと、増加または減少して、中間レンズ部における接線屈折力が、前記光心での接線屈折力の値から、前記近用視野中心での接線屈折力の値へと、所定の累進法則に従って累進的に増加するようにし、光心から近用視野中心へ移動する点での累進子午曲線と垂直な面との交差部分は、累進面がレンズの凹または凸の屈折面であることにそれぞれ応じて、前記移動する点での曲率半径(サジタル半径)が、光心での上側の面部分のサジタル半径の前記第2の値から近用視野中心での下側の面部分のサジタル半径の前記第4の値へと増加または減少する曲線であり、中間レンズ部におけるサジタル屈折力が、接線屈折力が光心でのサジタル屈折力の値から近用視野中心でのサジタル屈折力の値となるのと同じ所定の法則に従って、累進的に増加するようにし、接線半径の値の増加率または減少率は、サジタル半径の値の増加率または減少率よりも常に小さい中間面部分とを備える、凹凸眼鏡レンズを提供する。

エ 「A progressive-power lens characterized by a still
better correction of its aberrations will be obtained ac-
cording to the invention by constructing this lens with a
simple surface as one of its two refractive surfaces, for
example a convex sphere, and an aberration correcting
progressive surface as the other of its two refractive
surfaces (by aberration correcting progressive surface
is meant a refractive surface of the lens which imparts
to said lens both the desired progressive addition of its
focal power and the correction of its own aberrations)
which is obtained as follows:
The upper portion of this aberrations progressive
surface, which corresponds to the far vision zone of the
lens is identical to the corresponding upper portion of a
first aspheric aberration correcting surface of a known
type operative to correct the aberrations of a first single
focus lens having the same focal power as the far vision
zone of the desired progressive lens.
The lower portion of said aberration correcting
progressive surface corresponding to the near vision
zone of the lens is identical to the corresponding lower
portion of a second aspheric aberration correcting sur-
face adapted to correct the aberrations of a second sin-
gle focus lens having the same focal power as the near
vision zone of the desired progressive lens.
This second aspheric aberration correcting surface is
calculated for minimizing aberrations in case of vision
at an object point spaced 0.33 m from the eye and is so
determined that at a point thereof which is located in
its vertical meridian plane and spaced 14 mm for in-
stance from the optical center of said second single
focus lens, the latter shows neither astigmatism nor
field curvature. ・・(略)・・ The said
effectively used portion of the second single focus lens
is upwardly limited by the plane perpendicular to its
vertical meridian plane containing the said point for
which the lens shows neither field curvature nor astig-
matism. (This point will be hereinafter referred to as
the aberration-free point). The corresponding portion
of the discrepency table of said second aberration cor-
recting surface is posted up so as to superimpose this
vertical meridian plane to the vertical meridian plane
of said upper portion in a common vertical meridian
plane Mp, the said aberration-free point being
downwardly spaced 14 mm, in the above example,
from the optical center of said upper portion. This
aberration-free point is taken as the above mentioned
near vision center.
The intermediate progressive portion of the desired
surface is then obtained as follows.
This intermediate progressive portion extends from
the optical center of the upper portion (the optical
center of the whole lens) to the above chosen near vi-
sion center.
A law of progression of the tangential power in the
above-mentioned meridian plane Mp is chosen. For in-
stance the law represented in FIG.4 which affords the
best comfort for the user of the lens.By very simple op-
tical calculation through the lens, this law of variation
of the tangential power leads to the law of variation of
the tangential radius of curvature r_(t)?C1(V), in the
meridian Mp,that is to say to the profile of the meridi-
an curve of progression, this tangential radius taking, at
the optical center of said upper portion, the value of
the radius of curvature (tangential radius) of the inter-
section curve resulting from the intersection of the ver-
tical meridian plane Mp with said upper aspheric aber-
ration correcting surface portion, and, at the near vi-
sion center, the value of the radius of curvature (tan-
gential radius) of the intersection curve resulting from
the intersection of said lower aspheric aberration cor-
recting surface portion with said vertical meridian
plane Mp.
The meridian curve of progression is thus deter-
mined in the meridian plane Mp.
On both sides of said meridian curve of progression
the desired surface is determined as follows.
Its curve of intersection with a plane perpendicular
to the meridian curve of progression at a random point
thereof is given a radius,the sagittal radius,which
determines, through the lens,a sagittal power of the
same value as the tangential power in this random
point. 」(7欄下から3行?9欄39行)
(和訳:収差をより良く正すことを特徴とする累進屈折力レンズは、本発明に従って、たとえば凸の球面により2つの屈折面のうちの一方の単純な表面を構成し、他方を収差補正累進面として構成することにより得られる(収差補正累進面とは、その屈折力の所望の累進性と、それ自体の収差を正すことの双方をレンズに付加する前記レンズの屈折面を意味する)。これは、以下のように得られる。
この収差累進面の上側部分は、レンズの遠用視野領域に対応しており、所望の累進レンズの遠用視野領域と同じ屈折力を有する第1の単焦点レンズの収差を正すように作用する既知の型の第1の非球面収差補正面の対応する上側部分と同一である。
レンズの近用視野領域に対応した前記収差補正累進面の下側部分は、所望の累進レンズの近用視野領域と同じ屈折力を有する第2の単焦点レンズの収差を正すように適合した第2の非球面収差補正面の対応する下側部分と同一である。
この第2の非球面収差補正面は、眼から0.33mに配置された物点を見た場合に収差を最小化するように計算されたものであり、垂直子午面内に例えば前記第2の単焦点レンズの光心から14mmに位置したその点にて、後者に、非点収差も像面湾曲も表れないように決定されている。・・(略)・・第2の単焦点レンズにおける効果的に用いられる部分は、レンズにおける像面湾曲も非点収差も示さない前記点を含む垂直子午面と垂直な平面により上方に制限されている(以下、この点を、無収差点と称する)。前記第2の収差を正すための面の不一致表における対応する部分は、この垂直子午面を共通の垂直子午面Mp内の前記上側部分の垂直子午面に重ね合わせるように示されている。前記無収差点は、上記の例では、前記上側部分の光心から下方14mmに位置している。この無収差点は、上述の近用視野中心とされている。
そして、所望の面の中間累進部は、以下のように得られる。
この中間累進部は、上側部分の光心(レンズ全体の光心)から上記の選択された近用視野中心へと延びている。
上述の子午面Mp内の接線倍率の累進法則が選択される。例えば、この法則は、図4に示されており、レンズの利用者に最適な快適さを提供する。レンズについての非常に簡単な光学計算により、接線倍率の変化の法則は、子午線Mpにおける接線曲率半径r_( t) = C1(V)の変化の法則となり、すなわち、累進子午曲線の図について、この接線半径は、前記上側部分の光心にて。垂直子午面Mpと前記上側非球面収差補正面部分とが交差してできる交差曲線の曲率半径(接線半径)の値となり、近用視野中心にて、前記下側非球面収差補正面部分と前記垂直子午面Mpとが交差してできる交差曲線の曲率半径(接線半径)の値となる。
このように、累進子午曲線は、子午面Mp 内で決定される。
累進子午曲線の両側で、所望の面が以下のように求められる。
無作為の点での累進子午曲線に垂直な平面との交差曲線に半径が与えられる。サジタル半径は、レンズを通じて、この無作為の点の接線倍率と同じ値のサジタル倍率を定める。)

オ 「EXAMPLE
To illustrate the above description of the invention
let us consider a progressive lens having a spherical far
vision power of +12.00 diopters and a near vision
power of 15.00 diopters, that is to say with an addition
of +3.00 diopters of which the characteristic is given
on the left-hand side of FIG.11. With a concave
progressive surface according to the prior art, that is to
say, a surface comprising spherical uncorrected far vi-
sion and near vision surface portions, and an inter-
mediate progressive surface portion with an umbilical
meridian curve of progression, the aberrations of such
a lens when the eyes sight scans the meridian plane of
progression are represented in FIG.5. With the usual
values of the acceptance capacity of the normal human
eye, these curves shows that for an eye having lost its
full accommodation power, the usable zone of the lens:
is reduced to a small area around the optical center.
The correction obtained by combining said concave
progressive surface, with a known convex aspheric
aberrations correcting surface such as one for a singlt
focus lens having the same focal power as the far vision
portion of the desired progressive lens, leads to the
curves represented FIG.6. Of course the improvement
is great in far vision,but is almost non-existent in inter-
mediate and near vision portions of the lens.」(10欄53行?11欄14行)
(和訳:本発明の上記内容を説明するため、球状遠用視野の度数が+12.00ディオプトリで近用視野の度数が15.00ディオプトリの累進レンズについて検討する。すなわち、+3.00ディオプトリを加えて、その特性が、図11の左側に示されている。従来技術による凹の累進面、すなわち、正されていない球面遠用視野および近用視野面部分を含む面ならびに臍累進子午曲線のある中間累進面部を用いて、眼の視覚が図5に示す累進子午面を見た場合、このようなレンズの収差が図5に示されている。通常の人間の眼の受容能力の通常の値を用いて、これらの曲線は、完全な調整能力が失われた眼について、レンズの使用可能な領域が光心周辺の小領域へと縮減されることを示す。
この補正は、前記凹の累進面と、所望の累進レンズの遠用視野部と同じ屈折力を有する単焦点レンズの面のような既知の凸の非球面の収差を正すための面とを組み合わせることにより得られ、それにより、図6に示される曲線が導かれる。遠用視野において当然大きく改善されているが、レンズの中間および近用視野部分ではほとんど改善がみられない。)

カ 「Instead of making a concave aberration correcting
progressive surface as explained hereinabove in the
given example,one can manufacture lenses with aber-
ration correcting progressive surfaces on the convex
side of the lens,the concave side of the lens being made
of a refractive surface of any known type spherical or
toroidal for instance. In fact,this is seldom made,for in
high power uncorrected lenses the upper far vision por-
tion of the convex side is usually a spherical or toroidal
surface portion with very small radii which leads to
problems to manufacture an aberration correcting
progressive surface on this convex side.
The example has been given for a progressive lens
having a spherical far vision power zone.This is usually
the case in actual production. However when one
needs a toric lens,a toroidal surface is associated with
an aberration correcting progressive surface as one for
a progressive lens having a spherical for vision zone
lens,but the aberration correction of which is choosen
intermediate between the needed corrections for the
two main meridians of the far vision toroidal zone.This
is due to the fact that for every orientation of the to-
roidal characteristic of the lens with respect to the
horizontal,which depends on the patient’s ametropia,a
new aberration correcting progressive surface should
be needed,which leads to a too expensive product.But
in doing so one should be within the scope of the inven-
tion.」(13欄11?38行)
(和訳:上述のように凹の収差補正累進面を得る代わりに、所与の実施例では、レンズの凸側上に収差補正累進面があり、レンズの凹側が、例えば球面またはトロイダルなどの任意の既知の型の屈折面になったレンズを製造することができる。実際には、これはほとんど製作されることはない。これは、高い度数の非補正レンズでは、凸側の上側遠用視野部が、通例、半径が非常に小さい球面またはトーリック面部分であり、凸側に収差補正累進面を製造する問題が生じるためである。
この実施例は、球面処方遠用視野度数領域の累進レンズについて示されたものである。これは、実際の製造における通例である。しかしながら、卜ーリック・レンズが必要であれば、トロイダル面が、球面遠用視野領域レンズを有する累進レンズの面のような収差補正累進面と組み合わされる。ただし、その収差補正は、遠用視野トロイダル領域の2本の主子午線に対する必要な補正の中間として選択されている。これは、水平に対するレンズのトロイダル性のあらゆる配置(患者の屈折異常に依存)について、新規の収差補正累進面が必要とされ、それにより、製品は非常に高価になるというという現実によるものである。ただし、そのようにしても、本発明の範囲に含まれるものもある。)


上記記載事項から、甲第1号証には次の発明(以下「甲第1発明」という。)が記載されている。
なお、請求人及び被請求人共に、引用発明の認定に際して、累進多焦点面に関して非点収差補正に関する特定をしない上位概念化された発明を特定しているが、請求人及び被請求人において、累進多焦点面における「乱視」と「収差」に関して議論がなされていることもあり、甲第1発明の認定に際して「乱視」と「収差」に関する事項も併せて認定する。

「遠用視野において高い球面屈折力または円柱屈折力を有する累進眼鏡レンズにおいて、従来、眼鏡レンズがその前に配置された眼が、その周辺領域を利用するとき、非点収差、特に像面湾曲等の収差が現れ、眼の屈折異常矯正の質を低下させる欠陥があり、これらの収差を低減するために、非球面を用いることが知られており、遠用視野等の単一の視野タイプ用に設計される場合、眼鏡レンズの収差をある程度正すことができ、また、白内障の手術を受けた患者の場合は手術後に残る角膜性乱視のために乱視用レンズ、例えば、球面度数+12.00および円柱度数+3.00のトーリック・レンズを使用する必要が生じるが、これまで知られた回転体の非球面では、このようなレンズを充分満足に正すことができず、また、白内障の手術を受けた眼など、完全な調整能力が失われた眼の強度の遠視を正そうとする場合、度数の高い多焦点または、屈折材料のブロックの両面上に2つの屈折面を備え、これら2つの屈折面の第1の面が、通例、球面または卜ーリック面であり、第2の屈折面が、いわゆる累進面である累進レンズを用いることができるが、これらの累進面は、周知であるものの大きな成功を収めたが、横収差は避けられず、高い度数の単焦点レンズの場合の収差により、遠用視野領域だけでなく中間視野および近用視野領域においてもレンズの光学特性にこのような急激な変化がもたらされ、レンズの度数が増加するにつれて、これらの領域における有用域(すなわち、収差が許容できる範囲の領域)が減少するため、このような高い度数の累進レンズの収差を正すために、累進面を臍子午曲線と組み合わせて、レンズの2つの屈折面のうちの1つ、すなわち、累進レンズの遠用視野領域と同じ屈折力の単焦点レンズの収差を正すことを意図した既知の型の非球面収差補正面を形成し、レンズの第2の屈折面を構成することが、提案されてきたが、遠用視野領域における収差は良好に正されるものの、中間および近用視野領域における収差は僅かに減少するだけで変化しないか、または、必要な累進レンズの特性によってはさらに悪化するため、低い度数の累進レンズを臍累進子午線と組み合わせることにより、および、球面度数またはトーリック度数を加えたコンタクト・レンズにより、解決されてきていたが、非常に高価な解決策であったとの課題に対して、
高度の屈折異常を正すために屈折力が累進的に変化する凹凸眼鏡レンズであって、屈折材料のブロックの両側に形成された2つの屈折面を備え、前記2つの両側の屈折面の一方は単純な面であり、
前記「単純な面」は、球面またはトーリック面を意味し、
前記2つの両側の屈折面の他方はいわゆる累進面であり、前記単純な面および前記累進面が両者の間に、レンズが使用されているときに、遠用視野用に第1の屈折力を有するとともに光心がレンズ全体の光心と一致した上側単焦点レンズ部と、近用視野用に第2のより高い屈折力を有するとともに近用視野中心と称する点の周囲に配置された下側単焦点レンズ部と、レンズの光心から近用視野中心へ延びるとともに前記近用視野中心を含むレンズの子午面の両側にある中間累進屈折力レンズ部とを規定し、前記中間レンズ部における屈折力が、所定の累進法則に従い、前記近用視野中心および累進子午面を含む前記子午面に沿って、前記光心での前記第1の屈折力から前記近用視野中心での前記第2のより高い屈折力まで累進的に増加し、累進面は、収差が正されており、
位置が前記上側遠用レンズ部に対応した上側の面部分であって、上側遠用レンズ部と同じ屈折率を有する第1の単焦点レンズの遠用視野の収差を正すようにはたらく第1の非球面収差補正面の対応した上側の面部分と同じであり、前記上側の面部分は、光心にて、第1の値の接線曲率半径および第2の値のサジタル曲率半径を有する、上側の面部分と、
位置が前記下側の近用レンズ部に対応した下側の面部分であって、下側の近用レンズ部と同じ屈折力を有する視距離が0.33mの第2の単焦点レンズの収差を正すようにはたらく第2の非球面収差補正面の対応する下側の面部分と同じであり、前記下側の面部分が、前記近用視野中心で、第3の値の接線曲率半径および第4の値のサジタル曲率半径を有し、前記第2の非球面収差補正面は、前記第2の単焦点レンズが、前記累進面上の近用視野中心の位置に対応した前記第2の非球面収差補正面上の位置となる点で、非点収差も像面湾曲も示さないようになることにより、眼鏡レンズは、前記近用視野中心で、非点収差も像面湾曲も示さない、下側の面部分と、
前記中間累進屈折力レンズ部の位置に対応した中間面部分であって、前記累進子午面との交差部分が、いわゆる累進子午曲線と称する曲線であり、累進面がレンズの凹または凸の屈折面であることにそれぞれ応じて、この曲線の曲率半径(接線半径)は、光心での上側の面部分の接線半径の前記第1の値から、近用視野中心での下側の面部分の接線半径の前記第3の値へと、増加または減少して、中間レンズ部における接線屈折力が、前記光心での接線屈折力の値から、前記近用視野中心での接線屈折力の値へと、所定の累進法則に従って累進的に増加するようにし、光心から近用視野中心へ移動する点での累進子午曲線と垂直な面との交差部分は、累進面がレンズの凹または凸の屈折面であることにそれぞれ応じて、前記移動する点での曲率半径(サジタル半径)が、光心での上側の面部分のサジタル半径の前記第2の値から近用視野中心での下側の面部分のサジタル半径の前記第4の値へと増加または減少する曲線であり、中間レンズ部におけるサジタル屈折力が、接線屈折力が光心でのサジタル屈折力の値から近用視野中心でのサジタル屈折力の値となるのと同じ所定の法則に従って、累進的に増加するようにし、接線半径の値の増加率または減少率は、サジタル半径の値の増加率または減少率よりも常に小さい中間面部分とを備える、凹凸眼鏡レンズであって、
レンズの凸側上に収差補正累進面があり、レンズの凹側が、例えば球面またはトロイダルなどの任意の既知の型の屈折面になったレンズを製造することができるが、高い度数の非補正レンズでは、凸側の上側遠用視野部が、半径が非常に小さい球面またはトーリック面部分であり、凸側に収差補正累進面を製造する問題が生じるため、凹の収差補正累進面を得るものであり、凸の球面により2つの屈折面のうちの一方の単純な表面を構成し、他方を収差補正累進面として構成し、ここで、収差補正累進面とは、その屈折力の所望の累進性と、それ自体の収差を正すことの双方をレンズに付加する前記レンズの屈折面を意味し、
また、卜ーリック・レンズが必要であれば、トロイダル面が、球面遠用視野領域レンズを有する累進レンズの面のような収差補正累進面と組み合わされ、その収差補正は、遠用視野トロイダル領域の2本の主子午線に対する必要な補正の中間として選択され、水平に対するレンズのトロイダル性のあらゆる配置(患者の屈折異常に依存)について、新規の収差補正累進面が必要とされる凹凸眼鏡レンズ。」

(2)甲第2号証
「(3)外面乱視レンズ・内面乱視レンズについて
普通、乱視レンズは、球面とトーリック面の組み合わせで作られています。その組み合わせも、[マル1]前面に球面を用い、後面にトーリック面を用いる。(内面乱視) [マル2]前面にトーリック面を用い、後面に球面を用いる。(外面乱視)の2種類の方法があります。・・(略)・・
(注)内面乱視と外面乱視の性能評価
実際の眼鏡レンズには、内面乱視設計のものと外面乱視設計のものとがあります。屈折力が小さいレンズであれば、両者の性能的差異は殆んど無いが、大きくなると差異が生じます。一般的に、物を見た時のゆがみの量や、眼鏡の仕上りの良否から内面乱視設計の方が有利と言えます。」(88頁下から4行?89頁5行)

(3)甲第5号証
「(3)外面乱視レンズ・内面乱視レンズについて
普通,乱視レンズは,球面とトーリック面の組み合わせで作られています。その組み合わせも,[マル1]前面に球面を用い,後面にトーリック面を用いる。(内面乱視)[マル2]前面にトーリック面を用い,後面に球面を用いる。(外面乱視)の2種類の方法があります。・・(略)・・
(注)内面乱視と外面乱視の性能評価
実際の眼鏡レンズには,内面乱視設計のものと外面乱視設計のものとがあります。屈折力が小さいレンズであれば,両者の性能的差異は殆んど無いが,大きくなると差異が生じます。
[マル1]光学的観点からの比較
レンズの像の拡大率は,形状倍率Ms(Shapefactor)と屈折力倍率Mp(Power factor)の積によって決まります。
・・(略)・・
上式より,形状倍率Msは第1両面屈折力D_(1)に関係します。外面乱視の場合,D_(1)の値が経線方向により異なる値を持つので,経線方向による拡大率の違いが生じ,物の形がひずんで見えるという結果をもちます。内面乱視の場合は,形状倍率Msは各経線方向に一定で,屈折力倍率Mpだけに影響されるので,外面乱視よりひずんで見える程度が少くなります。左右で乱視度に著しく差が有る場合なども内面乱視の方が,左右拡大率の差が少いので両眼視に於ける融像がスムーズに行える傾向を持つようです。
但し,経線方向に於ける形状倍率の変化は[マル1]中心厚が小さく,[マル2]第1面の面屈折力も小さいレンズ凹レンズの様な場合は殆んど問題とならず,実際的には,S±6.00 C±2.00以上の場合は内面乱視が優れ,それ以下の場合はその相違を眼が知覚し得ないので外面乱視でも問題はなく内面・外面で使用上の性能差は無いと考えても良いと思います。
・・(略)・・
[マル2]枠入れ,外観等の比較
乱視度が大きくなると,外面乱視設計ではレンズの湾曲が深くなり,枠入れ後の外観が悪いことと,小ヤゲン加工に於いても,ヤゲン位置の設定及び仕上りに難しい面が出てくるので内面乱視設計の方が優れていると言えます。」(9頁1行?10頁12行)

(4)なお、甲第3号証には、「矯正」の意味が「欠点をなおし、正しくすること。」、「補正」の意味が「[マル1]おぎないただすこと。[マル2]実測において、外部的原因による誤差を除き、真に近い値を求めること。」であることが記載されており、甲第4号証には、「乱視」の定義が「視軸状に非点収差が存在する眼の状態。正乱視と不正乱視がある。」であり、対応外国語(参考)として、「(英、米)astigmatism」が挙げられている。

(5)甲第6号証には本件特許の出願人が提出した意見書において、次の事項が記載されている。
「しかしながら、請求項7及び請求項8に係る曲率の変化は、眼球側の凹面に累進屈折面を付加することによる必然的な構成であり、累進屈折面に乱視矯正特性を付加しても累進屈折面の形状はトーリック面又は円柱面に平行移動されているだけであり、曲率変化の基本的な傾向には変化がない。そのため、乱視矯正特性が付加されていない累進屈折面の説明だけで、発明を実施することができる程度に明確にかつ十分に記載されている。」(9頁17?22行)


3 乙各号証の記載内容
(1)乙第1号証には、「収差」の意味が「光学系によって結像する場合,像の理想の像からの幾何光学的なずれ。球面収差,コマ収差,非点収差,像面の湾曲,ディストーション,色収差などがある。」であって、対応外国語(参考)として「(英、米)aberration」が挙げられ、「非点収差」の意味が「光学系の軸外物点から出た光線束による軸外像点が一点に集まらず,かつサジタル像面とメリジオナル像点が一致しない収差。」であって、対応外国語(参考)として、「(英、米)astigmatism」が挙げられている。

(2)乙第2号証には、以下の記載がある。
「関東経済産業局長賞
視力補正用内面累進屈折力レンズ(特許第3852116号)[長野県支部]」

(3)乙第3号証には「associate」の意味として「be ?d with と仲間である;と提携している;と関係[関連]がある;と連想される.」が記載されており、乙第4号証には「astigmatism」の意味として「1【眼科】乱視(眼)・・(略)・・2【光学】(レンズの)非点収差(光学系の軸外物点から出た光線束が一つの像点に集まらず、メリジオナル(meridional)およびサジタル(sagital)像点が現れる収差。・・」が記載されており、乙第5号証には「astigmatism」の意味として、「1【眼科】乱視 2【光学】(レンズまたは光学装置における)非点収差」がそれぞれ記載されている。

(4)乙第6号証には、下記記載のように「累進多焦点レンズの側方に大きな非点収差」及び「歪曲収差」があることが記載されている。
「さて、累進多焦点レンズの一般の単焦点レンズと異なる光学的特徴は、非点収差と歪曲収差にあり、第2図および第3図はそれぞれ累進多焦点レンズの非点収差分布と歪曲収差の一例である。第2図は視角(遠方注視点を基点にした眼球の回旋角)に対する非点収差を表しており、非点収差の単位はデイオプトリーである。この図が示めすように、累進多焦点レンズでは中間部頒域の側方に大きな非点収差があり、この部分では物をはっきりと見ることができず、使用者がボケを感じずに物を見ることができる範囲は図の非点収差0.5デイオプトリー以下の部分であり、この部分は明視域と呼ばれる。」(2頁4欄2?14行)
「第3図は遠用部頒域の度数が零である累進多焦点レンズを通して正方格子を見たときの歪曲収差を示しており、中間部領域の側方に格子の歪がある。これは、頭を動かしながら物を見た場合に知覚される像の揺れの原因となる。
以上に述べた如く累進多焦点レンズには他のレンズにない限定された明視域および像の揺れ現象があり、どのようにして広い明視域を確保し、像の揺れを抑制するかが累進多焦点レンズの課題である。」(2頁4欄25?35行)

(5)乙第7号証には、トロイダル面及び回転体面を数式で表現できることが記載されており、乙第8号証には、以下の事項が記載されている。
「設計上の改善には,レンズ表面の形を解析的にきめるやり方を止め,補間多項式を用いて最適解を求めるスプラインカーブ法を採用した点が挙げられると思います。」(308頁15?17行)


4 本件発明と甲第1発明との対比・判断
(1)本件発明の技術的意義について
本件特許明細書(特許公報)には以下の記載がある。
ア 「非点収差の変動を抑制することにより像のゆれや歪みを改善できるが、累進多焦点レンズにおいては、遠用部と近用部の屈折力(パワー)の違いによっても像のゆれや歪みが発生する。すなわち、遠用部11は遠方に焦点が合うような屈折力を備えており、一方、近用部12は近傍に焦点が合うように遠用部11と異なる屈折力を備えている。従って、累進部13においては、倍率が徐々に変動するので、得られる像が揺れたり歪んだりするもう1つの主な原因となっている。
・・(略)・・また、像の揺れや歪みの発生しやすい遠用部と近用部の度数の差(加入度)の大きなユーザーに対しても、揺れや歪みが少なく明瞭な視野を提供できる累進多焦点レンズおよび眼鏡レンズを提供することを目的としている。
発明の開示
このため、本願の発明者らは、累進多焦点レンズの倍率に与える累進屈折面の配置に着目し、累進屈折面を眼球側の面にもってくることにより、遠用部と近用部における倍率の差を縮小でき、これに起因する像の揺れや歪みを大幅に低減できることを見いだした。すなわち、本発明の、異なる屈折力を備えた遠用部および近用部と、これらの間で屈折力が累進的に変化する累進部とを備えた視力補正用の累進多焦点レンズにおいては、累進多焦点レンズの眼球側の面に遠用部、近用部および累進部を構成するための累進屈折面の曲率が付加されていることを特徴としている。」(3頁下から2行?4頁22行)

イ 「本発明においては、累進屈折面をレンズの凹面となる眼球側の面に持ってくることにより、図1に実線で示したように物体側の面のベースカーブPbの変動を抑制し、例えば、ベースカーブが一定となる球面の累進多焦点レンズを提供できるようにしている。従って、本発明の累進多焦点レンズにおいては、遠用部と近用部の倍率差を必要最小限に止めることができ、また、累進部における倍率の変動も抑制できるので、像の歪みや揺れを低減することが可能となる。このため、本発明により、非点収差による性能は従来の累進多焦点レンズと同程度であっても、像のゆれ・ゆがみが低減された累進多焦点レンズおよび眼鏡レンズを提供することができ、ユーザーにさらに快適な視野を提供することができる。特に、加入度の大きな累進多焦点レンズにおいては、ゆれ・ゆがみを大幅に低減することができる。」(4頁下から10行?末行)

ウ 「本発明の累進多焦点レンズにおいては、眼球側の面に累進屈折面を設けるので、眼球側の面に乱視矯正用のトーリック面の曲率も付加することにより、眼球側の面が乱視矯正特性を有する乱視矯正用の累進多焦点レンズを提供することができる。すなわち、眼球側の面が累進屈折面であり、さらに、円柱屈折力を有する累進多焦点レンズを提供することができる。そして、本発明の乱視矯正特性を備えた累進多焦点レンズを眼鏡レンズとして採用することにより、眼球側の面に累進屈折面を設けてあるので上述したように遠用部と近用部の倍率差を必要最小限に止めることができ、乱視を矯正することが可能であると共に像の歪みや揺れが少なく、乱視を有するユーザーに対してもさらに快適な視野を提供することができる。
眼球側の面に視力補正特性と乱視矯正特性とが付加された累進多焦点レンズは、眼球側の面が所望の視力補正特性を発揮することのみを目的として累進屈折面(以降においてはオリジナル累進屈折面)を求める第1の工程と、眼球側の面が所望の所望の乱視矯正特性を発揮することのみを目的としてトーリック面(以降においてはオリジナルトーリック面)を求める第2の工程と、累進多焦点レンズの眼球側の面を、オリジナル累進屈折面およびオリジナルトーリック面から求める第3の工程とを有する製造方法を用いることにより製造することができる。オリジナル累進屈折面とオリジナルトーリック面とが合成された累進屈折面を眼球側の面に持ってくることにより、トーリック面を用いた乱視の矯正機能、および乱視の矯正以外の累進屈折面を用いた視力補正機能の両者を備え、さらに、ゆれや歪みの少ない累進多焦点レンズを実現することができる。
上述した第3の工程において、乱視矯正特性を備えたオリジナルトーリック面を構成するためのz座標の値に、視力補正特性を備えたオリジナル累進屈折面を構成するz座標の値を付加して乱視矯正特性を備えた累進屈折面を構成することも可能である。しかしながら、本願発明者が検討した結果によると、従来の物体側が累進屈折面で眼球側がトーリック面の乱視矯正用の累進多焦点レンズと同等の乱視を矯正する性能(非点収差特性)を得るためには、次の式(5)に示すような合成式を用いて累進屈折面を構成することが望ましい。すなわち、第3の工程では、累進多焦点レンズの眼球側の面の任意の点P(X,Y,Z)における値Zを、オリジナル累進屈折面の近似曲率Cp、オリジナルトーリック面のx方向の曲率Cxおよびy方向の曲率Cyとを用いて次の式(5)によって求めることにより、従来の累進多焦点レンズと同等の乱視を矯正する能力と視力を補正する能力を備え、さらに、倍率差が小さく揺れや歪みの改善された乱視矯正用の累進多焦点レンズを提供することができる。

・・(略)・・
本発明においては、このような合成式(5)を採用することにより、眼球側の面にオリジナル累進屈折面とオリジナルトーリック面の特性を付加することが可能である。従って、眼球側に視力補正用の累進屈折面を備えた累進多焦点レンズ、さらに、眼球側に視力補正用と乱視矯正用の両者の特性を有する累進屈折面を備えた累進多焦点レンズを提供することが可能であり、乱視を持たないユーザーから乱視の矯正が必要なユーザーまでの範囲をカバーできる幅広い範囲の眼鏡レンズを実現できる。」(5頁33行?6頁下から15行)

エ 上記ア、イには、「累進屈折面を眼球側の面にもってくることにより、遠用部と近用部における倍率の差を縮小でき、これに起因する像の揺れや歪みを大幅に低減でき」、「物体側の面のベースカーブPbの変動を抑制し、例えば、ベースカーブが一定となる球面の累進多焦点レンズを提供できる」ことが記載されている。
また、上記ウによれば、「オリジナル累進屈折面とオリジナルトーリック面と」の合成方法として、「乱視矯正特性を備えたオリジナルトーリック面を構成するためのz座標の値に、視力補正特性を備えたオリジナル累進屈折面を構成するz座標の値を付加して乱視矯正特性を備えた累進屈折面」とする方法(以下「Z座標の付加による方法」という。)、及び「式(5)に示すような合成式を用いて累進屈折面を構成する」(以下「式(5)による方法」という。)ことが記載されており、「従来の物体側が累進屈折面で眼球側がトーリック面の乱視矯正用の累進多焦点レンズと同等の乱視を矯正する性能(非点収差特性)を得るためには、次の式(5)に示すような合成式を用いて累進屈折面を構成することが望ましい」と記載されている。

オ 一方、本件発明における構成D、Eは、
「D この累進多焦点レンズの眼球側の面が、前記遠用部、近用部および累進部を構成するための累進屈折面と乱視矯正用の屈折面とが合成された面であることを特徴とする累進多焦点レンズ。
E 前記累進多焦点レンズの物体側の面が球面であることを特徴とする累進多焦点レンズ。」
となっており、当該構成は、上記ア、イにおける「累進屈折面を眼球側の面にもってくることにより、遠用部と近用部における倍率の差を縮小でき、これに起因する像の揺れや歪みを大幅に低減でき」ることと関連しているものといえる。

(2)本件発明と甲第1発明との対比
ア 本件発明と甲第1発明とを対比すると、
(ア)甲第1発明の「遠用視野用に第1の屈折力を有するとともに光心がレンズ全体の光心と一致した上側単焦点レンズ部」及び「位置が前記上側遠用レンズ部に対応した上側の面部分であって、上側遠用レンズ部と同じ屈折率を有する第1の単焦点レンズの遠用視野の収差を正すようにはたらく第1の非球面収差補正面の対応した上側の面部分と同じであり、前記上側の面部分は、光心にて、第1の値の接線曲率半径および第2の値のサジタル曲率半径を有する、上側の面部分」は、本件発明の「遠用部」に相当する。
また、甲第1発明の「近用視野用に第2のより高い屈折力を有するとともに近用視野中心と称する点の周囲に配置された下側単焦点レンズ部」及び「位置が前記下側の近用レンズ部に対応した下側の面部分であって、下側の近用レンズ部と同じ屈折力を有する視距離が0.33mの第2の単焦点レンズの収差を正すようにはたらく第2の非球面収差補正面の対応する下側の面部分と同じであり、前記下側の面部分が、前記近用視野中心で、第3の値の接線曲率半径および第4の値のサジタル曲率半径を有し、前記第2の非球面収差補正面は、前記第2の単焦点レンズが、前記累進面上の近用視野中心の位置に対応した前記第2の非球面収差補正面上の位置となる点で、非点収差も像面湾曲も示さないようになることにより、眼鏡レンズは、前記近用視野中心で、非点収差も像面湾曲も示さない、下側の面部分」は、甲第1発明の「近用部」に相当する。
そして、甲第1発明の「下側の面部分」は「上側の面部分」よりも、「より高い屈折力を有する」から、両者は、本件発明の「A 異なる屈折力を備えた遠用部及び近用部」との関係を有していることは明らかである。

(イ)甲第1発明の「レンズの光心から近用視野中心へ延びるとともに前記近用視野中心を含むレンズの子午面の両側にある中間累進屈折力レンズ部とを規定し、前記中間レンズ部における屈折力が、所定の累進法則に従い、前記近用視野中心および累進子午面を含む前記子午面に沿って、前記光心での前記第1の屈折力から前記近用視野中心での前記第2のより高い屈折力まで累進的に増加し、累進面は、収差が正されて」いる「中間累進屈折力レンズ部」及び「前記中間累進屈折力レンズ部の位置に対応した中間面部分であって、前記累進子午面との交差部分が、いわゆる累進子午曲線と称する曲線であり、累進面がレンズの凹または凸の屈折面であることにそれぞれ応じて、この曲線の曲率半径(接線半径)は、光心での上側の面部分の接線半径の前記第1の値から、近用視野中心での下側の面部分の接線半径の前記第3の値へと、増加または減少して、中間レンズ部における接線屈折力が、前記光心での接線屈折力の値から、前記近用視野中心での接線屈折力の値へと、所定の累進法則に従って累進的に増加するようにし、光心から近用視野中心へ移動する点での累進子午曲線と垂直な面との交差部分は、累進面がレンズの凹または凸の屈折面であることにそれぞれ応じて、前記移動する点での曲率半径(サジタル半径)が、光心での上側の面部分のサジタル半径の前記第2の値から近用視野中心での下側の面部分のサジタル半径の前記第4の値へと増加または減少する曲線であり、中間レンズ部におけるサジタル屈折力が。接線屈折力が光心でのサジタル屈折力の値から近用視野中心でのサジタル屈折力の値となるのと同じ所定の法則に従って、累進的に増加するようにし、接線半径の値の増加率または減少率は、サジタル半径の値の増加率または減少率よりも常に小さい中間面部分」は、「中間累進屈折力レンズ部」である「中間面部分」が、「前記光心での前記第1の屈折力から前記近用視野中心での前記第2のより高い屈折力まで累進的に増加」するものであり、前記レンズの「光心」が「上側単焦点レンズ部」である「上側の面部分」にあり、「近用視野中心」が、「下側単焦点レンズ部」である「下側の面部分」にあるから、甲第1発明の「中間累進屈折力レンズ部」である「中間面部分」は、本件発明の「B これらの間で屈折力が累進的に変化する累進部」に相当する。

(ウ)甲第1発明の「高度の屈折異常を正すために屈折力が累進的に変化する凹凸眼鏡レンズ」は、人間の眼の屈折異常を正す(補正する)ものであるから、本件発明の「視力補正用の累進多焦点レンズ」に相当する。

(エ)甲第1発明は、凹凸眼鏡レンズにおいて、「レンズの凸側上に収差補正累進面があり、レンズの凹側が、例えば球面またはトロイダルなどの任意の既知の型の屈折面になったレンズを製造することができるが、高い度数の非補正レンズでは、凸側の上側遠用視野部が、半径が非常に小さい球面またはトーリック面部分であり、凸側に収差補正累進面を製造する問題が生じる」ために、レンズの「凹」側に「収差補正累進面」を形成するものであり、遠近両用レンズの目的からして、レンズの凸側が物体面側で、凹側が眼球側であることは明らかであるから、甲第1発明のレンズの「凹」側の「収差補正累進面」と、本件発明の「この累進多焦点レンズの眼球側の面が、前記遠用部、近用部および累進部を構成するための累進屈折面と乱視矯正用の屈折面とが合成された面である」とは、「この累進多焦点レンズの眼球側の面が、前記遠用部、近用部および累進部を構成するための累進屈折面」である点で一致する。

(オ)甲第1発明では、「屈折材料のブロックの両側に形成された2つの屈折面を備え、前記2つの両側の屈折面の一方は単純な面であり」、「前記2つの両側の屈折面の他方はいわゆる累進面であり、前記単純な面および前記累進面が両者の間に」レンズがあり、前記「単純な面」は、球面またはトーリック面を意味しており、実際には、「凸の球面により2つの屈折面のうちの一方の単純な表面を構成し、他方を収差補正累進面」としている。
また、「卜ーリック・レンズが必要であれば、トロイダル面が、球面遠用視野領域レンズを有する累進レンズの面のような収差補正累進面と組み合わされ、その収差補正は、遠用視野トロイダル領域の2本の主子午線に対する必要な補正の中間として選択され、水平に対するレンズのトロイダル性のあらゆる配置(患者の屈折異常に依存)について、新規の収差補正累進面が必要とされ」ており、また、トーリック・レンズが必要な場合として、「白内障の手術を受けた患者の場合は手術後に残る角膜性乱視のために乱視用レンズ、例えば、球面度数+12.00および円柱度数+3.00のトーリック・レンズを使用する必要が生じる」としているものである。
したがって、甲第1号証における、「球面遠用視野領域レンズを有する累進レンズの面」は、一方の面が球面で、他方の面が累進レンズの面を意味しているものであり、実際には「凸の球面」を形成するものであるから、甲第1号証においては、乱視用レンズとしてのトーリック・レンズを必要としない場合には、「累進多焦点レンズの物体側の面が球面」であることが記載されており、乱視用レンズとしてのトーリック・レンズが必要な場合には、「トロイダル面」を用いることが記載されている。
また、「トロイダル面」自体を凹凸のどちら側に設けるのか、また収差補正累進面と同一の側に設けるのか異なる面に設けるのかについて、直接的な特定はなされていないものの、ここで、トーリック・レンズが必要な場合について、甲第1号証の原文を確認してみると、
「 ・・(略)・・ However when one
needs a toric lens,a toroidal surface is associated with
an aberration correcting progressive surface as one for
a progressive lens having a spherical for vision zone
lens, but the aberration correction of which is choosen
intermediate between the needed corrections for the
two main meridians of the far vision toroidal zone.」(13欄25?31行)
となっており、甲第1発明の「トロイダル面が、球面遠用視野領域レンズを有する累進レンズの面のような収差補正累進面と組み合わされ」は、「球面遠用視野領域レンズを有する累進レンズ」の面と同様に、即ち、一方の面が球面で他方の面が収差補正累進面である実施例と同様に、「トロイダル面」と「収差補正累進面」とを組み合わせることを意味しているものである。
ここで、組み合わせる(is associated with )が合成を直接的に意味しているものではなく、両者が何らかの関係にあることを意味しているものであることは明らかである。
また、乱視は、眼に入ってくる光の向きによって、眼の屈折力の違いにより光線の結像位置が変わってしまう状態をいい、乱視レンズは、この屈折力の違いを、逆の方向に屈折力の差を持ったレンズで打ち消すことで矯正するものであり、2つの子午線において、屈折率を変えたレンズであることは自明である。
甲第1発明の上記「その収差補正(the aberration correction)」は、「遠用視野トロイダル領域の2本の主子午線に対する必要な補正の中間として選択され、水平に対するレンズのトロイダル性のあらゆる配置(患者の屈折異常に依存)について、新規の収差補正累進面が必要とされ」ているものであるが、これは、乱視矯正のために意図的に形成する2つの子午線において持たせる屈折力の違いを、変更させることとなるから、乱視矯正(トロイダル面)のための収差補正ではないこと、また、甲第1発明の「下側の面部分」においては、「近用視野中心で、非点収差も像面湾曲も示さない」ようにするものもであることから、「収差補正累進面」における収差補正に関することは明らかである。
なお、中間累進面について、甲第1号証の9欄34?39行には、下記の記載があり、被請求人が請求人の訳を下記のように修正している。
(原文)
Its curve of intersection with a plane perpendicular
to the meridian curve of progression at a random point
thereof is given a radius,the sagittal radius,which
determines, through the lens,a sagittal power of the
same value as the tangential power in this random
point.
(請求人訳)
無作為の点での累進子午曲線に垂直な平面との交差曲線に半径が与
えられる。サジタル半径は、レンズを通じて、この無作為の点の接線
倍率と同じ値のサジタル倍率を定める。
(被請求人訳)
無作為の点での累進子午曲線に垂直な平面との交差曲線に半径、す
なわちサジタル半径が与えられる。そのサジタル半径は,その無作為
の点において、レンズを通したサジタル屈折力と接線屈折力が同じ値
になるように決定される。

何れの訳においても、甲第1号証の上記記載から、累進子午曲線における無作為の点において、サジタル倍率(屈折力)と接線(タンジェンシャル)倍率(屈折力)が同じということが記載されているとしているものであり、これは、非点収差がない(ゼロ)ということを意味していることは明らかである。すなわち累進部において累進子午曲線(主子午線)上では非点収差がないということを意味していると認められる。
したがって、累進中間部の上記構成からも、甲第1発明においては内面側の収差補正累進面は近用視野中心および光心からそれに至る累進子午曲線において非点収差と像面湾曲をなくすように構成するものであるので、そこに乱視矯正用の非点収差を発生させていないものと理解するのが相当である。
よって、甲第1発明において、視用レンズとしてのトーリック・レンズが必要な場合には、「トロイダル面」を物体側(凸側)の面に、「収差補正累進面」を眼球側(凹側)の面に、それぞれ設けるものであると認められる。
また、本件発明の構成D、Eは、1枚のレンズにおける凹凸面(眼球側、物体面側)の関係を特定するものである。
してみると、本件発明の構成D、Eについてまとめて対比すると、甲第1発明の「卜ーリック・レンズが必要であれば、トロイダル面が、球面遠用視野領域レンズを有する累進レンズの面のような収差補正累進面と組み合わされ、その収差補正は、遠用視野トロイダル領域の2本の主子午線に対する必要な補正の中間として選択され、水平に対するレンズのトロイダル性のあらゆる配置(患者の屈折異常に依存)について、新規の収差補正累進面が必要とされる凹凸眼鏡レンズ」と本件発明の「D この累進多焦点レンズの眼球側の面が、前記遠用部、近用部および累進部を構成するための累進屈折面と乱視矯正用の屈折面とが合成された面であることを特徴とする累進多焦点レンズ。E 前記累進多焦点レンズの物体側の面が球面であることを特徴とする累進多焦点レンズ。」とは、「D’、E’累進多焦点レンズの眼球側の面が、前記遠用部、近用部および累進部を構成するための累進屈折面であって、乱視用レンズであるトーリックレンズを使用する累進多焦点レンズ。」である点で一致する。

よって、両者は、
「A 異なる屈折力を備えた遠用部及び近用部と、
B これらの間で屈折力が累進的に変化する累進部と
C を備えた視力補正用の累進多焦点レンズにおいて、、
D’、E’ この累進多焦点レンズの眼球側の面が、前記遠用部、近用
部および累進部を構成するための累進屈折面であって、乱視用レンズ
であるトーリックレンズを使用する累進多焦点レンズ。」
である点で一致し、以下の点で相違する。

<相違点>
累進多焦点レンズの眼球側の面が、本件発明では、「累進屈折面と乱視矯正用の屈折面とが合成された面であ」って、物体側の面が「球面」であるのに対して、甲第1発明では、眼球側の面が「収差補正累進面」であり、物体側の面が、乱視用レンズであるトーリックレンズを必要としない場合は「球面」であるが、乱視用レンズであるトーリックレンズが必要な場合は、「トロイダル面」である点。

イ 上記相違点について検討する。
(ア)甲第1発明は、従来の「累進レンズの遠用視野領域と同じ屈折力の単焦点レンズの収差を正すことを意図した既知の型の非球面収差補正面を形成し、レンズの第2の屈折面を構成することが、提案されてきたが、遠用視野領域における収差は良好に正されるものの、中間および近用視野領域における収差は僅かに減少するだけで変化しないか、または、必要な累進レンズの特性によってはさらに悪化する」との課題のもと、「上側遠用レンズ部と同じ屈折率を有する第1の単焦点レンズの遠用視野の収差を正すようにはたらく第1の非球面収差補正面」、「下側の近用レンズ部と同じ屈折力を有する視距離が0.33mの第2の単焦点レンズの収差を正すようにはたらく第2の非球面収差補正面」及び「中間面部分」を形成すると共に、「第2の非球面収差補正面は、前記第2の単焦点レンズが、前記累進面上の近用視野中心の位置に対応した前記第2の非球面収差補正面上の位置となる点で、非点収差も像面湾曲も示さないようになることにより、眼鏡レンズは、前記近用視野中心で、非点収差も像面湾曲も示さない」(以下「甲第1課題解決手段」という。)ようにしているものである。
(イ)そして、甲第1発明には、「トーリック・レンズが必要な場合」とトーリックレンズを用いない場合との両者の実施例が記載されているものの、「トーリック・レンズ」を形成するトロイダル面と「収差補正累進面」ととを合成することについては記載されていない。
(ウ)また、上記(ア)で摘示した甲第1課題解決手段としての「第2の非球面収差補正面」の「非点収差も像面湾曲も示さない」との構成と、乱視矯正のための「トーリック・レンズ」を形成するトロイダル面が2つの子午線において屈折力を変えるとの乱視矯正のための構成とは矛盾していることは明らかである。
(エ)一方、乱視矯正レンズにおいては、上記周知技術のように物体面側を球面とし、眼球側をトーリック面とすることは周知である。
(オ)しかしながら、上記周知技術が知られていたとしても、甲第1発明においては、上記(ア)で摘示したように、従来の課題を解決するために、甲第1課題解決手段を採用しているのであるから、乱視矯正用の「卜ーリック・レンズが必要」な場合において、甲第1発明の課題解決のための構成を採用せずに乱視矯正用の「トロイダル面」と「収差補正累進面」とを合成することは、当業者にとって容易に想到し得たものとは言えない。

ウ 請求人の主張についての当審の判断
(ア)請求人陳述要領書における、甲第1発明において内面乱視設計を採用する根拠1?4について
a 根拠1について
請求人は、「『乱視』が『収差』に含まれることは、当業者に明らかな技術常識であるから、甲第1号証に接した当業者が、累進屈折面である眼球側の面に、乱視を正すための形を与える内面乱視設計を採用することには困難がまったくなく、当然に試みる事柄である。」旨主張している。
ここで、上記「収差」については、甲第1号証で用いられている「astigmatism」の訳に基づくものである。
これに対し、被請求人が提出した乙第4号証(研究社 新英和大辞典 第6版)及び乙第5号証(小学館ランダムハウス英和大辞典 第1巻)によれば、astigmatismは、光学的な用途としては「非点収差」、医学的な用途としては「乱視」と訳されている。
そして、甲第1号証においては、上記「収差」に関しては、上記イ(ア)で摘示したように、従来の累進面における累進レンズの遠用視野領域、中間および近用視野領域における収差を改善するものであり、累進レンズにおける収差の改善という光学的な分野における用語として用いられており、当該「収差」を、眼自体等の医学的な用途としての「乱視」を意味していないことは明らかである。
加えて、甲第1発明における「収差補正」は、「第1の単焦点レンズの遠用視野の収差を正すようにはたらく第1の非球面収差補正面」、「下側の近用レンズ部と同じ屈折力を有する視距離が0.33mの第2の単焦点レンズの収差を正すようにはたらく第2の非球面収差補正面」を形成するために行うものであり、レンズそれ自体に起因する収差に対して収差補正を行い、遠用部、近用部によって収差補正を相違させるものである。
また、「乱視」を矯正する場合の乱視矯正においては、例えば、単一焦点レンズの場合には2つの子午線の屈折率に相違を持たせて行う乱視矯正をレンズ全面において同一とするものであるが、累進レンズの遠用部及び近用部において「乱視」矯正のために屈折率の関係をどのようにするのかについては甲第1発明、その他の証拠において、これを示す証拠は提示されていない。
したがって、「astigmatism」の訳として、「乱視」と「収差」との両方があるからと言って、甲第1発明における「収差」に乱視が含まれるとする根拠は見出せない。
よって、請求人主張の根拠1を採用することはできない。

b 根拠2について
(a)請求人は、甲第1発明には、乱視矯正面と累進屈折面とを同一のレンズに与えることが記載され、また、甲第2号証及び甲第5号証の記載から、乱視設計においては、内面乱視設計の方が有利であることが周知であり、これらから、甲第1発明において内面乱視設計の採用を試みることは、自明である旨主張している。
しかしながら、甲第1発明は、上記イ(ア)で甲第1課題解決手段として摘記したように、累進レンズの収差補正のために、特に下側の「第2の非球面収差補正面」においては、「第2の単焦点レンズが、前記累進面上の近用視野中心の位置に対応した前記第2の非球面収差補正面上の位置となる点で、非点収差も像面湾曲も示さないようになることにより、眼鏡レンズは、前記近用視野中心で、非点収差も像面湾曲も示さない」ようにするものであるから、乱視矯正用の「卜ーリック・レンズが必要」な場合において、甲第1発明の課題解決のための構成を採用せずに乱視矯正用の「トロイダル面」と「収差補正累進面」とを合成することには、当業者にとって容易に想到し得たものとは言えない。

(b)なお、請求人は、請求人上申書Aにおいて、「被請求人は、本件明細書に記載された具体的な設計手法が本件特許の優先日前には知られていなかったのであるから、当業者は、累進面と乱視矯正のためのトーリック面とを同一面に存在させることを想起することができなかったと主張するところ(上申書(その3)7?8頁)、請求項3のクレーム文言との関係で意味不明であり、まったく阻害事由の説明となっておりません。」(3頁20?末行)との主張を行っている。
この点について本件発明においては、上記(1)オで摘示したように、「累進多焦点レンズの眼球側の面が、前記遠用部、近用部および累進部を構成するための累進屈折面と乱視矯正用の屈折面とが合成された面」であり、「累進多焦点レンズの物体側の面が球面」であることを特定したものである。
これに対して、甲第1発明は、上記(a)で判断したように、単に累進レンズにおいて、単に眼球側の面を累進屈折面にし、物体側の面を球面にしたいとの上位概念が記載されているのではなく、累進レンズにおける収差補正を行うことを課題とし、そのために甲第1課題解決手段である構成を特定しているものであり、甲第1号証には、眼球側の面を累進屈折面にし、物体側の面を球面にすることが、眼球側を球面或いはトーリック面である単純な面にし、物体側の面を累進屈折面にするよりも有意な点を記載しているものの、後者の構成を否定しているものでもない。
してみると、甲第3号証及び甲第5号証のように、眼球側の面を乱視矯正面とし、物体面側を球面とすることが周知であったとしても、甲第1発明において累進面と乱視矯正のためのトーリック面を同一面に存在させることの阻害事由を検討する以前に、甲第1発明においては、累進面における収差補正の方法が特定されていることから、眼球側の面を乱視矯正面とし、物体面側を累進屈折面とすることは想起し得るものの、当該周知事項が、甲第1課題解決手段(特に第2の非球面収差補正面の形成方法)を採用せずに、眼球側の面を累進屈折面と乱視矯正面の合成面とし、物体面側を球面とするための動機付けになるとまではいえるものではない。
したがって、請求人の根拠2の主張及び請求人上申書Aの上記主張は採用できない。

c 根拠3について
請求人は、「構成要件Dは、眼球側の面が「累進屈折面と乱視矯正用の面とが合成された面」であることを規定するのみであり、シェープファクターMsに影響を与える物体側の面の形状については、一切規定していない。したがって、シェ?プファクターMsと完全に無関係な物体側の面のみを規定する構成要件Dを備えることにより、「シェープファクターMsによる倍率の変動をなくすことができ」るなどということは、技術的にあり得ない誤解である。
シェープファクターMsによる倍率変動を最小限に抑えるためには、甲第5号証に記載されているとおり、物体側の面を球面とし、トーリック面を眼球側の面に配することによって、物体側の面の面屈折力D1を経線(上下)方向で一定にすることで実現される。」と主張している。
しかしながら、本件発明は、請求項1を引用する請求項3に係る発明であって、構成要件E、即ち「累進多焦点レンズの物体側の面が球面である」との構成を有しているものであるから、請求人は、当該構成要件Eの限定を無視して、構成要件Dのみ(請求項1のみの構成)に対する主張をしている。
したがって、根拠3の主張は、本件発明の構成要件を無視した主張であるから、これを採用することはできない。

d 根拠4について
請求人は、「甲第1発明の累進屈折面により、そのように「乱視」よりも複雑な「収差」を正すことができるのであれば、常に一定で、より単純なものである「乱視」を正すことは極めて容易であると言うべきである。」と主張しているが、技術的な困難度の如何にかかわらず、上記bで検討したように、上記周知事項が、甲第1課題解決手段(特に第2の非球面収差補正面の形成方法)を採用せずに、眼球側の面を累進屈折面と乱視矯正面の合成面とし、物体面側を球面とする根拠となり得ないから、甲第1発明及び周知事項から本件発明を当業者が容易に想到し得たものではない

ウ 小括
したがって、請求人の主張する無効理由2及び証拠方法によっては、本件発明を無効とすることはできない。

第6 むすび
以上のとおりであるから、請求人主張の無効理由2及び証拠方法によっては、本件請求項1を引用する請求項3に係る特許を無効にすることはできない。
審判費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2015-02-27 
結審通知日 2015-03-04 
審決日 2015-03-17 
出願番号 特願平9-518047
審決分類 P 1 123・ 121- Y (G02C)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 森内 正明福田 聡竹村 真一郎  
特許庁審判長 藤原 敬士
特許庁審判官 鉄 豊郎
西村 仁志
登録日 2006-09-15 
登録番号 特許第3852116号(P3852116)
発明の名称 累進多焦点レンズ及び眼鏡レンズ  
代理人 横井 康真  
代理人 青木 武司  
代理人 奥山 知洋  
代理人 森下 賢樹  
代理人 阿仁屋 節雄  
代理人 田中 康夫  
復代理人 橘高 英郎  
代理人 真家 大樹  

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